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人は美談に殺されるーー人類の平均寿命が50歳まで低下した近未来。人々は早すぎる死を恐れ、人生の意味を渇望し、己の死に様に「美談」を求めるようになった。依頼人の求めに応じて美談をつくる「美談作家」はもてはやされ、売れっ子は巨万の富を築いた。ある時、大御所美談作家が駆け出しの貧乏美談作家に依頼する。「私の為に、この世で一番下らない美談を書いてくださらない?」二人の出会いが、社会を揺るがす恐ろしい美談を
流山児★事務所創立35周年記念公演の第3弾として、2020年2月、スズナリで上演された詩森ろば(serial number)の新作書き下ろし。1974年の北海道白老町長刺殺事件と1669年「シャクシャインの戦い」を交錯させアイヌ民族の差別と闘争を骨太に描いた物語。多くのメディアで取り上げられ、劇評でも高く評価された。美術:杉山至、音楽・生演奏は第27回読売演劇大賞優秀スタッフ賞の鈴木光介、主演は田
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「あの時ああしていたらとか、こうしていたらとか、今更言っても仕方がない。もう起きてしまったのだから。」街の中の空き倉庫でイベントを企画する5名。イベント当日、主要メンバーである五十嵐が亡くなった。前日までみんなと元気に準備をしていたのに、何で亡くなったのか?彼女に何があったのか?フットワーク・スタッフワーク・上演時間などすべて軽量化。国際公演も視野に入れた東京タンバリンの新シリーズ「笑えるサスペン
(フライヤーより抜粋)三味線、和太鼓、日本舞踊など、日本の芸能を伝承しているこどもたちの活動を紹介する「こどもの城 おまつり劇場」。今回のテーマは「花」。四季おりおりの花にちなむ歌や踊りを春夏秋冬の四つの章に構成します。
主人公の男が押入れの奥から、昔よく履いていたズボンを見つけたことから始まる。それをコインランドリーの洗濯機に入れた所で、後ろのポケットに、何か大事なものを入れていたことを思い出す。ズボンは見当たらず、代わりに「あなたの過去を上演したいので、上演許可を!!」という、演劇部の女子高生たちが登場?!それを契機に「ラブレターを返して」と迫る昔の彼女など、彼の忘れたい過去が、記憶の渦の中から次々と現れて…。
「ダンステレポーテーション」展
2020年5月にDance Base Yokohama(DaBY)のオープニングイベントとして予定されていたTRIAD DANCE DAYSにて、山﨑広太が振付ディレクターを務めるサイトスペシフィック・ダンスが中止になったことにより、唐津絵理(DaBY/愛知県芸術劇場)が企画・総合ディレクターとなる新プロジェクト「ダンステレポーテーション」が始動した。オンラインでの対話から始まる創作を経て、生まれ
水の流れや木々のざわめき、木漏れ日の移り変わりを眺めるようにダンスをみたいという思いから創作しました。繰り返すようでいて、同じ動きは2度とない。そんな自然の揺らぎを動きに定着させたい。鍛錬や日々の努力を見せるだけでなく。ダンスはもっと自由で豊かであるべきだ。
メディアアートのパイオニアのひとり、エディン・ベレスは80年代後半に日本を訪れ、舞踏を題材にしたドキュメンタリー映像を制作。土方巽や大野一雄を紹介しつつ、大駱駝艦や白虎社の映像をふんだんに使った「Dance of Darkness」は1989年に公開された。本映像はベレスが1986年に来日した際に白虎社の野外パフォーマンスを撮影した未編集映像である。撮影は京都北山の最奥の山中や川べりなど何カ所かで
調停人ジャック・マニングの招集により住民会議に集まったのは展示会施工会社で働くグレン、その母と幼馴染の友人。そして、経営者はじめ上司、同僚ら9人。社内で暴力沙汰を起こし解雇されたグレンをめぐって、面と向かって論議が交わされ、明るみになる真実…。日本ではまだ馴染みのない「修復的司法」を世に問うオーストラリアの作品。
財団法人地域創造と全国の公共ホールが、共同で質の高い演劇作品を製作し、その作品を共同製作に参加する各ホールで連続上演する企画。サディズムの語源ともなった侯爵、サド。『サド侯爵夫人』は、舞台には登場しないこのひとりの男をめぐる6人の女たちの物語である。
「現代能楽集」連作
現代能『始皇帝』は、2003年にテキスト・リーディングの試みとして上演されたが、その後、長い時間をかけて準備を重ね、今回本格的な現代能として新たに取り組まれた。詩人那珂太郎の書き下ろしであるテキストは、漢語を主体にした簡潔で力強い文体、リズムを持つ。そして、観世銕之丞、山本東次郎、宝生欣哉などの能界の実力者の技芸、身体性と那珂太郎の根源的で斬新なテキストの言葉が切り結び、響き合うことが試みられた。
一書に曰く、闇に覆われた神代の時代。磐戸にひきこもった太陽神アマテラスの魂をうつつの世に引き戻したものは、俳優(ワザオギ)の元祖アメノウズメ。そのオカメな若い女神が、逆さ桶の上で即興で演じた、ハレンチかつステキなバカ踊りだった。これが日本の演劇のはじまり。そしてこのワザオギの子孫を、どういうわけか猿女(サルメ)と呼ぶ。サルメの血は、いつの時代も踊り続ける宿命を負う。今この時代にも。サルメは生きてい
A Live vol. 3
バーチャルな新しいプラットフォームを探る目的でコロナ時に始動した、向井山朋子のオンライン・ライブシリーズ第3弾。本作は、ピアノ演奏とヴィンセント・ファン・ゴッホの絵画の対話をキーワードに、閉館後のゴッホ美術館(アムステルダム)にて撮影されました。近代絵画のイコン「ひまわり」を始めとした名画を前に、バロックからコンテンポラリーまでの楽曲の断片がまるでタペストリーのように展開する、夜の美術館ライブ。
2014年、創立100周年を迎え、“女性だけのレビュー劇団”として、いまや日本のみならず、世界でも知られる存在である、宝塚歌劇団。その長い歴史の中で、かつて「男子部」があった事実は殆ど語られていない。1945年、「明日の宝塚スター」を夢見て集まって来た男たち。しかし9年後、解散。その間、彼らはメインステージである宝塚大劇場に一度も立つことはなかった。そんな男たちの、ちょっと可笑しくて切ない青春グラ
夫婦に必要なのは、忍耐より隠し事なのか・・・?親友に必要なのは、誠意より共犯意識なのか・・・?ケラリーノ・サンドロヴィッチが初めて描く、熟年夫婦の倦怠と、彼らに翻弄される若者たちの日々。ひょんなことから、数十年ぶりの再会を果たした高校時代の同級生ニチカ(余貴美子)とミラ(高橋ひとみ)。ニチカは親から引き継いだ大会社を経営するググ(渡辺いっけい)、ミラは売れないカメラマン・ミクリ(高橋克実)とそれぞ
2020年より、かもめマシーンでは「電話演劇」として、電話回線を用いた1対1の演劇作品を発表し、コロナ禍を経た新たな演劇の形として大きな注目を集めた。第三弾となる『もしもし、あわいゆくころ』は、震災後・陸前高田に移住した美術家・作家瀬尾夏美による『あわいゆくころ』をテキストとした作品。瀬尾が書き記した現地での感覚・現地の人々の声を、俳優が、電話回線を通じて上演する。
誰かの何気ない一言で湧き上がってきた感情。突然、心の中に火花のように現れては消えていく衝動。見知らぬ人の芳香や懐かしい音楽が、否応なしに引きずり出す思い出。それらはふとしたきっかけで襲ってくる。意思とは無関係に。無視することはできても、無かったことにはできない。私達の日常は平穏に見えて、心の中は様々なものに襲われている。感情、衝動、思い出。襲ってくるもの。イキウメの短編シリーズ、第四巻は、意識の中
警報が鳴り響いた!とにかく避難所に逃げ込んだ御町内の皆さんは、そこで初めて何が起きているのかわかってないことに気づく。どうもライオンが逃げたらしい…。御町内の思惑は交錯し、ライオンが暗喩するこの世の様々が襲いかかる。
エゴ・サーチとは、インターネット上で、自分の本名やハンドルネームで検索すること。ある日、本名・プロフィールが自分と全く同じ人物のブログを発見し、正体をつきとめようと画策するうち、失っていた記憶を取り戻す男の物語。男の書く小説の世界と、なくした恋人との思い出の世界が多層的に描かれる。
黒田育世の構成・演出・振付のBATIKによるコンテンポラリー・ダンス作品。少色とりどりの衣裳をまとった少女たちは広大な野原に集い、泣き、叫び、笑い、疲れ果てるまで踊り明かす。
未来のバレエスターが出演する公演として有名な青山バレエフェスティバルの第1回目。国際的なバレエコンクールにおいて日本人ダンサーの上位入賞者が増えているのにもかかわらず、国内で若手ダンサーを中心とした公演の数が少ないことを受けて開催された公演である。青山バレエフェスティバルは本公演の後、15年間にわたって継続的に開催され、青山劇場の舞踊部門を代表とする公演となった。第1回は1986年8月16日、17
Eラーニング(株式会社 流)
① 舞台監督・演出部・ドラマターグ「舞台監督」、「ドラマターグ」、そして「米国劇場ツアーとシアター・スペック」をテーマとする3本の講義動画と、「日米の舞台監督によるディスカッション」動画の計4本を作成。「舞台監督」編では、ブロードウェイを中心に活躍する横尾沙織氏を、また「ドラマターグ」編ではニューヨークを拠点に活躍するダーニャ・マーティン氏を講師として迎え、米国におけるそれぞれの仕事について講義し
父親が亡くなったことに気を落とし、母親が入院をした。その翌日、姉と妹は実家に行き、母に頼まれた荷物を準備していた。未だ心の整理がついていない二人。そんな二人のもとにやって来たのは、探偵だった。父親が『ネコ探し』を依頼してたらしい。飼い猫に長女の名前を名付けた父は何を思い、どう生きたのか?離れて暮らしていた父親の『見せなかった想い』に触れた、姉と妹の二人の物語。
どこにでもある交差点には、欠かすことなく花が供えられている。通りかかる誰もが、それを見て察する。「ああ、ここで人が死んだのだ」1つの不幸な事故をめぐり、交わるはずのなかった人間関係が生まれた。めぐりめぐる、まじりまじわる、ぐるぐるぐるぐると、奇妙なワルツのように……。暴走する大人の事情―――ノンストップ・トラフィック・サスペンス。
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
人は誰でもこの世を去る時二つのタイプに分かれます。憎しみを持ってこの世とお別れをする場合と、いろいろあったけど水に流して楽しい思い出だけに包まれようとする場合に分かれます。実は人は記憶を書き換えるらしいのです。書き換えられ離れていた二人の心の溝も埋まり、この世を離れる時二人の蟠りは無くなっているです。
劇団「双数姉妹」が青山円形劇場にて三度公演した、円形でしか為し得ない、円形のための芝居。1994年の初演。
数十年に一度、地球に接近する小惑星。そこからやってきた、コンクリートブロック型の飛行物体。乗っているのは、身長数センチのツアー客たち。「これ、ホッチキスですよねえ!」「カッター折りますんで、足で押さえててください」「消しゴムのソファー、弾力いい感じですねえ!」「マジックインキ、いい匂いがする...!」ご主人の帰宅も厭わずに、机の上の観光旅行。ハイポリマーでBBQ、夜には満天の折り紙ミルキーウェイ。
三谷幸喜の書き下ろし作品。小説「ジキル博士とハイド氏」をベースにしたコメディ。19世紀末のロンドンを舞台に片岡愛之助、今作が初舞台となった優香、藤井隆らが出演。二重人格をテーマに据えたロバート・ルイス・スティーヴンソン著作の怪奇小説「ジキル博士とハイド氏」に着想を得た、シチュエーションコメディ。「ただ面白いだけの、笑った後に何も残らない喜劇を創りたい」と三谷が語るように、彼自身が感じる普遍的な笑い
日本の古層の音が現代を揺るがす「響」日本人の響の源― 古代より伝わる「神楽」―にその基を辿る。時間軸には本来の声・言葉・歌がよみがえり、神楽の舞、ヒップホップのダンスが空間を彩る。超絶テクニック・うねるビート、「時空」を駆けるわらび座の若き獅子達。
時は天明の頃。紀州、紀ノ川沿いに蘭方医を業とする華岡家。後継ぎの雲平(青洲)が京に遊学中、母の於継は近郷の名家の娘加恵を請うて青洲の嫁に迎えた。加恵は姑の於継によく仕えた。於継も嫁の加恵をかわいがり、その睦まじさは人もうらやむほどであったが、青洲が京から帰郷すと様子は一変、二人は青洲をめぐって姑と嫁の女の争いをつのらせる。一方、青洲はそんなことは知らず麻酔薬の研究に没頭する。研究も進み、麻酔薬の完
水たまりの月にちかづいちゃいけない。だって青空にはおひさましかいないから。そこはいま夜空のかがみじゃないから。水たまりの月をさがしちゃいけない。あなたのあおぞらが星空にかわるから。水たまりの月はかぜにゆれない。虚空のおとのなみにゆれる。水たまりの月はシーラカンス。おんなごころと秋の空。
生活のあらゆる営みをつなぐ水を手がかりに、関西の風土や文化のねっこを探求し続けてきた建築家ユニット dot architectsと、演出家・和田ながら。「水と琵琶湖」、「お好み焼き」に次ぐ3年間のフィールドワークの集大成として、今期は「循環」へと大きく視点を広げ、山から川へ、そして生きる糧を育む水田へ。さらには湖や魚たち、海へとめぐってゆく水を見つめながら、発表する、複数の短編からなるオムニバスの
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
本作は、虐待を受けて育ち愛着問題を抱えた青年が己の過去を顧みる物語『ブリキの金魚』里親家庭で日常を過ごすことをよしとしながら里親たちの真っ当さに馴染めない少女の物語『やさしいおうちやさん』機能不全家庭に育ち大人の顔色をうかがうことに慣れてしまった女性の物語『MAGICAL♡GIRL♡APOLOGIES』バーチャル美少女受肉系Vtuberの男性が配信を行う映像作品『perfect nymphet』の
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物語は2001年から始まる。アマチュア天文家の二階堂と山田は、近所の山に落ちた隕石の破片を拾う。その隕石は、見る者に恐ろしいほどの幸福感をもたらす。一度目にしたら夢中になり、思考を奪い、目をそらすことができない隕石。その後、あらゆる都市に巨大な柱が降り注いだ。それは人々にあきれるほどの祝福を与え、静寂のうちに支配した。世界は大きく変わり、長い時間が経った今も、柱は人の生活を寄せ付けない。柱は人間に
『放射能』の名付け親。二度のノーベル賞受賞者。核物理学の夜明けを告げた偉大な学者。唯一無二の女性マリ・キュリー。前近代と近代の狭間、二十世紀初頭という時代に、女として、母として、学究の徒として、己の人生を切り開いた偉大な女性。彼女を取り巻く家族や友人と共にその後半生を描く。
サエボーグ初の演劇的インスタレーションとして披露されたのは、新作含め12匹のキモかわいい家畜のキャラクターたちが楽しく暮らす巨大なリビングルームだ。観客たちは、まるでドールハウスのように設えられた遊戯的空間に招き入れられ、この奇妙な動物たちと好きなだけ時間を過ごすことができる。ラテックス製の人工の皮膜と生身の皮膚が密着し、生殖と屠殺、排泄と摂取、調教と服従が拮抗しながら共存する家畜の世界で、観客は
Eラーニング(日本演出者協会)
① 舞台監督・演出部・ドラマターグこのシリーズでは、舞台監督と演出部、ドラマターグの仕事について詳しく紹介します。舞台監督という仕事は演出家の想像を形作るのに重要な役割を担うと同時に、全てのスタッフチームと連携するなど、多くのタスクを抱えています。その膨大な職務を全うするために必要な能力とは一体何なのか。概論を詳しく、分かりやすく解説する“講義編”と、ゲストと一緒に普段の現場を覗く“体験編”の、全
沖縄戦激戦地であった糸満市の丘の上に「南北之塔」は立っている。それは、沖縄戦で亡くなった沖縄の民と戦死したアイヌ兵士たちの慰霊碑であり、側面には、「キムンウタリ(山の民)」とアイヌ語で刻まれている。共に迫害されたふたつの民族が「日本の盾」となって戦った、その皮肉と、しかし在った魂の交流を、知念正真の傑作戯曲「人類館」をリスペクトした構造で描く。
少女☆歌劇 レヴュースタァライト
2.5次元ミュージカル/舞台
ETV8文化ジャーナル
NHKの番組「ETV8文化ジャーナル」が白虎社について特集を組み、主宰の大須賀勇をゲストに迎え、白虎社人気の秘密をさぐる。「PARCOスーパースクール 白虎社的世界」、「白虎社東京公演 ひばりと寝ジャカ」(後楽園アイスパレス)、ビデオ作品「ミラクルレポート」、インドネシアツアー、熊野合宿など大須賀の多岐に渡る活動が紹介される。東京公演は大島渚、南伸坊、フランソワーズ・モレシャンなども観覧し、一般の
80分しか記憶が持たない数学博士と、シングルマザーとその息子の心温まる交流を描く感動の物語。ミリオンセラーとなった原作を、博士との交流による母と子の心の変化を軸に舞台化。2007年に文化庁の事業に採択され、小規模校などでの上演も実現、子ども劇場、演劇鑑賞会、実行委員会など様々な形態で2010年まで巡演を続けた。また2014年からは外部の演出家による新たな舞台を創り、巡演も行った。
一色洋平×小沢道成 Presented by EPOCH MAN
手紙を書いた。返るか分からぬ返事を待った。君との思い出を日常に重ねた。君の窓の内側の日々が、祝福に満ちていることを願った。近づけば近づくほど重ならない。近づいても近づいても交わらない。でも限りなく近くにいる君に、線上の君に、いつか必ず会いに行く。だから、漸近線、重なれ。
18世紀末。商人が次第に勢力を張り、封建制が揺るぎ始めた頃、各地で重税に耐えかねた農民たちの打ちこわしが頻発し、江戸の盛り場両国にも、虚無と退廃が渦巻いていた。その両国の町を、我が物顔で練り歩く若き芸術家たち。狂歌・戯作で有名な四方赤良、恋川春町、朋誠堂喜三二、宿屋飯盛の前に、一人の若者が放り出された。まだ駆け出しの浮世絵師、歌麿である。歌麿は、難波屋という水茶屋の娘おきたの中に、自分の求めていた
みんなで作った〈つみきの森〉の中で、世界的に活躍するサックス奏者の梅津和時氏とダンスの岩下徹氏がセッション。自由な発想でその場にいる人、その場にある物とかかわりながら即興のパフォーマンスを展開します。
ノーラの決断は過去のもの?時を越えて響く注目の新演出!もうすぐクリスマス、ノーラは浮かれていた。可愛い我が子に、やさしい夫ヘルメル。夫の仕事も順風満帆だった。だが、ヘルメルの部下クログスタの訪問によってある重大な秘密が暴かれ、ノーラは自分が可愛がられるだけの「人形」であったと気づき…。女性解放運動にも大きな影響を与えた、「近代演劇の父」ヘンリック・イプセンの傑作社会劇。舞台をヨーロッパから昭和10
伝統舞踊である日本舞踊でもコンテンポラリー・ダンスの要素を取り入れる試みなどは行われてきたが、表層的な混合に終わることが多かった。例外的に二代目花柳壽應は、正統の日本舞踊を修めながら、モーリス・ベジャールの『ザ・カブキ』のアドバイザーを務めるなど、コンテンポラリー・ダンスにも造詣が深く数々の成果をあげてきた。今回の「ボレロ」の振付は、壽應の弟子として古典舞踊と創作舞踊の両面で薫陶を受けてきた花柳源
あらすじ:場面はエレベーター。3人が乗っているところに遠藤が乗り込み、清掃員の蒼木が「何階ですか?」と尋ねる。遠藤が「5階です」と答えると、短い昇降の後、再び遠藤がエレベーターに乗り込む場面に戻ってしまう。困惑した4人はループから抜け出そうと3階で降りたり共通点を探したり試行錯誤するが、最後には「どうせ繰り返すなら死んでも生き返るのでは」と考え、自殺を試みる人まで現れる。
白石加代子「百物語」第二十二夜
筒井康隆「時代小説」は前からやりたかったものである。筒井さんにその旨を申し上げると、「え!ほんとうにやるの?」といった反応だった。つまり「読んでも、お客さんには何の事かさっぱりわからないからやめたほうがいい」とお考えだったのだ。そして実際稽古に入って、これは鴨下信一でないと出来ないものであったと思い知らされた。鴨下はこう語っている。「『時代小説』、これは日本語のリズムで聞くべきものだ。リズムは地口
高齢により大きな会場まで出向いての公演が難しくなりつつあった頃、大野一雄は横浜にある自宅に隣接する稽古場で舞踏の会を持つようになった。本映像はその第一回公演。大野一雄は92歳。稽古場に客席ひな壇を仮設し、各回60人程度の観客を対象にした。大野一雄の踊りを近くで見ることを目的に、2001年7月まで不定期に開催した。
歌舞伎十八番の内
平家を滅ぼし、大功を立てた源義経は兄頼朝の勘気を受け追われる身となる。舞台は奥州の加賀国、安宅の関所。関守は英知優れる富樫左衛門である。関所の役人らの目をくらますため、家来の弁慶と四天王は山伏の姿となり、主君の義経は強力(荷物持ち)に身をやつした。が、一行は呼び止められ、山伏ならば、勧進帳(東大寺再建のための)を持っているはず、読み上げよと命じられる。何とかその場を繕わねばと、弁慶は持ち合わせの巻
ある地方都市、金輪町。住宅地の十字路。その一角に住む人々から、不審者がいるとの通報が増えた。不審者達はどこからともなく現れ、消えていく。何をするわけでもなく、時折苦しそうな表情を見せる。目を離すと、いなくなっている。幽霊という噂が立つが、目撃者は皆、確実に存在していたと話す。人の住処につきものの、ありふれた怪奇現象。その片鱗を掴んだことが、大きな間違いだった_。
1933年に発表された谷崎潤一郎の随筆『陰翳礼賛(いんえいらいさん)』は日本の美意識を探求した書として今尚、世界各国で翻訳されて読み継がれている。本作では、舞踏家の身体と精神に潜む陰影の美しさを蝋燭のたゆたう炎に照らし出すことで「暗闇の中から発見する新たな身体」をテーマに浅井信好がソロパフォーマンスとして上演。
コロナ禍での生活様式の変化で隆盛したフードデリバリーサービスの「その後」を描く会話劇。舞台の場はゴーストレストラン。デリバリー専門店のため第三者の介入が少なく、私たちが目を向けることがあまりない場所だ。また、今作ではトゥレット症の人物が登場する。トゥレット症も、社会にまだ実態が認知されていない。日常では触れる機会の少ないゴーストレストランやトゥレット症に演劇が目を向け、他者に寛容的な社会を目指す。
戦争中…空襲も受けない小さな村。そこにも戦争の影が忍びよる。村に敵軍が忍び寄るという噂が…案山子を沢山つくり日本軍にみたて、敵を追い払おうとする妙案が浮かぶ。終戦間近の穏やかな村で起こる騒動。可笑しくも哀しき物語。
昭和63年度文化庁芸術祭参加パルコ・演劇集団 円提携公演神を求める男と美しい人妻との禁じられた恋は、インド洋上の豪華船の甲板で始まる……二十世紀のトリスタンとイゾルデ――。
ワハハ本舗全体公演
この公演企画としては、シェイクスピア劇専門の旅一座として結成された「青空シェイクスピア座」が、紆余曲折を経て、殿堂のグローブ座で公演が打てるようになった物語を、漫才やダンスやパフォーマンスを劇中劇にふんだんに盛り込みショースタイルありの構成で、一座の奮闘劇を描いた作品です。シェイクスピア作品のタイトルや登場人物をモチーフにワハハ本舗ならではの表現スタイルが楽しめます。