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第25回及び第26回OMS 戯曲賞佳作連続受賞した後に大賞を受賞した作品。人と人の関係性を戯曲により深く書き込み、創作した作品です。客演には、CoRich 舞台芸術まつり! 2018 春・グランプリを受賞し、コトリ会議に 3 回目の出演となるオパンポン創造社の野村有志、前回ツアーから連続出演する京都を拠点に活動する安住の地代表の中村彩乃、初参加の浜本克弥(小骨座)の 3 人を迎える。神戸アートビレ
1ヶ月間で5本の短編を組み合わせて30ステージを上演した『雨降りのヌエ』。その31日間、開館中は滞在し、上演以外の仕込み、場当たり、ミーティング、ばらしなど上演に関わることから、公演とは直接かかわらない過去作品の上演や、舞台美術のデッサン、対談イベントなど劇団員の文化の関心をイベントにして無料公開し続けた記録。演劇は上演だけでなく、その裏側や周辺を見ることができる企画のことが映像で伝えている。
FLOW series vol.1
本公演とは異なる手法を模索する実験的枠組〈FLOW series〉第一弾として上演。ネット空間で拡散される「Liminal Space」≒「境界的空間」と呼ばれる画像群をモチーフに、放課後の幼稚園・ハーフタイムのロッカールーム・深夜の選挙管理事務所などを舞台としたオムニバス風作品。俳優の「存在」ではなく「不在」に着目し、人間を使って“人間の居ない風景”を描くことを試みた。
最近、現実が3つくらいある感じがする。疫病がない社会とか、戦争がない世界とか。で、昔やった、2021年から始まる近未来SFの舞台を思い出した。戦争とか不死とかが現実を蝕む様を描いていた。『no plan in duty』は2015年に吉祥寺シアターで上演された『非劇』の2022年版です。過去の想像や計画や劇が終わらずに混迷していく現状を、日常の住宅街に潜む家に立ち上げてみます。
ろう者によるろう演劇の発展を目指す「俳優× 舞台芸術制作 ろう者育成プロジェクト」の一環で行われる、ろう者たちの恋愛を描いたオムニバス劇『恋愛』。3つの短編で構成され、ろう者ならではの視点で恋愛を多角的に描きます。異星間の恋愛観を語る宇宙サミット、ろうと聴の葛藤を描く日常劇、幼馴染の再会から動く感情――多様な「恋」が手話で紡がれます。
それは、忘れていたのだ。きれいに。ほんと、きれいに。箱入り娘というか温室育ちというかそんな感じで育てたもんだから全く外へ出ようとしない。だからどうか外の景色を見せてやってください。そう頼まれて僕が会ったその子は僕の口元にとびきり顔を近づけておねがいをしてきた。もう、…いいから。そんなの、いいから。旅しようよ。そう、この星が朽ちるくらい長い永い時間をかけて。
数々の戯曲賞で受賞歴を持つ気鋭の劇作家くるみざわしんの新作。人間のいなくなった犬の街にそびえ立つ直径300mの観覧車がある日動き始める。ゴンドラに飛び乗った4匹の犬たちによるほとばしる主張のぶつけ合い。悲しくも滑稽で美しい寓話劇。文化庁芸術祭演劇部門優秀賞を受賞した笠井 友仁による照明・演出、サカイヒロトによる映像・舞台美術、岸本昌也によるビジュアルデザインなどメンバーによるスタッフワークも見どこ
FLOW series vol.2
本公演とは異なる手法を模索する実験的枠組〈FLOW series〉第二弾として、第一弾で上演した『悪態』を、『悪態_2307』へとタイトルを改めてリクリエーションし、金沢と大阪で上演。「Liminal Space」≒「境界的空間」と呼ばれるネットミームを引き続きモチーフに採用しつつ、「劇場への当て書き」をコンセプトに、上演空間に合わせた演出や作品内容へ修正を加え、作品のスケールアップを図った。
拠り所なき「この世」に捧げる、生と死のセンス・オブ・ワンダー。《セミヘブン(その世)》、それは「この世」と「あの世」の間にあるもの。人々がいのちをアップロードしてクラウド化する社会に、とある母子がいた。中年を迎えた息子を、年老いた母は忘れつつある―劇団しようよ、旗揚げ10周年の〈救済劇〉
アトリエほんまるプロデュース
空に新しい彗星が一つあらわれた日に、地上で一人のサラリーマンが蒸発した。盲目の少女と、星を観察する青年の目を通して描かれる孤独な宇宙の物語。新型コロナウイルスの感染者が中国・武漢市で初めて確認されたのは2019年12月8日。そして今も、毎日のように世界のどこかで発生した変異ウイルスが、日本にやってきて、栃木のような地方都市にもあっという間に到達する。 私たちは思った以上に、世界と身近なところにいる
文化祭の前日は繰り返されなくて、ぼくたちは片隅の踊り場、変わり映えのない一日を見送ってた。増えていく過去形と消えていく可能性の間で右往左往する姿はまるでダンスみたいだねって言ってくれたことを忘れるわけない。ここは居心地がいいけど、文化祭はとっくに終わったしお腹も空いたし、もう行く。
ユニット美人が2012年に半年をかけて上演した三国志シリーズ(全5話)。三国志お馴染みの武将たちを女性が演じる。「命をかけて誰かを守ったことがあるか?」という謎の声にNoと答えた33歳独身会社員の粥見ひとみは、三国志の部屋に閉じ込められてしまう。元の世界に戻るために漫画版三国志を読み込み、10年間の社会人経験を活かして、三国志の世界で誰かを守るために試行錯誤を重ねるのだった。
自分で言うのもなんだけど、私はすごい科学者だ。研究してたらなんかすごい発明ができた。これは本当にすごいやつだ。とにかくもう、やばいやつだ。どうやばいかっていうと、なんというか、説明すると長くなる感じのやつだ。こんなのフィクションでしか見たことない。ノーベル賞も夢じゃない。これならきっと、あいつの想像も超えられる。だから今からもう一度、あいつに会いに行こうと思う。
若い男女が経営する閉店間際の寂れた定食屋。そこで働く女は突然やってきた謎の夫婦によってつい最近冷やし中華が禁止されたことを知る。混乱する女に、夫婦は冷やし中華を提供するよう懇願するが…。はじめられなかった冷やし中華を皮切りに、出生とそれにまつわる人々の人生が浮かび上がっていく。
libido:SFシリーズ
孤独な地中の世界。でも地中は覚えてるかもしれない、今の僕らを、そして地上の世界をーー枯れ果てた地上を彷徨い歩くヒト2人。地中に繋がる井戸を覗けば、モグラ、スパイ、役人、風呂屋、学芸員、管理人、モグラ、モグラ・・地下で見るのは夢か、うつつか。オリジナル脚本でお届けするlibido:SFシリーズ第2弾!
ダンサー狩りの時代。人々は「ダンサー」と「非ダンサー」に識別され、ダンサーと認定された者は「収容所」に収監される。収容所は管理システムを意味する名前で現実的には存在しない。ダンサーと認定された人々は一見以前と変わりない日々を送っているが…「私は誰なのか。ダンサーなのか。何故ダンサーなのか。ダンサーとして何を求められているのか」…やがて歴史という物語隙間に身を隠した1人の紛れもないダンサーと出会う。
ちがう空間、ちがう世界の物語–人と自然が共存する豊かな町・スターシア。まわりを森や山に囲まれた平野部に位置するその町の民たちは、険しい危地を超える術を持たず内部だけでひっそりと暮らしていた。何者にも侵されぬ聖地のように、世界の事を知らぬまま。それはこれからも続いていくはずだった。森の向こうから一人の少年がやってくるまでは。
OrganWorks「人間を眼差す三部作」の一作目「聖獣- live with a sun」は2019年東京世田谷パブリックシアターで上演されたダンス作品。昆虫の世界を描くことで人間との類似点と相違点を導き出し、人間とは何かということを問う。ダンサーの身体性を昆虫の性質や習性を模倣し人間から遠ざければ遠ざける程人間の身体が見える構造になっている。
サハラ砂漠に不時着した飛行機の操縦士の「ぼく」は、家ほどの大きさしかない惑星からやってきた少年と出会う。小さな星の「王子さま」に大切なことを教わる物語。
主人公「がっちゃん」は5歳の男の子。冷蔵庫のお母さんと仲良く暮らしています。幼なじみのケトルちゃん、テレビに掃除機、洗濯機にヒーターなど、お友達もたくさんいます。がっちゃんの冒険談は成長記のようであり、廃品家電の姿を通じて「物と地球と人」の未来像を問う絵本のような世界。13の登場人物は、実際に舞台に立つ俳優、舞台袖でセリフ発する人、そして映像でセリフを手話で表現する地元のろう者が演じました。
あなたに、私を好きなまま死んで欲しいと思うのは、わがままだろうか。そこは、願えば誰でも不老不死になれる未来。それでもヒラサカ ミツは、不老不死になるつもりはなかった。彼女にとって生きることは苦痛であり、終わりのない生は地獄だと感じていたからだ。そして、パートナーであるタチバナ アサの愛情が、いつか冷めるであろうことに耐えられそうになかったからでもある。訪れるいくつかの出会いと別れを経て、ミツは、人
コンピューター・ウィルスがついに日本上陸。あるソフトウエア開発会社のホスト・コンピューターにもウィルスが侵入した! 4人の技術者たちは阻止に知恵を絞りながら悪戦苦闘、ついにハッカーを突き止めるが、ウィルスは技術者たちの想像を超えて暴走し始める……。 めざましい勢いで進化し続けるコンピューターは、どこまで人間に近づけば気がすむのか? そもそも人間は新しい生命体を創り出す神になれるのか? SF的世界の
女性型アンドロイドのしまむらとGUは『ゴドーを待ちながら』をサイバーシアタースペースで上演しようと申請をするが、上演許可がおりないまま初日を迎える。あてもなくスペースにログインして許可の降りない自分達ができることが何かないか模索する。いつしかその様は『ゴドーを待ちながら』の筋をなぞるように進む。
「エバーグリーンONLINE」というネットゲームの世界とそこに集う現実の人々のそれぞれの生き方が交錯する群像劇。2006年に同劇場で上演されたシアターシンクタンク万化の「エバーグリーン・オンライン」を大幅ブラッシュアップ。
陸の上には「るーる」の国の王がいて、海の底には「ひーる」の国の王がいる・・・その国は蔵王(ざおう)が作り、ルールを定めた国だった。王の子、蛭子(ヒルコ)の死を巡って、ある秘密の因縁が存在する。そんな国の末端の漁村に“えびす”という半身不随の仮面の男が漂着し、 人々の想像を掻き立てる。それが復讐に帰って来た青鐘やヒルコに違いないと恐れる蔵王だが、はたしてその正体は・・・?
・「茄子娘」古典落語。茄子の精と和尚との不思議な邂逅と軽妙な会話を描く。演者は桂南楽。・「長屋の花見」古典落語。貧乏長屋の住人によるこっけいな花見の様子を描く。演者は桂銀治。・「対策は合言葉」自作落語。振込め詐欺対策で合言葉を考える母と息子の軽妙な会話を描く。演者は吉原馬雀。・「火焔太鼓」古典落語。貧乏な骨董商の夫婦がまさかの掘り出し物を見つける。演者は立川らく兵。
アルゼンチンの小説『脱獄計画』を原案に、かつて作られた上演にまつわるインタビュー。インタビュアーであるロビンは、上演で何が起こったのかを探っていくはずだったが、徐々に当時の「出演者」による再現に巻き込まれていく。徐々に明らかになっていく、「演出家」という存在の目論見。それは『脱獄計画』の解釈として語られる、演じることと死にまつわる、奇妙な演技論だった。
歴史はくりかえす。物語はよみがえる。お布団のマスターピース、再上演。古代ギリシアでソポクレスが書いたアンティゴネと、それを改作したブレヒトのアンティゴネ。ふたつを元に想像された、新たな物語。死体をゾンビ兵士として再利用する技術が確立された遠い未来。戦火の街で暮らす二人の姉妹が直面する運命とは――。向こう側(フィクション)の戦争が、わたしたちの今を照らし出す。
演劇をやめて久しい土井は、かつて出演した演劇作品の「演出家」の弟を名乗る人物から、演劇の上演を依頼される。そこで土井が受け取ったのは、アンドレイ・タルコフスキーのある映画をもとに書かれた、演劇と救済にまつわる、一本の奇妙な戯曲だった――。ロームシアター京都×京都芸術センター U35創造支援プログラム“KIPPU”2024採択公演。
地下採掘工場で働くロボット・ゼロ助は人間の女性・リコに恋心を抱く。遠い戦場へ徴兵されるも彼女のもとを目指し、戦い殺戮カラクリに自分を改造し、地下六千メートルを掘り進む。
突如現れた「アレ」によって避難指示区域となった街。高校二年の春から、かれこれ二十年引き籠もり続けるニシダ君はわずか十日で出産する謎の女ミクニとともに「軍隊作り」に着手する。そんな中、妹サチコは自分たちを捨てた父と密かに文通を始めるのだった。消えゆく風景と記憶。遠くの教会から届く鐘の音が呼び起こすのは、母が語った福音書―。伊豆野眸「家族三部作」の第二章。
演劇をやめて久しい土井は、かつて出演した演劇作品の「演出家」の弟を名乗る人物から、演劇の上演を依頼される。そこで土井が受け取ったのは、アンドレイ・タルコフスキーのある映画をもとに書かれた、演劇と救済にまつわる、一本の奇妙な戯曲だった――。初演を経て、演出、演技を全面的にブラッシュアップした、東京公演版「フェイク・読書会演劇」。
舞台「キノの旅」
2.5次元ミュージカル/舞台
『幸福な島の夜』は「最も不気味な他者としての自己」をテーマとする演劇作品。絶対的なものなど何もない現代においては、あらゆるものが少し見方を変えるだけで、見知らぬ不気味なものに見えてしまう。そこでは「自己」という存在すら突如として見慣れないものに感じられ、全く捉えられない、不可解なものとして立ち現れてくる。不安定なものたちが不安定なまま点在するこの世界の「現実」の様相を、寓話的な物語を通じて描く。
人工流れ星「金平糖1.0」を巡る愛と笑いと未来の群像劇人工的に作り出す流れ星を開発したハウトは、人工流れ星に「金平糖1.0」と名前を付けて初披露を控えている。一方、新聞記者の青は自然に人が手を加えることを批判している。そこへオカルト研究会のおバカな高校生二人と、娘を事故で亡くした教師も加わり、運命が交差し、すれ違っていく。年齢も境遇も様々な5人それぞれの運命が、最後には1つの結末を迎える!
竹生企画第四弾
竹中直人×倉持裕×生瀬勝久竹生企画第四弾新作公演2025年11月本多劇場にて上演決定!「終わり」がちらつく小惑星の衝突によって世界が滅亡すると発表されてからしばらく経って、だったらこれまでしてこなかったことをして生きようという者と、これまでと変わらず生きようとする者とに分かれ、それぞれ別々のブロックで暮らすことになる。舞台は後者のブロックにある一軒家。滅亡までは約三年。「終わり」が目の前をちらつく
『不眠普及』あらすじある日突然不眠症にかかった女は、それが性感染で罹患してしまう、新しい病であることを知る。どうやら治療法も開発されていないようだ。そのことを社員旅行で偶然知った、女の会社の同僚である東雲は、女を宗教団体の教祖へと祀り上げ、世界を革命しようと目論む。女を騙して監禁し、やがて薬漬けにし、次々とそこに男の信者を送り込み、無限の性交を強要する。女は発狂寸前のなか、体力の限界で気絶する。
全く仕事にやる気のない3人が突如参加することになった「第1回全日本もう帰りたい選手権」。ただ「帰りたい」だけだった3人は、壮大な陰謀に飲み込まれてゆく。そう、それはこの国を変えるほどの…
時計でははかれないながい旅…。時間には、時計が告げてくれる時間と時計でははかれない時間がある。たいくつな時間は長く、夢中になれる時間は短い。これはのびたり縮んだりするもうひとつの時間のなかの物語。兵庫県在住の児童文学界の第一人者、岡田淳氏の代表作を、兵庫県立ピッコロ劇団が舞台化。ある日、少年・悟はふしぎな黒猫・ダレカに出会う。ダレカに誘われて森の中に入り込んだ悟を待ち受けていたものは…。
小劇場演劇の記念碑的な作品である北村想の名作「寿歌」を、愛知人形劇センターが人形劇と演劇のコラボレートする新しい舞台作品として企画制作。核戦争の終わったある関西の地方都市。人影もまるでなくなった荒野を行く旅芸人のゲサクとキョウコ。そこにいきなり現れる不思議な芸を持ったヤスオ。ゲサクとキョウコのあてのない旅路にヤスオが加わり、家財道具をリヤカーに積んで三人は荒野を進む。目指すはどこか…。
「街」と「街」の境界が、住民や通行人の多数決で日々変動する時代を描いたSF作品。特徴の乏しい場所はどの街にも属さず、宙ぶらりんの隙間として残されている。その隙間に暮らす文子は、恋人の斎藤から結婚と隣街への引っ越しを提案され、迷っていた。そんな中、空き巣の塩村が部屋に侵入し、私物を少しずつ持ち去っていく。やがて時間の流れと共に、変動する境界は街の隙間さえも飲み込もうとしていた。
遠くない未来の日本。瀬戸内海の原発事故により中国地方東部が放射性物質により汚染され、帰還困難区域に指定された世界。事故から8年経過した頃、帰還困難区域で身元不明の男が発見された。男は記憶を失っていたが、遺伝子検索技術を用いて家族と再会できた。しかし、一向に記憶が戻る気配のない男に、男の姉は違和感を感じていた……。2020年度劇作家協会新人戯曲最終候補作品をテノヒラサイズが上演。
僕たち”bit(ビット)”はゴミ捨て場で働くミニロボだ。どんな大きなゴミも僕らの一口にかかれば、イチコロさ。ガジガジガジガジ!今日も景気よくガラクタをぶっ壊してたら、「痛い!」中から、戦争用ロボが出てきた。やばい。
QoiQoi第3回本公演、文化庁AFF2採択。2020年から続けている福島県でのリサーチをもとに、家族の心のつながりを描いた意欲作。あらすじ今から遠い遠い未来の話。父親の死がきっかけで、10年ぶりに実家に帰ってきた長男、与人。与人の帰りをよく思っていない弟、愛生。2人を見守る母、聡子。あの時の事故で壊れた家族の歯車が、再び前に進み出す。
ドラマとカオスを縦横するスペースノットブランク。CHAOTICなコレクティブによるDRAMATICなアドベンチャー。ダウンロードとアップロード。HIGH & LOW。物語とキャラクターと本人と別人が脱ぎ着する、母音だけでコミュニケーションできる「場所」。実存しない物語とキャラクターを、実存する本人が「上演」というシチュエーションを用いて実存する別人の目覚ましを鳴らそうとするための舞台。
25世紀。地球は、無くなる一年前を迎えていた。語り合う人間の男と宇宙人の女。宇宙人は今日、人間から名前をもらった。宇宙人は人間のことをたくさん尋ねた。人間は話した。戦争の歴史。日本の四季。神さまのこと。科学の発展。有名な小説。ほとんどがこの世界からなくなったものだけど、一年後には、本当に全てがなくなってしまうけれど、人間の男は宇宙人の女に聞かせてやった。宇宙人の女が死んだところから、物語は始まる。
寧楽のみやこの裏話女帝が玉座にあり続けた煌びやかな時代その秘密こそ千年長寿の鶴の血にある鶴と男に翻弄されて 女らの一念岩をも通す行き着く先は大仏開眼 明日を見据えて昨日を知る今日は何処に これぞ鶴人千里眼
新宿・歌舞伎町を舞台に、夜に籠る人々とエレメントたち。デリヘル「新宿セミヘブン」のヒカリ、ララ、新入り・似鳥さんを軸に、嘘とフェイクが交差する。誰かが願った“雨”が街を島国に変え、仮初の住人たちは潮騒に耳を澄ます――プレイタイムが終わるまでは。
歌うことだけが役割のカナリヤのような男が王座にいる。そんな彼が、来るべき万国博覧会において、その物語を客寄せの目玉として劇に仕立てる為、インタビューにて「父の物語」を語り始める。“かむやらい” …ひしめく八百万の神を彼方へやらい、神をふるいにかけようとした父と子。 今日もまた、万博の人混みに紛れて、少女の影が一人一人と隠される。
歌舞伎「小栗判官」の翻案。車載カメラで地図アプリのストリートビュー用の写真を撮影して回るドライバーが、「自分は一度死んでいる」と語る一人のヒッチハイカーと出会う。互いに気付かないが、二人はかつてヒッチハイカーの死によって分かたれた恋人同士である。永遠にも思える道行の最中、二人は次第に、なぜか何年も目的地に到達できないヒッチハイクの旅の孤独や困難、パートナーロスの苦しみなど、互いの思いを吐露し合う。
ヌトミック4年ぶりの劇場長編作品。9名の出演者により台詞、歌、ときにラップのような語りが、目まぐるしい時間軸の変化と合わせてシームレスに移り変わる、全編生演奏でおくる新作の日本語音楽劇。現代の東京を舞台に、数奇な人生を送った男が忘れられない思い出を語り出す。思い出はどこまでも飛躍して、多くの寄り道と間違いを犯しながら、少しずつ見えるはずのない世界へと繋がっていく……。
女がいる。女は壊れてしまったのだった。あるいは、壊れゆこうとしている。または、いま壊れつづけている。女は〈彼女〉について語りはじめる。徹底的に壊し、そしてまた壊された〈彼女〉についての話を。そして、あなたたちはそれを見る/聞く。消費と暴力。労働と身体。そして、キャラクターと人間。虚構と現実は別のものなのか?2019年に5ステージだけの上演ながら好評を博した一人芝居を、ダブルキャストで再演。
わずかずつ、わずかずつ/気がつくたびに日1日と/部屋が狭くなってきている。11日前の水曜日/不安を抑え切れずに/金物屋から5メ—トル計のメジャ—を買ってきた/今日だって3回計測した/昨日より1回増やしたのだ/壁から壁。/決してその手は震えていなかったのに/部屋は一晩で23ミリメ—トルもちぢんでいた/一昨日から昨日にかけてが19ミリメートル/ついに20ミリメートルを超えた/部屋は加速度を増しているく
進路に悩む美大生、僚太、朝利、板垣。三人はひょんなことから、1908年のウィーンにタイムスリップしてしまう。そこで出会ったのは、ウィーン美術アカデミーの受験を控えた青年、アドルフ・ヒトラー。彼らは未来を変えるため、ヒトラーの受験をサポートすることに。けれどヒトラーにはまったく絵の才能がなくて――果たして三人は、ヒトラーを独裁者でなく画家にすることができるのか?!人類の未来をかけた絵画レッスンが始ま
ある日突如広がり始めた「犬だけがかかる謎の病」を通して、感染と恐怖、排除と連帯をめぐる社会の縮図を描く。声と言葉だけで紡がれる寓話的世界が、観客の想像力に問いかける。音による臨場感と想像力で、不安と希望の狭間を描く朗読劇。コロナ禍で様々な制約が生まれた状況で上演を可能にするためにメンバーだけで受付やテクニカルスタッフも兼任したミニマルな公演。
宇宙旅行を企画する会社で働く主人公サルタは新たな旅行先の調査中に事故に遭い、氷で覆われた星に不時着。そこで彼は、20年前宇宙旅行のさなか、事故に遭遇し行方不明になった同級生達と再会する。彼らは当時の姿のまま、氷に包まれた惑星で救助を待ち続けていた。大人になれなかった彼らと、大人になってしまった私たちを巡る、約束と失望の物語——。2014年、2017年と好評を得たSF冒険活劇の待望の再演。
重大なミッションを果たすべく、イン・ビトゥイーン号が、四人の乗組員と一体のアンドロイドを載せて、宇宙を漂泊しています――『宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓』では、内容的な〈リアリティ〉と形式的な〈リアリティ〉、どちらの〈リアリティ〉も複数、並列的に提示されます。演劇において、舞台の上で、せりふがある言語で発される……。そのことの意味・機能についても、『宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓』では複数のそれら
異形の怪物とその造物主である科学者の愛憎劇「フランケンシュタイン」を演劇化。小道具としてラップやアクリルを多用することで、コロナ禍を意識させると共に、差別や分断を象徴的に演出。また、英中字幕や音声ガイドなどバリアフリー対応を実施することで、マイノリティの目線にもフューチャーしている。更に本作は2024年5月に第34回マカオ芸術祭で佐川演出の元、現地キャストとの国際交流公演を行い大きな話題となった。
囲碁をモデルにした「点転」という架空の競技をめぐる物語。関西棋院が後援につき、世界初の「囲碁劇」として上演された。2021年5月に南埼玉の進修館で上演されたものは、会場の使い方と演出が全く違うため、ツアーというよりは新演出での再演となる。大阪バージョンは、客席もアクティぐエリアも「狭い物置小屋」を舞台にし、観客もその部屋の中に潜んで登場人物を見守る様な表現となっている。
「キミがどんなに世界に軽蔑されても、ボクはキミを軽蔑する世界のほうを軽蔑するし、してきた。」第66回岸田國士戯曲賞受賞作『バナナの花は食べられる』で描いた“人情”のその先、“愛”のフェーズ━━━本作をもって劇団公演では作家に専念すると宣言した山本卓卓が、夫婦という最小単位のコミュニティから日本社会を浮かび上がらせ、罵倒や暴力の先にある人間の優しさと愛を描く。