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Dance Mediumの10番目の新作。2006年初演の「見えない森」を全面改訂し、出演者も総取替えしての新たな境地を見ていただきたいと思う。今回は舞踏家3人に他ジャンルの身体表現者3人を加えての新たな試みにも注目して欲しい。幻獣達の蠢く見えない森に彷徨い込んだ青年の体験する悪夢。人間の意識と無意識、現実と妄想、死と生、真実の光とは何かを追求した作品。
楽しく不思議な世界を作り続けてきた劇団・ワワフラミンゴがシアター・イーストに登場。静かに喋る役者たちが静かに小活躍。かわいく、楽しいシーンがどこまでも続く。たった一人のダンスは必見。幻から「今」に迫る。とぼけと夢が混じる12月の物語。
『池上show劇場【DELUXE】』Aプログラム
山の手事情社の作劇方法《山の手メソッド》を用いて俳優たちが作った数々のシーンから、厳選したものを寄席形式にまとめました。具体的には、ちょっとシュールな寸劇《ショート・ストーリーズ》、自分自身に降りかかった出来事を感情豊かに語り合う《漫才》、身近にいる印象的な人やモノをヒントにキャラクター化した《ものまね》。それらを飽きないように構成し、老若男女に楽しんでいただけるように仕上げました。
自分はどこからやってきたのか、をテーマに実験的ソロダンスシリーズ「てふてふ」は木佐貫邦子23歳1982年に開始している。その7作目となる「てふてふ七」は、前作である「てふてふ六」で様々な光と闇を見た挙句に出涸らし状態となった身体が次のステージへと這い出て来て吠える再生物語である。「てふてふ六」までが、妄想の数々で形成されていたとすれば、この「てふてふ七」はその妄想の枯渇から立ち現れた内的な現実の形
「子供の頃からダンサーになることを夢見ていたマリア。あることをきっかけに彼女は夢も、笑顔も失ってしまった。そんな時、とある街角でジャックというマジシャンと出会う。」一本のオリジナルストーリーを演劇、ダンス、そして渋谷 駿のマジックによって紡ぎ出す全く新しい表現のライブステージです。
2.5次元ミュージカル/舞台
(フライヤーより)北村想が書き下ろし、洞口ゆずるが演出する話題のプロデュース公演小劇場の実力派が競演する”砂漠と隕石のラブ・ストーリー”
(フライヤーより)一年のしめくくりにはこの笑顔。そう、ショートショートのお芝居とファンタスティックな音楽でつづる不思議の国のレストラン「ア・ラ・カルト」。選りすぐりのメニューを胸いっぱいに食べながら、今年もいろいろあったよなとか、来年も(は?)いいことありますようにとか、そんなことを少しシミジミ思っちゃいましょうか?
東北岩手から集団就職で上京した田舎娘は希望に胸膨らませていた。 しかし現実は、希望に膨らむ胸ではなく、彼女たちのはじけそうな二つのオッパイに、男たちの欲望がふくれてあがる。 職を転々、男を変転と流転続きで、果てはストリッパーへと転落なのか…、いやいや、男の玉を手玉にとって、天下に成り上がる。 その娘の名は、 ―ヘレン天津。 栗山民也の巧みな演出と小曽根真の新曲で誰も観たことのない、今、一番新しい井
小学四年生のみちるは転校生。夏休みにこの町に越してきて、二学期から新しい学校に通っています。家族はお母さんとお兄ちゃんの三人暮らし、お父さんは死んでしまっていません。そのせいか、近頃みちるは、死んだらどうなってしまうんだろうと、しきりに考えるようになっています。それからもう一つ、みちるの心の中には、みちるだけの友達・ひろみが住んでいて、いつも二人でぶつぶつ話をしています。お父さんがいなくなった寂し
コンビニの帰り道、坂道を転がってくる大きな丸い月に会った。今夜は満月だった。「満月だったんですね。今夜。だからこんなに明るいんですね、」男は満月に話しかけてみた。満月は何も言わない。月は無口な方がいいと思う。何も言わない月に向かって、男は語り続ける。この道をまっすぐ行かないでほしい、その理由を。月は黙って聞いている。聞いているのかどうかわからないけれど、聞いているような気がする。男は語り続ける。や
新進気鋭の男性舞踊家・組踊役者・音楽家が見せる奏でるアンサンブル。人気の若手琉球芸能家が一堂に会し、沖縄伝統芸能の「いま」に迫ります。第1部 華の男芸~男性舞踊家による琉球舞踊~【幕開け】古典音楽斉唱【若衆踊】若衆(わかしゅ)ぜい/金城真次、玉城匠【女踊】伊野波節(ぬふぁぶし)/東江裕吉【二才踊】高平良万歳(たかでーらまんざい)/玉城盛義【雑踊】むんじゅる/新垣悟【創作舞踊】舟はじ囃し(べーし)/
ある研究所の所員たちは様々な事情を抱えていたそう「一日前」に戻れれば・・・ごくありふれた喜劇の典型の数々は、ちょっとした時空の歪みで場違いな喜劇へ生まれ変わる。どうやら明日、「あの出来事」が起こるらしい。
九州の田舎町。建設業を営む「岡本一族」の繁栄から没落までの、昭和から平成へかけて激動の 10 年間を描き、地域住民の現実と、生きる意味とは何かを問う壮大な人間ドラマ。戦後の世の中を激しく生き抜いて来た一族の落ちぶれてゆく様は、まるで潮の満ち引きの水面のように、静かに、ひたひたと、上がっては、下がってゆく……。
山田せつ子が、公演表記を「舞踏」から「ダンス」と変えた分岐点になる作品。池袋西武スタジオ200の無機的空間が青銅色の壁面、錆の浮いた鉄や廃材、白砂を使った内藤久義のインスタレーションによって、地上の果て、異界へ通ずるステージとなった。荘村清志のギター「インターナショナル」に始まり、HIROKIのシンササイザー音が山田の緊張と放散の求心的なダンスと交差し、よりシンプルに生成された世界を展開した。
終戦直後の北九州小倉のガード下で、特攻帰りの花山銀次と羽暮研一が再会する。二人はかつて中等野球北九州決勝戦で覇を競い合った間柄である。その試合は乱闘による没収試合となっていた。現在、花山は若松の侠客・村雨一家の食客であり、羽暮は今や新興ヤクザ大文字組の若頭となっている。二人の因縁は、やがてそれぞれの縄張りを賭けた野球の試合へと発展する。
敗戦直後に作られた幻の”大島憲法”に想を得た近未来劇。とある島。戦争が終わって、突然本土から独立を言い渡される。独立歓迎派と、本土あくまで一体派に分かれる中、こっそり本土に逃れようとする人々も。島長(しまちょう)は、早速憲法作成に着手する。権利をめぐって侃々諤々、喧々轟々!長い会議のそのかげで利権をめぐる企みもうごめき始める。陰謀術策の矛先は、やがて島長の家族に向けられて…。国と島と家族をめぐる近
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いじめの問題から幕が開き、瀬戸内海の田舎に住む実直な人々の人生の中に潜む大きな問題を描いた『貝殻島にて』と、織田作之助の短編『蛍』からなる舞台。
予測できない出来事=ブラック・スワンの出現を予言したナシーム・ニコラス・タレブの著作「ブラック・スワン 不確実性とリスクの本質」からタイトルを引用した2008年作品。4脚の椅子、4人の男女を空間に並置し、不確実な時代の身体を抑制的な身振りで描き出した作品である。「大野一雄フェスティバル2008」参加作品としてBankART Studio NYK 屋外においても上演をおこなった。
チェーホフの『三人姉妹』をワークショップにより解体し、再構成した。時代設定は現代の日本とし、即興的な場面やメタシアター的要素も入れ込んでいる。
テレビ山梨開局20周年記念番組「旅へ…微笑仏になった男~木喰上人二万キロの足跡を辿って」。江戸末期に北海道から九州まで旅を続けながら、後に「微笑仏」と呼ばれる、ほほえみをたたえた仏像を彫り残して93歳でその消息を断った木喰上人の足跡を辿る。主演は北海道出身の舞踏家、五井輝。
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
富士山の北西に広がる青木ヶ原樹海。その地下数百メートルにある地下大空洞アガルタでは祭りを明日にひかえ、草原に一頭のナウマンゾウが鎖で繋がれている。そんな草原を見下ろす丘の上に建てられたペンションのロビーでは、東京からやってきた地上人の大学生、城之内が手当てを受けている。どうやらここに来る道中で転んだようだ。手当てをしている元恋人の美咲は、アガルタにルーツをもつ女性で、明日の祭りに参加するらしい。選
桜咲き乱れる頃、東北の、とある田舎の村はずれ、どこからともなく歌声が聞こえてくる。 弥生のあられ 皐月のつゆは 働き者の味方ども しゃれた女房と 馬鹿とのさまは 根気がさっぱど つづかない・・・・・・白い花びらをつけた桜の木に挟まれたあばら家に住む、賢く美しい働き者の娘ちか。娘に一目惚れしたとのさまは、お侍医をお供に、桜の木に隠れて様子をうかがっている。優しいけれども気後れしがちのとのさまは、その
ねずみのちゅうたはなまけもの。いつも寝てばかりいる。おなかがすいて買ってきたチーズをどこかに落としてしまった。どうやら猫が取ったらしい。ねこにどんな仕返しをしてやろうかと考る。床屋になってねこの大事なひげをちょん切ってやろうか、それとも海賊になってねこを海にジャボンとつけてやろうか、それともサーカスでねこに綱渡りをさせてやろうか…。ところが、そのねこがチーズをひろって返しに来てくれました。実はこの
星の王子様の作者として知られるアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリが26歳のとき、フランスから西アフリカへ郵便を飛行機で運ぶ会社にパイロットとして就職した頃の物語。
二兎社公演41
人気報道番組の放送開始まであと数時間。ある”懸念”をきっかけに、現場は対応に追われ始める。決定権を握るのは……空気?テレビ局の報道現場を通して現代の日本を覆う奇妙な”空気”の正体に迫り、観客を凍り付かせた戦慄の問題作。
ゴミが生きる町=ダストタウン誰が呼び始めたのか、そう揶揄される荒んだ街で人々は絶望の中にあった。頻発する戦争と長引く不作の影響で深刻な経済危機の中、悪政は第3身分の市民たちに重くのしかかり、誰もが明日を生きる気力すら失いかけていた。ただ一人、ダストタウンの少女・イトハをのぞいては…解けぬ呪縛、境界が敷かれたどん底の時代で、ただ真っ直ぐな愛に突き進む一人の男の、悲哀に満ちた破滅の物語ー
(フライヤーより)「ふたごの星」は宮沢賢治の童話の中で最も初期に書かれ、賢治が弟妹に読み聞かせたものといわれています。天の川の西の岸の小さなお宮に住んでいるふたごのお星さま(チュンセ童子・ポウセ童子)が、乱暴者の大ガラスの星とさそり星のけんかに巻きこまれ、わがままなさそりに苦労しますが、さそりを改心させて王様に褒められます。また、ある日の晩は、意地悪な彗星にだまされて海に落ちてしまいます。海に落ち
ゆくりなく時は流れるいくたびかくり返された新たなるその時扉はたたかれる確かなまなざしを持つ奔放な友を訪れる青年のように果てしなき光と時を生きるヨーダを訪れる青年のように扉はそこにありそして開かれる
【あらすじ】舞台は南三陸沿いにある古ぼけた理髪店。夜の7時過ぎ、営業を終えた店内で、従業員の佳子が店主の倉田の髭を当たっている。佳子がこの店で働くようになって一月半、倉田にとって彼女の存在が密かな喜びとなりつつあった。佳子と二人きりで過ごすひとときに、胸がいっぱいの様子だが、店の外は濃い霧が立ち込め、何かが起こりそうな予感...。するとそこに、店の扉を開け一人の男が入ってきた。霧が晴れるまで休ませ
文学座創立55周年記念
昭和のはじめ、東京下町、袋物製造販売業「近常」の細工場。職人たちが電燈の下、とりとめない会話をかわしながら夜なべをしている。奥では年季明けの職人を祝う赤飯が炊かれ、肴や白味噌の椀の仕度がされている。十年の年季奉公のあと、この日一人前の印電師(高級ななめし皮を扱う職人)の門出を迎える秀太郎。職場を変える夫に従い、今夜未知の北海道に旅立つ女中のおせん。それぞれの「かどで」
栃木から上京し旅館で女中奉公をしていた戦中、彼女には仄かに思いを寄せる陸軍少尉がいた。タヅは自分の気持ちを殺し、思い合っていた少尉と同僚とよの間を取り持とうと腐心していた。しかし少尉はサイパンで戦死する。その後タヅは結婚するも、夫は戦災のところに入り浸るなど、不幸な結婚生活を送る。二人の娘を授かるも夫は病死、女手一つで育て上げた。そして現在。タヅは何を思ったか、新婚4カ月で亡くなった次女の亭主・和
日本国憲法を自分のカラダの「骨格」であると直感した笠井叡が、憲法は常に至上の「理想」に貫かれているべきとの自身の想いに、ひとつの「カラダの形」を与える。大野一雄フェスティバル2013での初演後も、時代に呼応しながら再演を重ねている作品。
エリック・サティの「梨の形をした3つの小品」を使用し、口をあけて食べる仕草を振付に入れながらも絵画的でロマンティックな作品に仕上げている。
未亡人の屋敷に、男が突然やってくる。男は夫を亡くし悲しみに暮れる彼女に夫が残した借金を返せと迫り、喪に服したかった女と口論になる。噛み合うようで噛み合わず、ただただ激しさを増していく二人の口論、その間でおろおろと何の役にも立たない老執事、そして明かされる本当の夫の姿。ボードビルを愛したチェーホフ、喜劇を書いたら悲劇として高く評価されたチェーホフ、そんな彼のユーモアとペーソスの二面性を強く感じる作品
宇野重吉の台本・演出による近代劇の2本立て公演のうちの1作。山本有三作「嬰児ごろし」との併演。本作、武者小路実篤作「息子の結婚」は1980年11月の各地公演から翌年の東京公演まで大竹しのぶが客演。
ほぼ全裸のパフォーマーが輪になって走り続ける『マタドウロ(屠場)』、全身を漆黒に染めたダンサーがひと塊になって観客の間を蠢きまわる『突然どこもかしこも黒山の人だかりとなる』。ブラジルの鬼才マルセロ・エヴェリンは、過去2回KYOTO EXPERIMENTで作品を発表しているが、いずれも客席と舞台が混然一体となった場の中で、観客を興奮と困惑のはざ間へと連れ出してくれた。そんなエヴェリンが次に目をつけた
[作品ノート]ビッグバンから生まれた音や光、そして人体も含め、ほぼ全ての物質からは何かしらの振動が発せられ ている。僕たちが発するバイブレーションは世界にどのような影響を及ぼしているのか。人々がどの様な生活を営み、どういった環境で生きてきたのかがそのままバイブレーションとして音源 化される、もしくは可視化されるということなのかもしれない。そんな僕たちのアウラは、クジラを正しい道筋へ導いてあげること
時は1973 年。70年代ロックにどっぷりと浸かり、大人への階段を上っている途中の若者たちが織り成す悲喜こもごも。代議士の息子である甲野欽吾は売れないロック雑誌「エピタフ」を刊行している。盟友である宗近、小野、浅井らが編集に携わるという、いわゆる同人誌的な雑誌であった。ある日小野と浅井が「エピタフ」を辞めると言い出す。それと同時に甲野の腹違いの妹である藤尾は司法試験のために勉強中である小野に急接近
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元藤燁子からの誘いで古巣であるアスベスト館で週一回のワークショップを開講した和栗由紀夫が、「土方巽メソッド研究会」と名付けた会で、土方巽の孫弟子にあたる受講生と行った第一回目の公演。鼈甲飴とはフォルムのことで、それは人の形を指している。一人一人が自分の形を見つけ出す、そうあってほしいという思いをこめて和栗が名づけた。
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スコットランドの王位簒奪を目論むマクベスは、マクベス夫人と共にあらゆる裏切りや陰謀を企て国王ダンカンを暗殺し、王位に就くも、その猜疑心と暴政により自らの身の破滅を招くのだった。結城座では1982年の初演以来幾度も再演され、代表的なレパートリーの一つとなった作品。1986年のベオグラード国際演劇祭では特別賞を受賞 するなど、「結城座のみが演じ得るマクベス」として、海外でも高い評価を受けた。
學蘭歌劇『帝一の國』
2.5次元ミュージカル/舞台
劇作家・川村毅が書き下ろし、文学座所属の名優・小林勝也が主演、新宿三丁目・雑遊にて上演してきた<都市を彷徨う男が巻き込まれる悲喜劇一時間一幕>形而上的スラプスティック・コメディ『路上』シリーズ。2020年夏、世界的な新型コロナウイルス禍の中、この日この時の新宿の空気を遺すべく、新作を書下ろし緊急公演を行った。
街で出会った不思議な動き、思いがけない動作、街路のざわめきや呼吸、リズム、ダンスそのものである街の光景を舞台化し、今年1月フランスで上演、好評を博した「ラ・リュー(道)」にシェイクスピアの「真夏の夜の夢」のイメージを重ねた作品。ガロッタが芸術監督を務めるフランス国立グルノーブル舞踊団と静岡県舞台芸術センターの専属舞踊団SPACダンスの合同公演。
井上靖の小説『淀どの日記』を原作に脚色を加えた舞台。
「ああッ‼ボクの音楽が鳴り止まない!!!」世界が認めた天才指揮者。神の旋律を奏でる交響楽団。ようこそ。愛と狂気の演奏会へ。
『平家物語』を原作に、平清盛の五男・重衡をモデルとした叶昌景の物語を描く現代劇。宰相の息子・昌景は、謀反の疑いで流罪となった貴族の娘の処刑を命じられる。彼女は最期に母から授かった神像への祈りを願い、その姿に昌景は心を揺さぶられる。栄華の陰で一族は重い抑圧に苦しみ、昌景も望まぬ戦に心を蝕まれていた。やがて彼は、処刑した女に瓜二つの遊女と出会い、その正体と神像の謎へと迫っていく。
TOUCH - ふれる -
Co.Ruri Mitoは2021年より「TOUCH - ふれる -」というプロジェクトを3年間発展させてきた。「TOUCH - ふれる - #2」は最終成果となる公演だ。キーワードは「グラデーション」。7名のダンサーが固有の身体を軸にユニゾンを踊る。音楽は内田輝。自作楽器を調律し時間を立ち上げる。衣装はYANTOR。手紡ぎ手織りの素材で、作品の世界観を支える。始まりも終わりもない作品。
パパは真面目でつまらない人間だったので、早いうちにママに逃げられました。以来、私たちを男手ひとつで養ってきましたが、私が高校生だったある日に過労で死にました。私たちはパパの死を笑って生きてきました。パパの保険金が尽き、パパがローンで買ったこのウチを売ろうと書斎を整理していたら、パパの日記が発見されました。パパの裏の顔と本当の仕事、ママとの運命の出会い、ある女の影と熱烈な恋愛、巧妙に仕組まれた計画、
人への想いが強いほど何度も何度も過ちを繰り返す僕達。他者や自分のエゴに傷つきながら、這う様に生きているのです。それでも。そんな僕達でも。生きている事を愛おしいとさえ思えたら。きっと世界は違って見える。
歌人で劇作家の吉井勇が実在の落語家を主人公に描いた小戯曲「句楽もの」から数編を構成したオリジナル上演。浅草に住む噺家の俳諧亭句楽と仲間たちとの様々な騒動、やがて精神が乱れ病院に入院した句楽が、現実社会が反転したような世界に心を幻惑させていくさま……魅力的な芸人と彼を取り巻く市井の人々の生活風景を描いた戯曲に、現代を生きる私たちが忘れ去り、捨て去ってしまった江戸の文化の名残と精神をみる。
2016年、ネット上で動画がバズり、オールドガールズ「O.G.」として一躍スターになったスミ子とカズエ。しかし、あれから9年、世の中は「O.G.」を忘れ、今やカズエは失踪?スミ子はひとり、熱海の地に流れついていた。「歌」への想いは、もう遠くに行き去ったのか。そんな時、スミ子のスナック「ミラクル」に、不意にカズエが訪れた。再会によって、運命の時計はふたたび回りはじめる⋯
(フライヤーより)親子の愛情、自然と人間とのかかわりは普遍のテーマ。世界にも名高い日本児童文学の名作を、初のミュージカル化。音楽も踊りも、すべて純ニッポン・オリジナル!
一個の古い革のトランクがある。ヤーコブとラウラが大事にしてきたトランクだ。その鞄の中には、様々な記憶と懐かしい他人たちとそして会いたくなる風景がいっぱいつまっている。ヨーンじいちゃんの登場は、言ってみればシルマー家に投げ込まれたひとつの石のようなものだった。自由で率直で誇り高く生きているヨーン。がそれを人たちは風変りだと思うのだった。実際ヤーコブとラウラも初めのうちはヨーンじいちゃんがなにをしでか
震災後廃校になった校舎の片隅で開かれている陶芸教室、女が海を見ながら作陶している。その横で男が作陶している。風鈴の音が鳴り二人の物語が証されて行く。
舞台『弱虫ペダル』
2.5次元ミュージカル/舞台