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FLOW series vol.1
本公演とは異なる手法を模索する実験的枠組〈FLOW series〉第一弾として上演。ネット空間で拡散される「Liminal Space」≒「境界的空間」と呼ばれる画像群をモチーフに、放課後の幼稚園・ハーフタイムのロッカールーム・深夜の選挙管理事務所などを舞台としたオムニバス風作品。俳優の「存在」ではなく「不在」に着目し、人間を使って“人間の居ない風景”を描くことを試みた。
窯元の煙突が立つ小さな街を見下ろす丘にある特別養護老人ホーム「桜花荘」その庭には樹齢80年の桜があった。長い間、人々の愚痴をひたすら聞き続けた桜の古木に「桜花荘」の住人久恵は自身を投影する。やがて言葉を発することが出来なくなった久恵は桜と同じように人々の愚痴を聞き続け、昔の流行歌と消息の分からぬ息子の記憶ばかりとなってしまう。辛うじて今年も桜の花を見ることが出来た久恵は、女たちから聞く男への愚痴を
世田谷シルク第11回公演
クリスマスの晩、チルチルとミチルは、老婆の娘の病気を治すために、幸せの象徴とされる青い鳥をさがしに旅に出ます。行先は、「思い出の国」、「夜の国」、「森の国」、「死の国」、「贅沢な国」、「やさしさの国」、「未来の国」。しかしどこに行っても青い鳥は見つかりません。そこで二人は帰宅し老婆にそのことを告げようとすると、老婆は家の中にずっといた鳥を欲しがりました。よく見ると、その鳥は青く変化していたのです。
1994年、戦後49年目の年に誕生した二人芝居『父と暮せば』。1995年より日本各地を巡る全国公演を開始。戦後60年を迎えた2005年までに、通算368ステージを数え、『紙屋町さくらホテル』『リトル・ボーイ、ビッグ・タイフーン』の原点ともなった。女優栗田桃子を迎えて、装いも新たに上演。次世代に語り継ぎたい、井上戯曲の傑作にしてこまつ座のライフワーク。
その外見から疎まれ続けたリチャード三世は、饒舌な語りによって周囲を惹きつけ権力を手にするものの、王座に上り詰めた途端その言葉は力を失う。本作ではリチャードを、形を持たず移り変わっていくものとして描き、どんな時代にも現れる言葉巧みな為政者の姿を浮かび上がらせる。「台詞を語る俳優の身体」は、「何者にもなりきらない」能という演劇の形式を借りて、リチャードを現代に描き出す。約100年前の坪内逍遥訳で上演。
遊園地再生事業団#6
大学の片隅に、校舎に囲まれた小さな庭がある。もう30年のあいだ、その場所のことを<知覚の庭>と学生たちは呼んだ。いまでは誰もその意味を知らず、庭のことをそう呼ぶのだと知る者さえ少なかった。荒れ果て、誰も近寄らず、ただの隙間のような場所でしかないが、かつてこの庭で、Marijuanaが育てられた。庭の土が、良質のMarijuanaを育てたという。1995年の秋。6人の学生が再び庭の土に種を蒔く。土は
明治七年、東西の話し言葉がテンデンバラバラだった頃。文部省官吏の南郷清之輔に「全国統一の話し言葉を制定せよ」という命令が下った。この日から、南郷家は、お国訛りをめぐって大騒ぎ。清之輔は、話し言葉の全国統一の前に、まず我が家のお国訛りによる大混乱におそわれる。カタコト英語しか喋れないピアニストの奏でる幻の「小学唱歌集」にのせて展開する、言語学的な悲喜劇の末、ついに清之輔が辿り着いた「文明開化語」とは
ブルーノ・シュルツは、中学校の美術教員であった。劇に登場する語り手の少年はかつてのシュルツに他ならない。1941年、ポーランドの故郷はナチスに占領され、ユダヤ人であるシュルツはゲットーで暮らさざるをえない。彼の描いた小説や絵画が彼の人生と混然一体となる。風変わりで奇行が目立つ父親、個性的でエロチックな女中など、身体表現を大胆に用い、シュルツの絵画・版画のイメージを劇空間に現出させる。
舞台せましと踊る若者たちが、素敵なメルヘンの世界をお届けします。 青い海にポッカリ浮かび上がった小さな島。この島から金鉱が発見され、貧しかった人々の心は浮かれ騒いでいます。ところが、そのかげに・・・今宵は年に一度のポセイドンの祭り。若者達は素晴らしい恋にめぐりあうため大忙し!!軽快なリズムにのせておくるミュージカルファンタジー。
愛媛県松山市の三津地区で100年以上の歴史を持ち現在もなお郷土に愛される旧鈴木邸に借景し、母娘三代を描く記憶と命の物語。時代に翻弄されながら命をつないだ名もなき人間の姿、母子に受け継がれる心身の連鎖。一人の肉体を三人の記憶が通り過ぎていく。
人殺しを免除してもらおうと市役所に相談にやってきた男。しかし窓口の職員は冷淡に陳情をはねつける。諦めずに通ううち、職員もまた、この掟に翻弄されてきたことがわかり……。わたしには頭に爆弾の破片が入ったまま帰国した祖父がいる。現代に生きるわたしが祖父の死にまつわる真実を聞かされた時、目新しく残虐なものに興奮する自分の姿をそこに見つけた、そして思った。それは本当に真実なのだろうか。今作ではアルバニアの小
無秩序な空間、倒錯した世界で詩的な会話が交わされ、その中から観客が自己の想像力の中に答えを捜す。また、ガラガラと崩れ落ちる舞台セットの中で自分は誰なのかを観客に問いかけることによって、現実と虚構を見極めるという問題を観客に投げかける『星の王子さま』。東北地方を舞台に、血・母・故郷の二律相背反を主題にして、呪術的な言葉の世界が繰り広げられる『犬神』。俳優館、寺山に詩す!星の王子さま/犬神の二本立て。
誰かの何気ない一言で湧き上がってきた感情。突然、心の中に火花のように現れては消えていく衝動。見知らぬ人の芳香や懐かしい音楽が、否応なしに引きずり出す思い出。それらはふとしたきっかけで襲ってくる。意思とは無関係に。無視することはできても、無かったことにはできない。私達の日常は平穏に見えて、心の中は様々なものに襲われている。感情、衝動、思い出。襲ってくるもの。イキウメの短編シリーズ、第四巻は、意識の中
(フライヤーより抜粋)何ということはない、日常生活のすきまから、ちょっとだけ顔をだしているおもろくて、やがて哀しき出来事達。そんな、誰もが持っている些細な出来事達を、紡いで、紡いで、少~しだけお見せします。子供部屋に生まれ、育ち、いろいろあってやがて最後に見るものは…。
新宿八犬伝 全五巻
1985年6月21日-30日アシベホール(新宿歌舞伎町)にて初演。この戯曲で当時26歳の川村毅は1985年度第30回岸田國士戯曲賞を受賞した。滝沢馬琴の「南総里見八犬伝」に想を得た、シリーズ第一巻。架空都市・大火災の後の新宿歌舞伎町に、アスファルトから"物語の死者、夢の狩人"「騒!乱!情!痴!遊!戯!性!愛!」の八つの玉の精が闇の八犬士として蘇る。1991年に新巻「第三巻」「第四巻」を発表するにあ
アウシュビッツ博物館(ポーランド)から東京のホロコースト教育資料センターに貸し出された茶色い古びたかばん。かばんには、ハンナ・ブレイディ 1931年5月16日生まれ ドイツ語で“孤児”と大きく書いてありました。ハンナは、どんな女の子だったの?劇団銅鑼アトリエ、東京芸術劇場ほか様々な場所で・・・あなたとハンナを探す旅が始まります。
下北ウェーブ2019
本多劇場主催「下北ウェーブ2019」にて選出・上演。初演(題『うたたね姫』)は2014年、松戸市での滞在制作を通し、再開発される街と、そこに適応できない人々の姿を描いた。再創作版では、かつて自ら書いた戯曲に共感できないという違和感を出発点に、普段の知覚外にある社会事象を扱った。「その程度で悩むな」という意見の暴力性と向き合うことで、見えにくい痛みや、世界の多様性をあぶり出した。
夫が生きてることを願う女と、妻が死んでることを願う男が出会う。令和18年、度重なる大規模な土砂崩れによりインフラの一部が使えない状況が続き荒廃した日本。 行方不明の夫を探す女の隣に引っ越してきた、行方不明の妻を探す男。 女は夫が生きている事を願っているが、男は妻が死んでいて欲しいと願い、更地を掘り続ける。 噛み合わないふたりの交流の果てに二人は、ある共同作業をはじめる。ミズノオト・シアターカンパニ
〈あらすじ〉藪下実可子は、親の離婚で銭湯を経営1親戚の大江戸家に預けられることに。そこで出来た初めての友達坂下りん。が、しかし彼女が突然亡くなってしまう。現実を受け入れることができない実可子は、ぼーっと1日々を送っていた。それを見かねた、銭湯で働く岩村の指示のもと、“フロイトが唱えた「悲哀の過程」”を、“ジョン・ボルビィのまとめた「喪の作業」”を使って、早めに悲しみを乗り越えることに。しかし・・、
電信柱が一本、その下に、ひしゃげた事故車が一台。夕焼けの中、ヨシ、ダイスケ、ヒロシ、サブローが集まっている。胡散臭い「ショーバイ」を始めようとする彼らのもとに、ケイコ、ヤスエ、フーコがやってくる。彼女たちは、ミッキーの子を妊娠したため父親の怒りを買い、家に閉じ込められているミヨコを連れ出す計画を持ち掛ける。ミッキーとミヨコは、「トーキョー」へ行くらしい。ミッキーに金を工面してやろうとする元彼女のサ
(フライヤーより)身近な題材から進化に迫る、優しいユーモアをたたえた舞台ー演劇ジャーナリスト 九鬼葉子
―少年探偵団VS史上最強の敵―怪盗ルパンが狙う秘宝とは何か?1940年代の中国から日本へ。悪夢の暗闘と略奪が…。その時、明智探偵と少年探偵団は?
ろう者によるろう演劇の発展を目指す「俳優× 舞台芸術制作 ろう者育成プロジェクト」の一環で行われる、ろう者たちの恋愛を描いたオムニバス劇『恋愛』。3つの短編で構成され、ろう者ならではの視点で恋愛を多角的に描きます。異星間の恋愛観を語る宇宙サミット、ろうと聴の葛藤を描く日常劇、幼馴染の再会から動く感情――多様な「恋」が手話で紡がれます。
さいたまゴールド・シアター第4回公演
近未来。安楽死法が施行された日本では、老人は延命医療よりも「最適な死」「りっぱな最期」をのぞむように求められていた。エコロジーという名の下に排除され、それぞれの場所で追いつめられていく老人たち――。そんな時、ある老人ホームでかつてのアイドル歌手の死亡が報じられると同時に、その死には不審な点が多いことがわかった。元ファンクラブのメンバーたちは彼女の入所していた老人ホームに乗り込み、謝罪を要求するにと
清姫は、好きになった僧の安珍に再会の約束を破られ、彼を追ううち蛇に変身し、安珍の隠れた道成寺の鐘を巻いて焼き殺す。道成寺は和歌山県に現存し、多くの伝説がある寺。日本人はなぜこの物語が好きなのか? 「今昔物語集」や歌舞伎台本、郡虎彦「清姫」などの戯曲を編み込んだ、現代版のレビュー。
建物の中に国境線がひかれた─ 何も変わらないはずだったのにね。 ある時ヤツがふざけて言った。『この線から出たらダメってことにしよう』私はわざと線から手を出してやった。ヤツは笑いながらその手を押し返した。そんな戯れを繰り返した。そしてそれからどれくらい経ったっけ?遊びたくなったので、私は笑いながら手を差し出した、すると……ヤツは突然殴り掛かって来た。一切の笑顔を消して。 見えない線。線とは何かを巡る
シアタートラム ネクスト・ジェネレーション
とある大学。ある学生は希望を持っている。彼女はこれから始まる日々を心待ちにしている。ある学生は失望している。彼女は思っている。「これからはじまる日々は、ちがう」時間が流れる。歴史を数学を哲学を文学を、学ぶ間に時間が流れる。校舎のなかに体育館がある。やがて壊される予定の、やわらかな光のはいる体育館。彼女たちのうちの一人はとてもとてもその場所が好きで、彼女は何かをしようと考えて、考えて、考えて、いる。
1億円という大金を拾って落とし主が現れず、一気に大金持ちになった男の物語。大金を得た男は万々歳。これからは大船に乗ったような気分で前向きに生きていける。そう思ったのだが予期しなかった良からぬことが次々に起こり、あっという間に憂鬱な日々に逆戻り。酒をあおっては愚痴をこぼす日々の中、ふと男は気づく。「あれ?デジャヴ? この会話、以前しなかったか?」。そうして次々に積み重なっていくデジャヴの毎日を送るよ
日本海に面した小さな港町、金輪町。加瀬真治は三日間の行方不明の後、別人格となって発見された。医師の診断は脳の障害。不仲だった夫の変化に戸惑う妻の鳴海を置いて、真治は毎日散歩に出かける。同じ時期、田舎町に似合わない凄惨な事件が起きる。老婆が家族を惨殺し自殺するという事件で、一人生き残った孫娘も神経衰弱状態だという。その後、町に奇病が流行り出す。ある特定の概念を失い、それについて理解できなくなるという
ごく普通のイギリスの中流家庭に生まれた兄のトムと弟のフィギス。弟のフィギスは心の優しい子で人の気持ちを読み取る不思議な力を持っていた。そんな弟が、ある時奇妙な言葉を喋りだし、「自分はイラクの少年兵だ」と言い始める。フィギスは12歳、トムは15歳。湾岸戦争が始まった夏の事だった・・・。
「この店はね、人生の落伍者のふきだまりなんでございます」芸術に憑かれた男たちの〝才能と世の中との折り合い〟を描く、激しく愚鈍極まりない物語、再び。1974年暮れのフランス、パリのモンマルトル。サン・ヴァンサン墓地の向かいにある地下酒場「レ・トロワ・ペロンヌ・ローンドゥ」はうだつが上がらない、パリの日本人の溜まり場となっていた。新米店員のスティーヴ(温水洋一)が店番をする店には、今夜もオブジェ作家の
(フライヤーより)それは、地球の上から学校というものが姿を消してしまった時代。子供たちの教育は、すべてパソコンによって行われていた。レミは中学二年生。パパとママとオバアチャンの三人と暮らしている、ごく普通の女の子。そんなレミの家で、ある日、とんでもない事件が起こる。変わり者のオバアチャンが、街の古道具屋でアンドロイドを買ってきたのだ。それは、一〇〇年前に作られた、理科の先生。名前はケンジ1996。
ある会社の新規プロジェクトに各部署から8人の社員が集められる。元企画推進局次長「氷室」はチームリーダーとして意欲に燃えるが、営業三課から来た女性幹部「浅間」も「私もリーダーを任されている」と言う。かくしてプロジェクト・チームはたちまち二分されて徐々に対立が起こり始め、それはパワハラ、セクハラ、誹謗中傷、強制排除へとエスカレートしていく。果たしてチームの面々は無事にプロジェクトを達成できるのか?――
チェーホフが流刑地だったサハリン島までの旅に出たのは1890年。未開の土地だったシベリアを横断してのこの旅は、当時はまだ命の危険が伴うもので、突然の決心に友人や家族たちは最初チェーホフ流の冗談と思ったという。しかし、作家の決意は固く、4月から12月までの長旅が断行された。このサハリン行きは、文学的にはなんの成果も伴わなかったという指摘がある一方で、作家・チェーホフの「重要な転機」であるという指摘も
sunday play#4
人と人が出会って別れる。そこに含まれる奇跡とか偶然とか笑えるくらいの哀しさとか、そういうものを描きたいと思います。忘れないうちに。パズルのように組まれた幾つもの階段、影とライト、さまざまなものが反転する世界で、7人の役者が入れ替わり立ち替わり一人か二人の幻を演じる。
既成戯曲の演出シリーズ
KAIKAのショーケース企画「gate」で、2018〜2019年にプログラムディレクターを務めた大石達起が、その発展版として手がけた「既成戯曲の演出シリーズ」のVOL.1。イギリスの劇作家、トム・ストッパードの『アルカディア』を大石自ら演出しました。
すれ違う時間のなかで、彼はどんな記憶を彼女に残したろう。はっきりとそこにいるのに、キミはまるでずっと遠い果てからやってきた光がかろうじて描いただけの幻影のようだ。違う時間、違う場所で生きてきた人たちが時空を超えて出会い、やがて別れる。はじまって、それから、いつかおわる私たちに捧げる「初めての生」と「やり直しの死」の物語。
COCOON PRODUCTION 2023
青年が老婆を拾った。社会にうまく馴染めず、派遣のピエロの仕事でギリギリ生活をしている青年(竜星涼)。しかしそんなピエロ業も、決してうまくはいっていない。ある日、道端の老婆(高橋惠子)に手品で花束を渡すと、老婆はどこまでもついてきた。そして、青年の部屋にまで上がってきた。すぐに老婆を帰そうとするも…、青年と老婆の不思議な共同生活が始まっていく。青年を心配する兄夫婦(藤井隆/山田真歩)、仕事先の女性社
戦後。「高度成長」の初め頃ー。村の人々は貧苦にあえいでいた。産まれたばかりの赤ちゃんが、昔ながらにコロコロ死んでゆく。雪深い山奥の村。医師に給料が払えない。「国保」係の高野は村を歩きまわる。滞納を整理できなければ病院がなりたたないのだ。無医村の恐ろしさを知っているのは誰よりも村の人々。だが、村の人々は金を払えない。八方ふさがりの村をどうすればいいのか。教育長、深田は考える。まだ封建色の強い家の中で
路上
雑遊オープンの頃からひらひらと続けてきた、川村毅・新作+小林勝也・主演<都市を彷徨う男が巻き込まれる形而上的スラプスティック・コメディ>路上シリーズ。2020年 劇場の灯が消えCovid 19厳戒態勢の中、雑遊にて上演した新作『路上5―東京自粛』から2年半。あの新宿の根無し草、村上・田宮・セシルが帰ってきた! 劇作家たちの場として、雑遊にて2022年一年間を掛けて開催したT Crossroad 短
《彼》と旅をする20世紀三部作#1
【Story】1908年、ブラジルへの移民船、笠戸丸。日本人少年ノイチは、ポルトガル移民のアンと恋に落ちる。成長したノイチは、デモの夜に人を殺してしまう。ブラジルを離れることとなったノイチは、アンと先住民のチキノをつれて、南米中を転々とする。放浪の過程で、日本人排斥運動やクーデターに巻き込まれ、散り散りになってしまったノイチたち。彼らは再び出会うことはできるのだろうか。【Note】<彼>と旅をする
「先の見えない創造」を続ける者の恍惚と不安、二つ我にあり!所詮この世は冥府魔道、ならば唄って歩けよ地獄のハイウェイ!歌とダンス、名優たちによる珠玉の演技で彩る青春残酷物語!!
青森市内にある県立高校合宿所。3年2組のサマーキャンプ。2泊3日の学習合宿である。館内で「ともこを見た」という女子が早退する。ともこは学校の屋上から転落死したクラスメート。サマーキャンプは騒然となるのだが……。
あなたは今、 『自分』ですか?もしある日目が覚めて心はそのままで 身体だけ異性のものに変わっていたら......物語---ある劇団の稽古場。 新作の予想外のキャスティングに稽古場の雰囲気は荒れ模様。 それぞれの 人生を映しながら芝居の稽古は進んでいく。 演劇の舞台裏での人間模様を描く喜劇。
1832年5月31日「方程式の代数的解法に関する論文の解析」のガロアは銃弾で死んだ。〈どうかぼくのことを忘れないでくれたまえ。ぼくの名が祖国に記憶されるにふさわしいような人生を運命は、ぼくに与えてくれなかった。ぼくは、君たちの友として死ぬ〉アリス・リデルがその手紙を受け取った。ルイス・キャロル先生!あたしは旅に出ます。
三つの部屋でそれぞれ別の取り調べが行われている。どの部屋でも、問い詰める側は「許せない」という「正義」を振りかざし、厳しい追及の手を少しもゆるめない。だが、疑われる側にもまた「なぜ悪い」という言い分があり、こちらにもどうしても譲れない「正義」がある。やがて、無関係だった三つの取り調べに共通する「思わぬ事件」が背後に浮かび上がる。果たして、「誰の言い分が正当なのか?」「正義とは何なのか?」。
戦後、復員してきた松尾大吉(六角精児)が妻・弥生(冨樫真)の元に帰ると、そこには二人の女・番場(秋野暢子)と小梅(川島なおみ)が居候していた。しかし、弥生たちは大吉が死んだものと思い込み、既に葬式もあげてしまっていた。その上、弥生が本当に待っていたのは戦争のどさくさで結婚してしまった大吉ではなく、番場の息子・裕介だった。立場のない大吉を目の前に、裕介の帰りをそれぞれの思いで待っている番場と小梅と弥
いのちのかたりつぎ 〜色とりどりの物語がつむぐ、震災のこと〜
津波に飲み込まれていく車を運転する男とAI搭載のカーナビゲーションとの最後の会話−震災直後の壮絶な緊張感の中で消え入るいのちの灯火。被災地で生まれたラジオドラマ作品を、3.11を描いた作品に向き合い続けた表現者たちが結集して舞台作品に昇華させた。時間が経ったからこそ向き合えることを、改めて言葉にして次の世代へ語り継いでいきたい。
(フライヤーより)1982年5月5日、〝アラマせんせい″と〝げんごろう″という2人のキャラクターが、詩人・谷川俊太郎氏のことばから生まれました。アラマせんせいは、あわてんぼうで、おっちょこちょい、まるで先生らしくありません。でも、ことばであそび、ことばと戯れ、知らぬ間に日本語の楽しさや豊かさを私たちに伝えてくれるから不思議です。「ことばあそびには手も足もないから私が出かけていくしかないの」と、アラ
弦巻楽団演技講座
開講10周年を迎えた弦巻楽団演技講座が、弘前劇場主宰・長谷川孝治の名作である『冬の入口』を上演。現代口語演劇の一つと高く評価された、等身大の人間の「生」がまるごと描かれた会話劇。死を受け入れる家族や部下、死をきっかけに右往左往する人々。誰もがいつかは迎える、冬の入口の物語。
いい仕事をすれば、出世したり評判が広まったりして、更に大きな仕事を任される。この言葉は、きっと、そんな感じのことを意味しているのだと思います。だったら、フリーターにとっての報酬は・・・?通販のコールセンターを舞台に、出世も昇進も関係無いフリーターの視点を通し、「人は何のために働くのか」を問う、仕事にまつわる群像劇。
季節が変わるように、俳優修業。三重スパイのソノラは、哲学者と名乗るイエローグローという奇妙な男と知り合う。彼はソノラの「物語」をきくため「真ん中」の時間にやってくる。時空を超えた二人の逃走と追跡を語る語り部や、その「物語」の観客など、物語の内と外とが入り乱れて……。
【Story】「水街」 舞台近景遠景画像舟で旅するタケルは偶然に水路に落ちたカナという少女を助け、その姉であるナオと知り合う。ナオとカナが住んでいるのは、水の上に建てられた移民の街。沖縄からの移民である彼らの仲間、マサモリやセントクとも仲良くなったタケルだが、再び太平洋を西に向かう旅に出る。ナオの元にブラジルにいる叔父からの手紙が届く。ナオとカナはブラジルに移民する決意をして。【Note】「王國」
近松門左衛門の浄瑠璃の抜粋の他に、ルイ・マル、フランソワーズ・トリュフォーのシナリオ、稽古場で即興を重ねて創作した場面などで構成された様々な「女と男」の物語。
「認知症」から発想した岩崎正裕の作・演出作品。舞台にはピアノがひとつ、弾けなくなった演奏家が迷い込む世界をそのままに描いていく。記憶とはなにか、失くしてしまうことは悲惨なのか、迷宮をめぐる物語。 ピアノの生演奏でクラシックの名曲を多数ちりばめた構成で、劇団の新たな側面を打ち出したと高い評価を得た。
マレビトの会の松田正隆がタルコフスキーの映画『ストーカー』等を下敷きに書いたSFメロドラマを、維新派·松本雄吉の演出で上演。舞台は、隕石の落下によってできた巨大な穴を抱える都市。段丘上に広がる街(舞台装置)のあちらこちらに、穴の周囲に設定された立ち入り禁止区域「ゾーン」の案内人とその家族、 死者と再会するためにそこを訪れる人々の人間模様が配置される。ゾーンで過ごす死者との時間は幻にすぎないのか、穴
四国の田舎で隕石を拾った天文マニアの男たちの物語。その隕石は見た者の思考を奪い、時間を止めてしまう。誰かの手を借りない限り目をそらすことはできず、一人で見たら最後、餓死するまで見続けることになる。もう一つの特徴は、見た者に恐ろしいほどの幸福感を与え、見た時間の記憶は無く、ただ幸福感だけが残される。天文マニアと隕石の出会いから、100年後の行く末までを、日常がズレで大状況になっていく「イキウメ・スタ
遠くない未来の日本。瀬戸内海の原発事故により中国地方東部が放射性物質により汚染され、帰還困難区域に指定された世界。事故から8年経過した頃、帰還困難区域で身元不明の男が発見された。男は記憶を失っていたが、遺伝子検索技術を用いて家族と再会できた。しかし、一向に記憶が戻る気配のない男に、男の姉は違和感を感じていた……。2020年度劇作家協会新人戯曲最終候補作品をテノヒラサイズが上演。
錬肉工房結成十周年記念、また新アトリエ杮落し公演として上演。即興性の課題を前面に出し、自在でラディカルな身体の、演技のあり方が探られた。そうした試みの中で、冒頭の場面で、那珂太郎の詩作品の言葉と格闘していた演技者によって初めて、破裂音を伴って分節言語が解体され、言葉の深層の意味生成の、発生の根源的な現場に下降するという事態が生起し、新たな身体=意識=言語の領域が垣間見られた。
2015年7月、安全保障関連法案が衆議院で可決された夜、歴史学者の父が自殺を選んだ。通夜に集まる三兄弟と、父の関係者たち。沖縄戦を生き延びた父は何故、この時に自殺を選んだのか、何が、誰が父を追い込んだのか、その責任は何処に、誰にあるのか。一家の中で議論が始まる。やがて議論は白熱し、戦後民主主義の問題点にまで言及することになる。