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大正七(一九一八)年十二月二十六日、宮沢賢治は、故郷花巻から東京に入院している妹・とし子の見舞いを目的に上野行きの夜行列車に乗り込んだ。その手には大きな革のトランクが握りしめられ、たくさんの願いが詰め込まれていた。「大好きな音楽を聞き、エスペラント語の勉強をする。そのためには家の重圧から逃れ、父の庇護の下を離れなければならない。そして何よりも真の生き方を探すことである」賢治は、東京に理想郷を求めて
こんにゃく座が初めて挑んだ日本近代文学のオペラ化。1996年から2000年まで全国の高等学校などで旅公演をおこなった。2012年にはこんにゃく座創立40周年記念公演として再演した。
1989年に初演した、ウィリアム・シェイクスピア原作、こんにゃく座座付作曲家である林光+萩京子共同作曲による、オペラ『十二夜』の改訂版。
◆TVアニメ『ラブ米 -WE LOVE RICE-』とはまさかのお米擬人化!?伝説のお米ハーベスター「五穀米」に憧れて穀立稲穂学園に入学したひのひかりを中心に、廃校寸前の学園を救うべく、ささにしき、ひとめぼれ、あきたこまち、にこまるの5人で「ラブライス」を結成!現代版田楽であるハーベストショーを通じて米の人気復権を目指すが、果たして彼らはお米の人気を取り戻すことができるのか…!◆RICE on S
金子鈴幸が約一年半ぶりに作・演出を手がけた新作公演。2022年の日本においてどのような物語が【有効】なのか?という問いを出発点に、人間の持つ「どうしようもない部分」に光を当てるような作品となっている。とあるラーメン屋の店主、まさこ。彼女はラーメン界でも「元アイドル」という異色の肩書きで営業していた。「究極の一杯」を探求し、ラーメン道を日々邁進する彼女。その日もいつもと変わらない一日のはずだったが…
その外見から疎まれ続けたリチャード三世は、饒舌な語りによって周囲を惹きつけ権力を手にするものの、王座に上り詰めた途端その言葉は力を失う。本作ではリチャードを、形を持たず移り変わっていくものとして描き、どんな時代にも現れる言葉巧みな為政者の姿を浮かび上がらせる。「台詞を語る俳優の身体」は、「何者にもなりきらない」能という演劇の形式を借りて、リチャードを現代に描き出す。約100年前の坪内逍遥訳で上演。
(フライヤーより)詩、マイム、音楽、そして舞踏、現代の吟遊詩人による中世・ルネッサンスのスペクタクル
身は妓生の娘にありながら、ひとたび結ばれた両班との青年との愛を信じ、牢につながれながらも、再び逢える日を待つ春香。死をも恐れぬ春香の「愛」をとおして見えてくるものは、何か。日本植民地時代、朝鮮のとある町の芝居小屋で「春香伝」が演じられる・・・。
永遠に気高く麗しく ぼくの星に咲くたった一輪の花よ
ゾンビ音楽でつづる死への行進。オペラの新領域がここに拓かれる! 死神に先導され、恐怖に踊りつつ死に赴く人々の列を描いた「死の舞踏」。死の普遍性を伝えるものとして、中世ヨーロッパ以来、さまざまな芸術作品、文学に引用されてきたイメージを、現代のアーティストによる「オペラ」として上演する試みがここに始まった。 クリエーションの起点となるのは、コンピューター制御された指がリコーダーやクラリネットなどの楽器
テレビゲームの世界に迷い込んだ、小学生の学とあかり。そこは闇の王が支配する恐ろしい世界だった…!現実の小学校生活とロールプレイングゲームの非日常世界が絡み合いながら展開する、冒険と友情の物語。
1993年に放送が開始され、今もなお愛され続けているNHKの人気番組「天才てれびくん」が舞台化!第1弾公演(2020年)は、チケットは即完売、大好評のうちに幕を閉じた。そして、第2弾本作の舞台は大昔のジャングル!?時空をまたいで、大切なものを守る戦いに挑む姿を描く。ジャングルで繰り広げられる娯楽奪還大作戦!! ここに開幕!<作品紹介>天才てれびくんとは?「天てれ」の愛称で知られる子ども番組『天才て
幻想的な公園で繰り広げられる中学生カップルの一夜と普遍的な母の物語が融合する、祝福の雪が舞う愛おしい「時」の断片たち―2018年初演後、熱烈にラブコールを受け2020年度には早くも再演された、FUKAIPRODUCE羽衣の代表作の一つ。「母」をキーワードに、愛と一緒に訪れる闇、闇と一緒に訪れる愛を描く“妙ージカル”
SUNA
演劇実験室◉万有引力 第5回公演(再演は第9回・10回・12回・21回・39回・56回)。イギリス、ブラジルツアーも含め、万有引力のオリジナルでは最も上演回数の多い作品。1986年には第40回エジンバラ国際芸術祭にてフリンジ・ファースト(最優秀賞)を受賞。1995年にブラジルに初上陸。この『SUNA』は、「距離」に関わる事物と人間の関係・役割をテーマに、観客と一緒に、劇場空間に巨大都市を持ち込もう
人は果たして他人になり切れるか東北羽前国平畠藩...そこは一面の紅花の里。瓜二つの紅花問屋の当主になりすまそうとした江戸の金物拾いの徳言葉、習慣を捨て、自ら証明するものを失っていく。騙したつもりが騙されて、替え玉になったつもりの徳を待ち受けていたのは...
盲目で生まれた杉の市は、盗みや脅しは当たり前、ついには人を殺めてしまう。殺し殺してまた殺し、その手を血に塗れさせ、悪の限りを尽くしながら、己の身と金の力を頼りに、江戸の盲人の最高位である検校にまで登りつめる。東北の地から江戸へと流れてきた少年は、運命の大きな流れに流される―。二代目藪原検校の、その悪行三昧、闇の世界の一代記。「来世は目明きに生まれてくるぜ。そうして、おっかさんの顔をしみじみと拝ませ
ワイルドのサロメでは、まずサロメはヨカナーンの声に惹かれます。それから容姿(肌や髪や唇)に惹かれます。そしてその唇に触れたい、キスをしたいと思います。サロメの恋の欲情が聴覚→視覚→触覚、とエスカレートしていきます。だけど、今、僕が出来ることは多分、もう触れて、キスしてしまった後のお話です。サロメの最後、サロメはヨカナーンの生首にキスをすると、苦味を感じます。そのビターさから始まる物語を、サロメとは
(フライヤーより)歌のお姉さん、体操のお兄さんによる楽しいつどいや、「ロバの音楽座」によるショーなどが3階青山円形劇場に大集合!!
今の時代、人は死に直接出会うことが少なくなっています。ほとんどの人が病院で死に、死ぬ直前は見ていても、それに至る過程をつぶさに知ることはなくなりました。だからこそ、死というものを真正面からとらえようとこの作品を制作したのです。特別な舞台装置や小道具を使わず、俳優の身体と声を表現の手段とし、観客の感性と想像力にダイレクトに訴えかける「素劇」によって観客の想像力が刺激され、生活の中の死の匂いが際立つの
(フライヤーより)いたずら好きのピノキオに、まわりはいつもてんてこまい。ピノキオを作ったジェペットじいさんも、ピノキオにだまされて大あわてです。そしてついには他の童話まで壊し始めたからもう大変。でもピノキオは、ただ本当の子供になろうとしただけだったのです…。
三谷幸喜書き下ろし・演出による、ちょっとほろ苦い大人のロマンティックコメディ。今は亡き女性シンガーと組み、かつては様々なポピュラーソングを発表、ヒット曲を連発して来た作曲家と作詞家二人の男。彼女の7周忌に開かれる追悼コンサートのために久しぶりに顔を合わせた彼らは、彼女に愛されていのは自分だとお互いに言い張りのだが…。
「廃校から、劇場へ」と銘打ち、レトロな木造校舎全体を回遊しながら物語が進む回遊型の演劇を作り、廃校の一つの活用方法を提示する目的で制作が始まった。主人公の少女は、曽祖母が残した1通の手紙に書かれてある「野麦でお会いしませう」に導かれて野麦を訪れる。野麦の民話や伝説をモチーフにしつつ、そこで出会う奇想天外な人・妖怪たちと不思議な体験をするオリジナルファンタジー劇。
——踏み出せ、その一歩を—— 大きなゾウを眺めていた。小さな憎悪を抱えていた。暑い日も、寒い日も、ちっとも動かず、立ち尽くしている。ずっと想像していた。あいつが一体、何を考えているのかを。
ブレヒトルネッサンス
劇団創立20周年記念公演。明治初年、「お江戸」から「東京」と名がかわった品川の宿。泣く子も黙る大悪党、剃刀左平次を真ん中に、泥棒と乞食と娼婦たちがくりひろげる三つ巴の仁義なき戦い。「金」と「セックス」の栄光をもとめて、最後に笑う者はいったい誰か?黒色テント「ブレヒトルネッサンス」第一弾。
2010年に上演され、第55回岸田國士戯曲賞の最終候補にもノミネートされた丸尾丸一郎の代表作が、新たな脚本と演出により小劇場で蘇る。「子供の頃から、スーパースタ―になりたかった。でも、スーパースタ―になる人は星を持ってる。俺は相変わらず星を掴めないかと試行錯誤してる。一生悩み続けるドン・キホーテや」。解体の決まった団地に立て籠もり、売れない漫画を描き続ける男の妄想が暴走する!
古代メソポタミアの英雄ギルガメシュ王と親友エンキドゥの壮大な冒険物語が、躍動感あふれる祝祭音楽劇に。世界的人形劇師・沢則行氏とのタッグで、巨大な森の守り手フンババが駿府城公園に現れる!フランス国立ケ・ブランリー美術館からの委嘱を受け、宮城聰がSPAC俳優陣と取り組む新作は、古代メソポタミアの冒険物語『ギルガメシュ叙事詩』。粘土板にくさび形文字で刻まれた古代文明の象徴にして現存する世界最古の文学作品
KAVC 新しい劇場のためのwork:02
コロナ禍をエンターテイメント化した実験作。新型コロナウイルスの無い世界からやって来た人々が無菌を感染させて行く。劇場観劇と配信観劇の二種類のチケットを販売。
おもむろにビニールプールを膨らませる15人の俳優。ビニールプールが完成すると、その中に胎児のように丸まって、眠りにつく。音楽が始まると、彼らは、それぞれの島に住む人々や、島の魂、妻に逃げられた若いパパや、ロンドンに居るイギリス人、ビニールプールの検品をしているアルバイトなど、様々な人物になっていく。リップシンクによる、コンセプトアルバム的な音楽シーンの連続で送る、人類の孤独を慈しむ音楽劇。
こんにゃく座シェイクスピアオペラ、林光・萩京子共同作曲第二弾。加藤直の大胆な台本により、ストレスから不眠症に悩むサラリーマンが医師のアドバイスを受け妻とともに精神療法として「ハムレット劇」を演じる、という筋書き。1991年の再演のほか、全国の高等学校や公文協主催などで旅公演もおこなった。
チェコの作家、フランツ・カフカの「変身」のオペラ化。後に、『変身』と改題した。国内では高等学校公演や公文協公演に加え、1999年東京文化会館リニューアル記念公演として上演し、2009年には、ルーマニア、ハンガリー、オーストリア、チェコでの海外公演もおこなった。
三蔵法師一行が印度に経を求め、道中で様々な妖怪と戦いながら旅する物語。『西遊真詮』から幾つかのエピソードが選ばれ、演出スタッフと俳優たちによるワークショップを経て舞台化された。当時、68/71黒色テントは新たなテーマとして「物語る演劇」と「アジア演劇」を立て、創作方法を模索していた。本作はその第一弾にあたる。80年、フィリピン教育演劇協会(PETA)主催の「インターナショナルワークショップ」でも上
現代演劇レトロスペクティヴ
平凡な男の部屋にふいに9人の家族が侵入してくる。善意に満ちた笑顔で隣人愛を唱えながら居座り続ける彼らに、男の婚約者や警察さえも説き伏され、男の存在が次第に危うくなっていく…。戯曲として初めて谷崎潤一郎賞を受賞し、現代社会の特殊な人間関係を照射した傑作戯曲。
『父と暮せば』で原爆投下後のヒロシマを描いた井上ひさしが、桜隊の史実をもとに原爆投下直前の広島の3日間を舞台に、戦時下でも演劇を愛し、芝居の力を信じ、「一人ではできないことをしている、一人の人間の力をはるかに超えたなにか大きなもの、なにか豊かなもの、なにかたのしいもの、それを望んで、それをたしかに手にいれている」と身も心も捧げた人々の苦難と喜びを、笑いと歌声を交えながら描く“演劇讃歌”の物語。
ダンス、音楽、演劇、ミュージカル、そして降り注ぐ言葉のコラボレーション…多様な表現方法のコラージュで、あなたの“感覚”に触れるManhattan96 Revue第5弾!何を考えているのかちっともわからない隣人である「植物」をモチーフに、「想像力」について考え、現代をレビューします。夢の果てから時間の向こう、はたまた心の裏表まで、滑稽で愛おしい世界の姿を想像する、自由な旅のはじまり。
3歳から100歳まで、観て、聴いて、笑って楽しめる音楽劇!
新たな切り口で脚本・演出が練り直され、初演から生まれ変わった “リクリエーション版“! アルバニアを代表する作家イスマイル・カダレの小説『砕かれた四月』を下敷きにしたサファリ・P固有のスタイルを駆使した身体、音、光、美術、身振りのアンサンブル作品母に遊びを禁じられて育ったネリネは、透き間風の吹きすさぶ荒涼とした心を隠して生きてきた。有名な小説家の恋人の座を得た彼女は、とある“しきたり”に縛られた山
桜咲き乱れる頃、東北の、とある田舎の村はずれ、どこからともなく歌声が聞こえてくる。 弥生のあられ 皐月のつゆは 働き者の味方ども しゃれた女房と 馬鹿とのさまは 根気がさっぱど つづかない・・・・・・白い花びらをつけた桜の木に挟まれたあばら家に住む、賢く美しい働き者の娘ちか。娘に一目惚れしたとのさまは、お侍医をお供に、桜の木に隠れて様子をうかがっている。優しいけれども気後れしがちのとのさまは、その
時代が押し付ける重い空気そんな流れに負けず懸命に生きた庶民たちの物語刻一刻と暗い時代へと突入していく中、求められるのは"軍國歌謡"か"敵性音楽"か。太平洋戦争前年からの一年間を描いた井上音楽劇の代表作。
世間を震撼させた千葉県連続不審死事件の犯人が逮捕された。容疑者・清水謡子は5件の殺人容疑で起訴され、マスコミと世間の注目を集めたが、本人は一貫して容疑を否認している。『週間 明朝』もまた、多くの週刊誌と同じく清水に注目していた。他者を出し抜き、なんとしても清水と接点を持ちたい『週間 明朝』の編集長は、記者・実方融を清水と獄中結婚させてしまおうと目論むが、清水は出版社との面会の一切を拒否していたため
日本の伝統的な庶民文化の一つである「民話」には、方言の持っている豊かさや、物語に隠された素朴な教訓、語りの味わいなど、今の子どもたちに伝えたい要素がたくさん含まれています。最近では、映像で「民話」に接することが出来るようになりましたが、画面から一方的に送られてくる「民話」では、語り継がれる良さは極めて少ないと思われます。「とんとむかし」では、一人一人が語り手となり、演者として、生の民話を日本中に語
まちなかパフォーマンスシリーズ
演出家・坂田ゆかり、俳優・稲継美保、ドラマー、パーカッショニスト・田中教順。80年代生まれのアーティストが集い、現代の諸問題への関心を、日本の話芸や打楽を用いて共有し、深め、拡げる場を創造します。公演会場は寺。三好十郎の詩劇『水仙と木魚』をベースにさまざまな文学作品の断片、寺を取り巻く地域の記憶、仏教法話を織り込んだテキストと、声、身体、音が共振する特別な時間が生まれます。
太宰治の名作「走れメロス」を、役者一人の生演奏の音楽劇として舞台作品にして上演。メロスと王はどちらも太宰自身の分身と捉え、両者を役者が一人だけで歌って走って身体を張って演じる事でそのメッセージ性「人が人を信じるということは可能なのか」を表現します。話は原作に忠実です。移動公演主体なので10年以上にわたり長期間上演してきました。動画は初演に近い頃の撮影。
劇団鹿殺し 15周年記念公演
時は戦乱の世。幾多の武将が名を馳せる中、月見草のように闇に咲く名も無き侍たちがいた。強さとは何か?死ぬべき時はいつか?生きる意味とは?はぐれ雲に問い続ける刃の光。流れた血のあとに、月の涙が零れ落ちる。合戦の騒乱を生バンドに乗せ、足軽が管楽器を吹く。嘆きのギター、進軍のベース、生きる鼓動がドラムに乗り移る。劇団鹿殺しが挑む「新世代パンク時代劇」参上!
(フライヤーより)青山円形劇場では、クラシック音楽のなかから動物や鳥や虫を描いた曲を集めてお芝居仕立てに構成した「五線譜のなかの動物たち」というコンサートを上演しています。こどもの城オリジナルのファミリー企画で5年間14回も続いている人気シリーズです。今回は、対象をファミリーだけに限定せず「五線譜のなかの動物たちスペシャル」として一般向けに上演いたします。これまでとはひと味もふた味も違った、”音楽
華やかさと暗部を抱えた1930年代の上演、異国情緒溢れる租界のジャスクラブを舞台に、歴史に秘められた恋と濃密な人間ドラマが、生のジャズバントの演奏と共に、鮮やかに描かれる。1939年(昭和14年)、中国・上海。当時、ここはイギリス、フランス、アメリカ、ロシア、そして日本などから多くの人々が移住。租界と呼ばれる居留地は発展し、異国情緒溢れる都市として<東洋のパリ>や<魔都>とも称されるほど繁栄してい
現代演劇×現代音楽=新たな“音楽劇”新たな“音楽劇”はどのように生まれるのか——。これまでも様々なかたちで“音楽劇”に挑んできたチェルフィッチュ/岡田利規と、世界的作曲家・藤倉大。現代演劇と現代音楽、それぞれのトップランナーがタッグを組み、2023年にウィーン芸術週間にて初演を迎えた本作。俳優は歌唱とは異なる手法で、そして音楽は情景や心情を描くものとは異なる在り方で、相互に作用することで、言葉と音
(フライヤーより)一年のしめくくりにはこの笑顔。そう、ショートショートのお芝居とファンタスティックな音楽でつづる不思議の国のレストラン「ア・ラ・カルト」。選りすぐりのメニューを胸いっぱいに食べながら、今年もいろいろあったよなとか、来年も(は?)いいことありますようにとか、そんなことを少しシミジミ思っちゃいましょうか?
子ども達の「遊び」や生演奏、観客を巻き込む演出に終始笑いが溢れます。自分色に染め、生き抜いた落ち葉のように「自分らしく生きる」子ども達の背中を優しく後押しします。作曲に悩む音楽家がやってきた。旅芸人の道化師もやってきた。考え方も表現も違う者同士が噛み合わないながらも少しづつ距離を縮めていく、そんな三人のおかしな物語。やがて季節は移り行き…。落ち葉の中で繰り広げられる楽しくも美しい言葉のない舞台です
紅花の赤、そして恵みの雨、拾い屋の徳の「残酷な運命」人に化ける、ニセモノ、替え玉、どんでん返しを盛り込んだ井上戯曲の傑作。雨乞いに隠された庶民の思いと引き換えに、一人の男が仕組まれたものとは。東北羽前国平畠藩...そこは一面の紅花の里。瓜二つの紅花問屋の当主になりすまそうとした江戸の金物拾いの徳言葉、習慣を捨て、自ら証明するものを失っていく。騙したつもりが騙されて、替え玉になったつもりの徳を待ち受
東京芸術劇場が2015年に初めて制作した、こどものためのオリジナル作品。原作は松尾スズキの文/絵による 『気づかいルーシー』(千倉書房)、脚本・演出はノゾエ征爾。主人公のルーシーと、育ての親のおじいさん、飼い馬が互いに気づかいしすぎるあまりに引き起こす残念な悲喜劇が、オリジナルスコアの生演奏に乗せて、歌あり踊りありで展開する、ほろ苦くも楽しい舞台。2017年の再演に続き、2022年に再再演をおこな
「お父さんは何して遊んでた?お母さんとお父さんはどこで会ったの?」おはなしを聞くのが大好きなルルランのもとに、思い出のプレゼントを持ってみんながやってきます。ルルランの想像が膨らむと景色が広がり、音楽が聞こえ、心は踊り出します。日常の機微を身体とユーモアで描き“見ると明日がちょっとがんばれる”と評判の泥棒対策ライトが「ヘンゼルとグレーテル」「親指姫」「おむすびころりん」「人魚姫」「おおきなかぶ」の
『魔笛』ではなく本来の『魔法の笛』というタイトルにふさわしい歌芝居として上演したいと計画した、こんにゃく座のモーツァルトオペラ第二弾。黒テントの新井純が客演。モーツァルトにこの作品を書かせたシカネーダーを登場させ、シカネーダー劇団が『魔法の笛』を上演する、という設定。タミーノ役はソプラノ、夜の女王とパミーナをひとり二役で上演した。
ダンボールで出来たカラフルなタイルで彩ったプールを劇場に作りあげ、観客はプールサイドから観劇する。妖艶で退廃的な”ROMANCEPOOL”に満ちる生命エネルギー。FUKAIPRODUCE羽衣初期の名刺代わりの作品。
モーツァルトの「フィガロの結婚」こんにゃく座版新演出。三度目となる挑戦で目指したのは、”ふたつのフィガロを作る”こと。名付けて“赤いフィガロ”と“黒いフィガロ”。2つのスタイル、2つのモチーフで2ヴァージョンのフィガロを作ってしまおうという企画。赤いフィガロは“西洋”、コメディア・デラルテの手法で祝祭的にカラフルな世界を描き、黒いフィガロは“東洋”、スタイリッシュに中世日本のバサラ(婆娑羅)をモチ
シアターコクーン・オンレパートリー1993春
平安時代の藤原薬子の変を題材に、ヤマベ王の第1王子・アテノと、アテノに見初められた女性・クスコの愛を描いた物語。「上海バンスキング」とならぶ斎藤憐の傑作と名高い。1982年に自由劇場にて初演。その後、再演を重ね、1993年にシアターコクーンのオンレパートリーとして上演。
東京という土地へと集まってきたものたちの生活と、茫漠と捉えられない街がもつ混沌と情景を拾い集めます。映画館のスクリーンに現れる光と影が明滅するように、去っていくものと残るものとが交差する一日一日。生の曖昧さを強く肯定するミニマルな運動と、変化する社会の中で意味など必要なく確かに存在することを見つめた身体と言葉と音楽によって、この瞬間の“トーキョー”をスケッチして描き出すライブパフォーマンス。
けーきゅー。2019年から佐々木が取り組む「呼吸による音楽」プロジェクト。2021年度、譜面”kq”が第21回AAF戯曲賞 最終審査会ノミネート。2022年、冊子とCDでプロダクト展開。2024年、第14回せんがわ劇場演劇コンクール本選にて佐々木自身で上演。譜面は呼吸方法の指示テキストと並走する抽象的な物語で構成されている。耳に集中しながら呼吸を意識的に行うことによる内的な調整作用と、外部との「セ
こんにちは。杉並区に住んで20年になるペヤンヌマキです。 これまで半径10メートル以内で起きたみみっちいことを題材に演劇を作ってきましたが、なんと私の半径10メートル以内で壮絶な「道路問題」が起きていました!70年以上も前の道路計画がゾンビのように蘇った「都市計画道路」。道路ができると私が住んでいる場所は立ち退きになってしまいます。自分のことに精一杯で社会問題のことなんてこれっぽっちも考えてこなか
夏目漱石原作「吾輩は猫である」のオペラ化。1998年に初演し、その再演。
機関銃と戦車の登場で大量殺戮が可能になった第一次世界大戦中。塹壕から逃げ出した脱走兵ファッツァーは仲間たちと地下室に潜伏し、革命が起こって戦争が終わるのを待つ。しかし、結末に待つのは団結の失敗と死ーー。ブレヒトが「私のファウスト」と形容し、ミュラーが「ブレヒトの最高傑作」と称揚した未完の戯曲を本邦初上演。オルタナティブロックバンド「空間現代」と地点の初めてのコラボレーション。