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YNO New Opera Series Vol.6
バスティーユ監獄から助けられたマネットは娘ルーシーと再会を遂げ、亡命貴族ダーネイと出会う。ダーネイとルーシーは結婚の約束をする。それを知ったカートンはルーシーへの想いを胸に秘めたまま、身を引く。フランス革命が勃発。ダーネイはかつての召使を助けにパリに戻るが、捕らえられ裁判にかけられ死刑を宣告される。悲しみに暮れるルーシーを見て、カートンは2人を逃し自分はダーネイの身代わりとして断頭台に立つ。
第25回及び第26回OMS 戯曲賞佳作連続受賞した後に大賞を受賞した作品。人と人の関係性を戯曲により深く書き込み、創作した作品です。客演には、CoRich 舞台芸術まつり! 2018 春・グランプリを受賞し、コトリ会議に 3 回目の出演となるオパンポン創造社の野村有志、前回ツアーから連続出演する京都を拠点に活動する安住の地代表の中村彩乃、初参加の浜本克弥(小骨座)の 3 人を迎える。神戸アートビレ
メロスは、妹の結婚の品を買うのに町を訪れたが様子がひどく暗く落ち込んでいた。その原因が多くの人を処刑している暴君と聞き激怒する。創作の契機に壇一雄と井伏鱒二との熱海の宿でのエピソードがある。太宰治が借金をしていた壇に対し井伏との談笑に明け暮れて約束を反故にした経過がある。壇に責められた太宰は「待つ身が辛いかね。待たせる身が辛いかね。」と逆に聞き返し、友情を信じられるか否かの問答を吹っかけたという。
古典作品を未来の設定に置き換え、新たな視点で共感を得ようという試み。本作はシェイクスピア『ロミオとジュリエット』を題材に、500年後の未来を描きます。未だ因縁に縛られたモンタギュー家とキャピュレット家。ある日ロメオは、ごみ溜めの中に捨てられている一体のアンドロイドと出会い一目惚れするが、彼女はキャピュレット家の謹製ジュリエッタだった。
岸田理生アバンギャルドフェスティバル リオフェス2024
寺山修司作「身毒丸」を岸田理生が台本を脚色、改定し、1995年、蜷川幸雄が演出、武田真治、白石加代子の主演で初演が公演、日本のみならず、ロンドン、バービカン劇場で大絶賛を得て、藤原竜也を天才新人と言わしめた。そんな「身毒丸」が令和の時代に「野外劇 身毒丸R」として復活。うだるような真夏の夜、月と星の灯りの元に夏風さやり、虚構と現実が蕩け合う。時代を廻り、世界の果てを越え、母子の物語は、何処へ辿り着
作品概要ノルウェーの文豪・イプセンが1882年に書いた大作「民衆の敵」。圧倒的多数の民意が一つの正義を圧し潰す。世論に抗い、多数派を否定し、科学的事実に基づき、独り闘う医師の姿を滑稽なまでに誇張して描いたこの作品を、斎藤歩の新演出と音楽、イデビアン・クルーの井手茂太を振付に迎え、ジョブキタ北八劇場で上演します。
「わたしは城の桜姫、世界で一番美しい。雪と競うても花と競うても負けはせぬ。」そんな姫が京の都から訪れた三条の宮のもとに嫁ぐことになった。思い立ったら矢も盾も、人の言葉に耳貸さず、冬のさなかのお興し入れ、鬼住むという鬼きり峠、雪降りしきる峠道……「雪崩だぁーっ」共の者たちの悲鳴の中、姫は雪にのまれて……夢うつつに男の背で聞く言葉「人と思えば人となり、鬼と思えば鬼となる。すべてはお前の心次第だな」気が
祈りのナガサキを舞台に紡がれる母と息子の命の物語
アルゼンチンの小説『脱獄計画』を原案に、かつて作られた上演にまつわるインタビュー。インタビュアーであるロビンは、上演で何が起こったのかを探っていくはずだったが、徐々に当時の「出演者」による再現に巻き込まれていく。徐々に明らかになっていく、「演出家」という存在の目論見。それは『脱獄計画』の解釈として語られる、演じることと死にまつわる、奇妙な演技論だった。
緘黙症(かんもくしょう)を患うナオキ。隣にはいつも、幼馴染のケンジがいた。2人はツーピースバンド『ニューノイズ』を結成し、夢に向かって突き進み始めるが、夢半ばで、今度はケンジが突発性難聴を患ってしまう。2人に立ち塞がった、どうしようもない現実。 『俺はさ、神様なんかじゃないんだよ』 若すぎる青春の果てに、2人が見た残酷であたたかい風景とは...演劇初挑戦のウラニーノ山岸賢介を迎えた、青春音楽劇。
王家の娘、エレクトラ。彼女の父は、母とその愛人によって暗殺された。その後、愛人は王位についたが、復讐を恐れ、エレクトラと幼い弟(オレステス)を排除する。弟は亡命し、エレクトラは王宮から追放、貧しい農夫のもとに嫁がされる。やがて、時は流れる。エレクトラのもとへ成長した弟オレステスが帰国する。彼は父の仇を討つため、愛人のもとへ向かう。エレクトラもまた、母を誘き寄せ、復讐の機会をうかがう。
2000年、アウシュビッツからホロコースト教育資料センターに遺品として届いた少女のかばん。表面には大きく『ハンナ・ブレイディ625 1931年5月16日生まれ 孤児』と書かれていた。春奈と純太の兄妹は、そのかばんを開けた途端、1938年のチェコスロバキア、ノブ・メストに暮らすユダヤ人一家ブレイディ家にたどり着き、娘「ハンナ」、息子「ジョージ」として暮らすことに……。ひとつのかばんから今世界中に広が
日本・セルビア演劇交流プロジェクト
【日本初演、五人の俳優、十五人の登場人物、三つの愛の物語】かつては希望の象徴だった町。そこに集まった三世代の男女5人。信じていた全てが崩れ落ち、都会の無秩序な繋がりの中、愛に飢え、自分の居場所もない。それでもなりふり構わず人生に挑み続け、辿り着いた先に見えた世界は、天国か地獄か!? 紛争後のセルビアそして世界の「リアル」を描いた、セルビアン・ブラック・コメディーを本邦初訳で日本初上演。
(フライヤーより)古き良きテレビ創成時代からお下劣バラエティ全盛時代へ、あるいは地上波全盛時代から多チャンネル化、メディアミックスの時代へ。テレビとは何か? テレビはどこから来てどこへ向かうのか? テレビ時代の申し子古舘伊知郎が、生みの親であるテレビと真っ向から勝負を挑み、その夢と現実を描きます。独特の話芸と毒舌と笑い。”語りを通して人間の哀しみを伝えたい”という恒例のトーキング・ブルース第5弾。
(フライヤーより)ツロの若き領主ペリクリーズは、アンティオケの王女を妻に望み、その王アンタイオカスの課した謎を解くが、父と娘の秘密の関係をも見破ってしまう。身の危険を感じて故国に逃げ戻ると、国事を忠臣ヘリケーナスに託し、刺客の追手を逃れるために密かに出国する。途中、難破してたどり着いたペンタポリスで、その地の王サイモニディーズの娘セーザに慕われて結婚する。しかし、故郷からの手紙で急遽、身重の妻を伴
認知症の父がひとり残されたい家。兄はその家を売却し父を施設に入れようとするが、そこには死んだはずの弟の霊が棲んでいた。石川を舞台に、片付けられない家と感情を描く静かな物語。
「真の美しさや人間的感情を求める人生が、虚栄の美しさや幸福を暴力的に求める存在によって破壊され犠牲となっていく社会」という主題に光を当て、2つの世界が互いに理解共存することが不可能であることを通して、人間はいかに共存していくべきなのか?という問題に切り込む。ワーニャは長年セレブリャコーフの活動を支えてきたが、彼が定年退職しその無能さが明らかになり、今までの自分の献身が全くの無意味だったことを知る。
「センシティブな乙女たち 〜津波のない被災地〜津波が届くことがなかった2次被災地には、 非日常の体験をした人々が、 今尚、口を閉ざして当時の記憶を心に留めて生きている。そんな 3 人の婆たちがドライブの最後に見た空に舞うヘリコプターの機体に書かれていたのは、世界中の国の名前だった。「水底の家」石巻の沖合にある網地島に住む老夫婦は、 行方不明となった娘の痕跡を探していた。そんなある日、 海岸に人魚が
美しい妻を愛することを知らずして愛しすぎた男ヴェニスの将軍であるオセロが、故なき嫉妬のため、その妻を殺し、自らを罠にかけた男や妻の罪なき召使いを殺し、最終的に自らの命を絶つ。
頂上まで登りかけた男の転落から13年家族の心はすれ違っていたそして決定的な一夜が訪れる・・・
舞台は「自由」が大いに拡大され、刑務所までもが半民営化されたリバタリアンの行政特区。日本でありながら、今の日本とはちょっと違う、そんな場所。ストーカー殺人、安楽死殺人、死刑廃止論、結婚制度、出産前DNA鑑定など、現代人の抱える答えの出ない問いを濃密な会話劇で展開します。アマヤドリのお家芸ともいえる群舞を封印し、音響効果を排した対話劇。2014年に好評を博した悪と自由の三部作第一弾の再演となります。
オフィスコットーネプロデュース
旧日本軍の軍国主義を通して、いびつな支配構造を糾弾する作品。ファシズム批判でナチスから糾弾されたドイツ人劇作家ゲオルク・カイザーが1940年に発表した戯曲。模範兵である北国の貧農出身のタナカが、大飢饉に見舞われた故郷に休暇で帰ると妹が不在である。偶然妓楼で妹に再会した彼は、自分のために妹が売られたことを知り、上官と妹を殺してしまう。そして軍法会議にかけられた彼は、民の窮状と軍のまやかしを批判する。
シャークスピア4大悲劇としてあげられる本作である。正義という名の下に復讐劇を演じながら世界の都市を彷徨うハムレット。偽りの狂気で罪なき人をも死に追いやり、他人の姿に己れの姿を写し見て閉塞、苦悩する。
大学の映画サークルの撮影現場に本物のゾンビが現れ、急遽ゾンビ映画の撮影が始まる。撮影が進むにつれ、ゾンビの人となりが明らかになっていき、学生たちは次第に腰が引けていく。
南の島。波の音・・・恋人同士の歌「トバリャーマが聞こえてくる。いよいよ女座長率いる旅の一座の幕が開く。突然眠りかけていた「あの時代」が呼び覚まされる・・・「いちゃりばちょうでー」とは出会えば皆兄弟、仲良し主義の意味。島の言葉だ。「アンマー達のカチャーシー」「朝未来」「風のユンタ」など沖縄を舞台にした作品を東演のために紡いできた謝名元慶福氏。92年の「アンマー達のロックンロール」以来の新作書き下ろし
青年が死んだ。死因は心臓マヒ。26才、未来産業としての原子力にあこがれ、原子力発電所に就職して、七年目の死だった。息子はなぜ死んだのか。母親の、なりふりかまわぬ追求で知られていなかった事実がつぎつぎと浮かび上がる…。息子を思う母親のひたむきな愛があきらかにした原発の真実!1982年には福島や新潟、福井をはじめ、原発所在地や建設予定地など、日本縦断公演を実現。
能「隅田川」をモチーフに「最初からそこにある悲劇」「救いがない中の救い」を描いた意欲作。川のほとりに立つ集会所。その日行われる通夜の担当者と、片付いていない前日の祭りの担当者が鉢合わせ…ケータリング業者の新人店長は祭と通夜に振り回され、「家族を探す」男までやってくる。さらにそこへ30年ぶりに町へ帰ってきた青年が加わり、彼が抱えるその30年前の川の事故の思い出と、この日の通夜が思わぬ方向でつながる…
舞台は20世紀初頭ロシアの貧民街にある木賃宿。そこに巣くう泥棒、アル中の役者、巡礼者、男爵、靴屋、帽子屋、浮浪者の群れ。一つの殺人が浮き彫りにしていく裏切り、苦悩。そして人々のしたたかな姿。今日も酒をあおり、歌でやり過ごす一日が暮れていく。
ストラヴィンスキーの「春の祭典」やラヴェルの「ボレロ」など、数々の名曲に挑み独特の音楽世界をダンス作品として発表してきた平山素子が、劇作家シェイクスピアが残した言葉や劇世界をモチーフに、初めて本格的な演劇的ダンス作品として2015年に発表した『POISON~シェイクスピアを喰らう~』から4年。俳優の河内大和ら初演メンバーに加え、ダンス集団TABATHAの四戸由香、Noism退団後初舞台となる中川賢
紀尾井たっぷり名曲 義太夫
「伊賀越道中双六」は赤穂浪士・曽我兄弟仇討とあわせて天下三代仇討の一つといわれています。「沼津の段」が有名ですが、「岡崎の段」は、山場の一番です。助太刀の政右衛門は雪の夜岡崎で関所を破り、旧師に救われます。そこへ別れた女房お谷が乳呑子をつれて門までたどりつきますが、政右衛門は義のためわが子を刺し殺す悲劇を描いた文楽屈指の難曲です。確かな技と感性が魅力の竹本千歳太夫と豊澤富助が語りきります。
いのちのかたりつぎ 〜色とりどりの物語がつむぐ、震災のこと〜
津波に飲み込まれていく車を運転する男とAI搭載のカーナビゲーションとの最後の会話−震災直後の壮絶な緊張感の中で消え入るいのちの灯火。被災地で生まれたラジオドラマ作品を、3.11を描いた作品に向き合い続けた表現者たちが結集して舞台作品に昇華させた。時間が経ったからこそ向き合えることを、改めて言葉にして次の世代へ語り継いでいきたい。
演劇をやめて久しい土井は、かつて出演した演劇作品の「演出家」の弟を名乗る人物から、演劇の上演を依頼される。そこで土井が受け取ったのは、アンドレイ・タルコフスキーのある映画をもとに書かれた、演劇と救済にまつわる、一本の奇妙な戯曲だった――。ロームシアター京都×京都芸術センター U35創造支援プログラム“KIPPU”2024採択公演。
2500年前の傑作『オイディプス王』を現代女性の見た悪夢としてとらえ、運命に翻弄される人間世界を描いた。ギリシア悲劇の世界を女優だけで演じた奇抜な演出は大きな反響を呼び、2002年の初演以来、国内外での再演も多い。2010年にはルーマニアのシビウ国際演劇祭でも上演。本映像は同年凱旋公演の模様を収録。
1997年度の演劇界は鐘下辰男の歳であった。「PW PRISONER OF WAR」「温室の前」「仮釈放」「どん底」の演出で、第5回読売演劇大賞の大賞・最優秀演出家賞を受賞。「仮釈放」が同賞で優秀作品賞を受賞。また第三十二回紀伊國屋演劇賞個人賞を文学座に書き下ろした「寒花」他で受賞。演劇集団THE・ガジラを創立して十年、鐘下辰男が描く日本人像の輪郭がようやく見えかけたといったところである。日本人い
己の正義のために、悪にはさらなる悪をもって、自由を追い求める兄・・・己の生を呪い、自らの欲望に忠実に、他人を徹底的に欺き利用する弟・・・この2人の兄弟の行き着く先には、どのような世界が広がっているのであろうか・・・?ドイツ疾風怒涛期を代表する傑作古典を通して、混迷する現代にひとすじの光を照射する!
QoiQoi第4回本公演。アーツカウンシル東京単年助成カテゴリーⅠ採択。オリジナル作品を書き下ろし、外部の新たなキャスト・スタッフと共に作り上げた挑戦作。劇場は語らない。笑い。涙。歓喜の拍手。多くの人々をただひたすら見てきた。劇場は思い出す。繰り返してきた人々の営みを。観客の眼差し、キャストの汗。スタッフの真剣な横顔。劇場は語らない。劇場は覚えていた。劇場は全て覚えていた。
子供のためのシェイクスピアシリーズは大人も子供も同じ空間で一緒に楽しめる舞台。お芝居を初めて観る方から演劇ファンまで、幅広い層の人たちを魅了し続けています。シェイクスピア没後400年の年にお贈りするのは、四大悲劇の一つ、「オセロー」です!お気をつけなさい、嫉妬という緑色の目をした怪物に・・・ヴェニスの軍人、ムーア人のオセローは議員ブラバンショーの娘デズデモーナと恋におち、密かに結婚する。オセローの
MM
ドイツの劇作家ハイナー・ミュラーによる象徴的で断片的なテキスト「メディアマテリアル」を、岸田理生が劇団「太虚(たお)」の為に独自の感性で詩劇として再構築し書き下ろした現代に響く作品です。メディアの激情が詩的な言葉と身体表現によって浮かび上がります。
Oroche Presents 001 能-BOXギリシャ悲劇シリーズ
出国したまま帰らぬ人となったテーバイの前国王ライオス。秩序を失った国は、怪物スフィンクスの悪行により混沌を極める。古代ギリシャ・コリントスの王子オイディプスは、誰しもが解けなかった怪物スフィンクスの謎を解き、危機を救った功績により前王の妻イオカステを自らの妻に迎え、テーバイの新しい王になった。安寧の日々も束の間テーバイには疫病が蔓延し、市民はオイディプスに救いを求める。望みを託したアポロンの神託に
祈りのナガサキを舞台に紡がれる母と息子の命の物語。2021年夏、ヒロシマ(『父と暮せば』)、オキナワ(『木の上の軍隊』)に続き、ナガサキを描くこまつ座「戦後"命"の三部作」第三作が待望の再演。井上作品の担い手として数多くの作品を手掛ける演出の栗山民也、情感豊かな演技で陰陽併せ持つ母親像を表現した母・伸子役の富田靖子、母への想いを熱量豊かに演じた息子・浩二役の松下洸平。井上ひさしの遺志を受け継いだス
アーサ・ミラーのアメリカ演劇史上最高の傑作。平凡なセールスマンの悲劇を過去と現在を巧みに交叉させながら描いた作品。この録画は巡演前の舞台稽古として日大芸術学部の講堂で上演したものを収録。
清姫は、好きになった僧の安珍に再会の約束を破られ、彼を追ううち蛇に変身し、安珍の隠れた道成寺の鐘を巻いて焼き殺す。道成寺は和歌山県に現存し、多くの伝説がある寺。日本人はなぜこの物語が好きなのか? 「今昔物語集」や歌舞伎台本、郡虎彦「清姫」などの戯曲を編み込んだ、現代版のレビュー。
2023年4月、青森県の岩木山ふもとの雪の下から女性の遺体が発見された。夫を名乗る人物が出頭するが、女性〈悦子〉が最後に一緒にいたのは昔のアルバイト先の同僚〈まつり〉だった。まつりは悦子との思い出を回想する。ふたりの出会いは八戸市の種差海岸にあるファミリーレストランまでさかのぼる。横田創の小説「埋葬」を原作にした、ふたりの女の回想と告白の60分。
こんにゃく座が初めて挑んだ日本近代文学のオペラ化。1996年から2000年まで全国の高等学校などで旅公演をおこなった。2012年にはこんにゃく座創立40周年記念公演として再演した。
次世代に、そして全世界に語り継ぎたい明日への再生の物語「人類史の折り返し地点」 ―― 井上ひさし2020年紫綬褒章を受章した演出家・鵜山仁が捧げる、終戦から3年後のヒロシマを舞台に父と娘が織りなす命の会話
高天原乳業の女子社員寮はソフトボール部が支配する伏魔殿!?実業団リーグの絶対王者である彼女たちは今夜も地下食堂に集結する!小劇場界の風雲児「柿喰う客」の最新作は女優9名によるクロスゲーム!栄光の影に隠された悪夢の歴史を暴き出すアンチ・ヒーロー・サスペンス!
スコットランドの王位簒奪を目論むマクベスは、マクベス夫人と共にあらゆる裏切りや陰謀を企て国王ダンカンを暗殺し、王位に就くも、その猜疑心と暴政により自らの身の破滅を招くのだった。結城座では1982年の初演以来幾度も再演され、代表的なレパートリーの一つとなった作品。1986年のベオグラード国際演劇祭では特別賞を受賞 するなど、「結城座のみが演じ得るマクベス」として、海外でも高い評価を受けた。
夜の教室。集まった三人の同級生たち。彼女たちは、自分たちが書いた落書きが二十数年の時を経て、再び子どもたちの机に刻まれているという噂を確かめるためにやってきた。「ハサミ男がやって来る」――それは忌まわしい過去、彼女たち自身の傷跡だった。その男に傷つけられた彼女たちは、いかにして心の傷や消え去ることのない影と闘っていくのか。彼女たちの求めた、誰にも汚されない、何者にも脅かされない「丈夫な教室」とは。
パクチーを育ててるんだと彼女は嘘をついたとある地方の寂れた町。結のアパートは町の真ん中からさらに離れたところにある。鉢植えばかりになった小さな和室にももう慣れた。慣れたというより違和感に悩む余裕がなかった。種まきから収穫まで淡々と、けれども抜かりなく育てる日々。大学の授業も抜かりなくこなす日々。そうしてすべてにおいて抜かりなくやっていたはずなのに、いつの間にか取り返しがつかないことになっていると気
グループ会社をいくつも持つ名家の洋館。2年も消息が途絶えている行方不明の夫。彼を待ち続けるその妻と息子。夫の弟は、もう帰って来ないだろうと妻に告げた。夫の弟は、兄の会社の代表に就いた。息子には恋人がいたが、母親は彼女との結婚を許さなかったあるとき、夫の友人だという男が訪ねて来る。夫の消息が次々と明らかになってく……。現代人の持つ危うさを浮き彫りにする傑作サスペンス。
くちびるの会長編演劇公演第7弾。《あらすじ》主な舞台は、愛知県三河地方にある、農村部。東京で恋人と同棲しながら脚本家を目指す、川村明利(32)にもとに、ある日、兄の雅史(35)から電話がかかってくる「親父の様子がおかしい、ちょっと様子見に行ってくれないか」。明利が帰省すると、なんと徹は「象」になっていた。明利は葛藤する。果たして、「象」となったどうすれば良いのか。
すれ違う愛情や嫉妬心、悲しみ、激情を古代インドの叙事詩「マハーバーラタ」の幾多の登場人物からビーマとドラウパディという特徴的な人物を取り出し、古今東西に通じる男女の心の機微を、夏目漱石の「夢十夜」の形を借りて奏でる詩的で幻想的な作品です。
一人の女をめぐり、男二人が命を懸けて闘う、愚かしいほどの愛と衝動今の時代に圧倒的に足りない、“生身の人間の熱量”を舞台上から浴びることができる、情熱的な演劇作品。 本作はスペインの伝説的劇作家、フェデリコ・ガルシーア・ロルカによる官能的な名作悲劇である。実際に起きた事件を元に1932年に執筆され、翌年にロルカ自身の演出によりスペインで初演、同年にアルゼンチンでも上演された、ロルカの3大悲劇の 1
かつて俳優だった男は語る。「俺は演劇を辞めた!」と。しかし彼がそう話す場所は舞台上で、その姿は観客に見られており、それは劇そのものである。彼がいるのは未だに劇の中の…
(フライヤーより)いたずら好きのピノキオに、まわりはいつもてんてこまい。ピノキオを作ったジェペットじいさんも、ピノキオにだまされて大あわてです。そしてついには他の童話まで壊し始めたからもう大変。でもピノキオは、ただ本当の子供になろうとしただけだったのです…。
ロームシアター京都が主体的に作品製作に取り組み、劇場のレパートリー演目として時代を超えて末永く上演されることを念頭にプロデュースする「レパートリーの創造」シリーズ第二弾として、2019年2月に上演された本作。演出、補綴、キャスト、スタッフ一丸となって壮大なスケールで描いた話題作の再演。【あらすじ】大名・高安家の跡取りである俊徳丸は、才能と容姿に恵まれたがゆえに異母兄弟の次郎丸から疎まれ、継母の玉手
物語る演劇
舞台は夢のような感じが漂う、1950年前後のアメリカ。老セールスマンのウイリー・ローマンは、かつての精彩を欠き、二世の社長からは厄介者として扱われている。妻のリンダは夫を献身的に支えているが、大人になっても自立出来ない2人の息子達との間には深い溝ができている。手にしたと思った夢はもろくも崩れ、絶望したウイリーは家族のためにある決断を下す。近代戯曲の物語を活かした「物語る演劇」シリーズ第一弾。
碧い海 白い砂浜 輝く太陽 この青春は放したくない!昭和18年、海に憧れ、自由な校風に憧れた少年たちが、新設された清水高等商船学校の門をくぐった。しかし少年たちを待っていたのは、軍規第一の非人間的画一教育であった…。事実を基に書き起こされた小説「青春の砦」を、自身も軍隊経験のある瓜生正美が舞台化。1987年まで全国で747回上演。1995年には戦後50年記念として演出も新たに上演した。
弦巻楽団演技講座
年齢・職業・演劇経験の垣根を超えて作品創作に取り組み、本格的な演劇体験ができることに定評のある弦巻楽団演技講座。開講10年を迎え、ついに『ロミオとジュリエット』を上演。互いに敵対する両家の間に生まれた、二人の若い恋人たち。1つの事件を皮切りに、運命の歯車が狂っていく名作悲劇。
ヴェニスの軍人であり、ムーア人のオセロー。彼は美しいデズデモウナと愛し合い、彼女の父親の反対を押し切る形で、半ば駆け落ちのように結婚する。オセローを嫌う部下のイアーゴーは、自分を差し置いて昇進した同輩のキャシオーを妬んでいた。そこで、イアーゴーはキャシオーがデズデモウナと密通しているという嘘をオセローに告げる。イアーゴーの巧妙な話術により、オセローは真実と嘘、信頼と疑念の間で揺れ動いていく。