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舞台転換を挟む前後半二部構成のソロ舞踏。上杉が長年公演を重ねてきた東京中野の小劇場、テルプシコールで行われた。上杉自らが熟知する、何もない無垢の空間で、最小の身体と最小のオブジェが繊細な作品世界を作り上げる。
舞踏家として、一人の人として、生かされていることへの想いと、生涯を懸けて歩む人生の道への祈りを込めて創作。ー「Here」公演パンフレットより今までの生きてきたこと、出逢い、全ての軌跡があり生かされている。そして、ここから紡ぎ出される未来がある。変わりゆく時代において今ここで出来ることの可能性へ。からだ丸ごと飛び込み生ききりたいと思います。
2016年に起きた津久井やまゆり園事件を題材にした作品。能力と命の価値を結びつける能力主義の問題に対して演劇には何ができるかという問いかけのもと、「私たちはともに生きていくことができる」という感覚を共有することを目指して制作された。「生産性のない人間には生きる価値がない」と主張する青年と、重度の知的障害を持つ青年の魂が音楽を媒介にしてまじりあっていく様子を描く。
フランスでのカトリーヌ・ディヴェレスとの3年間の作業を経て日本に戻ってから最初の舞踏ソロ作品。「動きの巾ではなく気配の落差」、「抑圧した動き」で劇場の空間をつかみ、「彼女に於いて愛(エロス)は完結する」(佐藤正敏/テレプシコール通信)と評されるほど、観客を魅了した。
Don't cry boy
村々を繋ぐ、ひくく小さな山の連なり北厳の四季に、悲哀を満たして石狩の水が流れていた。―チラシより五井輝の生まれ育った家からは、石狩川を挟んで向こうに音江山が見えた。標高730mの平べったい山は、沖里河山・無名山と共に音江連山として地元では親しまれている。
遥か内へと降りていく ああ ピシリピシリと鳴る薄い磨り硝子越しの光の庭で ずっと一緒に鳴っておりました。舞踏家・大倉摩矢子のソロ舞踏公演。自身の幼少期の実体験と現在の肉体を溶融させてゆき、ただ、そこに在り続け、歩み続ける。あらゆる存在が自在に行き交い、交感する存在へ変貌していく。そして、生きることへの祈りへと昇華していく——。
俳優・崎田ゆかりが立ち上げた「劇場」シリーズ第1作。同シリーズは崎田が公演主宰。テルプシコールは1981年設立の劇場で演劇や多くのダンス公演が行われてきた。『プロローグ』は崎田による脚本だが唯一の登場人物「女」により複数の戯曲の台詞が引用される。劇の後半は泉鏡花『天守物語』の姫路城天守に棲みつく妖怪・富姫の物語が劇場に住みつく「女」と重ねられる。俳優は劇場内外を駆け回り、客席でも演技をした。
「記憶の沼」のみなそこから湧き上がり、吐き出され、吞み込まれてゆく数々の物語。地上でもあり水中でもあるような、あいまいな境界に繰り広げられる女性舞踏の饗宴。
好善社第二回舞踏公演。チラシより:土方巽氏に師事して以来、1979年「楼閣に翼」を舞台に好善社を設立。それから彼(和栗由紀夫)はパタリと沈黙し、ひたすら江戸小紋の染めの仕事に入る。そして7年後の今日の出来事である。1985年、スタジオ200で行われた「東北歌舞伎計画」に参助しながら、浮上する機会を暖めてきた。彼にとっての舞踏が燃焼し始めるこの時期は、亡き土方巽氏を思えば無念の心境であろう(彫刻家・
大倉摩矢子、初の長編ソロ舞踏。自身の幼少期の体験や母への想いを基に即興舞踏で体現。第35回舞踊批評家協会賞 新人賞受賞作。まるで穴の中でぐるぐるとまわりつづけているかのようなあれやこれやの堂々めぐり。そこから飛び立つ白い鳥。穴をうめようとすることよりも穴のまんまでいいんじゃないか。ただしその穴の優しい暗さに溺れてしまうこと勿れ。そんな微熱に毒薬を。
大森政秀舞踏儀 アンモナイトの爪-Ⅳ
「大森政秀舞踏儀 アンモナイトの爪」の第4回公演。北海道の炭鉱町で生まれた大森が、幼少時に野原で群生する「スカンポ」を食べたときを思い起こし、常に存在しながらも無用で無名のままの肉体を発見しようとした作品。状況劇場役者、天竺五郎と土方巽の「四季のための二十七晩」出演者、時計(ときけい)が飛び入りで登場するが、これはまったくのハプニングだった。終盤で「大森さん、いいぞ」と声をかけたのは女優の中島葵。
アンモナイトの爪番外編
「奇妙な物質のささやきⅡO」と題された、様々の舞踏家達による日替わり連続公演の一演目として上演された本作は、石井と大森のソロとデュオとで構成される。ソロパートは即興舞踏に重点を置いて自在に展開し、デュオパートもきっかけの申し合わせのみで進行した。緩やかな、また即興性が高い構成の中で、それぞれが他者の肉体といかに混ざり合えるのかを試みた。
舞台は閉館している図書館の裏庭。本を返しに来た女、たまたま立ち寄った男、図書館のスタッフにより、虚構の物語の本質=「虚構は人の言葉を通して遠くへ、そして未来へとひそかに自らを運び、多様性に耐え得る社会を作っている」という内容が「虚構の遺伝子」という言葉をキーワードに語られる。
2008年5月に死去した五井輝の遺作。白い石をいくつもいくつも荷車に積み曳いてゆく姿が印象を残した。チラシには、「Don't cry boy- Last round」とある。