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マームと誰かさん・ふたりめ
マームとジプシーを率いる藤田貴大が第56回岸田戯曲賞を受賞した直後、他ジャンルの作家との共作シリーズ「マームと誰かさん」を企画し、小さなギャラリーにて作品を発表。このシリーズはその後マームとジプシーに大きな影響を与えました。その第二弾は演出家・飴屋法水さんとのコラボレーション。
重大なミッションを果たすべく、イン・ビトゥイーン号が、四人の乗組員と一体のアンドロイドを載せて、宇宙を漂泊しています――『宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓』では、内容的な〈リアリティ〉と形式的な〈リアリティ〉、どちらの〈リアリティ〉も複数、並列的に提示されます。演劇において、舞台の上で、せりふがある言語で発される……。そのことの意味・機能についても、『宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓』では複数のそれら
これは、まだわたしがトーンポリシングという言葉を知らなかった頃。感情的になってもいい、感情は否定できない。感情にまつわる諸々を包括して肯定したいという思いと、でも、落ち着いて言葉をかわしたいという矛盾や葛藤から書いたもので、部屋の中で繰り広げられる、目に見えるもの、見えないもの、もうなくなってしまったものや、これから先に思いを馳せていく、ささやかなお話です(小野晃太郎)
白石加代子「百物語」アンコール公演
明治から現代の日本の作家の小説を中心に、「怖い話」「不思議な話」を、白石加代子が立体的な語りと動きで演じる人気シリーズ白石加代子「百物語」のアンコール公演。恐怖とユーモアとが絶妙に味付けされた人情怪談、宮部みゆき作「小袖の手」と、一冊の本に挟まれた時空を超える栞をめぐる不思議な恋の怪談話、朱川湊人作「栞の恋」の2本立て上演。
医者のいないデルタ国のヘーワ町にやってきたお医者さん、ディストレ先生。この先生は大変なおっちょこちょいだった。ひょんなことからその先生の助手を務めることになったヤン少年。勉強嫌いだったヤン少年は先生が間違いをおかさないように一生懸命勉強し、ついにはディストレ先生の跡継ぎになるために医者の学校に行くことになりました。ちょうどそのころ、お隣のドルマン国が攻めてきてヘーワ町を占領してしまいます。ヘーワ町
マリーは弟を探して沙漠のなかを歩いている。そのなかで彼女は「飛行士」を探している自称「王子」と名乗る少年と出逢う。2人はそれぞれの尋ね人を探し出すべく、共に沙漠の中の冒険に旅立つ。『星の王子さま』の物語と、その作者であり飛行士でもあったサンテグジュペリ自身の人生、そして戦場へ飛行してゆく者・それを見送る者たちの想いが、沙漠で交錯する…。
京都駅から南東に伸びる京阪沿線の高架下に、ポツリと佇むダイナー「water lily」。経営者の桐野京子は、コーダである20歳の息子、ひかると静かに暮らしていた。ある日、ひかるは恋人である森田優子をダイナーに連れてくる。すぐに意気投合する京子と優子であったが、次第に、優子に隠された過去が明らかになる。COVID-19が猛威を振るう中、宙に描く、あなたの指先が燃える時、悲劇が起こる。桃色声劇第二弾で
ほんのちょっと、気分転換というかあんまり深くは考えていなかったのだけどでも、なんか疼くものはあっていや、恋愛とかもういいやって蓋をしていたのだけどだけど、あの子がどんどん美しくなっている様な気がしてだから、私も飛び込んだ、沼に……ドロドロだけど、でもやっぱり、なんかいい汚れをどう落とすか、今はまだ考えないキラキラしていない大人の恋愛物語
笑っちゃうほど刺激的喜劇王モリエールの代表作に、新たな風が吹き込まれる!ドケチな主人公アルパゴンが再婚相手に選んだのは、貧しい家の娘…しかも息子の恋人?!結婚をあきらめさせようとする息子たちに、助っ人も加わりだまし合いが始まった。が、その時アルパゴンの金が盗まれてしまう! 怒り狂ったアルパゴン、犯人探しの先に待ち受けるのは───フランス人演出家ジャン・ランベール=ヴィルドが、SPACの俳優とともに
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
舞台「ROAD59 -新時代任侠特区-」
2.5次元ミュージカル/舞台
(フライヤーより)「黒蜥蜴」とは妖気の黒ビロードの上に純愛のダイヤがきらめく推理劇であるー三島由紀夫ー
とある地方都市に拠点を構え、各種の依存症などの神経症、精神治療に携わる「山根クリニック」。その分室長として「摂食障害」を専門に治療、カウンセリングする医師の桜井鉱一は、部下のケースワーカー・角田早苗とともに、多忙な日々を過ごしていた。過食や拒食などの摂食障害のなかでも、特に象徴的な「食べ吐き」を繰り返す患者達の多くは女性で、最初は人目を気にする「痩せ身願望」から始まった習慣に、身もココロもぼろぼろ
中村座は1940年代の葛飾の荒川土手の原っぱや、そこで遊ぶ大人だか子どもだかわからない人たちを主人公に、作者の育った原風景である下町の少年時代を描いた作品が多い。記憶のフィクション化とノスタルジーの舞台。 本作の正篇は、敗戦直後、駅向こうの怪しげな場所に出かけた悪童たちがそこで甘納豆をくれた娼婦を忘れられず、愛の手紙を書くが、娼婦はその返信にそれぞれ難題を与えるという物語で、娼婦はヤクザに殺され、
愛する者を失った喪失感、それをいかにして埋めていくか?心にあいてしまった黒い闇の中に入り込み、それを直視していこうとする物語である。そしてその物語は、ある老婆の喪失感を埋めるための妄想でもある。双子の姉と弟が互いに夢見、夢見られる鏡の中のようなストーリーといっても良いかもしれない。実際の私と、私の弟の子供の頃の実体験を元に書いた作品である。 作・演出 渡辺えり
柴幸男による、「あゆみ」「ハイパーリンくん」「反復かつ連続」「純粋記憶再生装置」からなる四つの短編集。
Art in the Beach
ハドソン川沿いの埋め立て地で行われた野外公演。エイコ&コマは砂丘の上で大きな白い旗と踊り、観客はそれを下から見上げる。白い旗はダウンタウンで進む開発を象徴的に攻撃している。砂丘の下方では四つの角で火が燃えており、その舞台へエイコ&コマが転がり落ちていく。50分のパフォーマンスの最後には、エイコ&コマは自らあらかじめ掘った深い穴に呑み込まれ、一陣の砂と共に視界から消える。
少女☆歌劇 レヴュースタァライト
2.5次元ミュージカル/舞台
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スヌーヌー vol.3
さまざまな生活、人生、時が交わる場所から、はじまる。また長い時間がはじまる。何度でもはじまる。その普遍の中を歩く我々の姿。
とある戦争が終わってからの、昔々のアメリカ。街からは遠く離れた山奥に人目を避けるように建つ一軒の館があった。そこには敗戦国と呼ばれた国の令嬢が集められていたが、その暮らしには不憫も不当も見当たらず、小さな諍いくらいはそりゃあれど、今日も、明日も、明後日も、来週もその次も、何が起きても、誰がいなくても、平和な毎日。ピース。嘘偽りある、渾身のシリアスコメディ。
父親が亡くなったことに気を落とし、母親が入院をした。その翌日、姉と妹は実家に行き、母に頼まれた荷物を準備していた。未だ心の整理がついていない二人。そんな二人のもとにやって来たのは、探偵だった。父親が『ネコ探し』を依頼してたらしい。飼い猫に長女の名前を名付けた父は何を思い、どう生きたのか?離れて暮らしていた父親の『見せなかった想い』に触れた、姉と妹の二人の物語。
妻として、母として、歌人、詩人、評論家、小説家、童話作家として、懸命に生きた偉大なMOTHER与謝野晶子。その晶子と夫与謝野鉄幹の下、北原白秋、石川啄木、佐藤春夫、平野萬里、大杉栄、菅野須賀子、平塚明子らは集い、別れた。あの忌まわしい大逆事件を挟んだ明治42年から大正2年の5年間。若い彼らは文学に社会改革に、愛に命を燃やした。それはおかしくて、哀しくて、せつなくて、そして震えるほど美しい―。
MANKAI STAGE『A3!』
2.5次元ミュージカル/舞台
【あらすじ】戦前、早稲田大学と慶應義塾大学による早慶戦は全国を沸かせる人気であった。しかし戦争が始まると、アメリカ生まれの「野球」は、敵国のスポーツとして政府から弾圧を受ける。両大学の野球部員たちは「野球の灯を消さない」と必死の抵抗をするが、徴兵猶予解除が決定し学徒出陣をすることとなってしまう。出兵を前に「最後にもう一度野球がしたい!」との熱い思いが、様々な壁を越え、「最後の早慶戦」の実現へと実を
編集者の郡内は、作家・麦川に突如「明日、あなたにラリアットしたい」と電話をかける。奇妙な相談を持ちかける郡内に対して、麦川は一つの条件を出す。それは、中学時代の同級生・図雲雪次をみつけだすこと。まれな人たちが巻き起こす、たのしい復讐劇。
1980年代の小劇場演劇史に残る記碑的な作品。流山児祥:プロデュース、岸田戯曲賞受賞後第一作として第三エロチカの川村毅が新作を書下ろし、黒テント佐藤信:演出、宇崎竜童:音楽、島次郎:美術で、1986年10月、用賀駅前の2000坪の広大な野外で繰り広げられた大スペクタクル野外劇。塩野谷正幸、若松武、斉藤晴彦、室井滋、北村魚、小宮孝泰、小須田康人、深浦加奈子、美加理、有薗芳記、南雲京子といった小劇場界
Minami Nakayashiki installation + performancetouch the ghost skin at BankART KAIKO時空のズレ 断絶を超えて私たちはふれあうことができるだろうか2020年よりスタートした映像×身体のインスタレーション+パフォーマンス作品を、横浜のオルタナティブスペースBankART KAIKOにて上演。
すれ違う愛情や嫉妬心、悲しみ、激情を古代インドの叙事詩「マハーバーラタ」の幾多の登場人物からビーマとドラウパディという特徴的な人物を取り出し、古今東西に通じる男女の心の機微を、夏目漱石の「夢十夜」の形を借りて奏でる詩的で幻想的な作品です。
パルコ ハイコメディシリーズ第3弾
人生にやり残したこと?燃えるような恋‼真面目男が企んだ密かな恋の冒険。
Noism0+Noism1 ディアギレフ生誕150周年
「東西文化の融合」を20年来のテーマとしている金森穣が、オペラ『蝶々夫人』に影響を与えたともいえるピエール・ロティの小説『お菊さん』をもとに新たに台本を書き起こした上で振付。ストラヴィンスキーの「結婚」で踊る舞踊家たちは全員人形として描かれ、ロティが描写(蔑視)する日本人を隠喩している。Noism×鼓童「鬼」と同時上演され、本作品も「鬼」をテーマとしている。
「私たちが埋めたタイムカプセルを一緒に掘りに行きませんか?ハマダマコト」同窓会の前日に届いた一通の手紙。しかし、誰もその名前に記憶がない。10年ぶりに再会した元コーラス部の生徒たちと先生は、手紙に導かれてタイムカプセルを掘るため、学校の裏山へと向かう。タイムカプセルの中には、骨とハマダマコトの名札が入っていた。その時、何者かに襲われて山小屋に監禁されてしまう。そして、始まる記憶探しのサバイバルゲー
時代を超えて愛され続ける宮澤賢治の童話を、原文のまま、一人でひとつの物語りをものがたる「一人語り」を寄席形式で上演。一人語り:10作品唄:3作品【童話】猫の事務所蛙のゴム靴気のいい火山弾毒もみのすきな署長さん水仙月の四日 烏の北斗七星まなづるとダァリヤよだかの星オツベルと象月夜のけだもの 【唄】ポランの広場種山ヶ原星めぐりの歌
震災後、「ことば」を失ったぼくらは「家族」についての思いを巡らせた。そして、「あやなす」というコトバに出会う。ひとの糸は織り交わり、しがらみ、模様を描く。この作品に台本はない。稽古をしながら、アイデアを絡ませていく。ときに折り合いをつけながら。ぼくらは「家族」を褾るための「ことば」を探した。それは震災で失った「ことば」を探る作業。この作品において、口から発せられる「ことば」はない。きっとぼくらの中
どうしても欲しいものがあって、でも結局手に入んなくって。そういう経験って、いっぱいあるよね。だけど、その時の気持ちって長続きしないんだよね。いったん冷めちゃうとさ、もうどうでもいいって言うかさ。でもスタイルだけは別。結局去年も手に入らなくって、結局今年も欲しくなる。体に太陽、心に栄養、ハンサムボディーが今年のルール。いろんなもの脱ぎ捨てちゃって、夏を歩きに行こうよ。
谷崎潤一郎「痴人の愛」の登場人物『ナオミ』を原型にした、現代を生きる「なおみ」の自立までを描いた演目である。
「なあ、お前誰だよ?」惑星アイドル「CHaCK-UP」の定期ミーティング。来月に迫ったライブイベント「E.T.L vol.6」に向けて、皆が意欲を燃やしている。リーダーのアマミヤは首をかしげた。知らない男がひとり混ざっている。「誰って…ミナミじゃん。なに言ってるの?」メンバーの目が一斉にアマミヤを見つめた。何が起こっている?ミナミは?俺の知ってるミナミはどこだ!?「なんだよ、お前ら本当に忘れちゃっ
要するに、此の世は女で廻っている。故に男が儚く散れるのだと、あるミツバチは云った。■ものがたり今から二百年ほど前、江戸湾の先の先に名もない小さな孤島があった。海と大地の恵みを受け、島民は豊かではないが幸せな生活を送っていた。ところがある時、江戸の豪商大島屋が孤島から続く遠浅にその財力を使い人口の島を作った。埋め立てて作ったその島に洗剤の工場を建てたのだ。「驚くほど白く落ちる」というその洗剤は江戸を
見たか、と俺は問うた。高峰はただ、頷いた。「ああ、真の美の人を動かすことあのとおりさ、君は 、 – 躑躅は美なりしなり。されどただ赤かりしのみ –「君は、お手のものだ、 君なら、 わかるだろう。」泉鏡花の「外科室」を元に、とある視点で紡ぐ詩的演劇作品。
グラフィックデザイナー・舞台美術家・エッセイスト・小説家である、妹尾河童の少年期を描いた自伝的長編小説、1997年のベストセラー、『少年H』を舞台化。好奇心と正義感が人一倍旺盛な妹尾肇こと「少年H」と、ちょっと変わったその家族が巻き起こす愛と笑いと勇気の物語。太平洋戦争の開戦前夜から終戦後までの暗くなりがちな時代を、“H”を取り巻く個性あふれる人々が、ときには笑い、ときには涙しながら、明るく逞しく
アメリカの新進劇作家トム・トポーの問題作。ブロードウェイで絶賛を博し、79年度ベスト・プレイに選ばれたスリリングな裁判劇。
「ゴドーを待ちながら」をモチーフに描く、世界劇団版不条理演劇!不条理演劇の頂点、サミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』をモチーフに描く、世界劇団版ベケット!そこには二人の浮浪者が佇んでいた。彼らが言葉を交わすうち、時代が歪んでいく。“これが夢か現実か、今が朝か夜かも分からない____。”
優しい人になりたいと願った。それを口にも出してみた。「そんなふうに願って、それを言葉にした君は、もうすでに優しい人だと思うよ」と、彼女は僕の頭を撫でた。この物語は、その手を振り払って何度か彼女を打擲したときに、転んでぶつかって砕け散った、窓ガラスの破片みたいなものである。いくつかは、僕や彼女の身体を刺して傷つけた。だけど遠くから見てみると、キラキラ光って綺麗だから。観客席には飛ばないように。慎重に
山中に住居を構えたある夫婦。猟期には、くくり罠で鹿や猪を捕獲、小さな畑で野菜もつくり、出来るかぎりの自給自足生活を目指した。娘は、幼い頃から当たり前に山で暮らしてきたが、徐々にこの生活に違和感をもち、また、周囲から「モモンバ」と呼ばれる母のことも嫌で、ついには山を降りて一人で生きていくことを選んだ。iakuの最新作は、親が形成した「家族価値」と、そこに縛られた子の生き方を見つめる。
少し先の未来。戦争と除染で男性を見かけることのなくなった世界。郊外でささやかに共同生活をする女性たち。彼女たちは5人一組で仕事をし、家事を負担し合い、家族のように暮らしている。ある日、街の病院で暮らすメンバーの妹が彼女たちを訪れる。この日起こった小さな出来事は、脆弱な世界を受け入れようと沈黙していた女性たちの不満と不安を次第に露見させてゆく。
舞踊家・振付家の苫野美亜がプロデュースを務めるダンス公演。バーミンガムロイヤルバレエ団プリンシパル平田桃子が渡辺レイの新作を踊り、ウィーン国立バレエ団プリンシパルの橋本清香と木本全優はThierry Malandain作品を披露します。72歳のバレリーナ尾本安代が年齢を積み重ねた表現を、舞踏カンパニー・山海塾で活躍する松岡大の極限の身体表現美など、多彩なダンサーと音楽家が共演する贅沢なパフォーマン
セロ弾きのゴーシュ・注文の多い料理店・やまなし・・・どれも宮沢賢治の有名な童話です。東北岩手に生まれ、どうしたら人は幸せになれるのかを考えつづけた賢治の世界が、不思議なカバンから生まれます。
シェイクスピアの恋愛悲劇『ロミオとジュリエット』とプロコフィエフの音楽をもとにした、金森穣創作の劇的舞踊『ROMEO&JULIETS』。Noismの舞踊家に加えてSPAC-静岡県舞台芸術センターの俳優が出演。舞踊家達の雄弁な身体と旋律のように言葉を操る俳優の身体が、対峙しながらも重層的に鳴り響く。その先に現れるのは、舞踊でも演劇でもない「劇的舞踊」でしか描けない“ロミオとジュリエットたち”の物語。
原作はW.シェークスピア。 2001年にクラルテが初めて取り組んだシェークスピア作品の再演。デンマーク国王の城では真夜中に亡霊が徘徊する、という噂を確かめるため王子ハムレットが見張りに立つと、そこに現れたのは先王である亡き父の亡霊であった。亡霊は、自分を毒殺したのは自分の弟、つまりハムレットの叔父であるクローディアスであり、しかも今や妻であるガートルードを娶り国王の座まで奪ったということを告げる。
「違います!」被告・吉田静子の悲痛な叫び声が法廷に響き渡った。その罪は放火殺人。夫と姑を焼死させたのだ。東京地方裁判所に集められた様々な職業の十二人の男たち。決めつけ、戸惑い、無関心、心配事、様々な人間模様の渦巻く中、真実に向き合わされた十二人の日本人が出した結論とは?昭和三年から十五年間、日本でも陪審裁判が行われていた。
横浜ダンスコレクション 1996 バニョレ国際振付賞ジャパンプラットフォーム ナショナル協議員賞受賞作品
(フライヤーより)3年前私達は、青い実の浮かぶ海へ船出した。歳月は私達の傍らを弾よりも遠く、光より速く、高いビルディングもひとっ飛び。あたかも、その3年は軽く300年、3万年。
小林少年は光を失った!幻夢の世界に轟く慟哭!暗躍する黒蜥蜴の目的とは?名探偵明智小五郎の正体は?〈寺山修司の暗黒演劇〉月蝕忌で上演!元月蝕歌劇団の友利栄太郎が高取英の七回忌に捧げる背徳の叛逆夜会!漆黒の闇が大殺戮の血に染まる
ーやわらかい月が地球に接近しありとあらゆる硬質な突起を発生させ地球がその本質をあらわにしたころの記憶を人類はほんとうに喪失してしまったのだろうか。
コンセプト:今作は「遺体安置施設(遺体ホテル)」を舞台にした物語。⾼齢化社会が進み多死社会を迎えた日本において、この時代だからこそ⽣まれた場所にフォーカスを当て【いま】を切り取り描く。あらすじ:ある住宅街で、自治体による遺体ホテルの運営が始まった。現在もなお、職員と施設に反対する近隣住民の間で、侃侃諤諤の論争が繰り広げられている。そんなある日、1 体の遺体の行方がわからなくなって…。
“逃げる少年”しんとくまるが覗きみる、崩れゆく世界。常磐津弾き語り=聴覚vs人形・マイム=視覚という異なった感覚の相乗と対立。この二つの感覚は協調のみならず常に葛藤し格闘し合うのである。マイムと人形の演技には、かつての実験活動の場であったオブジェクトパフォーマンスシアターの「動く現代美術」と評された心象風景をオブジェで描く手法を取り込み、伝統芸能の構造に添いながらも大胆な変革を試みる。(故木村繁談
時は現代、少年は15才。ある日、行き場のない思いが爆発し事件を起こす。少年は自転車に乗り、ただひたすら国道を北に走る。突然、奇妙な美術館が現れる。道化の手招きで引き寄せられるように、その中に入ってしまう少年。館内にはオブジェや絵、その中に一枚のオルフェウスの肖像画。食い入るように見つめていた少年はみるみる額縁の中へ吸い込まれ、ついにはオルフェウスの身体に溶け込み、3000年前にタイムスリップする。
青年が死んだ。死因は心臓マヒ。26才、未来産業としての原子力にあこがれ、原子力発電所に就職して、七年目の死だった。息子はなぜ死んだのか。母親の、なりふりかまわぬ追求で知られていなかった事実がつぎつぎと浮かび上がる…。息子を思う母親のひたむきな愛があきらかにした原発の真実!1982年には福島や新潟、福井をはじめ、原発所在地や建設予定地など、日本縦断公演を実現。
人は出会いの刹那を繰り返す。海で出会う子どもと老人、新宿バッティングセンターで出会う若者たち、海に住む夫婦。人々の姿が地層のように重なり、時にすれ違う。本作はムニ『カメラ・ラブズ・ミー!』(2022年、こまばアゴラ劇場)で上演された作品です。
冬一番の寒さで全てが凍る深夜、天神では「年に一度の氷菓子祭り」がこっそり開催されていた。冷たく熱く盛り上がる氷菓子たち。ところが祭りの最中にアイスクリスタル姫が消える事件が!「まさか姫が溶けたのか!」と大騒動で溶けそうになる氷菓子たち。「このつぶらな瞳にかけて、必ず姫を探すピヨ!」と、消えたアイスクリスタル姫を探すひよ子侍の冷凍熱愛アイス菓子大活劇が始まる!