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舞台は小さなふし工場、富田商店。切り盛りするのは富田家の次女喜美子。工場の経営は厳しく加えてコロナ禍が追い打ちをかける。姉のしおりは左腕が不自由だが快活で目立つ。長年姉と比べられてきた喜美子は素直に助けを求められない。コロナによって止まった世の中、不謹慎ながらホッとした喜美子。せっかく止まった工場をしおりはまた動かそうとしている。埋まらない姉妹の溝。そんな折、喜美子は忍び込んだ空き巣と出くわす。
ある出入国在留管理局で、外国人が死亡した……。留学生であった彼女は、体調不良になり仮放免による外部の医療機関への診療を求めていた……。何故、彼女は入管内の医療機関で診療されたのか。入管内部の実態に、ある記者が迫る……。
みえないこどもたち vol.4
劇作家オノマリコが、気がつかれにくい子供への虐待や貧困・ネグレクトを描いた作品です。メンタル不調に悩む「生きづらい」大人たちが、オスカー・ワイルドの『サロメ』をモチーフに演劇を作ろうとする姿が描かれます。演出には てがみ座・日生劇場ファミリーミュージカルなどでご活躍の扇田拓也さん。音楽は読売演劇大賞優秀スタッフ賞を受賞されている後藤浩明さん。「生きづらさ」に苦しむ人を描きながらも「優しさ」を感じさ
歴史でも物語でもない。福島のいまを受肉し、「出来事」にする フェスティバル/トーキョーでの上演も3年目を迎えるマレビトの会の長期プロジェクト『福島を上演する』(2016-)。複数の劇作家が福島に赴き、それぞれの視点から現地のいまを切り取った短編戯曲を執筆。ごくシンプルな空間で、俳優の身体を通し、「出来事」として出現させる試みは、現実と演劇との関係はもちろん、戯曲と上演、写実と創作の関係、とりわけ俳
東京芸術祭2022 芸劇オータムセレクション
現代社会におけるコミュニケーションの諸問題を独自の手法で描き出す劇作家・山本卓卓のテキストと、老若男女から電車や犬に至るまで25役を巧みに踊り演じ分けるダンサー・北尾亘の身体がコラボレート。国内外を旅して再演を続ける、演劇×ダンスの異色傑作。
ソ連の作家ミハイル・ブルガーコフを題材とした評伝劇。ブルガーコフは、その著作が「反革命的」であるとソ連では出版禁止や上演禁止になった作家だが、その才能はスターリンにも認められており、それゆえモスクワ芸術座から生誕60年を記念したスターリンの評伝劇の執筆が彼に依頼された。本作は、このスターリンの評伝劇を書いていた時期1938~1940年のブルガーコフを取り上げ、独裁者スターリンとの関係を描いた作品。
彼にとって、彼女は一切であった。娘であり、母であり、獣であり、マドンナであった…。すぐれた東洋美術史学者であり、類まれな万葉調の歌人であり、また独創を重んじた書家として名を成した會津八一。そんな彼の、遠縁の娘きい子との神聖な恋。彼を慕って集まってきた教え子たち。彼らがやがて巻き込まれていく、幾つかの過激な事件、そして戦争の影…。
青森県舞台芸術創造発信事業 PROJECT NOVEMBER'98公演 弘前劇場プロデュース vol.3
県内演劇人の共同作業で演劇を制作し、県内外で発表する『青森県舞台芸術創造発信事業』( PROJECT NOVEMBER'98)の公演。舞台はとある地方の湖に面した瀟洒なホテルのロビー。ひとつの家族の集合と離散を主旋律にして、いろいろな変奏曲が様々な登場人物によって演じられる。複雑に絡み合う物語を通して、一見平板な日常が、個人にとっては劇的な空間であることを描く。
『御社のチャラ男』は、2020年刊行された絲山秋子の連作短編小説。章ごとに語り手が変わる群像劇。地方の小さな食品メーカーに社長のコネでやってきた営業統括部長は、社内で、ひそかにチャラ男と呼ばれている。組織に属する「私たち」が、「彼」を語ることで見えてくる、社会に生きる私たちの現実。東京芸術劇場芸術監督・野田秀樹が立ち上げた東京演劇道場にて試演した作品を、ブラッシュアップした本公演として上演。
椿組2019年春公演
昭和11年。2.26事件前夜、若者は東京へ降り立った。そして事件、帝都では戒厳令が発せられ首謀者15名に銃殺刑執行。やがて時代は不穏な霧に包まれ坂を転げ落ちていく・・・大陸の事変、それは日常。そんな中、若者が飛び込んだ先は浅草花月劇場、そこには「アキレタヤツラ」が居た。若者は数多(あまた)のものに出会う。文学、詩人、大衆芸能、築地の演劇人、転向者、踊り子、そしてマドンナ・・・北海道・稚内、浅草花月
ウソでもいいから ひとつになりたい今より少し未来のにほん。子供たちは子育ての訓練を受けた大人によって育てられていた。自由と平等が保障された理想的な環境で伸び伸びと育つ子供たち。しかしある日突然、子供の生活は生みの親に一任されるという通達が国から下される。国の決定に反発し、一丸となって子供を守ることを決意した大人たちはしかし、次第に不安という敵に飲み込まれ、分断されていく。国の顔色を伺うもの、大人の
開校50年という節目に廃校する高校。最後の卒業生とかつてその高校に通っていた者の魂たち。出会いがあれば別れがある。「さようなら」の向こうに、何があるのか。そこに残る余韻は、どこにつながっているの。時を超え生死を超えひとつの終焉を共有する人々の、「接続」をめぐる物語。フルキャストオーディションを経て数百名の中から選ばれた24名。2チームによるダブルキャストでお届けします。
2018年10月に初来日した演劇集団アルテ・エ・サルーテの『マラー/サド』が、日本との共同制作により映像作品に。精神科病院を撤廃したイタリアで、自ら障害と向き合う人々が創り上げた舞台は、状況が大きく異なる日本の観客にも強烈なメッセージを投げかける。
おしゃべりだった兄の話をしようと思って、中学2年生の兄は世界の中心だったと思うんです。兄が高校1年生の時、兄の不幸の始まりでした。先に言っておくと、兄はこの先壊れます。あともう一つ言っておきますと、これは「演劇」の話ではなくて、まずこれは「兄」という「人間」の話で。壊れていく「兄」と、滅んだ「僕」と。あと兄に関わった、兄を愛したり憎んだりした「周りの人達」の。まぁ別に大した話じゃありません。
COCOON PRODUCTION 2023
青年が老婆を拾った。社会にうまく馴染めず、派遣のピエロの仕事でギリギリ生活をしている青年(竜星涼)。しかしそんなピエロ業も、決してうまくはいっていない。ある日、道端の老婆(高橋惠子)に手品で花束を渡すと、老婆はどこまでもついてきた。そして、青年の部屋にまで上がってきた。すぐに老婆を帰そうとするも…、青年と老婆の不思議な共同生活が始まっていく。青年を心配する兄夫婦(藤井隆/山田真歩)、仕事先の女性社
12人の俳優による妙ージカル(妙なミュージカル)。舞台奥に12基の墓石が一列に並んでいる。西洋の戦場跡に並ぶ、戦死した兵士の古い墓のよう。墓石には12人の俳優の名が、それぞれ刻まれている。雪が静かに、そして激しく降り続けている。その中で、小学生から老夫妻までの幅広い6組のカップルの模様が、歌と踊りを交えて展開される。2014年初演作の改訂再演。降り続ける雪、役者名が刻まれた墓、という印象的なビジュ
さいたまゴールド・シアター第4回公演
近未来。安楽死法が施行された日本では、老人は延命医療よりも「最適な死」「りっぱな最期」をのぞむように求められていた。エコロジーという名の下に排除され、それぞれの場所で追いつめられていく老人たち――。そんな時、ある老人ホームでかつてのアイドル歌手の死亡が報じられると同時に、その死には不審な点が多いことがわかった。元ファンクラブのメンバーたちは彼女の入所していた老人ホームに乗り込み、謝罪を要求するにと
同棲相手がハトにしか見えなくなってしまっている佐智子は、マスコミがセンセーショナルに報道を続ける事件の国選弁護を担当することに。しかし、被告女性はあいまいな供述を繰り返すばかり。重要参考人の松川の記憶から関係者の調査をはじめた矢先、別の事件で十年近く逃亡を続ける指名手配犯の存在が浮き彫りとなる。細い糸をたぐるようにして彼女が辿り着いた先には、社会の隙間に落ち込んだ人々の織りなす回廊が、人間存在の深
劇団青年座創立50周年記念公演 第3弾
生まれついてけもののように生きていくしかない哀しい定めの男たちがたむろする安楽亭。そこに場違いな男がフラリ現れた。「俺は知ってるぜ。この店がどんな店か。」男は酔い潰れ、嗚咽する。ある夜、与兵衛が傷ついた若者を担ぎ込んで来た。身なりからして真面目そうなこの男もまた事情ありのようだ。「いったい、何をしたの。」おみつの言葉に身の上を話し出す富次郎。その時、他人とは関わらなかった安楽亭の男たちの血が騒ぎ始
弦巻楽団旗揚げ20周年記念公演。約5年ぶりとなる、弦巻啓太書き下ろし新作による本公演。札幌のほか、帯広、苫前でも巡演。まもなく廃校を迎えようとしている中学校。ただ一人の3年生は、最後に演劇部の大会に出たいと希望する。過疎が進む北海道の地方を舞台に、取り残された若者と、取り残された大人たちの“人生の9月”についての物語。
多摩美シアタープロジェクト びびび vol.1
上演芸術の最前線で活躍するアーティストでもある教員と学生によるカンパニーが始動!舞台はアートマーザーの邸、寝室。約束の雨の夜、アートマーザーの一族が集結する。一族は皆、芸術家。アートマーザーは芸術的に眠ることを望んでいる。一族は協力しながら、歌ったりお話を聞かせたりして、アートマーザーを芸術的に眠らせなければならない。アートマーザーを納得させる大人守唄を一族は生み出せるのか━。
ごく普通のイギリスの中流家庭に生まれた兄のトムと弟のフィギス。弟のフィギスは心の優しい子で人の気持ちを読み取る不思議な力を持っていた。そんな弟が、ある時奇妙な言葉を喋りだし、「自分はイラクの少年兵だ」と言い始める。フィギスは12歳、トムは15歳。湾岸戦争が始まった夏の事だった・・・。
バイカル湖の南、イルクーツク近郊を流れるアンガラ川にある発電所の大建設現場。自由奔放な協同組合の人気者、ワーリャを巡る男達。「安売り女」と陰口を叩かれながら、そんな事を気にも留めず我が道をゆくワーリャ。恋人、友人、仲間たちとの交流の中でワーリャは自立した大人の女性へと成長してゆく。彼女を変えたものは一体なんだったのか……恋愛、友情、そして働く人間たちの葛藤を描いた青春群像劇。
18世紀、文豪ゲーテの書簡小説「若きウェルテルの悩み」は理性が全てに勝るという啓蒙主義を背景に恋愛の挫折と自殺という不条理を描いた。本作品はこの設定を現代の小学生に移行。成人が演ずる子供には将来の夢と思春期の未熟が同居する。秘密の共有、孤立、イジメ、性への執着。上田テルオはその姿の絶望を転校前の友人に書き送る。ロッテと呼ばれる少女が現れ、小説の執筆を勧め、テルオは魂の救済とロッテへの恋に震える。
「場所にこびりついた記憶」と「記憶の空洞」をテーマに、メンバー各自の地元に赴き、その場の記憶を拾い上げ、その場に居た私たちにしか掴めないものを探した2週間の「ZAZI・ZOO JAPAN TOUR 2023」そこから、記憶というテーマはずらさずに、演劇史や過去の創作物を進歩史観に照らし合わせ、ちぎってはつなげて生み出した「ZAZI・ZOO JAPAN TOUR 2023」最終章。
金子鈴幸が約一年半ぶりに作・演出を手がけた新作公演。2022年の日本においてどのような物語が【有効】なのか?という問いを出発点に、人間の持つ「どうしようもない部分」に光を当てるような作品となっている。とあるラーメン屋の店主、まさこ。彼女はラーメン界でも「元アイドル」という異色の肩書きで営業していた。「究極の一杯」を探求し、ラーメン道を日々邁進する彼女。その日もいつもと変わらない一日のはずだったが…
1960年の創立10周年記念公演から30年ぶりとなる名作『どん底』を劇団創立40周年記念公演として新演出で上演。巡礼ルカ役の滝沢修、をはじめ劇団の総力を挙げて臨む。人生のどん底とも言うべき木賃宿。泥棒、男爵、役者、帽子職人、錠前屋、靴直し、荷かつぎ人足、浮浪者、宿屋の主人等がいて、そこで酔っ払い、いかさま博打、そして喧嘩。男たち、女たちが織り成す人間模様。そんな宿に旅の巡礼ルカが現れる。
第32回読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞した話題作『養生』の全国ツアー版。原体験をもとにショッピングモールや百貨店の内装夜勤現場を舞台に描いた本作は時間と空間が交錯しながら選択肢の少ない現代を生きる人々の姿を鋭くもユーモラスに映し出す。第68回岸田國士戯曲賞を受賞した池田亮がゆうめい結成10周年の集大成として戯曲・演出・美術をさらに進化させた、新たな代表作をカンパニー初となる6都市全国ツアーで上演。
あらすじ櫻井真希(28)は東京で新人ライターとして働いている。ある日、実家大阪の父から中国に住む祖母が亡くなったこと電話で知らされる。この電話をきっかけに、真希が閉ざしていた過去が少しずつ鮮明に思い出されていく。それは、約10年間病気であった母を家族と支え、歩んできた記憶であった。中国で生まれた母の、日本での苦悩。それを理解しきれない家族の苦悩。家族内に存在する二つの苦悩の狭間で葛藤、衝突の中、櫻
1988年夏、横浜のJR貨物・東高島駅構内の運河に艀(はしけ)を浮かべ舞台にし、水と火を駆使した壮大な野外劇。作・演出の川村毅の地元・横浜市の協力により実現した。30名の第三エロチカ劇団員総出演に加え、エキストラコマンドも多数出演。当時20代の川村がテーマにしてきた、アンドロイド/人造人間/レプリカントを通して現代人に問う『ニッポン・ウォーズ』(84年)『ラスト・フランケンシュタイン』(86年)か
東京に、大きな空のあったころ。祖母から聞いた話と、祖父から聞けなかった話。その光と影を紡いで結ぶ物語。銭湯帰りに見上げる月を、ライカ犬を乗せた宇宙船スプートニクが横切ってゆく。この高台の町の片隅に、戦前から続く工業所を営む一家が暮らしていた・・。作者が自らの系譜を辿り、曾祖父母の人生をモチーフに創作。昭和四十四年の夏と、昭和三十三年の春夏秋冬を舞台に、戦後を生きた市井の人々を瑞々しく描く群像劇。
TRASHMASTERS vol.35
とある町。原発の産業廃棄物受け入れによる交付金で図書館や劇場など公的機関の建設を目論む首長は、受け入れに対する反対勢力との会合に参加した。会合は互いに相容れず散会に終わる。やがて、産廃を受け入れて町興しをしようとする市長側と、反対勢力の間で町が二分する……。震災から10年が経ち、東北では原発が再稼働するという。これは幸福か、それとも……。狂おしいほどに駆け引きが横行する町に未来はあるのか……。
2021年再演版
男性キャストのみによる、ごく小さな日常の一コマを巡る物語。しょうもないけれど、誰もが身に覚えのある小さな「裏切り」を素材とし、信頼とは何か? という胃の痛くなるようなテーマを浮かび上がらせます。とある休日、ロードバイクで旅行に出掛けたサラリーマン五人組は、山深い温泉宿に立ち寄った。ささいなことから言い争いを始める五人。口論は、やがて思わぬ方向に発展していき、遂には修復し得ないほどの混乱に……。
生命保険会社「第三生命」でしのぎを削る保険営業たちはリスキーな日常に陶酔し麻痺していた。新年度、営業部に社内初の女性部長が誕生する。ヘッドハンティングされてきたのは保険営業のプロと保険営業の素人だった。対極の女性部長が二人。新体制となった営業部を舞台に言葉のガソリンで回り続ける保険屋たちの群像悲喜劇!ステージ上に2つの可動型高座を組み、2人の講談師によるピアノの連弾ならぬ、講談の連談演出に挑みまし
優柔不断で頼りにならない映画監督、人の迷惑かえりみない完全主義者の女性キャメラマン、険悪な仲の二人の主演女優、そして文句の多いエキストラ…、助監督は切れかかり、制作助手は孤軍奮闘…。映画撮影現場の出口が見えない、笑いと涙の人間模様。
電信柱が一本、その下に、ひしゃげた事故車が一台。夕焼けの中、ヨシ、ダイスケ、ヒロシ、サブローが集まっている。胡散臭い「ショーバイ」を始めようとする彼らのもとに、ケイコ、ヤスエ、フーコがやってくる。彼女たちは、ミッキーの子を妊娠したため父親の怒りを買い、家に閉じ込められているミヨコを連れ出す計画を持ち掛ける。ミッキーとミヨコは、「トーキョー」へ行くらしい。ミッキーに金を工面してやろうとする元彼女のサ
駅近くのラブホテル街。その路地裏で一人の女子高校生が遺体で発見された。友人の死の謎を追うアカリが迷い込んだのは、仄暗く人通りの少ない高架下。中華料理屋の裏でジャガイモの皮を剥き続ける男とその店の主人を待ち続ける女、自称カメラマンの男、誰かに拾ってもらうのを待っている女、たゆたう誰かの記憶ー。ドイツ不条理演劇の先駆者F・ヴェーデキントの「ルル二部作」をベースに「関係できない人々」の姿を描く。
「国家と芸術家」シリーズ
1920年代初頭に「乳白色の下地」という独自の技法を確立し、日本人として初めてパリで成功した画家、藤田嗣治。彼の人生の内、パリ時代(1913年~29年)と、日本に帰国後、トレードマークのおかっぱ頭を丸刈りにし、軍部の協力要請に従って、「アッツ島玉砕」等の戦争画の創作をしていく太平洋戦争時代(1938年~45年)を取り上げた評伝劇。
己の正義のために、悪にはさらなる悪をもって、自由を追い求める兄・・・己の生を呪い、自らの欲望に忠実に、他人を徹底的に欺き利用する弟・・・この2人の兄弟の行き着く先には、どのような世界が広がっているのであろうか・・・?ドイツ疾風怒涛期を代表する傑作古典を通して、混迷する現代にひとすじの光を照射する!
外側から(偏見まじりで)見られるという暴力への抵抗は、内側からおそるおそる言葉を発信することなのかもしれない。あまい洋々として描き続けてきた社会的に弱い立場にある『みえない子どもたち』。これまではその内側のみを書くことに注力していたが、これからは彼らと関わろうとする外側の人たちについても眼差しを注いでいきたいという決意を込めた演劇作品。
「国家と芸術家」シリーズ
「動物農場」「一九八四年」で知られるイギリスの小説家ジョージ・オーウェルの評伝劇。第二次世界大戦下、まだ無名の小説家だったオーウェルことエリック・アーサー・ブレアが、大英帝国の崇高な理念と帝国主義の欺瞞に板挟みになりながら、どう成長していったのかを、彼を取り巻くイギリス在住インド人たち(親日派・親英派双方)と、彼の妻アイリーン、そして、女性小説家キャサリン・バーデキンとの交流を通して描いた。
あらすじ転校生のグミは修学旅行に行ったことがなかった。友人の卓球、カニカマ、マド、庭っち、カッパの6人で2026年東京にニセ修学旅行に向かう。ニセ修学旅行以来会ってない友人たちは10年後居酒屋で再会する。そこにグミはいないが、なぜか彼らの話がわかる。思っていることがわかる。グミは友人たちの話を語りはじめる。
ダンサー狩りの時代。人々は「ダンサー」と「非ダンサー」に識別され、ダンサーと認定された者は「収容所」に収監される。収容所は管理システムを意味する名前で現実的には存在しない。ダンサーと認定された人々は一見以前と変わりない日々を送っているが…「私は誰なのか。ダンサーなのか。何故ダンサーなのか。ダンサーとして何を求められているのか」…やがて歴史という物語隙間に身を隠した1人の紛れもないダンサーと出会う。
六人の修道女を巡るマジックリアルな群像劇いつかわからないが、一世紀ほど過去を思わせる。どこかわからないが、ヨーロッパを思わせる山の麓に建つ、山荘。その石造りの山荘は半世紀ほど前、村の人々によって建てられ、以降も村人が管理している。かつては祠だったその場所は、キリスト教で言うところの聖人をまつり讃えるべく建てられた。ちょうど百年前、村の長老が病に倒れ、ある修道院から修道院長が呼ばれた。彼女の祈りによ
劇団鹿殺し 15周年記念公演
時は戦乱の世。幾多の武将が名を馳せる中、月見草のように闇に咲く名も無き侍たちがいた。強さとは何か?死ぬべき時はいつか?生きる意味とは?はぐれ雲に問い続ける刃の光。流れた血のあとに、月の涙が零れ落ちる。合戦の騒乱を生バンドに乗せ、足軽が管楽器を吹く。嘆きのギター、進軍のベース、生きる鼓動がドラムに乗り移る。劇団鹿殺しが挑む「新世代パンク時代劇」参上!
若い男女が経営する閉店間際の寂れた定食屋。そこで働く女は突然やってきた謎の夫婦によってつい最近冷やし中華が禁止されたことを知る。混乱する女に、夫婦は冷やし中華を提供するよう懇願するが…。はじめられなかった冷やし中華を皮切りに、出生とそれにまつわる人々の人生が浮かび上がっていく。
一人のマダムの華麗なる人生が、幕を閉じようとしているその夜、屋敷に集まった家族や友人、知人たちマダムはゆっくりと、思い出を語り始めるその人生はやはり華麗だった
近未来、夏。高原のサナトリウムには、不治の病におかされた患者たちが多く入院している。 下界から隔絶されたサナトリウムの面会室で、死を待つということの意味が、ゆっくりと流れる時間の中で 淡々と語られていく。 患者たちとそこを訪れる面会の人々や医師たちとの死や時間に対する観念の差異を浮き彫りにしながら、軽 妙な会話を交えて、サナトリウムでの何も起こらない静かな午後が描かれる。
本公演
後悔は再生にたどり着けるか。人は誰でも過ちを犯す。その最悪の一つは偶然の巡り合わせであれ過失であれ他者の人生を踏み躙ること。自らが加害者であったことに気付いた時、良心ある人間は後悔する。ただし後悔の深さはそれぞれだ。人類が後悔を失った時、そこには文明の瓦解が待ち受ける。トルストイは良心によってこの瓦解を食い止めようとした。抱月はわが国の近代化をまず良心の浸透に求めようとした。文学者たちは、志半ばに
「生きづらさ」を抱える大人たちが、オスカー・ワイルドの『サロメ』をモチーフに、演劇を作りながら、時にはいさかいなども起こりつつ、互いに励まし合い明日へと生きていく姿を描いています。演出の扇田拓也さん、音楽の後藤浩明さんをはじめとした出演者やスタッフの力により、「生きづらさ」に苦しむ人を描きながらも「優しさ」を感じさせる演劇作品になっています。
KAAT神奈川芸術劇場プロデュース
あの名作のリメイク決定版⁉KERAが新たに読みかえる「ドン・キホーテ」を、個性と実力を兼ね備えた俳優陣で上演!
都内郊外マンション。住人は城田兄弟、兄トモユキ。弟アユム。兄には知的障がいがある。弟の口利きで、兄弟ともに工場で働き、弟の恋人の舞子や幼馴染の西の協力を得て兄弟は平和に生きていた。アユムと舞子は彼女の両親に結婚の挨拶に行くが、兄の障がいを理由に反対される。兄の誕生日。工場の皆や友人を交えての誕生日会。その日、トモユキが施設に入ることが出席者に露見。弟は周りの人間から糾弾される。
ゴーリキーの『どん底』は日本でも100年以上前から数多く上演され、劇団民藝では創立10周年と40周年の節目に上演しましたが、その歴史的傑作が吉永仁郎氏により戦後間もない東京を舞台にした創作劇へと大胆に生まれ変わりました。闇市を頼りに底辺でたくましく生きる人々のユーモア溢れる群像劇。劇団創立70周年記念作品。
本作は、大学卒業を前に海外に卒業旅行へ行く男子学生たちの旅行劇。彼らには、友人の1人を急性アルコール中毒で亡くした過去がある。友人を殺してしまった罪悪感によって彼らは絆を深めてきたのだが、その絆は友情なのか友情とはまた別のものなのか、そして彼らの絆は卒業とコロナ禍を機に消えてしまうのか。コロナによって奪われ消えてしまった尊い時間や、家族・友人との絆や記憶について観客に考えさせる機会を創出したい。
放浪生活を続ける作演出の実体験を元に作られた、異国の密室劇。学生時代に行った初演が好評を博し、4度目の再演。中東の安宿を舞台に、バックパッカーたちが集う。青年団の冒険王を彷彿とさせるが、舞台はその数十年後。あり得なく見えて、ものすごくあり得る話。パスポートを申請して、飛行機の切符を買って、成田エクスプレスに乗って。そしたら着いた。マジで着いた。バザールが立ち並び、街中には水パイプの香り。笑顔でよっ
Shoulderpads 凱旋公演UK Version
エディンバラフリンジデビューにして、初日から全21ステージ完売を記録した劇団鹿殺しShoulderpads。世界最小の衣裳"Shoulderpads"による「銀河鉄道の夜」は衝撃を与え、最大手新聞The Scotsmanの4つ星など多くのレビュー、「Asian art awards」での表彰、「Spirit of the Fringe Awards」を受賞しました。2025年話題作の日本凱旋公演で
TRASHMASTERS vol.34
とある町の、台風による水害に苦しむ地方の、公民館。その日も台風は勢力を保ったまま接近していた。そこには青年団のメンバーが、祭りの開催について協議するために集められていた。祭りの開催から、災害対策、人命の格差まで話は及び、会議は紛糾する。やがて会議は終わり、解散したのだが……付近で土砂崩れが発生し公民館は停電、町の中心からも孤立する。そこに、土砂崩れに巻き込まれた青年団員が運び込まれてくる……
少し未来のとある国の話。徐々に下がる婚姻率に危機感を覚えた政府は「互助・共助のための結婚法」を立案、施行しようとする。それは、性別や人数、恋愛関係の有無に関わらず、ケア関係にある人間たちが「結婚」できることになる法律だった。家制度や恋愛から解き放たれた「結婚」はより多くの人生を生きる方へ導くのか。シェイクスピア『夏の夜の夢』と同じ名を持つ登場人物たちで語られる「結婚」についての物語。
芸術家の価値とは何でしょうか?一体何の為の創作活動なのでしょうか?私は制作の価値について考えた。めまぐるしく移りゆく現実の前に虚構の物語というものが必要であるか否か……。
有名なカレー屋に向かうカップルがいて、手応えのないライブを終えたバンドマンがいて、劇団で売れようとしてたのに一人だけ事務所に入って後ろめたい役者がいる街で、「まぁそんなことはほっといて銭湯でも行こうよ」とはしゃいでると「うるせぇんだよ」とヤバイ目をした男に絡まれる。あーあと思ってツイッターを見ると噂がかけめぐっている。「下北で向井秀徳が路上ライブやってるらしい」 2010〜2020年のあいだに移ろ