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かつての島流しのように森という異界に犯罪者たちが追いやられ、元々好き好んでそこに住んでいるものと共生していた。常にそれぞれの「最適解」がサジェストされる社会の中にあって、最適でない発言や行動は厳しく制限されるようになっており、そのことへの息苦しさもまた頂点に達しつつあった。犯罪者予備軍として社会から半ば排除されてしまった人々が形成する近未来の「森」を舞台にして展開されるSF会話劇。
舞台は20世紀初頭ロシアの貧民街にある木賃宿。そこに巣くう泥棒、アル中の役者、巡礼者、男爵、靴屋、帽子屋、浮浪者の群れ。一つの殺人が浮き彫りにしていく裏切り、苦悩。そして人々のしたたかな姿。今日も酒をあおり、歌でやり過ごす一日が暮れていく。
戦後日本を代表する作家、三島由紀夫がカンボジアの城塞都市遺跡アンコール・トムに着想を得て、実在のカンボジア王ジャヤ・ヴァルマン七世を主人公に描いた最後の戯曲による舞台。カンボジアの伝統舞踊、音楽の担い手を招聘して実現した国際共同制作作品。十二世紀末のカンボジア。栄華を極めた偉大な王が己の夢と希望を託し「アンコール・トム」そして「バイヨン寺院」を造営していく雄大なロマンをアンコール王朝の衰亡を背景に
2.5次元ミュージカル/舞台
精華演劇祭 vol.9 いちげんさん
過去に上演した中・短編作品のベストセレクション。「第六師団」(第16回公演「G・H・Q」2004年)「夏恋~季節外れの林檎と夏蜜柑~」(第16回公演「G・H・Q」2004年)「ロールプレイングゲーム」(第19回公演「ブツダンサギ」2006年)「天覧コント~大森ヘップバーンの「チャンピオン」」(第22回公演「ヘンダーソンVSアンダーソン」2007年)
実在した幕末の集団「エレキ隊」。公演に先立ちエレキ隊という名のビジュアル系バンドを結成し、ライブ活動を開始。バンドと演劇の垣根を越えた公演形態を模索し、客席までもが演劇の観客とバンドの観客の融和を果たした注目作。
Eラーニング(株式会社 流)
② 照明フリーランスの照明デザイナーとして長年、米国で活動するとともに、テキサス大学エルパソ校演劇学部で准教授を務める筒井秀明氏が、「アメリカ劇場教育と照明デザイン」、「照明デザイナー/エンジニア/クルーの仕事」、そして「照明デザインのノウハウとテクニック」と題した3つの動画を制作、劇場におけるプロダクション・チームの構成や役割から、雇用形態、労働環境、そして照明デザイナーとしてのトレーニングや照
土方巽の文学作品『病める舞姫』を、土方の稽古を受けた田辺知美と、2013年から大野一雄を踊るようになった川口隆夫が読み解き、「誰もが知らない向こう側の昏さ、甦えりめいた始まり」へと誘う。初演は2012年5月。舞踏アーカイヴプロジェクト参加。
ある二組の夫婦が公衆電話の前で出会う。そこにアメリカ大統領を誘拐した犯人から身代金を要求する電話がかかってくる。
「認知症」から発想した岩崎正裕の作・演出作品。舞台にはピアノがひとつ、弾けなくなった演奏家が迷い込む世界をそのままに描いていく。記憶とはなにか、失くしてしまうことは悲惨なのか、迷宮をめぐる物語。 ピアノの生演奏でクラシックの名曲を多数ちりばめた構成で、劇団の新たな側面を打ち出したと高い評価を得た。
日本全国 能楽キャラバン!沖縄特別公演 ガンガラーの谷公演(洞窟能)
三保の松原に住む白龍は、松の枝に掛けてある美しい衣を見つけ自分のものにしようとするが、天女が現れ返してほしいと懇願する。天女は白龍を説得し、羽衣の引渡しを条件に舞を舞い、そのまま天空へと帰って行く。
エイコ&コマが全裸で動く最初の作品。体を風景として探っていく。キャッツキル山地での孤立した、山々の動きを感じるとる生活に触発された作品である。ファンデーション・フォー・コンテンポラリー・アーツのフェローシップを獲得した時期に制作した。GRAINとNIGHT TIDEの2作品を上演した一夜でエイコ&コマは初めてのベッシー賞(ニューヨーク・ダンス&パフォーマンス賞)を受賞。1986年に発表したNEW
とある県立高校。サッカー部の舞原健はモンスターペアレントの母のことを担任・浦川麻由に相談していた。そんな折、スクールカウンセラーの藤堂智絵が着任し、麻由と意気投合。その藤堂の相談室に、いの一番に訪れたサッカー部マネージャー奥野早織は「浦川先生と舞原くんが怪しい」と衝撃の告白をする。教育現場を舞台に、教師と生徒の関係、さらには生徒と親と学校の距離感等を丁寧に紡ぎ、届けるのは――「慈愛」。
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
1966年横須賀どぶ板通りにあるスナック・マイアミ。ママのみきには肌の黒いアンジェラという子どもがいる。アンジェラは白粉を塗りたくった顔で聞く「ママ、どうしてあたしは黒いの?」。1981年のスナック・マイアミ。ダンサーになると出て行ったアンジェラ(19歳)が帰ってきた。子どもができたら10万円くれをいう。戦争のにおいが消えない横須賀どぶ板通りの人間模様が、”いま”を語りかける。
人間が人間を差別することの愚かしさ、悲しさ、恐ろしさ・・・奴隷制や人種差別への反対を貫いた『アンクル・トムの小屋』の作者ストウ夫人は、遂にその朗読会を最後にしようと決め、なぜこの小説を書くに至ったか話し始めます。子育てに追われながらも幸せに暮らしていた頃のある悲しい出来事が、その後、彼女自身を奴隷解放運動へと導くのですが、その出来事とは・・・彼女が朗読する小説の一節は、そのまま劇中劇として上演さし
博多弁飛び交う地方都市クツワダのとある区域。街は日々姿を変え、人や建物、新しいものと古いものが入り混じる。あっという間に変わっていく、そこそこ歴史ある街の片隅で声が響く。「運動会って、やらないかんと?」大玉転がり、大縄くんずほぐれつ、バトン飛び交う白熱の議論。伝統ある住民参加の地域運動会。やる?やらない?今こそ白黒つけようぜ、いやそこは、紅と白で!
邦楽 華麗なる技
邦楽の「技」と通じてその楽しさを堪能するシリーズ。異なったジャンルが、ひとつの曲を交互演奏する「掛け合い」。清元、長唄、常磐津、義太夫の、浄瑠璃、唄と三味線が技を競い合う。掛け合いの面白さ 渡辺保「喜撰」 清元 清元志寿雄太夫、清元清美太夫、清元一太夫、清元瓢太夫 清元志寿造、清元美三郎 清元美一郎 長唄 杵屋巳津也、杵屋巳之助、杵屋佐喜 杵屋巳太郎、柏要二郎
Eラーニング(株式会社 流)
⑤ 衣裳・ヘアメイク衣裳編①ではオレゴン・シェイクスピア・フェスティバルの衣装部門を統括するメリリー・フォード・バレラ氏が大規模リージョナル・シアターにおける衣裳製作の過程やチーム・メンバー、そしてゲストデザイナーとの働き方などについて解説。衣裳編②ではマイアミ大学演劇学科で衣裳デザインの准教授を務めながら、フリーランスとしても活動するスキナー道子氏が衣裳デザイナーの仕事や繊細さが求められる役者と
世界一小さな舞台空間から発信する「超演劇」。演劇を再生させる圧倒的「事件」。これは発明なんだ今も誰かがあの屋根裏に立て籠もっているそう考えただけでもう一日生きてみようかと思うことができるそういう発明なんだ初演以降、国内外でのツアーを数多く実施。海外では、ニューヨーク・パリ・ローマ・ウィーン・シビウ・フランクフルト・ブカレスト・ピッツバーグ・マイアミ・ソフィア・ヤルタ・テルニ等で上演している。また、
実話から生まれたいのちの寓話が今、語りかける。ある南の島。ガジュマルの木に逃げ込んだ兵士二人は、敗戦に気づかず、二年間も孤独な戦争を続けた――人間のあらゆる心情を巧みに演じ分け、観る者の心に深く刻みつける山西惇が、再び本土出身の"上官"を演じる。注目の新キャスト・松下洸平は、柔らかく、おおらかな存在感で島出身の"新兵"に挑む。歌手・普天間かおりをガジュマルに棲みつく精霊"語る女"に抜擢。琉歌に乗せ
貧しい家の娘、お菊は弟の文弥が幼い頃、石の上に誤って落としてしまい失明させてしまう。その償いにお菊は吉原へ身売りして、作った百両の大金を文弥にもたせ、京へ上らせて座頭の官位を取らせようとする。途中の鞠子宿で仁三は文弥の大金を狙うが、十兵衛に取り押さえられる。文弥と十兵衛が宇都谷峠まで来たところで、十兵衛は初めて大金のことを知り、自分の主人のために借金を申し入れするが断られてしまうのだった。
輸血をしなければ助からない患者が病院に搬送されてきた。しかしその患者は信仰上の理由で輸血を禁じる宗教団体の信者の息子。医師の説得にどうしても応じない・・・「正しい」と主張する人を説得することは難しい。正しさと正しさの衝突を描く。
朗らかな初日の光さやけく新春らしからぬ、不穏な不穏な時代のお噺。我が国はここを先途と諸外国に対し獅子奮迅の勢いで躍進するも虚しく敗退し、米、英、仏、露によって分割統治されるに致り、国民は臥薪嘗胆、クチビル噛み締め刻苦勉励の毎日であります。さてここに御座すは絵師、記者、軍人、撮影技師、人形師、弁士、等々。自由に往来すること叶わぬご時世の中、鹿児島から天下の米国様にご神木を献上するべく特別に発行された
1986年ベルリンで開催されたヨーロッパ初の舞踏フェスティバルに参加した古川あんずが、ベルリン芸術アカデミーの庭で踊る。最初にミリアム・ゴルトシュミットによってドイツ語で朗読されるテキストは、土方巽による1985年の講演『衰弱体の採集』からの抜粋。池の中から始まる踊りには「MARY CAKEWALK 」「 FOR A.X. 」「 Last Tango in Berlin」と名がつけられている。
無駄な時間の記録
「無駄な時間の記録」は、2021年に開始した、スコアを元にダンスを立ち上げるプロジェクトです。このプロジェクトでは、スコアによってダンスを正確に記述・保存することより、それを用いることでダンスを一旦作者の身体から引き離し、それを巡ってフラットで開かれたコミュニケーションを立ち上げ、新たな表現の形を生み出していく可能性に着目しています。2021年は、4名のダンサー/振付家が、スコアを組み込んだ形でソ
結城座旗揚げ385周年記念公演の第三弾として、三代目両川船遊が40年来温めてきた 企画であるフランツ・カフカの名作「変身」を上演。脚本・演出には、劇団 温泉ドラゴン代表・演出家として、人間の本質に迫る骨太で重厚な舞台を創造する現代演劇の牽引者の一人シライケイタ氏を迎え、人形デザインには若手油絵画家の谷原菜子氏を起用しました。谷原氏の特異な表現はカフカ作品の不条理な世界と響き合います。
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
宮崎の小さな電気工事会社に勤める町村(まちむら)は、40歳を過ぎても独身でボロアパートに一人暮らし。趣味と言えば酒くらいで、ほぼ毎晩記憶を無くすほどに酔い潰れている。ある朝、お決まりの二日酔いで目覚めると、洋服に血がついていた。しかしそれがなんの血なのか分からない。行きつけのスナック「シャンドレ」に行ったことだけは間違いないが、それ以外の記憶がまるでない。果たしてこれは……。町村と彼に関わる男たち
拠り所なき「この世」に捧げる、生と死のセンス・オブ・ワンダー。《セミヘブン(その世)》、それは「この世」と「あの世」の間にあるもの。人々がいのちをアップロードしてクラウド化する社会に、とある母子がいた。中年を迎えた息子を、年老いた母は忘れつつある―劇団しようよ、旗揚げ10周年の〈救済劇〉
2018年に北千住・BUoYで初演された『SUPERHUMAN』を野外劇としてリクリエーション。“人間らしさ”を軸にパペット、人、東京タワー、地球といった様々なスケールを通じてパフォーマンスが展開していく。会場は東京タワーの近くに位置する都立芝公園 集会広場(23 号地)となり、客席から東京タワーを見上げる形で上演が行われる。
コロナ禍の3年もの間、私たちの季節は不安、不確か、曖昧、疑念、動揺といった言葉に埋め尽くされていました。色で言えばずうっと灰色でありました。先日、今回のキャスト数人に、「灰色の後は何色に染まりたいですか?」と質問したところ、ピンクと答えたIさん(中年♂)がいました。私が、「白じゃないの?トンネルを抜けると雪国みたいな」と聞くと、「いや、白はちょっと恥ずかしいですね。私はピンクでありたい」と答えまし
旧約聖書に登場する「バベルの塔」では同じ言葉を話す人々が知恵を出し合い、人類が団結できる一つの象徴 "ジッグラト"(高い塔)を皆でつくろうと語られている。だが、完成間近になると、雲の上から大きな力が降り注ぎ、一つだった言語がバラバラとなる。意思疎通が出来なくなった人々は、世界各地に離散し、今の世界が出来上がっていったそう。そんな物語を和楽器、舞踊、演劇を使って再創造する。
あかちゃんとおとなのための演劇・ベイビーシアター
蛇口からしたたる一筋の水をめぐって、無言の人間がさまざまな姿態を見せる。1980年代の伝説的舞台、太田省吾の戯曲『水の駅』を、あかちゃんと大人のための演劇(ベイビーシアター)として全く新しい演出で上演します。極端に遅い動作で一瞬の生を切り取る手法を生かし、流浪する人間の姿を確かに描いた本戯曲。その中の人間の生の描写をあかちゃんと一緒に見ようという試みです。
歌舞伎「小栗判官」の翻案。車載カメラで地図アプリのストリートビュー用の写真を撮影して回るドライバーが、「自分は一度死んでいる」と語る一人のヒッチハイカーと出会う。互いに気付かないが、二人はかつてヒッチハイカーの死によって分かたれた恋人同士である。永遠にも思える道行の最中、二人は次第に、なぜか何年も目的地に到達できないヒッチハイクの旅の孤独や困難、パートナーロスの苦しみなど、互いの思いを吐露し合う。
2004年に新国立劇場で松本修/演出で上演されたカフカ原作の『城』を底本とし、松本修氏の監修の下に創り上げた秋田のパフォーマー達が総力を挙げて取り組んだ大型企画。
大胆で個性的な製品で知られた京都の老舗着物メーカー小松屋の「蔵人グループ」の旗上げショー。会場は京都国際会館のエントランス野外で、当日は雷雨に見舞われたが無事に開催された。着物地を素材とした「16世紀吠える男どもの衣装」を白虎社の男性舞踏手がまとって踊る。白虎社のニュースレターに掲載された「蔵人」の広告には、「蔵人とは〇〇に逆らって造った 本当はプライベートブランドです」とある。
本作は日本と台湾の出身である二人が台湾で過ごした記憶をベースとして、日本でも多くの議論がなされてきた「台湾有事は日本有事」について身体的交流を通じて再考する試みである。様々な情報が行き交い国際情勢が一層複雑化する現代において、日常と非日常、そして当事者と非当事者の境界を生きる私たちにできることはなにか。良き隣人と呼ばれる隣国・台湾を通じて自国を見つめ直し、共に考える時間を目指す。
Kanze Hideo Day 観世榮夫七回忌追善
大野一雄フェスティバル2013では「Kanze Hideo Day」として2007年に急逝した観世榮夫氏の仕事の一端を振り返り、氏構成・節付の「相聞」を清水寛二が、「善知鳥」を観世銕之丞が舞った。打ちっぱなしコンクリートの元倉庫という能には珍しい舞台が、能の新たな魅力を引き出す。
2010年に上演され、第55回岸田國士戯曲賞の最終候補にもノミネートされた丸尾丸一郎の代表作が、新たな脚本と演出により小劇場で蘇る。「子供の頃から、スーパースタ―になりたかった。でも、スーパースタ―になる人は星を持ってる。俺は相変わらず星を掴めないかと試行錯誤してる。一生悩み続けるドン・キホーテや」。解体の決まった団地に立て籠もり、売れない漫画を描き続ける男の妄想が暴走する!
1968年北国の夏の海辺に、突然出現した正体不明の女、煙に巻かれてしまう保養所の医師。二人が相手のことが気になりだして言葉を交わすようになったのは、しばらくたった音楽会の帰り道のことだった。二人は若くない。それが惹かれあった。普通の幸せをあまり貰っていなかった二人。ひとりぼっちだった二人。他の何百万人の男と女のように戦争で手ひどい仕打ちを受けた二人の慎ましいお話。そして、二人が別れる時がおとずれ、
Noism0+Noism1 ディアギレフ生誕150周年
「東西文化の融合」を20年来のテーマとしている金森穣が、オペラ『蝶々夫人』に影響を与えたともいえるピエール・ロティの小説『お菊さん』をもとに新たに台本を書き起こした上で振付。ストラヴィンスキーの「結婚」で踊る舞踊家たちは全員人形として描かれ、ロティが描写(蔑視)する日本人を隠喩している。Noism×鼓童「鬼」と同時上演され、本作品も「鬼」をテーマとしている。
風の庭プロジェクト2009
松尾芭蕉(1644~1694)の「奥の細道」の俳句を題材にした春夏秋冬の風楽作品。暗い細道を通り抜けた鮮やかな夏の彩。月日は百代の過客にして 行きかふ年も又旅人也 田一枚植ゑて立去る柳かな卯の花をかざしに関の晴着かな(曽良) 夏草や兵どもが夢の跡 五月雨の降りのこしてや光堂蚤虱馬の尿する枕もと蚕飼する人は古代のすがた哉(曽良) 五月雨をあつめて早し最上川第4回サンパウロ市立ダンス振興プログラム
18世紀末のロンドン。エレファント・マン(ジョン・メリック)<藤原竜也>はその奇形から長く人に迫害されながら育っていく。見世物小屋にいたメリックは若くして地位を得た解剖学者トリーヴズ<今井朋彦>と出会う。ロンドン病院で保護され暮らしていくメリックに普通の人生を送らせようとトリーブズは努力するが周囲の好奇の目は止まない。そんな中女優のケンドール夫人<小島聖>がメリックの元を訪れ二人の交流が始まり、や
學蘭歌劇『帝一の國』
2.5次元ミュージカル/舞台
メタファーとしての王の最期を描く。専制的な帝王が没落の道を辿る。将軍は背き、愛妾は逃げ、王は捕えられ処刑が言い渡される。王を捕えた者が次の王になる。それは昨日までの王の道化であった。死の直前の王。この人生の皮肉は「一場の夢」だ。青春の終焉、定年、或いは肉体の衰え、栄枯盛衰、大自然の四季の移ろいなどのメタファーとして描かれる。次の王が昨日までの道化なら、今までの王もかつては道化であった、という苦さ。
作品ノート:グフッグフッ、ハグッハグッ、 普段、何気ないときに、自分のツボが刺激される瞬間に出会うことがある。 そんなとき、嬉しくて 誰かに伝えたくて、心地よく感じる。
青年団若手自主企画vol.86
1980年東京、フミエ、アヤ、コウは父親なき後もそれなりに暮らしている。ある日、コウと連絡が取れなくなる。洞窟を訪れ、ヘビに出会い、姿を変えられたコウ。2019年東京、タナベ、ナツミの元には連絡の取れなくなっていたヨシカワが突然現れ、山に行こうと言い出すが。40年前、40年後の世界が同時進行する、同時多発SF郷愁ロードームービー演劇。
天皇陛下御即位の礼が始まる令和元年10月22日に開催された和太鼓集団「鬼太鼓」の小田原公演。
自由主義のバンダーホフ家の次女が結婚する相手トニーは、大会社の二代目社長の息子。婚前の家族顔合わせを約束するが、トニー一家が日を間違えてやって来てしまう。対照的な二つの家族が巻き起こす騒動を描く。
-2020年に世界中を巻き込んだ試練は、パフォーミング・アーツの存在意義を見つめ直す機会となりました。人と人、国と国、ジェンダー、人種、民族、宗教の問題、そして生と死について。これまでも私たちの目前に数多の問題がありましたが、新たな先行きの見えない状況は驚くほどの勢力で私たちを阻んでいます。しかしながら、全世界に同じ問題が降り掛かったこのタイミングこそ、新しい芸術・表現が創生される時なのです。今こ
遊園地再生事業団#11
舞台はとある中学校の教室。体育の授業中、こっそりと持ち物検査にやって来た5人の教師による不穏な会話劇。1997年に起きた14歳の少年による連続児童殺傷事件や翌年の教師刺殺事件をきっかけに、少年のナイフ所有が社会問題となったことを背景に創作された作品。
川の流れと同じように、私たちは刻々と変化し、生まれ変わっているのだとすれば、ひとつ前のあなたはきえていて、今のあなたもやがてきえる。きえたものが撚(よ)り合って、あなたになる。あなたはきえてしまったものでできている。ソノノチの最新作は、Robin Owings制作のインスタレーションとの共演。かつて織物工場だったこの場所から、無常の風景へ漕ぎ出すように。ランドスケープシアターに続く、新作パフォーマ
2020年初演したCo.Ruri Mitoの代表作。コロナ禍の真っ只中で、7名のダンサーとクリエイションを行い、施設利用の条件が緩和された10月に上演した作品。個と群の関係性をテーマにし、「自分の身体とはどこからどこまでか」という問いを投げかけ、生命の根源に迫る。私たちの存在とその相互作用を探求する試み。曖昧な身体の境界線を通じて、個の消滅や集結の解釈を観る者に委ねる。
その恋、気のせい!?いいえ、木の精のしわざかも・・・妖精、悪魔、人間が繰り広げる、SPAC「祝祭音楽劇」の真骨頂!世界的に活躍する劇作家・演出家の野田秀樹が、シェイクスピアの恋物語を大胆に潤色。富士山麓の「知られざる森」を舞台に、原作には登場しない悪魔メフィストフェレスを忍び込ませ、見る者を夢と悪夢のはざまへと誘う。その巧みな言葉遊びに、宮城聰ならではの機知に富んだ演出と躍動感あふれる打楽器のリズ
婚期をのがした三姉妹が「もうこうなったら身内しかいない」と親戚の男たちを自分たちの家に招く。長女に「若い女子との合コンがある」と誘われてやってきた男たちは、それが呼び出す口実で三姉妹しかいないことを知る。男たちが意気消沈する中、三姉妹も男たちも一緒に酒を飲み盛り上がる。そしてしばらくすると、男たちは眠ってしまう。実は、長女がその酒に睡眠薬を入れていたのだ。三姉妹も意識がもうろうとする中、「一緒に眠
ミュージカル 『フィスト・オブ・ノーススター~北斗の拳~』
2.5次元ミュージカル/舞台
ミラクル☆ステージ『サンリオ男子』
2.5次元ミュージカル/舞台
(フライヤーより)10年前、つまり西暦2000年の12月24日に発生した、〈メリークリスマス〉という名前のウイルスによってトーキョーと呼ばれるアジアの一都市は破壊的な打撃を受ける。町は廃墟と化した。廃墟の象徴ともいうべき99階の建物もまた、いまでは使う者もいないまま、あたかも巨大なジャンクとして屹立している。廊下から、その扉をノックすれば、向こうからもノックする者がいるという。扉を開けて向こうから
日中戦争が泥沼化しつつあり、英米との関係も急速に悪化していた昭和16年春。あるベテラン夫婦漫才師が、中国大陸への慰問の旅に出る。この時の日本では、笑いという戦争とは対極のものを生業とする芸人でさえ戦争の歯車に巻き込まれていた。芸人を続けるには、戦争に協力するしか方法がなかったのだ。夫婦は10歳を過ぎたばかりの一人娘を内地に残して日中戦争の前線近くまで旅を続ける。同行の芸人仲間や、笑いに飢えた前線の