演劇博物館別館6号館3階「AVブース」にて視聴可能です。
私たちは、人を泣かせたり、笑わせたりしている会社です。
座付作者井上ひさしに関係する作品のみを専門に制作、上演しています。
1983年1月に創立し、84年4月『頭痛肩こり樋口一葉』公演で旗揚げ。
以降、新作、再演、こまつ座旗揚げ以前の井上作品も織り交ぜて、出演者・スタッフとも作品ごとに依頼し、その作品だけの一座を組むプロデュースシステムをとり、年平均4~6作品(200~250ステージ)を上演し続けています。
国民的はなし家、円生と志ん生。うちひしがれた戦後の日本人を心底笑いで励ますことになるこの二人の大名人は、敗戦のときを満洲南端の都市大連で迎えていた。ソ連軍の侵攻と同時に大連は封鎖され、日本国からは見捨てられる。二人がふたたび祖国の地を踏んだのは、じつに六百日後のことであった。 戦禍の街を命からがら逃げまどう二人のはなし家。巡りあうのは、まるで地獄のような情景ばかり。住む家もなく、食べる物もなく、し
さびれた芝居小屋の淋しい楽屋。遠くから客入れの演歌が流れ込んでくるやいなや、大衆演劇女座長・五月洋子は、座員一同に檄を飛ばし始める。開演前の化粧支度の最中も、口上や十八番の演目である「伊三郎別れ旅」の母と子が再会する場面の稽古に余念がない。そこへ捨てた息子との対面を、と出演依頼を携えたお客がやってきた・・・。うってかわって、クリスマス間近の芝居小屋の楽屋。大衆演劇の座長・市川辰三は。夜の部も迫った
「放浪記 」 「 浮雲 」 など 庶民の目線で 名作を残した林芙美子の戦中 ・ 戦後を描く音楽評伝劇 。 「 放浪記 」 でたちまちベストセラー作家となった林芙美子 の 日中戦争が迫る 1935年 昭和 10年から第二次大戦を経て 、 47歳で 心臓麻痺で急逝する戦後 1951年 昭和 26年まで の 16年間の軌跡をたどります 。
桜咲き乱れる頃、東北の、とある田舎の村はずれ、どこからともなく歌声が聞こえてくる。 弥生のあられ 皐月のつゆは 働き者の味方ども しゃれた女房と 馬鹿とのさまは 根気がさっぱど つづかない・・・・・・白い花びらをつけた桜の木に挟まれたあばら家に住む、賢く美しい働き者の娘ちか。娘に一目惚れしたとのさまは、お侍医をお供に、桜の木に隠れて様子をうかがっている。優しいけれども気後れしがちのとのさまは、その
