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そこにいること。いやおうなくそこに「他者」がいることの魅力。いやおうなくそこに「他者」がいることの恐怖。レミングとは、ヨーロッパやアメリカの北部地方に生息するネズミに似た小形の動物。爆発的に大増殖して大群で移動する。本作品は上演地でダンサーを募集、選出して製作する新たな作品スタイルの提案でもある。カンパニーダンサーと地元ダンサーがそれぞれの身体の垣根をとり払ってつくる、シンプルな構造から生まれる作
出前芸術体 ーアートボデックー
日本のグランドキャバレーを模した香港のナイトクラブ ”ボルボ” における、白虎社の「出前芸術体」による「ミラクルレポート」スペシャルライブショー。白虎社が公演活動と並行して行っていた「出前芸術体」は、結婚式から一般家庭の誕生日パーティ、コンサートやCM出演まで場を選ばず、「舞踏」のイメージにとらわれない「よりスリリングな見世物(パフォーミングアーツ)」を目指して、「からだ」と「芸術」を出前した。
現代演劇×現代音楽=新たな“音楽劇”新たな“音楽劇”はどのように生まれるのか——。これまでも様々なかたちで“音楽劇”に挑んできたチェルフィッチュ/岡田利規と、世界的作曲家・藤倉大。現代演劇と現代音楽、それぞれのトップランナーがタッグを組み、2023年にウィーン芸術週間にて初演を迎えた本作。俳優は歌唱とは異なる手法で、そして音楽は情景や心情を描くものとは異なる在り方で、相互に作用することで、言葉と音
アンデルセンのお話を勝山俊介氏が俳優の声を通して語りかける朗読劇に構成。いわさきちひろさんの絵とともに贈る三話の物語。第一話「みにくいアヒルの子」 第二話「親指姫」 第三話「人魚姫」
老人の家で泥棒中に事故で死んだ少女メグは、善悪同ポイントで天国にも地獄にも行けず、魂のエネルギーが尽きるまで現世に戻される。しかしそこは皮肉にも2年前、自身が襲ったマッコール老人の家だった。老人は死期を前に「4つの願い」があり、メグは天国へ行くためしぶしぶ手伝うことになる。老人の切なる願いと少女の魂の行方を描く、笑いと感動のハートウォーミングな霊魂騒動! 劇団京芸・人形劇団京芸 創立60周年記念合
反閇とは陰陽道に於いて出行や鎮めの際に行われた呪術である。後に神道や密教、さらには、有職故実の世界などにも流入した。宇野萬はここにヒントを得た。冒頭ではロープで身体を支え反重力のモチーフと思われ、男二人のシーンは口と尻をチューブで繋ぎ循環する管がモチーフ。後半の白い衣装のシーンは塩を撒き祓いのイメージが見られる。前作Hot Keyラストシーンの陰陽舞からさらに陰陽の世界を展開した作品といえる。
そのとき二人の背後で舞台装置だけが取り替えられた。燃えさかる炎と冷たい壁、ゴミの山、娼婦に反逆者、新しいスピード、新しい病気、崩壊する国家、庭園と夜、そして様々な情景のリアルな大洪水……それでもあたし達二人は、どこまでも一種に歩んでいく。そして、何が起きたのか訊ね合う。だってあたし達はカップル、一匹の四足動物。そして四つ足の人間こそは、この地上でもっとも高度に進化した動物。
劇団創立60周年記念作品。2008年~2017年にわたり、全国各地でその地域のこどもたちで編成された合唱団と共演する。数ある手塚治虫作品『火の鳥』シリーズから、黎明編に登場する少年ナギを主人公とした。戦争の連鎖を断ち切り争いのない平和な地を求めるナギの決意が合唱団の歌声の乗って観る者に迫ります。映像は、クラルテ創立65周年事業と西宮くぐつ座の創立20周年記念として公演したものです。西宮火の鳥子ども
実在の人物である、文学者・医者のユダヤ系ポーランド人、ヤヌシュ・コルチャックの後半生を描く。第一次世界大戦後、ユダヤ系とポーランド系の孤児院を運営するコルチャック。その孤児院は、厳しい管理や強制ではなく、子ども達の自治を実践していた。子どもを一人の人間として尊重し、彼らの自治による世界を実現するという、革新的な彼の主張は、1989年に国連で制定された「子どもの権利条約」に生かされている。ナチスのユ
第二次世界大戦下、ポーランドに実在した、ヤヌシュ・コルチャックは、1942年ユダヤ人迫害の嵐吹き荒れるポーランドで、孤児院の200人の子どもたちと自ら運命を共にし、絶滅収容所行きの貨車に乗り込みました。1989年国連で採択され、1994年に日本でも批准された「子どもの権利条約」の理念はコルチャックの著書「子どもの権利の尊重」に基づいています。戦後75年となる今日においても、地球上では戦争や紛争によ
大曲の花火会社のもとに、花火師を目指す女性・蛍がやってきた。社長やその息子のもとで修行を始めた蛍は、大曲の花火の歴史に触れて驚く。今から50年ほど前、大曲の花火を大きく変えた男がいた。「花火の丸い形を破壊しよう。さんかく、しかくの花火も面白そうだ!」大曲を日本一の花火の街にする挑戦の始まりだった。「もっと面白く!もっと感動を!」花火を愛する街で、現代の若き花火師たちが受け継いだものとは―
ぷらすのと☆えれき
気がつくと三人は見知らぬ密室の中にいた。三人はかつてインディーズシーンで人気を誇ったバンドのメンバー。しかしその仲の悪さと想像を絶するだらしなさ故解散、今はマンションの部屋代さえままならない。困った挙句彼らは二度目のブレイクを狙い再結成を決意、今夜はその決起集会。だったはずだが…。あの頃からなかなか自分を更新できない貴方に贈る、密室ミステリーホラー脱出サスペンス青春ロックンロールストーリー。
アイルランドが生んだ短編の名匠、ウィリアム・トレヴァー。その傑作短篇「ザッテレ河岸で」を豪華俳優陣による朗読と歌、生演奏で上演します。妻・母を亡くし初めて迎えるふたりだけの休暇。父は娘を連れて、毎年のように妻と訪れていた思い出の地、ヴェネツィアへとやって来たのだが…心の行き違いを抱えた父と娘が、夜の霧をかき分けるようにザッテレ河岸を歩いていく。
夏目漱石の小説『こころ』を原作に、セリフを使わず身体と字幕のみで綴る無声のダンス劇本作のために録音されたクラシック音楽が静謐な空気を支え、随所にユーモアを交えながら重厚なテーマに向き合い、観る者の心に静かな余韻を残す舞台作品
鈴木翁二の中編漫画『こくう物語』をベースに、「マッチ一本の話」等の短編を混じえて天野天街が脚本を書き下ろした作品。まだ江戸時代の風情を残す明治初期の山あいの旅籠屋を舞台に、姉かれんと弟平吉のきょうだいの他愛のない日常と、行商の老人の旅の記憶が交錯しながら一期一会の季節の物語がはじまる。忘れられない旋律を残してどこかへ行ってしまったものたちの面影を抱いて見上げる、「さむそうな、空と海だったなあ…」鈴
今世紀最大の四角関係。スーパーの鮮魚売り場で働く過激な女。会社員の夫と離婚の準備を進めている計算高い女。詩人を目指したこともある浮世離れした女。三人の女性が一人の若い男に恋をした。男はフォークシンガー。ある日、三人は男の部屋でかち合ってしまう。そして・・・淑女三人による壮絶なバトルがはじまる!!
マスクプレイミュージカル
劇団創立30周年記念作品です。公募して選定された脚本を、約半年間、演出家を中心に社内でチームを組み、ブラッシュアップを重ねました。全編にマジック、ブラックアート、舞台機構を駆使した仕掛けを多用し、記念作品にふさわしいスケールの大きな作品になりました。海外公演でもマジカルな展開が、大きな評判を呼びました。ランプの出現シーン、魔法の絨毯が空高く飛んでいくシーンなど必見です。
あらすじ転校生のグミは修学旅行に行ったことがなかった。友人の卓球、カニカマ、マド、庭っち、カッパの6人で2026年東京にニセ修学旅行に向かう。ニセ修学旅行以来会ってない友人たちは10年後居酒屋で再会する。そこにグミはいないが、なぜか彼らの話がわかる。思っていることがわかる。グミは友人たちの話を語りはじめる。
路上
雑遊オープンの頃からひらひらと続けてきた、川村毅・新作+小林勝也・主演<都市を彷徨う男が巻き込まれる形而上的スラプスティック・コメディ>路上シリーズ。2020年 劇場の灯が消えCovid 19厳戒態勢の中、雑遊にて上演した新作『路上5―東京自粛』から2年半。あの新宿の根無し草、村上・田宮・セシルが帰ってきた! 劇作家たちの場として、雑遊にて2022年一年間を掛けて開催したT Crossroad 短
《彼》と旅をする20世紀三部作#3
【Story】多くの島が広がるアジアの海、多島海。その南の海から、島づたいに日本にたどり着く道を、「海の道」と呼びます。 それらの島々を舞台にして、日本から東南アジアへ渡った人々、アジアから日本へ渡ってきた人々にまつわる様々な逸話をもとに、「20世紀の海の道」を描きます。【Note】〈彼〉と旅をする20世紀三部作の最終章となったアジア篇は、維新派史上最大の野外劇場にて上演。 劇場や舞台セットだけで
青年・津島修治の嘘に爆笑し、作家・太宰治の真実に涙あつく溢れる、あの評伝劇が、演出鵜山仁と精鋭揃いのスタッフ、実力派キャストで甦る。昭和五年春。東京帝国大学に合格した青年、津島修治のちの太宰治。「この世が今のような涙の谷であってはならぬ。われわれはこの世から涙を退治する民衆の友でなければならぬ」と帝大生の佐藤、早大生の山田、三人は生涯の友情を誓い合う。そこに青森から大地主である津島家の番頭、中北が
(フライヤーより)職場や家庭の中での女たち。あるいは一人っきりの時間の中での女たち。そんな女たちの生活と心に広がる風景を、演劇とダンスの波打ち際で遊んでいるかのようなユーモアたっぷりの表現で描きます。人呼んで”生活ダンス”のシリーズ最新作。”日常”のささやかなヒトコマが、楽しくおかしく歯切れよく舞台のうえでジャンプする時、そこに見えてくるものは……? これは現代を力強く生き抜こうとしている全ての人
「自己紹介をさせてください。かまいませんか?」「はあ」「ありがとうございます。私は・・・」というようなことは、時々あることです。しかし、めったにない、という人も多いです。毎日既知の人とだけ会ってその日が終わる場合も多いから。私がそうです。なので、時にはあり得るこの自己紹介は、やはり新しい世界であり、非日常であり、とてつもない冒険でもあります。というわけで、とにかく自己紹介ばかりをする話を書いてみた
作・演出 武田一度建築用丸太2300本で劇場をく建て上演。江戸帰りの若手作家・鶴屋南北は、上方で新たな怪談芝居を構想し、貧乏長屋に暮らす女形・阿多之助に目を留める。裏方の常吉は、鼠堀で見つかった首なし死体を調べるうち、それが人気女形・菊之丞であり、阿多之助のかつての愛人だと突き止める。飢饉の記憶と愛憎が絡み合い、殺人の真相が舞台裏で暴かれていく中、阿多之助は人の世の怪奇を背負い、化物女形として地獄
(フライヤーより)「人形劇=子どものためのもの」という概念から「人形劇」を開放し、「オブジェクトシアター」という名のもとで、人形劇の新しい可能性を考えてみることにしました。今回は、伝統的なそして珍しい人形操作方法を継承する八王子車人形「西川古柳座」と、人形とパントマイムを融合させた不思議な劇空間をつくる「銀猫商会」に、共通のテーマ<旅>と共通の舞台空間<完全円形>を与え、オムニバス形式で作品を構成
本作はYCAMが展開する市民とアーティストが共同で作品を制作する長期型ワークショップシリーズ「meet the artist」という枠組みのなかで制作され、市民コラボレーターのリサーチをベースとした、YCAM初となる山口市中心商店街を舞台にしたツアー形式の作品である。観客は3人一組のグループとなって20分間隔でスタートし、ツアーマップとなる専用の路線図などを手に、商店街を約1.5km/90分かけて
梨木香歩原作のファンタジー。小さな三日月湖マッドガイド・ウォーターで起こる、小さな生きものたちの物語。「世界ってなんて素晴らしいんでしょう!」。小さなクーイ族の男の子『ヤービ』達の大きな挑戦と冒険のものがたり。~あらすじ~あの晴れた夏の日、わたしが岸辺で出会ったのは、ふわふわの毛につつまれた、二本足で歩くハリネズミのような、とてもふしぎな生きものでした…。ウタドリ先生が湖で出会った小さな男の子は、
「沖縄燦燦」は島々に伝わる沖縄芸能の奥深さ、多彩さを掘り出して創られ、舞台は沖縄の魅力に満ち溢れている。「エネルギッシュな踊り、バイオリン、三線、パーカッションの生演奏で観る人を幸せな気持ちにする、何度でも見たい」と注目の歌舞劇。琉球王国と呼ばれた140年以上前の沖縄。村一番の頼りがいある漁師の三良(サンラー)とおとなしく内気な加那(カナー)の不器用で純粋な仲を、賑やかな村の娘たちが密かに応援する
ウソでもいいから ひとつになりたい今より少し未来のにほん。子供たちは子育ての訓練を受けた大人によって育てられていた。自由と平等が保障された理想的な環境で伸び伸びと育つ子供たち。しかしある日突然、子供の生活は生みの親に一任されるという通達が国から下される。国の決定に反発し、一丸となって子供を守ることを決意した大人たちはしかし、次第に不安という敵に飲み込まれ、分断されていく。国の顔色を伺うもの、大人の
奥多摩町の高齢者施設は外国人の労働者が多い。現実に奥多摩で暮らす高齢者が、ミャンマーから仕事のために日本に来た女性との心の交流を交わすまでを舞台化した。客演で青梅の朗読家、大勢待なつみさんが出演した。
転校してみたら常識が通用しないやつらばかりだった。試験中に歌いだす不良、すぐに刃物を探す少女、ずっと話さない男。新しい環境に戸惑っていると、一人の教師が言った。「じゃあ、演劇部作る?」その一方で、家は崩壊しようとしていた。水は、すぐそこまで来ていた。フィクションを超える現実と戦う人々に送る 全然笑えないコメディ。「もう笑うしかないよ。だって、水浸しなんだもの。」
社会現象を巻き起こしている大人気コンテンツ、音楽原作キャラクターラッププロジェクト『ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-』を舞台化!第2弾はシブヤ・ディビジョン“Fling Posse”とシンジュク・ディビジョン“麻天狼”を中心に、舞台オリジナルキャラクターのアサクサ・ディビジョン“鬼瓦ボンバーズ”も登場し、舞台オリジナルストーリーを展開する。
Eラーニング(株式会社 流)
③ 音響劇場音響設計やサウンド・システム・コンサルティングなどの専門家として活躍するクリストファー・プラマー氏は、米国におけるサウンド・エンジニアの育成環境に疑問を持ち、母校であるミシガン工科大学、美術・舞台芸術学部に音響学科を創設、自らも教授として音響デザイナー育成のためのプログラムの運営に携わっています。本動画では、プラマー氏が実践する音響デザイナーを目指す学生に向けた講義から、サウンド・シス
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
劇中講談「大石理玖物語」(旭堂南陵 作)
良妻賢母として名高かった大石内蔵助の妻・りく。彼女の本当の想いはどこにあったのか・・・。上方講談界の重鎮 旭堂南陵の筆による講談台本を元に工藤千夏が新たな解釈を加え一人芝居を書き下ろした。講談師・旭堂南明としても活躍する俳優・天明留理子の「講談に彩られたひとり芝居」。本作は前年2018年夏に近畿最古の芝居小屋、出石永楽館にて行われた「大石りく物語」をバージョンアップして新たな作品として上演された。
青森県立三本木農業高校。その敷地面積は、東京ドーム11個分!入学したマナミたちは、1年目は寮生活。可愛い制服を着ることもなく、毎日作業着で、早朝から糞の匂いにやられながらも家畜たちの世話に励む日々。ある日、見学に訪れた動物愛護センターで、殺処分された動物たちの骨が「ゴミ」として捨てられていることを知る―自分たちにできることはないだろうか?
昭和42年、九州地方の農村、炭鉱事故で正気を失った豊市は、母と妻に献身的に支えられながら暮らしていたが、「六十八代和泉式部」を名乗る尼僧に魅かれて巡礼団のあとを追った…。「和泉式部伝説」を材に描く、人間の業と生への希求、そして終わりなき漂泊。厳しい現実に立ち向かう人々の姿と「伝説」が響き合い、私たちの生きる今を鋭く照射する。絶望から人々を救うのは、愛か、信仰か…。
(パンフレットより)今日さんの絵の、淡い水色の先に存する、おおきな暗闇のようなものに魅せられてしまった、どうしたものか。どうすればこれを、ぼくの。マームとジプシーでの日々の作業に、融合させることができるか。ずいぶん、長いこと。彷徨っていたようにおもう。やがて遠くのほうから。或いは、どこか切れ間から。郁子さんの音が、まるで降ってきたように、聴こえてきた瞬間があった。こうして、つながって。この場所、ひ
あらすじ:いつも一緒にいる仲良しのサトシとリョウタ。ある日、街で怪しいおじいさんが目の前を通り過ぎます。おじいさんを付けていくと『なるほ堂』という店に入っていきました。あれ、ちょっと待てよ、ここにこんな店あったっけ?二人が中を覗くとそこには変な物や不思議な物がいっぱい!はてさて、『なるほ堂』とは一体……?彼らをまちうけているものは何でしょう。ファンタジックでリアルな冒険の始まりです。
こんにゃく座初のシェイクスピア・オペラ。初演。座付作曲家である林光と萩京子が、往復書簡のようにして作曲した共同作曲オペラ第一弾でもある。
螺旋曼荼羅海会は真言宗、天台宗の僧侶たちによって詠唱される新作声明。アメリカ・インディアンのナヴァホ族の創生神話に基づく儀式歌をテクストに、新進気鋭の作曲家桑原ゆうが「夜の歌」「風の歌」の挿入歌を作曲した。宇宙的な力を秘めたスパイラルガーデンの螺旋空間を立体マンダラに見立て、執り行われる曼陀羅供。僧侶の聲に気は充満し、大日如来を中心にコスモスが立ち上がり、胎蔵界金剛界の両曼荼羅がダイナミックに動き
生きることは絵空事、束の間の妄想にすぎない。うつつか夢か、光か影か、桜か雪か……真を求めて偽に出会う。舞台は百花繚乱元禄の世。あの「忠臣蔵」が、今、虚実の狭間に蘇る時は元禄。人気役者・沢村宗十郎(藤木直人)は豪商・天野屋利兵衛(生瀬勝久)に、娘のおかる(中越典子)を嫁にしたいと懇願するが、まったく相手にされない。大石内蔵助(橋本じゅん)は、主君・浅野内匠頭(中村まこと)が吉良上野介(粟根まこと)と
「自殺」に関わりのある人々、約70人ほどを目安にインタビュー取材を行い、そのインタビューから戯曲を構成するドキュメンタリー・シアター。その日本初のオリジナル作品。インタビューを行った人々は、親しい人を自殺でなくした経験を持つ「遺された者」、自ら自殺未遂経験を持つ「サバイバー」、自殺対策に取り組むNPOや自治体の担当者など「立ち上がる者」など多岐にわたる。 自殺にまつわる人々の話を単に並べて「自殺」
いっしゅんのじかんをつかまえるだいじにふくろにとっておくはてさてごあんないこっちのじかんとあっちのじかんぶつけてみたらどうなるか?しりたいひとはいらっしゃいみてみたいならいらっしゃい
小学4年生のよしおは、弱虫で、いつも気の強いお姉ちゃんにしかられ、いじめっ子にはやられっぱなし。ある日突然、テレビの時代劇を見ていたら、中から坂本龍馬が飛び出してきた!友達の中岡をさがして、よしおも一緒に大阪の町をかけまわる。劇を観た後、元気が湧いてくる、奇想天外時空超越大活劇。
元藤燁子は前年アスベスト館で「アバカノヴィッチへの手紙」を上演。そのアバカノヴィッチと元藤の共同作品が、広島市現代美術館で改訂版として再演。戦争体験をもとに人間存在を問う作品として、同館の被曝50周年記念展のオープニングを飾った。本作は、「沈黙する肉体」のサブタイトルで、アバカノヴィッチの人体彫刻の無名性を舞踏の人体をもって表現しようと、情感を排し裸体で顔を隠した男性舞踏家の群舞で演じられた。
神奈川芸術文化財団主催「シリーズ・ベケットの歌劇場」という演劇祭の一環として第三エロチカ(現ティーファクトリー)が創作の依頼を受け制作。ベケット・パーク建設を巡り、劇作家と探偵(唐十郎・二役)が織りなすサスペンス。サミュエル・ベケット後期の作品イメージを中心とした、川村毅作・演出によるオマージュ。
いつ高シリーズ
誰もいない夜の校舎でひとりきり、昼間に集めた声を聴く。それがあたしの唯一のたのしみ。昼間の校舎に、あたしはいない。あたしは、あたしのいなかった時間を盗み聞きして、あたしのいなかった校舎を歩く。昼と夜を重ね合わせるんだ。
(フライヤーより)ただいま語り申す御物語 国を申さば丹後の国 金焼き地蔵の御本地を あらあら説きたてひろめ申すに これも一度は人間にておわします(天下一説教与七郎 正本より)
60ヶ月日本縦断公演
息子の家庭内暴力に悩まされた結果、遂には息子を絞殺してしまった両親が、雨のそぼ降る深夜の操車場で息子の迎えを待ち続ける姿を、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に重ね合わせて描く。
第15回小田島雄志翻訳戯曲賞受賞『月は夜をゆく子のために』に続くトランスレーション・マターズ上演プロジェクト第2弾!森鴎外の翻訳と現代語翻訳で織りなす“市民悲劇”
1983年の初演以来、1985年の東京公演では「<喧噪>や<愚行>を現代の視点でとらえ直す等の舞台芸術活性化への貢献」によって第17回舞踊批評家協会賞を受賞し、欧州ツアーでも熱狂的に迎えられた白虎社の代表作「ひばりと寝ジャカ」のオーストラリア初演。
令和3年度 次世代応援企画 break a leg
「令和3年度 次世代応援企画break a leg」に選出され、AI・HALL と共催で公演を行った〈集団暴力シリーズ〉の一作。「革命」を謳い原始共産主義を採用する集団農場を舞台に、「精神的指導者」亡き後の世襲を巡る抗争を描いた作品。カルト化した集団内での、資本や身体への〈所有〉および〈執着〉を巡る議論から、現代における〈信仰〉の現在地を問い直す。
戦争中…空襲も受けない小さな村。そこにも戦争の影が忍びよる。村に敵軍が忍び寄るという噂が…案山子を沢山つくり日本軍にみたて、敵を追い払おうとする妙案が浮かぶ。終戦間近の穏やかな村で起こる騒動。可笑しくも哀しき物語。
THEATRE E9 KYOTO アソシエイト・アーティスト公演
死ぬことを決意したある青年が体験する最後のフィクションは、死ぬ日の朝に見た夢。フィクションと現実はねじれながら、青年の記憶を掘り起こしていく。そこには「喪失」の手前で、宙ぶらりんのままの日々があった。知っているような知らない人たちとの青春の終わり。
会社員の明日香は、ある日入院中の祖母・八重の許嫁である春樹という青年と出会う。八重に伝えたいことがあって戻ってきたと告げ、閉校になった小学校の音楽室に一緒に行って欲しいと頼む。聞こえるはずのないピアノの音色に誘われて、明日香は、地域の戦争について調べている従兄弟の憲吾らとともに、春樹に導かれるまま、廃校になった小学校の音楽室に向かう。そこで目にしたのは、生きているはずのない人達。彼等が今を生きる明
『魔笛』ではなく本来の『魔法の笛』というタイトルにふさわしい歌芝居として上演したいと計画した、こんにゃく座のモーツァルトオペラ第二弾。黒テントの新井純が客演。モーツァルトにこの作品を書かせたシカネーダーを登場させ、シカネーダー劇団が『魔法の笛』を上演する、という設定。タミーノ役はソプラノ、夜の女王とパミーナをひとり二役で上演した。
「違います!」被告・吉田静子の悲痛な叫び声が法廷に響き渡った。その罪は放火殺人。夫と姑を焼死させたのだ。東京地方裁判所に集められた様々な職業の十二人の男たち。決めつけ、戸惑い、無関心、心配事、様々な人間模様の渦巻く中、真実に向き合わされた十二人の日本人が出した結論とは?昭和三年から十五年間、日本でも陪審裁判が行われていた。
美術館のように展示されたクローデイーヌ・ドレの作品は、白い紙が人型のように畳まれ、重なり、群れを作っている。時に灰色、墨色の粉が煙のように、彼らを覆っている。それは、戦争の只中にいる人々のようにも見える。すると、その中から飛び出したような白い3人のダンサーが空間を歩き、飛び、転がり、時に異形の形で踊る。歩きまわる黒い女は、世界から弾き出され行方を失った者にも見える。彼らは、交差し、出会い、また離れ
うわすべりを紡いでいたら、いつのまにか愛だった。時間をかけて裏返したら、魂だった。近づきすぎたか、遠く離れすぎたか、見えなくなった。足音がしたので、応えたらやっぱり雨が降ってきた。たまたまそこにおっさんと一緒に雨宿りをした。しずかに。ほんとしずかに。ほんとグルービィに。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「ダンスボックス・ソロダンス・シリーズ」では、100席の小劇場空間ならではの緊密さを