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1951年、瀬戸内の小島。広島で被爆し九死に一生を得た栗原学は、教師の仕事を続けながら将来のことを思い悩む。朝鮮戦争の軍需景気に支えられている島の生活。同僚や東京で働く同級生の言葉。そして教え子の存在…。1957年に劇団民藝で上演され大きな反響を呼んだ傑作を、青年劇場ならではのアンサンブルで、さわやかに描き出す。
母は北へ 姉と弟は南へ この世の距離となるのか 湊を漕ぎ出す二艘の船 暗黒の歴史のうずに巻きこまれた あんじゅとづし王の 哀しき物語
詩人工藤直子さんの長編詩物語を3人の俳優達が19もの登場人物を自在に演じ分け語り分け、オカリナ・ストリングラフィ等の生演奏も加えて舞台化。1998年初演以来好評続演中です。 主人公はのろまな子猫のランと池の魚。出会うはずのない彼らが出会い、友情を育み成長を遂げますが…。ランの家族が魚を発見!満月の夜、命をかけた対決を迫られます。 その前夜、池のほとりに佇むランに魚が告げた「決意」とは?
おとうとなんて、だいきらい。あたしはすてごになって、すてきなおうちにもらわれるんだ。そういって家出した小さな女の子と、かわいい「すてごなかま」たちのぼうけんものがたり。
相愛橋のある横丁で傘屋を営む「おちょこ」は修理を頼みに来た客の「石川カナ」に恋をした。いつか彼女に「メリー・ポピンズの傘を持たせる」という夢を描きながらロマンチックな気分にひたるおちょこだが、瀕死の状態のところをおちょこに助けられて以来、傘屋に居候している檜垣は、カナがかつて人気歌手の子どもを産んだ挙句にショッキングな出来事を引き起こした張本人だと気づく。カナをめぐって次々と湧き上がる謎。おちょこ
目的のためなら手段を選ばない暴君と、権力の座に上りつめる新しい王。暴君を殺したのはいったい誰か───。シェイクスピアの歴史劇の面白さがぎっしり詰まったイングランド王リチャード二世の物語が、虚言・疫病・戦争に今なお翻弄され続ける現代を照らし出す。
都会の片隅に残され、今では粗大ゴミの不法投棄場と化した丈高い草の生い茂る原っぱで、予備校生のエイジは夜な夜なまっさらなキャンバスに映る影を写真に撮っている。それが彼の描く「19歳の絵」だ。ある夜、二人の男子高校生がベッドを捨てにやって来る。一緒に現れた女子高生を一人残し、彼らは去っていくのだが、やがて舞い戻ってきた男の一人・オサナイは「何してた?」とエイジに詰め寄る。エイジが女子高生・あきらと話し
「人を許すこと」を描いていると言われるシェイクスピア最後の作品。しかし本作で『テンペスト』とは、主人公プロスペローが自分は「許されない」存在であることに気づく過程であり、四大悲劇のドラマの諸要素が静かにちりばめられていると解釈。嵐(テンペスト)はプロスペローの心のうちに吹き荒れる。2015年初演、2018年にルーマニアのクライオヴァ・シェイクスピア・フェスティバルに初参加した記念的作品。
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陰陽の哲学を身体で表現したダンス作品。堕ちていくようで、浮いている。脱けていくようで、迎えている。消えていくようで、生まれている。世界の陰と光の謳歌。阿吽山水の宇宙。
[Story]伊勢をめざす旅に出た少年ワタル。奈良の山中で道に迷ったワタルは、不思議な生き物を見ます。導かれるままに辿りついた曽爾村で、ハルという腕白な子どもに出会います。2人は、村祭りで一緒に獅子舞を見たり、雨の中、秘密の洞窟を探検したり、ワタルは迷子になっていたことも忘れ、ハルと村中を巡ります。彼らを傍で静かに見つめているのは、成長して曽爾村を再び訪れたワタルです。成長した彼もまた人生の岐路に
清姫は、好きになった僧の安珍に再会の約束を破られ、彼を追ううち蛇に変身し、安珍の隠れた道成寺の鐘を巻いて焼き殺す。道成寺は和歌山県に現存し、多くの伝説がある寺。日本人はなぜこの物語が好きなのか? 「今昔物語集」や歌舞伎台本、郡虎彦「清姫」などの戯曲を編み込んだ、現代版のレビュー。
ある地方都市に住んでいるミツオは高校3年生で野球部のエース。キャッチャーのフジ、チア部のテイとはよく一緒にいる仲だった。テイはミツオへの思いを隠さずに突き進むが、ミツオは相手にしない。それを笑うフジ。そんな日常が、輝いていた。だが、ある日、ミツオは野球部の余興で女装をすることになる。ミツオはその時に感じた高揚感の正体を探っていく中、性同一性障害という概念を知り、自分が女なのではないだろうか、と疑念
17歳のいずみは、空を飛びたいと願っていました。空を飛べれば、どこか遠く、そう、ネバーランドのように永遠に大人にならない世界に行けると信じていたから……。いずみが空に手を伸ばし飛ぼうとすると、いつしかそこはピーターパンのいる世界、ネバーランドになっていたのでした。ルフィオ、トゥートルズ、エコーの迷子たち、インディアンのタイガーリリー、人魚のビスカ…そしてピーターパン。名前を聞かれたいずみは自ら「ウ
道化を一人従えて、夜毎に荒野をさすらう重ね着の王様。彼は『王様は裸だ!』という子供の声によって、国中の笑いものになり、今は城を追われて隠遁者となった、裸の王様だった。アンデルセンの『裸の王様』とドン・キホーテの物語をモチーフにし、理想と現実の葛藤を描いた作品。第36回岸田戯曲賞受賞作。
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
舞台は香港の九龍城砦を思わせるアジアのスラム、あるいは牢獄。ブルースに乗せた血みどろの男たちの生きざまを描くハードボイルド活劇として、不能の時代をブッとばすマシンガンのようにシェイクスピアを〈明るい虚無〉=世紀末に生き返らせる。
『路地裏BABY』路地裏に捨てられた赤ん坊。生きるために必死に泣いた。赤ん坊を拾った路地裏のおいちゃんたちは、泣きやまない赤ん坊を必死にあやした。そんなある日があったから、この赤ん坊は生きのびられたのだ。『路地裏LADY』かつて自分が捨てられていた場所に佇む女。どんな人たちに助けられたのか、知らない。だけど助けてくれた人たちがいたから、自分はいまここにいるのだ。捨てられた赤ん坊がLADYになって、
けーきゅー。2019年から佐々木が取り組む「呼吸による音楽」プロジェクト。2021年度、譜面”kq”が第21回AAF戯曲賞 最終審査会ノミネート。2022年、冊子とCDでプロダクト展開。2024年、第14回せんがわ劇場演劇コンクール本選にて佐々木自身で上演。譜面は呼吸方法の指示テキストと並走する抽象的な物語で構成されている。耳に集中しながら呼吸を意識的に行うことによる内的な調整作用と、外部との「セ
南の島。波の音・・・恋人同士の歌「トバリャーマが聞こえてくる。いよいよ女座長率いる旅の一座の幕が開く。突然眠りかけていた「あの時代」が呼び覚まされる・・・「いちゃりばちょうでー」とは出会えば皆兄弟、仲良し主義の意味。島の言葉だ。「アンマー達のカチャーシー」「朝未来」「風のユンタ」など沖縄を舞台にした作品を東演のために紡いできた謝名元慶福氏。92年の「アンマー達のロックンロール」以来の新作書き下ろし
ケラリーノ・サンドロヴィッチと緒川たまきが設立したユニット「ケムリ研究室」旗揚げ第1弾公演!俗世知らずのお嬢様と”乞食の王様”、大人のロマンティック・コメディ!
1958年、大阪砲兵工廠跡地。大阪城が見下ろすこの場所に、その「廃墟」は存在した。かつて、アジア最大ともいわれた兵器工場は終戦間際、大規模な空襲を受けて、見渡す限り巨大なコンクリートと鉄骨の、瓦礫の山と化していた。そしてこの「廃墟」に夜な夜な侵入し、鉄くずを掘り起こし、それを売って生活の糧とする朝鮮人集団がいた。通称「アパッチ族」―しかし鉄屑は国有財産。ついに警察が取り締まりを始める。漆黒の闇の廃
ケラリーノ・サンドロヴィッチと緒川たまきのユニット、ケムリ研究室の旗揚げ公演として2020年に上演された作品の再演。コロナ禍の閉塞感を吹き飛ばした多幸感溢れるロマンティック・コメディが一部新しいキャストを迎えさらにパワーアップ。
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MANKAI STAGE『A3!』
2.5次元ミュージカル/舞台
大阪・生野の片隅で、笑顔を忘れたはずの女が笑顔を残した。ある年老いた兄妹達が、長姉の死を目前に集まった古い家。時間が風化を止めた一室で語られるのは思い出話と、迫り来る現実の話。異国を異国のままに生きる者。異国を自国と選ぶ者。静止した部屋に散りばめられた謎。残された『今』の真ん中で、十代の子供達は去りゆく時代をただ見つめている。
舞台は、百貨店「MITUYOSHI」の従業員休憩室。 百貨店はパンデミックを何とか乗り切ったものの経営に行き詰まり、3年先の閉店が決まった。 この店の従業員休憩室を、警備員、清掃員、販売員、役員らが出入りする。
1人のキャストとその日の観客から1人を舞台上に招き、介護する/されることを舞台上に再現した『ツァイトゲーバー』、事前に村川から送られてきた手紙(指示書)に沿って舞台上の出演者が動く『エヴェレットゴーストラインズ』など、ドキュメンタリーの手法を用いながら表現の前提を揺さぶり、同時に生のリアルを追求する村川拓也。今回村川がリサーチの過程で注目したのは、文化会館で数多く開催される「ピアノ発表会」。そこに
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There is Room For Compromise.そこは、高校の図書準備室。ホコリをかぶった本がうず高く積まれたその部屋。めったに人がやって来ないこの部屋は、大っぴらにはできない"生徒指導"を行うにはうってつけの場所。発端は、ある生徒が書いてきた学級劇の台本。そこに描かれているのは恋人たちの物語。もしそれが異国の王子と姫の物語ならば問題はなかった。問いかける教師。何も答えない生徒。この一冊
青年団プロデュース公演 vol.8
劇作家・演出家の松田正隆が、自身の生まれ育った長崎を舞台に描き、1998年第50回読売文学賞戯曲・シナリオ賞を受賞した代表作。演出・平田オリザとのコンビは、前年、第5回読売演劇大賞最優秀作品賞を受賞した『月の岬』に次ぐ2作めとなる。職を無くし妻に家出される主人公と、彼を取り巻く人々の心情を、何気ない会話から細やかに映し出す。
1986年26歳にて岸田國士戯曲賞を受賞した川村毅による、翌1987年の新作『フリークス』はPARCO劇場提携により、パルコ・スペースパート3にて初演。翌88年ザ・スズナリにてDAISAN EROTICA Festivalと銘打ち、最新作『フリークス」と旧作『コックサッカー・ブルース』を同時上演。
建物の中に国境線がひかれた─ 何も変わらないはずだったのにね。 ある時ヤツがふざけて言った。『この線から出たらダメってことにしよう』私はわざと線から手を出してやった。ヤツは笑いながらその手を押し返した。そんな戯れを繰り返した。そしてそれからどれくらい経ったっけ?遊びたくなったので、私は笑いながら手を差し出した、すると……ヤツは突然殴り掛かって来た。一切の笑顔を消して。 見えない線。線とは何かを巡る
日本門町にあるスーパーCONNECTには今日も生活のために様々な人が集い、その数だけドラマが生まれる。何気ないけど懸命な人間模様がスーパーのあちこちで切り取られる。設定を渡された9人の作家が、同じ世界観で1つのスーパーマーケットを描く、ユニオンタイプ演劇!!!
アバカノヴィッチの母国ポーランドでの「アバカノヴィッチへの手紙」の公演。本作はアバカノヴィッチと元藤燁子との共同演出の作品として発表されてきたが、ついにポーランドに招かれての上演となった。ワルシャワで開催のアバカノヴィッチ展のオープニングに合わせての野外公演で、男性舞踏手の群舞と元藤のソロのダンスに、斎藤徹のベースと2本の箏(17弦)が加わり、悲惨な歴史の地ポーランドでの鎮魂の舞踏となった。
脚本執筆前の小沢佑太(脚本・演出)による宣言文(一部抜粋)です。「僕が初めて東北のまちを訪れたのは2014年7月、震災後4年目を迎える夏でした。あれから2年に1回、観光として東北に行っています。13年の月日が経ち、その間にも各地で大きな災害が毎年のように起こっています。そこにある小さな想いを汲んで、変わっていくもの・変わらないものに目を向けて、丁寧に繊細に素直に描いてみようと思います。」
ブルックリンの閑静な住宅街の一画に、アビーとマーサの老姉妹はちょっと頭のおかしな甥のテディと一緒に住んでいる。この老姉妹、町では人の良い慈善家で評判の二人。屋敷の前の「部屋貸します」の貼紙を見て、今日も又、寂しいお年寄りが訪ねてくる。テディの弟で劇評家のモーティマーは、こんな二人のおばあちゃまが大好き。隣に住んでいる牧師の娘エレーンとは恋仲で、近々結婚することになっている。そんな幸せな屋敷にある日
白虎社のイメージビデオ作品「ミラクルレポート」。ディレクション・編集は、ビデオアーティスト邱世原(きゅうせいげん)。「グルメ狂時代」、「ギガー」、「アリス」、「チャイナタウン」の4部作で、1986年の台湾ツアーの際に撮影された。
「学校はどちら?」って聞かないで…。花房市にある名門の県立花房高校と落ちこぼれの私立花房学園。その花房学園での文化祭で、いま、何かが起ころうとしている。NHKで放映され、大反響を呼んだドラマを作者自らが演出し舞台化。以来2000年のさよなら公演まで1050回の上演を数えた。
(フライヤーより)遠くはるか、生と死、地上と天上、地球と銀河を結ぶ銀河鉄道。ブームにさきがけ昨年上演し大絶賛をいただいた舞台が、賢治生誕100年の今年、もう一度よみがえります。ぜひ、お見逃しなく。
桜田門に始まって、京の都では連日連夜の血の嵐が吹き荒れ、とうとう1867年維新回天に至った日本はすっかり身も心も生まれ変わるわけだが…同年、戊辰の戦真っ只中の祖国を遠く離れ、パリで開かれた万博に日本は初めて参加していた。幕府肝入りの日本文化遠征軍。中でも目玉は、当時フランスでのベストセラー「三銃士」を和風に表現しようという、何とも無茶苦茶極まった、名も知れぬ幕末浪人達による「お芝居」の上演だった。
東京都のゴミ収集袋に指定がなく,中身の見えない黒いゴミ袋が全盛だった1990年。うち捨てられた失踪中の弁護士、ゴミ収集を生業とする者たち、夜ごと集まり「パパ」と呼ばれる初老の男にゴミを届ける娘たち、娘を探す夫婦・・・ビルの谷間の高架下で出会った孤独な魂が、救済の雪を待望する。同時に「不特定多数の娘を持った『リア王』の物語」として、フェミニズム問題をも視座に入れたシェイクスピア作品への新解釈を示す。
その恋、気のせい!?いいえ、木の精のしわざかも・・・妖精、悪魔、人間が繰り広げる、SPAC「祝祭音楽劇」の真骨頂!世界的に活躍する劇作家・演出家の野田秀樹が、シェイクスピアの恋物語を大胆に潤色。富士山麓の「知られざる森」を舞台に、原作には登場しない悪魔メフィストフェレスを忍び込ませ、見る者を夢と悪夢のはざまへと誘う。その巧みな言葉遊びに、宮城聰ならではの機知に富んだ演出と躍動感あふれる打楽器のリズ
明治大正を代表する女流作家 与謝野晶子。彼女の才能を見出した与謝野鉄幹。2人は夫婦となり日本文学界にその名を起こす文芸誌「明星」を創刊。写実主義が強い時代にあって浪漫派を牽引する働きをした。しかし流行作家となっていく晶子の影に隠れ、鉄幹は自身の作品が書けなくなる。晶子という大きな才能の前にスランプに陥る鉄幹。そんな彼を支える晶子だが、やがてその関係にもすれ違いが生まれ――。 激動の時代を駆け抜けた
12年前(1992年)に第14回公演を最後に解散した劇団健康が、一度限りの復活公演、と題し、当時の劇団員が集結しナンセンスを極めた作品を上演した。健康を解散後、主宰のKERAはナイロン100℃を旗揚げし、健康時代とは異なる様々な作風の演劇を上演しているが、本作ではナンセンス・コメディをひたすら追求したものとなっている。小津安二郎の「東京物語」をナンセンスに振り切った物語を縦軸に、支離滅裂な世界がそ
ヘルシンキ市立ダンス・カンパニー委託作品。古川あんずは同カンパニーからの委託で1994年には『春の祭典』を、1995年には『KEPPI(杖)』を振付けている。本作では、アマゾン河で見た色が交わらないまま流れる水やアフリカの女性が壺に朝露を集める姿、ヘルシンキ沖の凍った海など、古川に印象を残した様々な「水」の体験が下敷きとなっている。Act1退屈した男 / 心の誕生 / 隻手音声 / 水の神話Act
主宰の金滿里が、「7・26 相模原やまゆり園19名障碍者大虐殺事件」をきっかけに、自らの障碍児収容施設での体験をもとにして生み出した作品。障碍者施設の孤独と恐怖の象徴である「アボタカの足」が、閉じ込められた空間から脱走し、太古の森へとに逃げ出す様を描くことで、生き方に「生産性」のタガをはめてくる世の中に対し、身体表現をもって、答えを提示している。
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Futuristic Space は、時間が止まった世界の物語 です。どの時点で起こったことなのか、誰にもわかりません。ある、とてつもない出来事によって、色々な場所から見知らぬ人々が集まります。それぞれ が、複雑で暗い過去を隠し持ったまま、新たな現実 と向き合うのです。彼らは協力しあって、できる限り普通に感じられるような世界に似たものを作ろうとします。一人一人が抱える過去は、この物語を通して明らか
生まれて死ぬ。根源的な営みのダンス踊りの原初的な衝動や身体と結びつくような黒田育世振付による作品創造を中心に、2002年「旧バニョレ国際振付賞」横浜プラットフォームでの《ナショナル協議員賞》受賞をきっかけに活動を本格化したカンパニー。2017年初演『THE RELIGION OF BIRDS』は、チベットに伝えられる経典「鳥の仏教」をベースとしている。食べる、生きる、死ぬ……鳥たちによる祈りと魂の
昭和庶民伝三部作 第二作
進駐軍の占領下で、今日を生き抜くために人びとは闇の売り買いに必死だった。親を亡くし、子を亡くし、夫を亡くし、友を亡くした人びとが、世の中の新しい枠組みの中で、無我夢中に生きていた。ひとり息子の健太郎を戦地に失った愛敬稲荷神社の神主牛木公磨も、今では近くに住む五人の未亡人たちと寄り合って、闇米の調達に奔走している。そんなある夏の日。思いもかけず、死んだはずの健太郎が愛敬稲荷神社にひょっこりと帰還する
約300人の中から選ばれた13歳から34歳までのあたらしい俳優たちと、全編関西弁に書き換えられたあたらしい言葉たち。アイホールから出発するあたらしい「みず色の空、そら色の水」
慶応二年冬、駿州清水仲町次郎長宅から祝言の歌が聞こえているが、現れた若い渡世人綾太郎は甲州黒駒一党の不穏な動きを告げる。次いで現れた新徴組取締役山岡鉄太郎が徳川の為に一肌ぬげと次郎長を口説くがはねつけられる。婚礼の夜は一転血しぶき散る修羅場となった。宿敵の出入は多数の死者を出して一旦おさまるが、次郎長の怒りはやがて伊勢荒神山の決闘へと発展する。喧嘩出入りに明け暮れる次郎長だが、時代は江戸から明治に
1960年の創立10周年記念公演から30年ぶりとなる名作『どん底』を劇団創立40周年記念公演として新演出で上演。巡礼ルカ役の滝沢修、をはじめ劇団の総力を挙げて臨む。人生のどん底とも言うべき木賃宿。泥棒、男爵、役者、帽子職人、錠前屋、靴直し、荷かつぎ人足、浮浪者、宿屋の主人等がいて、そこで酔っ払い、いかさま博打、そして喧嘩。男たち、女たちが織り成す人間模様。そんな宿に旅の巡礼ルカが現れる。
2013年、大阪国際児童青少年アートフェスティバル2013 TACT/FESTにて、「子供の心が動く大人の作品」というコンセプトのもと“児童劇”として制作された演劇作品。飴屋法水本人と、パートナーであるコロスケ、そして娘のくるみの3名というリアルな家族によって演じられる本作は、ドキュメンタリーとフィクションの境界を行き来しながら、ある家族の朝ごはんの風景から始まり、やがて家は教室へと変貌する。生き
(フライヤーより抜粋)明るくていつも元気いっぱいのプリンさんは、昼間はただのケーキ屋さん、でも夜になるとホーキにのって夜空をかけめぐる魔法つかい。ある日、トンダはかせがプリンさんのもとに相談にやってくる。自分の作ったタイムマシン・トキジロウにのって、サッカーが大好きな小学6年生のアキオが、30年前の世界に行ってしまったのだ。
舞台「D.C.Ⅲ ~ダ・カーポⅢ~」
2.5次元ミュージカル/舞台
会社でうだつのあがらないトキオは、レイコに思いを寄せながら、自分が彼女にふさわしい男だと思えない。ある日、永遠の時を手に入れられるという「神になる本」を目にしたトキオは、輪廻転生を信じ、意を決してビルから飛び降りる。こうして生死を超えて、愛する人を追い続けるトキオの旅が始まる。だが、それは「オイディプス」「ロミオとジュリエット」、はたまた「サザエさん」といった、すべて「あらかじめ用意された物語」を
世田谷パブリックシアター+KERA・MAP
1936年(昭和11年)の秋。日本のどこか。東京から遠く離れた、ちいさな島のちいさな港町。この町にたったひとつだけある、ちいさな映画館「梟島キネマ」。この映画館の常連客である森ロハルコは、時間があれば客席に座り、繰り返し上映される同じ映画を観ている。洋食店に勤め、失業中の夫の生活の面倒もみているハルコにとって映画だけが唯一の楽しみ、映画を観ているときだけは夢を見ることができた。今日もまた、ハルコは
鈴木忠志率いる劇団SCOTとインドネシアの俳優による、2021年11月に初演された国際共同制作作品。劇団SCOTは2015年から5年に渡り鈴木忠志演出、日本・インドネシア・中国の俳優による『デュオニュソス』(国際交流基金アジアセンターとの共同企画)を制作。この成果をさらに発展させるべく、インドネシアのプロデューサー、レスツ・クスマニングルムのもと継続的に「スズキ・トレーニング・メソッド」の訓練を行