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『路地裏BABY』路地裏に捨てられた赤ん坊。生きるために必死に泣いた。赤ん坊を拾った路地裏のおいちゃんたちは、泣きやまない赤ん坊を必死にあやした。そんなある日があったから、この赤ん坊は生きのびられたのだ。『路地裏LADY』かつて自分が捨てられていた場所に佇む女。どんな人たちに助けられたのか、知らない。だけど助けてくれた人たちがいたから、自分はいまここにいるのだ。捨てられた赤ん坊がLADYになって、
救ハンセン病に命を捧げた、ある勇者の魂の告白人間、ひとつのことに一生うち込んでくると、最後のほうで、ふと、疑惑が浮かんでくる――しかし、――私のしてきたことが良かろうと悪かろうと、私はあなたの僕です。私はあなたの大きな愛を信じます。
暗闇の中に響く「こえ」。「相手」は誰? 相手が「自分」ならば心の内との会話で、いつも暗闇の中を手探りで歩いている。外に広がる宇宙だけではなく、自身の中の「宇宙(暗闇)」。これに意識を向ける。この宇宙(的)孤独に意識を向ける。私たちはこんな場所にいる。暗闇を「あっちからこっちに流れていくだけ」の存在。「こえ」があり、「見る」ことはできる、それが唯一の私たちの「存在」を示している。
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アピチャッポン・ウィーラセタクン× 坂本龍一
数々の傑作で人類の映画史を更新し続けるタイの映画監督アピチャッポン・ウィーラセタクンと、音楽家・坂本龍一、そして日本が誇るVR制作技術を有する谷口勝也らクリエイターチームが国際共同制作を行い、アピチャッポン監督初となるVR技術を使った体験型パフォーマンス作品を創作。目には見えない霊的な存在たちとの交感、眠りや病とともにある身体、宙吊りのまま円環する時間感覚など、あたかもパンデミック後を先取りしてき
時事ネタ劇団として現代を風刺してきた笑の内閣が、風刺そのものを風刺するため古典に進出。挑戦するは、風刺喜劇の大先輩モリエール。―1665年12月、モリエールがかねてから目をかけていた若手劇作家ジャン・ラシーヌによる裏切り行為が発覚する。育てた恩を仇で返したラシーヌに落とし前をつけさせるため、呼び出すモリエール。2人の長い夜がはじまる……。
「イワーノフ」「桜の園」を斬新な角度から構成し、今年の春初演された「ザ・チェーホフ/イワーノフとラネーフスカヤ」に「ワーニャ叔父さん」を加えた鈴木忠志演出のチェーホフ決定版。近代日本の演劇に大きな影響を与えたチェーホフの集大成。
青年座・セレクションvol.2
昭和二年生まれの流行作曲家の河津昭治には、昭和二〇年八月一五日を境に封じ込めた「過去」があった。教え子で婚約者の悠子は、積極的に安保改定阻止デモに参加するのだが、昭治はその行動についていけない。そんな時、かつての自分と同じように狂信的な右翼思想にとらわれている少年と出会う。昭和三五(一九六〇)年の大政治闘争の渦の中、昭治の思想の振り子は再び大きく揺れ始め、封じこめていたはずのあの「過去」を浮き彫り
トレイシー・レッツによる衝撃の話題作かつ問題作!場所はテキサス州ダラス市郊外。とあるトレーラーハウス。スミス一家、父アンセル、継母シャーラ、妹ドティーの3人が住んでおり、兄クリスは実母と一緒に別の場所に住んでいた。ある日、実母のせいで借金を抱え命が危なくなった兄クリスは、実母に多額の保険金がかけられており、受け取り人が妹ドティーであることを知る。そこで父アンセルと共謀し、表の顔は警官だが裏の顔は殺
現代演劇カンパニー 中野成樹+フランケンズの公演。A・Bの2プログラムを新宿シアタートップスにて上演。Aプログラムは、大池容子作『かがやく都市』(演出:中野成樹)と、ナカフラが『ハムレット』を上演するシリーズの新作『EP2(犬の話)』(作・演出:中野成樹)の2本立て。
あるマンションのゴミ捨て場。ゴミ出しのルールを厳しく取り締まっていた女性の死後、住人たちは再びルーズになり始める。ゴミ収集車は、もう行ってしまったのだろうか――。その問いが引き金となり、平凡な朝が一変する。アンパサンド・スリラー。
2018年に北千住・BUoYで初演された『SUPERHUMAN』を野外劇としてリクリエーション。“人間らしさ”を軸にパペット、人、東京タワー、地球といった様々なスケールを通じてパフォーマンスが展開していく。会場は東京タワーの近くに位置する都立芝公園 集会広場(23 号地)となり、客席から東京タワーを見上げる形で上演が行われる。
-俯瞰した視点、すなわち普遍的であると思い込んでいる基準に自分を閉じ込めてしまう人のありようを観察し、そのことで歪んでいく自分の振る舞いの外に出るため、舞台上であえてその線引きを強める状況を「質問」という形で自分に浴びせる。その儀式を通して、体に立ち現れる反応を引き出し、その反応が重なり合い、祭りとなる。
すれ違う愛情や嫉妬心、悲しみ、激情を古代インドの叙事詩「マハーバーラタ」の幾多の登場人物からビーマとドラウパディという特徴的な人物を取り出し、古今東西に通じる男女の心の機微を、夏目漱石の「夢十夜」の形を借りて奏でる詩的で幻想的な作品です。
演劇実験室◉天井桟敷の伝説的マイクアジテーター・昭和精吾によるソロ公演。寺山修司命日に毎年開催されたジァン・ジァンの最終年1999年の記録。短歌・詩・戯曲・評論を用い、舞台装置もなく情景を喚起する圧倒的な語りはまさに《言語の洪水》。スライドを交えたエピソードトーク、次回公演「時代はサーカスの象にのって」の予告も収録(こもだ、イッキら出演)。
W.シェイクスピアの四大悲劇のひとつ『オセロー』は、ムーア人将軍オセローが、「嫉妬」に狂わされて愛する妻デズデモーナを殺してしまう物語。この『オセロー』を、松岡和子訳に基づきながら、現代の(日本の)我々にも「聞こえる」言葉、話し方を用いる演出により立ち上げた(演出:ニシサトシ)。あくまでも「戯曲に書かれている出来事」を、よりわかりやすく、伝わりやすく。2024年5月に閉館が決まった、大好きなこまば
まちなかパフォーマンスシリーズ
「公開生放送」で送る、路面電車の旅カフェ店内での通信販売演劇『ふくちゃんねる』、劇場ロビーでのビンゴ形式の演劇公演『アドベンチャーBINGO‼』など、ユニークかつユーモアあふれる企画で観客を巻き込む俳優・福田毅。その新作は、東京さくらトラム(都電荒川線)の車内から生放送する「ラジオ番組」です。早稲田から三ノ輪橋までの約60分、パーソナリティに扮した福田が乗客とコミュニケートしつつ、ウィットに富むプ
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パパとママはどこでどんなふうに出会って ぼくのパパとママになったんだろう?夢見るアリスになったママは 夢の中で 白うさぎを追って ふしぎの国を旅した。夢からさめた アリスの目の前には 白うさぎそっくりの 男性がいた。それがママとパパのふしぎな出会い!
ご存知とんちの一休さん、笑いと感動の舞台劇!戦乱の世、皇子として生まれながら6歳で出家し、やがて当代一の僧侶となった一休禅師。でもまだまだ母が恋しい年頃。有名な頓知話を絡めながら、厳しい修行の日々を送る一休たちの騒動を笑いと感動の中に描きます。
その外見から疎まれ続けたリチャード三世は、饒舌な語りによって周囲を惹きつけ権力を手にするものの、王座に上り詰めた途端その言葉は力を失う。本作ではリチャードを、形を持たず移り変わっていくものとして描き、どんな時代にも現れる言葉巧みな為政者の姿を浮かび上がらせる。「台詞を語る俳優の身体」は、「何者にもなりきらない」能という演劇の形式を借りて、リチャードを現代に描き出す。約100年前の坪内逍遥訳で上演。
栃木から上京し旅館で女中奉公をしていた戦中、彼女には仄かに思いを寄せる陸軍少尉がいた。タヅは自分の気持ちを殺し、思い合っていた少尉と同僚とよの間を取り持とうと腐心していた。しかし少尉はサイパンで戦死する。その後タヅは結婚するも、夫は戦災のところに入り浸るなど、不幸な結婚生活を送る。二人の娘を授かるも夫は病死、女手一つで育て上げた。そして現在。タヅは何を思ったか、新婚4カ月で亡くなった次女の亭主・和
あらすじ:民俗学者である宮本常一と戦時下に日銀総裁を務めた渋沢敬三を中心に、渋沢の私設民俗学研究所「アチック・ミューゼアム」を舞台に、第二次大戦下の若き民俗学者たちの群像を描く。民俗学者達の情熱が、軍政日本の植民地政策に巻き込まれていく。しかしその中で渋沢は、日本の敗戦を予期し、喪われるであろう日本の保管を意図して、常一を日本各地の僻地に向かわせた。「その日」が来る前に、常一は日本全国を歩き回り、
範宙遊泳の山本卓卓が「私の演劇」を見つめ直し「演劇になる」ためのソロプロジェクト「私は演劇のすべてを経験し、演劇そのものになりたいのだ。そのために、やっぱり一回ぜんぶ自分でやろうと思った」古典落語の『らくだ』をモチーフに現代の上下関係(上司と部下)へと置き換える。上から下への力の構造を暴き、物語の途中で上下を反転させることで、人間の持つ愚かな暴力の連鎖と現代社会の不確かさを描く。かといってタッチは
ワハハ本舗全体公演
この公演企画としては、シェイクスピア劇専門の旅一座として結成された「青空シェイクスピア座」が、紆余曲折を経て、殿堂のグローブ座で公演が打てるようになった物語を、漫才やダンスやパフォーマンスを劇中劇にふんだんに盛り込みショースタイルありの構成で、一座の奮闘劇を描いた作品です。シェイクスピア作品のタイトルや登場人物をモチーフにワハハ本舗ならではの表現スタイルが楽しめます。
「君が長く深淵を覗き込むならば、深淵もまた君を覗き込む」フリードリヒ・ニーチェ『善悪の彼岸』より足元を覆いつくすアスファルトのように、深淵は僕たちの日常に寄り添っている。足元に砕け散ったフロントガラスの破片のように僕たちの身体は今ここに放り出されている。深淵に映り込む影が、僕たち自身の姿であり、身体そのものであるのなら、明晰とは、ただそこから逃れることなく、ただここにあることを、ただひたすら見つめ
この作品は、再演でもなく再現でもない。9人の身体の新たな起点だ。三東瑠璃は2024年12月末から2025年1月にかけて行う東京 – 北米ツアー公演のために、代表作:『Matou』、『Where we were born』を再構築した。本編は2024年12月末、すみだパークギャラリーささやにて収録。東京公演のみ上演された、Evoke Dance Studioによる、開場中パフォーマンスも併せて収録し
松井周の標本室 回遊型展示 標本空間Vol.1 無選別標本集
劇作家・演出家 松井周が主催するスタディ・グループ、<松井周の標本室>メンバーの発表の場として企画された、回遊型展示 標本空間Vol.1 無選別標本集で上演された、金子岳憲の1人芝居。コロナ禍を過ごす俳優。「自分は社会の余り」だと感じる日々の中で突然光合成ができるようになる。進化した人類として持ち上げられ、束縛の強い恋人と離れ、自分らしく生きようと決意する中、陰謀論者が近づいてくる・・・これはAI
eyes plus
そこは400万年前の地球。アルディピテクス・ラミダスの一向が発見した得体の知れない巨大な穴から、なにやら悲しげな声が響いてくる。その穴は、さらに時代を遡って700万年前の地球と繋がっていて―。幾度となく繰り返される興亡劇。その様を眺めるのは猿長明と人長明!?かつて地球上に存在し失われた人類(ジャワ原人)と、1980年代の日本のサブカルチャーの中心地の双方を表す“PITHECANTHROPUS ER
認知科学の分野ではユーモアとはエラー発見の報酬としての喜びであるとされる。ボーナスだと言われてナスを渡された人が喜ぶ。「どうして私達はエラーを発見して喜んでいるのか」をぬいぐるみのユモ氏が語りその実例として40演目近いショートコントが行われる。レクチャーパフォーマンスとしてのコント公演であり、明日のアーの10年に及ぶユーモアの探求によってこれまでわかったことを伝える集大成的作品。
意図しようが意図しまいが人が2人存在するだけで互いに傷つけ合っている。お互いの存在にさえ気付かないような階(きざはし)に立ってみてそのことに気付く。言葉になりようのない言葉、聞き取れない発声。150本のナイフ、テーブルの上と下の男女。対話を重視してきた坂本+森による対話のない対話。コンタクトの極北。
パントマイムやダンス、クラウニング、演劇、影絵、マジックなど、ジャンルを越えた独創的なアイデア、様々な視覚的表現、ダイナミックな身体表現で豊かに物語を描き、子どもから大人まで楽しめる舞台芸術作品。「テアトルノアール」という照明の特殊な仕掛けにより、観客から全く見えない闇を舞台上に出現させます。目の前で人形が動き出したり、俳優やオブジェが突然現れたり消えたり、、、。従来の舞台の常識を覆す全く新たな舞
東京で会社員をしていたマリカは、友人に韓国恋愛ドラマを勧められ激しくハマる。そして一念発起し単身渡韓、シナリオライターを目指す。スクールに通いながら書いた一作目が思いの外韓国でヒットした。一躍売れっ子脚本家になったマリカだったが何処か釈然としない気持ちを抱えていた。それは、書けてしまった作品がラブストーリーとはかけ離れたバイオレンスものだったからだ。自分の才能と憧れとのギャップに苦しむマリカだった
シェイクスピアシリーズⅠ
イギリスの劇作家シェイクスピアの四大悲劇の一つである「マクベス」を題材に、社会に対する鋭いまなざしを持つ劇作で評価が高い、くるみざわしんが新解釈で戯曲を執筆。マクベスという暴君を、それを生み出した背後にある社会構造や人間関係などを現代社会とリンクさせ、男たちの闘争劇から女たちの物語へと再構築した。
夕暮れ時。怪しげな黒猫に誘われ、くろぐろとした「かくれ山」の奥深く迷い込んだ少年ナオ。そこは時間の流れからはずれた妖怪たちの住む魔界だった。天狗、赤鬼、山姥。そして子どもを猫の姿に変えてしまう恐ろしい猫婦人・・・小さなネズミに励まされ、ナオは子ども達を救い出す事ができるのか?
とある劇団で、次回の演劇祭の作品を話し合っている中、座長の村上蛍が倒れてしまう。蛍が目を覚ますと、そこはチンチン電車の車内であった。そこで出会った乗客たちに、この列車は、死にきれない想いを持っている人たちが乗っている、迷宮列車であること聞く。乗客たちの、死にきれない理由が劇中劇で展開される。生きる事の大切さ知り、自分自信がなにをするべきかを見つけだす物語である。
青山円形劇場プロデュース
1989年の初演から25年間年末の風物詩として上演され、多くの観客に愛された作品の4回めとなる1992年の公演。クリスマスの夜のフレンチレストラン「ア・ラ・カルト」を舞台に、訪れた客達が繰り広げるドラマを、アラカルト((フランス語)a là carte)に例えて描いたオムニバス形式の物語。「役者と音楽家の…」というサブタイトル通り、ミュージシャンの生演奏と共に芝居が進行される。
椿組2022年夏・花園神社野外劇
ご存じ歌舞伎狂言「夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)」は、大阪ヤンキー達の泥にまみれた大立ち回りで有名なお話しだ!それを幕末の江戸に移し、大胆に脚色したのが今回のわかぎ版「夏祭・花之井哀歌」油照りする大江戸花之井、夏祭の宵宮におこった惨劇! 男の強欲と女の意気地がぶつかり合うーーー 血と泥と怨念まみれた殺し場に映えるは、真っ赤な下帯、浮かぶ刺青・・・ “待ってまし
二兎社公演41
人気報道番組の放送開始まであと数時間。ある”懸念”をきっかけに、現場は対応に追われ始める。決定権を握るのは……空気?テレビ局の報道現場を通して現代の日本を覆う奇妙な”空気”の正体に迫り、観客を凍り付かせた戦慄の問題作。
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
1人のキャストとその日の観客から1人を舞台上に招き、介護する/されることを舞台上に再現した『ツァイトゲーバー』、事前に村川から送られてきた手紙(指示書)に沿って舞台上の出演者が動く『エヴェレットゴーストラインズ』など、ドキュメンタリーの手法を用いながら表現の前提を揺さぶり、同時に生のリアルを追求する村川拓也。今回村川がリサーチの過程で注目したのは、文化会館で数多く開催される「ピアノ発表会」。そこに
アイルランドが生んだ短編の名匠、ウィリアム・トレヴァー。その傑作短篇「ザッテレ河岸で」を豪華俳優陣による朗読と歌、生演奏で上演します。妻・母を亡くし初めて迎えるふたりだけの休暇。父は娘を連れて、毎年のように妻と訪れていた思い出の地、ヴェネツィアへとやって来たのだが…心の行き違いを抱えた父と娘が、夜の霧をかき分けるようにザッテレ河岸を歩いていく。
ケイ・タケイは1969年「LIGHT, Part 1」にてNYデビューを果たし、以来、LIGHTシリーズとして2022年12月までにPart 54まで発表。ソロの章もあれば大人数での章もあり、ひとつひとつの章は独立しているが、つながりあって大きなひとつの「LIGHT」を成している。「LIGHT Part 5」は、1972年11月、ニューヨークのダンス・シアター・ワークショップにて初演。映像は199
色彩シリーズ
男はカメラマン。女は耳のモデル。待ち合わせに女はウエディングドレスで現れた。「結婚しましょう!」突然のプロポーズ。逃げ込んだのは、オレンジ色の夕焼けに染まった住宅展示場のモデルルーム。
子供の金次郎は思った。「自然は面白い。手をかけただけ応えてくれる!」。本を読んだ。どん底の暮らしから、目を輝かせて世界を広げていった。大人になった金次郎は、小田原藩の家老・服部家に奉公し家政再建を成功させる。「その腕をわが小田原藩再建のためにふるってほしい。手始めに桜町領の復興を。」身分を超えた、藩主・忠真公の人間的な信頼を感じ取り、ついに金次郎は引き受ける。家財・田畑全てを処分し、一家で桜町へ向
激動の世紀末を生きた壮絶な生き様だが、最後まで、彼は絵筆を離さなかった彼が最後まで絵を描くことにこだわり、執着した理由は!?登場人物10数人、20曲以上の歌と語りでロートレックの生涯を描く。
1960年の土方巽の初リサイタルの舞台美術を委嘱された水谷勇夫は、土方巽の期待に創意工夫をもって応えて以来、土方の信頼を厚くし、二人は刎頸の友ともいうべき交流があった。画家、窯造作家として活躍していた水谷が、愛知県瀬戸の有形文化財の登り窯を舞台に「天地創造」をイメージして構想した舞踏作品を、土方巽の弟子であったサンフランシスコ在住の舞踏家玉野黄市が踊った。土方巽を追悼する作品でもあった。
作品ノート:2015年に初演(20分)。何もない事や、説明の出来ないものを形にするクリエーションの中で、様々な「実験」を試み、ダンサーを[実験用ラット]のように見立てた。2017年の本公演(60分)では「目次」を用いて進行。ラット達に薬品や刺激を与え、精神的な環境に置き反応を見ていく。共通の説明書(振付)と各々にタスクを与え、ダンサー自身も実験を試みた。ダンスは形? 肉体? ダンスは必要か? 違和
白石加代子「百物語」特別編
白石加代子「百物語」は1992年に始まった。そしてやっと80本に手が届くところまでやってきた。特別編は、その中から特にお客さんの支持が熱かった作品を取り上げて、構成し直したものである。今回はその二回目となる。まず、一本目は、三遊亭円朝の「江島屋騒動」「江島屋騒動」は原題が「鏡ヶ池操ノ松影」という作品で、さまざまな因果話によって構成されたかなり長い物語であるが、今回はその中の抜き読みである。時間にし
椿組2018年夏・花園神社野外劇
椿組の前身「はみだし劇場」時代の1996年(26年前)同じく花園神社で上演した野外劇を再構成し、泉鏡花物お得意の花組芝居の加納幸和が演出したスペクタクル編。小劇場界の強者が集い魑魅魍魎の怪奇世界を大胆に、花園神社の土の舞台に華咲かせます!「天守物語」と「夜叉ケ池」のいいとこ取り。そこに泉鏡花の少年時代も加味させ独特の世界を展開させます。脚本は今は亡き高取英の耽美な世界が華開きます。松本紀保主演!
ある研究所の所員たちは様々な事情を抱えていたそう「一日前」に戻れれば・・・ごくありふれた喜劇の典型の数々は、ちょっとした時空の歪みで場違いな喜劇へ生まれ変わる。どうやら明日、「あの出来事」が起こるらしい。
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(フライヤーより)ニューヨークを中心に活躍するアキスタジオカンパニーが、この夏、青山円形劇場にやってきます。ピエロ、バレリーナ、ロボット、兵隊、ネコ、そして、トム博士。人形たちと7つの不思議な箱の物語。箱の中には、なにがあるのかな⁉夢と冒険のドレミファンタジー。さあ、みんなもいっしょに、オモチャの国に出かけよう!!!
「キメラ」、「漂流教室」、「光の王国」のダンスビデオ作品三部作。白虎社は1987年9月にメルボルンのフェスティバルに参加、公演終了後にアボリジニーの聖地と言われる赤い砂漠等で撮影した。1987年東京国際ビデオビエンナーレにてグランプリ・ファンドを受賞。
-九州の片田舎に土木産業で一代を築いた祖父を持つ、青年-李哲。叔父の勧めもあり、勉学の道を進む李哲。東京の大学を出て、母国である韓国へ留学する決心をする。しかし、大学院在学中、彼は突然逮捕される。死刑宣告を受け13年を投獄される彼と、彼の家族、そしてフィアンセの愛を描く。
バルトークの「案山子王子」に基づいて創作される、箱入り娘と無職のゲイジツカ(ニート)の物語。2人は仮想空間で出会い、現実空間で傷つけあい、宇宙空間ですれ違う。彼らの心(箱)は行くあてもなく、理想(箱)と現実(箱)の間を彷徨う。表層と内実、映像と記憶、世間と個人。自らの意志と"見えない意志(知能)"に翻弄される人間の物語。(金森穣)
芸術は、いったい誰のもの?芸術とは、劇場とは?宮城聰が初めて挑む、骨太の社会派作品!原作は、1936年に書かれたクラウス・マンの小説『メフィスト』。当時、ドイツ最高の俳優と謳われ、国立劇場の芸術監督でもあった実在の人物グリュントゲンスをモデルとし、発禁状態にまでなった小説は、80年代にはフランスの太陽劇団により舞台化され、ハンガリーのサボー監督による映画でも知られる。時代に翻弄される天才俳優の姿を
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THE SHAMPOO HAT第21回公演
<公演チラシより>夜が酷く白かった。どこからか微かにテレビの音が聴こえる。断続的な群衆の笑い声に酷く苛立ち、キャビンマイルドに火をつけた。松屋でカレーなど食わなければ良かった。ハァハァと吐き出す息がカレー臭くて、泣くに泣けなかった。野良猫と目があった。撫でようとしたら逃げられた。ポケットから折りたたみ式のナイフを取り出した。ドンキホーテで二千円のナイフ。夜が酷く白かった。そろそろ行かなければならな