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とある森林にて、狐に囲まれた一人の女が発見された。 発見時、その女、マリアは記憶が完全になく、1冊のノートを大事そうに抱えていた。 その中身は「>」記号に埋め尽くされている解読不可能のものであり、 マリアはそれが、屋根裏部屋で見つけた祖母の日記であるとかたくなに主張する。 彼女の失われたルーツを探ろうと、『劇団芸能革命』は演劇探偵を開始。その調査による情報をもとに、 劇団芸能革命は失われたマリアの
MANKAI STAGE『A3!』
2.5次元ミュージカル/舞台
ある地方都市、金輪町。住宅地の十字路。その一角に住む人々から、不審者がいるとの通報が増えた。不審者達はどこからともなく現れ、消えていく。何をするわけでもなく、時折苦しそうな表情を見せる。目を離すと、いなくなっている。幽霊という噂が立つが、目撃者は皆、確実に存在していたと話す。人の住処につきものの、ありふれた怪奇現象。その片鱗を掴んだことが、大きな間違いだった_。
清水・蜷川コンビがうち立てた現代日本演劇の金字塔!あの輝かしくも哀しかった青春の日々追憶と狂気、たぐりよせる愛の残照
AI・HALL中学高校演劇フェスティバル特別企画
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19世紀、フランス、若きラウールはカリオストロ伯爵夫人こと、ジョセフィーヌ・パルサモと運命的な出会いをする彼女の本当の姿を知らないラウールはその美貌と神秘さに魅了され、自ら抗争と愛情の渦に飛び込んでいく。悲報をめぐり対立するカリオストロ伯爵夫人とボーマニャン。恋人のクラリスと夫人の間で揺れ動くラウール。これは人間のエゴの物語。ラウールのエゴ、カリオストロ伯爵夫人のエゴ、エゴは愛をエサに欲望を知識と
ロームシアター京都 × 京都芸術センター U35創造⽀援プログラム“KIPPU”
「村八分」「集団農場」「ブラック企業」といったムラ社会的な閉鎖コミュニティを舞台とした〈集団暴力シリーズ〉の集大成的作品。雪深い山奥にひっそりと佇む民宿を舞台に、野生動物たちと共生する一族と、村の人々との衝突を描く。過去シリーズにも通底していた「家族」というモチーフを前景化し、それらを繋ぐ「食」という営みに焦点を当てながら、原始的かつミニマムな共同体の呪いと可能性へと切り込んだ。
舞踏の現場’98 in KYUSHU
土方を通して土方の彼方へ。私を通して私の彼方へ。舞踏の現場、舞踏の現在はこの私の肉体の裡にある。ー原田伸雄 (公演フライヤーより)
「ドリームタイム」とは、オーストラリアのアボリジニーの時間感覚で、過去と現在と未来が同時に存在する神話的時間の流れ。この公演では、"私は何処から来て何処へ行くのか"という視点の元に<宇宙と大地、人間と人形、生と死>の間など、様々な境界線上にあるものをテーマに、古代的なもの、現代的なもの、未来的なものの時間が層を成して流れている様を多様な作品群の集合体として実験的ライブスタイルで上演した。
近未来。東洋のガラパゴスと呼ばれている千久世島という離島は、かつてない賑わいを見せていた。国産みの神話に登場する島であると同時に、その島で発掘される「レアゲノム」という化石由来のDNAがヒトや動物の遺伝子組換えに必要なものとして注目を集めているからだ。その島に住む男は、奇祭で弟を失う。ところがある日、弟は蘇り、まるで別人のように男の前に現れる。弟の存在は島の住民を狂わせていく。そしてそれは、島の存
北前船の寄港地として栄えた当時の町並みが残る竹野町(兵庫県豊岡市)。元船主邸・田中邸と古民家をリフォームした移住者夫婦の営むカフェ、そして周りに広がる迷路のような路地を舞台に、地域を訪ね歩き、人々の記憶、風景とともに、現在の竹野への想いをあつめた、言葉・美術・サウンドによるインスタレーション・パフォーマンス。各ベニューと5カ所の井戸のサウンドインスタレーションをめぐるマップを配布したセルフツアーの
1989年に初演した、ウィリアム・シェイクスピア原作、こんにゃく座座付作曲家である林光+萩京子共同作曲による、オペラ『十二夜』の改訂版。
狸と人間と天狗が三つ巴で暮らす現代京都。狸の名門・下鴨家の三男・矢三郎は、天狗や人間にちょっかいを出しては愉快に暮らしていた。ある日、老天狗・赤玉先生の跡継ぎたる“二代目”が英国より帰朝すると、平和な街の気配は一変。矢三郎たち四兄弟は阿呆の誇りを胸に、それぞれの信条を、愛する者たちを、守り抜くことが出来るのか?人形劇と浪曲で贈る、狸と天狗と人間の三つ巴森羅万象エンターテイメント!
喜劇昭和の世界三部作
『キネマと怪人』、『ブランキ殺し上海の春』と共に「喜劇昭和の世界」三部作を構成する。佐藤信は天皇制に切り込むべく、二・二六事件による戒厳令下の東京に架空の街を出現させ、阿部定事件を絡めながら昭和の終焉を描こうとした。なお、本作の巡業先だった沖縄での上演が不許可になり、裁判に発展した。これをきっかけに劇団は意識的に公有地を上演場所に選ぶことで全国の公有地を開放する運動をはじめる。
かつてヒロシマで負ったケロイドを、群衆に晒し喝采を浴びた「病人」。戦争の記憶が遠のき傷が輝きを失っても、もう一度あの街に出たいと願っている。一方「甥」は自分たちはただ静かに死を迎えるべきだと諭し、「看護婦」は子供を産みたいと話す・・・。
タイトルの「憶の市」とは、記憶や意識下の時間を示す。多くの人間がおりなす時代、その背景となる歴史、人間の瞬時のエネルギー、解明し尽くせない自然と人間の神秘的な部分などを、オリジナリティーあふれる現代的なタッチで表現した舞踊作品である。
THEATRE E9 KYOTO芸術監督・あごうさとし演出の音楽舞台劇『触覚の宮殿』は、金沢市民芸術村のレジデントアーティストである弦楽演奏家とのコラボレーションとして京都・金沢で上演。俳優の他、ダンサー・哲学者・メディアアーティストが参画するジャンル横断型の現代舞台芸術作品であり、THEATRE E9 KYOTO最初の公開作品として「自由な表現を追求する劇場のスタンス」を作品を通じて示した。
舞台はとある関西地方都市。時は1月3日、4日の両日。超高層団地にある小さな空き地。荒れ放題のその場所は誰が言うともなく「こやまさんちのにわ」と呼ばれている。そこに集う団地の住人。お互いの名前も知らず職業も分からない。ただ彼らの間をつなぐのは、この場所をめぐるたわいもない噂話。団地内で今夏起きた三件の殺人事件は未だ解決をしていない。登場する住人たちは皆、死の影とセックスの匂いをはらんでいる。現実感覚
(フライヤーより抜粋)何ということはない、日常生活のすきまから、ちょっとだけ顔をだしているおもろくて、やがて哀しき出来事達。そんな、誰もが持っている些細な出来事達を、紡いで、紡いで、少~しだけお見せします。子供部屋に生まれ、育ち、いろいろあってやがて最後に見るものは…。
邦楽 華麗なる技
邦楽の「技」と通じてその楽しさを堪能するシリーズ。竹の管を吹いて音を出すシンプルな構造でありながら、奥深い魅力を持っている尺八の技をお楽しみください。鼎談 野村峰山、徳丸十盟、野川美穂子琴古流「鹿の遠音」 徳丸十盟 清野樹盟都山流「鶴の巣籠」 本手 野村峰山 替手 藤原道山琴古流本曲「真虚霊」 徳丸十盟都山流本曲「石清水」 野村峰山諸井誠 二本の尺八の「対話五題」 徳丸十盟
ペーター・ストックマンは町長として、町の温泉施設のオープンによる経済活性化に期待を寄せている。しかし、弟であるストックマン医師は温泉が工場の廃液によって汚染されていることを発見し、ペーターに再工事を進言する。しかし、公共の経済を重視するペーターはその申し出を断るが、ストックマン医師は聞こうとせず真実を新聞に掲載すると言い出す。やむなくペーターは彼に免職も言い渡すが、ストックマン医師は揺らがない。
-大阪の朝鮮学校に通う高校生ソニは、スピーチ大会の練習中に、いつの間にかタイムスリップをしてしまう。そこは1948年4月、日本にある朝鮮人集落。故郷の朝鮮半島へ帰る日を待ち望み、お金を出し合い建てた学校に、ある日突然、閉鎖せよとの命令がくだる。大人も子どもも、おにぎりを作り、学校で寝泊まりをはじめ、ガリ版でチラシを作りながら戦うのだが…2007年の初演より、日本と韓国にて上演を続けている作品。
「WAVE」は点から拡がり点に戻るシンプルな構成と、エネルギーの波動に共感を呼んだ加藤の舞踊の原点。「点と遠景とカンタータ」は、カルダーの絵画より白い衣装に置かれた黒点、舞台両側に座る詠唱と鐘等の奏者を設置。東洋の足捌きの入るミニマルな舞踊が繰り広げられる。「FIUME」は、イタリア語で河の意味。一点の雫から全てのものを呑み込んで海に向かっていく悠久の流れ。動きと音と声が合流し生命の営みを紡いでい
2020年初演したCo.Ruri Mitoの代表作。コロナ禍の真っ只中で、7名のダンサーとクリエイションを行い、施設利用の条件が緩和された10月に上演した作品。個と群の関係性をテーマにし、「自分の身体とはどこからどこまでか」という問いを投げかけ、生命の根源に迫る。私たちの存在とその相互作用を探求する試み。曖昧な身体の境界線を通じて、個の消滅や集結の解釈を観る者に委ねる。
みえないこどもたち vol.4
劇作家オノマリコが、気がつかれにくい子供への虐待や貧困・ネグレクトを描いた作品です。メンタル不調に悩む「生きづらい」大人たちが、オスカー・ワイルドの『サロメ』をモチーフに演劇を作ろうとする姿が描かれます。演出には てがみ座・日生劇場ファミリーミュージカルなどでご活躍の扇田拓也さん。音楽は読売演劇大賞優秀スタッフ賞を受賞されている後藤浩明さん。「生きづらさ」に苦しむ人を描きながらも「優しさ」を感じさ
”KDD事件”から想を得ておくる爆笑風刺喜劇。
M.エンデの『モモ』と『桃太郎』が交錯する老劇作家ジジと女優モモの時空を超えた恋-。
人はなぜ体を鍛えるのか。まずは、そのことについて深く考える必要があるだろう。体を鍛えて筋肉量を増やしていくことに、いったい何の意味があるというのだろう? 何が私たちを筋トレへと、駆り立てるのだろう? 踊る毛抜と踊るダンベル。シャル・ウィー・ダンス? 程なくして私たちも踊りだす。ワン・ツー・スリー、リズムに合わせて。歌舞伎十八番のひとつ『毛抜』と、三島由紀夫の肉体論が、今、響きあう!
不思議な一座が幻のように現われ、幻のように去っていく。何もない空間から始まり、何もない空間で終わる。しかしその舞台は見る人に強烈な印象を残した。女優がハムレットやホレイショーを演じ、ガートルードやオフィーリアを男優が演じた。しかしそれが何の違和感も残さず、よりくっきりと「ハムレット」の世界を映し出し、より明確にドラマの構造を浮き彫りにした。お芝居好きの人に是非観てほしいと思います。観たこともない「
京都を拠点に創作を続ける「砂連尾理+寺田みさこ」が、1年ぶりに新作を発表します。TOYOTA CHOREOGRAPHY AWARD 2002「次代を担う振付家賞」受賞以来、毎年新作を発表してきた砂連尾と寺田が、今回は異なる手法を元に作品を立ち上げました。砂連尾と寺田の振付を二人とは異なる他者の身体へ振付し、そんな他者の身体を通過した振りを改めて二人が踊り直してみたときに、そのダンスは砂連尾、寺田の
明治~大正にかけて発行された雑誌『青鞜』の編集部を舞台にした青春群像劇。平塚らいてうを中心とする「新しい女たち」の手で編集・執筆され、女性の覚醒を目指した『青鞜』は、創刊当初は世の中から歓迎され、らいてうは「スター」のような存在に。しかし、彼女たちが家父長制的な家制度に反抗し、男性と対等の権利を主張し始めると、逆風やバッシングが激しくなっていく。やがて編集部内部でも様々な軋轢が起こり─
旧小学校体育館で開催された、新井英夫(体奏家/ダンスアーティスト)と中津川浩章(美術家)、安藤榮作(彫刻家)らによるライブパフォーマンス。ALSを発症した新井は夜間睡眠時、呼吸器をつけているという。パフォーマンスは暗幕の閉じられた薄暗い空間に響く新井の呼吸音から始まり、安藤の斧が木を刻む音が重なる。やがて中津川が幅2M長さ10Mのロール紙に、ブルー一色で描きだす…。約40分という時間の中で、方法が
SPACインクルーシブシアターてあとるてをとる
SPACインクルーシブシアター「てあとるてをとる」は2022年に始動し、赤ちゃんからお年寄りまで、障がいのある方とそのご家族・介助者とも“豊かな観劇体験”を分かち合うことを目指してきました。プロジェクト第1弾の音楽劇『ちかくにあるとおく』は、一般を対象とした有料公演に加え、毎年特別支援学校でも上演を重ね、子どもたちとの出会いを通して年々パワーアップしています。リラックスしてご観劇いただける、喜びに
(フライヤーより)1990年代後半、時代の要請を背景に花開いた〈バニョレ〉をキーワードとして2002年夏、第1回ダンスビエンナーレTOKYOを開催しました。〈バニョレ〉を、目指し、通過し、去りゆくものと捉え、次代のダンスの道を模索する試みでした。世界の各地から多くの才能が集まり、多くの作品が時代に訣別を告げていきました。灼熱の大地に、猛吹雪の大地に、緑あふれる大地に別れを告げて〈10,000年の旅
『3℃の飯より君が好き』:田舎町に引っ越してきた新婚の夫婦。夕方、帰宅した妻のお腹が突然膨らみ始めた。妻は「お腹に氷がいる」と言い出すのだが…。温度を切り口に夫婦の現在と未来を描いた二人芝居。 『メイクアップ!』:理沙と陽子はアンチ化粧派の中学3年生。だが、理沙は演劇部の公演のために舞台メイクをすることになる。「裏切り」を許せない陽子はある大きな行動に出る。心と容姿の変化に戸惑う中学生を描いた短編
何かを盗みたい時は、最初に必ず、信用させるんだ戦争が激しくなる中、祖母の家に疎開した双子。しかし祖母は二人を労働力として酷使する。双子はこの悪夢を生き抜く為に、自らの精神と身体を鍛え始める。戦況は厳しくなるが、双子は靴屋・将校・神父など様々な人間に助けられ、時には利用し合って生き延びていく。そして戦争が終わり、父が訪ねてきた。その時、二人のとった行動とは。
江戸時代に伊勢古市の遊郭であった刃傷(にんじょう)事件をもとに脚色を加えた舞台。
青森県のとある町。市町村合併に反対し、現在は高齢化率が50%を超える自治体。 学校区単位の運動会は廃止され、地区運動会と一体化された。明日は来年廃止が決定した地域イベント「かかし祭り」が行われようとしている。地域おこし協力隊など新たな移住者の受け入れに苦慮しながらも、新旧町民による「まち」への問いかけが、思いもよらぬ展開へと発展する。
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
Saint Live Sparking 白虎社'82連続犠肢体行脚
1982年、Saint Live Sparkingと題し、白虎社が関西一円で行ったライブハウスツアーの編集映像。公演タイトルは『「サイレント独楽」-月より速く-』『「草の上の昼寝」-水から油へ-』『「ゾンネンシュターンの夏」-からっぽの世界-』。
アナログスイッチ 17th situation
僕らに残された家。僕も、姉も、兄も、妹も、かつてはこの一つ屋根の下で過ごした。でも今この家に全員が揃う日なんて、よっぽど良いことがある日か、悪いことがある日だ。卒業アルバム眺めながら、姉は言う。箪笥に溢れた紙袋出しながら、兄は言う。鮭を咥えた熊抱きながら、妹は言う。この家どうする。積もる思い出に埋れながら言い争う、僕ら兄弟姉妹のお話。
この作品は、川崎の下請けの零細工場の経営者の安全管理無視から起こった災害事故、数名の労働者の焼死という悲劇を、背景にしています。劇はその前後の期間にわたり、焦点はこの工場で働く青年労働者の生き様、彼らの悩みや仲間同士の関係、愛情、対立、連帯、失望、希望に置かれています。また、彼らの使用者側、街でふれあう大企業を含む他企業の労働者、夜の歓楽街の息づかいなども描かれています。現代を反映して屈折した影を
筒井潤+新長田で踊る人々
『新長田のダンス事情』のプロジェクト・コンセプトは「新長田で踊る人に会いにいく」、2009年4月に始動した継続プロジェクトです。稽古場訪問やインタビューを基盤に、数々のイベントを盛り込みながら、リサーチと実践を往復します。2013年に5年目を迎え、3名の演出家、振付家、現代美術作家らが「新長田で踊る人々」と出会いながら、新たな舞台作品をつくる試みを始めました。今回はその中で筒井潤との試みを中心に、
夫婦印プロデュース
舞台は、客あしらいに長けた小粋なお女将が女手一つで切り盛りをしている小さな居酒屋。彼女には息子が一人。ある日、やってきた生真面目そうなサラリーマン。彼には娘が一人。店の二階にある女将の部屋でイライラと閉店時間を待つ男。ようやく暖簾を下げて女将がやってくる。一方的に責め立てる男に最初は気圧されていたが、そこは世慣れた女将。<次第に形勢逆転。さて、コトの結末は…。世代を超えて笑える人情喜劇
郵便配達員が手紙を届けに行くと、長い行列が出来ていて進めない。聞いてみると、デパートの倒産セールやパチンコの新装開店、焼肉食べ放題など、並ぶ理由は人によって言うことが違うが、「せっかくここまで並んだのだから」と去る者はいない。やがて列は建物に入って行くが、迷路を歩くうちに、目的ばかりか自分が何者かさえあいまいに・・・。いかがわしい現代社会で生き人間が本物を問いかけ、その不条理性を描く。
花のパリ。女の仕組んだ、逆転の狂詩曲。あなたはもう笑ってはいられない。フランスのヒッチコックと称されるロベール・トマの最高傑作コメディ・サスペンスが新訳&豪華キャストで蘇る。パリ郊外にある豪邸。結婚して半年足らずのフランソワーズ(中越典子)は、夫・リシャール(橋本さとし)の酒と賭博と暴力の日々にすっかり疲れ果て、早くも離婚を考え始めていた。しかし、いざ夫を前にするとその危険な魅力に抗しきれず、つい
演劇集団saladbowlの現メンバーと元メンバーの恋宵(アクターズ仙台 現座長)がタッグを組んで実現した合同公演。現実に近いファンタジーと、ファンタジーのような現実が混在する短編を六つ上演します。作品迷い道路地裏の薬笑みを浮かべて蝶二本線を見つめて、
「Caddy! Caddy! Caddy!」は、フォークナーの小説『響と怒り』、『アブサロム、アブサロム!』、短編小説『エミリーへのバラ』の抽象的な描写を題材にしたライブサウンドスコアとダイナミックなインスタレーションを伴う作品です。ダンスは、閉塞感、束縛、悲しみ、孤独、勇気を表現します。最終的には、ステージが無数の光の色の糸が空間に広がる息をのむようなフィナーレへと展開します。シンプルな照明の変
シアターコクーン・オンレパートリー 1999
喜劇。4幕。4人の女性と6人の男性の恋の話。しかし、それぞれの思いがすれちがって・・・・
「先の見えない創造」を続ける者の恍惚と不安、二つ我にあり!所詮この世は冥府魔道、ならば唄って歩けよ地獄のハイウェイ!歌とダンス、名優たちによる珠玉の演技で彩る青春残酷物語!!
ある夏の日、<友>が<私>を訪ねてくる…登場人物はその二人だけ。長い長い別れ話が始まった。■ものがたり蒸し焼きにされそうなある夏の日。畳の上で部屋着姿のまま床にはいつくばる「私」の前に、高校時代の同級生「友」が現れる。話を聞くと、自転車に乗ってずいぶん遠くから走ってきたという。久しぶりの再会に喜ぶ二人は、じゃれあうように会話を楽しむ。しかし、ふとしたはずみで出る「友」の言葉は、二人の間には埋めるこ
カフカ的緊張感と平衡感覚によって繰り広げられる、ケラリーノ・ナンセンスの金字塔。フリーライター・高野正五郎(藤田秀世)宅に1本の間違い電話が入った。それ以来、妻・マチルダ(峯村リエ)は「うちはソバ屋じゃないです」と言いながら、せっせと出前に勤しむようになる。高野は反対しながらも出前持ちやそば職人を雇い、自らの行動さえも矛盾してゆく。同じ頃、小説の仕事が舞い込んできた高野は張り切って構想を練るが、
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お食事×文学×リーディング『よるよむ きのさき』太安万侶 編
日本最古の歴史書「古事記」。世界のはじまりから、八百万の神々の出現を、書き下し文と現代語訳でよむ。
フランスでのカトリーヌ・ディヴェレスとの3年間の作業を経て日本に戻ってから最初の舞踏ソロ作品。「動きの巾ではなく気配の落差」、「抑圧した動き」で劇場の空間をつかみ、「彼女に於いて愛(エロス)は完結する」(佐藤正敏/テレプシコール通信)と評されるほど、観客を魅了した。
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走ってくる車に体当たりをし、自ら傷つくことで賠償金をせしめるという、奇妙な商売があった。間違えたら命を落とすのであるから、文字通り体を張っての商売である。これはその名人と言われた「当たり屋」が、家族を引き連れ、「体を傷つけなくても生きていける街」を目指して、旅立つ物語…。
わ芝居~その弐
昭和3年。天乃屋本家は旦那が事故死、番頭は病死、残ったのは跡取り娘の病弱なシズ一人。病弱な娘には婿の来手がなくこのままでは本家がつぶれると、親戚一同困っていた。せめて一代だけでも繋げれば、何とかなるかもと考え都合のいい男として白羽の矢が立ったのが手代・伊助であった。伊助は断れず、本家の旦那に就任してしまう。計画は順調に思われたのだが…。古典芸能とのコラボ企画として誕生した「わ芝居」シリーズ第二弾。
『忘れる日本人』に引き続き、震災後の日本人の姿を描く地点×松原俊太郎第4弾。かつてあった美しい山の隣に放射性廃棄物の山ができたという戯曲の設定を空間に落とし込んだ黒光りする急斜面の舞台で、汚染された土地で暮らす家族をなまはげをモチーフにして演じた。叫ぶことを怠けてはいけない、という信念のもとおくる新しい〈家庭劇〉とも言える本作は、松原俊太郎の第63回岸田國士戯曲賞受賞作となった。
ミュージカル『刀剣乱舞』
名だたる刀剣が戦士の姿になった刀剣男士を育成し、歴史改変を目論む敵と戦う大人気PCブラウザ・スマホアプリゲーム「刀剣乱舞-ONLINE-」(DMM GAMES/Nitroplus)を原案とする、ミュージカル『刀剣乱舞』。本作は2016年~2017年に上演された公演の再演となります。1部のミュージカルパートでは、激動の幕末を舞台に、歴史改変を目論む時間遡行軍と戦いながら、新撰組にゆかりのある刀剣男士