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僕の名前は羽山走次。8歳で小学校の3年生。それはある日、突然、起こったんだ。お父さんもお母さんも、いきなり子どもになっちゃった。お兄ちゃんも幼稚園児みたいだし、おじいちゃんはまるで赤ちゃん。どうしてこんな不思議なことが起こってしまったのだろう? それはどうも、ぼくの精神年齢だけが大人になった、ということらしい。つまり僕から見れば、精神年齢の低い人は学校の先生だろうが子どもに見えるってわけ。でもどう
桜田門に始まって、京の都では連日連夜の血の嵐が吹き荒れ、とうとう1867年維新回天に至った日本はすっかり身も心も生まれ変わるわけだが…同年、戊辰の戦真っ只中の祖国を遠く離れ、パリで開かれた万博に日本は初めて参加していた。幕府肝入りの日本文化遠征軍。中でも目玉は、当時フランスでのベストセラー「三銃士」を和風に表現しようという、何とも無茶苦茶極まった、名も知れぬ幕末浪人達による「お芝居」の上演だった。
ある夏の日、<友>が<私>を訪ねてくる…登場人物はその二人だけ。長い長い別れ話が始まった。■ものがたり蒸し焼きにされそうなある夏の日。畳の上で部屋着姿のまま床にはいつくばる「私」の前に、高校時代の同級生「友」が現れる。話を聞くと、自転車に乗ってずいぶん遠くから走ってきたという。久しぶりの再会に喜ぶ二人は、じゃれあうように会話を楽しむ。しかし、ふとしたはずみで出る「友」の言葉は、二人の間には埋めるこ
椿組2024年春公演
「コロナ」後の現在——経済、生活を混乱させ今迄の価値観をがらりと変貌させたこの状況は、明治時代初期の開化期と似ている。武家社会が崩壊し旧い身分制度が廃止された時、市井の人々の右往左往が始まった。「平民となった下級武士」を主人公におき、突然新しい生き方を強要された民の人達と社会の混乱を描きながらも共に助け合い生きる人間讃歌を描いた。没落した下級武士が東京に出て様々な混乱の中新しい愛を手に入れる庶民の
ルウはヒモ状態の欧彦に手切れ金10万円を渡し、新しい彼氏の満太郎と同棲を始めるが、10日もしないうちに有り金を使い果たした欧彦が戻って来てしまう。何故か始まる3人の同居生活。そして、欧彦はルウの親友の杏と付き合い始める。モヤモヤしたルウは、欧彦と再び関係を持ってしまう。こんな関係よくない…と、欧彦に諭され混乱したルウは、欧彦に「死んでほしい」と、頼むのだった。
夜逃げした誰かのアパート、その捨てられた箪笥の中からびっくり仰天街ヘ迷い込む!先行き不透明な中、我々はどこに向かっているのだろうか。気が付けばそこは、入り口も出口もわからぬびっくり仰天街。逃げ出すつもりが近付いたり、堂々巡りの現代と私たちを遊んだ作品。
——踏み出せ、その一歩を—— 大きなゾウを眺めていた。小さな憎悪を抱えていた。暑い日も、寒い日も、ちっとも動かず、立ち尽くしている。ずっと想像していた。あいつが一体、何を考えているのかを。
江戸時代から続いてきたらしい和菓子屋「亀屋権太楼」が、経歴の捏造に端を発した騒ぎで存続の危機に立たされる。新しい社長は評判の人格者。彼なら道を誤らないはずだ。店、家族、そこに関わる人たちの10年間。場所も時間もとばしながら、視点を変えて人々の営みを俯瞰するMONOの新たな試み。善人と悪人の境界線はどこにあるんだろう? 私たちは誰に味方すればいいのだろうか?
主人公の男が押入れの奥から、昔よく履いていたズボンを見つけたことから始まる。それをコインランドリーの洗濯機に入れた所で、後ろのポケットに、何か大事なものを入れていたことを思い出す。ズボンは見当たらず、代わりに「あなたの過去を上演したいので、上演許可を!!」という、演劇部の女子高生たちが登場?!それを契機に「ラブレターを返して」と迫る昔の彼女など、彼の忘れたい過去が、記憶の渦の中から次々と現れて…。
1968年「広域108号事件」を題材。 死刑判決を受けた男が、自身の半生を物語る。
THE SHAMPOO HAT第21回公演
<公演チラシより>夜が酷く白かった。どこからか微かにテレビの音が聴こえる。断続的な群衆の笑い声に酷く苛立ち、キャビンマイルドに火をつけた。松屋でカレーなど食わなければ良かった。ハァハァと吐き出す息がカレー臭くて、泣くに泣けなかった。野良猫と目があった。撫でようとしたら逃げられた。ポケットから折りたたみ式のナイフを取り出した。ドンキホーテで二千円のナイフ。夜が酷く白かった。そろそろ行かなければならな
劇団初のチェーホフ作品。湖畔の田舎屋敷を舞台に、作家志望の青年トレープレフと女優を夢見る乙女ニーナの関係を軸に、屋敷に集まる人々のさまざまな恋愛模様が描かれる。この群像劇を自己実現の病に苛まれた現代人の苦悩の姿と解釈し、「剥製たちのボードビル」として上演した。初演は2019年、劇団創立35周年記念公演。その後2023年にルーマニアのシビウ国際演劇祭に招聘され大きな話題となる。
ムカシ昔、夢か死、無か私…時代がかった駅舎めく礼拝堂めく病室めくその場所に、"新感染棄望X+零號(しんかんせんのぞみエクスプラスゼロゴウ)"出発のベルが鳴り響き、悪疫と戦争と殺人の惨禍が走馬灯のように繰り返し繰り広げられる。わたしの夢なのかわたしが夢なのか?わたしが見ているのかわたしが見られているのか?すべての存在の輪郭を滲ませながら強制収容の終着駅へ向かう、ナイトメア&フェアリイテイル。長大なモ
鈴木翁二の中編漫画『こくう物語』をベースに、「マッチ一本の話」等の短編を混じえて天野天街が脚本を書き下ろした作品。まだ江戸時代の風情を残す明治初期の山あいの旅籠屋を舞台に、姉かれんと弟平吉のきょうだいの他愛のない日常と、行商の老人の旅の記憶が交錯しながら一期一会の季節の物語がはじまる。忘れられない旋律を残してどこかへ行ってしまったものたちの面影を抱いて見上げる、「さむそうな、空と海だったなあ…」鈴
沖縄戦激戦地であった糸満市の丘の上に「南北之塔」は立っている。それは、沖縄戦で亡くなった沖縄の民と戦死したアイヌ兵士たちの慰霊碑であり、側面には、「キムンウタリ(山の民)」とアイヌ語で刻まれている。共に迫害されたふたつの民族が「日本の盾」となって戦った、その皮肉と、しかし在った魂の交流を、知念正真の傑作戯曲「人類館」をリスペクトした構造で描く。
一人の失業した男が乾物屋の2階のアパートに下宿している。ハローページでは乾物屋というのは、興信所の後で、香辛料、香料のページに記載されている。ある乾物屋には、興信所と間違えて、探偵の依頼電話がかかってきて、その男もそんな電話を取る機会が結構ある。その中の1本の電話で、「私は今、探偵に捜査されているようだが、お宅じゃないか、私を付け回しているのは。」というのがあった。その電話をきっかけに、その男は、
複雑な人はなんでもない顔をしている。優しさゆえに心の傷を隠し、自分に嘘をついて暮らす人たちが自由を獲得するまでのいくつかの形を、個性ある登場人物たちで描く。曖昧な自意識で生きる華子。夫を介護する愛人。踊る愛人の娘と友人。生きる意味を探す息子。この家族がホームレスの協花と出会うことで変わる、家族の解体と再生の物語。女性の自由を奪う見えない抑圧に輪郭をひき、個人の尊厳が守られる新しい共同体の姿を探す。
「世の閉塞感の中でどうやって前を向くか」というテーマの元、現代人の暗闇や想像力の欠如など、現代風俗を鋭く見つめたシリアスな内容で話題を呼んだ「みんなの歌」3部作(2003~2005年上演)を改訂再演し、疾走感あふれる台詞の掛け合いで描く。
美大生の橋本は、画家になりたかった。画材を買うために始めた夜勤の内装バイトで、気がついたら、正社員になっていた。橋本の働く百貨店内の画廊スペースで、人気画家になった同期の個展が決まる。なれなかったものに、まだなりたい。「何を、諦めれば──。」ゆうめい × ウンゲツィーファ、2つの現代演劇ワールドが織りなす100分間の夜勤劇。第34回下北沢演劇祭参加作品。
劇団青年座創立50周年記念公演 第3弾
生まれついてけもののように生きていくしかない哀しい定めの男たちがたむろする安楽亭。そこに場違いな男がフラリ現れた。「俺は知ってるぜ。この店がどんな店か。」男は酔い潰れ、嗚咽する。ある夜、与兵衛が傷ついた若者を担ぎ込んで来た。身なりからして真面目そうなこの男もまた事情ありのようだ。「いったい、何をしたの。」おみつの言葉に身の上を話し出す富次郎。その時、他人とは関わらなかった安楽亭の男たちの血が騒ぎ始
「精神鑑定医と患者と、その患者にしか見えない男」「落ちぶれて留置場で再会した2人の元ライバルのボクサー」といった、2つの筋を1本の糸で結ぶ女「えみ子」と、「時計屋と女房」「医者と看護婦」「悪魔と魔女」「ボクサーと連れ子」「刑事と本部長」らが、怒涛の展開の連続を巻き起こす。
昨年上演した『モモンバのくくり罠』で第27回鶴屋南北戯曲賞を受賞し、外部公演への書き下ろしでも高い評価を受けている横山拓也が、iaku初期話題作『流れんな』を全編広島弁に改稿、2024年版として上演
流山児★事務所創立35周年記念公演の第3弾として、2020年2月、スズナリで上演された詩森ろば(serial number)の新作書き下ろし。1974年の北海道白老町長刺殺事件と1669年「シャクシャインの戦い」を交錯させアイヌ民族の差別と闘争を骨太に描いた物語。多くのメディアで取り上げられ、劇評でも高く評価された。美術:杉山至、音楽・生演奏は第27回読売演劇大賞優秀スタッフ賞の鈴木光介、主演は田
1986年26歳にて岸田國士戯曲賞を受賞した川村毅による、翌1987年の新作『フリークス』はPARCO劇場提携により、パルコ・スペースパート3にて初演。翌88年ザ・スズナリにてDAISAN EROTICA Festivalと銘打ち、最新作『フリークス」と旧作『コックサッカー・ブルース』を同時上演。
穂の国とよはし芸術劇場PLATプロデュース
穂の国とよはし芸術劇場PLATプロデュースの第二弾。穂の国とよはし芸術劇場の芸術文化アドバイザー(2017年当時、19年4月からアソシエイトアーティスト)であったアル☆カンパニーの平田満と劇場との共同企画。KAKUTAの桑原裕子の作・演出、平田満、井上加奈子、増子倭文江、中尾諭介、多田香織、小林勝也といった出演者により、2017年12月に豊橋、北九州、東京で上演。団地の一室を舞台に描かれた小さな作
ラジオのスタジオ。一九五〇年代のB級SF映画「地球最終放送」(原題「たたかう女」)をノンストップトークする女性アナウンサー。たばこを取りにスタジオの外に出ようとするが、スタジオがオンボロで扉が開かない。ふと不安になり、片っ端から放送を聞いてみるが、他に放送している局はみつからない。知り合いに電話をかけまくるが通じない。「地球最終放送」の内容がほんとうになったのだろうか......。
2人の女。20年前。家庭にインターネットが普及した時代。匿名掲示板──。全く違う場所で生まれ育った女性2人が、インターネットで出会う。誰にも話せなかった家庭と世間に挟まれていた2人は、ようやく打ち明けられる場所をネットの中に見つけた。記憶の世界をぐるぐると巡りながら、それぞれの身に起こる出来事を経て、とある決断を下す現在までの20年間を描く。
【 あらすじ 】ある日、ひきこもりの息子に戦場への迎えが来る。母親は、息子の代わりに自分が出征すると言い出した……。日常と地続きの戦争を母と子の関係を軸に描く、うさぎ庵流のやわらかな不条理劇 。花組芝居の桂 憲一 、大井靖彦がジェンダーも年齢も超えて、母と息子を瞬時に演じ分ける。二人に関わる様々な他者を演じるのも、花組芝居の植本純米。
2019年夏、自ら企画・プロデュースした2人芝居「命、ギガ長ス」は、認知症気味の母の年金を当てに生活する50代ニートでアルコール依存症の男という“8050問題”をテーマにした新作書き下ろし舞台だ。今回、最小限のスタッフで松尾が自ら作、演出、出演、美術、企画、プロデューサーを務め、並々ならぬ想いで取り組んだ舞台の稽古場にカメラが入り、初めての長期密着が行なわれた。稽古場の風景、俳優・演出家として取り
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ゴーリキーの名作を換骨奪胎した『どんぶりの底』に続き、芥川賞候補作家:戌井昭人が2016年に挑んだベケットの『ゴドーを待ちながら』の戌井昭人版。究極の無意味とエンターテインメントが交錯し、不条理を超えた人間の存在を描く音楽劇として流山児祥が演出。薄汚い場所で、男二人組、女三人組が「ヘモロゲさん」がくるのを待っている。待っても待ってやって来るのは、なんだかわけのわからない人ばかり。佃典彦、月船さらら
7月28日の夜、大型の爆撃機が数十機飛来しマチを爆撃した。周辺に疎開していた者達は当局から出された通告により帰宅しており、被害を増大させた。爆撃のさなか、迎撃の戦闘機による体当たり攻撃により、一機の爆撃機がムラの山中に墜落。搭乗員は残らず死んだかに見えたが、一匹の鬼が村人・ショウスケによって確保され、獣医・タロウ宅に保護されたのだった。
女の生態を描いてきたブス会初の、血縁関係に迫る作品。母親を温泉旅行に連れてきた三姉妹。親孝行のつもりが・・・
いつの時代ともどこの時代とも知れぬ不可思議な小部屋。一人押し込められた男。代わる代る部屋を訪れる様々な人物から強制される尋問にも似た暴力的な会話。或いは彼らが執拗に聞かせる果てのない物語。そして男自身の見る不可思議な夢。それらが入り交じり、男はいつか時と空間を遥かに遡り、恐るべき陰謀の真っ只中に誘い込まれる。欺瞞と捏造まみれの文字で書かれた歴史の彼方、押しつぶされ、忘れ去られた男が辿り着いた、彼自
1972年日本への沖縄返還が行われることとなり、沖縄は大きく揺れていた。政治、市民の生活、そして裏社会、すべてが交錯し、火花を散らす。核や軍用地を巡る密約はほんとうにあったのか。現代日本の問題の縮図が噴出する1972年の沖縄を舞台に、政治とはなにか、外交とはなにか、生きるとはなにかを問いかける。
高天原乳業の女子社員寮はソフトボール部が支配する伏魔殿!?実業団リーグの絶対王者である彼女たちは今夜も地下食堂に集結する!小劇場界の風雲児「柿喰う客」の最新作は女優9名によるクロスゲーム!栄光の影に隠された悪夢の歴史を暴き出すアンチ・ヒーロー・サスペンス!
東京成人演劇部vol.1
大人計画主宰、松尾スズキが演劇部を始動。8050問題の親子、ドキュメンタリー作家志望の学生と教授を描く安藤玉恵との2人芝居。第71回読売文学賞(戯曲・シナリオ賞)受賞80代で認知症気味の母親エイコ(安藤玉恵)と、ニートでアルコール依存症の50代の息子オサム(松尾スズキ)。貧困生活を送っている2人を、ドキュメンタリー作家志望の女子大生アサダ(安藤玉恵・2役)が撮影し密着していた。エイコの年金を当てに
わずかずつ、わずかずつ/気がつくたびに日1日と/部屋が狭くなってきている。11日前の水曜日/不安を抑え切れずに/金物屋から5メ—トル計のメジャ—を買ってきた/今日だって3回計測した/昨日より1回増やしたのだ/壁から壁。/決してその手は震えていなかったのに/部屋は一晩で23ミリメ—トルもちぢんでいた/一昨日から昨日にかけてが19ミリメートル/ついに20ミリメートルを超えた/部屋は加速度を増しているく
温泉ドラゴンのシライケイタ:演出による現代韓国傑作戯曲上演シリーズ第一弾。韓国を代表する劇作家:パク・クニョン(劇団コルモッキル)の代表作。『代代孫孫』は、ある一族の物語を、現在から日帝時代まで遡りながら描き出す韓国現代史。シライは韓日を入れ替え、日本は朝鮮の植民地、自衛隊は、べトナム戦争に参戦するという、「あり得たかもしれない歴史=想像力の物語」として、再構築し『代代孫孫2016』を創り上げ、物
漫画家・美術家である、しりあがり寿が本格的に「劇作」に取り組んだ2017年の話題作。戦国天下取りの最大の合戦:桶狭間の戦いの前夜、未来のオケハザマの予知夢に悩む今川義元にスポットを当て、戦を避けつつ運命に吸い込まれてゆく、人の葛藤、歴史の皮肉を描き高い評価を得た。演出:流山児祥、音楽:坂本弘道、映像:浜嶋将弘、客演に山像かおり〈西瓜糖〉、井村タカオを迎え30人を超える大殺陣のシーン、映像とのコラボ
道化を一人従えて、夜毎に荒野をさすらう重ね着の王様。彼は『王様は裸だ!』という子供の声によって、国中の笑いものになり、今は城を追われて隠遁者となった、裸の王様だった。アンデルセンの『裸の王様』とドン・キホーテの物語をモチーフにし、理想と現実の葛藤を描いた作品。第36回岸田戯曲賞受賞作。
戦後、復員してきた松尾大吉(六角精児)が妻・弥生(冨樫真)の元に帰ると、そこには二人の女・番場(秋野暢子)と小梅(川島なおみ)が居候していた。しかし、弥生たちは大吉が死んだものと思い込み、既に葬式もあげてしまっていた。その上、弥生が本当に待っていたのは戦争のどさくさで結婚してしまった大吉ではなく、番場の息子・裕介だった。立場のない大吉を目の前に、裕介の帰りをそれぞれの思いで待っている番場と小梅と弥
俳優の大倉孝二、劇作家・演出家ブルー&スカイが共同主宰し2014年旗揚げしたユニット「ジョンソン&ジャクソン」は、「くだらない、何の役にもたたない芝居作りを澄み切った思いで目指す」と標榜し、大倉とブルー&スカイの脚本・演出・出演の共同作業でコンスタントに上演。公演毎に二人に馴染み深い多彩な出演者を迎え、ジョンソン&ジャクソンにしか表現できない、何とも味わい深い“くだらなさ”を追求した作品を創作して
僕たちの一夜の奇妙なアルバイト。それは明日取り壊される古い屋敷の床下に埋めらえた”ある物”を掘り起こすことだった。正義と邪悪が交錯し、夢と絶望が裏取引を繰り返す都会の真ん中に、忽然と姿を現した現代の羅生門で、僕たちが見たものはいったい何か―――。
東京都内にあるカトリック系私立女子中学校の会議室。そこに、集まる数人の男女。いじめ自殺死した子供の遺書に書かれていた、いじめ加害者の親たちである。それぞれ、年齢も、生活環境も、職業も違う親たちは、身勝手な事情から我が子を庇護する事に終始する。怒号飛び交う会議室。子供達のいじめを通して、それぞれの親たちの「顔」が浮き彫りになる。
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夏には、汗と涙と青春と共に、黄昏がよく似合う。穏やかで美しい水平線に沈んでいく夕陽を眺めながらも、湧き上がる騒めきや怒りや戸惑いを、感じたことがあるだろう。変えたいこと、変わりたいこと、そのままでいいこと。消しても流しても、再び脳裏に甦るアイツ。泡のように浮上し、泡のように増幅しこびり着く。執拗なアイツの仕業?それともワタシの執着?“世界で一番イヤな奴”を巡る、移動しないロードムービー演劇!
いつも自問自答をくり返すように、人は自身の内部に人格が内在すると感じている。それを魂と呼ぶならば、私達の肉体は魂という使用人に操られているかも知れない。さあ、魂と対決する度に出よう。笑いと共に。
世は南北朝時代、足利尊氏と新田義貞が天下をあらそう戦乱の時代。新田の家臣・塩谷判官[えんやはんがん]高貞は足利軍にやぶれ、降伏した・足利がうばった新田の財宝を返してもらうかわりに、塩谷は新田の愛人・勾当内侍[こうとうのないし]をさしだす。天下の美女を手に入れた尊氏の弟・直義[ただよし]は塩谷に心をゆるし、むほんのたくらみをあかして仲間にひきいれる。一方足利の重鎮・高師直[こうのもろのお]は、直義の
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派兵先の戦場で地雷原を歩き続ける二人の自衛官、親分の命令で屋敷の庭を守る地雷を入手する旅に出たヤクザ、地雷撤去に憧れを抱く義足の女の「冒険」、地雷製造会社で働く父親と家族の日常、セントラルパークに埋められた地雷に翻弄されるNY市警の警官たち、地雷に囲まれ、村から追われた難民の物語……。「地雷」をめぐる様々な物語が交錯する。名前を変え形を変え世界中に存在する子供達の遊び「だるまさんがころんだ」が、い
流山児★事務所の世界を旅する「西遊記」!天界、 妖怪入り乱れ、三蔵法師が孫悟空、猪八戒、沙悟浄を従え、天竺を目指す冒険活劇「西遊記」を鬼才:天野天街が前代未聞の歌謡冒険活劇に創り上げ、異次元・異空間に誘います。音楽はムーンライダーズの鈴木慶一。国境を超えて大爆笑を巻き起こす演劇ならではの冒険宇宙。インドネシアのジャカルタ公演を収録しました。
しりあがり寿の新作で、演出に天野天街(少年王者舘)を迎えて流山児★事務所が上演した『ヒme呼』。物語は古代の世界。卑弥呼亡き後 、国が乱れ部族が3つに分かれ対立をはじめる。ある時、異民族の男女2人が卑弥呼と似た感染症にかかってしまう。そのウイルスの正体は……恋!? 恋の概念がまだない古代の邪馬台国で恋の病が蔓延する。暗澹たるコロナ禍でつくられた、時代の閉塞感を打破するナンセンス・コメディ。
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千葉雅子×土田英生舞台製作事業
地方を拠点にした暴力団『日和組』。三次団体ながら一時期は羽振りがよかったが、上部組織からの無理な要求と組長の死亡をきっかけに廃業した。その組長には四人の子供がいた。親代わりとして生きてきた長女、かつての上部組織に恨みを持ち続ける長男、裏の世界で生きる次女、そして幼い頃に養子に出され、幸せに育った三女。あるとき、三女の奈津実が幸せこの上ない笑顔で実家にやってくる。菅原玄という男を伴って……。共に劇作
陸の孤島と化し、立ち退きを迫られた病院を舞台に、わざわざ通院してくる老人や幽体離脱できる入院患者など、病院に集う人々の人間模様を描きながら、神の存在の有無にも踏み込む。
東京都のゴミ収集袋に指定がなく,中身の見えない黒いゴミ袋が全盛だった1990年。うち捨てられた失踪中の弁護士、ゴミ収集を生業とする者たち、夜ごと集まり「パパ」と呼ばれる初老の男にゴミを届ける娘たち、娘を探す夫婦・・・ビルの谷間の高架下で出会った孤独な魂が、救済の雪を待望する。同時に「不特定多数の娘を持った『リア王』の物語」として、フェミニズム問題をも視座に入れたシェイクスピア作品への新解釈を示す。
歯痛、吐き気、生理不順……。人気作家・早智子の体を次々と異変が襲う。歯科・内科・産婦人科と、病院を転々と渡り歩いても原因はつかめない。だが理由は明白。早智子は尋常ならざる拒食と過食を繰り返していたのだ……。スリム(S)とファット(F)という身体の変化を繰り返す中で、早智子が自分の心の奥底に見たものは……? とどまることを知らない世のダイエットブームを背景に、過酷なダイエットに走る現代女性の深層心理
泉の辺りで休む旅芸人、二人。名前はおかめとひょっとこ。どうやら道に迷ったようだ。ひょっとこは知恵おくれのおかめに愛想をつかして別れたがっている。おかめはどこまでもついていくと言う。 旅に疲れたひょっとこは人形を取り出し、物語をはじめる。 アジアのどこか。日本のどこか。南の島。泉の辺りでクリーニング屋を営む三姉妹とその弟の物語。