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古典作品を未来の設定に置き換え、新たな視点で共感を得ようという試み。本作はシェイクスピア『ロミオとジュリエット』を題材に、500年後の未来を描きます。未だ因縁に縛られたモンタギュー家とキャピュレット家。ある日ロメオは、ごみ溜めの中に捨てられている一体のアンドロイドと出会い一目惚れするが、彼女はキャピュレット家の謹製ジュリエッタだった。
祈りのナガサキを舞台に紡がれる母と息子の命の物語
壁なき演劇センターと国立ベトナム青年劇場による国際共同制作ベトナム現代演劇を代表する国立劇場の俳優と日本の俳優が融合し、舞台上で日本語とベトナム語が飛び交う現代感覚に彩られた情熱的でダイナミックでスピーディな『新たなチェーホフ劇』ワーニャとソーニャは長年セレブリャコーフの活動を支えてきた。そこへ彼が後妻エレーナを連れてやって来る。そこでワーニャは今までの自分の彼への献身が無意味だったことを知る。
父アガメムノンを殺した実の母親クリュタイムネストラを殺し、仇討ちを果たしたオレステスは、姉エレクトラの看病もむなしく、正気と錯乱を繰り返して衰弱していった。町ではアルゴス人たちが母親殺しの姉弟の処刑方法を投票で決めようとしている。ヘレネの巻き起こしたトロイア戦争から帰国したメネラオスに助けを求めるが、居合わせた祖父のテュンダレオスにもののしられ、二人は悲嘆にくれる。死刑が確定したという知らせを聞き
夜の教室。集まった三人の同級生たち。彼女たちは、自分たちが書いた落書きが二十数年の時を経て、再び子どもたちの机に刻まれているという噂を確かめるためにやってきた。「ハサミ男がやって来る」――それは忌まわしい過去、彼女たち自身の傷跡だった。その男に傷つけられた彼女たちは、いかにして心の傷や消え去ることのない影と闘っていくのか。彼女たちの求めた、誰にも汚されない、何者にも脅かされない「丈夫な教室」とは。
メロスは、妹の結婚の品を買うのに町を訪れたが様子がひどく暗く落ち込んでいた。その原因が多くの人を処刑している暴君と聞き激怒する。創作の契機に壇一雄と井伏鱒二との熱海の宿でのエピソードがある。太宰治が借金をしていた壇に対し井伏との談笑に明け暮れて約束を反故にした経過がある。壇に責められた太宰は「待つ身が辛いかね。待たせる身が辛いかね。」と逆に聞き返し、友情を信じられるか否かの問答を吹っかけたという。
祈りのナガサキを舞台に紡がれる母と息子の命の物語。2021年夏、ヒロシマ(『父と暮せば』)、オキナワ(『木の上の軍隊』)に続き、ナガサキを描くこまつ座「戦後"命"の三部作」第三作が待望の再演。井上作品の担い手として数多くの作品を手掛ける演出の栗山民也、情感豊かな演技で陰陽併せ持つ母親像を表現した母・伸子役の富田靖子、母への想いを熱量豊かに演じた息子・浩二役の松下洸平。井上ひさしの遺志を受け継いだス
演劇をやめて久しい土井は、かつて出演した演劇作品の「演出家」の弟を名乗る人物から、演劇の上演を依頼される。そこで土井が受け取ったのは、アンドレイ・タルコフスキーのある映画をもとに書かれた、演劇と救済にまつわる、一本の奇妙な戯曲だった――。初演を経て、演出、演技を全面的にブラッシュアップした、東京公演版「フェイク・読書会演劇」。
『かもめ』の中に、情熱を持ち続けることの難しさや拭いきれない孤独など、現代社会と通じる問題を照らす。新たな世界へ飛び立ちたいと願い戦いながらも希望を失い妥協していく人々と、傷つきながらも妥協を拒絶し再び立ち上がろうとする人々の人生を、冷たい視線から赤裸々に描くことを通して《今の社会において人はいかにして死に、又は生き続けられるのか? 現代の不安定な生を支え得るものは何であるのか?》について問い直す
僕の名前は羽山走次。8歳で小学校の3年生。それはある日、突然、起こったんだ。お父さんもお母さんも、いきなり子どもになっちゃった。お兄ちゃんも幼稚園児みたいだし、おじいちゃんはまるで赤ちゃん。どうしてこんな不思議なことが起こってしまったのだろう? それはどうも、ぼくの精神年齢だけが大人になった、ということらしい。つまり僕から見れば、精神年齢の低い人は学校の先生だろうが子どもに見えるってわけ。でもどう
(フライヤーより)ツロの若き領主ペリクリーズは、アンティオケの王女を妻に望み、その王アンタイオカスの課した謎を解くが、父と娘の秘密の関係をも見破ってしまう。身の危険を感じて故国に逃げ戻ると、国事を忠臣ヘリケーナスに託し、刺客の追手を逃れるために密かに出国する。途中、難破してたどり着いたペンタポリスで、その地の王サイモニディーズの娘セーザに慕われて結婚する。しかし、故郷からの手紙で急遽、身重の妻を伴
己の正義のために、悪にはさらなる悪をもって、自由を追い求める兄・・・己の生を呪い、自らの欲望に忠実に、他人を徹底的に欺き利用する弟・・・この2人の兄弟の行き着く先には、どのような世界が広がっているのであろうか・・・?ドイツ疾風怒涛期を代表する傑作古典を通して、混迷する現代にひとすじの光を照射する!
とある戦争が終わってからの、昔々のアメリカ。街からは遠く離れた山奥に人目を避けるように建つ一軒の館があった。そこには敗戦国と呼ばれた国の令嬢が集められていたが、その暮らしには不憫も不当も見当たらず、小さな諍いくらいはそりゃあれど、今日も、明日も、明後日も、来週もその次も、何が起きても、誰がいなくても、平和な毎日。ピース。嘘偽りある、渾身のシリアスコメディ。
深い闇の中に、鋭く射し込むスポットライト。魂に響くヘンデルの名曲と台詞。苛酷な運命に操られる若者たちの悲劇を、幻想的な美しさと、力強いタッチで浮かびあがらせる。ワレリー・ベリャコーヴィチが世界を驚かせた魔法の演出!!天才演出家ワレリー、凄艶華麗なる剣幸、そして、抜群のアンサンブルで魅せるピッコロ劇団、ついに“劇突”。
18世紀のフランスの修道院。貞潔・清貧・従順を神に誓い、神の花嫁となる修道女。その戒律を拒否した娘シュザンヌは、社会から、そして家族からも見捨てられ閉ざされた修道院の中で、自由を求める闘いを始める。
2500年前の傑作『オイディプス王』を現代女性の見た悪夢としてとらえ、運命に翻弄される人間世界を描いた。ギリシア悲劇の世界を女優だけで演じた奇抜な演出は大きな反響を呼び、2002年の初演以来、国内外での再演も多い。2010年にはルーマニアのシビウ国際演劇祭でも上演。本映像は同年凱旋公演の模様を収録。
スコットランドの王位簒奪を目論むマクベスは、マクベス夫人と共にあらゆる裏切りや陰謀を企て国王ダンカンを暗殺し、王位に就くも、その猜疑心と暴政により自らの身の破滅を招くのだった。結城座では1982年の初演以来幾度も再演され、代表的なレパートリーの一つとなった作品。1986年のベオグラード国際演劇祭では特別賞を受賞 するなど、「結城座のみが演じ得るマクベス」として、海外でも高い評価を受けた。
劇団「柿喰う客」結成13年目に送る新作。13日の金曜日、恩師の13回忌に集まった美術系私立大学の同窓生13人を巡る物語が繰り広げられた。
実在の人物である、文学者・医者のユダヤ系ポーランド人、ヤヌシュ・コルチャックの後半生を描く。第一次世界大戦後、ユダヤ系とポーランド系の孤児院を運営するコルチャック。その孤児院は、厳しい管理や強制ではなく、子ども達の自治を実践していた。子どもを一人の人間として尊重し、彼らの自治による世界を実現するという、革新的な彼の主張は、1989年に国連で制定された「子どもの権利条約」に生かされている。ナチスのユ
「真の美しさや人間的感情を求める人生が、虚栄の美しさや幸福を暴力的に求める存在によって破壊され犠牲となっていく社会」という主題に光を当て、2つの世界が互いに理解共存することが不可能であることを通して、人間はいかに共存していくべきなのか?という問題に切り込む。ワーニャは長年セレブリャコーフの活動を支えてきたが、彼が定年退職しその無能さが明らかになり、今までの自分の献身が全くの無意味だったことを知る。
・あらすじ少年時に同じ人物から性被害を受けたコースケとノゾミ。そしてコースケの弟リオ。場所はコースケの部屋。コースケはノゾミとリオを部屋に集め、彼らの被害を告発する記事への協力を依頼する。性被害の加害者は実は彼らの父親だった。しかし、告発する事で更なる迫害を受けると彼らは意見がぶつかり合い、コースケは抑えられていた精神状態が錯乱し刃物を彼らに向ける…。・概要少年性被害を取り上げた物語。“持続可能”
グループ会社をいくつも持つ名家の洋館。2年も消息が途絶えている行方不明の夫。彼を待ち続けるその妻と息子。夫の弟は、もう帰って来ないだろうと妻に告げた。夫の弟は、兄の会社の代表に就いた。息子には恋人がいたが、母親は彼女との結婚を許さなかったあるとき、夫の友人だという男が訪ねて来る。夫の消息が次々と明らかになってく……。現代人の持つ危うさを浮き彫りにする傑作サスペンス。
あらすじ:五島神島出身の山口アイ子が幼馴染の大山金太郎に熱海の海岸で絞殺された。東京警視庁で唯一の女性捜査官木村伝兵衛とその部下の万平、八王子から赴任してきた刑事、熊田留吉は、この事件の真相に迫っていく。
舞台は20世紀初頭ロシアの貧民街にある木賃宿。そこに巣くう泥棒、アル中の役者、巡礼者、男爵、靴屋、帽子屋、浮浪者の群れ。一つの殺人が浮き彫りにしていく裏切り、苦悩。そして人々のしたたかな姿。今日も酒をあおり、歌でやり過ごす一日が暮れていく。
ドイツの劇作家・革命家ビューヒナーによる未完の戯曲をアレンジした作品。下級軍人ヴォイツェクには、内縁の妻マリーと子どもがいる。しかし、彼は貧困のため結婚できずにいる。ヴォイツェクは軍隊の仕事の他に、医者の人体実験を手伝い、大尉の髭剃りをして生活費を稼いでいる。ある日、彼は、マリーと軍楽隊長の浮気現場を目撃する。精神錯乱状態に陥ったヴォイツェクは、ついには、マリーを殺害してしまう。
老いたバラモン僧は、回教徒の将校に恋するヒンドゥー教徒の娘を我が物とするため妖術を使い、自身と娘を犬の姿に変えてしまう──。老俳優の熟練した語り、生々しい欲望の世界を軽やかに演じる変幻自在な人形、絶妙な間合いをとる音楽によって、人間の性のエネルギーと葛藤が鮮烈にイメージ化されます。叶わぬ恋を頑なに貫く娘、やがて破滅へと向かう2匹。「宗教」と「戦争」を背景に、さらに人間の悲哀をも描き出します。
第二次世界大戦中、ナチス・ドイツの迫害を逃れてオランダ・アムステルダムの隠れ家に潜伏したユダヤ人一家の少女、アンネ・フランクの生涯を描いた作品、ミュージカル化
歌舞伎ミュージカル
井原西鶴原作の浮世絵草子を知念正文が構成脚色。身を焦がす恋に命を燃やした美しい五人の女たちを歌う舞姫、石丸有里子が見事に演じ分ける。人形振り、ひきぬき、けれん……など、あらゆる歌舞伎の手法を駆使し、日舞はもちろん洋舞、アクロバットダンス、三味線の生演奏、肉体でみせる桜の踊り、火の踊り、舞扇の群舞と、盛りだくさんのエンターテイメント作品。
近松門左衛門の『曾根崎心中』と四世鶴屋南北の『東海道四谷怪談』を、「生活は汚れである」という世界観のもとにドッキングした作品。心中に失敗した男女の愛が落ち延びて生活するうちに萎びてゆくドラマを、古語による台詞と非日常的・非生活的な身体で描いた。生活に近い言葉や身体ではなく、コンフリクトを抱えた俳優の身体の中に、生活のドラマを追求した。
平家女護島 鬼界ヶ島の場
近松門左衛門の晩年の作『平家女護島』。その二段目にあたる『俊寛』。歌舞伎時代物の様式美と激しいドラマが一体となって胸に迫る一作。 平清盛の専横に怒りを抑えかねていた俊寛らは謀反を理由に流罪に遭います。三年後のある日、船がやって来て赦免状が届けられますが、俊寛の妻・東屋が清盛に殺されたと知らされて……。 中村翫右衛門、中村梅之助らが演じ継いできた俊寛を、満を持して藤川矢之輔が演じます。
(フライヤーより抜粋)時は、1918年及び1980年へと翻案されている。主人公風間武史は、アール・ヌーボーに傾倒する現代の画家。ヒロインの朝倉舞希子は、新劇の揺籃期に生きた新進舞台女優。62年の時を越えて巡り会うふたりの姿がもたらすものは、ロンドにも似た、恋愛と芸術の永遠性なのかも知れない。
物語る演劇
舞台は夢のような感じが漂う、1950年前後のアメリカ。老セールスマンのウイリー・ローマンは、かつての精彩を欠き、二世の社長からは厄介者として扱われている。妻のリンダは夫を献身的に支えているが、大人になっても自立出来ない2人の息子達との間には深い溝ができている。手にしたと思った夢はもろくも崩れ、絶望したウイリーは家族のためにある決断を下す。近代戯曲の物語を活かした「物語る演劇」シリーズ第一弾。
2000年、アウシュビッツからホロコースト教育資料センターに遺品として届いた少女のかばん。表面には大きく『ハンナ・ブレイディ625 1931年5月16日生まれ 孤児』と書かれていた。春奈と純太の兄妹は、そのかばんを開けた途端、1938年のチェコスロバキア、ノブ・メストに暮らすユダヤ人一家ブレイディ家にたどり着き、娘「ハンナ」、息子「ジョージ」として暮らすことに……。ひとつのかばんから今世界中に広が
頂上まで登りかけた男の転落から13年家族の心はすれ違っていたそして決定的な一夜が訪れる・・・
こんにゃく座が初めて挑んだ日本近代文学のオペラ化。1996年から2000年まで全国の高等学校などで旅公演をおこなった。2012年にはこんにゃく座創立40周年記念公演として再演した。
清姫は、好きになった僧の安珍に再会の約束を破られ、彼を追ううち蛇に変身し、安珍の隠れた道成寺の鐘を巻いて焼き殺す。道成寺は和歌山県に現存し、多くの伝説がある寺。日本人はなぜこの物語が好きなのか? 「今昔物語集」や歌舞伎台本、郡虎彦「清姫」などの戯曲を編み込んだ、現代版のレビュー。
「センシティブな乙女たち 〜津波のない被災地〜津波が届くことがなかった2次被災地には、 非日常の体験をした人々が、 今尚、口を閉ざして当時の記憶を心に留めて生きている。そんな 3 人の婆たちがドライブの最後に見た空に舞うヘリコプターの機体に書かれていたのは、世界中の国の名前だった。「水底の家」石巻の沖合にある網地島に住む老夫婦は、 行方不明となった娘の痕跡を探していた。そんなある日、 海岸に人魚が
「わたしは城の桜姫、世界で一番美しい。雪と競うても花と競うても負けはせぬ。」そんな姫が京の都から訪れた三条の宮のもとに嫁ぐことになった。思い立ったら矢も盾も、人の言葉に耳貸さず、冬のさなかのお興し入れ、鬼住むという鬼きり峠、雪降りしきる峠道……「雪崩だぁーっ」共の者たちの悲鳴の中、姫は雪にのまれて……夢うつつに男の背で聞く言葉「人と思えば人となり、鬼と思えば鬼となる。すべてはお前の心次第だな」気が
オフィスコットーネプロデュース
旧日本軍の軍国主義を通して、いびつな支配構造を糾弾する作品。ファシズム批判でナチスから糾弾されたドイツ人劇作家ゲオルク・カイザーが1940年に発表した戯曲。模範兵である北国の貧農出身のタナカが、大飢饉に見舞われた故郷に休暇で帰ると妹が不在である。偶然妓楼で妹に再会した彼は、自分のために妹が売られたことを知り、上官と妹を殺してしまう。そして軍法会議にかけられた彼は、民の窮状と軍のまやかしを批判する。
碧い海 白い砂浜 輝く太陽 この青春は放したくない!昭和18年、海に憧れ、自由な校風に憧れた少年たちが、新設された清水高等商船学校の門をくぐった。しかし少年たちを待っていたのは、軍規第一の非人間的画一教育であった…。事実を基に書き起こされた小説「青春の砦」を、自身も軍隊経験のある瓜生正美が舞台化。1987年まで全国で747回上演。1995年には戦後50年記念として演出も新たに上演した。
海外でも評価が高いシアターモーメンツがシェイクスピアの「マクベス」を粗筋はそのままに90分にブラッシュアップし上演。魔女を「WEBに溢れる情報」と解釈し、家庭用のビニールゴミ袋で表現。より確かな幸せを求め中身のないゴミ袋に振り回されるマクベス夫妻と、実態の見えないネット上の言葉に翻弄される現代人を重ねた。また、本作は翌年マカオ国際青少年演劇祭に招聘され絶賛を受ける。
日本を代表する幻想作家・泉鏡花彼の傑作であり、2019年に劇団グスタフで上演した「天守物語」と対をなす作品。シアターグスタフならではの舞台装置で山奥の苔むすような雰囲気を再現。わたなえベ佳英の脚色、演出家抱晴彦による演出、和楽器の生演奏で、新たな表現で泉鏡花の幻想世界の魅力を伝えるとともに、美しい日本語の響き、その魅力を伝えていく。【あらすじ】かつて妖怪と人間との間で交わされた約束が時を経て伝説と
生命保険会社「第三生命」でしのぎを削る保険営業たちはリスキーな日常に陶酔し麻痺していた。新年度、営業部に社内初の女性部長が誕生する。ヘッドハンティングされてきたのは保険営業のプロと保険営業の素人だった。対極の女性部長が二人。新体制となった営業部を舞台に言葉のガソリンで回り続ける保険屋たちの群像悲喜劇!ステージ上に2つの可動型高座を組み、2人の講談師によるピアノの連弾ならぬ、講談の連談演出に挑みまし
劇団初のチェーホフ作品。湖畔の田舎屋敷を舞台に、作家志望の青年トレープレフと女優を夢見る乙女ニーナの関係を軸に、屋敷に集まる人々のさまざまな恋愛模様が描かれる。この群像劇を自己実現の病に苛まれた現代人の苦悩の姿と解釈し、「剥製たちのボードビル」として上演した。初演は2019年、劇団創立35周年記念公演。その後2023年にルーマニアのシビウ国際演劇祭に招聘され大きな話題となる。
原爆投下から3年後の広島を舞台に、父と娘の精緻な対話が織りあげる、ほのかな恋の物語。しかし核兵器の、人類の存在をも脅かすそのおぞましい力は、可憐な娘の心にも大きな傷跡を残していた。生きる喜びを失くしてしまった娘にふたたび希望の光を蘇らせるために、いま、父は全身全霊で娘に語りかける。
前向きに生きる。これは簡単なことではありません。前向きに努めながらも、何一つ報われないまま人生が終わることなどよくあることです。だからって後ろ向きはまっぴらごめんです。前のめりになるくらい前向きに人生を歩もうではありませんか? 後ろ向きな人生が、あることをきっかけにパッ!と前を向いたときに生み出される、生きることへのエネルギーを私は信じたいです。これは後ろ向きな男が前向きに人生を見つめなおす作品で
ウィリアム・シェイクスピア四大悲劇の中でも最高峰の名作「ハムレット」を、大胆にも男性5人で紡ぐミュージカルにアレンジし、ヒロイン、オフィーリアをはじめとした女性役もすべて、男性キャストが演じ、さらに1人のキャストが数々の登場人物を演じ分け、物語を展開します。「生きるべきか、死ぬべきか」などシェイクスピアの数々の名言・心理に迫る台詞を、胸に響く歌で綴る、挑戦的かつ刺激的な舞台です。いま注目の人気若手
青年が死んだ。死因は心臓マヒ。26才、未来産業としての原子力にあこがれ、原子力発電所に就職して、七年目の死だった。息子はなぜ死んだのか。母親の、なりふりかまわぬ追求で知られていなかった事実がつぎつぎと浮かび上がる…。息子を思う母親のひたむきな愛があきらかにした原発の真実!1982年には福島や新潟、福井をはじめ、原発所在地や建設予定地など、日本縦断公演を実現。
ストラヴィンスキーの「春の祭典」やラヴェルの「ボレロ」など、数々の名曲に挑み独特の音楽世界をダンス作品として発表してきた平山素子が、劇作家シェイクスピアが残した言葉や劇世界をモチーフに、初めて本格的な演劇的ダンス作品として2015年に発表した『POISON~シェイクスピアを喰らう~』から4年。俳優の河内大和ら初演メンバーに加え、ダンス集団TABATHAの四戸由香、Noism退団後初舞台となる中川賢
COCOON PRODUCTION 2023
青年が老婆を拾った。社会にうまく馴染めず、派遣のピエロの仕事でギリギリ生活をしている青年(竜星涼)。しかしそんなピエロ業も、決してうまくはいっていない。ある日、道端の老婆(高橋惠子)に手品で花束を渡すと、老婆はどこまでもついてきた。そして、青年の部屋にまで上がってきた。すぐに老婆を帰そうとするも…、青年と老婆の不思議な共同生活が始まっていく。青年を心配する兄夫婦(藤井隆/山田真歩)、仕事先の女性社
「隅田川 森羅万象 墨に夢」プロジェクト企画
オンライン演劇。コロナ禍での「映像配信で実現する演劇体験」を追求した、全く新たな「隅田川物」として表現。江戸時代に隅田川で起きた落橋事故という大惨事。人々はこれを落語『永代橋』に昇華させた。この悲劇さえも笑いに変えて力強く生きる江戸の市井の文化に着目し、歌舞伎『八幡祭小望月賑』など隅田川ゆかりの古典作品群をコラージュ。コロナ禍に苦しむ現代と事故当時を重ね合わせ、カタストロフを乗り越える人間の逞しい
こまつ座「戦後"命"の三部作」の記念すべき第一作。魅力あふれる新しい俳優を迎え堂々上演。
岸田理生アバンギャルドフェスティバル リオフェス2024
寺山修司作「身毒丸」を岸田理生が台本を脚色、改定し、1995年、蜷川幸雄が演出、武田真治、白石加代子の主演で初演が公演、日本のみならず、ロンドン、バービカン劇場で大絶賛を得て、藤原竜也を天才新人と言わしめた。そんな「身毒丸」が令和の時代に「野外劇 身毒丸R」として復活。うだるような真夏の夜、月と星の灯りの元に夏風さやり、虚構と現実が蕩け合う。時代を廻り、世界の果てを越え、母子の物語は、何処へ辿り着
「場所にこびりついた記憶」と「記憶の空洞」をテーマに、メンバー各自の地元に赴き、その場の記憶を拾い上げ、その場に居た私たちにしか掴めないものを探した2週間の「ZAZI・ZOO JAPAN TOUR 2023」そこから、記憶というテーマはずらさずに、演劇史や過去の創作物を進歩史観に照らし合わせ、ちぎってはつなげて生み出した「ZAZI・ZOO JAPAN TOUR 2023」最終章。
弦巻楽団演技講座
年齢・職業・演劇経験の垣根を超えて作品創作に取り組み、本格的な演劇体験ができることに定評のある弦巻楽団演技講座。開講10年を迎え、ついに『ロミオとジュリエット』を上演。互いに敵対する両家の間に生まれた、二人の若い恋人たち。1つの事件を皮切りに、運命の歯車が狂っていく名作悲劇。
⾔語学者の⾳埜淳(おとのじゅん)と息⼦・⼤介の⼆⼈が住む家に、淳の弟・丹波准(たんばじゅん)が押しかけて 3 ⼈の同居⽣活が始まる。なんだか噛み合わない⽇々の中で、時折漂う不穏な空気。そこに⾳埜淳の義弟・楠⽊塁(くすのきるい)が来訪してくる。なぜか横並びに4つ並んだリビングの椅⼦たち。少し窮屈そうにしながらもそれを受け⼊れ座る 4 ⼈。季節はボンヤリと過ぎていく……。2015年初演の同作を、キャス
次世代に、そして全世界に語り継ぎたい明日への再生の物語「人類史の折り返し地点」 ―― 井上ひさし2020年紫綬褒章を受章した演出家・鵜山仁が捧げる、終戦から3年後のヒロシマを舞台に父と娘が織りなす命の会話
Oroche Presents 001 能-BOXギリシャ悲劇シリーズ
出国したまま帰らぬ人となったテーバイの前国王ライオス。秩序を失った国は、怪物スフィンクスの悪行により混沌を極める。古代ギリシャ・コリントスの王子オイディプスは、誰しもが解けなかった怪物スフィンクスの謎を解き、危機を救った功績により前王の妻イオカステを自らの妻に迎え、テーバイの新しい王になった。安寧の日々も束の間テーバイには疫病が蔓延し、市民はオイディプスに救いを求める。望みを託したアポロンの神託に
くちびるの会長編演劇公演第7弾。《あらすじ》主な舞台は、愛知県三河地方にある、農村部。東京で恋人と同棲しながら脚本家を目指す、川村明利(32)にもとに、ある日、兄の雅史(35)から電話がかかってくる「親父の様子がおかしい、ちょっと様子見に行ってくれないか」。明利が帰省すると、なんと徹は「象」になっていた。明利は葛藤する。果たして、「象」となったどうすれば良いのか。
シアターコクーン・オンレパートリー1993春
平安時代の藤原薬子の変を題材に、ヤマベ王の第1王子・アテノと、アテノに見初められた女性・クスコの愛を描いた物語。「上海バンスキング」とならぶ斎藤憐の傑作と名高い。1982年に自由劇場にて初演。その後、再演を重ね、1993年にシアターコクーンのオンレパートリーとして上演。