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本作は、脳外科医ペンフィールドが提唱する「脳内のホムンクルス」という概念から、脳との繋がりの中で、本来は一番大きな面積を占めると言われる手、指先の「触覚」に着目した。未曾有の感染症の影響、テクノロジーの発達において、人と触れ合うことが圧倒的に減った今。「触覚の不在」をテーマに、現代社会を生きる「私」という人間のあり方、人との繋がりについてダンス、美術、映像、音楽から思考した作品。
夢と現実の境界を行き来するうちに浮かび上がる世界。言葉を介さず連なる点と点を結ぶことで、呼び起こされる記憶。言葉によって何もかもを理解しようとする私たちの、その外に広がる世界に想像をめぐらせる。3団体の俳優らを中心とした長期プロジェクトから始動。演出はマイムの動きをベースに、独自の演出で注目を集めるカンパニーデラシネラの小野寺修二。ダンス・マイム・手話・コトバの境界を超えた、身体について探求する。
舞踏作品
『泡の中の眠り』は、夢遊病者の世界を描いた作品で有科珠々の振付作品の一つである。映像作家Philippe Thomertと共にパリの街で撮影された。血まみれの夢遊病者が街を彷徨い、舞台上の映像と共鳴するように、二人の男と夢遊病の女が登場する。彼らは暴力や支配と服従を妄想しながらも、無邪気な遊びに没頭していく。ナイトガウンを纏った女は、闇から聞こえる笛の音に操られながら踊る。映像、踊り、ライブ演奏の
TOUCH - ふれる -
Co.Ruri Mitoは2021年より「TOUCH - ふれる -」というプロジェクトを3年間発展させてきた。「TOUCH - ふれる - #2」は最終成果となる公演だ。キーワードは「グラデーション」。7名のダンサーが固有の身体を軸にユニゾンを踊る。音楽は内田輝。自作楽器を調律し時間を立ち上げる。衣装はYANTOR。手紡ぎ手織りの素材で、作品の世界観を支える。始まりも終わりもない作品。
2008年から2016年にかけて3回に渡って来日し、舞踏家大野慶人の稽古を体験したアナ・リタ・テオドーロによる、大野慶人の稽古についてのレクチャーパフォーマンス。「ねじれた体や白塗り」などの舞踏のクリシェを取り払ったところに何があるかに興味をもってリサーチを重ねたアナ・リタの、舞踏に対する外からの深い視線が生み出す新たな作品であると同時に、大野慶人の稽古に触れることのできる貴重な作品ともなっている
せんとう。裸でたたかう。労りと労いとハピネス。
舞踏作品
『RIEN A CASSER DANS LE NOIR(闇中の無/三千世界の双六)』は、有科珠々が2002年にパリで制作した6人の出演者による舞踏作品です。「地球の葬儀」から始まり、観客が献花をする場面が展開されます。サロメ、マクベスの魔女たち、日本文化と現代日本の象徴が交差し、般若心経が響く中、闇の大魔王や黒い鴉、猫たちが登場。双六の終点に辿り着いた主人公は、どこにも辿り着かず、無限の旅を続けま
-北京一「手品師」 2025年に第一回 総合キャバレー学園祭 で上演
「菓」は植物の生態からインスパイアされたものをテーマとし、坂田有妃子の父親の死に感じた想いも重ね合わせた。たとえば植物が成長していくときに出す「エチレン」というフェロモンは、秋の紅葉など葉が色づく現象を起こす。それは目には見えない植物同士の信号のようで、ささやいている言葉のようにも感じ、そして植物同士の猛烈な競争や駆け引きが起こっているようにも捉える。繰り返す生死をミクロの視点から切り取り作品にし
コロナリポート
パフォーマーの入退場、音響や照明の変化などの舞台作品における様々な行為のきっかけ・手掛かり・合図を「キュー」と言う。Go To/Stay Home、緊急事態宣言発令/解除等、反復し持続する現在の「外」に出ることを体で試みるダンス作品。2021年初演。コロナリポート三部作『Sign』『Cue』『Out』。
作品内容:俳優・竹中香子が、実父の介護と死を経て参加した、高齢者福祉施設にアーティストが一定期間滞在するプロジェクトでの経験をきっかけに「ケア」と「演技」の重なりを見出しパフォーマンス作品を創作。竹中が長年取り組む「演技」の身体や技術を用いて、ハイドロブラスト・代表太田信吾と共に「ケア」を新たな角度から深掘りする二人芝居。作品尺:70分程度出演者:俳優2名(太田信吾・竹中香子)、音楽家2名(島崎智
GOSADOUー娯作動ー誤ちはときに軋轢を生みそれは他者にとって娯しく作用する ようこそ!娯作動の世界へ!
-東京黙劇ユニット KANIKAMA collection vol.6
本多愛也の代表作、「白球」。2009年ソロ公演 「ゾエルナ!」より
「オノマトペ(擬音語・擬態語)」とは、短く簡潔に伝わりやすい感覚的な音と言葉の間のような存在。そんなかわいくてマンガ的なオノマトペが溢れる世界で、身体と言葉を使って多角的な視点から様々な表現方法で遊びます。ダンスにコントに即興での客席との共同作業に。ユーモラスな発想のオムニバスから一転、戦争の愚かさとその後に生まれる人々の希望も描きます。オノマトペを使った教育利用普及も視野に入れた画期的な作品です
劇作家・西尾佳織によるレクチャー・パフォーマンス。5歳から5年半をマレーシアのクアラルンプールで過ごした西尾は、2018年、奇縁からマレーシア各地の日本人墓地に眠る人々のリサーチを開始した。墓地に眠る8割はからゆきさんと呼ばれた日本人女性だった。東南アジアへ渡り、娼館勤めをした彼女たちの足跡をたどった旅についての語り。
滞在制作プロセス映像
2021年11月20日(土)、21日(日)に静岡県掛川市の原泉地区で上演したパフォーマンス作品『風景によせて2021 はらいずみ もやい』(「HARAIZUMI ART DAYS!2021 ~相互作用~」に招聘)。その日、その場所でしか観ることのできない風景での上演作品は、どのようにして生まれるのか。原泉でのクリエイションや暮らしに4ヶ月間密着撮影した、創作過程の貴重なドキュメンタリー映像。
3.11への応答「光のない。」の続編として発表されたエルフリーデ・イェリネクの「エピローグ?(光のないⅡ)」をツアーパフォーマンス形式で上演。観客はFMラジオを首に下げ、原発事故後の福島で撮影された報道写真を手に、東京・新橋の12カ所のポイントを巡る。目的地に待つのは、写真に記録された「眺め」、カメラマンの「視線」を重現する装置。さらにラジオのダイヤルを指定された周波数に合わせると、戯曲を読み上げ
伝三Fパントマイム アトリエ公演
-『mime 蜘蛛の糸』は原作である芥川龍之介の「蜘蛛の糸」を絶妙にアレンジしたストーリーマイムの金字塔であり、パントマイミスト伝三Fのライフワーク
森村による初のレクチャーパフォーマンスは、日本の戦後史および美術史、森村自身の個人史の3つが交錯する「わたし」の物語である。前半は、今回の撮り下ろしと過去のアーカイブから構成された映像と、舞台中央に置かれた椅子(森村のアトリエから持ち込まれた)の語りによって進む。椅子から発せられる音は、音声変換技術によって青年団の太田宏の声と混成された森村の声である。映像の中で、森村は度々変幻する。そして語りは、
「ラプソディ」お代は観てのお帰り公演
ロベルタ・リマは、自らの身体そのものをテーマとしながら、アーティストと鑑賞者それぞれの役割に問いを投げかける作品を制作してきた。そこで用いられるメディアは、写真や映像、インスタレーションなど、さまざまだ。昨年の秋、リマは一週間にわたって京都・伏見の招徳酒造で女性杜氏の仕事に立ち会い、日本酒の醸造過程だけではなく、ひとりの女性が杜氏となった軌跡に触れた。酒造りを統括する杜氏は長らく男性によって営まれ
にしすがも創造舎の校庭に掘られた穴。そのほとりに立つことからこの作品は始まる。穴がもたらした不安定な感情を抱きつつ、観客は地図を片手に周辺の3つの不動産を巡る。今は住む人もいない場所。だがそこに配置されたオブジェやキリストの最期を描いた「十字架の道行き」から引用したテキストは、「誰か」の気配を強烈に感じさせる。どこかのお妾さんが住んだという「だいだいの家」では庭先に、2階建ての白い「半分の教会」で
2020年初演したCo.Ruri Mitoの代表作。コロナ禍の真っ只中で、7名のダンサーとクリエイションを行い、施設利用の条件が緩和された10月に上演した作品。個と群の関係性をテーマにし、「自分の身体とはどこからどこまでか」という問いを投げかけ、生命の根源に迫る。私たちの存在とその相互作用を探求する試み。曖昧な身体の境界線を通じて、個の消滅や集結の解釈を観る者に委ねる。
これは天井桟敷が上演してきた「見えない演劇」(盲人書簡)「迷路の演劇」(阿片戦争)と同系列に属する作品であり、何らかの形で観客への呪術的な類似性を意図するものです。音声言語に変る、演劇独自の原言語を生成しようとするものです。肉体によって文脈を生成し、音苦によって世界を幻想しようとするものです。劇の構成は、一人の少女の「痛み」からはじまります。(フライヤーより)
あかちゃんとおとなのための演劇・ベイビーシアター
蛇口からしたたる一筋の水をめぐって、無言の人間がさまざまな姿態を見せる。1980年代の伝説的舞台、太田省吾の戯曲『水の駅』を、あかちゃんと大人のための演劇(ベイビーシアター)として全く新しい演出で上演します。極端に遅い動作で一瞬の生を切り取る手法を生かし、流浪する人間の姿を確かに描いた本戯曲。その中の人間の生の描写をあかちゃんと一緒に見ようという試みです。
世界中の人々に愛されてきた中国文学の傑作『西遊記』。無限の空想の彼方に誘ってくれるこの小説の源は、国禁を犯してインドへ西天取経に向かった若き僧・玄奘(げんじょう)のひたむきで壮大な旅にある。その旅が時空を超えて私たちに語りかけてくるものは何だろう。 21世紀。人間を救うものを探す旅は続いている。スペクタクルではなく、Music Performance Bandならではのアレンジで描く。
スーパーパントマイムシアター SOUKIの大好評オムニバス・パントマイム『CRAZY PHANTOM』が、更にクレイジーにゴージャスに、パワーアップ!唯一無二のパントマイムオムニバス。
和太鼓+ダンスユニット<まだこばやし>による初の単独長編公演。「それぞれが」「鳴る」「共鳴する」をテーマに、打楽器とダンス、声や歌、演劇的表現に加え、ハーモニカなど他楽器の使用、儀式と照明効果の融合など、音楽的身体×身体的音楽パフォーマンスの可能性を追求した80分。人との距離が遠くなった時でも、響き渡る生のエネルギーは空間を駆け抜け、みんなを巻き込んで、どんどん世界へと共鳴していく。
日本丸メモリアルパークパフォーマンス 2021-2022「路上の身体祭典H!」新人Hソケリッサ!横浜/東京路上ダンスツアー#2
社会から分断され個人になった時に個人は不安を抱え、集団に依存していた個人の脆弱さが露呈する。我々は生きる手段としてこの大きな集団に取り込まれ、それは習慣となり個人という存在や輝きは飲み込まれてしまうだろう。しかし希望を失った身体は、言うなれば囚われた習慣を捨てた身体の始まりであり、強靭な個人の身体の始まりだと僕は思う。歪な躍動のリズムで僕は目を覚ましたい。ツアー公式Webサイト:https://s
小さなサーカスの中でおこる色々なこと。ひとつの雨粒が大海原になったり大きな紙でかくれんぼ。たくさんの筒の上に乗っておっとっと、紙の人形も動き出す。ある日、サーカスを乗せた汽車がやって来た。その先にあるのは真っ白なサーカステント。あれれ?サーカスを始めようとするも星が落っこちてきちゃったんだけど。...どうしよう?サーカスはいつの間にかやって来て、いつの間にか去っていく。あたりまえのことが、あたりま
全世界の登録数は700万人超の紹介制ネットカジノ「K2」を匿名で運営する美菜。「K2」内で最も人気を誇るオンライン型育成カジノゲーム『earth』は、ユーザー間で「アス」「けつあな」と呼ばれ親しまれ、『流せ、すべてのセンス。』というキャッチコピーには宗教家である美菜の思想が反映されており、ゲーム内にユーザー独自の地球を作り、歴史も価値観も生き方もすべて自由に変えられる星育成システムで話題を呼んだ。
あかちゃんとおとなのための音楽劇 ベイビーシアター
夫が、 死んだ妻を生き返らせるため地獄にやってくる。「振り返ってはならない」 たったひとつのこの約束を守り、 夫は妻と共に戻ってくることができるのか。ギリシャ神話をモチーフにしたオペラ「オルフェウスとエウリディーチェ」を、歌やリトミックをベースにしたダンスとともに彩る。あかちゃんと、 あかちゃんを迎え入れた大人たちに贈る、愛の物語。
世界と向き合うために:基本的に「虚構/お芝居」である事が前提の舞台上で展開される、『true/本当のこと』というパフォーマンスは、何が嘘で何が真実かという話ではありません。知らぬ間に自分も捕らえられているかも知れない閉塞感を振り切って走り出すために、「現実」のどれほど多くの部分が、あなた自身によって作り出されているのかを、改めて問い直すためのものです。
海と横丁の物語故郷の、海辺の町を舞台に、様々な人間模様や風景が描かれる。小池が故郷をモチーフに制作。日本という風土を強く意識させる。世界中の一流劇場で公演し続けてきた作品。演出家小池博史の原風景である、60年代の海辺の町をモチーフとした作品。 「船」とはその町と外の世界を結ぶもの、外の世界への出口でもある。ノスタル ジーに満ちた海辺の町の光景を詩情を湛えて描きつつ、人間の内にある素朴 で満たされな
宇宙にある変えられない法則の「時」の中生きてゆく万物や人を「画」くグランバルーン「自」らがデフォルメした作品をあるがままに「感」じてほしい
…の手触り
人と、人ではない、人の形をしたものの物語。沼津ラクーン8階という、街を一望出来る廃墟のような空間全体を舞台とし、この作品のために作られたチェロソナタの生演奏とともに、長井望美の人形とダンサーの安岡あこが出会い、言葉を交わさず、触れずに心を通わせるパフォーマンス。演出は目黒陽介。
一人の女性が成長していく過程を軸に、鏡のなかにみる“自己”という存在と他者の“眼差し”から見える自己存在との矛盾を軸に、“世界/全体”からみた自己と他者の入子構造を描き出し、”世界/全体”と個との調和と関わりについて無限に映し返す。ラヴェルの組曲「鏡」の作曲から100年を経て再解釈。音楽をヴィジョンとして読み解き、身体と映像を通して、音楽の向こう側にある物語を視覚表現とともに翻訳する。
ひろい世界の中の 星粒のような わたしの在り処(ありか)一番大きな面をまず、草原と、鳥たちの群れのラインで分離する。ところどころに、小さい花を散りばめる。上から順に色の名前を言う。また、音楽を添えてみる。いつか夢で見た場所と照らし合わせる。その中をそっと、歩いてみる。
「見えない壁」等の一般にイメージされるいわゆる「パントマイム」に囚われず、ダンス・コント・台詞芝居・歌・プロジェクションマッピング、そしてYouTubeでのメインコンテンツであるワンカット撮影といった様々なパフォーマンスをミックス。 パントマイムならではの身体性や空間の使い方を際立たせ、YouTubeのファンもそうでない人も、老若男女誰しもが楽しめるようなエンターテイメントを目指して構成されてい
-woody 主催によるパントマイム公演 ソロ作品とアンサンブル作品「道」による2部構成。 「道」はフェデリコフェリーニより 名作映画に刺激を受けた新たなる物語
「ストライプトストリート」(1986年頃) マイムトループ気球座
屋上から見える風景は、向こうの山とつながっている。巨大な空気が、その隔たりを埋めている。はるか遠くの山のきわに、この目の先が通り着く。小さく立っている、螺旋階段の貯水塔。貯水塔は本当は小さくなんかないのだ。階段を登る人がいる。その人と私とが、同じ空気でつながっている。一直線。ひと連なり。その人は、そのことを知っているのか。その人が吸う息は、私が吸うのと同じのか。隔てるもののなにひとつない、この隔た
海の匂いがたちこめる真夜中の遊園地に若いカップル(マコトとマリコ)が迷い込みみ、マリコを母と呼ぶ少女と奇妙な子どもたちと出会う。ふたりは子どもたちの遊びに巻き込まれる。「ワタシガ欲シイ命トハ、子どもヲ産マナイ子どもデス。ソレガワタシノ理想美ナノダ。ワタシノ流ス涙ノ上ヲ去ッテ行ク子どもガイルダロウ。デモソノ内情ハ他人ニ問ワナイデホシイ。ソレハ過ギ去ッタ父親かもシレナイ。未来ノ子どもカモシレナイ。」子
公募出演者と共につくる、群衆が主人公となる白昼夢のような演劇作品。街にはたくさんの人が蠢いています。交差点でふと顔を上げた時にそこにいる多くの人たちの人生を一瞬想像しようとする時があります。しかし信号は青になり、人々はどこかに去っていきます。これからさき出会うことのない人たちがなんてたくさんいるんだ!そんなことしか思えないまま日々は過ぎていきます。しかし、演劇でならその想像の先を、青信号の先を考え
Project Lotus idea
舞踏カンパニー山海塾の石井則仁、日本有数のシタール奏者ムー・テンジン、オーバーヘッドプロジェクター(OHP)を使用した空間演出のサ々キDUB平による、人間の根源にダイブするノンバーバルライブパフォーマンス作品。日本独自の文化とも言える舞踏、シタール奏者という異国の彩り、オーバーヘッドプロジェクター(OHP)というアナログ機材による空間演出を行うアーティストが、即興的で生々しいパフォーマンスを行いま
パントマイミスト二人が生演奏とともに繰り広げるマイムシアター
「H」は、human(人間)、hope(希望)、homeless(ホームレス)、hurt(痛み)の意。コロナ禍において増加する貧困生活者や苦しみを抱えた方達が心身の豊かさと希望を取り戻すきっかけとなることを願い、横浜・東京の公共空間を主とした8会場で、新人Hソケリッサ!新作ダンスパフォーマンス『ヒニヒリズム/今度会ったらロクでもない奴らと仲良くなりてえ・・』、映画上映、トーク、WS、展示を展開。
9.11の惨事から20年後の2021年9月11日に、尾竹永子は自身にとっては初めてモノローグ(一人語り)の作品をソロ公演しました。ハドソン川の川縁、かつてのトレードセンターがあったすぐ近くの公園で朝の7時と夕方6時に行われた無料公演です。 この場所は9.11の1年後にEiko and Komaが 野外公演した場所でもあります。その時と同じクラリネット奏者 David Krekauerが再び共演しま
けーきゅー。2019年から佐々木が取り組む「呼吸による音楽」プロジェクト。2021年度、譜面”kq”が第21回AAF戯曲賞 最終審査会ノミネート。2022年、冊子とCDでプロダクト展開。2024年、第14回せんがわ劇場演劇コンクール本選にて佐々木自身で上演。譜面は呼吸方法の指示テキストと並走する抽象的な物語で構成されている。耳に集中しながら呼吸を意識的に行うことによる内的な調整作用と、外部との「セ
「大きな絵を描き始めたのは夏だった」という「観る者」としての画家の視点と「大きな絵のモデルをしていた」という「被写体」としてのモデルの視点が、交錯するさまを描く。男女の心の機微を刻々と変化する空模様に喩えた詩のようにダンスは展開する。女は画家の言葉をかき消し、立場は反転。男は虚しく地を蹴り、女は精一杯空へと手をのばす。「Love is life that lasts forever」映画監督、デレ
モダンダンスのパイオニア、テッド・ショーンが歴史的なフェスティバルを創始したダンスセンター、ジェイコブズ・ピローは、2020年11月17日に火災に見舞われ消失した。この巨大な損失を記し、愛すべきジェイコブズ・ピローへのダンスアーティストと観客の思いを表すためにダンスフィルム制作が企画され、尾竹永子は雪に埋もれた焼け跡のなかで踊った。
-1997年フランスでレジデンス制作し初演されたパフォーマンス作品。舞台は何も無い真白な空間で、半円筒形に張られた白いスクリーンだけで構成される。強力なストロボ照明によるホワイトアウトの創出と強烈な音響・映像。「自己と非自己のボーダー」「生と死の間に横たわるグレイ・ゾーン」などに関するさまざまな考察が試みられた。 グループのリーダー的存在だった古橋悌二が、1995年の死の直前に書き残した次回作のコ
2016年に起きた津久井やまゆり園事件を題材にした作品。能力と命の価値を結びつける能力主義の問題に対して演劇には何ができるかという問いかけのもと、「私たちはともに生きていくことができる」という感覚を共有することを目指して制作された。「生産性のない人間には生きる価値がない」と主張する青年と、重度の知的障害を持つ青年の魂が音楽を媒介にしてまじりあっていく様子を描く。
風の庭プロジェクト2009
松尾芭蕉(1644~1694)の「奥の細道」の俳句を題材にした春夏秋冬の風楽作品。暗い細道を通り抜けた鮮やかな夏の彩。月日は百代の過客にして 行きかふ年も又旅人也 田一枚植ゑて立去る柳かな卯の花をかざしに関の晴着かな(曽良) 夏草や兵どもが夢の跡 五月雨の降りのこしてや光堂蚤虱馬の尿する枕もと蚕飼する人は古代のすがた哉(曽良) 五月雨をあつめて早し最上川第4回サンパウロ市立ダンス振興プログラム
流れこむ景色があなたのからだをつつんでとかす― 俳優・辻村優子によるリラクゼーション型パフォーマンス「ほぐしばいシリーズ」の第3弾。観客は施術台の上で横になり、テキストの発話と手技による施術を体験します。発話される言葉は複数人から採取され、実際には存在しない景色を描写。辻村の語りと施術の交差により、観客の感覚の中に新たな〈景色〉が立ち上がります。
世界で一番多くの言語に翻訳されている小説が、サン=テグジュペリ「星の王子さま」らしいです。有名な言葉「大切なものは目に見えない」、もしかしたら大切なものは言葉でも表せないのかもしれません。そんなサン=テグジュペリの言葉の世界からフワリと飛び立ち、ひねくれた僕の手によって大きく解釈を変えた黙劇「星の王子さま」。そうそう、あらかじめ言っておきますが、可愛い王子さまは出てきませんよ。
ある街角で人々にほほえみを贈る2人の大道芸人がいた。
就業人口約28万人、日本のGDP25%を占めるとも言う大手町・丸の内・有楽町エリア。この東京の中心で働く人たちは、何を考え、どのように生きるのか。 本作演出の倉田翠は、このエリアで働く30名以上のワーカーへのインタビューと11名の出演者=ワーカーとの約2ヶ月のワークショップを経て創作。有楽町のオフィスビルを”舞台”にしたパフォーマンスは、出演者と倉田とのコミュニケーションによって育まれる関係性から
過去にスペースノットブランクが上演した『舞台らしき舞台されど舞台』をセルフリメイクした『舞台らしきモニュメント』。「在る物」としての舞台を「現れる物」としてのモニュメントに代置し、上演(時間)と舞台(空間)の関係を見直そうとする純粋舞台。「舞台三部作」から変化した「物体三部作」の第一部。