昭和もまだ穏やかななりし頃、東京は下町、老舗の飴菓子製造販売店「ささなみや」
放蕩者の主人・久四郎は一向に店を顧みないばかりか、外では一体何をしていることやら。でも元気で働き者のお内儀・ちからによって何とか店は切り盛りされているようです。どんなことが起ころうと持ち前の負けん気の強さで吹き飛ばしていくちから。
しかし時がたつにつれ、戦争に向かって世間の雲行きも怪しくなってきました。店は勿論、成長した子供たちや店で働く工員たちにも戦争が影を落としていきます。こころの支えであった義父はすでに亡く、おまけに久四郎はほとんど家にも寄り付かなくなる始末。さすがのちからも途方に暮れ・・・。
演劇博物館別館6号館3階「AVブース」にて視聴可能です。
劇団文化座は戦時下の1942(昭和17)年2月26日に結成される。同年4月第1回公演梅本重信作『武蔵野』で旗揚げ。敗戦間際の昭和20年6月、日本の現代劇の紹介という名目で満州に渡り2か月後に敗戦を迎え、一年間の難民生活を経て帰国。以来、「戦争と日本人」にこだわった作品、日本の底辺に生きる人々に寄り添った作品、現代を映す鏡となる現代劇を生み出し続けている。
沖縄の日本復帰から10年が経った1982年、人口41ひと、そして小学生がだった一人になってしまった鳩間島は存亡の危機に立たされていた。その生徒も三学期の終了とともに西表島に転校することになっている。そうなれば、診療所も郵便局も交番もなくなり今となっては島の唯一の公共機関である小学校は廃校となり、島の過疎に拍車をかける。ひいては廃村といった事態に陥るかもしれない。そこで島野大人たちは、親戚の子を島外
母の名は春、七十八歳。娘の名は秋、五十六歳。元映画女優の春は、生きることに奔放で、自由を謳歌して暮らしてきた。そんな春に振り回されてばかりだった秋。今日も今日とて、春が救急車で病院に運ばれたという報を受け、慌てて駆けつける秋。だがそれもまた、目立ちたがり屋の春の狂言だったのだ。あっけらかんと笑う春に、怒り心頭の秋。そして、いつものように母と娘の壮絶な口げんかが始まった。そんな二人の姿はまるで二人だ
時は明治14(1881)年、商人や船乗りが行き来し活気あふれる小樽の町なかに、煮売り、代書、髪結、俥などを商う小さな店「きし屋」があった。そこに片寄せ合って生きているのは、年齢もバラバラ、といって家族でもない、いわくありげな三人の女とその仲間たちだった。彼女たちはなぜ結びつうき、ここ北の果て小樽にたどり着いたのか? そしてやくざから立ち退きを迫られている「きし屋」の運命は?
高井かおると島田とも子、現在51歳。高校時代からの親友であるが、性格も考え方も今まで歩んできた道も正反対。かおるは愛する夫と二人の子供に恵まれ、主婦として平穏な生活を送ってきた。しかし夫の浮気が発覚し、どうしてもそれが許せず一年まえに離婚。とも子は大学卒業後、出版社に勤務、キャリア・ウーマンとして独身を通してきた。しかし彼女も出版社の倒産という憂き目にあう。そんな人生のターニングポイントを迎えた二
