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『残影の庭―Traces Garden』は、武満徹作曲による現代雅楽の古典『秋庭歌一具』と、演奏する伶楽舎との協働。冒頭に三人が並んで動くシーンだけで、カウントではなく呼吸で動きを合わせる緊張に満ちている。指揮者のいない雅楽と、カウントで踊るバレエとの融合だ。井関が艶やかな羽衣で踊るが、死者と語る話が多い能の幽玄さも共存している。形ではなく、身体の有りようの中に和と洋が共存する、希有な作品である。
華やかさと暗部を抱えた1930年代の上演、異国情緒溢れる租界のジャスクラブを舞台に、歴史に秘められた恋と濃密な人間ドラマが、生のジャズバントの演奏と共に、鮮やかに描かれる。1939年(昭和14年)、中国・上海。当時、ここはイギリス、フランス、アメリカ、ロシア、そして日本などから多くの人々が移住。租界と呼ばれる居留地は発展し、異国情緒溢れる都市として<東洋のパリ>や<魔都>とも称されるほど繁栄してい
椿組2024年春公演
「コロナ」後の現在——経済、生活を混乱させ今迄の価値観をがらりと変貌させたこの状況は、明治時代初期の開化期と似ている。武家社会が崩壊し旧い身分制度が廃止された時、市井の人々の右往左往が始まった。「平民となった下級武士」を主人公におき、突然新しい生き方を強要された民の人達と社会の混乱を描きながらも共に助け合い生きる人間讃歌を描いた。没落した下級武士が東京に出て様々な混乱の中新しい愛を手に入れる庶民の
昭和庶民伝三部作 第一部
昭和庶民伝三部作・第一部 紀伊國屋書店創業60年記念提携公演昭和15年の浅草。小さなレコード店「オデオン堂」に4人の家族と二人の間借り人が仲良く暮らしていた。しかし、陸軍に入隊していた長男の正一が脱走して「非国民の家」扱い。追手がかかり憲兵が住み込みで見張りをする始末。ところが長女・みさをがたくさんの傷痍軍人と交わしてきた文通ハガキの中から選んだ源次郎と結婚するにいたって、今度は一転「美談の家」に
江戸三味線音楽の変遷
幕府が開かれた後の江戸の三味線音楽がどのような変遷を辿ったのか宝暦元年(1751)から寛政12年(1800)まで河東節では上調子が発達し、長唄が盛んになり、常磐津も流行します。新内も盛り上がりを見せて、音楽の花が咲き出します。構成 お話 竹内道敬河東節「助六由縁江戸桜」(1761年) 演奏 河東節十寸見会女流連中新内「明烏夢泡雪 浦里雪責の段」(1772年) 浄瑠璃 新内剛士 三味線
新たな切り口で脚本・演出が練り直され、初演から生まれ変わった “リクリエーション版“! アルバニアを代表する作家イスマイル・カダレの小説『砕かれた四月』を下敷きにしたサファリ・P固有のスタイルを駆使した身体、音、光、美術、身振りのアンサンブル作品母に遊びを禁じられて育ったネリネは、透き間風の吹きすさぶ荒涼とした心を隠して生きてきた。有名な小説家の恋人の座を得た彼女は、とある“しきたり”に縛られた山
嘉永(1853)六年師走のある晩、我が身の先行きを悲観して両国橋から身を投げようとした狂言作者の二世河竹新七。ところが奇妙な行き掛かりで、無我夢中の新七が飛び込んだのは大川ではなく、川端にたつ一軒の小さなそば屋だった。柳橋裏河岸の「仁八そば」で出会った何とも風変わりな「仲間」たちが、次から次へと巻き起こす上を下への大騒動は、天下の御一新をはさんで、明治なかばに至るまでのじつに28年間におよぶことに
歌あり、ダンスあり、ゲームあり。何でもアリの楽しい舞台。演劇って、こんなに楽しいものなんだってことが、キミにもきっとわかるはず。子どもと俳優がいっしょになってつくる劇。もちろんおとなも大歓迎!ピッコロ劇団の小学校体育館巡演作品を、阪神・淡路大震災5周年にあわせてバージョンアップして、ホールで上演した舞台。
1996年に初演したオペラ『森は生きている』、こんにゃく座初のオーケストラ版公演。こんにゃく座創立30周年&林光70歳記念公演。A組、B組のダブルキャストで全7回公演をおこなった。
江戸三味線音楽の変遷
幕府が開かれた後の江戸の三味線音楽がどのような変遷を辿ったのか文政9年(1826)から嘉永3年(1850)まで能楽趣味が流行、天保の改革で天保13年(1842)に劇場以外での三味線の演奏が禁じられるも、長唄全盛時代へ。お話 竹内道敬常磐津「年増」(1839年) 浄瑠璃 常磐津兼豊、常磐津嘉代、常磐津文字満咲 三味線 常磐津文字東久、常磐津孝野清元「女車引」(1848年) 浄瑠璃 清元延
近代日本文学新説上演 第二弾
明治19年、盲人の三味線奏者・春琴の⾨弟・佐助は家を出た折、烏に目玉をくり抜かれた若い鶯と出くわし春琴の家で飼うことに。若い鶯は、先住の老鶯から自分の鳴き声と名前を継ぐよう迫られるが、春琴の三味線と老鶯の美しい声に魅了され芸道にのめり込んでいく。⿃籠での“鳴き方指南”は、春琴が⾨弟達につける厳しい稽古に酷似していた。その中で若い鶯は主・春琴と⾨弟・佐助、⼆⼈の数奇な⼈⽣を知ることとなる……。
THEATRE E9 KYOTO芸術監督・あごうさとし演出の音楽舞台劇『触覚の宮殿』は、金沢市民芸術村のレジデントアーティストである弦楽演奏家とのコラボレーションとして京都・金沢で上演。俳優の他、ダンサー・哲学者・メディアアーティストが参画するジャンル横断型の現代舞台芸術作品であり、THEATRE E9 KYOTO最初の公開作品として「自由な表現を追求する劇場のスタンス」を作品を通じて示した。
「人生は芝居か?芝居こそが人生か?」ジャン・ルノワールの名作映画に着想を得た、絢爛豪華絵巻!「わからないわ、舞台でも人生でも、懸命に生きているのに。舞台だとうまくいくのに、人生だと愛するものを壊してしまう。どちらに真実があるの?どこまでが舞台で、どこからが人生?」主人公のカミーラはそう呟く。人生は舞台の上か下か。境目もない現実の世界で、求める幸せはどんな形をしているのだろう?山野を揺るがす打楽器の
「生きづらさ」を抱える大人たちが、オスカー・ワイルドの『サロメ』をモチーフに、演劇を作りながら、時にはいさかいなども起こりつつ、互いに励まし合い明日へと生きていく姿を描いています。演出の扇田拓也さん、音楽の後藤浩明さんをはじめとした出演者やスタッフの力により、「生きづらさ」に苦しむ人を描きながらも「優しさ」を感じさせる演劇作品になっています。
あれから30年近くたっただろうか。未だに見えていないです。掴みかけては逃して、やり過ごして、疲れて寝る。寝るよ今日も。夢の見るよ。地獄のようなまぶしい夢を見るよ。沢山のさよらなに見守られながら、天国のような日々を鳴らす。また明日。
青山円形劇場プロデュース
1989年の初演から25年間年末の風物詩として上演され、多くの観客に愛された作品の4回めとなる1992年の公演。クリスマスの夜のフレンチレストラン「ア・ラ・カルト」を舞台に、訪れた客達が繰り広げるドラマを、アラカルト((フランス語)a là carte)に例えて描いたオムニバス形式の物語。「役者と音楽家の…」というサブタイトル通り、ミュージシャンの生演奏と共に芝居が進行される。
不朽の名作オペラとして知られる『ばらの騎士』。その舞台が華やかな鹿鳴館時代の日本に置き換わり、宮城聰、寺内亜矢子の初共同演出と、古典から現代音楽まで自在に操る根本卓也の音楽で、軽快な演劇作品に生まれ変わる。俳優たちの生演奏にのせ、貴族たちのドタバタラブコメディが初笑いを誘う!
秋めく銀河を走る列車。ゆられるふたり。これまでも、これからも、となりをみればきみがいる。窓をみている、地図をみている、手紙をかいてる、きみがいる。旅路はめぐる。働き続ける信号機。雨を忘れないカサ。とべない博士。花咲くおんなのこ。遠くをぼんやり歩く旅人。それぞれの星が結ばれていく。道は続く。列車は進む。ねえ、だけど、はなしたいことがあるよ。忘れる前に、いなくなる前に、これ以上あなたから遠くなる前に。
1942年、アメリカ。ルーズベルト大統領の行政命令により、十一万人の日系人が強制収用所送りとなった。収容所の数は国内に十か所。前年の真珠湾攻撃により太平洋戦争がはじまり、アメリカは日系人の隔離政策を行ったのだ。 自国民を日系であるという理由だけで市民権を剥奪し、収容所に閉じこめ監視する。合衆国憲法違反である。 さて、舞台はカリフォルニア州の砂漠地帯マンザナ。バラックの強制収容所の一室。 朗読劇上演
(フライヤーより)こどもの城オープン3周年記念として、ピアノ練習曲集「バイエル」を材料に、詩と歌と映像で味つけしたファミリー・コンサートをお贈りします。「せっかく美しい曲が集まっているのに、ただの練習曲にしておくのはもったいない」と、詩人たちが「バイエル」に楽しい詩をつけました。さらに映像もプラスして、「音楽の楽しさ」「詩の楽しさ」「みんなで歌う楽しさ」をお届けしたいと思います。ピアノを習っている
坂本龍一、高谷史郎(ダムタイプ)による最新にして最後のシアターピースの日本初上演。『LIFE a ryuichi sakamoto opera 1999』に続き坂本龍一が生前全曲を書き下ろし。高谷史郎とコンセプトを考案、創作。田中泯、宮田まゆみ(笙)、石原淋のパフォーマンスとサウンド/インスタレーション/ヴィジュアルアート。そのすべてが、光と水が交錯し幻出する、幾つもの「夢」とともに、劇場空間で融
東北岩手から集団就職で上京した田舎娘は希望に胸膨らませていた。 しかし現実は、希望に膨らむ胸ではなく、彼女たちのはじけそうな二つのオッパイに、男たちの欲望がふくれてあがる。 職を転々、男を変転と流転続きで、果てはストリッパーへと転落なのか…、いやいや、男の玉を手玉にとって、天下に成り上がる。 その娘の名は、 ―ヘレン天津。 栗山民也の巧みな演出と小曽根真の新曲で誰も観たことのない、今、一番新しい井
孤独を抱えて生きる月雄と一匹の犬の出会いをきっかけに村が異変が起きはじめ・・・寺山修司による鮮烈な幸福論を描く劇団のレパートリー『仮面劇・犬神』の原作ラジオドラマ(1964 久保田万太郎賞)を、2022年舞台版キャスト・ダンサー・生バンドで上演。歌と語りで構成した公開録音ライブを6カメ24マイクで収録。
近未来。東洋のガラパゴスと呼ばれている千久世島という離島は、かつてない賑わいを見せていた。国産みの神話に登場する島であると同時に、その島で発掘される「レアゲノム」という化石由来のDNAがヒトや動物の遺伝子組換えに必要なものとして注目を集めているからだ。その島に住む男は、奇祭で弟を失う。ところがある日、弟は蘇り、まるで別人のように男の前に現れる。弟の存在は島の住民を狂わせていく。そしてそれは、島の存
みえないこどもたち vol.4
劇作家オノマリコが、気がつかれにくい子供への虐待や貧困・ネグレクトを描いた作品です。メンタル不調に悩む「生きづらい」大人たちが、オスカー・ワイルドの『サロメ』をモチーフに演劇を作ろうとする姿が描かれます。演出には てがみ座・日生劇場ファミリーミュージカルなどでご活躍の扇田拓也さん。音楽は読売演劇大賞優秀スタッフ賞を受賞されている後藤浩明さん。「生きづらさ」に苦しむ人を描きながらも「優しさ」を感じさ
時事ネタ劇団として現代を風刺してきた笑の内閣が、風刺そのものを風刺するため古典に進出。挑戦するは、風刺喜劇の大先輩モリエール。―1665年12月、モリエールがかねてから目をかけていた若手劇作家ジャン・ラシーヌによる裏切り行為が発覚する。育てた恩を仇で返したラシーヌに落とし前をつけさせるため、呼び出すモリエール。2人の長い夜がはじまる……。
SPACインクルーシブシアターてあとるてをとる
SPACインクルーシブシアター「てあとるてをとる」は2022年に始動し、赤ちゃんからお年寄りまで、障がいのある方とそのご家族・介助者とも“豊かな観劇体験”を分かち合うことを目指してきました。プロジェクト第1弾の音楽劇『ちかくにあるとおく』は、一般を対象とした有料公演に加え、毎年特別支援学校でも上演を重ね、子どもたちとの出会いを通して年々パワーアップしています。リラックスしてご観劇いただける、喜びに
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
(フライヤーより)一年の締めくくりにはこの笑顔。そう、とあるレストランの一日をショートショートのお芝居とファンタスティックな音楽でつづる「à la carte(ア・ラ・カルト)」。楽しくって、セツなくって、今年もいろいろあったよなとか、来年も(は?)いいことありますようにとか、そんなことを少しシミジミ思っちゃいましょうか?だって、ほらね。目の前にはこんなにおいしそうなニッコリがあるんだものね。
シアターコクーン・オンレパートリー1993春
平安時代の藤原薬子の変を題材に、ヤマベ王の第1王子・アテノと、アテノに見初められた女性・クスコの愛を描いた物語。「上海バンスキング」とならぶ斎藤憐の傑作と名高い。1982年に自由劇場にて初演。その後、再演を重ね、1993年にシアターコクーンのオンレパートリーとして上演。
演劇実験室◉天井桟敷の伝説的マイクアジテーター・昭和精吾によるソロ公演。寺山修司命日に毎年開催されたジァン・ジァンの最終年1999年の記録。短歌・詩・戯曲・評論を用い、舞台装置もなく情景を喚起する圧倒的な語りはまさに《言語の洪水》。スライドを交えたエピソードトーク、次回公演「時代はサーカスの象にのって」の予告も収録(こもだ、イッキら出演)。
三谷幸喜書き下ろし・演出による、ちょっとほろ苦い大人のロマンティックコメディ。今は亡き女性シンガーと組み、かつては様々なポピュラーソングを発表、ヒット曲を連発して来た作曲家と作詞家二人の男。彼女の7周忌に開かれる追悼コンサートのために久しぶりに顔を合わせた彼らは、彼女に愛されていのは自分だとお互いに言い張りのだが…。
時はとあるアイドルグループの解散が発表された2016年。泡之介とBBQは、学生時代の友人・午前二時の結婚式に向かうため、車で常磐自動車道を下っていく。目的地は仙台。10年前に同じく仙台を目指して3人で旅をした4日間を、10分の演劇にして余興で披露する予定だ。東京から守谷サービスエリア、会津若松、いわき、松島、石巻を巡る2016年の2人の旅路は2006年の3人の旅路と重なり、行ったり来たりを繰り返す
これは井上ひさしが紡いだ敗戦のひとつの真実。そしてラジオの魔法。私はだれでしょう。だれであるべきでしょう。ラジオはいつも人々のそばにあった。戦時中は「大本営発表」、8月15日は「玉放送」。敗戦後、東京放送会館は建物をGHQに接収されていたが、「復員だより」「街頭録音」「のど自慢」そして「尋ね人」・・・人気番組は多く、あの頃、ラジオを聞いていた。これは戦後のラジオ放送にひたむきに取り組む放送局職員た
サウンドパフォーマンス・ プラットフォーム特別公演
2012 年から継続している作曲家・安野太郎のライフワーク「ゾンビ音楽」は、その特異な音楽とビジュアルイメージを伴って世界的な評価を得てきた。元々「ゾンビ」という存在を通して現実の社会へのまなざしを持っていたゾンビ音楽は、近年において実際に取材やインタビューを通して実社会に切り込み、その現実を音楽と共に舞台に上げるという手法を獲得しつつある。いま、安野の前にはふたつの現実がある。「音楽大学を出ても
幻想的な公園で繰り広げられる中学生カップルの一夜と普遍的な母の物語が融合する、祝福の雪が舞う愛おしい「時」の断片たち―2018年初演後、熱烈にラブコールを受け2020年度には早くも再演された、FUKAIPRODUCE羽衣の代表作の一つ。「母」をキーワードに、愛と一緒に訪れる闇、闇と一緒に訪れる愛を描く“妙ージカル”
舞台は極寒のアラスカの冬。厳しい飢えにみまわれた集団が全滅の危機に立たされた。グループのリーダーは苦境を乗り切るために、ふたりの老女を棄てる決心をする。棄てられたことで、プライドをよみがえらせたふたりの老女。互いに叱咤激励をしながらふたりの旅ははじまる。
一般的に「勧進帳」は、弁慶が命がけで主である義経を守る姿に心を打たれた富樫が、ついに関を通過させることが物語の核となり、そこに至るまでの三人の攻防が眼目とされています。木ノ下歌舞伎では、原作でいわゆる脇役として扱われる関所の番人や義経の家来たちにも光を当て、彼らがそれぞれの境界に戸惑いながら生きる姿や、境界を超えようとして起きる摩擦を描き、弁慶・義経・富樫のドラマからすべての人間の<境界をめぐる物
ロームシアター京都 レパートリーの創造
自ら製作した人形を用いて美しくも不穏な物語を描くジゼル・ヴィエンヌが、2001年初演の『ショールームダミーズ』を京都で新たにリクリエイション。マゾッホの小説をモチーフにした本作は、マネキンとダンサーが共存する空間で、規範と欲望、快楽の関係を紐解こうとするもの。生命を持たないマネキンに対し、社会の中で互いに関係することを求められる“生身”の人間たち。彼女らが舞台上で繰り広げる物語は、観る者を思わぬ深
あらゆる年齢層を対象に、新しい舞台芸術を創造すべく、「ウブ・ボミーいのちのひびきー」を創作。宮沢賢治の「ペンネンネンネン・ネネムの伝記」を原作にミュージカルとして製作。「宮沢賢治とアフリカ音楽の出会い」をモチーフに、グローバルな演劇の創出を目的とした。お化けの国アフジメリカのはずれの森深く。ベンネンネンネン・ネネムは、食べ物を探しに行ったきり帰らない父母と、誘拐された妹を探しに都会に出かけるが…
加藤直書きおろし台本によるこんにゃく座オリジナル・オペラ。ボクの自分探しという主題を軸に、旅する歌う民、さすらう芸能集団をテーマとして描いている。
江戸音楽の巨匠たち~その人生と名曲
今日の私たちに伝えられてきている「江戸音楽」を、その時代にあって創り、育んだ巨匠たちに焦点を当てたシリーズ。第11回は名手にして、作曲に優れ、今につながる名曲を残した 五世岸澤式佐対談 竹内道敬、渡辺保「宗清」(恩愛瞶関守) 浄瑠璃 常磐津清若太夫、常磐津光勢太夫、常磐津若羽太夫、常磐津松希太夫 三味線 常磐津一寿郎、岸澤式松 上調子 岸澤式明「将門」(忍夜恋曲者) 浄瑠璃 常磐津
桜咲き乱れる頃、東北の、とある田舎の村はずれ、どこからともなく歌声が聞こえてくる。 弥生のあられ 皐月のつゆは 働き者の味方ども しゃれた女房と 馬鹿とのさまは 根気がさっぱど つづかない・・・・・・白い花びらをつけた桜の木に挟まれたあばら家に住む、賢く美しい働き者の娘ちか。娘に一目惚れしたとのさまは、お侍医をお供に、桜の木に隠れて様子をうかがっている。優しいけれども気後れしがちのとのさまは、その
現代演劇×現代音楽=新たな“音楽劇”新たな“音楽劇”はどのように生まれるのか——。これまでも様々なかたちで“音楽劇”に挑んできたチェルフィッチュ/岡田利規と、世界的作曲家・藤倉大。現代演劇と現代音楽、それぞれのトップランナーがタッグを組み、2023年にウィーン芸術週間にて初演を迎えた本作。俳優は歌唱とは異なる手法で、そして音楽は情景や心情を描くものとは異なる在り方で、相互に作用することで、言葉と音
伊藤若冲生誕三百年/美空ひばり追悼公演
天に向かってピッピッピッと真っ直ぐに飛び上がる、あのひばりと頬杖をついて横にぐたっとして微笑んでいる寝ジャカとが、十字架のようにクロスして登場する。(中略)世界を測る測定器としての肉体の視点がテーマである(チラシより)1983年の初演以来、1985年の欧州ツアーでも熱狂的に迎えられた「ひばりと寝ジャカ」のヨコハマ・ニューバージョン。
(フライヤーより)愉快で不気味、かつ優雅
とりふね舞踏舎旗揚げ公演で1992年に初演され、アヴィニョン演劇祭やニューヨーク、京都上賀茂神社など、国内外で上演を重ねている作品。子を置いて自死した友人の作家・鈴木いづみをモデルに、三上賀代が修士論文で明らかにした「土方舞踏譜」を使って振付・構成されている。例えば前半の「子を抱く幽霊の通過」の舞踏譜は「子を抱く幽霊の通過―流れる首―子を抱く-月光―シーツ-天井の糸―オーイ」。後半の景は「愛の日々
江戸音楽の巨匠たち~その人生と名曲
今日の私たちに伝えられてきている「江戸音楽」を、その時代にあって創り、育んだ巨匠たちに焦点を当てたシリーズ。第5回は長唄の源流 富士田吉治、作曲の名人 四世杵屋六三郎対談 竹内道敬、徳丸吉彦「吾妻八景」 唄 杵屋禄三、今藤政貴、今藤政之祐 三味線 杵屋六三郎、杵屋弥宏次 上調子 杵屋彌四郎「隈取安宅松」 唄 東音宮田哲男、東音西垣和彦、東音村治利光、東音山口太郎 三味線
童話「ヘンゼルとグレーテル」をもとに、それを現代に置き換えた兄妹の物語。貧乏な家庭に育ち、両親から逃げてきた兄と妹が辿り着いたのは、深い森の中にある、お金持ちの別荘。その別荘にある高価な物たちを見て、兄妹の興味と欲が溢れ出していくが、物に触れるたび、逃げてきたはずの怖い両親からの記憶が襲いかかる。その場所は不思議な現象が起こり続ける〝おかしな家〟であった。その不思議な現象を、小沢自らが作り上げる舞
祖母を亡くした青年ひろとピアノから生まれた少女の出会いから始まる、人と人ならざるものの魂の形を巡る話。あらすじ:ピアノを壊した。少女は二本足で立っていた。命は巡れど魂は形を変えないなら時間が流れてもあの時が残るならろうそくの火を吹き消すまでのみじかい逃避行をしよう。取れない電話に背を向けて広い大地に夢を見て誰が僕を見つけてもキューちゃんは僕を探さない。
江戸幕末の日本橋。待ち合わせした男が二人。ひとりは跡取り、ひとりは幇間。連れだって馴染みの遊郭へ繰り出そうと欣喜雀躍品川へ。ところが、事態は急転一天地六、これが思いもかけぬ一大道中の振り出しだった。次から次へと降りかかる危難、水難、厄難、女難。ついには、天にも運にも見放され、流亡のはての生き地獄……井上ひさしが1975年に放った快作を、こまつ座で初の上演。
SUNA
演劇実験室◉万有引力 第5回公演(再演は第9回・10回・12回・21回・39回・56回)。イギリス、ブラジルツアーも含め、万有引力のオリジナルでは最も上演回数の多い作品。1986年には第40回エジンバラ国際芸術祭にてフリンジ・ファースト(最優秀賞)を受賞。1995年にブラジルに初上陸。この『SUNA』は、「距離」に関わる事物と人間の関係・役割をテーマに、観客と一緒に、劇場空間に巨大都市を持ち込もう
(フライヤーより)人形劇王国チェコ発 ヘンテカッコイイお芝居+音のパティシエが奏でる極上音楽
いなばの白うさぎの物語は、北米先住民の伝承神話にも存在していた?!20世紀最大の思想家・文化人類学者クロード・レヴィ=ストロースによる仮説を、演劇的想像力で読み解く壮大な祝祭音楽劇。
響の宴
「黒塚」は歌舞伎でも演じられる演目で安達ケ原の鬼女岩手の物語であるが、歌舞伎では岩手がどうして鬼女となったのかという物語の前段は演じられていない。今回この作品では初めての演出としてその前段を噺家の桂米團治氏が語りとして口演し長唄を聴くだけでなく観客の物語への没入と理解を促すという趣向を凝らした内容となった。演奏は杵屋勝七郎、人間国宝杵屋東成をはじめとした長唄の第一線で活躍する面々によるものである。
ハラペコだっていいじゃないか俺たちの毎日はドラマ!俺たちの啼き声はミュージック!
ロームシアター京都が主体的に作品製作に取り組み、劇場のレパートリー演目として時代を超えて末永く上演されることを念頭にプロデュースする「レパートリーの創造」シリーズ第二弾として、2019年2月に上演された本作。演出、補綴、キャスト、スタッフ一丸となって壮大なスケールで描いた話題作の再演。【あらすじ】大名・高安家の跡取りである俊徳丸は、才能と容姿に恵まれたがゆえに異母兄弟の次郎丸から疎まれ、継母の玉手
夏目漱石原作「吾輩は猫である」のオペラ化。1998年に初演し、その再演。
「リア王」「マクベス」「オセロー」「ハムレット」「リチャード三世」、そして「ロミオとジュリエット」など、発表から約400年以上を経て今も世界中で上演され続け、現代演劇にも絶大な影響を与えているウィリアム・シェイクスピア。その37作品を横糸とし、江戸末期の人気講談「天保水滸伝」を縦糸として、見事なまでに織り込んだ井上ひさしの傑作戯曲が、二〇二四年十二月日生劇場に新たな姿で蘇ります。
ぼんぼん盆の十六日に地獄の地獄の蓋があく ────夭折した明治の女流作家・一葉を取り巻く5人の女性たちが織りなすこの世とあの世の境界線。景気で浮かれる上層と下層の間で、美しい文体で時代ともに生き抜いたあらゆる階級の女性達の頂上から底までを見た一葉...。24歳6か月の若さでこの世を去るまで多くの名作を発表した夭折した天才女流作家の"奇跡の14か月"とは...。