表示件数
202×年。日本は三十年間続いた不況の、まだ、ただ中にある。舞台は、青年海外協力隊の、架空の第四訓練所。様々な夢を抱き、海外に渡る直前の若者たちの不安定な青春群像が描かれる。おりしも、来年度から、海外青年協力隊の派遣中止が決定される。協力隊の未来に不安を抱く者。自らの夢に疑問を持ち訓練所を去る者。不安や寂しさに耐えきれず、禁止されている所内での恋愛やアルコールに走る者。隊員たちの真摯な会話から、助
人工流れ星「金平糖1.0」を巡る愛と笑いと未来の群像劇人工的に作り出す流れ星を開発したハウトは、人工流れ星に「金平糖1.0」と名前を付けて初披露を控えている。一方、新聞記者の青は自然に人が手を加えることを批判している。そこへオカルト研究会のおバカな高校生二人と、娘を事故で亡くした教師も加わり、運命が交差し、すれ違っていく。年齢も境遇も様々な5人それぞれの運命が、最後には1つの結末を迎える!
私たちはカラダのことを知っているようで私たちはカラダのことをまだ知っていないあなたの中にある私私の中にあるあなた私はまだ私を見たことがないあなたを通して私を見る私を通してあなたは見る凹凸世界は変わり続け身体は変わり続け凹凸私たちの最後の破片を探す旅は続く私たちのカラダはまだ不完全だから身体を所有した時から私たちの旅は始まった
『不眠普及』あらすじある日突然不眠症にかかった女は、それが性感染で罹患してしまう、新しい病であることを知る。どうやら治療法も開発されていないようだ。そのことを社員旅行で偶然知った、女の会社の同僚である東雲は、女を宗教団体の教祖へと祀り上げ、世界を革命しようと目論む。女を騙して監禁し、やがて薬漬けにし、次々とそこに男の信者を送り込み、無限の性交を強要する。女は発狂寸前のなか、体力の限界で気絶する。
当代の至芸を、芸談と演奏で余すところなく存分に堪能する「きく会」不世出の名人 堅田喜三久の音世界に浸る一日杵屋正邦作曲 「重陽」小鼓 堅田喜三久長唄「島の千歳」 唄 今藤政貴、今藤長一郎、今藤龍之右 三味線 今藤政太郎、杵屋栄八郎、今藤政十郎 小鼓 堅田喜三久 堅田喜三久構成 囃子組曲 「獅子」 笛 中川善雄 小鼓 堅田新十郎 大皷 堅田喜三郎 太鼓
2005年の横浜赤レンガ倉庫1号館での上演から10年。今回のダンサーは、当時の田畑真希 (2009年受賞者)、関かおり(2012年受賞者)など女性ダンサーから男性ダンサーへ...。 世界各地を巡回した話題作が、男性ダンサーのための作品として、再構築される。[作品ノート]例えば掌をひろげた場合なぜか小指から閉じたくなる、という今の身体思考の流行に逆らわないことでダンスが組み立てられています。「ワン◆
老人ホームに入居している97歳の岡谷正雄は、介護職員が提供するレクリエーションに腹を立てていた。彼は命を懸けることができるレクリエーションを欲し、介護職員は「生前葬をしましょう」と提案する。それから月に一度、岡谷は死ぬことになった。今日も岡谷のレクリエーション葬がはじまった。たまたま居合わせた入居者も参列することになる。そこで突然、岡谷はある入居者に対して、自分の息子「隆」だと、名前を連呼し始めて
みんなの歌が遠くに聞こえる。その1、その2を経て、その3となるこの作品は、誰かが誰かを歌い、みんなでみんなを歌うどこかへ向かおうとすれば、個人主義から新しいコミュニケーションを発想しなければならない現代の困難を描いた。
戦後しばらくたった1955年、伊丹である男女が出会い、家族が始まる。万博の熱気、バブルの高揚、震災の喪失、検査と対策の時代を経て現代まで――伊丹で豆腐屋を営むある家族の歴史を、いくつもの時代と街の風景を通して描いた舞台。ごまのはえの脚本と小原延之の演出が初タッグを組み、2025年度で閉館を迎える伊丹アイホールと人々の物語を語り直した。
変わったもの変わらないもの現われたもの現われないもの全て埋めてしまおうかほんの少しの間だけ東日本大震災直後の被災地の物語
1700人以上の応募者から、野田秀樹がオーディションで選んだ「東京演劇道場」のメンバーらが初見参!演じるは、「赤鬼」。移民、国境、社会の分断…今の社会が抱える問題をいち早く描き、1996年の初演以降、日本、イギリス、タイ、韓国で野田が各国の俳優と共に作り上げてきたマスターピースを野田自身の演出により16年ぶりに日本で上演する!
-
【Story】都市の地下下水道の汚水の川を疾走する中国人密航者たち、道路標識マークのシャツの少年たち、彼らを追いかける浮浪者の老人、そして少年A。 少年Aは道路標識のシャツの少年が落としたトランジスタラジオを拾う。それは彼が浮浪者の老人から奪ったものだ。過去のブラジル移民のニュースがラジオから流れ、少年Aはその音に導かれて不思議な旅に出る。それは浮浪者の老人の過去への旅だった…。【Note】維新派
熱くて切ない新感覚ファンタジーが人気の劇団ショウダウン。今回は荒野に響く撃鉄と硫黄の狂詩曲。北米、ニューメキシコの町に、史実から抹消された一人のアウトローがいた。「最強の臆病者」、決闘の恐怖から逃げ出し、銃を捨てた男を人々はそう呼ぶ。しかし、平和な片田舎の町が野盗の集団に襲われた時、男は一人の少女を守るため、再びその手に銃を取る。「撃鉄の子守唄」、それは失われた物語、それは、失われるべき物語。
「ささらもさら」とは、広島弁で“滅茶苦茶”の意。広島は、1945年、原子爆弾によって滅茶苦茶にされた。一瞬の光が全てを絶滅するかのように変えてしまった。作品テーマは、「原爆の過去、現在、未来」。原爆そのものを描くのではなく、それによって引き起こされた、人々の悲しみ、憎しみ、恐怖、怒りといった複雑な感情と、歴史的にも世界的にも止むことのない不条理な状況を、普遍的イメージとして舞踏化した作品である。
「ダンスの持つ抗えない魅力を、ダンサー自身が取り戻す事」を第一のテーマに、踊り尽くした末の、意味や記号から解き放たれた体から初めて生まれる関係性を提示した作品。「欲望も抑圧も、産まれた時からお皿に並べられていて、好きも嫌いもないままについ手が伸びちゃう程には食っちゃ寝て、その分大きくなったら誰かに食べられて、どんどこシェアされて循環してるこの体の緑。かなり。」
原始時代版ロミオとジュリエット+シラノ・ド・ベルジュラック。かつて、人類の祖クロマニヨン人とともに世界にあった絶滅種ネアンデルタール人。両者が混血していたのではないかという仮説のもと種族を越えた愛憎を描く。上演後、DNA解析の結果両者に混血が合ったという報告が上がり一部で話題に。
戦争の惨禍を通し人間の悲喜劇を描いたゴヤの版画から着想を得た「サイレント・オペラ」。ヒトラー政権下のユダヤ人迫害を題材に作曲されたライヒの「Different Trains」が使用され、踊り手達は椅子に縛られたままで、運命は変えられないことを暗示する。終わらない惨劇に目を向けるためにも、こういう作品が必要だと古川が指摘している。Act 1:朝(使用曲:スティーヴ・ライヒ「Different Tra
小島政二郎が愛娘について書いた原作を元に、戦争の傷痕を見つめながら生きる父と娘の悲しくも微笑ましい絆を描く。大滝秀治、奈良岡朋子の父娘役で好評を得て5年間にわたる全国巡演。1961年、名の売れた作家の田島柾二郎の気がかりは、妻の死後家庭を守り嫁に行けず過ごしてきた娘みこ。戦時中に学徒動員で過酷に働かされたことから身体を蝕まれて行く娘のため、小さな家に買い換えてその差額を遺そうとする柾二郎ですが…。
邦楽 華麗なる技
邦楽の「技」と通じてその楽しさを堪能するシリーズ。歯切れ良い言葉と三味線の明確な音色が特徴の常磐津節は、歌舞伎の音楽として重要な要素を担いつつリズミカルで軽妙な面も持ち合わせています。江戸の人々が好んだ常磐津節の魅力を存分にお届けします。鼎談 常磐津清若太夫、常磐津一寿郎、前原恵美「宗清(恩愛瞔関守)」 浄瑠璃 常磐津清若太夫、常磐津光勢太夫、常磐津若羽太夫、常磐津松太夫 三味線 常磐津一
『3℃の飯より君が好き』:田舎町に引っ越してきた新婚の夫婦。夕方、帰宅した妻のお腹が突然膨らみ始めた。妻は「お腹に氷がいる」と言い出すのだが…。温度を切り口に夫婦の現在と未来を描いた二人芝居。 『メイクアップ!』:理沙と陽子はアンチ化粧派の中学3年生。だが、理沙は演劇部の公演のために舞台メイクをすることになる。「裏切り」を許せない陽子はある大きな行動に出る。心と容姿の変化に戸惑う中学生を描いた短編
1997年「KATSUO NI SILAGA」として初演され、その後現在の題名に変更、ダンサーのスピードと力と汗が光る作品である。2002年ドイツ、ハイルブロン市立劇場に招聘され15回公演を行った際のプログラムの一つであり、海外から見た現代の日本のイメージを象徴していると絶賛された。
藤琴の獅子舞・花の舞・貫井囃子・鬼剣舞などの民族芸能の数々を盛り込んだ〝ファンタジックステージ〟正雄は、ふとしたことで親友の心を傷つけてしまった。語り合えないままその友だちを事故で失い、それ以来、自分のカラに閉じこもりがちだ。そんなある夏の夜、バイクに乗った正雄は、美里とそのお爺さん安蔵を巻き込んで事故を起こし、意識だけが浮遊する不思議な〝夢の世界〝へと入り込む。そこに、「行きたい所見たいもの、何
変な人がやってきては帰っていくコントが多いことから、新喜劇システムを取り入れた本作。「ちょっと良いことを人にする」母親ゆずりのモットーで生きる親切な寿司屋八木光太郎は立ち退きを迫られていた。再開発問題にゆれ、存続をあきらめた日の出商店街の面々をよそに、八木は一発逆転の秘策を迷惑メールフォルダの中に見出す。そして奇跡が起こるその前に、7Aちゃん家の暴れ草刈り機が人を轢き始めた…!
「新宿駅ラッシュアワーのタンゴ」は70年代に制作されたヨネヤマママコの代表作。通常は無言であるパントマイムに、ウィットに富んだ歌と語りをつけた独自の形式「パンカゴ」で、駅を行き交う人々を痛烈に風刺する。映像は1984年のマイム・ソロリサイタル『道化の小道』のもの。以下の作品が上演された。 タコを上げる子ども / 女の成長 / 象の話 / ボタン戦争 / 新宿駅ラッシュアワーのタンゴ / 空を飛ぶ男
上方落語『地獄八景亡者戯(じごくはっけいもうじゃのたはむれ)』よりともかくこの亡者の連中は、世間ずれしていると申しますか、世渡り上手と申しますか、クレージーといいますか、良く言えばファンキーといえるのでしょう・・・まぁ、閻魔様も手を焼く連中でございます。噺家が、言葉を用いて観客の想像力をかき立て、楽しませる芸であるのとは真逆に、SOUKIはマイムという黙芸で挑む。
「ピノキオ」の舞台は色鮮やかなサーカスのテント小屋。賑やかに繰り広げられる歌・踊り・パントマイム・大道芸etc…とんでもないいたずら小僧のピノキオは、失敗しても間違えても、また立ち上がり冒険の旅を続けます。もう一度ジェペットじいさんに会うために、人間の子どもになるために…
京都に拠点を置いていた白虎社は、着物のファッションショーへの出演など西陣織の関係者と数々のコラボレーションを行った。本公演は白虎社の代表作『ひばりと寝ジャカー男は寝床、女はおしゃれー』の初演。映像では冒頭の剃髪シーンは収録されていない。「西陣織工業組合100周年協賛公演・'84ロスアンジェルスオリンピック"シビル・ウォーズ”参加記念」と銘打った公演だったが、"シビル・ウォーズ”への参加は最終的には
西洋、日本のさまざまな物語形式を取り入れ、日本人の奥底に眠る近親相姦的感情を浮かび上がらせた戯曲(1978年初演)を、“井上ひさし生誕77フェスティバル2012”の第七弾として上演された。平安時代の奥州・米田庄を舞台に、十五の夏に禁忌を犯した美しく仲睦まじい双子、稲若と日の浦姫と、二人の間に生まれた子供をめぐる数奇な運命を、井上ひさし流のユーモアを交えて描いた作品。
閉塞状況の日本を逃れて、南のリゾートへ向かう豪華客船の甲板。「ニライカナイ伝説」をモチーフに、なにげない会話を通して人々の中に潜む差別意識や倦怠感が浮かび上がる…。`90年に沖縄県与那国島でレジデンス制作〜初演した作品の`95年再演ツアーを収録。
NHK編「戦争を知っていますかー語り継ぐ女たちの体験」を乾氏が構成。第一話「満州からの最終列車は燃えた」 第二話「艦砲の嵐をくぐりぬけて」 第三話「母さん、水をちょうだい」 第四話「ムッちゃんはどこへいったの」
小学生の頃、いじめられていた女が見違えるように綺麗になって同窓会の二次会に現れた。しかし、そこには見知らぬ女がおり、自分もクラスメイトだと言って同窓会に参加する。そして彼女は誰も触れたがらない、それぞれの過去について話し始めた。
(フライヤーより抜粋)シェークスピア悲劇を大胆な無言劇にアレンジした「マクベス」では、自らが仮面を被って王を演じながら夫人の人形を操り、権力欲につかれて破滅していく男のもろさや悲しさを見せます。「ミッシング」は武将が生死の境でまどろみ始めた時、女にいざなわれ天界へ行き不思議な体験をして生き返る物語で、三島由紀夫の小説や溝口健二の映画「雨月物語」にインスピレーションを受けたオリジナル作品です。2作品
作品ノート:丸山純子さんの《無音花》を初めて見た時、「ビニール袋がなぜこのような美しい花になるのだろう」ととても印象的でした。そして“再びよみがえる”という意味の “再生”という単語が頭に浮かびました。いちど死んだものがよみがえる。驚異的であり神秘的なことです。 個人的には過去になってしまった様々な感情が湧いてきました。今回の作品は『無・音・花』それぞれの文字がもつ印象、意味と象徴、そして《無音花
床の上で、顕微鏡の中の微生物のように覗かれる。身体の細部に細かい命令を与え、細部が自立した意識を目覚めさせる分解作業。そして新たな繋がりの発見と、未知の自分との出会い。
「私は他人である」 その妄想をきっかけに、高校時代の同級生三人が再開するフリーライターの立原雅人、精神科医の紅谷礼子、そしてゲイ・バーに勤める後藤参三。作家志望の雅人は、時々自分が自分でないような錯覚にとらわれ、礼子の勤める病院を訪れる。そんな折、偶然雅人と再会した参三は、雅人の看護をすることになり、3人は高校卒業以来、初めて顔を揃えることになった。「孤独な愛の行方」をめぐる物語。
誰もが完全な善ではいられない。誰もが内に持つ善と悪。ジキルとハイドは悪の甘美な誘惑に負け罪を犯してしまう。最初は小さな罪を。やがて大きな罪へ。ジキルとハイドの最後は首吊り自殺だ。ユラユラと揺れる身体は善と悪の間で揺れる2人の心のようだ。
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
月光を浴びて 私は立つ種子のいのち、いのちの種子は / 確実に封印されるであろう夜、蝶たちは / 海峡を渡るという私がおどるのではなく、すでに / 肉体はおどりへ誘われているのだ無数の満月と 永遠の血の交換が / 為されているようにそのように舞踏は舞踏されればよい(ビショップ山田 「舞踏紀Ⅲ」より)
原作は馬場のぼる氏の『11ぴきのねこ』シリーズの同題名の絵本。ある日、11ぴきのねこたちの前に水玉模様のねこが現れます。雨も降ってないのに傘をさし長靴をはく“へんなねこ”を追跡した11ぴきのねこたちは、へんてこなものを発見します。それは、“へんなねこ”が宇宙から乗ってきた宇宙船だったのです。
邦楽 華麗なる技
邦楽の「技」と通じてその楽しさを堪能するシリーズ。客席からは見えない下手の御簾内から舞台を窺い、演者と息合いをはかっていく黒御簾音楽の巧みな技をご堪能ください。鼎談 藤舎呂英、柏要二郎、土田牧子黒御簾メドレー 唄 杵屋巳津也、杵屋佐喜、杵屋喜三助 三味線 柏要二郎、稀音家一郎、松永直矢 囃子 藤舎呂英、藤舎清之、藤舎呂裕、藤舎呂凰/福原百七長唄「あたま山」 唄 杵屋巳津也
ブラジルで6月に全国各地で行われる伝統のお祭り(収穫祭)からインスパイアされた作品。若者からダンスのレッスンには普段はかかわっていない年配まで参加しており、どこで上演してもブラジル人に親しまれる作品。
プロジェクト大山と田上パルによるダンスと演劇のコラボレーション。1940年に上演された『日本』三部曲に想を得て制作された作品です。1940年は、アジア初となる東京オリンピックの開催が計画された年です。しかし日中戦争の長期化によりやむなく中止されます。その一方で、この年には皇紀2600年を祝う様々な記念行事が催されていきます。第一線の舞踊家達が賑々しく集う『日本』三部曲もそのひとつ。平和の祭典が中止
邦正美は1964年にカリフォルニア州立大学フラトン校の演劇学科准教授に就任、後に舞踊学科を創設し、学科長を務めた。邦の舞踊教育は全人的成長を促すことを主眼とし、学生達が「踊りの道具」となることなく、踊りを通して創造性を育むことを旨としていた。「カルミナ・ブラーナ」は1966年11月に邦が4場面を振付けたものの再演。「Eternal Now」は「カルミナ・ブラーナ」と共に66年11月に上演された作品
人気作家のゴーストライター疑惑を追う一人の記者がたどり着いた関東奥地の山村。古民家に滞在し、不気味な日々を過ごしながら、記者は件の作家を追い詰めていく。やがて『狼谷にもう一つの村がある』というメモを残して、 その記者は忽然と姿を消したのだった…
ある研究所の所員たちは様々な事情を抱えていたそう「一日前」に戻れれば・・・ごくありふれた喜劇の典型の数々は、ちょっとした時空の歪みで場違いな喜劇へ生まれ変わる。どうやら明日、「あの出来事」が起こるらしい。
未来のバレエスターが出演する公演として有名な青山バレエフェスティバルの第1回目。国際的なバレエコンクールにおいて日本人ダンサーの上位入賞者が増えているのにもかかわらず、国内で若手ダンサーを中心とした公演の数が少ないことを受けて開催された公演である。青山バレエフェスティバルは本公演の後、15年間にわたって継続的に開催され、青山劇場の舞踊部門を代表とする公演となった。第1回は1986年8月16日、17
主人公の城崎はサウナを愛しながらも、未だ「真のととのい」とは何なのか分からずにいた。そんなある日、城崎が通う「王子健康ランド」のオーナーから衝撃的な事実を告げられる。この温浴施設の地下には「バトルダンジョン」が奥深く続いており、その最下層「ラストサウナ」に眠る秘宝こそ「真のととのい」だという。城崎は各フロアで待ち受ける汗の使い手「ボスサウナー」達に挑み続ける!20年前サウナで行方不明になった父の影
明治大正を代表する女流作家 与謝野晶子。彼女の才能を見出した与謝野鉄幹。2人は夫婦となり日本文学界にその名を起こす文芸誌「明星」を創刊。写実主義が強い時代にあって浪漫派を牽引する働きをした。しかし流行作家となっていく晶子の影に隠れ、鉄幹は自身の作品が書けなくなる。晶子という大きな才能の前にスランプに陥る鉄幹。そんな彼を支える晶子だが、やがてその関係にもすれ違いが生まれ――。 激動の時代を駆け抜けた
(フライヤーより)演劇界のお祭り野郎として名を馳せるプロデュース集団「ペーパーカンパニー」、今回もまた胸ときめきのキャストを揃え、さらに鈴木裕美を演出に起用、高品質のミステリアス・ドラマをお届けします。はっきり言って何かが起こる!?
ねずみのちゅうたはなまけもの。いつも寝てばかりいる。おなかがすいて買ってきたチーズをどこかに落としてしまった。どうやら猫が取ったらしい。ねこにどんな仕返しをしてやろうかと考る。床屋になってねこの大事なひげをちょん切ってやろうか、それとも海賊になってねこを海にジャボンとつけてやろうか、それともサーカスでねこに綱渡りをさせてやろうか…。ところが、そのねこがチーズをひろって返しに来てくれました。実はこの
(チラシより)いつだってずっと、もう何年も。どこか内側に在るシーンというシーンは、眼裏で目まぐるしくリフレインしている。最速のスピードを持って、脳内を駆けめぐる。あの季節の、あの湿度のなかを走りつづけている。もしくは、歩いている。校舎のなかを。休み時間、教室から教室へ。廊下を、歩いている。なんともない日々の眺め。しかし、その平穏さが一変する瞬間。いつのまにか忍びよっていた影に気づかずに、ある瞬間。
Oroche Presents 001 能-BOXギリシャ悲劇シリーズ
出国したまま帰らぬ人となったテーバイの前国王ライオス。秩序を失った国は、怪物スフィンクスの悪行により混沌を極める。古代ギリシャ・コリントスの王子オイディプスは、誰しもが解けなかった怪物スフィンクスの謎を解き、危機を救った功績により前王の妻イオカステを自らの妻に迎え、テーバイの新しい王になった。安寧の日々も束の間テーバイには疫病が蔓延し、市民はオイディプスに救いを求める。望みを託したアポロンの神託に
※音楽利用の都合上、9:05~18:40は無音にしております。本作は、ろう者と聴者が協働する劇団カオニャオ(ラオス)とデフ・パペットシアター・ひとみ(日本)が、柔軟な発想と構成で新しい空間を生み出す振付家・演出家の白神ももこ(モモンガコンプレックス主宰)を迎え、人形とモノと身体による新しい創造を目指した国際共同制作作品。2018年から交流を深めてきた2劇団に、本年初めて白神氏が加わり、ラオスでの5
土方メモリアル
舞踏の創始者<土方辰巳>の初期の軌跡を巡る総合企画。当時の貴重なフィルム作品の上映、舞踏の黎明期をともにしたゲストを迎えてのトーク、そして舞踏公演。土方巽へ捧げるオマージュ。エドガー・アランポー原作の『大鴉』は、30数年前土方が振付した元藤とのデュオ作品。公演直前に元藤が妊娠、待望の赤子と引き換えについに上演されなかった幻の作品。代わりに土方は誕生した我が子に「大鴉」と命名した。当時、土方はフォー
3.11への応答「光のない。」の続編として発表されたエルフリーデ・イェリネクの「エピローグ?(光のないⅡ)」をツアーパフォーマンス形式で上演。観客はFMラジオを首に下げ、原発事故後の福島で撮影された報道写真を手に、東京・新橋の12カ所のポイントを巡る。目的地に待つのは、写真に記録された「眺め」、カメラマンの「視線」を重現する装置。さらにラジオのダイヤルを指定された周波数に合わせると、戯曲を読み上げ
芸劇eyes
そこは隅田川の辺り。松尾芭蕉が、弟子を伴ってまさに旅に出立しようとしている。のちに『おくのほそ道』と題されるその旅は、舟の出航の遅れによって未だ始まっていない。舟を待つ芭蕉たちが出会うのは、ロボットの少年や正体不明の女。彼女らと過ごすうちにやがて立ち現れるのは、ある哀しい真実で—。『隅田川』『井筒』という、『伊勢物語』を媒介として接続される二つの謡曲をポリリズム的に併置した現代の会話劇。
都内某所。地方から上京するも、特に目標なくクラスフリーター・宇野千世子(33歳)は、古びた銭湯でアルバイトをしていた。そんな彼女のささやかな楽しみは、バイト終わりにとっぷりと湯船に浸かり、パラレルワールドで別の暮らしを営む自分を妄想すること。妄想に浸っている時間は、いつも千世子に安らぎを与えてくれた。だがある日、突然銭湯の取り壊しが決まり、千世子の生活は変化を迫られ…
さよならオレンジ版
過去と未来が錯綜する奇想天外なストーリー一話語るごとに一本ずつロウソクを消し、百話を語り終えて最後のロウソクを消すと、恐ろしいことが起こるという百物語。その百物語を語れなかった少年と、結婚を直前に自分は語ることが何もないことに不安を抱く男の物語探しが始まる。過去と未来が錯綜する奇想天外なストーリーの中、果たして男は物語を探し出すことができるのか。
シェン・テは、善人探しにやってきた神様たちに宿を提供し、そのお礼に貰ったお金でタバコ屋を開きます。心のやさしいシェン・テは、住む所もない貧しい人たちが物ごいにやってくるのを拒めず、金品を恵んだことでたちまち素寒貧。シェン・テはシュイ・タといういとこに姿を変え、冷酷に皆を拒絶して店を守ろうとします。恋人の夢をかなえるため、おなかにいるこどもを守るため…。神様たちは無責任に「善人であれ!」とだけ言い置