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パントマイムやダンス、クラウニング、演劇、影絵、マジックなど、ジャンルを越えた独創的なアイデア、様々な視覚的表現、ダイナミックな身体表現で豊かに物語を描き、子どもから大人まで楽しめる舞台芸術作品。「テアトルノアール」という照明の特殊な仕掛けにより、観客から全く見えない闇を舞台上に出現させます。目の前で人形が動き出したり、俳優やオブジェが突然現れたり消えたり、、、。従来の舞台の常識を覆す全く新たな舞
世界中から原因不明の痒みが報告されている。 検査をしたところ、体内から検出されたのは地球に存在しないDNA。 人間が地球外生物になる?世界中が大騒ぎ。 そんな中、検査結果を待つ人々が一晩を過ごす待機所がある。 そこに名前を伏せて手紙を出そうとしている男が。 明日、宇宙人になるかもしれないこの時に、この男はいったい何をしようとしているのか。 新型コロナウイルス感染症が流行っていた創作した作品です。
(フライヤーより抜粋)時は、1918年及び1980年へと翻案されている。主人公風間武史は、アール・ヌーボーに傾倒する現代の画家。ヒロインの朝倉舞希子は、新劇の揺籃期に生きた新進舞台女優。62年の時を越えて巡り会うふたりの姿がもたらすものは、ロンドにも似た、恋愛と芸術の永遠性なのかも知れない。
芸術家の価値とは何でしょうか?一体何の為の創作活動なのでしょうか?私は制作の価値について考えた。めまぐるしく移りゆく現実の前に虚構の物語というものが必要であるか否か……。
エゴ・サーチとは、インターネット上で、自分の本名やハンドルネームで検索すること。ある日、本名・プロフィールが自分と全く同じ人物のブログを発見し、正体をつきとめようと画策するうち、失っていた記憶を取り戻す男の物語。男の書く小説の世界と、なくした恋人との思い出の世界が多層的に描かれる。
時折、激しい吹雪が吹き荒れる真冬の札幌。終電頃、「西線11条」の電停。東京から仕事で札幌に来たばかりの男が、道路の真ん中にある市電の停車場で、ススキノに向かうために電車を待っていると、そこに一人、また一人、電車を待つ人たちが現れる。現れた人たちは、そこで炊飯器にお米と水を入れ、ご飯を炊き始め、やがて炊飯器からは、仄かに白い湯気が立ち昇る。実在する市電の停車場「西線11条」で、本当にあったかもしれな
渡良瀬遊水地で葦焼きが行われているなか、ひとりの女がこの世から消えてしまいたいと思った。現代を生きる30代女性、成田みのるが葦原の向こうへ歩いて辿り着いたのは、生まれる前の世界、生成の国である「未世」であった。記憶を失ったみのるは、未世のヒトビトに助けられ、なぜ「未世」へ来たのか思い出すとある行動に出る……。「生まれるとはなにか、この世に存在するとはなにか」を問う、大人のファンタジー。
東京ノ温度2024年秋公演は、芥川龍之介の「童話」オマージュ作品です。純文学のイメージが強い芥川龍之介ですが、実は児童文学の執筆・普及にも熱心で、芥川自身が構想した童話集も刊行されています。今回はその芥川童話の世界を原点とした新作オリジナルストーリーを、Wキャストにて上演します。都内某所に、ひっそりとたたずむお屋敷がありました。そのお屋敷の主は「現代の魔術師」を名乗る、なんだか怪しげな人物でした。
1921年チャールズ・チャップリンの映画『キッド』より着想を得て、現在の社会問題を取り入れながら親子の在り方を描く。米メキシコ間の子供の国境越えの問題や、世界各国に1億人以上いると言われているストリートチルドレンの問題、今なおはびこる人身売買のブローカー問題などを痛烈に挿入しながら、血のつながらない親子の愛を描く。世界を疎み、政治を恨み、絶望を促すことではなく世界に世間にお隣さんに目を向け優しい心
進路に悩む美大生、僚太、朝利、板垣。三人はひょんなことから、1908年のウィーンにタイムスリップしてしまう。そこで出会ったのは、ウィーン美術アカデミーの受験を控えた青年、アドルフ・ヒトラー。彼らは未来を変えるため、ヒトラーの受験をサポートすることに。けれどヒトラーにはまったく絵の才能がなくて――果たして三人は、ヒトラーを独裁者でなく画家にすることができるのか?!人類の未来をかけた絵画レッスンが始ま
THEATRE E9 KYOTO アソシエイト・アーティスト公演
死ぬことを決意したある青年が体験する最後のフィクションは、死ぬ日の朝に見た夢。フィクションと現実はねじれながら、青年の記憶を掘り起こしていく。そこには「喪失」の手前で、宙ぶらりんのままの日々があった。知っているような知らない人たちとの青春の終わり。
あの日、変わらぬ信号を待っていた。青い空に赤信号、それは太陽だったかも知れない。押されないボタンのせい、でも私たちはそれに気づかない。そこから時間はたったのか、それとも刹那。ばらばらの断片を、とんとんと揃えたら。だれだろう。向こうにいるのは。だれだったろう。向こうにいたのは。
椿組2017年夏・花園神社野外劇
江戸時代に実際に起こった史実とフィクションをごちゃまぜにして、秋之桜子(西瓜糖)が念願の花園神社の地に描く、歌あり踊りあり喧嘩ありの時代劇ファンタジー!!2017年の夏!!老若男女が楽しめる椿組発エンターテインメント!!今世(いまよ)より二百余年の歳月さかのぼる、むかしむか〜しの物語。鬼山さまと呼ばれる火の山の麓に「鬼の里」がございました。が、ある日、江戸の町から新しい風が吹き込んで来たからさ〜大
太宰久夫によるフィジカルシアター。前半に立原えりかの『木馬がのった白い船』、後半に武井博の『はらぺこプンタ』を配し、絵本の世界を
1組のカップルが暮らす部屋のリビングに、共通の知人がふいに現れる。彼女が死んでいることを2人はもう知っていて、けれどもそれを迎え入れる。つかの間の再会と乾杯。なぜか、家に帰れなくなったという見ず知らずの他人も後から合流して過ごしていると、生きるものと死んだものの境目が溶け合って、いつの間にか夜が明ける。
賢愚いかなる王の下でも忠実なる僕として、 この国を縁の下で支え続け、 歴史の表舞台には登場せずとも不気味に栄え続ける一族小野氏。 小野妹子小野ヨーコ小野ヤスシ小野伸二小野ののか… そして「野狂(やきょう)」と呼ばれ、 ついに生死の境を越えた地獄の魔人小野篁(たかむら)。 その孫にして絶世の狂女小野小町は野に下り、 秘密の花園にて、恐ろしき時空召喚の禁術に手を染める。
「Ultimate」最終、最高、究極。「Fancy」想像、空想、気まぐれ。「Ojisan」おじさん。去る夜、東北の港町に暮らす星野家の人々は太平洋に忽然と浮かぶUFOを目撃した。真っ暗な地上から見上げた空に漂う可笑しげな光。刹那、彼らは思い出したッ!否、覚醒したッ!!!・・・そう、ワレワレは宇宙人だったのだ!「I fancy you!!(だいちゅき!!)」今、地球の命運を賭けた星野家の大作戦が幕を
時間に打ち捨てられた湖畔の劇場は今や無人の廃墟。のはずが、何かが中で蠢いている。貝殻がうず高く積まれた山から異臭が漂う。真夜中に群れる真っ黒な浮浪者の影。彼らはヤチマタの境を越えてやってくる。魔人猿田彦が巡回する半透明有刺鉄線の柵を隔て、ヒラフ貝の吐息が織りなす脆弱な虚構の物語と、荒野をさすらう流賊達の無頼な生き様が、渦を巻いて混ざり合い、警告の鐘を奏で、やがて湖底の怪物の目を覚ましてしまう。
作品について:日本と韓国の二つの劇団が出会い、共同制作した作品『マンナム~出会い~』が生まれました。日韓での長い稽古期間やハードな公演日程をこなしながら、言葉や習慣の違いを乗り越え、共に苦労を分かち合い創造し続けました。五色の幕と切り紙に囲まれた不思議な空間の中で、自然と人間の共生を強く謳い上げた舞台です。
少女漫画のような物語で綴るベタベタトライアングルラブストーリー!!貴方は目撃してしまうかもしれない・・出会い頭に女の子と男の子がぶつかる、あの瞬間を・・少女漫画のあの問題に今回こそケリをつけることが出来るのか!?クゥカン的ニヤニヤむずキュンエンターテインメント!!
新宿・歌舞伎町を舞台に、夜に籠る人々とエレメントたち。デリヘル「新宿セミヘブン」のヒカリ、ララ、新入り・似鳥さんを軸に、嘘とフェイクが交差する。誰かが願った“雨”が街を島国に変え、仮初の住人たちは潮騒に耳を澄ます――プレイタイムが終わるまでは。
大学生の雨野さんは、ちょっと変わってる。そして、彼女の周りも変わってる。彼女を取り巻く学生たちと非日常を過ごしていく中で、彼女、彼らの日常が変わっていく!?雨野さんと愉快な仲間たちの運命やいかに!?クゥカン生誕15周年にして記念すべき25作品目は、非日常ひねくれ青春グラフィティ!
マスクプレイミュージカル
「ジョンとマイケルは木の葉に乗って!僕とウェンディは、ちょっと疲れるけど自分で飛んでいくのさ!さあ、ネバーランドへひとっ飛びだ!!」J.Mバリーの名作が、ファンタジックなマスクプレイミュージカルになりました。舞台機構を駆使した大がかりな演出が見物です。国内は勿論アジア各国でも大評判の作品で再演を重ねています。2003年11月から2004年12月までの間に、国内144日247ステージ、海外では台湾、
いつの時代ともどこの時代とも知れぬ不可思議な小部屋。一人押し込められた男。代わる代る部屋を訪れる様々な人物から強制される尋問にも似た暴力的な会話。或いは彼らが執拗に聞かせる果てのない物語。そして男自身の見る不可思議な夢。それらが入り交じり、男はいつか時と空間を遥かに遡り、恐るべき陰謀の真っ只中に誘い込まれる。欺瞞と捏造まみれの文字で書かれた歴史の彼方、押しつぶされ、忘れ去られた男が辿り着いた、彼自
身体の中は小宇宙であるとよく言う。 エネルギー体である 私、あなた、社会、自 然、宇宙、 電子エネルギーにより、 それぞれが細かく振動する事 によって共鳴し合って世界の バランスを保っている。 そういった物理学の観点からモーション (動き)とエモーション(感情)、そしてそれ が世界にまで共鳴して 行くことを提示し た作品。かつて生きていた人、生活。肉 体は滅びても エネルギー体は滅びずにこ の地球
「準備はいいか、野郎ども!」第4回公演『最遊記』をパワーアップし再上演。沙悟浄役に第3回公演以来の出演となる郷本直也を配し、キャスティングを一新。また、「清一色編」が新たに加わり内容も一層の厚みを増した。三蔵、悟空、悟浄、八戒、それぞれの持つ重い過去が、妖怪たちが荒れ狂う桃源郷を舞台に絡み合う。戦いに明け暮れる日々。次々と現れる強大な敵。いつ果てるとも知れぬ永い旅路の果てに三蔵一行の見るものは?
祖母を亡くした青年ひろとピアノから生まれた少女の出会いから始まる、人と人ならざるものの魂の形を巡る話。あらすじ:ピアノを壊した。少女は二本足で立っていた。命は巡れど魂は形を変えないなら時間が流れてもあの時が残るならろうそくの火を吹き消すまでのみじかい逃避行をしよう。取れない電話に背を向けて広い大地に夢を見て誰が僕を見つけてもキューちゃんは僕を探さない。
これは、人と妖(あやかし)が共存していた時代の物語である。人間と妖の間には、千年もの永きに渡る怨念が存在していた。この世の平和を守るために、己の能力を駆使し、命を懸けて戦う者。天文を読み解き、陰陽二つの世界を自在に行き来する異能者を世の人々は敬意をこめて「陰陽師」と呼ぶ。源家の陰陽師でもある源頼光は、妖を根絶やしにするため、作り出したという武器・鬼切と妖刀姫を伴い、酒呑童子と茨木童子がいる大江山退
僕の名前は羽山走次。8歳で小学校の3年生。それはある日、突然、起こったんだ。お父さんもお母さんも、いきなり子どもになっちゃった。お兄ちゃんも幼稚園児みたいだし、おじいちゃんはまるで赤ちゃん。どうしてこんな不思議なことが起こってしまったのだろう? それはどうも、ぼくの精神年齢だけが大人になった、ということらしい。つまり僕から見れば、精神年齢の低い人は学校の先生だろうが子どもに見えるってわけ。でもどう
一粒萬倍 五穀豊穣の物語
コンセプト・五穀豊穣への感謝と祈り。物語:古事記で最初に姿を現した独神・アメノミナカヌシが、混沌とした現代に再び姿を現し、八百万の神の世界の扉を開き、いにしえの物語を蘇らせる。物語は、伊邪那岐、伊邪那美の国生み、黄泉の国、三貴神の誕生、スサノオの高天原での大暴れと岩戸開き、五穀の種の誕生へと続いていく。食の神・大宜津比売の御心が宿った五穀の種は人間社会に五穀豊穣の恵みをもたらすのだった。
巌流島の決闘に向かうまでの佐々木小次郎の旅を大胆に脚色した本作は、パフォーマンス性の高い作品作りに定評のあるウォーリー木下が作・演出を務め、関西を拠点にパントマイムの第一線で活躍するマイム俳優のいいむろなおきが出演する、身体表現と映像のコラボレーションで魅せるパフォーマンス演劇である。本作は 2008 年に大阪・HEP HALL での初演後、韓国の招聘公演を経て13 年ぶり
それは地球史46億年の記憶を備えた石。ヒトの記憶と共に新しく生まれ育っていく……不思議な詩を口ずさむ少女が棲む石だらけの世界に、ある日、七人の老人たちがやって来た。老人たちが目指す約束の地とは? 少女の正体は? 耳を澄ましてごらん、ほら、石が泣いている……アナタ、記憶ヲ美化シテハ、イケマセン……演劇舎螳螂、初の東京・大阪連続公演で送る小松杏里の「レプリカ」以来約二年ぶりの新作書きおろしSTROMA
演劇集団saladbowlの現メンバーと元メンバーの恋宵(アクターズ仙台 現座長)がタッグを組んで実現した合同公演。現実に近いファンタジーと、ファンタジーのような現実が混在する短編を六つ上演します。作品迷い道路地裏の薬笑みを浮かべて蝶二本線を見つめて、
『銀幕迷宮』以来約一年ぶりに下北沢・本多劇場で送る演劇舎螳螂88年第一弾は、今なお児童劇の名作として人気の高いS・マルシャークの『森は生きている』から発想し、近未来を舞台にした小松杏里のオリジナル・ストーリーを元に螳螂役者陣総出演で送る久々のスペクタクル活劇風幻想童話劇『螳螂版・森は生きている』です。※公演終了後、劇団は解散。結果として、これが演劇舎螳螂の最終公演となりました
ある晩、パパが息子とプラモデルを作っていると、息子が質問してきた。「パパ、どうして大人は遊べないの?」パパは遊んでいるつもりだったが、息子が言うには今はただ一緒にプラモデルを作っているだけだと言う。ひとり窓辺で考えはじめたパパの前に流れ星が降ってきて……。「私を子どものときのようにしてください」流れ星につぶやいたパパは本当に子どもの姿に!ちいさくなったパパと、息子の不思議な1日がはじまる。
くちびるの会 長編本公演第8弾。《あらすじ》人がワニになる変身譚。倉庫で派遣作業員として働く大貫(おおぬき)の心は孤独に苛まれていた。ある日、大貫はカップ焼きそばに祈りを捧げた。「僕の様な孤独な人々を救って下さい!ペヤング!」それから、同じ倉庫で働く同僚を皮切りに、街の人々が次々とワニになる怪異が頻発する!生きるのが下手くそな人々がどうにも愛らしくてたまらない、人間賛歌の物語。
天竺へ向かう途中、三蔵法師一行が立ち寄った海辺の村の小さな孤児院。バケモノの脅威に晒されながらも小さな幸せを守り続けていた孤児院には秘密があった。これは人魚を巡る人間とバケモノの過去を乗り越え心を通わす物語。
長年勤めた出版社を退職し、人里離れた町で天体観測に没頭する柴本。彼はひとり静かな「人生の休暇」を望んでいたが、記憶を失った青年、父を捜す旅の女、大学時代の旧友、そして奇妙なタクシー運転手が次々に訪れ、思いがけず騒がしくなってしまう。彼らとの交流はやがて、忘れたつもりの現実や過去の痛みを揺り起こし、止まっていた柴本の日々を動かしはじめる。
おなじみのピーターパンのお話である。とはいっても、ピーターパンもすっかり大人しくなって、相変わらず夜中に子ども部屋に忍び込み、子どもたちをさらってネバーランドへ連れ出してくれるものの、ちっとも冒険をさせてくれない。でも、そこはネバーランド、冒険は向こうからやってきて、ピーターパンも子どもたちも、海賊たちと闘うことになるのだが…。 誰もが知っているピーターパンとはちょっと違う、歌って踊って、大いに笑
父さんと母さんが別々に暮らすことになった、大人の理由はわからない。キレイな月が出ている夜だった、とにかく、ここではないどこかへ行きたいと願うと雨が強く降った。流されてゆくぼくの部屋は舟に変わっていた。何があったのか忘れてしまう程時間が過ぎた頃、舟はひとりのピエロが暮らしている島にたどり着いた。彼の名前はマッテル、僕たちはともだちになった。ふたりで旅に出かけた。公益財団法人北海道文化財団20周年事業
知っていますか?かつて、呪法劇という学問があったことを。それが、あまりに強大な力を持つがゆえ、歴史の闇に隠されたことを。呪法劇とは芝居をやると言う儀式によって、霊的なるものを地上に降臨させ超常的な力を借りることです。おぼんろは1600年代に残された伝説的な文献を日本で初めて翻訳し、当時の儀式を再現しました。『ゲマニョ幽霊』はロシア・ポーランド戦争が行われた頃、ラマエが描いた物語とされています。誰が
宇宙旅行を企画する会社で働く主人公サルタは新たな旅行先の調査中に事故に遭い、氷で覆われた星に不時着。そこで彼は、20年前宇宙旅行のさなか、事故に遭遇し行方不明になった同級生達と再会する。彼らは当時の姿のまま、氷に包まれた惑星で救助を待ち続けていた。大人になれなかった彼らと、大人になってしまった私たちを巡る、約束と失望の物語——。2014年、2017年と好評を得たSF冒険活劇の待望の再演。
努力クラブ、中野劇団との合同公演。コロナ禍において、舞台上でできる最善の感染拡大防止策「一人芝居」の3本立て公演。努力クラブ「憧れられたジュリー」中野劇団「もしもし」THE GO AND MO'S「注文の多い風俗店」
会社でうだつのあがらないトキオは、レイコに思いを寄せながら、自分が彼女にふさわしい男だと思えない。ある日、永遠の時を手に入れられるという「神になる本」を目にしたトキオは、輪廻転生を信じ、意を決してビルから飛び降りる。こうして生死を超えて、愛する人を追い続けるトキオの旅が始まる。だが、それは「オイディプス」「ロミオとジュリエット」、はたまた「サザエさん」といった、すべて「あらかじめ用意された物語」を
マスクプレイミュージカル
奇想天外なストーリーで冒険好きの子供達を夢中にさせた、L.F.バウム原作の名作童話をマスクプレイミュージカルに!ないものねだりの、かかし、ブリキ、ライオンが欲しかったものは、実はみんな最初から持っていたことに気づきます。そして主人公ドロシーの一番大切なものも、実は自分の足下に輝いていました!それぞれの成長を描いた、感動の冒険ファンタジー作品です。
童話「ヘンゼルとグレーテル」をもとに、それを現代に置き換えた兄妹の物語。貧乏な家庭に育ち、両親から逃げてきた兄と妹が辿り着いたのは、深い森の中にある、お金持ちの別荘。その別荘にある高価な物たちを見て、兄妹の興味と欲が溢れ出していくが、物に触れるたび、逃げてきたはずの怖い両親からの記憶が襲いかかる。その場所は不思議な現象が起こり続ける〝おかしな家〟であった。その不思議な現象を、小沢自らが作り上げる舞
あの暗がりの中で手をにぎりかえしたこと、ほんとうは後悔してるそれなのに僕は君が来るのを祈り待ちわびているくるなくるなと静かに泣きながら
若き編集者・福島は運命の夜を迎えていた。今夜中に原稿を取ってこなければ、クビになるのは間違いない。彼が原稿を取りに向かうのは3人の作家。その名も、宮澤賢治、太宰治、中原中也。果たして作家たちの新作は無事に書き上がるのか。そもそも福島は、なぜ作家たちに会っているのか。抜きさしならない長い一夜の夜明けが近づいてくる。
「時間がない」のは、なんでなの? ぬすまれた時間をとりもどすんだ!! “時間”の真の意味を問う、ミヒャエル・エンデの冒険ファンタジー「モモ」を、人形、影絵、映像も織りまぜながら舞台化!
令和20年、多くのAIが日常に入り込み、リアルと仮想が混在する中、善き人を心がける主人公の女は、過去、男に受けた被害の苦しみから、ジキルとハイドのごとくネット上の仮想世界で悪い男を探し出し、リアルで罰を与えていた。ある日出会った男に恋をするが、男は仮想世界でのみ生きている事実を知り、女はいかに自分も仮想でのみ生きられるのか試行錯誤する。技術が進歩した先においても変わらぬ人の葛藤を描く、歌と朗読と生
井上ひさしが描く、漱石的学校での不思議なひと時。晩年の漱石に多大な影響を与えたと言われる「修善寺の大患」。作風のみならず本人の死生観にまで影響を与えた三十分間の意識の空白の中、「坊っちゃん」「三四郎」「それから」「薤露行(かいろこう)」「こころ」などの多彩な漱石作品を思わせる登場人物たちが、各々が抱える「どうしようもない淋しさ」を埋めるために動き出す。"夏目漱石"評伝劇が鵜山仁の手によりこまつ座初
「先の見えない創造」を続ける者の恍惚と不安、二つ我にあり!所詮この世は冥府魔道、ならば唄って歩けよ地獄のハイウェイ!歌とダンス、名優たちによる珠玉の演技で彩る青春残酷物語!!
コンセプト:『星の王子様』×『禅』。映像を駆使した空間演出と会場のデザインを活かした演出。音楽家とのコラボによる新たな観劇体験の提供。内容:水槽を旅する不思議な魚と肉親の死と事故によって塞ぎ込んだ青年との出会いと別れを描く物語。物語の中心にあるモチーフとして星の王子様と禅をとりあつかい、世界は自分自身が何を思うかによって変えることができることに気づき、最後には青年が外へ踏み出す話となっている。
頭一つに顔二つ。四本腕に刀を掲げ、足に膝裏、踵なし。岐阜県は飛騨の山奥に伝わる怪物、両面宿儺(りょうめんすくな)。あの日の国技館から遡り、古代の大陸より続く取っ組み合いの歴史は波乱万丈奇々怪々。がっぷり四つで対しながら何とか乗り越えてきやがった、あれご覧、まさに怪物たちの足跡を!あいつと俺。あの子とあたし。真っ赤な頬っぺたの、君と僕。
寧楽のみやこの裏話女帝が玉座にあり続けた煌びやかな時代その秘密こそ千年長寿の鶴の血にある鶴と男に翻弄されて 女らの一念岩をも通す行き着く先は大仏開眼 明日を見据えて昨日を知る今日は何処に これぞ鶴人千里眼
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尾崎紅葉の「金色夜叉」はなぜ書かれたか?!「金色夜叉」のモデルとは誰か?現実のさらなる悲劇とは?「金色夜叉」の謎全てを解明し、ここに上演!!
元々は大衆浴場だった場所が舞台。しかし、廃業して随分と時間が経って、随分とひび割れていたり、水草が生えたりしている奇妙な空間。そこでは女たちが働いている。あたりが暗くなってくると、やがて、男が女たちのもとを訪れる…。どこまでが本当で、どこからが嘘なのかわからない幻想的な会話が続く…。川端康成の「眠れる美女」をモチーフに、幻想的に、儚く、不思議な物語が立ち上がる。
小さなサーカスの中でおこる色々なこと。ひとつの雨粒が大海原になったり大きな紙でかくれんぼ。たくさんの筒の上に乗っておっとっと、紙の人形も動き出す。ある日、サーカスを乗せた汽車がやって来た。その先にあるのは真っ白なサーカステント。あれれ?サーカスを始めようとするも星が落っこちてきちゃったんだけど。...どうしよう?サーカスはいつの間にかやって来て、いつの間にか去っていく。あたりまえのことが、あたりま
1986年に起きた大島三原山の噴火に触発されて描かれた、人類の暴挙から生まれた怪獣「ゴジラ」が、人間の可憐な少女に恋をするという育奇想天外な恋物語。怪獣「ゴジラ」を等身大の俳優が演じ、観客との共同幻想で、舞台に巨大な「ゴジラ」を登場させた。大島元町に住む一之瀬家では、長女やよいからの「会ってもらいたいひとがいる」という電話に、上へ下への大騒ぎ。しかしそこに現れたのは「ゴジラ」だった。家族は猛反対、