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かつての日活アクション映画に見られたようなギャングやアウトロー、そしてヒ ーロー・ヒロイン達の様式美ともいえるハードボイルドの世界を題材に、60~70年 代サウンドの生演奏にのせて、ラサール石井・流山児祥の黄金コンビが、放つ総天然色の夢の世界。<あらすじ>舞台は、とある地方都市一暗黒街を牛耳る山王組、その街に二丁拳銃をあやつる謎の男がやって来た。 死をも恐れぬ男の目的はいったい何なのか?欲望渦巻く
十数年ぶりに故郷に戻ってきた女性。「変わらないようで、変わっている」風景を眺めているうち、幼少期の自分に出会う。不思議と鮮明な彼女との出会いは、女性の今後を好転させるきっかけとなった。景色を眺め、思い出しているようで、思い出せていない。「私、小さい頃、タイムスリップ、した。」
ウソでもいいから ひとつになりたい今より少し未来のにほん。子供たちは子育ての訓練を受けた大人によって育てられていた。自由と平等が保障された理想的な環境で伸び伸びと育つ子供たち。しかしある日突然、子供の生活は生みの親に一任されるという通達が国から下される。国の決定に反発し、一丸となって子供を守ることを決意した大人たちはしかし、次第に不安という敵に飲み込まれ、分断されていく。国の顔色を伺うもの、大人の
ロンドンの方で上演された「男たちの番か?(原題:Men’s Turn?)」。日本人キャストによる日本版が上演されている。今日は昼と夜の二公演。マチネが無事に幕を降ろし、ソワレが幕を開けた。おかしい。聞こえてくるはずの台詞が聞こえてこない。代わりに聞こえてきたのはバウンダリーマイクすらも拾わぬ微かな寝息。彼、本番中の舞台の上で寝ているじゃない。
緘黙症(かんもくしょう)を患うナオキ。隣にはいつも、幼馴染のケンジがいた。2人はツーピースバンド『ニューノイズ』を結成し、夢に向かって突き進み始めるが、夢半ばで、今度はケンジが突発性難聴を患ってしまう。2人に立ち塞がった、どうしようもない現実。 『俺はさ、神様なんかじゃないんだよ』 若すぎる青春の果てに、2人が見た残酷であたたかい風景とは...演劇初挑戦のウラニーノ山岸賢介を迎えた、青春音楽劇。
本作品は1967年に寺山修司が主宰する演劇実験室「天井棧敷」の旗上げ公演として上演されました。寺山作品初期に見られる母子の愛憎、寺山自身と母との確執をモデルに描いた作品となっています。B機関は演劇と舞踏の融合を目的として舞踏家の点滅が2016年から2023年まで主宰した演劇舞踏ユニットです。本作品は2017年に上演されたその第二回公演となっております。
あるとき鶏がささやいた。そのままでいいのか。お前はコントロールする側じゃないか。支配する喜びを知れ。だがなにも実現できなかった。またあるとき牛がいなないた。そのままでいいじゃないか。大きいからこそできることがある。実現できる喜びを知れ。だがコントロール不能だった。中国は言う。鶏口なるも牛後となるなかれ。日本はどうだ?“起業”をテーマにパラレルワールドに描く2つの物語。はたらくすべてのひとたちへ。
ダイエット、ピアッシング、リストカット……。強迫観念のように身体を変えること(傷つけること)に取りつかれた少女たちの心理を、3話オムニバスで描く。①ダイエッター「セリナ」:過酷なダイエットの果てにセリナは念願の痩身を手に入れるが、そこへ3年前のセリナ自身が現れ、「あんたは今なお嫌われ者だ」と詰め寄る。②ピアッシング「美咲」:美咲と麻美はピアッシングとタトゥに夢中。リストカットの過去を持つ二人は、体
日々ニュースで流れてはすぐに忘れられていく数々の出来事や問題と私たちの生活との距離について扱った作品。10分に再構成したバージョンの作品が、横浜ダンスコレクション2020 コンペティションⅡにて奨励賞受賞。
2025年一横須賀。「大深度有人潜水調査船しんかい12000」が初航行を行う。向かう先は、世界の最深部であるマリアナ海溝チャレンジャー海淵だ。一方、1875年一横須賀ではチャレンジャー号がマリアナでの深度調査を追え、停泊をしていた。事件をきっかけに過去と未来は繋がれ、深海の神秘や生命の起源についての仮説が浮き彫りになった時、未来へ託す壮大な夢がそこに現れた。
芸劇eyes
そこは隅田川の辺り。松尾芭蕉が、弟子を伴ってまさに旅に出立しようとしている。のちに『おくのほそ道』と題されるその旅は、舟の出航の遅れによって未だ始まっていない。舟を待つ芭蕉たちが出会うのは、ロボットの少年や正体不明の女。彼女らと過ごすうちにやがて立ち現れるのは、ある哀しい真実で—。『隅田川』『井筒』という、『伊勢物語』を媒介として接続される二つの謡曲をポリリズム的に併置した現代の会話劇。
1986年に起きた大島三原山の噴火に触発されて描かれた、人類の暴挙から生まれた怪獣「ゴジラ」が、人間の可憐な少女に恋をするという育奇想天外な恋物語。怪獣「ゴジラ」を等身大の俳優が演じ、観客との共同幻想で、舞台に巨大な「ゴジラ」を登場させた。大島元町に住む一之瀬家では、長女やよいからの「会ってもらいたいひとがいる」という電話に、上へ下への大騒ぎ。しかしそこに現れたのは「ゴジラ」だった。家族は猛反対、
2007年に旗揚げ準備公演でスタートした『虚構の劇団』の解散公演として上演した『日本人のへそ』(作:井上ひさし、演出:鴻上尚史)吃音症患者を集めた治療劇として、浅草のストリッパー、ヘレン天津の半生を劇中劇で描き、そこから物語は二転三転していく。井上ひさしさんの若い才気とエネルギーに満ちあふれたデビュー作に、虚構の劇団の総力を上げて、真正面から取り組んだ意欲作。
編集者の郡内は、作家・麦川に突如「明日、あなたにラリアットしたい」と電話をかける。奇妙な相談を持ちかける郡内に対して、麦川は一つの条件を出す。それは、中学時代の同級生・図雲雪次をみつけだすこと。まれな人たちが巻き起こす、たのしい復讐劇。
DRIFTERS SUMMER SCHOOL ADVANCE 2013
『小さな足掻きが世界を変える』をコンセプトに、映画と演劇を同時進行で展開するパフォーマンス作品。舞台奥では筋書通りの映画を上映し、舞台上では筋書から逸脱する物語を上演。二重構造の物語が交錯し、予定された未来と抗う意志がぶつかり合う。重なり合うシーンを通して、鑑賞者に小さな勇気が未来を変えることを伝える。演劇ユニット・女の子には内緒の旗揚げ公演として制作された。
とある地方地域の市議会。市長の答弁の最中に議員席からいびきが聞こえてきた。市長は、その様子をSNSに投稿したことで議会議員たちから呼び出されることとなった。この作品は市長と議会の対立、及び議会側に寄り添うメディア、これらを他人事のように取り上げるネットメディアといった三つの要素をモチーフにし、地方政治の腐敗について原因と問題点を観客と共有し、積極的に政治に参加できる社会を目指し製作されました。
貧しい農村に身を置いた宮沢賢治は、儘ならぬ現実と崇高な理想、そのあわいで悪戦苦闘しながら、まっすぐに理想に向かおうとした。早世した彼の生涯を、父・政次郎は「天馬」に例えた。また、妹のトシも大変な才女でありながら、若くしてこの世を去っている。宝石のような二人に先立たれた親を想いながら、東北の俳優たちと『銀河鉄道の夜』を、賢治が愛した演劇を用いて、“劇”を、する。滅多に星空を見上げなくなった、わたした
ローマ帝国の将軍タイタス・アンドロニカスは、ゴート族との戦いに勝利しローマに凱旋する。民衆はタイタスに、空位だったローマ皇帝になるよう要望するがタイタスは固辞し、かわりに先帝の長男サターナイナスを指名する。新皇帝サターナイナスは、捕虜であるゴート人の女王タモーラを妻にする。タモーラはタイタスに強いうらみをもっている。愛人アーロンや息子たちを使い、皇后という立場を最大限に利用して、タイタス一家を次々
恋人と新居に引っ越してきた篤。友人夫婦が遊びにやってきた夜、篤の元恋人の死体が発見された。東京タンバリンの新シリーズ「笑えるサスペンス」第2弾。フットワーク・スタッフワーク・上演時間などすべて軽く、国際公演も視野に入れたシリーズ。
故郷は遠い。済州島から大阪にたどり着いた時春は、夜学の先生と再会し、恋に落ちる。子宝に恵まれささやかな幸せもつかの間、彼女に降りかかるのは、悲しくもつらい出来事たち。そんな中、故郷から知らせが届き…-戦中、戦後の大阪を舞台に繰り広げる、在日コリアン1世の物語。済州4.3事件の渦中に大阪へ渡ってきた人々を描いた小説「風の声」(金蒼生著)の舞台化ー第1弾。
沖縄で生まれた高校演劇の傑作『出停記念日』。弦巻楽団では2017年から折に触れ、レパートリーとして上演。登場する5人の女子高生たちを、8人の俳優が役柄をシャッフルしながら上演するオリジナルの演出手法は、原作者・島元要からも「作品に込めたテーマを捉えた演出」と高い評価を受ける。
毎日の迫り来る「暇」とどう対峙するかのみにそのエネルギーの全てを費やし過ごした青春の日々。それは極めて純度の高い不毛でありかつ最大級に豊かな時間だった。今になって振り返ればの話。ここ最近はなんだかすぐにくたびれちゃう。大好きな悪口を云うエネルギーさえままならない。そんなわけでもっかいあの頃の黄金の不毛を 取り戻そうというのがこの劇です。灼熱の八月、午前0時 ぼくは一体の死体と出会った
世間を震撼させたバスジャック事件「新鷺梁津事件」から十年。イラストレーター志望のキム・リカとルームシェアし、ネット記事の執筆とアルバイトでその日暮らしを続ける自称ライターの三浦小豆は週刊誌連載を狙い、被害者たちへの取材を始める。彼らは変わりゆく社会の中で、風化しつつある「事件後」を生きていた。事件の影響で片腕を失った青野尚子の電動義手手術への支援を求めるクラウドファンディングが立ち上がる中、ネット
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1991年、平田オリザが他劇団に書き下ろした最初の作品。目的もなく旅に出た二人は、列車の中で不思議な若い女と出会う。何か事件が起こるわけでもない日常の延長のような列車の旅のなか、車窓の向こうから様々な風景が浮かび上がってくる。
仕事場、私生活。ちっとも上手くいかない。私は他の人と何かが違う。病院で検査を受けたら、ただの性格の問題と診断された。僕は/私はどうやら『普通』らしい。ここからどこに向かえばいいのか。発達障害グレーゾーンをテーマに描く、青年団リンク やしゃご第4回公演。
2010年に上演され、第55回岸田國士戯曲賞の最終候補にもノミネートされた丸尾丸一郎の代表作が、新たな脚本と演出により小劇場で蘇る。「子供の頃から、スーパースタ―になりたかった。でも、スーパースタ―になる人は星を持ってる。俺は相変わらず星を掴めないかと試行錯誤してる。一生悩み続けるドン・キホーテや」。解体の決まった団地に立て籠もり、売れない漫画を描き続ける男の妄想が暴走する!
轢き逃げ事件を目撃した女、その女を助けた男、がそれぞれ警官の元を訪れるが、警官は全く取り合わない。隣町の刑務所が巨大竜巻にやられ、受刑者が切り離されたというのだが…。青木秀樹の災害に対する素直なリアクションが、繊細な物語を大胆不敵なパフォーマンスで魅せる。創作という優しい薬と、とことんふざける気持ちがトルネード状になって観客を巻き込み、高揚させる「2011年」の物語。
(フライヤーより)身近な題材から進化に迫る、優しいユーモアをたたえた舞台ー演劇ジャーナリスト 九鬼葉子
20XX年、TOKYO。世はまさに空前の落語ブーム。かつて都内に二つしかなかった落語協会の数は今や百を超え、一億総落語家時代を迎えようとするその影で、一人の師匠が自身の噺家人生にひっそりと幕を下ろそうとしていた……。もうなにもかも冬の時代にMrs.fictionsが送る、高座の上の人生讃歌。
…………今日、目が覚めて、起きて顔を洗ったら、急にあたしこの世の中のことがみんなはっきりしてきて、いかに生きるべきかということがわかったような気がしたの。行けるといいね、きっぱりとこの土地と手を切って。早くいけるといいね。
原作は、当時「出会い」というテーマにこだわった作家としても知られるオフ・オフ・ブロードウェイの若き作家、レナード・メルフィ。1965年の初演を観た寺山修司氏が感激し、日本に持ち帰り紹介された作品。今作は深海洋燈版として独自の視点からこの名作を切り取り新たな物語へと発展させた。繊細な二人の若者の会話が織りなすラブストーリ。希望とは?夢とは?生きるとは?心の奥に秘められた思いが溢れ出る時…そして衝撃の
東京からやって来た妙齢の美人女性客に不動産屋の男が薦めた一軒家は、その界隈でも有名な“お化け屋敷”だった。韓国テハンノで大ヒットロングランとなったコメディ作品「コギ」を、韓国からオリジナル作品の演出家ミン・ボッキを招聘し、日本人俳優とともにリメイクした。
―見えた!見えた! はっきり見えた! 変化が激しく 不確実 複雑で曖昧な ぼくらの未来!物語とコメディの可能性を探ってきた劇団スポーツがお届けする『逆VUCAより愛をこめて』は、自分の将来がくっきり見えてしまった男の人生を描く《未来予知コメディ》
あらすじ櫻井真希(28)は東京で新人ライターとして働いている。ある日、実家大阪の父から中国に住む祖母が亡くなったこと電話で知らされる。この電話をきっかけに、真希が閉ざしていた過去が少しずつ鮮明に思い出されていく。それは、約10年間病気であった母を家族と支え、歩んできた記憶であった。中国で生まれた母の、日本での苦悩。それを理解しきれない家族の苦悩。家族内に存在する二つの苦悩の狭間で葛藤、衝突の中、櫻
【あらすじ】昭和49年、田中角栄は総理大臣を辞任、意気消沈しているところにロッキード事件が襲い、自民党を離党するもなおも裏で権力を操る院政時代が続く。若手の芽が摘まれることに業を煮やした竹下、金丸、小沢が一念発起、田中を裏切る。田中はショックで倒れ、歩くこともままならなくなる。それでも田中の復活を信じる新潟県民はトップ当選というエールを送るのだったが、巨星が堕ちる時は刻々と迫っていた。
日本人が家畜人とされるイース帝国とは何か?皮膚強化装置・尿洗礼・畜人犬 引き裂かれた恋人 麟市郎とクララの運命は? 戦後文学・最大の奇書 謎の作家・沼正三のM文学を月蝕歌劇団がはじめて演劇化
『銀幕迷宮-キネマラビリンス-』は、「幕末太陽伝」「貸間あり」「しとやかな獣」などの作品を残し、45歳の若さで死んだ、奇才映画監督・川島雄三をモデルに、ひとりの映画監督の運命的な死の前日の一夜を描く小松杏里の新作オリジナル作品です。監督カワシマに大鷹明良を配し、陰から妖へと変貌するその妻を美加理が演じ、青白く燃え上がるスクリーンの彼方に恐山の雪景が現出する時、亡霊たちが、闇を引き裂く叫びと共に浮上
劇団衛星のおくる大学の物語・第二弾。会場での参加、リモートでの参加、アーカイブ配信と3通りの参加の方法で、学会の世界をライブ感たっぷりに味わえる参加型演劇作品。架空の「日本超学際教育研究学会」を舞台に、研究者たちの思惑やプライド、研究者でない人たちの思惑や諸事情が、「複雑」に錯綜する、社会派悲喜劇。
人工流れ星「金平糖1.0」を巡る愛と笑いと未来の群像劇人工的に作り出す流れ星を開発したハウトは、人工流れ星に「金平糖1.0」と名前を付けて初披露を控えている。一方、新聞記者の青は自然に人が手を加えることを批判している。そこへオカルト研究会のおバカな高校生二人と、娘を事故で亡くした教師も加わり、運命が交差し、すれ違っていく。年齢も境遇も様々な5人それぞれの運命が、最後には1つの結末を迎える!
ひきこもりとある家族の物語。舞台は、感染症が蔓延した都市。感染リスクから逃れるために地方に移住する人などもいる中、とある場所で夜中に「ひきこもりを治すことができる」と言われる人物に会うために集まった人々が、朝を迎えるまでを描いた物語。
三つの部屋でそれぞれ別の取り調べが行われている。被疑者はそれぞれ「国家公務員」「精米店の女主人」「男子大学生」。どの部屋でも、問い詰める側は「許せない」という「正義」を振りかざし、厳しい追及の手を少しもゆるめない。だが、疑われる側にもまた「なぜ悪い」という言い分があり、こちらにもどうしても譲れない「正義」がある。やがて、無関係だった三つの取り調べに共通する「思わぬ事件」が背後に浮かび上がる。それは
7月28日の夜、大型の爆撃機が数十機飛来しマチを爆撃した。周辺に疎開していた者達は当局から出された通告により帰宅しており、被害を増大させた。爆撃のさなか、迎撃の戦闘機による体当たり攻撃により、一機の爆撃機がムラの山中に墜落。搭乗員は残らず死んだかに見えたが、一匹の鬼が村人・ショウスケによって確保され、獣医・タロウ宅に保護されたのだった。
『私』はどこまでが『私』なのだろう。抜けた髪の毛は『私』ではないのだろうか。種は、いつその親樹の一部ではなくなるのだろう。つぎ木をされた樹木は自分を一本の樹だと思って空を目指して伸びていくんだろうか。まっすぐに空を目指す樹。おそらく自分の都合だけでどこまでも伸びていく。だけども彼の都合で出来た木陰は、私を優しく守る。そんなことを考えるうちに私は深いネムリに落ちていた。【私はあなたのすべても、どの一
弦巻楽団演技講座
年齢・職業・演劇経験の垣根を超えて作品創作に取り組み、本格的な演劇体験ができることに定評のある弦巻楽団演技講座。2020年度2学期は、講座初となるチェーホフに挑戦。揺るがないと信じていたものが失われていく哀愁と人間の愚かさを滑稽に描いた喜劇を、中学生から社会人まで、ダブルキャストで堂々上演。
かつてとても美しかった谷があった。若い恋人たちや旅行者の多くが訪れたその谷は、しかしいつの頃からか若い恋人たちが生まれたばかりの自分たちの赤ん坊を投げ捨てに来る場所となってしまった。それも日に20体、30体という赤ん坊の遺体が投げ捨てられるようになった。あるときふらりと現れてその谷に住まうようになった盲目の老女リントリク。彼女は雨の日も嵐の日もただ捨てられた赤ん坊を拾い埋葬し続けた。最初は彼女の存
健之助、40歳。何にも全然うまくいかないけど、まだまだ頑張って、生きていたい!食べたことない料理(シチリアのやつ)とか食べたいし、なんならモテたい!そんな折、健之助は自分が光っていることに気づく。健之助がいっぱい生きて、ちゃんと死ぬまでの演劇。
芸劇eyes
ある日、2つの家庭のリビングルームが、1つの空間に重なってしまう。1つは1945年、オーストリアとハンガリーの国境付近の村レヒニッツ。空想の旅に出ることが娯楽の三姉妹の家。もう1つは2024年の日本。高齢兄妹、泉縫(いずみ・ぬい)と妹の伊緒(いお)の暮らす家。1945年3月24日に起きた、パーティーの余興として200人のユダヤ人が殺されたという「レヒニッツの虐殺」までを過ごす三姉妹と、現代日本に住
上方落語『地獄八景亡者戯(じごくはっけいもうじゃのたはむれ)』よりともかくこの亡者の連中は、世間ずれしていると申しますか、世渡り上手と申しますか、クレージーといいますか、良く言えばファンキーといえるのでしょう・・・まぁ、閻魔様も手を焼く連中でございます。噺家が、言葉を用いて観客の想像力をかき立て、楽しませる芸であるのとは真逆に、SOUKIはマイムという黙芸で挑む。
「僕は人を救いたいんだ・・・それって恥ずかしいことかな?」フィクションで現実を乗り越え生きていこうとする人々の人情劇。第66回岸田國士戯曲賞受賞作、新演出で堂々の再演。
パワハラが起きてしまった劇団の稽古場とアルバイト先の往復で疲れ切ってしまった青年を主人公に、どうすればそんな厳しい毎日から抜け出すことができるのかを描いた「ハラスメント・コメディ」
火曜日のシュウイチ
地球上の65億人。その中で、とくに何てことのない3人の、それぞれの1時間別に明日のゴハンに事欠くわけでもなく、人生を絶望してふさぎ込んでいるわけでもない。ただ、偶然同じラジオ番組を聴いているという共通点があるだけの、おおむね健全な小市民、3名。街のどこにでも転がっていそうな平凡な悩みごとを抱える彼らが、ラジオを聴きながらの片手間な努力で、まあまあそこそこの幸せを手に入れるのか、入れないのか。。。。
四代目座長生瀬勝久のもと、前年『冬の絵空』で東京本格進出を果たした関西小劇場演劇界の重爆撃機「劇団そとばこまち」による1993年の作品。
荷降ろしの手伝いのため駆り出された拓海は、藍染工房と金魚の展示がある町屋で父のトラックを待っていた。そんな拓海をよそにイベント会社の従業員たちは、自治体から依頼された町おこしのため謎解きゲームの企画を考えるが、いまひとつ良いアイデアは浮かばない。話題はあちこちに転じ続け、居合わせた拓海も次第に打ち合わせに巻き込まれてゆく。僅かな沈黙の後、拓海はつぶやいた。「ねえ、金魚ってなんのためにいると思う?」
椿組2025年春公演
1944年。太平洋戦争真っ只中、偽国(ウェーマン)と呼ばれた満州国、満州映画撮影所。そこでは多くの日本・中国人の若きスタッフ達が働いていた。・・・だが両国の文化と風習の違い、日本人同士の譲れない矜持。とかく事あるごとに彼らは衝突し揉め合い現場はいっこうに進捗しない。そんな中、戦況は刻一刻と厳しくなり撮影現場も次第に戦争の影に覆われていく・・・。果たして映画は完成するのか……若き映画人達の運命は・・
舞台は香港の九龍城砦を思わせるアジアのスラム、あるいは牢獄。ブルースに乗せた血みどろの男たちの生きざまを描くハードボイルド活劇として、不能の時代をブッとばすマシンガンのようにシェイクスピアを〈明るい虚無〉=世紀末に生き返らせる。
STORE HOUSE Collection Excellent Works Vol.4
2018年上演作をストアハウスコレクションに合わせ再考した舞台。東日本大震災の記憶を留めた和合亮一の『詩の礫』は優れた現代詩であると同時に優れた記録文学である。遊戯空間では震災以後、和合の現代詩『詩の礫』『詩ノ黙礼』『廃炉詩篇』などを繰り返し演劇化してきた。当時の絶望感と憤りを鮮明に想起させる言葉の力により、本公演が、3・11の記憶を呼び起こし、現代社会を再考するきっかけとなることを願う。
ポツドール vol.15
『愛の渦』(第50回岸田國士戯曲賞受賞)に続く、「渦」シリーズ第2弾。4つの部屋を同時進行で描くポツドール版ラブコメ。恋人のいない男女を引き合わせるパーティから始まり…。本音と嘘が何重にも交じり合った男女9人の恋愛の記録。
インドはカルカッタのうらぶれた安宿の一室。舞台中央に、このホテルには不似合いに大きいシングルベッドが二つ。クーラーの効かないおんぼろホテルの狭い一室に、鼠のように閉じ込められてしまった2人の男の眠れぬ一夜のお話。有薗芳記と流山児祥による二人芝居。
1988年に発生した巣鴨子供置き去り事件をモチーフに、ネグレクトを受けた子ども達の「その後」を描く。事件当時、メディアで多数取り上げられ映画の題材にもなったことから、ネグレクトが社会問題として認知されるようになった。当時の子供たちが大人になって、今どんな日々を送っているのだろうか。「その時」は話題になる。しかし、当事者たちの人生は「その後」も続く。TAACは、演劇を通して彼らの「その後」に目を向け