表示件数
2014年に小説家・川上未映子のテキストを用い、青柳いづみ出演で「まえのひ」を上演。その第2弾となる本作は、川上の詩集「先端で、さすわ さされるわ そらええわ」「水瓶」より、主に7篇の詩を使用して、6つの演劇を立ち上げた。各作品の衣装を6人のクリエイターやファッションブランドが担当。
(チラシより)いつだってずっと、もう何年も。どこか内側に在るシーンというシーンは、眼裏で目まぐるしくリフレインしている。最速のスピードを持って、脳内を駆けめぐる。あの季節の、あの湿度のなかを走りつづけている。もしくは、歩いている。校舎のなかを。休み時間、教室から教室へ。廊下を、歩いている。なんともない日々の眺め。しかし、その平穏さが一変する瞬間。いつのまにか忍びよっていた影に気づかずに、ある瞬間。
「これが逆風だ!」としかいいようのないアレが演劇に、そしてあらゆる日常に吹き荒れております。何かに掴まってないとあっという間に吹き飛ばされるほどの、圧倒的大風。まいったね。こんな時勢、エンターテインメントこそ体を温める火であって、喉を潤す水であって、身を守る木々なのだなあと改めて。劇団旗揚げ15年、こだわり続けてきた僕らのコメディも、グラつく誰かにとっての拠り所であればなあと願って、ただ、いつもの
さて今回の芝居は、十年がひと昔なら、ふた昔半以上前の東京のはなしです。この時代を「昔のはなし」と思うか「ほんの昨日のはなし」思うかは、見る側の「その時代」への個人的な思い入れによって変わってくるでしょう。ただ言えることは「その時代」が、感覚的な距離感の違いはあったとしても、手繰り寄せれば間違いなくストレートに現在に継ながっているということです。(フライヤーより)
1700人以上の応募者から、野田秀樹がオーディションで選んだ「東京演劇道場」のメンバーらが初見参!演じるは、「赤鬼」。移民、国境、社会の分断…今の社会が抱える問題をいち早く描き、1996年の初演以降、日本、イギリス、タイ、韓国で野田が各国の俳優と共に作り上げてきたマスターピースを野田自身の演出により16年ぶりに日本で上演する!
30年に渡り、リバイバルを重ね愛され続ける、わらび座完全オリジナルミュージカルの再演です。東北の大自然に抱かれて、イヌワシを守りたいという少年の想いは彼を新しい自分へと突き動かす。言葉を失った少年が、友だちや先生の励ましを受けながら、大自然の中で心の旅をし、愛するもの、守りたいもののために、勇気をふりしぼって言葉を取り戻していく、友情と自立の物語です。
それはローマ帝国史上、最凶最悪の皇帝にして、最年少の美少年皇帝。自らを太陽神ヘリオガバルスの化身として崇めさせ、誰も被ることのなかった黄金の冠を被った。異常性欲を持ち、不倫の妻を、処女の巫女をめとりながら、女装をし、奴隷男の妻となった。娼婦に変装し客を引いては、宮殿を自分の体を売る売春宿とした。彼は究極の快楽を求めた。それは饗宴の席で、客の上に何トンもの薔薇の花びらを降らせ、窒息する姿を楽しむとい
沖縄戦激戦地であった糸満市の丘の上に「南北之塔」は立っている。それは、沖縄戦で亡くなった沖縄の民と戦死したアイヌ兵士たちの慰霊碑であり、側面には、「キムンウタリ(山の民)」とアイヌ語で刻まれている。共に迫害されたふたつの民族が「日本の盾」となって戦った、その皮肉と、しかし在った魂の交流を、知念正真の傑作戯曲「人類館」をリスペクトした構造で描く。
第13回青山バレエフェスティバルは「1998-1999 日本におけるフランス年 ~L’Année de la France au Japon~」の一環として開催された公演であり、公演の副題も「フランス」である。フランスにちなんだ振付家の作品や音楽などを中心に上演された。公演の目玉のひとつは、1998年5月にフランスの「バニョレ国際振付賞」国家選考・新人部門入賞作を受賞したベルナール・グランディエ振
「隅田川 森羅万象 墨に夢」プロジェクト企画
オンライン演劇。コロナ禍での「映像配信で実現する演劇体験」を追求した、全く新たな「隅田川物」として表現。江戸時代に隅田川で起きた落橋事故という大惨事。人々はこれを落語『永代橋』に昇華させた。この悲劇さえも笑いに変えて力強く生きる江戸の市井の文化に着目し、歌舞伎『八幡祭小望月賑』など隅田川ゆかりの古典作品群をコラージュ。コロナ禍に苦しむ現代と事故当時を重ね合わせ、カタストロフを乗り越える人間の逞しい
第二次世界大戦中、ナチス・ドイツの迫害を逃れてオランダ・アムステルダムの隠れ家に潜伏したユダヤ人一家の少女、アンネ・フランクの生涯を描いた作品、ミュージカル化
若手バレエダンサーを中心としたガラ公演の14回目。第14回の副題は「バレエと変容」であり、「20世紀のバレエ・ダンスの流れから次の世紀のありようを探り」、「クラシックバレエからコンテンポラリーダンスまでその表現の違いを探る」ことが目的だ。第1部の「99ローザンヌ国際バレエコンクール受賞者によるバリエーション」では、98年、99年に開催されたローザンヌ国際バレエコンクールの上位入賞者が古典作品を踊っ
―少年探偵団VS史上最強の敵―怪盗ルパンが狙う秘宝とは何か?1940年代の中国から日本へ。悪夢の暗闘と略奪が…。その時、明智探偵と少年探偵団は?
東京芸術劇場が2015年に初めて制作した、こどものためのオリジナル作品。原作は松尾スズキの文/絵による 『気づかいルーシー』(千倉書房)、脚本・演出はノゾエ征爾。主人公のルーシーと、育ての親のおじいさん、飼い馬が互いに気づかいしすぎるあまりに引き起こす残念な悲喜劇が、オリジナルスコアの生演奏に乗せて、歌あり踊りありで展開する、ほろ苦くも楽しい舞台。2017年の再演に続き、2022年に再再演をおこな
電信柱が一本、その下に、ひしゃげた事故車が一台。夕焼けの中、ヨシ、ダイスケ、ヒロシ、サブローが集まっている。胡散臭い「ショーバイ」を始めようとする彼らのもとに、ケイコ、ヤスエ、フーコがやってくる。彼女たちは、ミッキーの子を妊娠したため父親の怒りを買い、家に閉じ込められているミヨコを連れ出す計画を持ち掛ける。ミッキーとミヨコは、「トーキョー」へ行くらしい。ミッキーに金を工面してやろうとする元彼女のサ
(パンフレットより)おもえば、いつだって夜だった、たとえ朝がやってきたとしても、それは時間がそうさせているだけであって、夜であることに変わりはなかった。たまに笑ったのだとしても、それは夜に笑ったにすぎない。そうだ、夜だった、と我にかえって表情を失くすのだった。さいきん、ますます夜は暗闇を増すばかり、どうしたらこの暗闇から抜けることができるだろうか、なんてかんがえるだけ無駄かもしれない、もはや。だけ
青年は目を覚ますと、精神病院にいた。そばにいるのは、精神科医。刑務官。そして夜な夜なあらわれる夢とも現実ともわからない少女である。ある日、精神科医の元を弁護士が訪ねてくる。国選で青年の弁護士となった彼は、いまだ、青年に面会することもできていない。5人の会話は迷走し、もつれ、記憶と現在と精神を行ったり来たりしながら、カルト宗教施設で育った子供が犯した犯罪を浮かび上がらせる。
「精神鑑定医と患者と、その患者にしか見えない男」「落ちぶれて留置場で再会した2人の元ライバルのボクサー」といった、2つの筋を1本の糸で結ぶ女「えみ子」と、「時計屋と女房」「医者と看護婦」「悪魔と魔女」「ボクサーと連れ子」「刑事と本部長」らが、怒涛の展開の連続を巻き起こす。
岩下徹×梅津和時 即興セッション
岩下徹は1989年以来、谷川俊太郎氏の「みみをすます」(福音館書店刊)という詩のタイトルをかりて、野外など劇場ではない場所で、無音の即興ソロダンスを続けてきた。豊岡演劇祭2022特別版である今公演は、梅津和時氏を共演に迎え、近畿最古の芝居小屋である出石永楽館で、「みみをすます」。この即興の場では、ダンスと音の間には何の取り決めもない。永楽館とダンス、音、観客とでつむぐ時間の中で、私達は何に「みみを
錬肉工房結成十周年記念、また新アトリエ杮落し公演として上演。即興性の課題を前面に出し、自在でラディカルな身体の、演技のあり方が探られた。そうした試みの中で、冒頭の場面で、那珂太郎の詩作品の言葉と格闘していた演技者によって初めて、破裂音を伴って分節言語が解体され、言葉の深層の意味生成の、発生の根源的な現場に下降するという事態が生起し、新たな身体=意識=言語の領域が垣間見られた。
レパートリーの創造
「妖精の問題」(2017年初演)を、7人の俳優、ドラマトゥルク、音楽、舞台美術、衣裳、照明と多彩なスタッフを交え、文字通り“デラックス”版としてパワーアップ。一部「ブス」二部「ゴキブリ」三部「マングルト」の三部構成で、社会におけるタブーを真正面から取り扱い、自虐や偏見に満ち溢れた世界をコミカルに描きながらも、観客を捉えて離さない強烈なメッセージが潜んでいます。
【Story】物語はワタルの亡き母への手紙で始まります。 ほそい路地、トンネル、坂道。初めて来たはずのこの島に、なぜだかワタルは郷愁感を覚えるのです。 成長したワタルは、ヒルコやカイと出会い、ともに遊んだり喧嘩したりしながら、 “海の学校”で犬島のことや生き物のこと、そして、地球や人類の歴史を学びます。 ある日、教室に水が流れ込み、“海の学校”があっという間にアジアの多島海へと変わると、 ワタルは
(パンフレットより)こんなにも嘘めいてしまった世界のなかで書を捨てよ町へ出ようという響きについて表現という、それ自体が許されない時代が現在。訪れるかもしれない気配がするのだもしかしたら、なんにもないかもしれない外側へ。内側のいろいろを置き去りにして町に点在する作品という名の場所と時間にどうしてそこにひとは辿りつくのだろうかそしてなぜそこに立ち止まろうとするのか所詮、そこはだれかがつくった場所と時間
(フライヤーより)青山円形劇場では、クラシック音楽のなかから動物や鳥や虫を描いた曲を集めてお芝居仕立てに構成した「五線譜のなかの動物たち」というコンサートを上演しています。こどもの城オリジナルのファミリー企画で5年間14回も続いている人気シリーズです。今回は、対象をファミリーだけに限定せず「五線譜のなかの動物たちスペシャル」として一般向けに上演いたします。これまでとはひと味もふた味も違った、”音楽
渡良瀬遊水地で葦焼きが行われているなか、ひとりの女がこの世から消えてしまいたいと思った。現代を生きる30代女性、成田みのるが葦原の向こうへ歩いて辿り着いたのは、生まれる前の世界、生成の国である「未世」であった。記憶を失ったみのるは、未世のヒトビトに助けられ、なぜ「未世」へ来たのか思い出すとある行動に出る……。「生まれるとはなにか、この世に存在するとはなにか」を問う、大人のファンタジー。
レパートリーの創造
家父長制や資本主義、大量生産・消費システムのひずみから生じる不条理や滑稽、そして欲望のグローバルな均一化を、痛烈なQ(クエスチョン)に昇華して突きつける本作。。幾度もくりかえされる「かわいい」のセリフが、玉虫色に意味を変貌させる先に、果たしてユートピアはありうるのか!? 日本、韓国、香港の俳優陣がくりひろげる懸命かつ批評的ユーモア満載の今作は、現代を生きるすべての者たちへ、取り返しのつかない激震を
高校二年生のさくらは、亡き母の故郷、由利本荘市へ転校してきた。ひょんなつながりで同級生あやめから民謡部に誘われ、入部してしまう。厳しい部則の中、日々の部活動が始まった。初めての慰問公演は大雨。さくら、けやき、ぶっちの三人しか時間に間に合わず大失態。その上、祖母が突然倒れ入院。もう部活は続けられないと言うさくらに、仲間がかけた言葉は...。(この物語は、秋田県立由利高校民謡部への取材に基づくフィクシ
一輪車作品の演劇的可能性を追求すること。オブジェクトシアターとして発展させること。技術を担保にしたパフォーマンスにおいて、おどかす派手なショーではなく、芸を作中に溶け込ませた演劇作品として発展することを目的に据えている。食事と排泄、ドレスの着脱、口紅を使う化粧などのシーンを一輪車の乗降とともに進行することで、器具が彼女の脚や背負った業など様々なメタファーに変化する異質な存在として描き出す。
『K――カフカと恋人たち』は、阿部日奈子の詩集『典雅ないきどおり』に収められた作品「K」を基盤としながら、カフカの小説、日記や書簡の断片を自由にコラージュする形で構成され、カフカと恋人たちの不思議な愛の「かたち」、男女の権力関係が探られた。舞台世界の表出は、物語や文学の再現ではなく、強度のある〈声〉や身体表現が駆使され、現代詩、舞踏、現代演劇、現代美術の思い切ったコラボレーションとして行われた。
寺山修司の名作戯曲を、歌と語りが織りなす音楽劇として再構築!創立40周年プロジェクトとしてレパートリー作品を渋谷ジァン・ジァン閉館以来22年ぶりに上演。1990年代に制作された巨大な仮面や舞台道具を用い、バンド生演奏と映像投影による新演出で描く、鮮烈な幸福論。 犬神筋の一家に生まれ、孤独を抱え祖母と暮らす月雄が、一匹の犬を飼ったことで、村に奇妙な事件が起こりはじめる──。
グラフィックデザイナー・舞台美術家・エッセイスト・小説家である、妹尾河童の少年期を描いた自伝的長編小説、1997年のベストセラー、『少年H』を舞台化。好奇心と正義感が人一倍旺盛な妹尾肇こと「少年H」と、ちょっと変わったその家族が巻き起こす愛と笑いと勇気の物語。太平洋戦争の開戦前夜から終戦後までの暗くなりがちな時代を、“H”を取り巻く個性あふれる人々が、ときには笑い、ときには涙しながら、明るく逞しく
子供達から羨望の眼差しを受けるヒーローショー。しかしその裏側は、そのステージを望む者と望まない者の清濁合わせた、出演者達。ヒーローショーの楽屋で起きる、夢を追う人々の挫折と諦めと夢の終わりの物語。
STORE HOUSE Collection Excellent Works Vol.4
2018年上演作をストアハウスコレクションに合わせ再考した舞台。東日本大震災の記憶を留めた和合亮一の『詩の礫』は優れた現代詩であると同時に優れた記録文学である。遊戯空間では震災以後、和合の現代詩『詩の礫』『詩ノ黙礼』『廃炉詩篇』などを繰り返し演劇化してきた。当時の絶望感と憤りを鮮明に想起させる言葉の力により、本公演が、3・11の記憶を呼び起こし、現代社会を再考するきっかけとなることを願う。
水を司る龍の棲む夜叉ヶ池。今庄の里を日照りから救うために龍神に身を捧げた娘は、夜叉姫として信仰を集め、「白雪姫」として泉鏡花の小説「夜叉ヶ池」にも描かれている。今庄町の古い茅葺きの民家の庭に舞台をしつらえ、治水を願う里の人びと、旱魃をもたらす魔神など夜叉ヶ池をめぐる様々な精が登場。日照りに苦しむ里を、白雪姫が自らを呪縛している鐘を割り、恵みの雨をもたらすという伝説を舞踏によって、あらたに演じる。
何処かの地方都市、とある葬儀場の祭壇脇のフリースペース。椅子が数脚おかれた参列者が気楽に腰を下ろせる空間だ。楡原家の質素な通夜読経を終えた比較的穏やかな時間帯なのだが、故人を偲ぶ関係者に加え、遅れてきた弔問客、明日の告別式を前に、打ち合わせや準備にせわしい斎場スタッフでいささかバタバタしてもいる。どうやらたまたま重なった地元の名士の葬儀が、影響してもいるらしい。そんな中、行方不明だった家族の情報が
遊戯空間 シアターΧ提携公演
東日本大震災直後、福島在住の詩人和合亮一がTwitterで投稿した「詩の礫」は世界に拡散され大きな反響を呼んだ。震災以前からの旧友である篠本賢一は震災4ヶ月後にそれを舞台化して東京で上演。本作はそれから2年後、新作詩「廃炉詩篇」を舞台化したものである。原発廃炉の問題、放射能、汚染土、被災者たちの苦しみ、収束を見せぬ多くの課題に被災者の立場で向き合う詩人の声を、現代音楽と俳優の言葉、身体で劇化した作
「廃校から、劇場へ」と銘打ち、レトロな木造校舎全体を回遊しながら物語が進む回遊型の演劇を作り、廃校の一つの活用方法を提示する目的で制作が始まった。主人公の少女は、曽祖母が残した1通の手紙に書かれてある「野麦でお会いしませう」に導かれて野麦を訪れる。野麦の民話や伝説をモチーフにしつつ、そこで出会う奇想天外な人・妖怪たちと不思議な体験をするオリジナルファンタジー劇。
我々が作るのは、歴史上初めて登場する女の王クレオパトラを、フェミニズムの視点から描く、歴史大河ドラマではない。これまで我々はフェミニズムの多くの側面を芝居にし続けてきた。今改めて我々は、フェミニズム芝居の原点をリメイクすることで、クレオパトラの半生を通じて「私こそ世界であり、世界こそ私である」女の生き様、等身大フェミニズムを実践する。
流山児★事務所創立35周年記念公演の第3弾として、2020年2月、スズナリで上演された詩森ろば(serial number)の新作書き下ろし。1974年の北海道白老町長刺殺事件と1669年「シャクシャインの戦い」を交錯させアイヌ民族の差別と闘争を骨太に描いた物語。多くのメディアで取り上げられ、劇評でも高く評価された。美術:杉山至、音楽・生演奏は第27回読売演劇大賞優秀スタッフ賞の鈴木光介、主演は田
MM
ドイツの劇作家ハイナー・ミュラーによる象徴的で断片的なテキスト「メディアマテリアル」を、岸田理生が劇団「太虚(たお)」の為に独自の感性で詩劇として再構築し書き下ろした現代に響く作品です。メディアの激情が詩的な言葉と身体表現によって浮かび上がります。
NODA・MAP第26回公演
出演は『フェイクスピア』(2021年)でNODA・MAP初参加にして、その年度の読売演劇大賞最優秀男優賞を受賞した高橋一生、そして22年の『「Q」: A Night At The Kabuki』のワールドツアーで国内外の観客を魅了した松たか子。さらに今回がNODA・MAP初参加となった多部未華子に加え、秋山菜津子、大倉孝二、大鶴佐助、山崎一ら、いずれ劣らぬ実力派が勢ぞろい。変幻自在の野田演出を縦横
風琴工房の詩森ろば新作書下ろし・演出でSpace早稲田2016演劇フェスティバルでロングラン上演、1599人余を動員した大ヒット作。1972年、沖縄返還でオキナワは揺れていた。政治、裏社会、すべてが交錯し、火花を散らす。沖縄「裏社会」に蠢く若者と当時の佐藤政権の返還交渉を軸に核密約、日本の問題の縮図を暴き出す意欲作となった。五島三四郎が若いヤクザ、流山児祥が佐藤首相を演じ、杉山至が初めて美術を担当
川口隆夫ディレクション企画「舞踏 ある視点」
台湾のアーティスト、リヴァー・リンによる、戦後日本に生まれた先駆的芸術運動「具体(具体美術協会)」について、特に田中敦子、白髪一雄、村上三郎、嶋本昭三らの作品を参照したオンラインパフォーマンス。また、C-Lab (Contemporary Culture Lab Taiwan)との共同制作作品として2020年に台北で上演されたパフォーマンス作品『具体美術宣言と踊る』のドキュメンテーション、TRUア
―冬教え世界の果ての荒々しい土地を漂泊しようオオカミの国が私の国だ。(アメリカ先住民スー族のコトバより)冒頭で聞こえるのは、レニングラードに生まれアメリカ合衆国に亡命した詩人、ヨシフ・ブロツキー(1940-1996)の詩の朗読。ジャニス・ジョップリンの「サマータイム」で踊る雪雄子のソロ舞踏。
会社員の明日香は、ある日入院中の祖母・八重の許嫁である春樹という青年と出会う。八重に伝えたいことがあって戻ってきたと告げ、閉校になった小学校の音楽室に一緒に行って欲しいと頼む。聞こえるはずのないピアノの音色に誘われて、明日香は、地域の戦争について調べている従兄弟の憲吾らとともに、春樹に導かれるまま、廃校になった小学校の音楽室に向かう。そこで目にしたのは、生きているはずのない人達。彼等が今を生きる明
2.5次元ミュージカル/舞台
「子供の頃からダンサーになることを夢見ていたマリア。あることをきっかけに彼女は夢も、笑顔も失ってしまった。そんな時、とある街角でジャックというマジシャンと出会う。」一本のオリジナルストーリーを演劇、ダンス、そして渋谷 駿のマジックによって紡ぎ出す全く新しい表現のライブステージです。
“雀の子 そこのけそこのけ 御馬が通”俳人小林一茶を知らない人はいないだろうが、人間小林一茶を知る人は少ない。十五才で信濃柏原から江戸に出た後の行動は謎に包まれたまま、いつしか俳諧の道で頭角を表してくる。ようやく五十二才で結婚するが、いとしい子たちは次々とこの世を去るのだった。“蝉鳴くや つくづく赤い 風車”だが一茶の人生は大きくうねりつづける。江戸と信濃柏原、二つの土地の間で一茶の愛が、欲が、生
物語をやろうと思ったけど、とっくに僕らは物語の上に生きていました。どれぐらい距離が離れたらクソみたいな人生が最強の物語になるんだよ。小さい頃から大人になっても僕らはずっと
舞台は、第二次世界大戦が終わって間もない日本。戦時中に掘られた横穴の中で、3人の男女が出会い、生き埋めになる。生死の極限状態で、彼らの思想と挫折、そして後悔が語られる。彼らはどう生きたかったのか、そしてどう生きられなかったのか。本公演ではこの戯曲を、ワンルームマンションの一室を穴と見立て、彼らの苦しみを現代の閉塞感と生き苦しさに重ね、女性の一人芝居として上演した。
-
そこは、劇団うりりんこの上演会場。今日は、劇団の大物俳優、うり川りん太郎のひとり芝居「シン・リア王」の上演当日。間もなく開演時間だというのに、りん太郎は寝坊し、劇場入りが1時間遅れるらしい。場内スタッフとして参加していた、劇団うりりんこの若手俳優、シュウスケ、エリ、ユウキの三人は、りん太郎が現れるまでの時間をどうにかつなぐことになってしまった。その60分の物語
岸田理生アバンギャルドフェスティバル リオフェス2024
寺山修司作「身毒丸」を岸田理生が台本を脚色、改定し、1995年、蜷川幸雄が演出、武田真治、白石加代子の主演で初演が公演、日本のみならず、ロンドン、バービカン劇場で大絶賛を得て、藤原竜也を天才新人と言わしめた。そんな「身毒丸」が令和の時代に「野外劇 身毒丸R」として復活。うだるような真夏の夜、月と星の灯りの元に夏風さやり、虚構と現実が蕩け合う。時代を廻り、世界の果てを越え、母子の物語は、何処へ辿り着
ひよわな漫画少年と、バンカラ・明石との友情を描いた「ゴッドファーザーの息子」、戦時中、蝶に魅入られ駆け巡る山で、一人の少年と出会う「ゼフィルス」、青春であるべき中学時代の軍事教練、勤労動員、大阪大空襲、そして終戦を描いた「紙の砦」。手塚治虫の3作品を原作に紡ぎだす、少年・大寒鉄郎の物語。
演劇実験室◉天井桟敷の伝説的マイクアジテーター・昭和精吾によるソロ公演。寺山修司命日に毎年開催されたジァン・ジァンの最終年1999年の記録。短歌・詩・戯曲・評論を用い、舞台装置もなく情景を喚起する圧倒的な語りはまさに《言語の洪水》。スライドを交えたエピソードトーク、次回公演「時代はサーカスの象にのって」の予告も収録(こもだ、イッキら出演)。
1700人以上の応募者から、野田秀樹がオーディションで選んだ「東京演劇道場」のメンバーらが初見参!演じるは、「赤鬼」。移民、国境、社会の分断…今の社会が抱える問題をいち早く描き、1996年の初演以降、日本、イギリス、タイ、韓国で野田が各国の俳優と共に作り上げてきたマスターピースを野田自身の演出により16年ぶりに日本で上演する!
(チラシより)どこからともなく届く光は、自然から成されたものではないことは解っていた。いつかの誰かが、誰かへ向けて発した光だった。ある人は、その光を見て見ぬふりをした。ある人は、その光自体を無いことにしようとした。しかしわたしには届いていた。届いたからにはわたしからも光を送りたくなった。届く光に微かな瞬きを感じた。光が在るということは、その傍には誰かがいるはず。光の合図は確実にここまで届いている。
本作品は寺山修司の劇団「演劇実験室◉天井桟敷」(1967年旗揚げ)の初期の作品(1968年)。 B機関では今回この作品に同じく寺山修司のラジオドラマ『コメット・イケヤ』を引用することにより、より重層的な作品を目指しています。男装の麗人オーマイパパと世界中を旅してまわっているいる点子が、老処女ウワバミが営む星のホテルを訪れることから物語ははじまる。奇妙な滞在者たち。明らかになる謎。思いがけない結末。
とある地域の特養ホーム。その成り立ちも、あり方もユニークなこのホームでは、今夜ひとりの老人が最後のときを迎えようとしている。静かな看取りの夜になるはずだったその日、大きな台風が訪れ、橋の冠水により、ホームは孤立無援となる・・・。
1945年(昭和20年)終戦間際の広島。国民学校2年生の中岡元(ゲン)は、原爆の熱風と猛火で父と姉弟を亡くしてしまう。髪の毛まで抜け落ちる原爆症の恐怖と闘いながらも、母、そして新しく生まれた妹「友子」とともに、焼け野原の広島を強くたくましく生きていく・・・!!