2011年4月4日、福島第一原子力発電所2号機に起きた亀裂を埋めるため高分子ポリマーが使用され失敗に終わった。
その後、現在に至るまで「漏れ」続けている。鎖状に複雑に絡まり合った高分子ネットワークの網の目に吸収しきれず漏れたのだ。
本作品は、この出来事をモチーフに、文明が生み出したフラクタルなネットワークに起こるエラーと人為的な原因究明と修復の困難さを描く。文明は、このマスタープランなしに進化していくネットワークを多く産んだ。都市を有機体としてとらえるのは古くからある概念である。「大都市はアメーバ状に成長する…境界を突き破り、その物理的な広大さの避けられない副産物としてスプロールと形のなさを受け入れつつ拡大し続ける」(ルイス・マンフォード)。しかしインターネットの登場以来、そのネットワークはより実証的に分析を加えられるようになった。今回は拡散された都市の最果てに建つ郊外型のショッピングモールをネットワーク中のクラスター(集合)として抽出し、その内部に動く人々のノード(結節点)を「ネットワークから漏れだすもの」をキーにドラマとして点描する。
毎回、作・演出・出演・スタッフのメンバーを変えながら、新鮮な演劇体験を観客に提供している。年に一度の活動を定期的に続け、近年では「ポップKUTO-10」「ダークKUTO-10」と銘打ちコメディ調の作品と社会派作品を隔年で上演する趣向を取り入れて戦略的に展開している。活動拠点の関西公演、恒例の東京公演にとどまらず、その他の地域も視野に入れた活動を進める。上質な芝居作りを芯に、演劇を観る文化基盤の底上げを図る。
凡極まりない三人の五十代男性、田中、伊藤、鈴木は同じ日の同じ病院で余命わずかであるとの告知を受けた。人生の中で何の冒険も何の栄光も何の名声も無かった彼ら。病院の屋上で遠くを見つめ続ける三人の前に一人の謎めいた人物が現れる。その人物は「財団法人親父倶楽部」なる組織の所属を名乗った。組織の目的は“人生を諦めた初老男性の潜在能力開発”という奇妙なものだった。これから死んでいくのに能力開発などあったもので
あらすじ・あるネジ工場で働いている男のもとに20年以上前に離婚した元妻との息子から会いたいと連絡が来る。同僚らと話すうちに息子の会いたいという理由が心配になって、再会をためらうようになる。
地震により電車が山の中腹で止まり、徒歩での移動をする長い行列。次の駅は鉄橋の先にある都会。前の駅は山奥の過疎化した元新興住宅地。人々はいずれかに向かう。小さな劇団を主宰している大学の先生と、若い妻。その妻が介抱する女は、足を捻挫した中学教師の女。彼女は元新興住宅地で起こした不倫による狭い世間の攻めから逃れ、都会に行く決心をして電車に乗ったという。そこに先生を恋い慕い、妻から奪うべく密かに電車に乗り
有名劇作家3人(工藤俊作、保、久保田浩)が逮捕された!一体何があったのか?それぞれの口から語られるあまりにも奇想天外な3本の犯罪劇。その3つのエピソードを3人の劇作家(内藤裕敬、後藤ひろひと、村角太洋)が描くあまりにも画期的なオムニバス・コメディ。
