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英国を代表する劇作家、ダンカン・マクミランの2007年発表の戯曲。子供が抱える問題、そしてその責任はどこにあるのか。これは希望と、その希望を失ったとき誰もが感じる痛みについての物語。
遠くて近い国・アイルランド。詩的で浪漫的なシングと現実的で科学的なグレゴリー夫人。現実の中の壮大さと野性的なものを描いたダイナミックさ愚鈍なほど素朴で純真さを持った土着性と骨太な人間臭さをぜひお楽しみ下さい。
外側から(偏見まじりで)見られるという暴力への抵抗は、内側からおそるおそる言葉を発信することなのかもしれない。あまい洋々として描き続けてきた社会的に弱い立場にある『みえない子どもたち』。これまではその内側のみを書くことに注力していたが、これからは彼らと関わろうとする外側の人たちについても眼差しを注いでいきたいという決意を込めた演劇作品。
大金をめぐるifから始まる物語。40人余に及ぶ登場人物をたった6人の俳優ですべてこなすというトンデモナイ芝居ですが、大人のメルヘン童話を読むような軽い気持ちでご覧下さい。
「キミがどんなに世界に軽蔑されても、ボクはキミを軽蔑する世界のほうを軽蔑するし、してきた。」第66回岸田國士戯曲賞受賞作『バナナの花は食べられる』で描いた“人情”のその先、“愛”のフェーズ━━━本作をもって劇団公演では作家に専念すると宣言した山本卓卓が、夫婦という最小単位のコミュニティから日本社会を浮かび上がらせ、罵倒や暴力の先にある人間の優しさと愛を描く。
「表現の自由」という権利の重要さ、尊さを改めて認識してもらい、これらを抑圧しようとする、ネットやメディア等の「現代の検閲」のについて、当事者意識や必然性などを考察し、表現を規制し抑圧する正当性が本当にあるのか否かを観客に問いかけることで、表現活動への理解を深めることを目標とした。観客の芸術表現についての思想の成熟を促すことを目指し、全ての芸術表現への理解度を深める機会となることを目指し企画された。
ところは関東のある小都市、某不動産会社のバックアップで、リゾート開発をめざしていた保守党の市長が、愛人宅で急死した。後援会が後継者選びに苦心する間に、反対派閥の県議がはやばやと立候補を宣言し、不動産会社もそっちへ寝返る。あわてた市長派は、大学助教授である市長の娘婿に白羽の矢を立て、東京から呼び戻した。理想家肌の助教授は、教育文化都市の建設を説き、クリーン選挙を条件として立候補を承諾した。ところが選
とある県立高校。サッカー部の舞原健はモンスターペアレントの母のことを担任・浦川麻由に相談していた。そんな折、スクールカウンセラーの藤堂智絵が着任し、麻由と意気投合。その藤堂の相談室に、いの一番に訪れたサッカー部マネージャー奥野早織は「浦川先生と舞原くんが怪しい」と衝撃の告白をする。教育現場を舞台に、教師と生徒の関係、さらには生徒と親と学校の距離感等を丁寧に紡ぎ、届けるのは――「慈愛」。
旧約聖書『ヨブ記』を、現代日本の女性の物語として翻案。希帆はシングルマザーの風俗嬢だ。育児放棄し、仕事も欠勤し、転がり込んだ男の部屋で酒浸りになった彼女の元に、兄、大家、兄の弟分のチンピラが代わる代わる訪れては大量の「正しい」言葉を浴びせかける。旧約聖書のヨブはよかった。自分の受難を訴える言葉と、訴える相手の神もいた。でも希帆は言葉を持っていない。声なき人の声は、どのようにこの世界に現れるだろう?
火曜日のシュウイチ
機能低下は必ず来る。やがて誰もが目と歯と腰と、そして頭脳に問題を抱えるようになる。それはもう疑いの無い事実。叫びたいほどの不安。でも誰も叫ばない。ダッテ、モウワカクハナイカラ…。冗談じゃない、と俺は思う。あなたとふたり、濁った記憶の煙突にのぼり、あったかどうか定かではない無用の街を見下ろす。「いったい俺が何をした? 責任者出て来い!そこに立て。こっちを見るな。ボリビアには行かない。金の話も忘れろ。
夢と現実の境界を行き来するうちに浮かび上がる世界。言葉を介さず連なる点と点を結ぶことで、呼び起こされる記憶。言葉によって何もかもを理解しようとする私たちの、その外に広がる世界に想像をめぐらせる。3団体の俳優らを中心とした長期プロジェクトから始動。演出はマイムの動きをベースに、独自の演出で注目を集めるカンパニーデラシネラの小野寺修二。ダンス・マイム・手話・コトバの境界を超えた、身体について探求する。
極東最大のアメリカ空軍基地である嘉手納飛行場。この飛行場近くの小高い丘で観光客相手に「基地観光のガイド」をする一人の老人。「戦争中、何が何だかわからない内に取り上げられて、日本軍の飛行場になって…戦争が終わったら今度は、アメリカの飛行場になって…土地は取り上げられたまま…戻って来ない…」沖縄戦…アメリカ統合…本土復帰…日本とアメリカに振り回されてきた庶民の苦しみと怒り…。津嘉山正種が魂を込めて語る
僕の名前は羽山走次。8歳で小学校の3年生。それはある日、突然、起こったんだ。お父さんもお母さんも、いきなり子どもになっちゃった。お兄ちゃんも幼稚園児みたいだし、おじいちゃんはまるで赤ちゃん。どうしてこんな不思議なことが起こってしまったのだろう? それはどうも、ぼくの精神年齢だけが大人になった、ということらしい。つまり僕から見れば、精神年齢の低い人は学校の先生だろうが子どもに見えるってわけ。でもどう
座付作家和田澄子処女作「川向う」との2本立てで最新作として上演。絵本を基に上演10年前に書かれた戯曲である。橋の下に棲むガタロと少女せつの出会いと別れを民話劇風に描く。ガタロは橋の下を寝床に暮らしているが、村人からは恐れられる存在だった。その村に住む少女・おせつは、畑仕事をしている両親に祖母のお弁当を届けようとしていた。暑い中遠い橋を使うのは大変なので、ガタロがいる方の橋を渡ることに。ドキドキしな
ミュージカル
動物たちが仲良く暮らす「ポカポカ村」に牛のカンタロー君が引っ越して来ます。カンタロー君は今まで暮らした村々で体の黒いブチブチをからかわれて、友達ができませんでした。心優しいポカポカ村の住民は彼を温かく迎え入れて、村のお祭りである羊さんの毛刈りを一緒に楽しみます。真っ白な羊さんの毛をみたカンタロー君は「これだっ!」とひらめき思い切った行動に出ます。でもその行動が、村中を巻き込んだ大事件に発展するので
下北ウェーブ2019
本多劇場主催「下北ウェーブ2019」にて選出・上演。初演(題『うたたね姫』)は2014年、松戸市での滞在制作を通し、再開発される街と、そこに適応できない人々の姿を描いた。再創作版では、かつて自ら書いた戯曲に共感できないという違和感を出発点に、普段の知覚外にある社会事象を扱った。「その程度で悩むな」という意見の暴力性と向き合うことで、見えにくい痛みや、世界の多様性をあぶり出した。
「僕は人を救いたいんだ・・・それって恥ずかしいことかな?」フィクションで現実を乗り越え生きていこうとする人々の人情劇。第66回岸田國士戯曲賞受賞作、新演出で堂々の再演。
ルー大柴の魅力は、日本人離れした破天荒な演技ではなかろうか。そのルーツは、高校卒業後にヨーロッパ、アメリカをヒッチハイクした経験から来ているのであろう。路上で馬の釘を加工して、アクセサリーを売りながらの生活はどんな役者修行よりも貴重な体験だったに違いない。帰国後、役者を志し勝新太郎が主宰する勝アカデミー第一期生として小堺一機らと一緒に勉強をする。その後、アンダーグラウンド劇等を経て、関根勤の「カン
劇作家・西尾佳織によるレクチャー・パフォーマンス。5歳から5年半をマレーシアのクアラルンプールで過ごした西尾は、2018年、奇縁からマレーシア各地の日本人墓地に眠る人々のリサーチを開始した。墓地に眠る8割はからゆきさんと呼ばれた日本人女性だった。東南アジアへ渡り、娼館勤めをした彼女たちの足跡をたどった旅についての語り。
壁なき演劇センターと国立ベトナム青年劇場による国際共同制作ベトナム現代演劇を代表する国立劇場の俳優と日本の俳優が融合し、舞台上で日本語とベトナム語が飛び交う現代感覚に彩られた情熱的でダイナミックでスピーディな『新たなチェーホフ劇』ワーニャとソーニャは長年セレブリャコーフの活動を支えてきた。そこへ彼が後妻エレーナを連れてやって来る。そこでワーニャは今までの自分の彼への献身が無意味だったことを知る。
第26回劇作家協会新人戯曲賞の最終候補作家であるビトが書き下ろし、芝居処 華ヨタの内田達也が演出を手がける作品。ある月夜、電信柱に見守られた路地には、2人のチンピラ、何かを待つ人たち、電信柱に祈る女と彼女を連れ帰りたい弟、2匹の獣、サンタクロース、犬がいた。母を探す少年・瞬と、2人の少女・杏と萌華もその路地で出会い……。
ハンドル名「ヤリタイ」「シタイ」「小夜子」「天涯孤独」の4人が初めて直接会う「オフ会」が近いというのに、シタイからの連絡が途絶えてしまい、ある日、仲間全員にシタイから謎のEメールが届く。指示に従ってヤリタイたちが手に入れたのは、白い粉の入った謎の小瓶……。シタイは何の目的で白い粉を送ってきたのか? シタイは今どこにいるのか? そもそも、白い粉は何なのか? オンラインとオフライン。イメージと現実。
老人ホームサンライズで働き始める介護職員A子。彼女が体験する福祉の現場は想像以上に過酷なものだっ た。しかし、そこで入居者のB二郎と出会う。仕事に翻弄されながらも福祉という繋がりの中で2人の間に 生まれる友愛、そして1人の人を看取るまでを芝居で表現。後半は、B二郎の歩んできた道のりをたどる30 分間の舞踏で構成する、演劇とダンスを使った、A子とB二郎、ふたりの絆の物語。
青年が死んだ。死因は心臓マヒ。26才、未来産業としての原子力にあこがれ、原子力発電所に就職して、七年目の死だった。息子はなぜ死んだのか。母親の、なりふりかまわぬ追求で知られていなかった事実がつぎつぎと浮かび上がる…。息子を思う母親のひたむきな愛があきらかにした原発の真実!1982年には福島や新潟、福井をはじめ、原発所在地や建設予定地など、日本縦断公演を実現。
老いのプレーパーク出張公演inいなべ市
会いたい人に会えない、行きたいところに行けない、限られた空間で暮らす毎日。コロナ禍で始まった自粛生活、それはまるで老いのリハーサルのようだ。当たり前の自由が奪われたとき、私たちの心と身体は一体何を求めるのか。それでも、私たちは会いたい人に会える、行きたいところに行ける、演劇を使って。超高齢社会を生きる全ての人々に捧げる、“生活者による生活者のためのあたらしい演劇”。
戦後しばらくたった1955年、伊丹である男女が出会い、家族が始まる。万博の熱気、バブルの高揚、震災の喪失、検査と対策の時代を経て現代まで――伊丹で豆腐屋を営むある家族の歴史を、いくつもの時代と街の風景を通して描いた舞台。ごまのはえの脚本と小原延之の演出が初タッグを組み、2025年度で閉館を迎える伊丹アイホールと人々の物語を語り直した。
太宰治の代表作「走れメロス」を、バラエティ溢れすぎる俳優たちはどう料理するのか?人生経験からなる圧倒的な声で、心揺さぶる語り部たち!電動車いすで、観客の周りを走り回るメロスたち!見る者の固定概念が崩れる時、手話が歌い、唄が踊り始める・・・客席を巻き込む前人未踏の体感型エンターテイメント!!
頑張り屋さんの13歳の少女Aが、難病の少女Bのケアについて、少女Bの母親から学校のクラスへの強い介入を受ける。自身もネグレクトを受け孤独な少女Aは、唯一心を許す担任の男性教師の中に自分の居場所を作るため、自ら少女Bのケアを買って出て、少女Bから男性担任教師との二人の時間を取り戻そうとする。幼い決意が招く、「罪と罰」の物語。「ほんの少し、ボタンを掛け違えた人の悲劇に寄り添う」がモットーの坂本企画が、
青年座・セレクションvol.2
昭和二年生まれの流行作曲家の河津昭治には、昭和二〇年八月一五日を境に封じ込めた「過去」があった。教え子で婚約者の悠子は、積極的に安保改定阻止デモに参加するのだが、昭治はその行動についていけない。そんな時、かつての自分と同じように狂信的な右翼思想にとらわれている少年と出会う。昭和三五(一九六〇)年の大政治闘争の渦の中、昭治の思想の振り子は再び大きく揺れ始め、封じこめていたはずのあの「過去」を浮き彫り
『かもめ』の中に、情熱を持ち続けることの難しさや拭いきれない孤独など、現代社会と通じる問題を照らす。新たな世界へ飛び立ちたいと願い戦いながらも希望を失い妥協していく人々と、傷つきながらも妥協を拒絶し再び立ち上がろうとする人々の人生を、冷たい視線から赤裸々に描くことを通して《今の社会において人はいかにして死に、又は生き続けられるのか? 現代の不安定な生を支え得るものは何であるのか?》について問い直す
1958年、長嶋茂雄が巨人軍デビューを果たし、東京タワーが竣工した。まだ米軍統治下にあった沖縄の高校が甲子園に初出場したその日、沖縄の道路から車が消えた―野球による本土完全復帰にかけたオトナ達のセイシュン―
優しい人になりたいと願った。それを口にも出してみた。「そんなふうに願って、それを言葉にした君は、もうすでに優しい人だと思うよ」と、彼女は僕の頭を撫でた。この物語は、その手を振り払って何度か彼女を打擲したときに、転んでぶつかって砕け散った、窓ガラスの破片みたいなものである。いくつかは、僕や彼女の身体を刺して傷つけた。だけど遠くから見てみると、キラキラ光って綺麗だから。観客席には飛ばないように。慎重に
ひきこもりとある家族の物語。舞台は、感染症が蔓延した都市。感染リスクから逃れるために地方に移住する人などもいる中、とある場所で夜中に「ひきこもりを治すことができる」と言われる人物に会うために集まった人々が、朝を迎えるまでを描いた物語。
「菓」は植物の生態からインスパイアされたものをテーマとし、坂田有妃子の父親の死に感じた想いも重ね合わせた。たとえば植物が成長していくときに出す「エチレン」というフェロモンは、秋の紅葉など葉が色づく現象を起こす。それは目には見えない植物同士の信号のようで、ささやいている言葉のようにも感じ、そして植物同士の猛烈な競争や駆け引きが起こっているようにも捉える。繰り返す生死をミクロの視点から切り取り作品にし
日韓演劇交流会2024〜ミックスジャム〜
1999年、大阪に暮らす内田家では長男、瑞樹が両親に結婚の報告をしていた。本来だったら素直に祝えるはずだったのだが、相手が在日韓国人の女性だと聞いて、周囲の大人が心配し始める。「いまさら差別もないだろう?」という息子たちの年代だったが。それまでに意識したこともなかった在日韓国人への差別の根強さが残っていることに気づいて家族会議が始まる。そして自分達の家にどんなルーツがあるのか初めて考え始めるのだっ
東京成人演劇部vol.1
大人計画主宰、松尾スズキが演劇部を始動。8050問題の親子、ドキュメンタリー作家志望の学生と教授を描く安藤玉恵との2人芝居。第71回読売文学賞(戯曲・シナリオ賞)受賞80代で認知症気味の母親エイコ(安藤玉恵)と、ニートでアルコール依存症の50代の息子オサム(松尾スズキ)。貧困生活を送っている2人を、ドキュメンタリー作家志望の女子大生アサダ(安藤玉恵・2役)が撮影し密着していた。エイコの年金を当てに
第1回 人間座「田畑実」戯曲賞 受賞作品。秋から冬にかけて。豊かな緑色の町並みから、冬の白色に変わるまで。渋滞のテールランプの赤い灯りの線が、いつもそこに寄り添う。朝日ヶ丘は群馬県郊外に位置し、街全体が盆地にすっぽり収まっている。13年前に新しい高速道路が敷かれ、街の中央に大きなサービスエリアが置かれた。そこは次第に発達し、今では町の主産業になっている。朝日ヶ丘自体には、高速道路の入り口は存在しな
2015年7月、安全保障関連法案が衆議院で可決された夜、歴史学者の父が自殺を選んだ。通夜に集まる三兄弟と、父の関係者たち。沖縄戦を生き延びた父は何故、この時に自殺を選んだのか、何が、誰が父を追い込んだのか、その責任は何処に、誰にあるのか。一家の中で議論が始まる。やがて議論は白熱し、戦後民主主義の問題点にまで言及することになる。
この話は宇宙からのメッセージを受け取った人々が、その真偽を巡って葛藤する様子を描いたものである。宇宙開発が進む少し未来のある日、双子の寺尾兄弟(一人二役で演じる)は宇宙開発機構に勤めているが、そこで思わぬ陰謀が進んでいることを知り、それを阻止しようとする。危険を顧みず、機構を脱出して外部に情報を伝えようとするが行く手を阻まれてしまい・・・。登場人物に実在の人名・団体が登場するがこの舞台はすべてフィ
COCOON PRODUCTION 2023
青年が老婆を拾った。社会にうまく馴染めず、派遣のピエロの仕事でギリギリ生活をしている青年(竜星涼)。しかしそんなピエロ業も、決してうまくはいっていない。ある日、道端の老婆(高橋惠子)に手品で花束を渡すと、老婆はどこまでもついてきた。そして、青年の部屋にまで上がってきた。すぐに老婆を帰そうとするも…、青年と老婆の不思議な共同生活が始まっていく。青年を心配する兄夫婦(藤井隆/山田真歩)、仕事先の女性社
気概ある若手達が新進気鋭の演出家 木村龍之介の下に集まりシェイクスピアの世界を14日間で立上げる。これからの日本のシェイクスピア作品を担う若手たちの挑戦を目撃せよ!ーーーーーーーージュリアスシーザーあらすじ:共和制末期のローマ帝国。紀元前44年3月15日のジュリアス・シーザー暗殺とその後をめぐる物語。宿敵を破ったシーザーが民衆の歓呼を浴びローマへ凱旋する。しかし護民官や貴族のなかには対抗勢力のなく
青森県のとある町。市町村合併に反対し、現在は高齢化率が50%を超える自治体。 学校区単位の運動会は廃止され、地区運動会と一体化された。明日は来年廃止が決定した地域イベント「かかし祭り」が行われようとしている。地域おこし協力隊など新たな移住者の受け入れに苦慮しながらも、新旧町民による「まち」への問いかけが、思いもよらぬ展開へと発展する。
地方都市。生きる希望を求め思い出の地へと辿り着いた青年・服部公平。かつて映画技師をしていた映画館は廃墟となり、街には行くあてのない孤児たちがいた。昭和24年1月GHQの提唱のもと、新少年法施行に伴い全国一斉に家庭裁判所が設立された。そして映画館は、新庁舎建設までの仮庁舎に。家庭裁判所としての初日。近藤判事は一枚の書類を目にする。やっかいな文字・・・窃盗傷害。連行されてきたのは、反抗的な目を持つ少年
父さんと母さんが別々に暮らすことになった、大人の理由はわからない。キレイな月が出ている夜だった、とにかく、ここではないどこかへ行きたいと願うと雨が強く降った。流されてゆくぼくの部屋は舟に変わっていた。何があったのか忘れてしまう程時間が過ぎた頃、舟はひとりのピエロが暮らしている島にたどり着いた。彼の名前はマッテル、僕たちはともだちになった。ふたりで旅に出かけた。公益財団法人北海道文化財団20周年事業
こころねっと KANSAI×DIVE プロデュース公演
本作は短編三本で構成されるオムニバス作品。アルコール依存症当事者を描く『わらってゆるして。』。家族に焦点をあてた『やがて窓辺にあかねさす』。ケースワーカーが登場する『SALT』。三つのエピソードを通じ、依存症から立ち直ろうとする人と、それを支える人たちの姿を見つめる。
佐賀県唐津市の郊外で先祖代々の土地を守り続けてきた専業農家。息子はアメリカに留学し、佐賀の農業大学で講師を務めながら農山漁村と都会の交流をめざす新しい観光業に燃えている。そんな折、農業高校からホームステイで受け入れた高校生はコンビニ依存で…。クローン牛に遺伝子組み換え、ダイオキシンに環境ホルモン。農業を取り巻く環境が大きく変わる中、食の安全を求めて「身土不二」の教えが再び浮かび上がる…。
現代日本からは時代も場所も遠く離れた世界。街を追われて故郷へ向かう女たちの物語。五人がいるところに旅費と切符の援助は三人分しかないと言われる。本当の姉妹は誰なのか、物的証拠や記憶をたよりに確かめ合うなか、戦争、法やその暴力、また家族を結びつけるものは果たしてなんなのかという問いを投げかける作品。2006年の初演から2023年までに4回の国内再演や翻訳されての海外公演も果たした下鴨車窓の代表作。
1本の老木をめぐる3つの物語。時代の転換点に浮かび上がる多様な思考。チェーホフの名作『桜の園』をベースに矢内原美邦が独自の視点で描いた1本の老木をめぐる3つの物語。この木を伐るか、否か。そこにはそれぞれの主張があり、賛成があり、反対があり、いくら言葉を費やしても果たしてそこに正解はない。言葉は意味を失い、時間を失い、どこか遠くのほうをさまよいはじめる。もう誰も信じない... 君が「そうだ!」という
明治45年夏、福岡県糸島郡今宿の海辺の家でノエは進退窮まっていた。東京の女学校卒業後に決められていた結婚が嫌で飛び出したのが春の終わり、恩師だった辻潤のもとへ身を寄せ、「青鞜」の平塚らいてうと出会い、離婚のため戻ってきたが親族はみな猛反対。東京に戻る金もなく針の筵だったある日、「どうせ死ぬならケエツブロウよ、かなしお前とあの渦巻へ―」と謎の文句を残して消えたノエ…。伊藤野枝激動の生涯を、生まれ故郷
演劇をやめて久しい土井は、かつて出演した演劇作品の「演出家」の弟を名乗る人物から、演劇の上演を依頼される。そこで土井が受け取ったのは、アンドレイ・タルコフスキーのある映画をもとに書かれた、演劇と救済にまつわる、一本の奇妙な戯曲だった――。ロームシアター京都×京都芸術センター U35創造支援プログラム“KIPPU”2024採択公演。
直木賞受賞作家が描いた女傑を、実の娘が演ずる、熊谷真実の『鎮魂劇』!裸一貫から文字通り熊谷商店を切り盛りし、数々の苦境にも明るく立ち向かう「元気印」の女傑、熊谷清子。女優熊谷真実・美由紀を生み、永遠のヒーロー松田優作の闘病を見守った彼女を実の娘「熊谷真実」がひとりで演じきる話題作。
◎公演概要観終わった後、きっと優しくなれる劇です。高齢化社会の「今」を切り取るバカバカしくも切ないシニカルな芝居です。老人を取り巻く環境、その家族の葛藤。老若男女、誰にとっても未知なる老い先を演劇で切り取ります。◎あらすじ国無歳三(自立、まだらボケ)が老人仲間4人とともに有料老人介護施設から集団脱走。介護士の久留美と孫の菊代は旅に同行するハメになる。統率が取れていることを不思議に思う久留美。菊代は
個人史と政治の関わりを独自の演劇的アプローチで掬い上げ、タイ演劇界でいまもっとも注目されている若手演出家ウィチャヤ・アータマート。本作はクンステン・フェスティバル・デザールや、ウィーン芸術週間をはじめとした多くの有力国際フェスティバルに招聘されるなど、高い評価をあつめる話題作だ。舞台はバンコクの小さなキッチン。登場する姉弟は毎年5月のある日をこのキッチンで一緒に過ごし、料理をしながら亡くなった父親
ゴーリキーの『どん底』は日本でも100年以上前から数多く上演され、劇団民藝では創立10周年と40周年の節目に上演しましたが、その歴史的傑作が吉永仁郎氏により戦後間もない東京を舞台にした創作劇へと大胆に生まれ変わりました。闇市を頼りに底辺でたくましく生きる人々のユーモア溢れる群像劇。劇団創立70周年記念作品。
下北沢ウェーブにて初演、STスポットで再演し『TV Bros. 2017年のベスト演劇』に選出、2020年コロナ禍に突入した直後にこまばアゴラ劇場にて上演した再々演版の『弟兄』。本作は劇作家自身が名前を出しながら学生時代に受けたいじめから話が始まり、本人役を俳優が演じることによって事実と演劇のフィクションが同時進行するコロナ禍以前のゆうめい代表作。現在も数々の媒体で取り上げられるなど反響を呼んだ。
ダイエット、ピアッシング、リストカット……。強迫観念のように身体を変えること(傷つけること)に取りつかれた少女たちの心理を、3話オムニバスで描く。①ダイエッター「セリナ」:過酷なダイエットの果てにセリナは念願の痩身を手に入れるが、そこへ3年前のセリナ自身が現れ、「あんたは今なお嫌われ者だ」と詰め寄る。②ピアッシング「美咲」:美咲と麻美はピアッシングとタトゥに夢中。リストカットの過去を持つ二人は、体
2人の女。20年前。家庭にインターネットが普及した時代。匿名掲示板──。全く違う場所で生まれ育った女性2人が、インターネットで出会う。誰にも話せなかった家庭と世間に挟まれていた2人は、ようやく打ち明けられる場所をネットの中に見つけた。記憶の世界をぐるぐると巡りながら、それぞれの身に起こる出来事を経て、とある決断を下す現在までの20年間を描く。
物語は2001年から始まる。アマチュア天文家の二階堂と山田は、近所の山に落ちた隕石の破片を拾う。その隕石は、見る者に恐ろしいほどの幸福感をもたらす。一度目にしたら夢中になり、思考を奪い、目をそらすことができない隕石。その後、あらゆる都市に巨大な柱が降り注いだ。それは人々にあきれるほどの祝福を与え、静寂のうちに支配した。世界は大きく変わり、長い時間が経った今も、柱は人の生活を寄せ付けない。柱は人間に
『父と暮せば』で原爆投下後のヒロシマを描いた井上ひさしが、桜隊の史実をもとに原爆投下直前の広島の3日間を舞台に、戦時下でも演劇を愛し、芝居の力を信じ、「一人ではできないことをしている、一人の人間の力をはるかに超えたなにか大きなもの、なにか豊かなもの、なにかたのしいもの、それを望んで、それをたしかに手にいれている」と身も心も捧げた人々の苦難と喜びを、笑いと歌声を交えながら描く“演劇讃歌”の物語。
河野紗代子(音楽)と清水美紗都(ダンス)が1つのテーマに対して感性をぶつけ合った共同作品。「黄色」という色にどんな印象を抱くだろうか?太陽や星、菜の花やひまわりの元気で温かい色。反対に、踏切や信号、標識など危険を喚起する色。日本人には、黄色人種=アジア人ヘイトの問題があり、映画界では、紛争や貧困地域の描写に黄色い色を映像に重ねる「イエローフィルター」も近年問題視されている。本作では、「黄色」が持つ