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毎日の迫り来る「暇」とどう対峙するかのみにそのエネルギーの全てを費やし過ごした青春の日々。それは極めて純度の高い不毛でありかつ最大級に豊かな時間だった。今になって振り返ればの話。ここ最近はなんだかすぐにくたびれちゃう。大好きな悪口を云うエネルギーさえままならない。そんなわけでもっかいあの頃の黄金の不毛を 取り戻そうというのがこの劇です。灼熱の八月、午前0時 ぼくは一体の死体と出会った
能楽堂という「宇宙」。無限=夢幻の時空間で〈音の河〉に洗われる心と身体。初期作品から遺作〈エア〉まで、ショート・ピースのなかから、この場と身体を意識したプログラムと演奏形態、ベストの出演陣でおくるレクイエム。邦楽器、映画音楽、シアター・ピース、ミュージック・コンクレート、ピクチュア・スコア、書かれた言葉を折り込み、武満徹とともに漕ぎだす時間(とき)の遊泳。
病気が流行して四年。流行り廃りなんて四年もあれば、ほとんどなんでも廃れるもんだけど、病気は未だ廃れない。特に酷かった二年目の冬。一緒に暮らしている人がいることだけが救い。ある日、一緒に暮らしている人が「これからは糸電話で話そう」と言い出した。同じ家に住んでいるのに私たちの距離はどんどん開いていった。私は不満だった。私は不安だった。ここ数年で溜まりに溜まった、鬱憤の話。
「ごめんよみんな。どうしてなのかは知らないけれど、涙がいっぱい出 てくるよ。けれど何度も立ち上がる。不思議な力がそうさせる。心のかたすみに急に生まれたこの気持ち……ごめんよみんな」少女パコ(志村玲那)が手にした絵本「ガマ王子対ザリガニ魔人」は、意地悪で金持 ちの老人・大貫(吉田鋼太郎)の人生を大きく変えてしまい……。ダメ人間だけれど愉快な入院患者ばかりの古びた病院で、サマークリスマスにもたらされた
鐘下辰男の「tatsuya-最愛なる者の側へ」(第42回芸術選奨文部大臣新人賞を受賞作)を流山児★事務所が1992年の新鋭劇作家シリーズとして「改訂決定版」と銘打ち新宿タイニイ・アリスで上演。高度成長の日本で実際に起きた19歳の少年による連続射殺事件「永山則夫事件」をモチーフに全共闘世代の青春の表と裏を描く。貧しい家庭に育ち不良グループの一員となったタツヤ(有薗芳記)が転職を繰り返しながら、米軍基
「精神鑑定医と患者と、その患者にしか見えない男」「落ちぶれて留置場で再会した2人の元ライバルのボクサー」といった、2つの筋を1本の糸で結ぶ女「えみ子」と、「時計屋と女房」「医者と看護婦」「悪魔と魔女」「ボクサーと連れ子」「刑事と本部長」らが、怒涛の展開の連続を巻き起こす。
舞踏アーカイヴプロジェクト
舞踏が舞踏と呼ばれる前、「舞踏ゼロ」の時代から活躍してきた齢80を越えるアーティスト3人の足跡を辿る。能楽師・清水寛二を案内役に、彼らの部屋に招かれているような空間で、本人の語りや映像上映、若手のパフォーマンスで過去を現在と未来へ繋ぐ。及川廣信は3か月後、大野慶人は7か月後にこの世を去った。
深い闇の中に、鋭く射し込むスポットライト。魂に響くヘンデルの名曲と台詞。苛酷な運命に操られる若者たちの悲劇を、幻想的な美しさと、力強いタッチで浮かびあがらせる。ワレリー・ベリャコーヴィチが世界を驚かせた魔法の演出!!天才演出家ワレリー、凄艶華麗なる剣幸、そして、抜群のアンサンブルで魅せるピッコロ劇団、ついに“劇突”。
どんな苦しい時代でも、それをはじき返してきた民衆の力、とりわけ子どもたちは “あそび” の中で文化を再創造し、今に繋げてきたのではないでしょうか。“岐阜”という土地から「遊び、地域、文化、人間」をベースに、様々な遊びをわらべ唄で繋ぎながら、最後には民話を脚色した「はなさかこぞう」を三味線語り芝居でおおくりします。加納の和傘、美濃和紙、岐阜提灯など岐阜の人々がつくり出した技に包まれ、昔を懐かしみ
地下鉄のホームで電車を待っていた裁判官・徳丸 透 (トクマルトオル) は、15年前に捨てた息子・春 (シュン) が向かいのホームに立っているのをみつける。春の眼が見えないことに気が付いた透は、赤の他人を装い近づき、「一緒に住まないか」と誘う。一度破綻した親子の、二人暮らしが再びはじまる────。
相愛橋のある横丁で傘屋を営む「おちょこ」は修理を頼みに来た客の「石川カナ」に恋をした。いつか彼女に「メリー・ポピンズの傘を持たせる」という夢を描きながらロマンチックな気分にひたるおちょこだが、瀕死の状態のところをおちょこに助けられて以来、傘屋に居候している檜垣は、カナがかつて人気歌手の子どもを産んだ挙句にショッキングな出来事を引き起こした張本人だと気づく。カナをめぐって次々と湧き上がる謎。おちょこ
一人の女をめぐり、男二人が命を懸けて闘う、愚かしいほどの愛と衝動今の時代に圧倒的に足りない、“生身の人間の熱量”を舞台上から浴びることができる、情熱的な演劇作品。 本作はスペインの伝説的劇作家、フェデリコ・ガルシーア・ロルカによる官能的な名作悲劇である。実際に起きた事件を元に1932年に執筆され、翌年にロルカ自身の演出によりスペインで初演、同年にアルゼンチンでも上演された、ロルカの3大悲劇の 1
話題のプロジェクトから飛び出したフレンズ達が、舞台のジャパリパークに出現!!オリジナルストーリーで展開した2017年6月の公演は「おもしろーい!」と大好評!昨年11/29にはDVDとサウンドトラックCDも発売されたこの舞台が、再び帰ってくる!なんと今回は新曲(サウンドトラックに収録)も追加され、更に「たーのしー!」世界になること間違いなし!再びキュートなアニマルガール達と一緒に、どったんばったん大
自らを「をどるばか」と呼んだ石井漠。9.5ミリフィルムの映像が残されている石井漠作品「グロテスク」(1925)を、プロジェクト大山流にリコンストラクションする。プロジェクト大山色全開の衣装にも注目したい。大野一雄フェスティバル2013参加作品。
ソノノチ ランドスケープシアター
向こうのほうから 風が吹いてくる。そこにずっとあったもの、立っていたもの、流れていたもの。建っていたもの、聞こえていたもの、営まれていたもの。それらのあいだを通るとき 見えない姿を少しだけ 感じとることができる。わたしたちは 長いあいだ それらを待っていたような気がする。タイトルの「かざまち(風待ち) 」は船が出航する際、順風を待つ様子を指します。きっとこれから、もっと世界がよくなるように。
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日本を代表する劇作家で童話作家の別役実が、「西遊記」を下敷きにして、2005年にピッコロ劇団に書き下ろした奇想天外なファミリー劇場『飛んで 孫悟空』。兵庫と東北、ともに震災を経験した地域どうしの演劇を通した交流を発展させるため、仙台で活躍する俳優4名を客演として招いて製作、2014年8月、ピッコロシアター、いわき芸術文化交流館アリオス、日立システムズホール仙台(仙台市青年文化センター)で上演。
『不眠普及』あらすじある日突然不眠症にかかった女は、それが性感染で罹患してしまう、新しい病であることを知る。どうやら治療法も開発されていないようだ。そのことを社員旅行で偶然知った、女の会社の同僚である東雲は、女を宗教団体の教祖へと祀り上げ、世界を革命しようと目論む。女を騙して監禁し、やがて薬漬けにし、次々とそこに男の信者を送り込み、無限の性交を強要する。女は発狂寸前のなか、体力の限界で気絶する。
きたまりは、2021年より太田省吾の戯曲をモティーフとする創作を続けている。太田独特の劇言語に潜んでいる揺れ動く身体性。さらに多様な楽器の生演奏との相互作用により、新たなダンスを切り拓こうとする試み。『老花夜想』(21年)、『棲家』(22年)に続くシリーズ第三弾は、謡曲「卒都婆小町」などを下敷きに書かれた日本現代演劇の画期をなす戯曲『小町風伝』をもとに、現存する最古の能楽堂・大江能楽堂にて「沈黙の
大野一雄全作品上演計画第5回公演。1990年5月、イタリアのクレモナ市立ポンキエッリ劇場の委嘱作品として初演された。クレモナの工房を訪ね、樹木の選定から一挺のリュートが作られる工程を見て、日本人の自然観「花鳥風月」に想いをはせた作品。
KIRIN DANCE NETWORK
オーストラリア・アデレード在住のリー・ウォーレン、山口市在住の宇野萬。1996年第一回の日豪ダンスコラボレーションの出会いから10年、共に50代半ばを迎えた日豪のベテラン振付家が奇しくも3年前同時期の病から復活。松尾芭蕉の「奥の細道」を改めて紐解き、「月日の旅、百代の過客」を、両国での滞在制作を経て、ダンス、映像、衣裳、音楽のコラボレーションとして繰り広げる。
青年団若手自主企画vol.86
1980年東京、フミエ、アヤ、コウは父親なき後もそれなりに暮らしている。ある日、コウと連絡が取れなくなる。洞窟を訪れ、ヘビに出会い、姿を変えられたコウ。2019年東京、タナベ、ナツミの元には連絡の取れなくなっていたヨシカワが突然現れ、山に行こうと言い出すが。40年前、40年後の世界が同時進行する、同時多発SF郷愁ロードームービー演劇。
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この物語は、子どもの頃に児童養護施設で育った関谷兄妹、悠太・千沙が子ども食堂を立ち上げ、自分たちの人生のなかで芽生え、抱えた苦労や苦悩、小さな幸せ、そして社会との対立や葛藤を描いた現代劇である。
作品ノート:お座敷のふすまの向こうのお庭のむこう無効のなみだは誰に 降
ゲーテ・インスティトゥート東京開設60周年プログラムの一環として開催された。土方巽の伝説的作品「バラ色ダンス」(1965)をキャンプの視点から読み替え、21世紀のバラ色ダンスプロジェクトとして、あふれ出るイメージの狂宴を三日間にわたり繰り広げた。ゲストパフォーマーに、日替わりで木部与巴仁、川村浪子、砂山典子をそれぞれ招いている。また公演同日に関連鈴木章浩キュレーションによる映像上映プログラムを行い
優柔不断で頼りにならない映画監督、人の迷惑かえりみない完全主義者の女性キャメラマン、険悪な仲の二人の主演女優、そして文句の多いエキストラ…、助監督は切れかかり、制作助手は孤軍奮闘…。映画撮影現場の出口が見えない、笑いと涙の人間模様。
その川には、龍の女が住むという。舞台は在りし日の東京。川や土と共に暮らす日々のあった頃。氷屋を営み、その財と力で名を馳せたある男と、その一族の物語。その年の氷の味は、初雪の色と龍の機嫌で決るらしい。川面を清める桜を待って、冬の星座が雪を降らす。梳いた黒髪、銀の帯、結んだ小指のその先に。「雪の白さに惑わされてはなりません。冷たく見えても、その下には、抗えないほど赤い血潮が隠れているのでございます。」
近未来、夏。高原のサナトリウムには、不治の病におかされた患者たちが多く入院している。 下界から隔絶されたサナトリウムの面会室で、死を待つということの意味が、ゆっくりと流れる時間の中で 淡々と語られていく。 患者たちとそこを訪れる面会の人々や医師たちとの死や時間に対する観念の差異を浮き彫りにしながら、軽 妙な会話を交えて、サナトリウムでの何も起こらない静かな午後が描かれる。
日本の近代戯曲の父とも言われる岸田國士(きしだくにお)が、1925年に文藝春秋に発表した短編戯曲。ユニークポイント版は舞台を病室に移し、夫が過去を振り返るスタイルで上演した。
金権政治家、棚岡格兵衛をやっつける爆笑喜劇!!「ロッキード疑獄事件」を題材に、田中金権政治の内幕を風刺するこの上演は、マスコミにも大きく取り上げられて爆発的な人気を呼び、田中角栄の地元新潟ほか各地でも上演した。飯沢匡と青年劇場の出逢いの作品。
あらすじ:世界から神々が姿を消し始め、地上に取り残された魔界の生き物たちは謎の伝説の森に棲んでいました。人間の母と魔界の王の間に生まれた少女シイラは木の精ガワンと共に、この森を守って暮らしていましたが、最近森の様子が変わってきました。村では『輝きの泉』が赤く染まりました。それは、恐ろしい伝説の『竜のとぶ冬』がくる前兆です。さて、シイラは『竜のとぶ冬』をくいとめることが出来るのか……?
進路に悩む美大生、僚太、朝利、板垣。三人はひょんなことから、1908年のウィーンにタイムスリップしてしまう。そこで出会ったのは、ウィーン美術アカデミーの受験を控えた青年、アドルフ・ヒトラー。彼らは未来を変えるため、ヒトラーの受験をサポートすることに。けれどヒトラーにはまったく絵の才能がなくて――果たして三人は、ヒトラーを独裁者でなく画家にすることができるのか?!人類の未来をかけた絵画レッスンが始ま
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
アンモナイトの爪番外編
「奇妙な物質のささやきⅡO」と題された、様々の舞踏家達による日替わり連続公演の一演目として上演された本作は、石井と大森のソロとデュオとで構成される。ソロパートは即興舞踏に重点を置いて自在に展開し、デュオパートもきっかけの申し合わせのみで進行した。緩やかな、また即興性が高い構成の中で、それぞれが他者の肉体といかに混ざり合えるのかを試みた。
1985年に起きた日航機墜落事故を特異な発想と批判的な笑いで描きながら、そこに深い鎮魂の思いをこめた作品。事故から半年後に初演。リアルな形で事故が再現されるわけではなく、虚実の間を縫いながら物語は展開。ラストシーンは衝撃的で、茶の間の壁が一挙に反転し、機体の破片とがれきがなだれ落ち、御巣鷹山の事故現場となる。安全な日常そのものの茶の間が、非日常の事故現場に直結していることを示す。
松下洸平主演、戦時下、音楽を通じて絆を結んだ人々の葛藤と夢を描いた、上海を舞台に繰り広げられるドラマティックな群像劇。激動の歴史の渦の中、音楽で響きあう人々の情熱を、高い歌唱力と演技力のキャスト陣が熱演、服部良一の楽曲を始め、当時の名曲も堪能できる絢爛豪華な音楽劇
トヨタコレオグラフィアワード受賞者公演
2010年トヨタコレオグラフィアワードにて「次代を担う振付家賞」を受賞し、その受賞者公演として2011年シアタートラムにて初演された作品。以降のプロジェクト大山作品においても根源的テーマとなる「生命力」を、独自の身体性や音楽、衣装などでユニークに表現した。以下作品ノートより「シャイネス アミーゴ つつしんで わたしからの ビームもじゃもじゃにつつんで おくるから
金もない、女にもモテない、さえない葬儀屋の主人・早川は、女房に仕事も家庭も夜の営みもダメだダメだと攻められてばかり。そんな早川のもとに、美しい女が現れて、自分は“死神”だと名乗るのでした。美人過ぎる死神の名前は“ロロ”。ロロは早川に金儲けの話を持ちかけます。死神が寝込んでいる病人の枕元にいる時はその患者は死ぬけれど、足元にいれば病人は助かる、死神を追い払う呪文を教えるから、金持ちの病人を助けて金儲
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
ひきこもりとある家族の物語。舞台は、感染症が蔓延した都市。感染リスクから逃れるために地方に移住する人などもいる中、とある場所で夜中に「ひきこもりを治すことができる」と言われる人物に会うために集まった人々が、朝を迎えるまでを描いた物語。
海に分断され、八つの陸地に分かれた“いつかの日本”。最も小さな島に住んでいた民族“バンチ”は労働力として本土へ連れてこられ、割り当てられた小さな居住区に住んでいた。それから数十年が経ち差別も偏見も薄れ、その存在自体が人々の記憶から消え始めた頃、バンチは絶滅しかかっていた。最後の子供たちは、バンチ色の眼をカラーコンタクトで隠して、今日も居住区の外を歩く。“自分の居場所はここじゃない”と感じる人たちの
第二次世界大戦末期、日本の刑務所で、ある看守が殺された。新任の若い看守が殺人犯の捜索にあたる。殺された男の服のポケットには一編の詩が入っていた。その詩を書いたのは尹東柱(ユン・ドンジュ)、刑務所の囚人だった。男はなぜその詩を持っていたのか?誰がなぜ男を殺したのか?韓国の国民的詩人として愛される尹東柱の最後の日々を想像力豊かに描いたイ・ジョンミョンの小説を、日韓の演劇交流を続けてきたシライケイタ氏の
プロジェクト大山と田上パルによるダンスと演劇のコラボレーション。1940年に上演された『日本』三部曲に想を得て制作された作品です。1940年は、アジア初となる東京オリンピックの開催が計画された年です。しかし日中戦争の長期化によりやむなく中止されます。その一方で、この年には皇紀2600年を祝う様々な記念行事が催されていきます。第一線の舞踊家達が賑々しく集う『日本』三部曲もそのひとつ。平和の祭典が中止
幽霊達の駅・京都駅地下鉄清水線。その十二番出口にあるコインロッカーのことを、兄弟は『母』と呼んでいる。二人は十八年前、このロッカーに捨てられていた赤ん坊だった。閉鎖していく幽霊の駅を舞台に、生きる者と死んだ者の「駄々」を描く群像劇。
「ここ」と「そこ」の隔たりについて。電車の中で起こる無自覚な身体と短い会話のコラージュを用いて無関心や無自覚の暴力性を扱った作品。
1985年8月に起きた日本航空機の墜落事故を特異な発想と批判的な笑いで描きながら、深い鎮魂の思いを込めた作品。初演は1986年。家族が夢中になって見入るテレビから、インタビューから逃れて事故の生存者であるCAが飛び出してくる場面を皮切りに、日航がコマーシャル界に復帰する撮影現場など、虚実の間をぬう奇想なドラマが展開。やがて現代の表層的な戯画である茶の間の光景が、事故で失われた人々のかけがえのない生
韓国戯曲朗読まつりオセヒョク 3部作特集
韓国戯曲を日本で広く紹介することを目的に、第一弾として、現在韓国で人気の作家、オセヒョクの作品を一気に3作品上演。本作品は、清水邦夫の『楽屋』からインスピレーションを受け、続編として執筆された。空っぽになった楽屋にやってきた解体業者たちと、1人の女優の物語。韓国では連続公演として上演されている。
ある日、チキン南蛮は過食嘔吐癖のある加奈子に吐かれ、無念から地縛霊になりました。友達のいなさから発狂しそうになった加奈子はインコを飼い始めましたが、相手は鳥。そうそう思い通りにいきません。そんな中、初めての彼氏が出来ました。これは依存症の女の子とチキン南蛮の地縛霊とインコとプレイボーイが出て来る、チキン南蛮を消化するまでのお話です。
あらすじいなくなった親友にそっくりのヒサダさんに出会うカップル。夫がいなくなり、姪と暮らしている女、近所に住むおばさん。日常がちょっと変に歪んでいく、ふたりの遠出。遠くに行きたいけど、行けない。今いる場所に、かつていた場所が重なっていく。これは都市生活者冒険譚である。
難病を患っていた少女・そら。少女の看護師でもあり個人教師でもある時枝。二人は列車に乗って行くあてのない旅に出た。その旅はひどく破天荒であり、幻想的であり、可笑しく、切なく、明るいものであり、暗闇と光の射す方を行き来する旅路であった。そして、二人は一体どこにむかうのか。
人狼 ザ・ライブプレイングシアター #35:
言葉を尽くし、千変万化の物語をアドリブで紡ぐライブ・エンターテインメント。脚本はオープニングのみ。俳優はパーティーゲーム「人狼」のルールを用いて、人間 vs 人狼の戦いを即興で繰り広げる。多種多様な世界観があり、本作品では地球をめざす宇宙船の中で、4つの種族が種の存亡をかけて戦う。13名の中に潜む3匹の人狼を、人間は処刑できるのか?繰り返される昼と夜が、手に汗握る人間ドラマを描き出す。
NPO法人ダンスボックスのプロジェクト「こんにちは、共生社会」から生まれたダンスカンパニーMi-Mi-Biは、障害の有無に関わらず、プロフェッショナルなアーティストの集団として活動している。今作はカンパニーの2作目。兵庫県豊岡市で開催された豊岡演劇祭の公式プログラムに招聘され、「島」をテーマに上演した。それぞれの身体や感覚を生かしながら新しい文化を創造し、歴史を築いていく様子を「島」に例えて表現。
「ヒーロー×九州×演劇=最強」時は2XXX年。封印されていた禍々しき神・マガツが復活した。未曽有の大災害を引き起こし、九州を恐怖に陥れるマガツ。その最中、長浜馬介、菊池開、甘夏みかんの3人は“龍神”より、かつて九州を救った戦士「九州戦風カミカゼバイト」へと変身する力を与えられる。果たして、カミカゼバイトはマガツの脅威から九州を守ることができるのか。劇団ZIG.ZAG.BITEが送る新たなヒーロー誕
金がない、仕事もない、家庭もないし、未来もない!弟夫婦に世話になりながらのらりくらりと糞溜めのような日々を過ごしていたおじさんが「あの娘」と出会うことで始まる、恋に落ちるおじさんと、落とした「あの娘」と、落ちていたおじさんたちとのハートウォーミング・ラブ・サスペンス・ストーリー!
『ガリレイの生涯』のなかでブレヒトは、民衆の知性・理性への熱い信頼を謳っています。しかし、理性とは真逆のものにとりつかれた民衆がナチスを支えた時代、ブレヒトはどんな思いでこの戯曲を書きあげていったのか。「真理が自分を守るのに弱すぎる場合は、攻撃に移らねばならない」とブレヒトはガリレオ・ガリレイのい語らせる。このことばがぼくらのグループを震撼させる。グループのひとりひとりに対してさまざまの衝迫力で問
英国の小さな田舎町で平穏な年金生活を送っていたジムとヒルダの老夫婦。ある日突然ラジオから戦争勃発を伝えるニュースが流れ、ジムは大慌てで政府発行の“戦争に生き残るための手引き”と首っぴきで室内用核シェルターを作り始める。ヒルダの方は戦争など他人事、ひたすら家事に夢中でどっちが勝つと思う?など呑気な話をしている。二人にとって戦争といえば第二次世界大戦の思い出だけで核戦争の実感は少しもないが、政府のいう
白虎社結成十周年+南方熊楠没後五十周年記念企画〈伝染するメディア〉シリーズ三部作Ⅰ天の巻
博物学者・南方熊楠のマルチメディア的好奇心に支えられた天地創造神話。1984年初演。1988年の第一回東京国際演劇祭では、50度にはなろうかという大テントの中で、「目的完成を欠いたこれほどの愚行は世界広しといえども、白虎社以外にはないだろう」(「別冊太陽 60’s~90’s」1991年平凡社)という舞台だった。本映像は、白虎社結成10年を記念して、その野外編として神奈川県藤沢市、熊楠も住んでいた和
“きたるべき世界はファンタジーからしか生まれない。”名作『モモ』につづく、ピエロの「ジョジョ」の物語。解散の危機にゆれるサーカス団に、巨大化学工場から“おいしい”話がもちかけられた。ただし、一座から少女エリを追い出すという条件付き…。現実を受け入れるか、大切なものを守るためにたたかうか――悩むピエロのジョジョや団員たち。けれど何も知らないエリはいつものようにお話をせがむ。ジョジョが語りはじめた恋と
ひろい世界の中の 星粒のような わたしの在り処(ありか)一番大きな面をまず、草原と、鳥たちの群れのラインで分離する。ところどころに、小さい花を散りばめる。上から順に色の名前を言う。また、音楽を添えてみる。いつか夢で見た場所と照らし合わせる。その中をそっと、歩いてみる。