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日本の夏1960〜64
タイトルは、土方巽自身が自らの舞踏を表すアフォリズムとなっている。本作は、水戸芸術館での「日本の夏1960―64」の参加作品として、元藤燁子が構成・演出。1960年代前半期の美術における前衛活動を回顧する展覧会に、前衛美術家と協同した土方巽のオマージュとして発表。「肉体の叛乱」のフィナーレのシーンの巨大な写真パネルが吊られたエントランスのフロアで、元藤のほか、大野一雄、大野慶人らが踊った。
南河内万歳一座座長、内藤裕敬作・演出の演劇公演。公募市民とプロの俳優が出演する地域密着型の演劇プロジェクト。住む人がいなくなった家はどうしてこんなに寂しいんだろうか。空き家の増加、墓じまい、少子高齢化などの社会問代をテーマにした作品。時代とともに変わっていく価値観、地域の伝統や家族の歴史は守らなければならない?守らなくてもいい時代?じわじわと感じている境界線を繊細に描きながら、笑いと豊岡のローカル
東京ノ温度2024年秋公演は、芥川龍之介の「童話」オマージュ作品です。純文学のイメージが強い芥川龍之介ですが、実は児童文学の執筆・普及にも熱心で、芥川自身が構想した童話集も刊行されています。今回はその芥川童話の世界を原点とした新作オリジナルストーリーを、Wキャストにて上演します。都内某所に、ひっそりとたたずむお屋敷がありました。そのお屋敷の主は「現代の魔術師」を名乗る、なんだか怪しげな人物でした。
明治ニ十六年に、九世市川團十郎により初演された歌舞伎舞踊。大奥のお鏡曳きの余興に、小姓弥生が手獅子を持って踊るうち、獅子の精が乗移り、獅子の狂いになるさまを描きます。前半では、石橋の物語を中心に、川崎音頭、飛騨踊、二枚扇の踊りを経て、手に持った獅子頭に引かれての花道の引っ込みなど、後半では胡蝶の精をあしらって長い毛を振る豪快な「狂い」「髪洗い」などが見どころとなっています。
1986年スパイラル ESPACE AVENTURE『ダンスの季節の女たち』第2夜:黒沢美香公演で上演した(初演 1985年 俳優座)ラジオの国民的体操をモチーフとした作品。ーーースパイラル ESPACE AVENTURE『ダンスの季節の女たち』について スパイラルホールは劇場であり、ギャラリーであり、倉庫でもあり・・・つまり、どんな風にも使える空間です。 スパイラルでは、舞踊によってこの空間へ挑
「大きな絵を描き始めたのは夏だった」という「観る者」としての画家の視点と「大きな絵のモデルをしていた」という「被写体」としてのモデルの視点が、交錯するさまを描く。男女の心の機微を刻々と変化する空模様に喩えた詩のようにダンスは展開する。女は画家の言葉をかき消し、立場は反転。男は虚しく地を蹴り、女は精一杯空へと手をのばす。「Love is life that lasts forever」映画監督、デレ
Eラーニング(株式会社 流)
② 照明フリーランスの照明デザイナーとして長年、米国で活動するとともに、テキサス大学エルパソ校演劇学部で准教授を務める筒井秀明氏が、「アメリカ劇場教育と照明デザイン」、「照明デザイナー/エンジニア/クルーの仕事」、そして「照明デザインのノウハウとテクニック」と題した3つの動画を制作、劇場におけるプロダクション・チームの構成や役割から、雇用形態、労働環境、そして照明デザイナーとしてのトレーニングや照
ワイルドのサロメでは、まずサロメはヨカナーンの声に惹かれます。それから容姿(肌や髪や唇)に惹かれます。そしてその唇に触れたい、キスをしたいと思います。サロメの恋の欲情が聴覚→視覚→触覚、とエスカレートしていきます。だけど、今、僕が出来ることは多分、もう触れて、キスしてしまった後のお話です。サロメの最後、サロメはヨカナーンの生首にキスをすると、苦味を感じます。そのビターさから始まる物語を、サロメとは
「国家と芸術家」シリーズ
ドイツの作家エーリヒ・ケストナーの作家人生の始まりとともにナチスが勃興し、両者が対立していく様子を、彼の映画業界の仲間たちやレニ・リーフェンシュタールとの交流を通して描く。抵抗の作家と呼ばれたケストナーは、1941年にゲッベルスの要請を受け、映画「ほら男爵の冒険」のシナリオを書いてしまう。1945年には、リーフェンシュタールと、疎開先のオーストリアの山村で、芸術家の倫理について議論を戦わせる。
知っていますか?かつて、呪法劇という学問があったことを。それが、あまりに強大な力を持つがゆえ、歴史の闇に隠されたことを。呪法劇とは芝居をやると言う儀式によって、霊的なるものを地上に降臨させ超常的な力を借りることです。おぼんろは1600年代に残された伝説的な文献を日本で初めて翻訳し、当時の儀式を再現しました。『ゲマニョ幽霊』はロシア・ポーランド戦争が行われた頃、ラマエが描いた物語とされています。誰が
色彩シリーズ
震災から10数年後の宮城県沿岸部にある「海の見えるホスピス」で余命宣告を受けた人達が命を見つめる、死と再生の物語。
2011年4月4日、福島第一原子力発電所2号機に起きた亀裂を埋めるため高分子ポリマーが使用され失敗に終わった。その後、現在に至るまで「漏れ」続けている。鎖状に複雑に絡まり合った高分子ネットワークの網の目に吸収しきれず漏れたのだ。本作品は、この出来事をモチーフに、文明が生み出したフラクタルなネットワークに起こるエラーと人為的な原因究明と修復の困難さを描く。文明は、このマスタープランなしに進化していく
東京にあるビルメンテナンス会社・美装総合サービス。社長の紘子、ベテランの直美、シングルマザーの美鶴、22歳の健太らはビルの清掃にやりがいを感じながら仕事をしている。そんなある日、越田と遥が新型コードレス掃除機の営業にやってくる、いいことづくめのこの掃除機。従業員の負担が少しでも減れば…と紘子は一台お試し購入することに。ところがその実態は真っ赤なウソだった!!!
昭和八年の秋、東京。築地小劇場の楽屋口に隣接したカフェ「青猫」を舞台に、新劇青年・八起静男とカフェの踊り子・宮下そら嬢の恋人二人が、散々なすれ違いの末に結ばれる恋愛喜劇。
ストラヴィンスキーの「春の祭典」やラヴェルの「ボレロ」など、数々の名曲に挑み独特の音楽世界をダンス作品として発表してきた平山素子が、劇作家シェイクスピアが残した言葉や劇世界をモチーフに、初めて本格的な演劇的ダンス作品として2015年に発表した『POISON~シェイクスピアを喰らう~』から4年。俳優の河内大和ら初演メンバーに加え、ダンス集団TABATHAの四戸由香、Noism退団後初舞台となる中川賢
MANKAI STAGE『A3!』
2.5次元ミュージカル/舞台
不思議な一座が幻のように現われ、幻のように去っていく。何もない空間から始まり、何もない空間で終わる。しかしその舞台は見る人に強烈な印象を残した。女優がハムレットやホレイショーを演じ、ガートルードやオフィーリアを男優が演じた。しかしそれが何の違和感も残さず、よりくっきりと「ハムレット」の世界を映し出し、より明確にドラマの構造を浮き彫りにした。お芝居好きの人に是非観てほしいと思います。観たこともない「
(フライヤーより)アンドロイドは夢を見る。静止した地球が見ている太古の夢を……。「昔、ヒトは翼をもち、光のなかを翔んでいた。」託された幾千万の想いがひとりの少女に光の翼を与えた。
若手バレエダンサーを中心とした著名ガラ公演の第8回。第8回目は「プティパ175」と題し、古典バレエで大きな功績を遺した振付家マリウス・プティパの生誕175周年を記念した公演となった。プティパはフランスに生まれ、ロシアで活躍し、古典バレエの基礎と形式を築いた偉大な振付家である。上演された作品はすべてマリウス・プティパ振付であり、『ライモンダ』、『エスメラルダ』、『バヤデルカ』、『騎兵隊の休息』、『ハ
南の島。波の音・・・恋人同士の歌「トバリャーマが聞こえてくる。いよいよ女座長率いる旅の一座の幕が開く。突然眠りかけていた「あの時代」が呼び覚まされる・・・「いちゃりばちょうでー」とは出会えば皆兄弟、仲良し主義の意味。島の言葉だ。「アンマー達のカチャーシー」「朝未来」「風のユンタ」など沖縄を舞台にした作品を東演のために紡いできた謝名元慶福氏。92年の「アンマー達のロックンロール」以来の新作書き下ろし
[作品ノート]これは女性のためのダンス。女性についての、女性と共に、女性を祝福するための、この世界にある彼女たちの美しさとパワーを賞賛するためのダンス。古代の感情を呼び醒すためのダンス:怒り、復讐、凶悪、呪い、狂気、贖い。平等の姿として存在し、あらゆる暴虐行為に対しての武器として踊られるダンス。
劇作家如月小春の上演台本に、演出家如月小春が「演出ノート」「構成写真」で演技指導する。演じるのはBOYS&GIRLSだ!
時代を超えて愛され続ける宮澤賢治の童話を、原文のまま、一人でひとつの物語りをものがたる「一人語り」と、地の文章を語り手が語り、登場人物を数人で演ずる「語り合わせ」で上演。 【一人語り】さるのこしかけ気のいい火山弾いてふの実【語り合わせ】月夜のけだもの
京都市右京区の世界遺産、仁和寺五重塔の前で、右京地域の子どもたちを中心とする竹楽団と、和太鼓集団「鬼太鼓座」が響演。古くから人々の祈りの場として大切にされてきた仁和寺。未来を担う子どもから大人まで、和太鼓の音に導かれ、演者と観客の垣根も、言葉の壁も越えて響き合う。
時は封建時代。「白鷲城」の異名をもつ美しき姫路城の天守第五重。ここは、人間が足を踏み入れれば決して生きて帰れぬ、魔界の者たちの棲み家。ここに棲む天守夫人富姫のもとへ、猪苗代より生首を手土産に亀ヶ城の亀姫が朱の盤坊ら眷族をひきつれて訪れる。富姫はその返礼に姫路城城主・播磨守ご自慢の純白の鷹をおびきよせ亀姫に持たせた。鷹をそらした責を問われた図書之助は切腹のかわりに唯一人第五重にむかう。二度と踏みいれ
ゾンビ音楽でつづる死への行進。オペラの新領域がここに拓かれる! 死神に先導され、恐怖に踊りつつ死に赴く人々の列を描いた「死の舞踏」。死の普遍性を伝えるものとして、中世ヨーロッパ以来、さまざまな芸術作品、文学に引用されてきたイメージを、現代のアーティストによる「オペラ」として上演する試みがここに始まった。 クリエーションの起点となるのは、コンピューター制御された指がリコーダーやクラリネットなどの楽器
「静」は白拍子静御前の伝説をもとに、箏奏者八木未知依と照明家三浦あさ子と制作したコラボレーション。民俗芸能へのリサーチに基づき白拍子の巫女と遊女という両極の女性像について考察をした。能楽(『道成寺』『檜垣』等)に残されている乱拍子とは本来は気が狂うようなリズムに乗せられるような舞ではないかと考え、道成寺縁起へとストーリーを展開し、静の思いと祈りのの強さ、女性としての儚さをあらわにした。
1945年8月9日、戸坂潤は獄死した。戦争が終わるわずか数日前のこと。時は遡ること13年前。「野蛮で反知性的なファシズムに対し、我々はあくまでも知性を武器にして闘い抜く」と、戸坂潤は岡邦雄、三枝博音と共に唯物論研究会を立ち上げた。しかし「危険思想を広める恐れがある」と特高警察の監視が始まり、やがて集会禁止から執筆禁止に。それでも彼の楽天性が奪われることはなかった。
太田家のリビング。父、正夫の前に、水先案内人と名乗る男が現れ「あなたは一年前に死んでいる」と告げられる。正夫は突然の宣告を信じようとしないが、死を受け入れる代わりに、自分が死んだ後、家族がどう生きているかを見たいと言い、水先案内人は渋々家族のもとに連れて行く。そこで見た現在の家族の現状に胸を痛める正夫は、案内人の姿を借り、それぞれに言葉を投げかける。そして再び家族が揃ったとき、これまで語られなかっ
「11PM(いれぶんぴーえむ)」は日本テレビ系列で放映されたお色気から社会問題までを取り上げる伝説の深夜番組。本映像は、1985年(当時は番組が23時20分始まりで「11PM+20」と呼ばれた)、86年、88年の同番組に白虎社がゲスト出演した回を集めている。85年は「肉体は芸術です!? 脱いでじっくり考えよう!! ハダカ哲学バラエティー」、86年は「ハダカの芸術大集合!」と題され、大須賀勇へのイン
朝鮮半島で生まれ、日本が育て、世界中を魅了した世紀の舞姫、崔承喜を描いた女優みょんふぁのひとり芝居。鄭義信の新作書き下ろしで、コロナ禍にもかかわらず、約800名を動員した。
そこにいること。いやおうなくそこに「他者」がいることの魅力。いやおうなくそこに「他者」がいることの恐怖。レミングとは、ヨーロッパやアメリカの北部地方に生息するネズミに似た小形の動物。爆発的に大増殖して大群で移動する。本作品は上演地でダンサーを募集、選出して製作する新たな作品スタイルの提案でもある。カンパニーダンサーと地元ダンサーがそれぞれの身体の垣根をとり払ってつくる、シンプルな構造から生まれる作
誰も読もうとしなかった、読まれなかった沖縄(こっちがわ)の物語は、沖縄の人々から我々が鋭く問われている、“今を生きる私たち”の物語。22年の話題作が、待望の再演。
【Story】街はずれにある廃墟の映画館。少年ワタルはそこで暮らす浮浪児の少年たちと出会う。少年たちは古いフィルムを映写機にかけワタルに見せる。やがて少年たちは映画のスクリーンの中へ一人また一人と入っていく。映画の中の人物となった少年たちに促されてワタルもスクリーンの中へと入っていく……。【Note】4年ぶりの大阪・南港野外公演。幅16メートル・奥行き10メートル・高さ5メートルの可動式巨大傾斜舞
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
強い光の線が床を二つに区切り、五人が激しく動きを展開する。厚木を中心に、二対のペア、渡辺と種子島、有富と江原が並ぶ。音楽はなく、厚木が呼吸のタイミングをつくる。駈け出して抱き合う、腹部を両手で叩きつける、足摺の加速、足首をつかむ、足裏を合わせる、回転、床運動などの動きが徹底して行われ、集約されてゆく。休憩を挟む計一時間強もの運動で、多量の発汗、呼吸困難、意志の制御と拮抗し合う生身の身体が現れる。
渡良瀬遊水地で葦焼きが行われているなか、ひとりの女がこの世から消えてしまいたいと思った。現代を生きる30代女性、成田みのるが葦原の向こうへ歩いて辿り着いたのは、生まれる前の世界、生成の国である「未世」であった。記憶を失ったみのるは、未世のヒトビトに助けられ、なぜ「未世」へ来たのか思い出すとある行動に出る……。「生まれるとはなにか、この世に存在するとはなにか」を問う、大人のファンタジー。
[作品ノート]卵が割れたら… 子供は笑い、 母はさけび、 猫は窓から逃げ出し、 父は新聞を読み続け、そして、また鶏は卵を産む。
ワハハ本舗全体公演
この公演企画としては、シェイクスピア劇専門の旅一座として結成された「青空シェイクスピア座」が、紆余曲折を経て、殿堂のグローブ座で公演が打てるようになった物語を、漫才やダンスやパフォーマンスを劇中劇にふんだんに盛り込みショースタイルありの構成で、一座の奮闘劇を描いた作品です。シェイクスピア作品のタイトルや登場人物をモチーフにワハハ本舗ならではの表現スタイルが楽しめます。
Eラーニング(株式会社 流)
① 舞台監督・演出部・ドラマターグ「舞台監督」、「ドラマターグ」、そして「米国劇場ツアーとシアター・スペック」をテーマとする3本の講義動画と、「日米の舞台監督によるディスカッション」動画の計4本を作成。「舞台監督」編では、ブロードウェイを中心に活躍する横尾沙織氏を、また「ドラマターグ」編ではニューヨークを拠点に活躍するダーニャ・マーティン氏を講師として迎え、米国におけるそれぞれの仕事について講義し
髙山さなえの尼崎市第7回「近松賞」受賞戯曲を平田オリザが演出する。「だまされたことさえ、忘れてしまえるなら・・・」山深い田舎の集落。馬留徳三郎と妻のミネは二人でここに住んでいた。近所の認知症の年寄りや、介護施設から逃げて来る老人達が馬留家に集まり、仲良く助け合いながら生活していた。ある夏の日、徳三郎の息子、雅文から久しぶりに電話がかかって来た。仕事でトラブルがあり、部下が間もなく馬留家に訪れると言
DEADPAN(死んだ鍋)とは、冗談や皮肉を真面目な顔で表情を変えずに、あたかもそれが真実であるかのように述べることで、その効果を強めるもの。アイルランド文化の一部として、そのユーモアの繊細さを際立たせる伝え方である。 音響は当時から有名だったDJ Howie Bで、そのためか地元の有名ロックスターの面々も客席に見受けらた。映像では最後の数分が途切れているが、Oguriの記憶によれば、その後の踊り
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幼い記憶から夏みたいなものを引っ張り出してたらいつの間にか朝になってた白い息が空に浮かんで重ねた裏返しとか普段通りの雨とか好きだった気がする嘘だった気がする沢山ある人生の中輝ける場所探せるだけで良いのかもしれないね(ワンダフルライフって なんだろうか)ああ なんか今なら唄える気がするよ一緒に歌ってくれないかワンコーラスでいいんだけど
旧約聖書『ヨブ記』を、現代日本の女性の物語として翻案。希帆はシングルマザーの風俗嬢だ。育児放棄し、仕事も欠勤し、転がり込んだ男の部屋で酒浸りになった彼女の元に、兄、大家、兄の弟分のチンピラが代わる代わる訪れては大量の「正しい」言葉を浴びせかける。旧約聖書のヨブはよかった。自分の受難を訴える言葉と、訴える相手の神もいた。でも希帆は言葉を持っていない。声なき人の声は、どのようにこの世界に現れるだろう?
シェイクスピア・ゼミの8人がゼミの旅行でイギリスのお城に出かけ、そこにある古い屋外劇場で「リア王」の芝居をやろうとする。シェイクスピアの言葉は我々をどこに連れていくのか。8人の旅行者はいつのまにか、人間の心が嵐のように渦巻いているシェイクスピアの世界を旅し始めている。人間の想像力がたどり着いた淵といわれる「リア王」の世界を、8人の俳優とともに探検し、体験する・・・。
社会現象を巻き起こしている大人気コンテンツ、音楽原作キャラクターラッププロジェクト『ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-』を舞台化!第4弾はイケブクロ・ディビジョン“Buster Bros!!!“、ヨコハマ・ディビジョン“MAD TRIGGER CREW“、シブヤ・ディビジョン“Fling Posse”、シンジュク・ディビジョン“麻天狼”の4つのディビジョンが揃い踏みする初
いい仕事をすれば、出世したり評判が広まったりして、更に大きな仕事を任される。この言葉は、きっと、そんな感じのことを意味しているのだと思います。だったら、フリーターにとっての報酬は・・・?通販のコールセンターを舞台に、出世も昇進も関係無いフリーターの視点を通し、「人は何のために働くのか」を問う、仕事にまつわる群像劇。
火曜日のシュウイチ
毎週火曜日に上演 1年間で完結する壮大な物語。この物語は阪急電車に恋をした少年が、悩み、もがき、苦しみながらも幾多の苦難を乗り越え、一人の立派な青年として成長していく過程を愛と勇気と笑いと涙で描く感動巨編である。
「僕は人を救いたいんだ・・・それって恥ずかしいことかな?」フィクションで現実を乗り越え生きていこうとする人々の人情劇。第66回岸田國士戯曲賞受賞作、新演出で堂々の再演。
野坂昭如の長編小説「エロ事師たち」(エロごとしたち)をミュージカル化。スブやん、実は酢豚の略。豚のように逞しそうでも、どこか儚く悲しげな風情に由来するあだ名で、戸籍上の姓名は今は公安のみぞ知る。そもそもエロ事師の生業の始まりは、大阪は森宮で文房具屋の親父が声をひそめて言ったあのひと言。どこぞで春画を手に入れてくれへんか。これはもうスブやんにとっては天の声。もはや宿命的に足を踏み込み、写真、本、媚薬
Eラーニング(日本演出者協会)
⑤ 美術・大道具このシリーズでは、番組ホストの舞台美術家 乘峯雅寛氏が4人の舞台美術家と俳優座劇場の大道具高橋光大氏をゲストでお迎えし、対談形式で舞台美術家の仕事を紹介します。4人の舞台美術家には事前に木下順二作『夕鶴』を読んでもらい、「もし『夕鶴』の舞台美術を自由に創作するとしたらどうするか?」という企画を用意し、各々作成されたラフスケッチやコンセプトをもとに構想などを伺いました。これから舞台美
ロームシアター京都×京都芸術センターU35創造支援プログラム “KIPPU”ネガティブな/または社会でネガティブとされている、私的で後ろめたい事象や感情を題材に、それらを貶めるのではなく、共感を呼ぶ笑いへと昇華させたコメディを得意とする「努力クラブ」。合田団地による本作「世界対僕」では、“新作”にまつわる劇団代表と劇団員の葛藤から、今の時勢に創作環境に身を置く人々と、その背景にある現代社会への問題
舞台「呪術廻戦」
2.5次元ミュージカル/舞台
1976年、笠井叡は精力的に活動し、この年に発表した他の三作品(「月読蛭子」「個的秘儀としての聖霊舞踏のために」「物質の未来」)と合わせて、1976年度第8回舞踊批評家協会賞受賞した。また、この年の活動に対し、市川雅が選考した「ダンス・ワーク舞踊家賞」も送られた。4作品全部を観覧した詩人の吉岡実は、「新劇」1977年8月号でその体験を織り込んだとみられる「使者 ー笠井叡のための素描の詩」を発表して
火曜日のシュウイチ
地球上の65億人。その中で、とくに何てことのない3人の、それぞれの1時間別に明日のゴハンに事欠くわけでもなく、人生を絶望してふさぎ込んでいるわけでもない。ただ、偶然同じラジオ番組を聴いているという共通点があるだけの、おおむね健全な小市民、3名。街のどこにでも転がっていそうな平凡な悩みごとを抱える彼らが、ラジオを聴きながらの片手間な努力で、まあまあそこそこの幸せを手に入れるのか、入れないのか。。。。
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シートン原作の作品中、唯一人間を主人公にした作品の本邦初の舞台化。白人のみなしご少年ロルフが、インディアンのクオナッブとカナダに近いアメリカの大森林の中を冒険の旅をし、様々な動物と、また森の妖精のような少女との出会い、罠泥棒との戦いを経て、たくましく成長する姿を美しい歌と踊りを織り交ぜながら、大きなスケールで描く感動作。
パンチドランカーとなり引退したボクサー・無口は、寝たきりの 人々の家を巡る「殴られ屋」を生業にしていた。ある日寝たきりの女・わたげに殴られたことをきっかけに、無口は痛みを感じなくなってしまう。同じ街のコールセンターでは通販サイトのクレーム処理部門で働く青年・寝々が、山から降りてきた熊を銃で 仕留めることを夢見ていた。バラバラだった彼らの物語は「動物園の熊を安楽死させる」という情報が流れたことで、急
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。