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時折、激しい吹雪が吹き荒れる真冬の札幌。終電頃、「西線11条」の電停。東京から仕事で札幌に来たばかりの男が、道路の真ん中にある市電の停車場で、ススキノに向かうために電車を待っていると、そこに一人、また一人、電車を待つ人たちが現れる。現れた人たちは、そこで炊飯器にお米と水を入れ、ご飯を炊き始め、やがて炊飯器からは、仄かに白い湯気が立ち昇る。実在する市電の停車場「西線11条」で、本当にあったかもしれな
學蘭歌劇『帝一の國』
2.5次元ミュージカル/舞台
(パンフレットより)三年前にこの作品は一度、故郷の北海道伊達市で、終わりを迎えたはずだった。だけれどまたこうして取り組んでいるのは、この三年間で家という生命体そのものが、現在という時間のなかでどう在ればよいのか、という問題が自分のなかで、まるで変わってしまって、膨らみつづけていたからだろう。現在という時間は想像できているだろうか。あのころの食卓のこと。ひとりひとりの表情を。家という生命体の内臓は、
2018年に初演の「牛乳とハチミツ、ゆれて三日月を喰みる」のリクリエーションと、その後日談である『珈琲にシラップ、時を選ばない無常と風』の二本立て公演。とある地方都市にある家族経営のカフェ「ヒモスガラ」で繰り広げられる家族の少し不思議な話。
川口隆夫ディレクション企画「舞踏 ある視点」
演出家の生西康典が、土方巽のテキスト「病める舞姫」と「慈悲心鳥がバサバサと骨の羽を拡げてくる」を演劇作品化した。2人の演者はほとんど動かずに土方の言葉を発し、それらの言葉が地下空間を震わせていく。静寂、言葉、電車の走行音をはじめとした空間内の音。そのなかで震える身体。その揺らぎが見る者に伝わり、それぞれの異なる経験、あたらしい物語を生み出していく。本作では、その「揺らぎ」を映像作家の掛川康典が映像
自然を愛し自然を守ろうとするがあまり政治という場違いな戦場で敗れ命を断とうとした天野昴と、そんな彼を救った妻清子を取り巻く家族たちとの10年間の日々を回想していく舞台。
元藤燁子が多田智満子の著作『鏡のテオーリア』を原作とする鏡の神話と伝説に、名古屋の鏡伝説を加えて構成した新作で、存在と無、時間と永遠の問題を身体で考察する舞踏作品となる。本作は、愛知芸術文化センター主催のイベントークPartⅥ「土方巽を幻視する」参加の舞踏公演であった。主演の元藤燁子と共演のアスベスト館の舞踏手たちに大野慶人が加わり、さらに大野一雄の特別出演を得て、重奏の舞踏空間となった。
[1998年3月]長年パートナーシップを組むモリオ(美術)初参加作品。[1998年11月]関西初進出。
山崎広太が率いるFluid hug-hug Co.の旗揚げ公演。1996年~2002年までの山崎振付・演出・構成による3作品を新たなダンサーで一挙上演。
世田谷シルク第11回公演
クリスマスの晩、チルチルとミチルは、老婆の娘の病気を治すために、幸せの象徴とされる青い鳥をさがしに旅に出ます。行先は、「思い出の国」、「夜の国」、「森の国」、「死の国」、「贅沢な国」、「やさしさの国」、「未来の国」。しかしどこに行っても青い鳥は見つかりません。そこで二人は帰宅し老婆にそのことを告げようとすると、老婆は家の中にずっといた鳥を欲しがりました。よく見ると、その鳥は青く変化していたのです。
眼前の景色が 内臓の平滑筋の ひとつの襞として広がっているという感覚過去のすべての出来事が 時間遠近法の焦点である 心臓の鼓動の中で 今、沸騰しつづけているという感覚記憶は断じて過去の再生なのではなく 常に新たに想像されるものなので 記憶されるたびに 過去が新しい現在になる我が黙示録、反啓示 すべてのものの 境界線の消滅 生の中には死が 男の中には女が 女の中には男が コスモスのなかにはカオスが
その場で1人が読むテキストでもう1人が踊るそれぞれのソロシーンと音楽の響きを共有して踊るデュオのシーンが、ゆるやかに繋がりながら進行してゆく。2024年2月に金沢市民芸術村ドラマ工房初演、会場に即した空間演出のもと、新たなバージョンを発表する。『浸色』は造語で、1人の領域ともう1人の領域が互いに独立したり溶け合ったりすることが身体において可能であるかどうかの試みのプロジェクトである。
「夢幻能」の形式によって立ち現れるかつてない幽玄の『オセロー』シェイクスピア四大悲劇の一つ『オセロー』。黒い肌の傭兵将軍オセローが、部下の姦計から猜疑と嫉妬に狂った末、最愛の妻を手にかける――舞台はもちろん映画化もされるなど、今も世界中で上演され続けているこの傑作悲劇を、宮城聰は「夢幻能」の形式を用い、オセローに殺された妻デズデモーナの側から描くことで、痛切な「愛の物語」へと昇華させます。「夢幻能
「俺たちはもう、死んでいる」幽霊の常識を覆す、とびきり明るくてワルなゴーストギャングたちがあの世とこの世の両方で大暴れする!そして、それぞれの「後悔」をテーマに、死を超えた繋がりを描く誰も見たことのない痛快スタイリッシュ“ゴースト”ギャングエンターテイメント!
そのとき二人の背後で舞台装置だけが取り替えられた。燃えさかる炎と冷たい壁、ゴミの山、娼婦に反逆者、新しいスピード、新しい病気、崩壊する国家、庭園と夜、そして様々な情景のリアルな大洪水……それでもあたし達二人は、どこまでも一種に歩んでいく。そして、何が起きたのか訊ね合う。だってあたし達はカップル、一匹の四足動物。そして四つ足の人間こそは、この地上でもっとも高度に進化した動物。
テレビ山梨開局20周年記念番組「旅へ…微笑仏になった男~木喰上人二万キロの足跡を辿って」。江戸末期に北海道から九州まで旅を続けながら、後に「微笑仏」と呼ばれる、ほほえみをたたえた仏像を彫り残して93歳でその消息を断った木喰上人の足跡を辿る。主演は北海道出身の舞踏家、五井輝。
岩名雅記独舞踏。初演は1992年で、パリ、ペスカラ(イタリア)、ハニア(ギリシャ)、サンクト・ペテルスブルグ、ブカレスト、東京で上演された。映像は、1994年にドイツ・ゲッティンゲンで行われた「第3回舞踏とジャズの祭典MAMU Festival」で上演した時のもの。タイトルはフランス語では「Papillon en Offrande」。岩名が子供の頃に出会った、戦争で夫を亡くして気がふれ、打掛を着て
フリージャーナリスト「市井宗高」が紛争国に入り、消息を絶つ。母「順子」は無事を祈りつつ、毎日お百度参りをし、鶴を折る。宗高の友人で新聞記者の「司由起人」は順子に取材を重ねるが、宗高の妻「実花」は「これは自己責任だから」と言いだし、取材を拒否するよう順子を諫める。そんな折、テロ組織に拘束された宗高の無惨な姿がニュースで流される。一方、由起人には30歳過ぎてなお非正規雇用で苦しい生活を続ける弟「真奈人
何もない、あまり変化のない日常の繰り返しに、踏みとどまる事を選択する。
1億円という大金を拾って落とし主が現れず、一気に大金持ちになった男の物語。大金を得た男は万々歳。これからは大船に乗ったような気分で前向きに生きていける。そう思ったのだが予期しなかった良からぬことが次々に起こり、あっという間に憂鬱な日々に逆戻り。酒をあおっては愚痴をこぼす日々の中、ふと男は気づく。「あれ?デジャヴ? この会話、以前しなかったか?」。そうして次々に積み重なっていくデジャヴの毎日を送るよ
コロナ禍の3年もの間、私たちの季節は不安、不確か、曖昧、疑念、動揺といった言葉に埋め尽くされていました。色で言えばずうっと灰色でありました。先日、今回のキャスト数人に、「灰色の後は何色に染まりたいですか?」と質問したところ、ピンクと答えたIさん(中年♂)がいました。私が、「白じゃないの?トンネルを抜けると雪国みたいな」と聞くと、「いや、白はちょっと恥ずかしいですね。私はピンクでありたい」と答えまし
―禁忌の愛にゆれる、日の浦姫の半生を描く平安一大絵巻―井上ひさしが文学座、杉村春子への当て書きで書き下ろした初期戯曲『日の浦姫物語』をこまつ座初上演。重厚な俳優陣とスタッフを迎え贈る日の浦姫の生涯を巡る一大絵巻!
室町時代、お家騒動にまきこまれる絵師の狩野元信と、彼を慕う遊女のみや。元信と結ばれず、死んだみやは、香を焚きしめた元信の部屋に、幽霊として戻ってくる。二人の恋愛を軸に、芸術と政治の相克が浮かびあがる。現在は歌舞伎や文楽でさえ行なわれていない、近松門左衛門原作の全編を一挙上演。
ミュージカル『テニスの王子様』4thシーズン
テニスの名門校・青春学園中等部(青学・せいがく)に入学してきた越前リョーマは、アメリカJr.大会4連続優勝の経歴を持つ、テニスの天才少年。青学(せいがく)は地区予選を順調に勝ち進み、決勝戦へとコマを進めるが、決戦の対戦校は意外にも昨年暴力沙汰で大会出場を辞退したノーシード校・不動峰であった…。不動峰の気迫に、苦戦を強いられる青学(せいがく)レギュラー陣。地区予選の優勝をかけた、最後の一戦が始まる。
現代演劇レトロスペクティヴ
平凡な男の部屋にふいに9人の家族が侵入してくる。善意に満ちた笑顔で隣人愛を唱えながら居座り続ける彼らに、男の婚約者や警察さえも説き伏され、男の存在が次第に危うくなっていく…。戯曲として初めて谷崎潤一郎賞を受賞し、現代社会の特殊な人間関係を照射した傑作戯曲。
物語は1991年夏。50年前の真珠湾攻撃に参戦した3人の若者たちも、今や75歳。自分たちが攻撃したパールハーバーを見ようと、それぞれが胸に深い傷を抱えながら再びハワイへ旅立った。そして碧い空のハワイで、不時着した九七式三号艦上攻撃機が、ある牧場主によって隠されていたことを知るのだが……。
同窓会に集まった5人に、ウジが言う。「今日はちゃんと気づいてほしい。私をいじめたのは、誰だったのか」そして5人は、高校時代の思い出を振り返る。どれもこれも、楽しかったことばかりで。記憶の中のウジも、目の前のウジも、ずっと笑っていて。5人にはずっと、そう見えていて。観客に、ウジの姿は見えない。ウジのセリフは常に、字幕で観客に示され続ける。彼らにとっては、その姿も、その声も、今もそこにあるままだ。
(フライヤーより)詩、マイム、音楽、そして舞踏、現代の吟遊詩人による中世=ルネッサンスのスペクタクル
怠け者の太郎が妻へのあてつけに腹を切って死のうとする、その一部始終をシテの太郎が独演。妻も仲裁人も見ていないところで一人、何度も腹を切り損なう太郎。まるでベケットの戯曲を思わせる無目的な行為の繰り返しが、人間の愚かしさを際立たせる。古典狂言としては特異な、不条理を感じさせる作品。
結婚してから毎日、昨晩食べた料理をネットにアップし続けている、ある夫婦の晩御飯の記録『ラストナイトレシピ』。結婚2年。仲の良かった夫婦だったが、妻が亡き人となった。妻の両親は残された夫に対し、娘の死を「申し訳ない」と言い、やたらと明るく振舞いながら今まで以上に夫に関わりをもとうとする。夫にはそれが疎ましい。しかし、大事な妻を生んでくれた親である。生前、妻が日々更新していた「ラストナイトレシピ」とい
滞在制作プロセス映像
2021年11月20日(土)、21日(日)に静岡県掛川市の原泉地区で上演したパフォーマンス作品『風景によせて2021 はらいずみ もやい』(「HARAIZUMI ART DAYS!2021 ~相互作用~」に招聘)。その日、その場所でしか観ることのできない風景での上演作品は、どのようにして生まれるのか。原泉でのクリエイションや暮らしに4ヶ月間密着撮影した、創作過程の貴重なドキュメンタリー映像。
椿組2022年夏・花園神社野外劇
ご存じ歌舞伎狂言「夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)」は、大阪ヤンキー達の泥にまみれた大立ち回りで有名なお話しだ!それを幕末の江戸に移し、大胆に脚色したのが今回のわかぎ版「夏祭・花之井哀歌」油照りする大江戸花之井、夏祭の宵宮におこった惨劇! 男の強欲と女の意気地がぶつかり合うーーー 血と泥と怨念まみれた殺し場に映えるは、真っ赤な下帯、浮かぶ刺青・・・ “待ってまし
昭和庶民伝三部作 第一部
昭和庶民伝三部作・第一部 紀伊國屋書店創業60年記念提携公演昭和15年の浅草。小さなレコード店「オデオン堂」に4人の家族と二人の間借り人が仲良く暮らしていた。しかし、陸軍に入隊していた長男の正一が脱走して「非国民の家」扱い。追手がかかり憲兵が住み込みで見張りをする始末。ところが長女・みさをがたくさんの傷痍軍人と交わしてきた文通ハガキの中から選んだ源次郎と結婚するにいたって、今度は一転「美談の家」に
風の庭プロジェクト2009
松尾芭蕉(1644~1694)の「奥の細道」の俳句を題材にした春夏秋冬の風楽作品。暗い細道を通り抜けた鮮やかな夏の彩。月日は百代の過客にして 行きかふ年も又旅人也 田一枚植ゑて立去る柳かな卯の花をかざしに関の晴着かな(曽良) 夏草や兵どもが夢の跡 五月雨の降りのこしてや光堂蚤虱馬の尿する枕もと蚕飼する人は古代のすがた哉(曽良) 五月雨をあつめて早し最上川第4回サンパウロ市立ダンス振興プログラム
東日本大震災と福島の原発事故を経て、「わたしたちの声」とはなにか、どうすればそれを聞くことができるのかという問いに、演劇的な応答が示された作品。改造保冷車の荷台に映像鑑賞ブースが設けられ、東京と福島の中学生へのインタビューが一人一枚のDVDになって並んでいる。観客は自由に鑑賞し、最後に自分自身も投票する。それぞれの戸惑いと葛藤を写し取った記録は、まだ見ぬ未来へむけたアーカイブとなった。
ダンボールで出来たカラフルなタイルで彩ったプールを劇場に作りあげ、観客はプールサイドから観劇する。妖艶で退廃的な”ROMANCEPOOL”に満ちる生命エネルギー。FUKAIPRODUCE羽衣初期の名刺代わりの作品。
Eラーニング(株式会社 流)
⑦ プロデューサー・制作米国の劇場は大きく商業劇場と非営利劇場の2つに分類されます。動画①ではトニー賞5部門を受賞した「ファン・ホーム」のプロデューサー、トム・キャサリー氏が商業演劇の制作とその過程を解説。動画②では芸術分野の政府助成金や政策立案などの分野で活躍した後、コロンビア大学大学院シアターマネジメント&プロデューシング科で准教授を務めるジジ・ボルト氏が米国の非営利劇場の歴史や役割、現状を解
宮沢賢治作品 初演出となる演出家・宮城聰と、初の演劇台本に挑む小説家・山崎ナオコーラによる、異色のコラボレーションが実現。等身大の人形を駆使し、変幻自在の劇世界を追求した作品。詩人、童話作家として有名な宮沢賢治は、地質学や土壌学の専門家でもあり、貧困を極めていた当時の農民と生活をともにし、収穫量を改善しようと奮闘した。『グスコーブドリの伝記』は、そんな賢治の人生が反映された物語。「人間は自然とどう
若手ダンサーを中心とした有名バレエガラ公演の第7回目。東京・パリ友好都市提携10周年を記念して、また1992年7月から12月にかけて東京で「パリ年‘92」が開催されていることを受けて、第7回はパリとフランスにちなんだ企画を軸として開催された。東京都が行う「パリ年’92」事業の一環として、8月7日、8日の公演ではフランスのスタンローバ児童バレエ団が出演し、『眠れる森の美女』を踊った。スタンローバ児童
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
傍観を許さない、目と心を奪う強靭なダンサーとダンス・BATIK=黒田育世新作。舞台。大きく円形に張り出し。後方横幅一杯にトタンの壁。構成。ワイヤで浮遊、穏やかに口笛を吹く育チャンは、母に呼ばれ喜び。しかし、他の子に依る母をみて、激しく嘆き、痙攣。母のスカート下で治まる。が安息も一時。母の心はしばし離れ、子は孤独な自分に出会うこととなる。愛されつつ疎まれる、母を感じながら失い続けていく、痛切な幼児体
(フライヤーより)ヤマトの民は火の民なり。その身は鉄、その息は炎。彼らの行くところ、山川(やまかわ)ことごとに動(とよ)み、国土(くにつち)みな震(ゆ)りき。青山(あおやま)を枯山(かれやま)となし河海(かわうみ)をことごとに飲み干し、国(くに)の内(うち)の人民(ひとたみ)を多(おお)に死なしむる。
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
地上を あとに 水を 纏いに 行く。 人を 脱ぎ 新しい 喪の ドア。机 上に 盲 目の 自己家畜化家達。 ソックスを脱いで わたしの 身がわりを 飲みに行く。座るのはまだ早い。
小野寺より子と小野寺進は、木造一軒家に二人だけで住んでいる。姉弟揃って、それなりの年齢にも拘わらず未だ独身。だからそれなりの悩みも抱えているのだが、互いに相手を気遣い、そんなそぶりは見せない。なんだかいい関係なのだ。しかし、ある日、些細なことから二人は喧嘩をしてしまう。進は「自分に非はない」と思いつつも、朝食を一品減らすなど姑息な攻め方をしてくる姉に根負けし、形だけでも詫びようと決意する。でも直接
若き山伏「大鷲坊」は、幾多の思い出を秘めた故郷「櫛引通野平村」、薬師神社の別当に任じられ出立する。 村に着いた彼を待っていたのは、ニセ山伏の色男「月心坊」だった。どちらを村の別当にするか、村人達は法力比べで決めることにする。それは、心を病み歩けなくなった娘おきくの治療であった。大鷲坊はおきくを背負い、野にでる。村では…女手ひとつで懸命に娘のたみえを育てている幼なじみのおとし、村人の疑心暗鬼と偏見に
江戸三味線音楽の変遷
幕府が開かれた後の江戸の三味線音楽がどのような変遷を辿ったのか明治9年(1876)から明治21年(1888)まで明治に入って年号が変わっても人々の意識がすぐ切り替わるわけではありません。まだ華やかに色濃く江戸の存在を残していた明治33年(1900)までを2回にわたって取り上げます。お話 竹内道敬常磐津「戎詣恋釣針(釣女)」(1883年) 浄瑠璃 常磐津初勢太夫、常磐津光勢太夫、常磐津千寿太夫、
音楽はマリア・カラスとバッハのアレンジのみで構成。「肉体の絶対的なコントロール、その信じ難い力と同時に肉体の極限的な脆さをも示す」(フェスティバルアートディレクター・ペーター・ビュ / フィガロ紙1997/8/7)、「数光年分のステレオタイプを持つ女性像、それをすみずみまで探索する。誰もがそこに居合わせる。驚くべき方法で全身を変貌させながら心の状態を語る」(デュ・テアートル1997/秋号 NO.1
米・北東部ニューイングランド地方、ゴールデンポイントと呼ばれる湖があった。朝夕照らし出される湖面はまさに《黄金》に輝き、湖畔の閑静な別荘は都会の喧騒から離れ一夏を過ごす人々のやすらぎの場であった。間もなく80歳のノーマンは厳格で頑固ものでユーモアと教養を持ち合わせていたが、老いと忍び寄る<その時>への影におびえ苛立っていた。妻エセルは対照的に変わらぬ快活さを見せているが最近の夫が気がかりだ。夫婦の
9回目を迎える「踊りに行くぜ!!」は、毎年10月から12月北海道から沖縄まで全国を巡回公演する企画です。Vol.9は21地域で開催、参加アーティスト41組となりました。各地の公演の様子をシリーズでお届けしておりますので、どうぞお楽しみに!!今回は最終公演、スペシャルin東京公演から紹介します。2009年5月“スカパー!シアターテレビジョン”にてレギュラー放送されたプログラムです。鈴木ユキオ(金魚)
大災害によって壊滅した町で半壊した家に住み続ける兄と妹。 兄、晃郎は酒浸りとなったが、かつて精神を病んでいた妹、麻希子はむしろ回復しつつある。書けない作家一ノ瀬が現れ、元編集者の晃郎に「物語を書かせろ」と迫る。麻希子に想いを寄せる巡査の村田は、家を出ない兄妹の世話を焼き見守っている。純粋さと狂気のハザマにいる麻希子。一ノ瀬のために外出した麻希子は鳥居と出会い、生活のため「ボランティア」と称した仕事
シャッター商店街の白鳥鮮魚店。ここも店を畳み、母が1人で暮らしている…数年ぶりで息子が帰ると、店には見知らぬ外国人たちがいて、母もすっかり様変わりしている…その変貌ぶりにとまどいながらも惹かれていく息子と家族のようなものたちの物語。
街で出会った不思議な動き、思いがけない動作、街路のざわめきや呼吸、リズム、ダンスそのものである街の光景を舞台化し、今年1月フランスで上演、好評を博した「ラ・リュー(道)」にシェイクスピアの「真夏の夜の夢」のイメージを重ねた作品。ガロッタが芸術監督を務めるフランス国立グルノーブル舞踊団と静岡県舞台芸術センターの専属舞踊団SPACダンスの合同公演。
結城座旗揚げ385周年記念公演の第三弾として、三代目両川船遊が40年来温めてきた 企画であるフランツ・カフカの名作「変身」を上演。脚本・演出には、劇団 温泉ドラゴン代表・演出家として、人間の本質に迫る骨太で重厚な舞台を創造する現代演劇の牽引者の一人シライケイタ氏を迎え、人形デザインには若手油絵画家の谷原菜子氏を起用しました。谷原氏の特異な表現はカフカ作品の不条理な世界と響き合います。
ひとりの死をきっかけに集まった高校の同級生たち。失われた時間を求めれば求めるほど、お互いの距離は遠くなる。さよならを言いだすまでの、はかなくも、うたかたのごとく消えゆく一夜を描く。
古代メソポタミアの英雄ギルガメシュ王と親友エンキドゥの壮大な冒険物語が、躍動感あふれる祝祭音楽劇に。世界的人形劇師・沢則行氏とのタッグで、巨大な森の守り手フンババが駿府城公園に現れる!フランス国立ケ・ブランリー美術館からの委嘱を受け、宮城聰がSPAC俳優陣と取り組む新作は、古代メソポタミアの冒険物語『ギルガメシュ叙事詩』。粘土板にくさび形文字で刻まれた古代文明の象徴にして現存する世界最古の文学作品
これは、人と妖(あやかし)が共存していた時代の物語である。人間と妖の間には、千年もの永きに渡る怨念が存在していた。この世の平和を守るために、己の能力を駆使し、命を懸けて戦う者。天文を読み解き、陰陽二つの世界を自在に行き来する異能者を世の人々は敬意をこめて「陰陽師」と呼ぶ。源家の陰陽師でもある源頼光は、妖を根絶やしにするため、作り出したという武器・鬼切と妖刀姫を伴い、酒呑童子と茨木童子がいる大江山退
インドの音楽に乗せ、小道具をうまく使いこなしながら軽快な振付が重なっていく。折田克子自身の動きの特徴を存分に見ることができる作品となっている。
音楽の贈り物(ポトラッチ)
1985年3月から渋谷ジャンジャンにて行われたシリーズ「音楽の贈り物(ポトラッチ)」の第二弾。毎回様々なジャンルからの演奏家を招き、古川あんずのダンスとの共演を試みた。第一回は山下洋輔(ピアノ)、第三回は安倍圭子(マリンバ)、最終回には杵屋弥十介(三味線)が出演した。プログラム 1.ヒロシマのメンデルスゾーン / 2.アリババと40人の盗賊 / 3.シャーロック・ホームズの冒険
長野県のとある村にある公民館。近隣との合併により村が二つに分かれるという問題を抱えながらも、毎年恒例のお祭りの準備をする若妻会の女たち。御神輿の飾りを作ったり、男性が舞を舞うための男性器を模した木の棒に赤い絵具を塗り直しながら、女たちの戦いは静かに始まる。認知症の親を抱えた妻、シングルマザーとして子を生む女、その子の父親が自分の夫ではないかと疑う妻、彼女たちは激しい言葉を用いて相手を攻撃する。村が