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震災後、「ことば」を失ったぼくらは「家族」についての思いを巡らせた。そして、「あやなす」というコトバに出会う。ひとの糸は織り交わり、しがらみ、模様を描く。この作品に台本はない。稽古をしながら、アイデアを絡ませていく。ときに折り合いをつけながら。ぼくらは「家族」を褾るための「ことば」を探した。それは震災で失った「ことば」を探る作業。この作品において、口から発せられる「ことば」はない。きっとぼくらの中
巌流島の決闘に向かうまでの佐々木小次郎の旅を大胆に脚色した本作は、パフォーマンス性の高い作品作りに定評のあるウォーリー木下が作・演出を務め、関西を拠点にパントマイムの第一線で活躍するマイム俳優のいいむろなおきが出演する、身体表現と映像のコラボレーションで魅せるパフォーマンス演劇である。本作は 2008 年に大阪・HEP HALL での初演後、韓国の招聘公演を経て13 年ぶり
「H」は、human(人間)、hope(希望)、homeless(ホームレス)、hurt(痛み)の意。コロナ禍において増加する貧困生活者や苦しみを抱えた方達が心身の豊かさと希望を取り戻すきっかけとなることを願い、横浜・東京の公共空間を主とした8会場で、新人Hソケリッサ!新作ダンスパフォーマンス『ヒニヒリズム/今度会ったらロクでもない奴らと仲良くなりてえ・・』、映画上映、トーク、WS、展示を展開。
9.11の惨事から20年後の2021年9月11日に、尾竹永子は自身にとっては初めてモノローグ(一人語り)の作品をソロ公演しました。ハドソン川の川縁、かつてのトレードセンターがあったすぐ近くの公園で朝の7時と夕方6時に行われた無料公演です。 この場所は9.11の1年後にEiko and Komaが 野外公演した場所でもあります。その時と同じクラリネット奏者 David Krekauerが再び共演しま
十五夜野外劇シリーズ
1991年〜93年まで毎年中秋の名月を挟んでJR大宮駅前のビルの谷間の広場で行われた十五夜野外劇シリーズ(入場無料・投げ銭形式)の3作目。再開発された都市空間の中に身体パフォーマンスによって自然のリズムと交感する”原風景”をつくり出す試み。高校生からサラリーマンまで普段劇場に足を運ばないような多くの観客層を開拓し支持された。本作「夜」は「ファウスト」を土台にした物語、今ここの「わたし」の存在が多層
毎日毎日どうやったら楽しく暮らせるかを研究している、いおり博士と、博士の理科室にやってくるこうじくんが繰り広げる、コメディ&パフォーマンスショー。遠心力や空気砲、形も大きさも違うものの重さなど、日常の身の回りで起こるあたりまえだけど不思議な現象を取り上げ展開します。
流れこむ景色があなたのからだをつつんでとかす― 俳優・辻村優子によるリラクゼーション型パフォーマンス「ほぐしばいシリーズ」の第3弾。観客は施術台の上で横になり、テキストの発話と手技による施術を体験します。発話される言葉は複数人から採取され、実際には存在しない景色を描写。辻村の語りと施術の交差により、観客の感覚の中に新たな〈景色〉が立ち上がります。
東京観光の代名詞的存在のはとバスを実際に使い、東京オリンピック(1964)時に活躍された伝説的はとバスガイドをゲストに迎え、現役のはとバスガイド、Port Bパフォーマーの「バスガイド」とともに東京を辿った。現在の東京の基礎は東京オリンピック(1964)で作られたという見立てのもと、東京オリンピックのレガシーを巡りながら、当時と現在の東京を「オリンピック=競争」という観点から比較検討し、東京という
フィールドワークを軸とした国際共同制作を数多く手がける北村明子による新たな試み「Xstream project」の第一弾。フィリピンと日本のアーティストが共演する舞台で、現代のアニミズム・シャーマニズムの在り方を問う。
本作は日本と台湾の出身である二人が台湾で過ごした記憶をベースとして、日本でも多くの議論がなされてきた「台湾有事は日本有事」について身体的交流を通じて再考する試みである。様々な情報が行き交い国際情勢が一層複雑化する現代において、日常と非日常、そして当事者と非当事者の境界を生きる私たちにできることはなにか。良き隣人と呼ばれる隣国・台湾を通じて自国を見つめ直し、共に考える時間を目指す。
作品内容:俳優・竹中香子が、実父の介護と死を経て参加した、高齢者福祉施設にアーティストが一定期間滞在するプロジェクトでの経験をきっかけに「ケア」と「演技」の重なりを見出しパフォーマンス作品を創作。竹中が長年取り組む「演技」の身体や技術を用いて、ハイドロブラスト・代表太田信吾と共に「ケア」を新たな角度から深掘りする二人芝居。作品尺:70分程度出演者:俳優2名(太田信吾・竹中香子)、音楽家2名(島崎智
ひろい世界の中の 星粒のような わたしの在り処(ありか)一番大きな面をまず、草原と、鳥たちの群れのラインで分離する。ところどころに、小さい花を散りばめる。上から順に色の名前を言う。また、音楽を添えてみる。いつか夢で見た場所と照らし合わせる。その中をそっと、歩いてみる。
KYOTO EXPERIMENT初の公募プロジェクトで選出され、2年にわたりリサーチと制作に取り組んできた、松本奈々子と西本健吾によるパフォーマンス・ユニット「チーム・チープロ」。2021年にリサーチを開始したふたりが最初に掲げたテーマは「ワルツ」だった。コロナ禍で「接触」が憚られるなか、京都に存在したとされるダンス芸妓の史実を起点に戦前京都と現代と接続し、想像上の他者とワルツを踊る作品を発表。続
—— ただ、もう、生きなくちゃ。70年代に存在した流浪民「渓窩」を巡る、魂の漂流者たちのロードムービー演劇。灯篭のように街を揺蕩う少年少女たちしかしその苦悩は若者だけが抱える問題ではなかったそんな彼らに手を差し伸べる青年と或る映画を糸口に繋がった人々は聖地巡礼を始める河口のタワーマンションに辿り着いたその時、彼らの復讐劇は幕を閉じ、楽隊の音が力強く鳴り響く――
まちなかパフォーマンスシリーズ
「公開生放送」で送る、路面電車の旅カフェ店内での通信販売演劇『ふくちゃんねる』、劇場ロビーでのビンゴ形式の演劇公演『アドベンチャーBINGO‼』など、ユニークかつユーモアあふれる企画で観客を巻き込む俳優・福田毅。その新作は、東京さくらトラム(都電荒川線)の車内から生放送する「ラジオ番組」です。早稲田から三ノ輪橋までの約60分、パーソナリティに扮した福田が乗客とコミュニケートしつつ、ウィットに富むプ
夢と現実の境界を行き来するうちに浮かび上がる世界。言葉を介さず連なる点と点を結ぶことで、呼び起こされる記憶。言葉によって何もかもを理解しようとする私たちの、その外に広がる世界に想像をめぐらせる。3団体の俳優らを中心とした長期プロジェクトから始動。演出はマイムの動きをベースに、独自の演出で注目を集めるカンパニーデラシネラの小野寺修二。ダンス・マイム・手話・コトバの境界を超えた、身体について探求する。
劇団初のチェーホフ作品。湖畔の田舎屋敷を舞台に、作家志望の青年トレープレフと女優を夢見る乙女ニーナの関係を軸に、屋敷に集まる人々のさまざまな恋愛模様が描かれる。この群像劇を自己実現の病に苛まれた現代人の苦悩の姿と解釈し、「剥製たちのボードビル」として上演した。初演は2019年、劇団創立35周年記念公演。その後2023年にルーマニアのシビウ国際演劇祭に招聘され大きな話題となる。
【Story】少年は、街で、沖縄生まれの祖母を持つヒツジに出会う。祖母の記憶の大阪をめぐる二人は、街を抜け、路地を走る。街にあふれる高層ビル、標識、インターネット、死者、影、人々の記憶。二人が目にしたのは、現在と過去、虚と実が交差した“オオサカ”だった。【Note】旅をするように世界各地で野外公演を行ってきた維新派。10年ぶりとなった大阪野外公演は周囲に川が流れ、舞台の奥には大阪の高層ビル群を臨む
北前船の寄港地として栄えた当時の町並みが残る竹野町(兵庫県豊岡市)。元船主邸・田中邸と古民家をリフォームした移住者夫婦の営むカフェ、そして周りに広がる迷路のような路地を舞台に、地域を訪ね歩き、人々の記憶、風景とともに、現在の竹野への想いをあつめた、言葉・美術・サウンドによるインスタレーション・パフォーマンス。各ベニューと5カ所の井戸のサウンドインスタレーションをめぐるマップを配布したセルフツアーの
独創的かつ個性的なアイディアで、観客の心に染み入るダンス作品を創ることで注目されている新進気鋭の舞踊家・振付家 苫野美亜が企画・制作・振付・プロデュースを務める人気のコンテンポラリー・ダンス公演シリーズ。ウィーン国立バレエ団プリンシパルの橋本清香&木本全優がゲスト出演しています。ファッションデザイナーであり神戸ファッション美術館名誉館長のコシノヒロコが後援する注目のダンス公演です!!■十四夜月 (
滞在制作プロセス映像
2021年11月20日(土)、21日(日)に静岡県掛川市の原泉地区で上演したパフォーマンス作品『風景によせて2021 はらいずみ もやい』(「HARAIZUMI ART DAYS!2021 ~相互作用~」に招聘)。その日、その場所でしか観ることのできない風景での上演作品は、どのようにして生まれるのか。原泉でのクリエイションや暮らしに4ヶ月間密着撮影した、創作過程の貴重なドキュメンタリー映像。
異なる身体性を演じることの意味を問う、「演技論」を捉え直すプロジェクト。観客は今まで「個人」とされてきた「聴者」がカテゴリーで括られることを目撃する。演じる人はろう者役者の數見陽子と山田真樹。ろう者の身体で演じられる「聴者」に、私たちはどこまで言及することができるのか。 演じる者と演じられる者、その関係を超越し、分かち合うことは可能なのか。
劇作家・西尾佳織によるレクチャー・パフォーマンス。5歳から5年半をマレーシアのクアラルンプールで過ごした西尾は、2018年、奇縁からマレーシア各地の日本人墓地に眠る人々のリサーチを開始した。墓地に眠る8割はからゆきさんと呼ばれた日本人女性だった。東南アジアへ渡り、娼館勤めをした彼女たちの足跡をたどった旅についての語り。
「オノマトペ(擬音語・擬態語)」とは、短く簡潔に伝わりやすい感覚的な音と言葉の間のような存在。そんなかわいくてマンガ的なオノマトペが溢れる世界で、身体と言葉を使って多角的な視点から様々な表現方法で遊びます。ダンスにコントに即興での客席との共同作業に。ユーモラスな発想のオムニバスから一転、戦争の愚かさとその後に生まれる人々の希望も描きます。オノマトペを使った教育利用普及も視野に入れた画期的な作品です
福島原子力発電所の爆発事故と、それに続く日本政府を含めた核発電所を取り巻く状況に驚きと後悔を感じて、改めて情報や知識、知恵という概念を捉えようと試みた作品。振付に白井剛を、中心となる砂漠の老人には舞踏家の吉本大輔を迎え、音楽はヴァイオリニストの辺見康孝が舞台上で演奏を続け、パフォーマーの川口隆夫・平井優子・カズマ グレンと共に、幾人ものプログラマーが映像・音響ともに関わり、舞台を作り上げている。
ロベルタ・リマは、自らの身体そのものをテーマとしながら、アーティストと鑑賞者それぞれの役割に問いを投げかける作品を制作してきた。そこで用いられるメディアは、写真や映像、インスタレーションなど、さまざまだ。昨年の秋、リマは一週間にわたって京都・伏見の招徳酒造で女性杜氏の仕事に立ち会い、日本酒の醸造過程だけではなく、ひとりの女性が杜氏となった軌跡に触れた。酒造りを統括する杜氏は長らく男性によって営まれ
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日本丸メモリアルパークパフォーマンス 2021-2022「路上の身体祭典H!」新人Hソケリッサ!横浜/東京路上ダンスツアー#2
社会から分断され個人になった時に個人は不安を抱え、集団に依存していた個人の脆弱さが露呈する。我々は生きる手段としてこの大きな集団に取り込まれ、それは習慣となり個人という存在や輝きは飲み込まれてしまうだろう。しかし希望を失った身体は、言うなれば囚われた習慣を捨てた身体の始まりであり、強靭な個人の身体の始まりだと僕は思う。歪な躍動のリズムで僕は目を覚ましたい。ツアー公式Webサイト:https://s
「人を許すこと」を描いていると言われるシェイクスピア最後の作品。しかし本作で『テンペスト』とは、主人公プロスペローが自分は「許されない」存在であることに気づく過程であり、四大悲劇のドラマの諸要素が静かにちりばめられていると解釈。嵐(テンペスト)はプロスペローの心のうちに吹き荒れる。2015年初演、2018年にルーマニアのクライオヴァ・シェイクスピア・フェスティバルに初参加した記念的作品。
ソノノチ ランドスケープシアター
向こうのほうから 風が吹いてくる。そこにずっとあったもの、立っていたもの、流れていたもの。建っていたもの、聞こえていたもの、営まれていたもの。それらのあいだを通るとき 見えない姿を少しだけ 感じとることができる。わたしたちは 長いあいだ それらを待っていたような気がする。タイトルの「かざまち(風待ち) 」は船が出航する際、順風を待つ様子を指します。きっとこれから、もっと世界がよくなるように。
Dance Performance LIVE
この世に存在する相反するものの中心点それらを感知することで、種々の問題の解決策を見出すことができるのではないか…多世代のダンサーたちが、それぞれのテーマや表現を介し、そんなmid/pointを探る
「ゴドーを待ちながら」をモチーフに描く、世界劇団版不条理演劇!不条理演劇の頂点、サミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』をモチーフに描く、世界劇団版ベケット!そこには二人の浮浪者が佇んでいた。彼らが言葉を交わすうち、時代が歪んでいく。“これが夢か現実か、今が朝か夜かも分からない____。”
2016年に起きた津久井やまゆり園事件を題材にした作品。能力と命の価値を結びつける能力主義の問題に対して演劇には何ができるかという問いかけのもと、「私たちはともに生きていくことができる」という感覚を共有することを目指して制作された。「生産性のない人間には生きる価値がない」と主張する青年と、重度の知的障害を持つ青年の魂が音楽を媒介にしてまじりあっていく様子を描く。
KAVC 新しい劇場のためのwork:02
コロナ禍をエンターテイメント化した実験作。新型コロナウイルスの無い世界からやって来た人々が無菌を感染させて行く。劇場観劇と配信観劇の二種類のチケットを販売。
小さなサーカスの中でおこる色々なこと。ひとつの雨粒が大海原になったり大きな紙でかくれんぼ。たくさんの筒の上に乗っておっとっと、紙の人形も動き出す。ある日、サーカスを乗せた汽車がやって来た。その先にあるのは真っ白なサーカステント。あれれ?サーカスを始めようとするも星が落っこちてきちゃったんだけど。...どうしよう?サーカスはいつの間にかやって来て、いつの間にか去っていく。あたりまえのことが、あたりま
2500年前の傑作『オイディプス王』を現代女性の見た悪夢としてとらえ、運命に翻弄される人間世界を描いた。ギリシア悲劇の世界を女優だけで演じた奇抜な演出は大きな反響を呼び、2002年の初演以来、国内外での再演も多い。2010年にはルーマニアのシビウ国際演劇祭でも上演。本映像は同年凱旋公演の模様を収録。
日本の古層の音が現代を揺るがす「響」日本人の響の源― 古代より伝わる「神楽」―にその基を辿る。時間軸には本来の声・言葉・歌がよみがえり、神楽の舞、ヒップホップのダンスが空間を彩る。超絶テクニック・うねるビート、「時空」を駆けるわらび座の若き獅子達。
舞踏の現場’98 in KYUSHU
土方を通して土方の彼方へ。私を通して私の彼方へ。舞踏の現場、舞踏の現在はこの私の肉体の裡にある。ー原田伸雄 (公演フライヤーより)
「俺が代」は、日本国憲法や、文部省(当時)による教科書『あたらしい憲法のはなし』、そして尾崎行雄、芦田均などの演説をテキストとして用いながら、日本国憲法の本質を浮かび上がらせ、憲法やこの社会についての問いを共有するソロパフォーマンス。これまで愛知県芸術劇場、京都芸術センター、Festival Temps D' Images Cluj などにおいて上演されてきたかもめマシーンの代表作です。憲法という
まちなかパフォーマンスシリーズ
演出家・坂田ゆかり、俳優・稲継美保、ドラマー、パーカッショニスト・田中教順。80年代生まれのアーティストが集い、現代の諸問題への関心を、日本の話芸や打楽を用いて共有し、深め、拡げる場を創造します。公演会場は寺。三好十郎の詩劇『水仙と木魚』をベースにさまざまな文学作品の断片、寺を取り巻く地域の記憶、仏教法話を織り込んだテキストと、声、身体、音が共振する特別な時間が生まれます。
公募出演者と共につくる、群衆が主人公となる白昼夢のような演劇作品。街にはたくさんの人が蠢いています。交差点でふと顔を上げた時にそこにいる多くの人たちの人生を一瞬想像しようとする時があります。しかし信号は青になり、人々はどこかに去っていきます。これからさき出会うことのない人たちがなんてたくさんいるんだ!そんなことしか思えないまま日々は過ぎていきます。しかし、演劇でならその想像の先を、青信号の先を考え
「ダンステレポーテーション」展
2020年5月にDance Base Yokohama(DaBY)のオープニングイベントとして予定されていたTRIAD DANCE DAYSにて、山﨑広太が振付ディレクターを務めるサイトスペシフィック・ダンスが中止になったことにより、唐津絵理(DaBY/愛知県芸術劇場)が企画・総合ディレクターとなる新プロジェクト「ダンステレポーテーション」が始動した。オンラインでの対話から始まる創作を経て、生まれ
TOUCH - ふれる -
Co.Ruri Mitoは2021年より「TOUCH - ふれる -」というプロジェクトを3年間発展させてきた。第一弾「TOUCH - ふれる - #1」は「風」をモチーフに、移動し続け留まらない「風」に触発され、観客が「動かされる」体験を提供。風になびく舞台装置や衣装、空気(風)によって振動する音楽、「動かされる」出演者が全体で1個のインスタレーションとなり、新しい表現を創出した。
本作は、脳外科医ペンフィールドが提唱する「脳内のホムンクルス」という概念から、脳との繋がりの中で、本来は一番大きな面積を占めると言われる手、指先の「触覚」に着目した。未曾有の感染症の影響、テクノロジーの発達において、人と触れ合うことが圧倒的に減った今。「触覚の不在」をテーマに、現代社会を生きる「私」という人間のあり方、人との繋がりについてダンス、美術、映像、音楽から思考した作品。
今回の公演タイトル「Antipiol(アンティピオル)」は、「分裂症の少女の手記」(セシュエー著)の本のなかで実際に病院で腫物に使われていた軟膏の名前。少女は精神疾患で入院中に聞こえた幻聴の声をアンティピオルさんと呼ぶ。嘲笑し命令する声のアンティピオルとの闘い。彼女だけでなく誰でも心の中にある自分でもわからない感情、押さえつけられた思い、トラウマなどが何かのきっかけでアンティピオルのように現れるも
京都在住の2名のアーティスト、アンビエント・エレクトロニカを軸に活動する音楽家の北航平と、「ランドスケープシアター」はじめ、空間・記憶・時間をモチーフにパフォーマンス作品の演出を手掛けている中谷和代(ソノノチ)が、音楽ライブとパフォーマンスを融合させた空間作品。タイトルに込められたものは、観客一人ひとりへの静かな問いかけです。ここでいう「旅」とは、日々の営み、仕事、創作、生活そのもの。いま、あ
これは天井桟敷が上演してきた「見えない演劇」(盲人書簡)「迷路の演劇」(阿片戦争)と同系列に属する作品であり、何らかの形で観客への呪術的な類似性を意図するものです。音声言語に変る、演劇独自の原言語を生成しようとするものです。肉体によって文脈を生成し、音苦によって世界を幻想しようとするものです。劇の構成は、一人の少女の「痛み」からはじまります。(フライヤーより)
コロナリポート
Sign:忙しなく動き続ける体と、短時間に凝縮した数多くの身振りで構成された10分間のダンス。振付を覚え練習することで、コロナ禍の滞留した時間を前に進めることを目的に制作された。Out:neji&co.のプロジェクト最終作。俳優によって上演されるテキストを用いた作品。2020~2023年を振り返りながら、過去から現在を通過した未来まで、私たちの生の「外」にある時間を想像する。
彫刻家・安藤榮作は2015年パレスチナのガザ地区の犠牲になった子どもたちに思いを寄せ小さな木彫人型を作り始めた。その年の暮れその木彫人型700体を展示した個展を行った。会場訪れた体奏家ダンスアーティストの新井英夫は心を揺さぶられ即興的にその空間で木彫人型を奏で踊った。その時二人は「いつか1000体の人型で来場者も巻き込んだライブパフォーマンスをしよう」と約束した。そして8年後の2023年、ALS罹
風景によせて2022
車の窓からいつも見える田園のパノラマ。泉の恵みと人々の営みを感じるこの場所の風景に「つゆ」のような記憶が沁みてきて、やがて川となって流れて行きます。わたしたちはその流れにそって、小さな舟を出します。ほんの小さな、目をこらさないと見つからないような。
本作品では、グーチャ・マライーニ「ひつじのドリー」をモチーフにして、身体至上主義、コンテンポラリーダンスならではの、ダンスカンパニー「ブッシュマン」ならではの、「血と汗と土の匂いがする」作品創りに取り組みました。「ひつじのドリー」において、創作のヒントにするのは「クローン」や「アイデンティティーとは何か」という点、生命の定義とは何かを考えました。
老女優と執事との心の交流から浮かび上がる老いの豊かさとは?人生の意味とは?感動を呼んだ二人芝居の傑作が渋谷で待望の再演!
旧人類は500万年間進化しなかった。そこに現人類が現れ、他種の殺戮をはじめた。手や知識が「力」となり、創意工夫が文明を発展させていく。やがてヒトは全能な力を崇拝する共同体となり、同じ力(神)を信じない者への弾圧は残虐を極めた。そこで、他者との共存を図るため「寛容」という概念が生まれる。共同体はしだいに国家となり、暴力を独占していく。武器は、鈍器なものから鋭利なものへ発達し、弾丸となりやがて情報とな
森村による初のレクチャーパフォーマンスは、日本の戦後史および美術史、森村自身の個人史の3つが交錯する「わたし」の物語である。前半は、今回の撮り下ろしと過去のアーカイブから構成された映像と、舞台中央に置かれた椅子(森村のアトリエから持ち込まれた)の語りによって進む。椅子から発せられる音は、音声変換技術によって青年団の太田宏の声と混成された森村の声である。映像の中で、森村は度々変幻する。そして語りは、
神を求める様は古今東西、さまざまな喩えが用いられてきた。その中で、“女性に恋焦がれ一体となる”というメタファーはスーフィーの詩人からトルヴァドゥール(吟遊詩人)に至るまで、広く用いられてきたモチーフ。ラヴェルの組曲「鏡」を主題とし、現実と幻影が交差するコンテンポラリーな手法の中に、古典的な象徴を散りばめ、先端のメディア・アートを駆使した空間に光、映像、音楽がダンサーの身体に反射させる。
「菓」は植物の生態からインスパイアされたものをテーマとし、坂田有妃子の父親の死に感じた想いも重ね合わせた。たとえば植物が成長していくときに出す「エチレン」というフェロモンは、秋の紅葉など葉が色づく現象を起こす。それは目には見えない植物同士の信号のようで、ささやいている言葉のようにも感じ、そして植物同士の猛烈な競争や駆け引きが起こっているようにも捉える。繰り返す生死をミクロの視点から切り取り作品にし
カラフルな絵本の世界にようこそ!子どもから大人まで三世代で楽しめる年齢不問のエンターテインメント!ご存じ世界で初めて飛行に成功した ライト兄弟の物語!!︎ ではなく… ライト兄弟に憧れたある兄弟が、 亡き父の夢を果たす為 さまざまな困難に挑戦するおはなし
本作『ストリーム』は、コロナ下で起こった時間感覚の変化をテーマに制作された三部作『Sign』『Cue』『Out』のスピンオフとして、2020年から現在までの出来事を元にした、捩子のモノローグで構成されたソロ作品です。芸術活動、仕事、病、子育て、戦争、経済、死、ダンス…コロナだけではない、私たちの日常と生に並走する様々な“with-ウィズ”について話すことからパフォーマンスを立ち上げます。
【Story】たそがれどき。なみうちぎわ。静かに佇む廃船。流木、缶、船板、スポンジ、漂流瓶。少年は海が運んできたさまざまな漂流物を手に、旅への好奇心と想像力をふくらませ、この場所から海を越えて広がるアジアの島々に想いを募らせる。少年の想いは“海の道”へとつながっていく。【Note】本作品は20世紀三部作のアジア篇として上演した『台湾の、灰色の牛が背のびをしたとき』を再構成した作品である。新たな脚本
けーきゅー。2019年から佐々木が取り組む「呼吸による音楽」プロジェクト。2021年度、譜面”kq”が第21回AAF戯曲賞 最終審査会ノミネート。2022年、冊子とCDでプロダクト展開。2024年、第14回せんがわ劇場演劇コンクール本選にて佐々木自身で上演。譜面は呼吸方法の指示テキストと並走する抽象的な物語で構成されている。耳に集中しながら呼吸を意識的に行うことによる内的な調整作用と、外部との「セ