表示件数
電話や鍋など、さまざまな日用品=遺品を土で固められた舞台(能舞台を模している)に置き、語りはじめる五人の女優たち。彼女らは、イェリネクのテキストを舞台上で「伝達」しようとしているのだが、その試みは互いの突っ込みや言葉の奪い合いにより、うまく運ばない。「上演は失敗する」という印象的なフレーズと、不自由そうに発せられる「ペンも紙も失ったので、言葉を記録し、それを誰かに伝えるためには、ただこうして、頭で
400才のサメ
北極海を泳ぐサメが400年以上生きているということがわかったというニュースに着想を得た、彫刻とダンスの公演。400年生きるということを想像し、大石麻央の制作した400才のサメの彫刻を荒悠平が着てパフォーマンスする。生活をしながら時間の感覚が弛緩していき、記憶や思考が曖昧になりながらもそこに存在する様子が描かれる。
とある美容室。雑談ばかりで一向に髪を切ろうとしない美容師と髪を切ってもらいたい客の押し問答や、ある高層マンションの地下室に住む血の繋がらない移民たちの他愛無い会話。そこから覗き始めるのは力や暴力に踏みにじられてきた人々の姿。その人々が生きようともがく姿。力によって傷ついた存在が、別の力を持って報復する愚かしさを描き、非戦だけでなく、過激化するSNS上の言葉の応酬に一石を投じることを試みた。ほろびて
Dance New Air 2018
青山通り沿いのスペース「ショウケース」を舞台に開催。新たな時代を牽引していく30歳以下の若き振付家・ダンサーたちを同世代の田村興一郎がキュレーション。10年後のコンテンポラリーダンスシーンを彼らの身体を通して体感できる注目のプログラム。
―少年探偵団VS史上最強の敵―怪盗ルパンが狙う秘宝とは何か?1940年代の中国から日本へ。悪夢の暗闘と略奪が…。その時、明智探偵と少年探偵団は?
能楽公演 2020 ~新型コロナウイルス終息祈願~ 第5日
神泉苑に御幸あった天皇は、池の洲に遊ぶ鷺を見て、蔵人に命じて生け捕らせる。 鷺は忽ち逃げ去るが、勅諚との声を聞いて舞い戻ってくる。 蔵人は官位を、鷺は五位の爵位を賜ったという純粋無雑の極致を描く名曲。
ポストモダンダンスが台頭してきていたニューヨーク留学から帰国した後の第一作目。全4章。公演プログラムには、次のようにある。豪華で荒涼たるショーウインドーのそばを押し流されていく生命/凍りついたショーウインドーのガラス生命の精神部分は/水アカのように遊離し/脱出する噛むということは/殺害行為/噛む/噛みつづける/噛みつづけている間 服を着ていすに腰かけ/ナプキンで口を拭く
古典芸能である能の構造を脱構築し、身体と映像のコラボレーションによる現代の舞台芸術作品として甦らせた。コロナ禍によって失われたかに見える世界と、日食の瞬間にだけ地球からも見ることが出来る太陽コロナを重ねて描き、夢と現実の狭間の浜辺で、ありえたかもしれない過去/ありえるかもしれない未来として漂う自らの幽霊と邂逅する少女の姿が描かれる。
ダンサー狩りの時代。人々は「ダンサー」と「非ダンサー」に識別され、ダンサーと認定された者は「収容所」に収監される。収容所は管理システムを意味する名前で現実的には存在しない。ダンサーと認定された人々は一見以前と変わりない日々を送っているが…「私は誰なのか。ダンサーなのか。何故ダンサーなのか。ダンサーとして何を求められているのか」…やがて歴史という物語隙間に身を隠した1人の紛れもないダンサーと出会う。
シェイクスピア・ゼミの8人がゼミの旅行でイギリスのお城に出かけ、そこにある古い屋外劇場で「リア王」の芝居をやろうとする。シェイクスピアの言葉は我々をどこに連れていくのか。8人の旅行者はいつのまにか、人間の心が嵐のように渦巻いているシェイクスピアの世界を旅し始めている。人間の想像力がたどり着いた淵といわれる「リア王」の世界を、8人の俳優とともに探検し、体験する・・・。
実話から生まれたいのちの寓話が今、語りかける。ある南の島。ガジュマルの木に逃げ込んだ兵士二人は、敗戦に気づかず、二年間も孤独な戦争を続けた――人間のあらゆる心情を巧みに演じ分け、観る者の心に深く刻みつける山西惇が、再び本土出身の"上官"を演じる。注目の新キャスト・松下洸平は、柔らかく、おおらかな存在感で島出身の"新兵"に挑む。歌手・普天間かおりをガジュマルに棲みつく精霊"語る女"に抜擢。琉歌に乗せ
202×年。日本は三十年間続いた不況の、まだ、ただ中にある。舞台は、青年海外協力隊の、架空の第四訓練所。様々な夢を抱き、海外に渡る直前の若者たちの不安定な青春群像が描かれる。おりしも、来年度から、海外青年協力隊の派遣中止が決定される。協力隊の未来に不安を抱く者。自らの夢に疑問を持ち訓練所を去る者。不安や寂しさに耐えきれず、禁止されている所内での恋愛やアルコールに走る者。隊員たちの真摯な会話から、助
2012年に発表した『現在地』より、演劇に対する態度を大きく変化させた岡田利規。そこには、震災とそれによって引き起こされた日本の社会状況がまぎれもなく影響しています。今作『地面と床』で、その変化がもたらしたフィクションへの探究をより深めて描き出したのは、"そう遠くない未来の日本"を舞台にした死者と生者の物語。さらに、これまでにも取り組んできた音楽とパフォーマンスの関係性をより発展させるべく新たなア
枝の上で葉っぱを食べるのに夢中になっていた青虫さんは、いつのまにか仲間とはぐれてしまったようです。小さな生き物たちの小さな出来事だけれど、そこには私たちと同じ、大切な命が生きています。
青森県のとある町。市町村合併に反対し、現在は高齢化率が50%を超える自治体。 学校区単位の運動会は廃止され、地区運動会と一体化された。明日は来年廃止が決定した地域イベント「かかし祭り」が行われようとしている。地域おこし協力隊など新たな移住者の受け入れに苦慮しながらも、新旧町民による「まち」への問いかけが、思いもよらぬ展開へと発展する。
風に色があるか否かは知らないがうつろう風のなかには、確かにそれぞれの景色が棲んでいる。風の景色を見た時から人は踊りを知る。しあわせなことに景色を見たのが、少年の頃であれば、少年は必ずダンサーになる。だが不幸なことに、知らなければ何事もなく終わってしまったであろう人生のなかばで風の景色を知ってしまった人は哀しい。
昭和38年(1963年)、秋の東京。オリンピア・スターパークは、アジア圏初のオリンピックとして、国を挙げて準備に余念のない東京五輪に合わせ建設されたホテルも備えた複合娯楽施設。12月の開館を前に、施設の宣伝のためにプレ・オープン・パーティは行われていた。しかし、この施設の施主だった実業家・諸星光作(山崎一)は既にこの世にいない。その遺志を継ぎ、娘・瞳(小池栄子)が切り盛りしており、瞳のいとこ・丸山
寄宿学校を経営する二人の教育者、カレンとマーサが生徒メアリに同性愛者であるという噂を流され学校はつぶれてしまう。カレンは婚約者ジョーマーサとの仲を疑っていると考え別れてしまう。マーサは自分が同性愛者であること否定していたが実はカレンを愛していたと気づき自殺する。「大人」を生きる子どもと「大人」を生きる大人と「子ども」を生きる大人の物語。
嘘を隠して、秘密を隠して、恋心を隠して…ポーカーフェイスなアパートの住人達の物語。日本橋5丁目にひっそりと建つ築30年、家賃5万円のボロアポパート「枯山荘」。しかし、住めば都、住人たちはそれぞれの生活に満足していた。ところが、ある日突然、住人たちに立ち退き要求が突きつけられる。もちろん住人たちは大反対。しかし早速、噂を聞きつけた大手不動産「木村興産」が下見にやってくる。住人たちはアパートと自分たち
20 世紀初頭アイルランド文芸復興運動の中で生まれたJ.M. シングの喜劇はユーモアと皮肉を織り交ぜながら、アイルランド西部の小さな村に暮らす農民たちを生き生きと描き出す。常連ばかりが集まる田舎の酒場を父と二人で切り盛りする、 美人で勝気な娘ペギーン。 ある晩、「父ちゃんを殺しちまった」と語る謎の男が現れ、 なぜか村人たちの人気者に。 村はざわめき、恋も騒動も転がり出す。ところが物語は思わぬ展開と
52ヘルツのうた 泡ぶくと奏でゆらゆらと目を閉じて沈む彷徨いながら差し出す今日も触角のような手鯨の唄に耳を傾け アスファルトを叩く「52ヘルツの周波数で鳴く、世界唯一の個体と言われる鯨(実話)」をテーマに、現代社会が抱える孤独や不安を、鯨の届かない声と重ね合わせ、身体表現・美術を交え上演しました。タイトル”52ヘルツのうた”とは、1989年にアメリカ、ウッズホール海洋研究所の科学者達が初めて52ヘ
陸の上には「るーる」の国の王がいて、海の底には「ひーる」の国の王がいる・・・その国は蔵王(ざおう)が作り、ルールを定めた国だった。王の子、蛭子(ヒルコ)の死を巡って、ある秘密の因縁が存在する。そんな国の末端の漁村に“えびす”という半身不随の仮面の男が漂着し、 人々の想像を掻き立てる。それが復讐に帰って来た青鐘やヒルコに違いないと恐れる蔵王だが、はたしてその正体は・・・?
(フライヤーより)遊◎機械/全自動シアターの高泉淳子と白井晃が不思議の国のヴァイオリン弾き中西俊博とジョイントして贈るシャレた時間のア・ラ・カルト(一品料理)。青山円形劇場に突如現れたワンダーランドのレストラン、演劇+コンサート=素敵な素敵なショウの始まりです。はっきり言ってこんなの見たことない、見たことないのに何処かなつかしい…。さあ、何が飛び出すか?サンタの靴下を開ける気分、味わって下さい。
時は1973 年。70年代ロックにどっぷりと浸かり、大人への階段を上っている途中の若者たちが織り成す悲喜こもごも。代議士の息子である甲野欽吾は売れないロック雑誌「エピタフ」を刊行している。盟友である宗近、小野、浅井らが編集に携わるという、いわゆる同人誌的な雑誌であった。ある日小野と浅井が「エピタフ」を辞めると言い出す。それと同時に甲野の腹違いの妹である藤尾は司法試験のために勉強中である小野に急接近
新たな切り口で脚本・演出が練り直され、初演から生まれ変わった “リクリエーション版“! アルバニアを代表する作家イスマイル・カダレの小説『砕かれた四月』を下敷きにしたサファリ・P固有のスタイルを駆使した身体、音、光、美術、身振りのアンサンブル作品母に遊びを禁じられて育ったネリネは、透き間風の吹きすさぶ荒涼とした心を隠して生きてきた。有名な小説家の恋人の座を得た彼女は、とある“しきたり”に縛られた山
-
初夏。山あいの田舎町。父、母、兄と実家の工務店で暮らす田村鈴子は、家族間の静かな歪みに悩んでいた。表面的には仲の良い田村家だが、5年前、長女・千鶴が亡くなってから、その関係はどこかおかしくなっていた。ある昼下がり、千鶴の霊に憑りつかれた一人の女が、田村家を訪れる。それをきっかけに彼らの関係は大きく揺り動かされる。幻想的な夏の一幕をブラック・ユーモアを交えて軽妙に描く、さみしくも美しい家族劇。
THE STAGE ラッキードッグ1
2.5次元ミュージカル/舞台
関西テレビで放映されていた公開トーク番組「ノックは無用」に白虎社が出演した。番組は横山ノックと上岡龍太郎が司会を務め、毎週土曜日に放送された。この収録で上岡に気に入られ、白虎社は他のTV番組にも呼ばれるようになり、テレビ、映画、ミュージックビデオなど活動の場をひろげた。80年代、白虎社はそのインパクトから舞踏グループとしてはメディアへの露出が多く、舞踏公演を見ない層にも知られた存在だった。
沖縄で生まれた高校演劇の傑作『出停記念日』。弦巻楽団では2017年から折に触れ、レパートリーとして上演。登場する5人の女子高生たちを、8人の俳優が役柄をシャッフルしながら上演するオリジナルの演出手法は、原作者・島元要からも「作品に込めたテーマを捉えた演出」と高い評価を受ける。
演劇集団saladbowlの現メンバーと元メンバーの恋宵(アクターズ仙台 現座長)がタッグを組んで実現した合同公演。現実に近いファンタジーと、ファンタジーのような現実が混在する短編を六つ上演します。作品迷い道路地裏の薬笑みを浮かべて蝶二本線を見つめて、
瀬戸内海に浮かぶ小島に突然巨大な橋がかかる。あまりに巨大すぎたため島民たちは気づかないのか、以前とあまり変わることなく暮らしている。そこに兄弟がいる。母の死を受けて、兄弟のうち一人は変わろうとしている。一人は何もしない。同僚の音楽教師に淡い気持を抱えているにもかかわらず。音楽教師は島の外からやってきた。生まれてこのかた一度も泳いだことはないが水着を一つ持っている。いつそれを着るのかという問題。
1985年に開催されたButoh Festival '85にて上演された。プログラムの五井輝の言葉には次のようにある。 「夢うつ太鼓の雄叫びに / 肉は舞えども 心は踊らず / 陽光と陰影の 狭間で揺れる肉体は / 現し世の陽炎 / 形骸と化した肉体は / 醒めた欲望を蜂起する あらかじめ失われた夢から / 解き放された肉体は / 吹き晒しの孤舞となる」 「小懺悔」というタイトルには、肉体を土壌に
【あらすじ】舞台は南三陸沿いにある古ぼけた理髪店。夜の7時過ぎ、営業を終えた店内で、従業員の佳子が店主の倉田の髭を当たっている。佳子がこの店で働くようになって一月半、倉田にとって彼女の存在が密かな喜びとなりつつあった。佳子と二人きりで過ごすひとときに、胸がいっぱいの様子だが、店の外は濃い霧が立ち込め、何かが起こりそうな予感...。するとそこに、店の扉を開け一人の男が入ってきた。霧が晴れるまで休ませ
狸と人間と天狗が三つ巴で暮らす現代京都。狸の名門・下鴨家の三男・矢三郎は、天狗や人間にちょっかいを出しては愉快に暮らしていた。ある日、老天狗・赤玉先生の跡継ぎたる“二代目”が英国より帰朝すると、平和な街の気配は一変。矢三郎たち四兄弟は阿呆の誇りを胸に、それぞれの信条を、愛する者たちを、守り抜くことが出来るのか?人形劇と浪曲で贈る、狸と天狗と人間の三つ巴森羅万象エンターテイメント!
時折、激しい吹雪が吹き荒れる真冬の札幌。終電頃、「西線11条」の電停。東京から仕事で札幌に来たばかりの男が、道路の真ん中にある市電の停車場で、ススキノに向かうために電車を待っていると、そこに一人、また一人、電車を待つ人たちが現れる。現れた人たちは、そこで炊飯器にお米と水を入れ、ご飯を炊き始め、やがて炊飯器からは、仄かに白い湯気が立ち昇る。実在する市電の停車場「西線11条」で、本当にあったかもしれな
能舞台との交響
「すべての動きが絶妙で優雅」と評された三条万里子の代表作「鳥」は1975年、ニューヨークのバーナード・カレッジにて初演。百人の小ホールから二千人入る大劇場まで、約20年間踊られた。「能舞台との交響」(企画:能楽笛方藤田六郎兵衞)では能舞台という空間で、"伝統と逸脱が混在"する。カザルスがアンコールには必ず弾いたという「鳥の歌」を何度も聴いた三条は、内部から「わたしの動き」が、必然的な動きが溢れ出た
場末に佇む老舗のラブホテル。薄暗い廊下の先には先代が洒落で作った部屋が在るとか・・・ないとか・・・。その部屋に、夜な夜な清掃員の女たちが集っているとか・・・いないとか・・・。清掃員の女達の天王山の戦いが繰り広げられるとか・・・繰り広げられないとか・・・。
なにをやってもうまくいかない男は、妻に先立たれた認知症の父親の面倒をみることになる。しかしその父親がトイレに入ったきりでなかなか出てこない。そこでおそるおそるトイレのドアを開けてみると、そこには、中身のないフニャフニャの父のぬけがらだけが残されていた。その後もさまざまな場所で脱皮を繰り返し、そのつど若返っていく父親は、しまいには男よりも若くなってしまう。
本作は、虐待を受けて育ち愛着問題を抱えた青年が己の過去を顧みる物語『ブリキの金魚』里親家庭で日常を過ごすことをよしとしながら里親たちの真っ当さに馴染めない少女の物語『やさしいおうちやさん』機能不全家庭に育ち大人の顔色をうかがうことに慣れてしまった女性の物語『MAGICAL♡GIRL♡APOLOGIES』バーチャル美少女受肉系Vtuberの男性が配信を行う映像作品『perfect nymphet』の
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
コンピューター・ウィルスがついに日本上陸。あるソフトウエア開発会社のホスト・コンピューターにもウィルスが侵入した! 4人の技術者たちは阻止に知恵を絞りながら悪戦苦闘、ついにハッカーを突き止めるが、ウィルスは技術者たちの想像を超えて暴走し始める……。 めざましい勢いで進化し続けるコンピューターは、どこまで人間に近づけば気がすむのか? そもそも人間は新しい生命体を創り出す神になれるのか? SF的世界の
「翁」という儀礼曲の中で狂言方が務める役が三番叟。古風な儀式を留める神聖な曲で、日本芸能の真髄ともいうべき究極の舞。野村家の三番叟には洗練された鮮やかな切れ味がある。舞踏・ダンスにも通じる宇宙的な世界観を持ったこの曲を、野村萬斎が舞う。必見である。
コロナ禍の2021年3月に創作した本作は、演出/台詞を全てそっくり同じまま配役の性別を入れ替えたダブルキャスト、2つのバージョンで上演。また、振付に数々の受賞歴のある振付家/ダンサーの黒田育世氏を迎えた。ある冬の朝、主人公がやってしまった「おねしょ」から始まる。いささかの後悔と共に布団を干し、食事をしてから煙草を吸い、風呂に入る。そういったささやかな一日のスケッチが、主人公の一人言と共に描かれる。
演劇カンパニー「チェルフィッチュ」の主宰・劇作家として、現代社会に生きる人々を独自の言語と身体感覚を用いて鮮やかに描き、2011年の震災後も日本の社会状況を露わに批評した作品を発表してきた岡田利規。本作では、2015年9月に韓国・光州にオープンしたAsian Arts Theatreからの委嘱を受け、初めて日本人以外の俳優との創作に臨みました。「日韓共同制作」という枠組みでしか描けない物語とその表
作品ノート:「よく知っている底から水面を見上げ知らない水平線を思い浮かべず 音の届く先まで睡り どこかの花を想う」 これは「海」をモチーフにした作品の一部です。遠く離れた世界のことを簡単に知る ことができるようになった今だけど、どれだけ本当のことを見ることができるのだろうか。様々な海から眺める水平線の先は、想像するにはあまりにも遠い。自分が立って いる海の底にも、人の目に触れない流れがきっとたくさ
-
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
Eラーニング(日本演出者協会)
① 舞台監督・演出部・ドラマターグこのシリーズでは、舞台監督と演出部、ドラマターグの仕事について詳しく紹介します。舞台監督という仕事は演出家の想像を形作るのに重要な役割を担うと同時に、全てのスタッフチームと連携するなど、多くのタスクを抱えています。その膨大な職務を全うするために必要な能力とは一体何なのか。概論を詳しく、分かりやすく解説する“講義編”と、ゲストと一緒に普段の現場を覗く“体験編”の、全
かつて伝説の番組とまでよばれた、とある深夜ラジオの最終回。この番組に10年間投稿を続けてきたハガキ職人たちが、有楽町のカラオケボックスに集まった。しかし誰も、何も、喋らない。人間関係不得意な彼らは、繋がりを求めて番組に投稿し、だけど現実世界では誰とも繋がることができない。不器用な男たちが必死に繋がりを求め、もがき続けるワンシチュエーションナンセンスコメディ。
Dance New Air 2018
選べない交われない戻れない許されない終われない分からないそれでも嬉しくてまだ止めないただただ身体がもげそうで
がん医療の世界で、異端であり、批判され続け、申請から45年も経ても未だに中央薬事審議会から認可の降りない「丸山ワクチン」。がん治療の最後の砦として、望みを託す患者は後を絶たない。舞台は片田舎の小さな医院。経営方針と医療方針の違う親子。この「丸山ワクチン」と二人の確執を通して現代の医療を問い、医学界のタブーを描く。内藤裕子の新作書き下ろし。
この作品は、再演でもなく再現でもない。9人の身体の新たな起点だ。三東瑠璃は2024年12月末から2025年1月にかけて行う東京 – 北米ツアー公演のために、代表作:『Matou』、『Where we were born』を再構築した。本編は2024年12月末、すみだパークギャラリーささやにて収録。東京公演のみ上演された、Evoke Dance Studioによる、開場中パフォーマンスも併せて収録し
『ヒプノシスマイク-Division Rap Battle-』Rule the Stage
2.5次元ミュージカル/舞台
「私は他人である」 もう一人の自分が残したメモにはそう記されていた。フリーライターの立原雅人、精神科医の紅谷礼子、そしてゲイ・バーに勤める後藤参三。作家志望の雅人は、時々自分が自分でないような錯覚にとらわれ、礼子の勤める病院を訪れる。そんな折、偶然雅人と再会した参三は、雅人の看護をすることになり、3人は高校卒業以来、初めて顔を揃えることになった。そして...。
円・こどもステージ
ヤーノシュの絵本「おばけリンゴ」に、作者の谷川俊太郎がイメージを膨らませて戯曲化した作品。生演奏の楽士などと共に観客と舞台との一体感ある楽しい劇空間が創造される。
今日を限りにブンヤ稼業から足を洗い、婚約者共々ニューヨークへ旅立とうをする敏腕記者のヒルディ・ジョンソン。その彼をあの手この手で引き留めようとする編集長ウォルター・バーンズ。そんな彼らの前に選挙のことしか頭にない市長と大まぬけの保安官が引き起こした死刑囚アールの脱獄事件が発生。一癖も二癖もある記者たちのスクープ合戦で記者室は上を下への大騒ぎ。
なにが正しくて、なにが間違っているのか。誰かの記憶か、いつかの夢か? 記憶が曖昧で、分からない。この光のない小さな部屋の外に、本当に世界はあるのだろうか…。何もかも“記録”することで薄れていく“記憶”や、モビリティが高くなりあらゆる境界線が曖昧になっていく社会、そして自分がいる世界から脱することのできない閉塞感やその中で生きる人間像を、光のない小さな部屋に閉じ込められた3人により描き出す。
-
劇団「双数姉妹」が青山円形劇場にて三度公演した、円形でしか為し得ない、円形のための芝居。1994年の初演。