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舞台上で、あかりを動かしたらどうなるかと言うアイデアと日本の美について考えるところから作品を作り始めた。IchIとは日本語で「1」を表すとともに、2つの「I」(英語でいう私)が何かを挟んで見つめている様である。すべての人は別の顔を持っている。私自身も私の中に住まう誰かを感じ、暗闇の中でその人に出会う。そして私はその人と話し始めた。この作品は天志が彼自身を探す旅である。愛のように、あるいは夢物語のよ
ヒトが環境やオブジェクトからどのような情報を読み取り自らの行動を決めているかという、認知心理学的な視点から作品を創作してきたハラサオリ。知覚と認知をテーマとした本作では、非常事態下におけるヒトの社会行動に焦点を当て、大都市でありながら常に災害のリスクと隣り合わせにある東京という街で生まれ育ったハラが、避難訓練や集団下校といった日本特有の身体教育の経験や記憶を振付家として再考察した。2020年11月
MWMWは死なない
本作は、「遭遇」をコンセプトに、舞台芸術における当たり前のことが、ある時から当たり前でなくなったと気づいたことから生まれました。日々の選択や分岐を経て私たちは今ここで生きている。私たちが共に踊り、その瞬間を観客と共有することは奇跡のようなことだと思いました。点と点は繋がっては離れたり、線になったら長くなる。日常は偶然や必然の出会いの繰り返しであり、今この時も私たちは遭遇している。
北村明子が4年に渡って取り組んできた長期国際共同制作の舞台プロジェクト『Echoes of Calling 』。2022年11月には、ウズベキスタン・アイルランドへの海外ツアーを経て2023年3月に最終公演『Echoes of Calling– rainbow after–』に至る。この公演にあわせ、ウズベキスタンの伝統芸能、吟遊詩人「バフシ」であるアフロル・バフシやアイルランドの伝統歌として知ら
Dance New Air 2018
Dance New Air 2018のプログラムの一つで、青山通り沿いのスペース「ショウケース」を舞台に開催。新たな時代を牽引していく30歳以下の若き振付家・ダンサーたちを同世代の田村興一郎がキュレーション。10年後のコンテンポラリーダンスシーンを彼らの身体を通して体感できる注目のプログラム。
河野紗代子(音楽)と清水美紗都(ダンス)が1つのテーマに対して感性をぶつけ合った共同作品。「黄色」という色にどんな印象を抱くだろうか?太陽や星、菜の花やひまわりの元気で温かい色。反対に、踏切や信号、標識など危険を喚起する色。日本人には、黄色人種=アジア人ヘイトの問題があり、映画界では、紛争や貧困地域の描写に黄色い色を映像に重ねる「イエローフィルター」も近年問題視されている。本作では、「黄色」が持つ
(フライヤーより)アメリカからヨーロッパへと発信されたダンスは、いま様々な国で受信されて同時多発に演舞をはじめた。まるで21世紀のダンスシーンを予感させるように………。様々なダンスシーンを展開してきた青山円形劇場は、世界最大のシャンパンハウス モエ・エ・シャンドン社の特別協賛を得て、ヌーベル・ダンスの新しい潮流──マリレン・ブルーケール・ダンス・カンパニーICOSAÉDREの初来日公演を1992年
「消失」し続ける身体。そして「消失」しても、なおそこに「在る」ダンス。創作活動の出発点となった劇場で、自身の原点と立ち向かう三部作。果てしない身体の探求 舞踊を捉え直すために必要な逸脱 ルーツへ その先の詩体へ。1「遺された軌跡」2「Vanish」3「風景とともに」
「Caddy! Caddy! Caddy!」は、フォークナーの小説『響と怒り』、『アブサロム、アブサロム!』、短編小説『エミリーへのバラ』の抽象的な描写を題材にしたライブサウンドスコアとダイナミックなインスタレーションを伴う作品です。ダンスは、閉塞感、束縛、悲しみ、孤独、勇気を表現します。最終的には、ステージが無数の光の色の糸が空間に広がる息をのむようなフィナーレへと展開します。シンプルな照明の変
この作品は、本作のために書かれたスコア『Into a dream』をもとにダンスの時間を立ち上げます。異なる身体言語を持つ3人のダンサーは未知のタイムラインの奏者であり、走者でもあります。ただ踊るのでもなく、ただ居るのでもなく、ただ感じるのでもない方法で、そのために、そのために、そのために、そのために、それより僕〈と〉踊りませんか。
渡良瀬遊水地で葦焼きが行われているなか、ひとりの女がこの世から消えてしまいたいと思った。現代を生きる30代女性、成田みのるが葦原の向こうへ歩いて辿り着いたのは、生まれる前の世界、生成の国である「未世」であった。記憶を失ったみのるは、未世のヒトビトに助けられ、なぜ「未世」へ来たのか思い出すとある行動に出る……。「生まれるとはなにか、この世に存在するとはなにか」を問う、大人のファンタジー。
日本を代表する舞台美術家 堀尾幸男、石原敬のドキュメント、インタビュー。
2003年「踊りに行くぜ!!」vol.4より、毎年その年の話題になって作品を紹介する場として, 「踊りに行くぜ!!」SPECIAL IN TOKYOと銘打ち、最終公演を行ってきた。また、2008年5月―2009年5月まで毎月演劇・ダンスの専門チャンネル“スカパー!シアターテレビジョン(シアテレ)”にて、毎月内容を変えてレギュラー放送を行っていた。今回は、そのシアテレの一回目2008年5月の放送を行
この作品はコロナ禍で創作され「これぞソーシャル・ティスタンス・パフォーマンス!」と世界中で報じられた。特徴的なのは、舞台美術と一体化した「客席」である。三方を壁で囲われ、壁に空けられた穴から中をのぞき見るのだ。通常の舞台芸術でも、観客は暗い客席から一方的に明るい舞台を見ているわけで、いわば「のぞき」とは舞台芸術の本質なのである。カンパニーを主宰する浅井信好は多彩な顔を持っている。ヒップホップ出身で
Dance Performance LIVE
この世に存在する相反するものの中心点それらを感知することで、種々の問題の解決策を見出すことができるのではないか…多世代のダンサーたちが、それぞれのテーマや表現を介し、そんなmid/pointを探る
川口隆夫ディレクション企画「舞踏 ある視点」
人気コンテンポラリー・ダンサーの伊藤キムが繰り広げる秘密のパーティ、あるいは一夜の夢のようなパフォーマンス。伊藤ならではのユーモア、けれん味、アングラのイメージがエネルギッシュに炸裂する、見所たっぷりの49分の映像作品。伊藤キムとサックスの梅津和時の共演に加え、11名のダンサーたちが「東京令和アングラダンサーズ」として荒唐無稽に狂喜乱舞。
集団と、集団の言葉と、言葉の意味の侵入を基礎とする新しい舞台。大きな集団に生まれる小さな集団たちが、言葉の意味の侵入を自覚的と無自覚的に行ない合いながら膨張し、飽和し、収縮し、最後に残るべきものことの何かが残る。または何も残らない。という群像になる。
文明のパレードであり、物質のパレードである。野外劇場で初演され、日本の「舞台芸術の新しい領域を開いた」と評される作品。台詞を全く用いず、従来の演劇、舞踊といった枠組みを越えて新たな劇表現を獲得したこの作品は、パパ・タラフマラの大きな転換点となった。人の生み出した物が、むしろ人を動かして先へ先へと進んでいく。そのような文明のエネルギーを視覚化し、生命と物のパレードとして描く。ロケットを想起さ せる7
「菓」は植物の生態からインスパイアされたものをテーマとし、坂田有妃子の父親の死に感じた想いも重ね合わせた。たとえば植物が成長していくときに出す「エチレン」というフェロモンは、秋の紅葉など葉が色づく現象を起こす。それは目には見えない植物同士の信号のようで、ささやいている言葉のようにも感じ、そして植物同士の猛烈な競争や駆け引きが起こっているようにも捉える。繰り返す生死をミクロの視点から切り取り作品にし
戦争三部作最終章となる作品。本作より上村なおかが参加。イメージの根底にあるのは戦争によって荒廃した都市とその復興がもたらす記憶の変遷。広島や長崎、沖縄、911のNYを始め、有史においてこれまで世界において無数の都市が廃墟と化し、そしてその多くが、新たな都市として再興されてゆく。それらの時間経過と都市空間の変貌が、人々に刻まれた戦争の記憶を、一つの結晶に変えてゆく。語り継ぐことと忘れ去ること。その間
Dance New Air 2014
幸せとは。無意識でも意識的でも、選んだ結果で今がある。 「赤い靴」を選ぶ人生、選ばない人生。「赤い靴」を履かずにいられない欲望の源は、何にあるのか、「赤い靴」に焦点を合わせない女は、何に怯えているのか。思いも掛けないきっかけで、もともと眠っていた種は目を覚ます。 女は無意識に危ないことを知っている。 それを幸せと呼ぶのか、呼ばないのか。
TOKYO DANCE TODAY #3
青山円形劇場の空間を生かした独創的な作品を発表するダンスシリーズ「TOKYO DANCE TODAY」の第3弾。ダンサー、振付家として様々な分野のアーティストとコラボレーションし、ジャンル横断的に活躍する森下真樹の構成・演出・振付・出演による作品。
…の手触り
人と、人ではない、人の形をしたものの物語。沼津ラクーン8階という、街を一望出来る廃墟のような空間全体を舞台とし、この作品のために作られたチェロソナタの生演奏とともに、長井望美の人形とダンサーの安岡あこが出会い、言葉を交わさず、触れずに心を通わせるパフォーマンス。演出は目黒陽介。
【作品ノート】透明な沸点と露点そのブラックホールをすぎるとある青い世界に柔らかい光が溢れているはざまに耳を澄まし光の波紋をうつす瞳うねりつづける細胞のひとつひとつをミモザの花にしたら少しはこの世を灯せるだろうか
無駄な時間の記録
「無駄な時間の記録」は、2021年に開始した、スコアを元にダンスを立ち上げるプロジェクトです。このプロジェクトでは、スコアによってダンスを正確に記述・保存することより、それを用いることでダンスを一旦作者の身体から引き離し、それを巡ってフラットで開かれたコミュニケーションを立ち上げ、新たな表現の形を生み出していく可能性に着目しています。2021年は、4名のダンサー/振付家が、スコアを組み込んだ形でソ
河野紗代子(ピアノ)と清水美紗都(ダンス)が1つのテーマに対して感性をぶつけ合った共同作品。精彩を欠く現代人のグレーな日常生活の中にも、コンクリートの狭間に咲くタンポポやグラフィティのような希望の鮮やかさが存在する。限りなく続くこの単調なコンクリートの世界をキャンバスに、ピアノとダンスでどんな絵を描けるか。
舞踊家・振付家の苫野美亜がプロデュースを務めるダンス公演。バーミンガムロイヤルバレエ団プリンシパル平田桃子が渡辺レイの新作を踊り、ウィーン国立バレエ団プリンシパルの橋本清香と木本全優はThierry Malandain作品を披露します。72歳のバレリーナ尾本安代が年齢を積み重ねた表現を、舞踏カンパニー・山海塾で活躍する松岡大の極限の身体表現美など、多彩なダンサーと音楽家が共演する贅沢なパフォーマン
一人の女性が成長していく過程を軸に、鏡のなかにみる“自己”という存在と他者の“眼差し”から見える自己存在との矛盾を軸に、“世界/全体”からみた自己と他者の入子構造を描き出し、”世界/全体”と個との調和と関わりについて無限に映し返す。ラヴェルの組曲「鏡」の作曲から100年を経て再解釈。音楽をヴィジョンとして読み解き、身体と映像を通して、音楽の向こう側にある物語を視覚表現とともに翻訳する。
ミラーボールが回る呪術の場、古今東西のエイリアンによって謡われるダンス現代に潜む様々な文化や進化の記憶の断片を寄せ集めた、キメラ状身体。それは、古くて新しい奇妙なエイリアンたち。現在であり過去であり未来である時間=無時間。世界はミラーボールが回るダンスフロア。人間も動物も、生命はみな踊る。ここにミラーボール主義を宣言する。
傍観を許さない、目と心を奪う強靭なダンサーとダンス・BATIK=黒田育世新作。舞台。大きく円形に張り出し。後方横幅一杯にトタンの壁。構成。ワイヤで浮遊、穏やかに口笛を吹く育チャンは、母に呼ばれ喜び。しかし、他の子に依る母をみて、激しく嘆き、痙攣。母のスカート下で治まる。が安息も一時。母の心はしばし離れ、子は孤独な自分に出会うこととなる。愛されつつ疎まれる、母を感じながら失い続けていく、痛切な幼児体
(フライヤーより)西暦2500世紀の超未来、考古学者が空中からある化石を発掘する。それはその時代すでに姿を消していた「演劇」というものの化石であった。考古学者は「演劇」の復元を試みる。’89年初演の名作『ゆるやかなトンビリラロの身だしなみ』を題材にした新作。1つの舞台上に複数の演劇、ダンス、パフォーマンスが併存する独自のスタイル→《ハイパー・コラージュ》を用いて、「演劇」そのものを「演劇」にします
櫻井郁也ダンスソロ
白紙還元をテーマに展開するソロダンス、そこに、息/呼吸を象徴するアコーディオンの独奏が同時展開してゆく。2005年に初演、2006年ポルトガル招聘公演にて生演奏版とレコーディング版の2バージョンに発展、2008年東京にて再演、2011年夏に東日本大震災鎮魂公演として改訂上演。本記録映像は2011年版。
1978年に宮崎駿が初監督したアニメーションシリーズ『未来少年コナン』を舞台化。日本ではミュージカル『100万回生きたねこ』や村上春樹原作の『ねじまき鳥クロニクル』などを手掛け、その唯一無二の空間演出で観客を魅了し続けているインバル・ピントと多彩なクリエイターダビッド・マンブッフが共に演出を担当。コンテンポラリーダンス、歌や音楽、美術、衣裳、照明などを巧みに操り、芸術的かつ身体的な表現で創る新しい
大橋可也&ダンサーズがドラマトゥルク長島確とともに2013年に始動したリサーチ型ダンスプロジェクト《ザ・ワールド》最終作品。
(フライヤーより)シュールでコミカル、遊び心に富んだ作品を発表し、フランス国内でも根強いファンをもつ異色の振付家ドミニク・ボワヴァン。1998年の初来日の際に好評を博した「ワタシなりのダンスの歴史」の改訂版をひっさげて再来日。”ダンスはどこから来てどこに行くのか”ダンスの起源からロマンチックバレエを経て現在にいたるダンス表現の目まぐるしい移り変わりを1時間のソロダンスで表現する。1994年の初演か
日本丸メモリアルパークパフォーマンス 2021-2022「路上の身体祭典H!」新人Hソケリッサ!横浜/東京路上ダンスツアー#2
社会から分断され個人になった時に個人は不安を抱え、集団に依存していた個人の脆弱さが露呈する。我々は生きる手段としてこの大きな集団に取り込まれ、それは習慣となり個人という存在や輝きは飲み込まれてしまうだろう。しかし希望を失った身体は、言うなれば囚われた習慣を捨てた身体の始まりであり、強靭な個人の身体の始まりだと僕は思う。歪な躍動のリズムで僕は目を覚ましたい。ツアー公式Webサイト:https://s
河野紗代子(ピアノ)と清水美紗都(ダンス)が1つのテーマに対して感性をぶつけ合った共同作品。海は刻々と表情を変え、様々なブルーを見せてくれる。キラキラとした心躍る水色のブルー。時間の流れがゆっくりに感じる水中の瑠璃色のブルー。吸い込まれそうな夜の濃紺のブルー。荒れ狂った波の限りなく灰色に近いブルー。「青」という色が持つミステリアスな多面性をピアノとダンスで描く。
ダンス、音楽、演劇、ミュージカル、そして降り注ぐ言葉のコラボレーション…多様な表現方法のコラージュで、あなたの“感覚”に触れるManhattan96 Revue第5弾!何を考えているのかちっともわからない隣人である「植物」をモチーフに、「想像力」について考え、現代をレビューします。夢の果てから時間の向こう、はたまた心の裏表まで、滑稽で愛おしい世界の姿を想像する、自由な旅のはじまり。
川口隆夫ディレクション企画「舞踏 ある視点」
台湾のアーティスト、リヴァー・リンによる、戦後日本に生まれた先駆的芸術運動「具体(具体美術協会)」について、特に田中敦子、白髪一雄、村上三郎、嶋本昭三らの作品を参照したオンラインパフォーマンス。また、C-Lab (Contemporary Culture Lab Taiwan)との共同制作作品として2020年に台北で上演されたパフォーマンス作品『具体美術宣言と踊る』のドキュメンテーション、TRUア
「ひとりの娼婦が寝ている。目を凝らすと、それは、彼女の立ち姿であることに気づく。」という冒頭の一節を起点として、12人の登場人物が一夜の出来事を紡ぐ物語を、二人のダンサーの身振りと唄、笛、太鼓、三味線の生演奏により描き出す。暗喩的な台詞から浮かび上がるイメージを掬い上げながら、演劇・ダンスの境界線への接近を試みた本作品は、東京芸術祭2021 主催プログラムとして、2021年10月22日 ~10月2
大橋可也と後藤ゆうによる大橋可也&ダンサーズを代表するデュオ作品。2019年3月メキシコシティにて初演。2020年10月には映像に吉開菜央を加え進化したバージョンを横浜赤レンガ倉庫にて上演した。
Dance New Air 2018
ある一定のルールと空間の中でスポーツが行われるように、小林は本作の中で自身のフィールドを構成する。性的な偏見や性差別的な筋書きに支配された人間により制限されることのない、自由なスタジアムをギャラリー空間に表すことを目指している。小林が問いかけるのは、危険と安全の狭間に立っている身 体的職業のどこに、その自由が存在するのか。運動競技における身体と、アーティストとしての身体、その双方のプロフェッショ
夏目漱石の小説『こころ』を原作に、セリフを使わず身体と字幕のみで綴る無声のダンス劇本作のために録音されたクラシック音楽が静謐な空気を支え、随所にユーモアを交えながら重厚なテーマに向き合い、観る者の心に静かな余韻を残す舞台作品
ゆず、一青窈などのミュージックビデオの振付でも活躍し、そのポップな振付と、独特な感性が創りだす世界観で、コンテンポラリー・ダンス界で唯一無二の存在感を発揮する康本雅子。これまでソロ作品を多数発表してきた彼女が、時間をかけたダンサーとの共同作業、カンパニー作品の製作に挑戦した作品。
AsiaTOPAフェスティバル
「ButohBAR番狂わせ」第二弾の本作品はASIA TOPAフェスティバルで上演され、初日前、完売し大好評を博した。メルボルン在住の舞踏アーティストゆみうみうまれ演出のもと、舞踏、演劇、歌、キャバレエ、ビジュアルアートが融合し、屋内外の儀式的かつキテレツなパフォーマンスで「美しくも不完全な番狂わせ」をテーマとしている。静けさとカオスが行き来する中、舞踏マスター・竹之内淳志氏、音楽家小宮広子氏を含
闇の底の底空の果ての果て潜っていく闇に着床する種いのちの珠を孕む垂直に あいだを紡ぎながら丁寧に歩を進める重力の底深い空そこに咲く花
「オノマトペ(擬音語・擬態語)」とは、短く簡潔に伝わりやすい感覚的な音と言葉の間のような存在。そんなかわいくてマンガ的なオノマトペが溢れる世界で、身体と言葉を使って多角的な視点から様々な表現方法で遊びます。ダンスにコントに即興での客席との共同作業に。ユーモラスな発想のオムニバスから一転、戦争の愚かさとその後に生まれる人々の希望も描きます。オノマトペを使った教育利用普及も視野に入れた画期的な作品です
――綺麗な毒には花がある。 『完璧な女子力』を求める女子高生は、森の奥に建つ巨大なメイド喫茶でアルバイトを始める。勤務初日の夜、メイド長が突然死。騒めくメイド達は「これは『御主人様』の仕業だ」と噂する。店には、メイドを次々殺していく、怪人『御主人様』の呪いがかかっていた。 耽美!耽美!暴力的耽美!演劇集団白昼夢が、虚構で性別を破壊する。
神を求める様は古今東西、さまざまな喩えが用いられてきた。その中で、“女性に恋焦がれ一体となる”というメタファーはスーフィーの詩人からトルヴァドゥール(吟遊詩人)に至るまで、広く用いられてきたモチーフ。ラヴェルの組曲「鏡」を主題とし、現実と幻影が交差するコンテンポラリーな手法の中に、古典的な象徴を散りばめ、先端のメディア・アートを駆使した空間に光、映像、音楽がダンサーの身体に反射させる。
あかちゃんとおとなのための舞台芸術ベイビーシアター
テーマは、狩猟採集社会のコミュニケーション。「ひととどうぶつがはなしができて 森や風や、さまざまなものに心をかよわすことことができて、ひとびとは、うたうように おどるように おしゃべりをしている・・・。そんな場所がこの地球のどこかにあらならば、あかちゃんは誰よりもその場所のことがよくわかるのかもしれない・・・」森や動物と密接な関係をもつ狩猟採集社会の文化にインスピレーションをうけ創作された本作は、
〜曖昧な静謐の中。「からだが置き去りにされるのが怖かった。」まだ少し怒ったような不安そうな顔でカウラはそう云った。ババカールの号泣よりもドキっとした。だってなんだか本当っぽい。〜この作品は、JANT-BIへの共同振付作品「RWANDA/Fagaala」コレスポンスダンスであるが故に、素の自分をストイックに問いたい。かつてモーリス・ベジャールとセネガルでダンスの学校「ムードラ」を共に開講したジェンメ
本作品では、グーチャ・マライーニ「ひつじのドリー」をモチーフにして、身体至上主義、コンテンポラリーダンスならではの、ダンスカンパニー「ブッシュマン」ならではの、「血と汗と土の匂いがする」作品創りに取り組みました。「ひつじのドリー」において、創作のヒントにするのは「クローン」や「アイデンティティーとは何か」という点、生命の定義とは何かを考えました。
東京オリンピックを翌年に控えた2019年、日本コンテンポラリーダンスの極北をひた走る大橋可也&ダンサーズが結成20年目に発表した「ザ・ワールド2019」は、江東区湾岸地域TOLOTの1300㎡空間に4部構成、ハードコアかつストイックな上演5時間を超えるエキストリーム・2デイズ・パフォーマンス。リサーチから生れた振付を記録したノーテーションブックの配布もおこないました。第3部は、吉開菜央による映像と
Dance New Air 2016
「ディクテ」とは 韓国系アメリカ人アーティスト、作家であるテレサ・ハッキョン・チャにより1982年 に出版された叙情詩的実験書。多様な文体による文章、図案、写真、他言語を用いて、テ レサ・ハッキョン・チャ自身、チャの母親、朝鮮独立闘争3・1に関わったユ・グアンス ン、カール・ドライヤー監督の無声映画におけるジャンヌ・ダルク、19世紀カソリック 教徒聖女テレーズ・マルタンなどのメタファーを行き来し、
ダンス、ファッション、音楽、テクノロジーなどのコラボレーションによる新たな可能性を提示するパフォーミング・アーツ『Xhiasma-キアスマ』プロジェクト。 人が溢れる多忙な都市で、誰にも関わらず、一見自己完結が可能に思えてしまう毎日は、「生」の実感や、他者への関心も希薄になる。人と人との繋がりをコンセプトに創作・上演された『enchaîne』から2年、ダンサー・振付家の湯浅永麻、ファッションデザイ
【作品ノート】光、音、映像、身体一あらゆるエレメントをハイブリッドに融合 することで「特定のエネルギー状態にある絵」を舞台上に現前 化させる梅田宏明の創作哲学は、実質的な処女作である本作 で早くも確立されている。写真芸術からダンスに転身した梅田 のなかには、「ダンスをグラフィックアートとして平面的に見せ たい」というビジョンが当初からあり、その構想を反映するか のようにここでは、速度感を持って明滅
TOKYO DANCE TODAY #8
青山円形劇場の空間を生かし独創的な作品を発表するダンスシリーズ「TOKYO DANCE TODAY」の第8弾。世界的に活躍する中村恩恵が振付を手がけ、鈴木ユキオ、平原慎太郎の2人が共同振付・出演した作品。音楽・演奏はロック、ジャズ、現代音楽、ポップミュージック、あらゆる音楽シーンを横断、即興音楽とコンポジションの融合を図り、劇団「維新派」の音楽監督としても知られる内橋和久が務める。
Noism0+Noism1 ディアギレフ生誕150周年
「東西文化の融合」を20年来のテーマとしている金森穣が、オペラ『蝶々夫人』に影響を与えたともいえるピエール・ロティの小説『お菊さん』をもとに新たに台本を書き起こした上で振付。ストラヴィンスキーの「結婚」で踊る舞踊家たちは全員人形として描かれ、ロティが描写(蔑視)する日本人を隠喩している。Noism×鼓童「鬼」と同時上演され、本作品も「鬼」をテーマとしている。
閉じていること。だからスペースが生まれる。開かれる。ドラマはそこから生まれる。これは作品の作り方の話でもある。といっても、いつもそういう作り方をしているのだけど。今回が特別なのではない。しかし、今回はあえて、閉じている、という事を強調しておく。僕たち自身も閉じていた。そこに意味があったのだと思う。これからは変わってもいいかもしれない。開かれたカンパニー?ダンス?に。ハードコアダンスってとっつきづら
柿崎麻莉子、小暮香帆、中村蓉の3名からなる「MOSA」による若手育成の「月面着陸プロジェクト」における前半期のまとめとして、2022年1月以降に開催してきた3回のショーイング(絵本を題材にした「穴のあいた人たち」、様々な場・音楽との「即興」、演技に挑戦する「工藤祐次郎を踊る」)など、これまでに取り組んできた演目からの抜粋シーンを「総集編」として上演した。同時に、MOSAによる新作も発表。本映像では