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(フライヤーより)つねに新しいダンスの可能性を模索し、各方面から熱い注目を集める3人のダンサーたち。今回は、それぞれがもつ世界をステップアップさせ、ダンスの概念を超えたエネルギッシュなステージをつくります。ダンスコラボレーション 2何かが動きはじめる。
【作品ノート】「私は、私の身体を選んで、生まれてきた。この身体に起こる全てのことを、この身体で経験することを選んだ。そして、私はこの身体をどうするか、この身体とともにどう生きていくかを、自由に選ぶことができる。」もし、そう思えたら、あなたはあなたの人生の全てを愛することができますか?あなたの人生と、私の人生に、愛を込めて。
DaBYアソシエイトコレオグラファーの鈴木竜が、他ジャンルのアーティストらと協働するコレクティブな手法で創作した作品を発表した「鈴木竜トリプルビル」で上演された3作品のうちのひとつ。(共同製作:Dance Base Yokohama、愛知県芸術劇場。2021年12月に愛知県芸術劇場にて初演)2022年に大幅なリクリエイションを行い、「DaBYパフォーミングアーツ・セレクション2022 in Tok
シェイクスピアの恋愛悲劇『ロミオとジュリエット』とプロコフィエフの音楽をもとにした、金森穣創作の劇的舞踊『ROMEO&JULIETS』。Noismの舞踊家に加えてSPAC-静岡県舞台芸術センターの俳優が出演。舞踊家達の雄弁な身体と旋律のように言葉を操る俳優の身体が、対峙しながらも重層的に鳴り響く。その先に現れるのは、舞踊でも演劇でもない「劇的舞踊」でしか描けない“ロミオとジュリエットたち”の物語。
『夏の名残のバラ』は、金森穣が、舞踊家として円熟期を迎えた井関佐和子の在り方にインスピレーションを受けて生まれた作品。2019年「森優貴/金森穣 Double Bill」にて『シネマトダンス―3つの小品』の中の1作品として初演。舞踊家とは如何なる存在か。そして舞踊家が齢を重ねるとは如何なることか。舞踊家の生き様をご覧ください。
ダッショク舞踏キャバレエシリーズ
メルボルン在住パフォーマンス・アーティストとして活躍するゆみうみうまれと、 大阪発 世界を駆けめぐる劇団 GUMBO による舞踏キャバレエ狂想劇! 揺れる感覚、ぶれる思考、はぐれるアイデンティティー、ずれるコミュニケーション・・・舞踏にキャバレエをミック スさせた ゆみうみうまれの踊りと、劇団 GUMBO の色鮮やかなコメディに、オーストラリア、シンガポール、そし て日本人ゲストアーティストの多彩
宮沢賢治は、よくわからない不確かな存在を「ガドルフの百合」と名付けました。ここにいるのかいないのか、そこにあるのかないのか、お互いの距離を感じなければいけない状況が、むしろ私たちの身体感覚を鋭くしている気がします。この作品は上郷クローブ座のある元上郷中学校全体を舞台にした回遊型パフォーマンスです。ダンスや演劇、美術、映像、音楽などが紡ぎ出す時間と場所へ、一緒に距離のない旅に出ます。
土地に伝わる民俗芸能のように、自身が暮らす都市から生まれる芸能をつくる試みとして始動したシリーズ作品第一弾。
TOKYO DANCE TODAY #4
青山円形劇場の空間を生かした独創的な作品を発表するダンスシリーズ「TOKYO DANCE TODAY」の第4弾。「カンパニーデラシネラ」を主宰する小野寺修二の作・演出・出演作品。ダンス・マイム・芝居を混在させ、偶然と必然の迷宮に漂う人間を描く。
身体障碍者の「障碍そのもの」を芸術に転化して身体表現を行ってきた態変が40周年を迎え、真正面からアフリカに挑みます。人類発祥の地と一説にいわれるアフリカから、偉大な旅が始まる第一部(グレートジャーニー)そうやって出て行ったポジティブな旅の連中が、第二部(奴隷船)では、巨悪な資本主義の根源である奴隷制度の時代に帰ってくる。その時、旅にもまれた連中がかき回す世界は、どんなうねりを発するのか?
川口隆夫ディレクション企画「舞踏 ある視点」
台湾のアーティスト、リヴァー・リンによる、戦後日本に生まれた先駆的芸術運動「具体(具体美術協会)」について、特に田中敦子、白髪一雄、村上三郎、嶋本昭三らの作品を参照したオンラインパフォーマンス。また、C-Lab (Contemporary Culture Lab Taiwan)との共同制作作品として2020年に台北で上演されたパフォーマンス作品『具体美術宣言と踊る』のドキュメンテーション、TRUア
TOKYO DANCE TODAY #2
青山円形劇場の空間を生かした独創的な作品を発表するダンスシリーズ「TOKYO DANCE TODAY」の第2弾。「ク・ナウカ シアターカンパニー」の中心メンバーだった俳優の美加理による舞と、サウンドアートユニット「project suara」主宰の種子田郷による音楽が融合するパフォーマンス。
舞踊公演
歴史的な文脈を踏まえつつ、斬新な切り口で歌舞伎作品を現代化してみせる木ノ下歌舞伎。本作『娘道成寺』は、2008年に『三番叟/娘道成寺』の二本立てで初演し、2012年に30分に短縮した長唄音源を用いて初上演。その後、2017年には長唄の録音音源をほぼ全曲使用した60分のフルヴァージョンとして再創作し、再演を重ねるたびに進化してきました。演出・振付・出演は、きたまり。長唄を基に、背景や心情から、演目そ
うわすべりを紡いでいたら、いつのまにか愛だった。時間をかけて裏返したら、魂だった。近づきすぎたか、遠く離れすぎたか、見えなくなった。足音がしたので、応えたらやっぱり雨が降ってきた。たまたまそこにおっさんと一緒に雨宿りをした。しずかに。ほんとしずかに。ほんとグルービィに。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「ダンスボックス・ソロダンス・シリーズ」では、100席の小劇場空間ならではの緊密さを
(フライヤーより)1990年代後半、時代の要請を背景に花開いた〈バニョレ〉をキーワードとして2002年夏、第1回ダンスビエンナーレTOKYOを開催しました。〈バニョレ〉を、目指し、通過し、去りゆくものと捉え、次代のダンスの道を模索する試みでした。世界の各地から多くの才能が集まり、多くの作品が時代に訣別を告げていきました。灼熱の大地に、猛吹雪の大地に、緑あふれる大地に別れを告げて〈10,000年の旅
最小単位の「ひとつの身体」は舞台上でどう変容するのか---。「ひとつの身体」とは何か、という謎。上村なおかソロダンス第4弾。出演者は上村なおか、ひとり。
まだ見ぬ「春」を渇望し、これまでどれだけの人が、自らを捧げたのだろうか。世界を支配する暗い「冬」は、わたしたちからなにを奪い、なにを創り出そうとしているのだろうか。「祭典」という名の儀式は、本当に人々を救ったのか。わたしたちは、まだ本当の「春」をしらないのだ。
幾つもの夜を超えて会いに行く。もしも変わり果てた姿であろうと、たどり着いてみせる。難しい考えを羅列すると虚しくなるけど、幾つもの夜を超えて会いに行く。すきま風が吹く度、ふと我に返ってしまうけど、きっとたどり着いてみせる。何をもらってたんだっけ。分からなくなっちゃったけど、幾つもの夜を超えて君に会いに行く。それだけは間違いない。
北村明子が4年に渡って取り組んできた長期国際共同制作の舞台プロジェクト『Echoes of Calling 』。2022年11月には、ウズベキスタン・アイルランドへの海外ツアーを経て2023年3月に最終公演『Echoes of Calling– rainbow after–』に至る。この公演にあわせ、ウズベキスタンの伝統芸能、吟遊詩人「バフシ」であるアフロル・バフシやアイルランドの伝統歌として知ら
「ダンスの持つ抗えない魅力を、ダンサー自身が取り戻す事」を第一のテーマに、踊り尽くした末の、意味や記号から解き放たれた体から初めて生まれる関係性を提示した作品。「欲望も抑圧も、産まれた時からお皿に並べられていて、好きも嫌いもないままについ手が伸びちゃう程には食っちゃ寝て、その分大きくなったら誰かに食べられて、どんどこシェアされて循環してるこの体の緑。かなり。」
NPO法人ダンスボックスのプロジェクト「こんにちは、共生社会」から生まれたダンスカンパニーMi-Mi-Biは、障害の有無に関わらず、プロフェッショナルなアーティストの集団として活動している。今作はカンパニーの2作目。兵庫県豊岡市で開催された豊岡演劇祭の公式プログラムに招聘され、「島」をテーマに上演した。それぞれの身体や感覚を生かしながら新しい文化を創造し、歴史を築いていく様子を「島」に例えて表現。
ストラヴィンスキーの「春の祭典」やラヴェルの「ボレロ」など、数々の名曲に挑み独特の音楽世界をダンス作品として発表してきた平山素子が、劇作家シェイクスピアが残した言葉や劇世界をモチーフに、初めて本格的な演劇的ダンス作品として2015年に発表した『POISON~シェイクスピアを喰らう~』から4年。俳優の河内大和ら初演メンバーに加え、ダンス集団TABATHAの四戸由香、Noism退団後初舞台となる中川賢
コロナリポート
Sign:忙しなく動き続ける体と、短時間に凝縮した数多くの身振りで構成された10分間のダンス。振付を覚え練習することで、コロナ禍の滞留した時間を前に進めることを目的に制作された。Out:neji&co.のプロジェクト最終作。俳優によって上演されるテキストを用いた作品。2020~2023年を振り返りながら、過去から現在を通過した未来まで、私たちの生の「外」にある時間を想像する。
河野紗代子(音楽)と清水美紗都(ダンス)が1つのテーマに対して感性をぶつけ合った共同作品。「黄色」という色にどんな印象を抱くだろうか?太陽や星、菜の花やひまわりの元気で温かい色。反対に、踏切や信号、標識など危険を喚起する色。日本人には、黄色人種=アジア人ヘイトの問題があり、映画界では、紛争や貧困地域の描写に黄色い色を映像に重ねる「イエローフィルター」も近年問題視されている。本作では、「黄色」が持つ
本作は日本と台湾の出身である二人が台湾で過ごした記憶をベースとして、日本でも多くの議論がなされてきた「台湾有事は日本有事」について身体的交流を通じて再考する試みである。様々な情報が行き交い国際情勢が一層複雑化する現代において、日常と非日常、そして当事者と非当事者の境界を生きる私たちにできることはなにか。良き隣人と呼ばれる隣国・台湾を通じて自国を見つめ直し、共に考える時間を目指す。
(フライヤーより抜粋)今回は、’87年暮れの青山劇場公演「Can't stop Dancin'」と前回の「ダンスコレクション」でもうすっかりおなじみの名倉ジャズ・ダンス・スタジオのフレッシュなメンバーに加え、多彩なゲストも出演します。その熱いダンス・スピリッツはきっと、肉体表現の美しさ・楽しさを、ダンス・ファンにはもちろん、広く一般の方々にも伝えてくれることでしょう。時は春。さあ、青山円形劇場で、
あかちゃんとおとなのための舞台芸術ベイビーシアター
テーマは、狩猟採集社会のコミュニケーション。「ひととどうぶつがはなしができて 森や風や、さまざまなものに心をかよわすことことができて、ひとびとは、うたうように おどるように おしゃべりをしている・・・。そんな場所がこの地球のどこかにあらならば、あかちゃんは誰よりもその場所のことがよくわかるのかもしれない・・・」森や動物と密接な関係をもつ狩猟採集社会の文化にインスピレーションをうけ創作された本作は、
MWMWは死なない
本作は、「遭遇」をコンセプトに、舞台芸術における当たり前のことが、ある時から当たり前でなくなったと気づいたことから生まれました。日々の選択や分岐を経て私たちは今ここで生きている。私たちが共に踊り、その瞬間を観客と共有することは奇跡のようなことだと思いました。点と点は繋がっては離れたり、線になったら長くなる。日常は偶然や必然の出会いの繰り返しであり、今この時も私たちは遭遇している。
【作品ノート】透明な沸点と露点そのブラックホールをすぎるとある青い世界に柔らかい光が溢れているはざまに耳を澄まし光の波紋をうつす瞳うねりつづける細胞のひとつひとつをミモザの花にしたら少しはこの世を灯せるだろうか
Noism0
2021年「境界」を共通テーマとした山田うんとのダブルビルで発表した金森穣作品。「近くて、遠い、此処」。果たして此処とは何処か。それが定まらない限り、何が近くて、何が遠いのかを理解することはできないが、現代情報社会では地球の裏側の出来事を“近い事”として理解し、目の前で繰り広げられる出来事を“遠い事”=自らに関係のない物事と捉えていることに対する金森自身の問題提起といえる作品。
巌流島の決闘に向かうまでの佐々木小次郎の旅を大胆に脚色した本作は、パフォーマンス性の高い作品作りに定評のあるウォーリー木下が作・演出を務め、関西を拠点にパントマイムの第一線で活躍するマイム俳優のいいむろなおきが出演する、身体表現と映像のコラボレーションで魅せるパフォーマンス演劇である。本作は 2008 年に大阪・HEP HALL での初演後、韓国の招聘公演を経て13 年ぶり
ベルリンを拠点に活動する「劇団ティクバ」。NPO法人ダンスボックスによってはじめられた「循環プロジェクト」。障がいのあるなしの境界を超えて、舞台表現と向き合うこの2つのプロジェクトは、2009年から国際共同プログラムを継続。今回のKYOTOEXPERIMENTでさらなる展開をみせる。振付、演出を手がけるのは、2008~2009年に文化庁の研修員として訪れたベルリンで、ティクバと出会ったダンサー・振
80年代から作りためた小品をゴツゴツと並べたものを「ダンス☆ショー」と呼んできた。懐かしきリーダース・ダイジェストの通販で購入されたレコードを発見したことからまずは始まる。昭和の音楽が明るく単純な編曲で嬉々と演奏されていた。わたしは捻って捻り過ぎる癖があるので単純で明るい疑いのなさに圧倒される。単純で一本槍なダンス。凝らずにお遊戯のような動きで組み立てた小品の粒。初演新たな小品も織り混ぜてゴツゴツ
閉じていること。だからスペースが生まれる。開かれる。ドラマはそこから生まれる。これは作品の作り方の話でもある。といっても、いつもそういう作り方をしているのだけど。今回が特別なのではない。しかし、今回はあえて、閉じている、という事を強調しておく。僕たち自身も閉じていた。そこに意味があったのだと思う。これからは変わってもいいかもしれない。開かれたカンパニー?ダンス?に。ハードコアダンスってとっつきづら
トヨタコレオグラフィアワード受賞者公演
2010年トヨタコレオグラフィアワードにて「次代を担う振付家賞」を受賞し、その受賞者公演として2011年シアタートラムにて初演された作品。以降のプロジェクト大山作品においても根源的テーマとなる「生命力」を、独自の身体性や音楽、衣装などでユニークに表現した。以下作品ノートより「シャイネス アミーゴ つつしんで わたしからの ビームもじゃもじゃにつつんで おくるから
(フライヤーより)「元気の出るダンス」「明るいダンス」をモットーに〈ステイ•ヒア〉〈ダンス コレクション〉などのシリーズで次々と作品を発表している前田清実は1991年青山劇場での「青山バレエフェスティバル」でクラシックバレエにアプローチし、その鬼才ぶりを発揮した。ダンスの世界はいま大きく様がわりをし始めている。モダン、ジャズ、クラシックがそれぞれ融合し、単純なジャンルわけが難しくなってきている。前
一人の女と一人の少女が、出会い、互いの分身であるように、2本の樹木の上に横たわり、時を過ごす。眠り、言葉を交わし、外界へのイメージを広げる。ここはどこなのか、聞こえる声が時間を呼び起こす。孤独だけれど満たされている二人の遊びは、人の根源的な信頼と出会いを育て、この奇妙で孤独な遊びが世界へのドアを開けていく。
Dance New Air 2014
「アソビ」とは大人のゲーム。人生の贅沢な楽しみ。冒険、争い、 競争、芝居、ダンス、セックス...快楽、解放、高揚に身を委ねるあ らゆる行為。日本においてそれは男にだけ許された行為。女は そんな無駄な行為に身をやつすことなどできない。『ASOBI』は、ポルノグラフィーにしろフェティシズムにしろ、ある いは劇場で見るお芝居にしろ、そうした大人のゲームが基本的 に「のぞき」によって成り立っていることを暴
日本丸メモリアルパークパフォーマンス 2021-2022「路上の身体祭典H!」新人Hソケリッサ!横浜/東京路上ダンスツアー#2
社会から分断され個人になった時に個人は不安を抱え、集団に依存していた個人の脆弱さが露呈する。我々は生きる手段としてこの大きな集団に取り込まれ、それは習慣となり個人という存在や輝きは飲み込まれてしまうだろう。しかし希望を失った身体は、言うなれば囚われた習慣を捨てた身体の始まりであり、強靭な個人の身体の始まりだと僕は思う。歪な躍動のリズムで僕は目を覚ましたい。ツアー公式Webサイト:https://s
Dance New Air 2016 プレ公演サイトスペシフィックシリーズvol.1
慣れ親しんだはずの日常風景をさりげなく非日常へと反転させた『Borrowed Landscape-Yokohama(横浜借景)』 から3年-。ハイネ・アヴダルと篠崎由紀子は、今年30周年を迎えるスパイラル [建築:槇文彦] の空間を舞台に、ヨーロッパと日本のアーティストによる国際共同制作『“distant voices ‒ carry on』”~青山借景』に取り組みます。スパイラルの屋内外、一般に
傍観を許さない、目と心を奪う強靭なダンサーとダンス・BATIK=黒田育世新作。舞台。大きく円形に張り出し。後方横幅一杯にトタンの壁。構成。ワイヤで浮遊、穏やかに口笛を吹く育チャンは、母に呼ばれ喜び。しかし、他の子に依る母をみて、激しく嘆き、痙攣。母のスカート下で治まる。が安息も一時。母の心はしばし離れ、子は孤独な自分に出会うこととなる。愛されつつ疎まれる、母を感じながら失い続けていく、痛切な幼児体
2010年2月に開催された第2回恵比寿映像祭「歌をさがして」で参加展示した、藤本隆行/Kinsei R&Dのインスタレーション作品『Time Lapse Plant 4 Rings』に於いて、一度限り行われた、男性現代舞踊ダンサー4人による即興ダンスの記録映像。舞踊手は、川口隆夫・白井剛・鈴木ユキオ・森川弘和の4名。
この作品の始まりは2006年夏のセッションハウスでの沖至さん、藤田佐和子さんとの即興セッションでした。その後岡山で、今回使用している曲を使っての作品の流れとタイトルの「青空散歩」が産まれました。この作品はさまざまな場所で上演する機会に恵まれ、再演を重ねるにつれ作品そのものも育っていっています。今回、東京での初演をこの中野テルプシコールで行います。現実と夢の間の、生と死の間の、時空をかいま見ることが
(フライヤーより)現代の社会に生きる私たちは、様々な技術の発展により、世界中で情報を瞬時に共有することができる豊かさを享受しています。しかし、その一方で、技術を持つ者と持たない者の間に格差が生じ、その格差は、民族や国家、人権や性、富める者と貧しき者の間に、争いをも生み出しています。ダンスも例外ではありません。ここ20~30年間で、世界中がダンスを共有し、その境界はたやすく超えられたかに見えますが、
「君が長く深淵を覗き込むならば、深淵もまた君を覗き込む」フリードリヒ・ニーチェ『善悪の彼岸』より足元を覆いつくすアスファルトのように、深淵は僕たちの日常に寄り添っている。足元に砕け散ったフロントガラスの破片のように僕たちの身体は今ここに放り出されている。深淵に映り込む影が、僕たち自身の姿であり、身体そのものであるのなら、明晰とは、ただそこから逃れることなく、ただここにあることを、ただひたすら見つめ
大橋可也&ダンサーズがドラマトゥルク長島確とともに2013年に始動したリサーチ型ダンスプロジェクト《ザ・ワールド》最終作品。
Minami Nakayashiki installation + performancetouch the ghost skin at BankART KAIKO時空のズレ 断絶を超えて私たちはふれあうことができるだろうか2020年よりスタートした映像×身体のインスタレーション+パフォーマンス作品を、横浜のオルタナティブスペースBankART KAIKOにて上演。
新人Hソケリッサ!インド路上ダンスプロジェクト2024
新人Hソケリッサ!初海外公演を追ったドキュメンタリー。インド・ゴア州パナジにて一般向けダンスワークショップを実施し、営業中の公設市場内で新作『Super Stranger』を上演。およびオールドデリーの低カースト民が住む地区の路上にてソロダンスを行った。環境に馴染まない「よそ者」として存在することを通じて、便利さや物質的な豊かさの中で人間の本質を見失いつつある都市に生きる身体に問いを投げかける。
舞台上にゾロゾロと現れるのは、普段着の男女28人。誰もが一度は耳にしたことのあるポップソングをバックに黙々と身体を動かす彼らに、年齢や職業、 ダンスの経験をはじめ、特別な共通点はない。舞台手前でDJ役を務めるスタッフが突如舞台にあがり<プライベート·ダンサー>にのせて見事なダンスを披露したり、<ばら色の人生>では場内の照明がすべてピンクになったり……歌詞にあわせたペタな振付や演出に、観客は笑い、感
漫画・アニメ・⼩説と様々なメディアミックスを展開している⼈気作品「⽂豪ストレイドッグス」。本作は、舞台シリーズ最終章として、TVアニメ「文豪ストレイドッグス」第3シーズンを原作に、舞台ならではの表現で「共喰い」のエピソードを描きました。
〜曖昧な静謐の中。「からだが置き去りにされるのが怖かった。」まだ少し怒ったような不安そうな顔でカウラはそう云った。ババカールの号泣よりもドキっとした。だってなんだか本当っぽい。〜この作品は、JANT-BIへの共同振付作品「RWANDA/Fagaala」コレスポンスダンスであるが故に、素の自分をストイックに問いたい。かつてモーリス・ベジャールとセネガルでダンスの学校「ムードラ」を共に開講したジェンメ
Dance New Air 2018
Dance New Air 2018のプログラムの一つで、青山通り沿いのスペース「ショウケース」を舞台に開催。新たな時代を牽引していく30歳以下の若き振付家・ダンサーたちを同世代の田村興一郎がキュレーション。10年後のコンテンポラリーダンスシーンを彼らの身体を通して体感できる注目のプログラム。
この作品では光(Luminaire・リュミネール)がタイトルとなっているように、光が問題提示のシンボルであり同時に一つの答えとして、作品中一貫して様々な光が形を変えて現れる。テクノロジックなシャーマニズムの試み。日々加速し増幅する情報の氾濫、それは私たちが今ここに‘存在していることの大きな神秘をも覆い隠してしまう。原初の時代の、あるいは神話の中のシャーマンたちにはこんな問いが出てくるかもしれない。
「ダンステレポーテーション」展
2020年5月にDance Base Yokohama(DaBY)のオープニングイベントとして予定されていたTRIAD DANCE DAYSにて、山﨑広太が振付ディレクターを務めるサイトスペシフィック・ダンスが中止になったことにより、唐津絵理(DaBY/愛知県芸術劇場)が企画・総合ディレクターとなる新プロジェクト「ダンステレポーテーション」が始動した。オンラインでの対話から始まる創作を経て、生まれ
瀬戸内国際芸術祭の会場である直島の本村地区の様々な場を使いダンスを埋め込むことで直島全体がまるで劇場であるかのような感覚を鑑賞者が味わえるサイト・スペシフィックダンス作品
(フライヤーより)異文化の対峙と交流!日本人作曲家がシャーマニズムを主題に作曲し、フランス人たちが舞台化するサウンドスケープ。
"稽古場で、舞踊家たちがバーに捕まって稽古をしている。するとある刹那、一人の女性舞踊家が自らの指先に過ぎた日々の断片を見る。それは20年という歳月に彼女が乗り越えてきた苦悩であり、分かち合ってきた喜びであり、受け入れ、その身に刻んできた舞踊への愛である"(『Amomentof』)、”黄昏時に、白い舞台の上で、白装束の集団(ある民族)によって儀式が営まれている。それは人間とは何かを忘却せぬために、巡
2022年10月21日(金)〜23日(日)、象の鼻テラスにて、ザ・フォーサイス・カンパニーをはじめ世界の第一線で活躍してきたアーティスト安藤洋子が率いる ZOU-NO-HANA BALLET PROJECT の実験的パフォーマンス「Walk Installation ARUKU vol.3」を開催しました。アーティストのジヨン・イ(韓国)による映像インスタレーションとともに、濃密なクリエーションを
中間アヤカ&コレオグラフィ
振付をダンスとしてその場に立ち上げること、振り付けられた身体をダンスさせることがダンサーの仕事だと信じて、これまで数え切れないほどの振付とともに舞台に立ってきました。私の身体は振付がなければ踊ることができなくて、その上そいつはたくさん踊りたい性質(たち)なのでつまりそれだけたくさんの振付(エサ)が必要なのです。振付はいつどんな場所にも、様々に形を変えて存在する。この世に存在するすべての振付をダンス
自らの身体と向き合いながら唯一無二の表現を創り上げてきたハンディキャップのダンサーと、エクスペリメンタル/ジャズ/ポップ/ワールドほか様々なフィールドで活躍する音楽家が1対1で対峙した舞台公演。「障がい」とは何か?私たちを分け隔てるものは何か?私たちが多様性と呼んでいるコトの姿とは?パフォーミングアーツが提示する、ダイバーシティーの現在形。