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坂あがり相談室 plus
急な坂スタジオ主催の支援プログラム「坂あがり相談室 plus」に選出され、20日間滞在して制作された演劇展示作品(インスタレーション)。「街を記述すること」を指針に、作家がスタジオ周辺をリサーチしつつ戯曲を執筆。本物の要素と作家の想像によるフィクションを交錯させ、架空の街を創出した。模倣しようとして失敗した街と現実の街。本物にフィクションのインクを落とすことで輪郭が曖昧になり、やがて“新しい街”が
気鋭の作家、柳美里の主宰する劇団「青春五月党」と、演出家・俳優である松本修の主宰する演劇創造カンパニー「MODE」による1992年の作品。崩壊した「家族」の蘇生の物語。
独裁政権下での人間の尊厳と正義を描く、チリの劇作家アリエル・ドーフマンの名作。1990年に発表されて以来、そのセンセーショナルな展開が世界中に衝撃を与え、今もなお繰り返し上演されています。演出家・弦巻啓太が若い頃から取り組みたいと熱望していたこの問題作を、2023年、青井陽治氏の翻訳でついに舞台化しました。
こまつ座「戦後"命"の三部作」の記念すべき第一作。魅力あふれる新しい俳優を迎え堂々上演。
壁なき演劇センターと国立ベトナム青年劇場による国際共同制作ベトナム現代演劇を代表する国立劇場の俳優と日本の俳優が融合し、舞台上で日本語とベトナム語が飛び交う現代感覚に彩られた情熱的でダイナミックでスピーディな『新たなチェーホフ劇』ワーニャとソーニャは長年セレブリャコーフの活動を支えてきた。そこへ彼が後妻エレーナを連れてやって来る。そこでワーニャは今までの自分の彼への献身が無意味だったことを知る。
舞台は、第二次世界大戦が終わって間もない日本。戦時中に掘られた横穴の中で、3人の男女が出会い、生き埋めになる。生死の極限状態で、彼らの思想と挫折、そして後悔が語られる。彼らはどう生きたかったのか、そしてどう生きられなかったのか。本公演ではこの戯曲を、ワンルームマンションの一室を穴と見立て、彼らの苦しみを現代の閉塞感と生き苦しさに重ね、女性の一人芝居として上演した。
「真の美しさや人間的感情を求める人生が、虚栄の美しさや幸福を暴力的に求める存在によって破壊され犠牲となっていく社会」という主題に光を当て、2つの世界が互いに理解共存することが不可能であることを通して、人間はいかに共存していくべきなのか?という問題に切り込む。ワーニャは長年セレブリャコーフの活動を支えてきたが、彼が定年退職しその無能さが明らかになり、今までの自分の献身が全くの無意味だったことを知る。
“現代アイルランド演劇界のチェーホフ” ブライアン・フリールの名作。アイルランドの北西部、バリーベッグのはずれの村。ひっそりと暮らすマンディ姉妹はそれぞれの悩みや、緊張の中で助けあって生きている。この片田舎にも近代化の波が押しよせ、経済的な不如意に苦しみ、兄・ジャックの送還の余波でマンディ一家はだんだん崩壊していく・・・・・・。オリジナル曲にアイリッシュダンス、姉妹を取り巻く人物達との激しい言葉
放浪生活を続ける作演出の実体験を元に作られた、異国の密室劇。学生時代に行った初演が好評を博し、4度目の再演。中東の安宿を舞台に、バックパッカーたちが集う。青年団の冒険王を彷彿とさせるが、舞台はその数十年後。あり得なく見えて、ものすごくあり得る話。パスポートを申請して、飛行機の切符を買って、成田エクスプレスに乗って。そしたら着いた。マジで着いた。バザールが立ち並び、街中には水パイプの香り。笑顔でよっ
東京成人演劇部vol.1
大人計画主宰、松尾スズキが演劇部を始動。8050問題の親子、ドキュメンタリー作家志望の学生と教授を描く安藤玉恵との2人芝居。第71回読売文学賞(戯曲・シナリオ賞)受賞80代で認知症気味の母親エイコ(安藤玉恵)と、ニートでアルコール依存症の50代の息子オサム(松尾スズキ)。貧困生活を送っている2人を、ドキュメンタリー作家志望の女子大生アサダ(安藤玉恵・2役)が撮影し密着していた。エイコの年金を当てに
2018年夏。33歳、独身、彼女なし、アルコール中毒、元詐欺師前科一犯の“穴蔵の腐ったバナナ”は、マッチングアプリ・TSUN-TSUN(ツンツン)に友達を募る書き込みをする。出会い系サクラのバイトをしていた“男”は、釣られているとわかりながら課金してきたバナナに興味を持ち、彼と会ってみることにする。「人を救いたいんだ・・・」と言うバナナと男はいつしか、僕/俺「ら」になり、探偵の真似事をしながら諸悪
「隅田川 森羅万象 墨に夢」プロジェクト企画
オンライン演劇。コロナ禍での「映像配信で実現する演劇体験」を追求した、全く新たな「隅田川物」として表現。江戸時代に隅田川で起きた落橋事故という大惨事。人々はこれを落語『永代橋』に昇華させた。この悲劇さえも笑いに変えて力強く生きる江戸の市井の文化に着目し、歌舞伎『八幡祭小望月賑』など隅田川ゆかりの古典作品群をコラージュ。コロナ禍に苦しむ現代と事故当時を重ね合わせ、カタストロフを乗り越える人間の逞しい
流れこむ景色があなたのからだをつつんでとかす― 俳優・辻村優子によるリラクゼーション型パフォーマンス「ほぐしばいシリーズ」の第3弾。観客は施術台の上で横になり、テキストの発話と手技による施術を体験します。発話される言葉は複数人から採取され、実際には存在しない景色を描写。辻村の語りと施術の交差により、観客の感覚の中に新たな〈景色〉が立ち上がります。
カナダのある町の法廷、被告席にいるのは若いネイティブ・インディアンのリタ・ジョー。判事の尋問の間、リタの回想は限りなく膨らむ。あるときは故郷の部落での懐かしい日々、、あるときは町に出てきてからの辛くみじめな暮らしだったりーーいつしかリタの罪名は次々と増えて行く・・・。けれどどんなに判事に諭されてもリタには罪の意識が確かなモノとして存在しない。文明社会の価値観が、自然のままに生きてきたネイティブたち
ごく普通のイギリスの中流家庭に生まれた兄のトムと弟のフィギス。弟のフィギスは心の優しい子で人の気持ちを読み取る不思議な力を持っていた。そんな弟が、ある時奇妙な言葉を喋りだし、「自分はイラクの少年兵だ」と言い始める。フィギスは12歳、トムは15歳。湾岸戦争が始まった夏の事だった・・・。
独り暮らしの老女「ハルさん」は70歳。「イッコ」は小学5年の女の子。好きな人の名前が同じ「新一郎」という共通点を発見して仲良くなったが、少女と老女の意外な事実もまた明らかに……。イッコは学校にほとんど行かず、拒食症になっていること。ハルさんは末期ガンで余命幾ばくもなく、断食して死のうと思っていること。二人には「食べない」という共通点もあったのだった……。 死をどう受け入れるのか? 孤独とどう向き
看護師・萩谷あきの住むマンションに暮らす女たちは、奇妙な怪奇現象に悩まされていた。あきの死んだ母親が、あきの捨てたゴミをマンションに持ち帰ってくるのだ。そして10月31日、渋谷の街では花火が上がり、ハロウィンが奇妙な盛り上がりを見せていた。終わらないハロウィンをきっかけに、世界は滅び始めていく。
日本・セルビア演劇交流プロジェクト
【日本初演、五人の俳優、十五人の登場人物、三つの愛の物語】かつては希望の象徴だった町。そこに集まった三世代の男女5人。信じていた全てが崩れ落ち、都会の無秩序な繋がりの中、愛に飢え、自分の居場所もない。それでもなりふり構わず人生に挑み続け、辿り着いた先に見えた世界は、天国か地獄か!? 紛争後のセルビアそして世界の「リアル」を描いた、セルビアン・ブラック・コメディーを本邦初訳で日本初上演。
おしゃべりだった兄の話をしようと思って、中学2年生の兄は世界の中心だったと思うんです。兄が高校1年生の時、兄の不幸の始まりでした。先に言っておくと、兄はこの先壊れます。あともう一つ言っておきますと、これは「演劇」の話ではなくて、まずこれは「兄」という「人間」の話で。壊れていく「兄」と、滅んだ「僕」と。あと兄に関わった、兄を愛したり憎んだりした「周りの人達」の。まぁ別に大した話じゃありません。
昇進が決まり東京の本社に移動することになった娘、文は父親をひとり実家に置いていくことに不安を覚えていた。そこで、文は父のかつての同級生で、寡婦である道子との再婚を斡旋する。しかし、父と道子が再会し距離を縮めていく様子を見ていた文は亡くなった母親のことを慮らずにはいられなかった。複雑な想いを抱えたまま東京への出発の日は近づいていく。文と父の暮らしている町の様子と町の子どもたちの成長を文の移り行く心情
1組のカップルが暮らす部屋のリビングに、共通の知人がふいに現れる。彼女が死んでいることを2人はもう知っていて、けれどもそれを迎え入れる。つかの間の再会と乾杯。なぜか、家に帰れなくなったという見ず知らずの他人も後から合流して過ごしていると、生きるものと死んだものの境目が溶け合って、いつの間にか夜が明ける。
東京芸術祭2022 芸劇オータムセレクション
現代社会におけるコミュニケーションの諸問題を独自の手法で描き出す劇作家・山本卓卓のテキストと、老若男女から電車や犬に至るまで25役を巧みに踊り演じ分けるダンサー・北尾亘の身体がコラボレート。国内外を旅して再演を続ける、演劇×ダンスの異色傑作。
踊りの起源をテーマとしたダンス作品。人間ではどうしようもできない事象に対し、自然や神、見えないものに敬意を払いながら共に生き抜くために、祈りや呪いとして音を鳴らし踊るという根源的な行為が人間の日常生活の延長線上にある。日本の土着的な風習や儀式の身体感覚を見つめ直し、踊り鳴らすという行為の根源を想像し新たに作り上げた。見えない/聞こえないけれど、そこに確かに在るものの気配を取り戻し、人間以外の目線や
第25回及び第26回OMS 戯曲賞佳作連続受賞した後に大賞を受賞した作品。人と人の関係性を戯曲により深く書き込み、創作した作品です。客演には、CoRich 舞台芸術まつり! 2018 春・グランプリを受賞し、コトリ会議に 3 回目の出演となるオパンポン創造社の野村有志、前回ツアーから連続出演する京都を拠点に活動する安住の地代表の中村彩乃、初参加の浜本克弥(小骨座)の 3 人を迎える。神戸アートビレ
ある朝目を覚ました女は、妙な既視感に襲われる。「私また、昨日にいる--。」その夜から夢に現れた鴉とともに、繰り返される一日からの脱出を試みる彼女だが……。やがて起こる日食、そして鴉によって語られる「盗まれた手紙」の正体とは?エドガー・アラン・ポーからパウル・ツェランに至る西洋詩の系譜と、2000年代日本のオタクカルチャーが形成した「セカイ系」を融合させ、現代の会話劇として舞台化。
太田省吾の台詞劇にもとづく創作に挑んだ本作。使用テクストは、ひとりの老人と亡妻の幻影とのはかない交渉をめぐる「棲家」。太田の言語態への新たな応答を試みるきたまりの振付・演出。人物の関係性に潜む官能を静かにあぶり出す由良部正美の踊り。上演の時空間に独特の彩りと陰翳を与える野村誠のピアノと嵯峨治彦の馬頭琴。劇言語×ダンス×生演奏のクロスオーバーによって、生死の境域、記憶の情景が浮かびあがる。
―――つかぬことを伺いますが、わたしのこの身体はどこの誰のものですか。現代美術家と手をとり、“ミュージカル・ミーツ・現代アート”と銘打った本作では、よりフラットな視点から舞台、とくに演劇という表現形態が見つめ直された。「主人公の若者が入院中に舞台作品の台本執筆を通じて、青春からの脱却を果たす」という物語のなかで、音楽とともに夢と現を行き来しながら、ドラマならびに劇場空間全体からあらためて演劇の演劇
沖縄で生まれた高校演劇の傑作『出停記念日』。弦巻楽団では2017年から折に触れ、レパートリーとして上演。登場する5人の女子高生たちを、8人の俳優が役柄をシャッフルしながら上演するオリジナルの演出手法は、原作者・島元要からも「作品に込めたテーマを捉えた演出」と高い評価を受ける。
世田谷シルク第11回公演
クリスマスの晩、チルチルとミチルは、老婆の娘の病気を治すために、幸せの象徴とされる青い鳥をさがしに旅に出ます。行先は、「思い出の国」、「夜の国」、「森の国」、「死の国」、「贅沢な国」、「やさしさの国」、「未来の国」。しかしどこに行っても青い鳥は見つかりません。そこで二人は帰宅し老婆にそのことを告げようとすると、老婆は家の中にずっといた鳥を欲しがりました。よく見ると、その鳥は青く変化していたのです。
天竺へ向かう途中、三蔵法師一行が立ち寄った海辺の村の小さな孤児院。バケモノの脅威に晒されながらも小さな幸せを守り続けていた孤児院には秘密があった。これは人魚を巡る人間とバケモノの過去を乗り越え心を通わす物語。
バイカル湖の南、イルクーツク近郊を流れるアンガラ川にある発電所の大建設現場。自由奔放な協同組合の人気者、ワーリャを巡る男達。「安売り女」と陰口を叩かれながら、そんな事を気にも留めず我が道をゆくワーリャ。恋人、友人、仲間たちとの交流の中でワーリャは自立した大人の女性へと成長してゆく。彼女を変えたものは一体なんだったのか……恋愛、友情、そして働く人間たちの葛藤を描いた青春群像劇。
コロナ禍の2021年3月に創作した本作は、演出/台詞を全てそっくり同じまま配役の性別を入れ替えたダブルキャスト、2つのバージョンで上演。また、振付に数々の受賞歴のある振付家/ダンサーの黒田育世氏を迎えた。ある冬の朝、主人公がやってしまった「おねしょ」から始まる。いささかの後悔と共に布団を干し、食事をしてから煙草を吸い、風呂に入る。そういったささやかな一日のスケッチが、主人公の一人言と共に描かれる。
libido:SFシリーズ
孤独な地中の世界。でも地中は覚えてるかもしれない、今の僕らを、そして地上の世界をーー枯れ果てた地上を彷徨い歩くヒト2人。地中に繋がる井戸を覗けば、モグラ、スパイ、役人、風呂屋、学芸員、管理人、モグラ、モグラ・・地下で見るのは夢か、うつつか。オリジナル脚本でお届けするlibido:SFシリーズ第2弾!
1923年9月1日の関東大震災直後に起こった朝鮮人虐殺事件から2年後の東京が舞台。石崎友久が営む石崎洋服店に住み込みで働き始めた裁縫職人の木下麻子は、周囲の人々と親しくなり、日々を営んでいくが、まだ誰にも打ち明けていないことがあった。また、石崎洋服店の職人や店に出入りする友人知人らも秘密を抱えていた。ある日、麻子は周囲の人々が抱えている秘密を知ることになり……。
どこにいるのか、袴垂れ。どこへいくのか、袴垂れ。 理想を掲げた共同体がどこから生まれ、どこへ行きつくのか…現代日本の抱える問題に鋭く切り込む!軽快で絶妙なセリフの応酬、変幻自在のムーブメントに乞うご期待!
『父と暮せば』で原爆投下後のヒロシマを描いた井上ひさしが、桜隊の史実をもとに原爆投下直前の広島の3日間を舞台に、戦時下でも演劇を愛し、芝居の力を信じ、「一人ではできないことをしている、一人の人間の力をはるかに超えたなにか大きなもの、なにか豊かなもの、なにかたのしいもの、それを望んで、それをたしかに手にいれている」と身も心も捧げた人々の苦難と喜びを、笑いと歌声を交えながら描く“演劇讃歌”の物語。
神戸版
実家で飼っていた犬・スーパーポチが亡くなったと義姉からの電話を受ける大阪で暮らす菫。菫は恋人の登とともに福井に帰省する。兄の洋は妻の直生と戻ることのない旅に出るのだと自らの死を匂わせ、菫に実家を託そうとする。亡くなったスーパーポチは菫に伝えたかったものは。
日本を代表する幻想作家・泉鏡花彼の傑作であり、2019年に劇団グスタフで上演した「天守物語」と対をなす作品。シアターグスタフならではの舞台装置で山奥の苔むすような雰囲気を再現。わたなえベ佳英の脚色、演出家抱晴彦による演出、和楽器の生演奏で、新たな表現で泉鏡花の幻想世界の魅力を伝えるとともに、美しい日本語の響き、その魅力を伝えていく。【あらすじ】かつて妖怪と人間との間で交わされた約束が時を経て伝説と
渡良瀬遊水地で葦焼きが行われているなか、ひとりの女がこの世から消えてしまいたいと思った。現代を生きる30代女性、成田みのるが葦原の向こうへ歩いて辿り着いたのは、生まれる前の世界、生成の国である「未世」であった。記憶を失ったみのるは、未世のヒトビトに助けられ、なぜ「未世」へ来たのか思い出すとある行動に出る……。「生まれるとはなにか、この世に存在するとはなにか」を問う、大人のファンタジー。
私の心にそっと触れて
「記憶を廻る、ある医師と妻たちの愛憎劇―愛は記憶されるのか?」高齢化社会の難治の病であるアルツハイマー病。病気の進行により、記憶によって形作られる個人のライフ・ヒストリーが不確かとなり、パーソナリティーまでも変貌する時、愛はどう記憶されるのだろうか? 本作はアルツハイマー病で記憶を失っていく医師と、消えゆく過去に翻弄される家族の物語である。初演を改作、新たなキャストとTA-netによる同時舞台手話
sunday play#3
およそ100人のある一日を5人の役者がサンプリング。そして、ある一日を超えて、永遠とか、そういうものに少しでも近づこうとする話。
「キミがどんなに世界に軽蔑されても、ボクはキミを軽蔑する世界のほうを軽蔑するし、してきた。」第66回岸田國士戯曲賞受賞作『バナナの花は食べられる』で描いた“人情”のその先、“愛”のフェーズ━━━本作をもって劇団公演では作家に専念すると宣言した山本卓卓が、夫婦という最小単位のコミュニティから日本社会を浮かび上がらせ、罵倒や暴力の先にある人間の優しさと愛を描く。
舞台劇
生きとし生けるもの全てと対話した宮沢賢治。彼の歴史は愛の軌跡である。最愛の妹、一番の理解者であったトシと、彼が自由に羽ばたいた創作の宇宙「イーハトーブ」。莫大なエネルギーを費やしながら生きた、37年という短い生涯の中で、彼が夢に描いた「イーハトーブ」から発信され続ける、自然や生物を尊び、争いごとのない平和な世界を願うメッセージ。
時代は笑って許せるか?その集団は何度も何度も人々を怒らせた。彼らを怒る人々はせいぜい遠隔的にいやがらせを行うくらいで決してその集団の目の前には現れなかった。怒られた実感のない集団は、自分たちの過ちを忘れまた再び人々を怒らせるようなことをする。怒る人々はますます怒るがその集団を社会から抹殺することはできない。なぜならばその集団には驚くべき愛らしさがあったからだった。━━━第66回岸田國士戯曲賞受賞作
後に2代目藪原検校と呼ばれる男七之助は7歳のとき流行病で視力を失った。これには深い因縁があり、彼がこの世に生まれる前、父の七兵衛が金欲しさに按摩の杉の市を殺したのだった。視力を失い母に先立たれ父にも逃げられ天涯孤独となった七之助は悪事を尽くして検校の地位まで上り詰める。世間からの尊敬と羨望の眼差しの元、有り余る金で贅沢三昧の日々を送る。だが彼はそんな生活を持余すようになり、ある行動を起こす。
目隠しをされ病院へ連れて来られた桃太郎は、事故で10年間眠り続ける女性・杏と出会う。強引に連れてきた彼女の両親は、桃太郎にお願いをする。「...娘と、恋をして下さい。」ベッドで眠る杏は、桃太郎のかつての同級生だった。やがて、桃太郎には杏の声が聞こえるように──。深く、静かに胸を打つ、存在と悲しみについての物語。美術家の藤沢レオ氏による部隊美術、音楽家の書き下ろし楽曲によって再演。
第八次半世界大戦が第八次半世界大戦が勃発している中、燕と人間を合体させた超生物ヒューマンツバメが誕生していた。ヒューマンツバメは空と陸を謳歌し、争いの連鎖から解き放たれようとしていた。長女の夫に国防軍への招集令状が届いたのだ。「ヒューマンツバメになれば徴兵は免れる」ただし、ヒューマンツバメになるという事は人間の記憶をほとんど失くすという事だった。家族のそれぞれが大切な人のことを思い選んでいく物語の
AsiaTOPAフェスティバル
「ButohBAR番狂わせ」第二弾の本作品はASIA TOPAフェスティバルで上演され、初日前、完売し大好評を博した。メルボルン在住の舞踏アーティストゆみうみうまれ演出のもと、舞踏、演劇、歌、キャバレエ、ビジュアルアートが融合し、屋内外の儀式的かつキテレツなパフォーマンスで「美しくも不完全な番狂わせ」をテーマとしている。静けさとカオスが行き来する中、舞踏マスター・竹之内淳志氏、音楽家小宮広子氏を含
眠れない夜に、僕はよくあの学校の屋上へ行った。いつもそこにはこの町の王様がいた。頑張らなければ生きられない昼間を、生き抜くための答えを求めて、夜の屋上に人が集まる。彼らは町の地図を作り、花を植え、本棚を置き、絵を飾り、町を少しずつ統治していく。王様はただ好きなことをして、この町を好きだと言った。その夜の特別な時間は、いつか終わりを迎えるのだろうか。その時僕は、どうやって昼間の時間を生きるんだろうか
『魔笛』ではなく本来の『魔法の笛』というタイトルにふさわしい歌芝居として上演したいと計画した、こんにゃく座のモーツァルトオペラ第二弾。黒テントの新井純が客演。モーツァルトにこの作品を書かせたシカネーダーを登場させ、シカネーダー劇団が『魔法の笛』を上演する、という設定。タミーノ役はソプラノ、夜の女王とパミーナをひとり二役で上演した。
人の死を看取る日々を送る看護師の「楠美」はある日、自身が肺癌の末期であることを知る。直ちに入院を強いられるが、そう長くない余命であることを悟った楠美は家に帰ることを願う。その思いを汲んで楠美の母は「末期患者の在宅医療」を専門とする医師「渡良瀬」に娘の治療を託すのだが、渡良瀬は「医療に笑いを」を信条に、コスプレ姿で往診に来たりする「変わり者」だった。楠美の家族戸惑うが、やがて患者を第一に思う渡良瀬の
若い男女が経営する閉店間際の寂れた定食屋。そこで働く女は突然やってきた謎の夫婦によってつい最近冷やし中華が禁止されたことを知る。混乱する女に、夫婦は冷やし中華を提供するよう懇願するが…。はじめられなかった冷やし中華を皮切りに、出生とそれにまつわる人々の人生が浮かび上がっていく。
貧しい農村に身を置いた宮沢賢治は、儘ならぬ現実と崇高な理想、そのあわいで悪戦苦闘しながら、まっすぐに理想に向かおうとした。早世した彼の生涯を、父・政次郎は「天馬」に例えた。また、妹のトシも大変な才女でありながら、若くしてこの世を去っている。宝石のような二人に先立たれた親を想いながら、東北の俳優たちと『銀河鉄道の夜』を、賢治が愛した演劇を用いて、“劇”を、する。滅多に星空を見上げなくなった、わたした
演劇をやめて久しい土井は、かつて出演した演劇作品の「演出家」の弟を名乗る人物から、演劇の上演を依頼される。そこで土井が受け取ったのは、アンドレイ・タルコフスキーのある映画をもとに書かれた、演劇と救済にまつわる、一本の奇妙な戯曲だった――。ロームシアター京都×京都芸術センター U35創造支援プログラム“KIPPU”2024採択公演。
碧血碑――。北海道・函館にある、戊辰戦争で死んだ旧幕府軍の侍を祀った碑である。義に殉じた男の血は三年経つと、碧色の宝石に変わるという、荘子にある故事から命名された。太平洋戦争直後の焼け跡。碧血碑を前に、倭人を憎むアイヌの男と、アイヌを憎む倭人の男の、義を巡る友情譚。
『かもめ』の中に、情熱を持ち続けることの難しさや拭いきれない孤独など、現代社会と通じる問題を照らす。新たな世界へ飛び立ちたいと願い戦いながらも希望を失い妥協していく人々と、傷つきながらも妥協を拒絶し再び立ち上がろうとする人々の人生を、冷たい視線から赤裸々に描くことを通して《今の社会において人はいかにして死に、又は生き続けられるのか? 現代の不安定な生を支え得るものは何であるのか?》について問い直す
ドキュメンタリー
ぽつねんとある自動販売機を止まり木のようにして集まる3人の人物の雑談から始まり、缶ジュースの風味が浸透するように境目なく様々な記憶や風景が現れては消え、過去や未来、人物がいるのかいないのかさえ揺蕩っていく。その中自動販売機だけは形を変えず、その場に存在し続ける。監視者なのか、なにかを促すモノリスなのか。感覚的なようで、人物たちの感情は一連のストーリーとして確かに繋がってるニュースタンダード会話劇。
老人の家で泥棒中に事故で死んだ少女メグは、善悪同ポイントで天国にも地獄にも行けず、魂のエネルギーが尽きるまで現世に戻される。しかしそこは皮肉にも2年前、自身が襲ったマッコール老人の家だった。老人は死期を前に「4つの願い」があり、メグは天国へ行くためしぶしぶ手伝うことになる。老人の切なる願いと少女の魂の行方を描く、笑いと感動のハートウォーミングな霊魂騒動! 劇団京芸・人形劇団京芸 創立60周年記念合
シシオドリ発祥の地、といわれている三陸の伝承を元にした爽快なサバイバルコメディー。万葉集EDMあり!伊達商人ヒップホップあり!漁民ラテンロックあり!江戸時代の仙台藩を襲った慶長の大津波を題材に、苦境の中、いきいきと前を向く人々を通して、未来を担う子どもたちに「いのちの輝き」を伝えます。三陸沿岸地域は太古から、数多の災難に見舞われてきました。冷害、疫病、飢饉、・・・そして津波。それなのに、なぜ今日ま
アマヤドリ活動休止前最終公演となる本作品。『写真撮影』という日常にありふれた行為をモチーフに、日本人の生活様式を過去・現在・未来を行き来しつつ主宰の実体験をベースに描いた四世代に渡る家族の物語。家族の形を世代を超えた対話によって浮かび上がらせてあらためて観客に問いかける作品。