青年座・セレクションvol.5
青年座・セレクションvol.5
ノッポが突然姿を消した。かなりの年月が経ち、友人の元にその男から戯曲が届いた。戯曲はイエス・キリストが十字架にかけられた頃のエルサレムが舞台。神をののしる男、神を信仰する女、神の身代わりだと言う盗賊の姉弟、神に憧れる奴隷、神のことを知らない娼婦が登場する。ノッポが生きた現実世界と戯曲の世界が交差する。信じることそして人を愛することは何か…
演劇博物館別館6号館3階「AVブース」にて視聴可能です。
劇団俳優座に在籍していた10名の若手俳優たちが日本の現実を反映させた創作劇の上演を強く願い、1954年劇団青年座を創立しました。現在劇団員と研究生をあわせ約200名が所属。創作劇の他、海外現代戯曲、過去の秀作等、幅広いレパートリーを有しますが、創立からの基本理念は変わることはありません。今後も日本の創作劇上演を柱にした公演活動を続けることによって、日本演劇の民主的発展に寄与し、舞台芸術を通して日本文化の向上をはかることを目的として活動します。
昭和の団塊世代を象徴する様な男、通称・九ちゃんは、同僚には疎まれるが何故かワンマン社長にはかわいがられている。社長は頑固一徹だが憎めない男、その妻は器量の大きな昭和の女だ。ある日、その社長が亡くなった。通夜の席、胸の内を熱く語る九ちゃんの姿を見た若い社員は、何故彼の仇名が「九ちゃん」なのかを知る。合理性と効率が求められる社会に変わりゆく中で、社長と九ちゃんと妻の間には、懐かしい昭和の人間味、友情が
ロシアを中心とした三国干渉により、朝鮮半島での影響力が弱まった日本は、新公司として三浦梧楼を赴任させる。1895年10月8日、三浦を中心とした「暗殺団」が朝鮮王朝の王妃を殺害した。この乙未事変は、その後の朝鮮半島の侵略・植民地支配の大きな節目となった。韓国・朝鮮人には決して忘れることのできないこの事件を日本で知る人は少ない。外交史上他に類をみない蛮行をめぐって繰り広げられる人間模様を描いた作品。
“雀の子 そこのけそこのけ 御馬が通”俳人小林一茶を知らない人はいないだろうが、人間小林一茶を知る人は少ない。十五才で信濃柏原から江戸に出た後の行動は謎に包まれたまま、いつしか俳諧の道で頭角を表してくる。ようやく五十二才で結婚するが、いとしい子たちは次々とこの世を去るのだった。“蝉鳴くや つくづく赤い 風車”だが一茶の人生は大きくうねりつづける。江戸と信濃柏原、二つの土地の間で一茶の愛が、欲が、生
お寺の池に棲む蛙たちにとって、百舌や蛇や鳶たちは、生活や生命をおびやかす憎い敵であった。何故こういう目に会いつづけるのか―。それをにがにがしく思う若者がいた。ブンナだ。広い空への憧れから椎の木に登るブンナ。彼はそれまで自分の敵であった百舌やねずみや蛇たちが、無残にも鳶の食糧となり、死んでゆく姿をみる。一つの死が一つの生へとつながっていくという生きていることの実態、その意味を知ったブンナがもたらした
