大正七(一九一八)年十二月二十六日、宮沢賢治は、故郷花巻から東京に入院している妹・とし子の見舞いを目的に上野行きの夜行列車に乗り込んだ。その手には大きな革のトランクが握りしめられ、たくさんの願いが詰め込まれていた。
「大好きな音楽を聞き、エスペラント語の勉強をする。そのためには家の重圧から逃れ、父の庇護の下を離れなければならない。そして何よりも真の生き方を探すことである」
賢治は、東京に理想郷を求めては挫折を繰り返し、九度の上京の中でいつしか花巻に理想郷を見いだす。東京での出来事と上京する列車の中で賢治の童話から抜け出たような人物たちと織りなす夢のような時間が交差する。そして挫折の度に突然現れる背の高い、赤い帽子の車掌から手渡される「思い残し切符」とは・・・・・・。
井上ひさしが愛してやまない日本語に、不思議でかわいらしい、そして輝くような魅力を付け加えてくれた、岩手花巻人である宮沢賢治の評伝劇。文学、音楽、化学、農業、宗教、芸能など多岐にわたる才能を、虚弱ゆえ叶えることが出来なかった賢治。この数々の大切なものを、鵜山仁の新演出で現代に問いかけます。
ミュージカルだけでなくストレートプレイでも高い評価を得ている井上芳雄をはじめとする実力派の新キャスト陣を迎えて、14年ぶりに再演いたします。
演劇博物館別館6号館3階「AVブース」にて視聴可能です。
私たちは、人を泣かせたり、笑わせたりしている会社です。
座付作者井上ひさしに関係する作品のみを専門に制作、上演しています。
1983年1月に創立し、84年4月『頭痛肩こり樋口一葉』公演で旗揚げ。
以降、新作、再演、こまつ座旗揚げ以前の井上作品も織り交ぜて、出演者・スタッフとも作品ごとに依頼し、その作品だけの一座を組むプロデュースシステムをとり、年平均4~6作品(200~250ステージ)を上演し続けています。
昭和庶民伝三部作 第一作
『きらめく星座』は、こまつ座旗揚げ翌年の1985年、井上ひさし自身の演出によって初演されました。「昭和庶民伝三部作」の第一作目である今作は、太平洋戦争前夜の昭和16年12月7日までの約1年間を描いた作品です。今作は井上ひさし唯一の“私戯曲”とも言える作品で、繰り返し上演を重ね好評を博し、2017年公演は8回目の再演にもかかわらず第72回文化庁芸術祭演劇部門にて大賞を受賞しています。
これは井上ひさしが紡いだ敗戦のひとつの真実。そしてラジオの魔法。私はだれでしょう。だれであるべきでしょう。ラジオはいつも人々のそばにあった。戦時中は「大本営発表」、8月15日は「玉放送」。敗戦後、東京放送会館は建物をGHQに接収されていたが、「復員だより」「街頭録音」「のど自慢」そして「尋ね人」・・・人気番組は多く、あの頃、ラジオを聞いていた。これは戦後のラジオ放送にひたむきに取り組む放送局職員た
江戸の三大俳諧師の一人と称される夏目成美こと、蔵前札差井筒屋八郎右衛門の寮から四百八十両の大金が盗まれた。容疑者は食い詰め者の俳諧師、小林一茶。蔵前札差会所見廻同心見習いの五十嵐俊介は、お吟味芝居を仕立て、自身が一茶を演じながら、彼をよく知る元鳥越町の住人たちの証言をつなぎ合わせていく。そこに浮かび上がってきたのは、俳諧を究めようともがき、一人の女性を命懸けで奪い合った一茶と宿敵・竹里の壮絶な生き
大衆演劇女座長、五月洋子が見たのは現実なのか?それとも夢なのか?日本最高峰の一人芝居『化粧』こまつ座での上演決定!! さびれた芝居小屋の淋しい楽屋。その楽屋に遠くから客入れの演歌が流れ込んでくるやいなや、大衆演劇女座長、五月洋子は、座員一同に檄を飛ばし始める。開演前の化粧支度の最中も、口上や十八番の出し物、母もの芝居「伊三郎別れ旅」の稽古に余念がない。その慌ただしい楽屋に、洋子をたずねてくる人がい
