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(フライヤーより)「夏の夜の夢」おれはキューピッドの矢が落ちた場所を目にとめておいた。それは西方の小さな花に落ち、純白であった花びらも恋の傷にいまは真紅に染まった。乙女たちはその花を「恋の三色スミレ」と呼んでいるそれを摘んでこい、いつか教えてやった花だ、その汁をしぼって眠るものの瞼に注いでおくと、男であろうと女であろうと、目が覚めて最初に見たものを夢中に恋してしまうのだ。「十二夜」あら、早まっては
夫が生きてることを願う女と、妻が死んでることを願う男が出会う。令和18年、度重なる大規模な土砂崩れによりインフラの一部が使えない状況が続き荒廃した日本。 行方不明の夫を探す女の隣に引っ越してきた、行方不明の妻を探す男。 女は夫が生きている事を願っているが、男は妻が死んでいて欲しいと願い、更地を掘り続ける。 噛み合わないふたりの交流の果てに二人は、ある共同作業をはじめる。ミズノオト・シアターカンパニ
早稲田大学演劇研究会の中の学生劇団として旗揚げた翌年、1985年の作品。本拠地である大隈講堂裏に工事現場用の足場と鉄パイプで作ったテント劇場での上演であった。いわゆる80年代の小劇場演劇ブームの中、俳優のパワーみなぎる身体と言葉で劇団の作風を確立した作品。時代の表層の明るさや疾走感を写しながらもその陰で失われていくもののさみしさまで見据えた劇団初期の名作である。
演劇集団saladbowlの現メンバーと元メンバーの恋宵(アクターズ仙台 現座長)がタッグを組んで実現した合同公演。現実に近いファンタジーと、ファンタジーのような現実が混在する短編を六つ上演します。作品迷い道路地裏の薬笑みを浮かべて蝶二本線を見つめて、
舞台は、百貨店「MITUYOSHI」の従業員休憩室。 百貨店はパンデミックを何とか乗り切ったものの経営に行き詰まり、3年先の閉店が決まった。 この店の従業員休憩室を、警備員、清掃員、販売員、役員らが出入りする。
三つの部屋でそれぞれ別の取り調べが行われている。どの部屋でも、問い詰める側は「許せない」という「正義」を振りかざし、厳しい追及の手を少しもゆるめない。だが、疑われる側にもまた「なぜ悪い」という言い分があり、こちらにもどうしても譲れない「正義」がある。やがて、無関係だった三つの取り調べに共通する「思わぬ事件」が背後に浮かび上がる。果たして、「誰の言い分が正当なのか?」「正義とは何なのか?」。
独裁政権下での人間の尊厳と正義を描く、チリの劇作家アリエル・ドーフマンの名作。1990年に発表されて以来、そのセンセーショナルな展開が世界中に衝撃を与え、今もなお繰り返し上演されています。演出家・弦巻啓太が若い頃から取り組みたいと熱望していたこの問題作を、2023年、青井陽治氏の翻訳でついに舞台化しました。
都内などで原因不明の高齢者連続死亡事案が発生した。死亡した全員の容姿がまるで若返ったような状態であること、彼らが同じ地区出身者であることが浮かび上がるー。調査のため、市役所職員の前田とともに山奥の集落に向かった佐知子は大雨の中、事故に遭ってしまう。ぼんやりと揺れる灯りの先に見たものは……。日本限界突破集落地獄外道祭文‼
202×年。日本は三十年間続いた不況の、まだ、ただ中にある。舞台は、青年海外協力隊の、架空の第四訓練所。様々な夢を抱き、海外に渡る直前の若者たちの不安定な青春群像が描かれる。おりしも、来年度から、海外青年協力隊の派遣中止が決定される。協力隊の未来に不安を抱く者。自らの夢に疑問を持ち訓練所を去る者。不安や寂しさに耐えきれず、禁止されている所内での恋愛やアルコールに走る者。隊員たちの真摯な会話から、助
その現状を見定め三井の未来を描きながら高く扇をかざし、静かに舞った三井八郎右衛門高棟変わりゆく日本の姿と行く末を思いやりながら一段と謡も声を力強く響かせた園琢麿そこには、日本の近代化に立ち向かう男たちの姿があった。
竹中直人×生瀬勝久 個性派俳優の激突再び!!人気劇作家・倉持裕が書きおろす 笑いと怪奇が入り混じるホラーコメディある秋の日の午後。絵本作家の打越(竹中直人)と担当編集者の黒柳(生瀬勝久)、そして、打越の放浪癖と浮気性を心配する恋人の桃(安藤聖)が、高地にある大きな湖の真ん中に浮かぶ小島を訪れていた。そこには城のような洋館が建っており、それが島の敷地のほとんどを占めている。 霧の濃い日はその霧に洋館
亡くなった兄にかわって鉄工所の経営を継ぐため帰郷した慎人。そこに勤める親戚や職人たちは異業種から転職してきた新社長を受け入れつつも、なかなか距離を縮められないでいる。ある日、江藤という信用金庫の営業が現れ、申請していた融資の審査が通らなかったことを告げる。バブルの恩恵に浴することなく、「失われた30年間」を漂い続ける零細企業の人間模様。
僕の名前は羽山走次。8歳で小学校の3年生。それはある日、突然、起こったんだ。お父さんもお母さんも、いきなり子どもになっちゃった。お兄ちゃんも幼稚園児みたいだし、おじいちゃんはまるで赤ちゃん。どうしてこんな不思議なことが起こってしまったのだろう? それはどうも、ぼくの精神年齢だけが大人になった、ということらしい。つまり僕から見れば、精神年齢の低い人は学校の先生だろうが子どもに見えるってわけ。でもどう
2022年、沖縄は本土復帰50年の節目を迎えた。「9人の迷える沖縄人(うちなーんちゅ)」(2015年初演)は、1972年の沖縄本土復帰当時と現在を行き来する二重構造の物語を通し、過去と現在の沖縄に暮らす人々の多様で複雑な立場や心情を浮き彫りにする作品である。沖縄で生まれ、生活する劇作家、演出家、出演者だからこそ描ける繊細な沖縄人の想いからは、今なお続く矛盾、怒り、迷いが発せられ、はたしてこれらは「
深津篤史の作品のモチーフの一つである阪神淡路大震災を描く作品。舞台は、倉庫の様にも、船の甲板のようにも見える。亡くなった友人の命日に集まる男女4人、別居中の妻を震災で失った男や別れ話の女性カップルなど、喪失感を抱えた人々が非日常の時間の中で交錯する。
相愛橋のある横丁で傘屋を営む「おちょこ」は修理を頼みに来た客の「石川カナ」に恋をした。いつか彼女に「メリー・ポピンズの傘を持たせる」という夢を描きながらロマンチックな気分にひたるおちょこだが、瀕死の状態のところをおちょこに助けられて以来、傘屋に居候している檜垣は、カナがかつて人気歌手の子どもを産んだ挙句にショッキングな出来事を引き起こした張本人だと気づく。カナをめぐって次々と湧き上がる謎。おちょこ
太平洋戦争最大にして最悪の地上戦「沖縄戦」激戦地首里から数キロ北にそのガマはあった。
「空気読めないっていけないことなの!?」……相手の仕草や状況、雰囲気から気持ちを汲み取れず、言葉にしなければ意図している事を全く理解できないアスペルガー症候群の人達が、人間の機微に敏感でなくてはならない演劇をする事になった!試行錯誤しながらも、彼らの行き着く先には幸せがあるのか?
いつの時代ともどこの時代とも知れぬ不可思議な小部屋。一人押し込められた男。代わる代る部屋を訪れる様々な人物から強制される尋問にも似た暴力的な会話。或いは彼らが執拗に聞かせる果てのない物語。そして男自身の見る不可思議な夢。それらが入り交じり、男はいつか時と空間を遥かに遡り、恐るべき陰謀の真っ只中に誘い込まれる。欺瞞と捏造まみれの文字で書かれた歴史の彼方、押しつぶされ、忘れ去られた男が辿り着いた、彼自
【 あらすじ 】ある日、ひきこもりの息子に戦場への迎えが来る。母親は、息子の代わりに自分が出征すると言い出した……。日常と地続きの戦争を母と子の関係を軸に描く、うさぎ庵流のやわらかな不条理劇 。花組芝居の桂 憲一 、大井靖彦がジェンダーも年齢も超えて、母と息子を瞬時に演じ分ける。二人に関わる様々な他者を演じるのも、花組芝居の植本純米。
TOKYO DANCE TODAY #4
青山円形劇場の空間を生かした独創的な作品を発表するダンスシリーズ「TOKYO DANCE TODAY」の第4弾。「カンパニーデラシネラ」を主宰する小野寺修二の作・演出・出演作品。ダンス・マイム・芝居を混在させ、偶然と必然の迷宮に漂う人間を描く。
会社でうだつのあがらないトキオは、レイコに思いを寄せながら、自分が彼女にふさわしい男だと思えない。ある日、永遠の時を手に入れられるという「神になる本」を目にしたトキオは、輪廻転生を信じ、意を決してビルから飛び降りる。こうして生死を超えて、愛する人を追い続けるトキオの旅が始まる。だが、それは「オイディプス」「ロミオとジュリエット」、はたまた「サザエさん」といった、すべて「あらかじめ用意された物語」を
ある日、綿子と不倫相手の木村が会っていた帰り道で、木村は車に轢かれてしまう。遠くから事故を見ていた綿子は助けずにその場を去り、大学講師の夫と、夫の連れ子である中学生の息子の居る家へと帰ってゆく。やがて綿子は訃報を聞くが家族の前では悲しむことができず、自身の行動を後悔し始める。そんな時、綿子は夫から家族関係の再構築を提案され、木村の死を抱えたまま流されるように再構築を始める。
あなたに、私を好きなまま死んで欲しいと思うのは、わがままだろうか。そこは、願えば誰でも不老不死になれる未来。それでもヒラサカ ミツは、不老不死になるつもりはなかった。彼女にとって生きることは苦痛であり、終わりのない生は地獄だと感じていたからだ。そして、パートナーであるタチバナ アサの愛情が、いつか冷めるであろうことに耐えられそうになかったからでもある。訪れるいくつかの出会いと別れを経て、ミツは、人
あなたは嘘をつきますか?日常の曖昧な返事を含めて今までの人生で何回くらい嘘をついてきたか考えた事がありますか?例えば子供に「サンタさんはいるよ」と善良な嘘をつく時に、小さな痛みを感じますか?世の中は「言った、言わない」話で揉め事が絶えません。誰かが自分の尺度で真実を良いように解釈し「嘘」を正当化すれば、戦争だって起きる訳です。果たして嘘は必要なのか否か。人を騙すことは善なのか悪なのか。「芝居を見る
壁なき演劇センターと国立ベトナム青年劇場による国際共同制作ベトナム現代演劇を代表する国立劇場の俳優と日本の俳優が融合し、舞台上で日本語とベトナム語が飛び交う現代感覚に彩られた情熱的でダイナミックでスピーディな『新たなチェーホフ劇』ワーニャとソーニャは長年セレブリャコーフの活動を支えてきた。そこへ彼が後妻エレーナを連れてやって来る。そこでワーニャは今までの自分の彼への献身が無意味だったことを知る。
沈黙と禁忌を破った娘は、ついに王を訴える。恋人が加勢し、侍従が引き止め、一般人が乱入し、王は思い悩む……これは混線するリアリティショー? それとも繰り返し再生されるテープレコーダー? 第63回岸田國士戯曲賞受賞作『山山』に次いで松原俊太郎が地点に書き下ろした本作のテーマは、「天皇制」。本作はコロナ禍にあって劇場での鑑賞を前提とした〈劇場版〉と〈オンライン版〉の2バージョンが制作された。
日本海に面した小さな港町、金輪町。加瀬真治は三日間の行方不明の後、別人格となって発見された。医師の診断は脳の障害。不仲だった夫の変化に戸惑う妻の鳴海を置いて、真治は毎日散歩に出かける。同じ時期、田舎町に似合わない凄惨な事件が起きる。老婆が家族を惨殺し自殺するという事件で、一人生き残った孫娘も神経衰弱状態だという。その後、町に奇病が流行り出す。ある特定の概念を失い、それについて理解できなくなるという
松井石根孫文、蒋介石と親交を結び誰よりも日中友好を願いながら戦犯として葬られた陸軍大将その男の悔恨と最期の日々
重大なミッションを果たすべく、イン・ビトゥイーン号が、四人の乗組員と一体のアンドロイドを載せて、宇宙を漂泊しています――『宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓』では、内容的な〈リアリティ〉と形式的な〈リアリティ〉、どちらの〈リアリティ〉も複数、並列的に提示されます。演劇において、舞台の上で、せりふがある言語で発される……。そのことの意味・機能についても、『宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓』では複数のそれら
演奏舞台51年目の挑戦!完全新作オリジナル。[あらすじ]東京郊外。季節は春だというのに、孫の読書感想文を一生懸命 手伝っている元高校教師・源三。彼を尋ねてきたのは かつての教え子だった、斉藤順二。大量の原稿用紙。『羅生門』。散乱する肌着。些細な会話から次第に紐解かれていく事実。どこにでもあるような、どこにもないような、 小さく淡い、一個の家族の物語。
タイトルの「ムイカ」とは広島原爆投下の8月6日(むいか)のことです。作品はメタシアターの手法を用いて、時空間を次々と変え、原爆投下の朝のある家族の風景へとたどり着きます。そして、その家族の中で、ただ一人生き残った女性と死者たちの会話が展開されます。
(フライヤーより)遠く地平の北から大空へ昇って遙かに天の北極をかすめ遙かに天頂をよぎって遠く地平の南へ降る無限の一線──大宇宙の虚空に跨って眼には見えぬその天の子午線の視野の中に源平 壇ノ浦の死闘を眺めるとき人間の力を超えてどうしようもなく働く自然の法則歴史の必然のその非情の動きの中にもがくわれら人間にとって生きる とは何か 死ぬ とは何か平和とは 戦いとはそもそも何なのか──血のように赤い壇ノ浦
(フライヤーより)演劇界のお祭り野郎として名を馳せるプロデュース集団「ペーパーカンパニー」、今回もまた胸ときめきのキャストを揃え、さらに鈴木裕美を演出に起用、高品質のミステリアス・ドラマをお届けします。はっきり言って何かが起こる!?
ある日突如広がり始めた「犬だけがかかる謎の病」を通して、感染と恐怖、排除と連帯をめぐる社会の縮図を描く。声と言葉だけで紡がれる寓話的世界が、観客の想像力に問いかける。音による臨場感と想像力で、不安と希望の狭間を描く朗読劇。コロナ禍で様々な制約が生まれた状況で上演を可能にするためにメンバーだけで受付やテクニカルスタッフも兼任したミニマルな公演。
闇商売で成功した雑誌編集者の田島は、ふと、田舎から妻子を呼び寄せ、まじめに生きて行こうと考えた。そのためには何人もの愛人と、きっぱり縁を切らなければならない。彼は「美女を探して妻の役をしてもらい、愛人の元を訪ねて別れを告げる」ことにする。果たして彼はこれ以上にない適役としてキヌ子に出会う。闇市で担ぎ屋をしている怪力で大食い、鴉声でケチで下品な絶世の美女だ。「愛人の前では口は利かず頷くだけにしろ」と
佐賀県唐津市の郊外で先祖代々の土地を守り続けてきた専業農家。息子はアメリカに留学し、佐賀の農業大学で講師を務めながら農山漁村と都会の交流をめざす新しい観光業に燃えている。そんな折、農業高校からホームステイで受け入れた高校生はコンビニ依存で…。クローン牛に遺伝子組み換え、ダイオキシンに環境ホルモン。農業を取り巻く環境が大きく変わる中、食の安全を求めて「身土不二」の教えが再び浮かび上がる…。
平和は言葉を作り、「笑」を生む。戦時中の人生体験は独特の日本の話芸を生んだ。戦争の苦労はなんのその、落語三昧に生きた話芸の天才二人の生き様とは?円生と志ん生、共に「昭和の名人」といわれる域まで芸を作り上げた噺家。リズムとテンポで軽妙な芸を得意とする兄弟子の志ん生と心に沁みる人情話を得意とした円生。性格の違う二人は戦時中の大連巡業から、戦後の生き方まで常に一緒、笑いとともにその奇想天外な行状行脚が史
舞台せましと踊る若者たちが、素敵なメルヘンの世界をお届けします。 青い海にポッカリ浮かび上がった小さな島。この島から金鉱が発見され、貧しかった人々の心は浮かれ騒いでいます。ところが、そのかげに・・・今宵は年に一度のポセイドンの祭り。若者達は素晴らしい恋にめぐりあうため大忙し!!軽快なリズムにのせておくるミュージカルファンタジー。
同級生の寺泊満と山鳥芽衣は、二十数年ぶりの再会を果たす。寺泊はある手品師との出会いによって、世界の見え方が変わり、仕事でも逸脱を繰り返すようになる。芽衣は品名に「無」と書かれた荷物を受け取ったことで日常が一変する。日常生活が困難になっていく寺泊と芽衣は、お互いが理解者であることを知る。二人はこの混沌の中に希望を見出そうと、街中に広がった無を見つめる_。
コンピューター・ウィルスがついに日本上陸。あるソフトウエア開発会社のホスト・コンピューターにもウィルスが侵入した! 4人の技術者たちは阻止に知恵を絞りながら悪戦苦闘、ついにハッカーを突き止めるが、ウィルスは技術者たちの想像を超えて暴走し始める……。 めざましい勢いで進化し続けるコンピューターは、どこまで人間に近づけば気がすむのか? そもそも人間は新しい生命体を創り出す神になれるのか? SF的世界の
1988年、劇団健康での初演以来、再演を繰り返すKERAの代表作にして唯一の私戯曲。波音の聞こえる浜辺の病院で、みのすけ少年はちょっと知恵の足りない仲間の患者達と脱走計画を企てている。そんな患者達を阻止しようとする医者や看護婦たち。彼等はスパイで、患者を逃がさないように見張っている。だが患者達は、その症状のせいなのかまったく集中力がなく、脱出は難航する。一方、その脱走劇と同時進行で、ボケ始めたみの
(フライヤーより)「このままこいつと結婚するんだろうなぁ……」そんな風に、マンネリしていた田山と恋人たま子。2人を引き裂いたのは、たま子の突然の死だった。悲しむでもなく、結構楽しく日常生活を送る田山をこっそり見守るたま子。そんなたま子を、天国へ連れて行こうとあの手この手で説得する天使・巴。-「死んだ人間は無力なんです」「納得いかないんだよなぁ」-’89年に東京サンシャインボーイズが上演、今年7月に
ー3万5,000回人間って、1日に最大それくらいの”決断”をするんだって。「いつの間にか」が増えてきたのはいつからだろう。それすらもいつの間にか、だったかもしれない。私は、今、それをやめます。
一人のマダムの華麗なる人生が、幕を閉じようとしているその夜、屋敷に集まった家族や友人、知人たちマダムはゆっくりと、思い出を語り始めるその人生はやはり華麗だった
花のパリ。女の仕組んだ、逆転の狂詩曲。あなたはもう笑ってはいられない。フランスのヒッチコックと称されるロベール・トマの最高傑作コメディ・サスペンスが新訳&豪華キャストで蘇る。パリ郊外にある豪邸。結婚して半年足らずのフランソワーズ(中越典子)は、夫・リシャール(橋本さとし)の酒と賭博と暴力の日々にすっかり疲れ果て、早くも離婚を考え始めていた。しかし、いざ夫を前にするとその危険な魅力に抗しきれず、つい
ブレヒトルネッサンス
劇団創立20周年記念公演。明治初年、「お江戸」から「東京」と名がかわった品川の宿。泣く子も黙る大悪党、剃刀左平次を真ん中に、泥棒と乞食と娼婦たちがくりひろげる三つ巴の仁義なき戦い。「金」と「セックス」の栄光をもとめて、最後に笑う者はいったい誰か?黒色テント「ブレヒトルネッサンス」第一弾。
1人のキャストとその日の観客から1人を舞台上に招き、介護する/されることを舞台上に再現した『ツァイトゲーバー』、事前に村川から送られてきた手紙(指示書)に沿って舞台上の出演者が動く『エヴェレットゴーストラインズ』など、ドキュメンタリーの手法を用いながら表現の前提を揺さぶり、同時に生のリアルを追求する村川拓也。今回村川がリサーチの過程で注目したのは、文化会館で数多く開催される「ピアノ発表会」。そこに
若き天才科学者たちが集められ、世界的な先進技術を研究する、とある電気機器メーカーの研究所。科学者たちは今、ヒト型のロボットを製造するというテーマに没頭していた。しかし、そこで生まれたいくつかの最先端技術は、アメリカの国防省に売られていたのだった……ずば抜けた頭脳と、子供のような純真で傷つきやすい精神を持つ、若き科学者たちの青春グラフティ。稽古場でのエチュードを重ねて創られた異色作。
芸劇eyes
そこは隅田川の辺り。松尾芭蕉が、弟子を伴ってまさに旅に出立しようとしている。のちに『おくのほそ道』と題されるその旅は、舟の出航の遅れによって未だ始まっていない。舟を待つ芭蕉たちが出会うのは、ロボットの少年や正体不明の女。彼女らと過ごすうちにやがて立ち現れるのは、ある哀しい真実で—。『隅田川』『井筒』という、『伊勢物語』を媒介として接続される二つの謡曲をポリリズム的に併置した現代の会話劇。
劇場演劇部
わたしは毎日いつ友達が出来てもいいように手紙を持ち歩いていて、どこかふとしたタイミングにそのような、よい関係になってよさそうな人が見つかれば、そして、もし仲良くなれたなら、その日の帰り際にこれを渡す。いつかできる友達との、いつか来る別れにむけて、あらかじめ書いた手紙。それは「さようなら」から始まりたいから。宮古市唯一の高校演劇部が今年も開幕。部員は2人だけ、初対面。二人にしかできないこと、二人だか
作品概要ノルウェーの文豪・イプセンが1882年に書いた大作「民衆の敵」。圧倒的多数の民意が一つの正義を圧し潰す。世論に抗い、多数派を否定し、科学的事実に基づき、独り闘う医師の姿を滑稽なまでに誇張して描いたこの作品を、斎藤歩の新演出と音楽、イデビアン・クルーの井手茂太を振付に迎え、ジョブキタ北八劇場で上演します。
地震により電車が山の中腹で止まり、徒歩での移動をする長い行列。次の駅は鉄橋の先にある都会。前の駅は山奥の過疎化した元新興住宅地。人々はいずれかに向かう。小さな劇団を主宰している大学の先生と、若い妻。その妻が介抱する女は、足を捻挫した中学教師の女。彼女は元新興住宅地で起こした不倫による狭い世間の攻めから逃れ、都会に行く決心をして電車に乗ったという。そこに先生を恋い慕い、妻から奪うべく密かに電車に乗り
少し未来のとある国の話。徐々に下がる婚姻率に危機感を覚えた政府は「互助・共助のための結婚法」を立案、施行しようとする。それは、性別や人数、恋愛関係の有無に関わらず、ケア関係にある人間たちが「結婚」できることになる法律だった。家制度や恋愛から解き放たれた「結婚」はより多くの人生を生きる方へ導くのか。シェイクスピア『夏の夜の夢』と同じ名を持つ登場人物たちで語られる「結婚」についての物語。
建築家の中西義照氏・住まい方アドバイザーの中西千恵氏のご夫妻が作・出演、THEATRE E9 KYOTO芸術監督のあごうさとしが演出する演劇公演。とある土地での家の妄想──。子どもが独立した後、プロの建築家が新たに家を建てるとしたらどんな建築が描かれるのか。その実際の建築計画、プロセスを演劇作品として上演。
「極私的」という言葉を発明した快快の恩師、詩人・鈴木志郎康を原作にした舞台です。快快がフラットな関係で共同制作を続けているのも、瑣末な事にこだわるのも、彼の影響かもしれません。彼の詩にはとにかく、ごちゃごちゃと自身の日々のことが書かれます。詩がそのまま本人です。なので、鈴木志郎康を原作にする=鈴木志郎康という人を原作にする、といえます。その詩人は、かっこつけず/リラックスしすぎず/適度に緊張し/頭
かつて庶民の希望であり、羨望の的だった「大衆演劇」移り変わる時代に翻弄され衰退する一座。その楽屋から漏れる光と影...そして夢。人情・縁...人生。数々の名台詞が、舞い散る雪のように降り積もる。女座長・中村梅子一座は、人気の老舗大衆演劇一座だった。しかし時代はまさに戦後の娯楽ブーム。役者は次々と去り、わずかに残った役者にも不平不満が渦を巻く。問題山積みの一座を救おうと、座長が運命をかけて演じた一世
主人公の男が押入れの奥から、昔よく履いていたズボンを見つけたことから始まる。それをコインランドリーの洗濯機に入れた所で、後ろのポケットに、何か大事なものを入れていたことを思い出す。ズボンは見当たらず、代わりに「あなたの過去を上演したいので、上演許可を!!」という、演劇部の女子高生たちが登場?!それを契機に「ラブレターを返して」と迫る昔の彼女など、彼の忘れたい過去が、記憶の渦の中から次々と現れて…。
せんがわ劇場の客席と舞台との距離や空気の層に、霧の立ち込めるような鬱蒼さを感じました。さらに、強固な空間には根を張ったような印象を。これまでは、ぎゅうぎゅうとした生活圏内で人と距離を取ること、取らないこと、あるいは取れないことを多く考えてきたように思います。今作のモチーフは森です。他者だけではない広い外部の世界に、どのように自分を置くのでしょう。
コンセプト:今作は「遺体安置施設(遺体ホテル)」を舞台にした物語。⾼齢化社会が進み多死社会を迎えた日本において、この時代だからこそ⽣まれた場所にフォーカスを当て【いま】を切り取り描く。あらすじ:ある住宅街で、自治体による遺体ホテルの運営が始まった。現在もなお、職員と施設に反対する近隣住民の間で、侃侃諤諤の論争が繰り広げられている。そんなある日、1 体の遺体の行方がわからなくなって…。