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日本国憲法を自分のカラダの「骨格」であると直感した笠井叡が、憲法は常に至上の「理想」に貫かれているべきとの自身の想いに、ひとつの「カラダの形」を与える。大野一雄フェスティバル2013での初演後も、時代に呼応しながら再演を重ねている作品。
(フライヤーより)トンガリぼうしの魔法つかい、プリンさんのもとに、アメリカのチャックとサリーからSOS⁉「お願い、すぐにアメリカに来て!」二人の住む町で、凶悪な銀行強盗ビリー・ザ・キャットがあばれまわっているのだ。チャックは「拳銃を持たせればアメリカで一番」と評判のブルドッグ・ホリディに弟子入り。ビリーと決闘だ!場所は、町はずれのサボテン牧場。はたしてチャックはビリーに勝てるだろうか。心配するパパ
輝く星空、あなたは何を思いますか?戦火の中、たくましく生きている子供たちの物語。 タリバンに制圧されたアフガニスタン・カブール。女性は仕事を追われ、家の中にいなければならなくなった。女の子は学校にも行けなくなり、外出には男性同伴で少女は大きなスカーフを、おとなの女性はブルカをかぶらなければならない。 そんな中、父をタリバンに連れ去られた少女パヴァーナは家族のために少年として市場に出かける。少女だと
(フライヤーより)こどもの城オープン3周年記念として、ピアノ練習曲集「バイエル」を材料に、詩と歌と映像で味つけしたファミリー・コンサートをお贈りします。「せっかく美しい曲が集まっているのに、ただの練習曲にしておくのはもったいない」と、詩人たちが「バイエル」に楽しい詩をつけました。さらに映像もプラスして、「音楽の楽しさ」「詩の楽しさ」「みんなで歌う楽しさ」をお届けしたいと思います。ピアノを習っている
2002年から結城座が参加した日仏共同制作『屏風』。フランスの国立劇場での初演後、数多くの演劇祭や劇場に招待されました。そのコラボレーションのパートナーとなったフランスの演出家、フレデリック・フィスバックと結城座は、創立375周年記念第2弾としてシンガポールの劇作家・郭宝崑の代表作『宦官提督の末裔』を上演します。公演には大久保鷹と花組芝居の加納幸和をゲストに迎え、結城座の人形遣いたちと共演します。
近松門左衛門原作の人形浄瑠璃を現代人形劇として全段取り組む。劇団創立40周年記念作品として上演。国立文楽劇場の舞台機能を駆使しようと演出された。劇団の役者総出演の作品でもある。資料は、1989年3月26日にNHK芸術劇場にて放映されたもの。
新しく日本の元号が変わって、昭和という時代はまたひとつ過去の時空へ遠のいていった。昭和……大きな敗戦を経験し、復興を果たした日本人は、ついに高度経済成長期を迎えて、めまぐるしく変貌した。この作品は、そんな反映と華やぎの陰で、じくじくと己れの肉体を蝕まれ、生命さえも脅かされた人々の声なき声を描いていく。
白虎社初の熊野野外公演の記録。オリジナルは8mmで撮影されており、公演の一部が別の音楽と共に編集されている。大須賀勇が凧にのって運ばれてくるシーンや、声は聞こえないものの蛭田早苗と会山軽子の「じゃがたらお春-怒り鶏・泣き鶏」が収録されている。白虎社は1980年から熊野において夏期舞踏体験+芸能文化セミナー体験合宿を毎年のように開催し、恒例となった合宿生の成果発表はこの公演と同じタイトルで行われてい
舞台「キノの旅」
2.5次元ミュージカル/舞台
「FLAMENCO GALA TOKYO 2022」は、1927年竣工の歴史的建造物であるスパニッシュ様式の洋館・小笠原伯爵邸を舞台に開催されたフラメンコ公演イベント。日本フラメンコ協会が、コロナ禍の文化支援事業「AFF2!(Arts for the Future 2)」を活用して主催した。来場者は邸宅内を巡りながら、パティオでの群舞やラウンジでの演奏、ダイニングをタブラオに見立てたステージを体験
「バイリンガル演劇」と銘打ち、日本人キャストは日本語のみ、台湾人キャストは中国語のみを使用することで、互いの国で上演したときに、台湾公演時は観客の殆どは日本語キャストの言っていることがわからない、日本公演時はその逆という「言葉」ひいては「文化」の壁というべきものを、「人間」と「モンスター」の物語に置き換え描いた意欲作です。
今回で3回目をむかえる「ハイスクールプロデュース」。この作品は、八十年代の名作といわれた劇団青い鳥の『いつかみた夏の思い出』を、199Q太陽族の岩崎正裕が再構成します。伊丹の現役高校生たちと関西を代表する演出家が作る、「高校演劇」ではなく「高校生による現代演劇」です。
「違います!」被告・吉田静子の悲痛な叫び声が法廷に響き渡った。その罪は放火殺人。夫と姑を焼死させたのだ。東京地方裁判所に集められた様々な職業の十二人の男たち。決めつけ、戸惑い、無関心、心配事、様々な人間模様の渦巻く中、真実に向き合わされた十二人の日本人が出した結論とは?昭和三年から十五年間、日本でも陪審裁判が行われていた。
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「……がさつだったが、物事すべて明るく輝いていたあの時代。物資は乏しかったがお互いの間に優しさが満ち溢れていたあの創世期。お腹には何も入っていなかったが、胸にはちきれそうな、理想と希望があったあの頃。」──あの『キャッツ』がロンドンで誕生する十年前に、井上ひさしが世に送り出した、ネコだけが主役のミュージカル『十一ぴきのねこ』。現代演劇を牽引する長塚圭史が、この作品で井上戯曲を初演出にして初ミュージ
障害者を解放する岩戸を開く鍵となるであろう、健全者の管理下に置かれ、人間性を奪われた生活の中にある障害者施設の日常生活に素材を求め、障害者の自立とは何かを問う作品。
妻として、母として、歌人、詩人、評論家、小説家、童話作家として、懸命に生きた偉大なMOTHER与謝野晶子。その晶子と夫与謝野鉄幹の下、北原白秋、石川啄木、佐藤春夫、平野萬里、大杉栄、菅野須賀子、平塚明子らは集い、別れた。あの忌まわしい大逆事件を挟んだ明治42年から大正2年の5年間。若い彼らは文学に社会改革に、愛に命を燃やした。それはおかしくて、哀しくて、せつなくて、そして震えるほど美しい―。
柳美里を中心とする劇団「青春五月党」による一人芝居&マイム。テーマは生と死。
闘争スル妄想ヲ暴走セヨ!■ものがたりかつては清酒の産地として栄えたとある街。 しかし今はどの工場も閉鎖されてしまった。 再開発の波に抗いながら生きる酒を愛する男たち。 彼らが唯一の救いとして慕うのが、人気アイドルSであった。 そんなある日、街の再開発のイベントにアイドルSがやって来るらしいという情報が舞い込み…。 愛する街と酒のため、アイドルソングに乗せて男たちの暴走が始まる!
モグラのサンジは元気いっぱい。母モグラの「何でも食べるのよ」という教えのとおり、石や砂、鉄まで食べてしまい、ふしぎな力が身につきました。その力で奇想天外な冒険をやってのけ、サンジノ活躍はいつし伝説になりました・・・。
僕の21歳の時の美意識は 6年後他ならぬ僕自身の手によって根こそぎ汚される…。長塚圭史■ものがたり旗揚げ公演『アジャピートオジョパ』に新たな一本を追加してリメイク。坂の多い町を舞台に三組の男女の恋物語を描く。一組目は子どもができない若い夫婦。ある日夫が家に帰ると、妻が見知らぬ青年を拉致監禁し「自分が生んだ子どもだ」と言い張って育児を始めている。二組目は心と体を傷つけ合いながらも別れられない着ぐるみ
集落の神社に、神主の家族である矢口が訪れる。矢口はそこで、社に住みつく山田という男に出会う。そこに村の再開発を計画する業者の橋本と、その為の調査を請け負った地質学者の曽我が現れる。山田も橋本も、かつての神主である矢口の父親を知っていた。ガスの流れに足止めされた三人に、山田は物語を語り始める。社の周りには、口を利かない浮浪者の様な者がうろついていた。彼らは自らの死を自覚できない亡霊ではないかと、山田
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1976年、笠井叡は精力的に活動し、この年に発表した他の三作品(「月読蛭子」「個的秘儀としての聖霊舞踏のために」「物質の未来」)と合わせて、1976年度第8回舞踊批評家協会賞受賞した。また、この年の活動に対し、市川雅が選考した「ダンス・ワーク舞踊家賞」も送られた。4作品全部を観覧した詩人の吉岡実は、「新劇」1977年8月号でその体験を織り込んだとみられる「使者 ー笠井叡のための素描の詩」を発表して
時は鎌倉、対馬の漁村。昨日と変わらぬ穏やかな一日。異国の襲来が目の前に迫っている事を、彼らはまだ知らない。『30年の充電期間』を経て三谷幸喜主宰の劇団・東京サンシャインボーイズが待望の復活!
本作『ストリーム』は、コロナ下で起こった時間感覚の変化をテーマに制作された三部作『Sign』『Cue』『Out』のスピンオフとして、2020年から現在までの出来事を元にした、捩子のモノローグで構成されたソロ作品です。芸術活動、仕事、病、子育て、戦争、経済、死、ダンス…コロナだけではない、私たちの日常と生に並走する様々な“with-ウィズ”について話すことからパフォーマンスを立ち上げます。
海の匂いがたちこめる真夜中の遊園地に若いカップル(マコトとマリコ)が迷い込みみ、マリコを母と呼ぶ少女と奇妙な子どもたちと出会う。ふたりは子どもたちの遊びに巻き込まれる。「ワタシガ欲シイ命トハ、子どもヲ産マナイ子どもデス。ソレガワタシノ理想美ナノダ。ワタシノ流ス涙ノ上ヲ去ッテ行ク子どもガイルダロウ。デモソノ内情ハ他人ニ問ワナイデホシイ。ソレハ過ギ去ッタ父親かもシレナイ。未来ノ子どもカモシレナイ。」子
紅花の赤、そして恵みの雨、拾い屋の徳の「残酷な運命」人に化ける、ニセモノ、替え玉、どんでん返しを盛り込んだ井上戯曲の傑作。雨乞いに隠された庶民の思いと引き換えに、一人の男が仕組まれたものとは。東北羽前国平畠藩...そこは一面の紅花の里。瓜二つの紅花問屋の当主になりすまそうとした江戸の金物拾いの徳言葉、習慣を捨て、自ら証明するものを失っていく。騙したつもりが騙されて、替え玉になったつもりの徳を待ち受
焼け落ちた、豪邸。消え落ちた、記憶。子供たちの、メリーポピンズは何処?1930年代、著名な心理学者グラチェン・シュワルツ博士の豪邸で火事が起こり、博士の遺体もろとも、すべてが燃え尽きた。全身に火傷を負いながら、猛火の中から博士の4人の養子達、ハンス(小西遼生)、ヘルマン(上山竜司)、ヨナス(良知真次)、アンナ(音月桂)を救出した家庭教師メリー・シュミット(一路真輝)。しかし、メリーは失踪。 残され
原作は、2ちゃんねるの書き込みに基づく純愛ベストセラー。映画、ドラマに続いて登場した舞台版がこれだ。『TRICK』の堤幸彦が演出を手がけ、秋葉系ヲタクの主人公を武田真治が熱演する。舞台ならではの世界観が圧巻。
『K――カフカと恋人たち』は、阿部日奈子の詩集『典雅ないきどおり』に収められた作品「K」を基盤としながら、カフカの小説、日記や書簡の断片を自由にコラージュする形で構成され、カフカと恋人たちの不思議な愛の「かたち」、男女の権力関係が探られた。舞台世界の表出は、物語や文学の再現ではなく、強度のある〈声〉や身体表現が駆使され、現代詩、舞踏、現代演劇、現代美術の思い切ったコラボレーションとして行われた。
1958年、長嶋茂雄が巨人軍デビューを果たし、東京タワーが竣工した。まだ米軍統治下にあった沖縄の高校が甲子園に初出場したその日、沖縄の道路から車が消えた―野球による本土完全復帰にかけたオトナ達のセイシュン―
コロナ渦で閉鎖した彩の国さいたま芸術劇場の稽古場を舞台に、1回限りの本番をワンカット撮影し配信を実施。主人公の最初の台詞「そのうち次の年に僕が死ぬ番になっていた」などの印象的なフレーズ、またこの戯曲の特徴である大量のモノローグ、登場人物たちが感じる孤独や苛立つ姿はやがて、未曾有のパンデミックの最中稽古場に集まった演劇人たちと重なっていく。"演劇が立ち上がるさま"本公演のドキュメンタリー映像も作成・
江戸は神田八丁堀からお伊勢参りへ。弥次さん喜多さん、東海道を西へ行く。二人の旅路を彩るは伝統芸能の数々。歌舞伎に講談、太鼓に三味線、果ては皿回しまで。みんなで笑って楽しい大江戸人形喜劇。~あらすじ~まんじゅうの大食い大会で起こした大失敗から、江戸を追われた弥次さん喜多さん。逃げるだけではつまらないと、今流行りのお伊勢参りへと向かうが、行く先々必ず起こるとんでもない大騒動。伊勢までの大珍道中がはじま
作品ノート:日本、トーゴ、台湾の異なるバックボーンを持つ4 名で製作された、日本のコンテンポラリーダンス作品。「ダンスの自明性を問うダンス作品」と銘打ち、‘基準がなく何でもありのダンス’とされている、日本のコンテンポラリーダンスにまつわる自明性と、その周辺を漂流する。あらゆる差別意識が表面化する現在の日本。渦中の我々だからこそ獲得し得る日本のコンテンポラリーダンスの力を、逃げるように追い求めていく
先日、行きつけの店の店長さんに散髪してもらっていた時、髪を「切る」に対し過不足なく「切って」いて、そうかと思い当たったことがありました。張り切るでも慣れるでも緩むでも表現するでも好き嫌いもなく、ある動詞を過不足なく体現することは実際とても難しい。日々同じ動詞に向き合う中で、飽きず過不足ない状態に辿り着くことについて、考えるところがありました。以前ジャズピアニストが、究極のドミソが弾けたらと話してい
コロナ禍における社会の変化と状況を、岩手県盛岡市のとある牛丼チェーン店でアルバイトをしている作者自身の目線から語った作品。作者は、都市部を訪れた際には、その牛丼チェーン店に客として通っていた。そのため、店舗のシステムの違いなどを目の当たりにし、牛丼チェーン店を通して、都市と地方の格差を感じていた。岩手県は、コロナウイルスの感染者が最後まで出なかった県であるが、今年の4月末から5月にかけては、全国で
Eラーニング(日本演出者協会)
③ 音響このシリーズは、これから音響、特に舞台音響をこれから始めようという人に、舞台芸術での音響家の役割や仕事を紹介します。また、始めて間もない音響家の皆さんに、舞台音響の仕事をやる上で何に注意をしていけば良いかを実例と合わせて紹介・解説し、ご自身の現場に役立ててもらえることを目的としています。顔合わせや稽古・本番・片づけまでの一連の仕事の流れから、スピーカーの配置の仕方やチューニングなどの技術的
沈黙に満ちた静寂の中、一組の男女が踊っている。身体を伸縮させ、空間を変容させながら、沈黙の対話を続けている。沈黙に満ちた静寂の中、音楽が生まれる。空間を明滅させ、身体を変容させながら、沈黙を奏で始める。沈黙と沈黙の拮抗。その間に生まれる第3の沈黙。再び訪れた静寂の中、一組の男女が踊っている。そこにある静寂は、かつてのそれとは異なる沈黙に満ちている。(金森穣)
最近、現実が3つくらいある感じがする。疫病がない社会とか、戦争がない世界とか。で、昔やった、2021年から始まる近未来SFの舞台を思い出した。戦争とか不死とかが現実を蝕む様を描いていた。『no plan in duty』は2015年に吉祥寺シアターで上演された『非劇』の2022年版です。過去の想像や計画や劇が終わらずに混迷していく現状を、日常の住宅街に潜む家に立ち上げてみます。
ナイロン100℃ SIDE SESSION SPECIAL
ドイツの放送作家、ギュンター・アイヒによって1950年代に書かれたオムニバス放送劇『夢』。その中から舞台用にアレンジ可能と見なした3編を選び、オリジナルで書き下ろした3編を加えて上演。何十年も止まらない列車に閉じ込められて暮らしている家族の話『列車』、ある三流小説家が死の世界を経験する『死』など、6話6様の悪夢が繰り広げられる。「ナイロン100℃」史上初めての、笑いが一切ない作品。
20年ほど前、雪山にUMAが出るという噂で、一躍有名になった尾白温泉町。その地で土産屋を営む阿波野家の次男正雄がスカウトされた。しれは禁煙、不幸続きだた阿波野家と町にとって明るいニュースとなるのか?15年前のあの日、なぜ町民はUMAを殺さなくてはならなかったのか?雪深い町で業深い人間たちが起こすとんでもない冬のお話。(喜劇です)
少年アルは、父シドに、「雪が降ったら、ママは帰ってくる」という言葉を信じて、旅をしている。父シドは、有名なジャズピアニストで、ジャズシンガーだったママと知り合ったが、彼女が子どもアルを産んだと同時に亡くなってしまった。シドはその事実を受け入れられず、アルに嘘をついて、雪の降らない南の町へと旅をし続けた。ある日、アルはいつものように町でママを探していた。その時、知らない二人の紳士が話しかけてきた。二
平成25年度沖縄県伝統芸能公演 組踊が2倍楽しくなる鑑賞教室
プログラム・組踊抜粋舞踊「女特牛節」 踊り手:山城 亜矢乃・組踊抜粋舞踊「高平良万歳」 踊り手:伊佐 幸子、与那嶺 綾子・ダイジェスト:組踊「二童敵討」を楽しむために 解説:知花 小百合・組踊「二童敵討」〈あらすじ〉阿麻和利(あまおへ)は、天下を取るため邪魔者であった護佐丸(ぐさまる)を首里王府へ嘘偽りを告げ、攻め滅ぼします。残された護佐丸の息子・鶴松(ちるまち)と亀千代(かじみゅう)は、父の敵で
みんなの歌が遠くに聞こえる。その1、その2を経て、その3となるこの作品は、誰かが誰かを歌い、みんなでみんなを歌うどこかへ向かおうとすれば、個人主義から新しいコミュニケーションを発想しなければならない現代の困難を描いた。
ダンスオーラルヒストリー
古い舞踊記録映像を見ながら、直接の関係者が体験を語るダンスオーラルヒストリー。本作では、1951年から邦正美に師事し、1959年に独立して札幌市に舞踊研究所を開設、その後、94歳の今(2026年1月)に至るまで現役の創作舞踊家として作品を発表し続けている能藤玲子が、邦の代表作「黄色い時間」について語る。邦が指導した「舞踊身体育成法」の内容や、作品創作に関わる邦の姿勢など、直接指導を受けた者ならでは
荷降ろしの手伝いのため駆り出された拓海は、藍染工房と金魚の展示がある町屋で父のトラックを待っていた。そんな拓海をよそにイベント会社の従業員たちは、自治体から依頼された町おこしのため謎解きゲームの企画を考えるが、いまひとつ良いアイデアは浮かばない。話題はあちこちに転じ続け、居合わせた拓海も次第に打ち合わせに巻き込まれてゆく。僅かな沈黙の後、拓海はつぶやいた。「ねえ、金魚ってなんのためにいると思う?」
(フライヤーより)「夏の夜の夢」おれはキューピッドの矢が落ちた場所を目にとめておいた。それは西方の小さな花に落ち、純白であった花びらも恋の傷にいまは真紅に染まった。乙女たちはその花を「恋の三色スミレ」と呼んでいるそれを摘んでこい、いつか教えてやった花だ、その汁をしぼって眠るものの瞼に注いでおくと、男であろうと女であろうと、目が覚めて最初に見たものを夢中に恋してしまうのだ。「十二夜」あら、早まっては
当作品「今日までどうもありがとう」は14年間の公演活動最後の作品である。カクスコの芝居は旗揚げ以来、一貫して冴えない男達の何気ない日常を切り取ったシーンを繋いだオムニバス芝居で、大きなストーリ展開はなくても客席は常に笑いに包まれ当時小劇場ブームのなかでも異色な劇団として多くのファンを魅了した。最後となったこの作品はカクスコの総集編として特に人気のあったシーン・代表作を選び構成されていてカクスコの魅
舞踏? プレゼンテーション・ショウ
十人いれば十人が違う答えを持つであろう「舞踏とは何か」という問いに、様々な手法を明かして「これが舞踏か?」と観客にプレゼンテーションする。後半では、室伏鴻のquick silverをコピーし、白塗り、銀塗り、素のカラダをさらけ出して答えを探る。Dance Archive Project 2016参加作品。
俺達はみんなわかってなかった。人生にやり直しはきかないということを—“うみお”と20年ぶりに再会したのは、彼のお通夜だった。彼と仲良しだったトモキ、ゆーぼー、ノブ、やっちんの4人は、かつてみんなでタイムカプセルを埋めた日に<ある理由>で“うみお”と喧嘩し、それ以来疎遠になってしまっていた。今では理由も思い出せないその喧嘩のことを後悔していたトモキ達は、少しでも“うみお”のことを思い出そうと、みんな
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
倉田翠が主宰するカンパニー・akakilikeが松本での滞在制作を経て上演。倉田の作品は、徹底的にフィクションでありながら、常に現実の自分自身と社会の間にある問題とつながっている。本作のテーマは「信仰」。人、動物、自然、宗教——人は何を拠り所として生きていくのか。結婚式という構造や、まつもと市民芸術館特有の舞台機構を作品に取り入れつつ、様々な背景を持つパフォーマーたちとダンスを立ち上げる。
大野一雄を世界的舞踏家に押し上げた代表作。1977年初演。「ラ・アルヘンチーナ」とはスペイン舞踊の革新者として知られるラ・アルヘンティーナ・アントニア・メルセのこと。大野一雄が1929年に帝国劇場でメルセの来日公演を見たときの深い感動が創作の源となっている。「頌」は讃えるの意。
19世紀ロンドンに、人をさらう怪人「人攫(さら)いジャック」が現れた。次々と人を攫って行くジャックの正体は誰なのか。何が目的なのか。スコットランドヤードのオルソップ警部は捜査に乗り出したが、街の人々の推理合戦に巻き込まれていき…。25周年を迎えたヨーロッパ企画がお送りするミステリコメディ。
饗宴 茜さすセカイでキミと詠う
2.5次元ミュージカル/舞台
ペーター・ストックマンは町長として、町の温泉施設のオープンによる経済活性化に期待を寄せている。しかし、弟であるストックマン医師は温泉が工場の廃液によって汚染されていることを発見し、ペーターに再工事を進言する。しかし、公共の経済を重視するペーターはその申し出を断るが、ストックマン医師は聞こうとせず真実を新聞に掲載すると言い出す。やむなくペーターは彼に免職も言い渡すが、ストックマン医師は揺らがない。
フランスでのカトリーヌ・ディヴェレスとの3年間の作業を経て日本に戻ってから最初の舞踏ソロ作品。「動きの巾ではなく気配の落差」、「抑圧した動き」で劇場の空間をつかみ、「彼女に於いて愛(エロス)は完結する」(佐藤正敏/テレプシコール通信)と評されるほど、観客を魅了した。
2020年6月、コロナ禍により多くの劇場が閉鎖される中、松本市・あがたの森公園の四阿で串田和美による“独り芝居”が誕生。自身の幼少期の記憶と中世の錬金術師ファウストの幻想が交錯する詩的世界を描き、3年間で全国22ヶ所39公演を屋内外で実施。人間的なファウストと悪魔メフィストを一人で演じきり、北アルプス国際芸術祭やシビウ国際演劇祭にも正式招聘され高い評価を得た。
東京とニューヨーク。インターネット糸電話で結ばれて、二都市の女性俳優たちが太平洋や日付変更線を超えて同時にひとつの作品を上演。これを遠距離恋愛と言わずしてなんと言おう!これまで様々な空間の劇的ポテンシャルを引き出してきたが、今回は二都市間に横たわる時間や空間までも劇場にしちゃえ、というグローバルな心意気の中、開演後911に見舞われ中断。ニューヨークの街が復活されないまま励まし合いながら再演に向かっ