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南の島。波の音・・・恋人同士の歌「トバリャーマが聞こえてくる。いよいよ女座長率いる旅の一座の幕が開く。突然眠りかけていた「あの時代」が呼び覚まされる・・・「いちゃりばちょうでー」とは出会えば皆兄弟、仲良し主義の意味。島の言葉だ。「アンマー達のカチャーシー」「朝未来」「風のユンタ」など沖縄を舞台にした作品を東演のために紡いできた謝名元慶福氏。92年の「アンマー達のロックンロール」以来の新作書き下ろし
若手バレエダンサーを中心とした著名ガラ公演の第4回目。4回目の開催となり、本バレエフェスティバルは東京の夏の風物詩としてバレエ関係者の間で定着した。1989年1月末に第17回ローザンヌ国際バレエコンクールが青山劇場で開催されたことを受け、第4回青山バレエフェスティバルでは同コンクール上位入賞者6名が「1989年ローザンヌ国際バレエコンクール開催記念特別プログラム」を踊った。1989年のローザンヌ国
結成20周年記念公演。2002年原美術館以来の野外公演。
夕日を浴びて畑から馬車に乗って帰宅する少女たち、威勢よく滑走するたくましい少女たちの姿に感動とインスピレーションを受けた作品。1961年にユバ農場に入植した小原明子が弓場農場で創作した最初の踊り。
(フライヤーより)東京・青山円形劇場とソウル・シアターゼロが日韓アーティストの芸術交流の場として共同制作し、参加アーティストはソウルと東京で連続上演している。2007年は青山円形劇場に先立ち、同プログラムをソウル・メリーホールにおいてAプロ9月12日(水)/Bプロ9月14日(金)/Cプロ9月16日(日)の日程で開催。
本作品は1967年に寺山修司が主宰する演劇実験室「天井棧敷」の旗上げ公演として上演されました。寺山作品初期に見られる母子の愛憎、寺山自身と母との確執をモデルに描いた作品となっています。B機関は演劇と舞踏の融合を目的として舞踏家の点滅が2016年から2023年まで主宰した演劇舞踏ユニットです。本作品は2017年に上演されたその第二回公演となっております。
シェイクスピアの恋愛悲劇『ロミオとジュリエット』とプロコフィエフの音楽をもとにした、金森穣創作の劇的舞踊『ROMEO&JULIETS』。Noismの舞踊家に加えてSPAC-静岡県舞台芸術センターの俳優が出演。舞踊家達の雄弁な身体と旋律のように言葉を操る俳優の身体が、対峙しながらも重層的に鳴り響く。その先に現れるのは、舞踊でも演劇でもない「劇的舞踊」でしか描けない“ロミオとジュリエットたち”の物語。
風に色があるか否かは知らないがうつろう風のなかには、確かにそれぞれの景色が棲んでいる。風の景色を見た時から人は踊りを知る。しあわせなことに景色を見たのが、少年の頃であれば、少年は必ずダンサーになる。だが不幸なことに、知らなければ何事もなく終わってしまったであろう人生のなかばで風の景色を知ってしまった人は哀しい。
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本作は、芥川龍之介の短編小説「桃太郎」(1924年発表)を基に、伝統舞踊の視点からこの物語を舞台空間作品として再解釈する試みです。鬼たちが持っていた架空の伝統舞踊を創作し、舞踊の継承と断絶を可視化することで、文化や身体表現の在り方を問いかけます。
「地球には重力があるらしいんよ」フクダカズコ...1982年、愛媛県松山市で元同僚ホステスを殺害。犯行後、5459日間に及ぶ整形逃亡劇を繰り広げ、1997年、公訴時効成立21日前に逮捕された女。決して実録ではない。地球という檻に幽閉された女の実存が、重力の中を彷徨い、戯れ、抗い、逃亡を図る。東京・下北沢の小劇場B1にて2021年初演の『ビコーズカズコーズ』を大幅に再構築し、生まれ変わった<完全版>
"稽古場で、舞踊家たちがバーに捕まって稽古をしている。するとある刹那、一人の女性舞踊家が自らの指先に過ぎた日々の断片を見る。それは20年という歳月に彼女が乗り越えてきた苦悩であり、分かち合ってきた喜びであり、受け入れ、その身に刻んできた舞踊への愛である"(『Amomentof』)、”黄昏時に、白い舞台の上で、白装束の集団(ある民族)によって儀式が営まれている。それは人間とは何かを忘却せぬために、巡
明治ニ十六年に、九世市川團十郎により初演された歌舞伎舞踊。大奥のお鏡曳きの余興に、小姓弥生が手獅子を持って踊るうち、獅子の精が乗移り、獅子の狂いになるさまを描きます。前半では、石橋の物語を中心に、川崎音頭、飛騨踊、二枚扇の踊りを経て、手に持った獅子頭に引かれての花道の引っ込みなど、後半では胡蝶の精をあしらって長い毛を振る豪快な「狂い」「髪洗い」などが見どころとなっています。
「オノマトペ(擬音語・擬態語)」とは、短く簡潔に伝わりやすい感覚的な音と言葉の間のような存在。そんなかわいくてマンガ的なオノマトペが溢れる世界で、身体と言葉を使って多角的な視点から様々な表現方法で遊びます。ダンスにコントに即興での客席との共同作業に。ユーモラスな発想のオムニバスから一転、戦争の愚かさとその後に生まれる人々の希望も描きます。オノマトペを使った教育利用普及も視野に入れた画期的な作品です
1982年11月に実施された白虎社のインドネシアツアー記録。ジャカルタ、バンドン、ソロ、ジョグジャカルタ、バリ島で「秘鳴の森」を上演した。ガムランやレゴンダンスなど地元のアーティストとのコラボレーションも行い、音楽は松尾泰伸が巡行先の音楽家と共同作業した。このドキュメントでは公演準備や公演映像の他、バリ舞踊を踊る少女達など現地の人々の様子も収録、加えて大須賀勇の解説も挿入されており、白虎社の求めて
石井みどりの初期の作品に「ひめゆりの塔」があるが、時を経て直接的な表現から抽象的な表現に昇華させた作品が「魂魄」。フォーレのレクイエムを使用した鎮魂の舞で、戦争の悲惨さを憂い、また人々を踊りや音楽で癒したい気持ちが強く表れた作品である。
ダンスの歴史にフォーカスをすることでダンスの「継承」と「再構築」の2つの視座からプログラムを構成した公演「ダンスの系譜学」で発表された酒井はな出演の2作品。(共同製作:Dance Base Yokohama、愛知県芸術劇場。2021年10月に愛知県芸術劇場にて初演)世界中のバレエダンサーが踊り続けてきたフォーキン原作による『瀕死の白鳥』を、日本を代表するダンサーの酒井はなが、演劇作家の岡田利規と取
パッヘルベルのカノンに振付けた群舞。空間に広がりのある振付に時折印象的な仕草が混ざり、裸足の少女達の戯れが清々しい。音楽を伴奏として扱うことなく音楽と溶け合うような一体感のある作品である。
Noism設立15周年記念作品。「Fratres」とはA.ペルトの同名楽曲のタイトルであり、ラテン語で親族、兄弟、同士を意味している。他者との関わりが先鋭的に希薄になりつつある現代社会において、同士を求め、集団活動を標榜する舞踊団として、本作品を発表することは、創作及びその実演によって“その意味するところ”を“集団的に”見出すためである。その祈り、その儀式こそが本作品の主題である。
(フライヤーより)トンガリぼうしの魔法つかい、プリンさんのもとに、アメリカのチャックとサリーからSOS⁉「お願い、すぐにアメリカに来て!」二人の住む町で、凶悪な銀行強盗ビリー・ザ・キャットがあばれまわっているのだ。チャックは「拳銃を持たせればアメリカで一番」と評判のブルドッグ・ホリディに弟子入り。ビリーと決闘だ!場所は、町はずれのサボテン牧場。はたしてチャックはビリーに勝てるだろうか。心配するパパ
一粒萬倍 五穀豊穣の物語
コンセプト・五穀豊穣への感謝と祈り。物語:古事記で最初に姿を現した独神・アメノミナカヌシが、混沌とした現代に再び姿を現し、八百万の神の世界の扉を開き、いにしえの物語を蘇らせる。物語は、伊邪那岐、伊邪那美の国生み、黄泉の国、三貴神の誕生、スサノオの高天原での大暴れと岩戸開き、五穀の種の誕生へと続いていく。食の神・大宜津比売の御心が宿った五穀の種は人間社会に五穀豊穣の恵みをもたらすのだった。
橋浦勇によるダンス公演。ジャンルの垣根を越え、異なるダンスの融合を図った実験的な企画として、1986年2月にダンス・アト・ザ・ギャザリング第1回目「グリムふぁんたじあ」が青山円形劇場で開催されたが、本公演はその第2回目。青山劇場ではミュージカルや演劇など比較的観客規模の大きい公演が上演されている一方、青山円形劇場では実験的な公演が多く開催されており、ダンス・アト・ザ・ギャザリングもそうした企画のひ
あかちゃんとおとなのための舞台芸術ベイビー能シアター
金剛流能楽師として活動している田中春奈氏を迎え、現代演劇の分野で活動する俳優とともに、三保の松原、富士山を臨む美しい春の情景の中、天女と人間のやりとりを通じて照らし出す天女の純粋さ、この世の美しさを描いた能の名作をベイビーシアターとして創作初演する。これまで何度も上演されてきた本作を新たに乳幼児向けに上演し、現代演劇との融合を行うことで、新たな舞台芸術の可能性を追求する。
バルトークの「案山子王子」に基づいて創作される、箱入り娘と無職のゲイジツカ(ニート)の物語。2人は仮想空間で出会い、現実空間で傷つけあい、宇宙空間ですれ違う。彼らの心(箱)は行くあてもなく、理想(箱)と現実(箱)の間を彷徨う。表層と内実、映像と記憶、世間と個人。自らの意志と"見えない意志(知能)"に翻弄される人間の物語。(金森穣)
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同人五人で作り上げた新作作品。冬から春へと移ろう季節の中で、地中から芽を出し、真っ直ぐと成長していく「つくし」の様子を表現する。「雪」「風』「太陽』「つくし」の四部構成となっている。凛とした自然の美しさ。つくしにちょっかいをかけるいたずらな娘心。春の訪れを陽気に知らせる、それぞれの妖精たち。最後は鮮やかな春を迎えて、芽を出したつくしが喜びを祝い、賑やかに舞い踊る一曲。
(フライヤーより抜粋)三味線、和太鼓、日本舞踊など、日本の芸能を伝承しているこどもたちの活動を紹介する「こどもの城 おまつり劇場」。今回のテーマは「花」。四季おりおりの花にちなむ歌や踊りを春夏秋冬の四つの章に構成します。
本シリーズであえて“実験”の二文字を掲げるのは、この実験が作者である私自身にとっての実験であるからに他ならない。音楽や物語など、私にとっては外部の既存のものから得る刺激によって創作するのではなく、まずは空間及び動きの法則を仮定し、そこから何が生みだされるのかを創作過程において研究/記録すること。その科学的アプローチこそが本創作(実験)の趣旨である。(金森穣)
(フライヤーより抜粋)猛スピードで駆け抜けるダンスからみれば、時代は星虹なのだろうか?はじき出された饒舌はやがて暗黒の磁場へと旋回し、重力を失うダンスが時代に別れを告げる時、アジアに舞い降りる若龍たち
創作上方浄るり「百歳の恋」作詞:山崎有一郎 作曲:中島勝祐 三味線弾き語り:中島勝祐 三味線:塚原勝利 箏:小池延枝 笛:寶山左衛門 鳴物:藤舎呂浩 立方:吉村雄輝夫
ブラジルで6月に全国各地で行われる伝統のお祭り(収穫祭)からインスパイアされた作品。若者からダンスのレッスンには普段はかかわっていない年配まで参加しており、どこで上演してもブラジル人に親しまれる作品。
(フライヤーより)アメリカからヨーロッパへと発信されたダンスは、いま様々な国で受信されて同時多発な演舞をはじめた。まるで21世紀のダンスシーンを予感させるように‥‥‥…。この〈DANCE SESSION 21〉の新シリーズも受信だけではなく、21世紀へ向けてダンスの発信基地にもなるべく、内外の若い振付家に開放された基地です。世界のダンス・コレオグラファーがその素晴らしい出会いを求めて集う「バニョレ
折田克子がギリシアメテオラの真っ赤な月を見た際にインスピレーションを受け、創作したソロ作品。針で突き刺すとプシュットはじけそうな真っ赤な月。月の光を通し陰と陽、妖精性から妖艶さ、多様な女性像、宇宙観、生死感、無、等、様々な要素を凝縮させた舞踊作品。作者独自のボディテクニック、間、呼吸等、時に音楽を奏でるような間合い、音楽性は、石井獏そして石井みどりのリトミックの技法が基にあり、折田克子の独自の世界
岸田理生アバンギャルドフェスティバル リオフェス2024
寺山修司作「身毒丸」を岸田理生が台本を脚色、改定し、1995年、蜷川幸雄が演出、武田真治、白石加代子の主演で初演が公演、日本のみならず、ロンドン、バービカン劇場で大絶賛を得て、藤原竜也を天才新人と言わしめた。そんな「身毒丸」が令和の時代に「野外劇 身毒丸R」として復活。うだるような真夏の夜、月と星の灯りの元に夏風さやり、虚構と現実が蕩け合う。時代を廻り、世界の果てを越え、母子の物語は、何処へ辿り着
折田克子は縁起物といわれる「梟」を収集していた*。梟はギリシャ神話においては女神アテーナの象徴であるとされる。その梟を題材にし、梟の特性である夜行性、神秘性などを空間の中にどのように構築していくか、の追求のさまが描かれる作品である。*生きた梟は含まない。
日本舞踊劇化プロジェクト
陰陽師、母を追って令和へ。長年演じられてきた演目「葛の葉」の作品の本意を汲みながら新しいかたちの舞台をお見せできたらと取り組む公演です。葛の葉を吉沢京子、安倍保名を和泉元彌、安倍晴明を西川古柳座(声:許綾香)らが演じます。
邦楽 華麗なる技
邦楽の「技」と通じてその楽しさを堪能するシリーズ。唱え(台詞)・所作・音楽が一体となった楽劇「組踊」は、「聴くもの」といわれるほど音楽が重要です。とくに琉球語による独特の発声法と節回しによる唱えと歌に焦点を当てて、再構成した「語り組踊」をお届けします。出演 歌三線 新垣俊道、仲村逸夫、玉城和樹、平良 大 箏 宮里秀明、池間北斗、笛 入嵩西 諭、胡弓 森田夏子、太鼓 久志大樹 立方 佐辺良和
石井みどりが戦前に訪れた中国他、様々な夢の断片がコラージュされた作品。“夢はある時、においや色、光、熱の交錯などで夢幻の境地へ誘い、またある時は、まばたきの一瞬の間に想像的な旅となる。”
[2006年8月(ワークインプログレス)]"オーストラリアー日本 ダンスエクスチェンジ2006"参加・文化庁。オーストラリア・メルボルンにて滞在制作。
(フライヤーより)十三-十五世紀の黄金のジャワ、モジョパイト時代の栄光が、華麗な舞と瞑想的なガムラン音楽の中に甦える。ジャワ芸術の粋、総勢四十名で本邦初演。[あらすじ]隠遁したモジョパイトの宰相ウドロの息子、ダマル・ウラン〈”輝く月”〉は、女王から、モジョパイトに叛旗を翻すメナ・ジンゴの討伐を命じられる。ダマル・ウランは、絶世の美男子ぶりと美しい言葉でメナ・ジンゴの2人の妻を魅了し、彼女らを通して
十数年ぶりに故郷に戻ってきた女性。「変わらないようで、変わっている」風景を眺めているうち、幼少期の自分に出会う。不思議と鮮明な彼女との出会いは、女性の今後を好転させるきっかけとなった。景色を眺め、思い出しているようで、思い出せていない。「私、小さい頃、タイムスリップ、した。」
カンパニーデラシネラは見立ての技法を使い、身体性に着目した質の高い演出で、毎公演独自性のある表現の模索を続けています。本作は、デラシネラが2009年に発表した松本清張『点と線』を、改訂再演するものです。謎解きの思考に寄り添い、考え出されたトリックを身体で視覚化することにより、心の機微や情景を浮き上がらせます。
(フライヤーより)現代の社会に生きる私たちは、様々な技術の発展により、世界中で情報を瞬時に共有することができる豊かさを享受しています。しかし、その一方で、技術を持つ者と持たない者の間に格差が生じ、その格差は、民族や国家、人権や性、富める者と貧しき者の間に、争いをも生み出しています。ダンスも例外ではありません。ここ20~30年間で、世界中がダンスを共有し、その境界はたやすく超えられたかに見えますが、
(フライヤーより抜粋)「リトル博士」は、動物の言葉をなんでも喋れる動物学者。世界中に旅をして、いろんな動物たちと話をしてきました。そんなリトル博士のところに、日本の小学生から一通の手紙が届きます。
若手バレエダンサーを中心としたガラ公演シリーズの第3回目。3日間にわたって計3公演が開催された。ヴァルナ国際バレエコンクールやキエフ国際バレエコンクールの上位入賞者などを中心に、将来を嘱望される国内外の若手バレエダンサーが多数出演している。第3回の芸術監督は工藤大貳。工藤大貳は東京で生まれ、服部・島田バレエ団を経てフランスに移住した。フランスでは著名な振付家の作品を踊る一方で、バレエ教師としてダン
ーやわらかい月が地球に接近しありとあらゆる硬質な突起を発生させ地球がその本質をあらわにしたころの記憶を人類はほんとうに喪失してしまったのだろうか。
朗読×ダンス公演
朗読とダンスで綴るストーリー仕立ての舞台公演。ある中学生の少女はすすぎ雨により自身が周囲から嫌われている存在である記憶を忘れることができ、しばらく幸せな日常を過ごしたが、大人になり再び人生に行き詰まる。そこへ怪しい女が現れるが、それは未来から自分を救いに来た自分自身であった。不幸をもたらすのは忘れたい記憶自体ではなく、その経験を受け容れて自身を改善しようとしてこなかった自分自身の弱さであるという教
DaBYアソシエイトコレオグラファーの鈴木竜が、他ジャンルのアーティストらと協働するコレクティブな手法で創作した作品を発表した「鈴木竜トリプルビル」で上演された3作品のうちのひとつ。(共同製作:Dance Base Yokohama、愛知県芸術劇場。2021年12月に愛知県芸術劇場にて初演)4名のダンスアーティストらがそれぞれの振付を繰り返し入れ替えて踊る本作。「振り付ける」という非対称的な行為を
ワハハ本舗全体公演
この公演企画としては、シェイクスピア劇専門の旅一座として結成された「青空シェイクスピア座」が、紆余曲折を経て、殿堂のグローブ座で公演が打てるようになった物語を、漫才やダンスやパフォーマンスを劇中劇にふんだんに盛り込みショースタイルありの構成で、一座の奮闘劇を描いた作品です。シェイクスピア作品のタイトルや登場人物をモチーフにワハハ本舗ならではの表現スタイルが楽しめます。
天狗伝説が語られ、義経が修業を積んだ場として知られる京都・鞍馬山。平成30年9月4日に発生した台風第21号は鞍馬に多大なる被害を与えた。道を塞ぐ「倒木」をモチーフに、倒れてしまった命を起こしていくダンスパフォーマンス。無数の段ボールは、積まれて崩れるを繰り返す。”鞍馬の火祭”を劇場に巻き起こし、魂の踊りで命に火を灯す。自然の猛威という人間を超えたスケールの基盤に、身体で対峙する代表作を東京
「ダンステレポーテーション」展
2020年5月にDance Base Yokohama(DaBY)のオープニングイベントとして予定されていたTRIAD DANCE DAYSにて、山﨑広太が振付ディレクターを務めるサイトスペシフィック・ダンスが中止になったことにより、唐津絵理(DaBY/愛知県芸術劇場)が企画・総合ディレクターとなる新プロジェクト「ダンステレポーテーション」が始動した。オンラインでの対話から始まる創作を経て、生まれ
泉勝志が折田克子に振付けたソロ作品。泉は折田のエモーショナルでウエットでリリカルな自己の感情を主観的、情緒的に表現する能力を見事に引き出した作品に仕上げた。
日本舞踊の人気演目のひとつ。狂言師の右近と左近が手獅子を持ち登場し、獅子のわが子を谷底に落とし、這い上がってきた強い子だけを育てるという伝説を厳かに舞う。大薩摩によって清涼山の様子が語られた後、勇壮な親子の獅子の精が現れ、豪快な毛振りを見せる。今回は衣裳付、間狂言に代わり素演奏でお届けします。
真の平和への願望に〈自転〉の着想があり、人間の生命力を尊く、愛おしいと思う心で創作された。男でも女でもない、ニュートラルなものとしての<人間>の群れ。危機にのぞんだとき、不死鳥のように底力を出して生きる人間。前進、安らぎ、喜怒哀楽、危機、痛みを経て、また前進するという場面を通じて人間の群れにひそむ尊い力をみつめ、自転する人間の姿を踊る。1967年11月初演。
北村明子はアジア各地を深くリサーチする「Cross Transit project」を展開してきたが、本作は「日本とアイルランド〜中央アジアへと発展していく長期国際共同制作」である。北村を含めた7人のダンサーの動きは、高度な制動と繊細な表現、そして刃物のような鋭利さに満ちている。人が営む生活の身振りにはその土地の文化が織り込まれているが、それらをダンスに取り込むことで観客の記憶に働きかけてくるよ
<輝かしき開拓者> 一世の開拓者の日に焼けたたくましい体、鋭いまなざし、白い髭、これまで見たことがない人間の姿に出会ってまるで優れた芸術作品を目の当たりにしたようだと衝撃を受け、その労働者たちの美しい働く姿を活かした作品を創作した。<よろこびの歌> 弓場農場へ到着した時の感動を小原明子がナレーションで語り、続けて「太陽が暑いから」「ヤマの仲間達」「よろこびの歌」とヤマ(弓場農場の通称)のテーマ曲(
英国の振付師アントン・ドーリンに「こういうものは観たことがない」「この踊りのためにバッハは作曲したのではないか」といわしめた。それが石井みどりのブランデンブルグ・コンチェルトである。石井みどりのこだわりであるリズムの取り方、「溜め」(リズムの裏をとること)から動くこと、「盗み音」があること、「動中の静であること」、これは日本の伝統的な音のとりかたでもある。本作はこれらを象徴する石井みどり作品の代表
(フライヤーより)あなたの忘れていた「自画像」をお返しします。
独創的かつ個性的なアイディアで、観客の心に染み入るダンス作品を創ることで注目されている新進気鋭の舞踊家・振付家 苫野美亜が企画・制作・振付・プロデュースを務める人気のコンテンポラリー・ダンス公演シリーズ。ウィーン国立バレエ団プリンシパルの橋本清香&木本全優がゲスト出演しています。ファッションデザイナーであり神戸ファッション美術館名誉館長のコシノヒロコが後援する注目のダンス公演です!!■十四夜月 (
沈黙に満ちた静寂の中、一組の男女が踊っている。身体を伸縮させ、空間を変容させながら、沈黙の対話を続けている。沈黙に満ちた静寂の中、音楽が生まれる。空間を明滅させ、身体を変容させながら、沈黙を奏で始める。沈黙と沈黙の拮抗。その間に生まれる第3の沈黙。再び訪れた静寂の中、一組の男女が踊っている。そこにある静寂は、かつてのそれとは異なる沈黙に満ちている。(金森穣)