東京、アビニヨンで上演の伊藤キムと吉岡由美子のコラボ"綺女と珍獣プロジェクト"第2弾。コンセプトはパラレルソロ。同時進行していた二つのソロ(吉岡の"しおきばにて" と伊藤の"コレクター")がいつの間にかデュエットになっていく。両ソロともアウトサイダーたちをテーマに紡ぎ出された境界線上の踊り。Berlin Tagesspiegel 紙は、楽園で追いかけっこをして戯れている者たちの悦楽と追放された者た
1989年のベルリンの壁崩壊の後に、前衛アーティストたちによって占拠され、ベルリンカウンターカルチャーの中心となった旧東ベルリンのタヘレス劇場(1990-2012)に招待され、上演された。ダンスへの補助金がほとんど出なかった70年代、80年代に舞踏家の多くはキャバレーダンスによって、生活費や公演の制作費用を稼いでおり、金粉ショーはキャバレーダンスのハイライトとも言える。
グラーツ市の寄宿学校の廃校を舞台に行ったサイトスペシフィックパフォーマンス。サンクト・ペテルブルグ市よりEugeny Koylovを共同振付家として招聘し、吉岡由美子のワークショップ生と2週間合宿して創作。美術家Joachim Mangerのインスタレーションも力強いエレメントとなって踊りと絡み合った。1995年より年に一度開催されている同様のプロジェクトの第2弾。飛行機の修理場にも使用された巨大
日本より、古川あんずを演出家として招待、tatoebaのメンバーとの共同振付で上演された。凍える寒さのベルリンに住んでいると、太陽の光の集まる陽だまりは、オアシスのように私たちを惹きつける。人間のみならず、獣や虫や花も光の中でほどけたり、闇の中でくつろいだり、さまざまに形態を変容させていく。光と闇の交錯の中で、生きとし生けるものたちの命のさまを タペストリーのように陰影深く織り込んでいった作品。
日々 ヴォルテージが高まっていった壁崩壊直前のベルリン特別地区の一角にあるバルハウス劇場を借り切って上演されたサイトスペシフィックパフォーマンス。劇場のあらゆる空間を踊りの場に変容させたいというデルタ・ライの考案を実現するために、総合演出、振付家の古川あんずを招聘。オーディションで集めた46名のダンサーと1ヶ月の稽古を経て上演。連日満員となり、しばし、ベルリン芸術家の間でも語り草となった伝説的作品
闇に蠢く魑魅魍魎、夜が明けると何処へともなく消えていくモノたちの祝祭の踊り。関美奈子とと共に振り付け、上演したデュエット "All Moonshine"(1989年)の一部をソロに振付し直し、それに吉岡由美子が新しい振付を加えた改訂版。朝と夜、生と死、光と闇など対極と見える二つのものは 密接に繋がり、絡まり合って私たちの世界を支えている。舞台上の二つの砂山と、それをつなぐ赤い光線がその2元世界の繋
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1995年から4年に一回 ブルーリン城にてデルタライと吉岡由美子の主催で開催されてきた舞踏フェスティバル最終回のビデオ記録。Ex の接頭語は内から外へ、のベクトルを持つ。experience, exchange, explore, experiment! をモットーに相違を超えて、お互いに切磋琢磨し、それぞれの舞踏の熟成、深化を目指し、毎回、多くの参加者、講師と 共に、時には喧々囂々 口論しながら