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ああ いいなせいせいするな風が吹くし山はぼんやり
Noism初、映像のための舞踊作品。2020年、新型コロナウイルス感染症の世界的な流行により、世界中を取り巻く環境は大きく変化した。“公演の記録映像の配信”ではなく、この社会状況下だからこそ生まれる“映像で観ることを前提とした舞踊作品”として金森穣が創作したNoism初の「映像舞踊」。Filmyで現在有料配信中。
日々ニュースで流れてはすぐに忘れられていく数々の出来事や問題と私たちの生活との距離について扱った作品。10分に再構成したバージョンの作品が、横浜ダンスコレクション2020 コンペティションⅡにて奨励賞受賞。
ミラーボールが回る呪術の場、古今東西のエイリアンによって謡われるダンス現代に潜む様々な文化や進化の記憶の断片を寄せ集めた、キメラ状身体。それは、古くて新しい奇妙なエイリアンたち。現在であり過去であり未来である時間=無時間。世界はミラーボールが回るダンスフロア。人間も動物も、生命はみな踊る。ここにミラーボール主義を宣言する。
宮沢賢治は、よくわからない不確かな存在を「ガドルフの百合」と名付けました。ここにいるのかいないのか、そこにあるのかないのか、お互いの距離を感じなければいけない状況が、むしろ私たちの身体感覚を鋭くしている気がします。この作品は上郷クローブ座のある元上郷中学校全体を舞台にした回遊型パフォーマンスです。ダンスや演劇、美術、映像、音楽などが紡ぎ出す時間と場所へ、一緒に距離のない旅に出ます。
【作品ノート】「なんて自分は哀れな人間なんだろう」。と言っている口の中が甘くて仕方ないのはなぜでしょうか。ただ優しいだけの薬では、いつの間にか満足できない人間になってしまっていました。たとえ自分にとって毒でありながらも、どうしても摂取することをやめられない薬があります。むしろそのほうが美味しいし心地よくなってしまいました。こんなことなら最初から知らなければよかったとも思いますが。
まだ見ぬ「春」を渇望し、これまでどれだけの人が、自らを捧げたのだろうか。世界を支配する暗い「冬」は、わたしたちからなにを奪い、なにを創り出そうとしているのだろうか。「祭典」という名の儀式は、本当に人々を救ったのか。わたしたちは、まだ本当の「春」をしらないのだ。
本作は、2020年12月、山﨑広太と西村未奈により、フロリダ州立大学、マギーアレシー国立振付センター (MANCC)にて共同で創作を開始した新作『幽霊、他の、あるいは、あなた』のワークインプログレス。自然の複雑で静的な世界の中で、二人の異なる歴史、知覚、細分化された内部の風景を受け入れることができるフラクタルで気象のような身体、そして老いる時間を調査する。
最小単位の「ひとつの身体」は舞台上でどう変容するのか---。「ひとつの身体」とは何か、という謎。上村なおかソロダンス第4弾。出演者は上村なおか、ひとり。
チェロからオートハープまで自在に操る天空ミュージシャン坂本弘道を迎えて、リアルな妄想空間を爆走!
Dance New Air 2016
私事だが最近結婚して、あらためて家族というものを目の当たりにしている。こちらの家族とあちらの家族、ぜんぜん違う。そこから生じる夫婦ふたりの生活スタイル・行動様式も当然違う。で、それぞれ両手を必死に伸ばして、わずかに触れ合う指先がその先の腕を互いにつかみ、ガッチリと離さないようにする。そうして家族は成立する。ひとつの細胞がどんどん分裂していくのが生命への過程ならば、家族は別々の個体がひとつに結合して
悲劇的な立場に置かれた5人の女優が、自らの不条理な状況を憂い、飾り立て、時に正当化しながら、自身の不幸を声高らかに語りあげます。現実社会で起こるリアルな悲劇と、不幸な自分に酔い不幸を誇張するフェイクの悲劇、また舞台上のフィクションとしての悲劇という3つの異なる時空から「悲劇」の構造を捉えることで、自分とこの世界の関係性を見つめ直します。 今を生きる私たちにとって「悲劇」とは何か、また人々は不条理と
コロナリポート
Sign:忙しなく動き続ける体と、短時間に凝縮した数多くの身振りで構成された10分間のダンス。振付を覚え練習することで、コロナ禍の滞留した時間を前に進めることを目的に制作された。Out:neji&co.のプロジェクト最終作。俳優によって上演されるテキストを用いた作品。2020~2023年を振り返りながら、過去から現在を通過した未来まで、私たちの生の「外」にある時間を想像する。
モダンダンスのパイオニア、テッド・ショーンが歴史的なフェスティバルを創始したダンスセンター、ジェイコブズ・ピローは、2020年11月17日に火災に見舞われ消失した。この巨大な損失を記し、愛すべきジェイコブズ・ピローへのダンスアーティストと観客の思いを表すためにダンスフィルム制作が企画され、尾竹永子は雪に埋もれた焼け跡のなかで踊った。
東京芸術祭2022 芸劇オータムセレクション
現代社会におけるコミュニケーションの諸問題を独自の手法で描き出す劇作家・山本卓卓のテキストと、老若男女から電車や犬に至るまで25役を巧みに踊り演じ分けるダンサー・北尾亘の身体がコラボレート。国内外を旅して再演を続ける、演劇×ダンスの異色傑作。
Dance New Air 2018 プレ公演サイトスペシフィックシリーズvol.2
人と人が在る中に生まれる縁。人と関わることによって変化していく世界観。絡まり、千切れたり、先入観や見解に縛られた足かせをほどいて、隣にあるその縁を再び結んでいく。
TOKYO DANCE TODAY #1
青山円形劇場の空間を生かした独創的な作品を発表するダンスシリーズ「TOKYO DANCE TODAY」の初回を飾った、近藤良平率いるダンスカンパニー「コンドルズ」の作品。未確認飛行物体接近!完全円形360度!完全限定3600秒!
今回の公演タイトル「Antipiol(アンティピオル)」は、「分裂症の少女の手記」(セシュエー著)の本のなかで実際に病院で腫物に使われていた軟膏の名前。少女は精神疾患で入院中に聞こえた幻聴の声をアンティピオルさんと呼ぶ。嘲笑し命令する声のアンティピオルとの闘い。彼女だけでなく誰でも心の中にある自分でもわからない感情、押さえつけられた思い、トラウマなどが何かのきっかけでアンティピオルのように現れるも
岸田理生アバンギャルドフェスティバル リオフェス2024
寺山修司作「身毒丸」を岸田理生が台本を脚色、改定し、1995年、蜷川幸雄が演出、武田真治、白石加代子の主演で初演が公演、日本のみならず、ロンドン、バービカン劇場で大絶賛を得て、藤原竜也を天才新人と言わしめた。そんな「身毒丸」が令和の時代に「野外劇 身毒丸R」として復活。うだるような真夏の夜、月と星の灯りの元に夏風さやり、虚構と現実が蕩け合う。時代を廻り、世界の果てを越え、母子の物語は、何処へ辿り着
てのひらをしたへ向ければ我が下あり手の甲は自由にならぬところかななか指にしばらく水を飲ませけり俳人 阿部青鞋は体の部分を詠みこんだ句を多く残している。五七五の形で保存された言葉は踊られる日を密かに期待し、じっと待っていたかのようだった。詩によって体を日常との膠着状態から引き剥がし、改めて眺めてみる。青鞋の句を五十句、ダンススコアとして構成し踊るデュオダンス作品。
コロナリポート
パフォーマーの入退場、音響や照明の変化などの舞台作品における様々な行為のきっかけ・手掛かり・合図を「キュー」と言う。Go To/Stay Home、緊急事態宣言発令/解除等、反復し持続する現在の「外」に出ることを体で試みるダンス作品。2021年初演。コロナリポート三部作『Sign』『Cue』『Out』。
闇の底の底空の果ての果て潜っていく闇に着床する種いのちの珠を孕む垂直に あいだを紡ぎながら丁寧に歩を進める重力の底深い空そこに咲く花
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舞踏家・大野一雄が100歳を迎えた2006年10月から1年間は「大野一雄 100歳の年」として展覧会や公演など世界各国で様々な100歳を祝うイベントが開催された。中でもガラ公演「百花繚乱」にはピナ・バウシュの映像出演を含め国内外から実に23組の踊り手が集結、2日間にわたり密度の濃い舞台が繰り広げられた。両日ともカーテンコールには大野慶人の押す車椅子で大野一雄が登場した。以下は、第二夜の出演者とその
身体の中は小宇宙であるとよく言う。 エネルギー体である 私、あなた、社会、自 然、宇宙、 電子エネルギーにより、 それぞれが細かく振動する事 によって共鳴し合って世界の バランスを保っている。 そういった物理学の観点からモーション (動き)とエモーション(感情)、そしてそれ が世界にまで共鳴して 行くことを提示し た作品。かつて生きていた人、生活。肉 体は滅びても エネルギー体は滅びずにこ の地球
自らの身体と向き合いながら唯一無二の表現を創り上げてきたハンディキャップのダンサーと、エクスペリメンタル/ジャズ/ポップ/ワールドほか様々なフィールドで活躍する音楽家が1対1で対峙した舞台公演。「障がい」とは何か?私たちを分け隔てるものは何か?私たちが多様性と呼んでいるコトの姿とは?パフォーミングアーツが提示する、ダイバーシティーの現在形。
【作品ノート】透明な沸点と露点そのブラックホールをすぎるとある青い世界に柔らかい光が溢れているはざまに耳を澄まし光の波紋をうつす瞳うねりつづける細胞のひとつひとつをミモザの花にしたら少しはこの世を灯せるだろうか
ドラマとカオスを縦横するスペースノットブランク。CHAOTICなコレクティブによるDRAMATICなアドベンチャー。ダウンロードとアップロード。HIGH & LOW。物語とキャラクターと本人と別人が脱ぎ着する、母音だけでコミュニケーションできる「場所」。実存しない物語とキャラクターを、実存する本人が「上演」というシチュエーションを用いて実存する別人の目覚ましを鳴らそうとするための舞台。
Dance New Air 2018
ある一定のルールと空間の中でスポーツが行われるように、小林は本作の中で自身のフィールドを構成する。性的な偏見や性差別的な筋書きに支配された人間により制限されることのない、自由なスタジアムをギャラリー空間に表すことを目指している。小林が問いかけるのは、危険と安全の狭間に立っている身 体的職業のどこに、その自由が存在するのか。運動競技における身体と、アーティストとしての身体、その双方のプロフェッショ
モーツァルトは世界的秘密結社フリーメイソンの真の理想「全ての人間は神である」を歌劇『魔笛』に託した。21世紀には、その理想が実現される。その時、秘密結社は消滅し、すべての人間がフリーメイソンになる。
朗読×ダンス公演
朗読とダンスで綴るストーリー仕立ての舞台公演。ある中学生の少女はすすぎ雨により自身が周囲から嫌われている存在である記憶を忘れることができ、しばらく幸せな日常を過ごしたが、大人になり再び人生に行き詰まる。そこへ怪しい女が現れるが、それは未来から自分を救いに来た自分自身であった。不幸をもたらすのは忘れたい記憶自体ではなく、その経験を受け容れて自身を改善しようとしてこなかった自分自身の弱さであるという教
(フライヤーより)異文化の対峙と交流!日本人作曲家がシャーマニズムを主題に作曲し、フランス人たちが舞台化するサウンドスケープ。
2003年から2007年にかけて展開したカンパニープロジェクト「戦争三部作」の第二作目となる作品。対立するイデオロギーを時に抽象的に、時に具象として舞台上に表出させる。作品前半のコラージュされた言葉と無意味な行為とも取れるコミカルなムーブメントから一転、後半はまさに世界が戦争に向かっている現状を見る者に想起させるシリアスな展開で観客を魅了する。ラストシーンでは生花によって人体を模して作られた三体の
"稽古場で、舞踊家たちがバーに捕まって稽古をしている。するとある刹那、一人の女性舞踊家が自らの指先に過ぎた日々の断片を見る。それは20年という歳月に彼女が乗り越えてきた苦悩であり、分かち合ってきた喜びであり、受け入れ、その身に刻んできた舞踊への愛である"(『Amomentof』)、”黄昏時に、白い舞台の上で、白装束の集団(ある民族)によって儀式が営まれている。それは人間とは何かを忘却せぬために、巡
日本丸メモリアルパークパフォーマンス 2021-2022「路上の身体祭典H!」新人Hソケリッサ!横浜/東京路上ダンスツアー#2
社会から分断され個人になった時に個人は不安を抱え、集団に依存していた個人の脆弱さが露呈する。我々は生きる手段としてこの大きな集団に取り込まれ、それは習慣となり個人という存在や輝きは飲み込まれてしまうだろう。しかし希望を失った身体は、言うなれば囚われた習慣を捨てた身体の始まりであり、強靭な個人の身体の始まりだと僕は思う。歪な躍動のリズムで僕は目を覚ましたい。ツアー公式Webサイト:https://s
(フライヤーより)西暦2500世紀の超未来、考古学者が空中からある化石を発掘する。それはその時代すでに姿を消していた「演劇」というものの化石であった。考古学者は「演劇」の復元を試みる。’89年初演の名作『ゆるやかなトンビリラロの身だしなみ』を題材にした新作。1つの舞台上に複数の演劇、ダンス、パフォーマンスが併存する独自のスタイル→《ハイパー・コラージュ》を用いて、「演劇」そのものを「演劇」にします
「静」は白拍子静御前の伝説をもとに、箏奏者八木未知依と照明家三浦あさ子と制作したコラボレーション。民俗芸能へのリサーチに基づき白拍子の巫女と遊女という両極の女性像について考察をした。能楽(『道成寺』『檜垣』等)に残されている乱拍子とは本来は気が狂うようなリズムに乗せられるような舞ではないかと考え、道成寺縁起へとストーリーを展開し、静の思いと祈りのの強さ、女性としての儚さをあらわにした。
ダンサー笠井叡と、天才ピアニスト高橋悠治の共演。2006年から2人は6回にわたる実験的セッションに取り組みました。今回高橋悠治が弾くのは、バッハ最後の未完の大作『フーガの技法』。この『フーガの技法』による笠井叡の新作ソロ。ダンサーの宿命とはー作者が同時に作品、作品が同時に作者であるーという迷宮の内部でのみ美を想像すること。この予感に45年間にわたって駆り立てられてきたカサイが宇宙の万華鏡『フーガの
新たな切り口で脚本・演出が練り直され、初演から生まれ変わった “リクリエーション版“! アルバニアを代表する作家イスマイル・カダレの小説『砕かれた四月』を下敷きにしたサファリ・P固有のスタイルを駆使した身体、音、光、美術、身振りのアンサンブル作品母に遊びを禁じられて育ったネリネは、透き間風の吹きすさぶ荒涼とした心を隠して生きてきた。有名な小説家の恋人の座を得た彼女は、とある“しきたり”に縛られた山
TOKYO DANCE TODAY #3
青山円形劇場の空間を生かした独創的な作品を発表するダンスシリーズ「TOKYO DANCE TODAY」の第3弾。ダンサー、振付家として様々な分野のアーティストとコラボレーションし、ジャンル横断的に活躍する森下真樹の構成・演出・振付・出演による作品。
人殺しを免除してもらおうと市役所に相談にやってきた男。しかし窓口の職員は冷淡に陳情をはねつける。諦めずに通ううち、職員もまた、この掟に翻弄されてきたことがわかり……。わたしには頭に爆弾の破片が入ったまま帰国した祖父がいる。現代に生きるわたしが祖父の死にまつわる真実を聞かされた時、目新しく残虐なものに興奮する自分の姿をそこに見つけた、そして思った。それは本当に真実なのだろうか。今作ではアルバニアの小
「ダンステレポーテーション」展
2020年5月にDance Base Yokohama(DaBY)のオープニングイベントとして予定されていたTRIAD DANCE DAYSにて、山﨑広太が振付ディレクターを務めるサイトスペシフィック・ダンスが中止になったことにより、唐津絵理(DaBY/愛知県芸術劇場)が企画・総合ディレクターとなる新プロジェクト「ダンステレポーテーション」が始動した。オンラインでの対話から始まる創作を経て、生まれ
海と横丁の物語故郷の、海辺の町を舞台に、様々な人間模様や風景が描かれる。小池が故郷をモチーフに制作。日本という風土を強く意識させる。世界中の一流劇場で公演し続けてきた作品。演出家小池博史の原風景である、60年代の海辺の町をモチーフとした作品。 「船」とはその町と外の世界を結ぶもの、外の世界への出口でもある。ノスタル ジーに満ちた海辺の町の光景を詩情を湛えて描きつつ、人間の内にある素朴 で満たされな
TOKYO DANCE TODAY #4
青山円形劇場の空間を生かした独創的な作品を発表するダンスシリーズ「TOKYO DANCE TODAY」の第4弾。「カンパニーデラシネラ」を主宰する小野寺修二の作・演出・出演作品。ダンス・マイム・芝居を混在させ、偶然と必然の迷宮に漂う人間を描く。
Noism0+Noism1
新潟を拠点に世界へ向けて創作と発信を続ける2つの芸術集団による初の共演。作曲家・原田敬子の「鬼」をテーマにした楽曲に、金森穣が創作した“新潟をテーマにした作品”。鬼伝説の由来を金工師、鉱山の歴史との関係から考察する1冊の研究書から、鬼=鉱山=佐渡(新潟)がつながり、佐渡に初めて遊郭を開いたとされる清音尼、役行者、そして「鬼」という3つのキーワードに基づいて音楽的インスピレーションから創作。
(フライヤーより)つねに新しいダンスの可能性を模索し、各方面から熱い注目を集める3人のダンサーたち。今回は、それぞれがもつ世界をステップアップさせ、ダンスの概念を超えたエネルギッシュなステージをつくります。ダンスコラボレーション 2何かが動きはじめる。
沈黙に満ちた静寂の中、一組の男女が踊っている。身体を伸縮させ、空間を変容させながら、沈黙の対話を続けている。沈黙に満ちた静寂の中、音楽が生まれる。空間を明滅させ、身体を変容させながら、沈黙を奏で始める。沈黙と沈黙の拮抗。その間に生まれる第3の沈黙。再び訪れた静寂の中、一組の男女が踊っている。そこにある静寂は、かつてのそれとは異なる沈黙に満ちている。(金森穣)
舞踏家・大野一雄が100歳を迎えた2006年10月から1年間は「大野一雄 100歳の年」として展覧会や公演など世界各国で様々な100歳を祝うイベントが開催された。中でもガラ公演「百花繚乱」にはピナ・バウシュの映像出演を含め国内外から実に23組の踊り手が集結、2日間にわたり密度の濃い舞台が繰り広げられた。両日ともカーテンコールには大野慶人の押す車椅子で大野一雄が登場した。以下は、第一夜の出演者とその
DaBYアソシエイトコレオグラファーの鈴木竜が、他ジャンルのアーティストらと協働するコレクティブな手法で創作した作品を発表した「鈴木竜トリプルビル」で上演された3作品のうちのひとつ。(共同製作:Dance Base Yokohama、愛知県芸術劇場。2021年12月に愛知県芸術劇場にて初演)4名のダンスアーティストらがそれぞれの振付を繰り返し入れ替えて踊る本作。「振り付ける」という非対称的な行為を
2022年10月21日(金)〜23日(日)、象の鼻テラスにて、ザ・フォーサイス・カンパニーをはじめ世界の第一線で活躍してきたアーティスト安藤洋子が率いる ZOU-NO-HANA BALLET PROJECT の実験的パフォーマンス「Walk Installation ARUKU vol.3」を開催しました。アーティストのジヨン・イ(韓国)による映像インスタレーションとともに、濃密なクリエーションを
【ShowCaseBar「TOY+」とは?】「ドラマが振付する」をモットーに、劇団鹿殺しや劇団KAKUTA、劇団Patch、劇団ミスマガジン、他映像作品、横浜発のアイドルユニット「nuance(ヌュアンス)」などに振付を提供している振付・ステージングチームTOYMENが自らの振付を気軽に楽しんでいただくべきしてオープンしたダンスBar喫茶です。読み方はトイプラ。今作品の第1回目はCOVID-19
宇宙旅行を企画する会社で働く主人公サルタは新たな旅行先の調査中に事故に遭い、氷で覆われた星に不時着。そこで彼は、20年前宇宙旅行のさなか、事故に遭遇し行方不明になった同級生達と再会する。彼らは当時の姿のまま、氷に包まれた惑星で救助を待ち続けていた。大人になれなかった彼らと、大人になってしまった私たちを巡る、約束と失望の物語——。2014年、2017年と好評を得たSF冒険活劇の待望の再演。
ダンスの歴史にフォーカスをすることでダンスの「継承」と「再構築」の2つの視座からプログラムを構成した公演「ダンスの系譜学」で発表された酒井はな出演の2作品。(共同製作:Dance Base Yokohama、愛知県芸術劇場。2021年10月に愛知県芸術劇場にて初演)世界中のバレエダンサーが踊り続けてきたフォーキン原作による『瀕死の白鳥』を、日本を代表するダンサーの酒井はなが、演劇作家の岡田利規と取
…の手触り
人と、人ではない、人の形をしたものの物語。沼津ラクーン8階という、街を一望出来る廃墟のような空間全体を舞台とし、この作品のために作られたチェロソナタの生演奏とともに、長井望美の人形とダンサーの安岡あこが出会い、言葉を交わさず、触れずに心を通わせるパフォーマンス。演出は目黒陽介。
(フライヤーより)猛スピードで時代を駆け続けるダンスから見れば、時代は星虹(スターボー)なのだろうか?はじきだされた饒舌はやがて暗黒の磁場へと旋回し重力を失う。時代がダンスを要求しているのではなくて、ダンスが時代に別れを告げるとき、壮絶なダンスのパレードも旋回し始める。1966年早春のダンスコレクション 饒舌と静謐 旋回と浮遊 記憶と忘我 光と演奏 いま東京ダンスコレクション されど東京ダンスコレ
「ゴドーを待ちながら」をモチーフに描く、世界劇団版不条理演劇!不条理演劇の頂点、サミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』をモチーフに描く、世界劇団版ベケット!そこには二人の浮浪者が佇んでいた。彼らが言葉を交わすうち、時代が歪んでいく。“これが夢か現実か、今が朝か夜かも分からない____。”
中間アヤカ&コレオグラフィ
振付をダンスとしてその場に立ち上げること、振り付けられた身体をダンスさせることがダンサーの仕事だと信じて、これまで数え切れないほどの振付とともに舞台に立ってきました。私の身体は振付がなければ踊ることができなくて、その上そいつはたくさん踊りたい性質(たち)なのでつまりそれだけたくさんの振付(エサ)が必要なのです。振付はいつどんな場所にも、様々に形を変えて存在する。この世に存在するすべての振付をダンス
5人のダンサー達が、舞台という一つの空間を縦横無尽に駆け巡り、身体の持つ表現力の限界に挑む作品。ダンサーの存在そのものを起爆剤に、その圧倒的なエネルギーは見ている者に新たな創造性を掻き立てるダンスコラボレーションの集大成。
踊りの起源をテーマとしたダンス作品。人間ではどうしようもできない事象に対し、自然や神、見えないものに敬意を払いながら共に生き抜くために、祈りや呪いとして音を鳴らし踊るという根源的な行為が人間の日常生活の延長線上にある。日本の土着的な風習や儀式の身体感覚を見つめ直し、踊り鳴らすという行為の根源を想像し新たに作り上げた。見えない/聞こえないけれど、そこに確かに在るものの気配を取り戻し、人間以外の目線や
アクトと舞踊を癒合させ独自の世界観をもった舞踊作品。出ない蛇口に集まった3人のそれぞれの人生が交差し、死生感を問う。消えない欲望、欲望をかくしながらの葛藤、時間が経過する老いへの恐怖。人間は水がなくては生きていけない。人間の生命の宿命をもち、身体の中へ流れていく水は、命を吹き込み、優しさや愛を生む。戦いは水をも止めてしまい、自然を破壊する。人間の欲望が自然より傲慢ではならない。生きるへーると平和の