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20世紀を代表する画家サルバドール・ダリとその妻ガラの生涯を描いたOFFICE SHIKA PRODUCE「ダリとガラ」。劇団鹿殺しの丸尾丸一郎が脚本と演出を手掛け、前時代の常識を破壊するような斬新なアートを体現し続けたダリの衝動と、生涯を通して彼のミューズであったガラの生き様を多彩なキャストで描いていく。
医者のいないデルタ国のヘーワ町にやってきたお医者さん、ディストレ先生。この先生は大変なおっちょこちょいだった。ひょんなことからその先生の助手を務めることになったヤン少年。勉強嫌いだったヤン少年は先生が間違いをおかさないように一生懸命勉強し、ついにはディストレ先生の跡継ぎになるために医者の学校に行くことになりました。ちょうどそのころ、お隣のドルマン国が攻めてきてヘーワ町を占領してしまいます。ヘーワ町
親の反対を押し切り役者を目指すと上京した勘介は、周囲には黙っているが既に夢を諦めADのバイトをしている。友人にも「出演ドラマの撮影だ」と見栄を張り、地方ロケの番組スタッフとして数年ぶりに実家に帰ってきた。家族旅行の隙を見計らっての帰郷、のはずだが、家の中を見知らぬ女や半裸の男がわが物顔でうろついている。混乱する勘介の前に、自分を憧れと慕う町長選挙立候補中の幼なじみも現れ、見栄とごまかしは次々折り重
1903年大阪万博で起こった学術「人類館」事件をモチーフに、沖縄近現代史が描かれている。しかし、歴史の流れをそのまま反映したのではなく、時間と空間が交錯する中で、沖縄戦やベトナム戦、そして復帰運動など沖縄を取り巻く出来事がダイナミックに描かれている。反植民地主義・反戦劇。戯曲「人類館」は、二つの構造を持っている。人類館を起点として、そこでまき起る、もしくはまき返される幻想(回想)シーンの、恣意的、
グランドフィナーレ! 扇町ミュージアムスクエア最終公演
さよなら、バイバイと、今ある社会からオサラバしよう。どうせ経済のチキンレースは続き、ブレーキのかけ所を逸し、取り返しがつかなくなり、衰退の一途を辿る。人が、そこに居ることから出直さなけりゃ。デジタルを恐れよう。
(フライヤーより抜粋)時は、1918年及び1980年へと翻案されている。主人公風間武史は、アール・ヌーボーに傾倒する現代の画家。ヒロインの朝倉舞希子は、新劇の揺籃期に生きた新進舞台女優。62年の時を越えて巡り会うふたりの姿がもたらすものは、ロンドにも似た、恋愛と芸術の永遠性なのかも知れない。
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京都を拠点に活動する劇団・ヨーロッパ企画の2025年新作本公演。南半球にあるという伝説の島"インターネ島"を巡って、冒険家たちが未踏の冒険を競いあう冒険コメディ。
近未来、TOKYO、渋谷、ハチ公前、「私は君が好きだ」と思う、その気持ちを巡るシンプルなストーリーを「読む人がいて、動く人がいる」という手法を使って描いた作品。それによって生じた体と言葉の「ズレ」がコミカルであり、また切なくもある。誰でも共有できる普遍的なものだけれど、特別視されてもいる、愛というものの話。
茨城県M市。納豆と梅くらいしか誇れるものがない『そこ』に住む男と女。女は心臓の病を抱えており、出産は禁忌だが、子を宿してしまう。その、十月十日と、5年後のお話し。
1997年「KATSUO NI SILAGA」として初演され、その後現在の題名に変更、ダンサーのスピードと力と汗が光る作品である。2002年ドイツ、ハイルブロン市立劇場に招聘され15回公演を行った際のプログラムの一つであり、海外から見た現代の日本のイメージを象徴していると絶賛された。
『池上show劇場【DELUXE】』Bプログラム
コロナ禍の創作活動の中から生まれた「一人芝居」のラインナップ。劇団アトリエを劇場にしつらえて行なった本公演『池上show劇場 』【DELUXE】と【PREMIUM】。一人芝居16本のうち、Bプログラムでは3作品を上演。原作と身体一つで格闘する俳優たちのバリエーションが見どころ。上演作品は、『カチカチ山』(原作:太宰 治)、『藪の中』(原作:芥川龍之介)、『名人伝』(原作:中島 敦)。
消滅寸前の旅一座、女座長・中村梅子 起死回生の大芝居
こまつ座「戦後”命”の三部作」
昭和23年、原爆投下から3年後のヒロシマ。幼いころに母を亡くし、原爆で父を亡くした23歳の福吉美津江は、図書館で働きながら、一人ひっそりと暮らしている。原爆関係の資料は探しにくる青年にほのかな恋心を抱く美津江だが、父親も友達も原爆で失くした美津江は「自分だけが生き残ってしまって申し訳ない、自分はしあわせになる資格はない」と、頑なに淡いときめきに固く蓋をしていた。そんな美津江の前に父・竹造が現われる
チェーホフが流刑地だったサハリン島までの旅に出たのは1890年。未開の土地だったシベリアを横断してのこの旅は、当時はまだ命の危険が伴うもので、突然の決心に友人や家族たちは最初チェーホフ流の冗談と思ったという。しかし、作家の決意は固く、4月から12月までの長旅が断行された。このサハリン行きは、文学的にはなんの成果も伴わなかったという指摘がある一方で、作家・チェーホフの「重要な転機」であるという指摘も
ヌトミック4年ぶりの劇場長編作品。9名の出演者により台詞、歌、ときにラップのような語りが、目まぐるしい時間軸の変化と合わせてシームレスに移り変わる、全編生演奏でおくる新作の日本語音楽劇。現代の東京を舞台に、数奇な人生を送った男が忘れられない思い出を語り出す。思い出はどこまでも飛躍して、多くの寄り道と間違いを犯しながら、少しずつ見えるはずのない世界へと繋がっていく……。
舞台『弱虫ペダル』
2.5次元ミュージカル/舞台
西ドイツのインダストリアル・ノイズ音楽バンド、アインシュテュルツェンデ・ノイバウテンのライブを描いた映画『半分人間』(1986年公開、石井聰亙監督)のために撮影された映像。大須賀の手元に保管されていたのは16mmポジで、本編では使われていない。撮影は渋谷の雑居ビルから始まり、この映像の舞台となった荒川のそばの屠殺場の匂いのする場所で夜を徹して行われた。舞踏手は金粉を塗っているが、普段白塗りでする動
明治から昭和初期にかけてヨーロッパで活躍した女優、花子こと太田ひさの数奇な生涯を事実に基づいて構成したテレビドラマ。ひさは、オーギュスト・ロダンのモデルにもなった唯一の日本人で、森鴎外の小説「花子」のモデルでもある。花子を古川あんずが演じている。
四代続いた和菓子屋の若旦那。今は売れっ子恋愛小説家。18歳も若い妻をもらってウキウキ気分。そこへ先妻の幽霊が現れた。「嫉妬して出てきたのか!」「まさか。お義母さんよ。私はあの世でも姑で苦労してるのよ。」そう言って息抜きさせてと、居座ってしまった。そこへ母の幽霊も現れた。ニッコリ微笑んで、「あら、嫁が二人になったのね。ウフフフフ!!」さあ、てんやわんやの大騒動が始まった。母と息子、夫と妻、嫁と姑…家
“現代アイルランド演劇界のチェーホフ” ブライアン・フリールの名作。アイルランドの北西部、バリーベッグのはずれの村。ひっそりと暮らすマンディ姉妹はそれぞれの悩みや、緊張の中で助けあって生きている。この片田舎にも近代化の波が押しよせ、経済的な不如意に苦しみ、兄・ジャックの送還の余波でマンディ一家はだんだん崩壊していく・・・・・・。オリジナル曲にアイリッシュダンス、姉妹を取り巻く人物達との激しい言葉
いのちのかたりつぎ 〜色とりどりの物語がつむぐ、震災のこと〜
津波に飲み込まれていく車を運転する男とAI搭載のカーナビゲーションとの最後の会話−震災直後の壮絶な緊張感の中で消え入るいのちの灯火。被災地で生まれたラジオドラマ作品を、3.11を描いた作品に向き合い続けた表現者たちが結集して舞台作品に昇華させた。時間が経ったからこそ向き合えることを、改めて言葉にして次の世代へ語り継いでいきたい。
先の戦争で、19才のいのちを南方の海深く沈められた少年兵。その弟が兄の生きた最後の2年間を追想するレクイエム。戦後50年に同名の舞台劇として上演され、全国巡演を果たした作品が、25年を経て原田一樹構成演出で一新、朗読劇として鮮やかに蘇る。
劇団民藝の北林谷栄を中心に活動していたと思われる「しのぶ会」第2回にて、大野一雄が2作品を踊った。「一艘のカヌー桜の木の下を往く」は白石かずこの詩を下敷きにした作品で、この年の2月にあった江口隆哉の追悼公演でも上演している。リスト作曲「愛の夢」は主に大野一雄の代表作「わたしのお母さん」の最後に踊られるが、一曲踊るという機会には度々選ばれた曲である。
「違います!」被告・吉田静子の悲痛な叫び声が法廷に響き渡った。その罪は放火殺人。夫と姑を焼死させたのだ。東京地方裁判所に集められた様々な職業の十二人の男たち。決めつけ、戸惑い、無関心、心配事、様々な人間模様の渦巻く中、真実に向き合わされた十二人の日本人が出した結論とは?昭和三年から十五年間、日本でも陪審裁判が行われていた。
ドキュメンタリー
ぽつねんとある自動販売機を止まり木のようにして集まる3人の人物の雑談から始まり、缶ジュースの風味が浸透するように境目なく様々な記憶や風景が現れては消え、過去や未来、人物がいるのかいないのかさえ揺蕩っていく。その中自動販売機だけは形を変えず、その場に存在し続ける。監視者なのか、なにかを促すモノリスなのか。感覚的なようで、人物たちの感情は一連のストーリーとして確かに繋がってるニュースタンダード会話劇。
ダンスがみたい!
「ダンスがみたい14.崩れる身体」参加作品。彼岸と此岸の間に揺れる男女のデュエット。2013年鳥居えびすの急逝により、本作は鳥居と田中陸奥子の最後のデュオ作品となった。
Live Musical「SHOW BY ROCK!!」
2.5次元ミュージカル/舞台
北村想が1984年に書き下ろし12月下北沢駅前劇場で初演。クリスマス・イブの夜。劇作家、歌手になることを夢見る少女と恋人の少年の三人のささやかなクリスマス・パーティー。やがて、彼らの元に天使が現れる。優しくて透明で、残酷な童話。このメルヘンファンタジーは80年代小劇場演劇のロング作品となり10年間にわたって上演。85年版は「小劇場界3大スタア競演」と銘打ち、塩野谷正幸、大高洋夫(第三舞台)、美加理
ある街に絵描きが居た。彼女は日頃からあまり人前に姿を見せず、絵ばかり描いて暮らしている。どうやらそれは、ちゃんとお金になっているようで、時たま人がやってきては、絵を買っていく。絵描きは生まれたときからこの街に居て、幼少期からずっと絵を描いていた彼女は、友達らしい友達も出来ず、周囲の人々に「変な子ちゃん」と言われ続けていた。そこへ、音楽家がやってきた。彼女はずっと各地で歌を歌って暮らしていて、ちょう
Noism0
『残影の庭―Traces Garden』は、武満徹作曲による現代雅楽の古典『秋庭歌一具』と、演奏する伶楽舎との協働。冒頭に三人が並んで動くシーンだけで、カウントではなく呼吸で動きを合わせる緊張に満ちている。指揮者のいない雅楽と、カウントで踊るバレエとの融合だ。井関が艶やかな羽衣で踊るが、死者と語る話が多い能の幽玄さも共存している。形ではなく、身体の有りようの中に和と洋が共存する、希有な作品である。
ある日、彼は同僚の女性にひどく怒られた。しかし3日後、その内容をどうしても20パーセントしか思い出せないでいた。鮮やかに憶えているのは彼女の前歯についていた口紅の色だった。
かつて庶民の希望であり、羨望の的だった「大衆演劇」移り変わる時代に翻弄され衰退する一座。その楽屋から漏れる光と影...そして夢。人情・縁...人生。数々の名台詞が、舞い散る雪のように降り積もる。女座長・中村梅子一座は、人気の老舗大衆演劇一座だった。しかし時代はまさに戦後の娯楽ブーム。役者は次々と去り、わずかに残った役者にも不平不満が渦を巻く。問題山積みの一座を救おうと、座長が運命をかけて演じた一世
(フライヤーより)こどもの城オープン3周年記念として、ピアノ練習曲集「バイエル」を材料に、詩と歌と映像で味つけしたファミリー・コンサートをお贈りします。「せっかく美しい曲が集まっているのに、ただの練習曲にしておくのはもったいない」と、詩人たちが「バイエル」に楽しい詩をつけました。さらに映像もプラスして、「音楽の楽しさ」「詩の楽しさ」「みんなで歌う楽しさ」をお届けしたいと思います。ピアノを習っている
眠れない夜に、僕はよくあの学校の屋上へ行った。いつもそこにはこの町の王様がいた。頑張らなければ生きられない昼間を、生き抜くための答えを求めて、夜の屋上に人が集まる。彼らは町の地図を作り、花を植え、本棚を置き、絵を飾り、町を少しずつ統治していく。王様はただ好きなことをして、この町を好きだと言った。その夜の特別な時間は、いつか終わりを迎えるのだろうか。その時僕は、どうやって昼間の時間を生きるんだろうか
あたしは人の話を聞かない。あたしはあまり謝らない。あたしはたびたび遅刻をする。あたしは秘密を守らない。あたしは、あたしの話しかしない。あたしの癖に。二年前と、何も変わらない。柳瀬真由が夢見るとても幸せな日常と、それとはかけ離れた毎日を、スクランブルさせつつも真正面から捻くれて描く。
とある政党の奥様会議が開かれた。市議会選挙を翌月に控えた対策会議だった。なんとしても議席数を増やすために家族総出の応援合戦を党から要請されたのだった。戸惑う女性もいれば、仲間を鼓舞する者もいる。それでも一致団結して選挙に臨むも残念ながら目標に到達することができなかった。責任追及の会議が開かれ、自己保身と責任転嫁の様相となるのだった・・・舞台は現代、議員を支えるオンナたちの話
1980年代という大きな時代的変化を何とか生きようとする中年世代の生の感覚――それと新劇の老劇作家とキャリアを持った女優たちの現在を重ねてみるというプランのもと太田省吾が書き下ろした1990年の『木を揺らす』。出演していた俳優たちが、何年か毎にくりかえし演り続けたいという提案が実現した作品。しかし4年の歳月はかなりの変化をもたらす年月であったため、書きかえを重ね『木を揺らす-2』となった。
死んでしまった同級生のお墓の周りで、授業をサボって毎日を過ごす女子高生達。同級生が生きていた過去の日々と時間を交錯しながら、それぞれの思いの交錯も描く。そんなある日、ひょんなことから同級生が蘇り...。
多くの愛人たちに告げる「グッドバイ」ー昭和23年を舞台に、不埒な色男と怪力大食いの美女が巻き起こす恋愛狂騒劇(スクリューボール・コメディ)!!太宰治未完の原作をベースにKERAが描き出したコメディを生瀬勝久演出のもと新たに紡ぎ出す!昭和23年の春。GHQ占領下の東京。文芸雑誌『オベリスク』の編集長、田島周二(仲村トオル)は、編集の仕事の傍ら、闇商売の手伝いで大儲け。複数の愛人を持つ生活を送っていた
世界的に評価される村上春樹の傑作長編『ねじまき鳥クロニクル』を、イスラエルの奇才 インバル・ピントと気鋭のアミール・クリガーの演出、アミールと演劇界の俊英 藤田貴大の脚本で舞台化し、音楽を大友良英が手掛けた創造性豊かな意欲作。2020年の初演時に、公演期間の短縮を余儀なくされた伝説のステージが待望の再演。
花のパリ。女の仕組んだ、逆転の狂詩曲。あなたはもう笑ってはいられない。フランスのヒッチコックと称されるロベール・トマの最高傑作コメディ・サスペンスが新訳&豪華キャストで蘇る。パリ郊外にある豪邸。結婚して半年足らずのフランソワーズ(中越典子)は、夫・リシャール(橋本さとし)の酒と賭博と暴力の日々にすっかり疲れ果て、早くも離婚を考え始めていた。しかし、いざ夫を前にするとその危険な魅力に抗しきれず、つい
日本を代表する舞台美術家 堀尾幸男、石原敬のドキュメント、インタビュー。
SUNA
演劇実験室◉万有引力 第5回公演(再演は第9回・10回・12回・21回・39回・56回)。イギリス、ブラジルツアーも含め、万有引力のオリジナルでは最も上演回数の多い作品。1986年には第40回エジンバラ国際芸術祭にてフリンジ・ファースト(最優秀賞)を受賞。1995年にブラジルに初上陸。この『SUNA』は、「距離」に関わる事物と人間の関係・役割をテーマに、観客と一緒に、劇場空間に巨大都市を持ち込もう
THE CONVOY SHOW vol.35
「今に見てろよ」これがオレたちの合い言葉だ。夢に生きるのに老いも若きも関係ない・・・・。デパートの屋上で一回目のファミリーイベントを終えた「東京シャイニングブラザーズ」の面々が控え室で着ぐるみのまま、二回目の出番を待っていた。そこへ、武装した戦隊ものヒーロー軍団「ビックバンジェッツ」のメンバーが現れ、「誰か、この特注戦隊ヘルメットを被れる方はいませんかっ!」と叫んだ!!「・・・!!?」この思いがけ
遊戯空間 シアターΧ提携公演
東日本大震災直後、福島在住の詩人和合亮一がTwitterで投稿した「詩の礫」は世界に拡散され大きな反響を呼んだ。震災以前からの旧友である篠本賢一は震災4ヶ月後にそれを舞台化して東京で上演。本作はそれから2年後、新作詩「廃炉詩篇」を舞台化したものである。原発廃炉の問題、放射能、汚染土、被災者たちの苦しみ、収束を見せぬ多くの課題に被災者の立場で向き合う詩人の声を、現代音楽と俳優の言葉、身体で劇化した作
岩名雅記独舞踏。初演は1992年で、パリ、ペスカラ(イタリア)、ハニア(ギリシャ)、サンクト・ペテルスブルグ、ブカレスト、東京で上演された。映像は、1994年にドイツ・ゲッティンゲンで行われた「第3回舞踏とジャズの祭典MAMU Festival」で上演した時のもの。タイトルはフランス語では「Papillon en Offrande」。岩名が子供の頃に出会った、戦争で夫を亡くして気がふれ、打掛を着て
DANCE DANCE DANCE@YOKOHAMA2021連携企画
舞踏家上杉満代の独舞と高松真樹子の映像とのコラボレーション作品である。この公演は2021年秋まだコロナ禍の大きな制限のある状況で行われた。感染症を回避するため多くの公演がリアルでは行われなくなり、舞台作品がデジタル情報として発信されることが常態となる中で、あらためて「リアル」の意味を問い直す意図をもっていた。会場は横浜黄金町高架下に設けられた広場で、通行人も行き交いする、開かれた特別な環境が選ばれ
Hime Musubi全てのものとあらゆる結びつきに感謝して新たにツムグ今ココに コロナ禍の中、人と人が合わさるからこそ紡がれるものを大切に舞踊表現作品1つと即興表現を織り交ぜ舞台で表現しました。 全ては愛
(フライヤーより)異文化の対峙と交流!日本人作曲家がシャーマニズムを主題に作曲し、フランス人たちが舞台化するサウンドスケープ。
もっと歴史を深く知りたくなるシリーズ第6弾舞台は、幕末に初めてアメリカの地を踏んだ日本人と言われ、その後の開国に大きな影響を与えた人物として有名なジョン万次郎の前半生を描く。14才の時に太平洋で遭難し、無人島で助けを待っていた土佐の漁師の万次郎は、偶然通りかかったアメリカの捕鯨船に助けられた。しかし、鎖国中の日本には帰ることが出来ず、そのままアメリカで暮らすこととなる。言葉も習慣も異なる地で、差別
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
障害者を解放する岩戸を開く鍵となるであろう、健全者の管理下に置かれ、人間性を奪われた生活の中にある障害者施設の日常生活に素材を求め、障害者の自立とは何かを問う作品。
軍国少女であり、軍国の小学校教師であった自分への深い憤りと懺悔。「教育」への限りない理想と情熱を、北森竜太の青春に託して書き上げた三浦綾子の傑作長編小説「銃口」を舞台化。2007年まで全国巡演を続けるとともに、2005年には韓国国内14か所24回の巡演も行った。
■あらすじ 思わぬ事件に巻き込まれ、見知らぬ女と 夜の街へ逃走してゆく或る作家。 そこで作家が出会う人物たちは、知っているようで 知らないが、知らないようで知っている。 彼らと出会ったのは、自らが描いた物語の世界の中で、 ではなかったか。それとも昨日、古本屋ですれ違ったのか。 今夜どこまでが現実で、どこからが幻想なのか。 気がつけば作家は取調室にいた。 この恐ろしい尋問は一体作家をどこへと導くの
泉勝志が折田克子に振付けたソロ作品。泉は折田のエモーショナルでウエットでリリカルな自己の感情を主観的、情緒的に表現する能力を見事に引き出した作品に仕上げた。
(フライヤーより)愉快で不気味、かつ優雅
都では、朝廷が二つに分かれて争っていた南北朝の頃のお話です。瀬戸内海の土岐島に、おもんという女の子と八兵衛爺とが暮らしておりました。この爺は、若いころ倭寇として遠く・朝鮮・中国の沿岸で活躍しておりましたが、ある海戦で、瀕死の中国人の女から預かったのが赤ん坊のおもんだったのです。ですから爺やは「おもんのかかやんは、じゅごんになって、西の海へおとうを探しに行っとる」と言いきかせて育てました。それを固く
FUKAIPRODUCE羽衣10周年記念特別公演
円形のスタジアムの中で、都会の孤独を描く妙ージカル。結局さ 傑作さ 人生悲劇でも喜劇でもねーが。
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