表示件数
TRASHMASTERS vol.34
とある町の、台風による水害に苦しむ地方の、公民館。その日も台風は勢力を保ったまま接近していた。そこには青年団のメンバーが、祭りの開催について協議するために集められていた。祭りの開催から、災害対策、人命の格差まで話は及び、会議は紛糾する。やがて会議は終わり、解散したのだが……付近で土砂崩れが発生し公民館は停電、町の中心からも孤立する。そこに、土砂崩れに巻き込まれた青年団員が運び込まれてくる……
舞踊とは非言語表現である。だからこそ好きに発言(表現)できると思ったら大間違いである。社会的意味を持たない言語だからこそ、より観客の想像力に訴えかける言語(踊り)でなければならない。饒舌である必要はない。沈黙を恐れてはならない。人間(観客)には、聞こえない言葉を聞き取る能力があるのだから。(金森穣)
この作品は、灰谷健次郎の「太陽の子」を、2019年にイッツフォーリーズがミュージカル化した作品です。1975年の沖縄と神戸を舞台に小学六年生の“ふうちゃん”の目を通して人々の心の交流を描きます沖縄復帰50周年にあたる2022年。沖縄は問題を抱えたまま、50年という年月のみが過ぎていっています。この節目の年に、「人間の本当の優しさとは何なのか」という、灰谷健次郎が生涯問い続けたテーマを音楽と笑いに包
茨城県M市。納豆と梅くらいしか誇れるものがない『そこ』に住む男と女。女は心臓の病を抱えており、出産は禁忌だが、子を宿してしまう。その、十月十日と、5年後のお話し。
ナイロン100℃ SIDE SESSION SPECIAL
ドイツの放送作家、ギュンター・アイヒによって1950年代に書かれたオムニバス放送劇『夢』。その中から舞台用にアレンジ可能と見なした3編を選び、オリジナルで書き下ろした3編を加えて上演。何十年も止まらない列車に閉じ込められて暮らしている家族の話『列車』、ある三流小説家が死の世界を経験する『死』など、6話6様の悪夢が繰り広げられる。「ナイロン100℃」史上初めての、笑いが一切ない作品。
MANKAI STAGE『A3!』
2.5次元ミュージカル/舞台
スコットランドの王位簒奪を目論むマクベスは、マクベス夫人と共にあらゆる裏切りや陰謀を企て国王ダンカンを暗殺し、王位に就くも、その猜疑心と暴政により自らの身の破滅を招くのだった。結城座では1982年の初演以来幾度も再演され、代表的なレパートリーの一つとなった作品。1986年のベオグラード国際演劇祭では特別賞を受賞 するなど、「結城座のみが演じ得るマクベス」として、海外でも高い評価を受けた。
ワハハ本舗全体公演
「ザッツエンターテインメント」という往年のハリウッドミュージカル映画の名場面ばかりを集めた映画があります。2006年に行われた今公演では、ワハハ本舗結成から誕生した数々のダンスショーやパフォーマンスを構成し、ワハハ版「ザッツエンターテイメント」として企画されたものです。ワハハならではのお客様参加型の演目も散りばめられていまして、十二分にワハハ本舗のエンタメ力を堪能できる内容となっております。
-
厚木シアタープロジェクト ネクストステップ第9回公演劇団扉座第65回公演
昭和12年9月。浅草のレビュー小屋。 そこから突然姿を消した座付き作家・菊谷栄(有馬自由)は、いま、青森から満洲へ出兵しようとしていた。座員たちの最後のメッセージを届けようと、北乃祭(横山結衣)は故郷・青森へと向かう。祭が届ける、その伝令とは――?
小説家を志して、芸大に進学した千夏と、縫製工場で働く母・昭子。決して裕福ではないが、笑いの絶えない母娘の二人暮らし。その裏には、小さなわだかまりが横たわっているが、そこに触れないことが暗黙の了解となっている。あるとき、昭子の会社に中途採用でやってきた木村からの提案で、サーカスを観に行く約束が交わされた。ひょんなことから、千夏の幼馴染で、密かに思いを寄せる光輝と、昭子の同僚で、千夏が憧れる女性、透子
突如現れた「アレ」によって避難指示区域となった街。高校二年の春から、かれこれ二十年引き籠もり続けるニシダ君はわずか十日で出産する謎の女ミクニとともに「軍隊作り」に着手する。そんな中、妹サチコは自分たちを捨てた父と密かに文通を始めるのだった。消えゆく風景と記憶。遠くの教会から届く鐘の音が呼び起こすのは、母が語った福音書―。伊豆野眸「家族三部作」の第二章。
(フライヤーより抜粋)「リトル博士」は、動物の言葉をなんでも喋れる動物学者。世界中に旅をして、いろんな動物たちと話をしてきました。そんなリトル博士のところに、日本の小学生から一通の手紙が届きます。
1888年、フランスアルル地方。ゴッホが画家の共同生活場所・創作拠点として作った【黄色い家】に集ったゴーギャン・スーラ・シニャックらは、喧嘩を繰り返しながらも互いを高め合い、親交を育んでいた。そこに、主人を喪ったメイドのアルルが【黄色い家】の戸を叩く。「知られてはいけないが残さなくてはいけない」絵を描く為に。各々が自らの想いを乗せて筆を走らせる中、変化していく想いと時代と環境に翻弄され続ける画家た
(フライヤーより)「夏の夜の夢」おれはキューピッドの矢が落ちた場所を目にとめておいた。それは西方の小さな花に落ち、純白であった花びらも恋の傷にいまは真紅に染まった。乙女たちはその花を「恋の三色スミレ」と呼んでいるそれを摘んでこい、いつか教えてやった花だ、その汁をしぼって眠るものの瞼に注いでおくと、男であろうと女であろうと、目が覚めて最初に見たものを夢中に恋してしまうのだ。「十二夜」あら、早まっては
(フライヤーより抜粋)明るくていつも元気いっぱいのプリンさんは、昼間はただのケーキ屋さん、でも夜になるとホーキにのって夜空をかけめぐる魔法つかい。ある日、トンダはかせがプリンさんのもとに相談にやってくる。自分の作ったタイムマシン・トキジロウにのって、サッカーが大好きな小学6年生のアキオが、30年前の世界に行ってしまったのだ。
この作品のキッカケは、バッタ研究者によるベストセラー『バッタを倒しにアフリカへ』。バッタが気になり始めた「んまつーポス」の3人が興味をもって調べたところ、日本には445種ものバッタの仲間がいて、イソップ童話「アリとキリギリス」のキリギリスもその1種だった。将来に備えることの大切さを説く「アリとキリギリス」において、キリギリスはアリから「夏には歌っていたんだから、冬には踊ったらどうだい?」と言われる
作品ノート:男の日常は滑稽にして、そのうちに秘めた力はかり知れず。けれども日常は往々にして男を狂わせ、非力は非日常を作っちゃた。浮世は画面でボーダーショウかよ。こら!地球の男共は阿呆。すべからく日常は逆転しちゃったようで、いやはや愛はどこへ?・・・ラブアンドピース。
シェイクスピアの恋愛悲劇『ロミオとジュリエット』とプロコフィエフの音楽をもとにした、金森穣創作の劇的舞踊『ROMEO&JULIETS』。Noismの舞踊家に加えてSPAC-静岡県舞台芸術センターの俳優が出演。舞踊家達の雄弁な身体と旋律のように言葉を操る俳優の身体が、対峙しながらも重層的に鳴り響く。その先に現れるのは、舞踊でも演劇でもない「劇的舞踊」でしか描けない“ロミオとジュリエットたち”の物語。
(パンフレットより)こんなにも嘘めいてしまった世界のなかで書を捨てよ町へ出ようという響きについて表現という、それ自体が許されない時代が現在。訪れるかもしれない気配がするのだもしかしたら、なんにもないかもしれない外側へ。内側のいろいろを置き去りにして町に点在する作品という名の場所と時間にどうしてそこにひとは辿りつくのだろうかそしてなぜそこに立ち止まろうとするのか所詮、そこはだれかがつくった場所と時間
野坂昭如の長編小説「エロ事師たち」(エロごとしたち)をミュージカル化。スブやん、実は酢豚の略。豚のように逞しそうでも、どこか儚く悲しげな風情に由来するあだ名で、戸籍上の姓名は今は公安のみぞ知る。そもそもエロ事師の生業の始まりは、大阪は森宮で文房具屋の親父が声をひそめて言ったあのひと言。どこぞで春画を手に入れてくれへんか。これはもうスブやんにとっては天の声。もはや宿命的に足を踏み込み、写真、本、媚薬
山中に住居を構えたある夫婦。猟期には、くくり罠で鹿や猪を捕獲、小さな畑で野菜もつくり、出来るかぎりの自給自足生活を目指した。娘は、幼い頃から当たり前に山で暮らしてきたが、徐々にこの生活に違和感をもち、また、周囲から「モモンバ」と呼ばれる母のことも嫌で、ついには山を降りて一人で生きていくことを選んだ。iakuの最新作は、親が形成した「家族価値」と、そこに縛られた子の生き方を見つめる。
CREATIO ATELIER THEATRICAL act.01
舞台は蛙の世界。人間の投げ込んだ石が陰謀ではないかと騒ぎ出す蛙たち。アオガエルはアカガエルと戦争をしていて、大量の捕虜が幽閉されていた。デモプリ党なる保守政党はアカガエル国家と理念を同じにしているカプリ党の謀略とすることによって、カプリ党の党勢を削ごうと画策する。おりしも、アカガエル国家の捕虜を帰還させようとする運動のころ、カプリ党の党首がアカガエル国家に「立派な理念を持ったアオガエルにして帰還す
(フライヤーより)トンガリぼうしの魔法つかい、プリンさんのもとに、アメリカのチャックとサリーからSOS⁉「お願い、すぐにアメリカに来て!」二人の住む町で、凶悪な銀行強盗ビリー・ザ・キャットがあばれまわっているのだ。チャックは「拳銃を持たせればアメリカで一番」と評判のブルドッグ・ホリディに弟子入り。ビリーと決闘だ!場所は、町はずれのサボテン牧場。はたしてチャックはビリーに勝てるだろうか。心配するパパ
ある出入国在留管理局で、外国人が死亡した……。留学生であった彼女は、体調不良になり仮放免による外部の医療機関への診療を求めていた……。何故、彼女は入管内の医療機関で診療されたのか。入管内部の実態に、ある記者が迫る……。
演奏舞台51年目の挑戦!完全新作オリジナル。[あらすじ]東京郊外。季節は春だというのに、孫の読書感想文を一生懸命 手伝っている元高校教師・源三。彼を尋ねてきたのは かつての教え子だった、斉藤順二。大量の原稿用紙。『羅生門』。散乱する肌着。些細な会話から次第に紐解かれていく事実。どこにでもあるような、どこにもないような、 小さく淡い、一個の家族の物語。
「なあ、お前誰だよ?」惑星アイドル「CHaCK-UP」の定期ミーティング。来月に迫ったライブイベント「E.T.L vol.6」に向けて、皆が意欲を燃やしている。リーダーのアマミヤは首をかしげた。知らない男がひとり混ざっている。「誰って…ミナミじゃん。なに言ってるの?」メンバーの目が一斉にアマミヤを見つめた。何が起こっている?ミナミは?俺の知ってるミナミはどこだ!?「なんだよ、お前ら本当に忘れちゃっ
手塚治虫生誕90周年記念公演日本劇作家協会プログラム
百鬼丸物語 ~あらすじ~天下麻の如く乱れた戦乱の世のこと。コソ泥のどろろは、川に浮かんだタライの中に美しい刀を見つける。タライの中、もうひとつの包みには、のっぺら坊の赤子が入っていた。驚くどろろに、どこからともなく声が聞こえてくる。心で語りかけてくるという「声」、独りでに動く刀「百鬼丸」。父・醍醐景光は、天下を取るという野望をかなえるために、生まれてくる我が子の身体を、48匹の魔物に与えてしま
公園での偶然のめぐりあいが、その男の人生を変えた!運命の恋のお相手は…犬だった!?「ラヴ・レターズ」の名匠A.R.ガー二―のオフ・ブロードウェイヒット作日本初演となった「シルヴィア」。福田陽一郎演出+豪華キャスト陣によるマンハッタン発のハートフルなラヴ・コメディ!
ギリシャ悲劇「バッコスの信女」(エウリピデス作)のテーマや構造を大胆に咀嚼し現代版として描かれた新作劇。一見ふつうの主婦、人工授精によって生まれた獣人、去勢された犬、雌ホルスタインの霊魂たちによる合唱隊(コロス)が歌い上げる音楽劇。現代を彷徨う魂が奏でるドラマが、ヒトと動物の境を揺さぶり、私たちの秘めた欲望を刺激する。
若手バレエダンサーを中心とした著名ガラ公演の第4回目。4回目の開催となり、本バレエフェスティバルは東京の夏の風物詩としてバレエ関係者の間で定着した。1989年1月末に第17回ローザンヌ国際バレエコンクールが青山劇場で開催されたことを受け、第4回青山バレエフェスティバルでは同コンクール上位入賞者6名が「1989年ローザンヌ国際バレエコンクール開催記念特別プログラム」を踊った。1989年のローザンヌ国
巌流島の決闘に向かうまでの佐々木小次郎の旅を大胆に脚色した本作は、パフォーマンス性の高い作品作りに定評のあるウォーリー木下が作・演出を務め、関西を拠点にパントマイムの第一線で活躍するマイム俳優のいいむろなおきが出演する、身体表現と映像のコラボレーションで魅せるパフォーマンス演劇である。本作は 2008 年に大阪・HEP HALL での初演後、韓国の招聘公演を経て13 年ぶり
漫画家・美術家である、しりあがり寿が本格的に「劇作」に取り組んだ2017年の話題作。戦国天下取りの最大の合戦:桶狭間の戦いの前夜、未来のオケハザマの予知夢に悩む今川義元にスポットを当て、戦を避けつつ運命に吸い込まれてゆく、人の葛藤、歴史の皮肉を描き高い評価を得た。演出:流山児祥、音楽:坂本弘道、映像:浜嶋将弘、客演に山像かおり〈西瓜糖〉、井村タカオを迎え30人を超える大殺陣のシーン、映像とのコラボ
イッツフォーリーズメンバー総出演によるコンサート。誰もが知っているナンバーから、あまり知られていない名曲まで、コーラスを重んじていたいずみたくの曲を新しいアレンジで、時には熱く、時にはクールに、時にはリズミカルに歌います。ミュージカルナンバーからCMソング、歌謡曲まで、新たらしい切り口でお届けします。ゲストに、いずみたくの一番弟子である今陽子を迎え、イッツフォーリーズとのコラボで見応えのあるステー
(フライヤーより)心ウキウキ・心あったか・とびっきり楽しいエンターテイメント・メルヘンの、今年のお・は・な・しは?―プリンさんの住む街にまたまた事件が起こった!「あやつり時計」がぬすまれたのだ。こりゃ大変だァ!犯人は……謎の忍者、くの一カゲロウか?いやいや、ご存知、日本一の大泥棒、忍者の猿飛ゴンスケだ!そこで、トンガリぼうしの魔法つかいのプリンさんと、ボクらの味方、服部ヤルゾウ、そして、こども達が
「耳なし芳一」「雪おんな」を収録した「怪談」などで知られる小泉八雲と妻セツのゴーストリーな世界を描く。
昭和庶民伝三部作 第一部
昭和庶民伝三部作・第一部 紀伊國屋書店創業60年記念提携公演昭和15年の浅草。小さなレコード店「オデオン堂」に4人の家族と二人の間借り人が仲良く暮らしていた。しかし、陸軍に入隊していた長男の正一が脱走して「非国民の家」扱い。追手がかかり憲兵が住み込みで見張りをする始末。ところが長女・みさをがたくさんの傷痍軍人と交わしてきた文通ハガキの中から選んだ源次郎と結婚するにいたって、今度は一転「美談の家」に
劇団鹿殺し 15周年記念公演
時は戦乱の世。幾多の武将が名を馳せる中、月見草のように闇に咲く名も無き侍たちがいた。強さとは何か?死ぬべき時はいつか?生きる意味とは?はぐれ雲に問い続ける刃の光。流れた血のあとに、月の涙が零れ落ちる。合戦の騒乱を生バンドに乗せ、足軽が管楽器を吹く。嘆きのギター、進軍のベース、生きる鼓動がドラムに乗り移る。劇団鹿殺しが挑む「新世代パンク時代劇」参上!
Noism初、映像のための舞踊作品。2020年、新型コロナウイルス感染症の世界的な流行により、世界中を取り巻く環境は大きく変化した。“公演の記録映像の配信”ではなく、この社会状況下だからこそ生まれる“映像で観ることを前提とした舞踊作品”として金森穣が創作したNoism初の「映像舞踊」。Filmyで現在有料配信中。
(フライヤーより)北村想が書き下ろし、洞口ゆずるが演出する話題のプロデュース公演小劇場の実力派が競演する”砂漠と隕石のラブ・ストーリー”
統合失調症で失踪する友人をめぐる、青春物語。乱反射する肉体と感情 出来事を組成する「やってやってしまったこと」「伝えたかったこと」「言ってしまったこと」の乖離を圧倒的リアリズムで描く、唯一の加藤拓也の世界。更新されていく口語とドラマ演劇
「私がアデコの人生をサポートしますよ。出来る範囲で」春の日曜日の午後。桜は散った。彼女たちは交通事故で入院中の同僚のお見舞い帰りにカフェでお茶をしている。今日は寿退社した別の同僚の結婚式の余興の打ち合わせをしなければいけないのだけど気分じゃない。入院中の彼女の治療痕があまりにもショッキングだったから。「目に見える身体の一部欠損」を負った彼女をどのようにサポートしていくか。それぞれの生活・事情・思い
大正時代から昭和初期、種田山頭火と尾崎法哉という二人の偉大な俳人によって、季語や五七五という定型句にとらわれない自由律俳句が大いに花開く。制約がない句形だからこそ、俳人たちの技量、センス、感受性が問われる。そのためには、自らの人生をすべて賭けることをしてでも、美しい言葉や最も相応しい律を研鑽しなくてはならない。美しい日本語とはどういうものか、さらに、人間の真の自由な生き方とはどういうものか……。ネ
2014年に小説家・川上未映子のテキストを用い、青柳いづみ出演で「まえのひ」を上演。その第2弾となる本作は、川上の詩集「先端で、さすわ さされるわ そらええわ」「水瓶」より、主に7篇の詩を使用して、6つの演劇を立ち上げた。各作品の衣装を6人のクリエイターやファッションブランドが担当。
働きもせず何度も嫁に逃げられ家賃も払えない駄目男のアパートに、自らネ申と名乗る内気な男がやってきた。駄目男はネ申を目先の金ヅルにしようと目論む。ネ申は駄目男に積年の思惑を果たそうと目論む。が、貧乏スパイラルが待ち受ける―――。金をめぐって堕ちてゆく、痛くてぬるくて笑ってしまうほど哀しい日々のお話。取り憑き合って奪い合う、男同志の満たされない同棲劇。
MANKAI STAGE『A3!』
2.5次元ミュージカル/舞台
時代が押し付ける重い空気そんな流れに負けず懸命に生きた庶民たちの物語刻一刻と暗い時代へと突入していく中、求められるのは"軍國歌謡"か"敵性音楽"か。太平洋戦争前年からの一年間を描いた井上音楽劇の代表作。
厚木シアタープロジェクトネクストステップ第4回公演座・高円寺秋の劇場17日本劇作家協会プログラム
舞台にはピアノ一台。 ピアノの周りに様々な仕事場とその道具たち。 そこは、バイト先… この舞台の登場人物たちは、皆、時給いくらかの仕事=バイトをして東京で暮らしている。 それで生活をしているのだから、彼らの肩書きはレストラン従業員や、配送員のはず。でもそうは名乗らない人たち。シンガー、ダンサー、俳優、アーティスト……ステージ上の姿より、キッチンでの働きぶりが輝いていたり、気付けば職場のセンターに立
電話や鍋など、さまざまな日用品=遺品を土で固められた舞台(能舞台を模している)に置き、語りはじめる五人の女優たち。彼女らは、イェリネクのテキストを舞台上で「伝達」しようとしているのだが、その試みは互いの突っ込みや言葉の奪い合いにより、うまく運ばない。「上演は失敗する」という印象的なフレーズと、不自由そうに発せられる「ペンも紙も失ったので、言葉を記録し、それを誰かに伝えるためには、ただこうして、頭で
舞台は1975年、神戸の沖縄料理店「てだのふあ おきなわ亭」。料理店を営む夫婦は親戚を頼り、沖縄から神戸に移住し、そして “ふうちゃん”こと芙由子が生まれた。芙由子の両親は太平洋戦争を沖縄で経験し、沖縄が日本に返還される前に神戸に移ったが、芙由子は神戸で生まれたので沖縄のことはあまり知らなかった。芙由子が六年生になった頃、父が心の病気になった。病気の原因はどうやら沖縄と戦争にあるらしいと芙由子は思
昭和15年の浅草。小さなレコード店「オデオン堂」に4人の家族と二人の間借り人が仲良く暮らしていた。しかし、陸軍に入隊していた長男の正一が脱走して「非国民の家」扱い。追手がかかり憲兵が住み込みで見張りをする始末。ところが長女・みさをがたくさんの傷痍軍人と交わしてきた文通ハガキの中から選んだ源次郎と結婚するにいたって、今度は一転「美談の家」に。ジャズ(=敵性音楽)が好きで歌謡曲(=軟弱な音楽)が好きな
築野家。中年の兄弟が母の病室に訪れると、金沢さんという知らない初老の紳士がいた。母と親しい仲らしい。膵臓ガンを告知された母は、金沢さんと相談の結果、尊厳死を選びたいと言った。一方、田熊家。子供は作らないと約束して結婚した若い夫婦に、妊娠の予兆が。生活や仕事のことを考えると、産むことは選べない。選びたくない。時間は刻々と進む。死にゆく命と芽生えた命を目の前にした、2組の家族の議論を見つめる。
「表現の自由」という権利の重要さ、尊さを改めて認識してもらい、これらを抑圧しようとする、ネットやメディア等の「現代の検閲」のについて、当事者意識や必然性などを考察し、表現を規制し抑圧する正当性が本当にあるのか否かを観客に問いかけることで、表現活動への理解を深めることを目標とした。観客の芸術表現についての思想の成熟を促すことを目指し、全ての芸術表現への理解度を深める機会となることを目指し企画された。
ひきこもりとある家族の物語。舞台は、感染症が蔓延した都市。感染リスクから逃れるために地方に移住する人などもいる中、とある場所で夜中に「ひきこもりを治すことができる」と言われる人物に会うために集まった人々が、朝を迎えるまでを描いた物語。
劇団「ラッパ屋」の第18回公演として青山円形劇場で初演された、喜劇作家・鈴木聡の代表作。一介の魚屋「八」が、赤穂浪士として討ち入りを果たすまでを描く。
「国家と芸術家」シリーズ
カレル・チャペックの作家人生を、チェコスロバキア共和国の誕生と消滅(1918年~1939年)の出来事と対比させながら、カレルが、国家や民主主義とどう向き合い、ファシズムにどう抵抗したのか、を描く。兄で芸術家(画家・作家)のヨゼフ、恋人(やがて妻になる)で女優のオルガ、ユダヤ人の軍医で作家の親友ランゲル、交流のあったチェコスロバキアの初代大統領トマーシュ・マサリク等が活躍する群像劇。
社会現象を巻き起こしている大人気コンテンツ、音楽原作キャラクターラッププロジェクト『ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-』を舞台化!第4弾はイケブクロ・ディビジョン“Buster Bros!!!“、ヨコハマ・ディビジョン“MAD TRIGGER CREW“、シブヤ・ディビジョン“Fling Posse”、シンジュク・ディビジョン“麻天狼”の4つのディビジョンが揃い踏みする初
Noism設立15周年記念作品。「Fratres」とはA.ペルトの同名楽曲のタイトルであり、ラテン語で親族、兄弟、同士を意味している。他者との関わりが先鋭的に希薄になりつつある現代社会において、同士を求め、集団活動を標榜する舞踊団として、本作品を発表することは、創作及びその実演によって“その意味するところ”を“集団的に”見出すためである。その祈り、その儀式こそが本作品の主題である。
PARCO PRODUCE 2021
本作品は、2019年ロンドンのアルメイダ劇場のアソシエイトディレクターであるロバート・アイクが、1912年に発表されたシュニッツラーの「Professor Bernhardi(ベルンハルディ教授)」を翻案、演出し、同劇場で開幕するやいなや、連日SOLD OUT、ザ・ガーディアンをはじめ各紙でFIVE STAR★★★★★(最高評価)で絶賛され、翌2020年、英国で最も権威あるローレンス・オリヴィエ賞
ダウンロード数700万突破のイケメン役者育成ゲーム『A3!(エースリー)』を舞台化したMANKAI STAGE『A3!』は、2018年の初演以降、舞台だけにとどまらずその枠を飛び出し常に全国で新しい花を咲かせています。本作品では冬組にスポットを当て、第二回公演『主人はミステリにご執心』、第三回公演『真夜中の住人』の2ストーリーを展開。紅葉のように色づく秋の季節を経て、降り積もる雪の結晶のようにきら