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TRASHMASTERS vol.34
とある町の、台風による水害に苦しむ地方の、公民館。その日も台風は勢力を保ったまま接近していた。そこには青年団のメンバーが、祭りの開催について協議するために集められていた。祭りの開催から、災害対策、人命の格差まで話は及び、会議は紛糾する。やがて会議は終わり、解散したのだが……付近で土砂崩れが発生し公民館は停電、町の中心からも孤立する。そこに、土砂崩れに巻き込まれた青年団員が運び込まれてくる……
男は理想郷を探して彷徨い、人々は野生を求めて山を経巡る。京都を拠点に創作を行う劇団・烏丸ストロークロック。2011年の東日本大震災を契機に、日本人の自然観に大きな影響を与えたと考えられる山岳信仰を題材に選び、仙台での滞在制作といくつかの短編劇創作を経て、2018年に誕生した『まほろばの景』。ロームシアター京都と東京芸術劇場にて上演し、話題となった初演後、さらに東北地方の神楽や修験道に関する現地取材
舞台は山頂の展望台にある寂れたビヤガーデン。その日の真夜中過ぎに、ある星が壊れてなくなってしまうのだという。それを見に集まってきた天文学研究会のメンバーとたまたま通りかかった旅人、ビヤガーデンの女店主が寒空 にビールを飲みながら語り合う。各々の記憶の中にある各々の「壊れた町」が交差する。それは混じり合うことなくそのまま各々の方向へ消えていく。「何ひとつ共有できないもの同士も、一瞬だけ、一点で交差す
■あらすじ太古より山に住む謎のいきもの・獸(ケモノ)。〈青い山〉と〈白い山〉の間を走る、大きな谷の集落に住む山のひとびとは、獸ととくに接することなく、しかし存在は常に感じながら、日々共に生活してきた。あるとき、獸ははじめて人を殺す。憤った集落の男たちは討伐に向かうが、皆返り討ちに遭う。生き残った数少ない者たちは獸を恐れ、集落を捨てて山を降りる中、猟師・シラスは鋭い目で森を睨みつけながら 山を登り続
時はとあるアイドルグループの解散が発表された2016年。泡之介とBBQは、学生時代の友人・午前二時の結婚式に向かうため、車で常磐自動車道を下っていく。目的地は仙台。10年前に同じく仙台を目指して3人で旅をした4日間を、10分の演劇にして余興で披露する予定だ。東京から守谷サービスエリア、会津若松、いわき、松島、石巻を巡る2016年の2人の旅路は2006年の3人の旅路と重なり、行ったり来たりを繰り返す
おそらくは誰もが子どもの頃、一度は遊んだことがあるシーソー。その語源はsee「見る、反復する」+saw「のこぎり、前後に動かす」らしいですが、この"see"と"saw"という現在と過去の単語がひとつになったこの言葉からは、さまざまな記憶のイメージが浮かんできます。ギッタン、バッコンと上になったり、下になったりを繰り返しながら、それぞれの高さで、僕らはそこからなにを見ていたのでしょうか?そしてそのと
これは、 どこにでもある町の、よく眠ることができる夫婦の、 ある「静かな一日」のお話です。でも本当は「静かな一日」など、どこにもありません。私たちが住んでいる現実に「静かな一日」が、どこにもないっ!のと同じように。私たちは後ろ向きになって、徐々に、南に傾いていく家を見上げながら、日陰を選んで、畏れを飲み込み、日々を生きます。形は決して残りません。形は決して残りません。日々を、私たちはただ日々を積み
東日本大震災と福島の原発事故を経て、「わたしたちの声」とはなにか、どうすればそれを聞くことができるのかという問いに、演劇的な応答が示された作品。改造保冷車の荷台に映像鑑賞ブースが設けられ、東京と福島の中学生へのインタビューが一人一枚のDVDになって並んでいる。観客は自由に鑑賞し、最後に自分自身も投票する。それぞれの戸惑いと葛藤を写し取った記録は、まだ見ぬ未来へむけたアーカイブとなった。
さいたまゴールド・シアター第7回公演
舞台は、東日本大震災から6年が経った福島。避難指示区域では、イノシシが我がもの顔に出没するようになっていた。添田家では、ある日長男の学がイノシシに襲われた。それを助けたのが復興本社に勤めるハタヤマ。学の父・添田良二はハタヤマに感謝したいと家に招き、ハタヤマの固辞にもかかわらず、妻のパエリアをご馳走することに拘る。一方、線路が見える丘の上には、毎日、若い男がやってきていた。線路も駅も流されたあの日、
1組のカップルが暮らす部屋のリビングに、共通の知人がふいに現れる。彼女が死んでいることを2人はもう知っていて、けれどもそれを迎え入れる。つかの間の再会と乾杯。なぜか、家に帰れなくなったという見ず知らずの他人も後から合流して過ごしていると、生きるものと死んだものの境目が溶け合って、いつの間にか夜が明ける。
2011年夏。仙台市郊外にある幸田家は、大地震で半壊の指定を受け、半年を経ても殆ど手つかずの状態。昼下がりの茶の間で向き合っているのは、福永陶吾と妻の夏苗。夏苗の両親の幸田伸介と渓子、兄の伸也。卓の上には一通の書面。木々の梢を震わす蝉時雨とは対照的に、地震の傷跡も生々しい室内は沈鬱な静寂が支配する。何れの肩にも焦燥感と切迫感、そして徒労感が重く張り付いている。長い沈黙に耐えかねたように話を切り出す
東日本大震災によってチームメイトや家族を失い、青森に転校してきた主人公の成長を描く。舞台装置や小道具を用いず、照明も音響も使わない。効果音を肉声で発する。「被災した方々のためになにかさせていただきたい」という部員の希望から生まれた本作は避難所や集会所など「どこでもやれる」必要があったためだ。2011年9月から足かけ9年で全国の22都府県51市町と韓国・ソウルで104ステージ上演(2020年5月時点
「Ultimate」最終、最高、究極。「Fancy」想像、空想、気まぐれ。「Ojisan」おじさん。去る夜、東北の港町に暮らす星野家の人々は太平洋に忽然と浮かぶUFOを目撃した。真っ暗な地上から見上げた空に漂う可笑しげな光。刹那、彼らは思い出したッ!否、覚醒したッ!!!・・・そう、ワレワレは宇宙人だったのだ!「I fancy you!!(だいちゅき!!)」今、地球の命運を賭けた星野家の大作戦が幕を
歌あり、ダンスあり、ゲームあり。何でもアリの楽しい舞台。演劇って、こんなに楽しいものなんだってことが、キミにもきっとわかるはず。子どもと俳優がいっしょになってつくる劇。もちろんおとなも大歓迎!ピッコロ劇団の小学校体育館巡演作品を、阪神・淡路大震災5周年にあわせてバージョンアップして、ホールで上演した舞台。
1本の老木をめぐる3つの物語。時代の転換点に浮かび上がる多様な思考。チェーホフの名作『桜の園』をベースに矢内原美邦が独自の視点で描いた1本の老木をめぐる3つの物語。この木を伐るか、否か。そこにはそれぞれの主張があり、賛成があり、反対があり、いくら言葉を費やしても果たしてそこに正解はない。言葉は意味を失い、時間を失い、どこか遠くのほうをさまよいはじめる。もう誰も信じない... 君が「そうだ!」という
「マスク」の舞台となるのは、JR 常磐線の車内。登場人物は、異なる時を生きる高校生たちである。2020年5月15日、新型コロナウイルスの緊急事態宣言が解除された翌日、感染症対策のためにマスクを着用して登校する高校生たち。2011年5月14日、放射線防護のためにマスクを着用し、避難先からサテライト校に通う高校生たち。2011年3月10日、マスクを着用せずに下校する高校生たち。出来事は過去に編入される
日本にはさまざまな芸能があります。太鼓や踊り、唄や和楽器で綴られる芸能の多くは「お祭り」の中で囃され踊られてきました。そうした芸能には人々の生活の喜怒哀楽の思いが込められています。「天下泰平」「家内安全」世の中が平和でみんなが無事に暮らせますように。「五穀豊穣」作物がたくさん実りますように。自然と共生し、自然の恵みに感謝し、さまざまな困難には力を合わせて協力して乗り越え、平和で豊かな暮らしを作って
古くから働く人々の生活の喜怒哀楽の中から生まれた「祭り」でおこなわれてきた太鼓や踊り・唄や和楽器といった民族芸能を中心に構成した作品。自然との共生、恵みへの感謝を込めた「実りの祭」、生活の喜怒哀楽に込めた「祈りの祭」、自然災害や疫病など困難を力を合わせて乗り越えてきた人々の「命のまつり」というテーマで、日本の北から南までのさまざまな芸能が盛り込まれた構成。明日を生きる力に満ちあふれた作品。
東日本大震災で被災された方々への支援を目的とするチャリティ公演。歴代日本伝統文化財団賞受賞者、全員の出演による。一、 「三番三」 山本泰太郎(第15回受賞者) 山本東次郎、山本凛太郎 他二、 大和楽「お祭り」 大和櫻笙(第14回受賞者) 大和楽社中 他三、 三弦・箏・尺八三重奏「さらし幻想曲」 山登松和(第5回受賞者) 遠藤千晶(第13回受賞者) 善養寺惠介(第6回受賞
その日、男はその地に向かっていた。あらゆる公共の交通機関が止まった。しかし、男はその地に行かなければならなかった・・・。
昭和17年に生まれ、3歳の時に満州から引き上げてきた十和子の激動の人生。少女時代の初恋は実らず、夢と現実の違いに打ちのめされそうなとき、幸せにすると誓う男が現れ結婚したのが運のツキだった。男はDVモラハラ夫と化し、日々息子と泣き暮らした。やっと離婚して実家に逃げ帰るが、老いた母に女中のようにこきつかわれる日々。両親の介護を終え、晴れて自分の人生を歩み始めた十和子の元へ、震災で失業した息子が救いを求
社会とつながろうとして失敗した家族は海の上で暮らしていた。漂流するその家族たちにゆっくりとガレキが、家のガレキが、近づいてくる。ガレキは漂流家族たちの間をぬって海辺へと流れてゆく。家族たちは新しい社会とのつながりを求めてそのガレキを追うが…。