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宮崎の小さな電気工事会社に勤める町村(まちむら)は、40歳を過ぎても独身でボロアパートに一人暮らし。趣味と言えば酒くらいで、ほぼ毎晩記憶を無くすほどに酔い潰れている。ある朝、お決まりの二日酔いで目覚めると、洋服に血がついていた。しかしそれがなんの血なのか分からない。行きつけのスナック「シャンドレ」に行ったことだけは間違いないが、それ以外の記憶がまるでない。果たしてこれは……。町村と彼に関わる男たち
元気で人気者の小学4年生のエイジは、ユニークな同級生たちと楽しい毎日を過ごしていた。しかしある日、偶然が重なり、エイジは「らんぼうもの」のレッテルを貼られてしまう。学校を逃げ出したエイジは、中学生のイサオと出会う。そして決めた。目指すは “かっこいいギャング!” そして、同じクラスのタカヒロとココロとともに大きな夢を叶えるために走り出すのだ!
山奥に一人住む祖母を訪ねた若い4人の孫たちが聞かされた奇怪な伯父・叔母の過去。果たして虚か実か?(「鍋の中」)関東大震災の余震が続く中、朝鮮人と〝ファイヤガン″をめぐって色めき立つ警察署(「ファイヤガン」)好評を博した「夜の笑い」に続いて時代と社会を痛烈に風刺する飯沢喜劇。
「ドリームタイム」とは、オーストラリアのアボリジニーの時間感覚で、過去と現在と未来が同時に存在する神話的時間の流れ。この公演では、"私は何処から来て何処へ行くのか"という視点の元に<宇宙と大地、人間と人形、生と死>の間など、様々な境界線上にあるものをテーマに、古代的なもの、現代的なもの、未来的なものの時間が層を成して流れている様を多様な作品群の集合体として実験的ライブスタイルで上演した。
「現代能楽集」連作
「現代能楽集」の連作の一つで、銕仙会能楽研修所の能舞台で上演。現代演劇、能、音響彫刻、コンピュータ音楽の共同作業で取り組まれた。テキストには、W・B・イエイツの詩劇『鷹の井戸』をもとにした、横道萬里雄の新作能『鷹姫』を基盤にしながらも、他の言語素材も加え、自由にコラージュする形で再構成されている。そして作業の共通の課題としては、〈即興性〉、〈偶然性〉、プロセスの問題に的が絞られ、能を現代に活かす試
地下鉄のホームで電車を待っていた裁判官・徳丸 透 (トクマルトオル) は、15年前に捨てた息子・春 (シュン) が向かいのホームに立っているのをみつける。春の眼が見えないことに気が付いた透は、赤の他人を装い近づき、「一緒に住まないか」と誘う。一度破綻した親子の、二人暮らしが再びはじまる────。
新宿・歌舞伎町に残る、最後の「キャバレーミラクル」もあと一週間で閉店することが決まっていた。スター歌手を夢見て上京し38年。いまは、この店のシンガーとして歌い続けている2人の女性、スミ子とカズエ。明日を夢見て、夢に敗れ、愛と幸せを求めながらも、ステージで生きる事を選んできた彼女たち。 いま、場末の歌手人生が終わろうとしている。そんな彼女たちに起こった『ミラクル』。それは‥‥?
日本ミュージカル界を代表する演出家小池修一郎と、フランスの人気作曲家ドーヴ・アチアによる新作ミュージカル。本作はフランスの小説家モーリス・ルブランの「怪盗ルパン」シリーズを下敷きに、自由な発想で、各キャラクターが入り乱れる冒険活劇ロマン。アルセーヌ・ルパンと魅惑的な美女カリオストロ伯爵夫人、令嬢クラリス、シャーロック・ホームズをはじめとした著名なキャラクター達が登場し、財宝を巡って様々な駆け引きを
――1901年、和歌山県のとある山中。 博物学者 南方熊楠と革命家 孫文。2人は英国留学中、深く親交を結んだ親友同士。 久々の再開を果たす2人だがそこで不思議な精霊の国に迷い込む。 精霊の国での奇妙な体験。そこで出会う様々な人々。 後に博物学者として名をのこす熊楠と後に中華民国の国父となる孫文。 精霊の国で、若き熊楠と孫文が手に入れたものとは?
その山と谷の成分を、感情と呼ぶ。雪子の葬儀に、親類や友人は誰ひとり参列しなかった。なぜなら、雪子のアドレス帳に書かれていたものは、すべて架空だったから。そして夫の元には、雪子の綴った日記と自転車だけが残されるのだが、日記帳はなぜか最後のページだけが破り取られており……
川沿いのマンションに暮らす中学校の英語教師、辻さゆりは部屋のベランダから眺めるその川の景色が好きだった。街の灯りが川面に映り、ゆらゆらと揺れる川の景色が好きだった。ある日、彼女は近所のスーパーで女性が万引きするのを目撃した。缶入りのミートソースだった。一瞬、目が合ったが気付いていないフリをした。しかし彼女は、その女性がおそらく自分と同じくらいの年齢だったこともあり、軽い衝撃を覚えた。その日から彼女
ほぼ全裸のパフォーマーが輪になって走り続ける『マタドウロ(屠場)』、全身を漆黒に染めたダンサーがひと塊になって観客の間を蠢きまわる『突然どこもかしこも黒山の人だかりとなる』。ブラジルの鬼才マルセロ・エヴェリンは、過去2回KYOTO EXPERIMENTで作品を発表しているが、いずれも客席と舞台が混然一体となった場の中で、観客を興奮と困惑のはざ間へと連れ出してくれた。そんなエヴェリンが次に目をつけた
和太鼓+ダンスユニット<まだこばやし>による初の単独長編公演。「それぞれが」「鳴る」「共鳴する」をテーマに、打楽器とダンス、声や歌、演劇的表現に加え、ハーモニカなど他楽器の使用、儀式と照明効果の融合など、音楽的身体×身体的音楽パフォーマンスの可能性を追求した80分。人との距離が遠くなった時でも、響き渡る生のエネルギーは空間を駆け抜け、みんなを巻き込んで、どんどん世界へと共鳴していく。
〈癒しの絵本〉を描きネット販売をする高田悟(40歳)は笠原優子(42歳)と暮らし始めた。美人で明るい優子は人も羨む素敵な女性である。気になることは、これまでに三度結婚に失敗していること。「こんどこそ シアワセに なれる⁉」と、優子の四度目の結婚生活は始まった。しかし、「今日は何があったの、誰と喋ったの、それはどんな人なの、何を話したの?」、優子が懸命に生きようとすればするほど周りの人達には煩わしい
(フライヤーより)寄せては引き悠久の時を刻む海の波… 永遠と刹那、光と影ーアドリア海に臨んだ水の都「ヴェニス」を舞台にしたトーマス・マンの名作が男性だけの俳優集団スタジオライフにより、今夏、劇空間に甦ります。
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1960年代、四国は観音寺、そこにはキラキラとした青春が息づいていた。ロックに魅せられた<ちっくん>とその仲間たちはバンド『ロッキング・ホースメン』を結成、高校の三年間という熱き時間を疾走していく。楽器を手に入れるためのアルバイト、練習、合宿、友情、恋、出会いと別れといった、誰もが経験するような、しかし誰のものとも違うかけがえのない青春がそこにはあった!
こどもとつくる舞台vol.2
こどもたちの発想により作られた物語や絵を、ダンスや歌や芝居にして上演する企画“こどもとつくる舞台”の第2弾。オノマトペやたのしい音楽、みんなが知っている遊びも用いた、0歳から大人まで楽しめる、全世代に向けた舞台作品。
-2020年に世界中を巻き込んだ試練は、パフォーミング・アーツの存在意義を見つめ直す機会となりました。人と人、国と国、ジェンダー、人種、民族、宗教の問題、そして生と死について。これまでも私たちの目前に数多の問題がありましたが、新たな先行きの見えない状況は驚くほどの勢力で私たちを阻んでいます。しかしながら、全世界に同じ問題が降り掛かったこのタイミングこそ、新しい芸術・表現が創生される時なのです。今こ
ある日親友の家に行くと男の死体が。なぜそこに死体があるのか?登場人物は「ちょっとまって」と繰り返すけど何を待てばいいのかわからず、不毛なおしゃべりばかり。新型コロナウイルス感染症の蔓延の閉鎖された混沌を描いたヴォードビル。
作品ノート:日本、トーゴ、台湾の異なるバックボーンを持つ4 名で製作された、日本のコンテンポラリーダンス作品。「ダンスの自明性を問うダンス作品」と銘打ち、‘基準がなく何でもありのダンス’とされている、日本のコンテンポラリーダンスにまつわる自明性と、その周辺を漂流する。あらゆる差別意識が表面化する現在の日本。渦中の我々だからこそ獲得し得る日本のコンテンポラリーダンスの力を、逃げるように追い求めていく
80年代から作りためた小品をゴツゴツと並べたものを「ダンス☆ショー」と呼んできた。懐かしきリーダース・ダイジェストの通販で購入されたレコードを発見したことからまずは始まる。昭和の音楽が明るく単純な編曲で嬉々と演奏されていた。わたしは捻って捻り過ぎる癖があるので単純で明るい疑いのなさに圧倒される。単純で一本槍なダンス。凝らずにお遊戯のような動きで組み立てた小品の粒。初演新たな小品も織り混ぜてゴツゴツ
三谷文楽
文楽×三谷幸喜の超・古典エンタテインメント!13年ぶり、三谷文楽、待望の新作がこの夏誕生。主人公は万年〝憎まれ役〟の人形!三谷幸喜が描く抱腹絶倒の文楽人形による文楽人形の物語。
アジア・トライ
福岡を拠点にする劇衆上海素麵工場の作品の中で、上杉満代が振付と自らのソロを踊っている。本公演は大野一雄フェスティバルの一環として、アジア的祝祭をテーマに開催する「アジア・トライ」のプログラムとして上演された。上杉は敢えて車椅子で登場するなど、師大野一雄の姿も彷彿とする。
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白虎社は公演以外でも「出前芸術体」として、「からだ」と「芸術」を出前、一般家庭のパーティからコンサートやCM出演まで幅広く出没した。本映像には以下の白虎社出演部分が収められている。・石井聰亙監督「アインシュテルツェンテ・ノイバウテン 半分人間」(1986)・布袋寅泰ソロ・コンサート「GUITARHYTHM」より”WIND BLOWS INSIDE OF EYES”(1988)・TBSテレビ「ザ・ベ
火曜日のシュウイチ
お墓参りは俺がする!汗まみれに涙まみれ。傷まみれに血まみれ。泥まみれに糞まみれ。‘まみれ’にもいろいろあるけれど、この世の中で“愛まみれ”ほど汚く醜いものはない。愛する人を目の前で人質に捕られたスナイパーは、抱き続けていた気持ちを垂れ流す垂れ流す。まみれまみれたスナイパーを乞う御期待!!
【Story】「水街」 舞台近景遠景画像舟で旅するタケルは偶然に水路に落ちたカナという少女を助け、その姉であるナオと知り合う。ナオとカナが住んでいるのは、水の上に建てられた移民の街。沖縄からの移民である彼らの仲間、マサモリやセントクとも仲良くなったタケルだが、再び太平洋を西に向かう旅に出る。ナオの元にブラジルにいる叔父からの手紙が届く。ナオとカナはブラジルに移民する決意をして。【Note】「王國」
(フライヤーより)トンガリぼうしの魔法つかい、プリンさんのもとに、アメリカのチャックとサリーからSOS⁉「お願い、すぐにアメリカに来て!」二人の住む町で、凶悪な銀行強盗ビリー・ザ・キャットがあばれまわっているのだ。チャックは「拳銃を持たせればアメリカで一番」と評判のブルドッグ・ホリディに弟子入り。ビリーと決闘だ!場所は、町はずれのサボテン牧場。はたしてチャックはビリーに勝てるだろうか。心配するパパ
愉快痛快な一人芝居。三味線の音色に乗せてお届けする涙と笑いの人情話!昭和二十年頃に起きた、嘘のような本当の話に芝居ながらの嘘を交えてお届けする演劇版「曲馬団の女」原作は、十二代目田辺南鶴の作。戦時から終戦後の混乱する東京を舞台にした新作で、蘭という曲馬団(サーカス団)出身の女が主人公。最後には登場人物全員がハッピーになり、聴き手も幸せな気分になれる物語である。劇団「柿喰う客」の中屋敷法仁の演出によ
天と地 / 火と水 / 水と油 / 生と死 / 豆腐と鉄鎚 / 右手と左手 / 石と紅 / 男と女 / 臼と杵 / 大便と小便 / 頭と尻 / 月とスッポン / 明と暗 / 無音と音 / 老子と孔子 / 兄と弟 / 金魚鉢と太平洋 / 赤と黒 / 狐と狸 / 花と龍 / 内と外 / 床と天井 / ヘビとネズミ / 鏡と人形 / 点と線 / 麦と兵隊 / 泥と砂 / 乾燥と湿潤 / 手と足 / 肘と
小さな劇場
芸術の根幹である「創造性」を追求した創作作品。赤ちゃんからおとなまでが劇場に集いともに作品を楽しみ芸術に親しむ機会を提供することを目途とした。 (あらすじ)ある夜、ある少年の子ども部屋で。少年は特撮映画を撮影している。それは近未来の、宇宙での出来事。映画の世界観にすっかり没頭していると、やがて部屋をノックする音が・・・少年がつくっている物語は現実なのか、はたまた虚構なのか?
Monochrome Circus『震災3部作』2作目。震災後の価値観の変動や揺らぎをコンタクト・インプロヴィゼーションのデュエットによって繊細に表現。
メルヘンと詩。シュールとエロチシズムと犯罪の幻想音楽劇。月よりも、もっと遠い場所・・・・それは〈劇場〉! 寺山修司十三回忌となる1995年、再演希望No.1の声に応え、演出家に生田萬をむかえて幻想音楽劇『青ひげ公の城』を上演。寺山修司が魔術的幻想音楽劇と名付けた『青ひげ公の城』はペローやグリムの童話などで知られる、次々と花嫁を娶っては殺害した青ひげ伝説がモチーフ。そこは今、まさに『青ひげ公の城』と
大工の仙八は妻に先立たれたが、二人の息子がいる。長男の清は音楽好きの旧制高校生でまだ徴兵を免れています。次男の昭は予科練(少年航空兵)です。清と昭の幼馴染の桃は両親を亡くし下働きをしながらひそかに女優を志しています。実に大変だった時代の物語。
お食事×文学×リーディング『よるよむ きのさき』太安万侶 編
日本最古の歴史書「古事記」。世界のはじまりから、八百万の神々の出現を、書き下し文と現代語訳でよむ。
(フライヤーより)宇宙に存在する無数の♂と♀が、今、魅かれあっている。そのエネルギーは一体いかばかりなのだろう。あなたの恋は宇宙の摂理のまさしく一環なのだ。あなたは恋の始まりを覚えておくべきだ。それがどう始まり、どう終わるのかを。宇宙と恋の透視図(パースペクティブ)。私達はそれを、『非ユークリッド恋愛学』と呼ぶことにする。今、恋が始まる。
無駄な時間の記録
「無駄な時間の記録」は、2021年に開始した、スコアを元にダンスを立ち上げるプロジェクトです。このプロジェクトでは、スコアによってダンスを正確に記述・保存することより、それを用いることでダンスを一旦作者の身体から引き離し、それを巡ってフラットで開かれたコミュニケーションを立ち上げ、新たな表現の形を生み出していく可能性に着目しています。2021年は、4名のダンサー/振付家が、スコアを組み込んだ形でソ
セクシュアル・マイノリティとして差別される人々がいる一方で、傲慢さによって際立ち、美しさによって認められる人々がいる。年をとることは、衰え、醜さ、錆びつくことと同義ではない。この矛盾した二面性、内なる不調和こそが、物事を刷新するのである。ー岩名雅記
(パンフレットより)「四月の始まりと、異邦人が終わったあとの、あ、ストレンジャー」三月も、もう終わります、(つまりこの文章は、三月も、もう終わるって頃、ぼおんと、磨りガラスの窓の向こう、朝日が登り始めた、っていうのを、布団の中で眺めながら、書いています、)もう少しで、四月が始まります、『あ、ストレンジャー』は、四月の始まりに始まって、四月の始まりに終わります、(布団を出ることにします、机の上で林檎
文字にもたましいが宿っている。どれもみんな、大事な一文字なんだ。五十音村の住人は今日も元気に仕事をしています。自信家の「あ」さん、笑いっぱなしの「は」さん、歌の大好きな「う」さん、頼りがいある「た」さんに、資産家の「し」さん、それぞれのキャラクターある文字たちが自慢話を始めていると、いっぱいしゃべらない小さい「つ」の話になり、音のない小さい「つ」は文字ではないとみんなにバカにされました。小さい「つ
昭和庶民伝三部作 第一作
『きらめく星座』は、こまつ座旗揚げ翌年の1985年、井上ひさし自身の演出によって初演されました。「昭和庶民伝三部作」の第一作目である今作は、太平洋戦争前夜の昭和16年12月7日までの約1年間を描いた作品です。今作は井上ひさし唯一の“私戯曲”とも言える作品で、繰り返し上演を重ね好評を博し、2017年公演は8回目の再演にもかかわらず第72回文化庁芸術祭演劇部門にて大賞を受賞しています。
多民族国家化が加速する今の時代に「祖国」とは、「家」とは、と問いかけたノーベル賞作家、イェリネクによる戯曲『雲。家。』。高山明は、その短いテキストを通して、現代の日本人にとっての「家」を探った。舞台上には巨大な鉄骨の足場が組まれている。その全面を覆うスクリーンに、池袋のサンシャイン60の姿、巣鴨プリズンの跡地だとは知らずそこへ集まる若者たちへのインタビュー、外国の地で暮らす留学生の母国に関する談話
芸術は、いったい誰のもの?芸術とは、劇場とは?宮城聰が初めて挑む、骨太の社会派作品!原作は、1936年に書かれたクラウス・マンの小説『メフィスト』。当時、ドイツ最高の俳優と謳われ、国立劇場の芸術監督でもあった実在の人物グリュントゲンスをモデルとし、発禁状態にまでなった小説は、80年代にはフランスの太陽劇団により舞台化され、ハンガリーのサボー監督による映画でも知られる。時代に翻弄される天才俳優の姿を
健之助、40歳。何にも全然うまくいかないけど、まだまだ頑張って、生きていたい!食べたことない料理(シチリアのやつ)とか食べたいし、なんならモテたい!そんな折、健之助は自分が光っていることに気づく。健之助がいっぱい生きて、ちゃんと死ぬまでの演劇。
亡くなった兄にかわって鉄工所の経営を継ぐため帰郷した慎人。そこに勤める親戚や職人たちは異業種から転職してきた新社長を受け入れつつも、なかなか距離を縮められないでいる。ある日、江藤という信用金庫の営業が現れ、申請していた融資の審査が通らなかったことを告げる。バブルの恩恵に浴することなく、「失われた30年間」を漂い続ける零細企業の人間模様。
次世代に、そして全世界に語り継ぎたい明日への再生の物語「人類史の折り返し地点」 ―― 井上ひさし2020年紫綬褒章を受章した演出家・鵜山仁が捧げる、終戦から3年後のヒロシマを舞台に父と娘が織りなす命の会話
-1997年フランスでレジデンス制作し初演されたパフォーマンス作品。舞台は何も無い真白な空間で、半円筒形に張られた白いスクリーンだけで構成される。強力なストロボ照明によるホワイトアウトの創出と強烈な音響・映像。「自己と非自己のボーダー」「生と死の間に横たわるグレイ・ゾーン」などに関するさまざまな考察が試みられた。 グループのリーダー的存在だった古橋悌二が、1995年の死の直前に書き残した次回作のコ
奥多摩町の高齢者施設は外国人の労働者が多い。現実に奥多摩で暮らす高齢者が、ミャンマーから仕事のために日本に来た女性との心の交流を交わすまでを舞台化した。客演で青梅の朗読家、大勢待なつみさんが出演した。
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
パルコ ハイコメディシリーズ第4弾
パルコ ハイコメディシリーズ第4弾16年前、別れた娘が、突然19でやってきた!奔放な娘と振り回される父、関係改善を願う恋人…。ニール・サイモンが描く、ひと夏の嵐のスケッチ!!
社会部のスター記者として活躍していた大同新聞の飯島傑は、本人の希望で新たに政治部に配属されたばかり。後輩の佐々部の反対を押し切って官房長官の記者会見に出席し、記者クラブ幹事の制止もものともせず、疑惑への質問を繰り返す。その飯島に、なぜか官房長官から裏の懇談会への誘いが。その道は、夫の交通事故をきっかけに退社した、かつての同僚、柏木沙也加の辿った道でもあった…。政治家からのリークに群がる政治部記者た
MANKAI STAGE『A3!』
2.5次元ミュージカル/舞台
Art in the Beach
ハドソン川沿いの埋め立て地で行われた野外公演。エイコ&コマは砂丘の上で大きな白い旗と踊り、観客はそれを下から見上げる。白い旗はダウンタウンで進む開発を象徴的に攻撃している。砂丘の下方では四つの角で火が燃えており、その舞台へエイコ&コマが転がり落ちていく。50分のパフォーマンスの最後には、エイコ&コマは自らあらかじめ掘った深い穴に呑み込まれ、一陣の砂と共に視界から消える。
(フライヤーより)円形劇場にあつまったみんなが、花のお江戸へタイムトリップ!熊さん・八っつぁんの案内で、こどもたちの歌や踊りをみたり、富くじですてきな景品をもらったり、はらはら曲芸にチャレンジしたり……、お祭り気分で江戸体験をお楽しみ下さい。
KAAT神奈川芸術劇場プロデュース
あの名作のリメイク決定版⁉KERAが新たに読みかえる「ドン・キホーテ」を、個性と実力を兼ね備えた俳優陣で上演!
文学座創立55周年記念
昭和のはじめ、東京下町、袋物製造販売業「近常」の細工場。職人たちが電燈の下、とりとめない会話をかわしながら夜なべをしている。奥では年季明けの職人を祝う赤飯が炊かれ、肴や白味噌の椀の仕度がされている。十年の年季奉公のあと、この日一人前の印電師(高級ななめし皮を扱う職人)の門出を迎える秀太郎。職場を変える夫に従い、今夜未知の北海道に旅立つ女中のおせん。それぞれの「かどで」
独り暮らしの老女「ハルさん」は70歳。「イッコ」は小学5年の女の子。好きな人の名前が同じ「新一郎」という共通点を発見して仲良くなったが、少女と老女の意外な事実もまた明らかに……。イッコは学校にほとんど行かず、拒食症になっていること。ハルさんは末期ガンで余命幾ばくもなく、断食して死のうと思っていること。二人には「食べない」という共通点もあったのだった……。 死をどう受け入れるのか? 孤独とどう向き
風琴工房の詩森ろば新作書下ろし・演出でSpace早稲田2016演劇フェスティバルでロングラン上演、1599人余を動員した大ヒット作。1972年、沖縄返還でオキナワは揺れていた。政治、裏社会、すべてが交錯し、火花を散らす。沖縄「裏社会」に蠢く若者と当時の佐藤政権の返還交渉を軸に核密約、日本の問題の縮図を暴き出す意欲作となった。五島三四郎が若いヤクザ、流山児祥が佐藤首相を演じ、杉山至が初めて美術を担当
super reflection
万華鏡のように映し映され合いながら動き続ける複数の身体。ある瞬間に、通じ合えたような束の間の安堵を味わったり。またある瞬間には、はたと逃れようのない個/孤を自覚させられたり。肉体の間に働く求心的な引力と摩擦、衝突、その営みが「super reflection」となる瞬間を求め続けている。