「11PM(いれぶんぴーえむ)」は日本テレビ系列で放映されたお色気から社会問題までを取り上げる伝説の深夜番組。本映像は、1985年(当時は番組が23時20分始まりで「11PM+20」と呼ばれた)、86年、88年の同番組に白虎社がゲスト出演した回を集めている。85年は「肉体は芸術です!? 脱いでじっくり考えよう!! ハダカ哲学バラエティー」、86年は「ハダカの芸術大集合!」と題され、大須賀勇へのインタビューや白虎社のパフォーマンス、海外ツアーの様子や公演告知などが収録されている。
演劇博物館別館6号館3階「AVブース」にて視聴可能です。
1980年に設立され、1994年の解散まで京都を拠点に活動した舞踏団。主宰は舞踏家・大須賀勇。独自のアジア的感性を通じて、芸術と芸能を串刺しにする「明るい暗黒」を表出させ、原初のエネルギー渦巻く舞台を展開した。テレビへの出演、ダンスビデオ作品の制作など、それまでの舞踏の枠を広げた活動も積極的に行い、夏には熊野の山奥で、第一線で活躍する様々なジャンルの講師を招いて舞踏体験合宿を開催した。代表作は「ひばりと寝ジャカ」。大須賀は1990年、京都府文化賞功労賞を受賞。
「横尾忠則展 天界の法則」で白虎社が出前芸術体スペシャルライブ「ニュー逢魔が時ーヨコオタダノリにふれるー」を上演。道頓堀橋から白虎社の面々が人だかりを引き連れて練り歩き、会場に入れなかった50名余りは別階のモニターで観劇した。「逢魔が時」は作品として独立はしていないが、出前芸術体の定番演目で、他の作品に取り入れられている動きも多い。横尾忠則は白虎社との交流が深く、関西方面来訪時にはきまって白虎社の
関西テレビで放映されていた公開トーク番組「ノックは無用」に白虎社が出演した。番組は横山ノックと上岡龍太郎が司会を務め、毎週土曜日に放送された。この収録で上岡に気に入られ、白虎社は他のTV番組にも呼ばれるようになり、テレビ、映画、ミュージックビデオなど活動の場をひろげた。80年代、白虎社はそのインパクトから舞踏グループとしてはメディアへの露出が多く、舞踏公演を見ない層にも知られた存在だった。
エルヴィス・プレスリー生誕五十周年記念と銘打って、東京パフォーマンス・アート・フェスティバルに白虎社が出演した。タイトルの「月を捕まえようとする猿」の「猿」に「プレスリー」とルビがふってある。大須賀勇の言葉によると「あの伝説のプレスリーを肴に美術と音楽と踊りが三つ巴でスパーキングセッションするダンシングオペラ」。音楽は白虎社の海外ツアーにも同行する超絶音楽マルパ、衣裳を含めた舞台美術は藤井吾郎が彩
京都を拠点に大須賀勇を主宰として創業された舞踏グループ「白虎社」の旗揚げ公演。この後白虎社は、81年にかけて関西圏の大学の学園祭を巡演した。この後にはほとんど登場することがなかった蛭田と会山による「じゃがたらお春」の「怒り鶏」「泣き鶏」の他、後に白虎社の代表作となる『ひばりと寝ジャカ』に取り入れられる「くじらの花嫁」「内臓の虎」などがすでに踊られている。
