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◆TVアニメ『ラブ米 -WE LOVE RICE-』とはまさかのお米擬人化!?伝説のお米ハーベスター「五穀米」に憧れて穀立稲穂学園に入学したひのひかりを中心に、廃校寸前の学園を救うべく、ささにしき、ひとめぼれ、あきたこまち、にこまるの5人で「ラブライス」を結成!現代版田楽であるハーベストショーを通じて米の人気復権を目指すが、果たして彼らはお米の人気を取り戻すことができるのか…!◆RICE on S
透徹した眼で時代を凝視し続けた別役実が、謡曲「隅田川」に想を得て描き出した現代社会への挽歌。時は春……咲きほこる桜の下に、住まう者と流れる者が交錯する。
2004年に新国立劇場で松本修/演出で上演されたカフカ原作の『城』を底本とし、松本修氏の監修の下に創り上げた秋田のパフォーマー達が総力を挙げて取り組んだ大型企画。
「先の見えない創造」を続ける者の恍惚と不安、二つ我にあり!所詮この世は冥府魔道、ならば唄って歩けよ地獄のハイウェイ!歌とダンス、名優たちによる珠玉の演技で彩る青春残酷物語!!
劇場を舞台にした2幕劇です。1幕目は舞台編。台本から削除されてしまった登場人物と、その役を演じるはずだった俳優の物語。公演準備前の劇場の舞台が舞台です。2幕目は客席編。劇の結末に納得できない登場人物と、人生でたった一度だけ見た劇の再演を待ち望む観客の物語。開演前の劇場の客席が舞台です。どちらも、ある日のある劇場での一時間のできごとです。当事者それぞれの、切実な、しかし相容れない事情が交差します。
『リセット』の3つのコンセプト-〈登場人物をリセットする〉この芝居には過去の作品に登場した人物がキャラクターもそのままに、続編のように再登場します。例えば『ONとOFFのセレナーデ』の葬儀屋のヤリタイと看護婦の深町、『眠れる森の死体』の外科医の猪瀬・境など。つまり、過去の作品の登場人物たちがこの『リセット』という作品にリセットされるわけです。〈観客がリセットする〉この作品では時間的つながり、登場人
(フライヤーより抜粋)「場所と思い出」「雰囲気のある死体」といった別役氏の戯曲を読んでは、あまりのくだらなさに何度も吹き出し、電車の中や図書館で恥ずかしい思いをしていた高校時代の私にとって、別役実という人は”ナンセンス・コメディの巨匠”でした。─ケラリーノ・サンドロヴィッチ
童話『眠れる森の美女』を主なモチーフとした作品。サラリーマンの男は、いまだ見たことのない婚約者の見舞いに病院を訪れるが…
第一部「春の軍隊」は、突如出現した国籍不明の軍隊の戦闘で折角建てたばかりの夢のマイホームを、めちゃめちゃに壊される中年サラリーマンの物語。第二部「接触」は、授業中に餡パンを食べて、死刑を宣告される学生たちの話―SF風でスリリングな展開と、随所にあふれる笑い、ゾッとする恐ろしさをひめて、右旋回の速度をはやめる今日の日本に警告する鋭い風刺。飯沢喜劇ならではの痛快さ。
芸劇eyes
ある日、2つの家庭のリビングルームが、1つの空間に重なってしまう。1つは1945年、オーストリアとハンガリーの国境付近の村レヒニッツ。空想の旅に出ることが娯楽の三姉妹の家。もう1つは2024年の日本。高齢兄妹、泉縫(いずみ・ぬい)と妹の伊緒(いお)の暮らす家。1945年3月24日に起きた、パーティーの余興として200人のユダヤ人が殺されたという「レヒニッツの虐殺」までを過ごす三姉妹と、現代日本に住
日本・セルビア演劇交流プロジェクト
【日本初演、五人の俳優、十五人の登場人物、三つの愛の物語】かつては希望の象徴だった町。そこに集まった三世代の男女5人。信じていた全てが崩れ落ち、都会の無秩序な繋がりの中、愛に飢え、自分の居場所もない。それでもなりふり構わず人生に挑み続け、辿り着いた先に見えた世界は、天国か地獄か!? 紛争後のセルビアそして世界の「リアル」を描いた、セルビアン・ブラック・コメディーを本邦初訳で日本初上演。
くちびるの会 長編本公演第8弾。《あらすじ》人がワニになる変身譚。倉庫で派遣作業員として働く大貫(おおぬき)の心は孤独に苛まれていた。ある日、大貫はカップ焼きそばに祈りを捧げた。「僕の様な孤独な人々を救って下さい!ペヤング!」それから、同じ倉庫で働く同僚を皮切りに、街の人々が次々とワニになる怪異が頻発する!生きるのが下手くそな人々がどうにも愛らしくてたまらない、人間賛歌の物語。
1組のカップルが暮らす部屋のリビングに、共通の知人がふいに現れる。彼女が死んでいることを2人はもう知っていて、けれどもそれを迎え入れる。つかの間の再会と乾杯。なぜか、家に帰れなくなったという見ず知らずの他人も後から合流して過ごしていると、生きるものと死んだものの境目が溶け合って、いつの間にか夜が明ける。
令和3年度 次世代応援企画 break a leg
「令和3年度 次世代応援企画break a leg」に選出され、AI・HALL と共催で公演を行った〈集団暴力シリーズ〉の一作。「革命」を謳い原始共産主義を採用する集団農場を舞台に、「精神的指導者」亡き後の世襲を巡る抗争を描いた作品。カルト化した集団内での、資本や身体への〈所有〉および〈執着〉を巡る議論から、現代における〈信仰〉の現在地を問い直す。
舞台は山頂の展望台にある寂れたビヤガーデン。その日の真夜中過ぎに、ある星が壊れてなくなってしまうのだという。それを見に集まってきた天文学研究会のメンバーとたまたま通りかかった旅人、ビヤガーデンの女店主が寒空 にビールを飲みながら語り合う。各々の記憶の中にある各々の「壊れた町」が交差する。それは混じり合うことなくそのまま各々の方向へ消えていく。「何ひとつ共有できないもの同士も、一瞬だけ、一点で交差す
結城座旗揚げ385周年記念公演の第三弾として、三代目両川船遊が40年来温めてきた 企画であるフランツ・カフカの名作「変身」を上演。脚本・演出には、劇団 温泉ドラゴン代表・演出家として、人間の本質に迫る骨太で重厚な舞台を創造する現代演劇の牽引者の一人シライケイタ氏を迎え、人形デザインには若手油絵画家の谷原菜子氏を起用しました。谷原氏の特異な表現はカフカ作品の不条理な世界と響き合います。
近未来。東洋のガラパゴスと呼ばれている千久世島という離島は、かつてない賑わいを見せていた。国産みの神話に登場する島であると同時に、その島で発掘される「レアゲノム」という化石由来のDNAがヒトや動物の遺伝子組換えに必要なものとして注目を集めているからだ。その島に住む男は、奇祭で弟を失う。ところがある日、弟は蘇り、まるで別人のように男の前に現れる。弟の存在は島の住民を狂わせていく。そしてそれは、島の存
こじきや老紳士、魔法使い、市長、泥棒、白雪姫と称する少女らの前に突然現れた巨大な卵。大きな卵は回ったり光ったりしながら、中に本当の白雪姫がいるのではないかという夢を与える。本当の優しさとは何かを問いかけ、大人にとってはチクンと痛みを覚えさせるような作品。
【 あらすじ 】ある日、ひきこもりの息子に戦場への迎えが来る。母親は、息子の代わりに自分が出征すると言い出した……。日常と地続きの戦争を母と子の関係を軸に描く、うさぎ庵流のやわらかな不条理劇 。花組芝居の桂 憲一 、大井靖彦がジェンダーも年齢も超えて、母と息子を瞬時に演じ分ける。二人に関わる様々な他者を演じるのも、花組芝居の植本純米。
日本海に面した小さな港町、金輪町。加瀬真治は三日間の行方不明の後、別人格となって発見された。医師の診断は脳の障害。不仲だった夫の変化に戸惑う妻の鳴海を置いて、真治は毎日散歩に出かける。同じ時期、田舎町に似合わない凄惨な事件が起きる。老婆が家族を惨殺し自殺するという事件で、一人生き残った孫娘も神経衰弱状態だという。その後、町に奇病が流行り出す。ある特定の概念を失い、それについて理解できなくなるという
『デカメロン』は14世紀のペストの流行拡大を背景に書かれた。では現代、コロナの騒擾を抜けだしたら私たちは何を語りあうのか。舞台は避難所。疫病、戦争、災害――人々が何から逃れているのかははっきりしない。舞台上では『人類への提言』という鼎談がおこなわれている。そこに突然闖入してくる『デカメロン』の中の物語、あるいは脈絡のない言葉の朗読。場面と場面の行間から私たちを取り囲む「悪夢」が見えて来る。
何の罪かわからないまま逮捕された男ヨーゼフ・K(「審判」より)、吹雪の中どんなに歩いても城に辿り着く事ができない測量士K(「城」より)、親に捨てられ、権力者の伯父に引き取られたものの、その伯父に逆らったことで勘当された少年カール・ロスマン(「失踪者」より)。カフカの作品に登場する人物達によるオムニバス形式に場面は次々にかわり、短いエピソードが続く。役者の経験からでてきたエピソードや人物と、それに加
高天原乳業の女子社員寮はソフトボール部が支配する伏魔殿!?実業団リーグの絶対王者である彼女たちは今夜も地下食堂に集結する!小劇場界の風雲児「柿喰う客」の最新作は女優9名によるクロスゲーム!栄光の影に隠された悪夢の歴史を暴き出すアンチ・ヒーロー・サスペンス!
ある日親友の家に行くと男の死体が。なぜそこに死体があるのか?登場人物は「ちょっとまって」と繰り返すけど何を待てばいいのかわからず、不毛なおしゃべりばかり。新型コロナウイルス感染症の蔓延の閉鎖された混沌を描いたヴォードビル。
走ってくる車に体当たりをし、自ら傷つくことで賠償金をせしめるという、奇妙な商売があった。間違えたら命を落とすのであるから、文字通り体を張っての商売である。これはその名人と言われた「当たり屋」が、家族を引き連れ、「体を傷つけなくても生きていける街」を目指して、旅立つ物語…。
今作は、サミュエル・ベケットの戯曲「ロッカバイ」に触発され創作した。 「ロッカバイ」は、家の中で死と向かい合う老女の孤絶を描いていたが、今作は、公園にいる家を失った一人の女にフォーカスした。帰る家を失った女が、かつて住んでいた幻影の家に戻っていく思いにとらわれている。 コロナ禍で仕事や家を失い、公共の場でさらに孤独を深める人たち、その老い、死など現代社会の課題を鮮明に浮彫にする。さらに、今もなお世
女性型アンドロイドのしまむらとGUは『ゴドーを待ちながら』をサイバーシアタースペースで上演しようと申請をするが、上演許可がおりないまま初日を迎える。あてもなくスペースにログインして許可の降りない自分達ができることが何かないか模索する。いつしかその様は『ゴドーを待ちながら』の筋をなぞるように進む。
ひとの恋愛に手を突っ込んでみたら、宇宙だった。・ 飲み屋の片隅で語られるような、「自分だけの特別な記憶」は、他人が聞けば「ああ、ただのつまんない恋バナじゃん」とサラッと流される。そんな程度の話かもしれない。・つながりたくてもつながらない。ふみはずしたくてもふみはずさない。そんな、閉じた男と、埋もれた女の、途方もない距離感の物語。
『雨月物語』をモチーフに現代社会に迫る作品。「いかで浮木に乗りつも、しらぬ国に長居せん。葛のうら葉のかへるは、此の秋なるべし。心づよく待ち給へ」と、妻・宮木に言い残して、夫・勝四郎は旅立って行った。これが事件の発端である…
"1981年、早稲田大学大隈講堂で劇団「第三舞台」の旗揚げ作品として上演された、第三舞台の代表作を、紀伊國屋ホール開場50年記念公演として17年ぶりに上演。 本作は、上演される時期のの世相に沿う形で内容を常に進化させ、再演を行っている。 玩具メーカー「立花トーイ」の世界と、ベケット「ゴドーを待ちながら」を下敷きにした世界を、5人の登場人物が駆け巡る。 "
人は何によってできているのだろう。自分ではない「誰か」として、ぼろぼろ忘れながら、忘れ物を毎日しているような気分で生きている気もする。他者の知覚を追体験することはできるのか。「痕跡」「傷」について、顔を巡る旅をします。映像撮影に小宮山菜子さんを迎えての無観客配信作品です。
1986年に起きた大島三原山の噴火に触発されて描かれた、人類の暴挙から生まれた怪獣「ゴジラ」が、人間の可憐な少女に恋をするという育奇想天外な恋物語。怪獣「ゴジラ」を等身大の俳優が演じ、観客との共同幻想で、舞台に巨大な「ゴジラ」を登場させた。大島元町に住む一之瀬家では、長女やよいからの「会ってもらいたいひとがいる」という電話に、上へ下への大騒ぎ。しかしそこに現れたのは「ゴジラ」だった。家族は猛反対、
私たちは、家族だった。結婚式場の控え室。新婦の女はウェディングドレスに身を包み、煙草に火をつける。彼女の視線の先には、初老の男たち二人。夫婦のようにも見える彼らのやり取りを“娘”である女は慣れた様子で眺めていた。“父”の一人である男の走馬灯として語られる、奇妙な家族のありふれた物語。
すれ違う時間のなかで、彼はどんな記憶を彼女に残したろう。はっきりとそこにいるのに、キミはまるでずっと遠い果てからやってきた光がかろうじて描いただけの幻影のようだ。違う時間、違う場所で生きてきた人たちが時空を超えて出会い、やがて別れる。はじまって、それから、いつかおわる私たちに捧げる「初めての生」と「やり直しの死」の物語。
1994年に青年団プロデュース公演として、第七病棟の緑魔子を客演に迎え、「唐十郎さんや石橋蓮司さんが少女のイメージで捉える緑魔子さんとは違う現在の彼女」を登場させて話題となった。宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』や『青森挽歌』、内田百閒の『阿房列車』、寺山修司の『コメット・イケヤ』などを題材にとり、3 人の男女の複雑に絡み合う想いを、行く先が定かでない曲がりくねった線路の上を走る列車に乗せて描く。
日本を代表する劇作家で童話作家の別役実が、「西遊記」を下敷きにして、2005年にピッコロ劇団に書き下ろした奇想天外なファミリー劇場『飛んで 孫悟空』。兵庫と東北、ともに震災を経験した地域どうしの演劇を通した交流を発展させるため、仙台で活躍する俳優4名を客演として招いて製作、2014年8月、ピッコロシアター、いわき芸術文化交流館アリオス、日立システムズホール仙台(仙台市青年文化センター)で上演。
楽しく不思議な世界を作り続けてきた劇団・ワワフラミンゴがシアター・イーストに登場。静かに喋る役者たちが静かに小活躍。かわいく、楽しいシーンがどこまでも続く。たった一人のダンスは必見。幻から「今」に迫る。とぼけと夢が混じる12月の物語。
おなじみのピーターパンのお話である。とはいっても、ピーターパンもすっかり大人しくなって、相変わらず夜中に子ども部屋に忍び込み、子どもたちをさらってネバーランドへ連れ出してくれるものの、ちっとも冒険をさせてくれない。でも、そこはネバーランド、冒険は向こうからやってきて、ピーターパンも子どもたちも、海賊たちと闘うことになるのだが…。 誰もが知っているピーターパンとはちょっと違う、歌って踊って、大いに笑
第25回及び第26回OMS 戯曲賞佳作連続受賞した後に大賞を受賞した作品。人と人の関係性を戯曲により深く書き込み、創作した作品です。客演には、CoRich 舞台芸術まつり! 2018 春・グランプリを受賞し、コトリ会議に 3 回目の出演となるオパンポン創造社の野村有志、前回ツアーから連続出演する京都を拠点に活動する安住の地代表の中村彩乃、初参加の浜本克弥(小骨座)の 3 人を迎える。神戸アートビレ
音楽の手法でのマッシュアップは、異なる音源からトラックの一部をそれぞれ取り出してミックスし、一つの曲にするものである。本作は、短篇シリーズ『図書館的人生』で今まで上演されてきた『青の記憶』、『輪廻TM』、『ゴッド・セーブ・ザ・クイーン』、『賽の河原で踊りまくる「亡霊」』、『東の海の笑わない「帝王」』、『いずれ誰もがコソ泥だ、後は野となれ山となれ』の六篇を使ったマッシュアップ。過去現在未来に存在する
元新聞記者のヤブさんは、妻に先立たれ60代半ばで独り暮らし。やがてヤブさんの目に異変が起こる。右目で見える像と左目で見える像がブレ始め、二つの像はとうとう独立してしまったのだ……。ヤブさんから見れば娘の佐和子も2人、娘婿でかつての部下の松木も2人……。事態にうろたえたヤブさんは、なんとか収拾を図ろうと自分に言い聞かせ、ついに余計に見える像を消すことに成功するのだが、消されたのは本物の佐和子と松木
あらすじ「テメェのせいで組織が腐るんだよ!!」崇高な経営理念。野心的なビジョン。不可解な転落事故をきっかけに、すべてが狂い出す。夢と絶望が支配するブラックオフィスミステリー。
お笑いのライブで知り合った楠木と菖蒲は、互いの友人を誘って親交を深めて行く。二人の紹介で知り合ったシトロネラとヒソップは恋に落ち、ほどなく結婚式をあげるが、その直後シトロネラは水を飲むと湖になってしまうという奇病に侵される。二人の闘病生活は次第に疲弊しついにシトロネラに死の宣告が訪れる。ボリス・ヴィアン作『うたかたの日々』を大胆にアレンジしSF的世界観をシュールな舞台表現で描いた乱舞する愛の讃歌。
そこは、劇団うりりんこの上演会場。今日は、劇団の大物俳優、うり川りん太郎のひとり芝居「シン・リア王」の上演当日。間もなく開演時間だというのに、りん太郎は寝坊し、劇場入りが1時間遅れるらしい。場内スタッフとして参加していた、劇団うりりんこの若手俳優、シュウスケ、エリ、ユウキの三人は、りん太郎が現れるまでの時間をどうにかつなぐことになってしまった。その60分の物語
「無いみたいなんですよ、手も足も、顔も胴体も……」確かなものはなにもない。別役実×ルイス・ブニュエルを意識した果てなく更新され続ける言葉と世界。ケラリーノ・サンドロヴィッチが放つ不条理演劇の最新形!賛成派と反対派のシュプレヒコールが遠くに聞こえる中、物語は始まる。とある洋館に暮らす金持ちの一家。その中では父親(三宅弘城)と母親(犬山イヌコ)、そして息子(遠藤雄弥)と娘(峯村リエ)が、今日も退屈な会
その日は灼熱のビーチで迎えるクリスマス。浜辺に佇むひとりの男。相棒はウクレレとデッキチェア。そして傍らには渡しそびれたお歳暮の箱。それは忙しかった日々が嘘のような、ゆったり過ごす年の瀬。そんな穏やかなビーチに巻き起こった事件とは!?箱の中身は一体何なのか!?
劇団「柿喰う客」結成13年目に送る新作。13日の金曜日、恩師の13回忌に集まった美術系私立大学の同窓生13人を巡る物語が繰り広げられた。
かつて俳優だった男は語る。「俺は演劇を辞めた!」と。しかし彼がそう話す場所は舞台上で、その姿は観客に見られており、それは劇そのものである。彼がいるのは未だに劇の中の…
舞台「キノの旅」
2.5次元ミュージカル/舞台
舞台には電信柱が1本。その下にゴザを敷いて座り込んだ男が、通りかかった男に声をかける。「おままごと、せぇへんか?」そして誰も、これを断るわけにはいかない。我々の日常生活における、あらゆる厳粛なできごと、深刻な現実でさえ、いつの間にか「おままごと」に変質させられていく、悲惨で滑稽なものがたり。
新型コロナウイルスが猛威を奮っていた2021年9月8日、こまばアゴラ劇場で有観客上演と配信を実施。犬にまつわる短編劇2作と短編小説5作品の朗読で構成されたうさぎ庵的不思議世界が、短編上演の合間の換気や消毒でパンデミックという不条理な現実を凌駕する。
四国の田舎で隕石を拾った天文マニアの男たちの物語。その隕石は見た者の思考を奪い、時間を止めてしまう。誰かの手を借りない限り目をそらすことはできず、一人で見たら最後、餓死するまで見続けることになる。もう一つの特徴は、見た者に恐ろしいほどの幸福感を与え、見た時間の記憶は無く、ただ幸福感だけが残される。天文マニアと隕石の出会いから、100年後の行く末までを、日常がズレで大状況になっていく「イキウメ・スタ
瀬戸内海に浮かぶ小島に突然巨大な橋がかかる。あまりに巨大すぎたため島民たちは気づかないのか、以前とあまり変わることなく暮らしている。そこに兄弟がいる。母の死を受けて、兄弟のうち一人は変わろうとしている。一人は何もしない。同僚の音楽教師に淡い気持を抱えているにもかかわらず。音楽教師は島の外からやってきた。生まれてこのかた一度も泳いだことはないが水着を一つ持っている。いつそれを着るのかという問題。
拠り所なき「この世」に捧げる、生と死のセンス・オブ・ワンダー。《セミヘブン(その世)》、それは「この世」と「あの世」の間にあるもの。人々がいのちをアップロードしてクラウド化する社会に、とある母子がいた。中年を迎えた息子を、年老いた母は忘れつつある―劇団しようよ、旗揚げ10周年の〈救済劇〉
TOKYO DANCE TODAY #4
青山円形劇場の空間を生かした独創的な作品を発表するダンスシリーズ「TOKYO DANCE TODAY」の第4弾。「カンパニーデラシネラ」を主宰する小野寺修二の作・演出・出演作品。ダンス・マイム・芝居を混在させ、偶然と必然の迷宮に漂う人間を描く。
バス停――。男がバスを待っている。女が声をかけてきて、男に棲み付いた。別の女がやって来て、男は二人の女の深みにはまった。また別の男女がやってきたころには、男はすっかり彼等の手中。ところで…本当にバスはやってくるのだろうか…。兵庫、東京(「別役実祭りin俳優座劇場」参加)、モスクワ(「チェーホフ国際演劇祭」参加)で上演。
第12回せんがわ劇場演劇コンクールグランプリ受賞記念公演。劇場を舞台にした2つの二人芝居。【舞台編】舞台は、劇場の公演準備前の舞台。俳優がひとり舞台の上にいると、台本の台詞を正確に喋る見知らぬ男が現れる。それはすでに削除されたはずの台詞だったー。劇に登場しなかった登場人物とその役を演じるはずだった俳優の物語。【客席編】舞台は劇場の客席。劇の結末に納得できない登場人物と、人生でたった一度だけ見た劇の
プロポーズをした彼は、一月後に失踪した——。彼のいない部屋に残された一本の「木」を手掛かりに、柊円とその友人の江野木優人は失踪した恋人を探しはじめる。しかし、突如として江野木はその「木」に寄生されてしまい……。人とわかり合うために右手にマイクロチップを埋めることになった世界で、もうここには居ない人と、根強く伸びる植物を巡る、他者と共に生きる為の物語。
毎日の迫り来る「暇」とどう対峙するかのみにそのエネルギーの全てを費やし過ごした青春の日々。それは極めて純度の高い不毛でありかつ最大級に豊かな時間だった。今になって振り返ればの話。ここ最近はなんだかすぐにくたびれちゃう。大好きな悪口を云うエネルギーさえままならない。そんなわけでもっかいあの頃の黄金の不毛を 取り戻そうというのがこの劇です。灼熱の八月、午前0時 ぼくは一体の死体と出会った
FLOW series vol.2
本公演とは異なる手法を模索する実験的枠組〈FLOW series〉第二弾として、第一弾で上演した『悪態』を、『悪態_2307』へとタイトルを改めてリクリエーションし、金沢と大阪で上演。「Liminal Space」≒「境界的空間」と呼ばれるネットミームを引き続きモチーフに採用しつつ、「劇場への当て書き」をコンセプトに、上演空間に合わせた演出や作品内容へ修正を加え、作品のスケールアップを図った。