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劇作家・演出家の平田オリザと作曲家の中堀海都によるシアターオペラ第二弾。宇宙と心象をテーマに、最新の立体音響技術を用いて、平田の現代口語演劇と中堀のヴォカリーズ(歌詞を伴わず、声のみを使う歌唱法)による現代音楽アリアが交互に展開する多次元的空間を表現。現代演劇、現代音楽、現代アートが融合する総合芸術作品としての完成を目指す。
みんなの歌が遠くに聞こえる。その1、その2を経て、その3となるこの作品は、誰かが誰かを歌い、みんなでみんなを歌うどこかへ向かおうとすれば、個人主義から新しいコミュニケーションを発想しなければならない現代の困難を描いた。
東京裁判三部作 第二作
『夢の泪』は井上ひさしが新国立劇場のために書き下ろした「東京裁判三部作」の第2作目として、2003年に上演されました。「東京裁判三部作」は、01年『夢の裂け目』、06年『夢の痂』とともに、「戦争」そして「東京裁判」を当時の市井の人々の生活を借りて見つめ、「東京裁判」の、そして「戦争」の真実を改めて問うた作品群です。
北方舞踏派の代表作を抜粋した映像集。「塩首」(1975)、 「月下の畝」(1982)、「鷹ざしき」(1984)、「蝦夷面」(1989)の四作が収められている。「塩首」は初演の第一日目よりの記録で、ビショップ山田が黒塗りで登場する。二日目は土方の指示で白塗りになったが映像が残されていない。「蝦夷面」の部分は「My Heart Beat」というタイトルが付けられている。
シアターねこカンパニープレゼンツ ラボラトリーシアターvol.4
戦争中に1人の男が自分の家だけで敵国と和平を結び、その「平和の家」には平和を享受しようと様々な人物がやってくるのだがー。シアターねこカンパニーラボラトリーシアター第4弾は、紀元前425年ペロポネソス戦争の真っ只中に発表された現存する世界最古の平和物語といわれるアリストパネスの「アカルナイの人々」にインスパイアされ、シアターねこが現代版「平和の家」体験シアターに姿を変えます。果たしてどんな人々が訪れ
平成15年度文化庁新進芸術家海外研修制度の研修員として、イギリスロンドンで1年間研修した土田英生の作・演出公演。いつの話なのかは分からない。ロンドンにある日本食レストラン「有栖川」。日本食が定着しているので、どこの日本食レストランも地元の人などで賑わうのだが、ここだけは違った。ロンドンの生活に馴染めない日本人たちの吹きだまりなのだ。だったら日本に帰ればいいのにと思うような人ばかりが集まっている。例
どこかさえない中年男「芳野」は、結婚相談所で知り合った「芳子」と晴れて結婚。理想の結婚生活を送れているはずだったが、完璧な避妊をしていたにもかかわらず芳子が妊娠する。さては浮気? 芳野は慌てて結婚相談所に駆け込んでいくが、そこで出会った精子バンクの営業マン「藤枝」に芳子が精子を買いに来たと聞かされる。――SEXを介さないベビー誕生。それは不妊に悩む女性たちへの福音なのか? それとも女性の体を実
1997年夏、釜山国際海浜舞踊祭に参加する福士正一の活動を追ったドキュメンタリー。福士が自らの舞踊哲学を語るインタビューのほか、福士に強い影響を与えた舞踏家森繁哉と民俗学者赤坂憲雄の対談、共に活動する福士輝子等の話しを通して、ユニークな活動を浮き彫りにしている。釜山の市場や海岸で即興で踊りながら見知らぬ人々の中に入り、その場その場で心の交流を生み出す様は、福士の活動スタイルの真骨頂を表している。
貧しい家の娘、お菊は弟の文弥が幼い頃、石の上に誤って落としてしまい失明させてしまう。その償いにお菊は吉原へ身売りして、作った百両の大金を文弥にもたせ、京へ上らせて座頭の官位を取らせようとする。途中の鞠子宿で仁三は文弥の大金を狙うが、十兵衛に取り押さえられる。文弥と十兵衛が宇都谷峠まで来たところで、十兵衛は初めて大金のことを知り、自分の主人のために借金を申し入れするが断られてしまうのだった。
進駐軍の占領下で、今日を生き抜くために人びとは闇の売り買いに必死だった。親を亡くし、子を亡くし、夫を亡くし、友を亡くした人びとが、世の中の新しい枠組みの中で、無我夢中に生きていた。ひとり息子の健太郎を戦地に失った愛敬稲荷神社の神主牛木公磨も、今では近くに住む五人の未亡人たちと寄り合って、闇米の調達に奔走している。そんなある夏の日。思いもかけず、死んだはずの健太郎が愛敬稲荷神社にひょっこりと帰還する
「私小説というものがある、私演劇というものがあるとしたら・・・劇作家にとって物語は人生の日記のような物だ劇作家は愛する人を失った時、彼女の物語を書くのだろうかそして彼女に似た女優を探し、稽古し、作品を完成させたとしてもその物語は観客に公開するだろうか?解体前夜の劇場で上演されたその作品は、誰にも観られる事も無く、劇場の壁に染みつくのかもしれない」
かつての日活アクション映画に見られたようなギャングやアウトロー、そしてヒ ーロー・ヒロイン達の様式美ともいえるハードボイルドの世界を題材に、60~70年 代サウンドの生演奏にのせて、ラサール石井・流山児祥の黄金コンビが、放つ総天然色の夢の世界。<あらすじ>舞台は、とある地方都市一暗黒街を牛耳る山王組、その街に二丁拳銃をあやつる謎の男がやって来た。 死をも恐れぬ男の目的はいったい何なのか?欲望渦巻く
激動の世紀末を生きた壮絶な生き様だが、最後まで、彼は絵筆を離さなかった彼が最後まで絵を描くことにこだわり、執着した理由は!?登場人物10数人、20曲以上の歌と語りでロートレックの生涯を描く。
(フライヤーより)私生児をみごもりナチの施設〈レーベンスボルン〉の産院に身をおくマルガレーテは、不老不死を研究し芸術を偏愛する医師クラウスの求婚を承諾した。が、激化する戦火のなか、次第に狂気をおびていくクラウスの言動に怯えながら、やがて、この世の地獄を見ることに…
(フライヤーより)親子の愛情、自然と人間とのかかわりは普遍のテーマ。世界にも名高い日本児童文学の名作を、初のミュージカル化。音楽も踊りも、すべて純ニッポン・オリジナル!
(フライヤーより)猛スピードで時代を駆け続けるダンスから見れば、時代は星虹(スターボー)なのだろうか?はじきだされた饒舌はやがて暗黒の磁場へと旋回し重力を失う。時代がダンスを要求しているのではなくて、ダンスが時代に別れを告げるとき、壮絶なダンスのパレードも旋回し始める。1966年早春のダンスコレクション 饒舌と静謐 旋回と浮遊 記憶と忘我 光と演奏 いま東京ダンスコレクション されど東京ダンスコレ
大野一雄【赤レンガ倉庫】舞踏公演
横浜新港埠頭赤レンガ倉庫前の三号上屋にて総勢150人の出演者で上演された。曽我蕭白を始め、鰈や狼など多彩なイメージを花開かせながら、舞踏家だけでなく、音楽家や写真家、地元の合唱団までを巻き込んでの一大スペクタクル。映像はフル・バージョン。
(フライヤーより)「これから旅にでる。一緒に行きたかったら上野駅の翼の像の前に来い。十時から十分間だけ待つ。」極道小説家の木戸孝之介は、契約愛人の清子を連れて、ホンモノのヤクザである叔父・仲蔵が経営する”あじさいホテル”通称”プリズンホテル”へ、仕事も兼ねた二泊三日の旅にでた。だが、執筆中の作品の主人公が実際に姿を現したのを契機に、孝之介の人生に関わるような事件が続発した。孝之介の尽きせぬ母への愛
KAAT神奈川芸術劇場プロデュース
あの名作のリメイク決定版⁉KERAが新たに読みかえる「ドン・キホーテ」を、個性と実力を兼ね備えた俳優陣で上演!
実話から生まれたいのちの寓話が今、語りかける。ある南の島。ガジュマルの木に逃げ込んだ兵士二人は、敗戦に気づかず、二年間も孤独な戦争を続けた――人間のあらゆる心情を巧みに演じ分け、観る者の心に深く刻みつける山西惇が、再び本土出身の"上官"を演じる。注目の新キャスト・松下洸平は、柔らかく、おおらかな存在感で島出身の"新兵"に挑む。歌手・普天間かおりをガジュマルに棲みつく精霊"語る女"に抜擢。琉歌に乗せ
芸術は、いったい誰のもの?芸術とは、劇場とは?宮城聰が初めて挑む、骨太の社会派作品!原作は、1936年に書かれたクラウス・マンの小説『メフィスト』。当時、ドイツ最高の俳優と謳われ、国立劇場の芸術監督でもあった実在の人物グリュントゲンスをモデルとし、発禁状態にまでなった小説は、80年代にはフランスの太陽劇団により舞台化され、ハンガリーのサボー監督による映画でも知られる。時代に翻弄される天才俳優の姿を
[作品ノート]うつろいさまよいつづける流れかたちにはまりたい衝動かたちからのがれたい衝動そのはざまでおどる
1950年代、みんながジェイムス・ディーンに憧れ、R&Rに夢中だった時代。「蜘蛛女のキス」の演出家ロバート・アラン・アッカーマンと男闘呼組で創る青春物語。
シカゴの屠畜場。工場が閉鎖され路上に溢れる労働者。救世軍・麦わら隊のヨハンナ・ダークは、この惨状に心を痛め、ピーヤポント・モーラーが牛耳る食肉市場に乗り込む。ジャンヌ・ダルクかドン・キホーテか?ヨハンナのまっすぐな問いかけが、モーラーの心を揺さぶる。ブレヒトが世界恐慌後のアメリカ市場経済を戯画化した。現在を写す物語。
「3.11以後の生活」を捉えるため、宮沢童夫が引いた補助線は「1986年の東京」だった。アイドル歌手の飛び降り自殺が盛んに報道され、チェルノブイリ原発事故が世界を震憾させた年の夏、屋上でビンゴゲームに興じる人々の姿は享楽的なようで、どこか乾いた虚無感をも漂わせる。その様子を眺めるのは、「欠落の女」「忘却の灯台守」、そして2011年に生きる映画学校の生徒たち。彼らの視線、撮影された映像をたどりつつ、
コロナリポート
Sign:忙しなく動き続ける体と、短時間に凝縮した数多くの身振りで構成された10分間のダンス。振付を覚え練習することで、コロナ禍の滞留した時間を前に進めることを目的に制作された。Out:neji&co.のプロジェクト最終作。俳優によって上演されるテキストを用いた作品。2020~2023年を振り返りながら、過去から現在を通過した未来まで、私たちの生の「外」にある時間を想像する。
来場者が飛び出す絵本に入り込んでいくような、参加型エンターテインメント音楽劇。開演前には親子向けに、手作り楽器のワークショップを行い、本編中で演奏される音楽に合わせて、 自分だけのオリジナル楽器を鳴らしながら楽しむことができます。 来場者の方々が一緒に演奏するたびに、セロ弾きのゴーシュがセロを上手に弾けるようになっていくことで、会場全体の一体感を生み、他者との交流と成長の楽しさを味わえる公演です。
南河内万歳一座座長、内藤裕敬作・演出の演劇公演。公募市民とプロの俳優が出演する地域密着型の演劇プロジェクト。住む人がいなくなった家はどうしてこんなに寂しいんだろうか。空き家の増加、墓じまい、少子高齢化などの社会問代をテーマにした作品。時代とともに変わっていく価値観、地域の伝統や家族の歴史は守らなければならない?守らなくてもいい時代?じわじわと感じている境界線を繊細に描きながら、笑いと豊岡のローカル
KAATキッズ・プログラム2022
おとなもこどもも楽しめる「KAATキッズ・プログラム」の2022年新作は、天国と地獄の分かれ道で、なくした記憶を探すおしばい。2020年に上演を予定していたものの、新型コロナウイルス感染症の影響で中止となった本作が、2年の時を経てついに上演を迎えました。作・演出は、本作で自身初のキッズ・プログラムを手がけた松井周、そして主人公は、日本演劇界を代表する俳優・白石加代子が演じています。
おじいさんとおばあさんの可愛がっていたボールのフリーチェクが、悪者の凧のムラークにさらわれた。2人は手廻しオルガンと太鼓を打ちならし凧のムラークに立ち向かうのですが…。
ミラーボールが回る呪術の場、古今東西のエイリアンによって謡われるダンス現代に潜む様々な文化や進化の記憶の断片を寄せ集めた、キメラ状身体。それは、古くて新しい奇妙なエイリアンたち。現在であり過去であり未来である時間=無時間。世界はミラーボールが回るダンスフロア。人間も動物も、生命はみな踊る。ここにミラーボール主義を宣言する。
――綺麗な毒には花がある。 『完璧な女子力』を求める女子高生は、森の奥に建つ巨大なメイド喫茶でアルバイトを始める。勤務初日の夜、メイド長が突然死。騒めくメイド達は「これは『御主人様』の仕業だ」と噂する。店には、メイドを次々殺していく、怪人『御主人様』の呪いがかかっていた。 耽美!耽美!暴力的耽美!演劇集団白昼夢が、虚構で性別を破壊する。
[作品ノート]この作品は、Villa Lobosの音楽「Urapuru」と寺田みさこさんからインスピレーションを受けて作られた作品です。Urapuruは、アマゾンに住んでいる鳥の名前です。
空晴第21回公演「ここにあるはずの、」あらすじクリスマス会をやろうと企画中のとある家族。嫁に行く娘が最後に過ごす実家でのクリスマス。久しぶりに引っ張り出してきたクリスマスツリーを飾ろうとするのだか、大事な飾りが見つからない。最後だからと親戚やご近所まで呼んでいたが、大事な「あの人が」来ない。家族の中の、人生の中の、物理的、気持ち的な「不在」を描く。
歌人、山中智恵子の作品「鳥首」からインスパイアされた作品で、古代の祭祀的な要素を含んでいる。ソロ中心の作品が多い中で、この作品には佐東みわこ、杉山景子が出演している。巨大な被り物を付けた山田が敢えて跛行的な歩行を続け、身体の在り方への新たな視点を模索しているのがわかる。土、水、紙などで空間を構成しつつ、身振り、行為と、踊ることの境界を越えるような振り付けが特徴的に現れている。
1928年、築地小劇場第80回公演として、土方与志演出で上演。日本新劇のメッカといわれた築地小劇場が生まれて70年を記念して上演。妻の間男を殺した罪で拘留中の老俥夫は、予審判事と現場検証のためわが家に来ると、妻はまた次なる男と逢引きを重ねていた…。1920年代後半の世相と人情の機微を巧みに描き出した日本近代古典、里美弴の傑作戯曲。
新型コロナウイルスの収束後も、次々と新たな感染症が蔓延する現在。最新型の病原体「ネクロウイルス」の感染拡大により、政府は再び特殊衛生班を編成し、発症者の駆除を行っている。一方、新宿五丁目のデリヘル「わくわくパラディーソ」では、今日もデリヘル嬢、店長、ドライバーが待機場所でくだらない話に花を咲かせていた。とりとめのない日常と、すぐそばの歪な現実の物語。
戦後。「高度成長」の初め頃ー。村の人々は貧苦にあえいでいた。産まれたばかりの赤ちゃんが、昔ながらにコロコロ死んでゆく。雪深い山奥の村。医師に給料が払えない。「国保」係の高野は村を歩きまわる。滞納を整理できなければ病院がなりたたないのだ。無医村の恐ろしさを知っているのは誰よりも村の人々。だが、村の人々は金を払えない。八方ふさがりの村をどうすればいいのか。教育長、深田は考える。まだ封建色の強い家の中で
ミュージカル
19世紀半ばのロンドン。クリスマス・イブの宵、金貸しのスクルージはひたすら借金を取り立て、献金を拒み、人々に嫌われるばかり。そんな彼のもとに深夜、死んだはずの友人マーレイの亡霊とクリスマスの精霊たちが現れる。彼らはスクルージを過去、現在、未来へと連れていく。幼い頃の妹とのクリスマス、イザベルとの恋と別れ、事務員のクラチットの家族や甥のハリーの慎ましいが幸せなクリスマス、そして思いもよらない未来…。
家族や近しい人のすれ違いや勘違いからおこる日常を描いてきた劇団、空晴(からっぱれ)の新作公演。誰しもが持つ「辛い経験・思い出したくない過去」、辛いと分かっていても自らその道を選ぶ事を今作では「遠まわり」と表現し、そこを通れば遠い事を知っている、でも遠まわりを選ぶ、その選択を15年前に離婚した夫婦の再会を通して描きます。
大野一雄、大野慶人を敬愛して止まないアノーニと、大野慶人とのコラボレーション。2010年に「Antony and the Ohnos」で初共演を果した二人は、その後ロンドンとサンパウロで再演を重ね、本作で再び相見えた。「たしかな心と眼」の冒頭、舞台上のスクリーンにウィリアム・クラインが1961年に撮影した土方巽、大野一雄、大野慶人の写真が投影され、舞踏の創世記を活写したイメージの中から大野慶人が登
春うららかなある日、桜の花を探し求めてやってきた、お殿さんと家来のぬけさく。そこへやってきたのは、病気のかあさんにとりっぱな桜の枝とちまきを持った童。殿さんは桜の花に、ぬけ作はちまきに!目の行くところは違っても童の持ってるものが欲しいのは同じ思い。「あの花をとってまいれ!」「あのような子せがれを大の男が・・・」とためらいますが、しぶしぶ童のあとをおいかけて・・・。
テアトルフォンテ開館一周年記念シリーズ
1994年4月に始まった大野一雄全作品上演計画第2回公演。1977年土方巽の演出により初演、1980年にナンシー国際演劇祭で発表され、世界のダンスシーンに衝撃を与えた大野一雄の代表作。学生の頃に見たスペイン舞踊の舞姫アルヘンチーナを讃える。
幻の蝶 VOL.127 2013年梅若能楽堂で上演生きる喜び、哀しみ、切なさ、ユーモアとペーソスで織り上げた詩情豊かな舞台。初演以来34年、日本人の心の風景を描く『空間の詩』と称され、国内外で高い評価を得ている作品
アーサ・ミラーのアメリカ演劇史上最高の傑作。平凡なセールスマンの悲劇を過去と現在を巧みに交叉させながら描いた作品。この録画は巡演前の舞台稽古として日大芸術学部の講堂で上演したものを収録。
Noism設立15周年記念作品。「Fratres」とはA.ペルトの同名楽曲のタイトルであり、ラテン語で親族、兄弟、同士を意味している。他者との関わりが先鋭的に希薄になりつつある現代社会において、同士を求め、集団活動を標榜する舞踊団として、本作品を発表することは、創作及びその実演によって“その意味するところ”を“集団的に”見出すためである。その祈り、その儀式こそが本作品の主題である。
せんがわ劇場の客席と舞台との距離や空気の層に、霧の立ち込めるような鬱蒼さを感じました。さらに、強固な空間には根を張ったような印象を。これまでは、ぎゅうぎゅうとした生活圏内で人と距離を取ること、取らないこと、あるいは取れないことを多く考えてきたように思います。今作のモチーフは森です。他者だけではない広い外部の世界に、どのように自分を置くのでしょう。
(フライヤーより)青山円形劇場では、クラシック音楽のなかから動物や鳥や虫を描いた曲を集めてお芝居仕立てに構成した「五線譜のなかの動物たち」というコンサートを上演しています。こどもの城オリジナルのファミリー企画で5年間14回も続いている人気シリーズです。今回は、対象をファミリーだけに限定せず「五線譜のなかの動物たちスペシャル」として一般向けに上演いたします。これまでとはひと味もふた味も違った、”音楽
昭和庶民伝三部作 第一部
昭和庶民伝三部作・第一部 紀伊國屋書店創業60年記念提携公演昭和15年の浅草。小さなレコード店「オデオン堂」に4人の家族と二人の間借り人が仲良く暮らしていた。しかし、陸軍に入隊していた長男の正一が脱走して「非国民の家」扱い。追手がかかり憲兵が住み込みで見張りをする始末。ところが長女・みさをがたくさんの傷痍軍人と交わしてきた文通ハガキの中から選んだ源次郎と結婚するにいたって、今度は一転「美談の家」に
素戔嗚舞踏團結成公演。笠井叡はこの前年1974年7月に「天照大御神への鎮魂の舞ひ」、同年10月に「傳授の門〜現代における秘儀とは何か〜」を発表。「素戔嗚舞踏団九州公演のためのメッセージ」というテキストでは「いったい第二の天岩戸開きの真霊(まひ)がその建速素戔嗚尊御自身の舞でなくして何であろうか。」(『聖霊舞踏』)と書いている。
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戦争中…空襲も受けない小さな村。そこにも戦争の影が忍びよる。村に敵軍が忍び寄るという噂が…案山子を沢山つくり日本軍にみたて、敵を追い払おうとする妙案が浮かぶ。終戦間近の穏やかな村で起こる騒動。可笑しくも哀しき物語。
流山児★事務所の世界を旅する「西遊記」!天界、 妖怪入り乱れ、三蔵法師が孫悟空、猪八戒、沙悟浄を従え、天竺を目指す冒険活劇「西遊記」を鬼才:天野天街が前代未聞の歌謡冒険活劇に創り上げ、異次元・異空間に誘います。音楽はムーンライダーズの鈴木慶一。国境を超えて大爆笑を巻き起こす演劇ならではの冒険宇宙。インドネシアのジャカルタ公演を収録しました。
(フライヤーより)二千年の時を経て洗練され磨き抜かれた心身統合の叡智なる舞踊。
舞踏アーカイヴプロジェクト
舞踏が舞踏と呼ばれる前、「舞踏ゼロ」の時代から活躍してきた齢80を越えるアーティスト3人の足跡を辿る。能楽師・清水寛二を案内役に、彼らの部屋に招かれているような空間で、本人の語りや映像上映、若手のパフォーマンスで過去を現在と未来へ繋ぐ。及川廣信は3か月後、大野慶人は7か月後にこの世を去った。
身体の中は小宇宙であるとよく言う。 エネルギー体である 私、あなた、社会、自 然、宇宙、 電子エネルギーにより、 それぞれが細かく振動する事 によって共鳴し合って世界の バランスを保っている。 そういった物理学の観点からモーション (動き)とエモーション(感情)、そしてそれ が世界にまで共鳴して 行くことを提示し た作品。かつて生きていた人、生活。肉 体は滅びても エネルギー体は滅びずにこ の地球
その夜、ヨチヨチ歩きの赤ちゃんたちに奇跡がおきた!気がつくと、ボクたちは、オトナの姿になっていた!?大好きなママのピンチを救おうと決意するベイビーたち。果たして、ボクたちは、ママを助けることができるのか!?
コロナリポート
パフォーマーの入退場、音響や照明の変化などの舞台作品における様々な行為のきっかけ・手掛かり・合図を「キュー」と言う。Go To/Stay Home、緊急事態宣言発令/解除等、反復し持続する現在の「外」に出ることを体で試みるダンス作品。2021年初演。コロナリポート三部作『Sign』『Cue』『Out』。
永井愛が2003年に他劇団に書き下ろした人気作を、自らの演出で上演。セレブな専業主婦だった秋子は、夫の会社が倒産したため、働くことを決意。しかし、パートタイマーとして採用されたスーパー「フレッシュかねだ」は、あらゆる不正が横行するディストピア的世界だった。正義感が強く世間知らずで他のスタッフから浮いてしまう秋子は、大手企業をリストラされ、この店で屈辱に耐えながら働く貫井と心を通わせるようになるが…
一揆が勃興する室町時代から戦国、江戸、明治、大正、昭和、平成まで、500年の時代をかける大河物語。一揆に立ち上がり権力に抗うも、宿命に弄ばれてゆく男とその子孫の悲哀に満ちた苦労の日々をダイナミックに描く。1997年こまばアゴラ劇場での初演から、2000年ザ・スズナリ、2007年シアタートラム、2016年すみだパークスタジオ倉と再演を重ねた人気作。本作は2007年のシアタートラム版。