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シアターねこカンパニープレゼンツ ラボラトリーシアターvol.4
戦争中に1人の男が自分の家だけで敵国と和平を結び、その「平和の家」には平和を享受しようと様々な人物がやってくるのだがー。シアターねこカンパニーラボラトリーシアター第4弾は、紀元前425年ペロポネソス戦争の真っ只中に発表された現存する世界最古の平和物語といわれるアリストパネスの「アカルナイの人々」にインスパイアされ、シアターねこが現代版「平和の家」体験シアターに姿を変えます。果たしてどんな人々が訪れ
新潟県十日町市松之山“坪野集落”に広がる1000坪の棚田、坪野集落の人々の暮らし、地域の昔話、松原東洋自身の生活をモチーフに、大江健三郎著『同時代ゲーム』『水死』から発想し生まれたトンデ空静の舞踏劇。音楽家村井祐児による敷地の提供や坪野集落の方々の協力の元、同集落で開催された「さとまつり」を手掛ける美術家岩間賢と共に、出演者13名、音楽4名、美術3名、設営などその他総勢60名の一ヶ月に渡る滞在準備
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(フライヤーより)「黒蜥蜴」とは妖気の黒ビロードの上に純愛のダイヤがきらめく推理劇であるー三島由紀夫ー
[作品ノート]自分のためにやっているけど、まだまだ青いっす (マトロン)。依然不安定なコンピュータの舞台芸術への介入には、未だ危うさが生じる。だが、危ぶむなかれ。危ぶめば、道は無し。歩めばその一歩が道となる(ボリボリ)。ぽつねん、ぽつねんボーイとぶつぶつ言いながらこのビデオ、城戸マトロン晃一プロモーションビデオを少しづつ制作しはじめたのは2年前の夏頃からで、あるときビデオ画面のつぶつぶを剥がしてみ
第13回青山バレエフェスティバルは「1998-1999 日本におけるフランス年 ~L’Année de la France au Japon~」の一環として開催された公演であり、公演の副題も「フランス」である。フランスにちなんだ振付家の作品や音楽などを中心に上演された。公演の目玉のひとつは、1998年5月にフランスの「バニョレ国際振付賞」国家選考・新人部門入賞作を受賞したベルナール・グランディエ振
永井愛が2003年に他劇団に書き下ろした人気作を、自らの演出で上演。セレブな専業主婦だった秋子は、夫の会社が倒産したため、働くことを決意。しかし、パートタイマーとして採用されたスーパー「フレッシュかねだ」は、あらゆる不正が横行するディストピア的世界だった。正義感が強く世間知らずで他のスタッフから浮いてしまう秋子は、大手企業をリストラされ、この店で屈辱に耐えながら働く貫井と心を通わせるようになるが…
ダメな人達の話です。アナタのこういう所がダメなんだよって面白がったり寂しかったりする話です。いいじゃんダメでそれでいいじゃんって言う話です。ムカついたり共感したりして観て頂ければ幸いです。~日曜という不安が玄関からやって来た土曜は素晴らしい日曜を貯金する日なのに〜
シェイクスピアの『ヘンリー六世』から、シラーの『オルレアンの乙女』、バーナード・ショー『聖女ジョウン』、そして、ジャン・アヌイの『ひばり』まで、ジャンヌ・ダルクは、処刑される魔女、天使、悲劇のヒロイン、救国のひばり等々として様々に解釈されてきた。SPAC版『ジャンヌ・ダルク』は、アヌイの『ひばり』を原作としながら、チャッキリ節、真室川音頭、三階節、相馬盆唄などお馴染みの日本民謡に数々に乗って、野外
生涯をかけたテーマとして戦争責任の問題を追及した木下順二の『夏・南方のローマンス』は、1987年に宇野重吉演出で初演、2013、18年に丹野郁弓の演出により上演しその今日性がふたたび鮮烈に蘇りました。庶民の目線から戦犯裁判を見つめることで、日常的で人間的な人びとの愛や苦悩が壮大な構想の下に描かれています。
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ジャック・ソーン(ハリーポッター)の脚色で現代に蘇る、19 世紀ゲオルク・ビューヒナーの未完の戯曲「ヴォイツェック」。小川絵梨子の演出で、待望の日本初演。愛を求め、愛に阻まれ、愛に囚われたヴォイツェック。魂を揺さぶる衝撃の舞台。
「お葬式」と「オンラインゲーム」を題材に生きづらさを抱える3人の登場人物が、死なずに生活をする話。
かなりおかしくて、ちょっぴりせつなくて、相当ハッピーな 大人たちのお話ここは、日本の下町。そこに、小さい工場がありました。社長は、名うての職人でありながら近所から「エジソンさん」と呼ばれている発明好きのおじいさん(小野武彦)。妻を2年前に亡くし、しょぼくれてしまったのか、何だか気もそぞろの社長!? 実は彼、発明王・エジソンよろしく「死者と話す通信機器」の発明に取り組み始めていたのです。さあ、大変!
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
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時は戦国。極楽島の海賊たちは、潮の渦巻く瀬戸内海の水先案内人として、ささやかだが自由な暮らしを送っていた。しかし、天下統一を目指す秀吉は、極楽島を瀬戸内海の要塞にしようと、明け渡しを命じてくる。全てを島民の合議(話し合い)によって決めてきた極楽島は、秀吉の配下になる事を拒み、戦う覚悟を決めた。秀吉方は刺客の伝二郎を送りこむが、彼は島の住人の海のように自由で広い心に次第に惹かれ始め、極楽島を救いたい
私の心にそっと触れて
「記憶を廻る、ある医師と妻たちの愛憎劇―愛は記憶されるのか?」高齢化社会の難治の病であるアルツハイマー病。病気の進行により、記憶によって形作られる個人のライフ・ヒストリーが不確かとなり、パーソナリティーまでも変貌する時、愛はどう記憶されるのだろうか? 本作はアルツハイマー病で記憶を失っていく医師と、消えゆく過去に翻弄される家族の物語である。初演を改作、新たなキャストとTA-netによる同時舞台手話
Eラーニング(日本演出者協会)
① 舞台監督・演出部・ドラマターグこのシリーズでは、舞台監督と演出部、ドラマターグの仕事について詳しく紹介します。舞台監督という仕事は演出家の想像を形作るのに重要な役割を担うと同時に、全てのスタッフチームと連携するなど、多くのタスクを抱えています。その膨大な職務を全うするために必要な能力とは一体何なのか。概論を詳しく、分かりやすく解説する“講義編”と、ゲストと一緒に普段の現場を覗く“体験編”の、全
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-それはまるで愛の始まりと終わりを告げるかのようだバックミラーに映し出され、流れる景色のようだ伝三F パントマイム in EGGPLANT,Kobe Silent movement GO HOME
男は理想郷を探して彷徨い、人々は野生を求めて山を経巡る。京都を拠点に創作を行う劇団・烏丸ストロークロック。2011年の東日本大震災を契機に、日本人の自然観に大きな影響を与えたと考えられる山岳信仰を題材に選び、仙台での滞在制作といくつかの短編劇創作を経て、2018年に誕生した『まほろばの景』。ロームシアター京都と東京芸術劇場にて上演し、話題となった初演後、さらに東北地方の神楽や修験道に関する現地取材
1945年8月下旬。連鎖街に立つ「今西ホテル」の地下室では、二人の劇作家が絶体絶命の窮地に陥っていた。ソ連軍の命令で、なにが何でも芝居をつくらねばならぬホテルの支配人とボーイ長。「木を隠すなら森に。ウソを隠すには、もっと大きなウソを」大車輪で台本を書き上げ、総員で稽古にかかる。知恵のありったけを絞りだした「大ウソ」芝居のできばえは…、そして恋の行方は…
「公演時間の大半を直角に交わる二面の黒壁に沿って右から左への移動に費やされた」という本作は、「静中の動」、「内に圧縮されて解放を求めるエネルギーの迫力を醸しだし、さも鳥が天上に羽ばたきたくとも羽ばたけずに果てるかのような」姿を見る者に連想させた(吉沢伝三郎 / 「現代思想」)。「幻想とは、何よりもまず不安を意味し、破壊を意味する」というロジェ・カイヨワの言葉が、「鳥」という作品にひとつの生命を与え
櫻井郁也ダンス
レンジェル・メニヘールトの戯曲「中国の不思議な役人」から得た刺激により生み出された、性・生死・虚実・聖俗など様々な境界をめぐるソロダンス作品。舞台上では、ダンスの展開と同時に電子信号による通信が交わされ続ける。2000年に開催された第4回シアターXインターナショナルダンスフェスティバルにて上演。
合皮のパンプスを穿いたOLの「私」は、出どころのよくわからない噂に翻弄され、夜な夜な本革のパンプスを探し求めて路地裏を歩いている。路地裏を介し、デフォルメされた同じ職場の男性社員、もう一人の「私」、胸から巨根の生えたおじさん、靴商人など、正体のわからない怪しい登場人物たちと出会う。混沌とした現代社会での「生命」描いた、男女二人芝居。第61回岸田國士戯曲賞最終候補。
福島原子力発電所の爆発事故と、それに続く日本政府を含めた核発電所を取り巻く状況に驚きと後悔を感じて、改めて情報や知識、知恵という概念を捉えようと試みた作品。振付に白井剛を、中心となる砂漠の老人には舞踏家の吉本大輔を迎え、音楽はヴァイオリニストの辺見康孝が舞台上で演奏を続け、パフォーマーの川口隆夫・平井優子・カズマ グレンと共に、幾人ものプログラマーが映像・音響ともに関わり、舞台を作り上げている。
‛アマーストの美女’とよばれることを夢みた少女は やがて‛アマーストの変人’とよばれるようになった詩をかきつづけ 愛しつづけて 報われずウェディング・ドレスのまま 年老いて……。
Minami Nakayashiki installation + performancetouch the ghost skin at BankART KAIKO時空のズレ 断絶を超えて私たちはふれあうことができるだろうか2020年よりスタートした映像×身体のインスタレーション+パフォーマンス作品を、横浜のオルタナティブスペースBankART KAIKOにて上演。
意地っぱりの年老いた魔女「アガサ」はともだちもおらず、一人で暮らしていた。そんなアガサのところに置き去りにされたひとつのたまご。たまごから孵ったマジョドリはアガサといっしょに居るのが大好きで……。アガサとマジョドリとのあいだにめばえた愛と友情、別れと再会を、おもしろくも感動的に描きます。
マスクプレイミュージカル
奇想天外なストーリーで冒険好きの子供達を夢中にさせた、L.F.バウム原作の名作童話をマスクプレイミュージカルに!ないものねだりの、かかし、ブリキ、ライオンが欲しかったものは、実はみんな最初から持っていたことに気づきます。そして主人公ドロシーの一番大切なものも、実は自分の足下に輝いていました!それぞれの成長を描いた、感動の冒険ファンタジー作品です。
第六回本公演
名も無い教室、並んだ8台のアンドロイド。今日も、休み時間は繰り返される。かつてアンドロイドが一台、『女王』役の頬を殴ってクラスから逃げ出した。そこへやってきた転校生は言う、「私は人間です」と。クラスは次第に人間という『バグ』によって狂わされていく…。クラス全員がアンドロイドという”設定”でプログラムされた通りの休み時間を繰り返し続ける、女子高生たちの多視点群像劇。
人形劇団ひとみ座では、1993年より20年間「ズッコケ三人組」の人形劇シリーズに取り組んできました。本作品は、2011年より全国公演を開始した、ひとみ座ズッコケシリーズの第三弾です。~あらすじ~小学六年生のハチベエ・ハカセ・モーちゃんは、ズッコケ三人組と呼ばれている。体育館裏の開かずの扉を開けてしまった三人組は、謎の鏡に光を当てることで江戸時代にタイムスリップしてしまう。そこで出会った科学者平賀源
時は1973 年。70年代ロックにどっぷりと浸かり、大人への階段を上っている途中の若者たちが織り成す悲喜こもごも。代議士の息子である甲野欽吾は売れないロック雑誌「エピタフ」を刊行している。盟友である宗近、小野、浅井らが編集に携わるという、いわゆる同人誌的な雑誌であった。ある日小野と浅井が「エピタフ」を辞めると言い出す。それと同時に甲野の腹違いの妹である藤尾は司法試験のために勉強中である小野に急接近
未来が希望にあふれていた1970年代、ある大学の会議室で5人の数学者たちによる今年度の入試問題の検討会が始まった。お互いが作成した入試問題について議論する会話劇。3sheep、4fish に続くシリーズ第3弾。
紡げども、紡げども・・・・舞台は諏訪のある製糸会社、労働争議があちこちで起こり始めていた頃。うねるような時代の波に押し流されるように動き出す、跡取り息子と女工の親子二代にわたる愛の物語。数奇な糸車に絡め捕られた愛おしいものたちへの挽歌です。
【Story】少年ワタルと仲間のチョウ、テツオは、ある日死んでしまった兄貴分のセントクの遺骨を運河に流す。直後に不良グループに襲われて気を失ったワタル。気がつくと彼は瀬戸内海を西に向かう小さな舟に乗っていた。 上陸した小さな島には巨大な煙突の立ち並ぶ精錬所があり、明治時代の労働者たちがモッコを担いで働いている。そこに混じって働くチョウとテツオを見つけたワタルは、死んだセントクと瓜二つの、韓国語を話
室町時代、お家騒動にまきこまれる絵師の狩野元信と、彼を慕う遊女のみや。元信と結ばれず、死んだみやは、香を焚きしめた元信の部屋に、幽霊として戻ってくる。二人の恋愛を軸に、芸術と政治の相克が浮かびあがる。現在は歌舞伎や文楽でさえ行なわれていない、近松門左衛門原作の全編を一挙上演。
アメリカ・メイン州の風景を前に、シンプルな動きとアクションを見せる中馬芳子の初の映像作品。
いっしゅんのじかんをつかまえるだいじにふくろにとっておくはてさてごあんないこっちのじかんとあっちのじかんぶつけてみたらどうなるか?しりたいひとはいらっしゃいみてみたいならいらっしゃい
THE CONVOY SHOW vol.39
夜駅前の繁華街路地裏の一角に立つ雑居ビルその地下にあるガラクタの倉庫に集う男達傍らに置かれた立て看板には『WHY?の会』「何故、人は生きるのだろう」夜も更け、街は静まり雨の音が遠くに聞こえてくる彼らは自ら哲学者を名乗り、語り合う「遅れてすみません」突然現れたずぶ濡れの男「遅れてすみません」「・・・あんた誰!?」「Uber Eatsです」「はっ!?」「御注文の品、お届けに参りました」戸惑う男達「あの
(フライヤーより)かつて"人情"とか"思いやり"とか呼ばれたものが、日いち日失われつつある、と言われます。毎日のように、テレビやラジオにあふれる「笑い」も刺激ばかりがエスカレートして、心は少しもなごまない…。さあ、この春は、青山劇場へ。家族みんなで一緒に笑える、あの楽しさをおとどけします。「浪花の喜劇王」藤山寛美ひきいる松竹新喜劇が、青山通りに初お目通り。間もなく劇団創立40年。変わることなく人び
ジョンは病気になった主人に代わって葬儀屋を取り仕切り、アルバイトのマークと働いていた。 妻を捨て、愛すべき人を傷付け裏切り、現実から逃れるために酒浸りの日々を送っていた彼のもとに、娘のメアリーが 10 年ぶりに訪ねてくる......。今日はクリスマス・イヴだ――。ディケンズの 「クリスマス・キャロル」を下敷きに、アイルランドを代表する劇作家コナー・マクファーソンが描くささやかな希望の物語。日本初演
敗戦直後に作られた幻の”大島憲法”に想を得た近未来劇。とある島。戦争が終わって、突然本土から独立を言い渡される。独立歓迎派と、本土あくまで一体派に分かれる中、こっそり本土に逃れようとする人々も。島長(しまちょう)は、早速憲法作成に着手する。権利をめぐって侃々諤々、喧々轟々!長い会議のそのかげで利権をめぐる企みもうごめき始める。陰謀術策の矛先は、やがて島長の家族に向けられて…。国と島と家族をめぐる近
劇団民藝の北林谷栄を中心に活動していたと思われる「しのぶ会」第2回にて、大野一雄が2作品を踊った。「一艘のカヌー桜の木の下を往く」は白石かずこの詩を下敷きにした作品で、この年の2月にあった江口隆哉の追悼公演でも上演している。リスト作曲「愛の夢」は主に大野一雄の代表作「わたしのお母さん」の最後に踊られるが、一曲踊るという機会には度々選ばれた曲である。
何号室か忘れてしまった部屋のなかで向かいあう駅のホームのこちらがわでちらつく光でいっぱいの水槽のまえで始まりも終わりもないものについて今ようやく考えはじめた者たちのために舞台美術先行のクリエイションを行い、〈やがては忘れてしまう些細なできごとや気持ち〉を、交差するあるいは並行する空間で描き出す。白いたんぽぽ初の大阪公演。WINGCUP2023最優秀賞受賞。
(フライヤーより)ヤマトの民は火の民なり。その身は鉄、その息は炎。彼らの行くところ、山川(やまかわ)ことごとに動(とよ)み、国土(くにつち)みな震(ゆ)りき。青山(あおやま)を枯山(かれやま)となし河海(かわうみ)をことごとに飲み干し、国(くに)の内(うち)の人民(ひとたみ)を多(おお)に死なしむる。
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作品ノートHetero= 異なる一つの性・身体・空間と、二つの性・身体・空間私の中の視界いつの間にかあなたに映る私それぞれの内の景色と外からの視点が重なる時間その境界に立ち現れる、もう一つの時間
世田谷シルク第14回公演
前作「工場」から数年後。工場内では自国の社員は減り、外国人労働者が多く出入りしている。新しい社長は統制のとりづらい彼らを強制帰国させようと考える。外国人の主人公は、従順さがアピールできる運動会を推薦するが仲間たちは大反対。そんな中、寮ではストライキが起き、彼らの雇用はより危機的状況に陥る。工場エリアには、夕暮れになると観光客がやってくる。そこで工場夜景を撮る彼らの写真には、労働者の心までは写らない
東日本大震災で被災された方々への支援を目的とするチャリティ公演。歴代日本伝統文化財団賞受賞者、全員の出演による。一、 「三番三」 山本泰太郎(第15回受賞者) 山本東次郎、山本凛太郎 他二、 大和楽「お祭り」 大和櫻笙(第14回受賞者) 大和楽社中 他三、 三弦・箏・尺八三重奏「さらし幻想曲」 山登松和(第5回受賞者) 遠藤千晶(第13回受賞者) 善養寺惠介(第6回受賞
当作品「今日までどうもありがとう」は14年間の公演活動最後の作品である。カクスコの芝居は旗揚げ以来、一貫して冴えない男達の何気ない日常を切り取ったシーンを繋いだオムニバス芝居で、大きなストーリ展開はなくても客席は常に笑いに包まれ当時小劇場ブームのなかでも異色な劇団として多くのファンを魅了した。最後となったこの作品はカクスコの総集編として特に人気のあったシーン・代表作を選び構成されていてカクスコの魅
シェーンベルクの14篇の詩の世界を、パントマイム、ダンスマイムで歌い語り「この作品は私に似合っている」とヨネヤマママコが独自の世界を魅せた作品。2004年東京芸術大学奏楽堂公演より。
子供の金次郎は思った。「自然は面白い。手をかけただけ応えてくれる!」。本を読んだ。どん底の暮らしから、目を輝かせて世界を広げていった。大人になった金次郎は、小田原藩の家老・服部家に奉公し家政再建を成功させる。「その腕をわが小田原藩再建のためにふるってほしい。手始めに桜町領の復興を。」身分を超えた、藩主・忠真公の人間的な信頼を感じ取り、ついに金次郎は引き受ける。家財・田畑全てを処分し、一家で桜町へ向
かつての島流しのように森という異界に犯罪者たちが追いやられ、元々好き好んでそこに住んでいるものと共生していた。常にそれぞれの「最適解」がサジェストされる社会の中にあって、最適でない発言や行動は厳しく制限されるようになっており、そのことへの息苦しさもまた頂点に達しつつあった。犯罪者予備軍として社会から半ば排除されてしまった人々が形成する近未来の「森」を舞台にして展開されるSF会話劇。
美術家小沢剛の演出は、3.11後の世界に向き合うイェリネクのテキストの複雑さと生々しさにストレートに呼応する、雑多で具体的な体験に満ちたものだった。美術展を模した会場に並ぶのは、イェリネクのテキストがそのまま刻み込まれた絵画や写真、オブジェ。やがて、静かな鑑賞の時間を引き裂くようにバタバタと類人猿が現れる。牛の遺体を引きずり、床に叩き付けて見せる彼は、悲嘆に暮れているのだろうか。やがて、制御の利か
「雪墨」第95回地歌ライブ記念公演
「雪墨」は「白銀」と「墨痕」を端的に表し、雪がやがて融け、墨が和紙に滲むように、「古典と現代」、「様式と自由」、「東洋と西洋」などの輪郭が溶融したその果てに、それぞれの本来の姿が浮かび上がることを意図しています。古典の奏法や唱法は一切変えることなく、表現をさらに深く掘り下げ、日本を代表するジャズピアニスト佐藤允彦さんとのデュオを通じて地歌箏曲の魅力を際立たせたいと考えています。
(フライヤーより)親子の愛情、自然と人間とのかかわりは普遍のテーマ。世界にも名高い日本児童文学の名作を、初のミュージカル化。音楽も踊りも、すべて純ニッポン・オリジナル!
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
スケッチコメディカンパニーであるNanoriの旗揚げ公演。劇場芸術としてのコントを創作するというコンセプトの元、コント(寸劇)を暗転なしでシームレスに繋げ、悲劇性を含んだ表現も含め「笑い」だけではない可能性を模索した。