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あらすじ:世界から神々が姿を消し始め、地上に取り残された魔界の生き物たちは謎の伝説の森に棲んでいました。人間の母と魔界の王の間に生まれた少女シイラは木の精ガワンと共に、この森を守って暮らしていましたが、最近森の様子が変わってきました。村では『輝きの泉』が赤く染まりました。それは、恐ろしい伝説の『竜のとぶ冬』がくる前兆です。さて、シイラは『竜のとぶ冬』をくいとめることが出来るのか……?
ある晩、パパが息子とプラモデルを作っていると、息子が質問してきた。「パパ、どうして大人は遊べないの?」パパは遊んでいるつもりだったが、息子が言うには今はただ一緒にプラモデルを作っているだけだと言う。ひとり窓辺で考えはじめたパパの前に流れ星が降ってきて……。「私を子どものときのようにしてください」流れ星につぶやいたパパは本当に子どもの姿に!ちいさくなったパパと、息子の不思議な1日がはじまる。
そこは、劇団うりりんこの上演会場。今日は、劇団の大物俳優、うり川りん太郎のひとり芝居「シン・リア王」の上演当日。間もなく開演時間だというのに、りん太郎は寝坊し、劇場入りが1時間遅れるらしい。場内スタッフとして参加していた、劇団うりりんこの若手俳優、シュウスケ、エリ、ユウキの三人は、りん太郎が現れるまでの時間をどうにかつなぐことになってしまった。その60分の物語
オスカー・ワイルド原作の名作童話を原作に、大人も子供も楽しめる、目にも楽しい朗読劇を創作。平和への祈りに満ちた視点で、温かくほろ苦く翻案したオリジナル戯曲です。「青色文庫 -其弐、文月の祈り-」と題した、古民家でのリーディング上演を、美しい映像作品にした本作。親子でもお楽しみいただけます。お客様からの熱い再演希望により、劇団のレパートリーとして繰り返し上演。大人の絵本のような、珠玉の短編作品。
とある町の外れにあるおもちゃリサイクル工場。いつもの社員と派遣パートの女達が働く部署に、お仕事マッチングアプリに登録したばかりの68歳の男が初めて仕事に来る。「おもちゃが一つ足りない」という些細な事件をきっかけに隠れていたそれぞれの心の中がみえてきて...。音楽やダンスも取り入れて客席と一体になる今作は子どもの心も掴み大人の心にも響く。人々の日々の営みをユーモアたっぷりに描いた、パショパショ流プロ
紙おしばい
くちびるの会が行う、子ども向け演劇表現「紙おしばい」の第四弾目となる作品。第三弾作品『こだぬききょうだいのおつかい』の続編にあたる。《あらすじ》こだぬきのポンが、白いキツネのコンたろうと出会い、様々な困難を力を合わせて乗り越えていくことで、自分と違う他者の存在を認め、努力の大切さを学ぶ物語。
あらゆる年齢層を対象に、新しい舞台芸術を創造すべく、「ウブ・ボミーいのちのひびきー」を創作。宮沢賢治の「ペンネンネンネン・ネネムの伝記」を原作にミュージカルとして製作。「宮沢賢治とアフリカ音楽の出会い」をモチーフに、グローバルな演劇の創出を目的とした。お化けの国アフジメリカのはずれの森深く。ベンネンネンネン・ネネムは、食べ物を探しに行ったきり帰らない父母と、誘拐された妹を探しに都会に出かけるが…
(フライヤーより)ニューヨークに住むトム•ブラウンくんは ある日、お手紙をもらいました。“親愛なるトム•ブラウンさまプリーズ•カム•カム 来て下さい。困っています。S•O•Sニャーオ 日本の山猫大将より”トムくんは、もううれしくって ビョ〜ンビョンと日本の我不知山にやってきました。待っていたのは、困った顔の山猫大将と家来のトラスケさん。いったい全体 なんでしょう?おお!OH!そこへやってきました
大学の映画サークルの撮影現場に本物のゾンビが現れ、急遽ゾンビ映画の撮影が始まる。撮影が進むにつれ、ゾンビの人となりが明らかになっていき、学生たちは次第に腰が引けていく。
学校で飼っていたウサギが逃げ込んだのは、いつも先生に入ってはいけないといわれている工事現場。学校帰りの子どもたちは先生に相談しようと思ったけれど、結局自分たちだけで見つけることにした。いろいろ知恵を出し合って、何度も挑戦する子どもたち。ところがウサギはなかなかすばしっこい! いつの間にか日も暮れてきた! はたしてウサギは子どもたちの胸に帰るのだろうか。
王様には秘密がありました。その秘密を知ってしまった床屋はふと思いました。「そもそもなんで王様の耳はロバの耳なんだろう?」イソップ寓話を新しい解釈でアレンジ。身体表現や生楽器、道具を使った見立ての表現などで描く絵本の世界のような新しいダンス劇。マイノリティの生きづらさは、大衆の理解と許容の意識で好転するかもしれない。そしてそれは何気ない純粋で小さな一言がきっかけかもしれない。そんな願いを込めた物語。
(フライヤーより抜粋)太陽がまっ青な空でカンカン照っている春の日、耳をすますと、空空の遠くから声が聞こえてくることがあります。ワッショイ チロリン ワッショイ チロリン山がいくつもいくつも重なった空の向うから、ボッコリはやってきます。今日は、ボッコリの遠足なのです。
関矢幸雄氏の舞台装置も特別な扮装も小道具もない、録音された効果音も使わない「素劇」という新しい手法で、グリム童話の「かえるの王様」「赤ばら白ばら」「ろばの王子」の三話を構成して創作しました。何もない舞台で、俳優たちは王様やお姫様といった人物ばかりでなく、花や馬、星、机、城などもすべて表現し、観客のイメージに語り掛け、想像をどんどん広げます。自由で豊かなイメージ溢れるグリム童話の世界をお楽しみくださ
ねずみのちゅうたはなまけもの。いつも寝てばかりいる。おなかがすいて買ってきたチーズをどこかに落としてしまった。どうやら猫が取ったらしい。ねこにどんな仕返しをしてやろうかと考る。床屋になってねこの大事なひげをちょん切ってやろうか、それとも海賊になってねこを海にジャボンとつけてやろうか、それともサーカスでねこに綱渡りをさせてやろうか…。ところが、そのねこがチーズをひろって返しに来てくれました。実はこの
春うららかなある日、桜の花を探し求めてやってきた、お殿さんと家来のぬけさく。そこへやってきたのは、病気のかあさんにとりっぱな桜の枝とちまきを持った童。殿さんは桜の花に、ぬけ作はちまきに!目の行くところは違っても童の持ってるものが欲しいのは同じ思い。「あの花をとってまいれ!」「あのような子せがれを大の男が・・・」とためらいますが、しぶしぶ童のあとをおいかけて・・・。
今の時代、人は死に直接出会うことが少なくなっています。ほとんどの人が病院で死に、死ぬ直前は見ていても、それに至る過程をつぶさに知ることはなくなりました。だからこそ、死というものを真正面からとらえようとこの作品を制作したのです。特別な舞台装置や小道具を使わず、俳優の身体と声を表現の手段とし、観客の感性と想像力にダイレクトに訴えかける「素劇」によって観客の想像力が刺激され、生活の中の死の匂いが際立つの
人形劇団京芸が、45周年記念にミヒャエル・エンデの傑作である『モモ』を人形劇化。美術は劇団創立メンバーの谷ひろしが手掛け、当時の演技部総出演で行った、壮大な舞台です。モモの持っている不思議なやわらかさと、灰色の男たちの不気味さ。時間に追われていく大人たち。現実とファンタジー……人形劇だからこそできる表現がたくさんつまった、劇団渾身の一作です。
2025年一横須賀。「大深度有人潜水調査船しんかい12000」が初航行を行う。向かう先は、世界の最深部であるマリアナ海溝チャレンジャー海淵だ。一方、1875年一横須賀ではチャレンジャー号がマリアナでの深度調査を追え、停泊をしていた。事件をきっかけに過去と未来は繋がれ、深海の神秘や生命の起源についての仮説が浮き彫りになった時、未来へ託す壮大な夢がそこに現れた。
昔むかしのその昔 もっとむかしの大昔・・・東勝神州(とうしょうしんしゅう)傲来国(ごうらいこく)花果山のてっぺんの石から生まれた石ザルは猿の頭となりますが、突然「死にたくない!」と”不老不死”の旅に出ます。仙人のもとでの修行の末、石ザルは『孫悟空』と命名され72の術を学びました。故郷へ戻った悟空ですが仙人の教え「生命を大切に」を忘れて竜宮や地獄、天上界で大暴れ。そしてとうとうお釈迦様に五行山の岩穴
いじめが原因で引きこもり気味の高校生アンはインターネットのブログサイト“千年ユニコーン”とのチャットに夢中になっている。アンの両親は離婚の調停中。孤立した心を癒すのは、「ユニコーン」の言葉だった…。アンの同級生マルオもまたいじめが原因で学校を退学している。アンとマルオは再会し、ある日、マルオからじぶんがユニコーンであることを告げられる。そして、マルオはじぶんが新しいノアとなり、世界を救う(滅ぼす)
携帯電話にインターネット、情報化社会が異常に発達し、ともすれば人間が人間らしさを失って、まわりのスピードに振り回されてしまいそうな時代です。いや、子どもの世界の方が、もっと目まぐるしいのかも知れません。この作品はそんな風潮に、警鐘を鳴らしたものです。全てにスローペースで、友達からは「ボケタ」と呼ばれている少年と、妙なことばかりするので、少しボケたと言われるおじいちゃんとが繰り広げる、ある夏休みの体
毎日毎日どうやったら楽しく暮らせるかを研究している、いおり博士と、博士の理科室にやってくるこうじくんが繰り広げる、コメディ&パフォーマンスショー。遠心力や空気砲、形も大きさも違うものの重さなど、日常の身の回りで起こるあたりまえだけど不思議な現象を取り上げ展開します。
2000年、アウシュビッツからホロコースト教育資料センターに遺品として届いた少女のかばん。表面には大きく『ハンナ・ブレイディ625 1931年5月16日生まれ 孤児』と書かれていた。春奈と純太の兄妹は、そのかばんを開けた途端、1938年のチェコスロバキア、ノブ・メストに暮らすユダヤ人一家ブレイディ家にたどり着き、娘「ハンナ」、息子「ジョージ」として暮らすことに……。ひとつのかばんから今世界中に広が
歌あり、ダンスあり、ゲームあり。何でもアリの楽しい舞台。演劇って、こんなに楽しいものなんだってことが、キミにもきっとわかるはず。子どもと俳優がいっしょになってつくる劇。もちろんおとなも大歓迎!ピッコロ劇団の小学校体育館巡演作品を、阪神・淡路大震災5周年にあわせてバージョンアップして、ホールで上演した舞台。
鬼だって泣くのです 怒るのです 笑いもします 人と同じです鬼も人も 生きている尊さは同じ・・・ そうは思いませぬか!
あかちゃんとおとなのための演劇・ベイビーシアター
蛇口からしたたる一筋の水をめぐって、無言の人間がさまざまな姿態を見せる。1980年代の伝説的舞台、太田省吾の戯曲『水の駅』を、あかちゃんと大人のための演劇(ベイビーシアター)として全く新しい演出で上演します。極端に遅い動作で一瞬の生を切り取る手法を生かし、流浪する人間の姿を確かに描いた本戯曲。その中の人間の生の描写をあかちゃんと一緒に見ようという試みです。
医者のいないデルタ国のヘーワ町にやってきたお医者さん、ディストレ先生。この先生は大変なおっちょこちょいだった。ひょんなことからその先生の助手を務めることになったヤン少年。勉強嫌いだったヤン少年は先生が間違いをおかさないように一生懸命勉強し、ついにはディストレ先生の跡継ぎになるために医者の学校に行くことになりました。ちょうどそのころ、お隣のドルマン国が攻めてきてヘーワ町を占領してしまいます。ヘーワ町
ハラペコだっていいじゃないか俺たちの毎日はドラマ!俺たちの啼き声はミュージック!
スウェーデンでは毎年クリスマスにTV放映されるという人気作品。子どもたちが初めて遭遇する「人間の死」を扱いながら、センチメンタルにならずにドライに描かれています。いるはずのない孫が現れることによって、おじいさんは最後の炎を燃やします。祖父母と同居することが少なくなってきた現代の子どもたちも、ウルフとともにおじいさんとのかけがえのない時間が大切であることを体験することができます。[あらすじ]ある日ベ
賢治の作品の中に見られる光と闇。目もくらむ光の乱反射は同様に様々な自然の現象をいろいろな角度から見る自由を保障している。自在さは一種のシュールレアルな要素をも含み、物事を自由な方面から見る視点を持つことによって見る者の立場或いは乱反射するさまを世界観にしていく。賢治と自由に交感し遊ぶ。これが”大運動会”の選手宣誓であろう。
イソップ物語のウサギは本当に怠けて昼寝していたのだろうか。やむを得ない事情があって横になっていたのかもしれない。本当のところはわからない。真実は何なのか?高校生によるホームレス殺人事件を題材にした、社会派作家くるみざしん書き下ろし作!
この物語は、子どもの頃に児童養護施設で育った関谷兄妹、悠太・千沙が子ども食堂を立ち上げ、自分たちの人生のなかで芽生え、抱えた苦労や苦悩、小さな幸せ、そして社会との対立や葛藤を描いた現代劇である。
カナダのハドソン湾にある小さな孤立したイヌイットの村のお話。金髪で青白い肌を持って生まれた女の子、アナトゥ。しかし、イヌイットの掟ではそのような肌を持った者は、不幸をもたらすものとされ、同じ大地に住むことは許されない。村にいられなくなったアナトゥは、イヌイットが決して入ってはいけない神聖な森の中に足を踏み入れてしまう。そこでアナトゥは森の神に出会うのだが…
(フライヤーより)ヤッホー ヤッホー森のなかから、エップ、カップ、ごとんごとんおれ様は、顔を洗ったことのないタヌキです。みやざわけんじ君とは大のなかよしで、けんじ君にタヌキ語を教えたのは、このおれ様です。いまや、けんじ君は山猫語をはじめ、なめくぢ語やクモ語、トカゲ語などなんでも話します。驚いたことに、けんじ君はこれらの動物語を使って、子供たちのために、童話劇を書いたというのです。それを聞いた山猫大
演劇を通して多くの知見を得て磨きあげられた人材をSPACの“宝”と捉え、近年は演出家としても活躍目覚ましい寺内亜矢子を起用。世界の舞台を経験した俳優たちとともに、鍛え抜かれた身体と音楽性豊かなセリフ術を活かし、子どもたちの発想力を刺激するインタラクティブな演劇作品に挑む。
(フライヤーより)「マッチ売りの少女」「人魚姫」に代表されるアンデルセン童話は、哀しくさびしく寒いイメージが強いのですが、アンデルセンの作品の中にはこっけいで馬鹿馬鹿しくてハッピーな作品も実は数多くあります。「はだかの王様」「空とぶトランク」「のろまのハン ス」など、明るく楽しい作品をセレクトして、からっと夏らしい生演奏にのせて、アンデルセンの暗いイメージをがらっと一新してしまおうというのが、この
(フライヤーより)劇団青芸「三人であそぼ」「未確認ともだち物体」「柿山伏」「居杭」という2つの狂言を“遊んで”楽しい劇に仕立て上げた「三人であそぼ」など、子どもたち向けの話題あふれるオリジナル作品を上演します。劇団あとむ「あとむの時間はアンデルセン」ウレタンの棒などを使ってさまざまなものを表現する「アニメイム」とコーラスで、アンデルセンのお話を繰り広げます。
(フライヤーより抜粋)三味線、和太鼓、日本舞踊など、日本の芸能を伝承しているこどもたちの活動を紹介する「こどもの城 おまつり劇場」。今回のテーマは「花」。四季おりおりの花にちなむ歌や踊りを春夏秋冬の四つの章に構成します。
(フライヤーより)俺はリトルリトル族のサン。森の住人と呼ばれてる。一年前、スノウホワイトってかわいいお姫さまを助けて大活躍したのはいいんだが、結局、彼女はとっとと隣国にお嫁に行ってしまい、残ったのは傷ついた仲間の七人だけ。それからみんなの仲もギクシャクしちまって、結局森の家には俺一人になっちまった。そこにまた人間の女が逃げ込んできた。名前はレッドローズ。しかも、性格はかなり悪い。でも、なぜか彼女の
KAATキッズ・プログラム2022
おとなもこどもも楽しめる「KAATキッズ・プログラム」の2022年新作は、天国と地獄の分かれ道で、なくした記憶を探すおしばい。2020年に上演を予定していたものの、新型コロナウイルス感染症の影響で中止となった本作が、2年の時を経てついに上演を迎えました。作・演出は、本作で自身初のキッズ・プログラムを手がけた松井周、そして主人公は、日本演劇界を代表する俳優・白石加代子が演じています。
ぐりぐりグリム
ぐりぐりグリムのふしぎな森に、今日も誰かが迷いこむ。楽しいことが待っている。驚くことが隠れてる。ぎらぎら空には太陽だ。どれどれどっちに進もうか?ぐりぐりグリムのふしぎな森で、今日も誰かがすれちがう。いろんな動物が待っている。どこかに魔女が隠れてる。そらそら空にはお星さま。どきどきグリムの物語。さあさあさっそく始めよう
「ピノキオ」の舞台は色鮮やかなサーカスのテント小屋。賑やかに繰り広げられる歌・踊り・パントマイム・大道芸etc…とんでもないいたずら小僧のピノキオは、失敗しても間違えても、また立ち上がり冒険の旅を続けます。もう一度ジェペットじいさんに会うために、人間の子どもになるために…
(フライヤーより)あいうえおのパロディーやなぞなぞ、早口あそび、しりとり、えかきうた…。日本語ならではの言葉あそびの世界を、絵本のスライドなどを使って、楽しく展開します。劇場を出たとき、みなさんの心に、きっとそれまでとは違った日本語への感性がめばえはじめていることでしょう。
明日の学童クラブ主催夏祭りでは、指導員、父母、子どもたちによる演劇「冒険者たち」が上演される、今夜が最後の総稽古。実はこの学童クラブ、市の方針で廃止が検討されているという。是が非でも「冒険者たち」を成功させなければならないのだが…
こじきや老紳士、魔法使い、市長、泥棒、白雪姫と称する少女らの前に突然現れた巨大な卵。大きな卵は回ったり光ったりしながら、中に本当の白雪姫がいるのではないかという夢を与える。本当の優しさとは何かを問いかけ、大人にとってはチクンと痛みを覚えさせるような作品。
子どもが一番最初に出会う社会「家族」を通して、感覚的に、詩的に「相手を認める」ことを感じ取れる作品。一人っ子のヒロは「弟か妹が出来たら楽しく遊べるのに…」と思って眠りにつく。すると突然、妹のマユミが現れる。でも、マユミは泣くか、わめくか、寝ているだけ…。しかもヒロだけのものだったおもちゃも、大事なママも取られちゃう。「マユミなんかいなきゃいいのに…」でも、ヒロは次第にマユミが大好きになり、お兄ちゃ
(フライヤーより)「なよたけのかぐや姫」竹から生まれたかぐや姫が、月へ帰っていくまでの物語をミュージカルでおとどけします。素劇「とんとむかし」越後の国の民謡をもとにしたお話を、笛や太鼓などの生演奏に合わせて「素劇」という形で体で表現します。
There is Room For Compromise.そこは、高校の図書準備室。ホコリをかぶった本がうず高く積まれたその部屋。めったに人がやって来ないこの部屋は、大っぴらにはできない"生徒指導"を行うにはうってつけの場所。発端は、ある生徒が書いてきた学級劇の台本。そこに描かれているのは恋人たちの物語。もしそれが異国の王子と姫の物語ならば問題はなかった。問いかける教師。何も答えない生徒。この一冊
小学四年生のみちるは転校生。夏休みにこの町に越してきて、二学期から新しい学校に通っています。家族はお母さんとお兄ちゃんの三人暮らし、お父さんは死んでしまっていません。そのせいか、近頃みちるは、死んだらどうなってしまうんだろうと、しきりに考えるようになっています。それからもう一つ、みちるの心の中には、みちるだけの友達・ひろみが住んでいて、いつも二人でぶつぶつ話をしています。お父さんがいなくなった寂し
江戸は神田八丁堀からお伊勢参りへ。弥次さん喜多さん、東海道を西へ行く。二人の旅路を彩るは伝統芸能の数々。歌舞伎に講談、太鼓に三味線、果ては皿回しまで。みんなで笑って楽しい大江戸人形喜劇。~あらすじ~まんじゅうの大食い大会で起こした大失敗から、江戸を追われた弥次さん喜多さん。逃げるだけではつまらないと、今流行りのお伊勢参りへと向かうが、行く先々必ず起こるとんでもない大騒動。伊勢までの大珍道中がはじま
「ママなんか大キライ! あたし家出する。」ムジツノツミで叱られたさくら子は、家を飛び出し駅へ向かった。駅に入っていきたのは「いえでででんしゃだった」。家出した子はただで乗れると聞いて、さくら子は飛び乗った。「いえでででんしゃ」とともに、さくら子の不思議な旅が始まる―。
グリックはシマリスの男の子、町のペットショップのかごの中で、一匹2000円で売られている。狭いかごの中にひしめき合うシマリスたち。ある日、グリックと姉のフラックは人間のこともに買われる。応接間は広々と温かく、自由に跳びまわる日々が続く。そんなある日、伝書鳩のピッポ―が来る。「本当の君の家はここじゃない、北の森さ、緑の木々、何万という仲間がいるのだ!」と新しい広い世界を知らされる。ところが外の世界は
(フライヤーより)こどもの城が贈る親子で楽しめるゴールデンウィークの素敵なプログラム
ぐりぐりグリム
みんなが知っているシンデレラの物語ですが、グリム童話の原作「灰かぶり」は、王子様がちょっとバカだったり、とぼけたハトが大活躍したり、意地悪なお姉さんたちも可愛らしかったり。主役のシンデレラよりも、脇役の人たち、動物たちがちょっとおかしくて、劇にしてみたらとっても面白いんです。舞台側の客席にはクッションマットを敷いた子どもたちのための特別席を用意して、子どもたちが、這い回ったり、寝転んだり、ワイワイ
スペインのラ・マンチャ地方に住む郷士アロンソ・キハーノは、仕事も忘れて騎士道物語を読みふけり、ついに自分を遍歴の騎士と思い込み「ドン・キホーテ」と名乗る。騎士に必要なアイテムを揃えるべく、古い鎧を掃除し、やせ馬にロシナンテと名付け、そしてこれまたドゥルシネーアと名付けた思い姫を慕い、世の不正を正す旅に出る。風車を巨人と思い込み戦いを挑み、羊の群れを軍勢と言い張り突撃してゆく「ドン・キホーテ」を正気
老人の家で泥棒中に事故で死んだ少女メグは、善悪同ポイントで天国にも地獄にも行けず、魂のエネルギーが尽きるまで現世に戻される。しかしそこは皮肉にも2年前、自身が襲ったマッコール老人の家だった。老人は死期を前に「4つの願い」があり、メグは天国へ行くためしぶしぶ手伝うことになる。老人の切なる願いと少女の魂の行方を描く、笑いと感動のハートウォーミングな霊魂騒動! 劇団京芸・人形劇団京芸 創立60周年記念合
カラフルな絵本の世界にようこそ!子どもから大人まで三世代で楽しめる年齢不問のエンターテインメント!ご存じ世界で初めて飛行に成功した ライト兄弟の物語!!︎ ではなく… ライト兄弟に憧れたある兄弟が、 亡き父の夢を果たす為 さまざまな困難に挑戦するおはなし
嵐のあくる日も杉は自らの花粉をまいた。陽をあび、水をすすり、風に葉をゆらした。理由なんてないのだ。それが彼らの生活だから。自然と暮らしを独自観点で描く、かまどキッチンの『生活感演劇』。
作品について:日本と韓国の二つの劇団が出会い、共同制作した作品『マンナム~出会い~』が生まれました。日韓での長い稽古期間やハードな公演日程をこなしながら、言葉や習慣の違いを乗り越え、共に苦労を分かち合い創造し続けました。五色の幕と切り紙に囲まれた不思議な空間の中で、自然と人間の共生を強く謳い上げた舞台です。
マックスは臆病で、一人で寝るのが大きらい。妹のミリーはおませでおしゃべり。マックスとミリーは公演でペーターに会いました。本当は友達が欲しいのにうまく友達がつくれない「ワル」のペーター。また別の日。おつかいにでかけたマックスとミリーはペーターに会いました。ところがはずみでペーターのお父さんのビールを買うお金が、ドブの中に落ちてしまいました。マックスはちょっと英雄気取りで、お金をペーターにあげて、その