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『リセット』の3つのコンセプト-〈登場人物をリセットする〉この芝居には過去の作品に登場した人物がキャラクターもそのままに、続編のように再登場します。例えば『ONとOFFのセレナーデ』の葬儀屋のヤリタイと看護婦の深町、『眠れる森の死体』の外科医の猪瀬・境など。つまり、過去の作品の登場人物たちがこの『リセット』という作品にリセットされるわけです。〈観客がリセットする〉この作品では時間的つながり、登場人
東京成人演劇部vol.1
大人計画主宰、松尾スズキが演劇部を始動。8050問題の親子、ドキュメンタリー作家志望の学生と教授を描く安藤玉恵との2人芝居。第71回読売文学賞(戯曲・シナリオ賞)受賞80代で認知症気味の母親エイコ(安藤玉恵)と、ニートでアルコール依存症の50代の息子オサム(松尾スズキ)。貧困生活を送っている2人を、ドキュメンタリー作家志望の女子大生アサダ(安藤玉恵・2役)が撮影し密着していた。エイコの年金を当てに
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金がない、仕事もない、家庭もないし、未来もない!弟夫婦に世話になりながらのらりくらりと糞溜めのような日々を過ごしていたおじさんが「あの娘」と出会うことで始まる、恋に落ちるおじさんと、落とした「あの娘」と、落ちていたおじさんたちとのハートウォーミング・ラブ・サスペンス・ストーリー!
ナイロン100℃結成30周年公演第一弾として実に26年振りの下北沢 ザ・スズナリでの本公演上演が実現。劇場空間を最大限に活かした濃密な舞台で繰り広げられるレトロホラー。
ムカシ昔、夢か死、無か私…時代がかった駅舎めく礼拝堂めく病室めくその場所に、"新感染棄望X+零號(しんかんせんのぞみエクスプラスゼロゴウ)"出発のベルが鳴り響き、悪疫と戦争と殺人の惨禍が走馬灯のように繰り返し繰り広げられる。わたしの夢なのかわたしが夢なのか?わたしが見ているのかわたしが見られているのか?すべての存在の輪郭を滲ませながら強制収容の終着駅へ向かう、ナイトメア&フェアリイテイル。長大なモ
女の生態を描いてきたブス会初の、血縁関係に迫る作品。母親を温泉旅行に連れてきた三姉妹。親孝行のつもりが・・・
1972年日本への沖縄返還が行われることとなり、沖縄は大きく揺れていた。政治、市民の生活、そして裏社会、すべてが交錯し、火花を散らす。核や軍用地を巡る密約はほんとうにあったのか。現代日本の問題の縮図が噴出する1972年の沖縄を舞台に、政治とはなにか、外交とはなにか、生きるとはなにかを問いかける。
流山児★事務所の世界を旅する「西遊記」!天界、 妖怪入り乱れ、三蔵法師が孫悟空、猪八戒、沙悟浄を従え、天竺を目指す冒険活劇「西遊記」を鬼才:天野天街が前代未聞の歌謡冒険活劇に創り上げ、異次元・異空間に誘います。音楽はムーンライダーズの鈴木慶一。国境を超えて大爆笑を巻き起こす演劇ならではの冒険宇宙。インドネシアのジャカルタ公演を収録しました。
江戸時代から続いてきたらしい和菓子屋「亀屋権太楼」が、経歴の捏造に端を発した騒ぎで存続の危機に立たされる。新しい社長は評判の人格者。彼なら道を誤らないはずだ。店、家族、そこに関わる人たちの10年間。場所も時間もとばしながら、視点を変えて人々の営みを俯瞰するMONOの新たな試み。善人と悪人の境界線はどこにあるんだろう? 私たちは誰に味方すればいいのだろうか?
劇作家、北村想が1981年に「流山児★事務所」の前身である「演劇団」に書き下ろした作品。映像は1982年に改訂版として上演された作品である。
本作品は、わかぎが大阪鶴橋の隣町で育ち、実際に見聞きし「隣人達」と向き合ってきた実体験を元に書かれた。日本の統治にあった朝鮮半島では、日本語教育も実施され、大正中期には、多くの人が働き手として日本に渡ってきた。昭和に入り、ソジンも日本にやってくるがそのうちに日本人から差別されている事に気がつく。そんな中ある日勤め先の令嬢、桜子に恋をしてしまう…それは彼らの人生の長い長い恋の物語の始まりでもあった。
桜田門に始まって、京の都では連日連夜の血の嵐が吹き荒れ、とうとう1867年維新回天に至った日本はすっかり身も心も生まれ変わるわけだが…同年、戊辰の戦真っ只中の祖国を遠く離れ、パリで開かれた万博に日本は初めて参加していた。幕府肝入りの日本文化遠征軍。中でも目玉は、当時フランスでのベストセラー「三銃士」を和風に表現しようという、何とも無茶苦茶極まった、名も知れぬ幕末浪人達による「お芝居」の上演だった。
椿組2019年春公演
昭和11年。2.26事件前夜、若者は東京へ降り立った。そして事件、帝都では戒厳令が発せられ首謀者15名に銃殺刑執行。やがて時代は不穏な霧に包まれ坂を転げ落ちていく・・・大陸の事変、それは日常。そんな中、若者が飛び込んだ先は浅草花月劇場、そこには「アキレタヤツラ」が居た。若者は数多(あまた)のものに出会う。文学、詩人、大衆芸能、築地の演劇人、転向者、踊り子、そしてマドンナ・・・北海道・稚内、浅草花月
あらゆるものが砂と化した世界に、ただひとつ存在する王国で催される〈最終演劇〉 そこにフラリと現れた詩人の正体は? そして演じることによって息づく旅芸人たちの目的とは? 観ることを義務づけられた王国の観客たちが反乱の声を上げる時、退廃によって呼び起こされた魂の叫びが、今〈真実〉に向けて解き放たれる! 贋物[レプリカ]こそが、真実なのか?
広告代理店に勤める赤星。バリバリの現役高校生・剣之介。年齢は違えど、二人にはともに熱い思いを寄せる相手があった。そしてまた周囲を気遣うあまり、どうしても打ち明けられないのも二人の共通点。 パラレルに描かれていく二つの恋物語は、やがて時間のラビリンスの中へと迷い込んでいく。果たして二つの恋の行方は? そして赤星と剣之介の関係は? 「シンデレラ」
あの長い南北之芝居を、筋書きはそのままで2時間に収めて上演するために脚色された作品。横内には珍しく、世界もテーマも原作のままである。
ゴーリキーの名作を換骨奪胎した『どんぶりの底』に続き、芥川賞候補作家:戌井昭人が2016年に挑んだベケットの『ゴドーを待ちながら』の戌井昭人版。究極の無意味とエンターテインメントが交錯し、不条理を超えた人間の存在を描く音楽劇として流山児祥が演出。薄汚い場所で、男二人組、女三人組が「ヘモロゲさん」がくるのを待っている。待っても待ってやって来るのは、なんだかわけのわからない人ばかり。佃典彦、月船さらら
高天原乳業の女子社員寮はソフトボール部が支配する伏魔殿!?実業団リーグの絶対王者である彼女たちは今夜も地下食堂に集結する!小劇場界の風雲児「柿喰う客」の最新作は女優9名によるクロスゲーム!栄光の影に隠された悪夢の歴史を暴き出すアンチ・ヒーロー・サスペンス!
コージロさんは歯が痛くてユーウツだった。水道の蛇口が壊れてユーウツだった。なにより、ハラダさんが家を立ち退いてくれないのでユーウツだった……。
昨年上演した『モモンバのくくり罠』で第27回鶴屋南北戯曲賞を受賞し、外部公演への書き下ろしでも高い評価を受けている横山拓也が、iaku初期話題作『流れんな』を全編広島弁に改稿、2024年版として上演
夜逃げした誰かのアパート、その捨てられた箪笥の中からびっくり仰天街ヘ迷い込む!先行き不透明な中、我々はどこに向かっているのだろうか。気が付けばそこは、入り口も出口もわからぬびっくり仰天街。逃げ出すつもりが近付いたり、堂々巡りの現代と私たちを遊んだ作品。
「世の閉塞感の中でどうやって前を向くか」というテーマの元、現代人の暗闇や想像力の欠如など、現代風俗を鋭く見つめたシリアスな内容で話題を呼んだ「みんなの歌」3部作(2003~2005年上演)を改訂再演し、疾走感あふれる台詞の掛け合いで描く。
流山児★事務所創立35周年記念公演の第3弾として、2020年2月、スズナリで上演された詩森ろば(serial number)の新作書き下ろし。1974年の北海道白老町長刺殺事件と1669年「シャクシャインの戦い」を交錯させアイヌ民族の差別と闘争を骨太に描いた物語。多くのメディアで取り上げられ、劇評でも高く評価された。美術:杉山至、音楽・生演奏は第27回読売演劇大賞優秀スタッフ賞の鈴木光介、主演は田
コンピューター・ウィルスがついに日本上陸。あるソフトウエア開発会社のホスト・コンピューターにもウィルスが侵入した! 4人の技術者たちは阻止に知恵を絞りながら悪戦苦闘、ついにハッカーを突き止めるが、ウィルスは技術者たちの想像を超えて暴走し始める……。 めざましい勢いで進化し続けるコンピューターは、どこまで人間に近づけば気がすむのか? そもそも人間は新しい生命体を創り出す神になれるのか? SF的世界の
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1968年「広域108号事件」を題材。 死刑判決を受けた男が、自身の半生を物語る。
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
陸の孤島と化し、立ち退きを迫られた病院を舞台に、わざわざ通院してくる老人や幽体離脱できる入院患者など、病院に集う人々の人間模様を描きながら、神の存在の有無にも踏み込む。
古い週刊誌のモノクロページに残る若かりし頃の母。夫婦漫才師の家で家政婦として住み込み、浮き草稼業の芸人たちに囲まれて微笑む女の姿は、失踪を重ねた行方知らずの母親を探す異父兄弟にとって、たった一つの手がかりだった。根無し草の様に忽然と姿を消さざるを得ない母の人生を辿る息子たちが母に恋した瞬間、人生がシンクロする。心の傷を隠しつつも、気楽に生きようともがく人間の家族のあり様を問う物語。
映画『田園に死す』(1974年公開)は寺山修司の自伝的映画とよばれ「世界のテラヤマ」の名を決定付けた作品。「母殺し」、「家出」、「蛍火」、「恐山」など寺山劇世界(ワールド)の集大成が、ここにあり、終生こだわり続けた《記憶とは何か?》《私とは何か?》というテーマを提示している。2009年流山児祥:企画制作、天野天街:脚色・演出、J・Aシーザー:音楽で上演。スズナリ連日超満員札止めのロングラン公演とな
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ルウはヒモ状態の欧彦に手切れ金10万円を渡し、新しい彼氏の満太郎と同棲を始めるが、10日もしないうちに有り金を使い果たした欧彦が戻って来てしまう。何故か始まる3人の同居生活。そして、欧彦はルウの親友の杏と付き合い始める。モヤモヤしたルウは、欧彦と再び関係を持ってしまう。こんな関係よくない…と、欧彦に諭され混乱したルウは、欧彦に「死んでほしい」と、頼むのだった。
昭和8年。日本の女子スポーツは発展途上。「女が人前で足を出すとは何事か!」と才能ある選手が出ても世論がその芽を摘む有様。そんな時代、日本初の女子体育高等師範学校が設立される。100m走で日本記録を出した早乙女撫子もその学校に入ることになった。撫子にとって、学校生活は刺激的で発見の連続。女子スポーツを取り巻くあらゆるものを経験しながら、撫子は自分にとってスポーツとは何か問いながら成長して行く。
本作は佳梯かこの依頼で鄭義信が書き下ろし、2000年のクリスマスに名古屋で一夜のみ上演された。しかしながら、再演の声が高く、早くも翌年2月に再演。佳梯はその演技で、名古屋芸術創造賞を受賞。彼女の当たり役となり、その後も幾度となく上演されることとなる。鄭が率いる演劇ユニット「海のサーカス」で2002年12月に東京公演が実現。本映像はその東京初演時のもの。2006年には同配役で韓国公演も成功させた。古
舞台は駅のホームや海辺の空き地。残された人と逝ってしまった人々が出会う物語。阪神淡路大震災の風化していく記憶をファンタジックに描く、深津篤史の代表作の一つ。初演は2002年。2012年の再演を経て、2013年に桃園会20周年記念二作上演として『よぶには、とおい』と同時上演された。
1986年26歳にて岸田國士戯曲賞を受賞した川村毅による、翌1987年の新作『フリークス』はPARCO劇場提携により、パルコ・スペースパート3にて初演。翌88年ザ・スズナリにてDAISAN EROTICA Festivalと銘打ち、最新作『フリークス」と旧作『コックサッカー・ブルース』を同時上演。
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いつの時代ともどこの時代とも知れぬ不可思議な小部屋。一人押し込められた男。代わる代る部屋を訪れる様々な人物から強制される尋問にも似た暴力的な会話。或いは彼らが執拗に聞かせる果てのない物語。そして男自身の見る不可思議な夢。それらが入り交じり、男はいつか時と空間を遥かに遡り、恐るべき陰謀の真っ只中に誘い込まれる。欺瞞と捏造まみれの文字で書かれた歴史の彼方、押しつぶされ、忘れ去られた男が辿り着いた、彼自
夏には、汗と涙と青春と共に、黄昏がよく似合う。穏やかで美しい水平線に沈んでいく夕陽を眺めながらも、湧き上がる騒めきや怒りや戸惑いを、感じたことがあるだろう。変えたいこと、変わりたいこと、そのままでいいこと。消しても流しても、再び脳裏に甦るアイツ。泡のように浮上し、泡のように増幅しこびり着く。執拗なアイツの仕業?それともワタシの執着?“世界で一番イヤな奴”を巡る、移動しないロードムービー演劇!
複雑な人はなんでもない顔をしている。優しさゆえに心の傷を隠し、自分に嘘をついて暮らす人たちが自由を獲得するまでのいくつかの形を、個性ある登場人物たちで描く。曖昧な自意識で生きる華子。夫を介護する愛人。踊る愛人の娘と友人。生きる意味を探す息子。この家族がホームレスの協花と出会うことで変わる、家族の解体と再生の物語。女性の自由を奪う見えない抑圧に輪郭をひき、個人の尊厳が守られる新しい共同体の姿を探す。
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
【 あらすじ 】ある日、ひきこもりの息子に戦場への迎えが来る。母親は、息子の代わりに自分が出征すると言い出した……。日常と地続きの戦争を母と子の関係を軸に描く、うさぎ庵流のやわらかな不条理劇 。花組芝居の桂 憲一 、大井靖彦がジェンダーも年齢も超えて、母と息子を瞬時に演じ分ける。二人に関わる様々な他者を演じるのも、花組芝居の植本純米。
ミュージカル映画『ブリガドーン』、水木しげるが好んで描いたブリガドーン現象のイメージをちりばめながら、高校演劇指導者として知られる畑澤聖悟が、高校演劇をモチーフに描いた初めてのオマージュ作品。そして、見終わったとき、震災の風化に対する作者の思いがひたひたと伝わってくる。
木村加寿美、39歳、独身、恋愛経験なし。性別を超えた存在として男女問わず友達が多く、その容姿は完全なおっさんになっていた。女性としての生き方を諦めたこと以外は順風満帆の人生で、30歳のとき、念願であったバーを開店。友人達の計らいで40歳を記念してパーティが開かれる。物語は高校時代の淡い恋とパーティが同時進行し、加寿美が今まで押し殺してきた“本当の自分”が顔を出す。新たな木村加寿美の、誕生の瞬間。
郵便配達員が手紙を届けに行くと、長い行列が出来ていて進めない。聞いてみると、デパートの倒産セールやパチンコの新装開店、焼肉食べ放題など、並ぶ理由は人によって言うことが違うが、「せっかくここまで並んだのだから」と去る者はいない。やがて列は建物に入って行くが、迷路を歩くうちに、目的ばかりか自分が何者かさえあいまいに・・・。いかがわしい現代社会で生き人間が本物を問いかけ、その不条理性を描く。
『聖ミカエラ学園漂流記』は、数十人の女生徒たちによる反逆のカーニバルを描く。それは暗黒の宝塚による金網デスマッチに駆け抜ける少女十字軍の叛乱なのである。悪魔と手を結ぶトリックスターには、美少女・美加理が扮し、「聖ミカエラ学園」は音を立てて崩れる。30余の女子中学生、女子高校生たちが歌うものは果たして何か? そして彼女たちは、どこに漂流するのか? 讃美歌と文部省唱歌の交叉する中、美少女・美加理が火を
『大和屋別館』は、宿泊料がべらぼうに安く、次々と客がやってくる。しかし、安いのには理由があった。その旅館には、個室は無く大部屋が一つあるだけ。つまり、老若男女、ビジネスマンも旅行者も、日本人も外国人も、恋人も他人も、とにかく皆雑魚寝。同じ部屋で眠らねばならなかったのだ!
泉の辺りで休む旅芸人、二人。名前はおかめとひょっとこ。どうやら道に迷ったようだ。ひょっとこは知恵おくれのおかめに愛想をつかして別れたがっている。おかめはどこまでもついていくと言う。 旅に疲れたひょっとこは人形を取り出し、物語をはじめる。 アジアのどこか。日本のどこか。南の島。泉の辺りでクリーニング屋を営む三姉妹とその弟の物語。
7月28日の夜、大型の爆撃機が数十機飛来しマチを爆撃した。周辺に疎開していた者達は当局から出された通告により帰宅しており、被害を増大させた。爆撃のさなか、迎撃の戦闘機による体当たり攻撃により、一機の爆撃機がムラの山中に墜落。搭乗員は残らず死んだかに見えたが、一匹の鬼が村人・ショウスケによって確保され、獣医・タロウ宅に保護されたのだった。
王冠を捨てた恋で知られるエドワード8世とシンプソン夫人、彼らと関わりを持っていたアドルフ・ヒトラーの関係を、認知症「レビー小体病」を患っていた晩年のウォリス・シンプソンの視点で描く。野心と後悔と愛、老と死、そして、戦争と平和を考える大人のためのラブストーリー。
劇団青年座創立50周年記念公演 第3弾
生まれついてけもののように生きていくしかない哀しい定めの男たちがたむろする安楽亭。そこに場違いな男がフラリ現れた。「俺は知ってるぜ。この店がどんな店か。」男は酔い潰れ、嗚咽する。ある夜、与兵衛が傷ついた若者を担ぎ込んで来た。身なりからして真面目そうなこの男もまた事情ありのようだ。「いったい、何をしたの。」おみつの言葉に身の上を話し出す富次郎。その時、他人とは関わらなかった安楽亭の男たちの血が騒ぎ始
一人の失業した男が乾物屋の2階のアパートに下宿している。ハローページでは乾物屋というのは、興信所の後で、香辛料、香料のページに記載されている。ある乾物屋には、興信所と間違えて、探偵の依頼電話がかかってきて、その男もそんな電話を取る機会が結構ある。その中の1本の電話で、「私は今、探偵に捜査されているようだが、お宅じゃないか、私を付け回しているのは。」というのがあった。その電話をきっかけに、その男は、
わ芝居~その参
昭和3年。天乃屋本家は旦那が事故死、頼みの番頭は病死、残ったのは病弱で婿の来手のない跡取り娘のシズ一人。せめて一代だけでも繋げれば、シズが死んだ後は分家に吸収すればいい。そして白羽の矢が立ったのが、分家の手代、伊助であった。計画は順調に思われたのだが…。転がりゆく人々の運命が辿り着く先は…「それやったら」まぁいいか。という日本人特有の曖昧な処世術で繋がって行く女たちのしたたかな物語、完全版・狂言v
千葉雅子×土田英生舞台製作事業
地方を拠点にした暴力団『日和組』。三次団体ながら一時期は羽振りがよかったが、上部組織からの無理な要求と組長の死亡をきっかけに廃業した。その組長には四人の子供がいた。親代わりとして生きてきた長女、かつての上部組織に恨みを持ち続ける長男、裏の世界で生きる次女、そして幼い頃に養子に出され、幸せに育った三女。あるとき、三女の奈津実が幸せこの上ない笑顔で実家にやってくる。菅原玄という男を伴って……。共に劇作
2019年夏、自ら企画・プロデュースした2人芝居「命、ギガ長ス」は、認知症気味の母の年金を当てに生活する50代ニートでアルコール依存症の男という“8050問題”をテーマにした新作書き下ろし舞台だ。今回、最小限のスタッフで松尾が自ら作、演出、出演、美術、企画、プロデューサーを務め、並々ならぬ想いで取り組んだ舞台の稽古場にカメラが入り、初めての長期密着が行なわれた。稽古場の風景、俳優・演出家として取り
椿組2024年春公演
「コロナ」後の現在——経済、生活を混乱させ今迄の価値観をがらりと変貌させたこの状況は、明治時代初期の開化期と似ている。武家社会が崩壊し旧い身分制度が廃止された時、市井の人々の右往左往が始まった。「平民となった下級武士」を主人公におき、突然新しい生き方を強要された民の人達と社会の混乱を描きながらも共に助け合い生きる人間讃歌を描いた。没落した下級武士が東京に出て様々な混乱の中新しい愛を手に入れる庶民の
戦後、復員してきた松尾大吉(六角精児)が妻・弥生(冨樫真)の元に帰ると、そこには二人の女・番場(秋野暢子)と小梅(川島なおみ)が居候していた。しかし、弥生たちは大吉が死んだものと思い込み、既に葬式もあげてしまっていた。その上、弥生が本当に待っていたのは戦争のどさくさで結婚してしまった大吉ではなく、番場の息子・裕介だった。立場のない大吉を目の前に、裕介の帰りをそれぞれの思いで待っている番場と小梅と弥
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1985年に起きた日航機墜落事故を特異な発想と批判的な笑いで描きながら、そこに深い鎮魂の思いをこめた作品。事故から半年後に初演。リアルな形で事故が再現されるわけではなく、虚実の間を縫いながら物語は展開。ラストシーンは衝撃的で、茶の間の壁が一挙に反転し、機体の破片とがれきがなだれ落ち、御巣鷹山の事故現場となる。安全な日常そのものの茶の間が、非日常の事故現場に直結していることを示す。