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第32回読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞した話題作『養生』の全国ツアー版。原体験をもとにショッピングモールや百貨店の内装夜勤現場を舞台に描いた本作は時間と空間が交錯しながら選択肢の少ない現代を生きる人々の姿を鋭くもユーモラスに映し出す。第68回岸田國士戯曲賞を受賞した池田亮がゆうめい結成10周年の集大成として戯曲・演出・美術をさらに進化させた、新たな代表作をカンパニー初となる6都市全国ツアーで上演。
東京芸術祭2022 芸劇オータムセレクション
現代社会におけるコミュニケーションの諸問題を独自の手法で描き出す劇作家・山本卓卓のテキストと、老若男女から電車や犬に至るまで25役を巧みに踊り演じ分けるダンサー・北尾亘の身体がコラボレート。国内外を旅して再演を続ける、演劇×ダンスの異色傑作。
竹生企画第四弾
竹中直人×倉持裕×生瀬勝久竹生企画第四弾新作公演2025年11月本多劇場にて上演決定!「終わり」がちらつく小惑星の衝突によって世界が滅亡すると発表されてからしばらく経って、だったらこれまでしてこなかったことをして生きようという者と、これまでと変わらず生きようとする者とに分かれ、それぞれ別々のブロックで暮らすことになる。舞台は後者のブロックにある一軒家。滅亡までは約三年。「終わり」が目の前をちらつく
『聖ミカエラ学園漂流記』は、数十人の女生徒たちによる反逆のカーニバルを描く。それは暗黒の宝塚による金網デスマッチに駆け抜ける少女十字軍の叛乱なのである。悪魔と手を結ぶトリックスターには、美少女・美加理が扮し、「聖ミカエラ学園」は音を立てて崩れる。30余の女子中学生、女子高校生たちが歌うものは果たして何か? そして彼女たちは、どこに漂流するのか? 讃美歌と文部省唱歌の交叉する中、美少女・美加理が火を
2020年第20回AAF戯曲賞特別賞を受賞した作品。コロナ禍による緊急事態宣言中の2020年の日本を主な舞台に、当時を生きた人々へのインタビュー、ニュース、社会情勢をもとに書かれた50本の短編作品を、長編として編纂したもの。緊急事態宣言中にDV避難を余儀なくされた若者を軸に展開される、コロナ禍を舞台にした群像劇。
KAAT神奈川芸術劇場プロデュース
あの名作のリメイク決定版⁉KERAが新たに読みかえる「ドン・キホーテ」を、個性と実力を兼ね備えた俳優陣で上演!
さいたまゴールド・シアター第4回公演
近未来。安楽死法が施行された日本では、老人は延命医療よりも「最適な死」「りっぱな最期」をのぞむように求められていた。エコロジーという名の下に排除され、それぞれの場所で追いつめられていく老人たち――。そんな時、ある老人ホームでかつてのアイドル歌手の死亡が報じられると同時に、その死には不審な点が多いことがわかった。元ファンクラブのメンバーたちは彼女の入所していた老人ホームに乗り込み、謝罪を要求するにと
カナダのある町の法廷、被告席にいるのは若いネイティブ・インディアンのリタ・ジョー。判事の尋問の間、リタの回想は限りなく膨らむ。あるときは故郷の部落での懐かしい日々、、あるときは町に出てきてからの辛くみじめな暮らしだったりーーいつしかリタの罪名は次々と増えて行く・・・。けれどどんなに判事に諭されてもリタには罪の意識が確かなモノとして存在しない。文明社会の価値観が、自然のままに生きてきたネイティブたち
本公演
後悔は再生にたどり着けるか。人は誰でも過ちを犯す。その最悪の一つは偶然の巡り合わせであれ過失であれ他者の人生を踏み躙ること。自らが加害者であったことに気付いた時、良心ある人間は後悔する。ただし後悔の深さはそれぞれだ。人類が後悔を失った時、そこには文明の瓦解が待ち受ける。トルストイは良心によってこの瓦解を食い止めようとした。抱月はわが国の近代化をまず良心の浸透に求めようとした。文学者たちは、志半ばに
ダンボールで出来たカラフルなタイルで彩ったプールを劇場に作りあげ、観客はプールサイドから観劇する。妖艶で退廃的な”ROMANCEPOOL”に満ちる生命エネルギー。FUKAIPRODUCE羽衣初期の名刺代わりの作品。
僕は、あくまで僕が行う演劇において、社会や未来や観客や人類に対しての「問い」を持つべきだという考えに取り憑かれて創作をしています。年齢や出身地なんか関係ない。運命や希望や絶望などとも関係ない。僕だけのオリジナルな、完全無欠かつ純粋無垢で邪悪で妖艶で現実的で蠱惑的で幻想的で残酷な「問い」を持つこと。かといってそれはさも「問い」らしくあらないこと。「問い」ぶらないこと。「問い」を生み出そうとか、そうい
転校してみたら常識が通用しないやつらばかりだった。試験中に歌いだす不良、すぐに刃物を探す少女、ずっと話さない男。新しい環境に戸惑っていると、一人の教師が言った。「じゃあ、演劇部作る?」その一方で、家は崩壊しようとしていた。水は、すぐそこまで来ていた。フィクションを超える現実と戦う人々に送る 全然笑えないコメディ。「もう笑うしかないよ。だって、水浸しなんだもの。」
劇作家・演出家のケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)が書き下ろし。高度経済成長前夜の、パワーを内包し、どこか不穏でノスタルジックな昭和32年の東京・新宿。混沌とした時代、軽演劇の劇団「三角座」を舞台に喜劇人と彼らを取り巻く人々が織りなす、哀しくて可笑しい群像劇。
TRASHMASTERS vol.35
とある町。原発の産業廃棄物受け入れによる交付金で図書館や劇場など公的機関の建設を目論む首長は、受け入れに対する反対勢力との会合に参加した。会合は互いに相容れず散会に終わる。やがて、産廃を受け入れて町興しをしようとする市長側と、反対勢力の間で町が二分する……。震災から10年が経ち、東北では原発が再稼働するという。これは幸福か、それとも……。狂おしいほどに駆け引きが横行する町に未来はあるのか……。
サミュエル・ベケットの20世紀を代表する戯曲「ゴドーを待ちながら」を下敷きに、待たれている男の一人芝居を描いた、いとうせいこうの92年の傑作「ゴドーは待たれながら」。KERAが10年以上にわたり大倉を口説き、この伝説の舞台が蘇りました。 本作品にゴドー以外の人物として唯一登場する「声」役は、芸劇の芸術監督でもある野田秀樹。いとう×KERA×大倉×野田の最強の布陣でお届けするナイロン100℃結成20
少し未来のとある国の話。徐々に下がる婚姻率に危機感を覚えた政府は「互助・共助のための結婚法」を立案、施行しようとする。それは、性別や人数、恋愛関係の有無に関わらず、ケア関係にある人間たちが「結婚」できることになる法律だった。家制度や恋愛から解き放たれた「結婚」はより多くの人生を生きる方へ導くのか。シェイクスピア『夏の夜の夢』と同じ名を持つ登場人物たちで語られる「結婚」についての物語。
椿組2019年夏・花園神社野外劇
戦後生まれの初の芥川賞作家・中上健次の熊野三部作「岬」「枯木灘」「地の果て至上の時」を元に青木豪が纏め上げた熊野に生きた男の物語。芙蓉咲く紀州・熊野の「路地」で、地を這うように生きた”秋幸”という男とその家族の「血の物語」である。「この土地が、山々と川に閉ざされ、海にも閉ざされていて、そこで人間が、虫のように、犬のように生きている。」中上健次・作「岬」より。血と地の因習の中から抜け出そうとしても纏
ある出入国在留管理局で、外国人が死亡した……。留学生であった彼女は、体調不良になり仮放免による外部の医療機関への診療を求めていた……。何故、彼女は入管内の医療機関で診療されたのか。入管内部の実態に、ある記者が迫る……。
あらすじ転校生のグミは修学旅行に行ったことがなかった。友人の卓球、カニカマ、マド、庭っち、カッパの6人で2026年東京にニセ修学旅行に向かう。ニセ修学旅行以来会ってない友人たちは10年後居酒屋で再会する。そこにグミはいないが、なぜか彼らの話がわかる。思っていることがわかる。グミは友人たちの話を語りはじめる。
これはたぶん、ストーカー的に誰かを好きな女の人の話で、その恋は全く報われていない、報われる気配がない(というか相手が実在するのかも怪しい)、のだけれど、それゆえにかえって独自の深化をとげて、不思議な塩梅で彼女を支えています。それは、執着といえば執着で、でも不思議とねじくれたところなくスキッとしている。他人に迷惑かけてない。ヘルシー!すっかり擦り切れて、ヤサグレかけていたところに降りそそぐ、甘い露。
ゴミが生きる町=ダストタウン誰が呼び始めたのか、そう揶揄される荒んだ街で人々は絶望の中にあった。頻発する戦争と長引く不作の影響で深刻な経済危機の中、悪政は第3身分の市民たちに重くのしかかり、誰もが明日を生きる気力すら失いかけていた。ただ一人、ダストタウンの少女・イトハをのぞいては…解けぬ呪縛、境界が敷かれたどん底の時代で、ただ真っ直ぐな愛に突き進む一人の男の、悲哀に満ちた破滅の物語ー
同棲相手がハトにしか見えなくなってしまっている佐智子は、マスコミがセンセーショナルに報道を続ける事件の国選弁護を担当することに。しかし、被告女性はあいまいな供述を繰り返すばかり。重要参考人の松川の記憶から関係者の調査をはじめた矢先、別の事件で十年近く逃亡を続ける指名手配犯の存在が浮き彫りとなる。細い糸をたぐるようにして彼女が辿り着いた先には、社会の隙間に落ち込んだ人々の織りなす回廊が、人間存在の深
本作は、大学卒業を前に海外に卒業旅行へ行く男子学生たちの旅行劇。彼らには、友人の1人を急性アルコール中毒で亡くした過去がある。友人を殺してしまった罪悪感によって彼らは絆を深めてきたのだが、その絆は友情なのか友情とはまた別のものなのか、そして彼らの絆は卒業とコロナ禍を機に消えてしまうのか。コロナによって奪われ消えてしまった尊い時間や、家族・友人との絆や記憶について観客に考えさせる機会を創出したい。
新宿・歌舞伎町を舞台に、夜に籠る人々とエレメントたち。デリヘル「新宿セミヘブン」のヒカリ、ララ、新入り・似鳥さんを軸に、嘘とフェイクが交差する。誰かが願った“雨”が街を島国に変え、仮初の住人たちは潮騒に耳を澄ます――プレイタイムが終わるまでは。
開校50年という節目に廃校する高校。最後の卒業生とかつてその高校に通っていた者の魂たち。出会いがあれば別れがある。「さようなら」の向こうに、何があるのか。そこに残る余韻は、どこにつながっているの。時を超え生死を超えひとつの終焉を共有する人々の、「接続」をめぐる物語。フルキャストオーディションを経て数百名の中から選ばれた24名。2チームによるダブルキャストでお届けします。
いい仕事をすれば、出世したり評判が広まったりして、更に大きな仕事を任される。この言葉は、きっと、そんな感じのことを意味しているのだと思います。だったら、フリーターにとっての報酬は・・・?通販のコールセンターを舞台に、出世も昇進も関係無いフリーターの視点を通し、「人は何のために働くのか」を問う、仕事にまつわる群像劇。
なんでだろう。この部屋が、どうしても嫌いになれない。繁華街に佇むそのアパートの一室は、隣に建った看板のせいで窓からの眺めがまるで見えなかった。毎夜看板の光が色とりどりに揺れるその部屋で、伊野夏子は死んだ。二十歳を迎える少し前に、彼女はしずかに幽霊になった。数年後。そこに引っ越してきた津島一郎に自分の姿が見えていることに、夏子は気付いた。一朗は恋人を持たず、友人も少なかった。夏子は彼を気に入った─約
歌人で劇作家の吉井勇が実在の落語家を主人公に描いた小戯曲「句楽もの」から数編を構成したオリジナル上演。浅草に住む噺家の俳諧亭句楽と仲間たちとの様々な騒動、やがて精神が乱れ病院に入院した句楽が、現実社会が反転したような世界に心を幻惑させていくさま……魅力的な芸人と彼を取り巻く市井の人々の生活風景を描いた戯曲に、現代を生きる私たちが忘れ去り、捨て去ってしまった江戸の文化の名残と精神をみる。
「隅田川 森羅万象 墨に夢」プロジェクト企画
観世元雅によって書かれた室町時代の能「隅田川」を原案に、現代の母親・子供、そのあり方を考える舞台作品。原案で象徴的に描かれる、子供を失くした母親の『涙』を中心のモチーフに置き、同じように子供を失くしても泣けなかった(愛することができなかった)母親を主人公とした。そして相思相愛ではない親子の形と彼らが生活する社会システムを提示し、現代の諸問題を取り上げた。製作にあたり、隅田川、木母寺、隅田宿など物語
2024年新札発行モデルの津田梅子を扱った舞台上演は関西ではまだほとんどなく、加えてその生涯を知るきっかけもあまりない。彼女は「津田塾大学」の創設者である以上に「日本の女性教育の向上」に大きく貢献した人物でもある。その生涯の一部を新進気鋭作家・南出謙吾が描くことで今の社会に「女性の地位」に対して改めて一石を投じたい。
「エバーグリーンONLINE」というネットゲームの世界とそこに集う現実の人々のそれぞれの生き方が交錯する群像劇。2006年に同劇場で上演されたシアターシンクタンク万化の「エバーグリーン・オンライン」を大幅ブラッシュアップ。
あらすじいなくなった親友にそっくりのヒサダさんに出会うカップル。夫がいなくなり、姪と暮らしている女、近所に住むおばさん。日常がちょっと変に歪んでいく、ふたりの遠出。遠くに行きたいけど、行けない。今いる場所に、かつていた場所が重なっていく。これは都市生活者冒険譚である。
その男に世界が注目する。メールボックスには数多の言語が飛び交い、オフィスには世界中からやってくる。その理由はただ一つ。彼が世界最高峰のクリエイティブ・ディレクター。であるということ。
有名なカレー屋に向かうカップルがいて、手応えのないライブを終えたバンドマンがいて、劇団で売れようとしてたのに一人だけ事務所に入って後ろめたい役者がいる街で、「まぁそんなことはほっといて銭湯でも行こうよ」とはしゃいでると「うるせぇんだよ」とヤバイ目をした男に絡まれる。あーあと思ってツイッターを見ると噂がかけめぐっている。「下北で向井秀徳が路上ライブやってるらしい」 2010〜2020年のあいだに移ろ
芸術家の価値とは何でしょうか?一体何の為の創作活動なのでしょうか?私は制作の価値について考えた。めまぐるしく移りゆく現実の前に虚構の物語というものが必要であるか否か……。
椿組2025年春公演
1944年。太平洋戦争真っ只中、偽国(ウェーマン)と呼ばれた満州国、満州映画撮影所。そこでは多くの日本・中国人の若きスタッフ達が働いていた。・・・だが両国の文化と風習の違い、日本人同士の譲れない矜持。とかく事あるごとに彼らは衝突し揉め合い現場はいっこうに進捗しない。そんな中、戦況は刻一刻と厳しくなり撮影現場も次第に戦争の影に覆われていく・・・。果たして映画は完成するのか……若き映画人達の運命は・・
椿組2023年春公演
「あんた、わたしの一生は小説よかもっと小説のごたるばい」 老女たちは薄羽かげろうのような私をはじきとばして、目のまえにずしりと坐りました。その姿には階級と民族と女とが、虹のようにひらいていると私には思えました。 『私は何かを一生懸命に探していたのです』・・・・森崎和江著「まっくら」より。 戦後、筑豊に生きる女炭坑夫ら百年の聲を聴き歩いた森崎和江。 彼女の出逢った男と女の物語・・・「負けられるか!」
都内などで原因不明の高齢者連続死亡事案が発生した。死亡した全員の容姿がまるで若返ったような状態であること、彼らが同じ地区出身者であることが浮かび上がるー。調査のため、市役所職員の前田とともに山奥の集落に向かった佐知子は大雨の中、事故に遭ってしまう。ぼんやりと揺れる灯りの先に見たものは……。日本限界突破集落地獄外道祭文‼
椿組2019年春公演
昭和11年。2.26事件前夜、若者は東京へ降り立った。そして事件、帝都では戒厳令が発せられ首謀者15名に銃殺刑執行。やがて時代は不穏な霧に包まれ坂を転げ落ちていく・・・大陸の事変、それは日常。そんな中、若者が飛び込んだ先は浅草花月劇場、そこには「アキレタヤツラ」が居た。若者は数多(あまた)のものに出会う。文学、詩人、大衆芸能、築地の演劇人、転向者、踊り子、そしてマドンナ・・・北海道・稚内、浅草花月
とある町の外れにあるおもちゃリサイクル工場。いつもの社員と派遣パートの女達が働く部署に、お仕事マッチングアプリに登録したばかりの68歳の男が初めて仕事に来る。「おもちゃが一つ足りない」という些細な事件をきっかけに隠れていたそれぞれの心の中がみえてきて...。音楽やダンスも取り入れて客席と一体になる今作は子どもの心も掴み大人の心にも響く。人々の日々の営みをユーモアたっぷりに描いた、パショパショ流プロ
坂あがり相談室 plus
急な坂スタジオ主催の支援プログラム「坂あがり相談室 plus」に選出され、20日間滞在して制作された演劇展示作品(インスタレーション)。「街を記述すること」を指針に、作家がスタジオ周辺をリサーチしつつ戯曲を執筆。本物の要素と作家の想像によるフィクションを交錯させ、架空の街を創出した。模倣しようとして失敗した街と現実の街。本物にフィクションのインクを落とすことで輪郭が曖昧になり、やがて“新しい街”が
横浜にある西洋風のホテル「青猫亭」を経営するマダムのお篠は、かつて木戸孝允の愛人でもあった。明治8年のある日、このホテルにピストル強盗に入った守上一馬はひょんなことからこのホテルで働く身の上となる。やがて彼の拳銃が、かつて坂本龍馬が所持していたものだと判明する。グランドホテル形式の群像劇。
本作は、脳外科医ペンフィールドが提唱する「脳内のホムンクルス」という概念から、脳との繋がりの中で、本来は一番大きな面積を占めると言われる手、指先の「触覚」に着目した。未曾有の感染症の影響、テクノロジーの発達において、人と触れ合うことが圧倒的に減った今。「触覚の不在」をテーマに、現代社会を生きる「私」という人間のあり方、人との繋がりについてダンス、美術、映像、音楽から思考した作品。
2018年10月に初来日した演劇集団アルテ・エ・サルーテの『マラー/サド』が、日本との共同制作により映像作品に。精神科病院を撤廃したイタリアで、自ら障害と向き合う人々が創り上げた舞台は、状況が大きく異なる日本の観客にも強烈なメッセージを投げかける。
六人の修道女を巡るマジックリアルな群像劇いつかわからないが、一世紀ほど過去を思わせる。どこかわからないが、ヨーロッパを思わせる山の麓に建つ、山荘。その石造りの山荘は半世紀ほど前、村の人々によって建てられ、以降も村人が管理している。かつては祠だったその場所は、キリスト教で言うところの聖人をまつり讃えるべく建てられた。ちょうど百年前、村の長老が病に倒れ、ある修道院から修道院長が呼ばれた。彼女の祈りによ
青山円形劇場プロデュース
120名の女子高校生が参加した「青山演劇ワークショップ」で選抜された21名が、平田オリザ戯曲特有の「同時多発」会話で繰り広げられる群像劇に挑み、話題を集めた作品。ある日、クラスにおかしな転校生がやって来た。「朝、目覚めたらこの学校の転校生になっていた」という。カフカの『変身』をモチーフに、最も多感な年頃の感性を、彼女たちの実際の生活に取材しながらユーモアたっぷりに描く。
歴史でも物語でもない。福島のいまを受肉し、「出来事」にする フェスティバル/トーキョーでの上演も3年目を迎えるマレビトの会の長期プロジェクト『福島を上演する』(2016-)。複数の劇作家が福島に赴き、それぞれの視点から現地のいまを切り取った短編戯曲を執筆。ごくシンプルな空間で、俳優の身体を通し、「出来事」として出現させる試みは、現実と演劇との関係はもちろん、戯曲と上演、写実と創作の関係、とりわけ俳
『御社のチャラ男』は、2020年刊行された絲山秋子の連作短編小説。章ごとに語り手が変わる群像劇。地方の小さな食品メーカーに社長のコネでやってきた営業統括部長は、社内で、ひそかにチャラ男と呼ばれている。組織に属する「私たち」が、「彼」を語ることで見えてくる、社会に生きる私たちの現実。東京芸術劇場芸術監督・野田秀樹が立ち上げた東京演劇道場にて試演した作品を、ブラッシュアップした本公演として上演。
マグカル・シアター in KAAT
神奈川県で実施している“マグカル・シアター”の中から年間一団体にKAATでの上演機会を提供する“マグカル・シアター in KAAT”に選出されての創作。この作品は人類学者の深海菊絵氏監修のもと「ポリアモリー(POLYAMORY)」(同時に複数の人と合意のうえで愛の関係を築く生きかた)について描かれた演劇です。今作では、他者がどのように世界に触れているのか、という問いを演劇でひろげています。
昭和のはじめ、食いつめて“自分を売る”より仕方がなくなった男たちが、函館の港に集まってきた。博光丸は荒海でメリメリと音をたてて鳴っている。重労働と粗悪な飯で身体を悪くした漁夫や雑夫が、何人も北の海で死んでいく。「このままでは殺される」遂に自分たちの力でストライキを起こし“要求”を突き出した。しかし、待っていたのは味方と思っていた帝国海軍による弾圧と逮捕であった。だが、彼らは立ち上がった。もう一度。
生命保険会社「第三生命」でしのぎを削る保険営業たちはリスキーな日常に陶酔し麻痺していた。新年度、営業部に社内初の女性部長が誕生する。ヘッドハンティングされてきたのは保険営業のプロと保険営業の素人だった。対極の女性部長が二人。新体制となった営業部を舞台に言葉のガソリンで回り続ける保険屋たちの群像悲喜劇!ステージ上に2つの可動型高座を組み、2人の講談師によるピアノの連弾ならぬ、講談の連談演出に挑みまし
岸田理生アバンギャルドフェスティバル リオフェス2024
寺山修司作「身毒丸」を岸田理生が台本を脚色、改定し、1995年、蜷川幸雄が演出、武田真治、白石加代子の主演で初演が公演、日本のみならず、ロンドン、バービカン劇場で大絶賛を得て、藤原竜也を天才新人と言わしめた。そんな「身毒丸」が令和の時代に「野外劇 身毒丸R」として復活。うだるような真夏の夜、月と星の灯りの元に夏風さやり、虚構と現実が蕩け合う。時代を廻り、世界の果てを越え、母子の物語は、何処へ辿り着
青森県舞台芸術創造発信事業 PROJECT NOVEMBER'98公演 弘前劇場プロデュース vol.3
県内演劇人の共同作業で演劇を制作し、県内外で発表する『青森県舞台芸術創造発信事業』( PROJECT NOVEMBER'98)の公演。舞台はとある地方の湖に面した瀟洒なホテルのロビー。ひとつの家族の集合と離散を主旋律にして、いろいろな変奏曲が様々な登場人物によって演じられる。複雑に絡み合う物語を通して、一見平板な日常が、個人にとっては劇的な空間であることを描く。
「生きづらさ」を抱える大人たちが、オスカー・ワイルドの『サロメ』をモチーフに、演劇を作りながら、時にはいさかいなども起こりつつ、互いに励まし合い明日へと生きていく姿を描いています。演出の扇田拓也さん、音楽の後藤浩明さんをはじめとした出演者やスタッフの力により、「生きづらさ」に苦しむ人を描きながらも「優しさ」を感じさせる演劇作品になっています。
東京に、大きな空のあったころ。祖母から聞いた話と、祖父から聞けなかった話。その光と影を紡いで結ぶ物語。銭湯帰りに見上げる月を、ライカ犬を乗せた宇宙船スプートニクが横切ってゆく。この高台の町の片隅に、戦前から続く工業所を営む一家が暮らしていた・・。作者が自らの系譜を辿り、曾祖父母の人生をモチーフに創作。昭和四十四年の夏と、昭和三十三年の春夏秋冬を舞台に、戦後を生きた市井の人々を瑞々しく描く群像劇。
シャッターが目立ち始めた駅前商店街のある町。変わらない車窓に流れる風景のような毎日を生きる母。そんなレールから、分岐を切り替えた「わたし」を責めるように響きわたる踏切の音。そして母が、わたしが目指した場所は…「笑っちゃうほど滑稽で、泣いちゃうぐらい いとおしい」物語。
2018年夏。33歳、独身、彼女なし、アルコール中毒、元詐欺師前科一犯の“穴蔵の腐ったバナナ”は、マッチングアプリ・TSUN-TSUN(ツンツン)に友達を募る書き込みをする。出会い系サクラのバイトをしていた“男”は、釣られているとわかりながら課金してきたバナナに興味を持ち、彼と会ってみることにする。「人を救いたいんだ・・・」と言うバナナと男はいつしか、僕/俺「ら」になり、探偵の真似事をしながら諸悪
ソ連の作家ミハイル・ブルガーコフを題材とした評伝劇。ブルガーコフは、その著作が「反革命的」であるとソ連では出版禁止や上演禁止になった作家だが、その才能はスターリンにも認められており、それゆえモスクワ芸術座から生誕60年を記念したスターリンの評伝劇の執筆が彼に依頼された。本作は、このスターリンの評伝劇を書いていた時期1938~1940年のブルガーコフを取り上げ、独裁者スターリンとの関係を描いた作品。
Shoulderpads 凱旋公演UK Version
エディンバラフリンジデビューにして、初日から全21ステージ完売を記録した劇団鹿殺しShoulderpads。世界最小の衣裳"Shoulderpads"による「銀河鉄道の夜」は衝撃を与え、最大手新聞The Scotsmanの4つ星など多くのレビュー、「Asian art awards」での表彰、「Spirit of the Fringe Awards」を受賞しました。2025年話題作の日本凱旋公演で
ケラリーノ・サンドロヴィッチと緒川たまきのユニット、ケムリ研究室の旗揚げ公演として2020年に上演された作品の再演。コロナ禍の閉塞感を吹き飛ばした多幸感溢れるロマンティック・コメディが一部新しいキャストを迎えさらにパワーアップ。