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5周年記念公演として、劇団「iaku」の劇作家・横山拓也氏の代表作『人の気も知らないで』と町田マリーのオリジナル戯曲『かぞくららばい』を二本立て上演した作品。『人の気も知らないで』は全編大阪弁の小気味のいい会話劇。今作では設定を屋外に変え、満開の桜の木の下で同僚三人の女性がそれぞれの立場から議論する。『かぞくららばい』は、子育て、介護、夫婦、母への思いなど家族を取り巻くあらゆることをさりげなく散り
おもむろにビニールプールを膨らませる15人の俳優。ビニールプールが完成すると、その中に胎児のように丸まって、眠りにつく。音楽が始まると、彼らは、それぞれの島に住む人々や、島の魂、妻に逃げられた若いパパや、ロンドンに居るイギリス人、ビニールプールの検品をしているアルバイトなど、様々な人物になっていく。リップシンクによる、コンセプトアルバム的な音楽シーンの連続で送る、人類の孤独を慈しむ音楽劇。
シアターコクーン・オンレパートリー1993春
平安時代の藤原薬子の変を題材に、ヤマベ王の第1王子・アテノと、アテノに見初められた女性・クスコの愛を描いた物語。「上海バンスキング」とならぶ斎藤憐の傑作と名高い。1982年に自由劇場にて初演。その後、再演を重ね、1993年にシアターコクーンのオンレパートリーとして上演。
嘉永(1853)六年師走のある晩、我が身の先行きを悲観して両国橋から身を投げようとした狂言作者の二世河竹新七。ところが奇妙な行き掛かりで、無我夢中の新七が飛び込んだのは大川ではなく、川端にたつ一軒の小さなそば屋だった。柳橋裏河岸の「仁八そば」で出会った何とも風変わりな「仲間」たちが、次から次へと巻き起こす上を下への大騒動は、天下の御一新をはさんで、明治なかばに至るまでのじつに28年間におよぶことに
(フライヤーより抜粋)今回の作品は昨年の公演で好評を博した沈黙劇「生長する」と「ニヤヒヤ」をドッキング、再構築した改訂版。長い沈黙と美しい音楽とひと握りのことばによってつくりだされる不思議なイメージに満ちた物語世界。
『ファッツァー』に続く地点×空間現代第2弾。ロシア・アヴァンギャルドを牽引した詩人マヤコフスキーが十月革命の一周年を祝うために書いたという戯曲『ミステリヤ・ブッフ』をサーカス小屋のアリーナを模した円形舞台で上演。音楽と言葉が、敵対し、鼓舞し合い、共闘する。野次がシュプレヒコールに変容し、時に歌となる。聖史劇を意味する「ミステリヤ」、笑劇を意味する「ブッフ」を全力で体現した、地点初の喜劇。
寺山修司の名作戯曲を、歌と語りが織りなす音楽劇として再構築!創立40周年プロジェクトとしてレパートリー作品を渋谷ジァン・ジァン閉館以来22年ぶりに上演。1990年代に制作された巨大な仮面や舞台道具を用い、バンド生演奏と映像投影による新演出で描く、鮮烈な幸福論。 犬神筋の一家に生まれ、孤独を抱え祖母と暮らす月雄が、一匹の犬を飼ったことで、村に奇妙な事件が起こりはじめる──。
ブレヒトルネッサンス
劇団創立20周年記念公演。明治初年、「お江戸」から「東京」と名がかわった品川の宿。泣く子も黙る大悪党、剃刀左平次を真ん中に、泥棒と乞食と娼婦たちがくりひろげる三つ巴の仁義なき戦い。「金」と「セックス」の栄光をもとめて、最後に笑う者はいったい誰か?黒色テント「ブレヒトルネッサンス」第一弾。
(フライヤーより)KOUSKY(コウスキー)とはチェコ語でKOUSKY〈断片、部品〉の複数形。英語でなら、〈PIECES〉。そして、チェコを拠点にヨーロッパで活躍する日本人の人形劇作家・沢則行の小作品集のことです。
あかちゃんとおとなのための音楽劇 ベイビーシアター
夫が、 死んだ妻を生き返らせるため地獄にやってくる。「振り返ってはならない」 たったひとつのこの約束を守り、 夫は妻と共に戻ってくることができるのか。ギリシャ神話をモチーフにしたオペラ「オルフェウスとエウリディーチェ」を、歌やリトミックをベースにしたダンスとともに彩る。あかちゃんと、 あかちゃんを迎え入れた大人たちに贈る、愛の物語。
「リア王」「マクベス」「オセロー」「ハムレット」「リチャード三世」、そして「ロミオとジュリエット」など、発表から約400年以上を経て今も世界中で上演され続け、現代演劇にも絶大な影響を与えているウィリアム・シェイクスピア。その37作品を横糸とし、江戸末期の人気講談「天保水滸伝」を縦糸として、見事なまでに織り込んだ井上ひさしの傑作戯曲が、二〇二四年十二月日生劇場に新たな姿で蘇ります。
紅花の赤、そして恵みの雨、拾い屋の徳の「残酷な運命」人に化ける、ニセモノ、替え玉、どんでん返しを盛り込んだ井上戯曲の傑作。雨乞いに隠された庶民の思いと引き換えに、一人の男が仕組まれたものとは。東北羽前国平畠藩...そこは一面の紅花の里。瓜二つの紅花問屋の当主になりすまそうとした江戸の金物拾いの徳言葉、習慣を捨て、自ら証明するものを失っていく。騙したつもりが騙されて、替え玉になったつもりの徳を待ち受
「笑い」というものにすべてを賭けた江戸の戯作者たち。書くことに魅せられ、コトバと心中した男たちの数奇な運命を異才・劇団桟敷童子の東憲司が新作書き下ろし。東憲司版『戯作者銘々伝』がここに完成
喜劇昭和の世界三部作
『キネマと怪人』、『ブランキ殺し上海の春』と共に「喜劇昭和の世界」三部作を構成する。佐藤信は天皇制に切り込むべく、二・二六事件による戒厳令下の東京に架空の街を出現させ、阿部定事件を絡めながら昭和の終焉を描こうとした。なお、本作の巡業先だった沖縄での上演が不許可になり、裁判に発展した。これをきっかけに劇団は意識的に公有地を上演場所に選ぶことで全国の公有地を開放する運動をはじめる。
日本の伝統的な庶民文化の一つである「民話」には、方言の持っている豊かさや、物語に隠された素朴な教訓、語りの味わいなど、今の子どもたちに伝えたい要素がたくさん含まれています。最近では、映像で「民話」に接することが出来るようになりましたが、画面から一方的に送られてくる「民話」では、語り継がれる良さは極めて少ないと思われます。「とんとむかし」では、一人一人が語り手となり、演者として、生の民話を日本中に語
ローマの隣国ヴォルサイとの戦いで、都コリオライを陥落させた将軍ケイアス・マーシャスは、コリオレイナスの名を与えられる。しかし、民衆への軽蔑を隠さない傲慢の前にその武勲も色あせ、ついにコリオレイナスはローマを追放されてしまう……。ロンドン五輪を記念して開催されたワールド・シェイクスピア・フェスティバルの一環として、ロンドン・グローブ座からの依頼で制作された地点初のシェイクスピア劇。
古代メソポタミアの英雄ギルガメシュ王と親友エンキドゥの壮大な冒険物語が、躍動感あふれる祝祭音楽劇に。世界的人形劇師・沢則行氏とのタッグで、巨大な森の守り手フンババが駿府城公園に現れる!フランス国立ケ・ブランリー美術館からの委嘱を受け、宮城聰がSPAC俳優陣と取り組む新作は、古代メソポタミアの冒険物語『ギルガメシュ叙事詩』。粘土板にくさび形文字で刻まれた古代文明の象徴にして現存する世界最古の文学作品
世間を震撼させた千葉県連続不審死事件の犯人が逮捕された。容疑者・清水謡子は5件の殺人容疑で起訴され、マスコミと世間の注目を集めたが、本人は一貫して容疑を否認している。『週間 明朝』もまた、多くの週刊誌と同じく清水に注目していた。他者を出し抜き、なんとしても清水と接点を持ちたい『週間 明朝』の編集長は、記者・実方融を清水と獄中結婚させてしまおうと目論むが、清水は出版社との面会の一切を拒否していたため
「……がさつだったが、物事すべて明るく輝いていたあの時代。物資は乏しかったがお互いの間に優しさが満ち溢れていたあの創世期。お腹には何も入っていなかったが、胸にはちきれそうな、理想と希望があったあの頃。」──あの『キャッツ』がロンドンで誕生する十年前に、井上ひさしが世に送り出した、ネコだけが主役のミュージカル『十一ぴきのねこ』。現代演劇を牽引する長塚圭史が、この作品で井上戯曲を初演出にして初ミュージ
ミゲル・デ・セルバンテス原作「ドン・キホーテ」のオペラ化。
『魔笛』ではなく本来の『魔法の笛』というタイトルにふさわしい歌芝居として上演したいと計画した、こんにゃく座のモーツァルトオペラ第二弾。黒テントの新井純が客演。モーツァルトにこの作品を書かせたシカネーダーを登場させ、シカネーダー劇団が『魔法の笛』を上演する、という設定。タミーノ役はソプラノ、夜の女王とパミーナをひとり二役で上演した。
こんにゃく座シェイクスピアオペラ、林光・萩京子共同作曲第二弾。加藤直の大胆な台本により、ストレスから不眠症に悩むサラリーマンが医師のアドバイスを受け妻とともに精神療法として「ハムレット劇」を演じる、という筋書き。1991年の再演のほか、全国の高等学校や公文協主催などで旅公演もおこなった。
モーツァルトの「フィガロの結婚」こんにゃく座版新演出。三度目となる挑戦で目指したのは、”ふたつのフィガロを作る”こと。名付けて“赤いフィガロ”と“黒いフィガロ”。2つのスタイル、2つのモチーフで2ヴァージョンのフィガロを作ってしまおうという企画。赤いフィガロは“西洋”、コメディア・デラルテの手法で祝祭的にカラフルな世界を描き、黒いフィガロは“東洋”、スタイリッシュに中世日本のバサラ(婆娑羅)をモチ
永遠に気高く麗しく ぼくの星に咲くたった一輪の花よ
(フライヤーより)一年の締めくくりにはこの笑顔。そう、とあるレストランの一日をショートショートのお芝居とファンタスティックな音楽でつづる「à la carte(ア・ラ・カルト)」。楽しくって、セツなくって、今年もいろいろあったよなとか、来年も(は?)いいことありますようにとか、そんなことを少しシミジミ思っちゃいましょうか?だって、ほらね。目の前にはこんなにおいしそうなニッコリがあるんだものね。
国民的はなし家、円生と志ん生。うちひしがれた戦後の日本人を心底笑いで励ますことになるこの二人の大名人は、敗戦のときを満洲南端の都市大連で迎えていた。ソ連軍の侵攻と同時に大連は封鎖され、日本国からは見捨てられる。二人がふたたび祖国の地を踏んだのは、じつに六百日後のことであった。 戦禍の街を命からがら逃げまどう二人のはなし家。巡りあうのは、まるで地獄のような情景ばかり。住む家もなく、食べる物もなく、し
幻想的な公園で繰り広げられる中学生カップルの一夜と普遍的な母の物語が融合する、祝福の雪が舞う愛おしい「時」の断片たち―2018年初演後、熱烈にラブコールを受け2020年度には早くも再演された、FUKAIPRODUCE羽衣の代表作の一つ。「母」をキーワードに、愛と一緒に訪れる闇、闇と一緒に訪れる愛を描く“妙ージカル”
東京という土地へと集まってきたものたちの生活と、茫漠と捉えられない街がもつ混沌と情景を拾い集めます。映画館のスクリーンに現れる光と影が明滅するように、去っていくものと残るものとが交差する一日一日。生の曖昧さを強く肯定するミニマルな運動と、変化する社会の中で意味など必要なく確かに存在することを見つめた身体と言葉と音楽によって、この瞬間の“トーキョー”をスケッチして描き出すライブパフォーマンス。
太宰治の名作「走れメロス」を、役者一人の生演奏の音楽劇として舞台作品にして上演。メロスと王はどちらも太宰自身の分身と捉え、両者を役者が一人だけで歌って走って身体を張って演じる事でそのメッセージ性「人が人を信じるということは可能なのか」を表現します。話は原作に忠実です。移動公演主体なので10年以上にわたり長期間上演してきました。動画は初演に近い頃の撮影。
FUKAIPRODUCE羽衣10周年記念特別公演
円形のスタジアムの中で、都会の孤独を描く妙ージカル。結局さ 傑作さ 人生悲劇でも喜劇でもねーが。
ワイルドのサロメでは、まずサロメはヨカナーンの声に惹かれます。それから容姿(肌や髪や唇)に惹かれます。そしてその唇に触れたい、キスをしたいと思います。サロメの恋の欲情が聴覚→視覚→触覚、とエスカレートしていきます。だけど、今、僕が出来ることは多分、もう触れて、キスしてしまった後のお話です。サロメの最後、サロメはヨカナーンの生首にキスをすると、苦味を感じます。そのビターさから始まる物語を、サロメとは
ハラペコだっていいじゃないか俺たちの毎日はドラマ!俺たちの啼き声はミュージック!
PARCO PRODUCE 2021
寺山修司が、「天井棧敷」結成前1963年に書きおろし、未上演のままであった音楽劇。舞台は、北の海岸の戦艦の船底につくられた「北海岸ホテル」。嵐で船出を先延ばしにされた客人達が集まり、かりそめのパーティーをしているが主人公・猛夫は一人落ち込んでいる。父、彌平の乗る船が嵐で難破し死んでしまったのだ。悲しむ猛夫のもとに父と再婚し、義母となるはずだった魔子が現れ、これが運命だったかのように心を惹かれ合う猛
昭和庶民伝三部作 第一作
『きらめく星座』は、こまつ座旗揚げ翌年の1985年、井上ひさし自身の演出によって初演されました。「昭和庶民伝三部作」の第一作目である今作は、太平洋戦争前夜の昭和16年12月7日までの約1年間を描いた作品です。今作は井上ひさし唯一の“私戯曲”とも言える作品で、繰り返し上演を重ね好評を博し、2017年公演は8回目の再演にもかかわらず第72回文化庁芸術祭演劇部門にて大賞を受賞しています。
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
演劇実験室◉天井桟敷の伝説的マイクアジテーター・昭和精吾によるソロ公演。寺山修司命日に毎年開催されたジァン・ジァンの最終年1999年の記録。短歌・詩・戯曲・評論を用い、舞台装置もなく情景を喚起する圧倒的な語りはまさに《言語の洪水》。スライドを交えたエピソードトーク、次回公演「時代はサーカスの象にのって」の予告も収録(こもだ、イッキら出演)。
ヌトミック4年ぶりの劇場長編作品。9名の出演者により台詞、歌、ときにラップのような語りが、目まぐるしい時間軸の変化と合わせてシームレスに移り変わる、全編生演奏でおくる新作の日本語音楽劇。現代の東京を舞台に、数奇な人生を送った男が忘れられない思い出を語り出す。思い出はどこまでも飛躍して、多くの寄り道と間違いを犯しながら、少しずつ見えるはずのない世界へと繋がっていく……。
こんにゃく座が初めて挑んだ日本近代文学のオペラ化。1996年から2000年まで全国の高等学校などで旅公演をおこなった。2012年にはこんにゃく座創立40周年記念公演として再演した。
桜咲き乱れる頃、東北の、とある田舎の村はずれ、どこからともなく歌声が聞こえてくる。 弥生のあられ 皐月のつゆは 働き者の味方ども しゃれた女房と 馬鹿とのさまは 根気がさっぱど つづかない・・・・・・白い花びらをつけた桜の木に挟まれたあばら家に住む、賢く美しい働き者の娘ちか。娘に一目惚れしたとのさまは、お侍医をお供に、桜の木に隠れて様子をうかがっている。優しいけれども気後れしがちのとのさまは、その
加藤直書きおろし台本によるこんにゃく座オリジナル・オペラ。ボクの自分探しという主題を軸に、旅する歌う民、さすらう芸能集団をテーマとして描いている。
岸田理生アバンギャルドフェスティバル リオフェス2024
寺山修司作「身毒丸」を岸田理生が台本を脚色、改定し、1995年、蜷川幸雄が演出、武田真治、白石加代子の主演で初演が公演、日本のみならず、ロンドン、バービカン劇場で大絶賛を得て、藤原竜也を天才新人と言わしめた。そんな「身毒丸」が令和の時代に「野外劇 身毒丸R」として復活。うだるような真夏の夜、月と星の灯りの元に夏風さやり、虚構と現実が蕩け合う。時代を廻り、世界の果てを越え、母子の物語は、何処へ辿り着
(フライヤーより)一年のしめくくりにはこの笑顔。そう、ショートショートのお芝居とファンタスティックな音楽でつづる不思議の国のレストラン「ア・ラ・カルト」。選りすぐりのメニューを胸いっぱいに食べながら、今年もいろいろあったよなとか、来年も(は?)いいことありますようにとか、そんなことを少しシミジミ思っちゃいましょうか?
これは井上ひさしが紡いだ敗戦のひとつの真実。そしてラジオの魔法。私はだれでしょう。だれであるべきでしょう。ラジオはいつも人々のそばにあった。戦時中は「大本営発表」、8月15日は「玉放送」。敗戦後、東京放送会館は建物をGHQに接収されていたが、「復員だより」「街頭録音」「のど自慢」そして「尋ね人」・・・人気番組は多く、あの頃、ラジオを聞いていた。これは戦後のラジオ放送にひたむきに取り組む放送局職員た
モーツァルトの「フィガロの結婚」こんにゃく座版新演出。三度目となる挑戦で目指したのは、”ふたつのフィガロを作る”こと。名付けて“赤いフィガロ”と“黒いフィガロ”。2つのスタイル、2つのモチーフで2ヴァージョンのフィガロを作ってしまおうという企画。赤いフィガロは“西洋”、コメディア・デラルテの手法で祝祭的にカラフルな世界を描き、黒いフィガロは“東洋”、スタイリッシュに中世日本のバサラ(婆娑羅)をモチ
演奏舞台51年目の挑戦!完全新作オリジナル。[あらすじ]東京郊外。季節は春だというのに、孫の読書感想文を一生懸命 手伝っている元高校教師・源三。彼を尋ねてきたのは かつての教え子だった、斉藤順二。大量の原稿用紙。『羅生門』。散乱する肌着。些細な会話から次第に紐解かれていく事実。どこにでもあるような、どこにもないような、 小さく淡い、一個の家族の物語。
江戸幕末の日本橋。待ち合わせした男が二人。ひとりは跡取り、ひとりは幇間。連れだって馴染みの遊郭へ繰り出そうと欣喜雀躍品川へ。ところが、事態は急転一天地六、これが思いもかけぬ一大道中の振り出しだった。次から次へと降りかかる危難、水難、厄難、女難。ついには、天にも運にも見放され、流亡のはての生き地獄……井上ひさしが1975年に放った快作を、こまつ座で初の上演。
闇商売で成功した雑誌編集者の田島は、ふと、田舎から妻子を呼び寄せ、まじめに生きて行こうと考えた。そのためには何人もの愛人と、きっぱり縁を切らなければならない。彼は「美女を探して妻の役をしてもらい、愛人の元を訪ねて別れを告げる」ことにする。果たして彼はこれ以上にない適役としてキヌ子に出会う。闇市で担ぎ屋をしている怪力で大食い、鴉声でケチで下品な絶世の美女だ。「愛人の前では口は利かず頷くだけにしろ」と
3歳から100歳まで、観て、聴いて、笑って楽しめる音楽劇!
ダンボールで出来たカラフルなタイルで彩ったプールを劇場に作りあげ、観客はプールサイドから観劇する。妖艶で退廃的な”ROMANCEPOOL”に満ちる生命エネルギー。FUKAIPRODUCE羽衣初期の名刺代わりの作品。
◆TVアニメ『ラブ米 -WE LOVE RICE-』とはまさかのお米擬人化!?伝説のお米ハーベスター「五穀米」に憧れて穀立稲穂学園に入学したひのひかりを中心に、廃校寸前の学園を救うべく、ささにしき、ひとめぼれ、あきたこまち、にこまるの5人で「ラブライス」を結成!現代版田楽であるハーベストショーを通じて米の人気復権を目指すが、果たして彼らはお米の人気を取り戻すことができるのか…!◆RICE on S
秋めく銀河を走る列車。ゆられるふたり。これまでも、これからも、となりをみればきみがいる。窓をみている、地図をみている、手紙をかいてる、きみがいる。旅路はめぐる。働き続ける信号機。雨を忘れないカサ。とべない博士。花咲くおんなのこ。遠くをぼんやり歩く旅人。それぞれの星が結ばれていく。道は続く。列車は進む。ねえ、だけど、はなしたいことがあるよ。忘れる前に、いなくなる前に、これ以上あなたから遠くなる前に。
2014年、創立100周年を迎え、“女性だけのレビュー劇団”として、いまや日本のみならず、世界でも知られる存在である、宝塚歌劇団。その長い歴史の中で、かつて「男子部」があった事実は殆ど語られていない。1945年、「明日の宝塚スター」を夢見て集まって来た男たち。しかし9年後、解散。その間、彼らはメインステージである宝塚大劇場に一度も立つことはなかった。そんな男たちの、ちょっと可笑しくて切ない青春グラ
樋口一葉の小説「にごりえ」のヒロインお力を軸に、「大つごもり」、「十三夜」、「われから」という樋口一葉の4作品に登場する女たちの悲しみを描く。
まちなかパフォーマンスシリーズ
演出家・坂田ゆかり、俳優・稲継美保、ドラマー、パーカッショニスト・田中教順。80年代生まれのアーティストが集い、現代の諸問題への関心を、日本の話芸や打楽を用いて共有し、深め、拡げる場を創造します。公演会場は寺。三好十郎の詩劇『水仙と木魚』をベースにさまざまな文学作品の断片、寺を取り巻く地域の記憶、仏教法話を織り込んだテキストと、声、身体、音が共振する特別な時間が生まれます。
(フライヤーより)歌のお姉さん、体操のお兄さんによる楽しいつどいや、「ロバの音楽座」によるショーなどが3階青山円形劇場に大集合!!
(フライヤーより)いたずら好きのピノキオに、まわりはいつもてんてこまい。ピノキオを作ったジェペットじいさんも、ピノキオにだまされて大あわてです。そしてついには他の童話まで壊し始めたからもう大変。でもピノキオは、ただ本当の子供になろうとしただけだったのです…。
華やかさと暗部を抱えた1930年代の上演、異国情緒溢れる租界のジャスクラブを舞台に、歴史に秘められた恋と濃密な人間ドラマが、生のジャズバントの演奏と共に、鮮やかに描かれる。1939年(昭和14年)、中国・上海。当時、ここはイギリス、フランス、アメリカ、ロシア、そして日本などから多くの人々が移住。租界と呼ばれる居留地は発展し、異国情緒溢れる都市として<東洋のパリ>や<魔都>とも称されるほど繁栄してい
三蔵法師一行が印度に経を求め、道中で様々な妖怪と戦いながら旅する物語。『西遊真詮』から幾つかのエピソードが選ばれ、演出スタッフと俳優たちによるワークショップを経て舞台化された。当時、68/71黒色テントは新たなテーマとして「物語る演劇」と「アジア演劇」を立て、創作方法を模索していた。本作はその第一弾にあたる。80年、フィリピン教育演劇協会(PETA)主催の「インターナショナルワークショップ」でも上
舞台は極寒のアラスカの冬。厳しい飢えにみまわれた集団が全滅の危機に立たされた。グループのリーダーは苦境を乗り切るために、ふたりの老女を棄てる決心をする。棄てられたことで、プライドをよみがえらせたふたりの老女。互いに叱咤激励をしながらふたりの旅ははじまる。
コロナ禍の2021年3月に創作した本作は、内容/台詞を全てそっくり同じまま配役の性別を入れ替えたダブルキャスト、2つのバージョンで上演。また、振付に数々の受賞歴のある振付家/ダンサーの黒田育世氏を迎えた。ある冬の朝、主人公がやってしまった「おねしょ」から始まる。いささかの後悔と共に布団を干し、食事をしてから煙草を吸い、風呂に入る。そういったささやかな一日のスケッチが、主人公の一人言と共に描かれる。