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老いのプレーパーク出張公演inいなべ市
会いたい人に会えない、行きたいところに行けない、限られた空間で暮らす毎日。コロナ禍で始まった自粛生活、それはまるで老いのリハーサルのようだ。当たり前の自由が奪われたとき、私たちの心と身体は一体何を求めるのか。それでも、私たちは会いたい人に会える、行きたいところに行ける、演劇を使って。超高齢社会を生きる全ての人々に捧げる、“生活者による生活者のためのあたらしい演劇”。
亡骸が腐敗し朽ちるまでを描いた仏教絵画【九相図】をテーマに脚本&演出家と、俳優、ダンサーが共にパフォーマンスを創作します。
巌流島の決闘に向かうまでの佐々木小次郎の旅を大胆に脚色した本作は、パフォーマンス性の高い作品作りに定評のあるウォーリー木下が作・演出を務め、関西を拠点にパントマイムの第一線で活躍するマイム俳優のいいむろなおきが出演する、身体表現と映像のコラボレーションで魅せるパフォーマンス演劇である。本作は 2008 年に大阪・HEP HALL での初演後、韓国の招聘公演を経て13 年ぶり
神を求める様は古今東西、さまざまな喩えが用いられてきた。その中で、“女性に恋焦がれ一体となる”というメタファーはスーフィーの詩人からトルヴァドゥール(吟遊詩人)に至るまで、広く用いられてきたモチーフ。ラヴェルの組曲「鏡」を主題とし、現実と幻影が交差するコンテンポラリーな手法の中に、古典的な象徴を散りばめ、先端のメディア・アートを駆使した空間に光、映像、音楽がダンサーの身体に反射させる。
ダムタイプのコアメンバーとして活躍し、パフォーマンスシーンに新たな可能性を開拓したメディア・アーティスト高谷史郎。ロームシアター京都が2017年度から取り組んでいるシリーズ「レパートリーの創造」にて、高谷史郎個人名義でのパフォーミングアーツ作品としては、8年ぶりの新作を製作しました。初等幾何学における「接線」=英語で「tangent」をキーコンセプトに、物質や空間、音や光、色彩がそれとして知覚され
「松井周の標本室」は、劇作家・演出家の松井周が「演劇」を通して世の中に思いを巡らすためのスタディ・グループである。2020年~2022年度の活動を記録したドキュメンタリーが本作品。コロナ禍において、コミュニティを作り、オンライン会議や創作を通じて、各自のオルタナティブストーリーを生み出し、耳を傾けていく様を描く。このコミュニティでは、松井周というアーティストの好奇心を火種として様々な人間が互いに興
ニッポン・イデオロギー
ヴィジュアルアーツ/パフォーミングアーツの制度との折衝、社会学的/民俗学的フィールドワークを重ね、挑発性とユーモアを併せ持つ活動を展開するアーティスト集団「オル太」が、「ニッポンのイデオロギー」がとる日常的形態のパフォーマティブな分析に6つの切り口で取り組みます。「取り止めのない一つの感情のようなものが、現在の日本の生活を支配しているように見える[…]日本に限らず現在の社会に於けるこの切実で愚劣な
ある朝目を覚ました女は、妙な既視感に襲われる。「私また、昨日にいる--。」その夜から夢に現れた鴉とともに、繰り返される一日からの脱出を試みる彼女だが……。やがて起こる日食、そして鴉によって語られる「盗まれた手紙」の正体とは?エドガー・アラン・ポーからパウル・ツェランに至る西洋詩の系譜と、2000年代日本のオタクカルチャーが形成した「セカイ系」を融合させ、現代の会話劇として舞台化。
劇場演劇部
わたしは毎日いつ友達が出来てもいいように手紙を持ち歩いていて、どこかふとしたタイミングにそのような、よい関係になってよさそうな人が見つかれば、そして、もし仲良くなれたなら、その日の帰り際にこれを渡す。いつかできる友達との、いつか来る別れにむけて、あらかじめ書いた手紙。それは「さようなら」から始まりたいから。宮古市唯一の高校演劇部が今年も開幕。部員は2人だけ、初対面。二人にしかできないこと、二人だか
TOKYO DANCE TODAY #2
青山円形劇場の空間を生かした独創的な作品を発表するダンスシリーズ「TOKYO DANCE TODAY」の第2弾。「ク・ナウカ シアターカンパニー」の中心メンバーだった俳優の美加理による舞と、サウンドアートユニット「project suara」主宰の種子田郷による音楽が融合するパフォーマンス。
屋上から見える風景は、向こうの山とつながっている。巨大な空気が、その隔たりを埋めている。はるか遠くの山のきわに、この目の先が通り着く。小さく立っている、螺旋階段の貯水塔。貯水塔は本当は小さくなんかないのだ。階段を登る人がいる。その人と私とが、同じ空気でつながっている。一直線。ひと連なり。その人は、そのことを知っているのか。その人が吸う息は、私が吸うのと同じのか。隔てるもののなにひとつない、この隔た
櫻井郁也ダンスソロ
白紙還元をテーマに展開するソロダンス、そこに、息/呼吸を象徴するアコーディオンの独奏が同時展開してゆく。2005年に初演、2006年ポルトガル招聘公演にて生演奏版とレコーディング版の2バージョンに発展、2008年東京にて再演、2011年夏に東日本大震災鎮魂公演として改訂上演。本記録映像は2011年版。
1985年6・7月、白虎社は五大陸巡り世界舞踏キャラバン隊第一弾として2tの荷物と共に2ヶ月のイスラエル・ヨーロッパツアーに出た。イスラエル、西ドイツ、スイス、イタリア、ベルギー、フランスと周り、「ひばりと寝ジャカ」を27回上演、約20,000人の観客を動員した。本映像はそのツアー記録。公演映像の一部の他、リハーサルや楽屋の風景、各地の街に繰り出して計36カ所で行った路上デモンストレーションの様子
一人の女性が成長していく過程を軸に、鏡のなかにみる“自己”という存在と他者の“眼差し”から見える自己存在との矛盾を軸に、“世界/全体”からみた自己と他者の入子構造を描き出し、”世界/全体”と個との調和と関わりについて無限に映し返す。ラヴェルの組曲「鏡」の作曲から100年を経て再解釈。音楽をヴィジョンとして読み解き、身体と映像を通して、音楽の向こう側にある物語を視覚表現とともに翻訳する。
ヤマダ トウシ ソロマイム3
-91年より東京労音R'sアートコートの企画で実施してきたパントマイムシリーズ定期公演の3作品目作品:ちがう桜の樹バルーンガールエモーション(マスク)
大野一雄舞踏公演
東京国際舞台芸術フェスティバル参加作品。織部賞グランプリ受賞記念公演。前年に臀部を打ち、一人で歩くことが困難となった大野一雄が、時に大野慶人に支えられ、時に座ったまま、命を踊る。大野一雄単独の劇場公演としては、これが最後の舞台となった。
螺旋曼荼羅海会は真言宗、天台宗の僧侶たちによって詠唱される新作声明。アメリカ・インディアンのナヴァホ族の創生神話に基づく儀式歌をテクストに、新進気鋭の作曲家桑原ゆうが「夜の歌」「風の歌」の挿入歌を作曲した。宇宙的な力を秘めたスパイラルガーデンの螺旋空間を立体マンダラに見立て、執り行われる曼陀羅供。僧侶の聲に気は充満し、大日如来を中心にコスモスが立ち上がり、胎蔵界金剛界の両曼荼羅がダイナミックに動き
パラレル・ノーマリティーズは、劇作家・石神夏希とタイの劇作家・作家のナッタモン・プレームサムランによる共同制作プロジェクト。2021年から二人のアーティストが対話を続けクリエーションを進めてきた本プロジェクトの集大成として、『Whispering Blue-青い車の後部座席から聞こえた君の声』をタイのルーイ県ダーンサーイ郡で上演した。本作品は、石神が京都で2017年に制作した演劇 『青に会う』をも
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ニッポン・イデオロギー
ヴィジュアルアーツ/パフォーミングアーツの制度との折衝、社会学的/民俗学的フィールドワークを重ね、挑発性とユーモアを併せ持つ活動を展開するアーティスト集団「オル太」が、「ニッポンのイデオロギー」がとる日常的形態のパフォーマティブな分析に6つの切り口で取り組みます。「取り止めのない一つの感情のようなものが、現在の日本の生活を支配しているように見える[…]日本に限らず現在の社会に於けるこの切実で愚劣な
ダンス、ファッション、音楽、テクノロジーなどのコラボレーションによる新たな可能性を提示するパフォーミング・アーツ『Xhiasma-キアスマ』プロジェクト。 人が溢れる多忙な都市で、誰にも関わらず、一見自己完結が可能に思えてしまう毎日は、「生」の実感や、他者への関心も希薄になる。人と人との繋がりをコンセプトに創作・上演された『enchaîne』から2年、ダンサー・振付家の湯浅永麻、ファッションデザイ
神戸アートビレッジセンター(KAVC)プロデュース公演
裁判長 皆さんの前にいるのがひとりの人間であることを忘れないでください。この人物はみなさんと同じように夢を抱き、欲求を持ち、幸福を追求しているのです。ですから評決を下すにあたって、みなさんも人間であり続けてください。
SUNA
演劇実験室◉万有引力 第5回公演(再演は第9回・10回・12回・21回・39回・56回)。イギリス、ブラジルツアーも含め、万有引力のオリジナルでは最も上演回数の多い作品。1986年には第40回エジンバラ国際芸術祭にてフリンジ・ファースト(最優秀賞)を受賞。1995年にブラジルに初上陸。この『SUNA』は、「距離」に関わる事物と人間の関係・役割をテーマに、観客と一緒に、劇場空間に巨大都市を持ち込もう
古代メソポタミアの英雄ギルガメシュ王と親友エンキドゥの壮大な冒険物語が、躍動感あふれる祝祭音楽劇に。世界的人形劇師・沢則行氏とのタッグで、巨大な森の守り手フンババが駿府城公園に現れる!フランス国立ケ・ブランリー美術館からの委嘱を受け、宮城聰がSPAC俳優陣と取り組む新作は、古代メソポタミアの冒険物語『ギルガメシュ叙事詩』。粘土板にくさび形文字で刻まれた古代文明の象徴にして現存する世界最古の文学作品
日本現代演劇の潮流を変えた代表作、完全なる”再創造”90年代生まれの新キャストとともに放つ、集大成にして新たな挑戦が“演劇”をふたたび覚醒させ、”私たちの現在”を浮き彫りにする 2003年3月、アメリカ軍がイラク空爆を開始した日を含む5日間の東京の若者達の日常を描く「三月の5日間」。その言葉と身体の関係性を軸にした非類なき方法論によりそれまで当たり前とされてきた劇構造を根本から覆し、後に続く若手作
(フライヤーより)僕は夜中に台所でこっそり懐中時計を呑みこんだ
劇団の代表作の一つ。初演は、1986年。本作より登場した少年「山田のぼる」は高泉淳子の当たり役となる。
「子供の頃からダンサーになることを夢見ていたマリア。あることをきっかけに彼女は夢も、笑顔も失ってしまった。そんな時、とある街角でジャックというマジシャンと出会う。」一本のオリジナルストーリーを演劇、ダンス、そして渋谷 駿のマジックによって紡ぎ出す全く新しい表現のライブステージです。
ロック・ケチャ・オペラ
演劇実験室◉万有引力第3回公演(及び第6回公演)。3作目にして、初めて劇団外から共同構成台本に堂本正樹氏を迎え、更にはアヤナ舞踏団のダンサー陣、ゲストミュージシャンを招き、トータル・シアターを試みた意欲作。バリ島の伝統芸能ケチャとロック・オペラ、演劇と舞踏が渾然一体となるイメージの饗宴により、観客を目眩く一大叙事詩世界へと導く。
劇場演劇部
深夜1時、友達とのおしゃべりは話題が尽きずスマホは熱と光を放っている。用もなく開ける冷蔵庫は眩しくて、まもなく窓から差し込む朝日にわたしは辟易とする。朝はすぐ来る。同じとき、光る鱗を持つ魚が青く深い海を泳いでいる。家族はまだみんな寝ていて、私だけが小さい頃にみんなで見た花火をなぜか思い出している。朝6時、支度をするわたしを映す鏡がきらめく。私はさまざまな光を反射して生きている。これは、未来も過去も
遊◎機械/全自動シアター第11回公演
『僕の時間の深呼吸―僕は夜中に台所でこっそり懐中時計を呑みこんだ―』と並ぶ、「遊◎機械/全自動シアター」の人気作。1987年に初演された作品の再演である。高泉淳子演じるロイド眼鏡、蝶ネクタイ、半ズボンにランドセルという姿の小学生・山田のぼる君が不思議世界を次々と経験していく。
出前芸術体 ーアートボデックー
1992年、神楽坂に「大人向けのディスコ」をコンセプトに開店した「神楽坂TwinStar(ツインスター)」。そのオープニング記念スペシャル・ライブに白虎社が「出前芸術体」として登場、花魁ショーや金粉ショー等を繰り広げた。白虎社が公演活動と並行して行っていた「出前芸術体」は、結婚式から一般家庭の誕生日パーティ、コンサートやCM出演まで場を選ばず、「舞踏」のイメージにとらわれない「よりスリリングな見世
ぐりぐりグリム
みんなが知っているシンデレラの物語ですが、グリム童話の原作「灰かぶり」は、王子様がちょっとバカだったり、とぼけたハトが大活躍したり、意地悪なお姉さんたちも可愛らしかったり。主役のシンデレラよりも、脇役の人たち、動物たちがちょっとおかしくて、劇にしてみたらとっても面白いんです。舞台側の客席にはクッションマットを敷いた子どもたちのための特別席を用意して、子どもたちが、這い回ったり、寝転んだり、ワイワイ
実在の人物である、文学者・医者のユダヤ系ポーランド人、ヤヌシュ・コルチャックの後半生を描く。第一次世界大戦後、ユダヤ系とポーランド系の孤児院を運営するコルチャック。その孤児院は、厳しい管理や強制ではなく、子ども達の自治を実践していた。子どもを一人の人間として尊重し、彼らの自治による世界を実現するという、革新的な彼の主張は、1989年に国連で制定された「子どもの権利条約」に生かされている。ナチスのユ
コロナリポート
Sign:忙しなく動き続ける体と、短時間に凝縮した数多くの身振りで構成された10分間のダンス。振付を覚え練習することで、コロナ禍の滞留した時間を前に進めることを目的に制作された。Out:neji&co.のプロジェクト最終作。俳優によって上演されるテキストを用いた作品。2020~2023年を振り返りながら、過去から現在を通過した未来まで、私たちの生の「外」にある時間を想像する。
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舞台は山頂の展望台にある寂れたビヤガーデン。その日の真夜中過ぎに、ある星が壊れてなくなってしまうのだという。それを見に集まってきた天文学研究会のメンバーとたまたま通りかかった旅人、ビヤガーデンの女店主が寒空 にビールを飲みながら語り合う。各々の記憶の中にある各々の「壊れた町」が交差する。それは混じり合うことなくそのまま各々の方向へ消えていく。「何ひとつ共有できないもの同士も、一瞬だけ、一点で交差す
身体の中は小宇宙であるとよく言う。 エネルギー体である 私、あなた、社会、自 然、宇宙、 電子エネルギーにより、 それぞれが細かく振動する事 によって共鳴し合って世界の バランスを保っている。 そういった物理学の観点からモーション (動き)とエモーション(感情)、そしてそれ が世界にまで共鳴して 行くことを提示し た作品。かつて生きていた人、生活。肉 体は滅びても エネルギー体は滅びずにこ の地球
ヒトが環境やオブジェクトからどのような情報を読み取り自らの行動を決めているかという、認知心理学的な視点から作品を創作してきたハラサオリ。知覚と認知をテーマとした本作では、非常事態下におけるヒトの社会行動に焦点を当て、大都市でありながら常に災害のリスクと隣り合わせにある東京という街で生まれ育ったハラが、避難訓練や集団下校といった日本特有の身体教育の経験や記憶を振付家として再考察した。2020年11月
多摩美シアタープロジェクト びびび vol.1
上演芸術の最前線で活躍するアーティストでもある教員と学生によるカンパニーが始動!舞台はアートマーザーの邸、寝室。約束の雨の夜、アートマーザーの一族が集結する。一族は皆、芸術家。アートマーザーは芸術的に眠ることを望んでいる。一族は協力しながら、歌ったりお話を聞かせたりして、アートマーザーを芸術的に眠らせなければならない。アートマーザーを納得させる大人守唄を一族は生み出せるのか━。
「H」は、human(人間)、hope(希望)、homeless(ホームレス)、hurt(痛み)の意。コロナ禍において増加する貧困生活者や苦しみを抱えた方達が心身の豊かさと希望を取り戻すきっかけとなることを願い、横浜・東京の公共空間を主とした8会場で、新人Hソケリッサ!新作ダンスパフォーマンス『ヒニヒリズム/今度会ったらロクでもない奴らと仲良くなりてえ・・』、映画上映、トーク、WS、展示を展開。
範宙遊泳の山本卓卓が「私の演劇」を見つめ直し「演劇になる」ためのソロプロジェクト「私は演劇のすべてを経験し、演劇そのものになりたいのだ。そのために、やっぱり一回ぜんぶ自分でやろうと思った」古典落語の『らくだ』をモチーフに現代の上下関係(上司と部下)へと置き換える。上から下への力の構造を暴き、物語の途中で上下を反転させることで、人間の持つ愚かな暴力の連鎖と現代社会の不確かさを描く。かといってタッチは
詩人工藤直子さんの長編詩物語を3人の俳優達が19もの登場人物を自在に演じ分け語り分け、オカリナ・ストリングラフィ等の生演奏も加えて舞台化。1998年初演以来好評続演中です。 主人公はのろまな子猫のランと池の魚。出会うはずのない彼らが出会い、友情を育み成長を遂げますが…。ランの家族が魚を発見!満月の夜、命をかけた対決を迫られます。 その前夜、池のほとりに佇むランに魚が告げた「決意」とは?
弁天島海上野外劇場
白虎社の主宰である大須賀勇が芸術総監督を務めた「クマノ・スパーク(熊野国際アートフェスティバル)」での、白虎社と豪華音楽陣による月光夜想曲、『月神(つきがみ)さんの輝く都』の映像記録。大須賀の総合演出による当該フェスティバルのみのオリジナル作品。<自然との融合>をめざすこのフェスティバル期間だけ、那智湾に浮かぶ弁天島へ約130mの仮設橋が架けられ、弁天島の大岩を背景とした海上野外劇場が出現した。
北村明子はアジア各地を深くリサーチする「Cross Transit project」を展開してきたが、本作は「日本とアイルランド〜中央アジアへと発展していく長期国際共同制作」である。北村を含めた7人のダンサーの動きは、高度な制動と繊細な表現、そして刃物のような鋭利さに満ちている。人が営む生活の身振りにはその土地の文化が織り込まれているが、それらをダンスに取り込むことで観客の記憶に働きかけてくるよ
集団と、集団の言葉と、言葉の意味の侵入を基礎とする新しい舞台。大きな集団に生まれる小さな集団たちが、言葉の意味の侵入を自覚的と無自覚的に行ない合いながら膨張し、飽和し、収縮し、最後に残るべきものことの何かが残る。または何も残らない。という群像になる。
ソノノチ ランドスケープシアター
目で見て、耳をかたむけ、ことばをさがして。その場から移動したり物を置いたり、寝転んだっていい。あなただけの眺めをさがしに。もっとうれしい胸騒ぎがする方へ。2021年の秋、現地の風を感じながら、約半年間の滞在を通じて制作したパフォーマンス作品。地域の公民館前の休耕田エリアを舞台に、大地をもやい、観る人ごとに異なるフレームを映し出す「ランドスケープシアター(風景演劇)」プロジェクト第3作。
「あらゆるやわらかいものは、やがて硬いものの支配下におかれるだろう」と土方巽は言った。「硬いもの」とは何か。鉄か、風に耐える丸太の皮か、精神の硬度そのものか?「ヨーロッパの踊りは結晶、ダイヤモンドです。その皮をこうむいてね、朝顔ですよ、舞踏は」とも。舞踏とは何か、日本人の肉体とは何か。「花」「エロス」「結晶」をテーマにシャープで硬質な舞踏を展開、肉体のもつロマンティズム、エロティシズムを描く。
(フライヤーより)1990年代後半、時代の要請を背景に花開いた〈バニョレ〉をキーワードとして2002年夏、第1回ダンスビエンナーレTOKYOを開催しました。〈バニョレ〉を、目指し、通過し、去りゆくものと捉え、次代のダンスの道を模索する試みでした。世界の各地から多くの才能が集まり、多くの作品が時代に訣別を告げていきました。灼熱の大地に、猛吹雪の大地に、緑あふれる大地に別れを告げて〈10,000年の旅
【Story】少年ワタルと仲間のチョウ、テツオは、ある日死んでしまった兄貴分のセントクの遺骨を運河に流す。直後に不良グループに襲われて気を失ったワタル。気がつくと彼は瀬戸内海を西に向かう小さな舟に乗っていた。 上陸した小さな島には巨大な煙突の立ち並ぶ精錬所があり、明治時代の労働者たちがモッコを担いで働いている。そこに混じって働くチョウとテツオを見つけたワタルは、死んだセントクと瓜二つの、韓国語を話
Oroche Presents 001 能-BOXギリシャ悲劇シリーズ
出国したまま帰らぬ人となったテーバイの前国王ライオス。秩序を失った国は、怪物スフィンクスの悪行により混沌を極める。古代ギリシャ・コリントスの王子オイディプスは、誰しもが解けなかった怪物スフィンクスの謎を解き、危機を救った功績により前王の妻イオカステを自らの妻に迎え、テーバイの新しい王になった。安寧の日々も束の間テーバイには疫病が蔓延し、市民はオイディプスに救いを求める。望みを託したアポロンの神託に
演劇カンパニー「チェルフィッチュ」の主宰・劇作家として、現代社会に生きる人々を独自の言語と身体感覚を用いて鮮やかに描き、2011年の震災後も日本の社会状況を露わに批評した作品を発表してきた岡田利規。本作では、2015年9月に韓国・光州にオープンしたAsian Arts Theatreからの委嘱を受け、初めて日本人以外の俳優との創作に臨みました。「日韓共同制作」という枠組みでしか描けない物語とその表
KIRIN DANCE NETWORK
オーストラリア・アデレード在住のリー・ウォーレン、山口市在住の宇野萬。1996年第一回の日豪ダンスコラボレーションの出会いから10年、共に50代半ばを迎えた日豪のベテラン振付家が奇しくも3年前同時期の病から復活。松尾芭蕉の「奥の細道」を改めて紐解き、「月日の旅、百代の過客」を、両国での滞在制作を経て、ダンス、映像、衣裳、音楽のコラボレーションとして繰り広げる。
北前船の寄港地として栄えた当時の町並みが残る竹野町(兵庫県豊岡市)。元船主邸・田中邸と古民家をリフォームした移住者夫婦の営むカフェ、そして周りに広がる迷路のような路地を舞台に、地域を訪ね歩き、人々の記憶、風景とともに、現在の竹野への想いをあつめた、言葉・美術・サウンドによるインスタレーション・パフォーマンス。各ベニューと5カ所の井戸のサウンドインスタレーションをめぐるマップを配布したセルフツアーの
映像、演劇、パフォーマンスなど、領域横断的に自在な活動を展開するチョイ・カファイは、過去2度にわたるKYOTO EXPERIMENTへの参加で上演されたいずれの作品でも、ダンスという表現への深い敬慕と入念なリサーチ、そして独自のアプローチを見せてきた。テクノロジーをある種“誤用”しながら、ダンス史におけるレジェンドたちの振付を復元した『Notion: Dance Fiction』。アジアを拠点に活
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
日本初の障害がある人たちのアートセンターとして2004年、奈良県にオープンした「たんぽぽの家 アートセンターHANA」の演劇プログラム”HANA PLAY”から生まれた作品。障害のあるメンバーが経験した出来事と、かつて創作を共にし、数年前に突然この世を去った仲間の人生を重ね合わせた物語。幾多の逸話と記憶が響き合うドラマと、フィクションと現実を行き来するような演技がメンバーたちの個性をきわだたせ、と
第15回小田島雄志翻訳戯曲賞受賞『月は夜をゆく子のために』に続くトランスレーション・マターズ上演プロジェクト第2弾!森鴎外の翻訳と現代語翻訳で織りなす“市民悲劇”
この作品は、灰谷健次郎の「太陽の子」を、2019年にイッツフォーリーズがミュージカル化した作品です。1975年の沖縄と神戸を舞台に小学六年生の“ふうちゃん”の目を通して人々の心の交流を描きます沖縄復帰50周年にあたる2022年。沖縄は問題を抱えたまま、50年という年月のみが過ぎていっています。この節目の年に、「人間の本当の優しさとは何なのか」という、灰谷健次郎が生涯問い続けたテーマを音楽と笑いに包
「この店はね、人生の落伍者のふきだまりなんでございます」芸術に憑かれた男たちの〝才能と世の中との折り合い〟を描く、激しく愚鈍極まりない物語、再び。1974年暮れのフランス、パリのモンマルトル。サン・ヴァンサン墓地の向かいにある地下酒場「レ・トロワ・ペロンヌ・ローンドゥ」はうだつが上がらない、パリの日本人の溜まり場となっていた。新米店員のスティーヴ(温水洋一)が店番をする店には、今夜もオブジェ作家の