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日本丸メモリアルパークパフォーマンス 2021-2022「路上の身体祭典H!」新人Hソケリッサ!横浜/東京路上ダンスツアー#2
社会から分断され個人になった時に個人は不安を抱え、集団に依存していた個人の脆弱さが露呈する。我々は生きる手段としてこの大きな集団に取り込まれ、それは習慣となり個人という存在や輝きは飲み込まれてしまうだろう。しかし希望を失った身体は、言うなれば囚われた習慣を捨てた身体の始まりであり、強靭な個人の身体の始まりだと僕は思う。歪な躍動のリズムで僕は目を覚ましたい。ツアー公式Webサイト:https://s
社会現象を巻き起こしている大人気コンテンツ、音楽原作キャラクターラッププロジェクト『ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-』を舞台化!第2弾はシブヤ・ディビジョン“Fling Posse”とシンジュク・ディビジョン“麻天狼”を中心に、舞台オリジナルキャラクターのアサクサ・ディビジョン“鬼瓦ボンバーズ”も登場し、舞台オリジナルストーリーを展開する。
奥多摩町の高齢者施設は外国人の労働者が多い。現実に奥多摩で暮らす高齢者が、ミャンマーから仕事のために日本に来た女性との心の交流を交わすまでを舞台化した。客演で青梅の朗読家、大勢待なつみさんが出演した。
「溶けたアイスがもとに戻るまで……。」埼玉の新興住宅地から遠く離れた空き地で足を止める他人たちは、少しの時間をそこで過ごす。どうやってここに来たのかわからない、行き先もわからない。人々の交わす言葉が夜空に四散する、空き地戯言エンターテインメント。
三東はときに「怪物的なダンサー」と称される。繊細にして強靭。細胞の一つひとつを意識的に使った完璧な身体コントロールをもちながら、絶えずそれを凌駕する熱量のエネルギーがあふれ出してくるのだ。舞踏とは違うが、三東もまた重力を自らの力として踊るタイプのダンサーである。およそ通常の生物とは作動原理が違う。まるで体内に他の生き物が何匹も巣くっているような、予想のつかない動きの連続で、目を離すことができない。
ぐるぐると、リープしたり、スリップしたり、トラベルしたり、ワープする。かつてあった喫茶店の常連の男が、跡地のベンチに佇み…思い出すのは今は疎遠になった弟と昔見たデパート屋上のイベント。そしてその日は男の妻の兄弟も駆けつけ、なにやら男の動向を伺っている。喫茶店の跡地にできるカフェ女性店長と、その幼馴染の工務店員、押しかけるユーチューバーも巻き込みながら、男の過去と現在が混在する世界へタイムスリップ!
結婚は、いいものだいろいろあったけど家じゅうに愛が満ちていた。
ナイロン100℃ SIDE SESSION SPECIAL
ドイツの放送作家、ギュンター・アイヒによって1950年代に書かれたオムニバス放送劇『夢』。その中から舞台用にアレンジ可能と見なした3編を選び、オリジナルで書き下ろした3編を加えて上演。何十年も止まらない列車に閉じ込められて暮らしている家族の話『列車』、ある三流小説家が死の世界を経験する『死』など、6話6様の悪夢が繰り広げられる。「ナイロン100℃」史上初めての、笑いが一切ない作品。
既成戯曲の演出シリーズ
2018年以降、演出家・大石達起が「既成戯曲の演出」をテーマに「gate」ディレクターを務めてきました。その発展版として上演された、「既成戯曲の演出シリーズ」のVOL.2。『わが町』でお馴染みのソーントン・ワイルダーの戯曲『特急寝台列車ハヤワサ号』を演出家・山口浩章氏(このしたやみ)をお迎えして上演しました。
哀しくも美しいアジアへの想いを胸に秘めて 今日も有楽町の街角に 女がひとりたたずむ 約束のあの人を待って
1970年春学期、カリフォルニア州立大学フラトン校で教えていた邦正美の尽力により、同校に舞踊学科が新設された。本作は、舞踊学科としての初公演で発表された邦の新作。空間の変化が主題となっており、「空・動・至福・苦悩・瞑想・環境・休止・空」という8場面構成、66分の作品である。映像はおそらくドレスリハーサルの一部で、「動・至福・苦悩・瞑想」を収録している。元々は5月7日~10日に上演予定だったが、学生
その外見から疎まれ続けたリチャード三世は、饒舌な語りによって周囲を惹きつけ権力を手にするものの、王座に上り詰めた途端その言葉は力を失う。本作ではリチャードを、形を持たず移り変わっていくものとして描き、どんな時代にも現れる言葉巧みな為政者の姿を浮かび上がらせる。「台詞を語る俳優の身体」は、「何者にもなりきらない」能という演劇の形式を借りて、リチャードを現代に描き出す。約100年前の坪内逍遥訳で上演。
最も多感な年頃で自由を奪われ、飢えに苦しみながら、隠れ家で日記を綴り続けた少女アンネ・フランク。劇団民藝では1956年の初演いらい数々の賞とともにロングランを記録しています。1979年から80年にかけて滝沢修の新演出により、学校公演と文化庁移動芸術祭をふくむ上演を各地で重ねました。
いつかは「人と人はわかりあえる」、本企画では、手始めに「あなたとわたしの共通点」をテーマに、いくつかの物語を紡いでみてみようと思う。わたしとあなたのあいだにいくつかの共通点が見出されたとき、わたしとあなたを隔てる壁(境界線)は撹拌され、曖昧になる。「わたし」の言葉が、「わたしたち」の言葉になる。日本の各地で行ったインタビューで共通点を探し、それを元に制作した作品を上演。
ケラリーノ・サンドロヴィッチと緒川たまきが設立したユニット「ケムリ研究室」旗揚げ第1弾公演!俗世知らずのお嬢様と”乞食の王様”、大人のロマンティック・コメディ!
第26回劇作家協会新人戯曲賞の最終候補作家であるビトが書き下ろし、芝居処 華ヨタの内田達也が演出を手がける作品。ある月夜、電信柱に見守られた路地には、2人のチンピラ、何かを待つ人たち、電信柱に祈る女と彼女を連れ帰りたい弟、2匹の獣、サンタクロース、犬がいた。母を探す少年・瞬と、2人の少女・杏と萌華もその路地で出会い……。
舞台『弱虫ペダル』
2.5次元ミュージカル/舞台
荒廃した時代。ある男が羅生門に辿り着き、死人の髪の毛を抜く女と出会う。男は女の行為を忌み嫌い、何故そんなことをするのかと問いただす。激しく言葉を交わすうちに、男は段々と自分の過去を思い出していく。「人の行く道は天秤のようなものだ。どちらに傾くか分かりはせん・・。」魂を揺さぶるダンスと心を震わす生演奏と共にあなたの心に問いかける人は生きるために何を得て、何を失うのか
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作品ノート: ああ、夏なのか、冬なのか。そんなどうでもいいこと今はなくて。若くても若くなくても関係なくて。ここにいるのは僕なんです。そうです、かけがえのない僕なんです。少なくとも君ではない。ああ、あの青がまぶしいな。それが嘘だとしてもきっと誰も気に止めないだろう。でもホントにまぶしいから、少なくともそう感じるから僕は叫ぶんです。街の中で、電車の中で。光の中で、君の胸で。心の底から目に見えるように。
今貂子KYOTO舞踏館上演作品
KYOTO舞踏館は、歴史的な土蔵を改造して、定員8名の舞踏専用劇場として2016年7月開館。「秘色」はKYOTO舞踏館上演作品として、こけら落としの初日から毎週木曜のロングラン公演を続け、国内及び世界69か国から訪れた観客は間近で生の舞踏を体感した。新型コロナ感染症の影響で、2020年4月より休演。公演数はそれまでに378回を達成。映像は、無観客で2021年5月9日に収録された。
白虎社は京都・東九条にある稽古場付きの合宿所で共同生活を営んだ。本映像でカメラは京都の街中から合宿所までの道のりを辿り、研修生への稽古を撮影している(一部、白虎社の舞踏手も参加している)。研修生への稽古は週に1,2回夜に行われており、映像では蛭田早苗が基礎練習を中心に教える。舞踏だけでなく、生活費を稼ぐためのキャバレーでのショーの動きも教えた。一方、映像にはないが、公演前の舞踏手への稽古は格段に厳
【Story】都市の地下下水道の汚水の川を疾走する中国人密航者たち、道路標識マークのシャツの少年たち、彼らを追いかける浮浪者の老人、そして少年A。 少年Aは道路標識のシャツの少年が落としたトランジスタラジオを拾う。それは彼が浮浪者の老人から奪ったものだ。過去のブラジル移民のニュースがラジオから流れ、少年Aはその音に導かれて不思議な旅に出る。それは浮浪者の老人の過去への旅だった…。【Note】維新派
実在の事件に着想を得たフィクションで、北朝鮮の女性工作員と韓国CIA捜査官という敵同士の二人が、憎しみの中で惹かれ合っていく姿を描いた切ないラブストーリーです。マイクを使わず、生声と生演奏で紡がれる舞台は、国家や使命を超えて人を愛することの痛みと尊さを浮かび上がらせます。
(フライヤーより)劇的な瞬間の連続を求めて活動してきたマシュマロ・ウェーブが、そのメソッドを未知数のキャラクターたちにも応用。これは砂漠の中の町で起こる愛と狂気に満ちた90分間のマシュマロ・ワールド。
-大阪の朝鮮学校に通う高校生ソニは、スピーチ大会の練習中に、いつの間にかタイムスリップをしてしまう。そこは1948年4月、日本にある朝鮮人集落。故郷の朝鮮半島へ帰る日を待ち望み、お金を出し合い建てた学校に、ある日突然、閉鎖せよとの命令がくだる。大人も子どもも、おにぎりを作り、学校で寝泊まりをはじめ、ガリ版でチラシを作りながら戦うのだが…2007年の初演より、日本と韓国にて上演を続けている作品。
日本文化の研究者のジョン・ソルトの演出で、井原西鶴の「好色一代女」を下敷きにした舞踏作品。江戸時代に生きた人たちの感情を舞踏表現に昇華することを目指して、主演の元藤燁子にとっても新境地というべき作品となる。三味線と唄の西松布咏を客演に迎え、高田恵篤とアスベスト館の舞踏手たちが加わり、小唄、端唄、地唄、それに現代詩で西鶴の男と女の世界を現代に生かした作品。
コンセプト:『星の王子様』×『禅』。映像を駆使した空間演出と会場のデザインを活かした演出。音楽家とのコラボによる新たな観劇体験の提供。内容:水槽を旅する不思議な魚と肉親の死と事故によって塞ぎ込んだ青年との出会いと別れを描く物語。物語の中心にあるモチーフとして星の王子様と禅をとりあつかい、世界は自分自身が何を思うかによって変えることができることに気づき、最後には青年が外へ踏み出す話となっている。
小泉八雲の作品は、再話と呼ばれる。再話を読むということは、八雲が聞いた話を又聞きしていることになるのかもしれない。又聞きした話で申し訳ないのだが、今度はそれを舞台の上で語ってみようと思う。語り部によって物語は表情をがらりと変える。天性の語り部であった小泉八雲から聞いた話を語るのはいささか気が引けるが、自分の言葉で好きに語るのがよろしい、と八雲自身が言っているのである。じゃあ、そうさせていただきます
『幸福な島の夜』は「最も不気味な他者としての自己」をテーマとする演劇作品。絶対的なものなど何もない現代においては、あらゆるものが少し見方を変えるだけで、見知らぬ不気味なものに見えてしまう。そこでは「自己」という存在すら突如として見慣れないものに感じられ、全く捉えられない、不可解なものとして立ち現れてくる。不安定なものたちが不安定なまま点在するこの世界の「現実」の様相を、寓話的な物語を通じて描く。
昭和17年に生まれ、3歳の時に満州から引き上げてきた十和子の激動の人生。少女時代の初恋は実らず、夢と現実の違いに打ちのめされそうなとき、幸せにすると誓う男が現れ結婚したのが運のツキだった。男はDVモラハラ夫と化し、日々息子と泣き暮らした。やっと離婚して実家に逃げ帰るが、老いた母に女中のようにこきつかわれる日々。両親の介護を終え、晴れて自分の人生を歩み始めた十和子の元へ、震災で失業した息子が救いを求
現代大阪のどうしようもなさを笑う、“怪獣の出ない怪獣演劇”第31回公演である「ゴメラの逆襲 大阪万博危機一髪」は、2025年に開催される大阪万博の問題点を徹底的に茶会した風刺コメディ。万博会場に怪獣を運ぼうとして失敗、逃げ出し大阪の街が破壊されるというあらすじから、現在の大阪の様々な問題点、大阪の歴史などを振り返りつつ、怪獣ドラマ(舞台上に怪獣は出ないけど)が大好きな人も楽しめる馬鹿馬鹿しいコメデ
2002年から結城座が参加した日仏共同制作『屏風』。フランスの国立劇場での初演後、数多くの演劇祭や劇場に招待されました。そのコラボレーションのパートナーとなったフランスの演出家、フレデリック・フィスバックと結城座は、創立375周年記念第2弾としてシンガポールの劇作家・郭宝崑の代表作『宦官提督の末裔』を上演します。公演には大久保鷹と花組芝居の加納幸和をゲストに迎え、結城座の人形遣いたちと共演します。
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-パントマイム たちざわー 初単独公演 『わー』 わーっと笑って わーっと驚いて わーっと喜んでくれるような新しい形のパントマイム!
(フライヤーより抜粋)シェークスピア悲劇を大胆な無言劇にアレンジした「マクベス」では、自らが仮面を被って王を演じながら夫人の人形を操り、権力欲につかれて破滅していく男のもろさや悲しさを見せます。「ミッシング」は武将が生死の境でまどろみ始めた時、女にいざなわれ天界へ行き不思議な体験をして生き返る物語で、三島由紀夫の小説や溝口健二の映画「雨月物語」にインスピレーションを受けたオリジナル作品です。2作品
ゴミで氾濫するドブ川が流れる失われた街。その街のはずれにある長屋の端と端に住んでいた少年と少女。十数年後、青年は何気なく立ち寄ったドブ川で死んだはずの少女と再会する。二人は、時代と時空を超えながら旅をする。 実話を元にしたハートフル・スラプスティックコメディタッチの不条理演劇。令和に誕生した新たな野外テント演劇集団”天幕劇場深海洋燈”の旗揚げ公演。“まち”とつくる新たな野外演劇文化の発展を目指す。
(フライヤーより)身近な題材から進化に迫る、優しいユーモアをたたえた舞台ー演劇ジャーナリスト 九鬼葉子
輝かしい命を持った13歳が自らの手でその命を絶った。誰もがその事件の当事者である。空を飛ぶ翼を、銃弾で撃ち抜かれ、二度と飛べなくなったノガモとは、夢見る力を、現実という銃弾で粉々にされしまった人間のことである。それでも彼らは生き続ける。人間を見に来て欲しい。人間ほど面白いものはないのだから。
椿組2017年夏・花園神社野外劇
江戸時代に実際に起こった史実とフィクションをごちゃまぜにして、秋之桜子(西瓜糖)が念願の花園神社の地に描く、歌あり踊りあり喧嘩ありの時代劇ファンタジー!!2017年の夏!!老若男女が楽しめる椿組発エンターテインメント!!今世(いまよ)より二百余年の歳月さかのぼる、むかしむか〜しの物語。鬼山さまと呼ばれる火の山の麓に「鬼の里」がございました。が、ある日、江戸の町から新しい風が吹き込んで来たからさ〜大
本公演
後悔は再生にたどり着けるか。人は誰でも過ちを犯す。その最悪の一つは偶然の巡り合わせであれ過失であれ他者の人生を踏み躙ること。自らが加害者であったことに気付いた時、良心ある人間は後悔する。ただし後悔の深さはそれぞれだ。人類が後悔を失った時、そこには文明の瓦解が待ち受ける。トルストイは良心によってこの瓦解を食い止めようとした。抱月はわが国の近代化をまず良心の浸透に求めようとした。文学者たちは、志半ばに
川の流れと同じように、私たちは刻々と変化し、生まれ変わっているのだとすれば、ひとつ前のあなたはきえていて、今のあなたもやがてきえる。きえたものが撚(よ)り合って、あなたになる。あなたはきえてしまったものでできている。ソノノチの最新作は、Robin Owings制作のインスタレーションとの共演。かつて織物工場だったこの場所から、無常の風景へ漕ぎ出すように。ランドスケープシアターに続く、新作パフォーマ
[作品ノート]He-for there could be no doubt of his sex, though the fashion of the time did something to disguise it… ("Orlando", Virginia Woolf)(※彼-性別はまず疑う必要のない男、たとえ当時のファッションが彼の外見を変えることができるであろうとも…)自分が例えば誰か
ミュージカル『薄桜鬼』
2.5次元ミュージカル/舞台
『ヒプノシスマイク-Division Rap Battle-』Rule the Stage
2.5次元ミュージカル/舞台
第68回公演
誰か知る相愛橋のある横丁。すえたドブ川の袂にあるうらぶれの傘屋に、今、聖にして醜怪な万年少女が、おちょこの傘にさし飛んでくる。傘屋を営むおちょこは修理を頼みに来た客・石川カナに恋をした。いつか彼女に「メリー・ポピンズの傘を待たせる。」という夢を描くおちょこ。傘屋に居候している檜垣は、カナがかつて人気歌手の子どもを産んだ挙句にショッキングな出来事を引き起こした張本人だと気づく。檜垣はその歌手の元マネ
アルベール・カミュの未完小説をモチーフにした、尊厳と誇りと家族についての物語。カミュの母親はろう者だったそうです。今作では、ろう者俳優、數見陽子さんを迎え、家族に向けたカミュの視線、その心に通底する信念を描きます。また、三味線桂小すみの生演奏の躍動感によって身体の独自性が引き出され、無言劇で紡ぐ内省する視線、観客が各々のイメージを投影しやすい余白があり、独特な味わいの作品となっています。
文化祭の前日は繰り返されなくて、ぼくたちは片隅の踊り場、変わり映えのない一日を見送ってた。増えていく過去形と消えていく可能性の間で右往左往する姿はまるでダンスみたいだねって言ってくれたことを忘れるわけない。ここは居心地がいいけど、文化祭はとっくに終わったしお腹も空いたし、もう行く。
わ芝居~その参
昭和3年。天乃屋本家は旦那が事故死、頼みの番頭は病死、残ったのは病弱で婿の来手のない跡取り娘のシズ一人。せめて一代だけでも繋げれば、シズが死んだ後は分家に吸収すればいい。そして白羽の矢が立ったのが、分家の手代、伊助であった。計画は順調に思われたのだが…。転がりゆく人々の運命が辿り着く先は…「それやったら」まぁいいか。という日本人特有の曖昧な処世術で繋がって行く女たちのしたたかな物語、完全版・狂言v
秋の拘置所に、男が1人やってくる。ここに収容されている死刑囚の女と面会するためだ。女は、男の真の目的が、自身の戯曲を書くための取材だと見破る。食い下がる男に、取材を許可する条件として突きつけたのは、自分と結婚することだった。死刑制度が変わった近未来の日本を舞台に描く、獄中結婚と死ぬ権利の物語。
北方舞踏派の代表作を抜粋した映像集。「塩首」(1975)、 「月下の畝」(1982)、「鷹ざしき」(1984)、「蝦夷面」(1989)の四作が収められている。「塩首」は初演の第一日目よりの記録で、ビショップ山田が黒塗りで登場する。二日目は土方の指示で白塗りになったが映像が残されていない。「蝦夷面」の部分は「My Heart Beat」というタイトルが付けられている。
[作品ノート]理屈抜き、超高速で熱狂的ダンス。その身体は過ぎゆく一刻一刻を疾走する。
『熊楠の家』は戯曲の達人小幡欣治氏が、南方熊楠の後半生を人間味豊かに描き、第19回菊田一夫演劇賞を受賞しました。『根岸庵律女』、『浅草物語』など小幡氏が劇団民藝に書き下ろした9作品のうちの記念すべき1作目。1995年初演の本作は2017年に丹野郁弓の新演出で上演。熊楠とその家族たちに光をあてた、ユーモアあふれる評伝劇。
とある⼥性起業家を襲撃し、廃屋へ逃げ込んた敦也、翔太、幸平の3⼈は児童養護施設「丸光園」で育った幼なじみ。3⼈が⼀夜を明かそうと忍び込んだ場所は、かつて店主が悩み相談を請け負うことで知られた雑貨店だった。廃業して何年も経つ店のシャッターの郵便受けから、突然、⼿紙が落ちてくる。その⼿紙は33年前に書かれた悩み相談だった。3⼈は⼾惑いながらも、当時の店主・浪⽮雄治に代わって返事を書くのだが……。次第に
グランドフィナーレ! 扇町ミュージアムスクエア最終公演
さよなら、バイバイと、今ある社会からオサラバしよう。どうせ経済のチキンレースは続き、ブレーキのかけ所を逸し、取り返しがつかなくなり、衰退の一途を辿る。人が、そこに居ることから出直さなけりゃ。デジタルを恐れよう。
Eラーニング(日本演出者協会)
④ 照明このシリーズでは、舞台芸術、主に演劇の照明デザインについて考えていきます。舞台の照明デザインを実現するためには、デザインを考えるソフトの部分と機材やシステムなどハードについての知識や技術の両方が必要です。光という実態のないもののデザインを機材とシステムのハードで実現しています。今回は、主にソフト(デザイン)の方に焦点を当てて、最低限のハードの知識を紹介しながら、デザインにまつわる知識/発想
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
バルト三国の一つリトアニアの首都カウナスで六千人のユダヤ人の命を救った日本人外交官杉原千畝1992年初演、リトアニア公演、神戸ボランティア公演を経て上演回数350ステージを超えた「センポ・スギハァラ」・・・その経験を生かした新作!
2010年に上演され、第55回岸田國士戯曲賞の最終候補にもノミネートされた丸尾丸一郎の代表作が、新たな脚本と演出により小劇場で蘇る。「子供の頃から、スーパースタ―になりたかった。でも、スーパースタ―になる人は星を持ってる。俺は相変わらず星を掴めないかと試行錯誤してる。一生悩み続けるドン・キホーテや」。解体の決まった団地に立て籠もり、売れない漫画を描き続ける男の妄想が暴走する!