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「マラソン大会をボイコットする」はしらなければ、きっとかっこいい。周りの流れに身を任せず、はしらないつもりだった。時間は過ぎて、高校の同窓会。あの日あのとき、なんだかんだ言ってはしりきってしまった自分を止めるため、いくつもの「ありえたかもしれない」世界線をうろちょろ駆け回る。「わかっちゃいるけどやめられない」を号令に「だらしなさ」をどこまでもストイックに描く劇団スポーツの青春似非SF群像劇。
中間管理職で定年退職したばかりの山崎は、 新宿から電車で1時間半という距離にあるニュータウン『くぬぎ台』に住んでいる。 始発で家を出て終電で帰宅するようなサラリーマン時代には、それほど気にもとめなかったが、定年を迎えてから、何もすることがない日々に何と退屈なところだろうと思ってしまう。山崎は時間つぶしに町内のウォ―キングを始め、同じ定年散歩仲間が出来た。彼らとの交流を通して踏み出す定年後の新たな一
21XX年の世界で突如流行り始めた未知の感染病。 大理石のような白い斑点が体のどこかにできたが最後、人は生きながら腐敗してゆく。 パンデミックに伴う世界恐慌が巻き起こり、世の中が戦争へと突入していくさなか、特効薬を発見したという一人の女性医師が現れるが・・・。
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
Eラーニング(日本演出者協会)
⑤ 美術・大道具このシリーズでは、番組ホストの舞台美術家 乘峯雅寛氏が4人の舞台美術家と俳優座劇場の大道具高橋光大氏をゲストでお迎えし、対談形式で舞台美術家の仕事を紹介します。4人の舞台美術家には事前に木下順二作『夕鶴』を読んでもらい、「もし『夕鶴』の舞台美術を自由に創作するとしたらどうするか?」という企画を用意し、各々作成されたラフスケッチやコンセプトをもとに構想などを伺いました。これから舞台美
イエイツが能に影響を受け創った作品を、重要有形文化財である代々木能舞台で、音楽家や俳優たちにより上演する試み。『猫と月』あらすじ:目の悪い男が足の悪い男を負ぶって、願いが叶う聖者がいるという泉に向かっている。願いが叶うなら、2人は何を望むのか。『鷹の井戸にて』あらすじ:その井戸には不死の水が湧くという。少女が井戸を守り、老人は水が湧くのを50年以上待つが飲めたことはない。ある日鷹に誘われて若者がや
Eラーニング(日本演出者協会)
⑥ 映像このシリーズでは、舞台にまつわる映像の仕事について、講義と対談形式で詳しく紹介します。舞台映像が登場してから約四半世紀。比較的新しい業界のため、アーカイブされてきた情報が多くないのに加えて、技術革新によって大きく変化する演出方法のため、情報は常に最先端が求められます。方法や知識だけでなく、黎明期から現在に至るまで「どのようなマインドが舞台映像業界を盛り上げてきたのか」を中心点に置いて、構成
清姫は、好きになった僧の安珍に再会の約束を破られ、彼を追ううち蛇に変身し、安珍の隠れた道成寺の鐘を巻いて焼き殺す。道成寺は和歌山県に現存し、多くの伝説がある寺。日本人はなぜこの物語が好きなのか? 「今昔物語集」や歌舞伎台本、郡虎彦「清姫」などの戯曲を編み込んだ、現代版のレビュー。
船主・弥三郎が北前船「夢千丸」の初出航を準備している。北前船は南から北へ、北から南へと食糧を、衣服を、唄を、踊りを、そして夢を積んで、日本海を行き来する。一方で、海の総合商社である北前船は板子一枚下は地獄、命がけの仕事。そんな夢千丸の乗組員の中に、弥三郎に憧れる少々生意気な若者、喜一がいた。 辿りついた港でさらに思いがけないことに出会う。 「北前船はただ荷物を運んでいるわけじゃねえ」。弥三郎の魂が
弁天島海上野外劇場
白虎社の主宰である大須賀勇が芸術総監督を務めた「クマノ・スパーク(熊野国際アートフェスティバル)」の公演記録。セネガルからパーカッションのドゥドゥ・ニジャエ・ローズ、インド舞踊のシャクティ、モダン・ダンスの川上邦子舞踊研究所、女性だけの和太鼓グループ炎太鼓などが出演し、古代からの豊かな文化がある独特の地形を持つ熊野が国際的なアート発信の場になるとの大須賀の構想を実現。大須賀の総合演出による当該フェ
2011年に起こった東日本大震災と、2020年以降の新型コロナウイルスによるパンデミックへの取材を元に、今を生きる人々の不安を多様な音楽と共に描いたパフォーマンス作品。2021年に東京での初演を経て、第66回岸田國士戯曲賞最終候補作品となった本作を、新演出で上演する。
わが国の犯罪史上最も成功率の高い誘拐事件巨額の身代金を得ることが出来、しかも人質と知り合いになれる笑って許してもらえるし時にはヒーローだこうなりゃ3人に4人が誘拐犯だそんな誘拐ブームの中珍しく失敗するやつが登場奴こそ真の犯罪者だ!一日警察署長のアイドルが、一日で事件を解決!?クロムモリブデンがお届けする誘拐とは関係のないユカイな事件逆探知機は毛の中に脅迫状は膝の上
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
映画『田園に死す』(1974年公開)は寺山修司の自伝的映画とよばれ「世界のテラヤマ」の名を決定付けた作品。「母殺し」、「家出」、「蛍火」、「恐山」など寺山劇世界(ワールド)の集大成が、ここにあり、終生こだわり続けた《記憶とは何か?》《私とは何か?》というテーマを提示している。2009年流山児祥:企画制作、天野天街:脚色・演出、J・Aシーザー:音楽で上演。スズナリ連日超満員札止めのロングラン公演とな
(フライヤーより)ニューヨークに住むトム•ブラウンくんは ある日、お手紙をもらいました。“親愛なるトム•ブラウンさまプリーズ•カム•カム 来て下さい。困っています。S•O•Sニャーオ 日本の山猫大将より”トムくんは、もううれしくって ビョ〜ンビョンと日本の我不知山にやってきました。待っていたのは、困った顔の山猫大将と家来のトラスケさん。いったい全体 なんでしょう?おお!OH!そこへやってきました
こんにゃく座シェイクスピアオペラ、林光・萩京子共同作曲第二弾。加藤直の大胆な台本により、ストレスから不眠症に悩むサラリーマンが医師のアドバイスを受け妻とともに精神療法として「ハムレット劇」を演じる、という筋書き。1991年の再演のほか、全国の高等学校や公文協主催などで旅公演もおこなった。
2006年6月、沼田中央病院では7名の研修医たちが医師としての基礎的な能力を身に着けるため日々切磋琢磨している。1年目研修医たちはそれぞれの技術習得に夢中、2年目研修医はそろそろ研修終了後の進路も気になり始めている。ある日、2年目研修医杉下が当直研修明けの朝、研修病院探しのための診療参加型医療実習「クリニカルクラークシップ」に参加するため医学生松井敬がやってくる。第24回劇作家協会新人戯曲賞1次通
「U子さんの町にはキル兄にゃが住んでいる。」2011年6月初演。東日本大震災と原発事故に対する戸惑いをビビットに表現し、青森、東京、横須賀、北九州、ミュンヘンなど各地で上演された話題作。
「君が長く深淵を覗き込むならば、深淵もまた君を覗き込む」フリードリヒ・ニーチェ『善悪の彼岸』より足元を覆いつくすアスファルトのように、深淵は僕たちの日常に寄り添っている。足元に砕け散ったフロントガラスの破片のように僕たちの身体は今ここに放り出されている。深淵に映り込む影が、僕たち自身の姿であり、身体そのものであるのなら、明晰とは、ただそこから逃れることなく、ただここにあることを、ただひたすら見つめ
作品ノート:日本、トーゴ、台湾の異なるバックボーンを持つ4 名で製作された、日本のコンテンポラリーダンス作品。「ダンスの自明性を問うダンス作品」と銘打ち、‘基準がなく何でもありのダンス’とされている、日本のコンテンポラリーダンスにまつわる自明性と、その周辺を漂流する。あらゆる差別意識が表面化する現在の日本。渦中の我々だからこそ獲得し得る日本のコンテンポラリーダンスの力を、逃げるように追い求めていく
原爆投下から3年後の広島を舞台に、父と娘の精緻な対話が織りあげる、ほのかな恋の物語。しかし核兵器の、人類の存在をも脅かすそのおぞましい力は、可憐な娘の心にも大きな傷跡を残していた。生きる喜びを失くしてしまった娘にふたたび希望の光を蘇らせるために、いま、父は全身全霊で娘に語りかける。
幻想的な公園で繰り広げられる中学生カップルの一夜と普遍的な母の物語が融合する、祝福の雪が舞う愛おしい「時」の断片たち―2018年初演後、熱烈にラブコールを受け2020年度には早くも再演された、FUKAIPRODUCE羽衣の代表作の一つ。「母」をキーワードに、愛と一緒に訪れる闇、闇と一緒に訪れる愛を描く“妙ージカル”
大木誠は、娘の薫の誕生日を祝うため妻の冴と3人で食事に出かけるが、スマホのながら見運転をしていた車と衝突。冴は即死する。誠は生きていく気力を失い、自宅に引きこもる。誠をなんとか励まそうと、小柴愛がたびたび訪れるが、誠は愛の懸命な言葉にも反応を示さない。そんな中、薫が「仕事をクビになった」と突然家に帰ってくる。
輝く星空、あなたは何を思いますか?戦火の中、たくましく生きている子供たちの物語。 タリバンに制圧されたアフガニスタン・カブール。女性は仕事を追われ、家の中にいなければならなくなった。女の子は学校にも行けなくなり、外出には男性同伴で少女は大きなスカーフを、おとなの女性はブルカをかぶらなければならない。 そんな中、父をタリバンに連れ去られた少女パヴァーナは家族のために少年として市場に出かける。少女だと
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邦楽 華麗なる技
邦楽の「技」と通じてその楽しさを堪能するシリーズ。新内節は、江戸の庶民から愛された音楽です。心中を美しく謳い上げるため、心中の美学とも言われますが、滑稽な曲もあり魅力は尽きません。粋な着流しに、男は吉原冠りの新内流しも江戸情緒たっぷりとお届けします。新内流し 三味線 新内剛士 上調子 鶴賀㐂代寿郎華麗なる技の様々 新内仲三郎、新内剛士、竹内道敬「藤蔓恋の柵」 浄瑠璃 新内剛士 三味
TOKYO DANCE SCENERY
中国北宋時代の廓庵禅師によって、禅修行を牛と牧童の関係で暗喩的に10枚の絵と共に描かれた、十牛図をモチーフに作られた。舞台上には宇野萬によって製作された、蹄の無い4頭の牛がいる。絶望的な闘いの後に得たものは何か?その時初めて彼は絶対無(空)に到達する。禅宗の難テキストに正面から挑んだ名作で国内公演はもとより北中南米大陸、フランスにて大好評を得た。
彼女が目を覚ましたのは廃墟の一室。彼女は物色する。資料、手紙、ダイス、動物の遺骸。そこへ白衣の男が現れ、錠剤を勧めてくる。この廃墟で密かに行われている治験に彼女は参加している。消えたあの人を探すために。 「我々は、治さなくてはならない」
舞台『弱虫ペダル』シリーズ
舞台『弱虫ペダル』THE DAY 1千葉県・総北高校に入学した小野田坂道は、千葉から秋葉原まで往復90㎞の距離を毎週ママチャリで通うほど、アニメやフィギュアが大好き。高校生になったらアニメ研究会に入って友達を作ろう!と意気込んでいたが、ひょんなことから同じく新入生の今泉俊輔・鳴子章吉と出会い、自転車競技部へと入部することに。孤独なオタク少年だった小野田坂道は、自転車を通じて出会った仲間や先輩達と共
日本の夏1960〜64
タイトルは、土方巽自身が自らの舞踏を表すアフォリズムとなっている。本作は、水戸芸術館での「日本の夏1960―64」の参加作品として、元藤燁子が構成・演出。1960年代前半期の美術における前衛活動を回顧する展覧会に、前衛美術家と協同した土方巽のオマージュとして発表。「肉体の叛乱」のフィナーレのシーンの巨大な写真パネルが吊られたエントランスのフロアで、元藤のほか、大野一雄、大野慶人らが踊った。
KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭の公募プロジェクトで選出され、2年にわたりリサーチと制作に取り組んできた、松本奈々子と西本健吾によるパフォーマンス・ユニット「チーム・チープロ」。2021年に発表された『京都イマジナリー・ワルツ』では、明治期の京都・祇園に実在した"ダンス藝妓"をめぐるリサーチを経て、都市・生活空間で想像上のだれかとワルツを踊り、触れること・想像することを問う舞台
「翁」という儀礼曲の中で狂言方が務める役が三番叟。古風な儀式を留める神聖な曲で、日本芸能の真髄ともいうべき究極の舞。野村家の三番叟には洗練された鮮やかな切れ味がある。舞踏・ダンスにも通じる宇宙的な世界観を持ったこの曲を、野村萬斎が舞う。必見である。
中国地方は、三次盆地の一寒村—―。十六歳のセキが、この地で「流れ者」と呼ばれている茂市のもとへ嫁いできたのは、明治29年の初夏の事であった。郵便配達人をやっていた茂市が、大地主の七敷の家に奉公に上がっていたセキを見初め、「おまえ、わしと連れなうきがあるか」とその思いを告げたのがきっかけだった。しかし、それは決して周りから祝福されたものではなかった。親代わりというべき七敷の家からは縁切りされての嫁入
親に借金をしてマンションを買った若い夫婦。完成を待ちきれず、建築中の建物に忍び込んでみると、自分たちの家となるべき部屋に、すでにジプシーの大家族が住み着いていた。生と死、家族と個人。その普遍的なテーマを穏やかな笑いと、爽やかな涙で綴った、善人会議時代の代表作。心に優しいニューエイジプレイ。
舞踏? プレゼンテーション・ショウ
十人いれば十人が違う答えを持つであろう「舞踏とは何か」という問いに、様々な手法を明かして「これが舞踏か?」と観客にプレゼンテーションする。後半では、室伏鴻のquick silverをコピーし、白塗り、銀塗り、素のカラダをさらけ出して答えを探る。Dance Archive Project 2016参加作品。
鈴木翁二の中編漫画『こくう物語』をベースに、「マッチ一本の話」等の短編を混じえて天野天街が脚本を書き下ろした作品。まだ江戸時代の風情を残す明治初期の山あいの旅籠屋を舞台に、姉かれんと弟平吉のきょうだいの他愛のない日常と、行商の老人の旅の記憶が交錯しながら一期一会の季節の物語がはじまる。忘れられない旋律を残してどこかへ行ってしまったものたちの面影を抱いて見上げる、「さむそうな、空と海だったなあ…」鈴
26年という短い啄木の一生の最晩年の3年間を、啄木の死の翌年、作品を残された妻・節子が回想するという形で描かれた本作は、貧しさと病に喘ぎながらも、人生の辛苦に耐え忍び健気に生きる啄木、また時に我儘で身勝手でそして剽軽な青年啄木の家庭劇でもあります。
「国家と芸術家」シリーズ
ドイツの作家エーリヒ・ケストナーの作家人生の始まりとともにナチスが勃興し、両者が対立していく様子を、彼の映画業界の仲間たちやレニ・リーフェンシュタールとの交流を通して描く。抵抗の作家と呼ばれたケストナーは、1941年にゲッベルスの要請を受け、映画「ほら男爵の冒険」のシナリオを書いてしまう。1945年には、リーフェンシュタールと、疎開先のオーストリアの山村で、芸術家の倫理について議論を戦わせる。
人形劇団ひとみ座では、1993年より20年間「ズッコケ三人組」の人形劇シリーズに取り組んできました。本作品は、2011年より全国公演を開始した、ひとみ座ズッコケシリーズの第三弾です。~あらすじ~小学六年生のハチベエ・ハカセ・モーちゃんは、ズッコケ三人組と呼ばれている。体育館裏の開かずの扉を開けてしまった三人組は、謎の鏡に光を当てることで江戸時代にタイムスリップしてしまう。そこで出会った科学者平賀源
明治百五十年異聞
あの「太平洋食堂」が再々開店!あらすじ:明治末期の大逆事件を廻る演劇。日露戦争開戦の年、大石誠之助は洋食レストランを開いた。アメリカ帰りの誠之助は、ドクトルと呼ばれ町の人々に親しまれる。とびきりシニカルでへそ曲がりの誠之助は、時代に抗い、社会に声をあげ続け、人々の間に騒動を巻き起こす。同じころ、浄土真宗僧侶の高萩懸命は南無阿弥陀仏を唱えながら煩悶していた。「なぜ、人に上下があるのか?」熊野・新宮を
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極小空間である梅ヶ丘BOXに作られた『斜面』を、炭鉱の坑道や戦時下に人々が隠れる洞窟、または永久機関の実験室など様々な場所に見立て、劇中人物が「なにもしない」「なにもおきない」という現象を仮構する。原発内の作業者や炭鉱の抗夫たち、戦時下、洞窟に逃げ込んだ人たちのような危険と隣り合わせの日々を送る人たちにとっては、「なにもおきない」、つまり日々の営みを無事に終えられることこそが何より大切なのだと気づ
Eラーニング(日本演出者協会)
③ 音響このシリーズは、これから音響、特に舞台音響をこれから始めようという人に、舞台芸術での音響家の役割や仕事を紹介します。また、始めて間もない音響家の皆さんに、舞台音響の仕事をやる上で何に注意をしていけば良いかを実例と合わせて紹介・解説し、ご自身の現場に役立ててもらえることを目的としています。顔合わせや稽古・本番・片づけまでの一連の仕事の流れから、スピーカーの配置の仕方やチューニングなどの技術的
ハンドル名「ヤリタイ」「シタイ」「小夜子」「天涯孤独」の4人が初めて直接会う「オフ会」が近いというのに、シタイからの連絡が途絶えてしまい、ある日、仲間全員にシタイから謎のEメールが届く。指示に従ってヤリタイたちが手に入れたのは、白い粉の入った謎の小瓶……。シタイは何の目的で白い粉を送ってきたのか? シタイは今どこにいるのか? そもそも、白い粉は何なのか? オンラインとオフライン。イメージと現実。
(フライヤーより抜粋)テュービンゲン人形劇団は、人形劇と他の芸術との境界線上にその活動の中心をおき、伝統的な人形劇のほかに、オブジェクトシアターやマテリアルシアターなどの分野も、演技、造形、音楽の要素と同様に取り入れて、新しい演劇の形を模索している。つまり行き詰った人形劇の分野から離れ、作品毎に新しい道を模索し、新たな形式、新たな問題提起を試みているのである。
日本を代表する幻想作家・泉鏡花彼の傑作であり、2019年に劇団グスタフで上演した「天守物語」と対をなす作品。シアターグスタフならではの舞台装置で山奥の苔むすような雰囲気を再現。わたなえベ佳英の脚色、演出家抱晴彦による演出、和楽器の生演奏で、新たな表現で泉鏡花の幻想世界の魅力を伝えるとともに、美しい日本語の響き、その魅力を伝えていく。【あらすじ】かつて妖怪と人間との間で交わされた約束が時を経て伝説と
土地に伝わる民俗芸能のように、自身が暮らす都市から生まれる芸能をつくる試みとして始動したシリーズ作品第一弾。
「ハインリヒ、お兄ちゃんが連れていってあげるよ。ハインリヒが大きくなったら、あんちゃんと一緒に月に行こう、ね。」幼い日の弟との約束―。やがて大学へ進んだ彼は師・メストリンと出会う。「科学技術の発達が地球を狭くする。国境をなくすために助け合える時代がもうすぐやってくる。そのための天文学が必要なんだ!」ヨハネス・ケプラーは決意する。あこがれの宇宙の真実を知るために、愛する家族を守るために…。1999年
王様には秘密がありました。その秘密を知ってしまった床屋はふと思いました。「そもそもなんで王様の耳はロバの耳なんだろう?」イソップ寓話を新しい解釈でアレンジ。身体表現や生楽器、道具を使った見立ての表現などで描く絵本の世界のような新しいダンス劇。マイノリティの生きづらさは、大衆の理解と許容の意識で好転するかもしれない。そしてそれは何気ない純粋で小さな一言がきっかけかもしれない。そんな願いを込めた物語。
富士山の北西に広がる青木ヶ原樹海。その地下数百メートルにある地下大空洞アガルタでは祭りを明日にひかえ、草原に一頭のナウマンゾウが鎖で繋がれている。そんな草原を見下ろす丘の上に建てられたペンションのロビーでは、東京からやってきた地上人の大学生、城之内が手当てを受けている。どうやらここに来る道中で転んだようだ。手当てをしている元恋人の美咲は、アガルタにルーツをもつ女性で、明日の祭りに参加するらしい。選
「ゴドーを待ちながら」をモチーフに描く、世界劇団版不条理演劇!不条理演劇の頂点、サミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』をモチーフに描く、世界劇団版ベケット!そこには二人の浮浪者が佇んでいた。彼らが言葉を交わすうち、時代が歪んでいく。“これが夢か現実か、今が朝か夜かも分からない____。”
新進気鋭の男性舞踊家・組踊役者・音楽家が見せる奏でるアンサンブル。人気の若手琉球芸能家が一堂に会し、沖縄伝統芸能の「いま」に迫ります。第1部 華の男芸~男性舞踊家による琉球舞踊~【幕開け】古典音楽斉唱【若衆踊】若衆(わかしゅ)ぜい/金城真次、玉城匠【女踊】伊野波節(ぬふぁぶし)/東江裕吉【二才踊】高平良万歳(たかでーらまんざい)/玉城盛義【雑踊】むんじゅる/新垣悟【創作舞踊】舟はじ囃し(べーし)/
”貧しい家に生まれた兄弟チルチルとミチルは、幸福の青い鳥を求めて冒険の旅へ出た。”世界中の人々に親しまれた童話劇を幼少期のメーテルリンクが運河の底で体験した「光」の記述をもとに再構成した、モメラス版『青い鳥』。
社会部のスター記者として活躍していた大同新聞の飯島傑は、本人の希望で新たに政治部に配属されたばかり。後輩の佐々部の反対を押し切って官房長官の記者会見に出席し、記者クラブ幹事の制止もものともせず、疑惑への質問を繰り返す。その飯島に、なぜか官房長官から裏の懇談会への誘いが。その道は、夫の交通事故をきっかけに退社した、かつての同僚、柏木沙也加の辿った道でもあった…。政治家からのリークに群がる政治部記者た
青山円形劇場プロデュース
1989年の初演から25年間年末の風物詩として上演され、多くの観客に愛された作品の4回めとなる1992年の公演。クリスマスの夜のフレンチレストラン「ア・ラ・カルト」を舞台に、訪れた客達が繰り広げるドラマを、アラカルト((フランス語)a là carte)に例えて描いたオムニバス形式の物語。「役者と音楽家の…」というサブタイトル通り、ミュージシャンの生演奏と共に芝居が進行される。
NPO法人ダンスボックスのプロジェクト「こんにちは、共生社会」から生まれたダンスカンパニーMi-Mi-Biは、障害の有無に関わらず、プロフェッショナルなアーティストの集団として活動している。今作はカンパニーの2作目。兵庫県豊岡市で開催された豊岡演劇祭の公式プログラムに招聘され、「島」をテーマに上演した。それぞれの身体や感覚を生かしながら新しい文化を創造し、歴史を築いていく様子を「島」に例えて表現。
白石加代子「百物語」第十七夜
演出の鴨下さんが病気になられて、「百物語」が一時中断し、久しぶりの岩波ホールでの公演である。鴨下さんは「百物語」のコンセプトについて次のように語っている。「捨てるだけのものは全部捨てた、ヴィジュアル面もそうですが、第一覚えなくていいわけでしょ、だから記憶力も捨てた。相手役も捨てた。演劇の要素をどんどん捨てていった。だから僕は、演劇にはなりっこないと思っていた。ところが、そうやってどんどん捨てていっ
小学4年生のよしおは、弱虫で、いつも気の強いお姉ちゃんにしかられ、いじめっ子にはやられっぱなし。ある日突然、テレビの時代劇を見ていたら、中から坂本龍馬が飛び出してきた!友達の中岡をさがして、よしおも一緒に大阪の町をかけまわる。劇を観た後、元気が湧いてくる、奇想天外時空超越大活劇。
"わたし"のことを"Je"と呼ぶフランスかぶれのje(ジュ)。jeはアンティークのような時を刻みながら生きている「天然」が大好物で、消費社会に溢れる「人工」的な「添加物」が大嫌い。 jeの信じる偏った生き方で、社会とどうつながっていくか、性のない5人の「天使たち」と超人的な「K様」とで、「調律」を試みていく。マクロビに傾倒した挙句に生まれた江本独自の演劇理論を詰め込んだ演出で芸術とセックスを語る。
「隅田川 森羅万象 墨に夢」プロジェクト企画
観世元雅によって書かれた室町時代の能「隅田川」を原案に、現代の母親・子供、そのあり方を考える舞台作品。原案で象徴的に描かれる、子供を失くした母親の『涙』を中心のモチーフに置き、同じように子供を失くしても泣けなかった(愛することができなかった)母親を主人公とした。そして相思相愛ではない親子の形と彼らが生活する社会システムを提示し、現代の諸問題を取り上げた。製作にあたり、隅田川、木母寺、隅田宿など物語