表示件数
「夢幻能」の形式によって立ち現れるかつてない幽玄の『オセロー』シェイクスピア四大悲劇の一つ『オセロー』。黒い肌の傭兵将軍オセローが、部下の姦計から猜疑と嫉妬に狂った末、最愛の妻を手にかける――舞台はもちろん映画化もされるなど、今も世界中で上演され続けているこの傑作悲劇を、宮城聰は「夢幻能」の形式を用い、オセローに殺された妻デズデモーナの側から描くことで、痛切な「愛の物語」へと昇華させます。「夢幻能
-
ナイロン100℃初期の作品を、オダギリジョー、古田新太など新たなキャストによりKERA自身の演出でパルコ劇場にて上演。新聞各紙が煽り立てる、「変態コメディアン、アーバックルの正体」、「ハリウッドの殺人鬼アールバックルを許すな」。17年後の街を歩きながら、ビリーはデニーに言う。「実を言えば、私も初めのうちは疑っていたのです……」。デニーは少しずつ、ビリーの思い出に興味を抱き初めているようだ。腹を減ら
プラハ在住の人形劇師・沢則行と、札幌在住の俳優・演出家・劇作家・斎藤歩。北海道出身の舞台芸術家2人による、人形劇と演劇の狭間を衝く舞台芸術作品を創造。旧樺太で北方先住民が彫った木の人形・セワポロロと、礼文島で出土したの海獣の骨でできた人形・歯牙女性像が、北海道の北の果て、日本海に面した抜海(ばっかい)の海岸線で出会う、人形劇と演劇を併せ持った物語。
異才、後藤ひろひとが仕掛けた罠…伝説の衝撃を超える震撼のラスト!笑いの扉を開けると、底なしの恐怖が、待っていた…売れない童話作家の平川(成河)が披露する奇想天外な童話に、近所の子供たちは大はしゃぎ。けれども、童話の登場人物や題名はレスラーの名前、テーマも"三流大学出身より高卒の方がまし"だから、子どもの親からはクレームばかり。公園に集まる子供たちの中には、へんてこ童話の主人公になりきって現れる奇妙
この町では、午後5時になると防災無線から「恋はみずいろ」のメロディーが流れる。青年は母親の行方を追ってこの町にやってきた。この町は母親の故郷で、認知症になった祖父が老人ホームで暮らしている。祖父は青年のことを覚えているのだろうか。そして、母親はこの町のどこかにいるのだろうか。メロディーが鳴り止むと、青年は意を決して老人ホームのエントランスへと足を踏み入るーー。
Eラーニング(株式会社 流)
④ 美術・大道具ニューヨークを拠点にブロードウェイ・ミュージカルを中心に舞台美術家として活躍し、母校でもあるイェール大学舞台芸術大学院美術学科で講師を務める幹子S.マックアダムス氏による、アメリカ舞台美術入門講座。戯曲へのアプローチやリサーチ、演出家、及びクリエイティブ・チームとのコミュニケーション、模型製作やデザイン作業、予算や労働環境、そして支援組織や労働組合など、さらには米国の大学・大学院で
数奇な過去を持つ三人の大泥棒、和尚吉三、お坊吉三、お嬢吉三はある日大川端で偶然出会い、兄弟の契りを交わす。そのきっかけとなった、道具屋の手代十三郎は、同じく大川端での事件をきっかけに土左衛門傳吉に助けられ、娘のおとせと好き合うようになる。が、実は伝吉は和尚吉三の親であり、昔十三郎を捨てた生みの親であり、おとせと十三郎は双子の兄弟。絡まり合う糸のような運命に翻弄される兄弟と、三人の大泥棒が捕らえられ
夫婦印プロデュース
舞台は、客あしらいに長けた小粋なお女将が女手一つで切り盛りをしている小さな居酒屋。彼女には息子が一人。ある日、やってきた生真面目そうなサラリーマン。彼には娘が一人。店の二階にある女将の部屋でイライラと閉店時間を待つ男。ようやく暖簾を下げて女将がやってくる。一方的に責め立てる男に最初は気圧されていたが、そこは世慣れた女将。<次第に形勢逆転。さて、コトの結末は…。世代を超えて笑える人情喜劇
COCOON PRODUCTION2025
松尾スズキが主任を務める演劇の学び場、「コクーン アクターズ スタジオ」。昨年レッスンを修了した第1期生の有志11人が、松尾と共に新ユニット「ブルードラゴン」を結成。その発表公演として『シブヤデマチマショウ』を上演いたします。本作は、松尾が過去に書き下ろした短編作品、ミュージカルナンバーなど多彩な要素を盛り込んだエンターテインメントショウです。笑いあり、歌あり、踊りあり、若さ溢れる疾走感で、“今こ
FUKAIPRODUCE羽衣10周年記念特別公演
円形のスタジアムの中で、都会の孤独を描く妙ージカル。結局さ 傑作さ 人生悲劇でも喜劇でもねーが。
アバカノヴィッチの母国ポーランドでの「アバカノヴィッチへの手紙」の公演。本作はアバカノヴィッチと元藤燁子との共同演出の作品として発表されてきたが、ついにポーランドに招かれての上演となった。ワルシャワで開催のアバカノヴィッチ展のオープニングに合わせての野外公演で、男性舞踏手の群舞と元藤のソロのダンスに、斎藤徹のベースと2本の箏(17弦)が加わり、悲惨な歴史の地ポーランドでの鎮魂の舞踏となった。
認知科学の分野ではユーモアとはエラー発見の報酬としての喜びであるとされる。ボーナスだと言われてナスを渡された人が喜ぶ。「どうして私達はエラーを発見して喜んでいるのか」をぬいぐるみのユモ氏が語りその実例として40演目近いショートコントが行われる。レクチャーパフォーマンスとしてのコント公演であり、明日のアーの10年に及ぶユーモアの探求によってこれまでわかったことを伝える集大成的作品。
レクチャーパフォーマンス
体育教員の目線から、なぜダンスが体育なのか等を問うた2016年初演『ダンスハ體育ナリ』の第二講。1937年に披露された「建國體操」を軸に体操との差異を歴史から紐解き、ダンスとは何かを問う。オリンピックに向けて建設中の国立競技場を遠目に、今一度踊り手としての立ち位置を確認する。Dance Archive Project2018参加。
QoiQoi第3回本公演、文化庁AFF2採択。2020年から続けている福島県でのリサーチをもとに、家族の心のつながりを描いた意欲作。あらすじ今から遠い遠い未来の話。父親の死がきっかけで、10年ぶりに実家に帰ってきた長男、与人。与人の帰りをよく思っていない弟、愛生。2人を見守る母、聡子。あの時の事故で壊れた家族の歯車が、再び前に進み出す。
紀元前221年、圧倒的な野望の力で戦国の中華をついに統一した秦の始皇帝は、死を間近にして、東海の彼方に浮かぶという神仙の霊山に不老不死の夢を抱き、奇跡の果実を探そうとする。命を受けた方士ジョフツは三千人の童男童女を従え、歴史的大移民船団を仕立てて東の海へ漕ぎ出し、大航海の末、ついに日本の富士山麓にて不老不死の実『ときじくのかくのこのみ』を見つけ出したか、そうでないのか。その後、ジョフツは秦に帰るこ
2001年にシアタートラムで初演され、海外でも高い評価を得た舞踏家・笠井叡の独舞の代表作『花粉革命』。同作を、息子である笠井瑞丈の身体で再演した。上演の度に、演出・振付に手を加え、熟成されてきた作品を、次代の表現者に引き継ぐ試み。
「先の見えない創造」を続ける者の恍惚と不安、二つ我にあり!所詮この世は冥府魔道、ならば唄って歩けよ地獄のハイウェイ!歌とダンス、名優たちによる珠玉の演技で彩る青春残酷物語!!
オドキメドキ 良い時 悪い時欲しいものが何なのか、口の前に手を運ぶ・・・どれだけ食べても、お腹はいつも空いている。おどきめどき 良い時 悪い時彷徨うワタシの一体感、引き寄せては味わう・・・
幼馴染のアンジェリコとラファエロは、繭期を迎えクランで再会。ディエゴ、エミール、ジュリオという上級生とも出会い友情のような絆を育むも、とある事件をきっかけにその友情は脆くも崩れてしまう。少年たちの束の間の青春と決裂を描いた「月の翳り」編。その後の物語として、『TRUMP』のもうひとりの主人公・呪われた少年ウル、そしてデリコ家の知られざる父子の想い、結末が描かれた「星ひとつ」編をダブル上演。TRUM
大野一雄を世界的舞踏家に押し上げた代表作。1977年初演。「ラ・アルヘンチーナ」とはスペイン舞踊の革新者として知られるラ・アルヘンティーナ・アントニア・メルセのこと。大野一雄が1929年に帝国劇場でメルセの来日公演を見たときの深い感動が創作の源となっている。「頌」は讃えるの意。
柿喰う客フェスティバル2017
やるき坂小学校ぴっかぴかの一年生の私の後ろを何者かがついてくる気配がする。後ろを振り向くとそこには、自分と同じぴっかぴかの一年生がいた!?どこに行くにも一緒、何をするのも一緒な二人は、趣味嗜好がどこまでも一緒で…「この戦いの結末は…入念に打ち合わせ済みだ!」あらゆる反則技が許された男たちの、壮絶かつ予定調和な死闘。俳優2人による意地とプライドを賭けた演劇勝負、ついに開幕。
-
ロームシアター京都 × 京都芸術センター U35創造⽀援プログラム“KIPPU”
「村八分」「集団農場」「ブラック企業」といったムラ社会的な閉鎖コミュニティを舞台とした〈集団暴力シリーズ〉の集大成的作品。雪深い山奥にひっそりと佇む民宿を舞台に、野生動物たちと共生する一族と、村の人々との衝突を描く。過去シリーズにも通底していた「家族」というモチーフを前景化し、それらを繋ぐ「食」という営みに焦点を当てながら、原始的かつミニマムな共同体の呪いと可能性へと切り込んだ。
旧約聖書『ヨブ記』を、現代日本の女性の物語として翻案。希帆はシングルマザーの風俗嬢だ。育児放棄し、仕事も欠勤し、転がり込んだ男の部屋で酒浸りになった彼女の元に、兄、大家、兄の弟分のチンピラが代わる代わる訪れては大量の「正しい」言葉を浴びせかける。旧約聖書のヨブはよかった。自分の受難を訴える言葉と、訴える相手の神もいた。でも希帆は言葉を持っていない。声なき人の声は、どのようにこの世界に現れるだろう?
ストラヴィンスキー作曲「春の祭典」、石井みどりの振り付けはよくある生贄の物語やスペクタル舞踊でない、石井みどりが名曲から得たインスピレーション、「自然と生命力」がテーマとなっている。ダンサーたちの曲線と直線のせめぎあい、重心移動によって運ばれる足、中心から裏へ身体を使うさま、動中の静などがみどころで、身体がとらえる表現の最終章は、みごとな人間讃歌となっている。
初夏。山あいの田舎町。父、母、兄と実家の工務店で暮らす田村鈴子は、家族間の静かな歪みに悩んでいた。表面的には仲の良い田村家だが、5年前、長女・千鶴が亡くなってから、その関係はどこかおかしくなっていた。ある昼下がり、千鶴の霊に憑りつかれた一人の女が、田村家を訪れる。それをきっかけに彼らの関係は大きく揺り動かされる。幻想的な夏の一幕をブラック・ユーモアを交えて軽妙に描く、さみしくも美しい家族劇。
1986年に起きた大島三原山の噴火に触発されて描かれた、人類の暴挙から生まれた怪獣「ゴジラ」が、人間の可憐な少女に恋をするという育奇想天外な恋物語。怪獣「ゴジラ」を等身大の俳優が演じ、観客との共同幻想で、舞台に巨大な「ゴジラ」を登場させた。大島元町に住む一之瀬家では、長女やよいからの「会ってもらいたいひとがいる」という電話に、上へ下への大騒ぎ。しかしそこに現れたのは「ゴジラ」だった。家族は猛反対、
「冒険と友情」を描いたお祭りミュージカル第1弾「ヤンタ森へ行く」は各地の子どもたちに愛され、厚生省中央児童福祉審議会の平成7年度推薦文化財に指定されるなど、好評のうちに、98年3月で終演しました。これに続く第二弾を、いじめが猛威をふるう子どもたちの世界に「自分・命・愛を確かめる場」を願って創出しました。わらび座が46年間蓄積してきた民族舞踊を存分に駆使した舞台です。
シェイクスピアの『ヘンリー六世』から、シラーの『オルレアンの乙女』、バーナード・ショー『聖女ジョウン』、そして、ジャン・アヌイの『ひばり』まで、ジャンヌ・ダルクは、処刑される魔女、天使、悲劇のヒロイン、救国のひばり等々として様々に解釈されてきた。SPAC版『ジャンヌ・ダルク』は、アヌイの『ひばり』を原作としながら、チャッキリ節、真室川音頭、三階節、相馬盆唄などお馴染みの日本民謡に数々に乗って、野外
昭和17年1月8日亜也子は北浦家へ嫁いだ。祝言の日、姑・操との葛藤は火花が散り、夫・清三郎には召集令状がまい込む。姑夫婦、小姑、疎開してきた親子までを亜也子一人で養って行かなければならなくなった。土地のクセ者とわたりあい、あらゆる手段で生き抜いていく。銃後もまた戦場である。終戦をむかえても亜也子の戦いは益々困難をきわめていく。そして日はめぐり、大晦日。ささやかな餅つきの場に、戦死したはずの清三郎が
TOKYO DANCE SCENERY
中国北宋時代の廓庵禅師によって、禅修行を牛と牧童の関係で暗喩的に10枚の絵と共に描かれた、十牛図をモチーフに作られた。舞台上には宇野萬によって製作された、蹄の無い4頭の牛がいる。絶望的な闘いの後に得たものは何か?その時初めて彼は絶対無(空)に到達する。禅宗の難テキストに正面から挑んだ名作で国内公演はもとより北中南米大陸、フランスにて大好評を得た。
去る3月に京都の毎日新聞ホールで初演した「10099101」は、昨年3度にわたって創り継いでいった各章の一挙上演であった。作品を纏めていく過程で思わず吹き出た突起物を、あえて肥大化させてみたい。この機会に、正史に対する異伝、自作を食い荒らす鬼子のようなものを産みたいと思う。例えばほくろを癌に変えるように。
それは地球史46億年の記憶を備えた石。ヒトの記憶と共に新しく生まれ育っていく……不思議な詩を口ずさむ少女が棲む石だらけの世界に、ある日、七人の老人たちがやって来た。老人たちが目指す約束の地とは? 少女の正体は? 耳を澄ましてごらん、ほら、石が泣いている……アナタ、記憶ヲ美化シテハ、イケマセン……演劇舎螳螂、初の東京・大阪連続公演で送る小松杏里の「レプリカ」以来約二年ぶりの新作書きおろしSTROMA
邦楽 華麗なる技
邦楽の「技」と通じてその楽しさを堪能するシリーズ。義太夫節は浄瑠璃のクライマックスともいうべき「段切り」の魅力に迫ります。出演 浄瑠璃 竹本千歳太夫 三味線 豊澤富助、ツレ 豊澤龍爾 聞き手 磯西真喜演奏「近頃河原の達引」堀川猿回しの段 より 「絵本太功記」十段目 より 「菅原伝授手習鑑」佐太村桜丸切腹の段 より 「摂州合邦辻」 より 「新版歌祭文」野崎村の段 より
明治末期の東京下町の情景、そこに生きた人々の人情を描いた、浅草で生まれ育った川口松太郎の同名小説がもとの舞台。明治末期、東京下町にある料理旅館「しぐれ茶屋」を舞台に人々の人情を描く。
【Story】少年ワタルと仲間のチョウ、テツオは、ある日死んでしまった兄貴分のセントクの遺骨を運河に流す。直後に不良グループに襲われて気を失ったワタル。気がつくと彼は瀬戸内海を西に向かう小さな舟に乗っていた。 上陸した小さな島には巨大な煙突の立ち並ぶ精錬所があり、明治時代の労働者たちがモッコを担いで働いている。そこに混じって働くチョウとテツオを見つけたワタルは、死んだセントクと瓜二つの、韓国語を話
大阪・生野の片隅で、笑顔を忘れたはずの女が笑顔を残した。ある年老いた兄妹達が、長姉の死を目前に集まった古い家。時間が風化を止めた一室で語られるのは思い出話と、迫り来る現実の話。異国を異国のままに生きる者。異国を自国と選ぶ者。静止した部屋に散りばめられた謎。残された『今』の真ん中で、十代の子供達は去りゆく時代をただ見つめている。
天と地 / 火と水 / 水と油 / 生と死 / 豆腐と鉄鎚 / 右手と左手 / 石と紅 / 男と女 / 臼と杵 / 大便と小便 / 頭と尻 / 月とスッポン / 明と暗 / 無音と音 / 老子と孔子 / 兄と弟 / 金魚鉢と太平洋 / 赤と黒 / 狐と狸 / 花と龍 / 内と外 / 床と天井 / ヘビとネズミ / 鏡と人形 / 点と線 / 麦と兵隊 / 泥と砂 / 乾燥と湿潤 / 手と足 / 肘と
ある夏の日、<友>が<私>を訪ねてくる…登場人物はその二人だけ。長い長い別れ話が始まった。■ものがたり蒸し焼きにされそうなある夏の日。畳の上で部屋着姿のまま床にはいつくばる「私」の前に、高校時代の同級生「友」が現れる。話を聞くと、自転車に乗ってずいぶん遠くから走ってきたという。久しぶりの再会に喜ぶ二人は、じゃれあうように会話を楽しむ。しかし、ふとしたはずみで出る「友」の言葉は、二人の間には埋めるこ
“きたるべき世界はファンタジーからしか生まれない。”名作『モモ』につづく、ピエロの「ジョジョ」の物語。解散の危機にゆれるサーカス団に、巨大化学工場から“おいしい”話がもちかけられた。ただし、一座から少女エリを追い出すという条件付き…。現実を受け入れるか、大切なものを守るためにたたかうか――悩むピエロのジョジョや団員たち。けれど何も知らないエリはいつものようにお話をせがむ。ジョジョが語りはじめた恋と
全世界の登録数は700万人超の紹介制ネットカジノ「K2」を匿名で運営する美菜。「K2」内で最も人気を誇るオンライン型育成カジノゲーム『earth』は、ユーザー間で「アス」「けつあな」と呼ばれ親しまれ、『流せ、すべてのセンス。』というキャッチコピーには宗教家である美菜の思想が反映されており、ゲーム内にユーザー独自の地球を作り、歴史も価値観も生き方もすべて自由に変えられる星育成システムで話題を呼んだ。
(フライヤーより)「ある日、私は生まれました。そして、ついてなかった。おしまい」溜め息でバースデー・ケーキのロウソクの火を吹き消す中年アリス。と、その瞬間、一人きりのはずの部屋に、拍手と歓声が沸き起こった。これは、ワンダーランドから見放されてしまった中年アリスが、落っこちた涙の池からはい上がるための実践的セラピー。昨年、文化庁芸術祭賞を受賞した遊◎機械/全自動シアターが放つ2年ぶりの新作。
あかちゃんとおとなのための舞台芸術ベイビーシアター
テーマは、狩猟採集社会のコミュニケーション。「ひととどうぶつがはなしができて 森や風や、さまざまなものに心をかよわすことことができて、ひとびとは、うたうように おどるように おしゃべりをしている・・・。そんな場所がこの地球のどこかにあらならば、あかちゃんは誰よりもその場所のことがよくわかるのかもしれない・・・」森や動物と密接な関係をもつ狩猟採集社会の文化にインスピレーションをうけ創作された本作は、
既成戯曲の演出シリーズ
2018年以降、演出家・大石達起が「既成戯曲の演出」をテーマに「gate」ディレクターを務めてきました。その発展版として上演された、「既成戯曲の演出シリーズ」のVOL.2。『わが町』でお馴染みのソーントン・ワイルダーの戯曲『特急寝台列車ハヤワサ号』を演出家・山口浩章氏(このしたやみ)をお迎えして上演しました。
白虎社のイメージビデオ作品「ミラクルレポート」。ディレクション・編集は、ビデオアーティスト邱世原(きゅうせいげん)。「グルメ狂時代」、「ギガー」、「アリス」、「チャイナタウン」の4部作で、1986年の台湾ツアーの際に撮影された。
ミュージカル『薄桜鬼』
2.5次元ミュージカル/舞台
ある朝目を覚ました女は、妙な既視感に襲われる。「私また、昨日にいる--。」その夜から夢に現れた鴉とともに、繰り返される一日からの脱出を試みる彼女だが……。やがて起こる日食、そして鴉によって語られる「盗まれた手紙」の正体とは?エドガー・アラン・ポーからパウル・ツェランに至る西洋詩の系譜と、2000年代日本のオタクカルチャーが形成した「セカイ系」を融合させ、現代の会話劇として舞台化。
今作は、サミュエル・ベケットの戯曲「ロッカバイ」に触発され創作した。 「ロッカバイ」は、家の中で死と向かい合う老女の孤絶を描いていたが、今作は、公園にいる家を失った一人の女にフォーカスした。帰る家を失った女が、かつて住んでいた幻影の家に戻っていく思いにとらわれている。 コロナ禍で仕事や家を失い、公共の場でさらに孤独を深める人たち、その老い、死など現代社会の課題を鮮明に浮彫にする。さらに、今もなお世
〈現代日本演劇のルーツⅧ〉
洗練された演出と俳優の豊かな身体性で日本の名作戯曲を現代化し、注目を集めているエイチエムピー・シアターカンパニーの新作は、歌舞伎や文楽の金字塔「忠臣蔵」を上演します。 元禄年間の大事件「赤穂事件」を題材にした「忠臣蔵」を、現代の視点から大胆に解釈し、今回は、赤穂城の明け渡しから吉良邸討ち入り、吉良の首級をあげるまでを描きます。 「主君に対する忠義心」が美談として語られ、今も人気が絶えない「忠臣蔵」
姥捨て山伝説を元にした「楢山節考」を演劇化。素舞台の中、アンサンブル表現とテーマ小道具の「木枠」を使い、様々な場面や心情を描写し、高齢化社会の今と重ね、3世代の葛藤を描く。2015年初演以降、再演を重ね、中国やマレーシアなどで絶賛。2021年秋に茨城、北海道、岩手など6都市公演を敢行。地方の老若男女にも響き、95%以上の満足度を得、客席を感動の渦に巻き込んだTHEATRE MOMENTSの代表作。
(フライヤーより)3つのダンスで奏でるグリム幻想曲(ファンタジア)'85年と'86年は、グリム兄弟が生誕してからちょうど200年目。兄弟の「グリム童話(メルヘン)」は、今や子供から大人まで広く親しまれ、国を越えて世界中に愛されています。夢・ロマン・笑い・残酷・皮肉・愛・エロティシズム……。グリム・メルヘンは人間そのものの息吹と言えます。ところで、今回の「グリムふぁんたじあ」は、このグリム・メルヘン
物語は、イザナキノミコト、イザナミノミコトによる国生みの時代が始まります。イザナキノミコトの子であるスサノオノミコトは、高天原で問題を繰り返していましたが遂に姉・アマテラスオオミカミの怒りによって幕末時代の薩摩藩・錦江湾(きんこうわん)そこで、スサノオノミコトは、西郷吉之助(隆盛)と運命の出会いをします。さらに、アマテラスオオミカミはスサノオノミコトを反省させようとスサノオノミコトと西郷吉之助の心
栃木から上京し旅館で女中奉公をしていた戦中、彼女には仄かに思いを寄せる陸軍少尉がいた。タヅは自分の気持ちを殺し、思い合っていた少尉と同僚とよの間を取り持とうと腐心していた。しかし少尉はサイパンで戦死する。その後タヅは結婚するも、夫は戦災のところに入り浸るなど、不幸な結婚生活を送る。二人の娘を授かるも夫は病死、女手一つで育て上げた。そして現在。タヅは何を思ったか、新婚4カ月で亡くなった次女の亭主・和
大胆で個性的な製品で知られた京都の老舗着物メーカー小松屋の「蔵人グループ」の旗上げショー。会場は京都国際会館のエントランス野外で、当日は雷雨に見舞われたが無事に開催された。着物地を素材とした「16世紀吠える男どもの衣装」を白虎社の男性舞踏手がまとって踊る。白虎社のニュースレターに掲載された「蔵人」の広告には、「蔵人とは〇〇に逆らって造った 本当はプライベートブランドです」とある。
1300年前の風景がいまだに残る国東半島の自然や神仏習合の文化 、半島での暮らしとそこに流れる時間を感じながら巡る一日の体験。食事も含めて、その体験がひとつの作品として提示されるのがアートツアーです。今回は演出家・飴屋法水と小説家・朝吹真理子をはじめとするメンバーが国東半島に滞在し、現地の子供たちと出会いながら、作品を製作。アーティストたちが選んだ国東半島の魅力的な場所を巡り、ひとりひとりの体験が
(フライヤーより)アメリカからヨーロッパへと発信されたダンスは、いま様々な国で受信されて同時多発に演舞をはじめた。まるで21世紀のダンスシーンを予感させるように………。様々なダンスシーンを展開してきた青山円形劇場は、世界最大のシャンパンハウス モエ・エ・シャンドン社の特別協賛を得て、ヌーベル・ダンスの新しい潮流──マリレン・ブルーケール・ダンス・カンパニーICOSAÉDREの初来日公演を1992年
劇団 夢の遊眠社第43回公演・解散公演
1981年10月、駒場小劇場で初演された初期の代表作。92年9月~11月、劇団 夢の遊眠社解散公演として、近鉄劇場、シアターアプルで上演された舞台を本アーカイヴに収録した。<あらすじ>無法松は、百十億年のあいだ、人力車を引き続けてきたのだが、車にのっていたはずの「ぼんぼん」が消えた。ゼンダの森にある城の前、赤頭巾という少年が、門を押し入ろうとしている。少年十字軍を気取っている三人トーマ、ユリスモー
近代劇の父イプセンの代表作である「人形の家」。新時代の女性解放の問題作として、多くの論議をわかし世界各国で上演され続けてきた。本作品では、単に人形扱いされて家出するノーラという今までの舞台とちがった千田是也の新しい演出による、人間性開放のノーラのドラマをお贈りいたします。
眠れない夜に、僕はよくあの学校の屋上へ行った。いつもそこにはこの町の王様がいた。頑張らなければ生きられない昼間を、生き抜くための答えを求めて、夜の屋上に人が集まる。彼らは町の地図を作り、花を植え、本棚を置き、絵を飾り、町を少しずつ統治していく。王様はただ好きなことをして、この町を好きだと言った。その夜の特別な時間は、いつか終わりを迎えるのだろうか。その時僕は、どうやって昼間の時間を生きるんだろうか