表示件数
舞台は、東京芸術劇場の隣にある池袋西口公園。24 時間、通行人など、多様な人たちのコミュニティが形成されるこの場所に、高山は個室ユニットを連ねたインスタレーションを立ち上げた。1時間500 円の料金を支払えば、24 時間の滞在も可能。個室内では高山らが行った、公園を行き交ったりそこで暮らしたりする人々のインタビュー映像が約370人分鑑賞できる。また観客は、オプションメニューとして用意されている「避
(フライヤーより)こどもの城が贈る親子で楽しめるゴールデンウィークの素敵なプログラム
2023年4月、青森県の岩木山ふもとの雪の下から女性の遺体が発見された。夫を名乗る人物が出頭するが、女性〈悦子〉が最後に一緒にいたのは昔のアルバイト先の同僚〈まつり〉だった。まつりは悦子との思い出を回想する。ふたりの出会いは八戸市の種差海岸にあるファミリーレストランまでさかのぼる。横田創の小説「埋葬」を原作にした、ふたりの女の回想と告白の60分。
時事ネタ劇団として現代を風刺してきた笑の内閣が、風刺そのものを風刺するため古典に進出。挑戦するは、風刺喜劇の大先輩モリエール。―1665年12月、モリエールがかねてから目をかけていた若手劇作家ジャン・ラシーヌによる裏切り行為が発覚する。育てた恩を仇で返したラシーヌに落とし前をつけさせるため、呼び出すモリエール。2人の長い夜がはじまる……。
老いにより記憶が彷徨いだすようになった母。娘の名前をも忘れる中で、若き日の自身の初恋を思い出すようになる。だがその初恋は、夫とは違う男性との思い出だった。新婚旅行の思い出を彷徨いながら、夫婦が見つけた答えとは?舞台となるのは、宮崎と湘南、そして二つの地を繋ぐ海。これは、ある男と女の物語。母と娘の視点で、家族の心の揺れと再生が描かれる。劇団初のツアーとなる宮崎で幕をあけた作品の、東京凱旋公演を撮影。
厚木シアタープロジェクト ネクストステップ第7回公演
天才振付家ラッキィ池田と扉座が、四半世紀のお付き合いを経て、ガチで挑む渾身のダンス&プレイ作品。天下泰平を謳歌する江戸の町に現れる謎のインド人たち。その正体は……
東京芸術祭2022 芸劇オータムセレクション
現代社会におけるコミュニケーションの諸問題を独自の手法で描き出す劇作家・山本卓卓のテキストと、老若男女から電車や犬に至るまで25役を巧みに踊り演じ分けるダンサー・北尾亘の身体がコラボレート。国内外を旅して再演を続ける、演劇×ダンスの異色傑作。
2.5次元ミュージカル/舞台
変人か、偉人か? 狂人か、天才か? 志願兵として前線にいたウィトゲンシュタインが、暗号混じりの 文章で日記帳に書きつけた『論理哲学論考』の草稿、そこから浮かび上がる、軍隊生活、死との戦い、「仕 事」への責務と欲求、愛、そして自殺の誘惑。かの有名な「語り得ぬことについて人は沈黙せねばならない」 という言葉の裏に隠されたウィトゲンシュタインの真意と祈りを、戦火の東部戦線という背景が炙り出す。
時は江戸末期から明治にかけて。常陸の国の水呑み百姓・仙太郎はあまりの凶作に年貢の減免と取立の猶予をお上に訴えるが、この地の有力者・北条の喜平はそれを許さず、彼を村から追い出してしまう。復讐を誓った仙太は江戸で剣法を学び、博徒となって故郷へと戻る道すがら、ひょんなことからとある茶屋で頼まれごとをされ、それをきっかけに水戸天狗党絡みの騒動へと巻き込まれていく。仙太の剣の腕と男気を目の当たりにした党から
劇場演劇部
わたしは毎日いつ友達が出来てもいいように手紙を持ち歩いていて、どこかふとしたタイミングにそのような、よい関係になってよさそうな人が見つかれば、そして、もし仲良くなれたなら、その日の帰り際にこれを渡す。いつかできる友達との、いつか来る別れにむけて、あらかじめ書いた手紙。それは「さようなら」から始まりたいから。宮古市唯一の高校演劇部が今年も開幕。部員は2人だけ、初対面。二人にしかできないこと、二人だか
—— ただ、もう、生きなくちゃ。70年代に存在した流浪民「渓窩」を巡る、魂の漂流者たちのロードムービー演劇。灯篭のように街を揺蕩う少年少女たちしかしその苦悩は若者だけが抱える問題ではなかったそんな彼らに手を差し伸べる青年と或る映画を糸口に繋がった人々は聖地巡礼を始める河口のタワーマンションに辿り着いたその時、彼らの復讐劇は幕を閉じ、楽隊の音が力強く鳴り響く――
劇団め組が挑む「祭り芝居」の第一弾は、江戸の義賊と謳われた鼠小僧の物語。ヒーローである前に親であり、善と悪との狭間で葛藤する鼠小僧とともに、隅田川に立ち上る花火のような江戸庶民のエネルギーを描きます。
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
パンチドランカーとなり引退したボクサー・無口は、寝たきりの 人々の家を巡る「殴られ屋」を生業にしていた。ある日寝たきりの女・わたげに殴られたことをきっかけに、無口は痛みを感じなくなってしまう。同じ街のコールセンターでは通販サイトのクレーム処理部門で働く青年・寝々が、山から降りてきた熊を銃で 仕留めることを夢見ていた。バラバラだった彼らの物語は「動物園の熊を安楽死させる」という情報が流れたことで、急
広角レンズ × 演劇 ×「音楽」演劇における「音楽」のあり方を検討するための上演。
宮城聰が挑んだ、シェイクスピア晩年のハチャメチャ悲喜劇。絶望の日々にも、大いなる癒しは訪れる!幸福なシチリア王は、ある日、美しい妃と親友のボヘミア王の様子に、突如として浮気を疑い始める。不条理なまでの嫉妬から妃を責め立てる王。それを見た王子はショック死し、妃も後を追うように息を引き取り…。大切な人を失いようやく過ちに気づいた王は、悲しみと後悔にあけくれる。しかし16年後、すべての苦悩が癒される奇跡
渡良瀬遊水地で葦焼きが行われているなか、ひとりの女がこの世から消えてしまいたいと思った。現代を生きる30代女性、成田みのるが葦原の向こうへ歩いて辿り着いたのは、生まれる前の世界、生成の国である「未世」であった。記憶を失ったみのるは、未世のヒトビトに助けられ、なぜ「未世」へ来たのか思い出すとある行動に出る……。「生まれるとはなにか、この世に存在するとはなにか」を問う、大人のファンタジー。
とある政党の奥様会議が開かれた。市議会選挙を翌月に控えた対策会議だった。なんとしても議席数を増やすために家族総出の応援合戦を党から要請されたのだった。戸惑う女性もいれば、仲間を鼓舞する者もいる。それでも一致団結して選挙に臨むも残念ながら目標に到達することができなかった。責任追及の会議が開かれ、自己保身と責任転嫁の様相となるのだった・・・舞台は現代、議員を支えるオンナたちの話
まちなかパフォーマンスシリーズ
「公開生放送」で送る、路面電車の旅カフェ店内での通信販売演劇『ふくちゃんねる』、劇場ロビーでのビンゴ形式の演劇公演『アドベンチャーBINGO‼』など、ユニークかつユーモアあふれる企画で観客を巻き込む俳優・福田毅。その新作は、東京さくらトラム(都電荒川線)の車内から生放送する「ラジオ番組」です。早稲田から三ノ輪橋までの約60分、パーソナリティに扮した福田が乗客とコミュニケートしつつ、ウィットに富むプ
「ゴドーを待ちながら」をモチーフに描く、世界劇団版不条理演劇!不条理演劇の頂点、サミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』をモチーフに描く、世界劇団版ベケット!そこには二人の浮浪者が佇んでいた。彼らが言葉を交わすうち、時代が歪んでいく。“これが夢か現実か、今が朝か夜かも分からない____。”
『むこうの世界』へ旅立つことを夢見て、さすらう人々の群れ。いつしか、その夢は立ち消え、現実的世界に引き戻されてしまう…。寺山修司没後十年、鄭義信が寺山の劇世界をベースに描く少年の希望と世界の果て。寺山劇の単なる復元ではなく、全編に寺山作品の断片をちりばめ、寺山が愛用した「世界の果て」というモチーフを使いながら鄭自身の劇世界に寺山修司を引き寄せる形で新しい物語を作り上げた。
のどかな春の日、ブンナは仲間の制止も聞かず、未知の世界を求めて椎の木に登ります。ブンナは夢にみた天国だと思いました。しかし、そこは怖い鳶の餌ぐらでした。百舌、雀、蛇、鼠、牛蛙が次々に捕らえられ運ばれてきます。そして、死を目前に壮絶な“生きるための戦い”を繰り広げます。蛙の天敵もまた弱肉強食の自然界に生きていたのです。想像を絶する世界に遭遇するブンナ。夏がきて秋から冬、季節はめぐる…。
北京一パントマイムコレクション#2
-エティエンヌ・ドゥクルーに師事した数少ない日本人マイムアーティストの一人である北京一。パントマイムの王道を継承しつつも独自の世界を作り上げてきました。そこにパントマイムの真髄があります。
ぐりぐりグリム
ぐりぐりグリムのふしぎな森に、今日も誰かが迷いこむ。楽しいことが待っている。驚くことが隠れてる。ぎらぎら空には太陽だ。どれどれどっちに進もうか?ぐりぐりグリムのふしぎな森で、今日も誰かがすれちがう。いろんな動物が待っている。どこかに魔女が隠れてる。そらそら空にはお星さま。どきどきグリムの物語。さあさあさっそく始めよう
「今度、好善社では、楼閣に翼第四弾として、「人間の水」を上演致します。人間の内に流れる生命の起源に遡る旅です。その水は拡がり、凝縮し、動いています。私は、周りを流れる闇や光に出逢いながら、身体の中の、微妙に揺れる星あかりを頼りに、進んでいきます。そこにはどんな風が吹いているのでしょう(後略)」―和栗由紀夫「自分自身に出逢う旅が、舞踏なのだよ」と和栗に伝えたマレビト土方巽への追想公演。
(フライヤーより)ひとは自分だけでは何もできないから、地球の他の友だちに教えてもらって生きてきた。だからこんどは僕たちが、その友だちを守る番なんだ。
現代スペイン演劇連続上演No.1
あぶない時代とあぶない街には美しい物語が潜んでいる。この物語は80年代後半のマドリッド旧市街に生れた現代のスペイン論であり、長い牛睡から覚めた現代のウエストサイドストーリーである。
漫画家・美術家である、しりあがり寿が本格的に「劇作」に取り組んだ2017年の話題作。戦国天下取りの最大の合戦:桶狭間の戦いの前夜、未来のオケハザマの予知夢に悩む今川義元にスポットを当て、戦を避けつつ運命に吸い込まれてゆく、人の葛藤、歴史の皮肉を描き高い評価を得た。演出:流山児祥、音楽:坂本弘道、映像:浜嶋将弘、客演に山像かおり〈西瓜糖〉、井村タカオを迎え30人を超える大殺陣のシーン、映像とのコラボ
日本伝統文化振興財団創立25周年記念公演
日本伝統文化振興財団創立25周年を記念し、歴代の日本伝統文化振興財団賞受賞者のなかから19名が参加して開催された。平成30年度(第73回)文化庁芸術祭協賛公演。プレゼンター 野川美穂子(東京藝術大学音楽学部講師)狂言「柿山伏」 シテ(山伏) 山本泰太郎 アド(柿主) 山本則孝琉球舞踊「かせかけ」 (古典女踊「綛カシ掛カケ」) 舞踊 佐辺良和 (地謡)歌・三線 仲村逸夫 箏 池間北
舞台芸術国際共同制作『KOTATSU』(2021)について、作・演出:パスカル・ランベール(フランス)と、共同演出・日本語監修をつとめた平田オリザが、創作背景を語らう。作品の立ち上げやテーマ、創作プロセスを振り返るほか、それぞれの戯曲執筆の手法や、日仏における文化活動について掘り下げる。
老人ホームに入居している97歳の岡谷正雄は、介護職員が提供するレクリエーションに腹を立てていた。彼は命を懸けることができるレクリエーションを欲し、介護職員は「生前葬をしましょう」と提案する。それから月に一度、岡谷は死ぬことになった。今日も岡谷のレクリエーション葬がはじまった。たまたま居合わせた入居者も参列することになる。そこで突然、岡谷はある入居者に対して、自分の息子「隆」だと、名前を連呼し始めて
公演のタイトルである「米」から派生する様々な単語や表現を多角的に分析、変換、分解、結合させ、無関係な場面の数々をオムニバス形式で展開し、それら喜劇的な各話は最後にはキャッチコピーである「実って、すみません。」を表す一つの世界観に収束していく作品である。2015年に発表した”米”を、新たなバージョンへと書き換えて一日限りの上演。
祖母を亡くした青年ひろとピアノから生まれた少女の出会いから始まる、人と人ならざるものの魂の形を巡る話。あらすじ:ピアノを壊した。少女は二本足で立っていた。命は巡れど魂は形を変えないなら時間が流れてもあの時が残るならろうそくの火を吹き消すまでのみじかい逃避行をしよう。取れない電話に背を向けて広い大地に夢を見て誰が僕を見つけてもキューちゃんは僕を探さない。
1964年(昭和39年)8月12日。津軽海峡で一隻の最新鋭船が産声を上げた。青函連絡船・津軽丸Ⅱ型の2号船、八甲田丸である。姉の津軽丸と妹の松前丸、大雪丸、摩周丸、羊蹄丸、十和田丸と共に「海峡の女王」として華々しく任務に就いた八甲田丸。しかし、栄光は長く続かない。国鉄の慢性的な赤字により、経営は悪化。そして1988年(昭和63年)3月13日の青函トンネルの開通により、青函連絡船そのものが全廃されて
フランスでのカトリーヌ・ディヴェレスとの3年間の作業を経て日本に戻ってから最初の舞踏ソロ作品。「動きの巾ではなく気配の落差」、「抑圧した動き」で劇場の空間をつかみ、「彼女に於いて愛(エロス)は完結する」(佐藤正敏/テレプシコール通信)と評されるほど、観客を魅了した。
Eラーニング(日本演出者協会)
⑦ 制作・プロデューサーこのシリーズでは、制作・プロデューサーの仕事について、講義と対談形式で詳しく紹介します。制作と一口に言ってもさまざまなタイプに分かれており、性格も得意分野も異なります。そこで「6つの志向性」という分類を用いて、制作という仕事そのものを再考するプログラムをお届けします。対談には志向性も業務形態も異なるゲストをお招きし、さまざまな制作者・プロデューサーの在り方をご紹介します。制
走れペン、刷り出せテプラ!謎を解くのは記録!密室で目を覚ました数人の男女。壁のモニターには謎の記号。そして手元には記録アイテム。「このタイプの暗号に対してレコーダーあまりに無力ですよね」「こう、部屋の色の情報を声で……」「人生においてこんなにペンがほしいと思ったことないですよ」記録を重ねて謎を解き、ここから脱出できるのか――?
物語は、一九九七年に風船で海外渡航を決行し行方不明になった「風船おじさん」が題材。芝居はこの夢物語のような出来事を現実の犯罪をモチーフに数々の話題作を創ってきた山崎哲が、現代社会や今日の家庭の問題と絡めながらあぶり出してゆくもので、個性的で巧みな演技力を持つ蟹江がどう演じるか興味深い。
地下世界にようこそ。私たちの暮らしを体験してみませんか?地上の皆様の来訪を心待ちにしています。フィクションで描かれる地下世界が好きです。それは、人々が円満に暮らす理想郷を彷彿とさせるから。一方、現実では否応なく社会と付き合わなくてはいけません。たとえ、どんな関係であっても。今回は、どんなに嘘をついても生々しい演劇を使って、お芝居という共同体を作ってみます。
強い光の線が床を二つに区切り、五人が激しく動きを展開する。厚木を中心に、二対のペア、渡辺と種子島、有富と江原が並ぶ。音楽はなく、厚木が呼吸のタイミングをつくる。駈け出して抱き合う、腹部を両手で叩きつける、足摺の加速、足首をつかむ、足裏を合わせる、回転、床運動などの動きが徹底して行われ、集約されてゆく。休憩を挟む計一時間強もの運動で、多量の発汗、呼吸困難、意志の制御と拮抗し合う生身の身体が現れる。
舞台は20世紀初頭ロシアの貧民街にある木賃宿。そこに巣くう泥棒、アル中の役者、巡礼者、男爵、靴屋、帽子屋、浮浪者の群れ。一つの殺人が浮き彫りにしていく裏切り、苦悩。そして人々のしたたかな姿。今日も酒をあおり、歌でやり過ごす一日が暮れていく。
川口隆夫ディレクション企画「舞踏 ある視点」
内省的なパフォーマンスに多くの支持者をもつ、佐藤ペチカのソロ新作。水槽を抱えて旧博物館動物園駅の階段を降り、地下空間で水と遊戯し、やがて大きな向日葵のオブジェをまとう佐藤ペチカは、幼虫から蝶へと変態して地上へ向かう。地上と地下、生と死、内と外の関係を変容させていく、静かなスリルに満ちた映像作品。
平成23年度文化庁新進芸術家海外研修制度の研修員として、イタリアローマのTeatro Nuovo Colosseoで研修した高橋正徳の演出公演。1900年代のイタリア演劇界をリードした劇作家・俳優・演出家・詩人で、フェデリコ・フェリーニ、オーソン・ウェルズ、ダリオ・フォ等に多大な影響を与えたエドゥアルド・デ・フィリッポの代表作。娼婦あがりのナポリ女フィルメーナ・マルトゥラーノ。社会の底辺で育ったが
作品内容:俳優・竹中香子が、実父の介護と死を経て参加した、高齢者福祉施設にアーティストが一定期間滞在するプロジェクトでの経験をきっかけに「ケア」と「演技」の重なりを見出しパフォーマンス作品を創作。竹中が長年取り組む「演技」の身体や技術を用いて、ハイドロブラスト・代表太田信吾と共に「ケア」を新たな角度から深掘りする二人芝居。作品尺:70分程度出演者:俳優2名(太田信吾・竹中香子)、音楽家2名(島崎智
この作品では光(Luminaire・リュミネール)がタイトルとなっているように、光が問題提示のシンボルであり同時に一つの答えとして、作品中一貫して様々な光が形を変えて現れる。テクノロジックなシャーマニズムの試み。日々加速し増幅する情報の氾濫、それは私たちが今ここに‘存在していることの大きな神秘をも覆い隠してしまう。原初の時代の、あるいは神話の中のシャーマンたちにはこんな問いが出てくるかもしれない。
作品ノート:BANANAりんごはどれですか?バナナをさす。母親は言葉を失った。人の思いは、心の中で像をつくり、音と結びつき、言葉として発せられる。母親が笑う、私も笑う。ただそれだけのことだ。
江戸三味線音楽の変遷
幕府が開かれた後の江戸の三味線音楽がどのような変遷を辿ったのか宝暦元年(1751)から寛政12年(1800)まで河東節では上調子が発達し、長唄が盛んになり、常磐津も流行します。新内も盛り上がりを見せて、音楽の花が咲き出します。構成 お話 竹内道敬河東節「助六由縁江戸桜」(1761年) 演奏 河東節十寸見会女流連中新内「明烏夢泡雪 浦里雪責の段」(1772年) 浄瑠璃 新内剛士 三味線
(フライヤーより)異文化の対峙と交流!日本人作曲家がシャーマニズムを主題に作曲し、フランス人たちが舞台化するサウンドスケープ。
ほぼ全裸のパフォーマーが輪になって走り続ける『マタドウロ(屠場)』、全身を漆黒に染めたダンサーがひと塊になって観客の間を蠢きまわる『突然どこもかしこも黒山の人だかりとなる』。ブラジルの鬼才マルセロ・エヴェリンは、過去2回KYOTO EXPERIMENTで作品を発表しているが、いずれも客席と舞台が混然一体となった場の中で、観客を興奮と困惑のはざ間へと連れ出してくれた。そんなエヴェリンが次に目をつけた
OSAKA DANCE EXPERIENCE
「ピクニックから」は、最後に取り残された男が、"見えない誰かのために踊る"つかのまのダンス。1997年7月、東京青山のスパイラルホールにて発表した「ピクニック」から、山崎広太のソロに展開させた作品。森美香代が踊るのは、「Solo & Soul」。様々な想いやイメージがからだを通してかたちとして外に生まれ出るときに発生する感情からのエネルギーとからだ自身の思考とのずれから拡がる、自らの意図を超えて立
-
全国縦断興行2021
■全国縦断興行とは?我々は毎年、ワゴン一台に小さな劇を乗せて全国を回っています。2021年は10都市で公演しました。舞台セット・音響・照明・衣装・小道具・スタッフ・役者、全てを乗せて巡演いたします。■あらすじ朝、引き落としがうまく行かなくて電気が止まっていた。昼、バイトをクビになった。夜、バンド仲間の二人が密かにつきあっていて、妊娠をきっかけに夢を捨てた。結果私が捨てられた。しかも私はこっそりギタ
仕事をしながら、子育てをしながら、世の中の不条理に悩みながら、パントマイム作品を作り発表し続けて37年。還暦を迎え、集大成的な渾身の単独ソロ公演を敢行した。ひたすらグラスを磨き続けるバーテンダー、うん○を抱えて右往左往するサラリーマン、銃の代わりにカメラを武器に戦うヒーロー、ホームレスの哀愁、病室から抜け出して海へ、機関士と燃える炎の駆け引き、プレッシャーに押されて走り続ける男、戦争を止めようと東
THEATRE E9 KYOTO芸術監督・あごうさとし演出の音楽舞台劇『触覚の宮殿』は、金沢市民芸術村のレジデントアーティストである弦楽演奏家とのコラボレーションとして京都・金沢で上演。俳優の他、ダンサー・哲学者・メディアアーティストが参画するジャンル横断型の現代舞台芸術作品であり、THEATRE E9 KYOTO最初の公開作品として「自由な表現を追求する劇場のスタンス」を作品を通じて示した。
終戦間近の日本、昭和を代表する喜劇人 古川ロッパはスランプに陥っていた。新進気鋭の喜劇俳優 榎本健一、通称エノケンが台頭してきた事がキッカケだった。軽快な動きで笑いを取るエノケンの姿と比べ古臭い自身のスタイルに悩むロッパ。そんな中、2人に共演の依頼が舞い込んでくる――。日本人の笑い、そのルーツに迫る野心作。
真の平和への願望に〈自転〉の着想があり、人間の生命力を尊く、愛おしいと思う心で創作された。男でも女でもない、ニュートラルなものとしての<人間>の群れ。危機にのぞんだとき、不死鳥のように底力を出して生きる人間。前進、安らぎ、喜怒哀楽、危機、痛みを経て、また前進するという場面を通じて人間の群れにひそむ尊い力をみつめ、自転する人間の姿を踊る。1967年11月初演。
私の部屋には2人の女の幽霊がいる。私は彼女らを「ハーフさん」と呼んでいる。ハーフさん1号&2号。まぁその方が気持ち怖さ和らぐのと、この世とあの世の境目が、ガバガバのズブズブになっちゃわない様に。私なりのケジメと区別。ハーフさんたちはここの元入居者で、20年前のアパート火災で亡くなった人達だそうだ。幽霊(ハーフさん)の内一人は、半ば消えかかっている。人間で言うと認知症の症状に近い。ハーフさんたちが今
いつでもないいつかどこでもないどこか城の天守閣に棲む美しき物の怪、天守夫人・富姫。魔物が住むと恐れられ、誰も寄りつかない天守へ一人の若者が現れた。城主お抱えの鷹匠、図書之介である。逃げた白鷹を探しに来た図書之介に一目ぼれした富姫は、掟を破り彼を生かして帰してしまう。禁断の出会いが導く、妖しくも美しい愛の結末とはー
ダンスの歴史にフォーカスをすることでダンスの「継承」と「再構築」の2つの視座からプログラムを構成した公演「ダンスの系譜学」で発表された中村恩恵による2作品。(共同製作:Dance Base Yokohama、愛知県芸術劇場。2021年10月に愛知県芸術劇場にて初演)言葉にならなかった声に耳を澄ませた中村恩恵の作品『BLACK ROOM』と、イリ・キリアンが中村のために振り付けた『BLACKBIRD