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「汝殺すことなかれ・・・また、おのれの如く汝の隣人を愛すべし」このイエスの言葉を素朴に信じて召集を拒み、戦争に反対した片倉友吉。彼は、名もない一介時計工場の労働者である。だが、大戦の遂行か下にあっては言うまでもなく非国民扱いであり、死よりも過酷な罵倒と拷問と脅迫が彼を待ち受けていた。さらに彼だけにとどまらず、周囲の人達をも巻き込んでいった。父は自殺、弟は職を追われ暴死。そして母親が、妹が、友人たち
(フライヤーより)こどもの城オープン3周年記念として、ピアノ練習曲集「バイエル」を材料に、詩と歌と映像で味つけしたファミリー・コンサートをお贈りします。「せっかく美しい曲が集まっているのに、ただの練習曲にしておくのはもったいない」と、詩人たちが「バイエル」に楽しい詩をつけました。さらに映像もプラスして、「音楽の楽しさ」「詩の楽しさ」「みんなで歌う楽しさ」をお届けしたいと思います。ピアノを習っている
ひと組の夫婦が暮らす家。ホームパーティの準備が進むリビング/ダイニング。集まる予定は6人だが、なかなか全員が揃わない。全員が揃ってから始めたいというゲストの希望があり、まだ来ない人を待つ時間が流れる。妻のゲストは青春時代を過ごした仲間。夫のゲストは仕事の相棒。仲間と自分の「過去」と「今」が交錯し、浮かび上がる「忘れ得ぬ人の不在」。館林美術館と演劇/微熱少年3年間のコラボレーションの集大成。
某県某市の「広庭」地区。住民による行政サービス代行が始まって数年。さまざまな事情を抱えた住民委員全員が集まって今日、「この先、広庭地区を存続させるか消滅させるか」という重要な問題の結論を出すことになったのだが、多数決の結果はなんと、全員が「消滅賛成」。なぜ住民委員は全員が消滅に手を挙げたのか。――いよいよ人口減少社会に足を踏み入れた日本。もはやこの「自治体消滅」の問題は絵空事ではない。これまで当た
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開けてはいけない箱を誘惑に負けて開けてしまったパンドラ。箱から飛び出した災いと希望が現代の芸能界を舞台に繰り広げられる。不幸、病気、欲望、絶望、嫉妬などさまざまな災いに見舞われる人々。どん底まで落ちた人々にも最後の最後には必ず希望がある。それぞれの災いを乗り越えて希望へとたどり着く人々。
舞台は大正時代。新潟市内の竹山病院産婦人科医長:荻野久作の診察室。そこに一人の女性:とめがやってくる。久作の見合い相手として病院に呼ばれたとめは、当時としてはかなり背が高いが、一目見るなり久作は彼女の虜になってしまう。しかし、診察以外では女性と何を話していいのかわからない久作は仕事のことしかしゃべれない。飾らぬその人柄に惹かれたのかまんざらでもなさそう。そして久作はプロポーズ。しかしその言葉は「僕
いつの時代も変わらない青春花盛りの高校生活を、40人もの出演者が舞台狭しと歌って踊って!「純情可憐乙女的青春歌劇」と銘打って!いつも心に太陽を。スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス!
三谷幸喜の書き下ろし作品。小説「ジキル博士とハイド氏」をベースにしたコメディ。19世紀末のロンドンを舞台に片岡愛之助、今作が初舞台となった優香、藤井隆らが出演。二重人格をテーマに据えたロバート・ルイス・スティーヴンソン著作の怪奇小説「ジキル博士とハイド氏」に着想を得た、シチュエーションコメディ。「ただ面白いだけの、笑った後に何も残らない喜劇を創りたい」と三谷が語るように、彼自身が感じる普遍的な笑い
姉妹の実家の階段。女教師の職場である中学校の階段。母親を預けた老人ホームの階段。階段を舞台に繰り広げられるアラフォー女性の物語。一度は家を出て再び出戻った母親に似ている姉と、家を守ることだけに人生を捧げた父親似の妹。二人の間の確執は、母親の介護とともに深くなる。教師の仕事に熱中するあまり婚期を逃した女性と、義理母の介護と娘の登校拒否で教師の仕事がままならなくなっている女性。二人の教師の交流と相容れ
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囲碁をモデルにした「点転」という架空の競技をめぐる物語。関西棋院が後援につき、世界初の「囲碁劇」として上演された。2021年5月に南埼玉の進修館で上演されたものは、会場の使い方と演出が全く違うため、ツアーというよりは新演出での再演となる。大阪バージョンは、客席もアクティぐエリアも「狭い物置小屋」を舞台にし、観客もその部屋の中に潜んで登場人物を見守る様な表現となっている。
超個性派俳優、遂に激突!絶妙且つ軽快な会話によって繰り広げられる、少しほろ苦い大人のコメディ!!!20年前に建てられた瀟酒なマンション「ヴィラ・グランデ 青山」の中庭に民谷史章(竹中直人)と、その友人であり仕事仲間でもある陣野圭作(生瀬勝久)がいる。二人は、はそれぞれこのマンションの一室を同時期に購入したが、陣野は最近、母親とのの同居を決めて引っ越した。二人はここで知り合い、20年余りの間にたくさ
沖縄三大悲劇の一つ。身分制度のある時代、父親の身勝手な振る舞いに翻弄される家族!決して一緒になれない二人、やがて生まれた息子、狙われる命、大事な人を想うがゆえに…。数奇な運命によって離れ離れになった母子の切なくも儚い物語。
電話や鍋など、さまざまな日用品=遺品を土で固められた舞台(能舞台を模している)に置き、語りはじめる五人の女優たち。彼女らは、イェリネクのテキストを舞台上で「伝達」しようとしているのだが、その試みは互いの突っ込みや言葉の奪い合いにより、うまく運ばない。「上演は失敗する」という印象的なフレーズと、不自由そうに発せられる「ペンも紙も失ったので、言葉を記録し、それを誰かに伝えるためには、ただこうして、頭で
結婚式前夜に繰り広げられるコメディープレイ花嫁とその友人である花嫁付添い人との女同士の友情とは、結婚とは?結婚式前夜花婿までまきこんでくりひろげられる結婚式前夜の大騒動。オーストラリアの作家の初作品
(フライヤーより)誰もが二つの永遠の駅をつなぐ列車の乗客である
「都市」を「砂漠」に置き換え、「都市」の行く末を見つめ続けた、如月小春の鋭いまなざしが結晶した作品。
あらすじ:民俗学者である宮本常一と戦時下に日銀総裁を務めた渋沢敬三を中心に、渋沢の私設民俗学研究所「アチック・ミューゼアム」を舞台に、第二次大戦下の若き民俗学者たちの群像を描く。民俗学者達の情熱が、軍政日本の植民地政策に巻き込まれていく。しかしその中で渋沢は、日本の敗戦を予期し、喪われるであろう日本の保管を意図して、常一を日本各地の僻地に向かわせた。「その日」が来る前に、常一は日本全国を歩き回り、
あるマンションのゴミ捨て場。ゴミ出しのルールを厳しく取り締まっていた女性の死後、住人たちは再びルーズになり始める。ゴミ収集車は、もう行ってしまったのだろうか――。その問いが引き金となり、平凡な朝が一変する。アンパサンド・スリラー。
月光を浴びて 私は立つ種子のいのち、いのちの種子は / 確実に封印されるであろう夜、蝶たちは / 海峡を渡るという私がおどるのではなく、すでに / 肉体はおどりへ誘われているのだ無数の満月と 永遠の血の交換が / 為されているようにそのように舞踏は舞踏されればよい(ビショップ山田 「舞踏紀Ⅲ」より)
かつてウクレレの生産量世界一だった群馬県。田舎の古い家のお盆の一日を描くことで、その土地の歴史と日本の戦後史の一断面を描いた静かな演劇。2020年上演予定だったがコロナで中止。座組を維持したまま翌年コロナ禍での上演となった。
舞台は極寒のアラスカの冬。厳しい飢えにみまわれた集団が全滅の危機に立たされた。グループのリーダーは苦境を乗り切るために、ふたりの老女を棄てる決心をする。棄てられたことで、プライドをよみがえらせたふたりの老女。互いに叱咤激励をしながらふたりの旅ははじまる。
江戸三味線音楽の変遷
幕府が開かれた後の江戸の三味線音楽がどのような変遷を辿ったのか享和元年(1801)から文政8年(1825)まで一中節が流行。地方の名物を取り込んだ曲や、江戸文化のすべてにおいて吉原から流行が生まれていきました。お話 竹内道敬一中節「安宅勧進帳」(1804年) 浄瑠璃 菅野序恵美、菅野序芙美、菅野序春 三味線 菅野序枝、菅野序美久長唄「越後獅子」(1811年) 唄 杵屋利光、東音味見
「もっと歴史を深く知りたくなるシリーズ」とは・・・教科書には載らないような歴史上の出来事を興味深く面白くエンターテインメントとして表現するシリーズ企画。第1弾企画「マルガリータ~戦国の天使たち~」は、戦国時代にヨーロッパへ渡った天正遣欧少年使節の生涯を描いた歴史小説「マルガリータ」(村木嵐著)を原作とする舞台。2014年9月27日(土)から10月5日(日)まで、EX THEATER ROPPONG
音楽の贈り物(ポトラッチ)
1985年3月から渋谷ジャンジャンにて行われたシリーズ「音楽の贈り物(ポトラッチ)」の最終回。シリーズ中唯一の邦楽と古川との競演。日本のパコ・デ・ルシア、杵屋弥十介との丁々発止なやり取りが観客の笑いを誘う。長唄「安達ヶ原」の鬼の宿を「変な宿屋」にみたて、全体が宿屋の出来事として構成されている。プログラム1.あけましておめでとう(「三番叟」)2.となりの部屋(弥十介・あんず芸合戦)3.宿屋の秘密(長
そのとき二人の背後で舞台装置だけが取り替えられた。燃えさかる炎と冷たい壁、ゴミの山、娼婦に反逆者、新しいスピード、新しい病気、崩壊する国家、庭園と夜、そして様々な情景のリアルな大洪水……それでもあたし達二人は、どこまでも一種に歩んでいく。そして、何が起きたのか訊ね合う。だってあたし達はカップル、一匹の四足動物。そして四つ足の人間こそは、この地上でもっとも高度に進化した動物。
3.11への応答「光のない。」の続編として発表されたエルフリーデ・イェリネクの「エピローグ?(光のないⅡ)」をツアーパフォーマンス形式で上演。観客はFMラジオを首に下げ、原発事故後の福島で撮影された報道写真を手に、東京・新橋の12カ所のポイントを巡る。目的地に待つのは、写真に記録された「眺め」、カメラマンの「視線」を重現する装置。さらにラジオのダイヤルを指定された周波数に合わせると、戯曲を読み上げ
Noism0
『残影の庭―Traces Garden』は、武満徹作曲による現代雅楽の古典『秋庭歌一具』と、演奏する伶楽舎との協働。冒頭に三人が並んで動くシーンだけで、カウントではなく呼吸で動きを合わせる緊張に満ちている。指揮者のいない雅楽と、カウントで踊るバレエとの融合だ。井関が艶やかな羽衣で踊るが、死者と語る話が多い能の幽玄さも共存している。形ではなく、身体の有りようの中に和と洋が共存する、希有な作品である。
昭和4年、上野は谷中の太平洋画会研究所のアトリエで真剣に裸婦のデッサンに取り組む若き画家、靉光(あいみつ)、井上長三郎、鶴岡政男、寺田政明、松本竣介たち。そんな頃、まだすすきと大根畑におおわれた低湿地帯、池袋にポツリポツリとアトリエが建ち始める。貧乏画家たちは、一人また一人とそこに集まり、やがてその一帯は芸術家の街と化した。そろいもそろって酒好き、女好き、喧嘩っ早い。けれどいったん絵を描きはじめた
(フライヤーより)僕たちの一夜の奇妙なアルバイト。それは明日取り壊される古い屋敷の床下に埋められた"ある物"を掘り起こすことだった。正義と邪悪が交錯し、夢と絶望が裏取引を繰り返す都会の真ん中に、忽然と姿を現わした現代の羅生門で、僕たちが見たものはいったい何か──。鋭く斬新な切り口で、都会人の心に潜む鬼を浮きぼりにする、ネオクラシック•シアター第2弾、善人会議「新羅生門」。時空の枠を飛び越えて、今を
ダンスがみたい!
大学卒業後53年。一日に1~2回は笑うから、合わせて四万回近く笑った勘定になる。その笑いを棺に詰めあの世に旅立つ人生を考えています。(若松談)自由ダンスを提唱する若松の、エッセイ風なダンス。地蔵像の前の踊りから始まり、歌あり、詩の朗読あり。客席やバックヤードで弟子達が合唱する。「歌って踊るというのではなく、人生のあがきでもあります。少し言いたいことがあるプリコラージュな身体」夕焼けの中で、一人踊る
コンピューター・ウィルスがついに日本上陸。あるソフトウエア開発会社のホスト・コンピューターにもウィルスが侵入した! 4人の技術者たちは阻止に知恵を絞りながら悪戦苦闘、ついにハッカーを突き止めるが、ウィルスは技術者たちの想像を超えて暴走し始める……。 めざましい勢いで進化し続けるコンピューターは、どこまで人間に近づけば気がすむのか? そもそも人間は新しい生命体を創り出す神になれるのか? SF的世界の
1963年1月1日、日本で初めての国産TVアニメ「鉄腕アトム」の放映がはじまる。原子力で戦うロボットの活躍は子供たちの心をつかみ、最高視聴率は40%を超えた。科学は人類の進歩の証であり、平和をもたらす万能薬だと思われていた。1963年10月26日。日本で初めて原子力による発電が始まった。感情さえ制御できない程度の論理で、核分裂を制御しようとする人間たちの喜劇。
ベンとガスは殺し屋。今日も地下室で仕事の指令を待っている。すると突然、ダム・ウェイター(料理昇降機)がガラガラと降りてくる。中には料理の注文が書いてある一片の紙切れ。何度も何度も料理のオーダー表を運んでくるダム・ウェイター。持っている限りの食料を送るが注文は止まらず追い込まれていく2人。演劇/微熱少年と館林美術館のコラボ企画第1作。
初夏。山あいの田舎町。父、母、兄と実家の工務店で暮らす田村鈴子は、家族間の静かな歪みに悩んでいた。表面的には仲の良い田村家だが、5年前、長女・千鶴が亡くなってから、その関係はどこかおかしくなっていた。ある昼下がり、千鶴の霊に憑りつかれた一人の女が、田村家を訪れる。それをきっかけに彼らの関係は大きく揺り動かされる。幻想的な夏の一幕をブラック・ユーモアを交えて軽妙に描く、さみしくも美しい家族劇。
瀬戸内海の美しい叙情と人びとの哀歓をうたいあげる小山祐士作品。1963年初演いらいロングラン上演を重ねた名作を丹野郁弓が新演出、日色ともゑがハナ婆さんを継いでいきます。瀬戸内海の小さな島で一人質素に暮らすハナ婆さんは、貧しいながらも9人の子どもを産み、戦地と原爆で全員を亡くした哀しい過去を持っていました。そのハナ婆さんを堕胎の罪で逮捕しにやって来た木下刑事もまた、誰にも言えない苦悩を抱えていたので
土地に伝わる民俗芸能のように、自身が暮らす都市から生まれる芸能をつくる試みとして始動したシリーズ作品第一弾。
シェイクスピアの「ヴェニスの商人」を下敷きにした鄭義信による日本未発表の音楽劇。2014年4月に韓国のソウル獎忠洞(チャンチュンドン)の国立劇場タロルム劇場で初演。元宝塚歌劇団月組男役トップスターの剣幸と、劇団☆新感線の右近健一を客演に迎え、ピッコロ劇団と関西で活躍する俳優陣が結集しておくる、歌って踊って笑って泣ける関西風シェイクスピア音楽劇。
十五夜野外劇シリーズ
1991年〜93年まで毎年中秋の名月を挟んでJR大宮駅前のビルの谷間の広場で行われた十五夜野外劇シリーズ(入場無料・投げ銭形式)の3作目。再開発された都市空間の中に身体パフォーマンスによって自然のリズムと交感する”原風景”をつくり出す試み。高校生からサラリーマンまで普段劇場に足を運ばないような多くの観客層を開拓し支持された。本作「夜」は「ファウスト」を土台にした物語、今ここの「わたし」の存在が多層
ソノノチ ランドスケープシアター
目で見て、耳をかたむけ、ことばをさがして。その場から移動したり物を置いたり、寝転んだっていい。あなただけの眺めをさがしに。もっとうれしい胸騒ぎがする方へ。2021年の秋、現地の風を感じながら、約半年間の滞在を通じて制作したパフォーマンス作品。地域の公民館前の休耕田エリアを舞台に、大地をもやい、観る人ごとに異なるフレームを映し出す「ランドスケープシアター(風景演劇)」プロジェクト第3作。
(フライヤーより)暑かった。わけもなく切なかった。うれしいのに涙が出た。夕立に打たれた。虹の下で笑った。いろんなことが駆け抜けたあの夏の雲の下に、おじいちゃんはいた。
QoiQoi第4回本公演。アーツカウンシル東京単年助成カテゴリーⅠ採択。オリジナル作品を書き下ろし、外部の新たなキャスト・スタッフと共に作り上げた挑戦作。劇場は語らない。笑い。涙。歓喜の拍手。多くの人々をただひたすら見てきた。劇場は思い出す。繰り返してきた人々の営みを。観客の眼差し、キャストの汗。スタッフの真剣な横顔。劇場は語らない。劇場は覚えていた。劇場は全て覚えていた。
舞台は山頂の展望台にある寂れたビヤガーデン。その日の真夜中過ぎに、ある星が壊れてなくなってしまうのだという。それを見に集まってきた天文学研究会のメンバーとたまたま通りかかった旅人、ビヤガーデンの女店主が寒空 にビールを飲みながら語り合う。各々の記憶の中にある各々の「壊れた町」が交差する。それは混じり合うことなくそのまま各々の方向へ消えていく。「何ひとつ共有できないもの同士も、一瞬だけ、一点で交差す
「その種の無邪気を誇るなら、私はあんたを、もう見ない。」双数姉妹が青山円形劇場にて過去に三度も上演した円形でしか為し得ない、円形のための芝居。<幼生サイド>とある田舎町に暮らす14歳のヨシノが、自分で自分に八つ当たりしながら、都会へ飛び出す物語。割れた世界の向こうに思い出みたいな未来を目撃します。<成体サイド>都会で暮らす24歳のヨシノが、世の中に八つ当たりしながらほふく前進する物語。割れた世界の
ロームシアター京都 × 京都芸術センター U35創造⽀援プログラム“KIPPU”
「村八分」「集団農場」「ブラック企業」といったムラ社会的な閉鎖コミュニティを舞台とした〈集団暴力シリーズ〉の集大成的作品。雪深い山奥にひっそりと佇む民宿を舞台に、野生動物たちと共生する一族と、村の人々との衝突を描く。過去シリーズにも通底していた「家族」というモチーフを前景化し、それらを繋ぐ「食」という営みに焦点を当てながら、原始的かつミニマムな共同体の呪いと可能性へと切り込んだ。
ダンス、音楽、演劇、ミュージカル、そして降り注ぐ言葉のコラボレーション…多様な表現方法のコラージュで、あなたの“感覚”に触れるManhattan96 Revue第5弾!何を考えているのかちっともわからない隣人である「植物」をモチーフに、「想像力」について考え、現代をレビューします。夢の果てから時間の向こう、はたまた心の裏表まで、滑稽で愛おしい世界の姿を想像する、自由な旅のはじまり。
(フライヤーより)ニューヨークに住むトム•ブラウンくんは ある日、お手紙をもらいました。“親愛なるトム•ブラウンさまプリーズ•カム•カム 来て下さい。困っています。S•O•Sニャーオ 日本の山猫大将より”トムくんは、もううれしくって ビョ〜ンビョンと日本の我不知山にやってきました。待っていたのは、困った顔の山猫大将と家来のトラスケさん。いったい全体 なんでしょう?おお!OH!そこへやってきました
小学生の頃、いじめられていた女が見違えるように綺麗になって同窓会の二次会に現れた。しかし、そこには見知らぬ女がおり、自分もクラスメイトだと言って同窓会に参加する。そして彼女は誰も触れたがらない、それぞれの過去について話し始めた。
『ヨーロッパの宮殿での仮面舞踏会』をイメージし、クラシック音楽とバレエで表現する豪華な舞台。プログラムは、フランスの作曲家を中心に、宮廷での仮面舞踏会を連想させる様々な時代の巨匠たちの作品をテーマに現世の夢の一夜に。
劇作家・松井周氏によって高齢者演劇集団さいたまゴールド・シアターに書き下ろされ、2010年に故・蜷川幸雄氏演出により初演されました『聖地』。それから10年以上の時を経て新たな『終点 まさゆめ』が誕生します。今作では、松井氏とともに介護×演劇の第一人者でもある菅原直樹氏が新たに加わりクリエイションを行い、彼らに縁のある岡山・三重・埼玉の3つの劇場にて上演します。
部屋の中から外へ 心の内も外へ外が内吸う人 吸われる人出口を探している人
これはたぶん、ストーカー的に誰かを好きな女の人の話で、その恋は全く報われていない、報われる気配がない(というか相手が実在するのかも怪しい)、のだけれど、それゆえにかえって独自の深化をとげて、不思議な塩梅で彼女を支えています。それは、執着といえば執着で、でも不思議とねじくれたところなくスキッとしている。他人に迷惑かけてない。ヘルシー!すっかり擦り切れて、ヤサグレかけていたところに降りそそぐ、甘い露。
日本が誇る浮世絵師、葛飾北斎。90年間の生涯で3万点を超える作品を残し、そのユニークな魅力は今でも多くの人に愛されています。今回わらび座の舞台では、生涯に渡って「生きる面白さ」を発見し続け、どこまでも納得のいく絵を求め描き続けた人間・葛飾北斎の生きざまを、日本発・オリジナルミュージカルとしてダイナミックに描きます。
教科書出版会社を舞台に、人間の良心と外部からの圧力との葛藤のドラマ。千田是也、ふじたあさや、青年劇場のトリオが、一冊の教科書づくりにかける男たちを通して、今日の教育に迫る。
いつ高シリーズvol.7
この雪が止むまで、図書室にいよう。テーブルを本でいっぱいにして、つまみ食いみたいにちょっとずつページをめくりながら過ごそう。朝についての印象的な書き出しからはじまる女子高生の話、気だるそうな主人公が日常のちょっとした謎を解いていくミステリー、異世界に転生したら全部うまくいくファンタジー。お気に入りのセンテンスを拾い集めながら代わる代わる本を読んで いく。そのうちウトウトしはじめて、気づいたら睡眠。
あらすじ いつか王子さまが……。銀行員の女のもとに中東の国の王子の花嫁を探しているという男が現れた。はたして、彼が話す国や王子は実在するのか……詐欺事件は、うさぎ庵流の迷宮へ。渡辺源四郎商店の俳優、工藤由佳子、工藤静香のために、うさぎ庵工藤千夏が作・演出。渡辺源四郎商店工藤支店というユニット名で発表された。
きぬよ63歳。夫に先立たれ、楽しみと言えば野良猫にエサをあげること。そんな野良猫も最近は姿を見ていない。そんな折、昔の劇団仲間が訪ねてきた。彼らの説得で、しぶしぶ芝居の稽古を始めるきぬよ。だが数十年ぶりの芝居は楽しかった。きぬよに認知症の傾向があり心配になって実家に戻ってきた、きぬよの一人娘のなおみ。きぬよとなおみのこれまでとこれからの物語。きぬよ、人生最後の大舞台の幕があがる!!
行政の不手際で若干30歳で非業の死をとげた役者ゲリラ・クヨクヨの追悼公演
演劇実験室・天井桟敷の創立メンバーであった東由多加が1968年に結成したミュージカル劇団「東京キッドブラザーズ」による1989〜1990年の全国ツアー公演。物語は郊外の町に男とその妹が引っ越して来るところから始まる。隣近所には、どこか普通ではない人たちが住んでいた。奇妙な人間模様が描きだすのは、私たちの心の中にある”街”のすがたである。「螢」のように消えつつある街に―愛をこめて。