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川口隆夫ディレクション企画「舞踏 ある視点」
内省的なパフォーマンスに多くの支持者をもつ、佐藤ペチカのソロ新作。水槽を抱えて旧博物館動物園駅の階段を降り、地下空間で水と遊戯し、やがて大きな向日葵のオブジェをまとう佐藤ペチカは、幼虫から蝶へと変態して地上へ向かう。地上と地下、生と死、内と外の関係を変容させていく、静かなスリルに満ちた映像作品。
本作品は1967年に寺山修司が主宰する演劇実験室「天井棧敷」の旗上げ公演として上演されました。寺山作品初期に見られる母子の愛憎、寺山自身と母との確執をモデルに描いた作品となっています。B機関は演劇と舞踏の融合を目的として舞踏家の点滅が2016年から2023年まで主宰した演劇舞踏ユニットです。本作品は2017年に上演されたその第二回公演となっております。
Eラーニング(日本演出者協会)
② ドラマターグこのシリーズでは、ドラマターグ(ドラマトゥルク)の仕事について詳しく紹介します。聞き馴染みのない「ドラマターグ」と「ドラマツルギー」について、分かりやすくお伝えする全2回の講義形式です。「自覚なきドラマターグ担当が現場にいる」「ドラマツルギーは稽古場にとどまらない」「荷物を持たない人」など、知的好奇心をくすぐるヘッドラインとそこから繰り広げられる精確な解説は、初心者からベテランまで
黒ねこのルドルフは、ひょんな事で乗ったトラックで、遠い遠い町、東京へ。ひとりぼっちになったルドルフは、ボスねこのイッパイアッテナに出会った。イッパイアッテナは文字が書けて、色んなことを知っていて、しかも人間との付き合いがうまい、とてもすごい野良ねこ。ルドルフはイッパイアッテナから、野良ねことしての生き方や、文字の読み書き、知ることの大切さを学び成長していく。そしていつしか友情が芽生え……。ルドルフ
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輝かしい命を持った13歳が自らの手でその命を絶った。誰もがその事件の当事者である。空を飛ぶ翼を、銃弾で撃ち抜かれ、二度と飛べなくなったノガモとは、夢見る力を、現実という銃弾で粉々にされしまった人間のことである。それでも彼らは生き続ける。人間を見に来て欲しい。人間ほど面白いものはないのだから。
50年にわたり舞踏家として活動している雪雄子の北国での生活を追う民族誌学映像作品。この映像は森と人、記憶から生命のかたちへの賛歌であり、森羅万象の宿る場で、日常の生活のなかから踊りが生まれる瞬間を記録したものである。2021年、米国地理学会や日本文化人類学会等で上映された。
不思議の国・イーハトーブへいらっしゃい。優等生の冴島あおいと、派手なグループの中で本音を隠して生きる青木めぐるは、同じ高校に通う幼なじみ。ある日、二人の前におしゃべりで大きなドラネコが現れた!「イーハトーブへいらっしゃい!」と、ドラネコは不思議なワンダーランド「イーハトーブ」へいざないます。「失くしてしまった大切なもの」を探すべく、二人は旅をすることに。川底に生きるカニの兄弟、黙々と杉の世話をする
石井みどりが戦前に訪れた中国他、様々な夢の断片がコラージュされた作品。“夢はある時、においや色、光、熱の交錯などで夢幻の境地へ誘い、またある時は、まばたきの一瞬の間に想像的な旅となる。”
東京で会社員をしていたマリカは、友人に韓国恋愛ドラマを勧められ激しくハマる。そして一念発起し単身渡韓、シナリオライターを目指す。スクールに通いながら書いた一作目が思いの外韓国でヒットした。一躍売れっ子脚本家になったマリカだったが何処か釈然としない気持ちを抱えていた。それは、書けてしまった作品がラブストーリーとはかけ離れたバイオレンスものだったからだ。自分の才能と憧れとのギャップに苦しむマリカだった
ミュージカル映画『ブリガドーン』、水木しげるが好んで描いたブリガドーン現象のイメージをちりばめながら、高校演劇指導者として知られる畑澤聖悟が、高校演劇をモチーフに描いた初めてのオマージュ作品。そして、見終わったとき、震災の風化に対する作者の思いがひたひたと伝わってくる。
「横尾忠則展 天界の法則」で白虎社が出前芸術体スペシャルライブ「ニュー逢魔が時ーヨコオタダノリにふれるー」を上演。道頓堀橋から白虎社の面々が人だかりを引き連れて練り歩き、会場に入れなかった50名余りは別階のモニターで観劇した。「逢魔が時」は作品として独立はしていないが、出前芸術体の定番演目で、他の作品に取り入れられている動きも多い。横尾忠則は白虎社との交流が深く、関西方面来訪時にはきまって白虎社の
舞台を沖縄に設定し米軍をモチーフに使ったオリジナルミュージカル。愛・家族の形をテーマにしている。【あらすじ】ヒナタは祖母の光子と弁当屋を営みながら暮らしている。ある日、中学時代の同級生ショウと行ったダンスクラブシエルのパーティーで、米兵・日系ハワイアンのダニエルと出会って恋に落ちる。しかしスーパーへの流れ弾事件、光子の急逝が二人の運命を翻弄する。二人が悲しみを乗り越えた先に見るものは?
近未来、虚構とリアルが入り混じる世界・・・誰も観たことがない『ロミオ&ジュリエット』が、2019年夏、Rock Opera『R&J』として新しく誕生する!!【あらすじ】ロミオ「一目惚れって信じる?」ジュリエット「信じる!」AIがほとんどの労働を担う時代。人々は退屈していた。そして巨大都市の若者は、“グルッパ(不良)”と“ビアンカズーリ(警察)”に分かれて対立した。抗争という名の、命を賭けた暇つぶし
こまつ座と座付作者みずからが、愛してやまぬ戯曲『人間合格』。文学史上不滅の小説家太宰治の生涯をいきいきと描いて、はじける笑いとあつい感動が劇場をつつみこむ。
老婆の双子アネネとイモモは画家で、今でも一緒に絵を描いている。アトリエの窓から四季折々を眺め、春には思春期の、夏には青年期の、秋には壮年期の、冬には老年期の、あのひとたちを思い出し描いている。そんなあのひとたちによる人生のリサイタル。 シアタートラムネクストジェネレーションvol.2の一公演。生バンドによる演奏、ライブペインティング、1曲のみに参加する約40人のゲスト出演者等、特別な演出が多数盛り
青春の終わりを予感する青年は、西陽差す六畳一間で孤独な夕暮れを迎えた。古い木造のその部屋には、数々の住人達が残して行った傷、シミ、体温、気配が漂っている。押し入れに布団を敷いて寝ている男の登場をきっかけに、数十年の間、引っ越して来ては去って行ったであろう住人達が次から次へと帰って来てしまい、その部屋の所有を主張する。青春の手応えを見失った青年は自分を証明できるのだろうか…。
相原志保が、短大時代に出会った友人・澤田まゆといつもの喫茶店でお茶をしている。今朝見た夢についてお話をしていると、見知らぬ人が会話に参加してきた!……のであるが、それはどうやら澤田まゆの高校時代の友人・上村岬で、相原志保とは以前にも会ったことがあるという。最初の出会いは去年の冬、、、冬?「あれ?そもそも今年の冬……あった?」「冬のことをまったく思い出せなくなってしまった」という症状が出始めた世界の
Eラーニング(株式会社 流)
① 舞台監督・演出部・ドラマターグ「舞台監督」、「ドラマターグ」、そして「米国劇場ツアーとシアター・スペック」をテーマとする3本の講義動画と、「日米の舞台監督によるディスカッション」動画の計4本を作成。「舞台監督」編では、ブロードウェイを中心に活躍する横尾沙織氏を、また「ドラマターグ」編ではニューヨークを拠点に活躍するダーニャ・マーティン氏を講師として迎え、米国におけるそれぞれの仕事について講義し
こころねっと KANSAI×DIVE プロデュース公演
本作は短編三本で構成されるオムニバス作品。アルコール依存症当事者を描く『わらってゆるして。』。家族に焦点をあてた『やがて窓辺にあかねさす』。ケースワーカーが登場する『SALT』。三つのエピソードを通じ、依存症から立ち直ろうとする人と、それを支える人たちの姿を見つめる。
シェイクスピアの恋愛悲劇『ロミオとジュリエット』とプロコフィエフの音楽をもとにした、金森穣創作の劇的舞踊『ROMEO&JULIETS』。Noismの舞踊家に加えてSPAC-静岡県舞台芸術センターの俳優が出演。舞踊家達の雄弁な身体と旋律のように言葉を操る俳優の身体が、対峙しながらも重層的に鳴り響く。その先に現れるのは、舞踊でも演劇でもない「劇的舞踊」でしか描けない“ロミオとジュリエットたち”の物語。
濡れ濡れべたべた この町の実在する小都市が雨にけぶる。近代とは、限りなく現代に近い過去。足元を水が流れる。調査によりますと、わが啄木研究会の温度は、全国平均より三十五%も高い。湿気の主な原因は、工藤一先生のよだれ、寝汗、つばき、たん。しかし、なんといっても最大の要因は雨。工藤一に雨が降る。石川啄木の本名も、一。はじめの一歩。啄木は七つになるまで、母方の工藤姓を名のった。しかし、こちらの工藤一、七つ
2003年から2007年にかけて展開したカンパニープロジェクト「戦争三部作」の第二作目となる作品。対立するイデオロギーを時に抽象的に、時に具象として舞台上に表出させる。作品前半のコラージュされた言葉と無意味な行為とも取れるコミカルなムーブメントから一転、後半はまさに世界が戦争に向かっている現状を見る者に想起させるシリアスな展開で観客を魅了する。ラストシーンでは生花によって人体を模して作られた三体の
陸の上には「るーる」の国の王がいて、海の底には「ひーる」の国の王がいる・・・その国は蔵王(ざおう)が作り、ルールを定めた国だった。王の子、蛭子(ヒルコ)の死を巡って、ある秘密の因縁が存在する。そんな国の末端の漁村に“えびす”という半身不随の仮面の男が漂着し、 人々の想像を掻き立てる。それが復讐に帰って来た青鐘やヒルコに違いないと恐れる蔵王だが、はたしてその正体は・・・?
(フライヤーより)環状線ラプソディ『終着駅』翔べない天使(エンジェル)が数羽和(やすらぎ)もとめて輪を描く話[かいせつ]終戦直後の不思議に明るい猥雑さのなかで、漂うように死んでいった男たち——失われた戦後空間を見直す、静かな意志を秘めた結城昌治の秀作を今人気の若手劇団のホープたちが演じます。青山円形劇場の空間に、この秀作の感動がひそやかにうごめきはじめています。これはドラマでもミュージカルでもない
1972年日本への沖縄返還が行われることとなり、沖縄は大きく揺れていた。政治、市民の生活、そして裏社会、すべてが交錯し、火花を散らす。核や軍用地を巡る密約はほんとうにあったのか。現代日本の問題の縮図が噴出する1972年の沖縄を舞台に、政治とはなにか、外交とはなにか、生きるとはなにかを問いかける。
戦後、復員してきた松尾大吉(六角精児)が妻・弥生(冨樫真)の元に帰ると、そこには二人の女・番場(秋野暢子)と小梅(川島なおみ)が居候していた。しかし、弥生たちは大吉が死んだものと思い込み、既に葬式もあげてしまっていた。その上、弥生が本当に待っていたのは戦争のどさくさで結婚してしまった大吉ではなく、番場の息子・裕介だった。立場のない大吉を目の前に、裕介の帰りをそれぞれの思いで待っている番場と小梅と弥
新劇100年Ⅱ 珠玉の一幕劇集
作品の元となったのは、「卒塔婆小町」という謡曲に題材を借りた、現実と幻想は妖しく交錯する三島一流の虚構世界。五つのベンチでは五組の男女が恍惚として相抱擁している。そこに一人のオジャマ虫老婆がやってきて、一組の男女を追い出し、中央のベンチを乗っ取る。それを見ていた酔った若い詩人が近づいてくる。乞食老婆は若い詩人の顔をジッとのぞき込み、「若いのに寿命はもう永くない。死相が出ている」と言い放つ…。
東京郊外の築40年ほどの一軒家を改装して作られたシェアハウス。2階に大家の春山夫妻が住み、個室の5部屋には、シングルマザー、外国人就労者、引きこもり中年などの面々が住んでいる。妻の喜代子は、食事会を開いて住人たちの相談に乗るなど、まるで母親のような存在だった。その喜代子が怪我で入院し、夫の秀夫がその代わりを務めることに――。シェアハウスで起こる身近な問題を通して、多様性を認める社会の大切さを描く。
ゾウの等身大パペット(人形)で魅せる、人間の女の子に恋をした子ゾウの物語。子どもは、もちろんのこと、パパ、ママ、おじいちゃん、おばあちゃん、の三世代が楽しめる演劇作品であり、歌とダンスの入った、甘く切ない音楽劇。日本の文楽のテクニックを取り入れ、子ゾウの等身大パペットを、三人のパフォーマーたちが時に緻密に、時に大胆に操る。劇中歌は、当作品のために書き下ろしたオリジナルのメロディー。
ギリヤーク尼ヶ崎が街頭公演30周年を記念して初めて制作した記録映画。当時のギリヤークは膝の半月板を損傷、いつまで踊れるかと苦悩していた。踊りを永遠に見てもらえるように映像に残そうと制作を決意、「じょんがら一代」「念力」など全9演目を収録している。札幌、京都などでの公演の様子とともに、自叙伝的な要素も入れて故郷函館を訪れるシーンなどで構成。1998年制作。制作・監督・主演、ギリヤーク尼ヶ崎。カラー7
2016年、ネット上で動画がバズり、オールドガールズ「O.G.」として一躍スターになったスミ子とカズエ。しかし、あれから9年、世の中は「O.G.」を忘れ、今やカズエは失踪?スミ子はひとり、熱海の地に流れついていた。「歌」への想いは、もう遠くに行き去ったのか。そんな時、スミ子のスナック「ミラクル」に、不意にカズエが訪れた。再会によって、運命の時計はふたたび回りはじめる⋯
劇団☆世界一団が大化の改新を題材に、青春群像劇として東京、大阪で上演した。11人の役者で92人の登場人物の物語をテンポよく描いた。
「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ愛ー仕事ーふるさとーその間を揺れ動く”俵万智”というフィクション!短歌とドラマを音楽で綴りあわせたシアター・ピース!
高井かおると島田とも子、現在51歳。高校時代からの親友であるが、性格も考え方も今まで歩んできた道も正反対。かおるは愛する夫と二人の子供に恵まれ、主婦として平穏な生活を送ってきた。しかし夫の浮気が発覚し、どうしてもそれが許せず一年まえに離婚。とも子は大学卒業後、出版社に勤務、キャリア・ウーマンとして独身を通してきた。しかし彼女も出版社の倒産という憂き目にあう。そんな人生のターニングポイントを迎えた二
『雨月物語』をモチーフに現代社会に迫る作品。「いかで浮木に乗りつも、しらぬ国に長居せん。葛のうら葉のかへるは、此の秋なるべし。心づよく待ち給へ」と、妻・宮木に言い残して、夫・勝四郎は旅立って行った。これが事件の発端である…
遠藤が終生のテーマとする「死」を探求した作品。死によって肉体と魂が遊離し、魂は目に見えないなにかとして私達の周りに漂っている。遠藤は「幽霊」を演じることで、舞踊家のリアルな身体とともにある「幻」のような何かを表現している。2019年パラチ (ブラジル) の文化センター、セスキ・シーロ (SESC Silo) で初演。
1700人以上の応募者から、野田秀樹がオーディションで選んだ「東京演劇道場」のメンバーらが初見参!演じるは、「赤鬼」。移民、国境、社会の分断…今の社会が抱える問題をいち早く描き、1996年の初演以降、日本、イギリス、タイ、韓国で野田が各国の俳優と共に作り上げてきたマスターピースを野田自身の演出により16年ぶりに日本で上演する!
2.5次元ミュージカル/舞台
戦後六十年は何だったのかという思いでこの作品を創りました。作・演出 武田一度作・演出 武田一度「平和憲法」が誇らしく思えた昭和の時代。 そんな頃下町の公設市場で生きる名もなき人々の物語です。 恨まれず、憎まれず、悲しませず、ただ暮らしの日々に追われる中でのロマンスの花。 たとえ全てにそぐわなくても、なんとなく暮らしていけた時代の物語です。
《彼》と旅をする20世紀三部作#3
【Story】多くの島が広がるアジアの海、多島海。その南の海から、島づたいに日本にたどり着く道を、「海の道」と呼びます。 それらの島々を舞台にして、日本から東南アジアへ渡った人々、アジアから日本へ渡ってきた人々にまつわる様々な逸話をもとに、「20世紀の海の道」を描きます。【Note】〈彼〉と旅をする20世紀三部作の最終章となったアジア篇は、維新派史上最大の野外劇場にて上演。 劇場や舞台セットだけで
ある夏の日、<友>が<私>を訪ねてくる…登場人物はその二人だけ。長い長い別れ話が始まった。■ものがたり蒸し焼きにされそうなある夏の日。畳の上で部屋着姿のまま床にはいつくばる「私」の前に、高校時代の同級生「友」が現れる。話を聞くと、自転車に乗ってずいぶん遠くから走ってきたという。久しぶりの再会に喜ぶ二人は、じゃれあうように会話を楽しむ。しかし、ふとしたはずみで出る「友」の言葉は、二人の間には埋めるこ
想いはいつも楕円である。近づきまた遠のいてゆく距離。存在とは距離に他ならないのか?いくつもの楕円が重なり合う。生と死、光と影、そして写し撮られた私が肉体という迷宮をさまよう。舞踏と映像の引力と斥力がそこでは激しくぶつかる。内部が外部に溢れ出してゆく影の洪水。内部を持たない外部の始まり。それらの事件は舞台上で起こる。その時、大きな楕円はグラっと傾く。ー和栗由紀夫
ロベルト・シューマンの「子どもの情景」にパ・ド・ドゥで、雨の午後の子供たちのひとときが描かれる。1953年にジェーコブズ・ピロ―で初演、その後、ジュリアード音楽学校のダンス・アンサンブル(1960)、ノルウェー・バレエ団(1961)、王立スウェーデン・バレエ団(1963)で踊られた。
主人公タモツの母親、母の愛人、姉、娘ら家族、政府高官にある時間の調査を依頼された探偵、こごか不穏な孤児院の院長達……様々な人々との歪な関わり合い、タモツにまとわりつく不可解で不条理な出来事の連続、いつのまにか参加することになったある国際的な大会……。夢か現か、噓か誠か、混濁しながら広がる世界は全く予測不能、観客を驚愕させた。結成28年の劇団が挑む、ナンセンスの地平線を超えたナンセンス!!
大杉栄と伊藤野枝の娘として生まれたルイズ。彼女は国賊の娘として周囲の特異な視線にさらされながら、自分の生き方を探し続ける。姉・魔子の攻撃的で、自虐的な生き方と対照的な静かな暮らしを選択したルイズの目に、次第に父、母の残してくれた思想がはっきりと浮かびが上がってくる。関東大震災、第二次世界大戦、戦後の復興を背景に、ルイズの半生が描かれる大作。立原りゅうと山内久のコンビが、松下竜一の原作を見事に脚色、
1985年に開催されたButoh Festival '85にて上演された。プログラムの五井輝の言葉には次のようにある。 「夢うつ太鼓の雄叫びに / 肉は舞えども 心は踊らず / 陽光と陰影の 狭間で揺れる肉体は / 現し世の陽炎 / 形骸と化した肉体は / 醒めた欲望を蜂起する あらかじめ失われた夢から / 解き放された肉体は / 吹き晒しの孤舞となる」 「小懺悔」というタイトルには、肉体を土壌に
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
井上ひさし原作「イヌの仇討」のオペラ化。
イギリス児童文学の傑作、ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」に触発され、構想された作品。白兎に導かれ、白い闇の中、眠りの中の非連続のシュールな世界が繰り広げられる。アジアのアリスを求めて驚きと可笑しさばかりのノンセンスワールド。
「俺の頭ん中にゃちっちゃな部屋があって、木造モルタルのその古いアパートで 誰かがひっそりと待ってるんだ。そこから俺は出かけたのに違いないが、出かけてもなんだかそこに帰るために出かけてるみたいでね、どこかに踏み込んで「おかえり」なんて声かけられたら、俺、狂うかもしれない。」地図を売り歩く中年のサラリーマンが迷い込んだ古いアパート。平家なのに中に入ると大きな階段のあるアパートの、その階段から、男の幼い
昭和38年(1963年)、秋の東京。オリンピア・スターパークは、アジア圏初のオリンピックとして、国を挙げて準備に余念のない東京五輪に合わせ建設されたホテルも備えた複合娯楽施設。12月の開館を前に、施設の宣伝のためにプレ・オープン・パーティは行われていた。しかし、この施設の施主だった実業家・諸星光作(山崎一)は既にこの世にいない。その遺志を継ぎ、娘・瞳(小池栄子)が切り盛りしており、瞳のいとこ・丸山
日本アニメ(ジャパニメーション)はなぜ世界中の子供たちを魅了するのかーー。 奇跡に奇跡が重なって、ジャパニメーションの現在がある。 生い立ちの感動的な瞬間を舞台化し その黎明期を虚実を織り混ぜながら真相に迫るーー
ここは、とある町の小さなスーパーマーケット「フレッシュかねだ」。夫の会社の倒産からパートタイマーとして働くことになった秋子は、やがてこのスーパーの信じられない実態を目の当たりにすることになる。「フレッシュかねだ」起死回生を狙った”激安セール”の日は迫る!!
紡げども、紡げども・・・・舞台は諏訪のある製糸会社、労働争議があちこちで起こり始めていた頃。うねるような時代の波に押し流されるように動き出す、跡取り息子と女工の親子二代にわたる愛の物語。数奇な糸車に絡め捕られた愛おしいものたちへの挽歌です。
日本・セルビア演劇交流プロジェクト
【日本初演、五人の俳優、十五人の登場人物、三つの愛の物語】かつては希望の象徴だった町。そこに集まった三世代の男女5人。信じていた全てが崩れ落ち、都会の無秩序な繋がりの中、愛に飢え、自分の居場所もない。それでもなりふり構わず人生に挑み続け、辿り着いた先に見えた世界は、天国か地獄か!? 紛争後のセルビアそして世界の「リアル」を描いた、セルビアン・ブラック・コメディーを本邦初訳で日本初上演。
1923年9月1日の関東大震災直後に起こった朝鮮人虐殺事件から2年後の東京が舞台。石崎友久が営む石崎洋服店に住み込みで働き始めた裁縫職人の木下麻子は、周囲の人々と親しくなり、日々を営んでいくが、まだ誰にも打ち明けていないことがあった。また、石崎洋服店の職人や店に出入りする友人知人らも秘密を抱えていた。ある日、麻子は周囲の人々が抱えている秘密を知ることになり……。
私は爽やかで、気配りもできる。周囲からの評判もいい。可愛い彼女との結婚式は目前。周りの友人たちは積極的に準備をしてくれている。全ては順調。俺は幸せな男だ!…一体、なにが起きたのか?突然、私の評価が下がった。真っ逆さまに落ちて行く。まるで世界の敵かのように私を見ている。なにもしていない。変わっていない。なのに、なのに。周囲の急変によって、突然訪れるアイデンティティーの崩壊を描く、心理ホラー演劇。
Eラーニング(株式会社 流)
② 照明フリーランスの照明デザイナーとして長年、米国で活動するとともに、テキサス大学エルパソ校演劇学部で准教授を務める筒井秀明氏が、「アメリカ劇場教育と照明デザイン」、「照明デザイナー/エンジニア/クルーの仕事」、そして「照明デザインのノウハウとテクニック」と題した3つの動画を制作、劇場におけるプロダクション・チームの構成や役割から、雇用形態、労働環境、そして照明デザイナーとしてのトレーニングや照
江戸三味線音楽の変遷
幕府が開かれた後の江戸の三味線音楽がどのような変遷を辿ったのか文久3年(1863)から明治8年(1875)まで開国を契機に西洋音楽が流入してきますが、一部の音楽を除いて三味線音楽に影響はまだ及びません。お話 竹内道敬清元「貸浴衣汗雷(夕立)」(1865年) 浄瑠璃 清元梅寿太夫、清元清美太夫、清元成美太夫 三味線 清元菊輔、清元美三郎 上調子 清元美十郎義太夫「壺坂観音霊験記 壺坂寺の