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『「さ迷える愛・序破急」三部作』
コロナ禍の中で三度の延期を経て、今年11月に初演された「さ迷える愛・序破急」三部作の完結編『心と地』の舞台はなんと宇宙。発達し続ける資本主義と強化される管理社会の行く末を問うSF作品です。
フィールドワークを軸とした国際共同制作を数多く手がける北村明子による新たな試み「Xstream project」の第一弾。フィリピンと日本のアーティストが共演する舞台で、現代のアニミズム・シャーマニズムの在り方を問う。
0歳から楽しめる舞台公演。誰もが大切な時間を過ごす「家」をモチーフに、人と家具が描く絵本のような不思議な世界を、パントマイム、ダンス、アコーディオンの生演奏で描き出します。
2004年に新国立劇場で松本修/演出で上演されたカフカ原作の『城』を底本とし、松本修氏の監修の下に創り上げた秋田のパフォーマー達が総力を挙げて取り組んだ大型企画。
1700人以上の応募者から、野田秀樹がオーディションで選んだ「東京演劇道場」のメンバーらが初見参!演じるは、「赤鬼」。移民、国境、社会の分断…今の社会が抱える問題をいち早く描き、1996年の初演以降、日本、イギリス、タイ、韓国で野田が各国の俳優と共に作り上げてきたマスターピースを野田自身の演出により16年ぶりに日本で上演する!
「場所にこびりついた記憶」と「記憶の空洞」をテーマに、メンバー各自の地元に赴き、その場の記憶を拾い上げ、その場に居た私たちにしか掴めないものを探した2週間の「ZAZI・ZOO JAPAN TOUR 2023」そこから、記憶というテーマはずらさずに、演劇史や過去の創作物を進歩史観に照らし合わせ、ちぎってはつなげて生み出した「ZAZI・ZOO JAPAN TOUR 2023」最終章。
ドラマとカオスを縦横するスペースノットブランク。CHAOTICなコレクティブによるDRAMATICなアドベンチャー。ダウンロードとアップロード。HIGH & LOW。物語とキャラクターと本人と別人が脱ぎ着する、母音だけでコミュニケーションできる「場所」。実存しない物語とキャラクターを、実存する本人が「上演」というシチュエーションを用いて実存する別人の目覚ましを鳴らそうとするための舞台。
SUNA
演劇実験室◉万有引力 第5回公演(再演は第9回・10回・12回・21回・39回・56回)。イギリス、ブラジルツアーも含め、万有引力のオリジナルでは最も上演回数の多い作品。1986年には第40回エジンバラ国際芸術祭にてフリンジ・ファースト(最優秀賞)を受賞。1995年にブラジルに初上陸。この『SUNA』は、「距離」に関わる事物と人間の関係・役割をテーマに、観客と一緒に、劇場空間に巨大都市を持ち込もう
コロナリポート
Sign:忙しなく動き続ける体と、短時間に凝縮した数多くの身振りで構成された10分間のダンス。振付を覚え練習することで、コロナ禍の滞留した時間を前に進めることを目的に制作された。Out:neji&co.のプロジェクト最終作。俳優によって上演されるテキストを用いた作品。2020~2023年を振り返りながら、過去から現在を通過した未来まで、私たちの生の「外」にある時間を想像する。
コロナリポート
パフォーマーの入退場、音響や照明の変化などの舞台作品における様々な行為のきっかけ・手掛かり・合図を「キュー」と言う。Go To/Stay Home、緊急事態宣言発令/解除等、反復し持続する現在の「外」に出ることを体で試みるダンス作品。2021年初演。コロナリポート三部作『Sign』『Cue』『Out』。
『「さ迷える愛・序破急」三部作』
2018年に初演された、「さ迷える愛・序破急」三部作の第一作『翠晶の城』は、自己の要塞化にも他者との開かれた関係性にもつながるメタファーとしての「城」をモチーフにした作品。エキストラ出演者5名が参加。
集団と、集団の言葉と、言葉の意味の侵入を基礎とする新しい舞台。大きな集団に生まれる小さな集団たちが、言葉の意味の侵入を自覚的と無自覚的に行ない合いながら膨張し、飽和し、収縮し、最後に残るべきものことの何かが残る。または何も残らない。という群像になる。
こどもとつくる舞台vol.2
こどもたちの発想により作られた物語や絵を、ダンスや歌や芝居にして上演する企画“こどもとつくる舞台”の第2弾。オノマトペやたのしい音楽、みんなが知っている遊びも用いた、0歳から大人まで楽しめる、全世代に向けた舞台作品。
土地に伝わる民俗芸能のように、自身が暮らす都市から生まれる芸能をつくる試みとして始動したシリーズ作品第一弾。
2016年に起きた津久井やまゆり園事件を題材にした作品。能力と命の価値を結びつける能力主義の問題に対して演劇には何ができるかという問いかけのもと、「私たちはともに生きていくことができる」という感覚を共有することを目指して制作された。「生産性のない人間には生きる価値がない」と主張する青年と、重度の知的障害を持つ青年の魂が音楽を媒介にしてまじりあっていく様子を描く。
AsiaTOPAフェスティバル
「ButohBAR番狂わせ」第二弾の本作品はASIA TOPAフェスティバルで上演され、初日前、完売し大好評を博した。メルボルン在住の舞踏アーティストゆみうみうまれ演出のもと、舞踏、演劇、歌、キャバレエ、ビジュアルアートが融合し、屋内外の儀式的かつキテレツなパフォーマンスで「美しくも不完全な番狂わせ」をテーマとしている。静けさとカオスが行き来する中、舞踏マスター・竹之内淳志氏、音楽家小宮広子氏を含
ある日突如広がり始めた「犬だけがかかる謎の病」を通して、感染と恐怖、排除と連帯をめぐる社会の縮図を描く。声と言葉だけで紡がれる寓話的世界が、観客の想像力に問いかける。音による臨場感と想像力で、不安と希望の狭間を描く朗読劇。コロナ禍で様々な制約が生まれた状況で上演を可能にするためにメンバーだけで受付やテクニカルスタッフも兼任したミニマルな公演。
サンテグジュペリ「星の王子様」を演劇化。「大切なものは目に見えない」というテーマを具現化するため、素舞台の中、ダンボール箱と黄色いマフラーを変幻自在に使用し、観客の想像力を刺激します。また、20代から50代までの俳優が各場ごとに王子を演じつつ、《花》《ヘビ》など複数役も兼ねることで、多様性の世界を表現します。
1700人以上の応募者から、野田秀樹がオーディションで選んだ「東京演劇道場」のメンバーらが初見参!演じるは、「赤鬼」。移民、国境、社会の分断…今の社会が抱える問題をいち早く描き、1996年の初演以降、日本、イギリス、タイ、韓国で野田が各国の俳優と共に作り上げてきたマスターピースを野田自身の演出により16年ぶりに日本で上演する!
早稲田大学演劇研究会の中の学生劇団として旗揚げた翌年、1985年の作品。本拠地である大隈講堂裏に工事現場用の足場と鉄パイプで作ったテント劇場での上演であった。いわゆる80年代の小劇場演劇ブームの中、俳優のパワーみなぎる身体と言葉で劇団の作風を確立した作品。時代の表層の明るさや疾走感を写しながらもその陰で失われていくもののさみしさまで見据えた劇団初期の名作である。
本作『ストリーム』は、コロナ下で起こった時間感覚の変化をテーマに制作された三部作『Sign』『Cue』『Out』のスピンオフとして、2020年から現在までの出来事を元にした、捩子のモノローグで構成されたソロ作品です。芸術活動、仕事、病、子育て、戦争、経済、死、ダンス…コロナだけではない、私たちの日常と生に並走する様々な“with-ウィズ”について話すことからパフォーマンスを立ち上げます。
カンパニーデラシネラは見立ての技法を使い、身体性に着目した質の高い演出で、毎公演独自性のある表現の模索を続けています。本作は、デラシネラが2009年に発表した松本清張『点と線』を、改訂再演するものです。謎解きの思考に寄り添い、考え出されたトリックを身体で視覚化することにより、心の機微や情景を浮き上がらせます。
世界中の老若男女が楽しめるステージアート作品。アンデルセンの名作童話を原作に、双子の人魚と半魚人の姉妹を主人公にした物語。フランスの照明家とコラボレーションし、「テアトルノアール」という特殊な照明演出法を用いて、深い海の世界や思いやりの心や無償の愛など繊細な心情を描く。
サーカスエンターテイメントショー
街角のレストランが舞台。お腹をすかした客(クラウン)がサーカスレストランに入店。注文して次々と披露される、アクロバットやジャグリングなどの素晴らしいテクニックのサーカス芸の数々。
清姫は、好きになった僧の安珍に再会の約束を破られ、彼を追ううち蛇に変身し、安珍の隠れた道成寺の鐘を巻いて焼き殺す。道成寺は和歌山県に現存し、多くの伝説がある寺。日本人はなぜこの物語が好きなのか? 「今昔物語集」や歌舞伎台本、郡虎彦「清姫」などの戯曲を編み込んだ、現代版のレビュー。
朗読×ダンス公演
朗読とダンスで綴るストーリー仕立ての舞台公演。ある中学生の少女はすすぎ雨により自身が周囲から嫌われている存在である記憶を忘れることができ、しばらく幸せな日常を過ごしたが、大人になり再び人生に行き詰まる。そこへ怪しい女が現れるが、それは未来から自分を救いに来た自分自身であった。不幸をもたらすのは忘れたい記憶自体ではなく、その経験を受け容れて自身を改善しようとしてこなかった自分自身の弱さであるという教
日本最古の物語である「竹取物語」をモチーフに現代社会を抉り出す。「人にあらざりけり」と称されたかぐや姫は人ではないのか。人であること、人でないことの定義とは何なのか。古語と現代語を駆け巡り、言葉と身体を捧げ「人とは何か」を痛烈なまでに追究する。これは、全ての生命への祈りである。人の世への願いである。呱々の声に耳を傾けよ。
『デカメロン』は14世紀のペストの流行拡大を背景に書かれた。では現代、コロナの騒擾を抜けだしたら私たちは何を語りあうのか。舞台は避難所。疫病、戦争、災害――人々が何から逃れているのかははっきりしない。舞台上では『人類への提言』という鼎談がおこなわれている。そこに突然闖入してくる『デカメロン』の中の物語、あるいは脈絡のない言葉の朗読。場面と場面の行間から私たちを取り囲む「悪夢」が見えて来る。
感情の神々・エモ神様から派遣されるおんたろうは、人間の怨念を解消するためにあの手この手でお手伝い。今回おんたろうが降り立ったのは、この春小学校の教師になったばかりの純...だけじゃなかった?!おんたろうは、小学校に渦巻くネガティブエネルギーを下げることができるのか...。
1700人以上の応募者から、野田秀樹がオーディションで選んだ「東京演劇道場」のメンバーらが初見参!演じるは、「赤鬼」。移民、国境、社会の分断…今の社会が抱える問題をいち早く描き、1996年の初演以降、日本、イギリス、タイ、韓国で野田が各国の俳優と共に作り上げてきたマスターピースを野田自身の演出により16年ぶりに日本で上演する!
姥捨て山伝説を元にした「楢山節考」を演劇化。素舞台の中、アンサンブル表現とテーマ小道具の「木枠」を使い、様々な場面や心情を描写し、高齢化社会の今と重ね、3世代の葛藤を描く。2015年初演以降、再演を重ね、中国やマレーシアなどで絶賛。2021年秋に茨城、北海道、岩手など6都市公演を敢行。地方の老若男女にも響き、95%以上の満足度を得、客席を感動の渦に巻き込んだTHEATRE MOMENTSの代表作。
王様には秘密がありました。その秘密を知ってしまった床屋はふと思いました。「そもそもなんで王様の耳はロバの耳なんだろう?」イソップ寓話を新しい解釈でアレンジ。身体表現や生楽器、道具を使った見立ての表現などで描く絵本の世界のような新しいダンス劇。マイノリティの生きづらさは、大衆の理解と許容の意識で好転するかもしれない。そしてそれは何気ない純粋で小さな一言がきっかけかもしれない。そんな願いを込めた物語。
〈遊行の景色〉においては、<移動>を主題に、演劇を固定した場所性から解放し、より多義的な関係の渦のなかに投げ出してみることが試みられた。檜枝岐、および利賀の野外を観客とともに移動しつつ、身体、映像、オブジェ、マシン音楽が多層的に交錯するなか、〈移動〉の理由を、「風景」に定住する私たちの〈狭生感〉を、逆説的に追求する上演となった。
小さなサーカスの中でおこる色々なこと。ひとつの雨粒が大海原になったり大きな紙でかくれんぼ。たくさんの筒の上に乗っておっとっと、紙の人形も動き出す。ある日、サーカスを乗せた汽車がやって来た。その先にあるのは真っ白なサーカステント。あれれ?サーカスを始めようとするも星が落っこちてきちゃったんだけど。...どうしよう?サーカスはいつの間にかやって来て、いつの間にか去っていく。あたりまえのことが、あたりま
子ども達の「遊び」や生演奏、観客を巻き込む演出に終始笑いが溢れます。自分色に染め、生き抜いた落ち葉のように「自分らしく生きる」子ども達の背中を優しく後押しします。作曲に悩む音楽家がやってきた。旅芸人の道化師もやってきた。考え方も表現も違う者同士が噛み合わないながらも少しづつ距離を縮めていく、そんな三人のおかしな物語。やがて季節は移り行き…。落ち葉の中で繰り広げられる楽しくも美しい言葉のない舞台です
本作は、脳外科医ペンフィールドが提唱する「脳内のホムンクルス」という概念から、脳との繋がりの中で、本来は一番大きな面積を占めると言われる手、指先の「触覚」に着目した。未曾有の感染症の影響、テクノロジーの発達において、人と触れ合うことが圧倒的に減った今。「触覚の不在」をテーマに、現代社会を生きる「私」という人間のあり方、人との繋がりについてダンス、美術、映像、音楽から思考した作品。
劇団初のチェーホフ作品。湖畔の田舎屋敷を舞台に、作家志望の青年トレープレフと女優を夢見る乙女ニーナの関係を軸に、屋敷に集まる人々のさまざまな恋愛模様が描かれる。この群像劇を自己実現の病に苛まれた現代人の苦悩の姿と解釈し、「剥製たちのボードビル」として上演した。初演は2019年、劇団創立35周年記念公演。その後2023年にルーマニアのシビウ国際演劇祭に招聘され大きな話題となる。
巌流島の決闘に向かうまでの佐々木小次郎の旅を大胆に脚色した本作は、パフォーマンス性の高い作品作りに定評のあるウォーリー木下が作・演出を務め、関西を拠点にパントマイムの第一線で活躍するマイム俳優のいいむろなおきが出演する、身体表現と映像のコラボレーションで魅せるパフォーマンス演劇である。本作は 2008 年に大阪・HEP HALL での初演後、韓国の招聘公演を経て13 年ぶり
関矢幸雄氏の舞台装置も特別な扮装も小道具もない、録音された効果音も使わない「素劇」という新しい手法で、グリム童話の「かえるの王様」「赤ばら白ばら」「ろばの王子」の三話を構成して創作しました。何もない舞台で、俳優たちは王様やお姫様といった人物ばかりでなく、花や馬、星、机、城などもすべて表現し、観客のイメージに語り掛け、想像をどんどん広げます。自由で豊かなイメージ溢れるグリム童話の世界をお楽しみくださ
「ここ」と「そこ」の隔たりについて。電車の中で起こる無自覚な身体と短い会話のコラージュを用いて無関心や無自覚の暴力性を扱った作品。
夢と現実の境界を行き来するうちに浮かび上がる世界。言葉を介さず連なる点と点を結ぶことで、呼び起こされる記憶。言葉によって何もかもを理解しようとする私たちの、その外に広がる世界に想像をめぐらせる。3団体の俳優らを中心とした長期プロジェクトから始動。演出はマイムの動きをベースに、独自の演出で注目を集めるカンパニーデラシネラの小野寺修二。ダンス・マイム・手話・コトバの境界を超えた、身体について探求する。
パンチドランカーとなり引退したボクサー・無口は、寝たきりの 人々の家を巡る「殴られ屋」を生業にしていた。ある日寝たきりの女・わたげに殴られたことをきっかけに、無口は痛みを感じなくなってしまう。同じ街のコールセンターでは通販サイトのクレーム処理部門で働く青年・寝々が、山から降りてきた熊を銃で 仕留めることを夢見ていた。バラバラだった彼らの物語は「動物園の熊を安楽死させる」という情報が流れたことで、急
ローマ帝国の将軍タイタス・アンドロニカスは、ゴート族との戦いに勝利しローマに凱旋する。民衆はタイタスに、空位だったローマ皇帝になるよう要望するがタイタスは固辞し、かわりに先帝の長男サターナイナスを指名する。新皇帝サターナイナスは、捕虜であるゴート人の女王タモーラを妻にする。タモーラはタイタスに強いうらみをもっている。愛人アーロンや息子たちを使い、皇后という立場を最大限に利用して、タイタス一家を次々
1700人以上の応募者から、野田秀樹がオーディションで選んだ「東京演劇道場」のメンバーらが初見参!演じるは、「赤鬼」。移民、国境、社会の分断…今の社会が抱える問題をいち早く描き、1996年の初演以降、日本、イギリス、タイ、韓国で野田が各国の俳優と共に作り上げてきたマスターピースを野田自身の演出により16年ぶりに日本で上演する!
女は一人、男と暮らしていた。男は立ち入り禁止の扉の奥で、よからぬことをしていた。扉の隙間からは、黑い水が零れ落ち、それは、川になり海に続いていた。急激に変わりゆく時代の中、痛みは悦びに転じて、抑うつは期待に昇華されていく。偉業と悪行の狭間で、何かが零れ落ちていく———。グリム童話「⻘髭」をモチーフに、隠された医師の戦争犯罪にメスを入れる!世界劇団最新作!ノンストップ三人芝居!開幕!
アルベール・カミュの未完小説をモチーフにした、尊厳と誇りと家族についての物語。カミュの母親はろう者だったそうです。今作では、ろう者俳優、數見陽子さんを迎え、家族に向けたカミュの視線、その心に通底する信念を描きます。また、三味線桂小すみの生演奏の躍動感によって身体の独自性が引き出され、無言劇で紡ぐ内省する視線、観客が各々のイメージを投影しやすい余白があり、独特な味わいの作品となっています。
ロック・ケチャ・オペラ
演劇実験室◉万有引力第3回公演(及び第6回公演)。3作目にして、初めて劇団外から共同構成台本に堂本正樹氏を迎え、更にはアヤナ舞踏団のダンサー陣、ゲストミュージシャンを招き、トータル・シアターを試みた意欲作。バリ島の伝統芸能ケチャとロック・オペラ、演劇と舞踏が渾然一体となるイメージの饗宴により、観客を目眩く一大叙事詩世界へと導く。
「オノマトペ(擬音語・擬態語)」とは、短く簡潔に伝わりやすい感覚的な音と言葉の間のような存在。そんなかわいくてマンガ的なオノマトペが溢れる世界で、身体と言葉を使って多角的な視点から様々な表現方法で遊びます。ダンスにコントに即興での客席との共同作業に。ユーモラスな発想のオムニバスから一転、戦争の愚かさとその後に生まれる人々の希望も描きます。オノマトペを使った教育利用普及も視野に入れた画期的な作品です
数々の戯曲賞で受賞歴を持つ気鋭の劇作家くるみざわしんの新作。人間のいなくなった犬の街にそびえ立つ直径300mの観覧車がある日動き始める。ゴンドラに飛び乗った4匹の犬たちによるほとばしる主張のぶつけ合い。悲しくも滑稽で美しい寓話劇。文化庁芸術祭演劇部門優秀賞を受賞した笠井 友仁による照明・演出、サカイヒロトによる映像・舞台美術、岸本昌也によるビジュアルデザインなどメンバーによるスタッフワークも見どこ
あかちゃんとおとなのための舞台芸術ベイビーシアター
テーマは、狩猟採集社会のコミュニケーション。「ひととどうぶつがはなしができて 森や風や、さまざまなものに心をかよわすことことができて、ひとびとは、うたうように おどるように おしゃべりをしている・・・。そんな場所がこの地球のどこかにあらならば、あかちゃんは誰よりもその場所のことがよくわかるのかもしれない・・・」森や動物と密接な関係をもつ狩猟採集社会の文化にインスピレーションをうけ創作された本作は、
夏目漱石の小説『こころ』を原作に、セリフを使わず身体と字幕のみで綴る無声のダンス劇本作のために録音されたクラシック音楽が静謐な空気を支え、随所にユーモアを交えながら重厚なテーマに向き合い、観る者の心に静かな余韻を残す舞台作品
いぬくんの宝物は「ちきゅうばこ」。いろんな形に姿を変えます。中に何が入っているのか、いぬくんも知らないみたい。友達のカエルちゃんは「はこ」が欲しくてたまりません。ある日、カエルちゃんはいぬくんに黙って「はこ」を持ち出してしまったのですが……。言葉や会話の面白さと、オブジェクトシアターといった身体表現の豊かさを盛り込んだ、子どもも大人も楽しめる舞台。スタイリッシュでユーモアあふれる不思議な舞台。
異形の怪物とその造物主である科学者の愛憎劇「フランケンシュタイン」を演劇化。小道具としてラップやアクリルを多用することで、コロナ禍を意識させると共に、差別や分断を象徴的に演出。また、英中字幕や音声ガイドなどバリアフリー対応を実施することで、マイノリティの目線にもフューチャーしている。更に本作は2024年5月に第34回マカオ芸術祭で佐川演出の元、現地キャストとの国際交流公演を行い大きな話題となった。
『「さ迷える愛・序破急」三部作』
2019年に初演され、TPAM2020でも上演された「さ迷える愛・序破急」第二作『箱庭弁当』は、クレズマー音楽のライブ演奏の中、捨てられた弁当の具が旅に出て様々な他者と出会うユーモラスなファンタジー。
太宰久夫によるフィジカルシアター。前半に立原えりかの『木馬がのった白い船』、後半に武井博の『はらぺこプンタ』を配し、絵本の世界を
「大きな絵を描き始めたのは夏だった」という「観る者」としての画家の視点と「大きな絵のモデルをしていた」という「被写体」としてのモデルの視点が、交錯するさまを描く。男女の心の機微を刻々と変化する空模様に喩えた詩のようにダンスは展開する。女は画家の言葉をかき消し、立場は反転。男は虚しく地を蹴り、女は精一杯空へと手をのばす。「Love is life that lasts forever」映画監督、デレ
双子の少年たちの日記として描かれた原作小説『悪童日記』は、その文体が非常に無機質な点が特徴です。そこで今作品では、『悪童日記』の物語ではなく、文体を立体的に立ち上げることで、双子の目がとらえた戦時下の片田舎の風景を描くことに挑戦しました。5つの無機質な台と5人の俳優、抑揚を排した発語を使って、非常時にあらわになる人間の本質と、無機質な文体の奥にしまい込まれた双子の感情を炙り出します。
『Dream Regime』は、2000年代のグローバリゼーションーー「夢」の体制下における人間身体の諸様態の提示とその批判の方途を、諸外国のパフォーマーやアーティストたちとのディスカッションやワークショップ、上演等の共同作業を通して問い直し更新しようとする試みであり、その9回目にあたる本作品は「環境管理型権力と動物化」を主題とした。
室町時代、お家騒動にまきこまれる絵師の狩野元信と、彼を慕う遊女のみや。元信と結ばれず、死んだみやは、香を焚きしめた元信の部屋に、幽霊として戻ってくる。二人の恋愛を軸に、芸術と政治の相克が浮かびあがる。現在は歌舞伎や文楽でさえ行なわれていない、近松門左衛門原作の全編を一挙上演。
YAMADA Un Co.
本作は東京芸術劇場で映像作品を作って有料配信し、劇場公演は地方でのみ行われた。 木々や花が溢れる庭で男女が踊るロマンティックなデュオから、無機質な病室でのダンス等、「視聴者の視線を強制的に導く映像の強み」を活かしている(むろん映像にあることは基本的に舞台上でも行われている)。 山田は「2020年のオマージュ」が本作のサブテーマだといっているが、それはコロナ禍や、延期された2020年東京オリンピック