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筒井潤+新長田で踊る人々
『新長田のダンス事情』のプロジェクト・コンセプトは「新長田で踊る人に会いにいく」、2009年4月に始動した継続プロジェクトです。稽古場訪問やインタビューを基盤に、数々のイベントを盛り込みながら、リサーチと実践を往復します。2013年に5年目を迎え、3名の演出家、振付家、現代美術作家らが「新長田で踊る人々」と出会いながら、新たな舞台作品をつくる試みを始めました。今回はその中で筒井潤との試みを中心に、
「カルメン」のオペラ台本はメリメの原作とは大きく異なる。メリメはドラマの外部に視点(旅する学者)を置いているのである。私はその語り部に重点を置き、語られた物語の"物語"として、他に類を見ない、唯一無二のNoism版「カルメン」を創作したいと思う。(金森穣)
(フライヤーより)演劇・舞踊・音楽・美術・写真などの新しい作品創りをめざす若者がジャンルをこえてコラボレーションを試みるために集まりました。かつてベルギーのムードラで活躍し、現在ダンサーとして国内の各バレエ団やダンスカンパニーで活躍している鬼才・中村しんじがエディット・ピアフの〈愛と死〉をモチーフに作品創りをはじめました。一人のバレリーナを通して浮かびあがってくるわれわれにとってのピアフとは? 小
泉勝志が折田克子に振付けたソロ作品。泉は折田のエモーショナルでウエットでリリカルな自己の感情を主観的、情緒的に表現する能力を見事に引き出した作品に仕上げた。
<輝かしき開拓者> 一世の開拓者の日に焼けたたくましい体、鋭いまなざし、白い髭、これまで見たことがない人間の姿に出会ってまるで優れた芸術作品を目の当たりにしたようだと衝撃を受け、その労働者たちの美しい働く姿を活かした作品を創作した。<よろこびの歌> 弓場農場へ到着した時の感動を小原明子がナレーションで語り、続けて「太陽が暑いから」「ヤマの仲間達」「よろこびの歌」とヤマ(弓場農場の通称)のテーマ曲(
(フライヤーより)舞踏から出発し優しく過激な新しいDANCEを求めて活動する注目のUNO=MAN。今回の新作ではおとぎの国の裏話とでも呼べそうな不思議なメルヘンを描きます。
朗読×ダンス公演
朗読とダンスで綴るストーリー仕立ての舞台公演。ある中学生の少女はすすぎ雨により自身が周囲から嫌われている存在である記憶を忘れることができ、しばらく幸せな日常を過ごしたが、大人になり再び人生に行き詰まる。そこへ怪しい女が現れるが、それは未来から自分を救いに来た自分自身であった。不幸をもたらすのは忘れたい記憶自体ではなく、その経験を受け容れて自身を改善しようとしてこなかった自分自身の弱さであるという教
(フライヤーより)見慣れたはずのものが未知のものに感じられ見た事ある風景が見た事がない風景に変わるときそれがJamais VU(ジャメビュ)それがダンス
1970年春学期、カリフォルニア州立大学フラトン校で教えていた邦正美の尽力により、同校に舞踊学科が新設された。本作は、舞踊学科としての初公演で発表された邦の新作。空間の変化が主題となっており、「空・動・至福・苦悩・瞑想・環境・休止・空」という8場面構成、66分の作品である。映像はおそらくドレスリハーサルの一部で、「動・至福・苦悩・瞑想」を収録している。元々は5月7日~10日に上演予定だったが、学生
苦悩し、自由への脱出を決行する女の行動をテーマに、その心情を踊り上げる芙二三枝子のソロ作品。1962年初演。テーマは駈込み寺である鎌倉の東慶寺にちなむ。遠藤琢朗のテキストを鶴澤燕三の作曲で現人間国宝の竹本住太夫(当時は竹本文字大夫)が語り、「古井戸、道、ひでり、雨、風、雪」という場面展開を踊った。本映像は1968年3月の芙二三枝子創作舞踊公演で上演された時のもの。
夕日を浴びて畑から馬車に乗って帰宅する少女たち、威勢よく滑走するたくましい少女たちの姿に感動とインスピレーションを受けた作品。1961年にユバ農場に入植した小原明子が弓場農場で創作した最初の踊り。
(フライヤーより)1990年代後半、時代の要請を背景に花開いた〈バニョレ〉をキーワードとして2002年夏、第1回ダンスビエンナーレTOKYOを開催しました。〈バニョレ〉を、目指し、通過し、去りゆくものと捉え、次代のダンスの道を模索する試みでした。世界の各地から多くの才能が集まり、多くの作品が時代に訣別を告げていきました。灼熱の大地に、猛吹雪の大地に、緑あふれる大地に別れを告げて〈10,000年の旅
邦楽 華麗なる技
邦楽の「技」と通じてその楽しさを堪能するシリーズ。唱え(台詞)・所作・音楽が一体となった楽劇「組踊」は、「聴くもの」といわれるほど音楽が重要です。とくに琉球語による独特の発声法と節回しによる唱えと歌に焦点を当てて、再構成した「語り組踊」をお届けします。出演 歌三線 新垣俊道、仲村逸夫、玉城和樹、平良 大 箏 宮里秀明、池間北斗、笛 入嵩西 諭、胡弓 森田夏子、太鼓 久志大樹 立方 佐辺良和
(フライヤーより)むかし、北の国の沼のほとりに、つるの母子がすんでいました。ある日、母つるは、巣立ちの日の近い子つるを残して、餌をとりに出かけて行きます。そのすきをねらって、山のふもとの狩人二人が現われ、子つるをさらって行ってしまいます。都の大臣さまの命令をうけてやってきたのです。やがて巣にもどってきた母つるは、そのあたりの様子から、子つるがさらわれたことを知り、半狂乱になって、子つるを探しにとび
タイトルの「憶の市」とは、記憶や意識下の時間を示す。多くの人間がおりなす時代、その背景となる歴史、人間の瞬時のエネルギー、解明し尽くせない自然と人間の神秘的な部分などを、オリジナリティーあふれる現代的なタッチで表現した舞踊作品である。
SUNA
演劇実験室◉万有引力 第5回公演(再演は第9回・10回・12回・21回・39回・56回)。イギリス、ブラジルツアーも含め、万有引力のオリジナルでは最も上演回数の多い作品。1986年には第40回エジンバラ国際芸術祭にてフリンジ・ファースト(最優秀賞)を受賞。1995年にブラジルに初上陸。この『SUNA』は、「距離」に関わる事物と人間の関係・役割をテーマに、観客と一緒に、劇場空間に巨大都市を持ち込もう
平成25年度沖縄県伝統芸能公演 組踊が2倍楽しくなる鑑賞教室
プログラム・組踊抜粋舞踊「女特牛節」 踊り手:山城 亜矢乃・組踊抜粋舞踊「高平良万歳」 踊り手:伊佐 幸子、与那嶺 綾子・ダイジェスト:組踊「二童敵討」を楽しむために 解説:知花 小百合・組踊「二童敵討」〈あらすじ〉阿麻和利(あまおへ)は、天下を取るため邪魔者であった護佐丸(ぐさまる)を首里王府へ嘘偽りを告げ、攻め滅ぼします。残された護佐丸の息子・鶴松(ちるまち)と亀千代(かじみゅう)は、父の敵で
『夏の名残のバラ』は、金森穣が、舞踊家として円熟期を迎えた井関佐和子の在り方にインスピレーションを受けて生まれた作品。2019年「森優貴/金森穣 Double Bill」にて『シネマトダンス―3つの小品』の中の1作品として初演。舞踊家とは如何なる存在か。そして舞踊家が齢を重ねるとは如何なることか。舞踊家の生き様をご覧ください。
てのひらをしたへ向ければ我が下あり手の甲は自由にならぬところかななか指にしばらく水を飲ませけり俳人 阿部青鞋は体の部分を詠みこんだ句を多く残している。五七五の形で保存された言葉は踊られる日を密かに期待し、じっと待っていたかのようだった。詩によって体を日常との膠着状態から引き剥がし、改めて眺めてみる。青鞋の句を五十句、ダンススコアとして構成し踊るデュオダンス作品。
エリック・サティの「梨の形をした3つの小品」を使用し、口をあけて食べる仕草を振付に入れながらも絵画的でロマンティックな作品に仕上げている。
多摩美シアタープロジェクト びびび vol.1
上演芸術の最前線で活躍するアーティストでもある教員と学生によるカンパニーが始動!舞台はアートマーザーの邸、寝室。約束の雨の夜、アートマーザーの一族が集結する。一族は皆、芸術家。アートマーザーは芸術的に眠ることを望んでいる。一族は協力しながら、歌ったりお話を聞かせたりして、アートマーザーを芸術的に眠らせなければならない。アートマーザーを納得させる大人守唄を一族は生み出せるのか━。
本作品は1967年に寺山修司が主宰する演劇実験室「天井棧敷」の旗上げ公演として上演されました。寺山作品初期に見られる母子の愛憎、寺山自身と母との確執をモデルに描いた作品となっています。B機関は演劇と舞踏の融合を目的として舞踏家の点滅が2016年から2023年まで主宰した演劇舞踏ユニットです。本作品は2017年に上演されたその第二回公演となっております。
タビネズミは異常発生が起こると集団で移動し、時に河などで大量死するという。これは繁殖を適正に調整する淘汰の一種との説をも生み、人類の文化史観に影響を与えている。作品はタビネズミにおける死の舞踏を描く。異常発生の中、突如、舞踏狂が巻き起こる。盲目のネズミ(若松)を除く全群が乱舞し、嬉々として川に飛び込み溺死する。佇む盲目のネズミ。一転、人間に変身。場面は街角。傍らを、幼児の手をひく妊婦が通り過ぎる。
ダンスオーラルヒストリー
古い舞踊記録映像を見ながら、直接の関係者が体験を語るダンスオーラルヒストリー。本作では、1951年から邦正美に師事し、1959年に独立して札幌市に舞踊研究所を開設、その後、94歳の今(2026年1月)に至るまで現役の創作舞踊家として作品を発表し続けている能藤玲子が、邦の代表作「黄色い時間」について語る。邦が指導した「舞踊身体育成法」の内容や、作品創作に関わる邦の姿勢など、直接指導を受けた者ならでは
(フライヤーより)1992年にはじまった〈日韓ダンスフェスティバル〉は韓日の共通点と差異をともに受け止め、同時代に生きる若い芸術家の課題や問題点を切り開いてきた歴史があります。もちろん道のりはまだまだ続きます。この遥かな道のりに新たな風を起こし、国は違えど相通ずる個々の内なる姿を鮮明にし、21世紀のダンスの現場を構築していきたい…。そんな思いで、一時中断されていた〈日韓ダンスフェスティバル〉の名称
1986年スパイラル ESPACE AVENTURE『ダンスの季節の女たち』第2夜:黒沢美香公演で上演した(初演 1985年 俳優座)ラジオの国民的体操をモチーフとした作品。ーーースパイラル ESPACE AVENTURE『ダンスの季節の女たち』について スパイラルホールは劇場であり、ギャラリーであり、倉庫でもあり・・・つまり、どんな風にも使える空間です。 スパイラルでは、舞踊によってこの空間へ挑
伝統舞踊である日本舞踊でもコンテンポラリー・ダンスの要素を取り入れる試みなどは行われてきたが、表層的な混合に終わることが多かった。例外的に二代目花柳壽應は、正統の日本舞踊を修めながら、モーリス・ベジャールの『ザ・カブキ』のアドバイザーを務めるなど、コンテンポラリー・ダンスにも造詣が深く数々の成果をあげてきた。今回の「ボレロ」の振付は、壽應の弟子として古典舞踊と創作舞踊の両面で薫陶を受けてきた花柳源
(フライヤーより)アメリカからヨーロッパへと発信されたダンスは、いま様々な国で受信されて同時多発な演舞をはじめた。まるで21世紀のダンスシーンを予感させるように‥‥‥…。この〈DANCE SESSION 21〉の新シリーズも受信だけではなく、21世紀へ向けてダンスの発信基地にもなるべく、内外の若い振付家に開放された基地です。世界のダンス・コレオグラファーがその素晴らしい出会いを求めて集う「バニョレ
(フライヤーより)あなたの忘れていた「自画像」をお返しします。
ダンスの歴史にフォーカスをすることでダンスの「継承」と「再構築」の2つの視座からプログラムを構成した公演「ダンスの系譜学」で発表された酒井はな出演の2作品。(共同製作:Dance Base Yokohama、愛知県芸術劇場。2021年10月に愛知県芸術劇場にて初演)世界中のバレエダンサーが踊り続けてきたフォーキン原作による『瀕死の白鳥』を、日本を代表するダンサーの酒井はなが、演劇作家の岡田利規と取
明治ニ十六年に、九世市川團十郎により初演された歌舞伎舞踊。大奥のお鏡曳きの余興に、小姓弥生が手獅子を持って踊るうち、獅子の精が乗移り、獅子の狂いになるさまを描きます。前半では、石橋の物語を中心に、川崎音頭、飛騨踊、二枚扇の踊りを経て、手に持った獅子頭に引かれての花道の引っ込みなど、後半では胡蝶の精をあしらって長い毛を振る豪快な「狂い」「髪洗い」などが見どころとなっています。
Noism0+Noism1 ディアギレフ生誕150周年
「東西文化の融合」を20年来のテーマとしている金森穣が、オペラ『蝶々夫人』に影響を与えたともいえるピエール・ロティの小説『お菊さん』をもとに新たに台本を書き起こした上で振付。ストラヴィンスキーの「結婚」で踊る舞踊家たちは全員人形として描かれ、ロティが描写(蔑視)する日本人を隠喩している。Noism×鼓童「鬼」と同時上演され、本作品も「鬼」をテーマとしている。
柿崎麻莉子、小暮香帆、中村蓉の3名からなる「MOSA」による若手育成の「月面着陸プロジェクト」における前半期のまとめとして、2022年1月以降に開催してきた3回のショーイング(絵本を題材にした「穴のあいた人たち」、様々な場・音楽との「即興」、演技に挑戦する「工藤祐次郎を踊る」)など、これまでに取り組んできた演目からの抜粋シーンを「総集編」として上演した。同時に、MOSAによる新作も発表。本映像では
1936年から1945年までをドイツで過ごし、マリー・ヴィグマン、ルドルフ・フォン・ラバンに師事した邦正美が、語りと実演とでモダンダンスとはなにか歴史的に俯瞰する形でわかりやすく紐解く。邦舞踊研究所の所員による実演は原始時代の踊りから世界のモダンダンサー達の踊りまでを含み、邦がドイツで学び日本で完成させた舞踊のための身体作りの基礎「舞踊身体育成法」や、代表作「黄色い時間」から<最後のカテゴリー>と
(フライヤーより)猛スピードで時代を駆け続けるダンスから見れば、時代は星虹(スターボー)なのだろうか?はじきだされた饒舌はやがて暗黒の磁場へと旋回し重力を失う。時代がダンスを要求しているのではなくて、ダンスが時代に別れを告げるとき、壮絶なダンスのパレードも旋回し始める。1966年早春のダンスコレクション 饒舌と静謐 旋回と浮遊 記憶と忘我 光と演奏 いま東京ダンスコレクション されど東京ダンスコレ
折田克子は稀にみるオリジナリティを有した現代舞踊の作家である。新作「タオ」は、79年作の「憶の市」にみられた儀式性を、開かれた場に移している。人間の内側のメカニズムと内在するドラマを、ダンサーと振付者の作業のなかで、外容化し顕現する。それらの交叉するコアで起こり得るものの探索である。タオは過去に記憶をもった異端者達に古代の夢を見、精神を未来に開く。(公演プログラムより)
(フライヤーより)3つのダンスで奏でるグリム幻想曲(ファンタジア)'85年と'86年は、グリム兄弟が生誕してからちょうど200年目。兄弟の「グリム童話(メルヘン)」は、今や子供から大人まで広く親しまれ、国を越えて世界中に愛されています。夢・ロマン・笑い・残酷・皮肉・愛・エロティシズム……。グリム・メルヘンは人間そのものの息吹と言えます。ところで、今回の「グリムふぁんたじあ」は、このグリム・メルヘン
同人五人で作り上げた新作作品。冬から春へと移ろう季節の中で、地中から芽を出し、真っ直ぐと成長していく「つくし」の様子を表現する。「雪」「風』「太陽』「つくし」の四部構成となっている。凛とした自然の美しさ。つくしにちょっかいをかけるいたずらな娘心。春の訪れを陽気に知らせる、それぞれの妖精たち。最後は鮮やかな春を迎えて、芽を出したつくしが喜びを祝い、賑やかに舞い踊る一曲。
身体の中は小宇宙であるとよく言う。 エネルギー体である 私、あなた、社会、自 然、宇宙、 電子エネルギーにより、 それぞれが細かく振動する事 によって共鳴し合って世界の バランスを保っている。 そういった物理学の観点からモーション (動き)とエモーション(感情)、そしてそれ が世界にまで共鳴して 行くことを提示し た作品。かつて生きていた人、生活。肉 体は滅びても エネルギー体は滅びずにこ の地球
(フライヤーより)心ウキウキ・心あったか・とびっきり楽しいエンターテイメント・メルヘンの、今年のお・は・な・しは?―プリンさんの住む街にまたまた事件が起こった!「あやつり時計」がぬすまれたのだ。こりゃ大変だァ!犯人は……謎の忍者、くの一カゲロウか?いやいや、ご存知、日本一の大泥棒、忍者の猿飛ゴンスケだ!そこで、トンガリぼうしの魔法つかいのプリンさんと、ボクらの味方、服部ヤルゾウ、そして、こども達が
1982年11月に実施された白虎社のインドネシアツアー記録。ジャカルタ、バンドン、ソロ、ジョグジャカルタ、バリ島で「秘鳴の森」を上演した。ガムランやレゴンダンスなど地元のアーティストとのコラボレーションも行い、音楽は松尾泰伸が巡行先の音楽家と共同作業した。このドキュメントでは公演準備や公演映像の他、バリ舞踊を踊る少女達など現地の人々の様子も収録、加えて大須賀勇の解説も挿入されており、白虎社の求めて
ダンス、音楽、演劇、ミュージカル、そして降り注ぐ言葉のコラボレーション…多様な表現方法のコラージュで、あなたの“感覚”に触れるManhattan96 Revue第5弾!何を考えているのかちっともわからない隣人である「植物」をモチーフに、「想像力」について考え、現代をレビューします。夢の果てから時間の向こう、はたまた心の裏表まで、滑稽で愛おしい世界の姿を想像する、自由な旅のはじまり。
「地球には重力があるらしいんよ」フクダカズコ...1982年、愛媛県松山市で元同僚ホステスを殺害。犯行後、5459日間に及ぶ整形逃亡劇を繰り広げ、1997年、公訴時効成立21日前に逮捕された女。決して実録ではない。地球という檻に幽閉された女の実存が、重力の中を彷徨い、戯れ、抗い、逃亡を図る。東京・下北沢の小劇場B1にて2021年初演の『ビコーズカズコーズ』を大幅に再構築し、生まれ変わった<完全版>
振付家のジェローム・ベルと、タイ伝統舞踊家のピチェ・クランチェンが芸術的実践について互いに問い掛け合い検証する舞台『ピチェ・クランチェンと私』のアイデアをトレースする。舞台芸術の新たな価値を直向きに探究する[小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク]。演劇を通じて、人間と世界の虚実入り混じった仕組みを表現するユニット[サンプル]を主宰する劇作家・演出家・俳優の松井周。出自、創造性、世代など、あらゆ
若手バレエダンサーを中心とした著名ガラ公演の第4回目。4回目の開催となり、本バレエフェスティバルは東京の夏の風物詩としてバレエ関係者の間で定着した。1989年1月末に第17回ローザンヌ国際バレエコンクールが青山劇場で開催されたことを受け、第4回青山バレエフェスティバルでは同コンクール上位入賞者6名が「1989年ローザンヌ国際バレエコンクール開催記念特別プログラム」を踊った。1989年のローザンヌ国
「オノマトペ(擬音語・擬態語)」とは、短く簡潔に伝わりやすい感覚的な音と言葉の間のような存在。そんなかわいくてマンガ的なオノマトペが溢れる世界で、身体と言葉を使って多角的な視点から様々な表現方法で遊びます。ダンスにコントに即興での客席との共同作業に。ユーモラスな発想のオムニバスから一転、戦争の愚かさとその後に生まれる人々の希望も描きます。オノマトペを使った教育利用普及も視野に入れた画期的な作品です
(フライヤーより)円形劇場にあつまったみんなが、花のお江戸へタイムトリップ!熊さん・八っつぁんの案内で、こどもたちの歌や踊りをみたり、富くじですてきな景品をもらったり、はらはら曲芸にチャレンジしたり……、お祭り気分で江戸体験をお楽しみ下さい。
ブラジルで6月に全国各地で行われる伝統のお祭り(収穫祭)からインスパイアされた作品。若者からダンスのレッスンには普段はかかわっていない年配まで参加しており、どこで上演してもブラジル人に親しまれる作品。
(フライヤーより)12000年前、南太平洋に絢爛たる栄華を誇ったムー大陸があった。物語はムー大陸から200kmほど離れた小島、澄んだ海に椰子の木々が影を落とす楽園、緑島を舞台に展開する。
尾竹永子ソロプロジェクト「A Body in Places」
尾竹永子は、1976年からニューヨークを拠点にパフォーマンス・デュオ Eiko & Koma(エイコ&コマ)のひとりとして活動し、アメリカを中心に多くの国で高く評価されているアーティスト。2014年から開始したソロ活動でも注目を集めている彼女の「A Body in Places」プロジェクトが初めて日本で実現した。東日本大震災から10年を経た東京の上野エリア(上野駅、東京文化会館、仲通商店街など)
振付家・コンテンポラリーダンサーとして日本のダンスシーンをリードしてきた平山素子、三味線の新たな未来を切り拓く若きパイオニア本條秀慈郎、アイヌの伝承音楽ウポポを唄う床絵美。相異なる3つのジャンルで活躍する3人のコラボレートにより立ち上げられる、新作音楽舞踊劇。アイルランドの詩人で劇作家のW.B.イェイツが能楽に想を得て執筆した戯曲「鷹の井戸」に出てくる“不死の水”をモチーフに、夢幻の世界を描き出す
天狗伝説が語られ、義経が修業を積んだ場として知られる京都・鞍馬山。平成30年9月4日に発生した台風第21号は鞍馬に多大なる被害を与えた。道を塞ぐ「倒木」をモチーフに、倒れてしまった命を起こしていくダンスパフォーマンス。無数の段ボールは、積まれて崩れるを繰り返す。”鞍馬の火祭”を劇場に巻き起こし、魂の踊りで命に火を灯す。自然の猛威という人間を超えたスケールの基盤に、身体で対峙する代表作を東京
ワハハ本舗全体公演
この公演企画としては、シェイクスピア劇専門の旅一座として結成された「青空シェイクスピア座」が、紆余曲折を経て、殿堂のグローブ座で公演が打てるようになった物語を、漫才やダンスやパフォーマンスを劇中劇にふんだんに盛り込みショースタイルありの構成で、一座の奮闘劇を描いた作品です。シェイクスピア作品のタイトルや登場人物をモチーフにワハハ本舗ならではの表現スタイルが楽しめます。
英国の振付師アントン・ドーリンに「こういうものは観たことがない」「この踊りのためにバッハは作曲したのではないか」といわしめた。それが石井みどりのブランデンブルグ・コンチェルトである。石井みどりのこだわりであるリズムの取り方、「溜め」(リズムの裏をとること)から動くこと、「盗み音」があること、「動中の静であること」、これは日本の伝統的な音のとりかたでもある。本作はこれらを象徴する石井みどり作品の代表
(フライヤーより)異文化の対峙と交流!日本人作曲家がシャーマニズムを主題に作曲し、フランス人たちが舞台化するサウンドスケープ。
北村明子はアジア各地を深くリサーチする「Cross Transit project」を展開してきたが、本作は「日本とアイルランド〜中央アジアへと発展していく長期国際共同制作」である。北村を含めた7人のダンサーの動きは、高度な制動と繊細な表現、そして刃物のような鋭利さに満ちている。人が営む生活の身振りにはその土地の文化が織り込まれているが、それらをダンスに取り込むことで観客の記憶に働きかけてくるよ
バルトークの「案山子王子」に基づいて創作される、箱入り娘と無職のゲイジツカ(ニート)の物語。2人は仮想空間で出会い、現実空間で傷つけあい、宇宙空間ですれ違う。彼らの心(箱)は行くあてもなく、理想(箱)と現実(箱)の間を彷徨う。表層と内実、映像と記憶、世間と個人。自らの意志と"見えない意志(知能)"に翻弄される人間の物語。(金森穣)
Baobab Re:born project
国内外のさまざまなフェスティバルに参加し、数多くの単独公演を開催するなど、注目を集めてきたダンスカンパニーBaobabの真骨頂的レパートリー作品を映像化。映像のはじめから中盤にかけてはドキュメンタリーテイストの内容で、団体を主宰する北尾亘と演者のダンスにかける想いを紐解いていく。後半パートでは閑散とした羽田空港のロビーを舞台に、既存のジャンルに捉われない、リズミカルで独特な躍動感のある群舞が繰り広
南の島。波の音・・・恋人同士の歌「トバリャーマが聞こえてくる。いよいよ女座長率いる旅の一座の幕が開く。突然眠りかけていた「あの時代」が呼び覚まされる・・・「いちゃりばちょうでー」とは出会えば皆兄弟、仲良し主義の意味。島の言葉だ。「アンマー達のカチャーシー」「朝未来」「風のユンタ」など沖縄を舞台にした作品を東演のために紡いできた謝名元慶福氏。92年の「アンマー達のロックンロール」以来の新作書き下ろし
本作は、芥川龍之介の短編小説「桃太郎」(1924年発表)を基に、伝統舞踊の視点からこの物語を舞台空間作品として再解釈する試みです。鬼たちが持っていた架空の伝統舞踊を創作し、舞踊の継承と断絶を可視化することで、文化や身体表現の在り方を問いかけます。