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何もない、 あまりにも変化のない日常の繰り返しに踏みとどまる事を選択する。一人で、 すっと立ちながら生きていかねばならないという思い、と同時に、 人は決して一人では生きていけるものではないという思い。 存在することの痛みを感じながら生きていく。
三つの部屋でそれぞれ別の取り調べが行われている。どの部屋でも、問い詰める側は「許せない」という「正義」を振りかざし、厳しい追及の手を少しもゆるめない。だが、疑われる側にもまた「なぜ悪い」という言い分があり、こちらにもどうしても譲れない「正義」がある。やがて、無関係だった三つの取り調べに共通する「思わぬ事件」が背後に浮かび上がる。果たして、「誰の言い分が正当なのか?」「正義とは何なのか?」。
実在の人物である、文学者・医者のユダヤ系ポーランド人、ヤヌシュ・コルチャックの後半生を描く。第一次世界大戦後、ユダヤ系とポーランド系の孤児院を運営するコルチャック。その孤児院は、厳しい管理や強制ではなく、子ども達の自治を実践していた。子どもを一人の人間として尊重し、彼らの自治による世界を実現するという、革新的な彼の主張は、1989年に国連で制定された「子どもの権利条約」に生かされている。ナチスのユ
日本を代表する劇作家で童話作家の別役実が、「西遊記」を下敷きにして、2005年にピッコロ劇団に書き下ろした奇想天外なファミリー劇場『飛んで 孫悟空』。兵庫と東北、ともに震災を経験した地域どうしの演劇を通した交流を発展させるため、仙台で活躍する俳優4名を客演として招いて製作、2014年8月、ピッコロシアター、いわき芸術文化交流館アリオス、日立システムズホール仙台(仙台市青年文化センター)で上演。
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タクフェス第9弾
2021年。新型コロナウイルスによってエンターテインメントの在り方が大きく変わり続けるこの年にタクフェスが上演するのは、宅間孝行の最新作『天国』。舞台は宮城県石巻市にある“山田劇場”。ここに集う人々の何気ない日常。どれだけ世の中が変わっても、変わらない毎日を過ごしてきた彼らが直面した、あの日――。
SUNA
演劇実験室◉万有引力 第5回公演(再演は第9回・10回・12回・21回・39回・56回)。イギリス、ブラジルツアーも含め、万有引力のオリジナルでは最も上演回数の多い作品。1986年には第40回エジンバラ国際芸術祭にてフリンジ・ファースト(最優秀賞)を受賞。1995年にブラジルに初上陸。この『SUNA』は、「距離」に関わる事物と人間の関係・役割をテーマに、観客と一緒に、劇場空間に巨大都市を持ち込もう
(フライヤーより)北村想が書き下ろし、洞口ゆずるが演出する話題のプロデュース公演小劇場の実力派が競演する”砂漠と隕石のラブ・ストーリー”
舞台『弱虫ペダル』シリーズ
舞台『弱虫ペダル』THE DAY 1千葉県・総北高校に入学した小野田坂道は、千葉から秋葉原まで往復90㎞の距離を毎週ママチャリで通うほど、アニメやフィギュアが大好き。高校生になったらアニメ研究会に入って友達を作ろう!と意気込んでいたが、ひょんなことから同じく新入生の今泉俊輔・鳴子章吉と出会い、自転車競技部へと入部することに。孤独なオタク少年だった小野田坂道は、自転車を通じて出会った仲間や先輩達と共
手塚治虫生誕90周年記念公演日本劇作家協会プログラム
百鬼丸物語 ~あらすじ~天下麻の如く乱れた戦乱の世のこと。コソ泥のどろろは、川に浮かんだタライの中に美しい刀を見つける。タライの中、もうひとつの包みには、のっぺら坊の赤子が入っていた。驚くどろろに、どこからともなく声が聞こえてくる。心で語りかけてくるという「声」、独りでに動く刀「百鬼丸」。父・醍醐景光は、天下を取るという野望をかなえるために、生まれてくる我が子の身体を、48匹の魔物に与えてしま
グラフィックデザイナー・舞台美術家・エッセイスト・小説家である、妹尾河童の少年期を描いた自伝的長編小説、1997年のベストセラー、『少年H』を舞台化。好奇心と正義感が人一倍旺盛な妹尾肇こと「少年H」と、ちょっと変わったその家族が巻き起こす愛と笑いと勇気の物語。太平洋戦争の開戦前夜から終戦後までの暗くなりがちな時代を、“H”を取り巻く個性あふれる人々が、ときには笑い、ときには涙しながら、明るく逞しく
北村想が「空」をテーマに書き下した“砂漠と隕石のラブ・ストーリー”小劇場の実力派が集結し三都市連続公演‼
作品ノート:溢れる欲求は動物レベルで活動し続ける。内容や実質と対比される一定の外見的な姿をした混沌とする世界。よごれても、きれいでなくても、感情に素直な肉体ひとつを使って生きる。
さて今回の芝居は、十年がひと昔なら、ふた昔半以上前の東京のはなしです。この時代を「昔のはなし」と思うか「ほんの昨日のはなし」思うかは、見る側の「その時代」への個人的な思い入れによって変わってくるでしょう。ただ言えることは「その時代」が、感覚的な距離感の違いはあったとしても、手繰り寄せれば間違いなくストレートに現在に継ながっているということです。(フライヤーより)
メルヘンと詩。シュールとエロチシズムと犯罪の幻想音楽劇。月よりも、もっと遠い場所・・・・それは〈劇場〉! 寺山修司十三回忌となる1995年、再演希望No.1の声に応え、演出家に生田萬をむかえて幻想音楽劇『青ひげ公の城』を上演。寺山修司が魔術的幻想音楽劇と名付けた『青ひげ公の城』はペローやグリムの童話などで知られる、次々と花嫁を娶っては殺害した青ひげ伝説がモチーフ。そこは今、まさに『青ひげ公の城』と
(フライヤーより)多極配分された諸力の組曲としてくるみ割り人形を弄ぶ—再び—厳密に稀少な—ラベルとして—通底機として—諸断片の異質性—として後から計算する機械従って—累積する—精確な多角形の—方法—など贋の平衡とサチュロス—虚集合—華やかな二元化装置及び—モナド—など—反復する異形の—散逸する—寛大な—カバン劇—無関心—水準器など—分布図など—中空の箱の中の奇麗な頂点—を—公正に蘇生する
要するに、此の世は女で廻っている。故に男が儚く散れるのだと、あるミツバチは云った。■ものがたり今から二百年ほど前、江戸湾の先の先に名もない小さな孤島があった。海と大地の恵みを受け、島民は豊かではないが幸せな生活を送っていた。ところがある時、江戸の豪商大島屋が孤島から続く遠浅にその財力を使い人口の島を作った。埋め立てて作ったその島に洗剤の工場を建てたのだ。「驚くほど白く落ちる」というその洗剤は江戸を
2004年に新国立劇場で松本修/演出で上演されたカフカ原作の『城』を底本とし、松本修氏の監修の下に創り上げた秋田のパフォーマー達が総力を挙げて取り組んだ大型企画。
オリジナル台本・全編オリジナル曲・生演奏で送る現代ダンス狂言。演劇、バレエ、人形劇を結びつけ、ダンサーは演者と黒子の二役をこなし、台詞も言えば歌も歌う。道化の狐を進行役に、コミカルでファンタジックに現代日本を描く。前半の第一巻「ひとめぼれ一世一代純情篇」は1995年に初演し好評を博した狐と兎の恋を描く作品の再演。第二巻の新作「冬枯れ望郷篇」では、金満家の狸と庶民の狐との悲喜こもごもを綴る。
この舞台は、一人の津軽女性「佐藤雛(ひいな)」の大正から昭和にかけての24歳から94歳までを描いています。「自分の心を飾らず、ありのままの自分で生きていけたら…」今の世の中は、いろんなしがらみの中で皆、もがきながら懸命に生きてる…「佐藤雛」も その一人。歌あり踊りありのわらび座初の一人ミュージカル。舞台から「人の本音」を、感じて、聞いてもらえたら幸せです。
オドキメドキ 良い時 悪い時欲しいものが何なのか、口の前に手を運ぶ・・・どれだけ食べても、お腹はいつも空いている。おどきめどき 良い時 悪い時彷徨うワタシの一体感、引き寄せては味わう・・・
『小説神髄』『当世書生気質』で近代文学の誕生に貢献し日本初のシェイクスピア全巻完訳を成し遂げた巨人、坪内逍遙。しかしその人生は、挑戦と失敗の繰り返しだった...。江戸から明治へ。時代の狭間で、時に滑稽と笑われながら日本独自の新たな演劇の創造に情熱を燃やし続けた逍遙。彼の破れた夢の残照から現代を照射する!
ブルーシャトルプロデュース
後鳥羽上皇 vs 北条政子源 頼朝 vs 北条義時はたして“草薙の剣”は誰の手に日本の歴史をエンターテイメントで学ぶ作品シリーズ、第一弾!「承久の乱」では、1200年代に日本で起こった、公家と武家の争いを描いています。
大工の仙八は妻に先立たれたが、二人の息子がいる。長男の清は音楽好きの旧制高校生でまだ徴兵を免れています。次男の昭は予科練(少年航空兵)です。清と昭の幼馴染の桃は両親を亡くし下働きをしながらひそかに女優を志しています。実に大変だった時代の物語。
私の心にそっと触れて
「記憶を廻る、ある医師と妻たちの愛憎劇―愛は記憶されるのか?」高齢化社会の難治の病であるアルツハイマー病。病気の進行により、記憶によって形作られる個人のライフ・ヒストリーが不確かとなり、パーソナリティーまでも変貌する時、愛はどう記憶されるのだろうか? 本作はアルツハイマー病で記憶を失っていく医師と、消えゆく過去に翻弄される家族の物語である。初演を改作、新たなキャストとTA-netによる同時舞台手話
演劇実験室・天井桟敷の創立メンバーであった東由多加が1968年に結成したミュージカル劇団「東京キッドブラザーズ」による1989〜1990年の全国ツアー公演。物語は郊外の町に男とその妹が引っ越して来るところから始まる。隣近所には、どこか普通ではない人たちが住んでいた。奇妙な人間模様が描きだすのは、私たちの心の中にある”街”のすがたである。「螢」のように消えつつある街に―愛をこめて。
飴屋法水とロメオ・カステルッチによる、初のダブルビル上演。宮澤賢治のテキストから自由に発想し、それぞれ新作「じめん」(飴屋法水)、「わたくしという現象」(ロメオ・カステルッチ)を発表。二つの才能が宮澤賢治の世界を媒介に響きあう瞬間を、1000人もの観客が野外で同時に体験する。幼少のころから宮澤賢治の作品に親しんできた飴屋法水は、その作品世界にアクセスし、物質や生命をめぐる思索を繰り広げる。会場とな
何もない、あまり変化のない日常の繰り返しに、踏みとどまる事を選択する。
関東圏郊外。三人姉妹が住む一軒家。長女は、知的障がい者である。親はもうなく、主に三女が家を仕切っている。次女が結婚し、夫と建てた新居への引っ越し日。引っ越し業者とともに作業をする姉妹たち。そこに、長女と結婚したいという男が現れる。
砂連尾理は学生時代よりダンス・演劇を始める。寺田みさこは幼少よりバレエを学ぶ。'91年より共同で活動を開始。自己と他者という人間関係の最小単位である「デュオ」という形態の中で人間の様々な関係性を模索した作品作りをしている。'93~'94年渡米。リモンテクニック、アレクサンダーテクニック等を学ぶ。'01年「踊りにいくぜ!! vol.2」福岡・名古屋・東京公演に出演。'02年「ランコントル・コレグラフ
2024年に日本初民間小型ロケットを開発・打ち上げを行う会社の軌跡を描いた物語である。2008年に制定された宇宙基本法により、民間の宇宙開発が可能になった。16年の月日が経ち、いよいよ宇宙に向けてロケットを飛ばせるようになる。しかし、打ち上げの失敗により予算は底をついてしまう。その後、買収の話が持ち上がった時、会社と社員の選んだ決断とは。人生の逆境をいかにして乗り越えるか、夢の本質が描かれる。
ヴェニスの軍人であり、ムーア人のオセロー。彼は美しいデズデモウナと愛し合い、彼女の父親の反対を押し切る形で、半ば駆け落ちのように結婚する。オセローを嫌う部下のイアーゴーは、自分を差し置いて昇進した同輩のキャシオーを妬んでいた。そこで、イアーゴーはキャシオーがデズデモウナと密通しているという嘘をオセローに告げる。イアーゴーの巧妙な話術により、オセローは真実と嘘、信頼と疑念の間で揺れ動いていく。
若手ダンサーを中心とした有名バレエガラ公演の第7回目。東京・パリ友好都市提携10周年を記念して、また1992年7月から12月にかけて東京で「パリ年‘92」が開催されていることを受けて、第7回はパリとフランスにちなんだ企画を軸として開催された。東京都が行う「パリ年’92」事業の一環として、8月7日、8日の公演ではフランスのスタンローバ児童バレエ団が出演し、『眠れる森の美女』を踊った。スタンローバ児童
《作品ノート》「記録」に焦点をあてた本作品では、「いま」をとどめようとする行為である「記録」と舞台でのライブ表現によって、つかんだ先からさらさらとすり抜けていく「いま」というものの感触を表現する。
『むこうの世界』へ旅立つことを夢見て、さすらう人々の群れ。いつしか、その夢は立ち消え、現実的世界に引き戻されてしまう…。鄭義信が寺山の劇世界をベースに描く少年の希望と世界の果て。寺山劇の単なる復元ではなく、全編に寺山作品の断片をちりばめ、寺山が愛用した「世界の果て」というモチーフを使いながら鄭自身の劇世界に寺山修司を引き寄せる形で新しい物語を作り上げた。1997年版は作者鄭義信自らが演出を担当。「
若手ダンサーを中心とした著名バレエガラ公演の第5回目。本公演の特徴のひとつは、公演直前までブルガリアのヴァルナで開催されていたヴァルナ国際バレエコンクールの入賞者7名が出演した点である。上記7名に第17回ローザンヌ国際バレエコンクール入賞者として宮内真理子が、また第18回ローザンヌバレエコンクール入賞者として荒井祐子が加わり、「ヴァルナ/ローザンヌ国際バレエコンクール入賞者デモンストレーション」が
輝く星空、あなたは何を思いますか?戦火の中、たくましく生きている子供たちの物語。 タリバンに制圧されたアフガニスタン・カブール。女性は仕事を追われ、家の中にいなければならなくなった。女の子は学校にも行けなくなり、外出には男性同伴で少女は大きなスカーフを、おとなの女性はブルカをかぶらなければならない。 そんな中、父をタリバンに連れ去られた少女パヴァーナは家族のために少年として市場に出かける。少女だと
厚木シアタープロジェクト ネクストステップ第7回公演
天才振付家ラッキィ池田と扉座が、四半世紀のお付き合いを経て、ガチで挑む渾身のダンス&プレイ作品。天下泰平を謳歌する江戸の町に現れる謎のインド人たち。その正体は……
舞台『弱虫ペダル』
2.5次元ミュージカル/舞台
厚木シアタープロジェクト ネクストステップ第9回公演劇団扉座第65回公演
昭和12年9月。浅草のレビュー小屋。 そこから突然姿を消した座付き作家・菊谷栄(有馬自由)は、いま、青森から満洲へ出兵しようとしていた。座員たちの最後のメッセージを届けようと、北乃祭(横山結衣)は故郷・青森へと向かう。祭が届ける、その伝令とは――?
ある地方都市に一組の夫婦と姑の奇妙な一家が移住してきた。妻と姑は実の親子でありながら、直接顔を合わせることもできず、妻は屋根裏に隔離され訪ねてくる母親とは吊るした篭に手紙をいれて連絡をとりあっているらしい。どうやら夫のポンツァ氏が二人を遠ざけようとしているらしい。我々には当然真実を知る権利があると息巻くマダム・ムッシュたちのもとに当の姑、フロオラ婦人が釈明に現れた。意外な事実があかされたところ、入
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COCOON PRODUCTION2025
松尾スズキが主任を務める演劇の学び場、「コクーン アクターズ スタジオ」。昨年レッスンを修了した第1期生の有志11人が、松尾と共に新ユニット「ブルードラゴン」を結成。その発表公演として『シブヤデマチマショウ』を上演いたします。本作は、松尾が過去に書き下ろした短編作品、ミュージカルナンバーなど多彩な要素を盛り込んだエンターテインメントショウです。笑いあり、歌あり、踊りあり、若さ溢れる疾走感で、“今こ
ベルリンを拠点に活動する「劇団ティクバ」。NPO法人ダンスボックスによってはじめられた「循環プロジェクト」。障がいのあるなしの境界を超えて、舞台表現と向き合うこの2つのプロジェクトは、2009年から国際共同プログラムを継続。今回のKYOTOEXPERIMENTでさらなる展開をみせる。振付、演出を手がけるのは、2008~2009年に文化庁の研修員として訪れたベルリンで、ティクバと出会ったダンサー・振
(フライヤーより)走り続ける1時間40分のSHOW途切れなく流れるラテン音楽。DANCE、DANCE、DANCEで綴られるレビューミュージカル。
舅と嫁。そして短大へ通う娘、時折北海道から帰ってくる大学生の息子。東京の何処にでもあるたたずまいの家庭。嫁の佐和子は夫を過労死で亡くし、それに続いて姑も病死する。佐和子はこの家にとどまり舅の宗一と十数年をこの家で暮し続けてきた。佐和子は宗一の老後や子供たちのことを考え、家の建て替えを決意する。そこへ、宗一の実の娘が海外生活を終え、夫と帰国する。そして二人はこの土地に新たに家を建て、宗一と共に住むと
“pH”とは、物質の酸性/アルカリ性の度合を示す用語。パフォーマンスは二項対立の図式にそって13のphases ー 問い/答え、イメージ/言葉、事実/虚構、拡張/圧縮、公/私、現実/非現実、攻撃/防御、緊張/弛緩、生産/再生産、男/女、外/内、そして最後に第一場と最終場に共通する開始/終焉/再開 ー から構成されている。細長いパフォーマンス・エリアの両側2階の客席から観客は舞台を覗き込むように見下
「準備はいいか、野郎ども!」第4回公演『最遊記』をパワーアップし再上演。沙悟浄役に第3回公演以来の出演となる郷本直也を配し、キャスティングを一新。また、「清一色編」が新たに加わり内容も一層の厚みを増した。三蔵、悟空、悟浄、八戒、それぞれの持つ重い過去が、妖怪たちが荒れ狂う桃源郷を舞台に絡み合う。戦いに明け暮れる日々。次々と現れる強大な敵。いつ果てるとも知れぬ永い旅路の果てに三蔵一行の見るものは?
『花札伝綺』は1967年に演劇実験室◎天井桟敷により初演。大正時代の乞食横町の葬儀屋を舞台にした「人間の生と死」の転倒をテーマにした寺山修司版「三文オペラ」と呼ぶべきニヒリスティックな喜劇。2001年、流山児祥はこの『花札伝綺』に寺山修司の市街劇台本やラジオ台本を大胆にコラージュして「街と現在」、「人間の生と死」を描き、70人余にも及ぶ登場人物達が出演し、新宿周辺で「半市街劇」を含む、壮大なテラヤ
OSAKA DANCE EXPERIENCE
久し振りに生まれ育った街を歩いてみた。どぶ川の蛸焼き屋、寂れた銭湯の煙突、高さ1mほどのトンネル…懐かしい風景の隙間に、見覚えのないカラオケボックスやコンビニエンスストアが立ち並んでいた。幼い頃、何の違和感もなく過ごしてきた街に、こころとからだを浸してみると、蓄積された時間と空間の中から、不意に何かがこぼれてきた。私はそれが、またこぼれてくるのを、だたひたすら待っていた。
舞台「ROAD59 -新時代任侠特区-」
2.5次元ミュージカル/舞台
(フライヤーより)俺はリトルリトル族のサン。森の住人と呼ばれてる。一年前、スノウホワイトってかわいいお姫さまを助けて大活躍したのはいいんだが、結局、彼女はとっとと隣国にお嫁に行ってしまい、残ったのは傷ついた仲間の七人だけ。それからみんなの仲もギクシャクしちまって、結局森の家には俺一人になっちまった。そこにまた人間の女が逃げ込んできた。名前はレッドローズ。しかも、性格はかなり悪い。でも、なぜか彼女の
青年団プロデュース公演 vol.8
劇作家・演出家の松田正隆が、自身の生まれ育った長崎を舞台に描き、1998年第50回読売文学賞戯曲・シナリオ賞を受賞した代表作。演出・平田オリザとのコンビは、前年、第5回読売演劇大賞最優秀作品賞を受賞した『月の岬』に次ぐ2作めとなる。職を無くし妻に家出される主人公と、彼を取り巻く人々の心情を、何気ない会話から細やかに映し出す。
海の匂いがたちこめる真夜中の遊園地に若いカップル(マコトとマリコ)が迷い込みみ、マリコを母と呼ぶ少女と奇妙な子どもたちと出会う。ふたりは子どもたちの遊びに巻き込まれる。「ワタシガ欲シイ命トハ、子どもヲ産マナイ子どもデス。ソレガワタシノ理想美ナノダ。ワタシノ流ス涙ノ上ヲ去ッテ行ク子どもガイルダロウ。デモソノ内情ハ他人ニ問ワナイデホシイ。ソレハ過ギ去ッタ父親かもシレナイ。未来ノ子どもカモシレナイ。」子
ミュージカル
「家なき子」は、エクトール・マロの代表作。日本でも小説のみならず、アニメや漫画、絵本など多くの人々に浸透してきた。捨て子だったレミが親を探して旅をする貴種流離譚。栗田芳宏の力強い演出と宮川彬良の親しみやすい魅力的な曲、ただ単に子どもが大勢出ている「子どもミュージカル」ではなく、大人も楽しめる完成度の高いミュージカル、出演者60人余、セットも大変大掛かりでスペクタクルな作品として、りゅーとぴあ開館5
(フライヤーより)HIMIKOにインスパイアされていく中韓日・東アジアの新星アーティストたち男と女の無限の循環-HIMIKO=太陽への回帰闇と光・色彩とムーブメントによる2003年最も注目のダンスパフォーマンス
「水の駅」などの”沈黙劇”で日本を代表する劇作家・演出家太田省吾の「砂の駅」を、韓国の演出家キム・アラが演出した日韓共同制作作品。ささやかな限りある生命を生き、人生の駅に出会い、別れ、また旅立っていく人々を一篇の詩に描く。出演は元転形劇場の品川徹、大杉連、鈴木理江子らと韓国国立劇団の名優たちが共演する豪華キャスト。太田を敬愛し親交の深かったアラが、豊かな彩りを持つ韓国の感性で太田作品に挑んだ。
第二次世界大戦下、ポーランドに実在した、ヤヌシュ・コルチャックは、1942年ユダヤ人迫害の嵐吹き荒れるポーランドで、孤児院の200人の子どもたちと自ら運命を共にし、絶滅収容所行きの貨車に乗り込みました。1989年国連で採択され、1994年に日本でも批准された「子どもの権利条約」の理念はコルチャックの著書「子どもの権利の尊重」に基づいています。戦後75年となる今日においても、地球上では戦争や紛争によ
1973年、演劇実験室◎天井桟敷の「市街劇」として東京都杉並区高円寺の小さな公園で上演された作品を、中池袋公園および豊島公会堂で見世物ミュージカルに変容させ、2012年「いま・ここの劇」=豊島区テラヤマ・プロジェクト第一弾として上演。一人の余分な人間が「勃発」するという事件のドラマを天野天街、村井雄、流山児祥の「3世代の演出家」が共同演出。音楽:J・Aシーザー、振付:前田清実、総勢50名近くの出演
作品のベースとなったのは、組踊の「執心鐘入」と、そのもととなった、能楽の「道成寺」である。日本・沖縄で愛され続ける古典の傑作に、現代的な「愛」の解釈を加えた。「炎の鐘」は、沖縄伝統芸能の所作や舞踊をベースにその世界観を見事に表現した“新たな沖縄芸能の傑作”。愛し合っていると信じていた若松という青年の旅立ちに、激しく渦巻く女の執念はその身体を突き破り、女を蛇に変え、鬼に変える。そして灼熱の激情は、寺