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この作品は、本作のために書かれたスコア『Into a dream』をもとにダンスの時間を立ち上げます。異なる身体言語を持つ3人のダンサーは未知のタイムラインの奏者であり、走者でもあります。ただ踊るのでもなく、ただ居るのでもなく、ただ感じるのでもない方法で、そのために、そのために、そのために、そのために、それより僕〈と〉踊りませんか。
2003年から2007年にかけて展開したカンパニープロジェクト「戦争三部作」の第二作目となる作品。対立するイデオロギーを時に抽象的に、時に具象として舞台上に表出させる。作品前半のコラージュされた言葉と無意味な行為とも取れるコミカルなムーブメントから一転、後半はまさに世界が戦争に向かっている現状を見る者に想起させるシリアスな展開で観客を魅了する。ラストシーンでは生花によって人体を模して作られた三体の
最小単位の「ひとつの身体」は舞台上でどう変容するのか---。「ひとつの身体」とは何か、という謎。上村なおかソロダンス第4弾。出演者は上村なおか、ひとり。
空の下で生まれ、空と共に生きていること、そして空の中へ死んでいくこと、逞しく 軽やかに、そこはかとなく、一瞬一瞬がここにあることを願いながら生まれてきた踊りの物語。岡登志子と垣尾優による共同制作。
振付家・コンテンポラリーダンサーとして日本のダンスシーンをリードしてきた平山素子、三味線の新たな未来を切り拓く若きパイオニア本條秀慈郎、アイヌの伝承音楽ウポポを唄う床絵美。相異なる3つのジャンルで活躍する3人のコラボレートにより立ち上げられる、新作音楽舞踊劇。アイルランドの詩人で劇作家のW.B.イェイツが能楽に想を得て執筆した戯曲「鷹の井戸」に出てくる“不死の水”をモチーフに、夢幻の世界を描き出す
「ジョジョの奇妙な冒険」シリーズで知られる漫画家・荒木飛呂彦の作品を、森山未來主演で初の舞台化。死刑宣告を受けた男が体験する摩訶不思議な世界を描くサスペンス。死刑宣告を受けて、監獄に収容された男。そこは、監獄と呼ぶにはあまりにも豪華な部屋だった。行き届いた調度品は、まるで高級住宅のよう。だが、男が生活を始めた途端、その部屋のすべてが、男を処刑しようとうごめきだす。脱出しようともがくうちに、いつしか
KYOTO EXPERIMENT初の公募プロジェクトで選出され、2年にわたりリサーチと制作に取り組んできた、松本奈々子と西本健吾によるパフォーマンス・ユニット「チーム・チープロ」。2021年にリサーチを開始したふたりが最初に掲げたテーマは「ワルツ」だった。コロナ禍で「接触」が憚られるなか、京都に存在したとされるダンス芸妓の史実を起点に戦前京都と現代と接続し、想像上の他者とワルツを踊る作品を発表。続
櫻井郁也ダンスソロ
白紙還元をテーマに展開するソロダンス、そこに、息/呼吸を象徴するアコーディオンの独奏が同時展開してゆく。2005年に初演、2006年ポルトガル招聘公演にて生演奏版とレコーディング版の2バージョンに発展、2008年東京にて再演、2011年夏に東日本大震災鎮魂公演として改訂上演。本記録映像は2011年版。
Dance New Air 2016 プレ公演サイトスペシフィックシリーズvol.1
慣れ親しんだはずの日常風景をさりげなく非日常へと反転させた『Borrowed Landscape-Yokohama(横浜借景)』 から3年-。ハイネ・アヴダルと篠崎由紀子は、今年30周年を迎えるスパイラル [建築:槇文彦] の空間を舞台に、ヨーロッパと日本のアーティストによる国際共同制作『“distant voices ‒ carry on』”~青山借景』に取り組みます。スパイラルの屋内外、一般に
【ShowCaseBar「TOY+」とは?】「ドラマが振付する」をモットーに、劇団鹿殺しや劇団KAKUTA、劇団Patch、劇団ミスマガジン、他映像作品、横浜発のアイドルユニット「nuance(ヌュアンス)」などに振付を提供している振付・ステージングチームTOYMENが自らの振付を気軽に楽しんでいただくべきしてオープンしたダンスBar喫茶です。読み方はトイプラ。今作品の第1回目はCOVID-19
ベルリンを拠点に活動する「劇団ティクバ」。NPO法人ダンスボックスによってはじめられた「循環プロジェクト」。障がいのあるなしの境界を超えて、舞台表現と向き合うこの2つのプロジェクトは、2009年から国際共同プログラムを継続。今回のKYOTOEXPERIMENTでさらなる展開をみせる。振付、演出を手がけるのは、2008~2009年に文化庁の研修員として訪れたベルリンで、ティクバと出会ったダンサー・振
大橋可也と後藤ゆうによる大橋可也&ダンサーズを代表するデュオ作品。2019年3月メキシコシティにて初演。2020年10月には映像に吉開菜央を加え進化したバージョンを横浜赤レンガ倉庫にて上演した。
9回目を迎える「踊りに行くぜ!!」は、毎年10月から12月北海道から沖縄まで全国を巡回公演する企画です。Vol.9は21地域で開催、参加アーティスト41組となりました。各地の公演の様子をシリーズでお届けしておりますので、どうぞお楽しみに!!今回は沖縄公演から紹介します。2009年2月“スカパー!シアターテレビジョン”にてレギュラー放送されたプログラムです。上演作品・カンパニー・アーティスト・作品コ
(フライヤーより)猛スピードで時代を駆け続けるダンスから見れば、時代は星虹(スターボー)なのだろうか?はじきだされた饒舌はやがて暗黒の磁場へと旋回し重力を失う。時代がダンスを要求しているのではなくて、ダンスが時代に別れを告げるとき、壮絶なダンスのパレードも旋回し始める。1966年早春のダンスコレクション 饒舌と静謐 旋回と浮遊 記憶と忘我 光と演奏 いま東京ダンスコレクション されど東京ダンスコレ
「ワタクシというものをすべての起点としてしか考えられないことから来る不幸と幸福。それらを大きな器の中に入れてシェイクしたらどんな味になるのだろうか。からだという器からズブズブと零れ落ちてしまう蜜を持ったものたちは、そこここに痕跡を残し身を隠すことができない。巧妙に足跡を消しても匂いがあたりにかすかに残る。そのような人々はあきらめて、ダンスを踊る他はない。互いの匂いが混じりあい、私の匂いがかき消され
本作は、2020年12月、山﨑広太と西村未奈により、フロリダ州立大学、マギーアレシー国立振付センター (MANCC)にて共同で創作を開始した新作『幽霊、他の、あるいは、あなた』のワークインプログレス。自然の複雑で静的な世界の中で、二人の異なる歴史、知覚、細分化された内部の風景を受け入れることができるフラクタルで気象のような身体、そして老いる時間を調査する。
文明のパレードであり、物質のパレードである。野外劇場で初演され、日本の「舞台芸術の新しい領域を開いた」と評される作品。台詞を全く用いず、従来の演劇、舞踊といった枠組みを越えて新たな劇表現を獲得したこの作品は、パパ・タラフマラの大きな転換点となった。人の生み出した物が、むしろ人を動かして先へ先へと進んでいく。そのような文明のエネルギーを視覚化し、生命と物のパレードとして描く。ロケットを想起さ せる7
日本丸メモリアルパークパフォーマンス 2021-2022「路上の身体祭典H!」新人Hソケリッサ!横浜/東京路上ダンスツアー#2
社会から分断され個人になった時に個人は不安を抱え、集団に依存していた個人の脆弱さが露呈する。我々は生きる手段としてこの大きな集団に取り込まれ、それは習慣となり個人という存在や輝きは飲み込まれてしまうだろう。しかし希望を失った身体は、言うなれば囚われた習慣を捨てた身体の始まりであり、強靭な個人の身体の始まりだと僕は思う。歪な躍動のリズムで僕は目を覚ましたい。ツアー公式Webサイト:https://s
映像、演劇、パフォーマンスなど、領域横断的に自在な活動を展開するチョイ・カファイは、過去2度にわたるKYOTO EXPERIMENTへの参加で上演されたいずれの作品でも、ダンスという表現への深い敬慕と入念なリサーチ、そして独自のアプローチを見せてきた。テクノロジーをある種“誤用”しながら、ダンス史におけるレジェンドたちの振付を復元した『Notion: Dance Fiction』。アジアを拠点に活
「消失」し続ける身体。そして「消失」しても、なおそこに「在る」ダンス。創作活動の出発点となった劇場で、自身の原点と立ち向かう三部作。果てしない身体の探求 舞踊を捉え直すために必要な逸脱 ルーツへ その先の詩体へ。1「遺された軌跡」2「Vanish」3「風景とともに」
9回目を迎える「踊りに行くぜ!!」は、毎年10月から12月北海道から沖縄まで全国を巡回公演する企画です。Vol.9は21地域で開催、参加アーティスト41組となりました。各地の公演の様子をシリーズでお届けしておりますので、どうぞお楽しみに!!今回は最終公演、スペシャルin東京公演から紹介します。2009年5月“スカパー!シアターテレビジョン”にてレギュラー放送されたプログラムです。鈴木ユキオ(金魚)
生きづらさを感じるあなたたちへ。身体、社会、日本をえぐる。2008年、日本中を震撼させた秋葉原連続殺傷事件に触発され、「身体、社会、日本」をテーマに取り組んだ2008年作品。作品の上演に先立ち、フリーペーパーを刊行、身体を見失った現代の日本人に届けようとする試みをおこなった。ごみが散乱した舞台上にさらされた14人の男女の身体、伊東篤宏とHIKOによる生演奏、今ここに在る身体を直截的に描き切った作品
河野紗代子(ピアノ)と清水美紗都(ダンス)が1つのテーマに対して感性をぶつけ合った共同作品。精彩を欠く現代人のグレーな日常生活の中にも、コンクリートの狭間に咲くタンポポやグラフィティのような希望の鮮やかさが存在する。限りなく続くこの単調なコンクリートの世界をキャンバスに、ピアノとダンスでどんな絵を描けるか。
Dance New Air 2018
6月初旬、なんら先入観も持たず、会場にて行われる初回の打ち合わせに向かいました。そこには、僕たちにとっては初めて見る形状の 舞台となる、イサム・ノグチさんの石庭「天国」という名の作品が美しく広がっておりました。さらに、今回コラボレーションさせて頂く、草月流山田幸泉先生のシンプルな竹ひごという素材から織りなす、温かみと自然の美しさを追求した作品集とアイデアを拝見させて頂き、この環境でパフォーマンスを
就業人口約28万人、日本のGDP25%を占めるとも言う大手町・丸の内・有楽町エリア。この東京の中心で働く人たちは、何を考え、どのように生きるのか。 本作演出の倉田翠は、このエリアで働く30名以上のワーカーへのインタビューと11名の出演者=ワーカーとの約2ヶ月のワークショップを経て創作。有楽町のオフィスビルを”舞台”にしたパフォーマンスは、出演者と倉田とのコミュニケーションによって育まれる関係性から
コロナリポート
パフォーマーの入退場、音響や照明の変化などの舞台作品における様々な行為のきっかけ・手掛かり・合図を「キュー」と言う。Go To/Stay Home、緊急事態宣言発令/解除等、反復し持続する現在の「外」に出ることを体で試みるダンス作品。2021年初演。コロナリポート三部作『Sign』『Cue』『Out』。
TOKYO DANCE TODAY #1
青山円形劇場の空間を生かした独創的な作品を発表するダンスシリーズ「TOKYO DANCE TODAY」の初回を飾った、近藤良平率いるダンスカンパニー「コンドルズ」の作品。未確認飛行物体接近!完全円形360度!完全限定3600秒!
舞踏作品
『RIEN A CASSER DANS LE NOIR(闇中の無/三千世界の双六)』は、有科珠々が2002年にパリで制作した6人の出演者による舞踏作品です。「地球の葬儀」から始まり、観客が献花をする場面が展開されます。サロメ、マクベスの魔女たち、日本文化と現代日本の象徴が交差し、般若心経が響く中、闇の大魔王や黒い鴉、猫たちが登場。双六の終点に辿り着いた主人公は、どこにも辿り着かず、無限の旅を続けま
中間アヤカ&コレオグラフィ
振付をダンスとしてその場に立ち上げること、振り付けられた身体をダンスさせることがダンサーの仕事だと信じて、これまで数え切れないほどの振付とともに舞台に立ってきました。私の身体は振付がなければ踊ることができなくて、その上そいつはたくさん踊りたい性質(たち)なのでつまりそれだけたくさんの振付(エサ)が必要なのです。振付はいつどんな場所にも、様々に形を変えて存在する。この世に存在するすべての振付をダンス
河野紗代子(音楽)と清水美紗都(ダンス)が1つのテーマに対して感性をぶつけ合った共同作品。「黄色」という色にどんな印象を抱くだろうか?太陽や星、菜の花やひまわりの元気で温かい色。反対に、踏切や信号、標識など危険を喚起する色。日本人には、黄色人種=アジア人ヘイトの問題があり、映画界では、紛争や貧困地域の描写に黄色い色を映像に重ねる「イエローフィルター」も近年問題視されている。本作では、「黄色」が持つ
Dance New Air 2014
幸せとは。無意識でも意識的でも、選んだ結果で今がある。 「赤い靴」を選ぶ人生、選ばない人生。「赤い靴」を履かずにいられない欲望の源は、何にあるのか、「赤い靴」に焦点を合わせない女は、何に怯えているのか。思いも掛けないきっかけで、もともと眠っていた種は目を覚ます。 女は無意識に危ないことを知っている。 それを幸せと呼ぶのか、呼ばないのか。
Dance New Air 2016
「ディクテ」とは 韓国系アメリカ人アーティスト、作家であるテレサ・ハッキョン・チャにより1982年 に出版された叙情詩的実験書。多様な文体による文章、図案、写真、他言語を用いて、テ レサ・ハッキョン・チャ自身、チャの母親、朝鮮独立闘争3・1に関わったユ・グアンス ン、カール・ドライヤー監督の無声映画におけるジャンヌ・ダルク、19世紀カソリック 教徒聖女テレーズ・マルタンなどのメタファーを行き来し、
日本のコンテンポラリーダンス界を牽引する振付家の黒田育世が、Noism05から振付委嘱され2005年に初演した話題作。
Dance New Air 2014
「アソビ」とは大人のゲーム。人生の贅沢な楽しみ。冒険、争い、 競争、芝居、ダンス、セックス...快楽、解放、高揚に身を委ねるあ らゆる行為。日本においてそれは男にだけ許された行為。女は そんな無駄な行為に身をやつすことなどできない。『ASOBI』は、ポルノグラフィーにしろフェティシズムにしろ、ある いは劇場で見るお芝居にしろ、そうした大人のゲームが基本的 に「のぞき」によって成り立っていることを暴
「Caddy! Caddy! Caddy!」は、フォークナーの小説『響と怒り』、『アブサロム、アブサロム!』、短編小説『エミリーへのバラ』の抽象的な描写を題材にしたライブサウンドスコアとダイナミックなインスタレーションを伴う作品です。ダンスは、閉塞感、束縛、悲しみ、孤独、勇気を表現します。最終的には、ステージが無数の光の色の糸が空間に広がる息をのむようなフィナーレへと展開します。シンプルな照明の変
山崎広太が率いるFluid hug-hug Co.の旗揚げ公演。1996年~2002年までの山崎振付・演出・構成による3作品を新たなダンサーで一挙上演。
王様には秘密がありました。その秘密を知ってしまった床屋はふと思いました。「そもそもなんで王様の耳はロバの耳なんだろう?」イソップ寓話を新しい解釈でアレンジ。身体表現や生楽器、道具を使った見立ての表現などで描く絵本の世界のような新しいダンス劇。マイノリティの生きづらさは、大衆の理解と許容の意識で好転するかもしれない。そしてそれは何気ない純粋で小さな一言がきっかけかもしれない。そんな願いを込めた物語。
(フライヤーより)1990年代後半、時代の要請を背景に花開いた〈バニョレ〉をキーワードとして2002年夏、第1回ダンスビエンナーレTOKYOを開催しました。〈バニョレ〉を、目指し、通過し、去りゆくものと捉え、次代のダンスの道を模索する試みでした。世界の各地から多くの才能が集まり、多くの作品が時代に訣別を告げていきました。灼熱の大地に、猛吹雪の大地に、緑あふれる大地に別れを告げて〈10,000年の旅
一人の女性が成長していく過程を軸に、鏡のなかにみる“自己”という存在と他者の“眼差し”から見える自己存在との矛盾を軸に、“世界/全体”からみた自己と他者の入子構造を描き出し、”世界/全体”と個との調和と関わりについて無限に映し返す。ラヴェルの組曲「鏡」の作曲から100年を経て再解釈。音楽をヴィジョンとして読み解き、身体と映像を通して、音楽の向こう側にある物語を視覚表現とともに翻訳する。
人殺しを免除してもらおうと市役所に相談にやってきた男。しかし窓口の職員は冷淡に陳情をはねつける。諦めずに通ううち、職員もまた、この掟に翻弄されてきたことがわかり……。わたしには頭に爆弾の破片が入ったまま帰国した祖父がいる。現代に生きるわたしが祖父の死にまつわる真実を聞かされた時、目新しく残虐なものに興奮する自分の姿をそこに見つけた、そして思った。それは本当に真実なのだろうか。今作ではアルバニアの小
アクトと舞踊を癒合させ独自の世界観をもった舞踊作品。出ない蛇口に集まった3人のそれぞれの人生が交差し、死生感を問う。消えない欲望、欲望をかくしながらの葛藤、時間が経過する老いへの恐怖。人間は水がなくては生きていけない。人間の生命の宿命をもち、身体の中へ流れていく水は、命を吹き込み、優しさや愛を生む。戦いは水をも止めてしまい、自然を破壊する。人間の欲望が自然より傲慢ではならない。生きるへーると平和の
「ひとりの娼婦が寝ている。目を凝らすと、それは、彼女の立ち姿であることに気づく。」という冒頭の一節を起点として、12人の登場人物が一夜の出来事を紡ぐ物語を、二人のダンサーの身振りと唄、笛、太鼓、三味線の生演奏により描き出す。暗喩的な台詞から浮かび上がるイメージを掬い上げながら、演劇・ダンスの境界線への接近を試みた本作品は、東京芸術祭2021 主催プログラムとして、2021年10月22日 ~10月2
漫画・アニメ・⼩説と様々なメディアミックスを展開している⼈気作品「⽂豪ストレイドッグス」。本作は、舞台シリーズ最終章として、TVアニメ「文豪ストレイドッグス」第3シーズンを原作に、舞台ならではの表現で「共喰い」のエピソードを描きました。
「カルメン」のオペラ台本はメリメの原作とは大きく異なる。メリメはドラマの外部に視点(旅する学者)を置いているのである。私はその語り部に重点を置き、語られた物語の"物語"として、他に類を見ない、唯一無二のNoism版「カルメン」を創作したいと思う。(金森穣)
コンテンポラリーダンス ソロ作品
新型コロナウィルスの蔓延からこれまで、長い時間をかけて、心の中の深く暗い部分に巣食い・広がって来たのは自分の死を・大事な人の死を恐れ、感染経路が分からないまま忍び寄ってくるウィルスや人々の行動に恐怖し、感染により社会から居場所を失ってしまう事に怯え、人を疑い・疑われる事が恐くなり、離れた家族と会えない事以上に帰って来て欲しくないと心の距離まで離れてしまう、人に心があるから生まれてくる、そんな沢山の
Dance New Air 2018
Dance New Air 2018のプログラムの一つで、青山通り沿いのスペース「ショウケース」を舞台に開催。新たな時代を牽引していく30歳以下の若き振付家・ダンサーたちを同世代の田村興一郎がキュレーション。10年後のコンテンポラリーダンスシーンを彼らの身体を通して体感できる注目のプログラム。
閉じていること。だからスペースが生まれる。開かれる。ドラマはそこから生まれる。これは作品の作り方の話でもある。といっても、いつもそういう作り方をしているのだけど。今回が特別なのではない。しかし、今回はあえて、閉じている、という事を強調しておく。僕たち自身も閉じていた。そこに意味があったのだと思う。これからは変わってもいいかもしれない。開かれたカンパニー?ダンス?に。ハードコアダンスってとっつきづら
おそらくは誰もが子どもの頃、一度は遊んだことがあるシーソー。その語源はsee「見る、反復する」+saw「のこぎり、前後に動かす」らしいですが、この"see"と"saw"という現在と過去の単語がひとつになったこの言葉からは、さまざまな記憶のイメージが浮かんできます。ギッタン、バッコンと上になったり、下になったりを繰り返しながら、それぞれの高さで、僕らはそこからなにを見ていたのでしょうか?そしてそのと
闇の底の底空の果ての果て潜っていく闇に着床する種いのちの珠を孕む垂直に あいだを紡ぎながら丁寧に歩を進める重力の底深い空そこに咲く花
身体障碍者の「障碍そのもの」を芸術に転化して身体表現を行ってきた態変が40周年を迎え、真正面からアフリカに挑みます。人類発祥の地と一説にいわれるアフリカから、偉大な旅が始まる第一部(グレートジャーニー)そうやって出て行ったポジティブな旅の連中が、第二部(奴隷船)では、巨悪な資本主義の根源である奴隷制度の時代に帰ってくる。その時、旅にもまれた連中がかき回す世界は、どんなうねりを発するのか?
TOKYO DANCE TODAY #8
青山円形劇場の空間を生かし独創的な作品を発表するダンスシリーズ「TOKYO DANCE TODAY」の第8弾。世界的に活躍する中村恩恵が振付を手がけ、鈴木ユキオ、平原慎太郎の2人が共同振付・出演した作品。音楽・演奏はロック、ジャズ、現代音楽、ポップミュージック、あらゆる音楽シーンを横断、即興音楽とコンポジションの融合を図り、劇団「維新派」の音楽監督としても知られる内橋和久が務める。
島根県西部の伝統芸能「石見神楽(いわみかぐら)」と、コンテンポラリーダンスがコラボレーションした創作舞台。演目の「鍾馗(しょうき)」は唐の玄宗皇帝の夢にあらわれ魔を祓い、病をいやしたとの故事に由来する神を指し、日本でも古くから人々に親しまれてきた。本作では石見神楽の人気演目のひとつでもある『鍾馗』をダンサー・振付家の藤田善宏が演出。現代的なモチーフを随所に散りばめ、ソロから群舞まで多数の見所を配し
プロジェクト大山と田上パルによるダンスと演劇のコラボレーション。1940年に上演された『日本』三部曲に想を得て制作された作品です。1940年は、アジア初となる東京オリンピックの開催が計画された年です。しかし日中戦争の長期化によりやむなく中止されます。その一方で、この年には皇紀2600年を祝う様々な記念行事が催されていきます。第一線の舞踊家達が賑々しく集う『日本』三部曲もそのひとつ。平和の祭典が中止
渡良瀬遊水地で葦焼きが行われているなか、ひとりの女がこの世から消えてしまいたいと思った。現代を生きる30代女性、成田みのるが葦原の向こうへ歩いて辿り着いたのは、生まれる前の世界、生成の国である「未世」であった。記憶を失ったみのるは、未世のヒトビトに助けられ、なぜ「未世」へ来たのか思い出すとある行動に出る……。「生まれるとはなにか、この世に存在するとはなにか」を問う、大人のファンタジー。
Noism0+Noism1
新潟を拠点に世界へ向けて創作と発信を続ける2つの芸術集団による初の共演。作曲家・原田敬子の「鬼」をテーマにした楽曲に、金森穣が創作した“新潟をテーマにした作品”。鬼伝説の由来を金工師、鉱山の歴史との関係から考察する1冊の研究書から、鬼=鉱山=佐渡(新潟)がつながり、佐渡に初めて遊郭を開いたとされる清音尼、役行者、そして「鬼」という3つのキーワードに基づいて音楽的インスピレーションから創作。
Noism0+Noism1 ディアギレフ生誕150周年
「東西文化の融合」を20年来のテーマとしている金森穣が、オペラ『蝶々夫人』に影響を与えたともいえるピエール・ロティの小説『お菊さん』をもとに新たに台本を書き起こした上で振付。ストラヴィンスキーの「結婚」で踊る舞踊家たちは全員人形として描かれ、ロティが描写(蔑視)する日本人を隠喩している。Noism×鼓童「鬼」と同時上演され、本作品も「鬼」をテーマとしている。
新人Hソケリッサ!インド路上ダンスプロジェクト2024
新人Hソケリッサ!初海外公演を追ったドキュメンタリー。インド・ゴア州パナジにて一般向けダンスワークショップを実施し、営業中の公設市場内で新作『Super Stranger』を上演。およびオールドデリーの低カースト民が住む地区の路上にてソロダンスを行った。環境に馴染まない「よそ者」として存在することを通じて、便利さや物質的な豊かさの中で人間の本質を見失いつつある都市に生きる身体に問いを投げかける。
「静」は白拍子静御前の伝説をもとに、箏奏者八木未知依と照明家三浦あさ子と制作したコラボレーション。民俗芸能へのリサーチに基づき白拍子の巫女と遊女という両極の女性像について考察をした。能楽(『道成寺』『檜垣』等)に残されている乱拍子とは本来は気が狂うようなリズムに乗せられるような舞ではないかと考え、道成寺縁起へとストーリーを展開し、静の思いと祈りのの強さ、女性としての儚さをあらわにした。
――綺麗な毒には花がある。 『完璧な女子力』を求める女子高生は、森の奥に建つ巨大なメイド喫茶でアルバイトを始める。勤務初日の夜、メイド長が突然死。騒めくメイド達は「これは『御主人様』の仕業だ」と噂する。店には、メイドを次々殺していく、怪人『御主人様』の呪いがかかっていた。 耽美!耽美!暴力的耽美!演劇集団白昼夢が、虚構で性別を破壊する。
「オノマトペ(擬音語・擬態語)」とは、短く簡潔に伝わりやすい感覚的な音と言葉の間のような存在。そんなかわいくてマンガ的なオノマトペが溢れる世界で、身体と言葉を使って多角的な視点から様々な表現方法で遊びます。ダンスにコントに即興での客席との共同作業に。ユーモラスな発想のオムニバスから一転、戦争の愚かさとその後に生まれる人々の希望も描きます。オノマトペを使った教育利用普及も視野に入れた画期的な作品です