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青年は目を覚ますと、精神病院にいた。そばにいるのは、精神科医。刑務官。そして夜な夜なあらわれる夢とも現実ともわからない少女である。ある日、精神科医の元を弁護士が訪ねてくる。国選で青年の弁護士となった彼は、いまだ、青年に面会することもできていない。5人の会話は迷走し、もつれ、記憶と現在と精神を行ったり来たりしながら、カルト宗教施設で育った子供が犯した犯罪を浮かび上がらせる。
リサーチで得た土地の記憶、18年間過ごしてきた自身の体感からなる地元の風景を交えながらも、藤田が日々過ごす中で見聞きする些細な出来事、自身を含む同世代がそこに感じるであろう感情や違和感、等身大の視点から見える日常のリアルを切り取り、「equal」とは全く別の切り口で新たな作品を発表しました。
【Story】物語はワタルの亡き母への手紙で始まります。 ほそい路地、トンネル、坂道。初めて来たはずのこの島に、なぜだかワタルは郷愁感を覚えるのです。 成長したワタルは、ヒルコやカイと出会い、ともに遊んだり喧嘩したりしながら、 “海の学校”で犬島のことや生き物のこと、そして、地球や人類の歴史を学びます。 ある日、教室に水が流れ込み、“海の学校”があっという間にアジアの多島海へと変わると、 ワタルは
イエイツが能に影響を受け創った作品を、重要有形文化財である代々木能舞台で、音楽家や俳優たちにより上演する試み。『猫と月』あらすじ:目の悪い男が足の悪い男を負ぶって、願いが叶う聖者がいるという泉に向かっている。願いが叶うなら、2人は何を望むのか。『鷹の井戸にて』あらすじ:その井戸には不死の水が湧くという。少女が井戸を守り、老人は水が湧くのを50年以上待つが飲めたことはない。ある日鷹に誘われて若者がや
いつ高シリーズvol.7
この雪が止むまで、図書室にいよう。テーブルを本でいっぱいにして、つまみ食いみたいにちょっとずつページをめくりながら過ごそう。朝についての印象的な書き出しからはじまる女子高生の話、気だるそうな主人公が日常のちょっとした謎を解いていくミステリー、異世界に転生したら全部うまくいくファンタジー。お気に入りのセンテンスを拾い集めながら代わる代わる本を読んで いく。そのうちウトウトしはじめて、気づいたら睡眠。
ダンスの原点を見つめ直し、身体を見る感受性を取り戻す。康本雅子が放つ本格群舞作品。 1999年よりダンサーとしての活動を開始し、国内外での作品上演のほか、演劇、音楽、映像、ファッション界等、多岐のジャンルで活躍してきた康本雅子。本作はこれまでソロやデュオでの作品発表の多かった康本が久しぶりに挑戦した100分にも及ぶ群舞作品。2020年に京都にて初演、その後、東京、北九州とツアーを行い、コロナ禍に1
本公演は1978年より連載中の魔夜峰央氏の人気作品「パタリロ!」の舞台化作品。「パタリロ!」は、マリネラ王国国王、パタリロ・ド・マリネール8世(通称:パタリロ)が周囲を巻き込んで起こす騒動を描く。テレビアニメのエンディングテーマにまでなったギャグ「クックロビン音頭」などでも知られている。今を時めく超・個性派俳優、加藤 諒が主人公・パタリロ殿下を演じ話題となった舞台「パタリロ!」が主人公・パタリロ殿
東京芸術劇場が2015年に初めて制作した、こどものためのオリジナル作品。原作は松尾スズキの文/絵による 『気づかいルーシー』(千倉書房)、脚本・演出はノゾエ征爾。主人公のルーシーと、育ての親のおじいさん、飼い馬が互いに気づかいしすぎるあまりに引き起こす残念な悲喜劇が、オリジナルスコアの生演奏に乗せて、歌あり踊りありで展開する、ほろ苦くも楽しい舞台。2017年の再演に続き、2022年に再再演をおこな
感情の神々・エモ神様から派遣されるおんたろうは、人間の怨念を解消するためにあの手この手でお手伝い。今回おんたろうが降り立ったのは、この春小学校の教師になったばかりの純...だけじゃなかった?!おんたろうは、小学校に渦巻くネガティブエネルギーを下げることができるのか...。
一人の女が助けを求めてやってくる家の床下に死体があるというあなたは半信半疑で女に同行する床下のハッチを開ける闇あなたは胸を撫で下ろす目を凝らしながら言う何もないじゃないかあなたはハッチを閉めてふと身震いするあなたの身体は気がついているその闇にあなたがすでに踏み込んでいることに
2007年東京初演。舞踏家みずからの分身を流木を用いた木偶人形であらわすことで、自他、自己、その他の人間状況をさまざまな局面から追求する作品。何ら意思をもたないヒトガタが最終景には人間の規格を超えて、より進化した存在へとなり変わる。メキシコシティにおいても現地の人形作家との共同作業のもとに上演され話題になった。
レパートリーの創造
「妖精の問題」(2017年初演)を、7人の俳優、ドラマトゥルク、音楽、舞台美術、衣裳、照明と多彩なスタッフを交え、文字通り“デラックス”版としてパワーアップ。一部「ブス」二部「ゴキブリ」三部「マングルト」の三部構成で、社会におけるタブーを真正面から取り扱い、自虐や偏見に満ち溢れた世界をコミカルに描きながらも、観客を捉えて離さない強烈なメッセージが潜んでいます。
第13回青山バレエフェスティバルは「1998-1999 日本におけるフランス年 ~L’Année de la France au Japon~」の一環として開催された公演であり、公演の副題も「フランス」である。フランスにちなんだ振付家の作品や音楽などを中心に上演された。公演の目玉のひとつは、1998年5月にフランスの「バニョレ国際振付賞」国家選考・新人部門入賞作を受賞したベルナール・グランディエ振
暗黒の世界に住む妖怪の首領は、汚れつつある地球を競売にかけ、売り払おうと考えています。妖怪たちの企みをよそに、子どもたちは無邪気に楽しく毎日を送っています。そんな中で主人公のあいちゃんは地球環境を守ることの大切さを語りますが、友だちにもなかなかわかってもらえません。でも、あいちゃんは皆で助け合えばきれいな地球を守ることができることを確信し、その気持ちをマンガで世界に訴えていくことを決意します。
「子供の頃からダンサーになることを夢見ていたマリア。あることをきっかけに彼女は夢も、笑顔も失ってしまった。そんな時、とある街角でジャックというマジシャンと出会う。」一本のオリジナルストーリーを演劇、ダンス、そして渋谷 駿のマジックによって紡ぎ出す全く新しい表現のライブステージです。
若手バレエダンサーを中心としたガラ公演の14回目。第14回の副題は「バレエと変容」であり、「20世紀のバレエ・ダンスの流れから次の世紀のありようを探り」、「クラシックバレエからコンテンポラリーダンスまでその表現の違いを探る」ことが目的だ。第1部の「99ローザンヌ国際バレエコンクール受賞者によるバリエーション」では、98年、99年に開催されたローザンヌ国際バレエコンクールの上位入賞者が古典作品を踊っ
物語をやろうと思ったけど、とっくに僕らは物語の上に生きていました。どれぐらい距離が離れたらクソみたいな人生が最強の物語になるんだよ。小さい頃から大人になっても僕らはずっと
本作品は寺山修司の劇団「演劇実験室◉天井桟敷」(1967年旗揚げ)の初期の作品(1968年)。 B機関では今回この作品に同じく寺山修司のラジオドラマ『コメット・イケヤ』を引用することにより、より重層的な作品を目指しています。男装の麗人オーマイパパと世界中を旅してまわっているいる点子が、老処女ウワバミが営む星のホテルを訪れることから物語ははじまる。奇妙な滞在者たち。明らかになる謎。思いがけない結末。
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手塚治虫生誕90周年記念公演日本劇作家協会プログラム
百鬼丸物語 ~あらすじ~天下麻の如く乱れた戦乱の世のこと。コソ泥のどろろは、川に浮かんだタライの中に美しい刀を見つける。タライの中、もうひとつの包みには、のっぺら坊の赤子が入っていた。驚くどろろに、どこからともなく声が聞こえてくる。心で語りかけてくるという「声」、独りでに動く刀「百鬼丸」。父・醍醐景光は、天下を取るという野望をかなえるために、生まれてくる我が子の身体を、48匹の魔物に与えてしま
日本人が家畜人とされるイース帝国とは何か?皮膚強化装置・尿洗礼・畜人犬 引き裂かれた恋人 麟市郎とクララの運命は? 戦後文学・最大の奇書 謎の作家・沼正三のM文学を月蝕歌劇団がはじめて演劇化
(パンフレットより)三年前にこの作品は一度、故郷の北海道伊達市で、終わりを迎えたはずだった。だけれどまたこうして取り組んでいるのは、この三年間で家という生命体そのものが、現在という時間のなかでどう在ればよいのか、という問題が自分のなかで、まるで変わってしまって、膨らみつづけていたからだろう。現在という時間は想像できているだろうか。あのころの食卓のこと。ひとりひとりの表情を。家という生命体の内臓は、
新劇100年Ⅱ 珠玉の一幕劇集
作品の元となったのは、「卒塔婆小町」という謡曲に題材を借りた、現実と幻想は妖しく交錯する三島一流の虚構世界。五つのベンチでは五組の男女が恍惚として相抱擁している。そこに一人のオジャマ虫老婆がやってきて、一組の男女を追い出し、中央のベンチを乗っ取る。それを見ていた酔った若い詩人が近づいてくる。乞食老婆は若い詩人の顔をジッとのぞき込み、「若いのに寿命はもう永くない。死相が出ている」と言い放つ…。
変わったもの変わらないもの現われたもの現われないもの全て埋めてしまおうかほんの少しの間だけ東日本大震災直後の被災地の物語
(フライヤーより)青山円形劇場では、クラシック音楽のなかから動物や鳥や虫を描いた曲を集めてお芝居仕立てに構成した「五線譜のなかの動物たち」というコンサートを上演しています。こどもの城オリジナルのファミリー企画で5年間14回も続いている人気シリーズです。今回は、対象をファミリーだけに限定せず「五線譜のなかの動物たちスペシャル」として一般向けに上演いたします。これまでとはひと味もふた味も違った、”音楽
1700人以上の応募者から、野田秀樹がオーディションで選んだ「東京演劇道場」のメンバーらが初見参!演じるは、「赤鬼」。移民、国境、社会の分断…今の社会が抱える問題をいち早く描き、1996年の初演以降、日本、イギリス、タイ、韓国で野田が各国の俳優と共に作り上げてきたマスターピースを野田自身の演出により16年ぶりに日本で上演する!
舞台はドイツのとある街。クリスマスを迎えてにぎわうクリスマスマーケットで、ごく普通の家で暮らす一人の少女クララに起こる不思議な物語。人形の世界へ迷い込んでしまったクララが、家族の愛と温かさに気づき、大人への階段を一歩登る。美しい舞台美術と心躍る音楽とともに、素晴らしいバレエの世界を子どもから大人まで堪能することができる。
さて今回の芝居は、十年がひと昔なら、ふた昔半以上前の東京のはなしです。この時代を「昔のはなし」と思うか「ほんの昨日のはなし」思うかは、見る側の「その時代」への個人的な思い入れによって変わってくるでしょう。ただ言えることは「その時代」が、感覚的な距離感の違いはあったとしても、手繰り寄せれば間違いなくストレートに現在に継ながっているということです。(フライヤーより)
劇団青年座創立50周年記念公演 第1弾
島村抱月、松井須磨子らが活躍する芸術座を退座した澤田正二郎は大正6年新国劇を旗揚げする。新国劇頭取(楽屋の世話係)の市川段平は元は歌舞伎の殺陣師、澤田の為に役に立ちたいと願うが、リアルな立ち廻りの確立を目指す澤田は型にはまった段平の殺陣を受け入れようとしない。ある出来事をきっかけに、ようやく活躍の場を与えられた段平が殺陣をつけた「国定忠治」は大阪で大ヒット、新国劇は念願の東京へ進出することになる。
瀬戸内国際芸術祭2013より、小豆島での演劇活動を継続的に行ってきた劇団「ままごと」。これまで坂手エリアを中心に、島の歴史や記憶から創作した《おさんぽ演劇》や島民と共につくり上げた肝試し演劇《小豆島きもだめスイッチ》、珈琲や軽食のほかに演劇やダンスパフォーマンスも販売する喫茶店《喫茶ままごと》など、様々な形態の演劇作品を創作・上演してきた。瀬戸内国際芸術祭2019で上演したのは、ままごととダンサー
福岡で劇団を立ち上げはや14年。気がつけば26回公演です。やりたいことは書きたいことその時々で違えど、結局、楽しいから続けてるんだろうなあ、と14年の時をへて思うわけです。コメディ劇団を名乗りながら、最近はちとコメディを斜めから見るような気持ちで芝居を作ってました。今回は、久しぶりに真正面から、コメディを抱きしめるような気持ちでいきたいなと思います。くだらないことを堂々と。「くだらない話で安らげる
古代三世紀、女王卑弥呼が治める邪馬台国。超大国の魏国より、邪馬台国への侵攻を企てる魏国の一方的な要求が記された勅書が送られてくる。卑弥呼は、戦いではなく人々の想像を遥かに越えた決断をくだした…。戦争が如何に無意味なものか、現代の世界情勢にも通じる壮大な古代叙事詩。
「ダンスの持つ抗えない魅力を、ダンサー自身が取り戻す事」を第一のテーマに、踊り尽くした末の、意味や記号から解き放たれた体から初めて生まれる関係性を提示した作品。「欲望も抑圧も、産まれた時からお皿に並べられていて、好きも嫌いもないままについ手が伸びちゃう程には食っちゃ寝て、その分大きくなったら誰かに食べられて、どんどこシェアされて循環してるこの体の緑。かなり。」
(チラシより)どこからともなく届く光は、自然から成されたものではないことは解っていた。いつかの誰かが、誰かへ向けて発した光だった。ある人は、その光を見て見ぬふりをした。ある人は、その光自体を無いことにしようとした。しかしわたしには届いていた。届いたからにはわたしからも光を送りたくなった。届く光に微かな瞬きを感じた。光が在るということは、その傍には誰かがいるはず。光の合図は確実にここまで届いている。
時は1997年4月21日、南米はペルーの首都リマにある日本大使公邸の「娯楽室」。前年の12月17日の夜に発生した地元のゲリラによる制圧・占拠から4カ月以上が経っていた。加熱する報道、平和解決を望む日本政府と、日本国籍も持つフジモリ大統領との確執、駆け引き。それらの板挟みにあい、死と隣り合わせの毎日を過ごす邦人の人質たちは、それでいて、退屈な日常の中、テーブルゲームや昼食後のいわゆる「ランチタイムセ
2014年に小説家・川上未映子のテキストを用い、青柳いづみ出演で「まえのひ」を上演。その第2弾となる本作は、川上の詩集「先端で、さすわ さされるわ そらええわ」「水瓶」より、主に7篇の詩を使用して、6つの演劇を立ち上げた。各作品の衣装を6人のクリエイターやファッションブランドが担当。
水を司る龍の棲む夜叉ヶ池。今庄の里を日照りから救うために龍神に身を捧げた娘は、夜叉姫として信仰を集め、「白雪姫」として泉鏡花の小説「夜叉ヶ池」にも描かれている。今庄町の古い茅葺きの民家の庭に舞台をしつらえ、治水を願う里の人びと、旱魃をもたらす魔神など夜叉ヶ池をめぐる様々な精が登場。日照りに苦しむ里を、白雪姫が自らを呪縛している鐘を割り、恵みの雨をもたらすという伝説を舞踏によって、あらたに演じる。
風琴工房の詩森ろば新作書下ろし・演出でSpace早稲田2016演劇フェスティバルでロングラン上演、1599人余を動員した大ヒット作。1972年、沖縄返還でオキナワは揺れていた。政治、裏社会、すべてが交錯し、火花を散らす。沖縄「裏社会」に蠢く若者と当時の佐藤政権の返還交渉を軸に核密約、日本の問題の縮図を暴き出す意欲作となった。五島三四郎が若いヤクザ、流山児祥が佐藤首相を演じ、杉山至が初めて美術を担当
沖縄戦激戦地であった糸満市の丘の上に「南北之塔」は立っている。それは、沖縄戦で亡くなった沖縄の民と戦死したアイヌ兵士たちの慰霊碑であり、側面には、「キムンウタリ(山の民)」とアイヌ語で刻まれている。共に迫害されたふたつの民族が「日本の盾」となって戦った、その皮肉と、しかし在った魂の交流を、知念正真の傑作戯曲「人類館」をリスペクトした構造で描く。
それはローマ帝国史上、最凶最悪の皇帝にして、最年少の美少年皇帝。自らを太陽神ヘリオガバルスの化身として崇めさせ、誰も被ることのなかった黄金の冠を被った。異常性欲を持ち、不倫の妻を、処女の巫女をめとりながら、女装をし、奴隷男の妻となった。娼婦に変装し客を引いては、宮殿を自分の体を売る売春宿とした。彼は究極の快楽を求めた。それは饗宴の席で、客の上に何トンもの薔薇の花びらを降らせ、窒息する姿を楽しむとい
“雀の子 そこのけそこのけ 御馬が通”俳人小林一茶を知らない人はいないだろうが、人間小林一茶を知る人は少ない。十五才で信濃柏原から江戸に出た後の行動は謎に包まれたまま、いつしか俳諧の道で頭角を表してくる。ようやく五十二才で結婚するが、いとしい子たちは次々とこの世を去るのだった。“蝉鳴くや つくづく赤い 風車”だが一茶の人生は大きくうねりつづける。江戸と信濃柏原、二つの土地の間で一茶の愛が、欲が、生
(パンフレットより)おもえば、いつだって夜だった、たとえ朝がやってきたとしても、それは時間がそうさせているだけであって、夜であることに変わりはなかった。たまに笑ったのだとしても、それは夜に笑ったにすぎない。そうだ、夜だった、と我にかえって表情を失くすのだった。さいきん、ますます夜は暗闇を増すばかり、どうしたらこの暗闇から抜けることができるだろうか、なんてかんがえるだけ無駄かもしれない、もはや。だけ
舞踊公演
歴史的な文脈を踏まえつつ、斬新な切り口で歌舞伎作品を現代化してみせる木ノ下歌舞伎。本作『娘道成寺』は、2008年に『三番叟/娘道成寺』の二本立てで初演し、2012年に30分に短縮した長唄音源を用いて初上演。その後、2017年には長唄の録音音源をほぼ全曲使用した60分のフルヴァージョンとして再創作し、再演を重ねるたびに進化してきました。演出・振付・出演は、きたまり。長唄を基に、背景や心情から、演目そ
レパートリーの創造
家父長制や資本主義、大量生産・消費システムのひずみから生じる不条理や滑稽、そして欲望のグローバルな均一化を、痛烈なQ(クエスチョン)に昇華して突きつける本作。。幾度もくりかえされる「かわいい」のセリフが、玉虫色に意味を変貌させる先に、果たしてユートピアはありうるのか!? 日本、韓国、香港の俳優陣がくりひろげる懸命かつ批評的ユーモア満載の今作は、現代を生きるすべての者たちへ、取り返しのつかない激震を
―少年探偵団VS史上最強の敵―怪盗ルパンが狙う秘宝とは何か?1940年代の中国から日本へ。悪夢の暗闘と略奪が…。その時、明智探偵と少年探偵団は?
「ヒラカタ」を舞台に、三つの物語が交差する。実家暮らしの青年は終わりなき日常を歩み、交通事故にあった女の子は真夏の団地を歩む、そして「サカナ」と呼ばれる少女は風の中に歩み出した時、物語は喪失と同時に記録される。
岸田理生アバンギャルドフェスティバル リオフェス2024
寺山修司作「身毒丸」を岸田理生が台本を脚色、改定し、1995年、蜷川幸雄が演出、武田真治、白石加代子の主演で初演が公演、日本のみならず、ロンドン、バービカン劇場で大絶賛を得て、藤原竜也を天才新人と言わしめた。そんな「身毒丸」が令和の時代に「野外劇 身毒丸R」として復活。うだるような真夏の夜、月と星の灯りの元に夏風さやり、虚構と現実が蕩け合う。時代を廻り、世界の果てを越え、母子の物語は、何処へ辿り着
NODA・MAP第26回公演
出演は『フェイクスピア』(2021年)でNODA・MAP初参加にして、その年度の読売演劇大賞最優秀男優賞を受賞した高橋一生、そして22年の『「Q」: A Night At The Kabuki』のワールドツアーで国内外の観客を魅了した松たか子。さらに今回がNODA・MAP初参加となった多部未華子に加え、秋山菜津子、大倉孝二、大鶴佐助、山崎一ら、いずれ劣らぬ実力派が勢ぞろい。変幻自在の野田演出を縦横
錬肉工房結成十周年記念、また新アトリエ杮落し公演として上演。即興性の課題を前面に出し、自在でラディカルな身体の、演技のあり方が探られた。そうした試みの中で、冒頭の場面で、那珂太郎の詩作品の言葉と格闘していた演技者によって初めて、破裂音を伴って分節言語が解体され、言葉の深層の意味生成の、発生の根源的な現場に下降するという事態が生起し、新たな身体=意識=言語の領域が垣間見られた。
石澤富子作『木蓮沼』は、詩的で多彩なイメージ、そして背後の沈黙の世界の深さが印象的な作品であり、その言葉、世界を活かすために、単に一本の戯曲を表面的に忠実に再現するというのではなく、斬新なコロス劇として上演された。それは三人の登場人物を四人で演じたり、あるいは一人で生きてみたりと、役を固定せず、役のアイデンティティに揺さぶりがかかる演出が行われ、その共同作業の中から作品世界の深部が鮮烈に浮かび上る
ひよわな漫画少年と、バンカラ・明石との友情を描いた「ゴッドファーザーの息子」、戦時中、蝶に魅入られ駆け巡る山で、一人の少年と出会う「ゼフィルス」、青春であるべき中学時代の軍事教練、勤労動員、大阪大空襲、そして終戦を描いた「紙の砦」。手塚治虫の3作品を原作に紡ぎだす、少年・大寒鉄郎の物語。
一輪車作品の演劇的可能性を追求すること。オブジェクトシアターとして発展させること。技術を担保にしたパフォーマンスにおいて、おどかす派手なショーではなく、芸を作中に溶け込ませた演劇作品として発展することを目的に据えている。食事と排泄、ドレスの着脱、口紅を使う化粧などのシーンを一輪車の乗降とともに進行することで、器具が彼女の脚や背負った業など様々なメタファーに変化する異質な存在として描き出す。
第二次世界大戦中、ナチス・ドイツの迫害を逃れてオランダ・アムステルダムの隠れ家に潜伏したユダヤ人一家の少女、アンネ・フランクの生涯を描いた作品、ミュージカル化
「精神鑑定医と患者と、その患者にしか見えない男」「落ちぶれて留置場で再会した2人の元ライバルのボクサー」といった、2つの筋を1本の糸で結ぶ女「えみ子」と、「時計屋と女房」「医者と看護婦」「悪魔と魔女」「ボクサーと連れ子」「刑事と本部長」らが、怒涛の展開の連続を巻き起こす。
子供達から羨望の眼差しを受けるヒーローショー。しかしその裏側は、そのステージを望む者と望まない者の清濁合わせた、出演者達。ヒーローショーの楽屋で起きる、夢を追う人々の挫折と諦めと夢の終わりの物語。
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
作品ノート:寝室、トイレ、台所整えられた美しき家庭はみ出た祖母、はみ出た母、はみ出た私は膝を揃えて「お帰りなさい」と微笑むの。私は一体誰なのかしら。
―冬教え世界の果ての荒々しい土地を漂泊しようオオカミの国が私の国だ。(アメリカ先住民スー族のコトバより)冒頭で聞こえるのは、レニングラードに生まれアメリカ合衆国に亡命した詩人、ヨシフ・ブロツキー(1940-1996)の詩の朗読。ジャニス・ジョップリンの「サマータイム」で踊る雪雄子のソロ舞踏。
(パンフレットより)一月に書いた文章を眺めている。あれから、なにを経て。どんな音を聞いて、どんな光景を目に映して。どんな時間を過ごしてここまで巡り、辿りついただろう。想像もしていなかったようなことは、やはり起こる。それに伴って、線なんか引かれていなかったところに線は引かれていく。内側と外側があるのだと知る。部屋のなかで窓より外の世界を想像するのがこんなにも不安なことだった、だなんて。しかし、やはり
2006年6月、沼田中央病院では7名の研修医たちが医師としての基礎的な能力を身に着けるため日々切磋琢磨している。1年目研修医たちはそれぞれの技術習得に夢中、2年目研修医はそろそろ研修終了後の進路も気になり始めている。ある日、2年目研修医杉下が当直研修明けの朝、研修病院探しのための診療参加型医療実習「クリニカルクラークシップ」に参加するため医学生松井敬がやってくる。第24回劇作家協会新人戯曲賞1次通