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「国家と芸術家」シリーズ
1920年代初頭に「乳白色の下地」という独自の技法を確立し、日本人として初めてパリで成功した画家、藤田嗣治。彼の人生の内、パリ時代(1913年~29年)と、日本に帰国後、トレードマークのおかっぱ頭を丸刈りにし、軍部の協力要請に従って、「アッツ島玉砕」等の戦争画の創作をしていく太平洋戦争時代(1938年~45年)を取り上げた評伝劇。
神戸版
実家で飼っていた犬・スーパーポチが亡くなったと義姉からの電話を受ける大阪で暮らす菫。菫は恋人の登とともに福井に帰省する。兄の洋は妻の直生と戻ることのない旅に出るのだと自らの死を匂わせ、菫に実家を託そうとする。亡くなったスーパーポチは菫に伝えたかったものは。
新人Hソケリッサ!インド路上ダンスプロジェクト2024
新人Hソケリッサ!初海外公演を追ったドキュメンタリー。インド・ゴア州パナジにて一般向けダンスワークショップを実施し、営業中の公設市場内で新作『Super Stranger』を上演。およびオールドデリーの低カースト民が住む地区の路上にてソロダンスを行った。環境に馴染まない「よそ者」として存在することを通じて、便利さや物質的な豊かさの中で人間の本質を見失いつつある都市に生きる身体に問いを投げかける。
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歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」(初演1748年)をもとに、関ヶ原の合戦から100年、討ち入りという祭典に向かって疾走する若者たちを主人公に、平田オリザが書き下ろした新作を100人の県民出身者を得て、ワークショップ形式にて制作する群衆劇。“討ち入り”という大きな運命の浪に翻弄される若い義士たちの疾走ぶりを、恋愛、家族、経済的事情といった個別のエピソードを交えながら描いていく、駿河湾を背後に抱く清水港イベ
酒の神であるディオニュソスは、その新しい宗教をギリシアの地に広めようとテーバイへやって来る。神と認めない王ベンテウスは、ディオニュソスを捕らえようとするが、逆に殺される。熱狂的な宗教集団の闘争性のために息子殺しの責を負わされた母親の姿を通して、宗教と人間の関係に問題を投げかける。アメリカ人俳優エレン・ローレンが母、アガウエ役で出演する日英二ヵ国語上演。
マックスは臆病で、一人で寝るのが大きらい。妹のミリーはおませでおしゃべり。マックスとミリーは公演でペーターに会いました。本当は友達が欲しいのにうまく友達がつくれない「ワル」のペーター。また別の日。おつかいにでかけたマックスとミリーはペーターに会いました。ところがはずみでペーターのお父さんのビールを買うお金が、ドブの中に落ちてしまいました。マックスはちょっと英雄気取りで、お金をペーターにあげて、その
1933年に発表された谷崎潤一郎の随筆『陰翳礼賛(いんえいらいさん)』は日本の美意識を探求した書として今尚、世界各国で翻訳されて読み継がれている。本作では、舞踏家の身体と精神に潜む陰影の美しさを蝋燭のたゆたう炎に照らし出すことで「暗闇の中から発見する新たな身体」をテーマに浅井信好がソロパフォーマンスとして上演。
妻として、母として、歌人、詩人、評論家、小説家、童話作家として、懸命に生きた偉大なMOTHER与謝野晶子。その晶子と夫与謝野鉄幹の下、北原白秋、石川啄木、佐藤春夫、平野萬里、大杉栄、菅野須賀子、平塚明子らは集い、別れた。あの忌まわしい大逆事件を挟んだ明治42年から大正2年の5年間。若い彼らは文学に社会改革に、愛に命を燃やした。それはおかしくて、哀しくて、せつなくて、そして震えるほど美しい―。
(フライヤーより)一年のしめくくりにはこの笑顔。そう、ショートショートのお芝居とファンタスティックな音楽でつづる不思議の国のレストラン「ア・ラ・カルト」。選りすぐりのメニューを胸いっぱいに食べながら、今年もいろいろあったよなとか、来年も(は?)いいことありますようにとか、そんなことを少しシミジミ思っちゃいましょうか?
高齢化社会の難治の病であるアルツハイマー病。病気の進行により、記憶によって形作られる個人のライフヒストリーが不確かとなり、パーソナリティーまでも変貌する時、愛はどう記憶されるのだろうか? 本作はアルツハイマー病で記憶を失っていく医師と、消えゆく過去に翻弄される家族の物語である。魂と心の深淵をドラマによって探る濃密な舞台作品。綿密な取材と圧倒的な描写で病の世界に漂う主人公の心象風景と、その修羅の家族
舞台はとある関西地方都市。時は1月3日、4日の両日。超高層団地にある小さな空き地。荒れ放題のその場所は誰が言うともなく「こやまさんちのにわ」と呼ばれている。そこに集う団地の住人。お互いの名前も知らず職業も分からない。ただ彼らの間をつなぐのは、この場所をめぐるたわいもない噂話。団地内で今夏起きた三件の殺人事件は未だ解決をしていない。登場する住人たちは皆、死の影とセックスの匂いをはらんでいる。現実感覚
心地良い昼下がり、竹本家の居間には亡くなった大学教授である主人・竹本信盛を偲び、親交のあった面々が集まっていた。思い出話に花を咲かせる彼らのもとに、信盛の「遺言」を預かったと言う弁護士が現れ、信盛の遺産を相続するべき「愛人」を探していると告げる——。弦巻啓太の代表的なシチュエーション・コメディを劇団員だけでリメイク!(第9回サンピアザ劇場神谷演劇賞大賞受賞作)
天竺を目指し旅する高丘親王が出会う数々の不思議な体験を描く幻想奇譚。澁澤龍彦の集大成といわれる遺作小説を原作に、時間錯誤、空間錯誤などさまざまなテーマが溢れ絡み合う世界で存在性や生と死を見つめる。伝説的舞台「平太郎化物日記」に続くITOプロジェクトと天野天街との共同創作2作目は、糸あやつりでしか成し得ない舞台芸術表現の不可能性へさらなる挑戦を果たした。2018年初演、2019年の再演を経た4年ぶり
本作品は寺山修司の劇団「演劇実験室◉天井桟敷」(1967年旗揚げ)の初期の作品。B機関では舞踏を含む身体表現的技法を用いた演出で他とは一線をかくしている。STORY◉ 40歳の男娼マリーは、美少年欣也を幽閉し育てていた。 マリーが部屋の中に放った蝶々を捕虫網で捕まえて標本にする毎日。 ある日、欣也の前に美少女紋白が現れ、欣也を外へ連れ出そうとするが・・・ 特殊な母子の、歪んだ愛の物語。
あらすじ:いつも一緒にいる仲良しのサトシとリョウタ。ある日、街で怪しいおじいさんが目の前を通り過ぎます。おじいさんを付けていくと『なるほ堂』という店に入っていきました。あれ、ちょっと待てよ、ここにこんな店あったっけ?二人が中を覗くとそこには変な物や不思議な物がいっぱい!はてさて、『なるほ堂』とは一体……?彼らをまちうけているものは何でしょう。ファンタジックでリアルな冒険の始まりです。
東日本大震災によってチームメイトや家族を失い、青森に転校してきた主人公の成長を描く。舞台装置や小道具を用いず、照明も音響も使わない。効果音を肉声で発する。「被災した方々のためになにかさせていただきたい」という部員の希望から生まれた本作は避難所や集会所など「どこでもやれる」必要があったためだ。2011年9月から足かけ9年で全国の22都府県51市町と韓国・ソウルで104ステージ上演(2020年5月時点
ミュージカル『薄桜鬼』
2.5次元ミュージカル/舞台
第1回東京[無形文化]祭
大地を踏みしめる「舞」を、日本の伝統芸能の三つのジャンルから取り上げます。能が成立する以前の様式を留め、極めて神聖かつ重要な曲として知られる「三番三」。もともと唐楽にルーツを持ち猿楽や田楽から能楽へと受け継がれ、豪壮な舞で知られる「石橋」。そして雅楽からは、舞楽「胡飲酒序、破」及び「太食調音取、長慶子」を紹介します。力強い民衆の舞から宮廷の優雅な舞までを披露いたします。「三番三」 山本東次郎家(能
マスクプレイミュージカル
日本昔話「桃太郎」がマスクプレイミュージカルに! 桃から生まれた桃太郎は、強くて優しくて、不思議な力を持った子どもでした。村では何度も鬼が襲ってきて、財産も食べ物も盗んでいくため、村の人は皆困り果てていました。「鬼退治に行く!」桃太郎は鬼ヶ島に向かう途中、犬、猿、きじと出会い仲間になります。諍いが絶えず、すれ違ったままの4人組でしたが、巨大な鬼王との戦いの中で、仲間を思いやる気持ちが芽生え、やがて
2002年から結城座が参加した日仏共同制作『屏風』。フランスの国立劇場での初演後、数多くの演劇祭や劇場に招待されました。そのコラボレーションのパートナーとなったフランスの演出家、フレデリック・フィスバックと結城座は、創立375周年記念第2弾としてシンガポールの劇作家・郭宝崑の代表作『宦官提督の末裔』を上演します。公演には大久保鷹と花組芝居の加納幸和をゲストに迎え、結城座の人形遣いたちと共演します。
変わったもの変わらないもの現われたもの現われないもの全て埋めてしまおうかほんの少しの間だけ東日本大震災直後の被災地の物語
なにが正しくて、なにが間違っているのか。誰かの記憶か、いつかの夢か? 記憶が曖昧で、分からない。この光のない小さな部屋の外に、本当に世界はあるのだろうか…。何もかも“記録”することで薄れていく“記憶”や、モビリティが高くなりあらゆる境界線が曖昧になっていく社会、そして自分がいる世界から脱することのできない閉塞感やその中で生きる人間像を、光のない小さな部屋に閉じ込められた3人により描き出す。
「時間がない」のは、なんでなの? ぬすまれた時間をとりもどすんだ!! “時間”の真の意味を問う、ミヒャエル・エンデの冒険ファンタジー「モモ」を、人形、影絵、映像も織りまぜながら舞台化!
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あらすじ転校生のグミは修学旅行に行ったことがなかった。友人の卓球、カニカマ、マド、庭っち、カッパの6人で2026年東京にニセ修学旅行に向かう。ニセ修学旅行以来会ってない友人たちは10年後居酒屋で再会する。そこにグミはいないが、なぜか彼らの話がわかる。思っていることがわかる。グミは友人たちの話を語りはじめる。
チェーホフ原作「三人姉妹」のオペラ化。器楽編成は、ヴァイオリン、アコーディオン、ピアノという珍しい編成。
ON LINEシアター
コロナ禍のロックダウン中、メルボルン在住のゆみうみうまれと映像作家・近藤武が制作した作品。出雲の阿国に着想を得て、歴史に埋もれた女性像を「茶碗」に見立て、さまざまなお茶を通して物語が展開する。ダン・ウエストのオリジナル音楽に只野徳子の三味線も加わり、2022年には『Buried Tea Bowl - OKUNI』として舞台化もされた。撮影は観客のいない能楽堂や劇場、メルボルンのうみうまれ・自宅など
この演目はシェイクスピアの初期の喜劇作品。幼少の頃、生き別れになった双子の兄弟アンティフォラスと、双子の召使いドローミオがエフェソスの街で騒動を繰り広げる物語。新型コロナウイルスの影響で芝居離れが進む中、様々な劇団の役者が原点に戻り、お芝居の面白さを広め以前のような活気を取戻す契機になればという思いで、2020年12月の演劇「ロミオとジュリエット」に引き続きシェイクスピア劇を公演しました。
AsiaTOPAフェスティバル
「ButohBAR番狂わせ」第二弾の本作品はASIA TOPAフェスティバルで上演され、初日前、完売し大好評を博した。メルボルン在住の舞踏アーティストゆみうみうまれ演出のもと、舞踏、演劇、歌、キャバレエ、ビジュアルアートが融合し、屋内外の儀式的かつキテレツなパフォーマンスで「美しくも不完全な番狂わせ」をテーマとしている。静けさとカオスが行き来する中、舞踏マスター・竹之内淳志氏、音楽家小宮広子氏を含
この町では、午後5時になると防災無線から「恋はみずいろ」のメロディーが流れる。青年は母親の行方を追ってこの町にやってきた。この町は母親の故郷で、認知症になった祖父が老人ホームで暮らしている。祖父は青年のことを覚えているのだろうか。そして、母親はこの町のどこかにいるのだろうか。メロディーが鳴り止むと、青年は意を決して老人ホームのエントランスへと足を踏み入るーー。
2.5次元ミュージカル/舞台
「鶴の恩返し」伝説をモチーフにし、機屋に籠もり、珍しい布を織る鶴とは異人の女であるという新解釈で描いた、横内版「夕鶴」というべき異色作。たった4人の出演者で、音響、照明を使わずに、俳優が立てる物音と蝋燭の火だけで進行するシンプルな演出が評判となり、94年の初演以来、5演を重ねた作品。「嘘偽り」を語ることを何よりも忌み嫌い、「余所者」をかたくなに拒み続けてきた雪に閉ざされた寒村。そこには老婆・清とそ
OSAKA DANCE EXPERIENCE
「身体の話」ひとつの身体から、様々な質感が次から次へと現われてえは消えていく、その変化の面白さ。機械的で硬質なもの、水のように滑らかな動き。空気のように漂う等々。伊藤キム独特のシャープで流れるような動きを存分に折り込んだ、即興性の強いソロ作品。「肉の言い訳」理性と本能、笑いと怒り、緊張と緩和、まじめと不まじめ、自己と非自己、芸術性と娯楽性。様々なバトルが繰り返される一個の肉の悲しくおかしい物語。
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
書かれた顔、映された瞳、記述された掌、まだ来てない時の人影が現れた。彼らの予感と共に、桟橋自身が深く考える。絶滅した生き物の群が、予見と不可視の窓を現し、希望や夢、光をこぼしていった。ガスになってしまった眼が我々を見つめている。書かれなかった顔、映されなかった瞳が書物に印される。我々はどこにも行く当てが無い。ただ待ち合い室で海鳴りの響きを聞く。背中をかがめて闇にうずくまり、真紅の果実、そこに向って
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
当作品「今日までどうもありがとう」は14年間の公演活動最後の作品である。カクスコの芝居は旗揚げ以来、一貫して冴えない男達の何気ない日常を切り取ったシーンを繋いだオムニバス芝居で、大きなストーリ展開はなくても客席は常に笑いに包まれ当時小劇場ブームのなかでも異色な劇団として多くのファンを魅了した。最後となったこの作品はカクスコの総集編として特に人気のあったシーン・代表作を選び構成されていてカクスコの魅
大歳倫弘作・演出のヨーロッパ企画のプロデュース公演 「イエティ」第4弾!とあるヤンキー夫婦が、 ふと迷い込んだコンクリートジャングルで、見たのは悪夢か、別に悪夢じゃないのか……!!
異なる身体性を演じることの意味を問う、「演技論」を捉え直すプロジェクト。観客は今まで「個人」とされてきた「聴者」がカテゴリーで括られることを目撃する。演じる人はろう者役者の數見陽子と山田真樹。ろう者の身体で演じられる「聴者」に、私たちはどこまで言及することができるのか。 演じる者と演じられる者、その関係を超越し、分かち合うことは可能なのか。
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
五條《妹の力》シリーズ第3弾
舞踏カンパニー倚羅座は、芸能の源流にみられる魂振り(命の活性化)の力を現代のアヴァンギャルドな舞踏に蘇らせることをめざし、白虎社出身の今貂子により2000年に結成、京都を拠点に活動を続ける。2007年から2016年までは、旧花街に残る歌舞練場での毎年の公演に取り組んだ。「孔雀船」は魔を破る孔雀明王をモチーフに第3作目として制作。和の伝統的劇場、長唄の生演奏での公演は毎回多くの観客で賑わった。
邦楽 華麗なる技
邦楽の「技」と通じてその楽しさを堪能するシリーズ。日本固有で唯一の擦弦楽器である胡弓は、ほぼ三味線を小型にした形をしています。江戸時代から地歌箏曲とともに発展し、義太夫節にも使われます。音の間を彩る胡弓の優しい響きをお楽しみください。鼎談 髙橋翠秋、鶴澤寛太郎、野川美穂子地歌「ゆき」 三弦 藤本昭子 胡弓 髙橋翠秋創作「花風」 胡弓 髙橋翠秋 囃子 福原百之助、望月正浩義太夫節「壇
火曜日のシュウイチ
まだ御伽噺と現実が地続きだったあの頃。気弱で臆病な青年スタンリーは、幼馴染の親友の窮地に立ち上がる。走り出すスタンリー。親友を助けるために。しかし、極端な方向音痴である彼はあらぬ方向に迷い込んでしまう。そこは、入れば二度と抜け出ることのできない迷いの森。森の出口が閉まるまでの猶予時間はキッカリ30分。果たしてスタンリーは無事に森から脱出して、親友のピンチに駆けつけることができるのか!?
この上演に当たっては確か9ヶ月になろうとしている母體真っ只中、體は刻々と変化していた。それそのものをどう作品にするかの試みがこの公演の醍醐味だった。胎児を育もうとする體は異常に睡眠を要求する傍ら、公演などという目論見に向かっており、育もうとする母體と公演を貫こうとする意志が、闘いながら交錯して出来上がって行った。
幼馴染のアンジェリコとラファエロは、繭期を迎えクランで再会。ディエゴ、エミール、ジュリオという上級生とも出会い友情のような絆を育むも、とある事件をきっかけにその友情は脆くも崩れてしまう。少年たちの束の間の青春と決裂を描いた「月の翳り」編。その後の物語として、『TRUMP』のもうひとりの主人公・呪われた少年ウル、そしてデリコ家の知られざる父子の想い、結末が描かれた「星ひとつ」編をダブル上演。TRUM
ブラジルの劇作家・フィゲレードの作品。イソップ寓話「狐とぶどう」をモチーフに人間の自由と尊厳を描いた寓話劇。
物語は、一九九七年に風船で海外渡航を決行し行方不明になった「風船おじさん」が題材。芝居はこの夢物語のような出来事を現実の犯罪をモチーフに数々の話題作を創ってきた山崎哲が、現代社会や今日の家庭の問題と絡めながらあぶり出してゆくもので、個性的で巧みな演技力を持つ蟹江がどう演じるか興味深い。
外波山文明人一人芝居
永井荷風・作といわれる、幻の発禁本「四畳半襖の下張り」をひとり芝居に仕立てたもの。戦後間もない東京近郊。雑誌の記者に向かって話す老人の口から出た言葉は、記者も思わず赤面するような、赤裸々なセックスの体験談だった。老人がまだ30前の若かリし頃、第一時世界大戦の軍需景気に沸き返る東京でのお話。 夜毎、新橋へ繰り出しての芸者遊び。その中の“袖子”という売れっ子芸者との一夜の情事。あのてこの手の攻め合いを
パルコ ハイコメディーシリーズ第5弾
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高校教科書にも載っている中島敦の「山月記」を一人芝居として舞台化。音楽家・中川裕貴のチェロ演奏とともに、虎になってしまった男の孤独と郷愁を描く。これまでさまざまな場所・地域での上演を重ねており、本映像は豊岡演劇祭2022の参加作品として玄武洞公園で行われた上演を収録したものである。
スペインのラ・マンチャ地方に住む郷士アロンソ・キハーノは、仕事も忘れて騎士道物語を読みふけり、ついに自分を遍歴の騎士と思い込み「ドン・キホーテ」と名乗る。騎士に必要なアイテムを揃えるべく、古い鎧を掃除し、やせ馬にロシナンテと名付け、そしてこれまたドゥルシネーアと名付けた思い姫を慕い、世の不正を正す旅に出る。風車を巨人と思い込み戦いを挑み、羊の群れを軍勢と言い張り突撃してゆく「ドン・キホーテ」を正気
カンパニーデラシネラは見立ての技法を使い、身体性に着目した質の高い演出で、毎公演独自性のある表現の模索を続けています。本作は、デラシネラが2009年に発表した松本清張『点と線』を、改訂再演するものです。謎解きの思考に寄り添い、考え出されたトリックを身体で視覚化することにより、心の機微や情景を浮き上がらせます。
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世紀を隔ててなお人類を震撼させる核の恐怖を真のあたりに感じることになった3/11にインスピレーションを受け、マイケル・マゼドンの『100000万年後の未来』をサブテキストに、地球的時間のスパンで人類の進化と現在、そして核と抜き差しならない関係を結んでしまっている人類の困難を描く。更に三好達治、茨木のり子の詩を引用。
2008年春桜さくら サクラは まだ?マイムソロライブ BEST版
■あらすじ太古より山に住む謎のいきもの・獸(ケモノ)。〈青い山〉と〈白い山〉の間を走る、大きな谷の集落に住む山のひとびとは、獸ととくに接することなく、しかし存在は常に感じながら、日々共に生活してきた。あるとき、獸ははじめて人を殺す。憤った集落の男たちは討伐に向かうが、皆返り討ちに遭う。生き残った数少ない者たちは獸を恐れ、集落を捨てて山を降りる中、猟師・シラスは鋭い目で森を睨みつけながら 山を登り続
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
【Story】街はずれにある廃墟の映画館。少年ワタルはそこで暮らす浮浪児の少年たちと出会う。少年たちは古いフィルムを映写機にかけワタルに見せる。やがて少年たちは映画のスクリーンの中へ一人また一人と入っていく。映画の中の人物となった少年たちに促されてワタルもスクリーンの中へと入っていく……。【Note】4年ぶりの大阪・南港野外公演。幅16メートル・奥行き10メートル・高さ5メートルの可動式巨大傾斜舞
(フライヤーより)「これから旅にでる。一緒に行きたかったら上野駅の翼の像の前に来い。十時から十分間だけ待つ。」極道小説家の木戸孝之介は、契約愛人の清子を連れて、ホンモノのヤクザである叔父・仲蔵が経営する”あじさいホテル”通称”プリズンホテル”へ、仕事も兼ねた二泊三日の旅にでた。だが、執筆中の作品の主人公が実際に姿を現したのを契機に、孝之介の人生に関わるような事件が続発した。孝之介の尽きせぬ母への愛