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OSAKA DANCE EXPERIENCE
チベットには様々な不思議があふれています。「バルドゥ トェ ドル」とは、一般に "チベット死者の書" として知られている密教経典の原語名。死から誕生へと輪廻転生していく霊魂への導きを説いた世紀の奇書。この経典に想をとり、一九九五年西チベット・聖山カイラス巡礼行での体験を混えて創作した虫丸流立体マンダラ肉体詩の世界。踊り踊らんとて旅続け、酒飲まんとて人を恋ふ。
むか~し、むかしの日本のどこかの村……いや、もしかしたら今のみんなのすぐとなりの町の中のお話かもしれない。スマホもコンビニもない、山と海に囲まれたどこかいなかの小さな小さな町のできごと。病気の療養で都会からこの小さな町にやってきたシゲル。シゲルと真っ先に友だちになったは、“ばあ(婆)”と二人で暮らすマサオだった。父親の事業の失敗で家族と離れて暮らしているマサオは、預けられた親せきの家でもじゃま者扱
平成23年度文化庁新進芸術家海外研修制度の研修員として、イタリアローマのTeatro Nuovo Colosseoで研修した高橋正徳の演出公演。1900年代のイタリア演劇界をリードした劇作家・俳優・演出家・詩人で、フェデリコ・フェリーニ、オーソン・ウェルズ、ダリオ・フォ等に多大な影響を与えたエドゥアルド・デ・フィリッポの代表作。娼婦あがりのナポリ女フィルメーナ・マルトゥラーノ。社会の底辺で育ったが
明日の学童クラブ主催夏祭りでは、指導員、父母、子どもたちによる演劇「冒険者たち」が上演される、今夜が最後の総稽古。実はこの学童クラブ、市の方針で廃止が検討されているという。是が非でも「冒険者たち」を成功させなければならないのだが…
日本の舞踊では、舞・振・踊りと三本の柱にたとえられる分極がある。「ふり」は、その振を本来の意味のダイナミズムに開放したいものとしてつけられた公演名。服部公一作曲の本公演オリジナル曲を含んだ楽曲を手塚幸紀指揮のオルケストル・ソノーㇽ(録音素材)、美術を当時新進気鋭のジェームス・川田が担当。ダンサーは女性10名、男性12名で、衣装はシンプルなレオタード、タイツであった。
昭和のはじめ、食いつめて“自分を売る”より仕方がなくなった男たちが、函館の港に集まってきた。博光丸は荒海でメリメリと音をたてて鳴っている。重労働と粗悪な飯で身体を悪くした漁夫や雑夫が、何人も北の海で死んでいく。「このままでは殺される」遂に自分たちの力でストライキを起こし“要求”を突き出した。しかし、待っていたのは味方と思っていた帝国海軍による弾圧と逮捕であった。だが、彼らは立ち上がった。もう一度。
3度目となる東京公演。日替わりゲストを交えてのコントオムニバス。漫談「サイボーグ」/コント「検査」/講談師「藤子紋之丞」/「体操のお兄さん」/創作落語「鼻」/コント「今コントやってるから!!!!!!!!!」/「体操のお兄さん~ファイナル」/「ナカナカノ詐欺」
「戦争のしおり」が自分の正しさと信義のすべて。お互いに「戦争のしおり」という大きな力に操られ、どんどん相手が大きなモンスターになり、疑心暗鬼と見えない敵への妄想が膨らんでいく…。そして、最後に兵士のとった選択とは…。
東京オリンピックの年、 沖縄に風疹が猛威をふるった。その時の妊婦から生まれた子供の多くが、聴力に障害を持っていた。その子供達の為につくられた一過性の「ろう学校高等部」で彼らは野球部を作った。打球音も聞こえず、会話も困難で危険性のある中、手話をコミュニケーションとして、甲子園出場の夢の為に特訓を続けていた。そんな彼らの希望を阻むように高野連の規則 「高校野球憲章第三章」の厚い壁が。彼らの甲子園の夢は
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
libido:SFシリーズ
孤独な地中の世界。でも地中は覚えてるかもしれない、今の僕らを、そして地上の世界をーー枯れ果てた地上を彷徨い歩くヒト2人。地中に繋がる井戸を覗けば、モグラ、スパイ、役人、風呂屋、学芸員、管理人、モグラ、モグラ・・地下で見るのは夢か、うつつか。オリジナル脚本でお届けするlibido:SFシリーズ第2弾!
笠井叡が8名の多国籍ダンサーを振り付ける「Das Shinkiro」。2005年4月ベルリンのHaus Der Kulturen Der Welt(世界文化の家)での、オーディションとワークショップによって開始され、6月のフェスティバルIN TRANSITで初演、好評を博した。舞踏の創世記を築き、今も時代の先端で踊り続ける笠井が、ドイツ、オーストリア、イギリス、アメリカ、イランなど多国籍ダンサーと
1986年ベルリンで開催されたヨーロッパ初の舞踏フェスティバルに参加した古川あんずが、ベルリン芸術アカデミーの庭で踊る。最初にミリアム・ゴルトシュミットによってドイツ語で朗読されるテキストは、土方巽による1985年の講演『衰弱体の採集』からの抜粋。池の中から始まる踊りには「MARY CAKEWALK 」「 FOR A.X. 」「 Last Tango in Berlin」と名がつけられている。
隆盛の世、古都。後世にその名が残るか、否か。和歌集の編纂と友情と嫉妬と葛藤とをかしさと。“吾と汝の和歌性の違いであるぞ”栄華極めし歌人たちの、雅なる物語。
谷崎潤一郎『春琴抄』を原案に3箇所同時にパフォーマンスが行われる観客回遊型の作品。6人の俳優が3組の分かれいくつか同じ場面を入れ替わり立ち替わり演じながら上演は進んでいく。学校レイヤーと春琴抄レイヤー、また現実と地続きである劇場レイヤーがシームレスに入れ替わることで「みられる側/ケアされる」と「みる側/ケアする」が逆転していく。また、観客回遊型であるからこそ、みる/みないの選択も観客人身に委ねられ
烏丸ストロークロックと祭
この『祝・祝日』は、劇場や場に人が集まり、俳優が舞台で神楽を舞うことで作られる祭です。かつて、宮中でも鎮魂の呪法として舞われていた神楽は、いつしか山伏たちによって農村にも伝えられ里神楽とし広く伝播しました。山伏は祭りをとりおこない、神楽を舞うことで、人々と自然(カミ)とのつながりを作り、人々は制御不可能な存在を認識し折り合いをつけ、心の拠りどころとしていたのです。 そういった宗教的な幻想を持てなく
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北村明子はアジア各地を深くリサーチする「Cross Transit project」を展開してきたが、本作は「日本とアイルランド〜中央アジアへと発展していく長期国際共同制作」である。北村を含めた7人のダンサーの動きは、高度な制動と繊細な表現、そして刃物のような鋭利さに満ちている。人が営む生活の身振りにはその土地の文化が織り込まれているが、それらをダンスに取り込むことで観客の記憶に働きかけてくるよ
晴れた日の野球場。企業対抗野球選手権に、名もなき中小企業が進出した。即席応援団も勢いに乗るところだが、試合が始まると言うのに人が集まらない。どうにか応援団の形が整ったもののかり出された駆り出されたのは一癖も二癖もある個性豊かな社員ばかり。当然のごとく、仕事への不満、オフィスラブ、出世競争など人間関係の愛憎劇が次々に繰り広げられていく。そして肝心の試合も二転三転・・・。果たして、試合の行方はどうなる
弦巻楽団演技講座
年齢・職業・演劇経験の垣根を超えて作品創作に取り組み、本格的な演劇体験ができることに定評のある弦巻楽団演技講座。2020年度2学期は、講座初となるチェーホフに挑戦。揺るがないと信じていたものが失われていく哀愁と人間の愚かさを滑稽に描いた喜劇を、中学生から社会人まで、ダブルキャストで堂々上演。
酒の神であるディオニュソスは、その新しい宗教をギリシアの地に広めようとテーバイへやって来る。神と認めない王ベンテウスは、ディオニュソスを捕らえようとするが、逆に殺される。熱狂的な宗教集団の闘争性のために息子殺しの責を負わされた母親の姿を通して、宗教と人間の関係に問題を投げかける。アメリカ人俳優エレン・ローレンが母、アガウエ役で出演する日英二ヵ国語上演。
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
2024年に日本初民間小型ロケットを開発・打ち上げを行う会社の軌跡を描いた物語である。2008年に制定された宇宙基本法により、民間の宇宙開発が可能になった。16年の月日が経ち、いよいよ宇宙に向けてロケットを飛ばせるようになる。しかし、打ち上げの失敗により予算は底をついてしまう。その後、買収の話が持ち上がった時、会社と社員の選んだ決断とは。人生の逆境をいかにして乗り越えるか、夢の本質が描かれる。
「表現の自由」という権利の重要さ、尊さを改めて認識してもらい、これらを抑圧しようとする、ネットやメディア等の「現代の検閲」のについて、当事者意識や必然性などを考察し、表現を規制し抑圧する正当性が本当にあるのか否かを観客に問いかけることで、表現活動への理解を深めることを目標とした。観客の芸術表現についての思想の成熟を促すことを目指し、全ての芸術表現への理解度を深める機会となることを目指し企画された。
おじいさんとおばあさんの可愛がっていたボールのフリーチェクが、悪者の凧のムラークにさらわれた。2人は手廻しオルガンと太鼓を打ちならし凧のムラークに立ち向かうのですが…。
大人気覆面マンガ家・夢宮鈴世が亡くなった。連載中の『スパ戦士グローカスの娘』が多額の制作費・宣伝費をかけて配信されるのを直前にして担当編集者・大庭津奈子は死因含めその事実を伏せ、チーフアシスタントだった申徹に夢宮鈴世として描き続けるよう依頼する。申徹は夢宮鈴世として描くことを了承する。大庭が元漫画家のフーコー三原だったことが露呈する。申徹の作家としての実存性と、出版や創作をめぐる構造が対立する。
父アガメムノンを殺した実の母親クリュタイムネストラを殺し、仇討ちを果たしたオレステスは、姉エレクトラの看病もむなしく、正気と錯乱を繰り返して衰弱していった。町ではアルゴス人たちが母親殺しの姉弟の処刑方法を投票で決めようとしている。ヘレネの巻き起こしたトロイア戦争から帰国したメネラオスに助けを求めるが、居合わせた祖父のテュンダレオスにもののしられ、二人は悲嘆にくれる。死刑が確定したという知らせを聞き
会社でうだつのあがらないトキオは、レイコに思いを寄せながら、自分が彼女にふさわしい男だと思えない。ある日、永遠の時を手に入れられるという「神になる本」を目にしたトキオは、輪廻転生を信じ、意を決してビルから飛び降りる。こうして生死を超えて、愛する人を追い続けるトキオの旅が始まる。だが、それは「オイディプス」「ロミオとジュリエット」、はたまた「サザエさん」といった、すべて「あらかじめ用意された物語」を
生きていることに希望が持てない若者、山戸(やまとぅ)。生きているだけで回りを明るくしてくれる玉津(たまちぃ)。そんな二人が出逢ったとき、命がけの恋が始まる。その恋は、誰にも知られてはならない禁断の恋。ところが、二人の恋が知られてしまい・・・。引き裂かれ、遠ざけられた二人の運命は⁉そしてこの恋の行く末は⁉
2007年に旗揚げ準備公演でスタートした『虚構の劇団』の解散公演として上演した『日本人のへそ』(作:井上ひさし、演出:鴻上尚史)吃音症患者を集めた治療劇として、浅草のストリッパー、ヘレン天津の半生を劇中劇で描き、そこから物語は二転三転していく。井上ひさしさんの若い才気とエネルギーに満ちあふれたデビュー作に、虚構の劇団の総力を上げて、真正面から取り組んだ意欲作。
レクチャーパフォーマンス
体育教員の目線から、なぜダンスが体育なのか等を問うた2016年初演『ダンスハ體育ナリ』の第二講。1937年に披露された「建國體操」を軸に体操との差異を歴史から紐解き、ダンスとは何かを問う。オリンピックに向けて建設中の国立競技場を遠目に、今一度踊り手としての立ち位置を確認する。Dance Archive Project2018参加。
KERA自作の曲に由来する、ナンセンスとサスペンスで彩られた、子どもをめぐる親たちの物語郊外の動物園のそばに建つ一軒家に住むサトウ家の夫婦(峯村リエ・山内圭哉)。その息子・ケンタロウ(みのすけ)はイジメが原因で不登校中だ。彼をめぐり、新任の家庭教師・サクライ(水野美紀)や、動物園の飼育係・ユウチャン(大倉孝二)、ケンタロウの同級生のスズキサチオの両親(犬山イヌコ・山崎一)、自分を神様と名乗る男(廣
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2005年に神戸で発足し、知的障害のあるメンバーを含め、さまざまな世代のメンバーが共に創作・活動するアーティスト集団「音遊びの会」。月2回のワークショップを地元、神戸にて継続的に行うほか、日本各地やイギリスなどで積極的に公演を行い、障害のある・なしを超えた新たなコラボレーション、表現の形を示すアーティストグループとして注目を集めている。主に自由な即興音楽の分野に主軸を置きアンサンブルセッションを中
主人公「がっちゃん」は5歳の男の子。冷蔵庫のお母さんと仲良く暮らしています。幼なじみのケトルちゃん、テレビに掃除機、洗濯機にヒーターなど、お友達もたくさんいます。がっちゃんの冒険談は成長記のようであり、廃品家電の姿を通じて「物と地球と人」の未来像を問う絵本のような世界。13の登場人物は、実際に舞台に立つ俳優、舞台袖でセリフ発する人、そして映像でセリフを手話で表現する地元のろう者が演じました。
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
スペインの港町カディス。ある夜、彗星の光が町を覆った。数日後、夏の陽光に市場も民衆も活気づくある日、一人の男が女を従えて町に現れ、戒厳令が敷かれる。COVID-19禍、ベストセラーとなったカミュの『ペスト』。彼がその小説をものした翌年、自ら戯曲として発表したのが『戒厳令』だ。ナチスに対抗するレジスタンスの「寓話」とも称される作品。「ペスト」と名乗る支配者に挑む青年医師ディエゴ。果たして……。
ロボット、アンドロイド、クローン、そして人間の「存在」への問いを描いた作品。ダンス寄りな身体と切り離された言葉で表現の可能性を探る。
小さな山の分教場に、外国人のような子が転校してくる。その子がいる所では風がどうと吹いて教室のガラス戸はガタガタ鳴り、山や萱や栗の木はみんな揺れました。みんなこの転校生高田三郎を、恐れと憧れをこめて、風の神「風の又三郎」だと思いこみます。山の子ども達は三郎と一緒に野山を駆け、馬を追い、滝壺に飛び込みま。いつも風が、どっどど どどう と吹きこどもたちの昂揚した心を、日常から心象の世界へと導くのです。三
生命保険会社「第三生命」でしのぎを削る保険営業たちはリスキーな日常に陶酔し麻痺していた。新年度、営業部に社内初の女性部長が誕生する。ヘッドハンティングされてきたのは保険営業のプロと保険営業の素人だった。対極の女性部長が二人。新体制となった営業部を舞台に言葉のガソリンで回り続ける保険屋たちの群像悲喜劇!ステージ上に2つの可動型高座を組み、2人の講談師によるピアノの連弾ならぬ、講談の連談演出に挑みまし
Saint Live Sparking 白虎社'82連続犠肢体行脚
1982年、Saint Live Sparkingと題し、白虎社が関西一円で行ったライブハウスツアーの編集映像。公演タイトルは『「サイレント独楽」-月より速く-』『「草の上の昼寝」-水から油へ-』『「ゾンネンシュターンの夏」-からっぽの世界-』。
ゴーリキーの『どん底』は日本でも100年以上前から数多く上演され、劇団民藝では創立10周年と40周年の節目に上演しましたが、その歴史的傑作が吉永仁郎氏により戦後間もない東京を舞台にした創作劇へと大胆に生まれ変わりました。闇市を頼りに底辺でたくましく生きる人々のユーモア溢れる群像劇。劇団創立70周年記念作品。
(あらすじ)深夜のキッチン。ケーキを焼く女と、それをからかう女。お互いに交わす言葉は交わらず、すれ違うが、次第に重なり、見えなかった関わり、言葉が現れる...Iccoka初の二人芝居作品。
Eラーニング(日本演出者協会)
③ 音響このシリーズは、これから音響、特に舞台音響をこれから始めようという人に、舞台芸術での音響家の役割や仕事を紹介します。また、始めて間もない音響家の皆さんに、舞台音響の仕事をやる上で何に注意をしていけば良いかを実例と合わせて紹介・解説し、ご自身の現場に役立ててもらえることを目的としています。顔合わせや稽古・本番・片づけまでの一連の仕事の流れから、スピーカーの配置の仕方やチューニングなどの技術的
1942年、アメリカ。ルーズベルト大統領の行政命令により、十一万人の日系人が強制収用所送りとなった。収容所の数は国内に十か所。前年の真珠湾攻撃により太平洋戦争がはじまり、アメリカは日系人の隔離政策を行ったのだ。 自国民を日系であるという理由だけで市民権を剥奪し、収容所に閉じこめ監視する。合衆国憲法違反である。 さて、舞台はカリフォルニア州の砂漠地帯マンザナ。バラックの強制収容所の一室。 朗読劇上演
老いたバラモン僧は、回教徒の将校に恋するヒンドゥー教徒の娘を我が物とするため妖術を使い、自身と娘を犬の姿に変えてしまう──。老俳優の熟練した語り、生々しい欲望の世界を軽やかに演じる変幻自在な人形、絶妙な間合いをとる音楽によって、人間の性のエネルギーと葛藤が鮮烈にイメージ化されます。叶わぬ恋を頑なに貫く娘、やがて破滅へと向かう2匹。「宗教」と「戦争」を背景に、さらに人間の悲哀をも描き出します。
子どものためのバレエ名作シリーズ
クリスマス・イヴにくるみ割り人形を贈られた少女クララ。実はその人形はお菓子の国の王子がネズミの王様の魔法によって姿を変えられたものだった。クララはネズミと闘い、その魔法を解く。そして元の姿に戻った王子と共に旅をする。少女が家から離れ、大人への階段を登っていく様子が描かれた夢溢れるファンタジー。小さいお子様向けの30分短縮版です。
中間アヤカ&コレオグラフィ
振付をダンスとしてその場に立ち上げること、振り付けられた身体をダンスさせることがダンサーの仕事だと信じて、これまで数え切れないほどの振付とともに舞台に立ってきました。私の身体は振付がなければ踊ることができなくて、その上そいつはたくさん踊りたい性質(たち)なのでつまりそれだけたくさんの振付(エサ)が必要なのです。振付はいつどんな場所にも、様々に形を変えて存在する。この世に存在するすべての振付をダンス
舞台はドイツのとある街。クリスマスを迎えてにぎわうクリスマスマーケットで、ごく普通の家で暮らす一人の少女クララに起こる不思議な物語。人形の世界へ迷い込んでしまったクララが、家族の愛と温かさに気づき、大人への階段を一歩登る。美しい舞台美術と心躍る音楽とともに、素晴らしいバレエの世界を子どもから大人まで堪能することができる。
善意を描くことを避けてきたKERAが、初めて"善人のみ"を登場人物に、これまでにも増して繊細に描き出したデストピア・スケッチ。クリスマスの夜、パーティーの計画を練る兄弟。しかし、楽しい一夜になるはずが、ちょっとした誤算からその計画はもろく崩れ去ってしまう。弟が想いを寄せる女、謎のヤミ医者、兄弟の部屋を間借りしたいと言う女、ガスの点検に来たと言う男。兄弟の家に集まった彼らの抱えていた「秘密」が彼らの
MANKAI STAGE『A3!』
2.5次元ミュージカル/舞台
石澤富子作『木蓮沼』は、詩的で多彩なイメージ、そして背後の沈黙の世界の深さが印象的な作品であり、その言葉、世界を活かすために、単に一本の戯曲を表面的に忠実に再現するというのではなく、斬新なコロス劇として上演された。それは三人の登場人物を四人で演じたり、あるいは一人で生きてみたりと、役を固定せず、役のアイデンティティに揺さぶりがかかる演出が行われ、その共同作業の中から作品世界の深部が鮮烈に浮かび上る
厚木シアタープロジェクトネクストステップ第6回公演
ずさんな会館職員のやらかした最悪のダブルブッキングが、一皿の餃子によって、歓喜のコラボレーションへと変貌してゆく、笑いと涙のミラクル人情噺。「志の輔らくご」の名作を劇化。
真の平和への願望に〈自転〉の着想があり、人間の生命力を尊く、愛おしいと思う心で創作された。男でも女でもない、ニュートラルなものとしての<人間>の群れ。危機にのぞんだとき、不死鳥のように底力を出して生きる人間。前進、安らぎ、喜怒哀楽、危機、痛みを経て、また前進するという場面を通じて人間の群れにひそむ尊い力をみつめ、自転する人間の姿を踊る。1967年11月初演。
ジョバンニは、北の海へ漁に行って帰らない父を待ち、病気の母の世話をしている孤独な少年。学校ではいつも皆にからかわれ、たった一人カムパネルラだけがジョバンニの友達だった。美しく飾られたケンタウルスの星祭りの夜。ジョバンニは町のざわめきから離れて、一人丘の上に寝転がる。突然、汽車の轟音が聞こえたかと思うと、いつの間にかジョバンニは天の川を走る軽便鉄道に乗っていた。ふとみるとカムパネルラも乗っている。二
あるとき、ある場所で、源氏物語最後の女性「浮舟」は、語り始める。 そして、それぞれの思いを千年の世に馳せ、口を開いてゆく人形たち。 源氏の君のこと、恋のこと…。 全五十四帖の物語も、彼女たちから見れば、ただ一つの物語-。 世界最古の小説「源氏物語」を佐藤信が演出。人形美術・山口小夜子、共演・鞠谷友子など、 魅力的なコラボレーションでお届けします。
「古代オリンピック」はギリシャのオリンピアで紀元前776年からおよそ1200年も続いたスポーツの祭典。争いの絶えなかったこの地域で、4年に一度のこの期間は争いをやめてスポーツに熱狂したと言われています。その古代オリンピックの存在を知ったフランスのピエール・ド・クーベルタン男爵によって「平和の祭典」として復活したのが「近代オリンピック」。戦争と平和、戦士から選手へ。鎧を脱いで裸になり、一人の人間とし
TOKYO DANCE TODAY #3
青山円形劇場の空間を生かした独創的な作品を発表するダンスシリーズ「TOKYO DANCE TODAY」の第3弾。ダンサー、振付家として様々な分野のアーティストとコラボレーションし、ジャンル横断的に活躍する森下真樹の構成・演出・振付・出演による作品。
マスクプレイミュージカル
劇団創立30周年記念作品です。公募して選定された脚本を、約半年間、演出家を中心に社内でチームを組み、ブラッシュアップを重ねました。全編にマジック、ブラックアート、舞台機構を駆使した仕掛けを多用し、記念作品にふさわしいスケールの大きな作品になりました。海外公演でもマジカルな展開が、大きな評判を呼びました。ランプの出現シーン、魔法の絨毯が空高く飛んでいくシーンなど必見です。
物語は2001年から始まる。アマチュア天文家の二階堂と山田は、近所の山に落ちた隕石の破片を拾う。その隕石は、見る者に恐ろしいほどの幸福感をもたらす。一度目にしたら夢中になり、思考を奪い、目をそらすことができない隕石。その後、あらゆる都市に巨大な柱が降り注いだ。それは人々にあきれるほどの祝福を与え、静寂のうちに支配した。世界は大きく変わり、長い時間が経った今も、柱は人の生活を寄せ付けない。柱は人間に