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「現代能楽集」連作
『オイディプス』公演は、「現代能楽集」の連作の一つとして、古典劇としてのギリシャ悲劇が、現代という時代、状況の中で、どのような意味を持ち、アクチュアルな問いを投げかけることが出来るのか、といった古典と現代の根源的な課題を問い直せればと上演された。テキストは、ソポクレスの『オイディプス王』を踏まえ、詩的言語を駆使して書き下ろされた詩人高柳誠のテキストを枠組みとし、夢幻能的な構造で構成されている。
海外でも評価が高いシアターモーメンツがシェイクスピアの「マクベス」を粗筋はそのままに90分にブラッシュアップし上演。魔女を「WEBに溢れる情報」と解釈し、家庭用のビニールゴミ袋で表現。より確かな幸せを求め中身のないゴミ袋に振り回されるマクベス夫妻と、実態の見えないネット上の言葉に翻弄される現代人を重ねた。また、本作は翌年マカオ国際青少年演劇祭に招聘され絶賛を受ける。
かつて庶民の希望であり、羨望の的だった「大衆演劇」移り変わる時代に翻弄され衰退する一座。その楽屋から漏れる光と影...そして夢。人情・縁...人生。数々の名台詞が、舞い散る雪のように降り積もる。女座長・中村梅子一座は、人気の老舗大衆演劇一座だった。しかし時代はまさに戦後の娯楽ブーム。役者は次々と去り、わずかに残った役者にも不平不満が渦を巻く。問題山積みの一座を救おうと、座長が運命をかけて演じた一世
江戸三味線音楽の変遷
幕府が開かれた後の江戸の三味線音楽がどのような変遷を辿ったのか文政9年(1826)から嘉永3年(1850)まで能楽趣味が流行、天保の改革で天保13年(1842)に劇場以外での三味線の演奏が禁じられるも、長唄全盛時代へ。お話 竹内道敬常磐津「年増」(1839年) 浄瑠璃 常磐津兼豊、常磐津嘉代、常磐津文字満咲 三味線 常磐津文字東久、常磐津孝野清元「女車引」(1848年) 浄瑠璃 清元延
東京オリンピックを翌年に控えた2019年、日本コンテンポラリーダンスの極北をひた走る大橋可也&ダンサーズが結成20年目に発表した「ザ・ワールド2019」は、江東区湾岸地域TOLOTの1300㎡空間に4部構成、ハードコアかつストイックな上演5時間を超えるエキストリーム・2デイズ・パフォーマンス。リサーチから生れた振付を記録したノーテーションブックの配布もおこないました。第3部は、吉開菜央による映像と
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スーパーリアルな空間に立ち上がる二つの部屋、二つの時間ヨーロッパを中心に国内外の演劇祭に多数招へいされ、『苛々する大人の絵本』『大きなトランクの中の箱』『地獄谷温泉 無明ノ宿』などがドイツ、スイス、オランダ、フランス、オーストラリアなどで上演、国際的に活躍するタニノクロウによる作品。舞台は漁師町の小さなアパート。漁師の賑やかな暮らし、認知症の老婆をかいがいしく世話する家族の部屋、観客はそれぞれの違
チェロからオートハープまで自在に操る天空ミュージシャン坂本弘道を迎えて、リアルな妄想空間を爆走!
1982年ソウルから始まった「アジア演劇祭」の第二回の開催地はマニラ。映像では、開会式やパレードの他、インドのオリッシー舞踊、インドネシアのTheatre SAE DKI、台湾Lan-Ling Theatre Workshop、韓国Dae Ha Dramatic Troupe、フィリピンからの参加団体による作品を紹介する。日本からはYokohama Performance Group、さらに白虎社
火曜日のシュウイチ
お墓参りは俺がする!汗まみれに涙まみれ。傷まみれに血まみれ。泥まみれに糞まみれ。‘まみれ’にもいろいろあるけれど、この世の中で“愛まみれ”ほど汚く醜いものはない。愛する人を目の前で人質に捕られたスナイパーは、抱き続けていた気持ちを垂れ流す垂れ流す。まみれまみれたスナイパーを乞う御期待!!
…………今日、目が覚めて、起きて顔を洗ったら、急にあたしこの世の中のことがみんなはっきりしてきて、いかに生きるべきかということがわかったような気がしたの。行けるといいね、きっぱりとこの土地と手を切って。早くいけるといいね。
江戸の三大俳諧師の一人と称される夏目成美こと、蔵前札差井筒屋八郎右衛門の寮から四百八十両の大金が盗まれた。容疑者は食い詰め者の俳諧師、小林一茶。蔵前札差会所見廻同心見習いの五十嵐俊介は、お吟味芝居を仕立て、自身が一茶を演じながら、彼をよく知る元鳥越町の住人たちの証言をつなぎ合わせていく。そこに浮かび上がってきたのは、俳諧を究めようともがき、一人の女性を命懸けで奪い合った一茶と宿敵・竹里の壮絶な生き
いつも通りの慌ただしいランチタイム。ある契約社員の男は魚を飲み込むと、喉に骨が刺さる。でもそんなことには構ってられない。日々の雑務で忙しいのだ。ところがどんどん骨は成長する。喉を突き破り、肉がつき始める。ほとんど魚人間になった男に、同僚が気づく。たぶん、あなた新人類よ。進化して初めての人間となった男の孤独を目の当たりにした部下は、その姿に昭和の父親の面影を見た!
2.5次元ミュージカル/舞台
作品ノート:完成することのない私●○ ●○ ○● ●○ ●○○○ ●● ●○ ○● ○●○○ ○○ ●○ ●● ●●これは、点字の凹凸によってありのままと書かれています
TOKYO DANCE TODAY #2
青山円形劇場の空間を生かした独創的な作品を発表するダンスシリーズ「TOKYO DANCE TODAY」の第2弾。「ク・ナウカ シアターカンパニー」の中心メンバーだった俳優の美加理による舞と、サウンドアートユニット「project suara」主宰の種子田郷による音楽が融合するパフォーマンス。
不思議の国・イーハトーブへいらっしゃい。優等生の冴島あおいと、派手なグループの中で本音を隠して生きる青木めぐるは、同じ高校に通う幼なじみ。ある日、二人の前におしゃべりで大きなドラネコが現れた!「イーハトーブへいらっしゃい!」と、ドラネコは不思議なワンダーランド「イーハトーブ」へいざないます。「失くしてしまった大切なもの」を探すべく、二人は旅をすることに。川底に生きるカニの兄弟、黙々と杉の世話をする
HANAは宇宙に命をひらく。捧げものの命、億年の魂の記憶を抱き、HANAは闇から光へ、死から生への無垢を絶える事無く繰り返し、ひらき続ける。宇宙の始まりは愛HANAは星をみつめる。
尾竹永子ソロプロジェクト「A Body in Places」
尾竹永子は、1976年からニューヨークを拠点にパフォーマンス・デュオ Eiko & Koma(エイコ&コマ)のひとりとして活動し、アメリカを中心に多くの国で高く評価されているアーティスト。2014年から開始したソロ活動でも注目を集めている彼女の「A Body in Places」プロジェクトが初めて日本で実現した。東日本大震災から10年を経た東京の上野エリア(上野駅、東京文化会館、仲通商店街など)
岩名雅記独舞踏。初演は1992年で、パリ、ペスカラ(イタリア)、ハニア(ギリシャ)、サンクト・ペテルスブルグ、ブカレスト、東京で上演された。映像は、1994年にドイツ・ゲッティンゲンで行われた「第3回舞踏とジャズの祭典MAMU Festival」で上演した時のもの。タイトルはフランス語では「Papillon en Offrande」。岩名が子供の頃に出会った、戦争で夫を亡くして気がふれ、打掛を着て
とりふね舞踏舎旗揚げ公演で1992年に初演され、アヴィニョン演劇祭やニューヨーク、京都上賀茂神社など、国内外で上演を重ねている作品。子を置いて自死した友人の作家・鈴木いづみをモデルに、三上賀代が修士論文で明らかにした「土方舞踏譜」を使って振付・構成されている。例えば前半の「子を抱く幽霊の通過」の舞踏譜は「子を抱く幽霊の通過―流れる首―子を抱く-月光―シーツ-天井の糸―オーイ」。後半の景は「愛の日々
本作は不特定多数の人々へ行ったインタビューを用い、社会学者スタッズ・ターケルの本を原案としたものとなります。「GOOD WAR」には、私たちが「戦争」と聞いて想像する争いと、社会に実際に存在する争いの両方が含まれています。争いに勝った人、争うことをやめた人、これから争う人、争いから逃げる人が剣闘士として登場し、「よい争い」と「わるい争い」の区別がないことを実感しながらも、自分の生活のために争いを行
19世紀、フランス、若きラウールはカリオストロ伯爵夫人こと、ジョセフィーヌ・パルサモと運命的な出会いをする彼女の本当の姿を知らないラウールはその美貌と神秘さに魅了され、自ら抗争と愛情の渦に飛び込んでいく。悲報をめぐり対立するカリオストロ伯爵夫人とボーマニャン。恋人のクラリスと夫人の間で揺れ動くラウール。これは人間のエゴの物語。ラウールのエゴ、カリオストロ伯爵夫人のエゴ、エゴは愛をエサに欲望を知識と
「ハインリヒ、お兄ちゃんが連れていってあげるよ。ハインリヒが大きくなったら、あんちゃんと一緒に月に行こう、ね。」幼い日の弟との約束―。やがて大学へ進んだ彼は師・メストリンと出会う。「科学技術の発達が地球を狭くする。国境をなくすために助け合える時代がもうすぐやってくる。そのための天文学が必要なんだ!」ヨハネス・ケプラーは決意する。あこがれの宇宙の真実を知るために、愛する家族を守るために…。1999年
江戸音楽の巨匠たち~その人生と名曲
今日の私たちに伝えられてきている「江戸音楽」を、その時代にあって創り、育んだ巨匠たちに焦点を当てたシリーズ。第3回は江戸浄瑠璃の誕生 初世十寸見河東 四世十寸見河東 山彦源四郎 対談 竹内道敬、渡辺保「海老」 浄瑠璃 山彦音枝子 三味線 山彦千子「松の内」 浄瑠璃 山彦節子、山彦久江、山彦音枝子、山彦敦子 三味線 山彦良波、山彦登 上調子 山彦千子「助六」 河東節十寸見会
平岩弓枝が贈るラブサスペンスロマン
2013年、大阪国際児童青少年アートフェスティバル2013 TACT/FESTにて、「子供の心が動く大人の作品」というコンセプトのもと“児童劇”として制作された演劇作品。飴屋法水本人と、パートナーであるコロスケ、そして娘のくるみの3名というリアルな家族によって演じられる本作は、ドキュメンタリーとフィクションの境界を行き来しながら、ある家族の朝ごはんの風景から始まり、やがて家は教室へと変貌する。生き
作・演出: 武田一度-昨日の風はどこ行きかいな 知らんわい 明日の波はどこ行きかいな 厳寒のオホーツク サヨナラは 今夜の口唇昭和30年代初頭、遠洋漁業で一攫千金を夢見る甲板員達の物語。作・演出 武田一度本物の漁船4隻とクレーン車3台を使った空飛ぶ漁船団を大阪の繁華街に飛ばす。建築用丸太1500本 漁船4隻 クレーン車3台
ナミビアの砂漠で海霧だけを糧に千年も生き二枚だけの葉がのたくり伸び続けるという植物ウェルウィッチア・ミラビリス(和名・奇想天外)に想を得た抽象作品。過酷な環境にじっと耐えてまどろむウェルウィッチアは夢の中で花から産まれ宇宙の卵の中で遊び深い密林をさまよい、そして火と水を掲げ持ち、通り過ぎていった命たちを追慕する。
Eラーニング(株式会社 流)
④ 美術・大道具ニューヨークを拠点にブロードウェイ・ミュージカルを中心に舞台美術家として活躍し、母校でもあるイェール大学舞台芸術大学院美術学科で講師を務める幹子S.マックアダムス氏による、アメリカ舞台美術入門講座。戯曲へのアプローチやリサーチ、演出家、及びクリエイティブ・チームとのコミュニケーション、模型製作やデザイン作業、予算や労働環境、そして支援組織や労働組合など、さらには米国の大学・大学院で
ON LINEシアター
コロナ禍のロックダウン中、メルボルン在住のゆみうみうまれと映像作家・近藤武が制作した作品。出雲の阿国に着想を得て、歴史に埋もれた女性像を「茶碗」に見立て、さまざまなお茶を通して物語が展開する。ダン・ウエストのオリジナル音楽に只野徳子の三味線も加わり、2022年には『Buried Tea Bowl - OKUNI』として舞台化もされた。撮影は観客のいない能楽堂や劇場、メルボルンのうみうまれ・自宅など
2022年、沖縄は本土復帰50年の節目を迎えた。「9人の迷える沖縄人(うちなーんちゅ)」(2015年初演)は、1972年の沖縄本土復帰当時と現在を行き来する二重構造の物語を通し、過去と現在の沖縄に暮らす人々の多様で複雑な立場や心情を浮き彫りにする作品である。沖縄で生まれ、生活する劇作家、演出家、出演者だからこそ描ける繊細な沖縄人の想いからは、今なお続く矛盾、怒り、迷いが発せられ、はたしてこれらは「
遠くて近い国・アイルランド。詩的で浪漫的なシングと現実的で科学的なグレゴリー夫人。現実の中の壮大さと野性的なものを描いたダイナミックさ愚鈍なほど素朴で純真さを持った土着性と骨太な人間臭さをぜひお楽しみ下さい。
グリックはシマリスの男の子、町のペットショップのかごの中で、一匹2000円で売られている。狭いかごの中にひしめき合うシマリスたち。ある日、グリックと姉のフラックは人間のこともに買われる。応接間は広々と温かく、自由に跳びまわる日々が続く。そんなある日、伝書鳩のピッポ―が来る。「本当の君の家はここじゃない、北の森さ、緑の木々、何万という仲間がいるのだ!」と新しい広い世界を知らされる。ところが外の世界は
侵入者が通った後の廃墟の世界、記憶も、言葉も持たない子供たちのダンス。
1936年から1945年までをドイツで過ごし、マリー・ヴィグマン、ルドルフ・フォン・ラバンに師事した邦正美が、語りと実演とでモダンダンスとはなにか歴史的に俯瞰する形でわかりやすく紐解く。邦舞踊研究所の所員による実演は原始時代の踊りから世界のモダンダンサー達の踊りまでを含み、邦がドイツで学び日本で完成させた舞踊のための身体作りの基礎「舞踊身体育成法」や、代表作「黄色い時間」から<最後のカテゴリー>と
物語は、イザナキノミコト、イザナミノミコトによる国生みの時代が始まります。イザナキノミコトの子であるスサノオノミコトは、高天原で問題を繰り返していましたが遂に姉・アマテラスオオミカミの怒りによって幕末時代の薩摩藩・錦江湾(きんこうわん)そこで、スサノオノミコトは、西郷吉之助(隆盛)と運命の出会いをします。さらに、アマテラスオオミカミはスサノオノミコトを反省させようとスサノオノミコトと西郷吉之助の心
女優松井チエ子、謎めいた死から一年。築地東京劇場に集められた四人のスター女優たち!!果たしてこの中に彼女を殺した犯人はいるのか・・・・・・?うだつがあがらない万年下積役者を刑事に仕立て、松井チエ子殺人事件真犯人追及劇『豚草物語』の幕が開く。映画をこよなく愛した井上ひさしのもう一つの舞台版『キネマの天地』。「蒲田行進曲」にのせてこまつ座決定版でいよいよ上演。
大野一雄フェスティバル2010参加作品。大野一雄と親交が深かったピナ・バウシュのヴッパタール舞踊団から、中心ダンサーのジュリー・アンヌ・スタンザクとエディー・マルティネスが来日、大野慶人と共同制作した。2009年に他界したピナ・バウシュ、2010年6月に他界した大野一雄、双方のレガシーが出会った作品。
ベルリンを拠点に活動する「劇団ティクバ」。NPO法人ダンスボックスによってはじめられた「循環プロジェクト」。障がいのあるなしの境界を超えて、舞台表現と向き合うこの2つのプロジェクトは、2009年から国際共同プログラムを継続。今回のKYOTOEXPERIMENTでさらなる展開をみせる。振付、演出を手がけるのは、2008~2009年に文化庁の研修員として訪れたベルリンで、ティクバと出会ったダンサー・振
ヌトミック4年ぶりの劇場長編作品。9名の出演者により台詞、歌、ときにラップのような語りが、目まぐるしい時間軸の変化と合わせてシームレスに移り変わる、全編生演奏でおくる新作の日本語音楽劇。現代の東京を舞台に、数奇な人生を送った男が忘れられない思い出を語り出す。思い出はどこまでも飛躍して、多くの寄り道と間違いを犯しながら、少しずつ見えるはずのない世界へと繋がっていく……。
青森の鍛冶屋の息子として生まれた志功は、幼い頃から絵の才能に恵まれてはいたが、強度の近眼。家業が立ち行かなくなり、裁判所の給仕になった時に眼鏡を与えられ、「先生、見えすぎます!」と躍りあがった志功は、絵への情熱が爆発し、画家になる決心をする。ゴッホに触発され、画業のために上京した志功は、挫折を繰り返しながらもついに帝展に入選。凱旋した故郷で、運命の人、チヤと出会い結婚する。チヤの愛情に包まれ、世界
ぼくらはみんないきている! あたりまえだけど、よく考えると不思議。命ってなに? みんな知っている? からだの中にいる「正義の味方」のこと!
北村想が「空」をテーマに書き下した“砂漠と隕石のラブ・ストーリー”小劇場の実力派が集結し三都市連続公演‼
Oroche Presents 001 能-BOXギリシャ悲劇シリーズ
出国したまま帰らぬ人となったテーバイの前国王ライオス。秩序を失った国は、怪物スフィンクスの悪行により混沌を極める。古代ギリシャ・コリントスの王子オイディプスは、誰しもが解けなかった怪物スフィンクスの謎を解き、危機を救った功績により前王の妻イオカステを自らの妻に迎え、テーバイの新しい王になった。安寧の日々も束の間テーバイには疫病が蔓延し、市民はオイディプスに救いを求める。望みを託したアポロンの神託に
同窓会に集まった5人に、ウジが言う。「今日はちゃんと気づいてほしい。私をいじめたのは、誰だったのか」そして5人は、高校時代の思い出を振り返る。どれもこれも、楽しかったことばかりで。記憶の中のウジも、目の前のウジも、ずっと笑っていて。5人にはずっと、そう見えていて。観客に、ウジの姿は見えない。ウジのセリフは常に、字幕で観客に示され続ける。彼らにとっては、その姿も、その声も、今もそこにあるままだ。
「11PM(いれぶんぴーえむ)」は日本テレビ系列で放映されたお色気から社会問題までを取り上げる伝説の深夜番組。本映像は、1985年(当時は番組が23時20分始まりで「11PM+20」と呼ばれた)、86年、88年の同番組に白虎社がゲスト出演した回を集めている。85年は「肉体は芸術です!? 脱いでじっくり考えよう!! ハダカ哲学バラエティー」、86年は「ハダカの芸術大集合!」と題され、大須賀勇へのイン
山奥の山奥のお話です。小さな駅から、大きな駅まで、小さな機関車が客車を引っ張って今日も走ります。機関車の部品たち、ノッポのピストン、チビのクランク、おデブの車輪。なんだかんだと、ケンカばかりして機関車も止まってしまいます。空模様がおかしくなってきました。力を合わさなければ・・・。谷底がポッカと大きな口を開けて待ってるぞ・・・。お客も、荷物、自分たちも・・・ほいきた廻せ、ほいきた廻れ、ほいきた走れ、
[作品ノート]身体の内部感覚からダンスを創る。骨盤、背骨、足首、小指、筋肉、血管、そして細胞の一つ一つにいたるまで。カラダのコエをききながら感覚をとぎすます。カラダのコエがあふれ出る、その瞬間。
烏丸ストロークロック×五色劇場
広島原爆投下、復興と分断、今なお、連帯を乞うて広島原爆投下、広島の観光名所の一つ「平和記念公園」。その緑豊かな公園は昔、「中島地区」と呼ばれる賑やかな繁華街だった。そこで栗原チエ子は生まれ育った。二〇一六年、初夏の平和記念公園。無数の木々の生い茂る広大な公園を、チエ子は介護者と共に歩く。脳裏に浮かび上がる、かつて存在した中島地区と人々は、やがてチエ子の眼前に現れる。「うちゃあ何も見えとらんかった」
TRASHMASTERS vol.34
とある町の、台風による水害に苦しむ地方の、公民館。その日も台風は勢力を保ったまま接近していた。そこには青年団のメンバーが、祭りの開催について協議するために集められていた。祭りの開催から、災害対策、人命の格差まで話は及び、会議は紛糾する。やがて会議は終わり、解散したのだが……付近で土砂崩れが発生し公民館は停電、町の中心からも孤立する。そこに、土砂崩れに巻き込まれた青年団員が運び込まれてくる……
時は封建時代。「白鷲城」の異名をもつ美しき姫路城の天守第五重。ここは、人間が足を踏み入れれば決して生きて帰れぬ、魔界の者たちの棲み家。ここに棲む天守夫人富姫のもとへ、猪苗代より生首を手土産に亀ヶ城の亀姫が朱の盤坊ら眷族をひきつれて訪れる。富姫はその返礼に姫路城城主・播磨守ご自慢の純白の鷹をおびきよせ亀姫に持たせた。鷹をそらした責を問われた図書之助は切腹のかわりに唯一人第五重にむかう。二度と踏みいれ
「Peoples‘ Inn~甦る人間」をテーマに、第1部「ケッチ・ヨール街」、第2部「Patch UP!」、第3部「死への式次第」の3部構成。「ケッチ・ヨール街」は1962年に初演、原案・構成を池宮信夫が担当した作品の再演。「ケッチ」、「ヨール」と呼ばれるヨットのイメージを架空の街にたとえ、生命と情熱を謳う。「Patch UP!」は当時のCMナレーションなどを使った作品。「死への式次第」は人類滅亡
何日君再来
品行方正児童会第8回公演。フェスティバルのテーマである「ガリバー旅行記」を異空間と捉え、詩人・高村光太郎と母を探す少年の出会い、曖昧屋の人々とその客の家庭、町を渡り歩くサーカスの母娘などの情景を描く。特徴ある円形劇場の舞台を素のままで使用し、持ち込まれる道具と音響効果のみで場面を演出、時に客席通路まで俳優を配して観客それぞれを取り囲む異空間を仕立てた。
どけ、どけぃ!赤坂悪党、多聞丸! 田畠無うても河内一の馬借、手足で稼ぐ、馬で稼ぐ! 走れ、走れ、走るんじゃい。もの盗り・追剥ぎ、ぶった斬れ!ほやが百姓・散所、斬ったらあかん!とにかくわいは正義を成すじゃ!わかったか!
モダンダンスのパイオニア、テッド・ショーンが歴史的なフェスティバルを創始したダンスセンター、ジェイコブズ・ピローは、2020年11月17日に火災に見舞われ消失した。この巨大な損失を記し、愛すべきジェイコブズ・ピローへのダンスアーティストと観客の思いを表すためにダンスフィルム制作が企画され、尾竹永子は雪に埋もれた焼け跡のなかで踊った。
復活と再生。生死が交錯する神の森、熊野を仮想した土地を舞台に、この国に漂う生々しい死の気配から立ち上がる、力強い命の物語をオリジナルに展開。『23年目。復活の年。』古事記。歌舞伎。古き良き日本の古典文化の要素を、『神話』というファンタジーの世界観の中で、壮大かつ演劇的に表現。
弦巻楽団旗揚げ20周年記念公演。約5年ぶりとなる、弦巻啓太書き下ろし新作による本公演。札幌のほか、帯広、苫前でも巡演。まもなく廃校を迎えようとしている中学校。ただ一人の3年生は、最後に演劇部の大会に出たいと希望する。過疎が進む北海道の地方を舞台に、取り残された若者と、取り残された大人たちの“人生の9月”についての物語。
谷崎潤一郎『春琴抄』を原案に3箇所同時にパフォーマンスが行われる観客回遊型の作品。6人の俳優が3組の分かれいくつか同じ場面を入れ替わり立ち替わり演じながら上演は進んでいく。学校レイヤーと春琴抄レイヤー、また現実と地続きである劇場レイヤーがシームレスに入れ替わることで「みられる側/ケアされる」と「みる側/ケアする」が逆転していく。また、観客回遊型であるからこそ、みる/みないの選択も観客人身に委ねられ
1979年に劇作家・北村想が発表し、日本現代演劇における金字塔と称される作品を10年ぶりに北村自身が演出した1990年の再演。物語の舞台は、核戦争によって荒廃した関西のとある地方都市。放浪する旅芸人ゲサクとキョウコ、そして謎の男ヤスオ。3人の旅路の先に待っているものとは―。