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舞踏家・大野一雄が100歳を迎えた2006年10月から1年間は「大野一雄 100歳の年」として展覧会や公演など世界各国で様々な100歳を祝うイベントが開催された。中でもガラ公演「百花繚乱」にはピナ・バウシュの映像出演を含め国内外から実に23組の踊り手が集結、2日間にわたり密度の濃い舞台が繰り広げられた。両日ともカーテンコールには大野慶人の押す車椅子で大野一雄が登場した。以下は、第二夜の出演者とその
小さな劇場
芸術の根幹である「創造性」を追求した創作作品。赤ちゃんからおとなまでが劇場に集いともに作品を楽しみ芸術に親しむ機会を提供することを目途とした。 (あらすじ)ある夜、ある少年の子ども部屋で。少年は特撮映画を撮影している。それは近未来の、宇宙での出来事。映画の世界観にすっかり没頭していると、やがて部屋をノックする音が・・・少年がつくっている物語は現実なのか、はたまた虚構なのか?
世田谷シルク第14回公演
前作「工場」から数年後。工場内では自国の社員は減り、外国人労働者が多く出入りしている。新しい社長は統制のとりづらい彼らを強制帰国させようと考える。外国人の主人公は、従順さがアピールできる運動会を推薦するが仲間たちは大反対。そんな中、寮ではストライキが起き、彼らの雇用はより危機的状況に陥る。工場エリアには、夕暮れになると観光客がやってくる。そこで工場夜景を撮る彼らの写真には、労働者の心までは写らない
[作品ノート]テーブルを中心に出演者3人のキャラクターと三角関係の様子を音楽に乗せ、リズムよく表現したダンス作品。一見、心情的にも複雑化しがちな、しかし、よく見られる男女の三角関係という人間模様を、できるだけ客観的に切り取ることで、その滑稽さを伝えようと仕上げた作品である。普段、日常の中で度々起こる男女劇の中の‘葛藤’、‘不安’、‘嫉妬’、‘怒り’、‘興奮’、‘期待’…など。そのような感情に、とも
―冬教え世界の果ての荒々しい土地を漂泊しようオオカミの国が私の国だ。(アメリカ先住民スー族のコトバより)冒頭で聞こえるのは、レニングラードに生まれアメリカ合衆国に亡命した詩人、ヨシフ・ブロツキー(1940-1996)の詩の朗読。ジャニス・ジョップリンの「サマータイム」で踊る雪雄子のソロ舞踏。
歯痛、吐き気、生理不順……。人気作家・早智子の体を次々と異変が襲う。歯科・内科・産婦人科と、病院を転々と渡り歩いても原因はつかめない。だが理由は明白。早智子は尋常ならざる拒食と過食を繰り返していたのだ……。スリム(S)とファット(F)という身体の変化を繰り返す中で、早智子が自分の心の奥底に見たものは……? とどまることを知らない世のダイエットブームを背景に、過酷なダイエットに走る現代女性の深層心理
「記憶の沼」のみなそこから湧き上がり、吐き出され、吞み込まれてゆく数々の物語。地上でもあり水中でもあるような、あいまいな境界に繰り広げられる女性舞踏の饗宴。
熱血の仮面で覆いながら冷たい心で生きて行こうか?クールに決めて内に秘める熱血を育もうか?複雑、多様化する家族の形と構造でゆれるお父さんと家族の物語。
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(フライヤーより抜粋)この1年、ずっとサンタさんは、ひとりでも多くの子に素敵なクリスマスをプレゼントすることを願ってきました。ミセスサンタも同じです。けれど、いつもひとり残されるミセスサンタは、今年はサンタさんのそりに内緒で乗り込みました。サンタさんとクリスマスにデートしたかったからです。ところが、途中である星に落ちてしまいました。そこは、けんかのたえないキャンデイーの星でした。さあ、ミセスサンタ
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
荒野の一角にある移動式簡易宿泊所。病人を求めて移動してきた医師と看護師。死人を求めて移動してきた牧師。三人がまだ見ぬ客のことで言い争っていると、宿の亭主とその娘が戻ってきた。娘は、もうすぐ具合が悪そうな騎士と従者が訪れそうだと告げる。そこに、それぞれの従者を引き連れて二人の騎士が現われた…。
コメディーとして、パロディーとして、そしてミステリーとしても、磨きのかかった一級品!カナダ西海岸の港町バンクーバー。黄色人種に対する差別と偏見にもめげず、お互いを助け合いながら毎日を闊達に生き抜く東洋系移民たち。そこで起こった恐るべき事件の闇を、ハードボイルドな一匹狼、私立探偵サム・シカゼが暴く!
MWMWは死なない
本作は、「遭遇」をコンセプトに、舞台芸術における当たり前のことが、ある時から当たり前でなくなったと気づいたことから生まれました。日々の選択や分岐を経て私たちは今ここで生きている。私たちが共に踊り、その瞬間を観客と共有することは奇跡のようなことだと思いました。点と点は繋がっては離れたり、線になったら長くなる。日常は偶然や必然の出会いの繰り返しであり、今この時も私たちは遭遇している。
大工の仙八は妻に先立たれたが、二人の息子がいる。長男の清は音楽好きの旧制高校生でまだ徴兵を免れています。次男の昭は予科練(少年航空兵)です。清と昭の幼馴染の桃は両親を亡くし下働きをしながらひそかに女優を志しています。実に大変だった時代の物語。
いつの時代も変わらない青春花盛りの高校生活を、40人もの出演者が舞台狭しと歌って踊って!「純情可憐乙女的青春歌劇」と銘打って!いつも心に太陽を。スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス!
当代の至芸を、芸談と演奏で余すところなく存分に堪能する「きく会」尺八奏者として歌舞伎音楽での作曲や編曲も数多く手掛け、千名を超える門人の指導も精力的に行う川瀬順輔の至芸をたっぷりとお楽しみください。川瀬順輔作曲「鶴門」尺八 川瀬順輔 胡弓 川瀬露秋「残月」尺八 川瀬順輔 三弦替手 藤井泰和 三弦本手 川瀬露秋対談 川瀬順輔、竹内道敬「真虚霊」尺八 川瀬順輔「新青柳
平成14年度文化庁新進芸術家海外研修制度の研修員として、シンガポールの演劇学校「TTRP」でアジアの総合演劇を学んだ成田独歩の演出公演。シンガポールを代表する劇作家フジール・スライマンの作品の日本初演。医療・バイオテクノロジー分野で最先端をゆくシンガポールの近未来を舞台に、自分とは?生きるとは?愛とは? 人間が生きていく上での重要なテーマを観客に問いかける。裕福な未亡人、キャサリン・リー・ある日、
ゲーテ・インスティトゥート東京開設60周年プログラムの一環として開催された。土方巽の伝説的作品「バラ色ダンス」(1965)をキャンプの視点から読み替え、21世紀のバラ色ダンスプロジェクトとして、あふれ出るイメージの狂宴を三日間にわたり繰り広げた。ゲストパフォーマーに、日替わりで木部与巴仁、川村浪子、砂山典子をそれぞれ招いている。また公演同日に関連鈴木章浩キュレーションによる映像上映プログラムを行い
谷崎潤一郎の『痴人の愛』を、男女逆転させペヤンヌマキ独自の視点で現代的に描くブス会版『痴人の愛』。仕事人間の40歳独身女性の“私”は美しい少年ナオミと出会い、「小鳥を飼うような心持」で同棲を始める。人見知りで垢抜けない少年だったナオミは次第にその美貌を利用して奔放な振る舞いを見せるようになり・・・。
漠然と獣医を続ける医者の元に、狼男が診療に来る。治療をした医者と狼男の間には奇妙な関係がうまれる。二人の関係は人間の男や他のペットを巻き込んで情熱的に発展していく奇妙な関係の先にうまれるのは悲劇か喜劇か
新作ミュージカルのトライアウト公演。第一次世界大戦のパリを舞台に、サーカスを脱走した蚤のジル・ド・レが猫のベラとともに、娼婦・クリステルと兵士・ルベンの恋を見守る。
宮城聰が挑んだ、シェイクスピア晩年のハチャメチャ悲喜劇。絶望の日々にも、大いなる癒しは訪れる!幸福なシチリア王は、ある日、美しい妃と親友のボヘミア王の様子に、突如として浮気を疑い始める。不条理なまでの嫉妬から妃を責め立てる王。それを見た王子はショック死し、妃も後を追うように息を引き取り…。大切な人を失いようやく過ちに気づいた王は、悲しみと後悔にあけくれる。しかし16年後、すべての苦悩が癒される奇跡
TROPE シリーズ
「家具と身体の問答」家具の持つアフォーダンスをダンサーの身体がいかように引き出せるか答えの無い「問答」のような形でホワイト・キューブの舞台で繰り広げる。
〈あらすじ〉地方都市。妹とその兄は小さな街で行方不明になる。お互いの存在の中のみで。2人は同じ街で生活を続けている。どこにも行けないままどこかへ消えた家族を思ったり忘れたりしながら。ある時、兄は思い出す。2人がすれ違う過去と、そのバスの行き先を。
舞人として踊った五井輝が、前年の86年1月に死去した土方巽を追悼した公演。土方を思い出させる赤いスカートなどの衣装や音、音楽が随所に使われた。唇にはルージュを塗りたくり、背中一面に刻まれた風神雷神の入墨を見せ、剣山を自らの肉体に刺す。すべてをさらけ出して極度の集中をもって踊る五井に、「さながら土方の魂が降りたかのようだった」とThe Japan Times Weeklyのレビュー記事(1987年9
合皮のパンプスを穿いたOLの「私」は、出どころのよくわからない噂に翻弄され、夜な夜な本革のパンプスを探し求めて路地裏を歩いている。路地裏を介し、デフォルメされた同じ職場の男性社員、もう一人の「私」、胸から巨根の生えたおじさん、靴商人など、正体のわからない怪しい登場人物たちと出会う。混沌とした現代社会での「生命」描いた、男女二人芝居。第61回岸田國士戯曲賞最終候補。
この作品の始まりは2006年夏のセッションハウスでの沖至さん、藤田佐和子さんとの即興セッションでした。その後岡山で、今回使用している曲を使っての作品の流れとタイトルの「青空散歩」が産まれました。この作品はさまざまな場所で上演する機会に恵まれ、再演を重ねるにつれ作品そのものも育っていっています。今回、東京での初演をこの中野テルプシコールで行います。現実と夢の間の、生と死の間の、時空をかいま見ることが
現代舞踊の異形ー肉体の超越と開示
舞踊批評家の市川雅がプロデュースした「現代舞踊の異形―肉体の超越と開示」展で上演された、笠井叡と大野一雄のデュオ作品。ビアズリーの小説「ヴィーナスとタンホイザー」を基とした作品で、ヴィーナス役を大野一雄が務めた。2020年3月には大野一雄の身体性を川口隆夫が、笠井叡の身体性を笠井瑞丈が踊り、他の笠井・大野デュオ2作品と共にリ・クリエイトされている。
第二次大戦後、大陸で敗戦を迎えた多くの日本人が、シベリアに抑留された。最初の冬、多くの人々がその厳しい冬を越えられず、帰らぬ人となった。ひたすら”帰還(ダモイ)”を待ち続け、その日を信じて生き延びようとする人々。そんな中でも日本人とロシア人との心温まる交流もあった・・・
生まれて死ぬ。根源的な営みのダンス踊りの原初的な衝動や身体と結びつくような黒田育世振付による作品創造を中心に、2002年「旧バニョレ国際振付賞」横浜プラットフォームでの《ナショナル協議員賞》受賞をきっかけに活動を本格化したカンパニー。2017年初演『THE RELIGION OF BIRDS』は、チベットに伝えられる経典「鳥の仏教」をベースとしている。食べる、生きる、死ぬ……鳥たちによる祈りと魂の
舞台「ROAD59 -新時代任侠特区-」
2.5次元ミュージカル/舞台
太田家のリビング。父、正夫の前に、水先案内人と名乗る男が現れ「あなたは一年前に死んでいる」と告げられる。正夫は突然の宣告を信じようとしないが、死を受け入れる代わりに、自分が死んだ後、家族がどう生きているかを見たいと言い、水先案内人は渋々家族のもとに連れて行く。そこで見た現在の家族の現状に胸を痛める正夫は、案内人の姿を借り、それぞれに言葉を投げかける。そして再び家族が揃ったとき、これまで語られなかっ
とある美容室。雑談ばかりで一向に髪を切ろうとしない美容師と髪を切ってもらいたい客の押し問答や、ある高層マンションの地下室に住む血の繋がらない移民たちの他愛無い会話。そこから覗き始めるのは力や暴力に踏みにじられてきた人々の姿。その人々が生きようともがく姿。力によって傷ついた存在が、別の力を持って報復する愚かしさを描き、非戦だけでなく、過激化するSNS上の言葉の応酬に一石を投じることを試みた。ほろびて
2010年3月21日。1999年10月より10年間活動を続けてきたM-laboratoryの活動停止公演として上演された作品。一度きりの活動停止という三浦宏之のコンセプトから、アサヒアートスクエアにて1ステージのみの上演となる。動き続けてきたものが、停止する瞬間。それは身体においても、時間においても、空間においても同じ条件によって、同じ状態を伴って立ち上がる。踊りが立ちあがる瞬間と、それが停まる瞬
現代演劇カンパニー 中野成樹+フランケンズの公演。A・Bの2プログラムを新宿シアタートップスにて上演。Aプログラムは、大池容子作『かがやく都市』(演出:中野成樹)と、ナカフラが『ハムレット』を上演するシリーズの新作『EP2(犬の話)』(作・演出:中野成樹)の2本立て。
スパック祝祭音楽劇ノ原点!冒険ハ此レヨリ始マル!スッテン転ンデ マタ起キテ… 愛し愛され旅する世界!世界をめぐるペール・ギュントが、あらゆる欲望を痛快に満たす冒険劇。今からおよそ150年前、劇作家イプセンがノルウェーの民話をもとに書き上げた壮大なドラマを、SPAC宮城聰は俳優の生演奏による躍動感あふれる音楽劇に仕立てた。主人公の歩む物語は、世界へと奔走する当時の〈日本〉と奇しくも重なり…?!宮城×
音楽を楽しみ集う館 樂舍
伝統的かつ正統な長唄の発信を重視しながらも、より親しみやすく長唄を鑑賞することを目的とした演奏会の第2弾。半能 「土蜘蛛」 坂口貴信長唄 「土蜘」 上の巻、中の巻、下の巻[唄]杵屋利光 東音味見純 杵屋巳之助[三味線]稀音家祐介 杵屋彌四郎 杵屋弥宏次[囃子]堅田新十郎社中
ネコMAM-MA公演第三弾「紅葉と親父」高倉良文が手掛ける珠玉の短編集!ネコMAM-MAとは高倉良文が立ち上げたひとりぼっち演劇ユニット。主に短編作品を武器に1日だけのイベント主体で活動。公演はソーシャルディスタンスを大切に、劇場内消毒、空間除菌、スタッフはマスク手袋着用を義務付け。作品途中に場内換気も行います。
あんず動物紀 [Anzu’ology] Ⅳ
「あんず動物紀」シリーズのうち4作目の古川あんずソロ作品。1991年、東京にて初演。何時間もじっと横たわっているワニの時間感覚にインスピレーションを得て制作された。古川によると、ワニの時間は始まりも終わりもない。顔が赤くなるまで呼吸を止めてみると、その時間が味わえるという。初演時のプログラム:1.チクタクワニの学習 2.法外に無茶に興奮している処女プアプア
会社でうだつのあがらないトキオは、レイコに思いを寄せながら、自分が彼女にふさわしい男だと思えない。ある日、永遠の時を手に入れられるという「神になる本」を目にしたトキオは、輪廻転生を信じ、意を決してビルから飛び降りる。こうして生死を超えて、愛する人を追い続けるトキオの旅が始まる。だが、それは「オイディプス」「ロミオとジュリエット」、はたまた「サザエさん」といった、すべて「あらかじめ用意された物語」を
すれ違う時間のなかで、彼はどんな記憶を彼女に残したろう。はっきりとそこにいるのに、キミはまるでずっと遠い果てからやってきた光がかろうじて描いただけの幻影のようだ。違う時間、違う場所で生きてきた人たちが時空を超えて出会い、やがて別れる。はじまって、それから、いつかおわる私たちに捧げる「初めての生」と「やり直しの死」の物語。
PARCO PRODUCE 2021
本作品は、2019年ロンドンのアルメイダ劇場のアソシエイトディレクターであるロバート・アイクが、1912年に発表されたシュニッツラーの「Professor Bernhardi(ベルンハルディ教授)」を翻案、演出し、同劇場で開幕するやいなや、連日SOLD OUT、ザ・ガーディアンをはじめ各紙でFIVE STAR★★★★★(最高評価)で絶賛され、翌2020年、英国で最も権威あるローレンス・オリヴィエ賞
恋を成就させるために手段を問わず行動する女の子を題材に、リアリティ溢れる繊細な人間関係を描く、努力クラブの本公演。「俺のこと好き?」「好きだよ」「本当に好き?」「なんで人の気持ちをうたがうかな」「じゃあ、どこが好きなの?」「難しいことを訊くね」「俺のこと本当に好き?」「わかんない」「そっか」
ローマ帝国の将軍タイタス・アンドロニカスは、ゴート族との戦いに勝利しローマに凱旋する。民衆はタイタスに、空位だったローマ皇帝になるよう要望するがタイタスは固辞し、かわりに先帝の長男サターナイナスを指名する。新皇帝サターナイナスは、捕虜であるゴート人の女王タモーラを妻にする。タモーラはタイタスに強いうらみをもっている。愛人アーロンや息子たちを使い、皇后という立場を最大限に利用して、タイタス一家を次々
地方都市。生きる希望を求め思い出の地へと辿り着いた青年・服部公平。かつて映画技師をしていた映画館は廃墟となり、街には行くあてのない孤児たちがいた。昭和24年1月GHQの提唱のもと、新少年法施行に伴い全国一斉に家庭裁判所が設立された。そして映画館は、新庁舎建設までの仮庁舎に。家庭裁判所としての初日。近藤判事は一枚の書類を目にする。やっかいな文字・・・窃盗傷害。連行されてきたのは、反抗的な目を持つ少年
山本宣治-1907年カナダ留学。1911年帰国後、三高、帝大を経て、1920年京大・同志社大の講師となる。産児制限運動から労働運動に参加。1928年初の普通選挙で労農党より当選する。反動の嵐の中、治安維持法に反対し、神田の旅館で暗殺される。「山宣ひとり孤塁を守る。だが私は淋しくない。背後には大衆が支持しているから」。
極限まで酷使され、研ぎ澄まされた身体感覚を武器に、ダンス界に衝撃を与え続ける振付家・ダンサー、黒田育世。衝動に突き動かされるような圧倒的な強さで観客に迫る黒田の代表作が、大幅なリ・クリエーションを経て遂に再演される。追い求めるのは「時間が止まる感覚」。ダンサーたちの切実な身体にむきだしの「今」が宿る。
どうしても欲しいものがあって、でも結局手に入んなくって。そういう経験って、いっぱいあるよね。だけど、その時の気持ちって長続きしないんだよね。いったん冷めちゃうとさ、もうどうでもいいって言うかさ。でもスタイルだけは別。結局去年も手に入らなくって、結局今年も欲しくなる。体に太陽、心に栄養、ハンサムボディーが今年のルール。いろんなもの脱ぎ捨てちゃって、夏を歩きに行こうよ。
当代の至芸を、芸談と演奏で余すところなく存分に堪能する「きく会」常磐津節浄瑠璃の最高峰である一巴太夫が自ら選曲した渾身のリサイタルであり、相方を三味線の第一人者 英寿が勤めます。両名人が揃う二度と組めない名舞台。対談 常磐津一巴太夫、竹内道敬「三世相錦繍文章」道行蝶吹雪 ~州崎堤の段~ 浄瑠璃 常磐津一巴太夫、常磐津巴瑠幸太夫、
わけありテコちゃんのうそは、おもしろかったり、とんでもな いものだけれど、なんだか気になる、ひっかかるうそなのです。●三人の男の子と二人の女の子たちは、バカバカしいけどついついテコのうそが気になってダイロンソ―になるのだがいつもまとまらない。ほんとのことはおあずけになってしまうのです。●テコちゃんはうそかほんとかきめてもらうためサイバンにかけると言いだした。するとパッと現れた南の島のサイバンショと
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ここは、街のはずれの小さな探偵社。しかし依頼なんてものはほとんどなく、雑居ビルの一室は、暇を持て余したあやしげな人間たちの溜まり場と化している。ある日、ふいに訪れた客は、神妙な顔でこう言った。「彼女は◼️されました……妖怪に、◼️されたんです」さぁ、物語をはじめよう。妖怪とか夢とか気持ちとか。見えないものが跋扈する、SF青春ミステリーコメディ!ただとなりにいることが、どうしてこんなに難しい?
メディアアートのパイオニアのひとり、エディン・ベレスは80年代後半に日本を訪れ、舞踏を題材にしたドキュメンタリー映像を制作。土方巽や大野一雄を紹介しつつ、大駱駝艦や白虎社の映像をふんだんに使った「Dance of Darkness」は1989年に公開された。本映像はベレスが1986年に来日した際に白虎社の野外パフォーマンスを撮影した未編集映像である。撮影は京都北山の最奥の山中や川べりなど何カ所かで
日本人ダンサーとインドネシア人ダンサーが、互いの文化、歴史、宗教の違いをぶつけ合う中で、互いの身体の奥に眠るアジア特有のリズムを発見する。
近松門左衛門原作の人形浄瑠璃を現代人形劇として全段取り組む。劇団創立40周年記念作品として上演。国立文楽劇場の舞台機能を駆使しようと演出された。劇団の役者総出演の作品でもある。資料は、1989年3月26日にNHK芸術劇場にて放映されたもの。
大木誠は、娘の薫の誕生日を祝うため妻の冴と3人で食事に出かけるが、スマホのながら見運転をしていた車と衝突。冴は即死する。誠は生きていく気力を失い、自宅に引きこもる。誠をなんとか励まそうと、小柴愛がたびたび訪れるが、誠は愛の懸命な言葉にも反応を示さない。そんな中、薫が「仕事をクビになった」と突然家に帰ってくる。
何号室か忘れてしまった部屋のなかで向かいあう駅のホームのこちらがわでちらつく光でいっぱいの水槽のまえで始まりも終わりもないものについて今ようやく考えはじめた者たちのために舞台美術先行のクリエイションを行い、〈やがては忘れてしまう些細なできごとや気持ち〉を、交差するあるいは並行する空間で描き出す。白いたんぽぽ初の大阪公演。WINGCUP2023最優秀賞受賞。
新型コロナウイルスが猛威を奮っていた2021年9月8日、こまばアゴラ劇場で有観客上演と配信を実施。犬にまつわる短編劇2作と短編小説5作品の朗読で構成されたうさぎ庵的不思議世界が、短編上演の合間の換気や消毒でパンデミックという不条理な現実を凌駕する。
super reflection
映像作品『super reflection [ver.0.1]』のメイキング映像