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日本・セルビア演劇交流プロジェクト
【日本初演、五人の俳優、十五人の登場人物、三つの愛の物語】かつては希望の象徴だった町。そこに集まった三世代の男女5人。信じていた全てが崩れ落ち、都会の無秩序な繋がりの中、愛に飢え、自分の居場所もない。それでもなりふり構わず人生に挑み続け、辿り着いた先に見えた世界は、天国か地獄か!? 紛争後のセルビアそして世界の「リアル」を描いた、セルビアン・ブラック・コメディーを本邦初訳で日本初上演。
優しい人になりたいと願った。それを口にも出してみた。「そんなふうに願って、それを言葉にした君は、もうすでに優しい人だと思うよ」と、彼女は僕の頭を撫でた。この物語は、その手を振り払って何度か彼女を打擲したときに、転んでぶつかって砕け散った、窓ガラスの破片みたいなものである。いくつかは、僕や彼女の身体を刺して傷つけた。だけど遠くから見てみると、キラキラ光って綺麗だから。観客席には飛ばないように。慎重に
若い男女が経営する閉店間際の寂れた定食屋。そこで働く女は突然やってきた謎の夫婦によってつい最近冷やし中華が禁止されたことを知る。混乱する女に、夫婦は冷やし中華を提供するよう懇願するが…。はじめられなかった冷やし中華を皮切りに、出生とそれにまつわる人々の人生が浮かび上がっていく。
(フライヤーより)脚本は映画『月の輝く夜に』でアカデミー脚本賞を受賞したJ・P・シャンリィ、演出は映画『ロックよ、静かに流れよ』等の作品で邦画界期待の星の長崎俊一(舞台初演出)。この異色の取り合わせに、ご存じ平田満と話題の美保純が挑戦します。都会の片隅の小さなバーで、男と女が獣のように出会った。「作者ノート:彼らの気性は激しいがぼろぼろに傷ついている。口べただが話をしたくて堪らない。危険だがもろい
ルウはヒモ状態の欧彦に手切れ金10万円を渡し、新しい彼氏の満太郎と同棲を始めるが、10日もしないうちに有り金を使い果たした欧彦が戻って来てしまう。何故か始まる3人の同居生活。そして、欧彦はルウの親友の杏と付き合い始める。モヤモヤしたルウは、欧彦と再び関係を持ってしまう。こんな関係よくない…と、欧彦に諭され混乱したルウは、欧彦に「死んでほしい」と、頼むのだった。
アクトと舞踊を癒合させ独自の世界観をもった舞踊作品。出ない蛇口に集まった3人のそれぞれの人生が交差し、死生感を問う。消えない欲望、欲望をかくしながらの葛藤、時間が経過する老いへの恐怖。人間は水がなくては生きていけない。人間の生命の宿命をもち、身体の中へ流れていく水は、命を吹き込み、優しさや愛を生む。戦いは水をも止めてしまい、自然を破壊する。人間の欲望が自然より傲慢ではならない。生きるへーると平和の
壁なき演劇センターと国立ベトナム青年劇場による国際共同制作ベトナム現代演劇を代表する国立劇場の俳優と日本の俳優が融合し、舞台上で日本語とベトナム語が飛び交う現代感覚に彩られた情熱的でダイナミックでスピーディな『新たなチェーホフ劇』ワーニャとソーニャは長年セレブリャコーフの活動を支えてきた。そこへ彼が後妻エレーナを連れてやって来る。そこでワーニャは今までの自分の彼への献身が無意味だったことを知る。
紡げども、紡げども・・・・舞台は諏訪のある製糸会社、労働争議があちこちで起こり始めていた頃。うねるような時代の波に押し流されるように動き出す、跡取り息子と女工の親子二代にわたる愛の物語。数奇な糸車に絡め捕られた愛おしいものたちへの挽歌です。
令和20年、多くのAIが日常に入り込み、リアルと仮想が混在する中、善き人を心がける主人公の女は、過去、男に受けた被害の苦しみから、ジキルとハイドのごとくネット上の仮想世界で悪い男を探し出し、リアルで罰を与えていた。ある日出会った男に恋をするが、男は仮想世界でのみ生きている事実を知り、女はいかに自分も仮想でのみ生きられるのか試行錯誤する。技術が進歩した先においても変わらぬ人の葛藤を描く、歌と朗読と生
(フライヤーより)古典劇じゃない。伝統芸能でもない。これは「今」生まれたばかりのコメディだ!陽気で元気なイタリアがここにある!アントニオ・ファーヴァのコメディア・デラルテ
ショパンは、ジョルジュとの蜜月時代に圧倒的多数の楽曲を作曲し、その後はわずか3曲しか作っていません。当時、男性社会であったヨーロッパで異質の才能を発揮した女性ジョルジュは当代一の弁護士ミッシェルを深く信頼し、ミッシェルはジョルジュとショパンを支えていきました。斎藤憐と佐藤信のタッグで創られ、20年以上愛された本作は、毎年上演され続けています。三越創業三百五十周年記念公演として作品史上初全員女性での
尼崎の市営団地。向かい合った棟の向かい合ったふたつの部屋の灯り。そのふたつはまるで呼応する螢の光のように瞬いて-。角ひろみによる第4回近松賞受賞作品を、深津篤史(桃園会)が演出。
会社でうだつのあがらないトキオは、レイコに思いを寄せながら、自分が彼女にふさわしい男だと思えない。ある日、永遠の時を手に入れられるという「神になる本」を目にしたトキオは、輪廻転生を信じ、意を決してビルから飛び降りる。こうして生死を超えて、愛する人を追い続けるトキオの旅が始まる。だが、それは「オイディプス」「ロミオとジュリエット」、はたまた「サザエさん」といった、すべて「あらかじめ用意された物語」を
昭和八年の秋、東京。築地小劇場の楽屋口に隣接したカフェ「青猫」を舞台に、新劇青年・八起静男とカフェの踊り子・宮下そら嬢の恋人二人が、散々なすれ違いの末に結ばれる恋愛喜劇。
舞台は「観光地としての安楽死特区」──。この町では観光の目玉として、より安楽に、より尊厳を保った形での死に方を様々なサービスとして提供している。超高齢化社会と終活の問題、そして、究極の自由とも言うべき「死ぬ自由」という観点をベースに、それぞれが孤独に向き合うしかない「死」の問題を重層的かつ多角的にあぶり出す。
東北芸術工科大学主催の山形ビエンナーレ2022「現代山形考 藻が湖伝説」参加作品。第一部は文翔館議場ホールの前庭で山形の市街や文翔館の外観を背景に、庭内を集団で移動しながらゲーテ『ファウスト』の物語を上演。第二部は「現代山形考 藻が湖伝説」の展示会場となった議場ホールの中で登場人物は自身の旅路を会場内で自由に動き回りながら表現し、観客も自由に動き回り美術品や上演を鑑賞できる形式をとった。
てがみ座 第十六回公演。北斎の異才を受け継ぎ、のちに『夜桜美人図』『吉原格子先之図』を描き出すお栄(応為)、その青春期の物語。【あらすじ】江戸後期、黒船が泰平の眠りを覚ます少し前。お栄は鬼才の絵師・葛飾北斎を父に持ち、物心つく前から絵筆を握ってきた。幼い頃から北斎工房の一員として、男の弟子たちにも引けを取らずに、代作もこなし枕絵も描いてきた。けれど本物の絵師になりたいと肝を据えたとき痛感する。北斎
少し未来のとある国の話。徐々に下がる婚姻率に危機感を覚えた政府は「互助・共助のための結婚法」を立案、施行しようとする。それは、性別や人数、恋愛関係の有無に関わらず、ケア関係にある人間たちが「結婚」できることになる法律だった。家制度や恋愛から解き放たれた「結婚」はより多くの人生を生きる方へ導くのか。シェイクスピア『夏の夜の夢』と同じ名を持つ登場人物たちで語られる「結婚」についての物語。
大手広告代理店DK2のコンサルティング部に勤める栗宮春子が劇作家の小野司に相談したのは、「前田の刃」で有名な食品加工機器メーカーのトップ「MAEDA」で実施予定の社内結婚推進キャンペーンのインターナルコミュニケーションについてである。「男性の育児参加の推奨のために保育室を設置しました」など、対外的な情報の発信はできてるものの、結局社内であまり使われていないという課題があった。また、男女の社員同士な
本作品は、わかぎが大阪鶴橋の隣町で育ち、実際に見聞きし「隣人達」と向き合ってきた実体験を元に書かれた。日本の統治にあった朝鮮半島では、日本語教育も実施され、大正中期には、多くの人が働き手として日本に渡ってきた。昭和に入り、ソジンも日本にやってくるがそのうちに日本人から差別されている事に気がつく。そんな中ある日勤め先の令嬢、桜子に恋をしてしまう…それは彼らの人生の長い長い恋の物語の始まりでもあった。
清姫は、好きになった僧の安珍に再会の約束を破られ、彼を追ううち蛇に変身し、安珍の隠れた道成寺の鐘を巻いて焼き殺す。道成寺は和歌山県に現存し、多くの伝説がある寺。日本人はなぜこの物語が好きなのか? 「今昔物語集」や歌舞伎台本、郡虎彦「清姫」などの戯曲を編み込んだ、現代版のレビュー。
ある漁村にふらりとやって来た女アミコは異常なほどの蟹が好きだった。身寄りのないアミコを家に置いてやる漁師の男ゲソン。女を追ってアヤしい男がやって来て事態は混乱する。やがて、アミコはカニを食べ過ぎてついに蟹アレルギーになってしまう。もう蟹が食べられないと悲しむアミコ。そんな頃、漁師たちは数々の漁師の命を奪った伝説の13本脚の蟹との闘いに挑むのだった。
人里離れた山荘に、人気脚本家・谷山真由美が次回作執筆のため籠もっていた。 脚本ができない事を心配し訪ねてきたテレビ局のプロデューサー、向井正也に、谷山は、自分と恋愛をしてくれたら脚本が書けると迫る。困惑しながらも、向井は次第に谷山のペースに巻きこまれていく。そんな中、山荘にライフルを持った男女の2人組が乱入。彼らはは郵便局を襲い、警察に追われ逃げ込んできたのだと言う。 果たして谷山の脚本は完成する
(フライヤーより)フランスの小説家 アレクサンドル・デュマ・フィスの長編小説。マリ・デュプレシ(1824~1847)というパリの高級娼婦をモデルに、主人公の回想形式で書かれた哀切悲痛な恋物語。
(フライヤーより)私生児をみごもりナチの施設〈レーベンスボルン〉の産院に身をおくマルガレーテは、不老不死を研究し芸術を偏愛する医師クラウスの求婚を承諾した。が、激化する戦火のなか、次第に狂気をおびていくクラウスの言動に怯えながら、やがて、この世の地獄を見ることに…
マグカル・シアター in KAAT
神奈川県で実施している“マグカル・シアター”の中から年間一団体にKAATでの上演機会を提供する“マグカル・シアター in KAAT”に選出されての創作。この作品は人類学者の深海菊絵氏監修のもと「ポリアモリー(POLYAMORY)」(同時に複数の人と合意のうえで愛の関係を築く生きかた)について描かれた演劇です。今作では、他者がどのように世界に触れているのか、という問いを演劇でひろげています。
王冠を捨てた恋で知られるエドワード8世とシンプソン夫人、彼らと関わりを持っていたアドルフ・ヒトラーの関係を、認知症「レビー小体病」を患っていた晩年のウォリス・シンプソンの視点で描く。野心と後悔と愛、老と死、そして、戦争と平和を考える大人のためのラブストーリー。
見たか、と俺は問うた。高峰はただ、頷いた。「ああ、真の美の人を動かすことあのとおりさ、君は 、 – 躑躅は美なりしなり。されどただ赤かりしのみ –「君は、お手のものだ、 君なら、 わかるだろう。」泉鏡花の「外科室」を元に、とある視点で紡ぐ詩的演劇作品。
近未来、虚構とリアルが入り混じる世界・・・誰も観たことがない『ロミオ&ジュリエット』が、2019年夏、Rock Opera『R&J』として新しく誕生する!!【あらすじ】ロミオ「一目惚れって信じる?」ジュリエット「信じる!」AIがほとんどの労働を担う時代。人々は退屈していた。そして巨大都市の若者は、“グルッパ(不良)”と“ビアンカズーリ(警察)”に分かれて対立した。抗争という名の、命を賭けた暇つぶし
シェイクスピアの「ヴェニスの商人」を下敷きにした鄭義信による日本未発表の音楽劇。2014年4月に韓国のソウル獎忠洞(チャンチュンドン)の国立劇場タロルム劇場で初演。元宝塚歌劇団月組男役トップスターの剣幸と、劇団☆新感線の右近健一を客演に迎え、ピッコロ劇団と関西で活躍する俳優陣が結集しておくる、歌って踊って笑って泣ける関西風シェイクスピア音楽劇。
(フライヤーより)宇宙に存在する無数の♂と♀が、今、魅かれあっている。そのエネルギーは一体いかばかりなのだろう。あなたの恋は宇宙の摂理のまさしく一環なのだ。あなたは恋の始まりを覚えておくべきだ。それがどう始まり、どう終わるのかを。宇宙と恋の透視図(パースペクティブ)。私達はそれを、『非ユークリッド恋愛学』と呼ぶことにする。今、恋が始まる。
柴幸男による、「あゆみ」「ハイパーリンくん」「反復かつ連続」「純粋記憶再生装置」からなる四つの短編集。
歌舞伎ミュージカル
井原西鶴原作の浮世絵草子を知念正文が構成脚色。身を焦がす恋に命を燃やした美しい五人の女たちを歌う舞姫、石丸有里子が見事に演じ分ける。人形振り、ひきぬき、けれん……など、あらゆる歌舞伎の手法を駆使し、日舞はもちろん洋舞、アクロバットダンス、三味線の生演奏、肉体でみせる桜の踊り、火の踊り、舞扇の群舞と、盛りだくさんのエンターテイメント作品。
(フライヤーより抜粋)青山円形劇場オブジェクトシアターのシリーズは、一貫して人形劇の人形劇としてのおもしろさを追及してまいりました。今回は「古典」をテーマとし、その底にある伝統のおもしろさと、未来に向かっての可能性を感じていただければ幸いです。
時は幕末。津軽藩の東端に位置する静かな山村。川を挟んだ隣村は南部領である。津軽と南部は長年敵対関係にあり、両村の往来は禁じられてきたが、それは表向き。実は密かな交流が続いていた。 のどかな日々は突如として巻き起こった維新の嵐にかき消される。城からの命令が届き、村人たちは気の重い会議を始めるのだった。隣村と戦をしろってが?そんた馬鹿な! へば、フリっこでも良んでねえが?
長野県のとある村にある公民館。近隣との合併により村が二つに分かれるという問題を抱えながらも、毎年恒例のお祭りの準備をする若妻会の女たち。御神輿の飾りを作ったり、男性が舞を舞うための男性器を模した木の棒に赤い絵具を塗り直しながら、女たちの戦いは静かに始まる。認知症の親を抱えた妻、シングルマザーとして子を生む女、その子の父親が自分の夫ではないかと疑う妻、彼女たちは激しい言葉を用いて相手を攻撃する。村が
作・演出の江本純子自らが主演するソロアクト。レズビアンとしてのアイデンティティ、イデオロギー、愛の考え方を織り交ぜ、独自の物語展開とパフォーマンスで観客を刺激する。ダムタイプ創設メンバー・山中透の音楽、空間デザイナー・南志保による美術に包まれ、濃密でゴージャスな演劇空間を創り出した。真夜中に寂しくなった「君」に伝える、40代のレズビアン・キワミを巡る同性愛が当然のラブストーリー。
金がない、仕事もない、家庭もないし、未来もない!弟夫婦に世話になりながらのらりくらりと糞溜めのような日々を過ごしていたおじさんが「あの娘」と出会うことで始まる、恋に落ちるおじさんと、落とした「あの娘」と、落ちていたおじさんたちとのハートウォーミング・ラブ・サスペンス・ストーリー!
東京とニューヨーク。インターネット糸電話で結ばれて、二都市の女性俳優たちが太平洋や日付変更線を超えて同時にひとつの作品を上演。これを遠距離恋愛と言わずしてなんと言おう!これまで様々な空間の劇的ポテンシャルを引き出してきたが、今回は二都市間に横たわる時間や空間までも劇場にしちゃえ、というグローバルな心意気の中、開演後911に見舞われ中断。ニューヨークの街が復活されないまま励まし合いながら再演に向かっ
お笑いのライブで知り合った楠木と菖蒲は、互いの友人を誘って親交を深めて行く。二人の紹介で知り合ったシトロネラとヒソップは恋に落ち、ほどなく結婚式をあげるが、その直後シトロネラは水を飲むと湖になってしまうという奇病に侵される。二人の闘病生活は次第に疲弊しついにシトロネラに死の宣告が訪れる。ボリス・ヴィアン作『うたかたの日々』を大胆にアレンジしSF的世界観をシュールな舞台表現で描いた乱舞する愛の讃歌。
深い闇の中に、鋭く射し込むスポットライト。魂に響くヘンデルの名曲と台詞。苛酷な運命に操られる若者たちの悲劇を、幻想的な美しさと、力強いタッチで浮かびあがらせる。ワレリー・ベリャコーヴィチが世界を驚かせた魔法の演出!!天才演出家ワレリー、凄艶華麗なる剣幸、そして、抜群のアンサンブルで魅せるピッコロ劇団、ついに“劇突”。
桜咲き乱れる頃、東北の、とある田舎の村はずれ、どこからともなく歌声が聞こえてくる。 弥生のあられ 皐月のつゆは 働き者の味方ども しゃれた女房と 馬鹿とのさまは 根気がさっぱど つづかない・・・・・・白い花びらをつけた桜の木に挟まれたあばら家に住む、賢く美しい働き者の娘ちか。娘に一目惚れしたとのさまは、お侍医をお供に、桜の木に隠れて様子をうかがっている。優しいけれども気後れしがちのとのさまは、その
こんにゃく座が初めて挑んだ日本近代文学のオペラ化。1996年から2000年まで全国の高等学校などで旅公演をおこなった。2012年にはこんにゃく座創立40周年記念公演として再演した。
教会の待合室。大きな窓ガラスがあり、葬儀の様子がよく見える場所。そこに集まった4人の女たちは、それぞれが亡くなった男の彼女だった。粛々と葬儀は執り行われていくが、待合室での女たちはそれとは関係なくそれぞれの世界を独走しはじめる。一人一人が違った悲しみをまとい耐えながら、それでも男が死んだ現実を咀嚼するように受け入れようとしている。しかし、受け止めきれない女もいる。死んでもなお依存し続けることで生き
ロームシアター京都が主体的に作品製作に取り組み、劇場のレパートリー演目として時代を超えて末永く上演されることを念頭にプロデュースする「レパートリーの創造」シリーズ第二弾として、2019年2月に上演された本作。演出、補綴、キャスト、スタッフ一丸となって壮大なスケールで描いた話題作の再演。【あらすじ】大名・高安家の跡取りである俊徳丸は、才能と容姿に恵まれたがゆえに異母兄弟の次郎丸から疎まれ、継母の玉手
優柔不断で頼りにならない映画監督、人の迷惑かえりみない完全主義者の女性キャメラマン、険悪な仲の二人の主演女優、そして文句の多いエキストラ…、助監督は切れかかり、制作助手は孤軍奮闘…。映画撮影現場の出口が見えない、笑いと涙の人間模様。
舞台を沖縄に設定し米軍をモチーフに使ったオリジナルミュージカル。愛・家族の形をテーマにしている。【あらすじ】ヒナタは祖母の光子と弁当屋を営みながら暮らしている。ある日、中学時代の同級生ショウと行ったダンスクラブシエルのパーティーで、米兵・日系ハワイアンのダニエルと出会って恋に落ちる。しかしスーパーへの流れ弾事件、光子の急逝が二人の運命を翻弄する。二人が悲しみを乗り越えた先に見るものは?
“現代アイルランド演劇界のチェーホフ” ブライアン・フリールの名作。アイルランドの北西部、バリーベッグのはずれの村。ひっそりと暮らすマンディ姉妹はそれぞれの悩みや、緊張の中で助けあって生きている。この片田舎にも近代化の波が押しよせ、経済的な不如意に苦しみ、兄・ジャックの送還の余波でマンディ一家はだんだん崩壊していく・・・・・・。オリジナル曲にアイリッシュダンス、姉妹を取り巻く人物達との激しい言葉
民主主義の理想に燃えた戦後。日本国憲法が生まれたその時代を伯爵家のクリスマスを舞台に描いた斎藤憐の傑作戯曲。オリジナル台本をもとに、丹野郁弓による新演出、客演の岡本健一をはじめスタッフ・キャストを一新しての上演。2018年三越劇場版の全国巡演。
ひとの恋愛に手を突っ込んでみたら、宇宙だった。・ 飲み屋の片隅で語られるような、「自分だけの特別な記憶」は、他人が聞けば「ああ、ただのつまんない恋バナじゃん」とサラッと流される。そんな程度の話かもしれない。・つながりたくてもつながらない。ふみはずしたくてもふみはずさない。そんな、閉じた男と、埋もれた女の、途方もない距離感の物語。
東京に、大きな空のあったころ。祖母から聞いた話と、祖父から聞けなかった話。その光と影を紡いで結ぶ物語。銭湯帰りに見上げる月を、ライカ犬を乗せた宇宙船スプートニクが横切ってゆく。この高台の町の片隅に、戦前から続く工業所を営む一家が暮らしていた・・。作者が自らの系譜を辿り、曾祖父母の人生をモチーフに創作。昭和四十四年の夏と、昭和三十三年の春夏秋冬を舞台に、戦後を生きた市井の人々を瑞々しく描く群像劇。
有名なカレー屋に向かうカップルがいて、手応えのないライブを終えたバンドマンがいて、劇団で売れようとしてたのに一人だけ事務所に入って後ろめたい役者がいる街で、「まぁそんなことはほっといて銭湯でも行こうよ」とはしゃいでると「うるせぇんだよ」とヤバイ目をした男に絡まれる。あーあと思ってツイッターを見ると噂がかけめぐっている。「下北で向井秀徳が路上ライブやってるらしい」 2010〜2020年のあいだに移ろ
「私小説というものがある、私演劇というものがあるとしたら・・・劇作家にとって物語は人生の日記のような物だ劇作家は愛する人を失った時、彼女の物語を書くのだろうかそして彼女に似た女優を探し、稽古し、作品を完成させたとしてもその物語は観客に公開するだろうか?解体前夜の劇場で上演されたその作品は、誰にも観られる事も無く、劇場の壁に染みつくのかもしれない」
ケラリーノ・サンドロヴィッチと緒川たまきのユニット、ケムリ研究室の旗揚げ公演として2020年に上演された作品の再演。コロナ禍の閉塞感を吹き飛ばした多幸感溢れるロマンティック・コメディが一部新しいキャストを迎えさらにパワーアップ。
M.エンデの『モモ』と『桃太郎』が交錯する老劇作家ジジと女優モモの時空を超えた恋-。
(フライヤーより抜粋)時は、1918年及び1980年へと翻案されている。主人公風間武史は、アール・ヌーボーに傾倒する現代の画家。ヒロインの朝倉舞希子は、新劇の揺籃期に生きた新進舞台女優。62年の時を越えて巡り会うふたりの姿がもたらすものは、ロンドにも似た、恋愛と芸術の永遠性なのかも知れない。
カナダのある町の法廷、被告席にいるのは若いネイティブ・インディアンのリタ・ジョー。判事の尋問の間、リタの回想は限りなく膨らむ。あるときは故郷の部落での懐かしい日々、、あるときは町に出てきてからの辛くみじめな暮らしだったりーーいつしかリタの罪名は次々と増えて行く・・・。けれどどんなに判事に諭されてもリタには罪の意識が確かなモノとして存在しない。文明社会の価値観が、自然のままに生きてきたネイティブたち
大金をめぐるifから始まる物語。40人余に及ぶ登場人物をたった6人の俳優ですべてこなすというトンデモナイ芝居ですが、大人のメルヘン童話を読むような軽い気持ちでご覧下さい。
婚期をのがした三姉妹が「もうこうなったら身内しかいない」と親戚の男たちを自分たちの家に招く。長女に「若い女子との合コンがある」と誘われてやってきた男たちは、それが呼び出す口実で三姉妹しかいないことを知る。男たちが意気消沈する中、三姉妹も男たちも一緒に酒を飲み盛り上がる。そしてしばらくすると、男たちは眠ってしまう。実は、長女がその酒に睡眠薬を入れていたのだ。三姉妹も意識がもうろうとする中、「一緒に眠
健之助、40歳。何にも全然うまくいかないけど、まだまだ頑張って、生きていたい!食べたことない料理(シチリアのやつ)とか食べたいし、なんならモテたい!そんな折、健之助は自分が光っていることに気づく。健之助がいっぱい生きて、ちゃんと死ぬまでの演劇。