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(フライヤーより)舞踏から出発し優しく過激な新しいDANCEを求めて活動する注目のUNO=MAN。今回の新作ではおとぎの国の裏話とでも呼べそうな不思議なメルヘンを描きます。
振付家のジェローム・ベルと、タイ伝統舞踊家のピチェ・クランチェンが芸術的実践について互いに問い掛け合い検証する舞台『ピチェ・クランチェンと私』のアイデアをトレースする。舞台芸術の新たな価値を直向きに探究する[小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク]。演劇を通じて、人間と世界の虚実入り混じった仕組みを表現するユニット[サンプル]を主宰する劇作家・演出家・俳優の松井周。出自、創造性、世代など、あらゆ
(フライヤーより)むかし、北の国の沼のほとりに、つるの母子がすんでいました。ある日、母つるは、巣立ちの日の近い子つるを残して、餌をとりに出かけて行きます。そのすきをねらって、山のふもとの狩人二人が現われ、子つるをさらって行ってしまいます。都の大臣さまの命令をうけてやってきたのです。やがて巣にもどってきた母つるは、そのあたりの様子から、子つるがさらわれたことを知り、半狂乱になって、子つるを探しにとび
1936年から1945年までをドイツで過ごし、マリー・ヴィグマン、ルドルフ・フォン・ラバンに師事した邦正美が、語りと実演とでモダンダンスとはなにか歴史的に俯瞰する形でわかりやすく紐解く。邦舞踊研究所の所員による実演は原始時代の踊りから世界のモダンダンサー達の踊りまでを含み、邦がドイツで学び日本で完成させた舞踊のための身体作りの基礎「舞踊身体育成法」や、代表作「黄色い時間」から<最後のカテゴリー>と
折口信夫の「死者の書」を2017年に邦楽作品化し、2023年に松本幸四郎と尾上紫によって舞踊が付けられ「今藤政太郎作品演奏会」にて上演した。「した した」と始まる折口の「死者の書」のことばの音楽性を実際の音楽に結実させ、更に国立小劇場の劇場機構を十二分に使い、音楽作品でありながら舞踊作品また劇場上演作品として三位一体を実現した。今藤政太郎と織田紘二による解説付き。
日本伝統文化振興財団創立25周年記念公演
日本伝統文化振興財団創立25周年を記念し、歴代の日本伝統文化振興財団賞受賞者のなかから19名が参加して開催された。平成30年度(第73回)文化庁芸術祭協賛公演。プレゼンター 野川美穂子(東京藝術大学音楽学部講師)狂言「柿山伏」 シテ(山伏) 山本泰太郎 アド(柿主) 山本則孝琉球舞踊「かせかけ」 (古典女踊「綛カシ掛カケ」) 舞踊 佐辺良和 (地謡)歌・三線 仲村逸夫 箏 池間北
(フライヤーより抜粋)「リトル博士」は、動物の言葉をなんでも喋れる動物学者。世界中に旅をして、いろんな動物たちと話をしてきました。そんなリトル博士のところに、日本の小学生から一通の手紙が届きます。
シェイクスピアの恋愛悲劇『ロミオとジュリエット』とプロコフィエフの音楽をもとにした、金森穣創作の劇的舞踊『ROMEO&JULIETS』。Noismの舞踊家に加えてSPAC-静岡県舞台芸術センターの俳優が出演。舞踊家達の雄弁な身体と旋律のように言葉を操る俳優の身体が、対峙しながらも重層的に鳴り響く。その先に現れるのは、舞踊でも演劇でもない「劇的舞踊」でしか描けない“ロミオとジュリエットたち”の物語。
(フライヤーより抜粋)「リトル博士」は、動物の言葉をなんでも喋れる動物学者。世界中に旅をして、いろんな動物たちと話をしてきました。そんなリトル博士のところに、日本の小学生から一通の手紙が届きます。
Noism設立15周年記念作品。「Fratres」とはA.ペルトの同名楽曲のタイトルであり、ラテン語で親族、兄弟、同士を意味している。他者との関わりが先鋭的に希薄になりつつある現代社会において、同士を求め、集団活動を標榜する舞踊団として、本作品を発表することは、創作及びその実演によって“その意味するところ”を“集団的に”見出すためである。その祈り、その儀式こそが本作品の主題である。
旧約聖書に登場する「バベルの塔」では同じ言葉を話す人々が知恵を出し合い、人類が団結できる一つの象徴 "ジッグラト"(高い塔)を皆でつくろうと語られている。だが、完成間近になると、雲の上から大きな力が降り注ぎ、一つだった言語がバラバラとなる。意思疎通が出来なくなった人々は、世界各地に離散し、今の世界が出来上がっていったそう。そんな物語を和楽器、舞踊、演劇を使って再創造する。
(フライヤーより)二千年の時を経て洗練され磨き抜かれた心身統合の叡智なる舞踊。
ワハハ本舗全体公演
この公演企画としては、シェイクスピア劇専門の旅一座として結成された「青空シェイクスピア座」が、紆余曲折を経て、殿堂のグローブ座で公演が打てるようになった物語を、漫才やダンスやパフォーマンスを劇中劇にふんだんに盛り込みショースタイルありの構成で、一座の奮闘劇を描いた作品です。シェイクスピア作品のタイトルや登場人物をモチーフにワハハ本舗ならではの表現スタイルが楽しめます。
<輝かしき開拓者> 一世の開拓者の日に焼けたたくましい体、鋭いまなざし、白い髭、これまで見たことがない人間の姿に出会ってまるで優れた芸術作品を目の当たりにしたようだと衝撃を受け、その労働者たちの美しい働く姿を活かした作品を創作した。<よろこびの歌> 弓場農場へ到着した時の感動を小原明子がナレーションで語り、続けて「太陽が暑いから」「ヤマの仲間達」「よろこびの歌」とヤマ(弓場農場の通称)のテーマ曲(
本作は、芥川龍之介の短編小説「桃太郎」(1924年発表)を基に、伝統舞踊の視点からこの物語を舞台空間作品として再解釈する試みです。鬼たちが持っていた架空の伝統舞踊を創作し、舞踊の継承と断絶を可視化することで、文化や身体表現の在り方を問いかけます。
歌舞伎ミュージカル
井原西鶴原作の浮世絵草子を知念正文が構成脚色。身を焦がす恋に命を燃やした美しい五人の女たちを歌う舞姫、石丸有里子が見事に演じ分ける。人形振り、ひきぬき、けれん……など、あらゆる歌舞伎の手法を駆使し、日舞はもちろん洋舞、アクロバットダンス、三味線の生演奏、肉体でみせる桜の踊り、火の踊り、舞扇の群舞と、盛りだくさんのエンターテイメント作品。
『夏の名残のバラ』は、金森穣が、舞踊家として円熟期を迎えた井関佐和子の在り方にインスピレーションを受けて生まれた作品。2019年「森優貴/金森穣 Double Bill」にて『シネマトダンス―3つの小品』の中の1作品として初演。舞踊家とは如何なる存在か。そして舞踊家が齢を重ねるとは如何なることか。舞踊家の生き様をご覧ください。
ダンス、音楽、演劇、ミュージカル、そして降り注ぐ言葉のコラボレーション…多様な表現方法のコラージュで、あなたの“感覚”に触れるManhattan96 Revue第5弾!何を考えているのかちっともわからない隣人である「植物」をモチーフに、「想像力」について考え、現代をレビューします。夢の果てから時間の向こう、はたまた心の裏表まで、滑稽で愛おしい世界の姿を想像する、自由な旅のはじまり。
邦正美は1964年にカリフォルニア州立大学フラトン校の演劇学科准教授に就任、後に舞踊学科を創設し、学科長を務めた。邦の舞踊教育は全人的成長を促すことを主眼とし、学生達が「踊りの道具」となることなく、踊りを通して創造性を育むことを旨としていた。「カルミナ・ブラーナ」は1966年11月に邦が4場面を振付けたものの再演。「Eternal Now」は「カルミナ・ブラーナ」と共に66年11月に上演された作品
Baobab Re:born project
国内外のさまざまなフェスティバルに参加し、数多くの単独公演を開催するなど、注目を集めてきたダンスカンパニーBaobabの真骨頂的レパートリー作品を映像化。映像のはじめから中盤にかけてはドキュメンタリーテイストの内容で、団体を主宰する北尾亘と演者のダンスにかける想いを紐解いていく。後半パートでは閑散とした羽田空港のロビーを舞台に、既存のジャンルに捉われない、リズミカルで独特な躍動感のある群舞が繰り広
真の平和への願望に〈自転〉の着想があり、人間の生命力を尊く、愛おしいと思う心で創作された。男でも女でもない、ニュートラルなものとしての<人間>の群れ。危機にのぞんだとき、不死鳥のように底力を出して生きる人間。前進、安らぎ、喜怒哀楽、危機、痛みを経て、また前進するという場面を通じて人間の群れにひそむ尊い力をみつめ、自転する人間の姿を踊る。1967年11月初演。
生きながら死んでいる少女は無数に散りばめられたパラソルに紛れ乱舞する…… パラソルは、いつしか真紅の曼珠沙華になりカラカラと風になく風車に…… 十一面観音にみとられ、少女は湖底に横たわり、虚空には夜の月がのぼる。──月をめぐり、くりひろげられる少女と青年の混沌への道行き。形体(フォルム)と混沌(カオス)の本質的な出会いをめざす折田克子のダイナミックな豊穣の世界。
(フライヤーより)見慣れたはずのものが未知のものに感じられ見た事ある風景が見た事がない風景に変わるときそれがJamais VU(ジャメビュ)それがダンス
(フライヤーより)異文化の対峙と交流!日本人作曲家がシャーマニズムを主題に作曲し、フランス人たちが舞台化するサウンドスケープ。
橋浦勇によるダンス公演。ジャンルの垣根を越え、異なるダンスの融合を図った実験的な企画として、1986年2月にダンス・アト・ザ・ギャザリング第1回目「グリムふぁんたじあ」が青山円形劇場で開催されたが、本公演はその第2回目。青山劇場ではミュージカルや演劇など比較的観客規模の大きい公演が上演されている一方、青山円形劇場では実験的な公演が多く開催されており、ダンス・アト・ザ・ギャザリングもそうした企画のひ
モーリス・ベジャールに招聘されて渡欧した泉勝志がヨーロッパで活躍後帰国し、初めて発表した作品。サポーターにトゥシューズというスタイルを本作品で確立した。泉は自らが見た夢を数多くの絵画に残していたが、イメージのコラージュが溢れ出る作品となっている。
多摩美シアタープロジェクト びびび vol.1
上演芸術の最前線で活躍するアーティストでもある教員と学生によるカンパニーが始動!舞台はアートマーザーの邸、寝室。約束の雨の夜、アートマーザーの一族が集結する。一族は皆、芸術家。アートマーザーは芸術的に眠ることを望んでいる。一族は協力しながら、歌ったりお話を聞かせたりして、アートマーザーを芸術的に眠らせなければならない。アートマーザーを納得させる大人守唄を一族は生み出せるのか━。
十数年ぶりに故郷に戻ってきた女性。「変わらないようで、変わっている」風景を眺めているうち、幼少期の自分に出会う。不思議と鮮明な彼女との出会いは、女性の今後を好転させるきっかけとなった。景色を眺め、思い出しているようで、思い出せていない。「私、小さい頃、タイムスリップ、した。」
ダンスオーラルヒストリー
古い舞踊記録映像を見ながら、直接の関係者が体験を語るダンスオーラルヒストリー。本作では、1951年から邦正美に師事し、1959年に独立して札幌市に舞踊研究所を開設、その後、94歳の今(2026年1月)に至るまで現役の創作舞踊家として作品を発表し続けている能藤玲子が、邦の代表作「黄色い時間」について語る。邦が指導した「舞踊身体育成法」の内容や、作品創作に関わる邦の姿勢など、直接指導を受けた者ならでは
(フライヤーより)心ウキウキ・心あったか・とびっきり楽しいエンターテイメント・メルヘンの、今年のお・は・な・しは?―プリンさんの住む街にまたまた事件が起こった!「あやつり時計」がぬすまれたのだ。こりゃ大変だァ!犯人は……謎の忍者、くの一カゲロウか?いやいや、ご存知、日本一の大泥棒、忍者の猿飛ゴンスケだ!そこで、トンガリぼうしの魔法つかいのプリンさんと、ボクらの味方、服部ヤルゾウ、そして、こども達が
本作品は1967年に寺山修司が主宰する演劇実験室「天井棧敷」の旗上げ公演として上演されました。寺山作品初期に見られる母子の愛憎、寺山自身と母との確執をモデルに描いた作品となっています。B機関は演劇と舞踏の融合を目的として舞踏家の点滅が2016年から2023年まで主宰した演劇舞踏ユニットです。本作品は2017年に上演されたその第二回公演となっております。
エリック・サティの「梨の形をした3つの小品」を使用し、口をあけて食べる仕草を振付に入れながらも絵画的でロマンティックな作品に仕上げている。
空の下で生まれ、空と共に生きていること、そして空の中へ死んでいくこと、逞しく 軽やかに、そこはかとなく、一瞬一瞬がここにあることを願いながら生まれてきた踊りの物語。岡登志子と垣尾優による共同制作。
(フライヤーより)世界の先駆的なコンテンポラリーダンスの関係者が2年に一度集う、ダンスビエンナーレ。その第1回を2002年夏に開催します。文化によるにぎわいの場を創造し、世界のダンスの動向や潮流を知り、ネットワークを広げ、ダンスや演劇の文化的土俵をさらに豊かにしたいと考えます。
コロナリポート
Sign:忙しなく動き続ける体と、短時間に凝縮した数多くの身振りで構成された10分間のダンス。振付を覚え練習することで、コロナ禍の滞留した時間を前に進めることを目的に制作された。Out:neji&co.のプロジェクト最終作。俳優によって上演されるテキストを用いた作品。2020~2023年を振り返りながら、過去から現在を通過した未来まで、私たちの生の「外」にある時間を想像する。
「地球には重力があるらしいんよ」フクダカズコ...1982年、愛媛県松山市で元同僚ホステスを殺害。犯行後、5459日間に及ぶ整形逃亡劇を繰り広げ、1997年、公訴時効成立21日前に逮捕された女。決して実録ではない。地球という檻に幽閉された女の実存が、重力の中を彷徨い、戯れ、抗い、逃亡を図る。東京・下北沢の小劇場B1にて2021年初演の『ビコーズカズコーズ』を大幅に再構築し、生まれ変わった<完全版>
80年代から作りためた小品をゴツゴツと並べたものを「ダンス☆ショー」と呼んできた。懐かしきリーダース・ダイジェストの通販で購入されたレコードを発見したことからまずは始まる。昭和の音楽が明るく単純な編曲で嬉々と演奏されていた。わたしは捻って捻り過ぎる癖があるので単純で明るい疑いのなさに圧倒される。単純で一本槍なダンス。凝らずにお遊戯のような動きで組み立てた小品の粒。初演新たな小品も織り混ぜてゴツゴツ
舞踊公演
歴史的な文脈を踏まえつつ、斬新な切り口で歌舞伎作品を現代化してみせる木ノ下歌舞伎。本作『娘道成寺』は、2008年に『三番叟/娘道成寺』の二本立てで初演し、2012年に30分に短縮した長唄音源を用いて初上演。その後、2017年には長唄の録音音源をほぼ全曲使用した60分のフルヴァージョンとして再創作し、再演を重ねるたびに進化してきました。演出・振付・出演は、きたまり。長唄を基に、背景や心情から、演目そ
柿崎麻莉子、小暮香帆、中村蓉の3名からなる「MOSA」による若手育成の「月面着陸プロジェクト」における前半期のまとめとして、2022年1月以降に開催してきた3回のショーイング(絵本を題材にした「穴のあいた人たち」、様々な場・音楽との「即興」、演技に挑戦する「工藤祐次郎を踊る」)など、これまでに取り組んできた演目からの抜粋シーンを「総集編」として上演した。同時に、MOSAによる新作も発表。本映像では
伝統舞踊である日本舞踊でもコンテンポラリー・ダンスの要素を取り入れる試みなどは行われてきたが、表層的な混合に終わることが多かった。例外的に二代目花柳壽應は、正統の日本舞踊を修めながら、モーリス・ベジャールの『ザ・カブキ』のアドバイザーを務めるなど、コンテンポラリー・ダンスにも造詣が深く数々の成果をあげてきた。今回の「ボレロ」の振付は、壽應の弟子として古典舞踊と創作舞踊の両面で薫陶を受けてきた花柳源
結成20周年記念公演。2002年原美術館以来の野外公演。
(フライヤーより)現代の社会に生きる私たちは、様々な技術の発展により、世界中で情報を瞬時に共有することができる豊かさを享受しています。しかし、その一方で、技術を持つ者と持たない者の間に格差が生じ、その格差は、民族や国家、人権や性、富める者と貧しき者の間に、争いをも生み出しています。ダンスも例外ではありません。ここ20~30年間で、世界中がダンスを共有し、その境界はたやすく超えられたかに見えますが、
生まれて死ぬ。根源的な営みのダンス踊りの原初的な衝動や身体と結びつくような黒田育世振付による作品創造を中心に、2002年「旧バニョレ国際振付賞」横浜プラットフォームでの《ナショナル協議員賞》受賞をきっかけに活動を本格化したカンパニー。2017年初演『THE RELIGION OF BIRDS』は、チベットに伝えられる経典「鳥の仏教」をベースとしている。食べる、生きる、死ぬ……鳥たちによる祈りと魂の
タビネズミは異常発生が起こると集団で移動し、時に河などで大量死するという。これは繁殖を適正に調整する淘汰の一種との説をも生み、人類の文化史観に影響を与えている。作品はタビネズミにおける死の舞踏を描く。異常発生の中、突如、舞踏狂が巻き起こる。盲目のネズミ(若松)を除く全群が乱舞し、嬉々として川に飛び込み溺死する。佇む盲目のネズミ。一転、人間に変身。場面は街角。傍らを、幼児の手をひく妊婦が通り過ぎる。
折田克子がギリシアメテオラの真っ赤な月を見た際にインスピレーションを受け、創作したソロ作品。針で突き刺すとプシュットはじけそうな真っ赤な月。月の光を通し陰と陽、妖精性から妖艶さ、多様な女性像、宇宙観、生死感、無、等、様々な要素を凝縮させた舞踊作品。作者独自のボディテクニック、間、呼吸等、時に音楽を奏でるような間合い、音楽性は、石井獏そして石井みどりのリトミックの技法が基にあり、折田克子の独自の世界
泉勝志が折田克子に振付けたソロ作品。泉は折田のエモーショナルでウエットでリリカルな自己の感情を主観的、情緒的に表現する能力を見事に引き出した作品に仕上げた。
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ON LINEシアター
コロナ禍のロックダウン中、メルボルン在住のゆみうみうまれと映像作家・近藤武が制作した作品。出雲の阿国に着想を得て、歴史に埋もれた女性像を「茶碗」に見立て、さまざまなお茶を通して物語が展開する。ダン・ウエストのオリジナル音楽に只野徳子の三味線も加わり、2022年には『Buried Tea Bowl - OKUNI』として舞台化もされた。撮影は観客のいない能楽堂や劇場、メルボルンのうみうまれ・自宅など
(フライヤーより)アメリカからヨーロッパへと発信されたダンスは、いま様々な国で受信されて同時多発な演舞をはじめた。まるで21世紀のダンスシーンを予感させるように‥‥‥…。この〈DANCE SESSION 21〉の新シリーズも受信だけではなく、21世紀へ向けてダンスの発信基地にもなるべく、内外の若い振付家に開放された基地です。世界のダンス・コレオグラファーがその素晴らしい出会いを求めて集う「バニョレ
「カルメン」のオペラ台本はメリメの原作とは大きく異なる。メリメはドラマの外部に視点(旅する学者)を置いているのである。私はその語り部に重点を置き、語られた物語の"物語"として、他に類を見ない、唯一無二のNoism版「カルメン」を創作したいと思う。(金森穣)
Noism0+Noism1 ディアギレフ生誕150周年
「東西文化の融合」を20年来のテーマとしている金森穣が、オペラ『蝶々夫人』に影響を与えたともいえるピエール・ロティの小説『お菊さん』をもとに新たに台本を書き起こした上で振付。ストラヴィンスキーの「結婚」で踊る舞踊家たちは全員人形として描かれ、ロティが描写(蔑視)する日本人を隠喩している。Noism×鼓童「鬼」と同時上演され、本作品も「鬼」をテーマとしている。
東京芸術祭2022 芸劇オータムセレクション
現代社会におけるコミュニケーションの諸問題を独自の手法で描き出す劇作家・山本卓卓のテキストと、老若男女から電車や犬に至るまで25役を巧みに踊り演じ分けるダンサー・北尾亘の身体がコラボレート。国内外を旅して再演を続ける、演劇×ダンスの異色傑作。
てのひらをしたへ向ければ我が下あり手の甲は自由にならぬところかななか指にしばらく水を飲ませけり俳人 阿部青鞋は体の部分を詠みこんだ句を多く残している。五七五の形で保存された言葉は踊られる日を密かに期待し、じっと待っていたかのようだった。詩によって体を日常との膠着状態から引き剥がし、改めて眺めてみる。青鞋の句を五十句、ダンススコアとして構成し踊るデュオダンス作品。
「鏡の中の鏡」は私と佐和子のための作品です。1人の男と1人の女が互いの心の深淵を覗き込み、その普遍性に辿り着くことで再び出会う事るそれは互いの裡なるアニマとアニムス(ユング心理学における裡なる女性と男性)と出会うという事です。(金森穣)
「Peoples‘ Inn~甦る人間」をテーマに、第1部「ケッチ・ヨール街」、第2部「Patch UP!」、第3部「死への式次第」の3部構成。「ケッチ・ヨール街」は1962年に初演、原案・構成を池宮信夫が担当した作品の再演。「ケッチ」、「ヨール」と呼ばれるヨットのイメージを架空の街にたとえ、生命と情熱を謳う。「Patch UP!」は当時のCMナレーションなどを使った作品。「死への式次第」は人類滅亡
Noism0+Noism1
新潟を拠点に世界へ向けて創作と発信を続ける2つの芸術集団による初の共演。作曲家・原田敬子の「鬼」をテーマにした楽曲に、金森穣が創作した“新潟をテーマにした作品”。鬼伝説の由来を金工師、鉱山の歴史との関係から考察する1冊の研究書から、鬼=鉱山=佐渡(新潟)がつながり、佐渡に初めて遊郭を開いたとされる清音尼、役行者、そして「鬼」という3つのキーワードに基づいて音楽的インスピレーションから創作。
1996年ACC日米芸術交流プログラムによりニューヨークに滞在していた36歳の川村毅は、リチャード・フォアマン(1937年ニューヨーク生まれ)率いるオントロジカル・ヒステリック・シアターOntological-Hysteric Theaterの本拠地セント・マークス・チャーチにて、フォアマン作・演出による新作の創作過程の見学をゆるされ、開幕まで立ち会った。その新作『パーマネント・ブレイン・ダメージ
新進気鋭の男性舞踊家・組踊役者・音楽家が見せる奏でるアンサンブル。人気の若手琉球芸能家が一堂に会し、沖縄伝統芸能の「いま」に迫ります。第1部 華の男芸~男性舞踊家による琉球舞踊~【幕開け】古典音楽斉唱【若衆踊】若衆(わかしゅ)ぜい/金城真次、玉城匠【女踊】伊野波節(ぬふぁぶし)/東江裕吉【二才踊】高平良万歳(たかでーらまんざい)/玉城盛義【雑踊】むんじゅる/新垣悟【創作舞踊】舟はじ囃し(べーし)/
南の島。波の音・・・恋人同士の歌「トバリャーマが聞こえてくる。いよいよ女座長率いる旅の一座の幕が開く。突然眠りかけていた「あの時代」が呼び覚まされる・・・「いちゃりばちょうでー」とは出会えば皆兄弟、仲良し主義の意味。島の言葉だ。「アンマー達のカチャーシー」「朝未来」「風のユンタ」など沖縄を舞台にした作品を東演のために紡いできた謝名元慶福氏。92年の「アンマー達のロックンロール」以来の新作書き下ろし
コロナリポート
パフォーマーの入退場、音響や照明の変化などの舞台作品における様々な行為のきっかけ・手掛かり・合図を「キュー」と言う。Go To/Stay Home、緊急事態宣言発令/解除等、反復し持続する現在の「外」に出ることを体で試みるダンス作品。2021年初演。コロナリポート三部作『Sign』『Cue』『Out』。