表示件数
有科珠々舞踏作品
『ABSENCE (不在)』は、有科珠々が2005年にパリで制作した2人の出演者による舞踏作品です。2005年、ニューカレドニア・ヌメアのチバウ文化センター(Centre culturel Tjibaou)で上演され、同国初の舞踏作品としてメディアで話題になりました。全60分、二部構成。一部は有科珠々が演じる幽閉された古代の姫の孤独を描いたソロ。二部では保坂一平と共に、暴力と性愛の狂気を二人の身体
アーサ・ミラーのアメリカ演劇史上最高の傑作。平凡なセールスマンの悲劇を過去と現在を巧みに交叉させながら描いた作品。この録画は巡演前の舞台稽古として日大芸術学部の講堂で上演したものを収録。
火曜日のシュウイチ
幽霊が出た。35歳のおっさんの幽霊だ昔死んだ僕の友達だという。覚えてないこんなおっさんの知り合いはいない彼は11歳のときに死んでから、僕と一緒に歳を重ねてきたのだという。じっと見てた。僕のことを。知らなかったじゃいまさらどうしてそれを言いに来たの?彼はわかってほしい、という。わかりあいたいのだ、という僕と。彼の死んだ事情のことをいや困った。まことに困ったそんな夜。幽霊のささやきを、お送りします
1999年、ノストラダムスの大予言の年、日本では「世界の終わり」を疑似体験するシュミレーションゲームが流行るなど「最後の一日をどう過ごすのか」が一番の関心事となっていた。大手広告代理店では「ラストデイプロジェクト」と称し、「世界の終わり」を盛り上げるために、ベトナム難民の超能力者、ジョン・マイケル・パオという青年をカリスマとして祭り上げる。消費し続けることに飽きた人々は「悔い改めよ」というパオのメ
『父と暮せば』で原爆投下後のヒロシマを描いた井上ひさしが、桜隊の史実をもとに原爆投下直前の広島の3日間を舞台に、戦時下でも演劇を愛し、芝居の力を信じ、「一人ではできないことをしている、一人の人間の力をはるかに超えたなにか大きなもの、なにか豊かなもの、なにかたのしいもの、それを望んで、それをたしかに手にいれている」と身も心も捧げた人々の苦難と喜びを、笑いと歌声を交えながら描く“演劇讃歌”の物語。
ノーラの決断は過去のもの?時を越えて響く注目の新演出!もうすぐクリスマス、ノーラは浮かれていた。可愛い我が子に、やさしい夫ヘルメル。夫の仕事も順風満帆だった。だが、ヘルメルの部下クログスタの訪問によってある重大な秘密が暴かれ、ノーラは自分が可愛がられるだけの「人形」であったと気づき…。女性解放運動にも大きな影響を与えた、「近代演劇の父」ヘンリック・イプセンの傑作社会劇。舞台をヨーロッパから昭和10
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
レパートリーの創造
家父長制や資本主義、大量生産・消費システムのひずみから生じる不条理や滑稽、そして欲望のグローバルな均一化を、痛烈なQ(クエスチョン)に昇華して突きつける本作。。幾度もくりかえされる「かわいい」のセリフが、玉虫色に意味を変貌させる先に、果たしてユートピアはありうるのか!? 日本、韓国、香港の俳優陣がくりひろげる懸命かつ批評的ユーモア満載の今作は、現代を生きるすべての者たちへ、取り返しのつかない激震を
鄭義信によるこんにゃく座書きおろしオリジナル・オペラ第一弾。1999年から2005年まで全国公演をおこない、また、2001年にはアジアツアー、2005年には韓国ツアーもおこなった。2015年新演出版を初演し、その後も公演を重ねている。
ある日突然、死んだ友人の幻影を見るようになった小説家、稔梨。彼女は友人の民俗学者と共に、海沿いの小さな集落に住む霊能力者のもとを訪れる。しかし彼女が尋ねたとき、集落は年に一度の祭『おわたり』の準備に大わらわだった。『おわたり』とは、その年に海で死んだ者たちの魂がいっせいに黄泉の国へと渡ること。 死者と生者が混在するひと夜。海は闇に溶け出し、人の秘密があふれ出す。
コロナ禍の3年もの間、私たちの季節は不安、不確か、曖昧、疑念、動揺といった言葉に埋め尽くされていました。色で言えばずうっと灰色でありました。先日、今回のキャスト数人に、「灰色の後は何色に染まりたいですか?」と質問したところ、ピンクと答えたIさん(中年♂)がいました。私が、「白じゃないの?トンネルを抜けると雪国みたいな」と聞くと、「いや、白はちょっと恥ずかしいですね。私はピンクでありたい」と答えまし
岸田國士初期の名作「葉桜」をモチーフに、横山拓也が現代的な視点から母娘を描く「あたしら葉桜」を、二本同時上演。口語劇のパイオニアといえる岸田戯曲とiaku の関西弁口語を並べることで、その影響や系譜を確認し、エンタテインメントに昇華する。演出は、iaku で長く横山とコンビを組んできた上田一軒。キャストには第20 回(2017 年度)関西現代演劇俳優賞・女優賞の林英世と同・奨励賞の松原由希子の関西
『演劇【推しの子】2.5次元舞台編』は、原作の第5章「2.5次元舞台編」に焦点を当て、漫画作品の舞台化の制作ドラマを描く。フレッシュからベテランまで幅広い顔ぶれの実力派俳優を迎え、新たな演劇の歴史を築き上げてきた精鋭スタッフ陣による叡智と技術を集結させ、舞台『東京ブレイド』の2.5次元舞台化に挑む。
ソ連の作家ミハイル・ブルガーコフを題材とした評伝劇。ブルガーコフは、その著作が「反革命的」であるとソ連では出版禁止や上演禁止になった作家だが、その才能はスターリンにも認められており、それゆえモスクワ芸術座から生誕60年を記念したスターリンの評伝劇の執筆が彼に依頼された。本作は、このスターリンの評伝劇を書いていた時期1938~1940年のブルガーコフを取り上げ、独裁者スターリンとの関係を描いた作品。
河上肇の登場しない井上ひさしの「貧乏物語」社会問題としての資本主義・・・「貧乏ってなに?」と問う人すべてに捧げる可憐な女性六人の事情と人生。時は大正5年...第一次世界大戦の好景気の最中、誰もが少し浮かれて、本当の''貧乏''を見ようとしなかった時代に、ベストセラーになった河上肇の『貧乏物語』。 その河上肇の周りには、こんなにも素敵な女性たちがいた。私たちはおんなじ問題の前にいる。こまつ座24年振
ぼんぼん盆の十六日に地獄の地獄の蓋があく ────夭折した明治の女流作家・一葉を取り巻く5人の女性たちが織りなすこの世とあの世の境界線。景気で浮かれる上層と下層の間で、美しい文体で時代ともに生き抜いたあらゆる階級の女性達の頂上から底までを見た一葉...。24歳6か月の若さでこの世を去るまで多くの名作を発表した夭折した天才女流作家の"奇跡の14か月"とは...。
七十年前、「聖戦」の名のもとに起こった日本の侵略戦争によって、町から村から男たちは戦場に駆り出され、多くのものが閃光のようにその命を散らした。女たちに残されたものは一通の手紙と、はるかな苦難の道だった。 戦没農民兵士たちが生前、家族にしたためた真情あふれる手紙と、若くして戦争未亡人となった女たちが、歩まざるを得なかった苦難の道を語った証言を、一人の語り手と三人の兵士に仮託して構成された朗読劇。語り
(フライヤーより)こどもの城オープン3周年記念として、ピアノ練習曲集「バイエル」を材料に、詩と歌と映像で味つけしたファミリー・コンサートをお贈りします。「せっかく美しい曲が集まっているのに、ただの練習曲にしておくのはもったいない」と、詩人たちが「バイエル」に楽しい詩をつけました。さらに映像もプラスして、「音楽の楽しさ」「詩の楽しさ」「みんなで歌う楽しさ」をお届けしたいと思います。ピアノを習っている
新宿八犬伝 全五巻
1985年11月1日-10日アシベホール(新宿歌舞伎町)にて初演。この年、川村毅が第30回岸田國士戯曲賞を受賞することになる6月公演「第一巻」に続くシリーズ「第二巻」。滝沢馬琴の「南総里見八犬伝」に想を得た歌舞伎町の闇の八犬士「騒!乱!情!痴!遊!戯!性!愛!」の玉の力で"歴史と物語"の闘いが始まる。1985年初演時には存在したベルリンの壁が、この1990年再演時には崩壊しており一部台詞を改変して
まちなかパフォーマンスシリーズ
演出家・坂田ゆかり、俳優・稲継美保、ドラマー、パーカッショニスト・田中教順。80年代生まれのアーティストが集い、現代の諸問題への関心を、日本の話芸や打楽を用いて共有し、深め、拡げる場を創造します。公演会場は寺。三好十郎の詩劇『水仙と木魚』をベースにさまざまな文学作品の断片、寺を取り巻く地域の記憶、仏教法話を織り込んだテキストと、声、身体、音が共振する特別な時間が生まれます。
地下の安宿では、今日も朝からたわいない喧嘩が始まる。饅頭売りのクワシニャー、病身の妻・アンナを顧みない錠前屋のクレーシチ、男爵と呼ばれる男はナースチャーに茶々を入れる。宿の主人コストイリョフが女房のワシリーサの行方を訪ねに降りてくれば、こそ泥のペーペルと衝突する。行き場の無い人間達がふきだまるそんな宿に、巡礼のルカが来る。彼の啓示めいた一言ひとことが、やがて波紋のように宿の住人の心に広がっていく。
舞台上にゾロゾロと現れるのは、普段着の男女28人。誰もが一度は耳にしたことのあるポップソングをバックに黙々と身体を動かす彼らに、年齢や職業、 ダンスの経験をはじめ、特別な共通点はない。舞台手前でDJ役を務めるスタッフが突如舞台にあがり<プライベート·ダンサー>にのせて見事なダンスを披露したり、<ばら色の人生>では場内の照明がすべてピンクになったり……歌詞にあわせたペタな振付や演出に、観客は笑い、感
ミュージカル『薄桜鬼』
2.5次元ミュージカル/舞台
長野県飯山小学校の教師瀬川丑松は誰にも言えない秘密があった。出自のことだ。常々父から身分を隠すことを訓戒とされていた。親友の土屋銀之助や生徒たちにも勿論黙っていた。しかし人権家猪子蓮太郎の著書に感化され、人生の葛藤を抱え深く悩むようになった。いっぽう丑松や銀之助のことが目障りだった校長は、新任の勝野文平を味方に引き入れ丑松たちを放りだす口実を探す。そんな時に丑松へ父親が亡くなった報せが届く。また敬
同じ施設で育った義経、タケル、道真は”The Sky's The Limit”というグループを結成し、メジャーデビューを目指して音楽活動をしている。野外ライブでのリハ中、突然の落雷により意識を失った3人が目を覚ますと、そこはー着物姿の人々であふれる京都・鴨川三条大橋の河原だった…。3人が時空を超えてきたのはこの空が「音楽の力」で繋がったから!3人は歴史を変えることができるのか。
舞踏家・大野一雄は2010年6月1日に103歳で亡くなった。その年、世界各地で追悼の集いが行われたが、2004年から毎年開かれていた「大野一雄フェスティバル」も11月から12月にかけて、「大野一雄の世界」を共有することを主眼に開催された。オープニング公演を含む三夜は「終わりのない舞踏会」として同フェスティバルのそれまでの参加者や公募参加者などによる短い作品を連続上演した。「O氏への旅 O氏からの旅
「私小説というものがある、私演劇というものがあるとしたら・・・劇作家にとって物語は人生の日記のような物だ劇作家は愛する人を失った時、彼女の物語を書くのだろうかそして彼女に似た女優を探し、稽古し、作品を完成させたとしてもその物語は観客に公開するだろうか?解体前夜の劇場で上演されたその作品は、誰にも観られる事も無く、劇場の壁に染みつくのかもしれない」
-
(フライヤーより)暑かった。わけもなく切なかった。うれしいのに涙が出た。夕立に打たれた。虹の下で笑った。いろんなことが駆け抜けたあの夏の雲の下に、おじいちゃんはいた。
2018年10月に初来日した演劇集団アルテ・エ・サルーテの『マラー/サド』が、日本との共同制作により映像作品に。精神科病院を撤廃したイタリアで、自ら障害と向き合う人々が創り上げた舞台は、状況が大きく異なる日本の観客にも強烈なメッセージを投げかける。
川口隆夫ディレクション企画「舞踏 ある視点」
演出家の生西康典が、土方巽のテキスト「病める舞姫」と「慈悲心鳥がバサバサと骨の羽を拡げてくる」を演劇作品化した。2人の演者はほとんど動かずに土方の言葉を発し、それらの言葉が地下空間を震わせていく。静寂、言葉、電車の走行音をはじめとした空間内の音。そのなかで震える身体。その揺らぎが見る者に伝わり、それぞれの異なる経験、あたらしい物語を生み出していく。本作では、その「揺らぎ」を映像作家の掛川康典が映像
佐藤貴史・加藤啓によるオムニバス・コント公演。小林顕作『胸に残る熱い想い』、竹村武司『チョーカー』、池田慎『平和』、徳尾浩司『新しいスポーツ』,またはブライアン『サティカティ』
江戸三味線音楽の変遷
幕府が開かれた後の江戸の三味線音楽がどのような変遷を辿ったのか嘉永4年(1851)から文久2年(1862)まで幕末から明治に至る新時代の前夜25年間です。お話 竹内道敬長唄「あやめ浴衣」(1859年) 唄 杵屋巳津也、杵屋正一郎、杵屋佐喜 三味線 杵屋裕光、今藤政十郎、杵屋裕太郎清元「梅柳中宵月(十六夜)(1859年) 浄瑠璃 清元延初磨、清元延明寿、清元延清恵 三味線 清元紫
茨城県日立で炭鉱と坑夫の歴史をリサーチしたオル太が、神話の世界から近代化の時代を抜け、福島の原発事故を経て、延期されたオリンピックと常態化した緊急事態に振り回された日本の現在において信仰されている「神」とは、そのために捧げられている「労働」とは何かを問う。私たちの生きる都市はどのような「鉱山」で、日々そこで私たちはいかに身体と言葉を使い、使わされ、どこに運ばれ、何を掘り出し、また埋めるようにして生
ワーニャは田舎の領地で母と姪のソーニャと暮らしている。妹の夫の大学教授が後妻を連れてやってくる。彼を信じ献身的に支えた教授は実は無能で俗物だった。美しい後妻エレーナに心を奪われて仕事も手につかないワーニャと医師のアーストロフ。しかしエレーナの心はアーストロフに。そんな折、農園を売ってフィンランドで余生を送ると宣告する教授。怒り心頭のワーニャはピストル騒ぎを起こす。自分の人生は何のためにあったのか・
当代の至芸を、芸談と演奏で余すところなく存分に堪能する「きく会」市井の名人登場極められた長唄三味線の華「三曲糸の調べ」 唄 今藤長一郎、今藤政貴 三味線 今藤美佐緒、今藤郁子対談 今藤美佐緒、山川静夫「二人椀久」 唄 杵屋東成、杵屋利光、杵屋巳津也、杵屋禄丈、杵屋巳之助 三味線 今藤美佐緒、今藤長龍郎、松永忠一郎、今藤政十郎、今藤龍市郎 囃子 藤舎呂船社中
世は南北朝時代、足利尊氏と新田義貞が天下をあらそう戦乱の時代。新田の家臣・塩谷判官[えんやはんがん]高貞は足利軍にやぶれ、降伏した・足利がうばった新田の財宝を返してもらうかわりに、塩谷は新田の愛人・勾当内侍[こうとうのないし]をさしだす。天下の美女を手に入れた尊氏の弟・直義[ただよし]は塩谷に心をゆるし、むほんのたくらみをあかして仲間にひきいれる。一方足利の重鎮・高師直[こうのもろのお]は、直義の
作品ノート「まっすぐ立つ」というあたりまえの姿勢を維持するのにどれだけの外的、内的力を要するか。一度投げ出された物体が様々な放物線を描きながら落下していくように、私達も一度放り出されたらそれぞれの軌跡を描きながら落下へ向かっていく。抗えない物理的な法則を受け入れながらも諦めきれない気持ち。抗いながらも全ての人に平等に与えられている物理的法則に対する安堵。重力に従って「もうこれくらいで」という気持ち
江戸三味線音楽の変遷
幕府が開かれた後の江戸の三味線音楽がどのような変遷を辿ったのか享和元年(1801)から文政8年(1825)まで一中節が流行。地方の名物を取り込んだ曲や、江戸文化のすべてにおいて吉原から流行が生まれていきました。お話 竹内道敬一中節「安宅勧進帳」(1804年) 浄瑠璃 菅野序恵美、菅野序芙美、菅野序春 三味線 菅野序枝、菅野序美久長唄「越後獅子」(1811年) 唄 杵屋利光、東音味見
近代劇の父イプセンの代表作である「人形の家」。新時代の女性解放の問題作として、多くの論議をわかし世界各国で上演され続けてきた。本作品では、単に人形扱いされて家出するノーラという今までの舞台とちがった千田是也の新しい演出による、人間性開放のノーラのドラマをお贈りいたします。
「私は他人である」 もう一人の自分が残したメモにはそう記されていた。フリーライターの立原雅人、精神科医の紅谷礼子、そしてゲイ・バーに勤める後藤参三。作家志望の雅人は、時々自分が自分でないような錯覚にとらわれ、礼子の勤める病院を訪れる。そんな折、偶然雅人と再会した参三は、雅人の看護をすることになり、3人は高校卒業以来、初めて顔を揃えることになった。そして...。
(パンフレットより)一月に書いた文章を眺めている。あれから、なにを経て。どんな音を聞いて、どんな光景を目に映して。どんな時間を過ごしてここまで巡り、辿りついただろう。想像もしていなかったようなことは、やはり起こる。それに伴って、線なんか引かれていなかったところに線は引かれていく。内側と外側があるのだと知る。部屋のなかで窓より外の世界を想像するのがこんなにも不安なことだった、だなんて。しかし、やはり
オペラシアターこんにゃく座創立25周年記念公演。大森博、大月秀幸をゲストに迎えた、林光と萩京子、ふたりの作曲家の共同作曲によるシェイクスピア・オペラ第三弾。
本シリーズであえて“実験”の二文字を掲げるのは、この実験が作者である私自身にとっての実験であるからに他ならない。音楽や物語など、私にとっては外部の既存のものから得る刺激によって創作するのではなく、まずは空間及び動きの法則を仮定し、そこから何が生みだされるのかを創作過程において研究/記録すること。その科学的アプローチこそが本創作(実験)の趣旨である。(金森穣)
5人のダンサー達が、舞台という一つの空間を縦横無尽に駆け巡り、身体の持つ表現力の限界に挑む作品。ダンサーの存在そのものを起爆剤に、その圧倒的なエネルギーは見ている者に新たな創造性を掻き立てるダンスコラボレーションの集大成。
みーちゃんシリーズ
『居酒屋じぱんぐ〜みーちゃんの行方〜』は、コロナ禍初の緊急事態宣言で外出することもままならなかった東京で、音声だけのひとり芝居をつないで制作された「留守電ひとり芝居オーディオドラマ」です。あれから、なんと4年!登場人物が、閉館を目前にしたこまばアゴラ劇場に集まり、実際に演じ目撃型オーディオドラマ。5類になって一年。コロナは私たちから何を奪い、何をもたらしたのでしょうか?
「ハインリヒ、お兄ちゃんが連れていってあげるよ。ハインリヒが大きくなったら、あんちゃんと一緒に月に行こう、ね。」幼い日の弟との約束―。やがて大学へ進んだ彼は師・メストリンと出会う。「科学技術の発達が地球を狭くする。国境をなくすために助け合える時代がもうすぐやってくる。そのための天文学が必要なんだ!」ヨハネス・ケプラーは決意する。あこがれの宇宙の真実を知るために、愛する家族を守るために…。1999年
1945年8月、ソ満国境虎頭で何がおこったか?ウスリー江をへだててソ連領と対峙している虎頭には、当時東洋最大の地下要塞があった。ソ連参戦時、この地下要塞には、関東軍満州第十五国境守備隊、軍人家族、軍属、満蒙開拓団の老人婦女子、満州職員など、2500人の日本人がいたが、そのうち、無事故国へ帰りついたのは、わずか53名だった。あとの2千数百人の邦人は、破壊された地下要塞のなかで、今も永遠の眠りについて
—何したっていいだろう、たった七日なんだから—八月、陽の光に強く照らされた猛暑。彼らは鳴き続ける。この世に生を受け、年月を重ね、やっとの思いで地上に姿を現したのだ。自らの身体の形をした殻を残し、大空を飛び回り、そして必死にしがみつく。休むことなくひたすらに鳴き続ける、大きな声で。彼らの晴れ舞台。たった七日で何ができるだろう。強く、強く、鳴き続ける。
(フライヤーより)滅亡に瀕した地球にさいごの天使が羽をひろげるとき、ひかりはいのちになった。
パルコ ハイコメディシリーズ第3弾
人生にやり残したこと?燃えるような恋‼真面目男が企んだ密かな恋の冒険。
衝撃的な内容と大胆な演出でこの年の話題をよんだKERA&ナイロン初の艶笑劇。妻とのセックスの最中に火事を出し、家と末娘を失った中年サラリーマン、ウツキ。妻一筋のまじめな彼だったが、コンビニで働く18歳の少女フミに魅かれ、不倫に走る。フミの父親は白痴の美少女マリィを誘拐し、マンションに監禁していた。ラブホテルに連れ込んだ女性から金を盗る若者、警察の職を悪用して女性にSM関係を強要する警官、そして彼ら
紀尾井たっぷり名曲 長唄
人々を魅了し続けてきた傑作に注目。長唄「勧進帳」は、能『安宅』をもとに歌舞伎化され、舞踊としても音楽としても人気が高い作品です。当代きっての名人で長唄三味線・人間国宝の杵屋勝国と、歌舞伎の第一線で活躍する唄方・杵屋勝四郎が大曲を務めます。お話は児玉竜一・早稲田大学文学学術院教授です。
桂吉坊が2024年3月に噺家25周年記念に3日間連続で開催した『三都勇劔傳』総まくり。2020年に観客を唸らせた元は講釈作品を落語化した「大丸屋騒動實記」に加え、阿波の武勇伝「船越重右衛門」と、歌舞伎演目「籠釣瓶花街酔醒」にも登場する佐野次郎左衛門が“百人斬り”と呼ばれるまでの悲哀と転落の物語「佐野次郎左衛門」の新作を加えた3作品を木ノ下歌舞伎主宰の木ノ下裕一が補綴し上演した『三都勇劔傳』。
ある夏の日、<友>が<私>を訪ねてくる…登場人物はその二人だけ。長い長い別れ話が始まった。■ものがたり蒸し焼きにされそうなある夏の日。畳の上で部屋着姿のまま床にはいつくばる「私」の前に、高校時代の同級生「友」が現れる。話を聞くと、自転車に乗ってずいぶん遠くから走ってきたという。久しぶりの再会に喜ぶ二人は、じゃれあうように会話を楽しむ。しかし、ふとしたはずみで出る「友」の言葉は、二人の間には埋めるこ
1980年に京都を拠点に創業された白虎社は、同年5月の旗揚げ公演『秘鳴の森』(立命館大学)を皮切りに81年にかけて関西圏の大学の学園祭を巡演した。本映像は80年10月、同志社大学での『鯢骨の森』を収める。上半身裸で輿を運ぶ役を担っているのは、学園祭実行委員会や学園祭スタッフの学生達。枕を頭につけて背中を向けて踊る男性群舞「背中の踊り」や女性の群舞「箒の踊り」など、後の複数の作品に取り入れられる要素
-
赤穂の家臣不破数右衛門は、薩摩源五兵衛と名を変え、義士の仲間に加わろうと金百両を工面していた。が、芸者小万の妖しさに惹かれ、夜毎逢瀬を重ねていた。だが、実は小万には夫三五郎があり、晴れて夫婦になるには三五郎の父に金百両を渡さねばならなかった。二人は大芝居を打って源五兵衛から金を騙し取り、夫婦であることを告げる。武士を捨て、小万との愛に生きようとしていた源五兵衛の絶望と怒り。しかしそこには驚くべき真
自由の国でアメリカ人として生きていた日系移民たちは、ある日突然“日系”という理由だけで国家の敵とされ、強制収容所に移送されてしまう。アイデンティティを否定された中で、何に忠誠を誓い、何に信念を持って生きるのか― 葛藤しながらも、希望を見つけ前に進んでいく人々を描く。忠誠やアイデンティティというテーマと共に、本作の根幹で描かれているのが“家族愛”。それぞれの信念を貫いたがゆえの家族の分裂、そして再生
『放浪記』で一躍文壇の寵児に躍り出た女流作家・林芙美子。奔放に生きてきた人生を写すが如く、原稿用紙に向かっていた。世間の風は戦争へ突入すべく、日増しにきな臭さが強まりはじめていたそんな中で、芙美子は人生の切り売りだけで小説を書くことに行き詰まりを感じていた。そして、時流にあわないという理由で出版した本が発禁処分されてしまう。芙美子につきまとい、金儲けを企むプロデューサー三木孝は、"戦さはもうかると