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多摩美シアタープロジェクト びびび vol.1
上演芸術の最前線で活躍するアーティストでもある教員と学生によるカンパニーが始動!舞台はアートマーザーの邸、寝室。約束の雨の夜、アートマーザーの一族が集結する。一族は皆、芸術家。アートマーザーは芸術的に眠ることを望んでいる。一族は協力しながら、歌ったりお話を聞かせたりして、アートマーザーを芸術的に眠らせなければならない。アートマーザーを納得させる大人守唄を一族は生み出せるのか━。
新たな切り口で脚本・演出が練り直され、初演から生まれ変わった “リクリエーション版“! アルバニアを代表する作家イスマイル・カダレの小説『砕かれた四月』を下敷きにしたサファリ・P固有のスタイルを駆使した身体、音、光、美術、身振りのアンサンブル作品母に遊びを禁じられて育ったネリネは、透き間風の吹きすさぶ荒涼とした心を隠して生きてきた。有名な小説家の恋人の座を得た彼女は、とある“しきたり”に縛られた山
ミュージカル
遠い遠い神話の時代。日本の国を生んだ男神と女神は天上と黄泉に分かれて互いに憎しみあい、地上ではこの神々の子孫が輝と闇の一族に分かれて相争っていた。輝の神を祀る村に拾われ育てられた狭也はある日、輝と敵対する闇の一族の巫女「水の乙女」として水色の勾玉を渡される。それを拒絶し、輝の王子である月代王へ憧れ、都に赴いた狭也は、輝の神の末の王子、稚羽矢と運命的に出会う。輝と闇どちらの神の影響も受けず荒ぶる「大
祖母を亡くした青年ひろとピアノから生まれた少女の出会いから始まる、人と人ならざるものの魂の形を巡る話。あらすじ:ピアノを壊した。少女は二本足で立っていた。命は巡れど魂は形を変えないなら時間が流れてもあの時が残るならろうそくの火を吹き消すまでのみじかい逃避行をしよう。取れない電話に背を向けて広い大地に夢を見て誰が僕を見つけてもキューちゃんは僕を探さない。
「菓」は植物の生態からインスパイアされたものをテーマとし、坂田有妃子の父親の死に感じた想いも重ね合わせた。たとえば植物が成長していくときに出す「エチレン」というフェロモンは、秋の紅葉など葉が色づく現象を起こす。それは目には見えない植物同士の信号のようで、ささやいている言葉のようにも感じ、そして植物同士の猛烈な競争や駆け引きが起こっているようにも捉える。繰り返す生死をミクロの視点から切り取り作品にし
全国初の県立劇団の門出を祝う祝祭劇。
いじめが原因で引きこもり気味の高校生アンはインターネットのブログサイト“千年ユニコーン”とのチャットに夢中になっている。アンの両親は離婚の調停中。孤立した心を癒すのは、「ユニコーン」の言葉だった…。アンの同級生マルオもまたいじめが原因で学校を退学している。アンとマルオは再会し、ある日、マルオからじぶんがユニコーンであることを告げられる。そして、マルオはじぶんが新しいノアとなり、世界を救う(滅ぼす)
クリスマス禁止令が施行されている近未来、命がけでクリスマスを守ろうとしている人々がいた……。畑澤聖悟、工藤千夏の共作作品。風刺に満ちたブラックコメディ。あなたは何を信じ、何を守るのか。なべげんがお送りするクリスマス・ドラマの決定版。
時は明和年間、谷中笠森稲荷の境内に構える茶店鍵屋にお仙が現れた。その美貌に目をつけた大田直次郎は、師鈴木春信に描かせ、錦絵で持って江戸にお仙ブームを起こそうと試みる。一方、浅草寺にお仙と並ぶ美貌、楊枝屋看板娘のお藤がいた。江戸の男それぞれがお藤に思いをよせる。お仙、お藤には過去、何が起こっていたのか?浮世絵に隠された謎は?過去を唯一知る、むささび五兵衛は二人の娘を静かに見守る。やがて過去の事実が明
一粒萬倍 五穀豊穣の物語
コンセプト・五穀豊穣への感謝と祈り。物語:古事記で最初に姿を現した独神・アメノミナカヌシが、混沌とした現代に再び姿を現し、八百万の神の世界の扉を開き、いにしえの物語を蘇らせる。物語は、伊邪那岐、伊邪那美の国生み、黄泉の国、三貴神の誕生、スサノオの高天原での大暴れと岩戸開き、五穀の種の誕生へと続いていく。食の神・大宜津比売の御心が宿った五穀の種は人間社会に五穀豊穣の恵みをもたらすのだった。
青年は目を覚ますと、精神病院にいた。そばにいるのは、精神科医。刑務官。そして夜な夜なあらわれる夢とも現実ともわからない少女である。ある日、精神科医の元を弁護士が訪ねてくる。国選で青年の弁護士となった彼は、いまだ、青年に面会することもできていない。5人の会話は迷走し、もつれ、記憶と現在と精神を行ったり来たりしながら、カルト宗教施設で育った子供が犯した犯罪を浮かび上がらせる。
農業革命時、身体は生産材として重要な役割を担ってきた。しかし、時代の変化とともに、工業化と情報化が進み、身体を拡張する『脱身体/ポスト身体』の時代へと急速に変化してきている現代。本作では、失われゆく身体への価値を再提示するため、日本全国の農耕祭祀、考古学、民俗信仰などをリサーチし、日本文化の水脈を掘り下げていくことで、「様式化される以前の身体性」をテーマに創作される注目のダンス作品。
ジャワ島の伝統的な魔除けの儀式であるルワタンの演目、『ムルワカラ』から着想得て製作した『まよかげ/Mayokage』。その作品づくりの過程を関係者やリサーチ協力者の話をもとに振り返る。
朗読×ダンス公演
朗読とダンスで綴るストーリー仕立ての舞台公演。ある中学生の少女はすすぎ雨により自身が周囲から嫌われている存在である記憶を忘れることができ、しばらく幸せな日常を過ごしたが、大人になり再び人生に行き詰まる。そこへ怪しい女が現れるが、それは未来から自分を救いに来た自分自身であった。不幸をもたらすのは忘れたい記憶自体ではなく、その経験を受け容れて自身を改善しようとしてこなかった自分自身の弱さであるという教
(フライヤーより)近松の、大航海の、元禄の、ギリシア神話の、青山の。―いま蘇る稀有の近松歌舞伎。
清姫は、好きになった僧の安珍に再会の約束を破られ、彼を追ううち蛇に変身し、安珍の隠れた道成寺の鐘を巻いて焼き殺す。道成寺は和歌山県に現存し、多くの伝説がある寺。日本人はなぜこの物語が好きなのか? 「今昔物語集」や歌舞伎台本、郡虎彦「清姫」などの戯曲を編み込んだ、現代版のレビュー。
世間を震撼させたバスジャック事件「新鷺梁津事件」から十年。イラストレーター志望のキム・リカとルームシェアし、ネット記事の執筆とアルバイトでその日暮らしを続ける自称ライターの三浦小豆は週刊誌連載を狙い、被害者たちへの取材を始める。彼らは変わりゆく社会の中で、風化しつつある「事件後」を生きていた。事件の影響で片腕を失った青野尚子の電動義手手術への支援を求めるクラウドファンディングが立ち上がる中、ネット
ガリラヤ領主ヘロデ。彼は妃の娘である王女サロメにただならぬ目線を向けているが、その目線に耐えられなくなったサロメは、自分のお目付け役である若いローマ人の男と関係を持つようになった。その逢瀬の際、預言者ヨカナーンの存在を知った彼女は、彼が閉じ込められている井戸に向かう。預言者との接触は王により禁じられているのだが、サロメは色仕掛けで見張り番であるシリアの青年に禁を破らせて預言者を見てしまう。
泉の辺りで休む旅芸人、二人。名前はおかめとひょっとこ。どうやら道に迷ったようだ。ひょっとこは知恵おくれのおかめに愛想をつかして別れたがっている。おかめはどこまでもついていくと言う。 旅に疲れたひょっとこは人形を取り出し、物語をはじめる。 アジアのどこか。日本のどこか。南の島。泉の辺りでクリーニング屋を営む三姉妹とその弟の物語。
『デカメロン』は14世紀のペストの流行拡大を背景に書かれた。では現代、コロナの騒擾を抜けだしたら私たちは何を語りあうのか。舞台は避難所。疫病、戦争、災害――人々が何から逃れているのかははっきりしない。舞台上では『人類への提言』という鼎談がおこなわれている。そこに突然闖入してくる『デカメロン』の中の物語、あるいは脈絡のない言葉の朗読。場面と場面の行間から私たちを取り囲む「悪夢」が見えて来る。
紀元前221年、圧倒的な野望の力で戦国の中華をついに統一した秦の始皇帝は、死を間近にして、東海の彼方に浮かぶという神仙の霊山に不老不死の夢を抱き、奇跡の果実を探そうとする。命を受けた方士ジョフツは三千人の童男童女を従え、歴史的大移民船団を仕立てて東の海へ漕ぎ出し、大航海の末、ついに日本の富士山麓にて不老不死の実『ときじくのかくのこのみ』を見つけ出したか、そうでないのか。その後、ジョフツは秦に帰るこ
一書に曰く、闇に覆われた神代の時代。磐戸にひきこもった太陽神アマテラスの魂をうつつの世に引き戻したものは、俳優(ワザオギ)の元祖アメノウズメ。そのオカメな若い女神が、逆さ桶の上で即興で演じた、ハレンチかつステキなバカ踊りだった。これが日本の演劇のはじまり。そしてこのワザオギの子孫を、どういうわけか猿女(サルメ)と呼ぶ。サルメの血は、いつの時代も踊り続ける宿命を負う。今この時代にも。サルメは生きてい
舞台は極寒のアラスカの冬。厳しい飢えにみまわれた集団が全滅の危機に立たされた。グループのリーダーは苦境を乗り切るために、ふたりの老女を棄てる決心をする。棄てられたことで、プライドをよみがえらせたふたりの老女。互いに叱咤激励をしながらふたりの旅ははじまる。
古代三世紀、女王卑弥呼が治める邪馬台国。超大国の魏国より、邪馬台国への侵攻を企てる魏国の一方的な要求が記された勅書が送られてくる。卑弥呼は、戦いではなく人々の想像を遥かに越えた決断をくだした…。戦争が如何に無意味なものか、現代の世界情勢にも通じる壮大な古代叙事詩。
ドラマとカオスを縦横するスペースノットブランク。CHAOTICなコレクティブによるDRAMATICなアドベンチャー。ダウンロードとアップロード。HIGH & LOW。物語とキャラクターと本人と別人が脱ぎ着する、母音だけでコミュニケーションできる「場所」。実存しない物語とキャラクターを、実存する本人が「上演」というシチュエーションを用いて実存する別人の目覚ましを鳴らそうとするための舞台。
あらゆるものが砂と化した世界に、ただひとつ存在する王国で催される〈最終演劇〉 そこにフラリと現れた詩人の正体は? そして演じることによって息づく旅芸人たちの目的とは? 観ることを義務づけられた王国の観客たちが反乱の声を上げる時、退廃によって呼び起こされた魂の叫びが、今〈真実〉に向けて解き放たれる! 贋物[レプリカ]こそが、真実なのか?
湖のほとりの村に住む美しい娘たつ子はある日、若き修行僧の難蔵、盗人でウソつきな娘マオと出会い、3人寄せ集めのデコボコチームを結成!目的はなんと、永遠の命を持つという“龍神”を探す旅。森の中ではナメクジ、大蛇、コウモリと次々に襲われるも、難蔵の知恵やマオの機転で立ち向かう!そんな中、村には大きな危険が迫っていた。なぜたつ子は龍神を探すのか?たつ子が多くを語らない“ハチの秘密”とは、いったい?
一人の女性が成長していく過程を軸に、鏡のなかにみる“自己”という存在と他者の“眼差し”から見える自己存在との矛盾を軸に、“世界/全体”からみた自己と他者の入子構造を描き出し、”世界/全体”と個との調和と関わりについて無限に映し返す。ラヴェルの組曲「鏡」の作曲から100年を経て再解釈。音楽をヴィジョンとして読み解き、身体と映像を通して、音楽の向こう側にある物語を視覚表現とともに翻訳する。
既成戯曲の演出シリーズ
2018年以降、演出家・大石達起が「既成戯曲の演出」をテーマに「gate」ディレクターを務めてきました。その発展版として上演された、「既成戯曲の演出シリーズ」のVOL.2。『わが町』でお馴染みのソーントン・ワイルダーの戯曲『特急寝台列車ハヤワサ号』を演出家・山口浩章氏(このしたやみ)をお迎えして上演しました。
伝説の洋画家 青木繁。天才と呼ばれ、力強く鮮烈な傑作を世に遺すも、生前は認められることなく放浪の末に病に倒れ28歳の若さで早逝した悲劇の画家。 彼の最高傑作と名高い「海の幸」この絵はどうやって描かれたのか? 青木の親友の老画家 坂本繁二郎によって語られる青木繁、その青春の日々。
琵琶湖では外来魚による固有種の生態系破壊が問題となっており、琵琶湖では外来魚のリリースは禁止され、湖周辺の釣りスポットに「外来魚回収BOX」なるゴミ箱が設置されている。しかし、釣り人の3割はこのBOXを生き物の命を粗末にする行為だと反対し、外来魚を湖に戻している。現地での取材を通じて、固有/外来/生命/生態系の対立を見つめ、両立を探った作品である。
近未来。東洋のガラパゴスと呼ばれている千久世島という離島は、かつてない賑わいを見せていた。国産みの神話に登場する島であると同時に、その島で発掘される「レアゲノム」という化石由来のDNAがヒトや動物の遺伝子組換えに必要なものとして注目を集めているからだ。その島に住む男は、奇祭で弟を失う。ところがある日、弟は蘇り、まるで別人のように男の前に現れる。弟の存在は島の住民を狂わせていく。そしてそれは、島の存
椿組2024年夏・花園神社野外劇
1979年(45年前)中上健次・外波山文明 共に33歳の時に、意気投合し書き下ろした中上唯一の戯曲「かなかぬち」健次没後33年経て、ここに上演決定!『火の物語』が花園の地に再び燃え上がる。時は南北朝、楠正成と呼ばれた悪党(鉄男)を巡る姉妹と母の物語。山賊や芸能集団をも巻き込んだ一大叙事詩。花園境内の土の上で繰り広げられるこれぞ野外劇!
(フライヤーより)ヤマトの民は火の民なり。その身は鉄、その息は炎。彼らの行くところ、山川(やまかわ)ことごとに動(とよ)み、国土(くにつち)みな震(ゆ)りき。青山(あおやま)を枯山(かれやま)となし河海(かわうみ)をことごとに飲み干し、国(くに)の内(うち)の人民(ひとたみ)を多(おお)に死なしむる。
椿組2021年夏花園神社野外劇
1964年の東京オリンピックに向け、急ピッチで作られていた新幹線!戦後日本の復興の証としての国家事業だった。ここ新丹那トンネル工事の現場では難題山積みとなっていた。そこに若い男がやって来て事件が!そして今、箱根駅伝のエピソードと時を越えて繫がっていく・・・。かの昔、熱海の初島に伝わる龍神伝説も!そんな幾つかの「物語」が時空を越えて閃光となり駆け抜けていく!!
すれ違う愛情や嫉妬心、悲しみ、激情を古代インドの叙事詩「マハーバーラタ」の幾多の登場人物からビーマとドラウパディという特徴的な人物を取り出し、古今東西に通じる男女の心の機微を、夏目漱石の「夢十夜」の形を借りて奏でる詩的で幻想的な作品です。
長野県鬼無里村に伝わる『鬼女紅葉伝説』を元に構築。時は平安時代―鬼と呼ばれた者たちが闇を駆け巡り、歴史の裏舞台で蠢く。 遡り白鳳時代―遷都計画が秘かに息づいていた!?そして現代にも遷都計画の噂はあった!?千代の時を超えて問う。国とは何か? 皇とは何を意味するのか? 神と人、その境界に隠された真実とは? 歴史と幻想が交錯するこの冒険に、わくわくが止まらない!その熱き魂を今、あなたに
70年代の若者たちを熱狂させた高橋和巳の「邪宗門」に想を得て、月蝕歌劇団の高取英が演劇団(流山児★事務所前身)のために書き下ろした1984年の作品。実在の宗教弾圧事件と義経伝説を融合させたタイムパラドックス演劇の傑作。
近松門左衛門の『曾根崎心中』と四世鶴屋南北の『東海道四谷怪談』を、「生活は汚れである」という世界観のもとにドッキングした作品。心中に失敗した男女の愛が落ち延びて生活するうちに萎びてゆくドラマを、古語による台詞と非日常的・非生活的な身体で描いた。生活に近い言葉や身体ではなく、コンフリクトを抱えた俳優の身体の中に、生活のドラマを追求した。
『聖ミカエラ学園漂流記』は、数十人の女生徒たちによる反逆のカーニバルを描く。それは暗黒の宝塚による金網デスマッチに駆け抜ける少女十字軍の叛乱なのである。悪魔と手を結ぶトリックスターには、美少女・美加理が扮し、「聖ミカエラ学園」は音を立てて崩れる。30余の女子中学生、女子高校生たちが歌うものは果たして何か? そして彼女たちは、どこに漂流するのか? 讃美歌と文部省唱歌の交叉する中、美少女・美加理が火を
孤独を抱えて生きる月雄と一匹の犬の出会いをきっかけに村が異変が起きはじめ・・・寺山修司による鮮烈な幸福論を描く劇団のレパートリー『仮面劇・犬神』の原作ラジオドラマ(1964 久保田万太郎賞)を、2022年舞台版キャスト・ダンサー・生バンドで上演。歌と語りで構成した公開録音ライブを6カメ24マイクで収録。
神を求める様は古今東西、さまざまな喩えが用いられてきた。その中で、“女性に恋焦がれ一体となる”というメタファーはスーフィーの詩人からトルヴァドゥール(吟遊詩人)に至るまで、広く用いられてきたモチーフ。ラヴェルの組曲「鏡」を主題とし、現実と幻影が交差するコンテンポラリーな手法の中に、古典的な象徴を散りばめ、先端のメディア・アートを駆使した空間に光、映像、音楽がダンサーの身体に反射させる。
MM
ドイツの劇作家ハイナー・ミュラーによる象徴的で断片的なテキスト「メディアマテリアル」を、岸田理生が劇団「太虚(たお)」の為に独自の感性で詩劇として再構築し書き下ろした現代に響く作品です。メディアの激情が詩的な言葉と身体表現によって浮かび上がります。
古代トリ続の秘密を探る旅に出た調査団が山峡の隠れ里で見たものは? 謎とからくりに幻惑されながら、ある一族の呪術的因襲が、エロチシズムに彩られ、恍惚の祭儀へと高まってゆく時、夢と滅亡の彼方に浮上してくるものは何か? 美加理扮扮する、少年・乙丸の運命を決定づけた16年前の出来事とは? 84年最後を飾る第四弾は、小松杏里久々のオリジナルで放つ、少年ロマンと空想の幻夢劇! 螳螂美学、今ここに結集す!
日本舞踊劇化プロジェクト
陰陽師、母を追って令和へ。長年演じられてきた演目「葛の葉」の作品の本意を汲みながら新しいかたちの舞台をお見せできたらと取り組む公演です。葛の葉を吉沢京子、安倍保名を和泉元彌、安倍晴明を西川古柳座(声:許綾香)らが演じます。
ロック・ケチャ・オペラ
演劇実験室◉万有引力第3回公演(及び第6回公演)。3作目にして、初めて劇団外から共同構成台本に堂本正樹氏を迎え、更にはアヤナ舞踏団のダンサー陣、ゲストミュージシャンを招き、トータル・シアターを試みた意欲作。バリ島の伝統芸能ケチャとロック・オペラ、演劇と舞踏が渾然一体となるイメージの饗宴により、観客を目眩く一大叙事詩世界へと導く。
歌あり、ダンスあり、ゲームあり。何でもアリの楽しい舞台。演劇って、こんなに楽しいものなんだってことが、キミにもきっとわかるはず。子どもと俳優がいっしょになってつくる劇。もちろんおとなも大歓迎!ピッコロ劇団の小学校体育館巡演作品を、阪神・淡路大震災5周年にあわせてバージョンアップして、ホールで上演した舞台。
早稲田大学演劇研究会の中の学生劇団として旗揚げた翌年、1985年の作品。本拠地である大隈講堂裏に工事現場用の足場と鉄パイプで作ったテント劇場での上演であった。いわゆる80年代の小劇場演劇ブームの中、俳優のパワーみなぎる身体と言葉で劇団の作風を確立した作品。時代の表層の明るさや疾走感を写しながらもその陰で失われていくもののさみしさまで見据えた劇団初期の名作である。
「国生み」神話を題材にした、短編演劇作品。劇団しようよの大原渉平が脚本を、ツクネル tsukuneruの西井桃子が演出を担当。出演者・その他スタッフも、KAIKAにゆかりの深いメンバーで上演した。ワイルダー『わが町』オマージュして、イザナギとイザナミが国を生んでいく日本の創世神話を現代劇にアレンジした、私たちの「わが町の物語」。
都内などで原因不明の高齢者連続死亡事案が発生した。死亡した全員の容姿がまるで若返ったような状態であること、彼らが同じ地区出身者であることが浮かび上がるー。調査のため、市役所職員の前田とともに山奥の集落に向かった佐知子は大雨の中、事故に遭ってしまう。ぼんやりと揺れる灯りの先に見たものは……。日本限界突破集落地獄外道祭文‼
1989年10月第3回青山演劇フェスティバルにて初演された作品のアンコール公演。当時まだ大阪を本拠地にしていた「劇団☆新感線」が大きく躍進する契機となった作品である。
カナダのハドソン湾にある小さな孤立したイヌイットの村のお話。金髪で青白い肌を持って生まれた女の子、アナトゥ。しかし、イヌイットの掟ではそのような肌を持った者は、不幸をもたらすものとされ、同じ大地に住むことは許されない。村にいられなくなったアナトゥは、イヌイットが決して入ってはいけない神聖な森の中に足を踏み入れてしまう。そこでアナトゥは森の神に出会うのだが…
東のはずれに、ある島があった。街には多くの人が溢れ、人々は行列になって進んでいく。行列の先には真っ赤に燃える炎があった――――。五輪の聖火、命の灯、誹謗の炎上、祈りの煙。社会を焼き尽くす数多の炎を、芥川龍之介の「アグニの神」をモチーフに描く。世界劇団が全人類に捧げる人間賛歌。身体と言葉を燃やし、炎の創成記を紡ぎ出す
陸の上には「るーる」の国の王がいて、海の底には「ひーる」の国の王がいる・・・その国は蔵王(ざおう)が作り、ルールを定めた国だった。王の子、蛭子(ヒルコ)の死を巡って、ある秘密の因縁が存在する。そんな国の末端の漁村に“えびす”という半身不随の仮面の男が漂着し、 人々の想像を掻き立てる。それが復讐に帰って来た青鐘やヒルコに違いないと恐れる蔵王だが、はたしてその正体は・・・?
2500年前の傑作『オイディプス王』を現代女性の見た悪夢としてとらえ、運命に翻弄される人間世界を描いた。ギリシア悲劇の世界を女優だけで演じた奇抜な演出は大きな反響を呼び、2002年の初演以来、国内外での再演も多い。2010年にはルーマニアのシビウ国際演劇祭でも上演。本映像は同年凱旋公演の模様を収録。
振付家・コンテンポラリーダンサーとして日本のダンスシーンをリードしてきた平山素子、三味線の新たな未来を切り拓く若きパイオニア本條秀慈郎、アイヌの伝承音楽ウポポを唄う床絵美。相異なる3つのジャンルで活躍する3人のコラボレートにより立ち上げられる、新作音楽舞踊劇。アイルランドの詩人で劇作家のW.B.イェイツが能楽に想を得て執筆した戯曲「鷹の井戸」に出てくる“不死の水”をモチーフに、夢幻の世界を描き出す
あかちゃんとおとなのための音楽劇 ベイビーシアター
夫が、 死んだ妻を生き返らせるため地獄にやってくる。「振り返ってはならない」 たったひとつのこの約束を守り、 夫は妻と共に戻ってくることができるのか。ギリシャ神話をモチーフにしたオペラ「オルフェウスとエウリディーチェ」を、歌やリトミックをベースにしたダンスとともに彩る。あかちゃんと、 あかちゃんを迎え入れた大人たちに贈る、愛の物語。
「人を許すこと」を描いていると言われるシェイクスピア最後の作品。しかし本作で『テンペスト』とは、主人公プロスペローが自分は「許されない」存在であることに気づく過程であり、四大悲劇のドラマの諸要素が静かにちりばめられていると解釈。嵐(テンペスト)はプロスペローの心のうちに吹き荒れる。2015年初演、2018年にルーマニアのクライオヴァ・シェイクスピア・フェスティバルに初参加した記念的作品。
四国の田舎で隕石を拾った天文マニアの男たちの物語。その隕石は見た者の思考を奪い、時間を止めてしまう。誰かの手を借りない限り目をそらすことはできず、一人で見たら最後、餓死するまで見続けることになる。もう一つの特徴は、見た者に恐ろしいほどの幸福感を与え、見た時間の記憶は無く、ただ幸福感だけが残される。天文マニアと隕石の出会いから、100年後の行く末までを、日常がズレで大状況になっていく「イキウメ・スタ
「隅田川 森羅万象 墨に夢」プロジェクト企画
オンライン演劇。コロナ禍での「映像配信で実現する演劇体験」を追求した、全く新たな「隅田川物」として表現。江戸時代に隅田川で起きた落橋事故という大惨事。人々はこれを落語『永代橋』に昇華させた。この悲劇さえも笑いに変えて力強く生きる江戸の市井の文化に着目し、歌舞伎『八幡祭小望月賑』など隅田川ゆかりの古典作品群をコラージュ。コロナ禍に苦しむ現代と事故当時を重ね合わせ、カタストロフを乗り越える人間の逞しい