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-異なるバックグラウンドを持つアーティストたちによる、多彩で豊かな日本のパントマイムの世界 ●Bプロ 小島屋万助ディレクション
GOSADOUー娯作動ー誤ちはときに軋轢を生みそれは他者にとって娯しく作用する ようこそ!娯作動の世界へ!
2008年春桜さくら サクラは まだ?マイムソロライブ BEST版
パントマイミスト二人が生演奏とともに繰り広げるマイムシアター
公募出演者と共につくる、群衆が主人公となる白昼夢のような演劇作品。街にはたくさんの人が蠢いています。交差点でふと顔を上げた時にそこにいる多くの人たちの人生を一瞬想像しようとする時があります。しかし信号は青になり、人々はどこかに去っていきます。これからさき出会うことのない人たちがなんてたくさんいるんだ!そんなことしか思えないまま日々は過ぎていきます。しかし、演劇でならその想像の先を、青信号の先を考え
和太鼓+ダンスユニット<まだこばやし>による初の単独長編公演。「それぞれが」「鳴る」「共鳴する」をテーマに、打楽器とダンス、声や歌、演劇的表現に加え、ハーモニカなど他楽器の使用、儀式と照明効果の融合など、音楽的身体×身体的音楽パフォーマンスの可能性を追求した80分。人との距離が遠くなった時でも、響き渡る生のエネルギーは空間を駆け抜け、みんなを巻き込んで、どんどん世界へと共鳴していく。
わずかな変化がもたらす大きな変化。 小さな一歩が、大きなモノを動かす力になればいいなぁという思いを、一人の男を中心に少し抽象的なイメージで繋いでいくお話。 なんの影響も与えないように思える小さな力も無力じゃなく、何かを大きく変える力があるんじゃないか...そう、この世界が空で繋がっているなら。 立ち寄った劇場でたまたまみた作品が、間接的にでも何か世界に大きな影響を与えるかも。 そんなのささやかな願
あかちゃんとおとなのための演劇・ベイビーシアター
蛇口からしたたる一筋の水をめぐって、無言の人間がさまざまな姿態を見せる。1980年代の伝説的舞台、太田省吾の戯曲『水の駅』を、あかちゃんと大人のための演劇(ベイビーシアター)として全く新しい演出で上演します。極端に遅い動作で一瞬の生を切り取る手法を生かし、流浪する人間の姿を確かに描いた本戯曲。その中の人間の生の描写をあかちゃんと一緒に見ようという試みです。
1985年、ピッコロシアター鑑賞劇場で上演されたママコ・ザ・マイムのこども劇場プログラム。おやこでマイムをたのしむほのぼのとした舞台笑ったり泣いたりにんげんってなんて すばらしいんだろう!マイムの持つあらゆる可能性が舞台に繰り広げられます
2020年初演したCo.Ruri Mitoの代表作。コロナ禍の真っ只中で、7名のダンサーとクリエイションを行い、施設利用の条件が緩和された10月に上演した作品。個と群の関係性をテーマにし、「自分の身体とはどこからどこまでか」という問いを投げかけ、生命の根源に迫る。私たちの存在とその相互作用を探求する試み。曖昧な身体の境界線を通じて、個の消滅や集結の解釈を観る者に委ねる。
幻の蝶 VOL.127 2013年梅若能楽堂で上演生きる喜び、哀しみ、切なさ、ユーモアとペーソスで織り上げた詩情豊かな舞台。初演以来34年、日本人の心の風景を描く『空間の詩』と称され、国内外で高い評価を得ている作品
2500年前の傑作『オイディプス王』を現代女性の見た悪夢としてとらえ、運命に翻弄される人間世界を描いた。ギリシア悲劇の世界を女優だけで演じた奇抜な演出は大きな反響を呼び、2002年の初演以来、国内外での再演も多い。2010年にはルーマニアのシビウ国際演劇祭でも上演。本映像は同年凱旋公演の模様を収録。
夏目漱石の小説『こころ』を原作に、セリフを使わず身体と字幕のみで綴る無声のダンス劇本作のために録音されたクラシック音楽が静謐な空気を支え、随所にユーモアを交えながら重厚なテーマに向き合い、観る者の心に静かな余韻を残す舞台作品
カラフルな絵本の世界にようこそ!子どもから大人まで三世代で楽しめる年齢不問のエンターテインメント!ご存じ世界で初めて飛行に成功した ライト兄弟の物語!!︎ ではなく… ライト兄弟に憧れたある兄弟が、 亡き父の夢を果たす為 さまざまな困難に挑戦するおはなし
「菓」は植物の生態からインスパイアされたものをテーマとし、坂田有妃子の父親の死に感じた想いも重ね合わせた。たとえば植物が成長していくときに出す「エチレン」というフェロモンは、秋の紅葉など葉が色づく現象を起こす。それは目には見えない植物同士の信号のようで、ささやいている言葉のようにも感じ、そして植物同士の猛烈な競争や駆け引きが起こっているようにも捉える。繰り返す生死をミクロの視点から切り取り作品にし
-異なるバックグラウンドを持つアーティストたちによる、多彩で豊かな日本のパントマイムの世界 ● Dプロ 山本光洋ディレクション
主人公「がっちゃん」は5歳の男の子。冷蔵庫のお母さんと仲良く暮らしています。幼なじみのケトルちゃん、テレビに掃除機、洗濯機にヒーターなど、お友達もたくさんいます。がっちゃんの冒険談は成長記のようであり、廃品家電の姿を通じて「物と地球と人」の未来像を問う絵本のような世界。13の登場人物は、実際に舞台に立つ俳優、舞台袖でセリフ発する人、そして映像でセリフを手話で表現する地元のろう者が演じました。
-パントマイムのイメージを変えて、観る者に感動を与えてくれる山田とうしのソロマイムステージ。出身地三島市で行われた公演。
スーパーパントマイムシアター SOUKIの大好評オムニバス・パントマイム『CRAZY PHANTOM』が、更にクレイジーにゴージャスに、パワーアップ!唯一無二のパントマイムオムニバス。
2016年に起きた津久井やまゆり園事件を題材にした作品。能力と命の価値を結びつける能力主義の問題に対して演劇には何ができるかという問いかけのもと、「私たちはともに生きていくことができる」という感覚を共有することを目指して制作された。「生産性のない人間には生きる価値がない」と主張する青年と、重度の知的障害を持つ青年の魂が音楽を媒介にしてまじりあっていく様子を描く。
KAVC 新しい劇場のためのwork:02
コロナ禍をエンターテイメント化した実験作。新型コロナウイルスの無い世界からやって来た人々が無菌を感染させて行く。劇場観劇と配信観劇の二種類のチケットを販売。
-それはまるで愛の始まりと終わりを告げるかのようだバックミラーに映し出され、流れる景色のようだ伝三F パントマイム in EGGPLANT,Kobe Silent movement GO HOME
仮面が瞬き、微笑み、怒りや哀しみに震える。命を吹き込まれ、千変万化の表情をみせる陰陽二面。自由とは・・・ 生きることの不条理に戸惑い、哀しみに立ち尽くす。フルートの生演奏で演じる6本の短編集。
巌流島の決闘に向かうまでの佐々木小次郎の旅を大胆に脚色した本作は、パフォーマンス性の高い作品作りに定評のあるウォーリー木下が作・演出を務め、関西を拠点にパントマイムの第一線で活躍するマイム俳優のいいむろなおきが出演する、身体表現と映像のコラボレーションで魅せるパフォーマンス演劇である。本作は 2008 年に大阪・HEP HALL での初演後、韓国の招聘公演を経て13 年ぶり
「古代オリンピック」はギリシャのオリンピアで紀元前776年からおよそ1200年も続いたスポーツの祭典。争いの絶えなかったこの地域で、4年に一度のこの期間は争いをやめてスポーツに熱狂したと言われています。その古代オリンピックの存在を知ったフランスのピエール・ド・クーベルタン男爵によって「平和の祭典」として復活したのが「近代オリンピック」。戦争と平和、戦士から選手へ。鎧を脱いで裸になり、一人の人間とし
-雑踏の中でしゃがみ込み、犬の目線で都市を見ると、それまで知っていた都市の姿がぐらりとユガみます。,,,視座を変えたり、関係が変わったり、わずかな座標軸のズレで「コンナハズデハナイ世界」があることを知るわけです,,,
風景によせて2022
車の窓からいつも見える田園のパノラマ。泉の恵みと人々の営みを感じるこの場所の風景に「つゆ」のような記憶が沁みてきて、やがて川となって流れて行きます。わたしたちはその流れにそって、小さな舟を出します。ほんの小さな、目をこらさないと見つからないような。
小さなサーカスの中でおこる色々なこと。ひとつの雨粒が大海原になったり大きな紙でかくれんぼ。たくさんの筒の上に乗っておっとっと、紙の人形も動き出す。ある日、サーカスを乗せた汽車がやって来た。その先にあるのは真っ白なサーカステント。あれれ?サーカスを始めようとするも星が落っこちてきちゃったんだけど。...どうしよう?サーカスはいつの間にかやって来て、いつの間にか去っていく。あたりまえのことが、あたりま
…の手触り
人と、人ではない、人の形をしたものの物語。沼津ラクーン8階という、街を一望出来る廃墟のような空間全体を舞台とし、この作品のために作られたチェロソナタの生演奏とともに、長井望美の人形とダンサーの安岡あこが出会い、言葉を交わさず、触れずに心を通わせるパフォーマンス。演出は目黒陽介。
世界で一番多くの言語に翻訳されている小説が、サン=テグジュペリ「星の王子さま」らしいです。有名な言葉「大切なものは目に見えない」、もしかしたら大切なものは言葉でも表せないのかもしれません。そんなサン=テグジュペリの言葉の世界からフワリと飛び立ち、ひねくれた僕の手によって大きく解釈を変えた黙劇「星の王子さま」。そうそう、あらかじめ言っておきますが、可愛い王子さまは出てきませんよ。
一粒萬倍 五穀豊穣の物語
コンセプト・五穀豊穣への感謝と祈り。物語:古事記で最初に姿を現した独神・アメノミナカヌシが、混沌とした現代に再び姿を現し、八百万の神の世界の扉を開き、いにしえの物語を蘇らせる。物語は、伊邪那岐、伊邪那美の国生み、黄泉の国、三貴神の誕生、スサノオの高天原での大暴れと岩戸開き、五穀の種の誕生へと続いていく。食の神・大宜津比売の御心が宿った五穀の種は人間社会に五穀豊穣の恵みをもたらすのだった。
屋上から見える風景は、向こうの山とつながっている。巨大な空気が、その隔たりを埋めている。はるか遠くの山のきわに、この目の先が通り着く。小さく立っている、螺旋階段の貯水塔。貯水塔は本当は小さくなんかないのだ。階段を登る人がいる。その人と私とが、同じ空気でつながっている。一直線。ひと連なり。その人は、そのことを知っているのか。その人が吸う息は、私が吸うのと同じのか。隔てるもののなにひとつない、この隔た
-異なるバックグラウンドを持つアーティストたちによる、多彩で豊かな日本のパントマイムの世界 ●Cプロ北京一ディレクション
京都在住の2名のアーティスト、アンビエント・エレクトロニカを軸に活動する音楽家の北航平と、「ランドスケープシアター」はじめ、空間・記憶・時間をモチーフにパフォーマンス作品の演出を手掛けている中谷和代(ソノノチ)が、音楽ライブとパフォーマンスを融合させた空間作品。タイトルに込められたものは、観客一人ひとりへの静かな問いかけです。ここでいう「旅」とは、日々の営み、仕事、創作、生活そのもの。いま、あ
「ストライプトストリート」(1986年頃) マイムトループ気球座
夢と現実の境界を行き来するうちに浮かび上がる世界。言葉を介さず連なる点と点を結ぶことで、呼び起こされる記憶。言葉によって何もかもを理解しようとする私たちの、その外に広がる世界に想像をめぐらせる。3団体の俳優らを中心とした長期プロジェクトから始動。演出はマイムの動きをベースに、独自の演出で注目を集めるカンパニーデラシネラの小野寺修二。ダンス・マイム・手話・コトバの境界を超えた、身体について探求する。
「大きな絵を描き始めたのは夏だった」という「観る者」としての画家の視点と「大きな絵のモデルをしていた」という「被写体」としてのモデルの視点が、交錯するさまを描く。男女の心の機微を刻々と変化する空模様に喩えた詩のようにダンスは展開する。女は画家の言葉をかき消し、立場は反転。男は虚しく地を蹴り、女は精一杯空へと手をのばす。「Love is life that lasts forever」映画監督、デレ
宇宙にある変えられない法則の「時」の中生きてゆく万物や人を「画」くグランバルーン「自」らがデフォルメした作品をあるがままに「感」じてほしい
ソノノチ ランドスケープシアター
目で見て、耳をかたむけ、ことばをさがして。その場から移動したり物を置いたり、寝転んだっていい。あなただけの眺めをさがしに。もっとうれしい胸騒ぎがする方へ。2021年の秋、現地の風を感じながら、約半年間の滞在を通じて制作したパフォーマンス作品。地域の公民館前の休耕田エリアを舞台に、大地をもやい、観る人ごとに異なるフレームを映し出す「ランドスケープシアター(風景演劇)」プロジェクト第3作。
-異なるバックグラウンドを持つアーティストたちによる、多彩で豊かな日本のパントマイムの世界 ●Aプロ 江ノ上陽一ディレクション
ある街角で人々にほほえみを贈る2人の大道芸人がいた。
ニュースやSNSの向こう側、もしかしたら地球の裏側の顔の見えない人たちや見たことのない場所のことを想像していく、そんなお話。 見えるもの、見えないもの...見えるものを少し疑い、見えないものを想像する。そんな僕の頭の中にあることを、少し可愛らしい寓話のように並べたお話です。 doubt...本当にそんな可愛らしい作品なのか? それもちょっと疑わしくはあるのですが...。
ヤマダ トウシ ソロマイム3
-91年より東京労音R'sアートコートの企画で実施してきたパントマイムシリーズ定期公演の3作品目作品:ちがう桜の樹バルーンガールエモーション(マスク)
劇団初のチェーホフ作品。湖畔の田舎屋敷を舞台に、作家志望の青年トレープレフと女優を夢見る乙女ニーナの関係を軸に、屋敷に集まる人々のさまざまな恋愛模様が描かれる。この群像劇を自己実現の病に苛まれた現代人の苦悩の姿と解釈し、「剥製たちのボードビル」として上演した。初演は2019年、劇団創立35周年記念公演。その後2023年にルーマニアのシビウ国際演劇祭に招聘され大きな話題となる。
ごがつに みれる たのしいもの明石スタジオ提携 Aiya HONDA Pantomime Cabarette作品:マイウェイ、ウェイター、レフェリー、トレンチコートの男、はじめてのデート、ブルースハープ
近松門左衛門の『曾根崎心中』と四世鶴屋南北の『東海道四谷怪談』を、「生活は汚れである」という世界観のもとにドッキングした作品。心中に失敗した男女の愛が落ち延びて生活するうちに萎びてゆくドラマを、古語による台詞と非日常的・非生活的な身体で描いた。生活に近い言葉や身体ではなく、コンフリクトを抱えた俳優の身体の中に、生活のドラマを追求した。
ひろい世界の中の 星粒のような わたしの在り処(ありか)一番大きな面をまず、草原と、鳥たちの群れのラインで分離する。ところどころに、小さい花を散りばめる。上から順に色の名前を言う。また、音楽を添えてみる。いつか夢で見た場所と照らし合わせる。その中をそっと、歩いてみる。
今回の公演タイトル「Antipiol(アンティピオル)」は、「分裂症の少女の手記」(セシュエー著)の本のなかで実際に病院で腫物に使われていた軟膏の名前。少女は精神疾患で入院中に聞こえた幻聴の声をアンティピオルさんと呼ぶ。嘲笑し命令する声のアンティピオルとの闘い。彼女だけでなく誰でも心の中にある自分でもわからない感情、押さえつけられた思い、トラウマなどが何かのきっかけでアンティピオルのように現れるも
伝三Fパントマイム アトリエ公演
-『mime 蜘蛛の糸』は原作である芥川龍之介の「蜘蛛の糸」を絶妙にアレンジしたストーリーマイムの金字塔であり、パントマイミスト伝三Fのライフワーク
川の流れと同じように、私たちは刻々と変化し、生まれ変わっているのだとすれば、ひとつ前のあなたはきえていて、今のあなたもやがてきえる。きえたものが撚(よ)り合って、あなたになる。あなたはきえてしまったものでできている。ソノノチの最新作は、Robin Owings制作のインスタレーションとの共演。かつて織物工場だったこの場所から、無常の風景へ漕ぎ出すように。ランドスケープシアターに続く、新作パフォーマ
わかりやすいパントマイム作品からストーリー性のある物語まで、5~15分の短い作品でつづるオムニバス作品集。マイムの「おもしろさ」「不思議さ」「美しさ」を凝縮した、まさに「マイムの時間」。2000年初演以降、小・中・高校等での芸術鑑賞会、公共ホール主催事業での一般のお客様を対象とした劇場公演、海外フェスティバル公式招聘上演等、国内のみならず海外でも数多く上演されている、マイム俳優いいむろなおきの代表
“時間”をテーマに、過去・現在・未来を行き交う人の記憶と想いを描くパントマイムオムニバス作品。静寂と音、光と影の中で繰り広げられる「時の物語」。前田秀の身体が刻むリズムが、観る者の心の時計を揺り動かす。
子ども達の「遊び」や生演奏、観客を巻き込む演出に終始笑いが溢れます。自分色に染め、生き抜いた落ち葉のように「自分らしく生きる」子ども達の背中を優しく後押しします。作曲に悩む音楽家がやってきた。旅芸人の道化師もやってきた。考え方も表現も違う者同士が噛み合わないながらも少しづつ距離を縮めていく、そんな三人のおかしな物語。やがて季節は移り行き…。落ち葉の中で繰り広げられる楽しくも美しい言葉のない舞台です
「言葉の通じない相手にも、物語を伝えることはできる」というコンセプトをもとに、日本のマンガやゲームのキャラクター性、吉川英治の宮本武蔵、シェイクスピアの夏の夜の夢とハムレットをかけあわせたノンバーバル演劇を制作。キスをした相手を不老不死にする力をもつ少女が、人斬り、三つ目の妖怪、虚無僧、忍者など個性的なキャラクターと繰り広げる悲劇。
ZOERUNA association third stage Aiya-Honda Great Pantomime Show
王様には秘密がありました。その秘密を知ってしまった床屋はふと思いました。「そもそもなんで王様の耳はロバの耳なんだろう?」イソップ寓話を新しい解釈でアレンジ。身体表現や生楽器、道具を使った見立ての表現などで描く絵本の世界のような新しいダンス劇。マイノリティの生きづらさは、大衆の理解と許容の意識で好転するかもしれない。そしてそれは何気ない純粋で小さな一言がきっかけかもしれない。そんな願いを込めた物語。
創立20周年記念公演「Yamanote7481」3本立てのうちのひとつとして上演。俳優の頭脳と身体を材料に繰り広げられる独特のトレーニング《山の手メソッド》。それをエンターテイメントにまで昇華したのが「jam」。特別ゲストに劇団OB・清水宏氏と落語家・柳家花緑氏を迎え、山の手事情社俳優とのバトルロイヤルが実現した。稽古場のビビッドでゾクゾクするような興奮をたっぷりとお楽しみください。
震災後、「ことば」を失ったぼくらは「家族」についての思いを巡らせた。そして、「あやなす」というコトバに出会う。ひとの糸は織り交わり、しがらみ、模様を描く。この作品に台本はない。稽古をしながら、アイデアを絡ませていく。ときに折り合いをつけながら。ぼくらは「家族」を褾るための「ことば」を探した。それは震災で失った「ことば」を探る作業。この作品において、口から発せられる「ことば」はない。きっとぼくらの中
本多愛也の代表作、「白球」。2009年ソロ公演 「ゾエルナ!」より
TOUCH - ふれる -
Co.Ruri Mitoは2021年より「TOUCH - ふれる -」というプロジェクトを3年間発展させてきた。「TOUCH - ふれる - #2」は最終成果となる公演だ。キーワードは「グラデーション」。7名のダンサーが固有の身体を軸にユニゾンを踊る。音楽は内田輝。自作楽器を調律し時間を立ち上げる。衣装はYANTOR。手紡ぎ手織りの素材で、作品の世界観を支える。始まりも終わりもない作品。