壁は印画紙で覆われている。真っ暗な中で踊りが始まり、緑のライトが点滅した後に明かりが点くと、壁に滑川五郎の踊る姿が焼き付いたいくつもの像が現れる。「Dark Box」はそんな仕掛けのある作品で、1986年6月にカリフォルニア大学サンディエゴ校マンデヴィル・センターにて初演。1987年には鈴江組倉庫でも上演され、印画紙の壁は左右30メートルにも及んだ。チラシからは、シードホールでは2日間4回公演を行ったとわかる。
南青山に存在したアーティスト・マネジメント・オフィス。舞踏カンパニー・山海塾の創設メンバーだった滑川五郎(1950-2012)が設立。滑川は1987年に山海塾を独立するが、その前年1986年に大谷資料館で上演した「アボリジニィ」の制作はアウストロ・アーツ・アソシエーションが担っている。
アラハバキとは、主に東北地方から関東地方で信仰されてきた謎多き神。「荒覇吐」「荒脛巾」など様々に表記され、足の神、製鉄の神、蛇神等、諸説ある。滑川五郎は「アラハバキ」を弘前では野外で、「洞窟篇」を1998年に大谷資料館で上演している。踊りの発祥を舞台にしたいと民俗学にも造詣が深かった滑川にとって魅力あるテーマのひとつだったことが窺われる。日暮里公演および弘前公演の詳細は不明だが、1995年前後と推
注目すべきアーティストを紹介するテレビ朝日のイメージ・ドキュメンタリー「WHAT'S NEXT」で滑川五郎を取り上げた。1988年にオーストラリアで開催された万国博覧会で上演した「ナトゥーラ・モルタ(死せる自然)」、1989年の巣鴨とげ抜地蔵でのストリートパフォーマンス、1990年10月に品川で行われたワークショップ「記憶の身体術」の映像を収録。
EARTH WORKS DANCE PROJECT
1986年に大谷石地下採掘場跡で「アボリジニィ」を上演した滑川五郎は、東京を拠点に活動していたが、1996年、自身の舞台を方向づけた大谷町に拠点を移す。空間に活かされる形、空間に身体を任せる舞台を求め、太古の呼吸を感じたという大谷資料館で、再び総合舞台を創出。チラシには「古代人の見た宇宙、魂のプロメテウス」とある。「アラハバキ」とは、主に東北地方から関東地方で信仰されてきた謎の包まれた神のこと。
山海塾の創設メンバーの一人、滑川五郎(1950-2012)の初の独舞公演。前年9月のシアトル公演中に事故死した山海塾のダンサー・高田悦志への追悼を込めた舞台だった。1987年に山海塾を離れ独立する滑川の、舞台の方向を決めた公演となる。大谷資料館の巨大な地下空間に大谷石650個、竹200本等を使った大掛かりな舞台がつくられ、舞台の一体感と防寒を兼ねた演出として、観客はコシノジュンコがデザインした衣装