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(フライヤーより)時は、検閲厳しき昭和15年。劇団『笑の大学』座付作者と警視庁の検閲係。これは喜劇(コメディ)ではない。喜劇(コメディ)をテーマにした人間ドラマだ。
舞台けものフレンズ
ここはジャパリパーク。サンドスターの不思議な力で生まれたフレンズたちは、姿かたちは違ってもみんな仲良しです。今は、サバンナのフレンズが中心となって『ジャパリアカデミー』を作ろうとしていました。パークの謎を解き明かしていくという新しい『しせつ』の誕生に、みんなワクワク。ところが、最近現れた空のフレンズたちが、「私たちがパークを仕切る!」と宣言。なんと陸のフレンズと空のフレンズが、リーダーの座を巡って
福島三部作 第一部
1961年。東京の大学に通う青年・<穂積 孝>は故郷である福島県双葉町へ帰ろうとしていた。「もう町へは帰らない」と告げるために。北へ向かう汽車の中で孝は謎の「先生」と出会う。「日本はこれからどんどん良くなる」、そう語る先生の言葉に孝は共感するが、家族は誰も孝の考えを理解してくれない。そんな中、彼ら一家の知らぬ背景で、町には大きなうねりが押し寄せていた……。福島県双葉町の住民たちが原発誘致を決定する
ダンスオーラルヒストリー
古い舞踊記録映像を見ながら、直接の関係者が体験を語るダンスオーラルヒストリー。本編の語り手である馬場ひかりは、幼少期から芙二三枝子に師事し、芙二三枝子舞踊団の海外ツアーにも参加、ニューヨークでの活動後、帰国してからは歌劇の振付等も手掛ける。2001年には芙二の代表作のひとつであるソロ作品「駈込」を芙二自身から振り移された。
嵐吹き荒れる街、とある劇場で出番を待つ出演者。しかし、電車の運休や思わぬトラブルに見舞われこのままでは舞台の幕は上がらない?!舞台の見切れ線を指す「The leg line」はたしてこの一線を越えられるのか?2021年12月に初演。好評を得たコメディミュージカルを海外公演に向け「英語字幕つき」で再演します。「歌いたいのに歌えないショー」が…今…開幕する?
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日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
チェコの作家、フランツ・カフカの「変身」のオペラ化。後に、『変身』と改題した。国内では高等学校公演や公文協公演に加え、1999年東京文化会館リニューアル記念公演として上演し、2009年には、ルーマニア、ハンガリー、オーストリア、チェコでの海外公演もおこなった。
レパートリーの創造 松田正隆 作・演出
ロームシアター京都「レパートリーの創造」第6弾として製作した、松田正隆の作・演出による新作。「松田正隆 海辺の町 二部作」として、「シーサイドタウン」(2021年初演)の再演とともに上演。【あらすじ】文化センターの職員である吉村、辻井、中野の三人は不安な日々を送っていた。来年度から運営が民間に移行するのにともない、職員が解雇されると告げられていたからだ。そんな時、中野の大学時代の友人がイベントの下
「ヘッダ・ガーブレル」を、三東瑠璃の演出・振り付けで立ち上げたコンテンポラリー・ダンス作品。三東自身がヘッダとして出演し、Co. Ruri Mitoのダンサー青柳万智子、安心院かな、金愛珠、斉藤稚紗冬がコロスで出演。さらに映像出演として森山未來、杉山剛志、中村あさき、宮河愛一郎が登場。
娘の母はヒステリックで、男の兄は海に身投げし、女の子どもは生まれなかった。人生の断片が繋がった、境界のない溶け合う世界。「あなたの中には、私の母も、あの人の兄も、この人の生まれなかった子どもも、存在しているのです」アントン・チェーホフの名作戯曲「かもめ」を題材に、現代演劇の旗手が、新たに提唱する演劇の新形式。
主人公の城崎はサウナを愛しながらも、未だ「真のととのい」とは何なのか分からずにいた。そんなある日、城崎が通う「王子健康ランド」のオーナーから衝撃的な事実を告げられる。この温浴施設の地下には「バトルダンジョン」が奥深く続いており、その最下層「ラストサウナ」に眠る秘宝こそ「真のととのい」だという。城崎は各フロアで待ち受ける汗の使い手「ボスサウナー」達に挑み続ける!20年前サウナで行方不明になった父の影
第二次世界大戦後のイギリス。エニグマと呼ばれる複雑難解なドイツの暗号を解読し、イギリスを勝利へ導いたアラン・チューリング。しかし、誰も彼のその功績を知らない。この任務は戦争が終わっても決して口にしてはならなかったのだ。そしてもう一つ、彼には人に言えない秘密があった。同性愛が犯罪として扱われる時代、彼は同性愛者だった。ある日、空き巣被害にあったチューリングの自宅に一人の刑事がやってくる。あらゆる秘密
能meets能
わかりにくいからこそおもしろい能のわかりやすく濃密な講座を全国展開する、能講座能meetsがお客様の「能が見たくなった」という声に応えて開催している能meets能。その第三回は「鬼女ふたり」と銘打って、大阪「葵上」高知「安達原」の二本立てで開催。高知では、普段は演劇やイベントで使われる「蛸蔵」に特設能舞台を設置し、珍しい舞台構造からうまれる臨場感あふれる公演となった。前日に開催した講座「神男女狂鬼
(フライヤーより)開演のベルが鳴り終わると、人形たちは自由に動きだし、さまざまな表情をみせながら、楽しく会話を交わし始めます。今年の人形劇カーニバルでは、そんな人形たちの動きと会話の妙を楽しんでもらおうと「台詞のない芝居」と「台詞のある芝居」をご用意しました。
能meets能
わかりにくいからこそ面白い能の、わかりやすく濃密な講座「能meets」。講座参加者からの一番多い感想「能公演がみたくなった」にお応えして生まれた能meets能。第一回の「大会(だいえ)」はおとぎ話のような、わかりやすく言うと「天狗の恩返し」といった題材。能ならではの表現をお楽しみください。本編に加え、仕舞や、他にはあまりない解説、普段は楽屋でしか見ることの出来ない能楽師による「能装束の着付け実演」
ろう者によるろう演劇の発展を目指す「俳優× 舞台芸術制作 ろう者育成プロジェクト」の一環で行われる、ろう者たちの恋愛を描いたオムニバス劇『恋愛』。3つの短編で構成され、ろう者ならではの視点で恋愛を多角的に描きます。異星間の恋愛観を語る宇宙サミット、ろうと聴の葛藤を描く日常劇、幼馴染の再会から動く感情――多様な「恋」が手話で紡がれます。
流山児★事務所創立35周年記念公演の第3弾として、2020年2月、スズナリで上演された詩森ろば(serial number)の新作書き下ろし。1974年の北海道白老町長刺殺事件と1669年「シャクシャインの戦い」を交錯させアイヌ民族の差別と闘争を骨太に描いた物語。多くのメディアで取り上げられ、劇評でも高く評価された。美術:杉山至、音楽・生演奏は第27回読売演劇大賞優秀スタッフ賞の鈴木光介、主演は田
川口隆夫ディレクション企画「舞踏 ある視点」
人気コンテンポラリー・ダンサーの伊藤キムが繰り広げる秘密のパーティ、あるいは一夜の夢のようなパフォーマンス。伊藤ならではのユーモア、けれん味、アングラのイメージがエネルギッシュに炸裂する、見所たっぷりの49分の映像作品。伊藤キムとサックスの梅津和時の共演に加え、11名のダンサーたちが「東京令和アングラダンサーズ」として荒唐無稽に狂喜乱舞。
青森県のとある町。市町村合併に反対し、現在は高齢化率が50%を超える自治体。 学校区単位の運動会は廃止され、地区運動会と一体化された。明日は来年廃止が決定した地域イベント「かかし祭り」が行われようとしている。地域おこし協力隊など新たな移住者の受け入れに苦慮しながらも、新旧町民による「まち」への問いかけが、思いもよらぬ展開へと発展する。
コドモ発射プロジェクト
予測不能な子供の閃きを元に、岩井秀人・森山未來・前野健太をはじめとする大人達が、右往左往しながら演劇作品に仕上げる、それが「コドモ発射プロジェクト」です。 野田秀樹の「子供の書いた台本をよってたかって演劇にすることはできないだろうか?」というアイディアから始まりました。 「ことば好き」の岩井、「からだ好き」の森山、「うた好き」の前野が集まり、 大人が描こうとしても描
ダンボールで出来たカラフルなタイルで彩ったプールを劇場に作りあげ、観客はプールサイドから観劇する。妖艶で退廃的な”ROMANCEPOOL”に満ちる生命エネルギー。FUKAIPRODUCE羽衣初期の名刺代わりの作品。
(フライヤーより)ネオクラシック・シアター By チェーホフMODEを観ると、新しいチェーホフに会える。ライトで都会的な等身大のチェーホフをどうぞ──。
英国の振付師アントン・ドーリンに「こういうものは観たことがない」「この踊りのためにバッハは作曲したのではないか」といわしめた。それが石井みどりのブランデンブルグ・コンチェルトである。石井みどりのこだわりであるリズムの取り方、「溜め」(リズムの裏をとること)から動くこと、「盗み音」があること、「動中の静であること」、これは日本の伝統的な音のとりかたでもある。本作はこれらを象徴する石井みどり作品の代表
Eラーニング(日本演出者協会)
⑦ 制作・プロデューサーこのシリーズでは、制作・プロデューサーの仕事について、講義と対談形式で詳しく紹介します。制作と一口に言ってもさまざまなタイプに分かれており、性格も得意分野も異なります。そこで「6つの志向性」という分類を用いて、制作という仕事そのものを再考するプログラムをお届けします。対談には志向性も業務形態も異なるゲストをお招きし、さまざまな制作者・プロデューサーの在り方をご紹介します。制
55歳の万里子は家を飛び出した。「専業主婦に見切りをつけて、離婚覚悟の一大決心、あとは野となれ山となれ」飛び込んだ先は大衆演劇の旅一座。座員は三人だけである。三人は一座を立て直す為に新作の創作に取り掛かるが上手くいかない。次第にそれぞれの過去とかかえる苦悩が浮かび上がる。そして三人は大衆演劇の神様:長谷川伸の世界を目指し始める。果たして、一座の復活をかけた新作は完成するのか。大衆演劇を舞台に繰り広
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未来のバレエスターが出演する公演として有名な青山バレエフェスティバルの第1回目。国際的なバレエコンクールにおいて日本人ダンサーの上位入賞者が増えているのにもかかわらず、国内で若手ダンサーを中心とした公演の数が少ないことを受けて開催された公演である。青山バレエフェスティバルは本公演の後、15年間にわたって継続的に開催され、青山劇場の舞踊部門を代表とする公演となった。第1回は1986年8月16日、17
あるマンションのゴミ捨て場。ゴミ出しのルールを厳しく取り締まっていた女性の死後、住人たちは再びルーズになり始める。ゴミ収集車は、もう行ってしまったのだろうか――。その問いが引き金となり、平凡な朝が一変する。アンパサンド・スリラー。
舞台『魔法使いの約束』
2.5次元ミュージカル/舞台
「コドモも、モモも、森んなか」いつか、モモとゆう存在を、なくすのだとわかってはいたけれど、やっぱりなくしてしまって、そのことがやっぱりおおきかった。七月だった。モモが、なくなったのは。かんがえちゅうで、まだまとまらない。モモが、なくなってしまって、鳴らなくなった音があった。でもそれでも、物音がすると、モモじゃないかと振り向いてしまう。まだモモが、いるような気がして。音をさがす。そんな時間を、つくら
1994年、戦後49年目の年に誕生した二人芝居『父と暮せば』。1995年より日本各地を巡る全国公演を開始。戦後60年を迎えた2005年までに、通算368ステージを数え、『紙屋町さくらホテル』『リトル・ボーイ、ビッグ・タイフーン』の原点ともなった。女優栗田桃子を迎えて、装いも新たに上演。次世代に語り継ぎたい、井上戯曲の傑作にしてこまつ座のライフワーク。
珍しいキノコ舞踊団が原美術館中庭で初の野外公演「フリル(ミニ)ワイルド in the Hara Museum Garden」を開催します。今回、満天の夜空(仮)と絶景のロケーションに囲まれて、果たしていったいナニが起こるのか?コードネームはワイルド。またもやアートディレクターに「生意気」を迎えたスーパーコラボです。ぜひお見逃しなく!レジェンド ウィル リターン!千年文化芸術祭特別賞、日本舞踊批評家
どこにでもある交差点には、欠かすことなく花が供えられている。通りかかる誰もが、それを見て察する。「ああ、ここで人が死んだのだ」1つの不幸な事故をめぐり、交わるはずのなかった人間関係が生まれた。めぐりめぐる、まじりまじわる、ぐるぐるぐるぐると、奇妙なワルツのように……。暴走する大人の事情―――ノンストップ・トラフィック・サスペンス。
坂本龍一、高谷史郎(ダムタイプ)による最新にして最後のシアターピースの日本初上演。『LIFE a ryuichi sakamoto opera 1999』に続き坂本龍一が生前全曲を書き下ろし。高谷史郎とコンセプトを考案、創作。田中泯、宮田まゆみ(笙)、石原淋のパフォーマンスとサウンド/インスタレーション/ヴィジュアルアート。そのすべてが、光と水が交錯し幻出する、幾つもの「夢」とともに、劇場空間で融
テーバイの王クレオンと少女アンティゴネーの対立を「ナショナリズム」と「テロリズム」という図式に置き換え、国家の政治劇として描く。知的な分析力に優れた演出家のコンセプトが、SPACの俳優の身体と出会い、強度にシンプル化されたギリシア悲劇の世界を野外劇場「有度」に出現させる。
『K――カフカと恋人たち』は、阿部日奈子の詩集『典雅ないきどおり』に収められた作品「K」を基盤としながら、カフカの小説、日記や書簡の断片を自由にコラージュする形で構成され、カフカと恋人たちの不思議な愛の「かたち」、男女の権力関係が探られた。舞台世界の表出は、物語や文学の再現ではなく、強度のある〈声〉や身体表現が駆使され、現代詩、舞踏、現代演劇、現代美術の思い切ったコラボレーションとして行われた。
本作は、幻想的なロマンティックバレエ「ジゼル」をモチーフに現代版として翻案したディバイジングシアター作品です。ディバイジングシアターとは、既存の戯曲を用いず、演出家、振付家、俳優らで集団で作品を立ち上げる演劇創作の手法です。現代の日本に生きる人々のジェンダーやアイデンティティなどの様々な悩みや葛藤を、ダンスや音楽・ラップを盛り込み、エンターテインメントとして描きます。
森田かずよと北村成美によるデュオ。"女二人でバカンスの旅へ。"身体や感情の差異、あるいは同調をあらわしたダンスパフォーマンス。
「もっと歴史を深く知りたくなるシリーズ」とは・・・教科書には載らないような歴史上の出来事を興味深く面白くエンターテインメントとして表現するシリーズ企画。第1弾企画「マルガリータ~戦国の天使たち~」は、戦国時代にヨーロッパへ渡った天正遣欧少年使節の生涯を描いた歴史小説「マルガリータ」(村木嵐著)を原作とする舞台。2014年9月27日(土)から10月5日(日)まで、EX THEATER ROPPONG
若手ダンサーを中心とした著名バレエガラ公演の第6回目。第6回の公演ではローザンヌ国際バレエコンクール、ジャクソン国際バレエコンクール、モスクワ国際バレエコンクールで上位入賞を果たしたダンサーによるパ・ド・ドゥ、委嘱創作作品の上演、また海外特別ゲストによる出演があった。委嘱創作作品では、鈴木稔振付『MAPS LEFT ON A SCRAPS』と前田清実振付『CHUBO行進曲』の作品が上演された。鈴木
歌って踊って、笑わせる寺山修司のミュージカル!?このミュージカルは、さよならしたことのある人のためのお芝居です。生まれてからまだ一度も「さよなら」と言ったことのない人は、このお芝居を見る前にだれかにさよならして来て下さい。
[作品ノート]優雅、華やか、焦燥、威嚇、陶酔、脱走、贅沢、 パッション、快感、ツクパヤ、うふふ、あはは、 ぶっちゃけ、モリシタマキ、ひっそり、びっしょり。 森下真樹をお楽しみください。
作品ノート:「よく知っている底から水面を見上げ知らない水平線を思い浮かべず 音の届く先まで睡り どこかの花を想う」 これは「海」をモチーフにした作品の一部です。遠く離れた世界のことを簡単に知る ことができるようになった今だけど、どれだけ本当のことを見ることができるのだろうか。様々な海から眺める水平線の先は、想像するにはあまりにも遠い。自分が立って いる海の底にも、人の目に触れない流れがきっとたくさ
(フライヤーより抜粋)「場所と思い出」「雰囲気のある死体」といった別役氏の戯曲を読んでは、あまりのくだらなさに何度も吹き出し、電車の中や図書館で恥ずかしい思いをしていた高校時代の私にとって、別役実という人は”ナンセンス・コメディの巨匠”でした。─ケラリーノ・サンドロヴィッチ
身は妓生の娘にありながら、ひとたび結ばれた両班との青年との愛を信じ、牢につながれながらも、再び逢える日を待つ春香。死をも恐れぬ春香の「愛」をとおして見えてくるものは、何か。日本植民地時代、朝鮮のとある町の芝居小屋で「春香伝」が演じられる・・・。
平岩弓枝が贈るラブサスペンスロマン
ある日突然、死んだ友人の幻影を見るようになった小説家、稔梨。彼女は友人の民俗学者と共に、海沿いの小さな集落に住む霊能力者のもとを訪れる。しかし彼女が尋ねたとき、集落は年に一度の祭『おわたり』の準備に大わらわだった。『おわたり』とは、その年に海で死んだ者たちの魂がいっせいに黄泉の国へと渡ること。 死者と生者が混在するひと夜。海は闇に溶け出し、人の秘密があふれ出す。
青年団プロデュース公演 vol.8
劇作家・演出家の松田正隆が、自身の生まれ育った長崎を舞台に描き、1998年第50回読売文学賞戯曲・シナリオ賞を受賞した代表作。演出・平田オリザとのコンビは、前年、第5回読売演劇大賞最優秀作品賞を受賞した『月の岬』に次ぐ2作めとなる。職を無くし妻に家出される主人公と、彼を取り巻く人々の心情を、何気ない会話から細やかに映し出す。
明治ニ十六年に、九世市川團十郎により初演された歌舞伎舞踊。大奥のお鏡曳きの余興に、小姓弥生が手獅子を持って踊るうち、獅子の精が乗移り、獅子の狂いになるさまを描きます。前半では、石橋の物語を中心に、川崎音頭、飛騨踊、二枚扇の踊りを経て、手に持った獅子頭に引かれての花道の引っ込みなど、後半では胡蝶の精をあしらって長い毛を振る豪快な「狂い」「髪洗い」などが見どころとなっています。
東京郊外の星川眼科医院。医院長の賢一は、閉院を決意した。そして賢一は、医院に三〇年間勤め、彼の一人娘の母親代わりをもつとめた看護師の陽子に蓼科のコテージをプレゼントし、勇退。これで一件落着。ところが「先生、私、嘘をついていたんです。ここはどうしても、先生に辻褄を合わせていただかないと」「私、死ンジャウワ」とまでは言わないけど、ともかく、賢一、その嘘にノルことになって初冬の蓼科へ。陽子の看護学校時代
”貧しい家に生まれた兄弟チルチルとミチルは、幸福の青い鳥を求めて冒険の旅へ出た。”世界中の人々に親しまれた童話劇を幼少期のメーテルリンクが運河の底で体験した「光」の記述をもとに再構成した、モメラス版『青い鳥』。
本作は、脳外科医ペンフィールドが提唱する「脳内のホムンクルス」という概念から、脳との繋がりの中で、本来は一番大きな面積を占めると言われる手、指先の「触覚」に着目した。未曾有の感染症の影響、テクノロジーの発達において、人と触れ合うことが圧倒的に減った今。「触覚の不在」をテーマに、現代社会を生きる「私」という人間のあり方、人との繋がりについてダンス、美術、映像、音楽から思考した作品。
2002年から結城座が参加した日仏共同制作『屏風』。フランスの国立劇場での初演後、数多くの演劇祭や劇場に招待されました。そのコラボレーションのパートナーとなったフランスの演出家、フレデリック・フィスバックと結城座は、創立375周年記念第2弾としてシンガポールの劇作家・郭宝崑の代表作『宦官提督の末裔』を上演します。公演には大久保鷹と花組芝居の加納幸和をゲストに迎え、結城座の人形遣いたちと共演します。
かもめマシーンが取り組む「電話演劇」は、電話回線を介して俳優と観客の1対1で「上演」する演劇作品。サミュエル・ベケット原作の「もしもし、わたしじゃないし」に続く第2弾として上演されたのは、1930-40年代という激動の時代を生きた思想家シモーヌ・ヴェイユのテキストによる「もしもし、シモーヌさん」。観客は、ビル屋上に出現する特設の「電話ボックス」に設置された黒電話のダイヤルを回すと、上演が始まる。
伊藤キムに加えメンバー10名が出演。大谷石採掘場にヒントを得た美術をバックに、右往左往する若者たちとその人間関係を描いた作品。
日中戦争たけなわな昭和14年。京都の路地裏に住むウメコは、アホやしょんべんたれやといじめられ十日も家から出てこない。今日もふかしたてのお芋を悪ガキデベソに取り上げられて泣いている。そこの現れたのが現人神(天皇陛下)とも知り合いという自称ウメコ婆さん。一人ぼっちのウメコとしわくちゃウメコは、なぜか一緒にくらしはじめた。
—何したっていいだろう、たった七日なんだから—八月、陽の光に強く照らされた猛暑。彼らは鳴き続ける。この世に生を受け、年月を重ね、やっとの思いで地上に姿を現したのだ。自らの身体の形をした殻を残し、大空を飛び回り、そして必死にしがみつく。休むことなくひたすらに鳴き続ける、大きな声で。彼らの晴れ舞台。たった七日で何ができるだろう。強く、強く、鳴き続ける。
音楽はマリア・カラスとバッハのアレンジのみで構成。「肉体の絶対的なコントロール、その信じ難い力と同時に肉体の極限的な脆さをも示す」(フェスティバルアートディレクター・ペーター・ビュ / フィガロ紙1997/8/7)、「数光年分のステレオタイプを持つ女性像、それをすみずみまで探索する。誰もがそこに居合わせる。驚くべき方法で全身を変貌させながら心の状態を語る」(デュ・テアートル1997/秋号 NO.1
OSAKA DANCE EXPERIENCE
チベットには様々な不思議があふれています。「バルドゥ トェ ドル」とは、一般に "チベット死者の書" として知られている密教経典の原語名。死から誕生へと輪廻転生していく霊魂への導きを説いた世紀の奇書。この経典に想をとり、一九九五年西チベット・聖山カイラス巡礼行での体験を混えて創作した虫丸流立体マンダラ肉体詩の世界。踊り踊らんとて旅続け、酒飲まんとて人を恋ふ。