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王さまが好きなものはタマゴ、嫌いなものはタマゴのほか全部。朝から晩まで時間にしばられて窮屈な毎日。王さまは自由になりたくて逃げだすのですが、博士の発明した「王さま発見機」で何処に隠れても見つけられてしまう。そこに魔法使いのチョモチョモが現れて王さまを眠らせてしまう。王さまが目を覚まさないので大臣と博士は強力な注射をすると…。魔法と注射がぶつかって、なんと王さまが二人に!一人は透明人間の王さま、もう
ある神父・マスターが管理するバーチャル・リアリティ(仮想世界)の中で、体や心に傷を負った人々がもう一度人生をやり直したいと思う姿を描く近未来の怖くて悲しい喜劇。7つの戒律を持つバーチャル・リアリティの世界で、人々は本当に人生をリセットできるのだろうか。
「ロフトDEクリスマス」2017年度公演
北風の吹くクリスマス・イブの夜。丘の上の人気のない公園で、売れない劇作家が一人、ブランコに揺られていた。そこへやってきたのは、歌手になるのが夢だという一人の少女。少女は、夢を諦めた寂しい劇作家に、この公園でクリスマス・パーティーを開こうと提案した。少女と、彼女の恋人と、劇作家。三人で過ごすささやかなクリスマス・パーティー。やがて静かに雪が降り出し、三人は眠ってしまうのだが...。
レクチャーパフォーマンス
体育教員の目線から、なぜダンスが体育なのか等を問うた2016年初演『ダンスハ體育ナリ』の第二講。1937年に披露された「建國體操」を軸に体操との差異を歴史から紐解き、ダンスとは何かを問う。オリンピックに向けて建設中の国立競技場を遠目に、今一度踊り手としての立ち位置を確認する。Dance Archive Project2018参加。
シニア演劇のメイキングドラマ。役者たち自身に取材し、即興を重ねて創作した。大阪で開催した全国シニア演劇大会でも上演した。
〈あらすじ〉藪下実可子は、親の離婚で銭湯を経営1親戚の大江戸家に預けられることに。そこで出来た初めての友達坂下りん。が、しかし彼女が突然亡くなってしまう。現実を受け入れることができない実可子は、ぼーっと1日々を送っていた。それを見かねた、銭湯で働く岩村の指示のもと、“フロイトが唱えた「悲哀の過程」”を、“ジョン・ボルビィのまとめた「喪の作業」”を使って、早めに悲しみを乗り越えることに。しかし・・、
クリスマスを祝うことを拒否する人々が集うペンションで、イブの夜に繰り広げられる、哀しくもおかしい人間模様。軽快な会話と笑いで見せる物語。
椿組2019年春公演
昭和11年。2.26事件前夜、若者は東京へ降り立った。そして事件、帝都では戒厳令が発せられ首謀者15名に銃殺刑執行。やがて時代は不穏な霧に包まれ坂を転げ落ちていく・・・大陸の事変、それは日常。そんな中、若者が飛び込んだ先は浅草花月劇場、そこには「アキレタヤツラ」が居た。若者は数多(あまた)のものに出会う。文学、詩人、大衆芸能、築地の演劇人、転向者、踊り子、そしてマドンナ・・・北海道・稚内、浅草花月
「家族」という普遍的なテーマを軸に、若者たちの熱気が溢れていた70年代<若者たち抗議活動に参加した「戦車闘争」や、若者のバイブルだった高野悦子著「二十歳の原点」、当時流行した歌やギャグなど>を青年と中年の世代がリアルな現代の悩みを抱えながら体験することで、徐々に変化し、違いを理解し合おうとする姿を描き、身近で普遍的な社会を炙り出す本作は、2021年の初演時も好評を博しました。
現代サーカス界の次世代を担う若きサーカスアーティストたちによる日仏コラボレーション。2021年10月、世田谷パブリックシアターで実施された初演の舞台裏に迫る。カンパニー・ルーブリエの代表作として世界中で上演されている『5es Hurlants』をベースに、同演出家であるラファエル・ボワテルと彼女によって選出された日本のサーカスアーティストたちが、ダンス、エアリアル、ジャグリング、綱渡りなどのテクニ
インドの音楽に乗せ、小道具をうまく使いこなしながら軽快な振付が重なっていく。折田克子自身の動きの特徴を存分に見ることができる作品となっている。
劇作家・犬井邦益のテキスト「会社の人事」は、中桐雅夫の詩集「会社の人事」に触発された短編戯曲である。これをそのまま演ずるのではなく、稽古場における数々のエチュードを重ね、テキストを徹底的に解体した後に、再構成した作品である。ワーショップを用いて作品作りする演出家・松本修の初演出作品である。
「君が長く深淵を覗き込むならば、深淵もまた君を覗き込む」フリードリヒ・ニーチェ『善悪の彼岸』より足元を覆いつくすアスファルトのように、深淵は僕たちの日常に寄り添っている。足元に砕け散ったフロントガラスの破片のように僕たちの身体は今ここに放り出されている。深淵に映り込む影が、僕たち自身の姿であり、身体そのものであるのなら、明晰とは、ただそこから逃れることなく、ただここにあることを、ただひたすら見つめ
明治七年、東西の話し言葉がテンデンバラバラだった頃。文部省官吏の南郷清之輔に「全国統一の話し言葉を制定せよ」という命令が下った。この日から、南郷家は、お国訛りをめぐって大騒ぎ。清之輔は、話し言葉の全国統一の前に、まず我が家のお国訛りによる大混乱におそわれる。カタコト英語しか喋れないピアニストの奏でる幻の「小学唱歌集」にのせて展開する、言語学的な悲喜劇の末、ついに清之輔が辿り着いた「文明開化語」とは
『ヒプノシスマイク-Division Rap Battle-』Rule the Stage
2.5次元ミュージカル/舞台
(フライヤーより)詩、マイム、音楽、そして舞踏、現代の吟遊詩人による中世=ルネッサンスのスペクタクル
TROPE シリーズ
「家具と身体の問答」家具の持つアフォーダンスをダンサーの身体がいかように引き出せるか答えの無い「問答」のような形でホワイト・キューブの舞台で繰り広げる。
三つの部屋でそれぞれ別の取り調べが行われている。被疑者はそれぞれ「国家公務員」「精米店の女主人」「男子大学生」。どの部屋でも、問い詰める側は「許せない」という「正義」を振りかざし、厳しい追及の手を少しもゆるめない。だが、疑われる側にもまた「なぜ悪い」という言い分があり、こちらにもどうしても譲れない「正義」がある。やがて、無関係だった三つの取り調べに共通する「思わぬ事件」が背後に浮かび上がる。それは
パルコドラマスクール公演vol.4
1986年26歳にて岸田國士戯曲賞を受賞した川村毅による、翌1987年の新作『フリークス』はPARCO劇場提携により、パルコ・スペースパート3にて初演。翌88年ザ・スズナリにてDAISAN EROTICA Festivalと銘打ち、最新作『フリークス」と旧作『コックサッカー・ブルース』を同時上演。
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
「長い正月」は、とある家族の1924年から2024年までの"100年の正月"を定点観測する、ささやかな大河劇。「人生は短い。この正月は長い」がキャッチコピー。誰にも平等に訪れる"正月"という時間を100年の長いレンジで扱い、戦争、震災、コロナ…といった歴史的事象を織り交ぜつつも、市井の人々の暮らしと営みに光を当て、ドラマを見出した。戯曲は上演後、演劇批評誌「紙背」に掲載。
有科珠々舞踏作品
『ABSENCE (不在)』は、有科珠々が2005年にパリで制作した2人の出演者による舞踏作品です。2005年、ニューカレドニア・ヌメアのチバウ文化センター(Centre culturel Tjibaou)で上演され、同国初の舞踏作品としてメディアで話題になりました。全60分、二部構成。一部は有科珠々が演じる幽閉された古代の姫の孤独を描いたソロ。二部では保坂一平と共に、暴力と性愛の狂気を二人の身体
大空に向かって 空想の羽をいっぱいのばし じぶん自身の 美しいメルヘンを つくろう
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
独裁政権下での人間の尊厳と正義を描く、チリの劇作家アリエル・ドーフマンの名作。1990年に発表されて以来、そのセンセーショナルな展開が世界中に衝撃を与え、今もなお繰り返し上演されています。演出家・弦巻啓太が若い頃から取り組みたいと熱望していたこの問題作を、2023年、青井陽治氏の翻訳でついに舞台化しました。
1999年、大野一雄は第1回ミケランジェロ・アントニオーニ賞を受賞。ベネツィア・ビエンナーレで「セレブレーション:大野一雄作品アンソロジー」として2日間の公演が行われ、1日目の終演後に舞台上でそのまま授賞式が行われた。大野一雄の代表作である「ラ・アルヘンチーナ頌」「わたしのお母さん」「死海」等から数曲を抜粋したアンソロジー公演である「セレブレーション」と、授賞式を収録。
1999年に誕生したこのグループは、日本では、これまで活動したことのない女性のクラウン(道化師)グループで、五人囃子といえば、本来、年少の男の子。それを、女性のクラウングループに名付けたところに、道化の遊びが隠されています。作品は、ウクライナから著名な演出家ヴラジーミル・クリューコフを招き、合宿を行い制作したものです。5人の女性クラウンがそれぞれ自分の得意な道化芸を見せあい、また、五人揃って踊った
ゾンビ音楽でつづる死への行進。オペラの新領域がここに拓かれる! 死神に先導され、恐怖に踊りつつ死に赴く人々の列を描いた「死の舞踏」。死の普遍性を伝えるものとして、中世ヨーロッパ以来、さまざまな芸術作品、文学に引用されてきたイメージを、現代のアーティストによる「オペラ」として上演する試みがここに始まった。 クリエーションの起点となるのは、コンピューター制御された指がリコーダーやクラリネットなどの楽器
劇団夢の遊眠社第29回公演
初演は1985年、近鉄劇場・本多劇場など全国縦断公演を実現。1986年に国立代々木競技場第一体育館にて『石舞台七変化』三部作のひとつとして再演された。この三部作一挙上演は上演時間のべ6時間におよび、1日で26,400名の観客を動員するという偉業を成し遂げた。<あらすじ>『石舞台星七変化』を締めくくる第三作では、三人の女騎士たちは、神々から追放されている。「第三の男」は、掌の生命線と記憶を失った男と
路上
雑遊オープンの頃からひらひらと続けてきた、川村毅・新作+小林勝也・主演<都市を彷徨う男が巻き込まれる形而上的スラプスティック・コメディ>路上シリーズ。2020年 劇場の灯が消えCovid 19厳戒態勢の中、雑遊にて上演した新作『路上5―東京自粛』から2年半。あの新宿の根無し草、村上・田宮・セシルが帰ってきた! 劇作家たちの場として、雑遊にて2022年一年間を掛けて開催したT Crossroad 短
「Caddy! Caddy! Caddy!」は、フォークナーの小説『響と怒り』、『アブサロム、アブサロム!』、短編小説『エミリーへのバラ』の抽象的な描写を題材にしたライブサウンドスコアとダイナミックなインスタレーションを伴う作品です。ダンスは、閉塞感、束縛、悲しみ、孤独、勇気を表現します。最終的には、ステージが無数の光の色の糸が空間に広がる息をのむようなフィナーレへと展開します。シンプルな照明の変
(フライヤーより抜粋)そこで私たちは夕方になると、 どうしても胸のどこかが、 キューッとなってしまう気持ちの、ほんのひとつかみを、ささやかに、 お送りしたいのです
本作は、芥川龍之介の短編小説「桃太郎」(1924年発表)を基に、伝統舞踊の視点からこの物語を舞台空間作品として再解釈する試みです。鬼たちが持っていた架空の伝統舞踊を創作し、舞踊の継承と断絶を可視化することで、文化や身体表現の在り方を問いかけます。
しりあがり寿の新作で、演出に天野天街(少年王者舘)を迎えて流山児★事務所が上演した『ヒme呼』。物語は古代の世界。卑弥呼亡き後 、国が乱れ部族が3つに分かれ対立をはじめる。ある時、異民族の男女2人が卑弥呼と似た感染症にかかってしまう。そのウイルスの正体は……恋!? 恋の概念がまだない古代の邪馬台国で恋の病が蔓延する。暗澹たるコロナ禍でつくられた、時代の閉塞感を打破するナンセンス・コメディ。
障がいの有無を越えて共にダンスを創ることをコンセプトに、2016年より活動を続けているスクランブル・ダンスプロジェクトによる舞台「ROCKS」は、山海塾の松岡大が演出を行い、車椅子、半身不随、ダウン症など、様々な障がいのあるダンサーと、プロとして活躍するダンサーが共に創りあげたインテグレイテッドダンス作品です。
けーきゅー。2019年から佐々木が取り組む「呼吸による音楽」プロジェクト。2021年度、譜面”kq”が第21回AAF戯曲賞 最終審査会ノミネート。2022年、冊子とCDでプロダクト展開。2024年、第14回せんがわ劇場演劇コンクール本選にて佐々木自身で上演。譜面は呼吸方法の指示テキストと並走する抽象的な物語で構成されている。耳に集中しながら呼吸を意識的に行うことによる内的な調整作用と、外部との「セ
Eラーニング(日本演出者協会)
① 舞台監督・演出部・ドラマターグこのシリーズでは、舞台監督と演出部、ドラマターグの仕事について詳しく紹介します。舞台監督という仕事は演出家の想像を形作るのに重要な役割を担うと同時に、全てのスタッフチームと連携するなど、多くのタスクを抱えています。その膨大な職務を全うするために必要な能力とは一体何なのか。概論を詳しく、分かりやすく解説する“講義編”と、ゲストと一緒に普段の現場を覗く“体験編”の、全
僕の名前は羽山走次。8歳で小学校の3年生。それはある日、突然、起こったんだ。お父さんもお母さんも、いきなり子どもになっちゃった。お兄ちゃんも幼稚園児みたいだし、おじいちゃんはまるで赤ちゃん。どうしてこんな不思議なことが起こってしまったのだろう? それはどうも、ぼくの精神年齢だけが大人になった、ということらしい。つまり僕から見れば、精神年齢の低い人は学校の先生だろうが子どもに見えるってわけ。でもどう
中村座は1940年代の葛飾の荒川土手の原っぱや、そこで遊ぶ大人だか子どもだかわからない人たちを主人公に、作者の育った原風景である下町の少年時代を描いた作品が多い。記憶のフィクション化とノスタルジーの舞台。 本作の正篇は、敗戦直後、駅向こうの怪しげな場所に出かけた悪童たちがそこで甘納豆をくれた娼婦を忘れられず、愛の手紙を書くが、娼婦はその返信にそれぞれ難題を与えるという物語で、娼婦はヤクザに殺され、
消滅寸前の旅一座、女座長・中村梅子 起死回生の大芝居
(パンフレットより)「コドモもももも、森んなか」昨晩は家で、ビールを飲んで、漫画を読んで、寝た。今朝はまた電車に乗って、銀杏の匂いが酷いなぁって思った。毎日を過ごす作業と、過去を思い出す作業、この先を考える作業。当たり前に日々繰り返す、その作業たちを、少し立ち止まって考え直してみた。舞台は、田舎の街。コドモしか出てきません。川があって、海に続き、駅があって、外に続く。僕が置き去りにしてきた街は、記
創作上方浄るり「百歳の恋」作詞:山崎有一郎 作曲:中島勝祐 三味線弾き語り:中島勝祐 三味線:塚原勝利 箏:小池延枝 笛:寶山左衛門 鳴物:藤舎呂浩 立方:吉村雄輝夫
処女舞踏公演4部作「葬送シリーズ」のうちの「火葬」。原作:スタニスラフ・ド・ガラ咀嚼公夫人。チラシにはエルネスト・サバト「トンネル」からの抜粋が掲載されている。「…冷酷なほど厳然として / 目的地に向って航路を保ち続ける、船長の姿を想像してください。 / でも / なぜその目的地に向かうのか / 分かっていないのです。」
作品概要ノルウェーの文豪・イプセンが1882年に書いた大作「民衆の敵」。圧倒的多数の民意が一つの正義を圧し潰す。世論に抗い、多数派を否定し、科学的事実に基づき、独り闘う医師の姿を滑稽なまでに誇張して描いたこの作品を、斎藤歩の新演出と音楽、イデビアン・クルーの井手茂太を振付に迎え、ジョブキタ北八劇場で上演します。
十数年ぶりに故郷に戻ってきた女性。「変わらないようで、変わっている」風景を眺めているうち、幼少期の自分に出会う。不思議と鮮明な彼女との出会いは、女性の今後を好転させるきっかけとなった。景色を眺め、思い出しているようで、思い出せていない。「私、小さい頃、タイムスリップ、した。」
モーリス・ベジャールに招聘されて渡欧した泉勝志がヨーロッパで活躍後帰国し、初めて発表した作品。サポーターにトゥシューズというスタイルを本作品で確立した。泉は自らが見た夢を数多くの絵画に残していたが、イメージのコラージュが溢れ出る作品となっている。
この演目はシェイクスピアの初期の喜劇作品。幼少の頃、生き別れになった双子の兄弟アンティフォラスと、双子の召使いドローミオがエフェソスの街で騒動を繰り広げる物語。新型コロナウイルスの影響で芝居離れが進む中、様々な劇団の役者が原点に戻り、お芝居の面白さを広め以前のような活気を取戻す契機になればという思いで、2020年12月の演劇「ロミオとジュリエット」に引き続きシェイクスピア劇を公演しました。
新たな技術は新たな法を生み、新たな法は新たな犯罪を生む――。OEN(オリンポス経済ネットワーク)と呼ばれる未来の社会共同体。ある日、派遣社員である「私」は、ニュースの中に自らが働く医療施設の名前を見つける。それはある収容者の死亡事故だった。だが、事件の姿は調べるうちに変貌し、過去へ遡る物語は次第に全く別の様相を見せてゆく…。生=労働=尊厳=価値? 現代社会を生きる私たちの等しさを巡るブラックユーモ
邦楽 華麗なる技
邦楽の「技」と通じてその楽しさを堪能するシリーズ。庶民の楽器として古くから親しまれてきた篠笛は、簡潔な作りでありながら、主となる演奏に寄り添うために時に曲中でも楽器を取り替えて演奏されます。研ぎ澄まされた感覚を必要とし、奏者の人間性をも映し出す篠笛の魅力に迫ります。中川善雄構成「情念」笛 中川善雄対談 中川善雄、小塩さとみ初代米川敏子作曲「梅道成寺」 歌 宮園千碌 三弦 米川敏子 箏
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
SUNA
演劇実験室◉万有引力 第5回公演(再演は第9回・10回・12回・21回・39回・56回)。イギリス、ブラジルツアーも含め、万有引力のオリジナルでは最も上演回数の多い作品。1986年には第40回エジンバラ国際芸術祭にてフリンジ・ファースト(最優秀賞)を受賞。1995年にブラジルに初上陸。この『SUNA』は、「距離」に関わる事物と人間の関係・役割をテーマに、観客と一緒に、劇場空間に巨大都市を持ち込もう
バリアフリー化を余儀なくされる家。独り住む老婆は美意識を損なう老いを受け入れることが出来ない。娘や息子はさらにその先の改装・改築を考える。老婆は彼らにこの家を渡したくはない。同居の甘言を囁く子供達孫達と、歳を重ねるごとに性格が激しく歪む老婆との応酬。さらにこの家を設計した建築家、既に先立った夫の幻影と思い出が現在と入り混じり、ますます老婆の言動は乱れゆく・・・
石井みどりの初期の作品に「ひめゆりの塔」があるが、時を経て直接的な表現から抽象的な表現に昇華させた作品が「魂魄」。フォーレのレクイエムを使用した鎮魂の舞で、戦争の悲惨さを憂い、また人々を踊りや音楽で癒したい気持ちが強く表れた作品である。
舞台となるのは地方のとある会館。人気ミュージカルの1001回目の公演が始まるという空っぽのステージだ。実は1000回で公演は終了し舞台美術も廃棄済みだったが、主演俳優がどうしても追加公演を主張して、急遽やることになった。制作費が足りずスタッフも人手不足。舞台監督はメインは初めてという新人。ただでさえ不安なところに、主演女優は到着が遅れ、開幕数時間前だというのに舞台セットが到着していない! 本当に幕
双子の王子が生まれました。片方は幽閉され、その長い人生を高い塔の中で過ごしました。やがて双子の王子は成長し大人になりました。そして二人は出逢います。
人形劇団ひとみ座では、1993年より20年間「ズッコケ三人組」の人形劇シリーズに取り組んできました。本作品は、2011年より全国公演を開始した、ひとみ座ズッコケシリーズの第三弾です。~あらすじ~小学六年生のハチベエ・ハカセ・モーちゃんは、ズッコケ三人組と呼ばれている。体育館裏の開かずの扉を開けてしまった三人組は、謎の鏡に光を当てることで江戸時代にタイムスリップしてしまう。そこで出会った科学者平賀源
気鋭の作家、柳美里の主宰する劇団「青春五月党」と、演出家・俳優である松本修の主宰する演劇創造カンパニー「MODE」による1992年の作品。崩壊した「家族」の蘇生の物語。
「PERSONA5 the Stage」
2.5次元ミュージカル/舞台
この作品では、シェイクスピアの『マクベス』を題材に、「権力」について見つめています。障がいのある人にも、権力への欲望、社会的活躍を求める気持ちが当然あります。誰もの奥底に眠るこの欲望を、演劇を通じて見つめていたら、劇作家・永山智行さんの『配役』という台本にも出会い、劇世界がさらに膨らみました。見る価値のある舞台になっていると思います。