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[1998年3月]長年パートナーシップを組むモリオ(美術)初参加作品。[1998年11月]関西初進出。
屍市立・躯死骸高校。新校舎で発覚した耐震偽装により、たった4人の底辺クラスにあてがわれた旧校舎には、77の不思議があった。ギョエー!どこからともなく落ちる黒板消し、壁のあちこちから出る手、幽霊水泳部員、走り回る人体模型、勝手になるピアノ。疑いようもなく量で攻めてくる怪異に、教師たちはしかし、授業をすべく立ち向かう。腐っていた生徒たちもやがて、熱意にほだされていく。科学とオカルト、歴史の教科書と地縛
(フライヤーより)時は、検閲厳しき昭和15年。劇団『笑の大学』座付作者と警視庁の検閲係。これは喜劇(コメディ)ではない。喜劇(コメディ)をテーマにした人間ドラマだ。
「お父さんは何して遊んでた?お母さんとお父さんはどこで会ったの?」おはなしを聞くのが大好きなルルランのもとに、思い出のプレゼントを持ってみんながやってきます。ルルランの想像が膨らむと景色が広がり、音楽が聞こえ、心は踊り出します。日常の機微を身体とユーモアで描き“見ると明日がちょっとがんばれる”と評判の泥棒対策ライトが「ヘンゼルとグレーテル」「親指姫」「おむすびころりん」「人魚姫」「おおきなかぶ」の
作品ノート:グフッグフッ、ハグッハグッ、 普段、何気ないときに、自分のツボが刺激される瞬間に出会うことがある。 そんなとき、嬉しくて 誰かに伝えたくて、心地よく感じる。
20年ほど前、雪山にUMAが出るという噂で、一躍有名になった尾白温泉町。その地で土産屋を営む阿波野家の次男正雄がスカウトされた。しれは禁煙、不幸続きだた阿波野家と町にとって明るいニュースとなるのか?15年前のあの日、なぜ町民はUMAを殺さなくてはならなかったのか?雪深い町で業深い人間たちが起こすとんでもない冬のお話。(喜劇です)
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
等身大の人形たちと、14名の人形遣いが演じる、シェイクスピア不朽の悲劇。人形劇団ひとみ座創立40周年記念で制作され、以降幾度となく再演されたひとみ座の代表作。~あらすじ~ブリテンの老王リアは、退位して三人の娘たちに国を分け与えることにする。甘い言葉を並べ豊かな土地を手にする長女ゴネリルと次女リーガン。一方、末娘のコーディリアは、口先だけの甘言を嫌い本心しか言わない。リアは立腹し末娘を勘当するが、そ
(チラシより)26歳のときに書いた作品を、リユースして再構築してみようとおもうのだが、これに至るまではいろいろあった。マームとジプシーのこの三年間は、自分たちの過去に発表した作品をある意味、否定していく作業でもあった。とめどなく湧きでてくる、興味と。どうしようもなく拡大されていく、規模。どんどんと速くなっていく、スピード。取り巻くぜんぶのことにアプローチしていくときに振り返ってはいけなかった。振り
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AFTER RUSTは「錆の次には何が起こるのか?」という疑問をベースとしたソロ作品。人間の身体と精神両面での錆に着目し、物質が錆びた後には何が起こるのかを探求した作品です。クリエーションを行った昨年はちょうど30歳を迎えた節目の年でした。この数年ダンサーとしての仕事よりも振付や教える仕事が増え自分自身に集中できる時間が減り、徐々に体が錆びて劣化していくような感覚を感じていました。この錆と向き合い
(フライヤーより)世界の先駆的なコンテンポラリーダンスの関係者が2年に一度集う、ダンスビエンナーレ。その第1回を2002年夏に開催します。文化によるにぎわいの場を創造し、世界のダンスの動向や潮流を知り、ネットワークを広げ、ダンスや演劇の文化的土俵をさらに豊かにしたいと考えます。
東京オリンピックを翌年に控えた2019年、日本コンテンポラリーダンスの極北をひた走る大橋可也&ダンサーズが結成20年目に発表した「ザ・ワールド2019」は、江東区湾岸地域TOLOTの1300㎡空間に4部構成、ハードコアかつストイックな上演5時間を超えるエキストリーム・2デイズ・パフォーマンス。リサーチから生れた振付を記録したノーテーションブックの配布もおこないました。第3部は、吉開菜央による映像と
Eラーニング(株式会社 流)
⑥ 映像アメリカとヨーロッパで20年以上に渡り、ウースターグループやビッグ・ダンス・シアターなどの前衛的舞台芸術グループから、自身の舞台美術部門を含むトニー賞12部門でノミネートされ、5部門を受賞した「ティナ:ティナ・ターナー・ミュージカル」のような大規模ミュージカルまで、プロジェクション・デザイナーとして大活躍しているジェフ・サグ氏による舞台映像デザイナーのための基礎講座。リサーチやストーリーボ
ひな壇状の空間。縄跳びやダンスなど女子高生たちが思い思いに遊び、そこに時報音、胎児の超音波画像、鳥のさえずりなどが重なっていく。平田オリザの戯曲「転校生」を、マルチクリエイター・飴屋法水は、「本物の女子高生を演者にする」リアルと、「時空を超越した空間で演じる」フィクションの両面から立ち上げた。女子高生の日常に風穴を開けるのは、転校生を名乗る初老の女性。他愛もないお喋りの合間に、社会の不平等と不条理
「私たちが埋めたタイムカプセルを一緒に掘りに行きませんか?ハマダマコト」同窓会の前日に届いた一通の手紙。しかし、誰もその名前に記憶がない。10年ぶりに再会した元コーラス部の生徒たちと先生は、手紙に導かれてタイムカプセルを掘るため、学校の裏山へと向かう。タイムカプセルの中には、骨とハマダマコトの名札が入っていた。その時、何者かに襲われて山小屋に監禁されてしまう。そして、始まる記憶探しのサバイバルゲー
岸田國士初期の名作「葉桜」をモチーフに、横山拓也が現代的な視点から母娘を描く「あたしら葉桜」を、二本同時上演。口語劇のパイオニアといえる岸田戯曲とiaku の関西弁口語を並べることで、その影響や系譜を確認し、エンタテインメントに昇華する。演出は、iaku で長く横山とコンビを組んできた上田一軒。キャストには第20 回(2017 年度)関西現代演劇俳優賞・女優賞の林英世と同・奨励賞の松原由希子の関西
石巻・月ノ浦。津波の傷跡はもう癒えたように見える、穏やかな春の浜辺。年老いた雌猫が子猫たちに語り出す。400年前、同じようにこの地を襲った大津波、その傷を乗り越えて海へ旅立った一隻の船と、一人の青年の物語……。慶長の大津波からわずか2年後に出帆した遣欧使節団の情熱と、東日本大震災からの復興の思いを重ね合わせ、人々が悲しみの中から希望を取り戻して生きていく姿を描く。宮城の郷土芸能・鹿踊りを始めとする
―これは井上ひさしが愛してやまない日本語に、不思議でかわいらしく、輝くような生命を与えてくれた、ある岩手花巻人の評伝劇―詩人にして童話作家、宗教家で音楽家、科学者で農業技師、土壌改良家で造園技師、教師で社会運動家。しなやかで堅固な信念を持ち、夭逝した宮沢賢治。「世界ぜんたいが幸福にならないうちは、個人の幸福はありえない」そう信じた宮沢賢治が夢見たイーハトーボは果てしなく遠かった。
極小空間である梅ヶ丘BOXに作られた『斜面』を、炭鉱の坑道や戦時下に人々が隠れる洞窟、または永久機関の実験室など様々な場所に見立て、劇中人物が「なにもしない」「なにもおきない」という現象を仮構する。原発内の作業者や炭鉱の抗夫たち、戦時下、洞窟に逃げ込んだ人たちのような危険と隣り合わせの日々を送る人たちにとっては、「なにもおきない」、つまり日々の営みを無事に終えられることこそが何より大切なのだと気づ
栃木から上京し旅館で女中奉公をしていた戦中、彼女には仄かに思いを寄せる陸軍少尉がいた。タヅは自分の気持ちを殺し、思い合っていた少尉と同僚とよの間を取り持とうと腐心していた。しかし少尉はサイパンで戦死する。その後タヅは結婚するも、夫は戦災のところに入り浸るなど、不幸な結婚生活を送る。二人の娘を授かるも夫は病死、女手一つで育て上げた。そして現在。タヅは何を思ったか、新婚4カ月で亡くなった次女の亭主・和
「大きな絵を描き始めたのは夏だった」という「観る者」としての画家の視点と「大きな絵のモデルをしていた」という「被写体」としてのモデルの視点が、交錯するさまを描く。男女の心の機微を刻々と変化する空模様に喩えた詩のようにダンスは展開する。女は画家の言葉をかき消し、立場は反転。男は虚しく地を蹴り、女は精一杯空へと手をのばす。「Love is life that lasts forever」映画監督、デレ
『ヒプノシスマイク-Division Rap Battle-』Rule the Stage
2.5次元ミュージカル/舞台
學蘭歌劇『帝一の國』
2.5次元ミュージカル/舞台
―もし、「舞踏」が舞台の上に現前だか、顕現だか、降臨だかしたならば喝采。未だかって、そのような舞踏の神が微笑んだ舞台にお目にかかった事はないけれど、こちらも手をこまねいている時間はない。神が愚図るようであれば、引きずり出すなり、燻り出すなりし、たとえ歪んでいようとも微笑んでもらはねばなるまい、それが舞踏への返礼というヤツだ。―プログラムより1971年に初の独舞踏公演を開いたその同じ場所で(当時は高
ルウはヒモ状態の欧彦に手切れ金10万円を渡し、新しい彼氏の満太郎と同棲を始めるが、10日もしないうちに有り金を使い果たした欧彦が戻って来てしまう。何故か始まる3人の同居生活。そして、欧彦はルウの親友の杏と付き合い始める。モヤモヤしたルウは、欧彦と再び関係を持ってしまう。こんな関係よくない…と、欧彦に諭され混乱したルウは、欧彦に「死んでほしい」と、頼むのだった。
超歌劇『幕末Rock』
2.5次元ミュージカル/舞台
無名劇団・尾形大吾 共同プロデュース
「僕は今夜、大人になる。」 満月の夜のこと。 深い深い森の奥では、とある家族が暮らしていました。 ようこそ、僕の誕生日パーティへ。 もうすぐ、君は僕のもの。 暑さもぶっ飛ぶ、ホラーコメディ。今作は家族の物語。 とある風変わりな家族の大切な儀式の夜を舞台に、「大人とは」「家族とは」を考える、コミカルで少し切ないワンシチュエーション会話劇。
コロナ禍における社会の変化と状況を、岩手県盛岡市のとある牛丼チェーン店でアルバイトをしている作者自身の目線から語った作品。作者は、都市部を訪れた際には、その牛丼チェーン店に客として通っていた。そのため、店舗のシステムの違いなどを目の当たりにし、牛丼チェーン店を通して、都市と地方の格差を感じていた。岩手県は、コロナウイルスの感染者が最後まで出なかった県であるが、今年の4月末から5月にかけては、全国で
グリム童話よりむかしむかしから語り継がれてきた「ヘンゼルとグレーテル」のものがたりを 勇気と愛とかぞくのと魔法の物語に。
1994年に東京にて初演。96年に北米、ドイツ7都市で海外初演され、以後2007年まで海外の多くの都市で上演されている舞踏舎天鷄の代表作。「夜」をテーマに、さまざまな夢のかたちが、飛躍と変容に満ちた舞踏手法によって追求されている。
舞台は1975年、神戸の沖縄料理店「てだのふあ おきなわ亭」。料理店を営む夫婦は親戚を頼り、沖縄から神戸に移住し、そして “ふうちゃん”こと芙由子が生まれた。芙由子の両親は太平洋戦争を沖縄で経験し、沖縄が日本に返還される前に神戸に移ったが、芙由子は神戸で生まれたので沖縄のことはあまり知らなかった。芙由子が六年生になった頃、父が心の病気になった。病気の原因はどうやら沖縄と戦争にあるらしいと芙由子は思
この作品では光(Luminaire・リュミネール)がタイトルとなっているように、光が問題提示のシンボルであり同時に一つの答えとして、作品中一貫して様々な光が形を変えて現れる。テクノロジックなシャーマニズムの試み。日々加速し増幅する情報の氾濫、それは私たちが今ここに‘存在していることの大きな神秘をも覆い隠してしまう。原初の時代の、あるいは神話の中のシャーマンたちにはこんな問いが出てくるかもしれない。
地下の安宿では、今日も朝からたわいない喧嘩が始まる。饅頭売りのクワシニャー、病身の妻・アンナを顧みない錠前屋のクレーシチ、男爵と呼ばれる男はナースチャーに茶々を入れる。宿の主人コストイリョフが女房のワシリーサの行方を訪ねに降りてくれば、こそ泥のペーペルと衝突する。行き場の無い人間達がふきだまるそんな宿に、巡礼のルカが来る。彼の啓示めいた一言ひとことが、やがて波紋のように宿の住人の心に広がっていく。
円・こどもステージ
ヤーノシュの絵本「おばけリンゴ」に、作者の谷川俊太郎がイメージを膨らませて戯曲化した作品。生演奏の楽士などと共に観客と舞台との一体感ある楽しい劇空間が創造される。
全世界の登録数は700万人超の紹介制ネットカジノ「K2」を匿名で運営する美菜。「K2」内で最も人気を誇るオンライン型育成カジノゲーム『earth』は、ユーザー間で「アス」「けつあな」と呼ばれ親しまれ、『流せ、すべてのセンス。』というキャッチコピーには宗教家である美菜の思想が反映されており、ゲーム内にユーザー独自の地球を作り、歴史も価値観も生き方もすべて自由に変えられる星育成システムで話題を呼んだ。
戦意高揚のために送り込まれた慰問部隊。そこから逃げた4人は深い森の中に立つ巨大な鉄塔に隠れている。彼らは戦争が終わるまでそこで過ごすつもりなの だ。ある時、そこに一人の脱走兵がやってくる。彼の話によれば、四人がここにいることはばれているらしい。そして、終戦を迎えた時、彼らを取り囲んでいたのは銃を構えた日本人たちだった……。第6回OMS戯曲賞大賞を受賞、プロデュース公演として上演された。
1組のカップルが暮らす部屋のリビングに、共通の知人がふいに現れる。彼女が死んでいることを2人はもう知っていて、けれどもそれを迎え入れる。つかの間の再会と乾杯。なぜか、家に帰れなくなったという見ず知らずの他人も後から合流して過ごしていると、生きるものと死んだものの境目が溶け合って、いつの間にか夜が明ける。
本作は「男女の性差の根源とは?」という問いに取り組んだ「演劇で学ぶフェミニズムのやさしい入門書」。創作のきっかけは性被害を実名で訴えたジャーナリストの伊藤詩織さんや、かつて政治家が「女性は産む機械」と発言したことへの憤り。同時に作家としての関心は生物学的、社会的な違いを超えて人々がどう存在しうるのかへと向かった。「女性」と「男性」の「わかりあえなさ」を「わかりあおうと」した先にあるものとは。
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「ここ」と「そこ」の隔たりについて。電車の中で起こる無自覚な身体と短い会話のコラージュを用いて無関心や無自覚の暴力性を扱った作品。
2007年に旗揚げ準備公演でスタートした『虚構の劇団』の解散公演として上演した『日本人のへそ』(作:井上ひさし、演出:鴻上尚史)吃音症患者を集めた治療劇として、浅草のストリッパー、ヘレン天津の半生を劇中劇で描き、そこから物語は二転三転していく。井上ひさしさんの若い才気とエネルギーに満ちあふれたデビュー作に、虚構の劇団の総力を上げて、真正面から取り組んだ意欲作。
夏目漱石原作「吾輩は猫である」のオペラ化。1998年に初演し、その再演。
ユニット美人が2012年に半年をかけて上演した三国志シリーズ(全5話)。三国志お馴染みの武将たちを女性が演じる。「命をかけて誰かを守ったことがあるか?」という謎の声にNoと答えた33歳独身会社員の粥見ひとみは、三国志の部屋に閉じ込められてしまう。元の世界に戻るために漫画版三国志を読み込み、10年間の社会人経験を活かして、三国志の世界で誰かを守るために試行錯誤を重ねるのだった。
ニューヨーク州北部にあるキャッツキル山地に住んでいた時に制作した作品で、1983年にカンポ・カルチュラル・センターにて初演され、1984年、ニューヨークのダンス・シアター・ワークショップ冬季シーズンで再演された。1984年の再演時にはNIGHT TIDEと共に上演、初めてのベッシー賞(ニューヨーク・ダンス&パフォーマンス賞)を受賞した。
ルサンチカが、これまで不特定多数に「仕事」についてインタビューし制作した舞台作品のリクリエイション。斉藤綾子を出演に招き、彼女の持つ肉体を頼りに「存在」と向き合っていく。ダンサーである彼女は踊ることが働くことと繋がっている。どこからが公のための踊りで、どこからが自分のための踊りなのか。そもそもそのような境界は存在しているのか。ダンサーの彼女と対話を用いて彼女と彼女自身と向き合っていく。
ちがう空間、ちがう世界の物語–人と自然が共存する豊かな町・スターシア。まわりを森や山に囲まれた平野部に位置するその町の民たちは、険しい危地を超える術を持たず内部だけでひっそりと暮らしていた。何者にも侵されぬ聖地のように、世界の事を知らぬまま。それはこれからも続いていくはずだった。森の向こうから一人の少年がやってくるまでは。
「橡の木」室生犀星 作詞 山田抄太郎 作曲[唄] 杵屋利光 東音福田眞規 東音半田昌恵 東音林有子 東音半田綾子[三味線] 本手 杵屋三澄 杵家弥七佑美 東音河野文 替手 杵屋五杏 東音大木啓衣 低音 東音伊藤恭子 上調子 杵屋三澄那「安宅勧進帳」[唄] 杵屋利光 杵屋巳津也 東音味見純 杵屋巳之助 杵家弥佑[三味線] 稀音家祐介 杵屋彌四郎 今藤政十郎 杵屋勝十朗 今藤長龍郎(上調子)[囃子]
平安時代末、父の遺言により仏門に入った少年(後の法然上人)は夜襲にあって討死した父の遺言を受け仏門に入る。比叡山黒谷にこもり悟りを開き、山を下りて、一切の差別を排し、身分や老若男女の区別なく、乱世に生きる人々に仏の教えを説く。やがて範宴(後の親鸞)と出会い、ともに迫害に合って流罪になりながらも様々な出会いの中で念仏を広めていく。
福島三部作 第一部
1961年。東京の大学に通う青年・<穂積 孝>は故郷である福島県双葉町へ帰ろうとしていた。「もう町へは帰らない」と告げるために。北へ向かう汽車の中で孝は謎の「先生」と出会う。「日本はこれからどんどん良くなる」、そう語る先生の言葉に孝は共感するが、家族は誰も孝の考えを理解してくれない。そんな中、彼ら一家の知らぬ背景で、町には大きなうねりが押し寄せていた……。福島県双葉町の住民たちが原発誘致を決定する
「御上にたてつき、時代に毒づき、老いても子には従わん。私は私の道を行く」のさ。
昭和庶民伝三部作 第一部
昭和庶民伝三部作・第一部 紀伊國屋書店創業60年記念提携公演昭和15年の浅草。小さなレコード店「オデオン堂」に4人の家族と二人の間借り人が仲良く暮らしていた。しかし、陸軍に入隊していた長男の正一が脱走して「非国民の家」扱い。追手がかかり憲兵が住み込みで見張りをする始末。ところが長女・みさをがたくさんの傷痍軍人と交わしてきた文通ハガキの中から選んだ源次郎と結婚するにいたって、今度は一転「美談の家」に
リサーチで得た土地の記憶、18年間過ごしてきた自身の体感からなる地元の風景を交えながらも、藤田が日々過ごす中で見聞きする些細な出来事、自身を含む同世代がそこに感じるであろう感情や違和感、等身大の視点から見える日常のリアルを切り取り、「equal」とは全く別の切り口で新たな作品を発表しました。
9.11の惨事から20年後の2021年9月11日に、尾竹永子は自身にとっては初めてモノローグ(一人語り)の作品をソロ公演しました。ハドソン川の川縁、かつてのトレードセンターがあったすぐ近くの公園で朝の7時と夕方6時に行われた無料公演です。 この場所は9.11の1年後にEiko and Komaが 野外公演した場所でもあります。その時と同じクラリネット奏者 David Krekauerが再び共演しま
「準備はいいか、野郎ども!」第4回公演『最遊記』をパワーアップし再上演。沙悟浄役に第3回公演以来の出演となる郷本直也を配し、キャスティングを一新。また、「清一色編」が新たに加わり内容も一層の厚みを増した。三蔵、悟空、悟浄、八戒、それぞれの持つ重い過去が、妖怪たちが荒れ狂う桃源郷を舞台に絡み合う。戦いに明け暮れる日々。次々と現れる強大な敵。いつ果てるとも知れぬ永い旅路の果てに三蔵一行の見るものは?
”木立ちは空のために、くらやみは愛のためにある、いざ行かん、われら薔薇十字のもとに……”たった二人の反乱軍!!
(フライヤーより抜粋)時は、1918年及び1980年へと翻案されている。主人公風間武史は、アール・ヌーボーに傾倒する現代の画家。ヒロインの朝倉舞希子は、新劇の揺籃期に生きた新進舞台女優。62年の時を越えて巡り会うふたりの姿がもたらすものは、ロンドにも似た、恋愛と芸術の永遠性なのかも知れない。
一色洋平×小沢道成 Presented by EPOCH MAN
手紙を書いた。返るか分からぬ返事を待った。君との思い出を日常に重ねた。君の窓の内側の日々が、祝福に満ちていることを願った。近づけば近づくほど重ならない。近づいても近づいても交わらない。でも限りなく近くにいる君に、線上の君に、いつか必ず会いに行く。だから、漸近線、重なれ。
人形劇団ひとみ座では、1993年より20年間「ズッコケ三人組」の人形劇シリーズに取り組んできました。本作品は、2011年より全国公演を開始した、ひとみ座ズッコケシリーズの第三弾です。~あらすじ~小学六年生のハチベエ・ハカセ・モーちゃんは、ズッコケ三人組と呼ばれている。体育館裏の開かずの扉を開けてしまった三人組は、謎の鏡に光を当てることで江戸時代にタイムスリップしてしまう。そこで出会った科学者平賀源