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舞台上にゾロゾロと現れるのは、普段着の男女28人。誰もが一度は耳にしたことのあるポップソングをバックに黙々と身体を動かす彼らに、年齢や職業、 ダンスの経験をはじめ、特別な共通点はない。舞台手前でDJ役を務めるスタッフが突如舞台にあがり<プライベート·ダンサー>にのせて見事なダンスを披露したり、<ばら色の人生>では場内の照明がすべてピンクになったり……歌詞にあわせたペタな振付や演出に、観客は笑い、感
18世紀のフランスの修道院。貞潔・清貧・従順を神に誓い、神の花嫁となる修道女。その戒律を拒否した娘シュザンヌは、社会から、そして家族からも見捨てられ閉ざされた修道院の中で、自由を求める闘いを始める。
ミュージカル 『フィスト・オブ・ノーススター~北斗の拳~』
2.5次元ミュージカル/舞台
シニア演劇のメイキングドラマ。役者たち自身に取材し、即興を重ねて創作した。大阪で開催した全国シニア演劇大会でも上演した。
古城十忍の新作書き下ろし。男は「ある反政府集会」の中心的人物が自分の娘の恋人であることを知り、戸惑いながらもその恋人の日々の行動確認(行確=コウカク)を開始する。高校教師を務めるその娘はSNSによる誹謗中傷を受け、個人情報までもがネット上にさらされてしまう。そんなある日、男は自分自身が見知らぬ何者かに行確を受けていることに気がつく……。そして娘は、誹謗中傷の発端が意外な人物であったことを突き止める
ノルウェーの国民的劇作家、ヘンリック・イプセンの名作戯曲を上演。舞台はノルウェー西部のフィヨルドに臨む名士アルヴィング家の屋敷。十年前に他界したアルヴィング大尉の功績を讃える記念式典の前日、牧師のマンデルスは、信仰に背を向けて生きる未亡人が、信仰深かった夫の名声に傷をつけていると非難する。しかし彼女は、夫の私生活が救いようのないほど堕落していたこと、そして一人息子オスヴァルのため、世間にはそれを隠
実話から生まれたいのちの寓話が今、語りかける。ある南の島。ガジュマルの木に逃げ込んだ兵士二人は、敗戦に気づかず、二年間も孤独な戦争を続けた――人間のあらゆる心情を巧みに演じ分け、観る者の心に深く刻みつける山西惇が、再び本土出身の"上官"を演じる。注目の新キャスト・松下洸平は、柔らかく、おおらかな存在感で島出身の"新兵"に挑む。歌手・普天間かおりをガジュマルに棲みつく精霊"語る女"に抜擢。琉歌に乗せ
新宿八犬伝 全五巻
1985年6月21日-30日アシベホール(新宿歌舞伎町)にて初演。この戯曲で当時26歳の川村毅は1985年度第30回岸田國士戯曲賞を受賞した。滝沢馬琴の「南総里見八犬伝」に想を得た、シリーズ第一巻。架空都市・大火災の後の新宿歌舞伎町に、アスファルトから"物語の死者、夢の狩人"「騒!乱!情!痴!遊!戯!性!愛!」の八つの玉の精が闇の八犬士として蘇る。1991年に新巻「第三巻」「第四巻」を発表するにあ
20年ほど前、雪山にUMAが出るという噂で、一躍有名になった尾白温泉町。その地で土産屋を営む阿波野家の次男正雄がスカウトされた。しれは禁煙、不幸続きだた阿波野家と町にとって明るいニュースとなるのか?15年前のあの日、なぜ町民はUMAを殺さなくてはならなかったのか?雪深い町で業深い人間たちが起こすとんでもない冬のお話。(喜劇です)
ミュージカルHAPPINESS
飼い犬(元保護犬)のノラと飼い猫のサンは大の仲良し。飼い主の留守中、彼らはいつもこっそり家を抜け出して冒険を楽しんでいた。ある日、ノラの冒険心に導かれ、ふたりは知らない場所へと迷い込み、野良猫の仲間たちや、公園に繋がれたままの犬(少女)と出会う。現代社会におけるペット事情をテーマに、犬と猫の目線から描かれる新しい物語。
大野一雄の踊りにふれて、聖俗などの単なる二律背反を超えて、ありとあらゆるおんな性を含んだおんなを演じることに目が開かれたという金満里のソロ作品。大野一雄フェスティバル2005の初演では、車椅子に乗った大野一雄もカーテンコールに登場した。
これは井上ひさしが紡いだ敗戦のひとつの真実。そしてラジオの魔法。私はだれでしょう。だれであるべきでしょう。ラジオはいつも人々のそばにあった。戦時中は「大本営発表」、8月15日は「玉放送」。敗戦後、東京放送会館は建物をGHQに接収されていたが、「復員だより」「街頭録音」「のど自慢」そして「尋ね人」・・・人気番組は多く、あの頃、ラジオを聞いていた。これは戦後のラジオ放送にひたむきに取り組む放送局職員た
アンデルセンの掌編集『絵のない絵本』をもとに、泊篤志、イトウワカナ、ごまのはえの3名の劇作家が描く多彩な世界。「月がみていた」というシチュエーションで描かれた様々な劇世界を、想像力に乗って旅する短篇演劇集。
ミュージカル映画『ブリガドーン』、水木しげるが好んで描いたブリガドーン現象のイメージをちりばめながら、高校演劇指導者として知られる畑澤聖悟が、高校演劇をモチーフに描いた初めてのオマージュ作品。そして、見終わったとき、震災の風化に対する作者の思いがひたひたと伝わってくる。
(フライヤーより抜粋)「リトル博士」は、動物の言葉をなんでも喋れる動物学者。世界中に旅をして、いろんな動物たちと話をしてきました。そんなリトル博士のところに、日本の小学生から一通の手紙が届きます。
筒井潤+新長田で踊る人々
『新長田のダンス事情』のプロジェクト・コンセプトは「新長田で踊る人に会いにいく」、2009年4月に始動した継続プロジェクトです。稽古場訪問やインタビューを基盤に、数々のイベントを盛り込みながら、リサーチと実践を往復します。2013年に5年目を迎え、3名の演出家、振付家、現代美術作家らが「新長田で踊る人々」と出会いながら、新たな舞台作品をつくる試みを始めました。今回はその中で筒井潤との試みを中心に、
舞台は駅のホームや海辺の空き地。残された人と逝ってしまった人々が出会う物語。阪神淡路大震災の風化していく記憶をファンタジックに描く、深津篤史の代表作の一つ。初演は2002年。2012年の再演を経て、2013年に桃園会20周年記念二作上演として『よぶには、とおい』と同時上演された。
(フライヤーより抜粋)ほら、これがトマトの種夏に食べる赤いトマト?そう、そしてこの種もトマト
昇進が決まり東京の本社に移動することになった娘、文は父親をひとり実家に置いていくことに不安を覚えていた。そこで、文は父のかつての同級生で、寡婦である道子との再婚を斡旋する。しかし、父と道子が再会し距離を縮めていく様子を見ていた文は亡くなった母親のことを慮らずにはいられなかった。複雑な想いを抱えたまま東京への出発の日は近づいていく。文と父の暮らしている町の様子と町の子どもたちの成長を文の移り行く心情
作品ノート二人のダンサーとミュージシャン。それぞれのやり方で同じ時間を刻む。それは、身体と声と音と空間で戯れながら積み上げる時間のタワー
東京郊外の星川眼科医院。医院長の賢一は、閉院を決意した。そして賢一は、医院に三〇年間勤め、彼の一人娘の母親代わりをもつとめた看護師の陽子に蓼科のコテージをプレゼントし、勇退。これで一件落着。ところが「先生、私、嘘をついていたんです。ここはどうしても、先生に辻褄を合わせていただかないと」「私、死ンジャウワ」とまでは言わないけど、ともかく、賢一、その嘘にノルことになって初冬の蓼科へ。陽子の看護学校時代
(フライヤーより)日韓の劇場間ネットワークとして2003年スタート東京・青山円形劇場とソウル・シアターゼロとが共同で若手アーティストの作品上演の機会アーティストコミュニケーションの場として企画・制作参加アーティストは連続してソウルと東京で作品を上演している
人は何によってできているのだろう。自分ではない「誰か」として、ぼろぼろ忘れながら、忘れ物を毎日しているような気分で生きている気もする。他者の知覚を追体験することはできるのか。「痕跡」「傷」について、顔を巡る旅をします。映像撮影に小宮山菜子さんを迎えての無観客配信作品です。
二兎社公演41
人気報道番組の放送開始まであと数時間。ある”懸念”をきっかけに、現場は対応に追われ始める。決定権を握るのは……空気?テレビ局の報道現場を通して現代の日本を覆う奇妙な”空気”の正体に迫り、観客を凍り付かせた戦慄の問題作。
2005年に神戸で発足し、知的障害のあるメンバーを含め、さまざまな世代のメンバーが共に創作・活動するアーティスト集団「音遊びの会」。月2回のワークショップを地元、神戸にて継続的に行うほか、日本各地やイギリスなどで積極的に公演を行い、障害のある・なしを超えた新たなコラボレーション、表現の形を示すアーティストグループとして注目を集めている。主に自由な即興音楽の分野に主軸を置きアンサンブルセッションを中
作品中最大の見せ場、「底なし沼」のシーンを、50人という大人数でダイナミックに表現し、演出家・佐々木智広の大舞台での群集表現の秀逸さが認められる。月曜日の夜、東京郊外という場所にも関わらず、立ち見客が出るほどの盛況でフェスティバル当日券来場者過去最高を記録。
ある街に絵描きが居た。彼女は日頃からあまり人前に姿を見せず、絵ばかり描いて暮らしている。どうやらそれは、ちゃんとお金になっているようで、時たま人がやってきては、絵を買っていく。絵描きは生まれたときからこの街に居て、幼少期からずっと絵を描いていた彼女は、友達らしい友達も出来ず、周囲の人々に「変な子ちゃん」と言われ続けていた。そこへ、音楽家がやってきた。彼女はずっと各地で歌を歌って暮らしていて、ちょう
江戸時代から続いてきたらしい和菓子屋「亀屋権太楼」が、経歴の捏造に端を発した騒ぎで存続の危機に立たされる。新しい社長は評判の人格者。彼なら道を誤らないはずだ。店、家族、そこに関わる人たちの10年間。場所も時間もとばしながら、視点を変えて人々の営みを俯瞰するMONOの新たな試み。善人と悪人の境界線はどこにあるんだろう? 私たちは誰に味方すればいいのだろうか?
ヨシュカは仕事ばかりの母と、優しい祖母と暮らしていた。母はほとんど家におらず、祖母は天国へ旅立ってしまう。学校では「そばかすだらけのヨシュカ」とからかわれ、心を閉ざしたヨシュカには友達もいなかった。ひとりぼっちの悲しみに暮れていたヨシュカはお祭りの夜、祖母から教わった「おまじないのうた」を歌う。呼ばれるように現れた「道標」と名乗る男に手を引かれ、さかさまの街のお祭りへ……そこで、世界の不思議を作り
十数年ぶりに故郷に戻ってきた女性。「変わらないようで、変わっている」風景を眺めているうち、幼少期の自分に出会う。不思議と鮮明な彼女との出会いは、女性の今後を好転させるきっかけとなった。景色を眺め、思い出しているようで、思い出せていない。「私、小さい頃、タイムスリップ、した。」
シャークスピア4大悲劇としてあげられる本作である。正義という名の下に復讐劇を演じながら世界の都市を彷徨うハムレット。偽りの狂気で罪なき人をも死に追いやり、他人の姿に己れの姿を写し見て閉塞、苦悩する。
七十年前、「聖戦」の名のもとに起こった日本の侵略戦争によって、町から村から男たちは戦場に駆り出され、多くのものが閃光のようにその命を散らした。女たちに残されたものは一通の手紙と、はるかな苦難の道だった。 戦没農民兵士たちが生前、家族にしたためた真情あふれる手紙と、若くして戦争未亡人となった女たちが、歩まざるを得なかった苦難の道を語った証言を、一人の語り手と三人の兵士に仮託して構成された朗読劇。語り
(フライヤーより)心ウキウキ・心あったか・とびっきり楽しいエンターテイメント・メルヘンの、今年のお・は・な・しは?―プリンさんの住む街にまたまた事件が起こった!「あやつり時計」がぬすまれたのだ。こりゃ大変だァ!犯人は……謎の忍者、くの一カゲロウか?いやいや、ご存知、日本一の大泥棒、忍者の猿飛ゴンスケだ!そこで、トンガリぼうしの魔法つかいのプリンさんと、ボクらの味方、服部ヤルゾウ、そして、こども達が
等身大の人形たちと、14名の人形遣いが演じる、シェイクスピア不朽の悲劇。人形劇団ひとみ座創立40周年記念で制作され、以降幾度となく再演されたひとみ座の代表作。~あらすじ~ブリテンの老王リアは、退位して三人の娘たちに国を分け与えることにする。甘い言葉を並べ豊かな土地を手にする長女ゴネリルと次女リーガン。一方、末娘のコーディリアは、口先だけの甘言を嫌い本心しか言わない。リアは立腹し末娘を勘当するが、そ
どこかさえない中年男「芳野」は、結婚相談所で知り合った「芳子」と晴れて結婚。理想の結婚生活を送れているはずだったが、完璧な避妊をしていたにもかかわらず芳子が妊娠する。さては浮気? 芳野は慌てて結婚相談所に駆け込んでいくが、そこで出会った精子バンクの営業マン「藤枝」に芳子が精子を買いに来たと聞かされる。――SEXを介さないベビー誕生。それは不妊に悩む女性たちへの福音なのか? それとも女性の体を実
いつも優しい気持ちを持って良いことをしていれば、いつか必ず良いことがある。自分のことを思ってくれる身近な人たちや、自分よりずっとか弱い小さな命を大切に思う気持ちがあれば、それと同じだけ自分のことを大切に思ってくれる人が必ず現れる。それは魔法のように不思議なこと。でも信じた人にしかかなわない、本当に起こること。
Eラーニング(日本演出者協会)
④ 照明このシリーズでは、舞台芸術、主に演劇の照明デザインについて考えていきます。舞台の照明デザインを実現するためには、デザインを考えるソフトの部分と機材やシステムなどハードについての知識や技術の両方が必要です。光という実態のないもののデザインを機材とシステムのハードで実現しています。今回は、主にソフト(デザイン)の方に焦点を当てて、最低限のハードの知識を紹介しながら、デザインにまつわる知識/発想
大野慶人のソロ作品「空」(くう)初演。ジャパン・ソサエティ設立100周年を記念した公演で、「大野一雄の101歳記念:3週間の舞踏パレード」という企画の一環。大野慶人が舞踏の特徴としてあげた「背中」を見せて立つ場面から始まり、土方巽が1985年に大野慶人を振付けた小品などを踊る。大野慶人の弟子でもある映像作家・舞踏家の田中誠司による映像作品「憧れ」(2007)が挿入された後のラストシーンでは、大野一
「ささやかに幸福(しあわせ)」は1988年初演。60分。ブレヒトの長編詩に導かれ、5組のカップルが繰り広げる人間模様。世の中、予期せぬことは突然やってくる。せめて今の現実を幸せと思おうではないか。「ELCK(エルク)」は1989年初演、40分。オランダ語で「みな・それぞれ」を意味するブリューゲルの同名絵画から発想を得る。「壊れた地球の上に立ちながらこの世の物体に無駄に欲張る人々。」イヴさえリンゴを
おじいさんとおばあさんの可愛がっていたボールのフリーチェクが、悪者の凧のムラークにさらわれた。2人は手廻しオルガンと太鼓を打ちならし凧のムラークに立ち向かうのですが…。
ある高校で、女子生徒が屋上から飛び降りた。その時、下にいた別の女子生徒は巻き添えをくらった。ふたりは意識不明の状態で病院に運ばれた。学校では生徒の母親や教師たちが、責任の所在について本人不在のまま激論を交わしている。生徒/教師/親それぞれの目線で事故前後の日々を紐解く中で、思いもよらない事故の真相に辿り着くのだった。言葉ばかりの「多様性」が謳われるこの世界に潜む、様々な『境界線』について考察する。
(フライヤーより)フランスの小説家 アレクサンドル・デュマ・フィスの長編小説。マリ・デュプレシ(1824~1847)というパリの高級娼婦をモデルに、主人公の回想形式で書かれた哀切悲痛な恋物語。
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
息子を亡くした美緒は離婚協議が停滞する中、母の三回忌に帰省する。遺された母と、祖母の記憶。たどりつくのは果てしなく続く母娘の軛か、それともー。愛媛の歴史ある建造物を背景にした初演から日本最大級の演劇祭「豊岡演劇祭」の劇場空間に合わせて再構成した作品。劇団UZ初の県外上演作品。
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19世紀末のロンドン。クリスマスの夜にイギリスの名門アンダーソン家で2発の銃声が響く。邸宅にいたのは家長アダム・アンダーソン(浦井健治)と双子の弟エリック・アンダーソン(浦井健治/二役)、そして2人に愛され、今はアダムの婚約者となったルーシー(昆夏美)。その事件直後から、ルーシーは行方不明となり・・・。難事件解決が人生の楽しみそのものであるシャーロック・ホームズ(橋本さとし)の元に、アンダーソン家
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
サーカスエンターテイメントショー
街角のレストランが舞台。お腹をすかした客(クラウン)がサーカスレストランに入店。注文して次々と披露される、アクロバットやジャグリングなどの素晴らしいテクニックのサーカス芸の数々。
「PERSONA5 the Stage」
2.5次元ミュージカル/舞台
オペラシアターこんにゃく座創立25周年記念公演。大森博、大月秀幸をゲストに迎えた、林光と萩京子、ふたりの作曲家の共同作曲によるシェイクスピア・オペラ第三弾。
「PERSONA5 the Stage」
2.5次元ミュージカル/舞台
(フライヤーより)古き良きテレビ創成時代からお下劣バラエティ全盛時代へ、あるいは地上波全盛時代から多チャンネル化、メディアミックスの時代へ。テレビとは何か? テレビはどこから来てどこへ向かうのか? テレビ時代の申し子古舘伊知郎が、生みの親であるテレビと真っ向から勝負を挑み、その夢と現実を描きます。独特の話芸と毒舌と笑い。”語りを通して人間の哀しみを伝えたい”という恒例のトーキング・ブルース第5弾。
“見えすぎるもの”が溢れている現代にて。SDGsグリーンレジデンスの住人・神納のPCに届いたVideo。それはマンション管理組合の理事たちのZOOM会議の様子。神納にVideoを届けたのは、「見えざる使者」。彼らは、神納宅のベランダ庭園で生きている植物の「声」を担当している“メッセンジャー”。植物から発せられた“目には見えない声”(劇中ではタマ)を人間たちにお届けるために、見えざる使者たちは目に見
チェルフィッチュ×金氏徹平『消しゴム山』東京公演にて行ったライブ配信「消しゴム山は見ている」。「消しゴム」のコンセプトを体現する独自のアプローチでお届けする映像配信は、劇場では体験できないもうひとつの『消しゴム山』。演劇という人間のための営みを通して、人間とモノ、それらを取り巻く環境とがフラットな関係で存在する世界を生み出すことはできるだろうか。2019年10月の『消しゴム山』京都初演から1年。劇
戦後しばらくたった1955年、伊丹である男女が出会い、家族が始まる。万博の熱気、バブルの高揚、震災の喪失、検査と対策の時代を経て現代まで――伊丹で豆腐屋を営むある家族の歴史を、いくつもの時代と街の風景を通して描いた舞台。ごまのはえの脚本と小原延之の演出が初タッグを組み、2025年度で閉館を迎える伊丹アイホールと人々の物語を語り直した。
城田すず子さんの自伝『マリヤの賛歌』を自室で読み続ける「私」。従軍慰安婦だった過去を告白した数少ない日本人の一人である城田さんの赤裸々で壮絶な過去。辛苦に満ちた日々の連続を読み進めていく「私」の中に様々な葛藤が生まれる―――――自伝『マリヤの賛歌』を残した、元日本軍慰安婦の城田すず子さんの言葉は、泥沼の深淵から立ち返る人間の尊い魂に貫かれ、声を上げるとはどういうことなのかを全身全霊で教えてくれます
ヴェニスの軍人であり、ムーア人のオセロー。彼は美しいデズデモウナと愛し合い、彼女の父親の反対を押し切る形で、半ば駆け落ちのように結婚する。オセローを嫌う部下のイアーゴーは、自分を差し置いて昇進した同輩のキャシオーを妬んでいた。そこで、イアーゴーはキャシオーがデズデモウナと密通しているという嘘をオセローに告げる。イアーゴーの巧妙な話術により、オセローは真実と嘘、信頼と疑念の間で揺れ動いていく。
SPACインクルーシブシアターてあとるてをとる
SPACインクルーシブシアター「てあとるてをとる」は2022年に始動し、赤ちゃんからお年寄りまで、障がいのある方とそのご家族・介助者とも“豊かな観劇体験”を分かち合うことを目指してきました。プロジェクト第1弾の音楽劇『ちかくにあるとおく』は、一般を対象とした有料公演に加え、毎年特別支援学校でも上演を重ね、子どもたちとの出会いを通して年々パワーアップしています。リラックスしてご観劇いただける、喜びに
仏教(浄土真宗)の伝統的な「声明」と、和太鼓の響きを組み合わせて創作した革新的な音楽作品。真宗大谷派名古屋別院350年の歴史の中で本堂内に本格的なステージを設営するコンサートは初めての試みであり、現役僧侶10人が並ぶ本堂(450畳)の荘厳な雰囲気と、太鼓群の重厚な響きが融合し、特別な音絵巻を演出している。
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