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河野紗代子(音楽)と清水美紗都(ダンス)が1つのテーマに対して感性をぶつけ合った共同作品。「黄色」という色にどんな印象を抱くだろうか?太陽や星、菜の花やひまわりの元気で温かい色。反対に、踏切や信号、標識など危険を喚起する色。日本人には、黄色人種=アジア人ヘイトの問題があり、映画界では、紛争や貧困地域の描写に黄色い色を映像に重ねる「イエローフィルター」も近年問題視されている。本作では、「黄色」が持つ
―やそすけの撥が雪をんなを舞わせる―三味の音と和紙人形の織りなす「雪をんな」。切れやすく、破れやすい“ゆき”と“巳之吉”の話を、三味線やそすけの糸にのせ、和紙の人形が舞い綴ります。文楽のようで文楽ではない舞台。眼鼻の無い和紙の人形の表情は、皆さまの想像力で補ってご覧ください。
太郎「ピリッとしたもんが食べたいな」次郎「カレーなんてどうでしょう」太郎「なんやそれ」時代は1905年夏。場所は大阪近郊、吹田村にある庄屋屋敷「浜家」の玄関。浜家の家族や奉公人を中心に、屋敷に出入りする村人や、各地を回る薬屋などの姿を活写する。その背景には日露戦争を機に国民国家へ変貌する日本の姿があった――
長野県のとある村にある公民館。近隣との合併により村が二つに分かれるという問題を抱えながらも、毎年恒例のお祭りの準備をする若妻会の女たち。御神輿の飾りを作ったり、男性が舞を舞うための男性器を模した木の棒に赤い絵具を塗り直しながら、女たちの戦いは静かに始まる。認知症の親を抱えた妻、シングルマザーとして子を生む女、その子の父親が自分の夫ではないかと疑う妻、彼女たちは激しい言葉を用いて相手を攻撃する。村が
(フライヤーより)「元気の出るダンス」「明るいダンス」をモットーに〈ステイ•ヒア〉〈ダンス コレクション〉などのシリーズで次々と作品を発表している前田清実は1991年青山劇場での「青山バレエフェスティバル」でクラシックバレエにアプローチし、その鬼才ぶりを発揮した。ダンスの世界はいま大きく様がわりをし始めている。モダン、ジャズ、クラシックがそれぞれ融合し、単純なジャンルわけが難しくなってきている。前
劇団鹿殺し 15周年記念公演
時は戦乱の世。幾多の武将が名を馳せる中、月見草のように闇に咲く名も無き侍たちがいた。強さとは何か?死ぬべき時はいつか?生きる意味とは?はぐれ雲に問い続ける刃の光。流れた血のあとに、月の涙が零れ落ちる。合戦の騒乱を生バンドに乗せ、足軽が管楽器を吹く。嘆きのギター、進軍のベース、生きる鼓動がドラムに乗り移る。劇団鹿殺しが挑む「新世代パンク時代劇」参上!
わたしって、約60兆個の細胞でできてるんだってってことは、わたしが「わたし」って言うときそれは60兆個の細胞が大合唱していることになる『わたし!!!!!』ってミンナツナガッテイルの意味があなたにはわかっている?プラスチックプール は、日常にひそんだささいなアディクション(依存症)を生きる女たちのお話ですホントの私ってなんだろうだったら自分で決めたら?
今はなき、法政大学学生会館学館大ホールにて上演。当時は学生の自主管理下で様々なイヴェントが企画され、本作も演劇企画の黒いスポットライト(1974-2004)の主催。「オンディーヌ」とは、ギリシャ神話に登場する水の精(人魚姫)で、ジロードゥー、アンデルセン、劇団四季、寺山修司たちも作品化している。指輪ホテルは『この世の病、オンディーヌ。愛を併発して蔓延する。特効薬はない。』をテーマに、会場を豊穣な赤
先日、行きつけの店の店長さんに散髪してもらっていた時、髪を「切る」に対し過不足なく「切って」いて、そうかと思い当たったことがありました。張り切るでも慣れるでも緩むでも表現するでも好き嫌いもなく、ある動詞を過不足なく体現することは実際とても難しい。日々同じ動詞に向き合う中で、飽きず過不足ない状態に辿り着くことについて、考えるところがありました。以前ジャズピアニストが、究極のドミソが弾けたらと話してい
東京観光の代名詞的存在のはとバスを実際に使い、東京オリンピック(1964)時に活躍された伝説的はとバスガイドをゲストに迎え、現役のはとバスガイド、Port Bパフォーマーの「バスガイド」とともに東京を辿った。現在の東京の基礎は東京オリンピック(1964)で作られたという見立てのもと、東京オリンピックのレガシーを巡りながら、当時と現在の東京を「オリンピック=競争」という観点から比較検討し、東京という
76年周期で地球に接近するハレー彗星。これはハレー彗星が1910年に地球に近づいてきた時のお話。だんだんと近づいてくる彗星を見上げながら、人々は不安な毎日を過ごします。やがて彗星の尾には有毒のシアン化合物が含まれているという記事が新聞に掲載されると、尾に含まれる猛毒成分によって、地球上の生物は全て窒息死するのではないかという噂が広まります。噂はやがて地球上の空気が5分間だけなくなるというデマに変わ
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これはももちの世界の新作舞台。舞台は架空の日本。1948年、巣鴨プリズンで死刑宣告を待っていたA級戦犯・桐野健人は、神の祝福を受けたことにより釈放される。その後、健人は初代皇帝として長年君臨し続けるが……。神の気まぐれに支配された世界で繰り広げられる、世にも奇妙な政治劇が現在日本を逆照射する。
少年アルは、父シドに、「雪が降ったら、ママは帰ってくる」という言葉を信じて、旅をしている。父シドは、有名なジャズピアニストで、ジャズシンガーだったママと知り合ったが、彼女が子どもアルを産んだと同時に亡くなってしまった。シドはその事実を受け入れられず、アルに嘘をついて、雪の降らない南の町へと旅をし続けた。ある日、アルはいつものように町でママを探していた。その時、知らない二人の紳士が話しかけてきた。二
中部国際空港からカナダ・トロント行の飛行機に乗った田中と板谷。トロント空港で二人を待っていた日本人のツアーガイドと共に、日本人のタクシー運転手の車でカナダ観光を始める。しかし目にするものは見覚えのある濁った海に日本語の看板。日本舞踊のラジオを聞いて、えびせんべいの里からお土産を渡され、金色の魚の乗ったお城にたどり着く。カナダにはあるはずのない、名古屋のようなものを見ながらカナダ観光を続ける二人。
(フライヤーより)ご存じのように、こどもの城はこの11月1日で開館2周年を迎えました。この2年間のあいだ、こどもの城では様々な催しを開催し、来館されたご家族の皆様に楽しんで頂けるようにと努めてまいりました。青山円形劇場では国際交流企画としてご家族の皆様で楽しく踊ったり、ゲームをする中で国境を越えた交流が実現すればと願いをこめて6回のファミリーディスコを実施してまいりました。こどもの城として3年目を
1967年、秋浜悟史自身の作・演出により第1回紀伊國屋演劇賞を受賞した記念作。東北地方のある寒村。ほらんばか(ほら事語り)と呼ばれる男と姉妹の奏でる愛の不協和音。秋浜悟史追悼公演として、鵜山仁の演出により上演。
《彼》と旅をする20世紀三部作#1
【Story】1908年、ブラジルへの移民船、笠戸丸。日本人少年ノイチは、ポルトガル移民のアンと恋に落ちる。成長したノイチは、デモの夜に人を殺してしまう。ブラジルを離れることとなったノイチは、アンと先住民のチキノをつれて、南米中を転々とする。放浪の過程で、日本人排斥運動やクーデターに巻き込まれ、散り散りになってしまったノイチたち。彼らは再び出会うことはできるのだろうか。【Note】<彼>と旅をする
日本の舞踊では、舞・振・踊りと三本の柱にたとえられる分極がある。「ふり」は、その振を本来の意味のダイナミズムに開放したいものとしてつけられた公演名。服部公一作曲の本公演オリジナル曲を含んだ楽曲を手塚幸紀指揮のオルケストル・ソノーㇽ(録音素材)、美術を当時新進気鋭のジェームス・川田が担当。ダンサーは女性10名、男性12名で、衣装はシンプルなレオタード、タイツであった。
オスカー・ライザーの出生にまつわる秘密。それが父母の愛に破局を招き、思いがけない悲劇を呼び寄せた。突然に母をなくした幼いオスカーと父グスタフのあてどない放浪の旅が始まる。
柿喰う客フェスティバル2017
やるき坂小学校ぴっかぴかの一年生の私の後ろを何者かがついてくる気配がする。後ろを振り向くとそこには、自分と同じぴっかぴかの一年生がいた!?どこに行くにも一緒、何をするのも一緒な二人は、趣味嗜好がどこまでも一緒で…「この戦いの結末は…入念に打ち合わせ済みだ!」あらゆる反則技が許された男たちの、壮絶かつ予定調和な死闘。俳優2人による意地とプライドを賭けた演劇勝負、ついに開幕。
1940年夏、リトアニアの首都カウナス郊外。穏やかな丘の上に突然鳴り響く銃声。日本領事代理・杉原千畝と妻・幸子、医学生・藤島の三人は、ナチスのポーランド侵攻により祖国を追われ逃れてきたユダヤ人家族と出会う。翌日、日本領事館は大勢のユダヤ人たちに取り囲まれた。その中に丘で出会った家族、ヤコブ、ヨセフ、エリエッタ、セガロの姿もあった。彼らの唯一生き延びる手段は日本領事館で「日本の通過ビザ」を手にし、そ
「真の美しさや人間的感情を求める人生が、虚栄の美しさや幸福を暴力的に求める存在によって破壊され犠牲となっていく社会」という主題に光を当て、2つの世界が互いに理解共存することが不可能であることを通して、人間はいかに共存していくべきなのか?という問題に切り込む。ワーニャは長年セレブリャコーフの活動を支えてきたが、彼が定年退職しその無能さが明らかになり、今までの自分の献身が全くの無意味だったことを知る。
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「人生は芝居か?芝居こそが人生か?」ジャン・ルノワールの名作映画に着想を得た、絢爛豪華絵巻!「わからないわ、舞台でも人生でも、懸命に生きているのに。舞台だとうまくいくのに、人生だと愛するものを壊してしまう。どちらに真実があるの?どこまでが舞台で、どこからが人生?」主人公のカミーラはそう呟く。人生は舞台の上か下か。境目もない現実の世界で、求める幸せはどんな形をしているのだろう?山野を揺るがす打楽器の
みんなが知ってるチェーホフ みんなが知らないチェーホフハンサムな顔に鼻眼鏡を掛けまっすぐにこちらを見つめるチェーホフ!正式にその名を記せば、アントン・パーヴロヴィチ・チェーホフ!四代戯曲【かもめ】【ワーニャ伯父さん】【三人姉妹】【桜の園】と言えばご存知でしょうか。しかし!「チェーホフの短編」となると如何でしょう。それも20代に発表された短編集なんて!生まれ故郷タガンローグから医学を学びにモスクワへ
Eラーニング(株式会社 流)
⑥ 映像アメリカとヨーロッパで20年以上に渡り、ウースターグループやビッグ・ダンス・シアターなどの前衛的舞台芸術グループから、自身の舞台美術部門を含むトニー賞12部門でノミネートされ、5部門を受賞した「ティナ:ティナ・ターナー・ミュージカル」のような大規模ミュージカルまで、プロジェクション・デザイナーとして大活躍しているジェフ・サグ氏による舞台映像デザイナーのための基礎講座。リサーチやストーリーボ
クリスマスの前夜、私、クララのもらった素敵な夢の贈り物は?目眩く機械仕掛の悪夢の一夜!何故なの?
[2006年8月(ワークインプログレス)]"オーストラリアー日本 ダンスエクスチェンジ2006"参加・文化庁。オーストラリア・メルボルンにて滞在制作。
近代日本文学新説上演 第二弾
明治19年、盲人の三味線奏者・春琴の⾨弟・佐助は家を出た折、烏に目玉をくり抜かれた若い鶯と出くわし春琴の家で飼うことに。若い鶯は、先住の老鶯から自分の鳴き声と名前を継ぐよう迫られるが、春琴の三味線と老鶯の美しい声に魅了され芸道にのめり込んでいく。⿃籠での“鳴き方指南”は、春琴が⾨弟達につける厳しい稽古に酷似していた。その中で若い鶯は主・春琴と⾨弟・佐助、⼆⼈の数奇な⼈⽣を知ることとなる……。
1888年、フランスアルル地方。ゴッホが画家の共同生活場所・創作拠点として作った【黄色い家】に集ったゴーギャン・スーラ・シニャックらは、喧嘩を繰り返しながらも互いを高め合い、親交を育んでいた。そこに、主人を喪ったメイドのアルルが【黄色い家】の戸を叩く。「知られてはいけないが残さなくてはいけない」絵を描く為に。各々が自らの想いを乗せて筆を走らせる中、変化していく想いと時代と環境に翻弄され続ける画家た
映画制作チームの拠点でもあった部屋を引き払うことになり、昔の仲間たちが集まった。彼らは今やそれぞれの生活を送っている。かつての因縁や反りの合わなさのため、引越しの準備が思うように進まないのであった。すると、理由も分からず突如行方不明になったもう1人の仲間、江本の書きかけの脚本がダンボールの奥から発見され、彼らの本心が少しずつ溢れてきて……。
本作は、カンパニーデラシネラとリー・レンシン(マレーシア)、リウ・ジュイチュー(台湾)が協働した前作『TOGE』(2021 年12 月/KAAT 神奈川芸術劇場)(https://youtu.be/7SCoBE1OmxU)の出演者に、チョン・ヨンド(韓国)が新たに参加メンバーとして加わり制作されたワークインプログレス公演。新作のリサーチとなる10日間のワークショップを経て、東京で成果発表公演として
たまごのような3きょうだい。パッパとピッピとプップ。ピッピはパッパのまねをして、プップはピッピのまねをする。3きょうだいはいつもいっしょ。いつもなかよし♪
とある大学の解剖棟の地下の旧校舎と新校舎をつなぐ一本の連絡通路が舞台。そこに派遣アルバイトのアプリの指示で、深夜の大学にやってきた3人の女性。それとバイトで呼ばれた医学部生の2人。そのバイト内容は48体の研究用の献体(死体)を、旧校舎から新校舎へひたすら移動させることで。深夜にひたすら献体を運ぶ5人。そんな中、派遣アルバイトの1人が、献体が動いたのを目撃する。
2008年の初演以降、全国各地で上演され続けている柴幸男の代表作でありマスターピース。《歩く》ことから浮かび上がる一人の女性の「はじめの一歩」から「さいごの一歩」までを、数人の俳優が入れ代わりながら歩き続け演じていく。本映像は、2011年に上演された横浜赤レンガ倉庫での公演を収録。
とある地方都市に拠点を構え、各種の依存症などの神経症、精神治療に携わる「山根クリニック」。その分室長として「摂食障害」を専門に治療、カウンセリングする医師の桜井鉱一は、部下のケースワーカー・角田早苗とともに、多忙な日々を過ごしていた。過食や拒食などの摂食障害のなかでも、特に象徴的な「食べ吐き」を繰り返す患者達の多くは女性で、最初は人目を気にする「痩せ身願望」から始まった習慣に、身もココロもぼろぼろ
作品ノート:グフッグフッ、ハグッハグッ、 普段、何気ないときに、自分のツボが刺激される瞬間に出会うことがある。 そんなとき、嬉しくて 誰かに伝えたくて、心地よく感じる。
エリック・サティの「梨の形をした3つの小品」を使用し、口をあけて食べる仕草を振付に入れながらも絵画的でロマンティックな作品に仕上げている。
進駐軍の占領下で、今日を生き抜くために人びとは闇の売り買いに必死だった。親を亡くし、子を亡くし、夫を亡くし、友を亡くした人びとが、世の中の新しい枠組みの中で、無我夢中に生きていた。ひとり息子の健太郎を戦地に失った愛敬稲荷神社の神主牛木公磨も、今では近くに住む五人の未亡人たちと寄り合って、闇米の調達に奔走している。そんなある夏の日。思いもかけず、死んだはずの健太郎が愛敬稲荷神社にひょっこりと帰還する
金子鈴幸が約一年半ぶりに作・演出を手がけた新作公演。2022年の日本においてどのような物語が【有効】なのか?という問いを出発点に、人間の持つ「どうしようもない部分」に光を当てるような作品となっている。とあるラーメン屋の店主、まさこ。彼女はラーメン界でも「元アイドル」という異色の肩書きで営業していた。「究極の一杯」を探求し、ラーメン道を日々邁進する彼女。その日もいつもと変わらない一日のはずだったが…
ウソでもいいから ひとつになりたい今より少し未来のにほん。子供たちは子育ての訓練を受けた大人によって育てられていた。自由と平等が保障された理想的な環境で伸び伸びと育つ子供たち。しかしある日突然、子供の生活は生みの親に一任されるという通達が国から下される。国の決定に反発し、一丸となって子供を守ることを決意した大人たちはしかし、次第に不安という敵に飲み込まれ、分断されていく。国の顔色を伺うもの、大人の
『平家物語』を原作に、平清盛の五男・重衡をモデルとした叶昌景の物語を描く現代劇。宰相の息子・昌景は、謀反の疑いで流罪となった貴族の娘の処刑を命じられる。彼女は最期に母から授かった神像への祈りを願い、その姿に昌景は心を揺さぶられる。栄華の陰で一族は重い抑圧に苦しみ、昌景も望まぬ戦に心を蝕まれていた。やがて彼は、処刑した女に瓜二つの遊女と出会い、その正体と神像の謎へと迫っていく。
1994年4月に始まった大野一雄全作品上演計画第1回公演「睡蓮」の追加公演。神奈川文化賞受賞記念。モネの「睡蓮」より想を得て、1987年6月にシュツットガルトで初演された。初演は、次男で共演者でもある大野慶人が全面的に演出した最初の作品。
ウィリアム・シェイクスピアの『夏の夜の夢』は、世界中で様々な形で上演され、映画、絵本、ダンス、オペラ、音楽にも翻案されてきた。魅力的な登場人物たちが織りなすユーモラスなファンタジードラマ。串田和美はこれまで同作の演出を1979年、94年、2005年と三度手がけてきたが、今回は出自の全く異なる8 人の俳優だけで、独特の発想で偉大なる原作の中に入り込み、解体し、見知らぬ、或いは極く身近な人類が共有する
荷降ろしの手伝いのため駆り出された拓海は、藍染工房と金魚の展示がある町屋で父のトラックを待っていた。そんな拓海をよそにイベント会社の従業員たちは、自治体から依頼された町おこしのため謎解きゲームの企画を考えるが、いまひとつ良いアイデアは浮かばない。話題はあちこちに転じ続け、居合わせた拓海も次第に打ち合わせに巻き込まれてゆく。僅かな沈黙の後、拓海はつぶやいた。「ねえ、金魚ってなんのためにいると思う?」
路上
雑遊オープンの頃からひらひらと続けてきた、川村毅・新作+小林勝也・主演<都市を彷徨う男が巻き込まれる形而上的スラプスティック・コメディ>路上シリーズ。2020年 劇場の灯が消えCovid 19厳戒態勢の中、雑遊にて上演した新作『路上5―東京自粛』から2年半。あの新宿の根無し草、村上・田宮・セシルが帰ってきた! 劇作家たちの場として、雑遊にて2022年一年間を掛けて開催したT Crossroad 短
武家政権が始まって二百年が過ぎたある時代強烈な個性と権勢欲を持つ一人の男が将軍の座に就いた。将軍は、武家棟梁の座に飽き足らず日本の頂点に立つ事を夢見た。即ち、帝の座を奪う事である。将軍には寵愛する美しい役者がいた。その名は鬼夜叉。将軍の庇護のもと、その芸の道を極めつつあった鬼夜叉は、しかしある日、将軍の野望を知る。鬼夜叉は尊皇の志厚い忠臣楠木政成の血を引く一族の末裔であった。愛する将軍か、はたまた
邦楽 華麗なる技
邦楽の「技」と通じてその楽しさを堪能するシリーズ。新内節は、江戸の庶民から愛された音楽です。心中を美しく謳い上げるため、心中の美学とも言われますが、滑稽な曲もあり魅力は尽きません。粋な着流しに、男は吉原冠りの新内流しも江戸情緒たっぷりとお届けします。新内流し 三味線 新内剛士 上調子 鶴賀㐂代寿郎華麗なる技の様々 新内仲三郎、新内剛士、竹内道敬「藤蔓恋の柵」 浄瑠璃 新内剛士 三味
ナイロン100℃ SIDE SESSION SPECIAL
ドイツの放送作家、ギュンター・アイヒによって1950年代に書かれたオムニバス放送劇『夢』。その中から舞台用にアレンジ可能と見なした3編を選び、オリジナルで書き下ろした3編を加えて上演。何十年も止まらない列車に閉じ込められて暮らしている家族の話『列車』、ある三流小説家が死の世界を経験する『死』など、6話6様の悪夢が繰り広げられる。「ナイロン100℃」史上初めての、笑いが一切ない作品。
ロームシアター京都 レパートリーの創造
自ら製作した人形を用いて美しくも不穏な物語を描くジゼル・ヴィエンヌが、2001年初演の『ショールームダミーズ』を京都で新たにリクリエイション。マゾッホの小説をモチーフにした本作は、マネキンとダンサーが共存する空間で、規範と欲望、快楽の関係を紐解こうとするもの。生命を持たないマネキンに対し、社会の中で互いに関係することを求められる“生身”の人間たち。彼女らが舞台上で繰り広げる物語は、観る者を思わぬ深
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目的のためなら手段を選ばない暴君と、権力の座に上りつめる新しい王。暴君を殺したのはいったい誰か───。シェイクスピアの歴史劇の面白さがぎっしり詰まったイングランド王リチャード二世の物語が、虚言・疫病・戦争に今なお翻弄され続ける現代を照らし出す。
作品ノート:完成することのない私●○ ●○ ○● ●○ ●○○○ ●● ●○ ○● ○●○○ ○○ ●○ ●● ●●これは、点字の凹凸によってありのままと書かれています
何もない、あまり変化のない日常の繰り返しに、踏みとどまる事を選択する。
『不眠普及』あらすじある日突然不眠症にかかった女は、それが性感染で罹患してしまう、新しい病であることを知る。どうやら治療法も開発されていないようだ。そのことを社員旅行で偶然知った、女の会社の同僚である東雲は、女を宗教団体の教祖へと祀り上げ、世界を革命しようと目論む。女を騙して監禁し、やがて薬漬けにし、次々とそこに男の信者を送り込み、無限の性交を強要する。女は発狂寸前のなか、体力の限界で気絶する。
唐々煙作の人気コミック初の舞台化作品。明治維新以降、日本国内は士族反乱などで多くの犯罪者を抱えるようになり、彼らの多くが送り込まれた監獄からの脱獄も後を絶たなかった。そこで政府は琵琶湖に浮かぶ巨木の中に絶対脱獄不可能な監獄「獄門処」を作り、重罪者を容赦なく送り込んだ。護送の最終段階となる「橋渡し」を担当するのは湖畔の大津にある「曇神社」の曇三兄弟だった。 おりしもこの時、大津の空は300年に一度と
ともだちの作り方なんて誰もおしえてくれないし、誰とともだちになったら良いのかもわからない。でもともだちと一緒なら嬉しい事は2倍になるし、悲しいことやつらいことは半分ずつ分け合えます。一人じゃ無理だって思えることも、ともだちとなら乗り越えられるかもしれません。3人の出演者が、キツネやオオカミ、ヘビ、テンいろんな動物になって楽しい舞台をつくります。
生きることは絵空事、束の間の妄想にすぎない。うつつか夢か、光か影か、桜か雪か……真を求めて偽に出会う。舞台は百花繚乱元禄の世。あの「忠臣蔵」が、今、虚実の狭間に蘇る時は元禄。人気役者・沢村宗十郎(藤木直人)は豪商・天野屋利兵衛(生瀬勝久)に、娘のおかる(中越典子)を嫁にしたいと懇願するが、まったく相手にされない。大石内蔵助(橋本じゅん)は、主君・浅野内匠頭(中村まこと)が吉良上野介(粟根まこと)と
2025年の私たちは、性別に関係なく「俳優」と呼ぶようになりました。それは、よりよく生きるために積み重ねられてきた努力の一つです。『楽屋』には四人の「女優」が登場します。1977年当時の「女優」が背負っていた意味を私たちはもう理解できないかもしれない。けれど、その苦しみを「人間」のものとして受け取ることはできるかもしれません。そのような1つの新しい挑戦として『楽屋』を上演します。