僕の名前は羽山走次。8歳で小学校の3年生。それはある日、突然、起こったんだ。お父さんもお母さんも、いきなり子どもになっちゃった。お兄ちゃんも幼稚園児みたいだし、おじいちゃんはまるで赤ちゃん。どうしてこんな不思議なことが起こってしまったのだろう?
それはどうも、ぼくの精神年齢だけが大人になった、ということらしい。つまり僕から見れば、精神年齢の低い人は学校の先生だろうが子どもに見えるってわけ。でもどうして、ぼくだけ大人になってしまったのだろう?そうだ……。もしかしたら、このおかしな出来事は、家族みんなの夢だったマイホームを買ったことから始まったんだ……。
演劇博物館別館6号館3階「AVブース」にて視聴可能です。
1986年7月の旗揚げ公演以来、2008年7月の解散公演(第60回公演)までの21年、古城十忍の作・演出による作品を上演。2009年よりワンツーワークスとして活動を再開する。
わずかずつ、わずかずつ/気がつくたびに日1日と/部屋が狭くなってきている。11日前の水曜日/不安を抑え切れずに/金物屋から5メ—トル計のメジャ—を買ってきた/今日だって3回計測した/昨日より1回増やしたのだ/壁から壁。/決してその手は震えていなかったのに/部屋は一晩で23ミリメ—トルもちぢんでいた/一昨日から昨日にかけてが19ミリメートル/ついに20ミリメートルを超えた/部屋は加速度を増しているく
都会の片隅に残され、今では粗大ゴミの不法投棄場と化した丈高い草の生い茂る原っぱで、予備校生のエイジは夜な夜なまっさらなキャンバスに映る影を写真に撮っている。それが彼の描く「19歳の絵」だ。ある夜、二人の男子高校生がベッドを捨てにやって来る。一緒に現れた女子高生を一人残し、彼らは去っていくのだが、やがて舞い戻ってきた男の一人・オサナイは「何してた?」とエイジに詰め寄る。エイジが女子高生・あきらと話し
霊安室前。ある男女が交通事故で死んだ。知らせを聞いて「境田」は病院に駆けつる。女は境田の妹、男は境田の会社の後輩「岬邦彦」、岬は妹の婚約者でもあった。ところが霊安室に岬の姉だという女が現れて遺体を確認し、「あれは弟ではない」と言う。不安と疑念が渦巻く中、やがて死んだ岬邦彦は名前も本籍もすべてデタラメだったことが判明、戸籍を買っていた事実が浮かびあがる。――この国において「私が私であることの証明」
舞台は全面、激しく急な斜面。それはリビングの床だ。その家に一人、また一人と家族が戻ってくる。どうやら家族はバラバラに暮らしていたらしい。集まった家族は激しく傾いたその床にテーブルや椅子を釘で打ちつけ、重力に逆らい、滑り落ちそうになるのを堪えながら、なんでもないことのように団欒の準備を始める。誰かを待っているのだ。やがて最後の家族の一人が現れる。それは友達を殴って「傷害致死」で少年院に入っていた末の
