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テネシー・ウィリアムズの出世作にして、1945年のニューヨーク初演以来世界各地で上演が繰り返されている傑作戯曲。物語は、船員となって家を後にしたトムの思い出として語られる、1930年代のセントルイスが舞台。
妻が町内会の温泉旅行中に心臓麻痺で突然亡くなった。康夫は、長年連れ添った妻の急死を受け入れることができず取り乱してしまう。日常生活の中に悲しみを埋めていく中、5人娘たちの思い出話から康夫が知らない妻民子の姿が浮かび上がってくる。王貞治が世界ホームラン記録を達成しようとしていた1977年夏。一枚のレコードに刻まれた夫婦の記録と記憶から、哀しくて可笑しくて、どこか懐かしい家族のドラマが展開する。
戦後、復員してきた松尾大吉(六角精児)が妻・弥生(冨樫真)の元に帰ると、そこには二人の女・番場(秋野暢子)と小梅(川島なおみ)が居候していた。しかし、弥生たちは大吉が死んだものと思い込み、既に葬式もあげてしまっていた。その上、弥生が本当に待っていたのは戦争のどさくさで結婚してしまった大吉ではなく、番場の息子・裕介だった。立場のない大吉を目の前に、裕介の帰りをそれぞれの思いで待っている番場と小梅と弥
―禁忌の愛にゆれる、日の浦姫の半生を描く平安一大絵巻―井上ひさしが文学座、杉村春子への当て書きで書き下ろした初期戯曲『日の浦姫物語』をこまつ座初上演。重厚な俳優陣とスタッフを迎え贈る日の浦姫の生涯を巡る一大絵巻!
ひよわな漫画少年と、バンカラ・明石との友情を描いた「ゴッドファーザーの息子」、戦時中、蝶に魅入られ駆け巡る山で、一人の少年と出会う「ゼフィルス」、青春であるべき中学時代の軍事教練、勤労動員、大阪大空襲、そして終戦を描いた「紙の砦」。手塚治虫の3作品を原作に紡ぎだす、少年・大寒鉄郎の物語。
ワールドカップが開催される為、再開発によって⽴ち退きを迫られている、啓二(鳥谷宏之)と離婚した妻が建てた、とある地方の喫茶店。娘の可奈(村上穂乃佳)は啓司と親子で喫茶店を営み、いずれ継ぐのだろうとぼんやり考えていた。が、しかし、周りの友達や知り合いは立ち退きや、結婚などによってどんどんと地元を離れることを決めていく。可奈と啓司はただ二人、地元に取り残されてゆき…
昭和の団塊世代を象徴する様な男、通称・九ちゃんは、同僚には疎まれるが何故かワンマン社長にはかわいがられている。社長は頑固一徹だが憎めない男、その妻は器量の大きな昭和の女だ。ある日、その社長が亡くなった。通夜の席、胸の内を熱く語る九ちゃんの姿を見た若い社員は、何故彼の仇名が「九ちゃん」なのかを知る。合理性と効率が求められる社会に変わりゆく中で、社長と九ちゃんと妻の間には、懐かしい昭和の人間味、友情が
祖母を亡くした青年ひろとピアノから生まれた少女の出会いから始まる、人と人ならざるものの魂の形を巡る話。あらすじ:ピアノを壊した。少女は二本足で立っていた。命は巡れど魂は形を変えないなら時間が流れてもあの時が残るならろうそくの火を吹き消すまでのみじかい逃避行をしよう。取れない電話に背を向けて広い大地に夢を見て誰が僕を見つけてもキューちゃんは僕を探さない。
神戸版
実家で飼っていた犬・スーパーポチが亡くなったと義姉からの電話を受ける大阪で暮らす菫。菫は恋人の登とともに福井に帰省する。兄の洋は妻の直生と戻ることのない旅に出るのだと自らの死を匂わせ、菫に実家を託そうとする。亡くなったスーパーポチは菫に伝えたかったものは。
カナダのある町の法廷、被告席にいるのは若いネイティブ・インディアンのリタ・ジョー。判事の尋問の間、リタの回想は限りなく膨らむ。あるときは故郷の部落での懐かしい日々、、あるときは町に出てきてからの辛くみじめな暮らしだったりーーいつしかリタの罪名は次々と増えて行く・・・。けれどどんなに判事に諭されてもリタには罪の意識が確かなモノとして存在しない。文明社会の価値観が、自然のままに生きてきたネイティブたち
罪を犯した女の一生を辿る、滑稽ながら切ない怪作。現在活動休止中のガレキの太鼓が、「女だらけの人間賛歌」と銘打って行った。旗揚げ2年目で、口コミサイト全国4位に躍進した代表作の、再演。アゴラ劇場の前を、キャンセル待ちが長い列を作った。肩を震わせ泣いたあの子の、人生の物語ひざまずいて許しを乞えば、どこから始められるだろう私が何かをやったとて、誰に関係なんぞあるあなたが何かをやったとて、私の目には入らな
本作品は1967年に寺山修司が主宰する演劇実験室「天井棧敷」の旗上げ公演として上演されました。寺山作品初期に見られる母子の愛憎、寺山自身と母との確執をモデルに描いた作品となっています。B機関は演劇と舞踏の融合を目的として舞踏家の点滅が2016年から2023年まで主宰した演劇舞踏ユニットです。本作品は2017年に上演されたその第二回公演となっております。
「お父さんは何して遊んでた?お母さんとお父さんはどこで会ったの?」おはなしを聞くのが大好きなルルランのもとに、思い出のプレゼントを持ってみんながやってきます。ルルランの想像が膨らむと景色が広がり、音楽が聞こえ、心は踊り出します。日常の機微を身体とユーモアで描き“見ると明日がちょっとがんばれる”と評判の泥棒対策ライトが「ヘンゼルとグレーテル」「親指姫」「おむすびころりん」「人魚姫」「おおきなかぶ」の
結婚式前夜に繰り広げられるコメディープレイ花嫁とその友人である花嫁付添い人との女同士の友情とは、結婚とは?結婚式前夜花婿までまきこんでくりひろげられる結婚式前夜の大騒動。オーストラリアの作家の初作品
東京郊外の星川眼科医院。医院長の賢一は、閉院を決意した。そして賢一は、医院に三〇年間勤め、彼の一人娘の母親代わりをもつとめた看護師の陽子に蓼科のコテージをプレゼントし、勇退。これで一件落着。ところが「先生、私、嘘をついていたんです。ここはどうしても、先生に辻褄を合わせていただかないと」「私、死ンジャウワ」とまでは言わないけど、ともかく、賢一、その嘘にノルことになって初冬の蓼科へ。陽子の看護学校時代
壁なき演劇センターと国立ベトナム青年劇場による国際共同制作ベトナム現代演劇を代表する国立劇場の俳優と日本の俳優が融合し、舞台上で日本語とベトナム語が飛び交う現代感覚に彩られた情熱的でダイナミックでスピーディな『新たなチェーホフ劇』ワーニャとソーニャは長年セレブリャコーフの活動を支えてきた。そこへ彼が後妻エレーナを連れてやって来る。そこでワーニャは今までの自分の彼への献身が無意味だったことを知る。
貧しい農村に身を置いた宮沢賢治は、儘ならぬ現実と崇高な理想、そのあわいで悪戦苦闘しながら、まっすぐに理想に向かおうとした。早世した彼の生涯を、父・政次郎は「天馬」に例えた。また、妹のトシも大変な才女でありながら、若くしてこの世を去っている。宝石のような二人に先立たれた親を想いながら、東北の俳優たちと『銀河鉄道の夜』を、賢治が愛した演劇を用いて、“劇”を、する。滅多に星空を見上げなくなった、わたした
TA-net舞台手話通訳養成講座(2018-2019年度/日本財団助成)の教材として書き下ろした30分程のお芝居(収録した三重公演の上演時間は37分)。3人の俳優が、家族(両親と息子)の30年間を演じます。舞台手話通訳、字幕、音声ガイドの観劇サポートがフルで導入された数少ない作品であり、上演前には事前舞台説明(10分)も行っています。
カナダのハドソン湾にある小さな孤立したイヌイットの村のお話。金髪で青白い肌を持って生まれた女の子、アナトゥ。しかし、イヌイットの掟ではそのような肌を持った者は、不幸をもたらすものとされ、同じ大地に住むことは許されない。村にいられなくなったアナトゥは、イヌイットが決して入ってはいけない神聖な森の中に足を踏み入れてしまう。そこでアナトゥは森の神に出会うのだが…
次世代に、そして全世界に語り継ぎたい明日への再生の物語「人類史の折り返し地点」 ―― 井上ひさし2020年紫綬褒章を受章した演出家・鵜山仁が捧げる、終戦から3年後のヒロシマを舞台に父と娘が織りなす命の会話
◎公演概要観終わった後、きっと優しくなれる劇です。高齢化社会の「今」を切り取るバカバカしくも切ないシニカルな芝居です。老人を取り巻く環境、その家族の葛藤。老若男女、誰にとっても未知なる老い先を演劇で切り取ります。◎あらすじ国無歳三(自立、まだらボケ)が老人仲間4人とともに有料老人介護施設から集団脱走。介護士の久留美と孫の菊代は旅に同行するハメになる。統率が取れていることを不思議に思う久留美。菊代は
日本・セルビア演劇交流プロジェクト
【日本初演、五人の俳優、十五人の登場人物、三つの愛の物語】かつては希望の象徴だった町。そこに集まった三世代の男女5人。信じていた全てが崩れ落ち、都会の無秩序な繋がりの中、愛に飢え、自分の居場所もない。それでもなりふり構わず人生に挑み続け、辿り着いた先に見えた世界は、天国か地獄か!? 紛争後のセルビアそして世界の「リアル」を描いた、セルビアン・ブラック・コメディーを本邦初訳で日本初上演。
歯痛、吐き気、生理不順……。人気作家・早智子の体を次々と異変が襲う。歯科・内科・産婦人科と、病院を転々と渡り歩いても原因はつかめない。だが理由は明白。早智子は尋常ならざる拒食と過食を繰り返していたのだ……。スリム(S)とファット(F)という身体の変化を繰り返す中で、早智子が自分の心の奥底に見たものは……? とどまることを知らない世のダイエットブームを背景に、過酷なダイエットに走る現代女性の深層心理
芸劇eyes
そこは隅田川の辺り。松尾芭蕉が、弟子を伴ってまさに旅に出立しようとしている。のちに『おくのほそ道』と題されるその旅は、舟の出航の遅れによって未だ始まっていない。舟を待つ芭蕉たちが出会うのは、ロボットの少年や正体不明の女。彼女らと過ごすうちにやがて立ち現れるのは、ある哀しい真実で—。『隅田川』『井筒』という、『伊勢物語』を媒介として接続される二つの謡曲をポリリズム的に併置した現代の会話劇。
(あらすじ)深夜のキッチン。ケーキを焼く女と、それをからかう女。お互いに交わす言葉は交わらず、すれ違うが、次第に重なり、見えなかった関わり、言葉が現れる...Iccoka初の二人芝居作品。
原爆投下から3年後の広島を舞台に、父と娘の精緻な対話が織りあげる、ほのかな恋の物語。しかし核兵器の、人類の存在をも脅かすそのおぞましい力は、可憐な娘の心にも大きな傷跡を残していた。生きる喜びを失くしてしまった娘にふたたび希望の光を蘇らせるために、いま、父は全身全霊で娘に語りかける。
昭和17年に生まれ、3歳の時に満州から引き上げてきた十和子の激動の人生。少女時代の初恋は実らず、夢と現実の違いに打ちのめされそうなとき、幸せにすると誓う男が現れ結婚したのが運のツキだった。男はDVモラハラ夫と化し、日々息子と泣き暮らした。やっと離婚して実家に逃げ帰るが、老いた母に女中のようにこきつかわれる日々。両親の介護を終え、晴れて自分の人生を歩み始めた十和子の元へ、震災で失業した息子が救いを求
青森県のとある町。市町村合併に反対し、現在は高齢化率が50%を超える自治体。 学校区単位の運動会は廃止され、地区運動会と一体化された。明日は来年廃止が決定した地域イベント「かかし祭り」が行われようとしている。地域おこし協力隊など新たな移住者の受け入れに苦慮しながらも、新旧町民による「まち」への問いかけが、思いもよらぬ展開へと発展する。
コロナリポート
Sign:忙しなく動き続ける体と、短時間に凝縮した数多くの身振りで構成された10分間のダンス。振付を覚え練習することで、コロナ禍の滞留した時間を前に進めることを目的に制作された。Out:neji&co.のプロジェクト最終作。俳優によって上演されるテキストを用いた作品。2020~2023年を振り返りながら、過去から現在を通過した未来まで、私たちの生の「外」にある時間を想像する。
ニッポン・イデオロギー
ヴィジュアルアーツ/パフォーミングアーツの制度との折衝、社会学的/民俗学的フィールドワークを重ね、挑発性とユーモアを併せ持つ活動を展開するアーティスト集団「オル太」が、「ニッポンのイデオロギー」がとる日常的形態のパフォーマティブな分析に6つの切り口で取り組みます。「取り止めのない一つの感情のようなものが、現在の日本の生活を支配しているように見える[…]日本に限らず現在の社会に於けるこの切実で愚劣な
長野県のとある村にある公民館。近隣との合併により村が二つに分かれるという問題を抱えながらも、毎年恒例のお祭りの準備をする若妻会の女たち。御神輿の飾りを作ったり、男性が舞を舞うための男性器を模した木の棒に赤い絵具を塗り直しながら、女たちの戦いは静かに始まる。認知症の親を抱えた妻、シングルマザーとして子を生む女、その子の父親が自分の夫ではないかと疑う妻、彼女たちは激しい言葉を用いて相手を攻撃する。村が
愉快痛快な一人芝居。三味線の音色に乗せてお届けする涙と笑いの人情話!昭和二十年頃に起きた、嘘のような本当の話に芝居ながらの嘘を交えてお届けする演劇版「曲馬団の女」原作は、十二代目田辺南鶴の作。戦時から終戦後の混乱する東京を舞台にした新作で、蘭という曲馬団(サーカス団)出身の女が主人公。最後には登場人物全員がハッピーになり、聴き手も幸せな気分になれる物語である。劇団「柿喰う客」の中屋敷法仁の演出によ
物語は、一九九七年に風船で海外渡航を決行し行方不明になった「風船おじさん」が題材。芝居はこの夢物語のような出来事を現実の犯罪をモチーフに数々の話題作を創ってきた山崎哲が、現代社会や今日の家庭の問題と絡めながらあぶり出してゆくもので、個性的で巧みな演技力を持つ蟹江がどう演じるか興味深い。
演奏舞台51年目の挑戦!完全新作オリジナル。[あらすじ]東京郊外。季節は春だというのに、孫の読書感想文を一生懸命 手伝っている元高校教師・源三。彼を尋ねてきたのは かつての教え子だった、斉藤順二。大量の原稿用紙。『羅生門』。散乱する肌着。些細な会話から次第に紐解かれていく事実。どこにでもあるような、どこにもないような、 小さく淡い、一個の家族の物語。
青森県舞台芸術創造発信事業 PROJECT NOVEMBER'98公演 弘前劇場プロデュース vol.3
県内演劇人の共同作業で演劇を制作し、県内外で発表する『青森県舞台芸術創造発信事業』( PROJECT NOVEMBER'98)の公演。舞台はとある地方の湖に面した瀟洒なホテルのロビー。ひとつの家族の集合と離散を主旋律にして、いろいろな変奏曲が様々な登場人物によって演じられる。複雑に絡み合う物語を通して、一見平板な日常が、個人にとっては劇的な空間であることを描く。
調停人ジャック・マニングの招集により住民会議に集まったのは展示会施工会社で働くグレン、その母と幼馴染の友人。そして、経営者はじめ上司、同僚ら9人。社内で暴力沙汰を起こし解雇されたグレンをめぐって、面と向かって論議が交わされ、明るみになる真実…。日本ではまだ馴染みのない「修復的司法」を世に問うオーストラリアの作品。
昭和庶民伝三部作 第一部
昭和庶民伝三部作・第一部 紀伊國屋書店創業60年記念提携公演昭和15年の浅草。小さなレコード店「オデオン堂」に4人の家族と二人の間借り人が仲良く暮らしていた。しかし、陸軍に入隊していた長男の正一が脱走して「非国民の家」扱い。追手がかかり憲兵が住み込みで見張りをする始末。ところが長女・みさをがたくさんの傷痍軍人と交わしてきた文通ハガキの中から選んだ源次郎と結婚するにいたって、今度は一転「美談の家」に
舞台を沖縄に設定し米軍をモチーフに使ったオリジナルミュージカル。愛・家族の形をテーマにしている。【あらすじ】ヒナタは祖母の光子と弁当屋を営みながら暮らしている。ある日、中学時代の同級生ショウと行ったダンスクラブシエルのパーティーで、米兵・日系ハワイアンのダニエルと出会って恋に落ちる。しかしスーパーへの流れ弾事件、光子の急逝が二人の運命を翻弄する。二人が悲しみを乗り越えた先に見るものは?
穂の国とよはし芸術劇場PLATプロデュース
穂の国とよはし芸術劇場PLATプロデュースの第二弾。穂の国とよはし芸術劇場の芸術文化アドバイザー(2017年当時、19年4月からアソシエイトアーティスト)であったアル☆カンパニーの平田満と劇場との共同企画。KAKUTAの桑原裕子の作・演出、平田満、井上加奈子、増子倭文江、中尾諭介、多田香織、小林勝也といった出演者により、2017年12月に豊橋、北九州、東京で上演。団地の一室を舞台に描かれた小さな作
子供の頃から時代劇が大好きで、中でも金之助の大ファン、落語は痴楽、高校時代は演劇部に席を置き、ヒッチハイクで一人旅もした。そんな男がある日、サウナで記憶をなくす。男は自分の名前すら思い出せない。やがて断片的に甦ってくる青春時代の記憶。
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大杉栄と伊藤野枝の娘として生まれたルイズ。彼女は国賊の娘として周囲の特異な視線にさらされながら、自分の生き方を探し続ける。姉・魔子の攻撃的で、自虐的な生き方と対照的な静かな暮らしを選択したルイズの目に、次第に父、母の残してくれた思想がはっきりと浮かびが上がってくる。関東大震災、第二次世界大戦、戦後の復興を背景に、ルイズの半生が描かれる大作。立原りゅうと山内久のコンビが、松下竜一の原作を見事に脚色、
シェイクスピアの「ヴェニスの商人」を下敷きにした鄭義信による日本未発表の音楽劇。2014年4月に韓国のソウル獎忠洞(チャンチュンドン)の国立劇場タロルム劇場で初演。元宝塚歌劇団月組男役トップスターの剣幸と、劇団☆新感線の右近健一を客演に迎え、ピッコロ劇団と関西で活躍する俳優陣が結集しておくる、歌って踊って笑って泣ける関西風シェイクスピア音楽劇。
本作品は、わかぎが大阪鶴橋の隣町で育ち、実際に見聞きし「隣人達」と向き合ってきた実体験を元に書かれた。日本の統治にあった朝鮮半島では、日本語教育も実施され、大正中期には、多くの人が働き手として日本に渡ってきた。昭和に入り、ソジンも日本にやってくるがそのうちに日本人から差別されている事に気がつく。そんな中ある日勤め先の令嬢、桜子に恋をしてしまう…それは彼らの人生の長い長い恋の物語の始まりでもあった。
1955年度ピューリッツァ賞、ニューヨーク劇評家賞受賞作品。アメリカ南部の農園主とその妻、二人の息子ら家族の情念と欲望を描き、様々な欺瞞の下に隠されている人間の真実を露呈している。
ひと組の夫婦が暮らす家。ホームパーティの準備が進むリビング/ダイニング。集まる予定は6人だが、なかなか全員が揃わない。全員が揃ってから始めたいというゲストの希望があり、まだ来ない人を待つ時間が流れる。妻のゲストは青春時代を過ごした仲間。夫のゲストは仕事の相棒。仲間と自分の「過去」と「今」が交錯し、浮かび上がる「忘れ得ぬ人の不在」。館林美術館と演劇/微熱少年3年間のコラボレーションの集大成。
(フライヤーより)『魚の祭』は崩壊した「家族」の蘇生の物語である。この夏、あなたは「家族」に出会う……
夫婦印プロデュース
舞台は、客あしらいに長けた小粋なお女将が女手一つで切り盛りをしている小さな居酒屋。彼女には息子が一人。ある日、やってきた生真面目そうなサラリーマン。彼には娘が一人。店の二階にある女将の部屋でイライラと閉店時間を待つ男。ようやく暖簾を下げて女将がやってくる。一方的に責め立てる男に最初は気圧されていたが、そこは世慣れた女将。<次第に形勢逆転。さて、コトの結末は…。世代を超えて笑える人情喜劇
古城十忍の新作書き下ろし。男は「ある反政府集会」の中心的人物が自分の娘の恋人であることを知り、戸惑いながらもその恋人の日々の行動確認(行確=コウカク)を開始する。高校教師を務めるその娘はSNSによる誹謗中傷を受け、個人情報までもがネット上にさらされてしまう。そんなある日、男は自分自身が見知らぬ何者かに行確を受けていることに気がつく……。そして娘は、誹謗中傷の発端が意外な人物であったことを突き止める
本作『ストリーム』は、コロナ下で起こった時間感覚の変化をテーマに制作された三部作『Sign』『Cue』『Out』のスピンオフとして、2020年から現在までの出来事を元にした、捩子のモノローグで構成されたソロ作品です。芸術活動、仕事、病、子育て、戦争、経済、死、ダンス…コロナだけではない、私たちの日常と生に並走する様々な“with-ウィズ”について話すことからパフォーマンスを立ち上げます。
1997年度の演劇界は鐘下辰男の歳であった。「PW PRISONER OF WAR」「温室の前」「仮釈放」「どん底」の演出で、第5回読売演劇大賞の大賞・最優秀演出家賞を受賞。「仮釈放」が同賞で優秀作品賞を受賞。また第三十二回紀伊國屋演劇賞個人賞を文学座に書き下ろした「寒花」他で受賞。演劇集団THE・ガジラを創立して十年、鐘下辰男が描く日本人像の輪郭がようやく見えかけたといったところである。日本人い
KERA自作の曲に由来する、ナンセンスとサスペンスで彩られた、子どもをめぐる親たちの物語郊外の動物園のそばに建つ一軒家に住むサトウ家の夫婦(峯村リエ・山内圭哉)。その息子・ケンタロウ(みのすけ)はイジメが原因で不登校中だ。彼をめぐり、新任の家庭教師・サクライ(水野美紀)や、動物園の飼育係・ユウチャン(大倉孝二)、ケンタロウの同級生のスズキサチオの両親(犬山イヌコ・山崎一)、自分を神様と名乗る男(廣
若者の生々しい感覚をずしりと描く注目の脚本家・谷 碧仁と人間存在の本質を骨太に追求し続ける演出家・シライケイタの初タッグで贈る家族の物語
中国の大河・長江の中流に位置するある都市。この街のもっとも平均的な2LDKの団地に、縁もゆかりもない若い夫婦と、定年退職した元小学校の女教師が同居している。長江に臨むこの団地は誰が名付けたか「団結団地」。ベランダからの眺めは一級品なのだが、背に腹は代えられずいやいや同居しているそれぞれにとって、眺めどころではない。何と言っても年の差は如何ともしがたく、生活のリズム、習慣、価値観の違いは日常的な争い
1952年、新派にて初演された『京時雨濡れ羽双鳥』は、京都鴨川に架かる木橋の下に住む謎多き女・ゆきを中心に、若い巡査や盲目の親子らが織りなす物語。(今回、俳優座としては初演)。『花子』は、娘の「花子」と養鶏している「花子」を対比する母親の思いをのどかな農村で展開する短編。1950年、俳優座創作劇研究会にて初演。ともに俳優座の座付作家であった田中千禾夫の戯曲。前者は能、後者は狂言に着想された二編を同
京都駅から南東に伸びる京阪沿線の高架下に、ポツリと佇むダイナー「water lily」。経営者の桐野京子は、コーダである20歳の息子、ひかると静かに暮らしていた。ある日、ひかるは恋人である森田優子をダイナーに連れてくる。すぐに意気投合する京子と優子であったが、次第に、優子に隠された過去が明らかになる。COVID-19が猛威を振るう中、宙に描く、あなたの指先が燃える時、悲劇が起こる。桃色声劇第二弾で
ルー大柴の魅力は、日本人離れした破天荒な演技ではなかろうか。そのルーツは、高校卒業後にヨーロッパ、アメリカをヒッチハイクした経験から来ているのであろう。路上で馬の釘を加工して、アクセサリーを売りながらの生活はどんな役者修行よりも貴重な体験だったに違いない。帰国後、役者を志し勝新太郎が主宰する勝アカデミー第一期生として小堺一機らと一緒に勉強をする。その後、アンダーグラウンド劇等を経て、関根勤の「カン
コロナリポート
パフォーマーの入退場、音響や照明の変化などの舞台作品における様々な行為のきっかけ・手掛かり・合図を「キュー」と言う。Go To/Stay Home、緊急事態宣言発令/解除等、反復し持続する現在の「外」に出ることを体で試みるダンス作品。2021年初演。コロナリポート三部作『Sign』『Cue』『Out』。
「キミがどんなに世界に軽蔑されても、ボクはキミを軽蔑する世界のほうを軽蔑するし、してきた。」第66回岸田國士戯曲賞受賞作『バナナの花は食べられる』で描いた“人情”のその先、“愛”のフェーズ━━━本作をもって劇団公演では作家に専念すると宣言した山本卓卓が、夫婦という最小単位のコミュニティから日本社会を浮かび上がらせ、罵倒や暴力の先にある人間の優しさと愛を描く。
子どもが一番最初に出会う社会「家族」を通して、感覚的に、詩的に「相手を認める」ことを感じ取れる作品。一人っ子のヒロは「弟か妹が出来たら楽しく遊べるのに…」と思って眠りにつく。すると突然、妹のマユミが現れる。でも、マユミは泣くか、わめくか、寝ているだけ…。しかもヒロだけのものだったおもちゃも、大事なママも取られちゃう。「マユミなんかいなきゃいいのに…」でも、ヒロは次第にマユミが大好きになり、お兄ちゃ