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「先の見えない創造」を続ける者の恍惚と不安、二つ我にあり!所詮この世は冥府魔道、ならば唄って歩けよ地獄のハイウェイ!歌とダンス、名優たちによる珠玉の演技で彩る青春残酷物語!!
チェーホフを待つ5人。彼らは時間をつぶすためにコントを始める。しかしチェーホフはやって来ない……チェーホフの初期の一幕物『熊』『煙草の害について』『結婚申込』『余儀なく悲劇役者』をもとに、そのエッセンスを抜き出して描いた作品。
天竺へ向かう途中、三蔵法師一行が立ち寄った海辺の村の小さな孤児院。バケモノの脅威に晒されながらも小さな幸せを守り続けていた孤児院には秘密があった。これは人魚を巡る人間とバケモノの過去を乗り越え心を通わす物語。
昭和18年、戦争の早期終結の為には、軍部独裁を強める東條内閣を打倒するほかないと考えた中野正剛。重臣会議により東條英機を退陣させようとするが、その工作は失敗に終わる。逆に造言飛語、倒閣疑惑により警察に拘留されてしまう。10月26日に釈放されたが、憲兵隊の監視付で自宅で監禁される。憲兵は中野正剛を脅迫、自白を強要し議員辞職を迫る。ペンを折られ、言論の自由を封じられ、監禁された中野正剛。しかし、彼には
ちがう空間、ちがう世界の物語–人と自然が共存する豊かな町・スターシア。まわりを森や山に囲まれた平野部に位置するその町の民たちは、険しい危地を超える術を持たず内部だけでひっそりと暮らしていた。何者にも侵されぬ聖地のように、世界の事を知らぬまま。それはこれからも続いていくはずだった。森の向こうから一人の少年がやってくるまでは。
私は今、映画を撮っています。撮っています、といってもまだシナリオも何も決まっていません。しかしどうせ撮るなら究極の映画を撮りたいと思っています。1000年後も見られているような、究極の映画を。先ほど何も決まっていないと申し上げましたが、名前だけはもう決まっています。タイトルは、「4047」。
1組のカップルが暮らす部屋のリビングに、共通の知人がふいに現れる。彼女が死んでいることを2人はもう知っていて、けれどもそれを迎え入れる。つかの間の再会と乾杯。なぜか、家に帰れなくなったという見ず知らずの他人も後から合流して過ごしていると、生きるものと死んだものの境目が溶け合って、いつの間にか夜が明ける。
1832年5月31日「方程式の代数的解法に関する論文の解析」のガロアは銃弾で死んだ。〈どうかぼくのことを忘れないでくれたまえ。ぼくの名が祖国に記憶されるにふさわしいような人生を運命は、ぼくに与えてくれなかった。ぼくは、君たちの友として死ぬ〉アリス・リデルがその手紙を受け取った。ルイス・キャロル先生!あたしは旅に出ます。
その山と谷の成分を、感情と呼ぶ。雪子の葬儀に、親類や友人は誰ひとり参列しなかった。なぜなら、雪子のアドレス帳に書かれていたものは、すべて架空だったから。そして夫の元には、雪子の綴った日記と自転車だけが残されるのだが、日記帳はなぜか最後のページだけが破り取られており……
松井周が主宰する劇団サンプルの解散公演。「モツ宇宙(コスモ)」という腸の宇宙を世界の始まりと考えるコスモオルガン協会の信者達による、教祖ピグマリオが生まれて死んで復活するまでの宗教劇。 と同時に、放浪し、虐げられる信者達の生活を描く。 彼らの行き着く先に「救い」はあるのか? 人間は神にもなれず畜生にも堕ちきれない。理性からも野生からも自由になれない中途半端な人間たちが、信仰をもとに生き抜いていくサ
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第八次半世界大戦が第八次半世界大戦が勃発している中、燕と人間を合体させた超生物ヒューマンツバメが誕生していた。ヒューマンツバメは空と陸を謳歌し、争いの連鎖から解き放たれようとしていた。長女の夫に国防軍への招集令状が届いたのだ。「ヒューマンツバメになれば徴兵は免れる」ただし、ヒューマンツバメになるという事は人間の記憶をほとんど失くすという事だった。家族のそれぞれが大切な人のことを思い選んでいく物語の
「隅田川 森羅万象 墨に夢」プロジェクト企画
観世元雅によって書かれた室町時代の能「隅田川」を原案に、現代の母親・子供、そのあり方を考える舞台作品。原案で象徴的に描かれる、子供を失くした母親の『涙』を中心のモチーフに置き、同じように子供を失くしても泣けなかった(愛することができなかった)母親を主人公とした。そして相思相愛ではない親子の形と彼らが生活する社会システムを提示し、現代の諸問題を取り上げた。製作にあたり、隅田川、木母寺、隅田宿など物語
火曜日のシュウイチ
まだ御伽噺と現実が地続きだったあの頃。気弱で臆病な青年スタンリーは、幼馴染の親友の窮地に立ち上がる。走り出すスタンリー。親友を助けるために。しかし、極端な方向音痴である彼はあらぬ方向に迷い込んでしまう。そこは、入れば二度と抜け出ることのできない迷いの森。森の出口が閉まるまでの猶予時間はキッカリ30分。果たしてスタンリーは無事に森から脱出して、親友のピンチに駆けつけることができるのか!?
ぐりぐりグリム
ぐりぐりグリムのふしぎな森に、今日も誰かが迷いこむ。楽しいことが待っている。驚くことが隠れてる。ぎらぎら空には太陽だ。どれどれどっちに進もうか?ぐりぐりグリムのふしぎな森で、今日も誰かがすれちがう。いろんな動物が待っている。どこかに魔女が隠れてる。そらそら空にはお星さま。どきどきグリムの物語。さあさあさっそく始めよう
息子を亡くした美緒は離婚協議が停滞する中、母の三回忌に帰省する。遺された母と、祖母の記憶。たどりつくのは果てしなく続く母娘の軛か、それともー。愛媛の歴史ある建造物を背景にした初演から日本最大級の演劇祭「豊岡演劇祭」の劇場空間に合わせて再構成した作品。劇団UZ初の県外上演作品。
劇団創立50周年記念公演Ⅲ
劇団演奏舞台創立50周年記念公演のラストとして上演した本作は、同劇団旗揚げ公演にて上演された同名作品の完全リメイク版。原作は、『ひげよ、さらば』等を世に送り出した児童文学作家・上野瞭氏の同名児童文学。「さむらい」「おとのさま」「山んば」など、飛び交う言葉はさながら時代劇だが、現代社会に生きる私たちに様々なことを考えさせてくれる作品である。
辛くも全滅を免れた「東北バナナン軍団」の臨時幕営では、男たちが飢えに苦しんでいた。戦闘よりもむしろ飢餓で倒れていく仲間たちを救うべく、男は生き残りをかけた東北特産フルーツの生存戦略に身を投じていく…。
錬肉工房結成十周年記念、また新アトリエ杮落し公演として上演。即興性の課題を前面に出し、自在でラディカルな身体の、演技のあり方が探られた。そうした試みの中で、冒頭の場面で、那珂太郎の詩作品の言葉と格闘していた演技者によって初めて、破裂音を伴って分節言語が解体され、言葉の深層の意味生成の、発生の根源的な現場に下降するという事態が生起し、新たな身体=意識=言語の領域が垣間見られた。
SUNA
演劇実験室◉万有引力 第5回公演(再演は第9回・10回・12回・21回・39回・56回)。イギリス、ブラジルツアーも含め、万有引力のオリジナルでは最も上演回数の多い作品。1986年には第40回エジンバラ国際芸術祭にてフリンジ・ファースト(最優秀賞)を受賞。1995年にブラジルに初上陸。この『SUNA』は、「距離」に関わる事物と人間の関係・役割をテーマに、観客と一緒に、劇場空間に巨大都市を持ち込もう
道化を一人従えて、夜毎に荒野をさすらう重ね着の王様。彼は『王様は裸だ!』という子供の声によって、国中の笑いものになり、今は城を追われて隠遁者となった、裸の王様だった。アンデルセンの『裸の王様』とドン・キホーテの物語をモチーフにし、理想と現実の葛藤を描いた作品。第36回岸田戯曲賞受賞作。
熱血の仮面で覆いながら冷たい心で生きて行こうか?クールに決めて内に秘める熱血を育もうか?複雑、多様化する家族の形と構造でゆれるお父さんと家族の物語。
さよならオレンジ版
過去と未来が錯綜する奇想天外なストーリー一話語るごとに一本ずつロウソクを消し、百話を語り終えて最後のロウソクを消すと、恐ろしいことが起こるという百物語。その百物語を語れなかった少年と、結婚を直前に自分は語ることが何もないことに不安を抱く男の物語探しが始まる。過去と未来が錯綜する奇想天外なストーリーの中、果たして男は物語を探し出すことができるのか。
なんでだろう。この部屋が、どうしても嫌いになれない。繁華街に佇むそのアパートの一室は、隣に建った看板のせいで窓からの眺めがまるで見えなかった。毎夜看板の光が色とりどりに揺れるその部屋で、伊野夏子は死んだ。二十歳を迎える少し前に、彼女はしずかに幽霊になった。数年後。そこに引っ越してきた津島一郎に自分の姿が見えていることに、夏子は気付いた。一朗は恋人を持たず、友人も少なかった。夏子は彼を気に入った─約
「街」と「街」の境界が、住民や通行人の多数決で日々変動する時代を描いたSF作品。特徴の乏しい場所はどの街にも属さず、宙ぶらりんの隙間として残されている。その隙間に暮らす文子は、恋人の斎藤から結婚と隣街への引っ越しを提案され、迷っていた。そんな中、空き巣の塩村が部屋に侵入し、私物を少しずつ持ち去っていく。やがて時間の流れと共に、変動する境界は街の隙間さえも飲み込もうとしていた。
かつてとても美しかった谷があった。若い恋人たちや旅行者の多くが訪れたその谷は、しかしいつの頃からか若い恋人たちが生まれたばかりの自分たちの赤ん坊を投げ捨てに来る場所となってしまった。それも日に20体、30体という赤ん坊の遺体が投げ捨てられるようになった。あるときふらりと現れてその谷に住まうようになった盲目の老女リントリク。彼女は雨の日も嵐の日もただ捨てられた赤ん坊を拾い埋葬し続けた。最初は彼女の存
変わったもの変わらないもの現われたもの現われないもの全て埋めてしまおうかほんの少しの間だけ東日本大震災直後の被災地の物語
清姫は、好きになった僧の安珍に再会の約束を破られ、彼を追ううち蛇に変身し、安珍の隠れた道成寺の鐘を巻いて焼き殺す。道成寺は和歌山県に現存し、多くの伝説がある寺。日本人はなぜこの物語が好きなのか? 「今昔物語集」や歌舞伎台本、郡虎彦「清姫」などの戯曲を編み込んだ、現代版のレビュー。
ハンドル名「ヤリタイ」「シタイ」「小夜子」「天涯孤独」の4人が初めて直接会う「オフ会」が近いというのに、シタイからの連絡が途絶えてしまい、ある日、仲間全員にシタイから謎のEメールが届く。指示に従ってヤリタイたちが手に入れたのは、白い粉の入った謎の小瓶……。シタイは何の目的で白い粉を送ってきたのか? シタイは今どこにいるのか? そもそも、白い粉は何なのか? オンラインとオフライン。イメージと現実。生
巌流島の決闘に向かうまでの佐々木小次郎の旅を大胆に脚色した本作は、パフォーマンス性の高い作品作りに定評のあるウォーリー木下が作・演出を務め、関西を拠点にパントマイムの第一線で活躍するマイム俳優のいいむろなおきが出演する、身体表現と映像のコラボレーションで魅せるパフォーマンス演劇である。本作は 2008 年に大阪・HEP HALL での初演後、韓国の招聘公演を経て13 年ぶり
ユニット美人が2012年に半年をかけて上演した三国志シリーズ(全5話)。三国志お馴染みの武将たちを女性が演じる。「命をかけて誰かを守ったことがあるか?」という謎の声にNoと答えた33歳独身会社員の粥見ひとみは、三国志の部屋に閉じ込められてしまう。元の世界に戻るために漫画版三国志を読み込み、10年間の社会人経験を活かして、三国志の世界で誰かを守るために試行錯誤を重ねるのだった。
―見えた!見えた! はっきり見えた! 変化が激しく 不確実 複雑で曖昧な ぼくらの未来!物語とコメディの可能性を探ってきた劇団スポーツがお届けする『逆VUCAより愛をこめて』は、自分の将来がくっきり見えてしまった男の人生を描く《未来予知コメディ》
人工流れ星「金平糖1.0」を巡る愛と笑いと未来の群像劇人工的に作り出す流れ星を開発したハウトは、人工流れ星に「金平糖1.0」と名前を付けて初披露を控えている。一方、新聞記者の青は自然に人が手を加えることを批判している。そこへオカルト研究会のおバカな高校生二人と、娘を事故で亡くした教師も加わり、運命が交差し、すれ違っていく。年齢も境遇も様々な5人それぞれの運命が、最後には1つの結末を迎える!
「人を許すこと」を描いていると言われるシェイクスピア最後の作品。しかし本作で『テンペスト』とは、主人公プロスペローが自分は「許されない」存在であることに気づく過程であり、四大悲劇のドラマの諸要素が静かにちりばめられていると解釈。嵐(テンペスト)はプロスペローの心のうちに吹き荒れる。2015年初演、2018年にルーマニアのクライオヴァ・シェイクスピア・フェスティバルに初参加した記念的作品。
あたしは人の話を聞かない。あたしはあまり謝らない。あたしはたびたび遅刻をする。あたしは秘密を守らない。あたしは、あたしの話しかしない。あたしの癖に。二年前と、何も変わらない。柳瀬真由が夢見るとても幸せな日常と、それとはかけ離れた毎日を、スクランブルさせつつも真正面から捻くれて描く。
創立20周年記念公演「Yamanote7481」3本立てのうちのひとつとして上演。俳優の頭脳と身体を材料に繰り広げられる独特のトレーニング《山の手メソッド》。それをエンターテイメントにまで昇華したのが「jam」。特別ゲストに劇団OB・清水宏氏と落語家・柳家花緑氏を迎え、山の手事情社俳優とのバトルロイヤルが実現した。稽古場のビビッドでゾクゾクするような興奮をたっぷりとお楽しみください。
『銀幕迷宮-キネマラビリンス-』は、「幕末太陽伝」「貸間あり」「しとやかな獣」などの作品を残し、45歳の若さで死んだ、奇才映画監督・川島雄三をモデルに、ひとりの映画監督の運命的な死の前日の一夜を描く小松杏里の新作オリジナル作品です。監督カワシマに大鷹明良を配し、陰から妖へと変貌するその妻を美加理が演じ、青白く燃え上がるスクリーンの彼方に恐山の雪景が現出する時、亡霊たちが、闇を引き裂く叫びと共に浮上
ひきこもりとある家族の物語。舞台は、感染症が蔓延した都市。感染リスクから逃れるために地方に移住する人などもいる中、とある場所で夜中に「ひきこもりを治すことができる」と言われる人物に会うために集まった人々が、朝を迎えるまでを描いた物語。
どうしても欲しいものがあって、でも結局手に入んなくって。そういう経験って、いっぱいあるよね。だけど、その時の気持ちって長続きしないんだよね。いったん冷めちゃうとさ、もうどうでもいいって言うかさ。でもスタイルだけは別。結局去年も手に入らなくって、結局今年も欲しくなる。体に太陽、心に栄養、ハンサムボディーが今年のルール。いろんなもの脱ぎ捨てちゃって、夏を歩きに行こうよ。
アザンシアコント
老若男女未来学園がお届けする、皆様に感謝を伝えるためのコントオムニバス。カメラ、グリーンバック、ディスプレイを用いてリアルタイムにクロマキー合成を行い、様々なシチュエーションの再現を行った。
「世の閉塞感の中でどうやって前を向くか」というテーマの元、現代人の暗闇や想像力の欠如など、現代風俗を鋭く見つめたシリアスな内容で話題を呼んだ「みんなの歌」3部作(2003~2005年上演)を改訂再演し、疾走感あふれる台詞の掛け合いで描く。
東海道中膝栗毛弥次郎兵衛と喜多八の珍道中を新内界のホープ、多賀太夫の弾き語りにのせてコミカルに展開します。本朝二十四孝上杉家の息女、八重垣姫の一途な恋の力が生み出す、奇跡の物語です。
古典作品を未来の設定に置き換え、新たな視点で共感を得ようという試み。本作はシェイクスピア『ロミオとジュリエット』を題材に、500年後の未来を描きます。未だ因縁に縛られたモンタギュー家とキャピュレット家。ある日ロメオは、ごみ溜めの中に捨てられている一体のアンドロイドと出会い一目惚れするが、彼女はキャピュレット家の謹製ジュリエッタだった。
眠れない夜に、僕はよくあの学校の屋上へ行った。いつもそこにはこの町の王様がいた。頑張らなければ生きられない昼間を、生き抜くための答えを求めて、夜の屋上に人が集まる。彼らは町の地図を作り、花を植え、本棚を置き、絵を飾り、町を少しずつ統治していく。王様はただ好きなことをして、この町を好きだと言った。その夜の特別な時間は、いつか終わりを迎えるのだろうか。その時僕は、どうやって昼間の時間を生きるんだろうか
ブレヒトルネッサンス
劇団創立20周年記念公演。明治初年、「お江戸」から「東京」と名がかわった品川の宿。泣く子も黙る大悪党、剃刀左平次を真ん中に、泥棒と乞食と娼婦たちがくりひろげる三つ巴の仁義なき戦い。「金」と「セックス」の栄光をもとめて、最後に笑う者はいったい誰か?黒色テント「ブレヒトルネッサンス」第一弾。
「えっと、一人とばして翔君なの」写真の説明をした人はそう言った。ああ、とばされたのは私。いつも忘れられる……だからなるべく派手な服を着ている。育った環境に強烈に縛られている愚かな家族。鎖から解き放たれていく様子を愉快に描く劇団代表作。
かつて俳優だった男は語る。「俺は演劇を辞めた!」と。しかし彼がそう話す場所は舞台上で、その姿は観客に見られており、それは劇そのものである。彼がいるのは未だに劇の中の…
「背筋も凍るラブコメディ」コロナ禍においても、濃密な会話劇を世に送り出してきた、お座敷コブラの「斯くして」は、背筋も凍るラブコメディ。そして、今作では、ヒロインの「沙織(さおり)」と、主人公に想いを寄せる「美依(みい)」の 2 役を女性 2 名が各回役を入れ替えて、一人の男を巡る愛憎を演じ分け、合計 4 通りの俳優陣による化学反応を楽しめる作りとなっている。
2020年第20回AAF戯曲賞特別賞を受賞した作品。コロナ禍による緊急事態宣言中の2020年の日本を主な舞台に、当時を生きた人々へのインタビュー、ニュース、社会情勢をもとに書かれた50本の短編作品を、長編として編纂したもの。緊急事態宣言中にDV避難を余儀なくされた若者を軸に展開される、コロナ禍を舞台にした群像劇。
不思議な力を持つ謎の少年・喬と少女・鳩子とは?二人をめぐる怪しげな群れの正体は?闇の世界に幻惑の世界が展開される、あまりにファンタジックな竹宮恵子の作品。月蝕歌劇団が初めて演劇化。
海に浮かぶは自然と花の沖縄。その鮮やかさからはかけ離れた、ユニーブル中谷402号室。築35年の湿気雨漏り大歓迎のお部屋に、女の子が2人住んでいました。2人は貯金箱を持っており、大切に貯金し合っていました。ある日、2人でゲームをやる事になりました。しかしそのゲームが思わぬ方向に行き、大喧嘩になってしまいました。人間だから言えないこと。人間だから言いたい事。だけど、女子だからおかしな争いになってしまう
「都市」を「砂漠」に置き換え、「都市」の行く末を見つめ続けた、如月小春の鋭いまなざしが結晶した作品。
北村想が「空」をテーマに書き下した“砂漠と隕石のラブ・ストーリー”小劇場の実力派が集結し三都市連続公演‼
出世を目指す男たちの物語。計略、嫉妬、世辞、卑屈、憎悪が渦巻く。この巨大な渦はどんな想いも飲み込むのだ。鉄は国家なり。文明の母なり。産業の米と言われていた時代があった。小人は合従連衡を繰り返し、巨人へと変貌。その巨人をもっと強く逞しく大きくするために。今日も私たちは胃に穴をあけながら働く。学閥、派閥、閨閥、そんな閥と罰の世界。なぜ私たちはここで上を目指すのか。それはそこにすごいものがあるからだ。た
男は理想郷を探して彷徨い、人々は野生を求めて山を経巡る。京都を拠点に創作を行う劇団・烏丸ストロークロック。2011年の東日本大震災を契機に、日本人の自然観に大きな影響を与えたと考えられる山岳信仰を題材に選び、仙台での滞在制作といくつかの短編劇創作を経て、2018年に誕生した『まほろばの景』。ロームシアター京都と東京芸術劇場にて上演し、話題となった初演後、さらに東北地方の神楽や修験道に関する現地取材
幕末—大坂。『鬼小町』根岸さつきは、江戸の道場を守るために政略結婚。嫁ぎ先は、『天才』と呼ばれた刀剣研ぎ師、平井平十郎。しかし、平十郎は「刀を見るのも嫌になった」と隠居同然であった。昼寝ばかりの平十郎にさつきは武士失格の烙印を押す。夫婦間は冷えきり、さつきは何とか平十郎に刀を握らせようと奮戦するのだがー。時を同じくして幕末—江戸大坂ー江戸間を往復する飛脚、通称三度飛脚。その卸問屋、『さくら屋』に新
現代演劇レトロスペクティヴ
平凡な男の部屋にふいに9人の家族が侵入してくる。善意に満ちた笑顔で隣人愛を唱えながら居座り続ける彼らに、男の婚約者や警察さえも説き伏され、男の存在が次第に危うくなっていく…。戯曲として初めて谷崎潤一郎賞を受賞し、現代社会の特殊な人間関係を照射した傑作戯曲。
一書に曰く、闇に覆われた神代の時代。磐戸にひきこもった太陽神アマテラスの魂をうつつの世に引き戻したものは、俳優(ワザオギ)の元祖アメノウズメ。そのオカメな若い女神が、逆さ桶の上で即興で演じた、ハレンチかつステキなバカ踊りだった。これが日本の演劇のはじまり。そしてこのワザオギの子孫を、どういうわけか猿女(サルメ)と呼ぶ。サルメの血は、いつの時代も踊り続ける宿命を負う。今この時代にも。サルメは生きてい
舞台は全面、激しく急な斜面。それはリビングの床だ。その家に一人、また一人と家族が戻ってくる。どうやら家族はバラバラに暮らしていたらしい。集まった家族は激しく傾いたその床にテーブルや椅子を釘で打ちつけ、重力に逆らい、滑り落ちそうになるのを堪えながら、なんでもないことのように団欒の準備を始める。誰かを待っているのだ。やがて最後の家族の一人が現れる。それは友達を殴って「傷害致死」で少年院に入っていた末の
現代社会に生きる人間はほとんど、誰かの思想による誘導や影響を受けていて、無意識のうちに「規範/ルール」という在り方の中を生きている。街の構造や建築物ひとつをとっても思想が現れ、人々はそれを自然と受け入れながら生活していく。ゆるやかな誘導や構造設計が、支配へと変わっていく道もあるのではないか。それはすでに小さな単位で生み出されているのではないか。誰かを操作することは快楽なのだろうか、権力者はその力に