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OSAKA DANCE EXPERIENCE
「ピクニックから」は、最後に取り残された男が、"見えない誰かのために踊る"つかのまのダンス。1997年7月、東京青山のスパイラルホールにて発表した「ピクニック」から、山崎広太のソロに展開させた作品。森美香代が踊るのは、「Solo & Soul」。様々な想いやイメージがからだを通してかたちとして外に生まれ出るときに発生する感情からのエネルギーとからだ自身の思考とのずれから拡がる、自らの意図を超えて立
(フライヤーより)私生児をみごもりナチの施設〈レーベンスボルン〉の産院に身をおくマルガレーテは、不老不死を研究し芸術を偏愛する医師クラウスの求婚を承諾した。が、激化する戦火のなか、次第に狂気をおびていくクラウスの言動に怯えながら、やがて、この世の地獄を見ることに…
太宰久夫によるフィジカルシアター。前半に立原えりかの『木馬がのった白い船』、後半に武井博の『はらぺこプンタ』を配し、絵本の世界を
(フライヤーより)走り続ける1時間40分のSHOW途切れなく流れるラテン音楽。DANCE、DANCE、DANCEで綴られるレビューミュージカル。
舞台「キノの旅」
2.5次元ミュージカル/舞台
ワハハ本舗全体公演
「ザッツエンターテインメント」という往年のハリウッドミュージカル映画の名場面ばかりを集めた映画があります。2006年に行われた今公演では、ワハハ本舗結成から誕生した数々のダンスショーやパフォーマンスを構成し、ワハハ版「ザッツエンターテイメント」として企画されたものです。ワハハならではのお客様参加型の演目も散りばめられていまして、十二分にワハハ本舗のエンタメ力を堪能できる内容となっております。
軍靴高なり、紙切れ一枚で次々に命を刈り取られた冬の時代、東北の山村で人間らしく生きることを譲らなかった大人たち、子供たち。ともに涙し、笑い、苦悩する教師たち。くらしと芸能の中に、人々はいのちへの愛をつないでいく。
元藤燁子からの誘いで古巣であるアスベスト館で週一回のワークショップを開講した和栗由紀夫が、「土方巽メソッド研究会」と名付けた会で、土方巽の孫弟子にあたる受講生と行った第一回目の公演。鼈甲飴とはフォルムのことで、それは人の形を指している。一人一人が自分の形を見つけ出す、そうあってほしいという思いをこめて和栗が名づけた。
盲目で生まれた杉の市は、盗みや脅しは当たり前、ついには人を殺めてしまう。殺し殺してまた殺し、その手を血に塗れさせ、悪の限りを尽くしながら、己の身と金の力を頼りに、江戸の盲人の最高位である検校にまで登りつめる。東北の地から江戸へと流れてきた少年は、運命の大きな流れに流される―。二代目藪原検校の、その悪行三昧、闇の世界の一代記。「来世は目明きに生まれてくるぜ。そうして、おっかさんの顔をしみじみと拝ませ
とある町の外れにあるおもちゃリサイクル工場。いつもの社員と派遣パートの女達が働く部署に、お仕事マッチングアプリに登録したばかりの68歳の男が初めて仕事に来る。「おもちゃが一つ足りない」という些細な事件をきっかけに隠れていたそれぞれの心の中がみえてきて...。音楽やダンスも取り入れて客席と一体になる今作は子どもの心も掴み大人の心にも響く。人々の日々の営みをユーモアたっぷりに描いた、パショパショ流プロ
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
作曲家4名が、zer◯に所属のダンサー/振付家とそれぞれタッグを組み、秋葉原の海老原商店においてサイト・スペシフィックな新作を発表する公演。
(フライヤーより)こどもの城が贈る親子で楽しめるゴールデンウィークの素敵なプログラム
螺旋曼荼羅海会は真言宗、天台宗の僧侶たちによって詠唱される新作声明。アメリカ・インディアンのナヴァホ族の創生神話に基づく儀式歌をテクストに、新進気鋭の作曲家桑原ゆうが「夜の歌」「風の歌」の挿入歌を作曲した。宇宙的な力を秘めたスパイラルガーデンの螺旋空間を立体マンダラに見立て、執り行われる曼陀羅供。僧侶の聲に気は充満し、大日如来を中心にコスモスが立ち上がり、胎蔵界金剛界の両曼荼羅がダイナミックに動き
濡れ濡れべたべた この町の実在する小都市が雨にけぶる。近代とは、限りなく現代に近い過去。足元を水が流れる。調査によりますと、わが啄木研究会の温度は、全国平均より三十五%も高い。湿気の主な原因は、工藤一先生のよだれ、寝汗、つばき、たん。しかし、なんといっても最大の要因は雨。工藤一に雨が降る。石川啄木の本名も、一。はじめの一歩。啄木は七つになるまで、母方の工藤姓を名のった。しかし、こちらの工藤一、七つ
2.5次元ミュージカル/舞台
地震により電車が山の中腹で止まり、徒歩での移動をする長い行列。次の駅は鉄橋の先にある都会。前の駅は山奥の過疎化した元新興住宅地。人々はいずれかに向かう。小さな劇団を主宰している大学の先生と、若い妻。その妻が介抱する女は、足を捻挫した中学教師の女。彼女は元新興住宅地で起こした不倫による狭い世間の攻めから逃れ、都会に行く決心をして電車に乗ったという。そこに先生を恋い慕い、妻から奪うべく密かに電車に乗り
舞台『弱虫ペダル』
2.5次元ミュージカル/舞台
プラハ在住の人形劇師・沢則行と、札幌在住の俳優・演出家・劇作家・斎藤歩。北海道出身の舞台芸術家2人による、人形劇と演劇の狭間を衝く舞台芸術作品を創造。旧樺太で北方先住民が彫った木の人形・セワポロロと、礼文島で出土したの海獣の骨でできた人形・歯牙女性像が、北海道の北の果て、日本海に面した抜海(ばっかい)の海岸線で出会う、人形劇と演劇を併せ持った物語。
夏には、汗と涙と青春と共に、黄昏がよく似合う。穏やかで美しい水平線に沈んでいく夕陽を眺めながらも、湧き上がる騒めきや怒りや戸惑いを、感じたことがあるだろう。変えたいこと、変わりたいこと、そのままでいいこと。消しても流しても、再び脳裏に甦るアイツ。泡のように浮上し、泡のように増幅しこびり着く。執拗なアイツの仕業?それともワタシの執着?“世界で一番イヤな奴”を巡る、移動しないロードムービー演劇!
碧血碑――。北海道・函館にある、戊辰戦争で死んだ旧幕府軍の侍を祀った碑である。義に殉じた男の血は三年経つと、碧色の宝石に変わるという、荘子にある故事から命名された。太平洋戦争直後の焼け跡。碧血碑を前に、倭人を憎むアイヌの男と、アイヌを憎む倭人の男の、義を巡る友情譚。
沖縄で生まれた高校演劇の傑作『出停記念日』。弦巻楽団では2017年から折に触れ、レパートリーとして上演。登場する5人の女子高生たちを、8人の俳優が役柄をシャッフルしながら上演するオリジナルの演出手法は、原作者・島元要からも「作品に込めたテーマを捉えた演出」と高い評価を受ける。
1982年にニューヨークの地下鉄で無許可で撮影。出演メンバーはスクール・オブ・ハードロックス。
「……がさつだったが、物事すべて明るく輝いていたあの時代。物資は乏しかったがお互いの間に優しさが満ち溢れていたあの創世期。お腹には何も入っていなかったが、胸にはちきれそうな、理想と希望があったあの頃。」──あの『キャッツ』がロンドンで誕生する十年前に、井上ひさしが世に送り出した、ネコだけが主役のミュージカル『十一ぴきのねこ』。現代演劇を牽引する長塚圭史が、この作品で井上戯曲を初演出にして初ミュージ
(フライヤーより)ダンスシーンも、衣替え!show-case「だんすにGONE」は、あなたの抱いていたイメージをガラリと衣替え!今をトキメク4人の第三世代が、ダンス本来のダイナミズムをそれぞれのエナジーで、それぞれのまったく新しい感覚で発信。さあ、今、あなたの目の前に真新しい鮮烈な輝きが!!
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
タビネズミは異常発生が起こると集団で移動し、時に河などで大量死するという。これは繁殖を適正に調整する淘汰の一種との説をも生み、人類の文化史観に影響を与えている。作品はタビネズミにおける死の舞踏を描く。異常発生の中、突如、舞踏狂が巻き起こる。盲目のネズミ(若松)を除く全群が乱舞し、嬉々として川に飛び込み溺死する。佇む盲目のネズミ。一転、人間に変身。場面は街角。傍らを、幼児の手をひく妊婦が通り過ぎる。
色彩シリーズ
男はカメラマン。女は耳のモデル。待ち合わせに女はウエディングドレスで現れた。「結婚しましょう!」突然のプロポーズ。逃げ込んだのは、オレンジ色の夕焼けに染まった住宅展示場のモデルルーム。
あなたに、私を好きなまま死んで欲しいと思うのは、わがままだろうか。そこは、願えば誰でも不老不死になれる未来。それでもヒラサカ ミツは、不老不死になるつもりはなかった。彼女にとって生きることは苦痛であり、終わりのない生は地獄だと感じていたからだ。そして、パートナーであるタチバナ アサの愛情が、いつか冷めるであろうことに耐えられそうになかったからでもある。訪れるいくつかの出会いと別れを経て、ミツは、人
某県某市の「広庭」地区。住民による行政サービス代行が始まって数年。さまざまな事情を抱えた住民委員全員が集まって今日、「この先、広庭地区を存続させるか消滅させるか」という重要な問題の結論を出すことになったのだが、多数決の結果はなんと、全員が「消滅賛成」。なぜ住民委員は全員が消滅に手を挙げたのか。――いよいよ人口減少社会に足を踏み入れた日本。もはやこの「自治体消滅」の問題は絵空事ではない。これまで当た
人形劇団京芸が、45周年記念にミヒャエル・エンデの傑作である『モモ』を人形劇化。美術は劇団創立メンバーの谷ひろしが手掛け、当時の演技部総出演で行った、壮大な舞台です。モモの持っている不思議なやわらかさと、灰色の男たちの不気味さ。時間に追われていく大人たち。現実とファンタジー……人形劇だからこそできる表現がたくさんつまった、劇団渾身の一作です。
障がいの有無を越えて共にダンスを創ることをコンセプトに、2016年より活動を続けているスクランブル・ダンスプロジェクトによる舞台「ROCKS」は、山海塾の松岡大が演出を行い、車椅子、半身不随、ダウン症など、様々な障がいのあるダンサーと、プロとして活躍するダンサーが共に創りあげたインテグレイテッドダンス作品です。
1906年ダブリン生まれのサミュエル・ベケットは、第二次世界大戦を経験しました。翻訳者・岡室美奈子氏は、彼にとって「不条理」とは難解な思想ではなく、きわめてリアルな世界の見え方だったと語ります。『エンドゲーム』の舞台は核戦争後のシェルターとも言われ、灰色の終焉の世界が描かれます。不条理とは社会の理屈に合わないこと。私たちの日常にもそれは潜んでいます。あなたは、どんな不条理と共に生きていますか?
数日後に手術を迎えるお婆ちゃん。術後に食べたい料理は、お爺ちゃんの作った餃子だという。しかし、お爺ちゃんは認知症が進み、すでに施設にいた。祖母の願いを叶える為、孫の瞬はクラスメイトで魔法使い!?の、三葉の力を借りて、Dr.ミクロとして爺ちゃんの身体の中を巡り脳の記憶を目指す。こうして、瞬と妹の一花による爺ちゃんの記憶の中の大捜索が始まるのであった!
岸野組がお送りする人情味溢れる時代劇ミュージカル!!こそ泥・金太は自称大泥棒・石川五右衛門の子孫。ところが泥棒としての実力はからっきし、ドジばっかりの現実から夢の中へと逃げ込む毎日。勿論、夢の中ではスーパーヒーロー。だが、それも夢の中だけでのこと。ある夜、偶然助けた記憶喪失の娘、そして執拗に彼女の命を狙う黒衣の殺人鬼。一念発起、娘を守ろうとする金太とそれを支える仲間達。だがそれは、彼らの運命を大き
今の時代、人は死に直接出会うことが少なくなっています。ほとんどの人が病院で死に、死ぬ直前は見ていても、それに至る過程をつぶさに知ることはなくなりました。だからこそ、死というものを真正面からとらえようとこの作品を制作したのです。特別な舞台装置や小道具を使わず、俳優の身体と声を表現の手段とし、観客の感性と想像力にダイレクトに訴えかける「素劇」によって観客の想像力が刺激され、生活の中の死の匂いが際立つの
OSAKA DANCE EXPERIENCE
「一、無音であること。一、即興であること。一、1時間1本勝負であること。一、直径2mの光の輪の中で踊ること。一、周囲を観客に囲まれていること。以上の条件のもとで踊ります。私のダンスにとって真に必要なものとはいったい何か。~ かつて身体ひとつになってしまったところから始まったのが私のダンスなのですが、音楽もない小さな照明のなかから、はたして何を伝えることができるのでしょうか。」
[作品ノート]舞台上の私と、普段生活している私は何が違うのか?「あなたが『バレる』と言ったから。」私は飾らず、ウソもつかず、舞台で正直に踊ることにしたよ。
劇団ショウダウン presents 林遊眠一人芝居
京都発、大阪育ち、熱くて切ない新感覚ファンタジー作品が人気の劇団ショウダウン。海の彼方にあるという船乗りの楽園を目指し、誰も進んだことのない航路に向けて舳先を向ける海洋冒険大作。西と東の大都市が大海原に飲み込まれる!(本作品は林遊眠による一人芝居です)
そこは、劇団うりりんこの上演会場。今日は、劇団の大物俳優、うり川りん太郎のひとり芝居「シン・リア王」の上演当日。間もなく開演時間だというのに、りん太郎は寝坊し、劇場入りが1時間遅れるらしい。場内スタッフとして参加していた、劇団うりりんこの若手俳優、シュウスケ、エリ、ユウキの三人は、りん太郎が現れるまでの時間をどうにかつなぐことになってしまった。その60分の物語
小学5年生の陣平の夢は「漫才の星」になること。その夢に向かって、今日も相方の哲平と漫才の練習に励んでいた。 が、その哲平が「兄の間平とコンビを組みたい」と言い出し、コンビを解消することになってしまう。 相方を失った陣平は、あまり仲の良くないブチにツッコミの才能を見い出し、嫌がるブチをあの手この手で説得する。ようやく新コンビを結成し、いよいよ目指す漫才コンクールが近づいたある日、今度は哲平に大事なネ
1972年に渡欧した時は振付に関する確たる考えもなく、パフォーマンスをただ考えついては、いつも「White Dance」と呼んでいた。アメリカへ移る前の日本滞在中に、私達はニューヨークデビューに向けてこの作品を振付け、1976年5月6日、ベアテ・ゴードンの企画により、ジャパン・ソサエティに於いてこの作品でデビューを果たした。映像は2011年、アメリカン・ダンス・フェスティバルでの再演より。
サーカスエンターテイメントショー
街角のレストランが舞台。お腹をすかした客(クラウン)がサーカスレストランに入店。注文して次々と披露される、アクロバットやジャグリングなどの素晴らしいテクニックのサーカス芸の数々。
1945年6月30日。秋田県の花岡(現大館市花岡)で、強制連行された中国人850人が、鹿島組の残酷な強制労働・虐待に耐えかねて抵抗蜂起するが鎮圧虐殺される事件がおこった。舞台は30年後の1975年、高校教師庄司は生徒たちに語り始める、30年前に何が起こったのかを。
『明日』は1945年8月8日の長崎市のある家族の一日を描いている。戦争は緊迫の度を増す。そんな中でも無辜の民は生きる。青春の息吹き、結婚、そして子の誕生と、この一家の営みはたんたんと続いていく。8月9日未明、嫁ぎ先の長女は苦しみのあと長男を生む。あふれる喜びにつつまれる。が数時間後、午前11時2分、原爆が投下される。私達はその子の運命を知らない。
夏目漱石の小説『こころ』を原作に、セリフを使わず身体と字幕のみで綴る無声のダンス劇本作のために録音されたクラシック音楽が静謐な空気を支え、随所にユーモアを交えながら重厚なテーマに向き合い、観る者の心に静かな余韻を残す舞台作品
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
シャッターが目立ち始めた駅前商店街のある町。変わらない車窓に流れる風景のような毎日を生きる母。そんなレールから、分岐を切り替えた「わたし」を責めるように響きわたる踏切の音。そして母が、わたしが目指した場所は…「笑っちゃうほど滑稽で、泣いちゃうぐらい いとおしい」物語。
旧人類は500万年間進化しなかった。そこに現人類が現れ、他種の殺戮をはじめた。手や知識が「力」となり、創意工夫が文明を発展させていく。やがてヒトは全能な力を崇拝する共同体となり、同じ力(神)を信じない者への弾圧は残虐を極めた。そこで、他者との共存を図るため「寛容」という概念が生まれる。共同体はしだいに国家となり、暴力を独占していく。武器は、鈍器なものから鋭利なものへ発達し、弾丸となりやがて情報とな
夏目漱石原作「吾輩は猫である」のオペラ化。1998年に初演し、その再演。
ノーラの決断は過去のもの?時を越えて響く注目の新演出!もうすぐクリスマス、ノーラは浮かれていた。可愛い我が子に、やさしい夫ヘルメル。夫の仕事も順風満帆だった。だが、ヘルメルの部下クログスタの訪問によってある重大な秘密が暴かれ、ノーラは自分が可愛がられるだけの「人形」であったと気づき…。女性解放運動にも大きな影響を与えた、「近代演劇の父」ヘンリック・イプセンの傑作社会劇。舞台をヨーロッパから昭和10
あるニュース番組の内容が次々に改変させられる異様な状況を描いた『ザ・空気』( 2017 )、 国会記者会館の屋上を舞台に、日本独自の“記者クラブ制度”に着目し、メディアと政権の癒着に迫った『ザ・空気 ver.2 誰も書いてはならぬ』( 2018 ) に続く、“空気”シリーズの第三弾。再びテレビ局を舞台にした本作は、混迷を深める社会状況や現実の政治とシンクロさせ、今の日本の“空気”をリアルに体感させ
国内外の劇場やフェスティバルに招聘された、akakilike代表作のひとつ。演出家と写真家の共同制作企画として制作された。生命保険について語り続ける「父」と、それを取り囲む「家族」のような者たち。「兄」のような写真家は黙々とセルフポートレートを取り続ける――家族という構造から逃れることの難しさ、その構造の儚さ、そして成長することの残酷さを演劇/写真/ダンスの境界線を行き来しながら浮かびあがらせる。
「もっと歴史を深く知りたくなるシリーズ」とは・・・教科書には載らないような歴史上の出来事を興味深く面白くエンターテインメントとして表現するシリーズ企画。第1弾企画「マルガリータ~戦国の天使たち~」は、戦国時代にヨーロッパへ渡った天正遣欧少年使節の生涯を描いた歴史小説「マルガリータ」(村木嵐著)を原作とする舞台。2014年9月27日(土)から10月5日(日)まで、EX THEATER ROPPONG
家族最年少の母カジュ恵は焦っていた。夫の母から「真の孫」を求め続けられているのも、義理の娘二人が妊娠していることも。なにより長女幸子が十六カ月も身籠っていることが-。ギリシア喜劇の傑作「女の平和」を大胆に解釈し、性と家族の闇を歩く。キャスト全員客演で送る、劇団UZ旗揚げ準備公演。
いずみたくが『日本の日本人による日本人のためのミュージカル』として取り組んだ中に、ウィリアム・シェイクスピアの作品がありました。永きにわたり世界中で広く演じられてきた古典の台詞劇を日本人ならではの感性でミュージカルにしたものです。いずみたくが、若かりし頃、共に演劇を作った仲間に、青年劇場の瓜生正美がいます。いずみたくは、瓜生正美が手掛けた青年劇場の作品の多くで音楽を担当しています。「A Midsu
(パンフレットより)今日さんの絵の、淡い水色の先に存する、おおきな暗闇のようなものに魅せられてしまった、どうしたものか。どうすればこれを、ぼくの。マームとジプシーでの日々の作業に、融合させることができるか。ずいぶん、長いこと。彷徨っていたようにおもう。やがて遠くのほうから。或いは、どこか切れ間から。郁子さんの音が、まるで降ってきたように、聴こえてきた瞬間があった。こうして、つながって。この場所、ひ
楽屋~流れ去るものはやがてなつかしき~『楽屋』は清水邦夫氏の代表作で、日本で最も多く上演されている戯曲といわれる。チェーホフの『かもめ』や『三人姉妹』、シェイクスピアの『マクベス』、三好十郎の『斬られの仙太』などの戯曲をはじめ、さまざまな文学作品の言葉がふんだんに引用されている。登場人物は『かもめ』のニーナ役の女優と、その上演中の楽屋に住み着く女優だった幽霊の4人。名セリフの引用は、名作へのオマー
賢治の作品の中に見られる光と闇。目もくらむ光の乱反射は同様に様々な自然の現象をいろいろな角度から見る自由を保障している。自在さは一種のシュールレアルな要素をも含み、物事を自由な方面から見る視点を持つことによって見る者の立場或いは乱反射するさまを世界観にしていく。賢治と自由に交感し遊ぶ。これが”大運動会”の選手宣誓であろう。
―見えた!見えた! はっきり見えた! 変化が激しく 不確実 複雑で曖昧な ぼくらの未来!物語とコメディの可能性を探ってきた劇団スポーツがお届けする『逆VUCAより愛をこめて』は、自分の将来がくっきり見えてしまった男の人生を描く《未来予知コメディ》