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日本の夏1960〜64
タイトルは、土方巽自身が自らの舞踏を表すアフォリズムとなっている。本作は、水戸芸術館での「日本の夏1960―64」の参加作品として、元藤燁子が構成・演出。1960年代前半期の美術における前衛活動を回顧する展覧会に、前衛美術家と協同した土方巽のオマージュとして発表。「肉体の叛乱」のフィナーレのシーンの巨大な写真パネルが吊られたエントランスのフロアで、元藤のほか、大野一雄、大野慶人らが踊った。
「廃校から、劇場へ」と銘打ち、レトロな木造校舎全体を回遊しながら物語が進む回遊型の演劇を作り、廃校の一つの活用方法を提示する目的で制作が始まった。主人公の少女は、曽祖母が残した1通の手紙に書かれてある「野麦でお会いしませう」に導かれて野麦を訪れる。野麦の民話や伝説をモチーフにしつつ、そこで出会う奇想天外な人・妖怪たちと不思議な体験をするオリジナルファンタジー劇。
地域公共劇場連携事業
骨髄癌の少女と、兄妹同然に育った青年の会話。二人のやりとりが同じ病室の患者によって書かれた物語であったなら……。デビュー作『アサッテの人』で芥川賞を受賞した作家・諏訪哲史の同名長編小説を、同じ愛知県出身の天野天街(少年王者舘主宰)が舞台化。2010年、七ツ寺共同スタジオのプロデュース公演として話題を呼んだ名作が、13年振りに復活。オーディションで選ばれた新キャストと共に、三重・名古屋・高知の三都市
93年、衝撃を巻き起こした「滅びかけた人類、その愛の本質とは…」に続き、宮本亜門がパルコで放つ官能のストレート・プレイ!
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
努力クラブ、中野劇団との合同公演。コロナ禍において、舞台上でできる最善の感染拡大防止策「一人芝居」の3本立て公演。努力クラブ「憧れられたジュリー」中野劇団「もしもし」THE GO AND MO'S「注文の多い風俗店」
室伏鴻と山崎広太の即興バトル。舞台をリングに見立て、即興ダンスで競演する。当時苦境にあった山崎を支援する為に企画された歳末助け合い興行。
火曜日のシュウイチ
実家は貧乏。成績も下位。クラスでの身分まで最下級層。不良からはパシらされ、暗黒の中学時代を送った少年Aがいた。持ちうるものは、手先の器用さと優しさだけだった。そして15年。少年Aは30才にして小さな寿司屋の主となり上がった。ある大雨の日。ならず者となり果てた同級生が現れて、Aに出前を頼んだ。届けに行った文化住宅。そこには──。これは優しい、ウザいほど優しい男の恋話。角ひろみが故郷尼崎のヤンキー中学
軍国少女であり、軍国の小学校教師であった自分への深い憤りと懺悔。「教育」への限りない理想と情熱を、北森竜太の青春に託して書き上げた三浦綾子の傑作長編小説「銃口」を舞台化。2007年まで全国巡演を続けるとともに、2005年には韓国国内14か所24回の巡演も行った。
多民族国家化が加速する今の時代に「祖国」とは、「家」とは、と問いかけたノーベル賞作家、イェリネクによる戯曲『雲。家。』。高山明は、その短いテキストを通して、現代の日本人にとっての「家」を探った。舞台上には巨大な鉄骨の足場が組まれている。その全面を覆うスクリーンに、池袋のサンシャイン60の姿、巣鴨プリズンの跡地だとは知らずそこへ集まる若者たちへのインタビュー、外国の地で暮らす留学生の母国に関する談話
閉鎖病棟の誰かが言った。「アホロートルはネオテニーなんだって。子供のまま大人になるの。幼形成熟っていう。でもたまに陸にあげると、大人に変態する奴も出てくる。その代わり、ウーパールーパーの愛らしさは失われる。どっちがいい?」これは私の叛逆。私は醜くなってでも、この腐った水槽から這い出るのだ。
僕の名前は羽山走次。8歳で小学校の3年生。それはある日、突然、起こったんだ。お父さんもお母さんも、いきなり子どもになっちゃった。お兄ちゃんも幼稚園児みたいだし、おじいちゃんはまるで赤ちゃん。どうしてこんな不思議なことが起こってしまったのだろう? それはどうも、ぼくの精神年齢だけが大人になった、ということらしい。つまり僕から見れば、精神年齢の低い人は学校の先生だろうが子どもに見えるってわけ。でもどう
《彼》と旅をする20世紀三部作#1
【Story】1908年、ブラジルへの移民船、笠戸丸。日本人少年ノイチは、ポルトガル移民のアンと恋に落ちる。成長したノイチは、デモの夜に人を殺してしまう。ブラジルを離れることとなったノイチは、アンと先住民のチキノをつれて、南米中を転々とする。放浪の過程で、日本人排斥運動やクーデターに巻き込まれ、散り散りになってしまったノイチたち。彼らは再び出会うことはできるのだろうか。【Note】<彼>と旅をする
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1985年に開催されたButoh Festival '85にて上演された。プログラムの五井輝の言葉には次のようにある。 「夢うつ太鼓の雄叫びに / 肉は舞えども 心は踊らず / 陽光と陰影の 狭間で揺れる肉体は / 現し世の陽炎 / 形骸と化した肉体は / 醒めた欲望を蜂起する あらかじめ失われた夢から / 解き放された肉体は / 吹き晒しの孤舞となる」 「小懺悔」というタイトルには、肉体を土壌に
(フライヤーより抜粋)「おーい、人形劇がはじまるよ~!集まっておいで!」みんなが集まれば、その場で人形劇のはじまり、はじまり…。かわいい人形たちが話しかけてきたり、一緒にお芝居したり、みんなと友達になっちゃう!
日本・セルビア演劇交流プロジェクト
【日本初演、五人の俳優、十五人の登場人物、三つの愛の物語】かつては希望の象徴だった町。そこに集まった三世代の男女5人。信じていた全てが崩れ落ち、都会の無秩序な繋がりの中、愛に飢え、自分の居場所もない。それでもなりふり構わず人生に挑み続け、辿り着いた先に見えた世界は、天国か地獄か!? 紛争後のセルビアそして世界の「リアル」を描いた、セルビアン・ブラック・コメディーを本邦初訳で日本初上演。
(フライヤーより抜粋)テュービンゲン人形劇団は、人形劇と他の芸術との境界線上にその活動の中心をおき、伝統的な人形劇のほかに、オブジェクトシアターやマテリアルシアターなどの分野も、演技、造形、音楽の要素と同様に取り入れて、新しい演劇の形を模索している。つまり行き詰った人形劇の分野から離れ、作品毎に新しい道を模索し、新たな形式、新たな問題提起を試みているのである。
大金をめぐるifから始まる物語。40人余に及ぶ登場人物をたった6人の俳優ですべてこなすというトンデモナイ芝居ですが、大人のメルヘン童話を読むような軽い気持ちでご覧下さい。
『かもめ』の中に、情熱を持ち続けることの難しさや拭いきれない孤独など、現代社会と通じる問題を照らす。新たな世界へ飛び立ちたいと願い戦いながらも希望を失い妥協していく人々と、傷つきながらも妥協を拒絶し再び立ち上がろうとする人々の人生を、冷たい視線から赤裸々に描くことを通して《今の社会において人はいかにして死に、又は生き続けられるのか? 現代の不安定な生を支え得るものは何であるのか?》について問い直す
道楽者の若旦那、連れは気の良いたいこもち。江戸を飛び出し北の果て、帰郷の思いを心に灯し、流れ流され9年間。歌に踊りにお座敷芸。時代を超える大喜劇。演出家・ラサール石井がついに井上戯曲に挑む!薬種問屋の跡取り息子と連れ立つ幇間。馴染みの女郎の奪い合い、売って売られた喧嘩の果てに、江戸から北へ流亡の果ての生き地獄。抱腹絶倒・奇想天外・驚天動地――。主従二人が陸奥からめざした先はなつかしきお江戸のはずだ
滑川五郎ダンスアートリサイタル。滑川五郎は、観客も舞台装置として組み込むなど、印象的な場づくりをした。このソロ公演では、観客は入場時に「てつびこ」(鉄響)と名付けられた数センチの鉄棒を渡され、舞台の中盤でそれを一斉に鳴らす。舞台床全体には鉄板が敷かれ、ノイズをあげて回る大きな電動コマや吊るされた銀色のバネや鉄板など、さまざまな舞台装置と滑川の身体との交感と共振が繰り広げられた。チラシには次のように
焼け落ちた、豪邸。消え落ちた、記憶。子供たちの、メリーポピンズは何処?1930年代、著名な心理学者グラチェン・シュワルツ博士の豪邸で火事が起こり、博士の遺体もろとも、すべてが燃え尽きた。全身に火傷を負いながら、猛火の中から博士の4人の養子達、ハンス(小西遼生)、ヘルマン(上山竜司)、ヨナス(良知真次)、アンナ(音月桂)を救出した家庭教師メリー・シュミット(一路真輝)。しかし、メリーは失踪。 残され
わが国の犯罪史上最も成功率の高い誘拐事件巨額の身代金を得ることが出来、しかも人質と知り合いになれる笑って許してもらえるし時にはヒーローだこうなりゃ3人に4人が誘拐犯だそんな誘拐ブームの中珍しく失敗するやつが登場奴こそ真の犯罪者だ!一日警察署長のアイドルが、一日で事件を解決!?クロムモリブデンがお届けする誘拐とは関係のないユカイな事件逆探知機は毛の中に脅迫状は膝の上
劇団うりんこ創立50周年記念作品ぼくたちは自分の人生の主役をしながら、周りの人の人生の脇役をしてるんだそんなお客様に、ぼくは、ふしぎなお話をたくさん聞かせてるんだ。すると、鍵を閉め忘れた図書室から、お話の登場人物たちが飛び出し大騒ぎに…20人以上の劇団員が、所狭しとうりんこ劇場を駆け巡る!にぎやかで、ちょっぴりきみょうなファンタジー。
敗戦直後の東京。焼け跡の洋間を舞台に繰り広げられる家族の物語。体制が変わった事を機に教職を休んでいる柴田の家に、戦傷を負った教え子が訪れるところから物語は始まる。実直に教壇への復帰を求める教え子の頼みを、柔和にしかしかたくなに拒む柴田。金に困り飢えにさいなまれている柴田とその家族たちの間に、だんだんと戦争が変えてしまった人間像が浮き彫りにされていく。敗戦が市井のひとびとから奪ったものは、命や食料だ
高層湿原・高山植物の宝庫「巨瀬」にうち寄せる二つの津波。アジアの盟主になろうとナチも真っ青の狂い咲き。そのためにゃ電気だ。巨瀬にダムを!「日本隅々焼け跡だらけです。復興が第一です、まずは電気です。巨瀬から水を取るというのはどうです?」二つの津波の中の巨瀬にぽつんと小さな山小屋があった。「恵蔵小屋」。小屋の住人たちはとても怒っている。巨瀬をなんだと思ってんだ!
強い光の線が床を二つに区切り、五人が激しく動きを展開する。厚木を中心に、二対のペア、渡辺と種子島、有富と江原が並ぶ。音楽はなく、厚木が呼吸のタイミングをつくる。駈け出して抱き合う、腹部を両手で叩きつける、足摺の加速、足首をつかむ、足裏を合わせる、回転、床運動などの動きが徹底して行われ、集約されてゆく。休憩を挟む計一時間強もの運動で、多量の発汗、呼吸困難、意志の制御と拮抗し合う生身の身体が現れる。
1980年に設立した白虎社の設立直後から81年までの関西一円大学祭ツアーより。「秘鳴の森」(1980年、立命館大学)、「鯨骨の森」(1980年、同志社大学)、「少年少女のくす玉」(1981年、関西学院大学・京都市立芸術大学)の公演映像を含む。
(チラシより)26歳のときに書いた作品を、リユースして再構築してみようとおもうのだが、これに至るまではいろいろあった。マームとジプシーのこの三年間は、自分たちの過去に発表した作品をある意味、否定していく作業でもあった。とめどなく湧きでてくる、興味と。どうしようもなく拡大されていく、規模。どんどんと速くなっていく、スピード。取り巻くぜんぶのことにアプローチしていくときに振り返ってはいけなかった。振り
「PERSONA5 the Stage」
2.5次元ミュージカル/舞台
物語をやろうと思ったけど、とっくに僕らは物語の上に生きていました。どれぐらい距離が離れたらクソみたいな人生が最強の物語になるんだよ。小さい頃から大人になっても僕らはずっと
2018年に北千住・BUoYで初演された『SUPERHUMAN』を野外劇としてリクリエーション。“人間らしさ”を軸にパペット、人、東京タワー、地球といった様々なスケールを通じてパフォーマンスが展開していく。会場は東京タワーの近くに位置する都立芝公園 集会広場(23 号地)となり、客席から東京タワーを見上げる形で上演が行われる。
パルコ ハイコメディシリーズ第4弾
パルコ ハイコメディシリーズ第4弾16年前、別れた娘が、突然19でやってきた!奔放な娘と振り回される父、関係改善を願う恋人…。ニール・サイモンが描く、ひと夏の嵐のスケッチ!!
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
1940年夏、リトアニアの首都カウナス郊外。穏やかな丘の上に突然鳴り響く銃声。日本領事代理・杉原千畝と妻・幸子、医学生・藤島の三人は、ナチスのポーランド侵攻により祖国を追われ逃れてきたユダヤ人家族と出会う。翌日、日本領事館は大勢のユダヤ人たちに取り囲まれた。その中に丘で出会った家族、ヤコブ、ヨセフ、エリエッタ、セガロの姿もあった。彼らの唯一生き延びる手段は日本領事館で「日本の通過ビザ」を手にし、そ
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
2008年春桜さくら サクラは まだ?マイムソロライブ BEST版
あらすじ:世界から神々が姿を消し始め、地上に取り残された魔界の生き物たちは謎の伝説の森に棲んでいました。人間の母と魔界の王の間に生まれた少女シイラは木の精ガワンと共に、この森を守って暮らしていましたが、最近森の様子が変わってきました。村では『輝きの泉』が赤く染まりました。それは、恐ろしい伝説の『竜のとぶ冬』がくる前兆です。さて、シイラは『竜のとぶ冬』をくいとめることが出来るのか……?
親に借金をしてマンションを買った若い夫婦。完成を待ちきれず、建築中の建物に忍び込んでみると、自分たちの家となるべき部屋に、すでにジプシーの大家族が住み着いていた。生と死、家族と個人。その普遍的なテーマを穏やかな笑いと、爽やかな涙で綴った、善人会議時代の代表作。心に優しいニューエイジプレイ。
大野一雄全作品上演計画第4回公演。初演は1981年、土方巽演出。1995年の再演では大野慶人が演出し、劇場空間全体を母の胎内と見立てて舞台上にも客席を配置した。「胎児の夢」「宇宙の夢」「母の見た白晝夢」「鰈のダンス」「愛の夢」の五部構成。
祖国ソビエトに忠誠を誓う女検察官ニノチカは特命をおびて花のパリに乗り込んだ。あでやかなパリの香りに染まりつつあった先乗り三人組もささやかな贅沢は徹底的に糾弾された。彼女の崇高な理想の前には資本主義社会の常識は通用しなかった。勿論、恋や愛などは存在さえしない。とは云え処はパリ、甘い夜霧は、木石の如くき彼女の身体を、やさしく包みはじめていた…パリの街を背景に、貴族出のパリジャンとのラブロマンス。恋の鞘
2008年の結成から日本の現代サーカス界を牽引してきたカンパニー・ながめくらしつ2016年上演作品。カンパニー主宰のジャグラー・目黒陽介が演出を務め、比類なきチェロ奏者・坂本弘道とゲストミュージシャンによる生演奏、美術家・カミイケタクヤの作品によって重層的に支えられた舞台空間で、高い技術を持つ9名の演者がジャグリング、エアリアル、ダンス、アクロバットほか多様な身体表現を以て、独創的でサイトスペシフ
「私小説というものがある、私演劇というものがあるとしたら・・・劇作家にとって物語は人生の日記のような物だ劇作家は愛する人を失った時、彼女の物語を書くのだろうかそして彼女に似た女優を探し、稽古し、作品を完成させたとしてもその物語は観客に公開するだろうか?解体前夜の劇場で上演されたその作品は、誰にも観られる事も無く、劇場の壁に染みつくのかもしれない」
ルウはヒモ状態の欧彦に手切れ金10万円を渡し、新しい彼氏の満太郎と同棲を始めるが、10日もしないうちに有り金を使い果たした欧彦が戻って来てしまう。何故か始まる3人の同居生活。そして、欧彦はルウの親友の杏と付き合い始める。モヤモヤしたルウは、欧彦と再び関係を持ってしまう。こんな関係よくない…と、欧彦に諭され混乱したルウは、欧彦に「死んでほしい」と、頼むのだった。
令和2年。56年ぶりに開催された東京オリンピックに日本中が熱狂していた。国内最大の国際拠点である第二東京国際空港もまた、例年以上の賑わいをみせている。そんな中、華やかなアスリートたちの活躍の影で、ひっそりと海外メディアの注目を集めた家族が居た。『千年(ちとせ)』の表札がかかったその家は、第二東京国際空港・滑走路の延長線上にある。この一軒の家の為に、第二東京国際空港は未完成のままでの運用を余儀なくさ
障がいの有無を越えて共にダンスを創ることをコンセプトに、2016年より活動を続けているスクランブル・ダンスプロジェクトによる舞台「ROCKS」は、山海塾の松岡大が演出を行い、車椅子、半身不随、ダウン症など、様々な障がいのあるダンサーと、プロとして活躍するダンサーが共に創りあげたインテグレイテッドダンス作品です。
それは地球史46億年の記憶を備えた石。ヒトの記憶と共に新しく生まれ育っていく……不思議な詩を口ずさむ少女が棲む石だらけの世界に、ある日、七人の老人たちがやって来た。老人たちが目指す約束の地とは? 少女の正体は? 耳を澄ましてごらん、ほら、石が泣いている……アナタ、記憶ヲ美化シテハ、イケマセン……演劇舎螳螂、初の東京・大阪連続公演で送る小松杏里の「レプリカ」以来約二年ぶりの新作書きおろしSTROMA
あらすじ:場面はエレベーター。3人が乗っているところに遠藤が乗り込み、清掃員の蒼木が「何階ですか?」と尋ねる。遠藤が「5階です」と答えると、短い昇降の後、再び遠藤がエレベーターに乗り込む場面に戻ってしまう。困惑した4人はループから抜け出そうと3階で降りたり共通点を探したり試行錯誤するが、最後には「どうせ繰り返すなら死んでも生き返るのでは」と考え、自殺を試みる人まで現れる。
sunday play#4
人と人が出会って別れる。そこに含まれる奇跡とか偶然とか笑えるくらいの哀しさとか、そういうものを描きたいと思います。忘れないうちに。パズルのように組まれた幾つもの階段、影とライト、さまざまなものが反転する世界で、7人の役者が入れ替わり立ち替わり一人か二人の幻を演じる。
能舞台との交響
「すべての動きが絶妙で優雅」と評された三条万里子の代表作「鳥」は1975年、ニューヨークのバーナード・カレッジにて初演。百人の小ホールから二千人入る大劇場まで、約20年間踊られた。「能舞台との交響」(企画:能楽笛方藤田六郎兵衞)では能舞台という空間で、"伝統と逸脱が混在"する。カザルスがアンコールには必ず弾いたという「鳥の歌」を何度も聴いた三条は、内部から「わたしの動き」が、必然的な動きが溢れ出た
本多愛也の代表作、「白球」。2009年ソロ公演 「ゾエルナ!」より
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柴幸男による、「あゆみ」「ハイパーリンくん」「反復かつ連続」「純粋記憶再生装置」からなる四つの短編集。
新劇100年Ⅱ 珠玉の一幕劇集
時は天保8年、江戸麻布の岡場所に生きる娼婦、宮城野のもとを、なじみの見習い絵師、矢太郎が訪れる。しかし今夜はその様子が少しおかしい。二人の会話は虚実入り交じってとりとめなく、謎が謎を呼んで夜は更ける。果たして聖母はユダの救いと成り得るか?後の傑作「写楽考」「北斎漫画」「淫乱斎栄泉」など浮世絵三部作の先駆けとなった、珠玉の短編二人芝居。
マスクプレイミュージカル
元気で仲良し兄弟の7匹のこやぎが森の広場で遊んでいると、スカンク・プーもやってきた。皆の嫌われ者だけど、末っ子のナナだけは興味津々。意気投合してすっかり仲良しになったのだが、腹ぺこ狼が現れてさあ大変!狼はこやぎが大好物なのだ!グリム童話のよく知られたお話に、いじめられっこの問題をそっと挿入してみました。美しい舞台美術、魅力的な造形、優しい音楽などによって、小さなこどもの心に深く届く感動的な作品にな
(フライヤーより)突然ですが、演劇というものは、舞台の上に今実際にいる人間が、今実際に何かを思っているところを見せる、ということにつきると私は考えています。たとえば、舞台の上の人間が恐竜を見て、ものすごくおっかないと思っているところを見せるのであって、必ずしも恐竜ごと見せる必要はないということです。舞台の上の人間から台詞を奪ってしまい、台詞で説明したり、補ったりすることなしに、思っていること、つま
宮沢賢治作品 初演出となる演出家・宮城聰と、初の演劇台本に挑む小説家・山崎ナオコーラによる、異色のコラボレーションが実現。等身大の人形を駆使し、変幻自在の劇世界を追求した作品。詩人、童話作家として有名な宮沢賢治は、地質学や土壌学の専門家でもあり、貧困を極めていた当時の農民と生活をともにし、収穫量を改善しようと奮闘した。『グスコーブドリの伝記』は、そんな賢治の人生が反映された物語。「人間は自然とどう
ミュージカル『薄桜鬼』
2.5次元ミュージカル/舞台
外側から(偏見まじりで)見られるという暴力への抵抗は、内側からおそるおそる言葉を発信することなのかもしれない。あまい洋々として描き続けてきた社会的に弱い立場にある『みえない子どもたち』。これまではその内側のみを書くことに注力していたが、これからは彼らと関わろうとする外側の人たちについても眼差しを注いでいきたいという決意を込めた演劇作品。