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折田克子がギリシアメテオラの真っ赤な月を見た際にインスピレーションを受け、創作したソロ作品。針で突き刺すとプシュットはじけそうな真っ赤な月。月の光を通し陰と陽、妖精性から妖艶さ、多様な女性像、宇宙観、生死感、無、等、様々な要素を凝縮させた舞踊作品。作者独自のボディテクニック、間、呼吸等、時に音楽を奏でるような間合い、音楽性は、石井獏そして石井みどりのリトミックの技法が基にあり、折田克子の独自の世界
ワハハ本舗全体公演
この公演企画としては、シェイクスピア劇専門の旅一座として結成された「青空シェイクスピア座」が、紆余曲折を経て、殿堂のグローブ座で公演が打てるようになった物語を、漫才やダンスやパフォーマンスを劇中劇にふんだんに盛り込みショースタイルありの構成で、一座の奮闘劇を描いた作品です。シェイクスピア作品のタイトルや登場人物をモチーフにワハハ本舗ならではの表現スタイルが楽しめます。
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金滿里初めてのソロ作品。韓国古典芸能の大家であった亡き母への思慕と母からの魂の継承を象徴的な舞いに込めた身体表現作品です。大野一雄氏の代表作に「わたしのお母さん」がありますが、「女の側からの『わたしのお母さん』を創りましょう」ということで、大野一雄氏・大野慶人氏に監修を快諾いただき創り上げました。
英国の小さな田舎町で平穏な年金生活を送っていたジムとヒルダの老夫婦。ある日突然ラジオから戦争勃発を伝えるニュースが流れ、ジムは大慌てで政府発行の“戦争に生き残るための手引き”と首っぴきで室内用核シェルターを作り始める。ヒルダの方は戦争など他人事、ひたすら家事に夢中でどっちが勝つと思う?など呑気な話をしている。二人にとって戦争といえば第二次世界大戦の思い出だけで核戦争の実感は少しもないが、政府のいう
ひとりの女性が横たわっている。彼女はもう息をしていない。女性を囲む人々からこぼれてくることばのかけらがキラキラと彷徨い、やがてある愛の姿を映し出していく。
チェロからオートハープまで自在に操る天空ミュージシャン坂本弘道を迎えて、リアルな妄想空間を爆走!
Eラーニング(日本演出者協会)
① 舞台監督・演出部・ドラマターグこのシリーズでは、舞台監督と演出部、ドラマターグの仕事について詳しく紹介します。舞台監督という仕事は演出家の想像を形作るのに重要な役割を担うと同時に、全てのスタッフチームと連携するなど、多くのタスクを抱えています。その膨大な職務を全うするために必要な能力とは一体何なのか。概論を詳しく、分かりやすく解説する“講義編”と、ゲストと一緒に普段の現場を覗く“体験編”の、全
バス停――。男がバスを待っている。女が声をかけてきて、男に棲み付いた。別の女がやって来て、男は二人の女の深みにはまった。また別の男女がやってきたころには、男はすっかり彼等の手中。ところで…本当にバスはやってくるのだろうか…。兵庫、東京(「別役実祭りin俳優座劇場」参加)、モスクワ(「チェーホフ国際演劇祭」参加)で上演。
知っていますか?かつて、呪法劇という学問があったことを。それが、あまりに強大な力を持つがゆえ、歴史の闇に隠されたことを。呪法劇とは芝居をやると言う儀式によって、霊的なるものを地上に降臨させ超常的な力を借りることです。おぼんろは1600年代に残された伝説的な文献を日本で初めて翻訳し、当時の儀式を再現しました。『ゲマニョ幽霊』はロシア・ポーランド戦争が行われた頃、ラマエが描いた物語とされています。誰が
かれら夫婦には「自然性」というものが損なわれていた。かれらはその共同性を意識的に仮構しなければならなかった。かくてかれらは犯罪に見いられる…。
シートン原作の作品中、唯一人間を主人公にした作品の本邦初の舞台化。白人のみなしご少年ロルフが、インディアンのクオナッブとカナダに近いアメリカの大森林の中を冒険の旅をし、様々な動物と、また森の妖精のような少女との出会い、罠泥棒との戦いを経て、たくましく成長する姿を美しい歌と踊りを織り交ぜながら、大きなスケールで描く感動作。
政治家の演説、著名人のスピーチ、大学入学式での祝辞、中学校の校則など、さまざまな言葉を翻訳者たちの言葉として引用し、上演しました。
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dance for camera
エイコ&コマの映像作品。メディア作品制作で映像作家とのコラボレーションを経験したエイコ&コマは、自分達だけでHUSKを制作することを決意。コマがカメラマンの役割を担い、エイコのソロを撮影した。ビデオ・カメラの再生機能を使い、一回の長回しとして体とカメラによる振付をつくりあげた。撮影は1987年5月、ニューヨークのカンポ・カルチュラル・センターにて。©1987, Eiko & Koma.
舞台『弱虫ペダル』
2.5次元ミュージカル/舞台
あの日、変わらぬ信号を待っていた。青い空に赤信号、それは太陽だったかも知れない。押されないボタンのせい、でも私たちはそれに気づかない。そこから時間はたったのか、それとも刹那。ばらばらの断片を、とんとんと揃えたら。だれだろう。向こうにいるのは。だれだったろう。向こうにいたのは。
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
オペラシアターこんにゃく座創立25周年記念公演。大森博、大月秀幸をゲストに迎えた、林光と萩京子、ふたりの作曲家の共同作曲によるシェイクスピア・オペラ第三弾。
せんとう。裸でたたかう。労りと労いとハピネス。
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あの暗がりの中で手をにぎりかえしたこと、ほんとうは後悔してるそれなのに僕は君が来るのを祈り待ちわびているくるなくるなと静かに泣きながら
[作品ノート]舞台上の私と、普段生活している私は何が違うのか?「あなたが『バレる』と言ったから。」私は飾らず、ウソもつかず、舞台で正直に踊ることにしたよ。
子ども達の「遊び」や生演奏、観客を巻き込む演出に終始笑いが溢れます。自分色に染め、生き抜いた落ち葉のように「自分らしく生きる」子ども達の背中を優しく後押しします。作曲に悩む音楽家がやってきた。旅芸人の道化師もやってきた。考え方も表現も違う者同士が噛み合わないながらも少しづつ距離を縮めていく、そんな三人のおかしな物語。やがて季節は移り行き…。落ち葉の中で繰り広げられる楽しくも美しい言葉のない舞台です
岸野組がお送りする人情味溢れる時代劇ミュージカル!!こそ泥・金太は自称大泥棒・石川五右衛門の子孫。ところが泥棒としての実力はからっきし、ドジばっかりの現実から夢の中へと逃げ込む毎日。勿論、夢の中ではスーパーヒーロー。だが、それも夢の中だけでのこと。ある夜、偶然助けた記憶喪失の娘、そして執拗に彼女の命を狙う黒衣の殺人鬼。一念発起、娘を守ろうとする金太とそれを支える仲間達。だがそれは、彼らの運命を大き
様々な女性の恋愛を描いたひとつの町で起こる3話オムニバス。■ものがたり(1)新製品の開発に励むおもちゃ会社の社員たち。遊び半分で匿名投函の目安箱を設けたところ、上司と部下のドロドロ不倫など同僚の裏の顔を告発する内容が多発する。(2)自宅マンションの隙き間に挟まった子供を助けたいが、ダンスパーティーにも行きたくてたまらない夫婦。遊び仲間の乱入は事態を悪化させていく。(3)芸能事務所と称して若者をスカ
流山児★事務所創立35周年記念公演の第3弾として、2020年2月、スズナリで上演された詩森ろば(serial number)の新作書き下ろし。1974年の北海道白老町長刺殺事件と1669年「シャクシャインの戦い」を交錯させアイヌ民族の差別と闘争を骨太に描いた物語。多くのメディアで取り上げられ、劇評でも高く評価された。美術:杉山至、音楽・生演奏は第27回読売演劇大賞優秀スタッフ賞の鈴木光介、主演は田
MiMiBiドキュメンタリー
一言に「障がい者」と言っても、障がいの数、人の数だけ異なる身体性や感覚がある。障がいのある人と無い人とで単純に分けられるようなものではない。初めて Mi-Mi-Bi の練習を見た時に、世間一般で伝えられるような「障がい者」のイメージはなく、内側から見たら単純明快に「私とあなたは違うよね」という至極当たり前なことの中に自分自身も放り込まれていた気がした。「あなたと私は違う」の中では、障がい者も健常者
KERA自作の曲に由来する、ナンセンスとサスペンスで彩られた、子どもをめぐる親たちの物語郊外の動物園のそばに建つ一軒家に住むサトウ家の夫婦(峯村リエ・山内圭哉)。その息子・ケンタロウ(みのすけ)はイジメが原因で不登校中だ。彼をめぐり、新任の家庭教師・サクライ(水野美紀)や、動物園の飼育係・ユウチャン(大倉孝二)、ケンタロウの同級生のスズキサチオの両親(犬山イヌコ・山崎一)、自分を神様と名乗る男(廣
明治38年、日露戦争の真っ只中の九州は小倉。暴れん坊の車夫、人呼んで「無法松」は一本気な性格からいつも騒動を引き起こしている。ある日、怪我をした少年を助けたことから、吉岡家に出入りするようになった。ところが当主の吉岡大尉は戦死してしまう。一家の支柱を失った未亡人良子と息子敏雄への献身的な愛に生きがいを見つけた松五郎。やがて良子へのどうすることも出来ない気持ちと、移り行く時代の流れに翻弄され、悩み苦
1986年スパイラル ESPACE AVENTURE『ダンスの季節の女たち』第2夜:黒沢美香公演で上演した(初演 1985年 俳優座)ラジオの国民的体操をモチーフとした作品。ーーースパイラル ESPACE AVENTURE『ダンスの季節の女たち』について スパイラルホールは劇場であり、ギャラリーであり、倉庫でもあり・・・つまり、どんな風にも使える空間です。 スパイラルでは、舞踊によってこの空間へ挑
ある神父・マスターが管理するバーチャル・リアリティ(仮想世界)の中で、体や心に傷を負った人々がもう一度人生をやり直したいと思う姿を描く近未来の怖くて悲しい喜劇。7つの戒律を持つバーチャル・リアリティの世界で、人々は本当に人生をリセットできるのだろうか。
「沈黙劇」へのアンサーとして制作された恋愛葛藤劇。夕凪の穏やかな時間に溢れる豊かでおしゃべりな心を描いた恋愛群像劇。とにかく徹頭徹尾、看護婦さんに恋したおじさんの恋愛の葛藤と夕焼けロードを歩く若者たちの恋愛を織り交ぜて作られた作品。
舞台は20世紀初頭ロシアの貧民街にある木賃宿。そこに巣くう泥棒、アル中の役者、巡礼者、男爵、靴屋、帽子屋、浮浪者の群れ。一つの殺人が浮き彫りにしていく裏切り、苦悩。そして人々のしたたかな姿。今日も酒をあおり、歌でやり過ごす一日が暮れていく。
演劇実験室・天井桟敷の創立メンバーであった東由多加が1968年に結成したミュージカル劇団「東京キッドブラザーズ」による1989〜1990年の全国ツアー公演。物語は郊外の町に男とその妹が引っ越して来るところから始まる。隣近所には、どこか普通ではない人たちが住んでいた。奇妙な人間模様が描きだすのは、私たちの心の中にある”街”のすがたである。「螢」のように消えつつある街に―愛をこめて。
弦巻楽団演技講座
年齢・職業・演劇経験の垣根を超えて作品創作に取り組み、本格的な演劇体験ができることに定評のある弦巻楽団演技講座。開講10年を迎え、ついに『ロミオとジュリエット』を上演。互いに敵対する両家の間に生まれた、二人の若い恋人たち。1つの事件を皮切りに、運命の歯車が狂っていく名作悲劇。
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『兵士の物語』(The Soldier’s Tale )とは?ロシアの民話を元にイーゴリ・ストラヴィンスキー が作曲し、シャルル・フェルディナン・ラミューズ が台本に起こし、1918 年 9 月 28 日ローザンヌ劇場で初演された朗読とバレエと音楽により上演される作品で、巡業できるよう小回りのきく少人数で構成されている。あらすじは、休暇中の兵士が、故郷を目指す途中に一休みしてヴァイオリンを弾いてい
こじきや老紳士、魔法使い、市長、泥棒、白雪姫と称する少女らの前に突然現れた巨大な卵。大きな卵は回ったり光ったりしながら、中に本当の白雪姫がいるのではないかという夢を与える。本当の優しさとは何かを問いかけ、大人にとってはチクンと痛みを覚えさせるような作品。
『「さ迷える愛・序破急」三部作』
2018年に初演された、「さ迷える愛・序破急」三部作の第一作『翠晶の城』は、自己の要塞化にも他者との開かれた関係性にもつながるメタファーとしての「城」をモチーフにした作品。エキストラ出演者5名が参加。
幼くして母を亡くしたちさとは、姉のいましめを破り、つつじの咲く山へ遊びにいきます。ちさとは毒虫に刺されて顔が腫れ、姉が探しにきますが見間違えます。ちさとは隠れ里に迷い込み、亡くなった母によく似た美しい女に逢い、女は子守唄を歌ってくれます...。
日本を代表する劇作家で童話作家の別役実が、「西遊記」を下敷きにして、2005年にピッコロ劇団に書き下ろした奇想天外なファミリー劇場『飛んで 孫悟空』。兵庫と東北、ともに震災を経験した地域どうしの演劇を通した交流を発展させるため、仙台で活躍する俳優4名を客演として招いて製作、2014年8月、ピッコロシアター、いわき芸術文化交流館アリオス、日立システムズホール仙台(仙台市青年文化センター)で上演。
神を求める様は古今東西、さまざまな喩えが用いられてきた。その中で、“女性に恋焦がれ一体となる”というメタファーはスーフィーの詩人からトルヴァドゥール(吟遊詩人)に至るまで、広く用いられてきたモチーフ。ラヴェルの組曲「鏡」を主題とし、現実と幻影が交差するコンテンポラリーな手法の中に、古典的な象徴を散りばめ、先端のメディア・アートを駆使した空間に光、映像、音楽がダンサーの身体に反射させる。
1969(昭和44)年の夏休み最初の日は、アポロ11号が月面着陸した日。大人も子どもも、ワクワク、ドキドキ!でも、「お月さまにはウサギが住んでいる」ことを信じていた小学2年生の高橋留美ちゃんにとっては「世界最後の日」。月面着陸を通して「現実」を知ってしまうのと同じように、夏休みを通して、変わりものの家族、友達との毎日、その「現実」に戸惑ったり、喜んだり、やっぱり新しい夢を見たりしていく、あの頃の少
(フライヤーより抜粋)この1年、ずっとサンタさんは、ひとりでも多くの子に素敵なクリスマスをプレゼントすることを願ってきました。ミセスサンタも同じです。けれど、いつもひとり残されるミセスサンタは、今年はサンタさんのそりに内緒で乗り込みました。サンタさんとクリスマスにデートしたかったからです。ところが、途中である星に落ちてしまいました。そこは、けんかのたえないキャンデイーの星でした。さあ、ミセスサンタ
健之助、40歳。何にも全然うまくいかないけど、まだまだ頑張って、生きていたい!食べたことない料理(シチリアのやつ)とか食べたいし、なんならモテたい!そんな折、健之助は自分が光っていることに気づく。健之助がいっぱい生きて、ちゃんと死ぬまでの演劇。
「コノ作品チョッとヤバいかもしれない。構成上「全裸」の景を置いた。完全な「真っ裸」、ものの勢でそのような仕儀と相成ったが、草月ホールに迷惑係らなくて「ホッ!」とだったかもしれない、イヤそんな事すら考えていなかったろう。今にして憶えばの話。」(武内)武内靖彦独舞集成・踏業22周年記念リサイタル。40周年には、同じく「舞踏よりの召喚」と銘打って記念リサイタルを開催した。
(チラシより)26歳のときに書いた作品を、リユースして再構築してみようとおもうのだが、これに至るまではいろいろあった。マームとジプシーのこの三年間は、自分たちの過去に発表した作品をある意味、否定していく作業でもあった。とめどなく湧きでてくる、興味と。どうしようもなく拡大されていく、規模。どんどんと速くなっていく、スピード。取り巻くぜんぶのことにアプローチしていくときに振り返ってはいけなかった。振り
2002年から結城座が参加した日仏共同制作『屏風』。フランスの国立劇場での初演後、数多くの演劇祭や劇場に招待されました。そのコラボレーションのパートナーとなったフランスの演出家、フレデリック・フィスバックと結城座は、創立375周年記念第2弾としてシンガポールの劇作家・郭宝崑の代表作『宦官提督の末裔』を上演します。公演には大久保鷹と花組芝居の加納幸和をゲストに迎え、結城座の人形遣いたちと共演します。
マーク・アテシュと共同制作した、カセキユウコのソロダンス。日常から非論理的で奇妙な出来事を浮かび上がらせる作家、内田百閒の同名物語に端を出発点とする。百閒はその独特な視点で、シンプルなエピソードから平凡な構造に裂け目を見つける。異界への扉は、一方には不安を与え、他方には奇妙なユーモアを出現させる。カセキはこの状況を不条理とユーモアとによって暴き出し、簡明に自己と肉体をこの世界に存在させる。1998
(フライヤーより)可笑しくて切なくて摩訶不思議。そんな”夢”のような世界を描いてフェリーニを思わせる「遊◎機械/全自動シアター」が、今回、更なる”夢”の世界に挑戦します。舞台は、何故か未だ幕を開けることの出来ないとあるサーカス。そこに展開するのは一座の座長の見果てぬ夢とも白昼夢ともつかない幻想的な物語。飛べない人力飛行機、渡れない綱渡り、乗れない玉乗り、そして開かない幕…。白井晃、入魂の一作。
補欠なにかあったときのためにいつでも準備をしています。必要なときには直ちに対応できるよう。合格と失敗のはざま。オルタナティブから始まるなにか。コンテンポラリーダンス界の先頭を駆ける、イデビアン・クルー。率いるはダンス界・演劇界でも注目の、鬼才の振付家・井手茂太。ヘンな動きがカッコよく、どこかユーモラスで、どこかハカナイ、人間模様。眺めるうちに、湧いてくるのは笑いやら悲しみやら。
ある日、綿子と不倫相手の木村が会っていた帰り道で、木村は車に轢かれてしまう。遠くから事故を見ていた綿子は助けずにその場を去り、大学講師の夫と、夫の連れ子である中学生の息子の居る家へと帰ってゆく。やがて綿子は訃報を聞くが家族の前では悲しむことができず、自身の行動を後悔し始める。そんな時、綿子は夫から家族関係の再構築を提案され、木村の死を抱えたまま流されるように再構築を始める。
東京ノ温度2024年秋公演は、芥川龍之介の「童話」オマージュ作品です。純文学のイメージが強い芥川龍之介ですが、実は児童文学の執筆・普及にも熱心で、芥川自身が構想した童話集も刊行されています。今回はその芥川童話の世界を原点とした新作オリジナルストーリーを、Wキャストにて上演します。都内某所に、ひっそりとたたずむお屋敷がありました。そのお屋敷の主は「現代の魔術師」を名乗る、なんだか怪しげな人物でした。
(パンフレットより)頭がキリキリする、はあ、八月、も、もう中間付近、僕、相変わらず、作品、つくっている、そりゃあ、汗だくになりながら、つくりまくっている、つくって、疲れて、今日もアパート帰る、帰って、部屋で、腐りきっている、ちょっと腐って、復活して、また、頭の中で、また作品、つくる、翌朝、作品つくりに、家を出る、駆け足、で、稽古場、に、向かう、そんなループの中、に、僕はいて、つくるつくる、を、繰り
(フライヤーより)12000年前、南太平洋に絢爛たる栄華を誇ったムー大陸があった。物語はムー大陸から200kmほど離れた小島、澄んだ海に椰子の木々が影を落とす楽園、緑島を舞台に展開する。
“見えすぎるもの”が溢れている現代にて。SDGsグリーンレジデンスの住人・神納のPCに届いたVideo。それはマンション管理組合の理事たちのZOOM会議の様子。神納にVideoを届けたのは、「見えざる使者」。彼らは、神納宅のベランダ庭園で生きている植物の「声」を担当している“メッセンジャー”。植物から発せられた“目には見えない声”(劇中ではタマ)を人間たちにお届けるために、見えざる使者たちは目に見
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20代後半を迎える朝美、かのこ、ゆず、美緒は元高校演劇部であったことを共通点に、友人関係にある。ある日、顧問の先生の訃報と残された草稿が発見される。「わたしはことばそれ自体になりたかった」「欲望は見えなくされているだけだ」と書かれたそれは、完成された物語ではなく、未完成の言葉の集合体だった。4人は残された言葉を「聞く」ことからはじめようとする。
ソ連の作家ミハイル・ブルガーコフを題材とした評伝劇。ブルガーコフは、その著作が「反革命的」であるとソ連では出版禁止や上演禁止になった作家だが、その才能はスターリンにも認められており、それゆえモスクワ芸術座から生誕60年を記念したスターリンの評伝劇の執筆が彼に依頼された。本作は、このスターリンの評伝劇を書いていた時期1938~1940年のブルガーコフを取り上げ、独裁者スターリンとの関係を描いた作品。