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この作品では、シェイクスピアの『マクベス』を題材に、「権力」について見つめています。障がいのある人にも、権力への欲望、社会的活躍を求める気持ちが当然あります。誰もの奥底に眠るこの欲望を、演劇を通じて見つめていたら、劇作家・永山智行さんの『配役』という台本にも出会い、劇世界がさらに膨らみました。見る価値のある舞台になっていると思います。
若手バレエダンサーを中心としたガラ公演シリーズの第3回目。3日間にわたって計3公演が開催された。ヴァルナ国際バレエコンクールやキエフ国際バレエコンクールの上位入賞者などを中心に、将来を嘱望される国内外の若手バレエダンサーが多数出演している。第3回の芸術監督は工藤大貳。工藤大貳は東京で生まれ、服部・島田バレエ団を経てフランスに移住した。フランスでは著名な振付家の作品を踊る一方で、バレエ教師としてダン
(フライヤーより)劇団青芸「三人であそぼ」「未確認ともだち物体」「柿山伏」「居杭」という2つの狂言を“遊んで”楽しい劇に仕立て上げた「三人であそぼ」など、子どもたち向けの話題あふれるオリジナル作品を上演します。劇団あとむ「あとむの時間はアンデルセン」ウレタンの棒などを使ってさまざまなものを表現する「アニメイム」とコーラスで、アンデルセンのお話を繰り広げます。
『かもめ』の中に、情熱を持ち続けることの難しさや拭いきれない孤独など、現代社会と通じる問題を照らす。新たな世界へ飛び立ちたいと願い戦いながらも希望を失い妥協していく人々と、傷つきながらも妥協を拒絶し再び立ち上がろうとする人々の人生を、冷たい視線から赤裸々に描くことを通して《今の社会において人はいかにして死に、又は生き続けられるのか? 現代の不安定な生を支え得るものは何であるのか?》について問い直す
演劇という枠組みを越境して、ポップでストリートな活動を繰り広げる快快(ファイファイ)の演出家として活動してきた篠田千明は、2012年、快快を抜けてソロ活動を開始。タイ・バンコクへ拠点を移して、そこで出会った人たちとの集団制作を通して作品を発表してきた。一昨年からは、『機劇』『非劇』と題して新作を立ち上げ、”劇を機する”、“劇に非ず”という、劇の成り立ちそのものを問い直すような関心の在処を示している
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(フライヤーより)『C.B.』とは、19世紀のフランスの詩人、シャルル・ボードレールのこと。あらゆる俗物主義に反抗し、孤独を愛し、酒や薬物で絶えず神経を刺激しながら、失語症で死んでいった男。そして、生涯にただ一つの詩集『悪の華』を残した男。ザズゥは、このC.B.のダンディズムを「無理してでも恰好つける男」として捕らえ、ザズゥの演劇美学である男芝居=ハードボイルド・スタイルと共鳴させます。
若手バレエダンサーを中心としたガラ公演の第15回目である。公演の副題は「ラストコンサート」。1986年から毎年開催されてきた青山バレエフェスティバルは、第15回でいったん終止符を打つこととなった。そもそも国際的バレエコンクールで入賞を果たした若手バレエダンサーを中心としたフェスティバルであり、古典作品からの抜粋上演が多かったが、回を重ねていくうちに創作作品の上演も増え、また海外からのコンテンポラリ
(フライヤーより)コピーライターの中島らもと役者のわかぎえふを中心に、関西の異色ブンカ人(ミュージシャン、落語家、講釈師、漫画家、役者etc.)が終結。日夜、人を笑わすことだけを考えてやまない集団=笑殺軍団リリパット・アーミ-が今回初の大時代劇ミュージカル(?)に挑戦。さる大名家に起こった双子騒動を巡って、忍者が、商人が、浪人が、花魁が、歌って踊っての大騒動。昭和30年代、全盛時代の時代劇映画のよ
柿喰う客フェスティバル2017
食べ物を探して森にやってきた兄(北村まりこ)と妹(永田紗茅)。ひょんなことから、人さらい(守谷勇人)に攫われ、妹はお金持ち(村松洸希)の家へ、兄はサーカス団に売られてしまう。兄は有名になり妹を迎えに行くために、サーカス団で芸を磨くことを決め、団長(とよだ恭兵)や見世物女(七味まゆ味)に教えを乞う。しかし、その大人気のサーカス団の秘密は…!?
(フライヤーより)こどもの城が贈る親子で楽しめるゴールデンウィークの素敵なプログラム
研究者、活動家、学生、 旧東ドイツの市民など、国籍も職業もさまざまな人々がその実人生と『資本論』とのかかわりについて語るパフォーマンス。ステージには大きな本棚(そこには大量の「資本論」文庫版が並ぶ)が設置され、出演者はその中に腰掛けたり、時には棚から顔だけ出したりと、常にリラックスしたムードを漂わせている。ギャンブル依存症患者や投資詐欺で訴えられたコンサルタント、政治犯を父に持つマルクス研究者……
(フライヤーより抜粋)何ということはない、日常生活のすきまから、ちょっとだけ顔をだしているおもろくて、やがて哀しき出来事達。そんな、誰もが持っている些細な出来事達を、紡いで、紡いで、少~しだけお見せします。子供部屋に生まれ、育ち、いろいろあってやがて最後に見るものは…。
美術家小沢剛の演出は、3.11後の世界に向き合うイェリネクのテキストの複雑さと生々しさにストレートに呼応する、雑多で具体的な体験に満ちたものだった。美術展を模した会場に並ぶのは、イェリネクのテキストがそのまま刻み込まれた絵画や写真、オブジェ。やがて、静かな鑑賞の時間を引き裂くようにバタバタと類人猿が現れる。牛の遺体を引きずり、床に叩き付けて見せる彼は、悲嘆に暮れているのだろうか。やがて、制御の利か
(フライヤーより)時は、検閲厳しき昭和15年。劇団『笑の大学』座付作者と警視庁の検閲係。これは喜劇(コメディ)ではない。喜劇(コメディ)をテーマにした人間ドラマだ。
(フライヤーより)歌のお姉さん、体操のお兄さんによる楽しいつどいや、「ロバの音楽座」によるショーなどが3階青山円形劇場に大集合!!
「H」は、human(人間)、hope(希望)、homeless(ホームレス)、hurt(痛み)の意。コロナ禍において増加する貧困生活者や苦しみを抱えた方達が心身の豊かさと希望を取り戻すきっかけとなることを願い、横浜・東京の公共空間を主とした8会場で、新人Hソケリッサ!新作ダンスパフォーマンス『ヒニヒリズム/今度会ったらロクでもない奴らと仲良くなりてえ・・』、映画上映、トーク、WS、展示を展開。
坂口修一リーディング公演
悪役レスラーの父親と、そんな父がどうしても好きになれない息子が衝突を繰り返しながらも、やがて本当の絆を結ぶまでを描く、中島らもの名作短編小説を演出・岩崎正裕、俳優・坂口修一によりリーディング公演として上演。プロレス好きの教師が、国語の授業で中島らもの「お父さんのバックドロップ」を読み上げる。合間に思わずプロレス豆知識が飛び出し、授業はたびたび中断する。とある生徒との確執のあった教師は、朗読を通して
若手ダンサーを中心とした有名バレエガラ公演の第7回目。東京・パリ友好都市提携10周年を記念して、また1992年7月から12月にかけて東京で「パリ年‘92」が開催されていることを受けて、第7回はパリとフランスにちなんだ企画を軸として開催された。東京都が行う「パリ年’92」事業の一環として、8月7日、8日の公演ではフランスのスタンローバ児童バレエ団が出演し、『眠れる森の美女』を踊った。スタンローバ児童
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
にしすがも創造舎の校庭に掘られた穴。そのほとりに立つことからこの作品は始まる。穴がもたらした不安定な感情を抱きつつ、観客は地図を片手に周辺の3つの不動産を巡る。今は住む人もいない場所。だがそこに配置されたオブジェやキリストの最期を描いた「十字架の道行き」から引用したテキストは、「誰か」の気配を強烈に感じさせる。どこかのお妾さんが住んだという「だいだいの家」では庭先に、2階建ての白い「半分の教会」で
若手バレエダンサーを中心とした著名ガラ公演の第11回。第11回はコンテンポラリーダンスの世界で活躍する竹内登志子が芸術監督を務めており、上演作品も現代作品が中心である。第10回青山バレエフェスティバルまでは古典バレエ作品からの抜粋上演が多かったが、第11回においては上演作品のほとんどが創作作品であり、大きな変化を遂げた。芸術監督の竹内登志子は公演プログラムで「今日、欧米のバレエ界では、古典作品とな
(フライヤーより)「ある日、私は生まれました。そして、ついてなかった。おしまい」溜め息でバースデー・ケーキのロウソクの火を吹き消す中年アリス。と、その瞬間、一人きりのはずの部屋に、拍手と歓声が沸き起こった。これは、ワンダーランドから見放されてしまった中年アリスが、落っこちた涙の池からはい上がるための実践的セラピー。昨年、文化庁芸術祭賞を受賞した遊◎機械/全自動シアターが放つ2年ぶりの新作。
久門剛史のインスタレーションは、音や立体、光と影によって詩的情景を緻密に構成し、観るものの身体感覚へダイレクトに介入する。その空間は劇場的とも評され、また、2016年にはKYOTO EXPERIMENTで初演されたチェルフィッチュ『部屋に流れる時間の旅』の舞台美術と音を担当するなど、徐々に舞台芸術への関心を高めてきた。その久門が、ロームシアター京都のサウスホールという、自身にとってかつてないスケー
(フライヤーより)脚本は映画『月の輝く夜に』でアカデミー脚本賞を受賞したJ・P・シャンリィ、演出は映画『ロックよ、静かに流れよ』等の作品で邦画界期待の星の長崎俊一(舞台初演出)。この異色の取り合わせに、ご存じ平田満と話題の美保純が挑戦します。都会の片隅の小さなバーで、男と女が獣のように出会った。「作者ノート:彼らの気性は激しいがぼろぼろに傷ついている。口べただが話をしたくて堪らない。危険だがもろい
「私は他人である」 その妄想をきっかけに、高校時代の同級生三人が再開するフリーライターの立原雅人、精神科医の紅谷礼子、そしてゲイ・バーに勤める後藤参三。作家志望の雅人は、時々自分が自分でないような錯覚にとらわれ、礼子の勤める病院を訪れる。そんな折、偶然雅人と再会した参三は、雅人の看護をすることになり、3人は高校卒業以来、初めて顔を揃えることになった。「孤独な愛の行方」をめぐる物語。
若手バレエダンサーを中心としたガラ公演の第12回目。副題が「バレエへの道」であり、まだバレエ学校で研鑽を積んでいる若手ダンサーが様々な国から集うこととなった。公演だけでなくダンサー同士の交流も公演開催の目的として掲げられている。アメリカからはセントラル・ペンシルバニア・ユース・バレエから8名、またウクライナからはキエフ国立バレエ学校より4名が参加した。コロラド・バレエ団、ウクライナ国立オペラ劇場、
(フライヤーより)可笑しくて切なくて摩訶不思議。そんな”夢”のような世界を描いてフェリーニを思わせる「遊◎機械/全自動シアター」が、今回、更なる”夢”の世界に挑戦します。舞台は、何故か未だ幕を開けることの出来ないとあるサーカス。そこに展開するのは一座の座長の見果てぬ夢とも白昼夢ともつかない幻想的な物語。飛べない人力飛行機、渡れない綱渡り、乗れない玉乗り、そして開かない幕…。白井晃、入魂の一作。
未来のバレエスターが出演する公演として有名な青山バレエフェスティバルの第1回目。国際的なバレエコンクールにおいて日本人ダンサーの上位入賞者が増えているのにもかかわらず、国内で若手ダンサーを中心とした公演の数が少ないことを受けて開催された公演である。青山バレエフェスティバルは本公演の後、15年間にわたって継続的に開催され、青山劇場の舞踊部門を代表とする公演となった。第1回は1986年8月16日、17
ゾンビ音楽でつづる死への行進。オペラの新領域がここに拓かれる! 死神に先導され、恐怖に踊りつつ死に赴く人々の列を描いた「死の舞踏」。死の普遍性を伝えるものとして、中世ヨーロッパ以来、さまざまな芸術作品、文学に引用されてきたイメージを、現代のアーティストによる「オペラ」として上演する試みがここに始まった。 クリエーションの起点となるのは、コンピューター制御された指がリコーダーやクラリネットなどの楽器
3度の岸田國士戯曲賞にノミネートされるなど、自身の劇言語を確立し、文学界からも注目を集める神里雄大は、ペルー共和国に生まれ神奈川で育った自身のアイデンティティに向きあいながら、政治や社会状況を取りこんだ作品を発表している。本作では、昨年10月からアルゼンチン・ブエノスアイレスに滞在している神里が、近年の各地での取材をもとに構成する独自の創作スタイルをさらに発展させた戯曲を執筆。現地で出演者を見出し
9つのエリアで展開された豊岡演劇祭2022。劇場に限らず、魅力的なロケーションで実施された演目の数々には、多様な観客・演者が参加した。大小様々な演目は、熱気・笑い・悲しみ・静寂・興奮・活力・喜び・戸惑いなど、様々な情動を誘発する。映像作品『豊岡演劇祭2022の記録』は、その一部を映像によって追体験させてくれる、短い記録である。
遠藤が20数名のダンサー達と作り上げた作品。学校校長であった遠藤の父親が、焼けた校舎の跡に芽吹いたメタセコイアに勇気づけられ、絶望の淵から学校の再興を決意した体験から、自然が人間にとって如何に大切かをテーマに作品制作に取り組んだ。
Eラーニング(株式会社 流)
⑤ 衣裳・ヘアメイク衣裳編①ではオレゴン・シェイクスピア・フェスティバルの衣装部門を統括するメリリー・フォード・バレラ氏が大規模リージョナル・シアターにおける衣裳製作の過程やチーム・メンバー、そしてゲストデザイナーとの働き方などについて解説。衣裳編②ではマイアミ大学演劇学科で衣裳デザインの准教授を務めながら、フリーランスとしても活動するスキナー道子氏が衣裳デザイナーの仕事や繊細さが求められる役者と
映像、演劇、パフォーマンスなど、領域横断的に自在な活動を展開するチョイ・カファイは、過去2度にわたるKYOTO EXPERIMENTへの参加で上演されたいずれの作品でも、ダンスという表現への深い敬慕と入念なリサーチ、そして独自のアプローチを見せてきた。テクノロジーをある種“誤用”しながら、ダンス史におけるレジェンドたちの振付を復元した『Notion: Dance Fiction』。アジアを拠点に活
遊園地再生事業団#11
舞台はとある中学校の教室。体育の授業中、こっそりと持ち物検査にやって来た5人の教師による不穏な会話劇。1997年に起きた14歳の少年による連続児童殺傷事件や翌年の教師刺殺事件をきっかけに、少年のナイフ所有が社会問題となったことを背景に創作された作品。
(フライヤーより抜粋)さつき荘は古い。何人もの住人が入れ替り立ち替わり、七つの部屋を通りすぎていった。学生、サラリーマン、新聞配達員、浪人、占い師、片目の運転手、手品師、宗教屋、世間のダニ、酒屋の店員、花屋の店員、プータロー、等々……そして今、九月。さつき荘には、六人の男達が住んでいる。
英国演劇界の寵児、サラ·ケインの遺稿となった戯曲を飴屋法水が演出、ホーメイ (喉歌)歌手の山川冬樹と様々な国籍の職業俳優ではない役者と共に作り上げた舞台。劇場の観客席が今作の舞台。それと対面して、いつもの舞台上には特設の観客席が用意されており、ダークな照明の中、舞台前面では血のように赤いプールの水が滑らかに光っている。11人の役者たちはケインの詩のように書き連ねられた言葉を、彼らにとっての外国語=
(フライヤーより)吉田秋生原作の人気コミック「櫻の園」が、再び舞台になります。今年4月に初演され、大きな反響を呼んだ「櫻の園」が、新しいキャストによって生まれ変わります。
室町時代、お家騒動にまきこまれる絵師の狩野元信と、彼を慕う遊女のみや。元信と結ばれず、死んだみやは、香を焚きしめた元信の部屋に、幽霊として戻ってくる。二人の恋愛を軸に、芸術と政治の相克が浮かびあがる。現在は歌舞伎や文楽でさえ行なわれていない、近松門左衛門原作の全編を一挙上演。
1985年に日本で初めて開かれた舞踏フェスティバルを特集したNHK「芸術劇場」。フェスティバルは日本文化財団の主催で「舞踏懺悔録集成―七人の季節と城」と銘打って14日間にわたって7組の公演が行われた。舞踊評論家の合田成男による舞踏の紹介、土方巽の語りを始め、大駱駝艦「五輪書―根・柱・節―」、大野一雄・大野慶人「死海―ウインナーワルツと幽霊―」、田中泯+舞塾「晝の月」の公演映像を、インタビューを交え
若手ダンサーを中心とした著名バレエガラ公演の第5回目。本公演の特徴のひとつは、公演直前までブルガリアのヴァルナで開催されていたヴァルナ国際バレエコンクールの入賞者7名が出演した点である。上記7名に第17回ローザンヌ国際バレエコンクール入賞者として宮内真理子が、また第18回ローザンヌバレエコンクール入賞者として荒井祐子が加わり、「ヴァルナ/ローザンヌ国際バレエコンクール入賞者デモンストレーション」が
青年団プロデュース公演
(フライヤーより)別役実氏の名作『マッチ売りの少女』を大胆に翻案し、さらに『AとBと一人の女』『象』といった初期作品群から、台詞を多数引用、コラージュする形で作品を作り上げる。初老の夫婦の食卓を、次々と訪れるマッチ売りの少女たち。その少女たちと、夫婦を中心とした街の人々との奇妙なやりとりを軸に、市民社会の脆弱さが浮かび上がってくる。
舞台上にゾロゾロと現れるのは、普段着の男女28人。誰もが一度は耳にしたことのあるポップソングをバックに黙々と身体を動かす彼らに、年齢や職業、 ダンスの経験をはじめ、特別な共通点はない。舞台手前でDJ役を務めるスタッフが突如舞台にあがり<プライベート·ダンサー>にのせて見事なダンスを披露したり、<ばら色の人生>では場内の照明がすべてピンクになったり……歌詞にあわせたペタな振付や演出に、観客は笑い、感
ロメオ・カステルッチと飴屋法水による、初のダブルビル上演。宮澤賢治のテキストから自由に発想し、それぞれ新作「わたくしという現象」(ロメオ・カステルッチ)、「じめん」(飴屋法水)を発表。二つの才能が宮澤賢治の世界を媒介に響きあう瞬間を、1000人もの観客が野外で同時に体験する。今回はじめて宮澤賢治の言葉に出会ったロメオ・カステルッチは、イタリア語に翻訳された多数の寓話や詩篇の中から「春と修羅・序」を
【Story】<路地>を、管理されることのない空間、不合理なるものの迷宮、過去への奥行き、そしてアジアへの通路として捉え、俳優たちが路地を構成し、路地を歩行します。M1 「標本迷路」 M2 「地図」 M3 「可笑シテタマラン」 M4 「海図」 M5 「おかえり」 M6 「鍍金工」 M7 「金魚」 M8 「地球は回る、眼が回る」 M9 「木製機械」 M10 「かか・とこ」【Note
(フライヤーより)シュールでコミカル、遊び心に富んだ作品を発表し、フランス国内でも根強いファンをもつ異色の振付家ドミニク・ボワヴァン。1998年の初来日の際に好評を博した「ワタシなりのダンスの歴史」の改訂版をひっさげて再来日。”ダンスはどこから来てどこに行くのか”ダンスの起源からロマンチックバレエを経て現在にいたるダンス表現の目まぐるしい移り変わりを1時間のソロダンスで表現する。1994年の初演か
東日本大震災と福島の原発事故を経て、「わたしたちの声」とはなにか、どうすればそれを聞くことができるのかという問いに、演劇的な応答が示された作品。改造保冷車の荷台に映像鑑賞ブースが設けられ、東京と福島の中学生へのインタビューが一人一枚のDVDになって並んでいる。観客は自由に鑑賞し、最後に自分自身も投票する。それぞれの戸惑いと葛藤を写し取った記録は、まだ見ぬ未来へむけたアーカイブとなった。
(フライヤーより)10年前、つまり西暦2000年の12月24日に発生した、〈メリークリスマス〉という名前のウイルスによってトーキョーと呼ばれるアジアの一都市は破壊的な打撃を受ける。町は廃墟と化した。廃墟の象徴ともいうべき99階の建物もまた、いまでは使う者もいないまま、あたかも巨大なジャンクとして屹立している。廊下から、その扉をノックすれば、向こうからもノックする者がいるという。扉を開けて向こうから
アルトー作『チェンチ一族』のリーディング公演から2年がかりで取り組んできたアルトーのテキストをついに舞台化。リーディング劇『追伸』で用いた「神の裁きと訣別するため」に、アルトー自身が友人や恋人に宛てて書いた手紙をコラージュして構成した。この年から始まった京都国際舞台芸術祭KYOTO EXPERIMENTの参加作品として上演、フェスティバル/トーキョーへも本作で初参加となった。
マイム+生演奏+映像で描く、巌流島に行きたくない小次郎の旅。パフォーマンス性の高い作品作りに定評のあるウォーリー木下と、マイムのいいむろなおき、ヨーロピアンなカフェミュージックを奏でるザッハトルテの三者が、身体表現と生演奏で、ひとりの侍の心の旅を描いた不思議なパフォーマンス「素浪人ワルツ」。2008年に大阪・HEP HALLのプロデュース作品として生まれ、二度の韓国演劇祭(春川・釜山)に招聘された
ナイロン100℃ SIDE SESSION SPECIAL
ドイツの放送作家、ギュンター・アイヒによって1950年代に書かれたオムニバス放送劇『夢』。その中から舞台用にアレンジ可能と見なした3編を選び、オリジナルで書き下ろした3編を加えて上演。何十年も止まらない列車に閉じ込められて暮らしている家族の話『列車』、ある三流小説家が死の世界を経験する『死』など、6話6様の悪夢が繰り広げられる。「ナイロン100℃」史上初めての、笑いが一切ない作品。
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
『ファッツァー』に続く地点×空間現代第2弾。ロシア・アヴァンギャルドを牽引した詩人マヤコフスキーが十月革命の一周年を祝うために書いたという戯曲『ミステリヤ・ブッフ』をサーカス小屋のアリーナを模した円形舞台で上演。音楽と言葉が、敵対し、鼓舞し合い、共闘する。野次がシュプレヒコールに変容し、時に歌となる。聖史劇を意味する「ミステリヤ」、笑劇を意味する「ブッフ」を全力で体現した、地点初の喜劇。
日本人ダンサーとインドネシア人ダンサーが、互いの文化、歴史、宗教の違いをぶつけ合う中で、互いの身体の奥に眠るアジア特有のリズムを発見する。
清姫は、好きになった僧の安珍に再会の約束を破られ、彼を追ううち蛇に変身し、安珍の隠れた道成寺の鐘を巻いて焼き殺す。道成寺は和歌山県に現存し、多くの伝説がある寺。日本人はなぜこの物語が好きなのか? 「今昔物語集」や歌舞伎台本、郡虎彦「清姫」などの戯曲を編み込んだ、現代版のレビュー。
まちなかパフォーマンスシリーズ
「公開生放送」で送る、路面電車の旅カフェ店内での通信販売演劇『ふくちゃんねる』、劇場ロビーでのビンゴ形式の演劇公演『アドベンチャーBINGO‼』など、ユニークかつユーモアあふれる企画で観客を巻き込む俳優・福田毅。その新作は、東京さくらトラム(都電荒川線)の車内から生放送する「ラジオ番組」です。早稲田から三ノ輪橋までの約60分、パーソナリティに扮した福田が乗客とコミュニケートしつつ、ウィットに富むプ
(フライヤーより)古き良きテレビ創成時代からお下劣バラエティ全盛時代へ、あるいは地上波全盛時代から多チャンネル化、メディアミックスの時代へ。テレビとは何か? テレビはどこから来てどこへ向かうのか? テレビ時代の申し子古舘伊知郎が、生みの親であるテレビと真っ向から勝負を挑み、その夢と現実を描きます。独特の話芸と毒舌と笑い。”語りを通して人間の哀しみを伝えたい”という恒例のトーキング・ブルース第5弾。
若手バレエダンサーを中心としたガラ公演の14回目。第14回の副題は「バレエと変容」であり、「20世紀のバレエ・ダンスの流れから次の世紀のありようを探り」、「クラシックバレエからコンテンポラリーダンスまでその表現の違いを探る」ことが目的だ。第1部の「99ローザンヌ国際バレエコンクール受賞者によるバリエーション」では、98年、99年に開催されたローザンヌ国際バレエコンクールの上位入賞者が古典作品を踊っ
(フライヤーより)「これから旅にでる。一緒に行きたかったら上野駅の翼の像の前に来い。十時から十分間だけ待つ。」極道小説家の木戸孝之介は、契約愛人の清子を連れて、ホンモノのヤクザである叔父・仲蔵が経営する”あじさいホテル”通称”プリズンホテル”へ、仕事も兼ねた二泊三日の旅にでた。だが、執筆中の作品の主人公が実際に姿を現したのを契機に、孝之介の人生に関わるような事件が続発した。孝之介の尽きせぬ母への愛