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夕暮れ時。怪しげな黒猫に誘われ、くろぐろとした「かくれ山」の奥深く迷い込んだ少年ナオ。そこは時間の流れからはずれた妖怪たちの住む魔界だった。天狗、赤鬼、山姥。そして子どもを猫の姿に変えてしまう恐ろしい猫婦人・・・小さなネズミに励まされ、ナオは子ども達を救い出す事ができるのか?
医者のいないデルタ国のヘーワ町にやってきたお医者さん、ディストレ先生。この先生は大変なおっちょこちょいだった。ひょんなことからその先生の助手を務めることになったヤン少年。勉強嫌いだったヤン少年は先生が間違いをおかさないように一生懸命勉強し、ついにはディストレ先生の跡継ぎになるために医者の学校に行くことになりました。ちょうどそのころ、お隣のドルマン国が攻めてきてヘーワ町を占領してしまいます。ヘーワ町
賢治の作品の中に見られる光と闇。目もくらむ光の乱反射は同様に様々な自然の現象をいろいろな角度から見る自由を保障している。自在さは一種のシュールレアルな要素をも含み、物事を自由な方面から見る視点を持つことによって見る者の立場或いは乱反射するさまを世界観にしていく。賢治と自由に交感し遊ぶ。これが”大運動会”の選手宣誓であろう。
大阪の民話をもとに、伝統芸能を現代に活かしてつくられた、捧腹絶倒、奇想天外な大旅行話。主人公の「とらやん」は、逃げ出したうなぎを夢中で追いかけているうちに、雷さまのいる雲の上や果ては乙姫さまの住む海の中の竜宮城へ……。
鬼だって泣くのです 怒るのです 笑いもします 人と同じです鬼も人も 生きている尊さは同じ・・・ そうは思いませぬか!
「ピノキオ」の舞台は色鮮やかなサーカスのテント小屋。賑やかに繰り広げられる歌・踊り・パントマイム・大道芸etc…とんでもないいたずら小僧のピノキオは、失敗しても間違えても、また立ち上がり冒険の旅を続けます。もう一度ジェペットじいさんに会うために、人間の子どもになるために…
明日の学童クラブ主催夏祭りでは、指導員、父母、子どもたちによる演劇「冒険者たち」が上演される、今夜が最後の総稽古。実はこの学童クラブ、市の方針で廃止が検討されているという。是が非でも「冒険者たち」を成功させなければならないのだが…
スウェーデンでは毎年クリスマスにTV放映されるという人気作品。子どもたちが初めて遭遇する「人間の死」を扱いながら、センチメンタルにならずにドライに描かれています。いるはずのない孫が現れることによって、おじいさんは最後の炎を燃やします。祖父母と同居することが少なくなってきた現代の子どもたちも、ウルフとともにおじいさんとのかけがえのない時間が大切であることを体験することができます。[あらすじ]ある日ベ
毎日毎日どうやったら楽しく暮らせるかを研究している、いおり博士と、博士の理科室にやってくるこうじくんが繰り広げる、コメディ&パフォーマンスショー。遠心力や空気砲、形も大きさも違うものの重さなど、日常の身の回りで起こるあたりまえだけど不思議な現象を取り上げ展開します。
ものがたり 山の竹やぶにトラが住んでいた。名前はトラノトラゴロウといった。ある朝目をさますと、お誕生日のカードとトラゴロウの大好物の肉まんじゅうのプレゼントが置いてあった。早速食べようとしたトラゴロウに、カラスが行儀が悪いと注意する。仕方なくお皿とローソクを借りて戻ってきたが、肉まんじゅうがなくなっている。トラゴロウはカラスに騙されたと思ってかわりに食べてやろうと出かけていくのだが、今度は仇敵りょ
いじめが原因で引きこもり気味の高校生アンはインターネットのブログサイト“千年ユニコーン”とのチャットに夢中になっている。アンの両親は離婚の調停中。孤立した心を癒すのは、「ユニコーン」の言葉だった…。アンの同級生マルオもまたいじめが原因で学校を退学している。アンとマルオは再会し、ある日、マルオからじぶんがユニコーンであることを告げられる。そして、マルオはじぶんが新しいノアとなり、世界を救う(滅ぼす)
主なターゲットは幼児で、幼稚園・保育園での上演やファミリー向けの一般公演を主に行っている。1本目の『ねずみのおんがくかい』は人形が音楽に合わせて動く、人形劇の根源的な楽しさを感じることのできる作品。2本目の『ぶんぶくちゃがま』は、人形の動きや、2人のおもしろおかしいやり取りなど、幼児が楽しめるしかけを入れつつ、2人の関係をしっかり描いた作品であり大人も楽しめるストーリーになっている。
おなじみのピーターパンのお話である。とはいっても、ピーターパンもすっかり大人しくなって、相変わらず夜中に子ども部屋に忍び込み、子どもたちをさらってネバーランドへ連れ出してくれるものの、ちっとも冒険をさせてくれない。でも、そこはネバーランド、冒険は向こうからやってきて、ピーターパンも子どもたちも、海賊たちと闘うことになるのだが…。 誰もが知っているピーターパンとはちょっと違う、歌って踊って、大いに笑
意地っぱりの年老いた魔女「アガサ」はともだちもおらず、一人で暮らしていた。そんなアガサのところに置き去りにされたひとつのたまご。たまごから孵ったマジョドリはアガサといっしょに居るのが大好きで……。アガサとマジョドリとのあいだにめばえた愛と友情、別れと再会を、おもしろくも感動的に描きます。
魔法の森で旅の商人パナールは野獣が住むと言われる館の庭に迷い込み、末娘のベルのために薔薇を一輪手折る。そこへ館の主である野獣ベトウが現れた。「その薔薇と引き替えにベルという娘をひとりで来させること」フランスの童話作家J・L・ド・ボーモンによって18世紀に描かれた奇跡の物語を人形劇作品として皆様にお贈りします。
一個の古い革のトランクがある。ヤーコブとラウラが大事にしてきたトランクだ。その鞄の中には、様々な記憶と懐かしい他人たちとそして会いたくなる風景がいっぱいつまっている。ヨーンじいちゃんの登場は、言ってみればシルマー家に投げ込まれたひとつの石のようなものだった。自由で率直で誇り高く生きているヨーン。がそれを人たちは風変りだと思うのだった。実際ヤーコブとラウラも初めのうちはヨーンじいちゃんがなにをしでか
嵐のあくる日も杉は自らの花粉をまいた。陽をあび、水をすすり、風に葉をゆらした。理由なんてないのだ。それが彼らの生活だから。自然と暮らしを独自観点で描く、かまどキッチンの『生活感演劇』。
梨木香歩原作のファンタジー。小さな三日月湖マッドガイド・ウォーターで起こる、小さな生きものたちの物語。「世界ってなんて素晴らしいんでしょう!」。小さなクーイ族の男の子『ヤービ』達の大きな挑戦と冒険のものがたり。~あらすじ~あの晴れた夏の日、わたしが岸辺で出会ったのは、ふわふわの毛につつまれた、二本足で歩くハリネズミのような、とてもふしぎな生きものでした…。ウタドリ先生が湖で出会った小さな男の子は、
ぼくの叔父メダルド子爵はトルコ戦争で敵の砲弾を受けまっぷたつに吹っ飛んだ。戦いがすんで、故郷に還ってきたのは左右別々の二つの半身だった。「善」と「悪」に分かれた子爵がぼくの村にもたらす奇妙で恐ろしくもおかしな出来事。
知らないうちに友だちを傷つけて、それに気づいたときとっても、心が痛みます。でも、もし、ずっと気がつかなかったら?それを考えると、もっと胸がつぶれそうです。君のお隣にピートはいませんか?
ぐりぐりグリム
ぐりぐりグリムのふしぎな森に、今日も誰かが迷いこむ。楽しいことが待っている。驚くことが隠れてる。ぎらぎら空には太陽だ。どれどれどっちに進もうか?ぐりぐりグリムのふしぎな森で、今日も誰かがすれちがう。いろんな動物が待っている。どこかに魔女が隠れてる。そらそら空にはお星さま。どきどきグリムの物語。さあさあさっそく始めよう
ある晩、パパが息子とプラモデルを作っていると、息子が質問してきた。「パパ、どうして大人は遊べないの?」パパは遊んでいるつもりだったが、息子が言うには今はただ一緒にプラモデルを作っているだけだと言う。ひとり窓辺で考えはじめたパパの前に流れ星が降ってきて……。「私を子どものときのようにしてください」流れ星につぶやいたパパは本当に子どもの姿に!ちいさくなったパパと、息子の不思議な1日がはじまる。
「オノマトペ(擬音語・擬態語)」とは、短く簡潔に伝わりやすい感覚的な音と言葉の間のような存在。そんなかわいくてマンガ的なオノマトペが溢れる世界で、身体と言葉を使って多角的な視点から様々な表現方法で遊びます。ダンスにコントに即興での客席との共同作業に。ユーモラスな発想のオムニバスから一転、戦争の愚かさとその後に生まれる人々の希望も描きます。オノマトペを使った教育利用普及も視野に入れた画期的な作品です
人形劇団ひとみ座では、1993年より20年間「ズッコケ三人組」の人形劇シリーズに取り組んできました。本作品は、2011年より全国公演を開始した、ひとみ座ズッコケシリーズの第三弾です。~あらすじ~小学六年生のハチベエ・ハカセ・モーちゃんは、ズッコケ三人組と呼ばれている。体育館裏の開かずの扉を開けてしまった三人組は、謎の鏡に光を当てることで江戸時代にタイムスリップしてしまう。そこで出会った科学者平賀源
ゾウの等身大パペット(人形)で魅せる、人間の女の子に恋をした子ゾウの物語。子どもは、もちろんのこと、パパ、ママ、おじいちゃん、おばあちゃん、の三世代が楽しめる演劇作品であり、歌とダンスの入った、甘く切ない音楽劇。日本の文楽のテクニックを取り入れ、子ゾウの等身大パペットを、三人のパフォーマーたちが時に緻密に、時に大胆に操る。劇中歌は、当作品のために書き下ろしたオリジナルのメロディー。
There is Room For Compromise.そこは、高校の図書準備室。ホコリをかぶった本がうず高く積まれたその部屋。めったに人がやって来ないこの部屋は、大っぴらにはできない"生徒指導"を行うにはうってつけの場所。発端は、ある生徒が書いてきた学級劇の台本。そこに描かれているのは恋人たちの物語。もしそれが異国の王子と姫の物語ならば問題はなかった。問いかける教師。何も答えない生徒。この一冊
子ども達の「遊び」や生演奏、観客を巻き込む演出に終始笑いが溢れます。自分色に染め、生き抜いた落ち葉のように「自分らしく生きる」子ども達の背中を優しく後押しします。作曲に悩む音楽家がやってきた。旅芸人の道化師もやってきた。考え方も表現も違う者同士が噛み合わないながらも少しづつ距離を縮めていく、そんな三人のおかしな物語。やがて季節は移り行き…。落ち葉の中で繰り広げられる楽しくも美しい言葉のない舞台です
あらすじ:「ここじゃない、どこかに、オレたちの生きる場所がある!」三匹のネズミたちが大学病院の実験室から逃げ出した。そして、ちょっと元気のない少年元気との出会い。ある日、ネズミたちはふと考えた。「なんとかなるさ」を「なんとかしなくちゃ」に変えよう!それは、少年元気へのメッセージでもある。少年元気と三匹のネズミたちの珍騒動。
ぐりぐりグリム
みんなが知っているシンデレラの物語ですが、グリム童話の原作「灰かぶり」は、王子様がちょっとバカだったり、とぼけたハトが大活躍したり、意地悪なお姉さんたちも可愛らしかったり。主役のシンデレラよりも、脇役の人たち、動物たちがちょっとおかしくて、劇にしてみたらとっても面白いんです。舞台側の客席にはクッションマットを敷いた子どもたちのための特別席を用意して、子どもたちが、這い回ったり、寝転んだり、ワイワイ
セロ弾きのゴーシュ・注文の多い料理店・やまなし・・・どれも宮沢賢治の有名な童話です。東北岩手に生まれ、どうしたら人は幸せになれるのかを考えつづけた賢治の世界が、不思議なカバンから生まれます。
演劇を通して多くの知見を得て磨きあげられた人材をSPACの“宝”と捉え、近年は演出家としても活躍目覚ましい寺内亜矢子を起用。世界の舞台を経験した俳優たちとともに、鍛え抜かれた身体と音楽性豊かなセリフ術を活かし、子どもたちの発想力を刺激するインタラクティブな演劇作品に挑む。
(フライヤーより)「7人のこびとと白雪姫」は、新しい解釈に基づいて大胆なアレンジを加えた、全く新しい「白雪姫」です。「ET」に感動し「バック・トゥ・ザ・フューチャー」で青春を過ごした、スピルバーグ世代のパパとママに、是非観て頂きたいお芝居です。そして子ども達と一緒に笑い、 手に汗握り、こんな「白雪姫」の語り方もアリなんだなと、家に帰ってさっそく本を開き、 発声練習を始めてしまう...そんな魔法をか
(フライヤーより)円形劇場にあつまったみんなが、花のお江戸へタイムトリップ!熊さん・八っつぁんの案内で、こどもたちの歌や踊りをみたり、富くじですてきな景品をもらったり、はらはら曲芸にチャレンジしたり……、お祭り気分で江戸体験をお楽しみ下さい。
小さな劇場
芸術の根幹である「創造性」を追求した創作作品。赤ちゃんからおとなまでが劇場に集いともに作品を楽しみ芸術に親しむ機会を提供することを目途とした。 (あらすじ)ある夜、ある少年の子ども部屋で。少年は特撮映画を撮影している。それは近未来の、宇宙での出来事。映画の世界観にすっかり没頭していると、やがて部屋をノックする音が・・・少年がつくっている物語は現実なのか、はたまた虚構なのか?
都では、朝廷が二つに分かれて争っていた南北朝の頃のお話です。瀬戸内海の土岐島に、おもんという女の子と八兵衛爺とが暮らしておりました。この爺は、若いころ倭寇として遠く・朝鮮・中国の沿岸で活躍しておりましたが、ある海戦で、瀕死の中国人の女から預かったのが赤ん坊のおもんだったのです。ですから爺やは「おもんのかかやんは、じゅごんになって、西の海へおとうを探しに行っとる」と言いきかせて育てました。それを固く
(フライヤーより抜粋)太陽がまっ青な空でカンカン照っている春の日、耳をすますと、空空の遠くから声が聞こえてくることがあります。ワッショイ チロリン ワッショイ チロリン山がいくつもいくつも重なった空の向うから、ボッコリはやってきます。今日は、ボッコリの遠足なのです。
春うららかなある日、桜の花を探し求めてやってきた、お殿さんと家来のぬけさく。そこへやってきたのは、病気のかあさんにとりっぱな桜の枝とちまきを持った童。殿さんは桜の花に、ぬけ作はちまきに!目の行くところは違っても童の持ってるものが欲しいのは同じ思い。「あの花をとってまいれ!」「あのような子せがれを大の男が・・・」とためらいますが、しぶしぶ童のあとをおいかけて・・・。
太宰久夫によるフィジカルシアター。前半に立原えりかの『木馬がのった白い船』、後半に武井博の『はらぺこプンタ』を配し、絵本の世界を
王様には秘密がありました。その秘密を知ってしまった床屋はふと思いました。「そもそもなんで王様の耳はロバの耳なんだろう?」イソップ寓話を新しい解釈でアレンジ。身体表現や生楽器、道具を使った見立ての表現などで描く絵本の世界のような新しいダンス劇。マイノリティの生きづらさは、大衆の理解と許容の意識で好転するかもしれない。そしてそれは何気ない純粋で小さな一言がきっかけかもしれない。そんな願いを込めた物語。
(フライヤーより)ヤッホー ヤッホー森のなかから、エップ、カップ、ごとんごとんおれ様は、顔を洗ったことのないタヌキです。みやざわけんじ君とは大のなかよしで、けんじ君にタヌキ語を教えたのは、このおれ様です。いまや、けんじ君は山猫語をはじめ、なめくぢ語やクモ語、トカゲ語などなんでも話します。驚いたことに、けんじ君はこれらの動物語を使って、子供たちのために、童話劇を書いたというのです。それを聞いた山猫大
時計でははかれないながい旅…。時間には、時計が告げてくれる時間と時計でははかれない時間がある。たいくつな時間は長く、夢中になれる時間は短い。これはのびたり縮んだりするもうひとつの時間のなかの物語。兵庫県在住の児童文学界の第一人者、岡田淳氏の代表作を、兵庫県立ピッコロ劇団が舞台化。ある日、少年・悟はふしぎな黒猫・ダレカに出会う。ダレカに誘われて森の中に入り込んだ悟を待ち受けていたものは…。
手塚治虫の「ブッダ」を原作に、シャカ族の王子という与えられた身分を捨てて、自らの運命を自らの力で作り出そうとするシッダルタの成長を追いながら、青年シッダルタが”生きてある意味”を知っていく姿を熱い共感の中でダイナミックに描いている作品。
(フライヤーより)こどもの城が贈る親子で楽しめるゴールデンウィークの素敵なプログラム
小学四年生のみちるは転校生。夏休みにこの町に越してきて、二学期から新しい学校に通っています。家族はお母さんとお兄ちゃんの三人暮らし、お父さんは死んでしまっていません。そのせいか、近頃みちるは、死んだらどうなってしまうんだろうと、しきりに考えるようになっています。それからもう一つ、みちるの心の中には、みちるだけの友達・ひろみが住んでいて、いつも二人でぶつぶつ話をしています。お父さんがいなくなった寂し
主人公の「僕」と「彼」は、大の仲良しでいつも一緒に遊ぶ親友。しかし、些細な言葉のズレから二人は喧嘩をしてしまう。「彼」のことが気になって眠れない「僕」は、夢の中で、「ことのハの森」に迷い込む。そこは、「言葉が“葉っぱ”になっている森」。いつの間にか、「僕」が「彼」を気になっていた様に、「彼」も「僕」を気にして、「ことの葉の森」に迷い込んでいた。二人は、森の中で冒険をすることで、次第に「仲直りの言葉
(フライヤーより抜粋)三味線、和太鼓、日本舞踊など、日本の芸能を伝承しているこどもたちの活動を紹介する「こどもの城 おまつり劇場」。今回のテーマは「花」。四季おりおりの花にちなむ歌や踊りを春夏秋冬の四つの章に構成します。
とある町の外れにあるおもちゃリサイクル工場。いつもの社員と派遣パートの女達が働く部署に、お仕事マッチングアプリに登録したばかりの68歳の男が初めて仕事に来る。「おもちゃが一つ足りない」という些細な事件をきっかけに隠れていたそれぞれの心の中がみえてきて...。音楽やダンスも取り入れて客席と一体になる今作は子どもの心も掴み大人の心にも響く。人々の日々の営みをユーモアたっぷりに描いた、パショパショ流プロ
(フライヤーより)まよなかの台所でのおはなしです。スイス生まれのカッコー時計「カッコー男爵」じいさんは、ちかごろめっきりとしをとって、むかしのような、いい声が出なくなってしまいました。ともだちのシオとコショウが、たすけてやろうとしますが、どうすることもできません。3人がこまっているとき、人間のかたちをしたクッキーを見つけました。でも、そのクッキーは、まだ顔がなくて、できあがっていません。3人はその
あかちゃんとおとなのための演劇・ベイビーシアター
蛇口からしたたる一筋の水をめぐって、無言の人間がさまざまな姿態を見せる。1980年代の伝説的舞台、太田省吾の戯曲『水の駅』を、あかちゃんと大人のための演劇(ベイビーシアター)として全く新しい演出で上演します。極端に遅い動作で一瞬の生を切り取る手法を生かし、流浪する人間の姿を確かに描いた本戯曲。その中の人間の生の描写をあかちゃんと一緒に見ようという試みです。
暗黒の世界に住む妖怪の首領は、汚れつつある地球を競売にかけ、売り払おうと考えています。妖怪たちの企みをよそに、子どもたちは無邪気に楽しく毎日を送っています。そんな中で主人公のあいちゃんは地球環境を守ることの大切さを語りますが、友だちにもなかなかわかってもらえません。でも、あいちゃんは皆で助け合えばきれいな地球を守ることができることを確信し、その気持ちをマンガで世界に訴えていくことを決意します。
(フライヤーより)歌のお姉さん、体操のお兄さんによる楽しいつどいや、「ロバの音楽座」によるショーなどが3階青山円形劇場に大集合!!
劇団うりんこ創立50周年記念作品ぼくたちは自分の人生の主役をしながら、周りの人の人生の脇役をしてるんだそんなお客様に、ぼくは、ふしぎなお話をたくさん聞かせてるんだ。すると、鍵を閉め忘れた図書室から、お話の登場人物たちが飛び出し大騒ぎに…20人以上の劇団員が、所狭しとうりんこ劇場を駆け巡る!にぎやかで、ちょっぴりきみょうなファンタジー。
円・こどもステージ
ヤーノシュの絵本「おばけリンゴ」に、作者の谷川俊太郎がイメージを膨らませて戯曲化した作品。生演奏の楽士などと共に観客と舞台との一体感ある楽しい劇空間が創造される。
(フライヤーより)むかしむかしから語り継がれてきたお話、それが民話=メルヘンです。「とんとむかし」は越後の国に伝わるメルヘンを、十人の俳優たちが、鳥になり狐になり馬になって、変化自在に語り演じます。音楽も、太鼓や笛、三味線など和楽器を用いて日本情緒たっぷりに、こどもたちの叙情と想像力を揺さぶり起こします。’85年春、カナダ・アメリカで絶賛を博した劇団ひまわりからのお年玉プレゼントーとんとむかし♡
あかちゃんとおとなのための音楽劇 ベイビーシアター
夫が、 死んだ妻を生き返らせるため地獄にやってくる。「振り返ってはならない」 たったひとつのこの約束を守り、 夫は妻と共に戻ってくることができるのか。ギリシャ神話をモチーフにしたオペラ「オルフェウスとエウリディーチェ」を、歌やリトミックをベースにしたダンスとともに彩る。あかちゃんと、 あかちゃんを迎え入れた大人たちに贈る、愛の物語。
あらゆる年齢層を対象に、新しい舞台芸術を創造すべく、「ウブ・ボミーいのちのひびきー」を創作。宮沢賢治の「ペンネンネンネン・ネネムの伝記」を原作にミュージカルとして製作。「宮沢賢治とアフリカ音楽の出会い」をモチーフに、グローバルな演劇の創出を目的とした。お化けの国アフジメリカのはずれの森深く。ベンネンネンネン・ネネムは、食べ物を探しに行ったきり帰らない父母と、誘拐された妹を探しに都会に出かけるが…
2025年一横須賀。「大深度有人潜水調査船しんかい12000」が初航行を行う。向かう先は、世界の最深部であるマリアナ海溝チャレンジャー海淵だ。一方、1875年一横須賀ではチャレンジャー号がマリアナでの深度調査を追え、停泊をしていた。事件をきっかけに過去と未来は繋がれ、深海の神秘や生命の起源についての仮説が浮き彫りになった時、未来へ託す壮大な夢がそこに現れた。
「銀河ステーション…」星祭りの夜、1人寂しく夜空を見上げるジョバンニの耳に突如響く車掌の声。親友カンパネルラとともに“本当の幸せ”を求めて様々な星座を旅し、2人の行き着く先は…。宮沢賢治の名作童話を、「友人の死を受け入れることで成長していく少年の物語」というシンプルな構成にして鮮やかに舞台化。2011年にフランスの子どもたちのために仏語版がつくられ、その後、日本語版を制作。小説『幕が上がる』の背景
(フライヤーより)ニューヨークに住むトム•ブラウンくんは ある日、お手紙をもらいました。“親愛なるトム•ブラウンさまプリーズ•カム•カム 来て下さい。困っています。S•O•Sニャーオ 日本の山猫大将より”トムくんは、もううれしくって ビョ〜ンビョンと日本の我不知山にやってきました。待っていたのは、困った顔の山猫大将と家来のトラスケさん。いったい全体 なんでしょう?おお!OH!そこへやってきました
今の時代、人は死に直接出会うことが少なくなっています。ほとんどの人が病院で死に、死ぬ直前は見ていても、それに至る過程をつぶさに知ることはなくなりました。だからこそ、死というものを真正面からとらえようとこの作品を制作したのです。特別な舞台装置や小道具を使わず、俳優の身体と声を表現の手段とし、観客の感性と想像力にダイレクトに訴えかける「素劇」によって観客の想像力が刺激され、生活の中の死の匂いが際立つの