1982年ソウルから始まった「アジア演劇祭」の第二回の開催地はマニラ。映像では、開会式やパレードの他、インドのオリッシー舞踊、インドネシアのTheatre SAE DKI、台湾Lan-Ling Theatre Workshop、韓国Dae Ha Dramatic Troupe、フィリピンからの参加団体による作品を紹介する。日本からはYokohama Performance Group、さらに白虎社の2時間から3時間にわたる「鯨骨の森」公演があった。マニラ郊外のモンテンルパ刑務所での白虎社パフォーマンスの様子も収録。
演劇博物館別館6号館3階「AVブース」にて視聴可能です。
1980年に設立され、1994年の解散まで京都を拠点に活動した舞踏団。主宰は舞踏家・大須賀勇。独自のアジア的感性を通じて、芸術と芸能を串刺しにする「明るい暗黒」を表出させ、原初のエネルギー渦巻く舞台を展開した。テレビへの出演、ダンスビデオ作品の制作など、それまでの舞踏の枠を広げた活動も積極的に行い、夏には熊野の山奥で、第一線で活躍する様々なジャンルの講師を招いて舞踏体験合宿を開催した。代表作は「ひばりと寝ジャカ」。大須賀は1990年、京都府文化賞功労賞を受賞。
1980年に設立した白虎社の設立直後から81年までの関西一円大学祭ツアーより。「秘鳴の森」(1980年、立命館大学)、「鯨骨の森」(1980年、同志社大学)、「少年少女のくす玉」(1981年、関西学院大学・京都市立芸術大学)の公演映像を含む。
詩人の白石かずこの「ポエトリー・レストラン・シアター」に白虎社の舞踏手が出演し、白石の朗読と井上敬三によるサックス演奏とで踊った。白石はジャズの演奏家だけでなく舞踏家とのコラボレーションも多く、白虎社の夏期合宿にも顔を出していた。約3週間後に京都KBSホールでの「ミナカタクマグスのようなテレビジョン」上演を控えていたこともあり、蛭田早苗のソロや男性舞踏手の石を打つ踊りの動きなどは同作品でも見られる
「11PM(いれぶんぴーえむ)」は日本テレビ系列で放映されたお色気から社会問題までを取り上げる伝説の深夜番組。本映像は、1985年(当時は番組が23時20分始まりで「11PM+20」と呼ばれた)、86年、88年の同番組に白虎社がゲスト出演した回を集めている。85年は「肉体は芸術です!? 脱いでじっくり考えよう!! ハダカ哲学バラエティー」、86年は「ハダカの芸術大集合!」と題され、大須賀勇へのイン
弁天島海上野外劇場
白虎社の主宰である大須賀勇が芸術総監督を務めた「クマノ・スパーク(熊野国際アートフェスティバル)」の公演記録。セネガルからパーカッションのドゥドゥ・ニジャエ・ローズ、インド舞踊のシャクティ、モダン・ダンスの川上邦子舞踊研究所、女性だけの和太鼓グループ炎太鼓などが出演し、古代からの豊かな文化がある独特の地形を持つ熊野が国際的なアート発信の場になるとの大須賀の構想を実現。大須賀の総合演出による当該フェ
