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舞踊家・振付家の苫野美亜がプロデュースを務めるダンス公演。バーミンガムロイヤルバレエ団プリンシパル平田桃子が渡辺レイの新作を踊り、ウィーン国立バレエ団プリンシパルの橋本清香と木本全優はThierry Malandain作品を披露します。72歳のバレリーナ尾本安代が年齢を積み重ねた表現を、舞踏カンパニー・山海塾で活躍する松岡大の極限の身体表現美など、多彩なダンサーと音楽家が共演する贅沢なパフォーマン
Noism設立15周年記念作品。「Fratres」とはA.ペルトの同名楽曲のタイトルであり、ラテン語で親族、兄弟、同士を意味している。他者との関わりが先鋭的に希薄になりつつある現代社会において、同士を求め、集団活動を標榜する舞踊団として、本作品を発表することは、創作及びその実演によって“その意味するところ”を“集団的に”見出すためである。その祈り、その儀式こそが本作品の主題である。
ダンス、音楽、演劇、ミュージカル、そして降り注ぐ言葉のコラボレーション…多様な表現方法のコラージュで、あなたの“感覚”に触れるManhattan96 Revue第5弾!何を考えているのかちっともわからない隣人である「植物」をモチーフに、「想像力」について考え、現代をレビューします。夢の果てから時間の向こう、はたまた心の裏表まで、滑稽で愛おしい世界の姿を想像する、自由な旅のはじまり。
瀬戸内国際芸術祭の会場である直島の本村地区の様々な場を使いダンスを埋め込むことで直島全体がまるで劇場であるかのような感覚を鑑賞者が味わえるサイト・スペシフィックダンス作品
DaBYアソシエイトコレオグラファーの鈴木竜が、他ジャンルのアーティストらと協働するコレクティブな手法で創作した作品を発表した「鈴木竜トリプルビル」で上演された3作品のうちのひとつ。(共同製作:Dance Base Yokohama、愛知県芸術劇場。2021年12月に愛知県芸術劇場にて初演)2022年に大幅なリクリエイションを行い、「DaBYパフォーミングアーツ・セレクション2022 in Tok
和太鼓+ダンスユニット<まだこばやし>による初の単独長編公演。「それぞれが」「鳴る」「共鳴する」をテーマに、打楽器とダンス、声や歌、演劇的表現に加え、ハーモニカなど他楽器の使用、儀式と照明効果の融合など、音楽的身体×身体的音楽パフォーマンスの可能性を追求した80分。人との距離が遠くなった時でも、響き渡る生のエネルギーは空間を駆け抜け、みんなを巻き込んで、どんどん世界へと共鳴していく。
TOKYO DANCE TODAY #9
青山円形劇場の空間を生かし独創的な作品を発表するダンスシリーズ「TOKYO DANCE TODAY」の第8弾。生年月日、出生地、血液型、三姉妹という共通点をもつ森下真樹(舞踏家)と束芋(現代美術家)。いつかは一緒に創作をと思い始めて数年、ユニークな劇場空間をもつ青山円形劇場にて、構想を共にし発表した作品。
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「ワタクシというものをすべての起点としてしか考えられないことから来る不幸と幸福。それらを大きな器の中に入れてシェイクしたらどんな味になるのだろうか。からだという器からズブズブと零れ落ちてしまう蜜を持ったものたちは、そこここに痕跡を残し身を隠すことができない。巧妙に足跡を消しても匂いがあたりにかすかに残る。そのような人々はあきらめて、ダンスを踊る他はない。互いの匂いが混じりあい、私の匂いがかき消され
空の下で生まれ、空と共に生きていること、そして空の中へ死んでいくこと、逞しく 軽やかに、そこはかとなく、一瞬一瞬がここにあることを願いながら生まれてきた踊りの物語。岡登志子と垣尾優による共同制作。
TOKYO DANCE TODAY #3
青山円形劇場の空間を生かした独創的な作品を発表するダンスシリーズ「TOKYO DANCE TODAY」の第3弾。ダンサー、振付家として様々な分野のアーティストとコラボレーションし、ジャンル横断的に活躍する森下真樹の構成・演出・振付・出演による作品。
DaBYアソシエイトコレオグラファーの鈴木竜が、他ジャンルのアーティストらと協働するコレクティブな手法で創作した作品を発表した「鈴木竜トリプルビル」で上演された3作品のうちのひとつ。(共同製作:Dance Base Yokohama、愛知県芸術劇場。2021年12月に愛知県芸術劇場にて初演)4名のダンスアーティストらがそれぞれの振付を繰り返し入れ替えて踊る本作。「振り付ける」という非対称的な行為を
Dance New Air 2018
Dance New Air 2018のプログラムの一つで、青山通り沿いのスペース「ショウケース」を舞台に開催。新たな時代を牽引していく30歳以下の若き振付家・ダンサーたちを同世代の田村興一郎がキュレーション。10年後のコンテンポラリーダンスシーンを彼らの身体を通して体感できる注目のプログラム。
櫻井郁也ダンスソロ
白紙還元をテーマに展開するソロダンス、そこに、息/呼吸を象徴するアコーディオンの独奏が同時展開してゆく。2005年に初演、2006年ポルトガル招聘公演にて生演奏版とレコーディング版の2バージョンに発展、2008年東京にて再演、2011年夏に東日本大震災鎮魂公演として改訂上演。本記録映像は2011年版。
日本のコンテンポラリーダンス界を牽引する振付家の黒田育世が、Noism05から振付委嘱され2005年に初演した話題作。
川口隆夫ディレクション企画「舞踏 ある視点」
人気コンテンポラリー・ダンサーの伊藤キムが繰り広げる秘密のパーティ、あるいは一夜の夢のようなパフォーマンス。伊藤ならではのユーモア、けれん味、アングラのイメージがエネルギッシュに炸裂する、見所たっぷりの49分の映像作品。伊藤キムとサックスの梅津和時の共演に加え、11名のダンサーたちが「東京令和アングラダンサーズ」として荒唐無稽に狂喜乱舞。
せんとう。裸でたたかう。労りと労いとハピネス。
私たちはカラダのことを知っているようで私たちはカラダのことをまだ知っていないあなたの中にある私私の中にあるあなた私はまだ私を見たことがないあなたを通して私を見る私を通してあなたは見る凹凸世界は変わり続け身体は変わり続け凹凸私たちの最後の破片を探す旅は続く私たちのカラダはまだ不完全だから身体を所有した時から私たちの旅は始まった
MWMWは死なない
本作は、「遭遇」をコンセプトに、舞台芸術における当たり前のことが、ある時から当たり前でなくなったと気づいたことから生まれました。日々の選択や分岐を経て私たちは今ここで生きている。私たちが共に踊り、その瞬間を観客と共有することは奇跡のようなことだと思いました。点と点は繋がっては離れたり、線になったら長くなる。日常は偶然や必然の出会いの繰り返しであり、今この時も私たちは遭遇している。
80年代から作りためた小品をゴツゴツと並べたものを「ダンス☆ショー」と呼んできた。懐かしきリーダース・ダイジェストの通販で購入されたレコードを発見したことからまずは始まる。昭和の音楽が明るく単純な編曲で嬉々と演奏されていた。わたしは捻って捻り過ぎる癖があるので単純で明るい疑いのなさに圧倒される。単純で一本槍なダンス。凝らずにお遊戯のような動きで組み立てた小品の粒。初演新たな小品も織り混ぜてゴツゴツ
(フライヤーより)「元気の出るダンス」「明るいダンス」をモットーに〈ステイ•ヒア〉〈ダンス コレクション〉などのシリーズで次々と作品を発表している前田清実は1991年青山劇場での「青山バレエフェスティバル」でクラシックバレエにアプローチし、その鬼才ぶりを発揮した。ダンスの世界はいま大きく様がわりをし始めている。モダン、ジャズ、クラシックがそれぞれ融合し、単純なジャンルわけが難しくなってきている。前
コロナリポート
Sign:忙しなく動き続ける体と、短時間に凝縮した数多くの身振りで構成された10分間のダンス。振付を覚え練習することで、コロナ禍の滞留した時間を前に進めることを目的に制作された。Out:neji&co.のプロジェクト最終作。俳優によって上演されるテキストを用いた作品。2020~2023年を振り返りながら、過去から現在を通過した未来まで、私たちの生の「外」にある時間を想像する。
-2020年に世界中を巻き込んだ試練は、パフォーミング・アーツの存在意義を見つめ直す機会となりました。人と人、国と国、ジェンダー、人種、民族、宗教の問題、そして生と死について。これまでも私たちの目前に数多の問題がありましたが、新たな先行きの見えない状況は驚くほどの勢力で私たちを阻んでいます。しかしながら、全世界に同じ問題が降り掛かったこのタイミングこそ、新しい芸術・表現が創生される時なのです。今こ
2003年「踊りに行くぜ!!」vol.4より、毎年その年の話題になって作品を紹介する場として, 「踊りに行くぜ!!」SPECIAL IN TOKYOと銘打ち、最終公演を行ってきた。また、2008年5月―2009年5月まで毎月演劇・ダンスの専門チャンネル“スカパー!シアターテレビジョン(シアテレ)”にて、毎月内容を変えてレギュラー放送を行っていた。今回は、そのシアテレの一回目2008年5月の放送を行
車椅子ダンサーのかんばらけんたと、山海塾の松岡大による初のデュオ作品。「SAK(さく)」は、内にこもった命の力が頂きに達し、勢いよく外に向かって開く様をイメージして、それぞれの異なる身体性を引き出し合うダンス作品。
巌流島の決闘に向かうまでの佐々木小次郎の旅を大胆に脚色した本作は、パフォーマンス性の高い作品作りに定評のあるウォーリー木下が作・演出を務め、関西を拠点にパントマイムの第一線で活躍するマイム俳優のいいむろなおきが出演する、身体表現と映像のコラボレーションで魅せるパフォーマンス演劇である。本作は 2008 年に大阪・HEP HALL での初演後、韓国の招聘公演を経て13 年ぶり
自らの肉体を客観的に物質として扱うこと。あるいは概念やエネルギーといった不可視のものを、その肉体によって可視化すること。はたまた支配被支配の関係性や性差の問題について、不特定多数の他者に問いを投げかけること。それらを集団による圧倒的な動物性エネルギーの放射によって表現すること。それが『NINA-物質化する生け贄』という作品である。
『夏の名残のバラ』は、金森穣が、舞踊家として円熟期を迎えた井関佐和子の在り方にインスピレーションを受けて生まれた作品。2019年「森優貴/金森穣 Double Bill」にて『シネマトダンス―3つの小品』の中の1作品として初演。舞踊家とは如何なる存在か。そして舞踊家が齢を重ねるとは如何なることか。舞踊家の生き様をご覧ください。
TOKYO DANCE TODAY #1
青山円形劇場の空間を生かした独創的な作品を発表するダンスシリーズ「TOKYO DANCE TODAY」の初回を飾った、近藤良平率いるダンスカンパニー「コンドルズ」の作品。未確認飛行物体接近!完全円形360度!完全限定3600秒!
ベルリンを拠点に活動する「劇団ティクバ」。NPO法人ダンスボックスによってはじめられた「循環プロジェクト」。障がいのあるなしの境界を超えて、舞台表現と向き合うこの2つのプロジェクトは、2009年から国際共同プログラムを継続。今回のKYOTOEXPERIMENTでさらなる展開をみせる。振付、演出を手がけるのは、2008~2009年に文化庁の研修員として訪れたベルリンで、ティクバと出会ったダンサー・振
Dance Dance Dance @ YOKOHAMA 2021の「エリア50代」で初演された、笠井叡振付・平山素子のソロダンス『J.S.バッハ作曲“フーガの技法”1.2.6.9番によるダンス』が、スケールアップして再誕!クラシック、jazz、ポップス…と様々なフィールドで活動を展開する、片山柊(愛知公演)、佐藤浩一(横浜公演)という2人の若手ピアニストを迎え、ダンスと音楽で『フーガの技法』とい
9回目を迎える「踊りに行くぜ!!」は、毎年10月から12月北海道から沖縄まで全国を巡回公演する企画です。Vol.9は21地域で開催、参加アーティスト41組となりました。各地の公演の様子をシリーズでお届けしておりますので、どうぞお楽しみに!!今回は沖縄公演から紹介します。2009年2月“スカパー!シアターテレビジョン”にてレギュラー放送されたプログラムです。上演作品・カンパニー・アーティスト・作品コ
最小単位の「ひとつの身体」は舞台上でどう変容するのか---。「ひとつの身体」とは何か、という謎。上村なおかソロダンス第4弾。出演者は上村なおか、ひとり。
農業革命時、身体は生産材として重要な役割を担ってきた。しかし、時代の変化とともに、工業化と情報化が進み、身体を拡張する『脱身体/ポスト身体』の時代へと急速に変化してきている現代。本作では、失われゆく身体への価値を再提示するため、日本全国の農耕祭祀、考古学、民俗信仰などをリサーチし、日本文化の水脈を掘り下げていくことで、「様式化される以前の身体性」をテーマに創作される注目のダンス作品。
日本を代表する舞台美術家 堀尾幸男、石原敬のドキュメント、インタビュー。
「地球には重力があるらしいんよ」フクダカズコ...1982年、愛媛県松山市で元同僚ホステスを殺害。犯行後、5459日間に及ぶ整形逃亡劇を繰り広げ、1997年、公訴時効成立21日前に逮捕された女。決して実録ではない。地球という檻に幽閉された女の実存が、重力の中を彷徨い、戯れ、抗い、逃亡を図る。東京・下北沢の小劇場B1にて2021年初演の『ビコーズカズコーズ』を大幅に再構築し、生まれ変わった<完全版>
Dance Performance LIVE
舞踊家の苫野美亜が国内で活躍しているバレエダンサー達とともに、日本ユニセフ協会の協力を得て開催したチャリティーコンサート。ピアノ・ヴァイオリン・チェロの音色とオリジナリティ溢れるダンサーとの共演。
ダンスの歴史にフォーカスをすることでダンスの「継承」と「再構築」の2つの視座からプログラムを構成した公演「ダンスの系譜学」で発表された酒井はな出演の2作品。(共同製作:Dance Base Yokohama、愛知県芸術劇場。2021年10月に愛知県芸術劇場にて初演)世界中のバレエダンサーが踊り続けてきたフォーキン原作による『瀕死の白鳥』を、日本を代表するダンサーの酒井はなが、演劇作家の岡田利規と取
ダンス、ファッション、音楽、テクノロジーなどのコラボレーションによる新たな可能性を提示するパフォーミング・アーツ『Xhiasma-キアスマ』プロジェクト。 人が溢れる多忙な都市で、誰にも関わらず、一見自己完結が可能に思えてしまう毎日は、「生」の実感や、他者への関心も希薄になる。人と人との繋がりをコンセプトに創作・上演された『enchaîne』から2年、ダンサー・振付家の湯浅永麻、ファッションデザイ
時は昭和。1964年東京オリンピックの裏で開かれていた、もう一つの『民族の祭典』――その名も【キリンピック】。人間ではなく妖怪がアスリートとして集合する、百鬼夜行のスポーツ大会!この物語は、世界初の妖怪五輪開催に向けて宮内庁の精鋭達が熱く命を燃やす、汗と涙と肉と神秘のドキュメンタリー。
Dance New Air 2016
私事だが最近結婚して、あらためて家族というものを目の当たりにしている。こちらの家族とあちらの家族、ぜんぜん違う。そこから生じる夫婦ふたりの生活スタイル・行動様式も当然違う。で、それぞれ両手を必死に伸ばして、わずかに触れ合う指先がその先の腕を互いにつかみ、ガッチリと離さないようにする。そうして家族は成立する。ひとつの細胞がどんどん分裂していくのが生命への過程ならば、家族は別々の個体がひとつに結合して
YAMADA Un Co.
本作は東京芸術劇場で映像作品を作って有料配信し、劇場公演は地方でのみ行われた。 木々や花が溢れる庭で男女が踊るロマンティックなデュオから、無機質な病室でのダンス等、「視聴者の視線を強制的に導く映像の強み」を活かしている(むろん映像にあることは基本的に舞台上でも行われている)。 山田は「2020年のオマージュ」が本作のサブテーマだといっているが、それはコロナ禍や、延期された2020年東京オリンピック
Lightシリーズ
― 最近私は、新幹線に乗る機会がたびたびある中、車窓の向こうに広がる家、家、家に地を這う蔦のイメージを想いうかべた。生き物のような家、家、家…。そんな発想から今回の「家」の創作が始まった。どこへ辿り着いたのか自分でもわからない作品ではあるが、この家の中に入って行こうと思っている。― ケイ タケイ1969年から続く「Light」シリーズのPart53初演。まだ2類相当だった新型コロナウイルスの影響で
TOKYO DANCE TODAY #4
青山円形劇場の空間を生かした独創的な作品を発表するダンスシリーズ「TOKYO DANCE TODAY」の第4弾。「カンパニーデラシネラ」を主宰する小野寺修二の作・演出・出演作品。ダンス・マイム・芝居を混在させ、偶然と必然の迷宮に漂う人間を描く。
沈黙に満ちた静寂の中、一組の男女が踊っている。身体を伸縮させ、空間を変容させながら、沈黙の対話を続けている。沈黙に満ちた静寂の中、音楽が生まれる。空間を明滅させ、身体を変容させながら、沈黙を奏で始める。沈黙と沈黙の拮抗。その間に生まれる第3の沈黙。再び訪れた静寂の中、一組の男女が踊っている。そこにある静寂は、かつてのそれとは異なる沈黙に満ちている。(金森穣)
太田省吾の台詞劇にもとづく創作に挑んだ本作。使用テクストは、ひとりの老人と亡妻の幻影とのはかない交渉をめぐる「棲家」。太田の言語態への新たな応答を試みるきたまりの振付・演出。人物の関係性に潜む官能を静かにあぶり出す由良部正美の踊り。上演の時空間に独特の彩りと陰翳を与える野村誠のピアノと嵯峨治彦の馬頭琴。劇言語×ダンス×生演奏のクロスオーバーによって、生死の境域、記憶の情景が浮かびあがる。
傍観を許さない、目と心を奪う強靭なダンサーとダンス・BATIK=黒田育世新作。舞台。大きく円形に張り出し。後方横幅一杯にトタンの壁。構成。ワイヤで浮遊、穏やかに口笛を吹く育チャンは、母に呼ばれ喜び。しかし、他の子に依る母をみて、激しく嘆き、痙攣。母のスカート下で治まる。が安息も一時。母の心はしばし離れ、子は孤独な自分に出会うこととなる。愛されつつ疎まれる、母を感じながら失い続けていく、痛切な幼児体
自らの身体と向き合いながら唯一無二の表現を創り上げてきたハンディキャップのダンサーと、エクスペリメンタル/ジャズ/ポップ/ワールドほか様々なフィールドで活躍する音楽家が1対1で対峙した舞台公演。「障がい」とは何か?私たちを分け隔てるものは何か?私たちが多様性と呼んでいるコトの姿とは?パフォーミングアーツが提示する、ダイバーシティーの現在形。
【ShowCaseBar「TOY+」とは?】「ドラマが振付する」をモットーに、劇団鹿殺しや劇団KAKUTA、劇団Patch、劇団ミスマガジン、他映像作品、横浜発のアイドルユニット「nuance(ヌュアンス)」などに振付を提供している振付・ステージングチームTOYMENが自らの振付を気軽に楽しんでいただくべきしてオープンしたダンスBar喫茶です。読み方はトイプラ。今作品の第1回目はCOVID-19
Dance New Air 2018
Dance New Air 2018のプログラムの一つで、青山通り沿いのスペース「ショウケース」を舞台に開催。新たな時代を牽引していく30歳以下の若き振付家・ダンサーたちを同世代の田村興一郎がキュレーション。10年後のコンテンポラリーダンスシーンを彼らの身体を通して体感できる注目のプログラム。
踊りの起源をテーマとしたダンス作品。人間ではどうしようもできない事象に対し、自然や神、見えないものに敬意を払いながら共に生き抜くために、祈りや呪いとして音を鳴らし踊るという根源的な行為が人間の日常生活の延長線上にある。日本の土着的な風習や儀式の身体感覚を見つめ直し、踊り鳴らすという行為の根源を想像し新たに作り上げた。見えない/聞こえないけれど、そこに確かに在るものの気配を取り戻し、人間以外の目線や
KYOTO EXPERIMENT初の公募プロジェクトで選出され、2年にわたりリサーチと制作に取り組んできた、松本奈々子と西本健吾によるパフォーマンス・ユニット「チーム・チープロ」。2021年にリサーチを開始したふたりが最初に掲げたテーマは「ワルツ」だった。コロナ禍で「接触」が憚られるなか、京都に存在したとされるダンス芸妓の史実を起点に戦前京都と現代と接続し、想像上の他者とワルツを踊る作品を発表。続
舞踏家・大野一雄が100歳を迎えた2006年10月から1年間は「大野一雄 100歳の年」として展覧会や公演など世界各国で様々な100歳を祝うイベントが開催された。中でもガラ公演「百花繚乱」にはピナ・バウシュの映像出演を含め国内外から実に23組の踊り手が集結、2日間にわたり密度の濃い舞台が繰り広げられた。両日ともカーテンコールには大野慶人の押す車椅子で大野一雄が登場した。以下は、第一夜の出演者とその
「大きな絵を描き始めたのは夏だった」という「観る者」としての画家の視点と「大きな絵のモデルをしていた」という「被写体」としてのモデルの視点が、交錯するさまを描く。男女の心の機微を刻々と変化する空模様に喩えた詩のようにダンスは展開する。女は画家の言葉をかき消し、立場は反転。男は虚しく地を蹴り、女は精一杯空へと手をのばす。「Love is life that lasts forever」映画監督、デレ
本作は日本と台湾の出身である二人が台湾で過ごした記憶をベースとして、日本でも多くの議論がなされてきた「台湾有事は日本有事」について身体的交流を通じて再考する試みである。様々な情報が行き交い国際情勢が一層複雑化する現代において、日常と非日常、そして当事者と非当事者の境界を生きる私たちにできることはなにか。良き隣人と呼ばれる隣国・台湾を通じて自国を見つめ直し、共に考える時間を目指す。
身体の中は小宇宙であるとよく言う。 エネルギー体である 私、あなた、社会、自 然、宇宙、 電子エネルギーにより、 それぞれが細かく振動する事 によって共鳴し合って世界の バランスを保っている。 そういった物理学の観点からモーション (動き)とエモーション(感情)、そしてそれ が世界にまで共鳴して 行くことを提示し た作品。かつて生きていた人、生活。肉 体は滅びても エネルギー体は滅びずにこ の地球
東京オリンピックを翌年に控えた2019年、日本コンテンポラリーダンスの極北をひた走る大橋可也&ダンサーズが結成20年目に発表した「ザ・ワールド2019」は、江東区湾岸地域TOLOTの1300㎡空間に4部構成、ハードコアかつストイックな上演5時間を超えるエキストリーム・2デイズ・パフォーマンス。リサーチから生れた振付を記録したノーテーションブックの配布もおこないました。第3部は、吉開菜央による映像と
「静」は白拍子静御前の伝説をもとに、箏奏者八木未知依と照明家三浦あさ子と制作したコラボレーション。民俗芸能へのリサーチに基づき白拍子の巫女と遊女という両極の女性像について考察をした。能楽(『道成寺』『檜垣』等)に残されている乱拍子とは本来は気が狂うようなリズムに乗せられるような舞ではないかと考え、道成寺縁起へとストーリーを展開し、静の思いと祈りのの強さ、女性としての儚さをあらわにした。
予測できない出来事=ブラック・スワンの出現を予言したナシーム・ニコラス・タレブの著作「ブラック・スワン 不確実性とリスクの本質」からタイトルを引用した2008年作品。4脚の椅子、4人の男女を空間に並置し、不確実な時代の身体を抑制的な身振りで描き出した作品である。「大野一雄フェスティバル2008」参加作品としてBankART Studio NYK 屋外においても上演をおこなった。
Dance New Air 2018
ある一定のルールと空間の中でスポーツが行われるように、小林は本作の中で自身のフィールドを構成する。性的な偏見や性差別的な筋書きに支配された人間により制限されることのない、自由なスタジアムをギャラリー空間に表すことを目指している。小林が問いかけるのは、危険と安全の狭間に立っている身 体的職業のどこに、その自由が存在するのか。運動競技における身体と、アーティストとしての身体、その双方のプロフェッショ