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時代が押し付ける重い空気そんな流れに負けず懸命に生きた庶民たちの物語刻一刻と暗い時代へと突入していく中、求められるのは"軍國歌謡"か"敵性音楽"か。太平洋戦争前年からの一年間を描いた井上音楽劇の代表作。
今日、 母が死んだ。いつも正しいことを言ってた母。時間にうるさく礼儀にうるさく、何よりもちゃんとしていて、誰よりも厳しかった母。いつもわたしを叱っていた母。いつの間にか会わなくなった母。今日、 死んだ母。今日その母に、付き合ってたひとがいたのを知った。彼はわたしと同い年だった。わたしは母のこと、何も知らなかった。
COCOON PRODUCTION 2023
青年が老婆を拾った。社会にうまく馴染めず、派遣のピエロの仕事でギリギリ生活をしている青年(竜星涼)。しかしそんなピエロ業も、決してうまくはいっていない。ある日、道端の老婆(高橋惠子)に手品で花束を渡すと、老婆はどこまでもついてきた。そして、青年の部屋にまで上がってきた。すぐに老婆を帰そうとするも…、青年と老婆の不思議な共同生活が始まっていく。青年を心配する兄夫婦(藤井隆/山田真歩)、仕事先の女性社
盲学校を出たばかりの20才のアニー・サリヴァンは、ケラー家からの要請を受けて、家庭教師として北部からやって来る。娘のヘレンは乳児のころに熱病に冒され、視力と聴力を失い、ことばも獲得できないまま、野性児のように生きていた。親たちは施設に入れようとも考えたが、あまりの環境の悪さに諦め、人間として何も通じないヘレンを持て余している。しつけを期待する親たちに対して、アニーはヘレンに言葉を教えようとする。「
ハンドル名「ヤリタイ」「シタイ」「小夜子」「天涯孤独」の4人が初めて直接会う「オフ会」が近いというのに、シタイからの連絡が途絶えてしまい、ある日、仲間全員にシタイから謎のEメールが届く。指示に従ってヤリタイたちが手に入れたのは、白い粉の入った謎の小瓶……。シタイは何の目的で白い粉を送ってきたのか? シタイは今どこにいるのか? そもそも、白い粉は何なのか? オンラインとオフライン。イメージと現実。
「隅田川 森羅万象 墨に夢」プロジェクト企画
観世元雅によって書かれた室町時代の能「隅田川」を原案に、現代の母親・子供、そのあり方を考える舞台作品。原案で象徴的に描かれる、子供を失くした母親の『涙』を中心のモチーフに置き、同じように子供を失くしても泣けなかった(愛することができなかった)母親を主人公とした。そして相思相愛ではない親子の形と彼らが生活する社会システムを提示し、現代の諸問題を取り上げた。製作にあたり、隅田川、木母寺、隅田宿など物語
日本の伝統的な庶民文化の一つである「民話」には、方言の持っている豊かさや、物語に隠された素朴な教訓、語りの味わいなど、今の子どもたちに伝えたい要素がたくさん含まれています。最近では、映像で「民話」に接することが出来るようになりましたが、画面から一方的に送られてくる「民話」では、語り継がれる良さは極めて少ないと思われます。「とんとむかし」では、一人一人が語り手となり、演者として、生の民話を日本中に語
都会の片隅に残され、今では粗大ゴミの不法投棄場と化した丈高い草の生い茂る原っぱで、予備校生のエイジは夜な夜なまっさらなキャンバスに映る影を写真に撮っている。それが彼の描く「19歳の絵」だ。ある夜、二人の男子高校生がベッドを捨てにやって来る。一緒に現れた女子高生を一人残し、彼らは去っていくのだが、やがて舞い戻ってきた男の一人・オサナイは「何してた?」とエイジに詰め寄る。エイジが女子高生・あきらと話し
新宿・歌舞伎町を舞台に、夜に籠る人々とエレメントたち。デリヘル「新宿セミヘブン」のヒカリ、ララ、新入り・似鳥さんを軸に、嘘とフェイクが交差する。誰かが願った“雨”が街を島国に変え、仮初の住人たちは潮騒に耳を澄ます――プレイタイムが終わるまでは。
あなたに、私を好きなまま死んで欲しいと思うのは、わがままだろうか。そこは、願えば誰でも不老不死になれる未来。それでもヒラサカ ミツは、不老不死になるつもりはなかった。彼女にとって生きることは苦痛であり、終わりのない生は地獄だと感じていたからだ。そして、パートナーであるタチバナ アサの愛情が、いつか冷めるであろうことに耐えられそうになかったからでもある。訪れるいくつかの出会いと別れを経て、ミツは、人
祖母を亡くした青年ひろとピアノから生まれた少女の出会いから始まる、人と人ならざるものの魂の形を巡る話。あらすじ:ピアノを壊した。少女は二本足で立っていた。命は巡れど魂は形を変えないなら時間が流れてもあの時が残るならろうそくの火を吹き消すまでのみじかい逃避行をしよう。取れない電話に背を向けて広い大地に夢を見て誰が僕を見つけてもキューちゃんは僕を探さない。
劇団初のチェーホフ作品。湖畔の田舎屋敷を舞台に、作家志望の青年トレープレフと女優を夢見る乙女ニーナの関係を軸に、屋敷に集まる人々のさまざまな恋愛模様が描かれる。この群像劇を自己実現の病に苛まれた現代人の苦悩の姿と解釈し、「剥製たちのボードビル」として上演した。初演は2019年、劇団創立35周年記念公演。その後2023年にルーマニアのシビウ国際演劇祭に招聘され大きな話題となる。
河上肇の登場しない井上ひさしの「貧乏物語」社会問題としての資本主義・・・「貧乏ってなに?」と問う人すべてに捧げる可憐な女性六人の事情と人生。時は大正5年...第一次世界大戦の好景気の最中、誰もが少し浮かれて、本当の''貧乏''を見ようとしなかった時代に、ベストセラーになった河上肇の『貧乏物語』。 その河上肇の周りには、こんなにも素敵な女性たちがいた。私たちはおんなじ問題の前にいる。こまつ座24年振
(フライヤーより)ツロの若き領主ペリクリーズは、アンティオケの王女を妻に望み、その王アンタイオカスの課した謎を解くが、父と娘の秘密の関係をも見破ってしまう。身の危険を感じて故国に逃げ戻ると、国事を忠臣ヘリケーナスに託し、刺客の追手を逃れるために密かに出国する。途中、難破してたどり着いたペンタポリスで、その地の王サイモニディーズの娘セーザに慕われて結婚する。しかし、故郷からの手紙で急遽、身重の妻を伴
Dance New Air 2016
私事だが最近結婚して、あらためて家族というものを目の当たりにしている。こちらの家族とあちらの家族、ぜんぜん違う。そこから生じる夫婦ふたりの生活スタイル・行動様式も当然違う。で、それぞれ両手を必死に伸ばして、わずかに触れ合う指先がその先の腕を互いにつかみ、ガッチリと離さないようにする。そうして家族は成立する。ひとつの細胞がどんどん分裂していくのが生命への過程ならば、家族は別々の個体がひとつに結合して
僕の名前は羽山走次。8歳で小学校の3年生。それはある日、突然、起こったんだ。お父さんもお母さんも、いきなり子どもになっちゃった。お兄ちゃんも幼稚園児みたいだし、おじいちゃんはまるで赤ちゃん。どうしてこんな不思議なことが起こってしまったのだろう? それはどうも、ぼくの精神年齢だけが大人になった、ということらしい。つまり僕から見れば、精神年齢の低い人は学校の先生だろうが子どもに見えるってわけ。でもどう
初夏。山あいの田舎町。父、母、兄と実家の工務店で暮らす田村鈴子は、家族間の静かな歪みに悩んでいた。表面的には仲の良い田村家だが、5年前、長女・千鶴が亡くなってから、その関係はどこかおかしくなっていた。ある昼下がり、千鶴の霊に憑りつかれた一人の女が、田村家を訪れる。それをきっかけに彼らの関係は大きく揺り動かされる。幻想的な夏の一幕をブラック・ユーモアを交えて軽妙に描く、さみしくも美しい家族劇。
とある集合住宅の一角、部屋いっぱいある体の大きな子供が座っている。父は流行病を患い熱に浮かされながら思い出を彷徨っている。生まれた時のこと、まだ小さな頃のこと、発達に遅れがあると聞かされた時のこと……。柴田智之が障がい児のデイサービス施設で働いてきた経験を元に描く、家族の物語。
さびれた芝居小屋の淋しい楽屋。遠くから客入れの演歌が流れ込んでくるやいなや、大衆演劇女座長・五月洋子は、座員一同に檄を飛ばし始める。開演前の化粧支度の最中も、口上や十八番の演目である「伊三郎別れ旅」の母と子が再会する場面の稽古に余念がない。そこへ捨てた息子との対面を、と出演依頼を携えたお客がやってきた・・・。うってかわって、クリスマス間近の芝居小屋の楽屋。大衆演劇の座長・市川辰三は。夜の部も迫った
シェイクスピアの「ヴェニスの商人」を下敷きにした鄭義信による日本未発表の音楽劇。2014年4月に韓国のソウル獎忠洞(チャンチュンドン)の国立劇場タロルム劇場で初演。元宝塚歌劇団月組男役トップスターの剣幸と、劇団☆新感線の右近健一を客演に迎え、ピッコロ劇団と関西で活躍する俳優陣が結集しておくる、歌って踊って笑って泣ける関西風シェイクスピア音楽劇。
ある日突然、死んだ友人の幻影を見るようになった小説家、稔梨。彼女は友人の民俗学者と共に、海沿いの小さな集落に住む霊能力者のもとを訪れる。しかし彼女が尋ねたとき、集落は年に一度の祭『おわたり』の準備に大わらわだった。『おわたり』とは、その年に海で死んだ者たちの魂がいっせいに黄泉の国へと渡ること。 死者と生者が混在するひと夜。海は闇に溶け出し、人の秘密があふれ出す。
日本を代表する幻想作家・泉鏡花彼の傑作であり、2019年に劇団グスタフで上演した「天守物語」と対をなす作品。シアターグスタフならではの舞台装置で山奥の苔むすような雰囲気を再現。わたなえベ佳英の脚色、演出家抱晴彦による演出、和楽器の生演奏で、新たな表現で泉鏡花の幻想世界の魅力を伝えるとともに、美しい日本語の響き、その魅力を伝えていく。【あらすじ】かつて妖怪と人間との間で交わされた約束が時を経て伝説と
西瓜糖第9回公演
昭和40年代の東京 文化人類学の教授である城戸崎裕介(中尾)は妻・志穂(山像)娘・裕子(磯部)と平穏で暖かな日々を送っていた。そこに不意に訪れた輝くばかりの田舎の青年、坂幹人(三津谷)。そしてまた、導かれるようにやってくる一人の女――澤野麻巳(奥山)。一つ屋根の下に集う者たちの糸が、少しずつ少しずつ絡まりだし、不協和音を奏でていく……。
中国の大河・長江の中流に位置するある都市。この街のもっとも平均的な2LDKの団地に、縁もゆかりもない若い夫婦と、定年退職した元小学校の女教師が同居している。長江に臨むこの団地は誰が名付けたか「団結団地」。ベランダからの眺めは一級品なのだが、背に腹は代えられずいやいや同居しているそれぞれにとって、眺めどころではない。何と言っても年の差は如何ともしがたく、生活のリズム、習慣、価値観の違いは日常的な争い
おねしょに悩むおんなのこは、飼い猫のにゃあにゃあちゃんから聞いた古い言い伝えを叶えるため、夜の森へ出掛けて行きます。おかあさんも子どものころに出かけた森には、たくさんの動物たちや不思議な生き物、妖精たちが住んでいました。森で出会った狩人に案内されて森の奥へ進むおんなのこ。やがて辿りついた古いおうち。となりの森と戦争が始まろうとする中、おんなのこが古いおうちで見たのは……。
焼け落ちた、豪邸。消え落ちた、記憶。子供たちの、メリーポピンズは何処?1930年代、著名な心理学者グラチェン・シュワルツ博士の豪邸で火事が起こり、博士の遺体もろとも、すべてが燃え尽きた。全身に火傷を負いながら、猛火の中から博士の4人の養子達、ハンス(小西遼生)、ヘルマン(上山竜司)、ヨナス(良知真次)、アンナ(音月桂)を救出した家庭教師メリー・シュミット(一路真輝)。しかし、メリーは失踪。 残され
作品中最大の見せ場、「底なし沼」のシーンを、50人という大人数でダイナミックに表現し、演出家・佐々木智広の大舞台での群集表現の秀逸さが認められる。月曜日の夜、東京郊外という場所にも関わらず、立ち見客が出るほどの盛況でフェスティバル当日券来場者過去最高を記録。
ぐりぐりグリム
みんなが知っているシンデレラの物語ですが、グリム童話の原作「灰かぶり」は、王子様がちょっとバカだったり、とぼけたハトが大活躍したり、意地悪なお姉さんたちも可愛らしかったり。主役のシンデレラよりも、脇役の人たち、動物たちがちょっとおかしくて、劇にしてみたらとっても面白いんです。舞台側の客席にはクッションマットを敷いた子どもたちのための特別席を用意して、子どもたちが、這い回ったり、寝転んだり、ワイワイ
この演目はシェイクスピアの初期の喜劇作品。幼少の頃、生き別れになった双子の兄弟アンティフォラスと、双子の召使いドローミオがエフェソスの街で騒動を繰り広げる物語。新型コロナウイルスの影響で芝居離れが進む中、様々な劇団の役者が原点に戻り、お芝居の面白さを広め以前のような活気を取戻す契機になればという思いで、2020年12月の演劇「ロミオとジュリエット」に引き続きシェイクスピア劇を公演しました。
弦巻楽団旗揚げ20周年記念公演。約5年ぶりとなる、弦巻啓太書き下ろし新作による本公演。札幌のほか、帯広、苫前でも巡演。まもなく廃校を迎えようとしている中学校。ただ一人の3年生は、最後に演劇部の大会に出たいと希望する。過疎が進む北海道の地方を舞台に、取り残された若者と、取り残された大人たちの“人生の9月”についての物語。
ルー大柴の魅力は、日本人離れした破天荒な演技ではなかろうか。そのルーツは、高校卒業後にヨーロッパ、アメリカをヒッチハイクした経験から来ているのであろう。路上で馬の釘を加工して、アクセサリーを売りながらの生活はどんな役者修行よりも貴重な体験だったに違いない。帰国後、役者を志し勝新太郎が主宰する勝アカデミー第一期生として小堺一機らと一緒に勉強をする。その後、アンダーグラウンド劇等を経て、関根勤の「カン
能「隅田川」をモチーフに「最初からそこにある悲劇」「救いがない中の救い」を描いた意欲作。川のほとりに立つ集会所。その日行われる通夜の担当者と、片付いていない前日の祭りの担当者が鉢合わせ…ケータリング業者の新人店長は祭と通夜に振り回され、「家族を探す」男までやってくる。さらにそこへ30年ぶりに町へ帰ってきた青年が加わり、彼が抱えるその30年前の川の事故の思い出と、この日の通夜が思わぬ方向でつながる…
ニッポン全国、今夜もパソコン通信であちこちに会話の花が咲く。ハンドル名「ヤリタイ」「シタイ」「小夜子」「天涯孤独」の4人もそんな仲間だ。ところが初めて直接に顔を合わせる「オフ会」が近いというのに、シタイからの連絡が途絶えてしまう。そしてある日、仲間全員にシタイから謎のEメールが。指示に従ってヤリタイが手に入れたのは、白い粉の入った謎の小瓶……。それは小夜子にも天涯孤独にも届けられていた。シタイは何
“現代アイルランド演劇界のチェーホフ” ブライアン・フリールの名作。アイルランドの北西部、バリーベッグのはずれの村。ひっそりと暮らすマンディ姉妹はそれぞれの悩みや、緊張の中で助けあって生きている。この片田舎にも近代化の波が押しよせ、経済的な不如意に苦しみ、兄・ジャックの送還の余波でマンディ一家はだんだん崩壊していく・・・・・・。オリジナル曲にアイリッシュダンス、姉妹を取り巻く人物達との激しい言葉
ひよわな漫画少年と、バンカラ・明石との友情を描いた「ゴッドファーザーの息子」、戦時中、蝶に魅入られ駆け巡る山で、一人の少年と出会う「ゼフィルス」、青春であるべき中学時代の軍事教練、勤労動員、大阪大空襲、そして終戦を描いた「紙の砦」。手塚治虫の3作品を原作に紡ぎだす、少年・大寒鉄郎の物語。
主を失ったある山小屋に人々が集まってくる。彼らは亡くなった主にさまざまな因縁を持っているがそこはもはや空っぽになった場所で、もうそのしがらみから解放されたはずなのにまとわりつくような何かが彼らをその場所に留める。家族から国家までさまざまな場所にいる「父」や「父的な何か」を切り口にわたしたちが生きる今を描く。
私たちは、家族だった。結婚式場の控え室。新婦の女はウェディングドレスに身を包み、煙草に火をつける。彼女の視線の先には、初老の男たち二人。夫婦のようにも見える彼らのやり取りを“娘”である女は慣れた様子で眺めていた。“父”の一人である男の走馬灯として語られる、奇妙な家族のありふれた物語。
昭和30年代「快傑ハリマオ」というTV番組が人気を博しました。この荒唐無稽としか思えないヒーロー“ハリマオ”にはモデルとなった男が現在の福岡市南区曰佐に実在しました。日本男児だった彼が何故,異国でマレーの虎と恐れられ、貧しい地元の人からは慕われる義賊となったのか?ハリマオとは一体なんだったのか…。
馴染みの人が集まる居酒屋に、旅人のクリスティという青年がやってきて、自分が父親を殺したと告白する。 彼の言葉に、単調な田舎の日々に飽きていた村人達は歓喜し、この流れ者を英雄扱いする。 クリスティは、魅力的な村娘であるペギーンが寄せる好意や村人達の敬意に満ちた扱いに、次第に自分に対する自信を強めていく。 すると、彼が殺したはずの父親が現れ…。
カノン形式に沿って、2人の男女の出会いは何度も何度もリフレインし、男は幼児時代から大人へ向かって生き、女は老女から少女へ向かって生きながらすれ違いを繰り返す。2人はまるで現代の織り姫と彦星のようだ。電話で繋がってはむなしくその糸は切れてしまう。果たして2人は再び出会うことができるのか。
南極探検から白瀬矗が日本に帰ってきた。大喜びで出迎える娘の武子。しかし探検隊に莫大な借金が判明。「講演会を開き募金を集める。武子にも手伝って欲しい」と矗。妻のやすは猛反対するが、武子は承諾。3年後、満州の講演会で、日本に反対する暴漢に襲われる。その時助けてくれた若者と恋に落ち、武子は満州に嫁ぐ事に。 遠く離れても互いの幸せを願っていたが、時代はささやかな幸せも許さない。けれど再び家族を結び付ける、
今の時代、人は死に直接出会うことが少なくなっています。ほとんどの人が病院で死に、死ぬ直前は見ていても、それに至る過程をつぶさに知ることはなくなりました。だからこそ、死というものを真正面からとらえようとこの作品を制作したのです。特別な舞台装置や小道具を使わず、俳優の身体と声を表現の手段とし、観客の感性と想像力にダイレクトに訴えかける「素劇」によって観客の想像力が刺激され、生活の中の死の匂いが際立つの
ある晩、パパが息子とプラモデルを作っていると、息子が質問してきた。「パパ、どうして大人は遊べないの?」パパは遊んでいるつもりだったが、息子が言うには今はただ一緒にプラモデルを作っているだけだと言う。ひとり窓辺で考えはじめたパパの前に流れ星が降ってきて……。「私を子どものときのようにしてください」流れ星につぶやいたパパは本当に子どもの姿に!ちいさくなったパパと、息子の不思議な1日がはじまる。
劇中講談「大石理玖物語」(旭堂南陵 作)
良妻賢母として名高かった大石内蔵助の妻・りく。彼女の本当の想いはどこにあったのか・・・。上方講談界の重鎮 旭堂南陵の筆による講談台本を元に工藤千夏が新たな解釈を加え一人芝居を書き下ろした。講談師・旭堂南明としても活躍する俳優・天明留理子の「講談に彩られたひとり芝居」。本作は前年2018年夏に近畿最古の芝居小屋、出石永楽館にて行われた「大石りく物語」をバージョンアップして新たな作品として上演された。
フリージャーナリスト「市井宗高」が紛争国に入り、消息を絶つ。母「順子」は無事を祈りつつ、毎日お百度参りをし、鶴を折る。宗高の友人で新聞記者の「司由起人」は順子に取材を重ねるが、宗高の妻「実花」は「これは自己責任だから」と言いだし、取材を拒否するよう順子を諫める。そんな折、テロ組織に拘束された宗高の無惨な姿がニュースで流される。一方、由起人には30歳過ぎてなお非正規雇用で苦しい生活を続ける弟「真奈人
佐賀県唐津市の郊外で先祖代々の土地を守り続けてきた専業農家。息子はアメリカに留学し、佐賀の農業大学で講師を務めながら農山漁村と都会の交流をめざす新しい観光業に燃えている。そんな折、農業高校からホームステイで受け入れた高校生はコンビニ依存で…。クローン牛に遺伝子組み換え、ダイオキシンに環境ホルモン。農業を取り巻く環境が大きく変わる中、食の安全を求めて「身土不二」の教えが再び浮かび上がる…。
教会の待合室。大きな窓ガラスがあり、葬儀の様子がよく見える場所。そこに集まった4人の女たちは、それぞれが亡くなった男の彼女だった。粛々と葬儀は執り行われていくが、待合室での女たちはそれとは関係なくそれぞれの世界を独走しはじめる。一人一人が違った悲しみをまとい耐えながら、それでも男が死んだ現実を咀嚼するように受け入れようとしている。しかし、受け止めきれない女もいる。死んでもなお依存し続けることで生き
娘の母はヒステリックで、男の兄は海に身投げし、女の子どもは生まれなかった。人生の断片が繋がった、境界のない溶け合う世界。「あなたの中には、私の母も、あの人の兄も、この人の生まれなかった子どもも、存在しているのです」アントン・チェーホフの名作戯曲「かもめ」を題材に、現代演劇の旗手が、新たに提唱する演劇の新形式。
昭和15年の浅草。小さなレコード店「オデオン堂」に4人の家族と二人の間借り人が仲良く暮らしていた。しかし、陸軍に入隊していた長男の正一が脱走して「非国民の家」扱い。追手がかかり憲兵が住み込みで見張りをする始末。ところが長女・みさをがたくさんの傷痍軍人と交わしてきた文通ハガキの中から選んだ源次郎と結婚するにいたって、今度は一転「美談の家」に。ジャズ(=敵性音楽)が好きで歌謡曲(=軟弱な音楽)が好きな
「江の島」というキーワードは、「ここではないどこか」へ逃れたいという、生きづらさを象徴している。折しも、緊急事態宣言が出されるときに、人々は江の島に殺到した。やはり、誰しもが、男女問わず「ここではないどこか」を求めているのだろう。女性の生きづらさの問題は、女性だけの問題ではないのだ。この作品では3人の女性が自身の生き方を模索する姿を描く。
青年が死んだ。死因は心臓マヒ。26才、未来産業としての原子力にあこがれ、原子力発電所に就職して、七年目の死だった。息子はなぜ死んだのか。母親の、なりふりかまわぬ追求で知られていなかった事実がつぎつぎと浮かび上がる…。息子を思う母親のひたむきな愛があきらかにした原発の真実!1982年には福島や新潟、福井をはじめ、原発所在地や建設予定地など、日本縦断公演を実現。
古城十忍の新作書き下ろし。男は「ある反政府集会」の中心的人物が自分の娘の恋人であることを知り、戸惑いながらもその恋人の日々の行動確認(行確=コウカク)を開始する。高校教師を務めるその娘はSNSによる誹謗中傷を受け、個人情報までもがネット上にさらされてしまう。そんなある日、男は自分自身が見知らぬ何者かに行確を受けていることに気がつく……。そして娘は、誹謗中傷の発端が意外な人物であったことを突き止める
「喪主の練習をしたい」と言い始めた母。ご近所さんのお葬式がグダグダで本当に酷かったらしく「自分が喪主をする時にああはなりたくない」と近所の葬儀屋と手を組んで一からお葬式を学んでいく。職人気質で頑固な夫、親になかなか言い出せない秘密を抱えた長女、大学受験を辞めようとしている長男。バラバラな方向を見ている家族が、やる気が空回りする葬儀プランナーの指示のもとお葬式のリハーサルをやらされることになるのだが
日韓演劇交流会2024〜ミックスジャム〜
1999年、大阪に暮らす内田家では長男、瑞樹が両親に結婚の報告をしていた。本来だったら素直に祝えるはずだったのだが、相手が在日韓国人の女性だと聞いて、周囲の大人が心配し始める。「いまさら差別もないだろう?」という息子たちの年代だったが。それまでに意識したこともなかった在日韓国人への差別の根強さが残っていることに気づいて家族会議が始まる。そして自分達の家にどんなルーツがあるのか初めて考え始めるのだっ
アーサ・ミラーのアメリカ演劇史上最高の傑作。平凡なセールスマンの悲劇を過去と現在を巧みに交叉させながら描いた作品。この録画は巡演前の舞台稽古として日大芸術学部の講堂で上演したものを収録。
完黙症と言うしゃべる事が出来ない精神病を患った男。彼は兄夫婦のもとで暮らし、兄は弟の面倒を妻に任せきり。兄嫁は毎日毎日彼に語り掛ける。それでも一向に口を開こうとはしない…そんな彼を心配して、現われたのは、幼い頃死に別れた親友だった。親友は神様をつれてきたという彼の病気を治してもらえるようにと…そんなときいつも優しくしてくれた兄嫁が家を出て行ってしまうことになる。彼の閉ざされた心は解放されるのか、そ
第八次半世界大戦が第八次半世界大戦が勃発している中、燕と人間を合体させた超生物ヒューマンツバメが誕生していた。ヒューマンツバメは空と陸を謳歌し、争いの連鎖から解き放たれようとしていた。長女の夫に国防軍への招集令状が届いたのだ。「ヒューマンツバメになれば徴兵は免れる」ただし、ヒューマンツバメになるという事は人間の記憶をほとんど失くすという事だった。家族のそれぞれが大切な人のことを思い選んでいく物語の
昇進が決まり東京の本社に移動することになった娘、文は父親をひとり実家に置いていくことに不安を覚えていた。そこで、文は父のかつての同級生で、寡婦である道子との再婚を斡旋する。しかし、父と道子が再会し距離を縮めていく様子を見ていた文は亡くなった母親のことを慮らずにはいられなかった。複雑な想いを抱えたまま東京への出発の日は近づいていく。文と父の暮らしている町の様子と町の子どもたちの成長を文の移り行く心情
柴幸男による、「あゆみ」「ハイパーリンくん」「反復かつ連続」「純粋記憶再生装置」からなる四つの短編集。
日本による韓国併合の時代に朝鮮北部に産まれた李仲燮は、朝鮮の大地を愛し幼い頃より絵に描いていた。一九三五年、支配国である日本に渡り 、東京帝国美術学校、文化学院美術科で絵を学ぶ。在学中に山本方子と出会い魅かれ合うが、戦局も逼迫して一人、実家のある元山(ウォンサン)へと戻った。思いを断ち切れない方子は終戦間近の一九四五年、危険な玄界灘を一人渡り仲燮と再会する。二人は結婚、山本方子は李南徳(イ・ナムド