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記憶の悪いロボットの「ボロ」は世界のいろいろな場所で仕事をしながら女の子を探している。スクラップ場で「ワタシ」に発掘された彼は自分の過去を話し始める。
怪談の作者小泉八雲は、ギリシャ、アイルランド、そして日本と、漂白をつづけた孤高の旅人だった。小さな島国を愛し、怪談のほかに多くの随筆を残した小泉八雲に新しい光をあてる。ヘルン氏と彼が愛用した人力車の車夫チャとが、弥次喜多よろしく二人三脚で旅を続ける、おかしくも泣ける、ヘルン氏のこわいかこわくないのかわからない話。
(フライヤーより)ただいま語り申す御物語 国を申さば丹後の国 金焼き地蔵の御本地を あらあら説きたてひろめ申すに これも一度は人間にておわします(天下一説教与七郎 正本より)
―やそすけの撥が雪をんなを舞わせる―三味の音と和紙人形の織りなす「雪をんな」。切れやすく、破れやすい“ゆき”と“巳之吉”の話を、三味線やそすけの糸にのせ、和紙の人形が舞い綴ります。文楽のようで文楽ではない舞台。眼鼻の無い和紙の人形の表情は、皆さまの想像力で補ってご覧ください。
(フライヤーより)青山円形劇場では、クラシック音楽のなかから動物や鳥や虫を描いた曲を集めてお芝居仕立てに構成した「五線譜のなかの動物たち」というコンサートを上演しています。こどもの城オリジナルのファミリー企画で5年間14回も続いている人気シリーズです。今回は、対象をファミリーだけに限定せず「五線譜のなかの動物たちスペシャル」として一般向けに上演いたします。これまでとはひと味もふた味も違った、”音楽
魔法の森で旅の商人パナールは野獣が住むと言われる館の庭に迷い込み、末娘のベルのために薔薇を一輪手折る。そこへ館の主である野獣ベトウが現れた。「その薔薇と引き替えにベルという娘をひとりで来させること」フランスの童話作家J・L・ド・ボーモンによって18世紀に描かれた奇跡の物語を人形劇作品として皆様にお贈りします。
古代メソポタミアの英雄ギルガメシュ王と親友エンキドゥの壮大な冒険物語が、躍動感あふれる祝祭音楽劇に。世界的人形劇師・沢則行氏とのタッグで、巨大な森の守り手フンババが駿府城公園に現れる!フランス国立ケ・ブランリー美術館からの委嘱を受け、宮城聰がSPAC俳優陣と取り組む新作は、古代メソポタミアの冒険物語『ギルガメシュ叙事詩』。粘土板にくさび形文字で刻まれた古代文明の象徴にして現存する世界最古の文学作品
子どものためのバレエ名作シリーズ
クリスマス・イヴにくるみ割り人形を贈られた少女クララ。実はその人形はお菓子の国の王子がネズミの王様の魔法によって姿を変えられたものだった。クララはネズミと闘い、その魔法を解く。そして元の姿に戻った王子と共に旅をする。少女が家から離れ、大人への階段を登っていく様子が描かれた夢溢れるファンタジー。
時は現代、少年は15才。ある日、行き場のない思いが爆発し事件を起こす。少年は自転車に乗り、ただひたすら国道を北に走る。突然、奇妙な美術館が現れる。道化の手招きで引き寄せられるように、その中に入ってしまう少年。館内にはオブジェや絵、その中に一枚のオルフェウスの肖像画。食い入るように見つめていた少年はみるみる額縁の中へ吸い込まれ、ついにはオルフェウスの身体に溶け込み、3000年前にタイムスリップする。
(フライヤーより)愉快で不気味、かつ優雅
(フライヤーより)KOUSKY(コウスキー)とはチェコ語でKOUSKY〈断片、部品〉の複数形。英語でなら、〈PIECES〉。そして、チェコを拠点にヨーロッパで活躍する日本人の人形劇作家・沢則行の小作品集のことです。
時は封建時代。「白鷲城」の異名をもつ美しき姫路城の天守第五重。ここは、人間が足を踏み入れれば決して生きて帰れぬ、魔界の者たちの棲み家。ここに棲む天守夫人富姫のもとへ、猪苗代より生首を手土産に亀ヶ城の亀姫が朱の盤坊ら眷族をひきつれて訪れる。富姫はその返礼に姫路城城主・播磨守ご自慢の純白の鷹をおびきよせ亀姫に持たせた。鷹をそらした責を問われた図書之助は切腹のかわりに唯一人第五重にむかう。二度と踏みいれ
(フライヤーより)キミならどのあかずきんにする?
小学5年生の陣平の夢は「漫才の星」になること。その夢に向かって、今日も相方の哲平と漫才の練習に励んでいた。 が、その哲平が「兄の間平とコンビを組みたい」と言い出し、コンビを解消することになってしまう。 相方を失った陣平は、あまり仲の良くないブチにツッコミの才能を見い出し、嫌がるブチをあの手この手で説得する。ようやく新コンビを結成し、いよいよ目指す漫才コンクールが近づいたある日、今度は哲平に大事なネ
小劇場演劇の記念碑的な作品である北村想の名作「寿歌」を、愛知人形劇センターが人形劇と演劇のコラボレートする新しい舞台作品として企画制作。核戦争の終わったある関西の地方都市。人影もまるでなくなった荒野を行く旅芸人のゲサクとキョウコ。そこにいきなり現れる不思議な芸を持ったヤスオ。ゲサクとキョウコのあてのない旅路にヤスオが加わり、家財道具をリヤカーに積んで三人は荒野を進む。目指すはどこか…。
人形劇団京芸が、45周年記念にミヒャエル・エンデの傑作である『モモ』を人形劇化。美術は劇団創立メンバーの谷ひろしが手掛け、当時の演技部総出演で行った、壮大な舞台です。モモの持っている不思議なやわらかさと、灰色の男たちの不気味さ。時間に追われていく大人たち。現実とファンタジー……人形劇だからこそできる表現がたくさんつまった、劇団渾身の一作です。
「わたしは城の桜姫、世界で一番美しい。雪と競うても花と競うても負けはせぬ。」そんな姫が京の都から訪れた三条の宮のもとに嫁ぐことになった。思い立ったら矢も盾も、人の言葉に耳貸さず、冬のさなかのお興し入れ、鬼住むという鬼きり峠、雪降りしきる峠道……「雪崩だぁーっ」共の者たちの悲鳴の中、姫は雪にのまれて……夢うつつに男の背で聞く言葉「人と思えば人となり、鬼と思えば鬼となる。すべてはお前の心次第だな」気が
原作は近松門左衛門。『女殺油地獄』は、1973年劇団創立25周年時に吉田清治が脚色・演出・人形美術を担当した劇団初の近松作品である。それから45年以上の時を経て、ふじたあさや氏を演出に迎えて再演した。人形の首(かしら)のほとんどを1973年初演及び1987年再演時のものを用いた。原作者近松の時代にはたった一度しか公演が打たれなかった作品が、現代になって舞台・映画他様々なジャンルで取り上げられている
(フライヤーより)ドイツは古くから人形劇の宝庫。長い歴史の流れの中で育まれ、芸術的にも高度に洗練されたさまざまな形式の人形劇が、こどもから大人まで、広く親しまれてきました。この夏休み、そのドイツ人形劇の第一人者ウルリッヒ・トロイによるベルリン人形劇場が初来日します。国際的にも高く評価されている珠玉の名舞台。
近松門左衛門の時代浄瑠璃がいま蘇る!豪傑 佳人 武将 仙人 悪漢 入り乱れて 中国大陸と日本 元禄と平成を繋ぐ 勇壮な祭りが始まる
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(フライヤーより)ココロがやわらか不思議にうごきだす
サハラ砂漠に不時着した飛行機の操縦士の「ぼく」は、家ほどの大きさしかない惑星からやってきた少年と出会う。小さな星の「王子さま」に大切なことを教わる物語。
舞台はドイツのとある街。クリスマスを迎えてにぎわうクリスマスマーケットで、ごく普通の家で暮らす一人の少女クララに起こる不思議な物語。人形の世界へ迷い込んでしまったクララが、家族の愛と温かさに気づき、大人への階段を一歩登る。美しい舞台美術と心躍る音楽とともに、素晴らしいバレエの世界を子どもから大人まで堪能することができる。
近松門左衛門原作の人形浄瑠璃を現代人形劇として全段取り組む。劇団創立40周年記念作品として上演。国立文楽劇場の舞台機能を駆使しようと演出された。劇団の役者総出演の作品でもある。資料は、1989年3月26日にNHK芸術劇場にて放映されたもの。
(フライヤーより)ニューヨークを中心に活躍するアキスタジオカンパニーが、この夏、青山円形劇場にやってきます。ピエロ、バレリーナ、ロボット、兵隊、ネコ、そして、トム博士。人形たちと7つの不思議な箱の物語。箱の中には、なにがあるのかな⁉夢と冒険のドレミファンタジー。さあ、みんなもいっしょに、オモチャの国に出かけよう!!!
(フライヤーより)「京太郎の唄」諸国との盛んな交易の歴史をもち現在も異国情緒あふれる沖縄に伝わるのは、400年の昔、本土からやってきたといわれる大和人の人形つかい〈ちょんだらー〉の物語。幕府の圧政に苦しむ沖縄に生きた人形つかいの京太郎父子。その奇想天外な物語が、いまなお「琉球」が息づく独自の音楽と舞踊を背景に、めずらしい大型人形たちによって甦り、私たちの心に幻想と感動を呼びおこします。「遠野物語~
貧しい家の娘、お菊は弟の文弥が幼い頃、石の上に誤って落としてしまい失明させてしまう。その償いにお菊は吉原へ身売りして、作った百両の大金を文弥にもたせ、京へ上らせて座頭の官位を取らせようとする。途中の鞠子宿で仁三は文弥の大金を狙うが、十兵衛に取り押さえられる。文弥と十兵衛が宇都谷峠まで来たところで、十兵衛は初めて大金のことを知り、自分の主人のために借金を申し入れするが断られてしまうのだった。
結城座旗揚げ385周年記念公演の第三弾として、三代目両川船遊が40年来温めてきた 企画であるフランツ・カフカの名作「変身」を上演。脚本・演出には、劇団 温泉ドラゴン代表・演出家として、人間の本質に迫る骨太で重厚な舞台を創造する現代演劇の牽引者の一人シライケイタ氏を迎え、人形デザインには若手油絵画家の谷原菜子氏を起用しました。谷原氏の特異な表現はカフカ作品の不条理な世界と響き合います。
夕暮れ時。怪しげな黒猫に誘われ、くろぐろとした「かくれ山」の奥深く迷い込んだ少年ナオ。そこは時間の流れからはずれた妖怪たちの住む魔界だった。天狗、赤鬼、山姥。そして子どもを猫の姿に変えてしまう恐ろしい猫婦人・・・小さなネズミに励まされ、ナオは子ども達を救い出す事ができるのか?
スコットランドの王位簒奪を目論むマクベスは、マクベス夫人と共にあらゆる裏切りや陰謀を企て国王ダンカンを暗殺し、王位に就くも、その猜疑心と暴政により自らの身の破滅を招くのだった。結城座では1982年の初演以来幾度も再演され、代表的なレパートリーの一つとなった作品。1986年のベオグラード国際演劇祭では特別賞を受賞 するなど、「結城座のみが演じ得るマクベス」として、海外でも高い評価を受けた。
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黒ねこのルドルフは、ひょんな事で乗ったトラックで、遠い遠い町、東京へ。ひとりぼっちになったルドルフは、ボスねこのイッパイアッテナに出会った。イッパイアッテナは文字が書けて、色んなことを知っていて、しかも人間との付き合いがうまい、とてもすごい野良ねこ。ルドルフはイッパイアッテナから、野良ねことしての生き方や、文字の読み書き、知ることの大切さを学び成長していく。そしていつしか友情が芽生え……。ルドルフ
ノーラの決断は過去のもの?時を越えて響く注目の新演出!もうすぐクリスマス、ノーラは浮かれていた。可愛い我が子に、やさしい夫ヘルメル。夫の仕事も順風満帆だった。だが、ヘルメルの部下クログスタの訪問によってある重大な秘密が暴かれ、ノーラは自分が可愛がられるだけの「人形」であったと気づき…。女性解放運動にも大きな影響を与えた、「近代演劇の父」ヘンリック・イプセンの傑作社会劇。舞台をヨーロッパから昭和10
(フライヤーより)「ふたごの星」は宮沢賢治の童話の中で最も初期に書かれ、賢治が弟妹に読み聞かせたものといわれています。天の川の西の岸の小さなお宮に住んでいるふたごのお星さま(チュンセ童子・ポウセ童子)が、乱暴者の大ガラスの星とさそり星のけんかに巻きこまれ、わがままなさそりに苦労しますが、さそりを改心させて王様に褒められます。また、ある日の晩は、意地悪な彗星にだまされて海に落ちてしまいます。海に落ち
河内の大名高安家の腰元にあがったお辻は当主道俊の後妻にはいり玉手御前とな る。 道俊の後継者には先妻の子、俊徳丸と妾腹の兄次郎丸がいる。次郎丸は俊徳丸 に家を継がせまいと陰謀をはかっている。その俊徳丸に玉手が懸想して、なにを血迷 ったか毒の酒を飲ませてしまう。そのために俊徳丸は重い病にかかり、失明してしま うのであった。
江戸は神田八丁堀からお伊勢参りへ。弥次さん喜多さん、東海道を西へ行く。二人の旅路を彩るは伝統芸能の数々。歌舞伎に講談、太鼓に三味線、果ては皿回しまで。みんなで笑って楽しい大江戸人形喜劇。~あらすじ~まんじゅうの大食い大会で起こした大失敗から、江戸を追われた弥次さん喜多さん。逃げるだけではつまらないと、今流行りのお伊勢参りへと向かうが、行く先々必ず起こるとんでもない大騒動。伊勢までの大珍道中がはじま
2002年から結城座が参加した日仏共同制作『屏風』。フランスの国立劇場での初演後、数多くの演劇祭や劇場に招待されました。そのコラボレーションのパートナーとなったフランスの演出家、フレデリック・フィスバックと結城座は、創立375周年記念第2弾としてシンガポールの劇作家・郭宝崑の代表作『宦官提督の末裔』を上演します。公演には大久保鷹と花組芝居の加納幸和をゲストに迎え、結城座の人形遣いたちと共演します。
僕たち”bit(ビット)”はゴミ捨て場で働くミニロボだ。どんな大きなゴミも僕らの一口にかかれば、イチコロさ。ガジガジガジガジ!今日も景気よくガラクタをぶっ壊してたら、「痛い!」中から、戦争用ロボが出てきた。やばい。
争いが蔓延する世界を救うため、はるか遠い天竺まで経文を取りに行く唐の僧侶、玄奘三蔵。五行山に閉じ込められていた孫悟空は三蔵法師に助け出され、ともに天竺を目指す旅へ出ます。猪八戒、沙悟浄も三蔵法師の弟子となり、行く手をさえぎる妖怪たちや過酷な自然と闘いながら旅はさらに続きます。ついに一行は天竺へたどり着き、経文を受け取る事ができました。猪八戒、沙悟浄は天上界へ帰って行き、一人残された悟空は…。
原作は馬場のぼる氏の『11ぴきのねこ』シリーズの同題名の絵本。ある日、11ぴきのねこたちの前に水玉模様のねこが現れます。雨も降ってないのに傘をさし長靴をはく“へんなねこ”を追跡した11ぴきのねこたちは、へんてこなものを発見します。それは、“へんなねこ”が宇宙から乗ってきた宇宙船だったのです。
(フライヤーより抜粋)シェークスピア悲劇を大胆な無言劇にアレンジした「マクベス」では、自らが仮面を被って王を演じながら夫人の人形を操り、権力欲につかれて破滅していく男のもろさや悲しさを見せます。「ミッシング」は武将が生死の境でまどろみ始めた時、女にいざなわれ天界へ行き不思議な体験をして生き返る物語で、三島由紀夫の小説や溝口健二の映画「雨月物語」にインスピレーションを受けたオリジナル作品です。2作品
ジャワ島の伝統的な魔除けの儀式であるルワタンの演目、『ムルワカラ』から着想得て製作した『まよかげ/Mayokage』。その作品づくりの過程を関係者やリサーチ協力者の話をもとに振り返る。
狸と人間と天狗が三つ巴で暮らす現代京都。狸の名門・下鴨家の三男・矢三郎は、天狗や人間にちょっかいを出しては愉快に暮らしていた。ある日、老天狗・赤玉先生の跡継ぎたる“二代目”が英国より帰朝すると、平和な街の気配は一変。矢三郎たち四兄弟は阿呆の誇りを胸に、それぞれの信条を、愛する者たちを、守り抜くことが出来るのか?人形劇と浪曲で贈る、狸と天狗と人間の三つ巴森羅万象エンターテイメント!
(フライヤーより)スペイン・アンダルシア 大きな松の木の下で 若き詩人が銀色のロバに語りかける…
原作は近松門左衛門。300年前、愛する女と一緒になるために公金を横領した男、飛脚問屋亀屋の忠兵衛は大和の国新口村から大坂に養子に来たのだった。その忠兵衛と命を懸けた逃避行をした新町の遊女梅川も生まれ育ちは京。忠兵衛は何故、切ってはならぬ封印を切ってしまったのか…。忠兵衛が逃げた先に選んだのは、新口村だったが、そこには既に捕り手が迫っていた。扉一枚隔てて、実の父親に顔を見せられぬ忠兵衛。知人の機転で
東海道中膝栗毛弥次郎兵衛と喜多八の珍道中を新内界のホープ、多賀太夫の弾き語りにのせてコミカルに展開します。本朝二十四孝上杉家の息女、八重垣姫の一途な恋の力が生み出す、奇跡の物語です。
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(フライヤーより抜粋)青山円形劇場オブジェクトシアターのシリーズは、一貫して人形劇の人形劇としてのおもしろさを追及してまいりました。今回は「古典」をテーマとし、その底にある伝統のおもしろさと、未来に向かっての可能性を感じていただければ幸いです。
(フライヤーより)今回「エレクトラ」の舞台に登場するのは5つの仮面とそれを操る黒衣に身を纏った一人の人間だけです。また、会場である青山円形劇場を、古代ギリシアの円形劇場にみたて、観る者を時間と空間の彼方の伝説の世界へと導きます。
文七元結:博打好きの長兵衛が朝帰りすると、妻が娘のお久が帰ってこないと泣いている。探してみると、なんとお久は長兵衛の借金を返すために吉原に身を売っていた。もう二度と博打に手を出すまいと決心したところに川に身投げしようとする男が現れた。 綱館:頼光の臣渡辺源治綱は、悪鬼に襲われ腕を切り落とした。占いによればこの鬼が必ず腕を取り返しにくるから物忌をせよという。そこに叔母真柴が訪ねてくるが、その正体は…
梨木香歩原作のファンタジー。小さな三日月湖マッドガイド・ウォーターで起こる、小さな生きものたちの物語。「世界ってなんて素晴らしいんでしょう!」。小さなクーイ族の男の子『ヤービ』達の大きな挑戦と冒険のものがたり。~あらすじ~あの晴れた夏の日、わたしが岸辺で出会ったのは、ふわふわの毛につつまれた、二本足で歩くハリネズミのような、とてもふしぎな生きものでした…。ウタドリ先生が湖で出会った小さな男の子は、
おじいさんとおばあさんの可愛がっていたボールのフリーチェクが、悪者の凧のムラークにさらわれた。2人は手廻しオルガンと太鼓を打ちならし凧のムラークに立ち向かうのですが…。
…の手触り
人と、人ではない、人の形をしたものの物語。沼津ラクーン8階という、街を一望出来る廃墟のような空間全体を舞台とし、この作品のために作られたチェロソナタの生演奏とともに、長井望美の人形とダンサーの安岡あこが出会い、言葉を交わさず、触れずに心を通わせるパフォーマンス。演出は目黒陽介。
セロ弾きのゴーシュ・注文の多い料理店・やまなし・・・どれも宮沢賢治の有名な童話です。東北岩手に生まれ、どうしたら人は幸せになれるのかを考えつづけた賢治の世界が、不思議なカバンから生まれます。
(フライヤーより)人形劇王国チェコ発 ヘンテカッコイイお芝居+音のパティシエが奏でる極上音楽
子どものためのバレエ名作シリーズ
クリスマス・イヴにくるみ割り人形を贈られた少女クララ。実はその人形はお菓子の国の王子がネズミの王様の魔法によって姿を変えられたものだった。クララはネズミと闘い、その魔法を解く。そして元の姿に戻った王子と共に旅をする。少女が家から離れ、大人への階段を登っていく様子が描かれた夢溢れるファンタジー。小さいお子様向けの30分短縮版です。
※音楽利用の都合上、9:05~18:40は無音にしております。本作は、ろう者と聴者が協働する劇団カオニャオ(ラオス)とデフ・パペットシアター・ひとみ(日本)が、柔軟な発想と構成で新しい空間を生み出す振付家・演出家の白神ももこ(モモンガコンプレックス主宰)を迎え、人形とモノと身体による新しい創造を目指した国際共同制作作品。2018年から交流を深めてきた2劇団に、本年初めて白神氏が加わり、ラオスでの5
複雑な人はなんでもない顔をしている。優しさゆえに心の傷を隠し、自分に嘘をついて暮らす人たちが自由を獲得するまでのいくつかの形を、個性ある登場人物たちで描く。曖昧な自意識で生きる華子。夫を介護する愛人。踊る愛人の娘と友人。生きる意味を探す息子。この家族がホームレスの協花と出会うことで変わる、家族の解体と再生の物語。女性の自由を奪う見えない抑圧に輪郭をひき、個人の尊厳が守られる新しい共同体の姿を探す。
結城雪斎が生きた東京という町と、苦闘した昭和という時代にこだわる物語を作ろうということから齋藤憐と佐藤信の初顔合わせで「昭和怪盗伝」が実現した。おもく暗い昭和のはじめ。鉄格子を挟んだ内と外、ひっそりと生きていた人がいて、笑いとばして、唄いとばして生きた人々がいた―。