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意地っぱりの年老いた魔女「アガサ」はともだちもおらず、一人で暮らしていた。そんなアガサのところに置き去りにされたひとつのたまご。たまごから孵ったマジョドリはアガサといっしょに居るのが大好きで……。アガサとマジョドリとのあいだにめばえた愛と友情、別れと再会を、おもしろくも感動的に描きます。
あかちゃんとおとなのための演劇・ベイビーシアター
蛇口からしたたる一筋の水をめぐって、無言の人間がさまざまな姿態を見せる。1980年代の伝説的舞台、太田省吾の戯曲『水の駅』を、あかちゃんと大人のための演劇(ベイビーシアター)として全く新しい演出で上演します。極端に遅い動作で一瞬の生を切り取る手法を生かし、流浪する人間の姿を確かに描いた本戯曲。その中の人間の生の描写をあかちゃんと一緒に見ようという試みです。
あらすじ:世界から神々が姿を消し始め、地上に取り残された魔界の生き物たちは謎の伝説の森に棲んでいました。人間の母と魔界の王の間に生まれた少女シイラは木の精ガワンと共に、この森を守って暮らしていましたが、最近森の様子が変わってきました。村では『輝きの泉』が赤く染まりました。それは、恐ろしい伝説の『竜のとぶ冬』がくる前兆です。さて、シイラは『竜のとぶ冬』をくいとめることが出来るのか……?
(フライヤーより)円形劇場にあつまったみんなが、花のお江戸へタイムトリップ!熊さん・八っつぁんの案内で、こどもたちの歌や踊りをみたり、富くじですてきな景品をもらったり、はらはら曲芸にチャレンジしたり……、お祭り気分で江戸体験をお楽しみ下さい。
KAATキッズ・プログラム2022
おとなもこどもも楽しめる「KAATキッズ・プログラム」の2022年新作は、天国と地獄の分かれ道で、なくした記憶を探すおしばい。2020年に上演を予定していたものの、新型コロナウイルス感染症の影響で中止となった本作が、2年の時を経てついに上演を迎えました。作・演出は、本作で自身初のキッズ・プログラムを手がけた松井周、そして主人公は、日本演劇界を代表する俳優・白石加代子が演じています。
セロ弾きのゴーシュ・注文の多い料理店・やまなし・・・どれも宮沢賢治の有名な童話です。東北岩手に生まれ、どうしたら人は幸せになれるのかを考えつづけた賢治の世界が、不思議なカバンから生まれます。
日本の伝統的な庶民文化の一つである「民話」には、方言の持っている豊かさや、物語に隠された素朴な教訓、語りの味わいなど、今の子どもたちに伝えたい要素がたくさん含まれています。最近では、映像で「民話」に接することが出来るようになりましたが、画面から一方的に送られてくる「民話」では、語り継がれる良さは極めて少ないと思われます。「とんとむかし」では、一人一人が語り手となり、演者として、生の民話を日本中に語
嵐のあくる日も杉は自らの花粉をまいた。陽をあび、水をすすり、風に葉をゆらした。理由なんてないのだ。それが彼らの生活だから。自然と暮らしを独自観点で描く、かまどキッチンの『生活感演劇』。
スウェーデンでは毎年クリスマスにTV放映されるという人気作品。子どもたちが初めて遭遇する「人間の死」を扱いながら、センチメンタルにならずにドライに描かれています。いるはずのない孫が現れることによって、おじいさんは最後の炎を燃やします。祖父母と同居することが少なくなってきた現代の子どもたちも、ウルフとともにおじいさんとのかけがえのない時間が大切であることを体験することができます。[あらすじ]ある日ベ
(フライヤーより)こどもの城が贈る親子で楽しめるゴールデンウィークの素敵なプログラム
主なターゲットは幼児で、幼稚園・保育園での上演やファミリー向けの一般公演を主に行っている。1本目の『ねずみのおんがくかい』は人形が音楽に合わせて動く、人形劇の根源的な楽しさを感じることのできる作品。2本目の『ぶんぶくちゃがま』は、人形の動きや、2人のおもしろおかしいやり取りなど、幼児が楽しめるしかけを入れつつ、2人の関係をしっかり描いた作品であり大人も楽しめるストーリーになっている。
王様には秘密がありました。その秘密を知ってしまった床屋はふと思いました。「そもそもなんで王様の耳はロバの耳なんだろう?」イソップ寓話を新しい解釈でアレンジ。身体表現や生楽器、道具を使った見立ての表現などで描く絵本の世界のような新しいダンス劇。マイノリティの生きづらさは、大衆の理解と許容の意識で好転するかもしれない。そしてそれは何気ない純粋で小さな一言がきっかけかもしれない。そんな願いを込めた物語。
保育園に勤める30歳の健人は、男性保育士に対する保護者の偏見に落ち込み、ゲイである秘密を打ち明けられず引きこもってしまった。ある日、鏡を見ていると、1人の少女が現れて、言った『世界を救って欲しい』少女に導かれて1997年の教室へ そこで10歳の ぼくと出会い…
明日の学童クラブ主催夏祭りでは、指導員、父母、子どもたちによる演劇「冒険者たち」が上演される、今夜が最後の総稽古。実はこの学童クラブ、市の方針で廃止が検討されているという。是が非でも「冒険者たち」を成功させなければならないのだが…
2025年一横須賀。「大深度有人潜水調査船しんかい12000」が初航行を行う。向かう先は、世界の最深部であるマリアナ海溝チャレンジャー海淵だ。一方、1875年一横須賀ではチャレンジャー号がマリアナでの深度調査を追え、停泊をしていた。事件をきっかけに過去と未来は繋がれ、深海の神秘や生命の起源についての仮説が浮き彫りになった時、未来へ託す壮大な夢がそこに現れた。
高校2年生のユウキは、自宅の庭に祖父が建てた物置に半ば引きこもっている。部活はやめた。進路は見えない。孤島のような物置には電気も家具もある。通販サイトでポチっとすれば、宅配も届く。雨が強く降るある夜、近所には避難警報も出ていたがユウキはずっと物置にいた。夜が明けると周囲は一変していた。まるで物置ごと違う場所に移動したようだ。ユウキが住む物置は、その後もさまざまな場所へと旅をする。フリーターのレナは
あらすじ:「ここじゃない、どこかに、オレたちの生きる場所がある!」三匹のネズミたちが大学病院の実験室から逃げ出した。そして、ちょっと元気のない少年元気との出会い。ある日、ネズミたちはふと考えた。「なんとかなるさ」を「なんとかしなくちゃ」に変えよう!それは、少年元気へのメッセージでもある。少年元気と三匹のネズミたちの珍騒動。
<あらすじ>魔法のランプを手に入れ、大金持ちになったアミン。しかし、アミンは魔法のランプも家も財宝も、そして最愛の母親も何もかも奪われてしまいます。「一番大切なもの なくしてしまった…」残ったものは、自分自身と不思議な腕輪だけ…。アミンは再び立ち上がり、母ナシームを救い出すことができるでしょうか!?
太宰久夫によるフィジカルシアター。前半に立原えりかの『木馬がのった白い船』、後半に武井博の『はらぺこプンタ』を配し、絵本の世界を
(フライヤーより抜粋)太陽がまっ青な空でカンカン照っている春の日、耳をすますと、空空の遠くから声が聞こえてくることがあります。ワッショイ チロリン ワッショイ チロリン山がいくつもいくつも重なった空の向うから、ボッコリはやってきます。今日は、ボッコリの遠足なのです。
演劇を通して多くの知見を得て磨きあげられた人材をSPACの“宝”と捉え、近年は演出家としても活躍目覚ましい寺内亜矢子を起用。世界の舞台を経験した俳優たちとともに、鍛え抜かれた身体と音楽性豊かなセリフ術を活かし、子どもたちの発想力を刺激するインタラクティブな演劇作品に挑む。
人形劇団ひとみ座では、1993年より20年間「ズッコケ三人組」の人形劇シリーズに取り組んできました。本作品は、2011年より全国公演を開始した、ひとみ座ズッコケシリーズの第三弾です。~あらすじ~小学六年生のハチベエ・ハカセ・モーちゃんは、ズッコケ三人組と呼ばれている。体育館裏の開かずの扉を開けてしまった三人組は、謎の鏡に光を当てることで江戸時代にタイムスリップしてしまう。そこで出会った科学者平賀源
夕暮れ時。怪しげな黒猫に誘われ、くろぐろとした「かくれ山」の奥深く迷い込んだ少年ナオ。そこは時間の流れからはずれた妖怪たちの住む魔界だった。天狗、赤鬼、山姥。そして子どもを猫の姿に変えてしまう恐ろしい猫婦人・・・小さなネズミに励まされ、ナオは子ども達を救い出す事ができるのか?
「ピノキオ」の舞台は色鮮やかなサーカスのテント小屋。賑やかに繰り広げられる歌・踊り・パントマイム・大道芸etc…とんでもないいたずら小僧のピノキオは、失敗しても間違えても、また立ち上がり冒険の旅を続けます。もう一度ジェペットじいさんに会うために、人間の子どもになるために…
(フライヤーより)むかしむかしから語り継がれてきたお話、それが民話=メルヘンです。「とんとむかし」は越後の国に伝わるメルヘンを、十人の俳優たちが、鳥になり狐になり馬になって、変化自在に語り演じます。音楽も、太鼓や笛、三味線など和楽器を用いて日本情緒たっぷりに、こどもたちの叙情と想像力を揺さぶり起こします。’85年春、カナダ・アメリカで絶賛を博した劇団ひまわりからのお年玉プレゼントーとんとむかし♡
暗黒の世界に住む妖怪の首領は、汚れつつある地球を競売にかけ、売り払おうと考えています。妖怪たちの企みをよそに、子どもたちは無邪気に楽しく毎日を送っています。そんな中で主人公のあいちゃんは地球環境を守ることの大切さを語りますが、友だちにもなかなかわかってもらえません。でも、あいちゃんは皆で助け合えばきれいな地球を守ることができることを確信し、その気持ちをマンガで世界に訴えていくことを決意します。
ハラペコだっていいじゃないか俺たちの毎日はドラマ!俺たちの啼き声はミュージック!
あかちゃんとおとなのための音楽劇 ベイビーシアター
夫が、 死んだ妻を生き返らせるため地獄にやってくる。「振り返ってはならない」 たったひとつのこの約束を守り、 夫は妻と共に戻ってくることができるのか。ギリシャ神話をモチーフにしたオペラ「オルフェウスとエウリディーチェ」を、歌やリトミックをベースにしたダンスとともに彩る。あかちゃんと、 あかちゃんを迎え入れた大人たちに贈る、愛の物語。
手塚治虫の「ブッダ」を原作に、シャカ族の王子という与えられた身分を捨てて、自らの運命を自らの力で作り出そうとするシッダルタの成長を追いながら、青年シッダルタが”生きてある意味”を知っていく姿を熱い共感の中でダイナミックに描いている作品。
昔むかしのその昔 もっとむかしの大昔・・・東勝神州(とうしょうしんしゅう)傲来国(ごうらいこく)花果山のてっぺんの石から生まれた石ザルは猿の頭となりますが、突然「死にたくない!」と”不老不死”の旅に出ます。仙人のもとでの修行の末、石ザルは『孫悟空』と命名され72の術を学びました。故郷へ戻った悟空ですが仙人の教え「生命を大切に」を忘れて竜宮や地獄、天上界で大暴れ。そしてとうとうお釈迦様に五行山の岩穴
(フライヤーより)俺はリトルリトル族のサン。森の住人と呼ばれてる。一年前、スノウホワイトってかわいいお姫さまを助けて大活躍したのはいいんだが、結局、彼女はとっとと隣国にお嫁に行ってしまい、残ったのは傷ついた仲間の七人だけ。それからみんなの仲もギクシャクしちまって、結局森の家には俺一人になっちまった。そこにまた人間の女が逃げ込んできた。名前はレッドローズ。しかも、性格はかなり悪い。でも、なぜか彼女の
ものがたり 山の竹やぶにトラが住んでいた。名前はトラノトラゴロウといった。ある朝目をさますと、お誕生日のカードとトラゴロウの大好物の肉まんじゅうのプレゼントが置いてあった。早速食べようとしたトラゴロウに、カラスが行儀が悪いと注意する。仕方なくお皿とローソクを借りて戻ってきたが、肉まんじゅうがなくなっている。トラゴロウはカラスに騙されたと思ってかわりに食べてやろうと出かけていくのだが、今度は仇敵りょ
港で開かれているネズミたちのパーティ。そこに傷だらけの島ネズミ忠太が転がり込んでくる。残忍な暴力と恐怖で故郷の島を支配している、巨大な白イタチのノロイを倒す力を貸して欲しいと言う忠太、街ネズミたちは冷たかった。だがガンバと仲間たちは冒険の海へと船出する。
春うららかなある日、桜の花を探し求めてやってきた、お殿さんと家来のぬけさく。そこへやってきたのは、病気のかあさんにとりっぱな桜の枝とちまきを持った童。殿さんは桜の花に、ぬけ作はちまきに!目の行くところは違っても童の持ってるものが欲しいのは同じ思い。「あの花をとってまいれ!」「あのような子せがれを大の男が・・・」とためらいますが、しぶしぶ童のあとをおいかけて・・・。
時計でははかれないながい旅…。時間には、時計が告げてくれる時間と時計でははかれない時間がある。たいくつな時間は長く、夢中になれる時間は短い。これはのびたり縮んだりするもうひとつの時間のなかの物語。兵庫県在住の児童文学界の第一人者、岡田淳氏の代表作を、兵庫県立ピッコロ劇団が舞台化。ある日、少年・悟はふしぎな黒猫・ダレカに出会う。ダレカに誘われて森の中に入り込んだ悟を待ち受けていたものは…。
テレビゲームの世界に迷い込んだ、小学生の学とあかり。そこは闇の王が支配する恐ろしい世界だった…!現実の小学校生活とロールプレイングゲームの非日常世界が絡み合いながら展開する、冒険と友情の物語。
あらゆる年齢層を対象に、新しい舞台芸術を創造すべく、「ウブ・ボミーいのちのひびきー」を創作。宮沢賢治の「ペンネンネンネン・ネネムの伝記」を原作にミュージカルとして製作。「宮沢賢治とアフリカ音楽の出会い」をモチーフに、グローバルな演劇の創出を目的とした。お化けの国アフジメリカのはずれの森深く。ベンネンネンネン・ネネムは、食べ物を探しに行ったきり帰らない父母と、誘拐された妹を探しに都会に出かけるが…
都では、朝廷が二つに分かれて争っていた南北朝の頃のお話です。瀬戸内海の土岐島に、おもんという女の子と八兵衛爺とが暮らしておりました。この爺は、若いころ倭寇として遠く・朝鮮・中国の沿岸で活躍しておりましたが、ある海戦で、瀕死の中国人の女から預かったのが赤ん坊のおもんだったのです。ですから爺やは「おもんのかかやんは、じゅごんになって、西の海へおとうを探しに行っとる」と言いきかせて育てました。それを固く
小さなサーカスの中でおこる色々なこと。ひとつの雨粒が大海原になったり大きな紙でかくれんぼ。たくさんの筒の上に乗っておっとっと、紙の人形も動き出す。ある日、サーカスを乗せた汽車がやって来た。その先にあるのは真っ白なサーカステント。あれれ?サーカスを始めようとするも星が落っこちてきちゃったんだけど。...どうしよう?サーカスはいつの間にかやって来て、いつの間にか去っていく。あたりまえのことが、あたりま
江戸は神田八丁堀からお伊勢参りへ。弥次さん喜多さん、東海道を西へ行く。二人の旅路を彩るは伝統芸能の数々。歌舞伎に講談、太鼓に三味線、果ては皿回しまで。みんなで笑って楽しい大江戸人形喜劇。~あらすじ~まんじゅうの大食い大会で起こした大失敗から、江戸を追われた弥次さん喜多さん。逃げるだけではつまらないと、今流行りのお伊勢参りへと向かうが、行く先々必ず起こるとんでもない大騒動。伊勢までの大珍道中がはじま
(フライヤーより抜粋)三味線、和太鼓、日本舞踊など、日本の芸能を伝承しているこどもたちの活動を紹介する「こどもの城 おまつり劇場」。今回のテーマは「花」。四季おりおりの花にちなむ歌や踊りを春夏秋冬の四つの章に構成します。
イソップ物語のウサギは本当に怠けて昼寝していたのだろうか。やむを得ない事情があって横になっていたのかもしれない。本当のところはわからない。真実は何なのか?高校生によるホームレス殺人事件を題材にした、社会派作家くるみざしん書き下ろし作!
大阪の民話をもとに、伝統芸能を現代に活かしてつくられた、捧腹絶倒、奇想天外な大旅行話。主人公の「とらやん」は、逃げ出したうなぎを夢中で追いかけているうちに、雷さまのいる雲の上や果ては乙姫さまの住む海の中の竜宮城へ……。
スペインのラ・マンチャ地方に住む郷士アロンソ・キハーノは、仕事も忘れて騎士道物語を読みふけり、ついに自分を遍歴の騎士と思い込み「ドン・キホーテ」と名乗る。騎士に必要なアイテムを揃えるべく、古い鎧を掃除し、やせ馬にロシナンテと名付け、そしてこれまたドゥルシネーアと名付けた思い姫を慕い、世の不正を正す旅に出る。風車を巨人と思い込み戦いを挑み、羊の群れを軍勢と言い張り突撃してゆく「ドン・キホーテ」を正気
小学四年生のみちるは転校生。夏休みにこの町に越してきて、二学期から新しい学校に通っています。家族はお母さんとお兄ちゃんの三人暮らし、お父さんは死んでしまっていません。そのせいか、近頃みちるは、死んだらどうなってしまうんだろうと、しきりに考えるようになっています。それからもう一つ、みちるの心の中には、みちるだけの友達・ひろみが住んでいて、いつも二人でぶつぶつ話をしています。お父さんがいなくなった寂し
梨木香歩原作のファンタジー。小さな三日月湖マッドガイド・ウォーターで起こる、小さな生きものたちの物語。「世界ってなんて素晴らしいんでしょう!」。小さなクーイ族の男の子『ヤービ』達の大きな挑戦と冒険のものがたり。~あらすじ~あの晴れた夏の日、わたしが岸辺で出会ったのは、ふわふわの毛につつまれた、二本足で歩くハリネズミのような、とてもふしぎな生きものでした…。ウタドリ先生が湖で出会った小さな男の子は、
おねしょに悩むおんなのこは、飼い猫のにゃあにゃあちゃんから聞いた古い言い伝えを叶えるため、夜の森へ出掛けて行きます。おかあさんも子どものころに出かけた森には、たくさんの動物たちや不思議な生き物、妖精たちが住んでいました。森で出会った狩人に案内されて森の奥へ進むおんなのこ。やがて辿りついた古いおうち。となりの森と戦争が始まろうとする中、おんなのこが古いおうちで見たのは……。
賢治の作品の中に見られる光と闇。目もくらむ光の乱反射は同様に様々な自然の現象をいろいろな角度から見る自由を保障している。自在さは一種のシュールレアルな要素をも含み、物事を自由な方面から見る視点を持つことによって見る者の立場或いは乱反射するさまを世界観にしていく。賢治と自由に交感し遊ぶ。これが”大運動会”の選手宣誓であろう。
作品について:日本と韓国の二つの劇団が出会い、共同制作した作品『マンナム~出会い~』が生まれました。日韓での長い稽古期間やハードな公演日程をこなしながら、言葉や習慣の違いを乗り越え、共に苦労を分かち合い創造し続けました。五色の幕と切り紙に囲まれた不思議な空間の中で、自然と人間の共生を強く謳い上げた舞台です。
”貧しい家に生まれた兄弟チルチルとミチルは、幸福の青い鳥を求めて冒険の旅へ出た。”世界中の人々に親しまれた童話劇を幼少期のメーテルリンクが運河の底で体験した「光」の記述をもとに再構成した、モメラス版『青い鳥』。
盲学校を出たばかりの20才のアニー・サリヴァンは、ケラー家からの要請を受けて、家庭教師として北部からやって来る。娘のヘレンは乳児のころに熱病に冒され、視力と聴力を失い、ことばも獲得できないまま、野性児のように生きていた。親たちは施設に入れようとも考えたが、あまりの環境の悪さに諦め、人間として何も通じないヘレンを持て余している。しつけを期待する親たちに対して、アニーはヘレンに言葉を教えようとする。「
そこは、劇団うりりんこの上演会場。今日は、劇団の大物俳優、うり川りん太郎のひとり芝居「シン・リア王」の上演当日。間もなく開演時間だというのに、りん太郎は寝坊し、劇場入りが1時間遅れるらしい。場内スタッフとして参加していた、劇団うりりんこの若手俳優、シュウスケ、エリ、ユウキの三人は、りん太郎が現れるまでの時間をどうにかつなぐことになってしまった。その60分の物語
携帯電話にインターネット、情報化社会が異常に発達し、ともすれば人間が人間らしさを失って、まわりのスピードに振り回されてしまいそうな時代です。いや、子どもの世界の方が、もっと目まぐるしいのかも知れません。この作品はそんな風潮に、警鐘を鳴らしたものです。全てにスローペースで、友達からは「ボケタ」と呼ばれている少年と、妙なことばかりするので、少しボケたと言われるおじいちゃんとが繰り広げる、ある夏休みの体
あかちゃんとおとなのための舞台芸術ベイビーシアター
テーマは、狩猟採集社会のコミュニケーション。「ひととどうぶつがはなしができて 森や風や、さまざまなものに心をかよわすことことができて、ひとびとは、うたうように おどるように おしゃべりをしている・・・。そんな場所がこの地球のどこかにあらならば、あかちゃんは誰よりもその場所のことがよくわかるのかもしれない・・・」森や動物と密接な関係をもつ狩猟採集社会の文化にインスピレーションをうけ創作された本作は、
「時間がない」のは、なんでなの? ぬすまれた時間をとりもどすんだ!! “時間”の真の意味を問う、ミヒャエル・エンデの冒険ファンタジー「モモ」を、人形、影絵、映像も織りまぜながら舞台化!
(フライヤーより)まよなかの台所でのおはなしです。スイス生まれのカッコー時計「カッコー男爵」じいさんは、ちかごろめっきりとしをとって、むかしのような、いい声が出なくなってしまいました。ともだちのシオとコショウが、たすけてやろうとしますが、どうすることもできません。3人がこまっているとき、人間のかたちをしたクッキーを見つけました。でも、そのクッキーは、まだ顔がなくて、できあがっていません。3人はその
ある晩、パパが息子とプラモデルを作っていると、息子が質問してきた。「パパ、どうして大人は遊べないの?」パパは遊んでいるつもりだったが、息子が言うには今はただ一緒にプラモデルを作っているだけだと言う。ひとり窓辺で考えはじめたパパの前に流れ星が降ってきて……。「私を子どものときのようにしてください」流れ星につぶやいたパパは本当に子どもの姿に!ちいさくなったパパと、息子の不思議な1日がはじまる。
カナダのハドソン湾にある小さな孤立したイヌイットの村のお話。金髪で青白い肌を持って生まれた女の子、アナトゥ。しかし、イヌイットの掟ではそのような肌を持った者は、不幸をもたらすものとされ、同じ大地に住むことは許されない。村にいられなくなったアナトゥは、イヌイットが決して入ってはいけない神聖な森の中に足を踏み入れてしまう。そこでアナトゥは森の神に出会うのだが…
オスカー・ワイルド原作の名作童話を原作に、大人も子供も楽しめる、目にも楽しい朗読劇を創作。平和への祈りに満ちた視点で、温かくほろ苦く翻案したオリジナル戯曲です。「青色文庫 -其弐、文月の祈り-」と題した、古民家でのリーディング上演を、美しい映像作品にした本作。親子でもお楽しみいただけます。お客様からの熱い再演希望により、劇団のレパートリーとして繰り返し上演。大人の絵本のような、珠玉の短編作品。
ゾウの等身大パペット(人形)で魅せる、人間の女の子に恋をした子ゾウの物語。子どもは、もちろんのこと、パパ、ママ、おじいちゃん、おばあちゃん、の三世代が楽しめる演劇作品であり、歌とダンスの入った、甘く切ない音楽劇。日本の文楽のテクニックを取り入れ、子ゾウの等身大パペットを、三人のパフォーマーたちが時に緻密に、時に大胆に操る。劇中歌は、当作品のために書き下ろしたオリジナルのメロディー。