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こんにゃく座が初めて挑んだ日本近代文学のオペラ化。1996年から2000年まで全国の高等学校などで旅公演をおこなった。2012年にはこんにゃく座創立40周年記念公演として再演した。
チェーホフ原作「三人姉妹」のオペラ化。器楽編成は、ヴァイオリン、アコーディオン、ピアノという珍しい編成。
ダムタイプのコアメンバーとして活躍し、パフォーマンスシーンに新たな可能性を開拓したメディア・アーティスト高谷史郎。ロームシアター京都が2017年度から取り組んでいるシリーズ「レパートリーの創造」にて、高谷史郎個人名義でのパフォーミングアーツ作品としては、8年ぶりの新作を製作しました。初等幾何学における「接線」=英語で「tangent」をキーコンセプトに、物質や空間、音や光、色彩がそれとして知覚され
三谷幸喜書き下ろし・演出による、ちょっとほろ苦い大人のロマンティックコメディ。今は亡き女性シンガーと組み、かつては様々なポピュラーソングを発表、ヒット曲を連発して来た作曲家と作詞家二人の男。彼女の7周忌に開かれる追悼コンサートのために久しぶりに顔を合わせた彼らは、彼女に愛されていのは自分だとお互いに言い張りのだが…。
世界的に評価される村上春樹の傑作長編『ねじまき鳥クロニクル』を、イスラエルの奇才 インバル・ピントと気鋭のアミール・クリガーの演出、アミールと演劇界の俊英 藤田貴大の脚本で舞台化し、音楽を大友良英が手掛けた創造性豊かな意欲作。2020年の初演時に、公演期間の短縮を余儀なくされた伝説のステージが待望の再演。
(フライヤーより抜粋)「リトル博士」は、動物の言葉をなんでも喋れる動物学者。世界中に旅をして、いろんな動物たちと話をしてきました。そんなリトル博士のところに、日本の小学生から一通の手紙が届きます。
『父と暮せば』で原爆投下後のヒロシマを描いた井上ひさしが、桜隊の史実をもとに原爆投下直前の広島の3日間を舞台に、戦時下でも演劇を愛し、芝居の力を信じ、「一人ではできないことをしている、一人の人間の力をはるかに超えたなにか大きなもの、なにか豊かなもの、なにかたのしいもの、それを望んで、それをたしかに手にいれている」と身も心も捧げた人々の苦難と喜びを、笑いと歌声を交えながら描く“演劇讃歌”の物語。
荒廃した時代。ある男が羅生門に辿り着き、死人の髪の毛を抜く女と出会う。男は女の行為を忌み嫌い、何故そんなことをするのかと問いただす。激しく言葉を交わすうちに、男は段々と自分の過去を思い出していく。「人の行く道は天秤のようなものだ。どちらに傾くか分かりはせん・・。」魂を揺さぶるダンスと心を震わす生演奏と共にあなたの心に問いかける人は生きるために何を得て、何を失うのか
緘黙症(かんもくしょう)を患うナオキ。隣にはいつも、幼馴染のケンジがいた。2人はツーピースバンド『ニューノイズ』を結成し、夢に向かって突き進み始めるが、夢半ばで、今度はケンジが突発性難聴を患ってしまう。2人に立ち塞がった、どうしようもない現実。 『俺はさ、神様なんかじゃないんだよ』 若すぎる青春の果てに、2人が見た残酷であたたかい風景とは...演劇初挑戦のウラニーノ山岸賢介を迎えた、青春音楽劇。
20代後半を迎える朝美、かのこ、ゆず、美緒は元高校演劇部であったことを共通点に、友人関係にある。ある日、顧問の先生の訃報と残された草稿が発見される。「わたしはことばそれ自体になりたかった」「欲望は見えなくされているだけだ」と書かれたそれは、完成された物語ではなく、未完成の言葉の集合体だった。4人は残された言葉を「聞く」ことからはじめようとする。
1978年に宮崎駿が初監督したアニメーションシリーズ『未来少年コナン』を舞台化。日本ではミュージカル『100万回生きたねこ』や村上春樹原作の『ねじまき鳥クロニクル』などを手掛け、その唯一無二の空間演出で観客を魅了し続けているインバル・ピントと多彩なクリエイターダビッド・マンブッフが共に演出を担当。コンテンポラリーダンス、歌や音楽、美術、衣裳、照明などを巧みに操り、芸術的かつ身体的な表現で創る新しい
巌流島の決闘に向かうまでの佐々木小次郎の旅を大胆に脚色した本作は、パフォーマンス性の高い作品作りに定評のあるウォーリー木下が作・演出を務め、関西を拠点にパントマイムの第一線で活躍するマイム俳優のいいむろなおきが出演する、身体表現と映像のコラボレーションで魅せるパフォーマンス演劇である。本作は 2008 年に大阪・HEP HALL での初演後、韓国の招聘公演を経て13 年ぶり
(フライヤーより)円形劇場にあつまったみんなが、花のお江戸へタイムトリップ!熊さん・八っつぁんの案内で、こどもたちの歌や踊りをみたり、富くじですてきな景品をもらったり、はらはら曲芸にチャレンジしたり……、お祭り気分で江戸体験をお楽しみ下さい。
江戸音楽の巨匠たち~その人生と名曲
今日の私たちに伝えられてきている「江戸音楽」を、その時代にあって創り、育んだ巨匠たちに焦点を当てたシリーズ。第8回は一世を風靡した美声 宮薗の魅力を探る 宮薗鸞鳳軒 対談 竹内道敬、渡辺保「山崎」浄瑠璃 宮薗千和恵、宮薗千よし恵三味線 宮薗千加寿、宮薗千加寿弘「鳥辺山」立方 花柳基、花柳小三郎浄瑠璃 宮薗千碌、宮薗千碌司、宮薗千碌季三味線 宮薗千佳寿弥、宮薗千碌美
太宰治の名作「走れメロス」を、役者一人の生演奏の音楽劇として舞台作品にして上演。メロスと王はどちらも太宰自身の分身と捉え、両者を役者が一人だけで歌って走って身体を張って演じる事でそのメッセージ性「人が人を信じるということは可能なのか」を表現します。話は原作に忠実です。移動公演主体なので10年以上にわたり長期間上演してきました。動画は初演に近い頃の撮影。
日本の伝統的な庶民文化の一つである「民話」には、方言の持っている豊かさや、物語に隠された素朴な教訓、語りの味わいなど、今の子どもたちに伝えたい要素がたくさん含まれています。最近では、映像で「民話」に接することが出来るようになりましたが、画面から一方的に送られてくる「民話」では、語り継がれる良さは極めて少ないと思われます。「とんとむかし」では、一人一人が語り手となり、演者として、生の民話を日本中に語
音楽の贈り物(ポトラッチ)
1985年3月から渋谷ジャンジャンにて行われたシリーズ「音楽の贈り物(ポトラッチ)」の第二弾。毎回様々なジャンルからの演奏家を招き、古川あんずのダンスとの共演を試みた。第一回は山下洋輔(ピアノ)、第三回は安倍圭子(マリンバ)、最終回には杵屋弥十介(三味線)が出演した。プログラム 1.ヒロシマのメンデルスゾーン / 2.アリババと40人の盗賊 / 3.シャーロック・ホームズの冒険
不朽の名作オペラとして知られる『ばらの騎士』。その舞台が華やかな鹿鳴館時代の日本に置き換わり、宮城聰、寺内亜矢子の初共同演出と、古典から現代音楽まで自在に操る根本卓也の音楽で、軽快な演劇作品に生まれ変わる。俳優たちの生演奏にのせ、貴族たちのドタバタラブコメディが初笑いを誘う!
ミゲル・デ・セルバンテス原作「ドン・キホーテ」のオペラ化。
樋口一葉の小説「にごりえ」のヒロインお力を軸に、「大つごもり」、「十三夜」、「われから」という樋口一葉の4作品に登場する女たちの悲しみを描く。
ハラペコだっていいじゃないか俺たちの毎日はドラマ!俺たちの啼き声はミュージック!
アイルランドが生んだ短編の名匠、ウィリアム・トレヴァー。その傑作短篇「ザッテレ河岸で」を豪華俳優陣による朗読と歌、生演奏で上演します。妻・母を亡くし初めて迎えるふたりだけの休暇。父は娘を連れて、毎年のように妻と訪れていた思い出の地、ヴェネツィアへとやって来たのだが…心の行き違いを抱えた父と娘が、夜の霧をかき分けるようにザッテレ河岸を歩いていく。
神を求める様は古今東西、さまざまな喩えが用いられてきた。その中で、“女性に恋焦がれ一体となる”というメタファーはスーフィーの詩人からトルヴァドゥール(吟遊詩人)に至るまで、広く用いられてきたモチーフ。ラヴェルの組曲「鏡」を主題とし、現実と幻影が交差するコンテンポラリーな手法の中に、古典的な象徴を散りばめ、先端のメディア・アートを駆使した空間に光、映像、音楽がダンサーの身体に反射させる。
夏には、汗と涙と青春と共に、黄昏がよく似合う。穏やかで美しい水平線に沈んでいく夕陽を眺めながらも、湧き上がる騒めきや怒りや戸惑いを、感じたことがあるだろう。変えたいこと、変わりたいこと、そのままでいいこと。消しても流しても、再び脳裏に甦るアイツ。泡のように浮上し、泡のように増幅しこびり着く。執拗なアイツの仕業?それともワタシの執着?“世界で一番イヤな奴”を巡る、移動しないロードムービー演劇!
ロームシアター京都×京都芸術センターU35創造支援プログラム “KIPPU”ネガティブな/または社会でネガティブとされている、私的で後ろめたい事象や感情を題材に、それらを貶めるのではなく、共感を呼ぶ笑いへと昇華させたコメディを得意とする「努力クラブ」。合田団地による本作「世界対僕」では、“新作”にまつわる劇団代表と劇団員の葛藤から、今の時勢に創作環境に身を置く人々と、その背景にある現代社会への問題
(フライヤーより)いたずら好きのピノキオに、まわりはいつもてんてこまい。ピノキオを作ったジェペットじいさんも、ピノキオにだまされて大あわてです。そしてついには他の童話まで壊し始めたからもう大変。でもピノキオは、ただ本当の子供になろうとしただけだったのです…。
東日本大震災とそれに続いて起きた原発事故を題材にした、ノーベル賞作家エルフリーデ・イェリネクのテキストを舞台化。暗く、湿った場所に取り残され、演奏を続ける「第一ヴァイオリン」と「第二ヴァイオリン」の対話は、5人の男女によって演じられる。時には客席を指差し「わたしたち」「あなたたち」を強調する発語は、登場人物が死者であり、音であり、光であり、放射能でもあることとも響き合いつつ、主体/当事者の遍在を示
祖母を亡くした青年ひろとピアノから生まれた少女の出会いから始まる、人と人ならざるものの魂の形を巡る話。あらすじ:ピアノを壊した。少女は二本足で立っていた。命は巡れど魂は形を変えないなら時間が流れてもあの時が残るならろうそくの火を吹き消すまでのみじかい逃避行をしよう。取れない電話に背を向けて広い大地に夢を見て誰が僕を見つけてもキューちゃんは僕を探さない。
井上ひさし原作「イヌの仇討」のオペラ化。
老人ホームに入居している97歳の岡谷正雄は、介護職員が提供するレクリエーションに腹を立てていた。彼は命を懸けることができるレクリエーションを欲し、介護職員は「生前葬をしましょう」と提案する。それから月に一度、岡谷は死ぬことになった。今日も岡谷のレクリエーション葬がはじまった。たまたま居合わせた入居者も参列することになる。そこで突然、岡谷はある入居者に対して、自分の息子「隆」だと、名前を連呼し始めて
(フライヤーより)歌のお姉さん、体操のお兄さんによる楽しいつどいや、「ロバの音楽座」によるショーなどが3階青山円形劇場に大集合!!
現代演劇レトロスペクティヴ
平凡な男の部屋にふいに9人の家族が侵入してくる。善意に満ちた笑顔で隣人愛を唱えながら居座り続ける彼らに、男の婚約者や警察さえも説き伏され、男の存在が次第に危うくなっていく…。戯曲として初めて谷崎潤一郎賞を受賞し、現代社会の特殊な人間関係を照射した傑作戯曲。
一般的に「勧進帳」は、弁慶が命がけで主である義経を守る姿に心を打たれた富樫が、ついに関を通過させることが物語の核となり、そこに至るまでの三人の攻防が眼目とされています。木ノ下歌舞伎では、原作でいわゆる脇役として扱われる関所の番人や義経の家来たちにも光を当て、彼らがそれぞれの境界に戸惑いながら生きる姿や、境界を超えようとして起きる摩擦を描き、弁慶・義経・富樫のドラマからすべての人間の<境界をめぐる物
とある港町、偽装葬儀によって、徴兵逃れをしている若者たちが増えていました。神父はそれを知って、ボヘミヤの王子に耳打ちします。王子はおもしろがって、その若者たちをあつめて海賊をつくろうと考えます……戦争の足音が近づいていたある日、妙な海賊団が結成されました。どこの国にも属さない、誰の持ち物でもない、独立自営の海賊たち。自由と平等を愛し、人殺しをしない、海賊らしくない海賊が、若さって何だ! 自由って何
もっと音楽が聞きたいエスペラントの勉強もしたい家の重圧から逃れたい父の庇護の下を離れたいそして真の生き方を探したい大きな川のトランクの中にたくさんの願いを詰め込んで宮澤賢治は七度、八度と上野行きの夜行列車に乗り込む上京中の賢治に焦点を当ててこの稀有な存在の心のドラマをみごとに描き切った秀作
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
近未来。東洋のガラパゴスと呼ばれている千久世島という離島は、かつてない賑わいを見せていた。国産みの神話に登場する島であると同時に、その島で発掘される「レアゲノム」という化石由来のDNAがヒトや動物の遺伝子組換えに必要なものとして注目を集めているからだ。その島に住む男は、奇祭で弟を失う。ところがある日、弟は蘇り、まるで別人のように男の前に現れる。弟の存在は島の住民を狂わせていく。そしてそれは、島の存
江戸音楽の巨匠たち~その人生と名曲
今日の私たちに伝えられてきている「江戸音楽」を、その時代にあって創り、育んだ巨匠たちに焦点を当てたシリーズ。第5回は長唄の源流 富士田吉治、作曲の名人 四世杵屋六三郎対談 竹内道敬、徳丸吉彦「吾妻八景」 唄 杵屋禄三、今藤政貴、今藤政之祐 三味線 杵屋六三郎、杵屋弥宏次 上調子 杵屋彌四郎「隈取安宅松」 唄 東音宮田哲男、東音西垣和彦、東音村治利光、東音山口太郎 三味線
江戸の三大俳諧師の一人と称される夏目成美こと、蔵前札差井筒屋八郎右衛門の寮から四百八十両の大金が盗まれた。容疑者は食い詰め者の俳諧師、小林一茶。蔵前札差会所見廻同心見習いの五十嵐俊介は、お吟味芝居を仕立て、自身が一茶を演じながら、彼をよく知る元鳥越町の住人たちの証言をつなぎ合わせていく。そこに浮かび上がってきたのは、俳諧を究めようともがき、一人の女性を命懸けで奪い合った一茶と宿敵・竹里の壮絶な生き
Shoulderpads 凱旋公演UK Version
エディンバラフリンジデビューにして、初日から全21ステージ完売を記録した劇団鹿殺しShoulderpads。世界最小の衣裳"Shoulderpads"による「銀河鉄道の夜」は衝撃を与え、最大手新聞The Scotsmanの4つ星など多くのレビュー、「Asian art awards」での表彰、「Spirit of the Fringe Awards」を受賞しました。2025年話題作の日本凱旋公演で
新たな切り口で脚本・演出が練り直され、初演から生まれ変わった “リクリエーション版“! アルバニアを代表する作家イスマイル・カダレの小説『砕かれた四月』を下敷きにしたサファリ・P固有のスタイルを駆使した身体、音、光、美術、身振りのアンサンブル作品母に遊びを禁じられて育ったネリネは、透き間風の吹きすさぶ荒涼とした心を隠して生きてきた。有名な小説家の恋人の座を得た彼女は、とある“しきたり”に縛られた山
1人のキャストとその日の観客から1人を舞台上に招き、介護する/されることを舞台上に再現した『ツァイトゲーバー』、事前に村川から送られてきた手紙(指示書)に沿って舞台上の出演者が動く『エヴェレットゴーストラインズ』など、ドキュメンタリーの手法を用いながら表現の前提を揺さぶり、同時に生のリアルを追求する村川拓也。今回村川がリサーチの過程で注目したのは、文化会館で数多く開催される「ピアノ発表会」。そこに
明治七年、東西の話し言葉がテンデンバラバラだった頃。文部省官吏の南郷清之輔に「全国統一の話し言葉を制定せよ」という命令が下った。この日から、南郷家は、お国訛りをめぐって大騒ぎ。清之輔は、話し言葉の全国統一の前に、まず我が家のお国訛りによる大混乱におそわれる。カタコト英語しか喋れないピアニストの奏でる幻の「小学唱歌集」にのせて展開する、言語学的な悲喜劇の末、ついに清之輔が辿り着いた「文明開化語」とは
FUKAIPRODUCE羽衣10周年記念特別公演
円形のスタジアムの中で、都会の孤独を描く妙ージカル。結局さ 傑作さ 人生悲劇でも喜劇でもねーが。
《継承と創造》
金剛流は能楽シテ方五流のうち、宗家が東京以外に居住する唯一の流儀で、その芸風は”舞金剛”と称されている。この舞には「豪快」「華麗」という対照的な演技の両方が含まれているが、本企画では、その”舞金剛”の魅力を能と舞囃子で体現している。能『石橋』は金剛永謹・龍謹の二人獅子、舞囃子は海獣猩々の酔態を模した『乱』、音を立てずに拍子を踏む金剛流の専有曲『雪』。舞台空間は美術家の大舩真言が手掛ける。
Noism0
『残影の庭―Traces Garden』は、武満徹作曲による現代雅楽の古典『秋庭歌一具』と、演奏する伶楽舎との協働。冒頭に三人が並んで動くシーンだけで、カウントではなく呼吸で動きを合わせる緊張に満ちている。指揮者のいない雅楽と、カウントで踊るバレエとの融合だ。井関が艶やかな羽衣で踊るが、死者と語る話が多い能の幽玄さも共存している。形ではなく、身体の有りようの中に和と洋が共存する、希有な作品である。
(フライヤーより)青山円形劇場では、クラシック音楽のなかから動物や鳥や虫を描いた曲を集めてお芝居仕立てに構成した「五線譜のなかの動物たち」というコンサートを上演しています。こどもの城オリジナルのファミリー企画で5年間14回も続いている人気シリーズです。今回は、対象をファミリーだけに限定せず「五線譜のなかの動物たちスペシャル」として一般向けに上演いたします。これまでとはひと味もふた味も違った、”音楽
三蔵法師一行が印度に経を求め、道中で様々な妖怪と戦いながら旅する物語。『西遊真詮』から幾つかのエピソードが選ばれ、演出スタッフと俳優たちによるワークショップを経て舞台化された。当時、68/71黒色テントは新たなテーマとして「物語る演劇」と「アジア演劇」を立て、創作方法を模索していた。本作はその第一弾にあたる。80年、フィリピン教育演劇協会(PETA)主催の「インターナショナルワークショップ」でも上
一人の女性が成長していく過程を軸に、鏡のなかにみる“自己”という存在と他者の“眼差し”から見える自己存在との矛盾を軸に、“世界/全体”からみた自己と他者の入子構造を描き出し、”世界/全体”と個との調和と関わりについて無限に映し返す。ラヴェルの組曲「鏡」の作曲から100年を経て再解釈。音楽をヴィジョンとして読み解き、身体と映像を通して、音楽の向こう側にある物語を視覚表現とともに翻訳する。
江戸幕末の日本橋。待ち合わせした男が二人。ひとりは跡取り、ひとりは幇間。連れだって馴染みの遊郭へ繰り出そうと欣喜雀躍品川へ。ところが、事態は急転一天地六、これが思いもかけぬ一大道中の振り出しだった。次から次へと降りかかる危難、水難、厄難、女難。ついには、天にも運にも見放され、流亡のはての生き地獄……井上ひさしが1975年に放った快作を、こまつ座で初の上演。
2011年の東日本大震災をきっかけに岡田利規の演劇観は「フィクション」の有効性を探求することへと舵を切り、社会の中の緊張感や断絶を寓話的に描いた「現在地」(2012年)と「地面と床」(2013年)を発表しました。『部屋に流れる時間の旅』では、ふたたび震災後の社会背景を主題としながらも、社会での断絶が生じる以前の個々人の心の葛藤や恣意的な感情をきわめて細密に見つめ、拡張し、これまでにない新たな表象を
時代が押し付ける重い空気そんな流れに負けず懸命に生きた庶民たちの物語刻一刻と暗い時代へと突入していく中、求められるのは"軍國歌謡"か"敵性音楽"か。太平洋戦争前年からの一年間を描いた井上音楽劇の代表作。
三日月川に子供が落ちるという事件が頻繁に起こる。その奇妙な事件を取材に都会から記者がやってきた。行き先が分からぬままに乗った船で三日月川を下っていく。川の流れは「時」の流れ。男は不思議な時間を行き来する。流れ流され 辿り着く先は何処なのか。人間どうしが惹かれあう力と全ての物体が引き合う力「万有引力」=「Gravity」を重ね、全曲Micro To Macroオリジナル曲で繋ぐ46億年の奇蹟の物語。
(フライヤーより)詩、マイム、音楽、そして舞踏、現代の吟遊詩人による中世・ルネッサンスのパフォーマンス。いま世界的に古楽が見直され、静かなブームをまきおこしています。リコーダーやリュートの演奏がひんぱんに催され、オリジナル楽曲によるバロック音楽の演奏も盛んです。そんな古楽ブームの中で注目を集めているのがフランスから来日するユニークな古楽グループ<ミクロロゴス>。<ミクロロゴス>は5人からなる古楽ア
歌あり、ダンスあり、ゲームあり。何でもアリの楽しい舞台。演劇って、こんなに楽しいものなんだってことが、キミにもきっとわかるはず。子どもと俳優がいっしょになってつくる劇。もちろんおとなも大歓迎!ピッコロ劇団の小学校体育館巡演作品を、阪神・淡路大震災5周年にあわせてバージョンアップして、ホールで上演した舞台。
【ShowCaseBar「TOY+」とは?】「ドラマが振付する」をモットーに、劇団鹿殺しや劇団KAKUTA、劇団Patch、劇団ミスマガジン、他映像作品、横浜発のアイドルユニット「nuance(ヌュアンス)」などに振付を提供している振付・ステージングチームTOYMENが自らの振付を気軽に楽しんでいただくべきしてオープンしたダンスBar喫茶です。読み方はトイプラ。今作品の第1回目はCOVID-19
「ひとりの娼婦が寝ている。目を凝らすと、それは、彼女の立ち姿であることに気づく。」という冒頭の一節を起点として、12人の登場人物が一夜の出来事を紡ぐ物語を、二人のダンサーの身振りと唄、笛、太鼓、三味線の生演奏により描き出す。暗喩的な台詞から浮かび上がるイメージを掬い上げながら、演劇・ダンスの境界線への接近を試みた本作品は、東京芸術祭2021 主催プログラムとして、2021年10月22日 ~10月2
マームと誰かさん・ひとりめ
マームとジプシーを率いる藤田貴大が第56回岸田戯曲賞を受賞した直後、他ジャンルの作家との共作シリーズ「マームと誰かさん」を企画し、小さなギャラリーにて作品を発表。このシリーズはその後マームとジプシーに大きな影響を与えました。その第一弾は音楽家・大谷能生さんとのコラボレーション。
(フライヤーより)現代の社会に生きる私たちは、様々な技術の発展により、世界中で情報を瞬時に共有することができる豊かさを享受しています。しかし、その一方で、技術を持つ者と持たない者の間に格差が生じ、その格差は、民族や国家、人権や性、富める者と貧しき者の間に、争いをも生み出しています。ダンスも例外ではありません。ここ20~30年間で、世界中がダンスを共有し、その境界はたやすく超えられたかに見えますが、
音楽の贈り物(ポトラッチ)
1985年3月から渋谷ジャンジャンにて行われたシリーズ「音楽の贈り物(ポトラッチ)」の最終回。シリーズ中唯一の邦楽と古川との競演。日本のパコ・デ・ルシア、杵屋弥十介との丁々発止なやり取りが観客の笑いを誘う。長唄「安達ヶ原」の鬼の宿を「変な宿屋」にみたて、全体が宿屋の出来事として構成されている。プログラム1.あけましておめでとう(「三番叟」)2.となりの部屋(弥十介・あんず芸合戦)3.宿屋の秘密(長