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大野一雄フェスティバル2010参加作品。1977年に初演された大野一雄の代表作「ラ・アルヘンチーナ頌」を、森村泰昌を始めとしたジャンルを超えたアーティスト達が、各シーンをそれぞれのアプローチで踊り継ぎ、現在の出来事として現前させる。
日本文化の研究者のジョン・ソルトの演出で、井原西鶴の「好色一代女」を下敷きにした舞踏作品。江戸時代に生きた人たちの感情を舞踏表現に昇華することを目指して、主演の元藤燁子にとっても新境地というべき作品となる。三味線と唄の西松布咏を客演に迎え、高田恵篤とアスベスト館の舞踏手たちが加わり、小唄、端唄、地唄、それに現代詩で西鶴の男と女の世界を現代に生かした作品。
イギリス児童文学の傑作、ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」に触発され、構想された作品。白兎に導かれ、白い闇の中、眠りの中の非連続のシュールな世界が繰り広げられる。アジアのアリスを求めて驚きと可笑しさばかりのノンセンスワールド。
Don't cry boy
村々を繋ぐ、ひくく小さな山の連なり北厳の四季に、悲哀を満たして石狩の水が流れていた。―チラシより五井輝の生まれ育った家からは、石狩川を挟んで向こうに音江山が見えた。標高730mの平べったい山は、沖里河山・無名山と共に音江連山として地元では親しまれている。
舞踏の誕生に深く関わった3人の舞踏家——土方巽、大野一雄、大野慶人の代表作を現代のダンサーが完全コピーする。踊り手の川村美紀子、川口隆夫、松岡大は、舞踏の精神を現代の手法で鋭く反応する、当代きっての3人。川村が土方巽の『疱瘡譚』、川口が大野一雄の『ラ・アルヘンチーナ頌』、松岡が大野慶人の『土方三章』を厳密に再現した。アーカイブ映像の慎重な分析と真摯な稽古によって、舞踏をいま・ここに引き継ぐ試みであ
大野慶人のソロ作品「空」(くう)初演。ジャパン・ソサエティ設立100周年を記念した公演で、「大野一雄の101歳記念:3週間の舞踏パレード」という企画の一環。大野慶人が舞踏の特徴としてあげた「背中」を見せて立つ場面から始まり、土方巽が1985年に大野慶人を振付けた小品などを踊る。大野慶人の弟子でもある映像作家・舞踏家の田中誠司による映像作品「憧れ」(2007)が挿入された後のラストシーンでは、大野一
セクシュアル・マイノリティとして差別される人々がいる一方で、傲慢さによって際立ち、美しさによって認められる人々がいる。年をとることは、衰え、醜さ、錆びつくことと同義ではない。この矛盾した二面性、内なる不調和こそが、物事を刷新するのである。ー岩名雅記
本作は、2020年12月、山﨑広太と西村未奈により、フロリダ州立大学、マギーアレシー国立振付センター (MANCC)にて共同で創作を開始した新作『幽霊、他の、あるいは、あなた』のワークインプログレス。自然の複雑で静的な世界の中で、二人の異なる歴史、知覚、細分化された内部の風景を受け入れることができるフラクタルで気象のような身体、そして老いる時間を調査する。
1933年に発表された谷崎潤一郎の随筆『陰翳礼賛(いんえいらいさん)』は日本の美意識を探求した書として今尚、世界各国で翻訳されて読み継がれている。本作では、舞踏家の身体と精神に潜む陰影の美しさを蝋燭のたゆたう炎に照らし出すことで「暗闇の中から発見する新たな身体」をテーマに浅井信好がソロパフォーマンスとして上演。
大野一雄の踊りにふれて、聖俗などの単なる二律背反を超えて、ありとあらゆるおんな性を含んだおんなを演じることに目が開かれたという金満里のソロ作品。大野一雄フェスティバル2005の初演では、車椅子に乗った大野一雄もカーテンコールに登場した。
「横尾忠則展 天界の法則」で白虎社が出前芸術体スペシャルライブ「ニュー逢魔が時ーヨコオタダノリにふれるー」を上演。道頓堀橋から白虎社の面々が人だかりを引き連れて練り歩き、会場に入れなかった50名余りは別階のモニターで観劇した。「逢魔が時」は作品として独立はしていないが、出前芸術体の定番演目で、他の作品に取り入れられている動きも多い。横尾忠則は白虎社との交流が深く、関西方面来訪時にはきまって白虎社の
人は誰でもこの世を去る時二つのタイプに分かれます。憎しみを持ってこの世とお別れをする場合と、いろいろあったけど水に流して楽しい思い出だけに包まれようとする場合に分かれます。実は人は記憶を書き換えるらしいのです。書き換えられ離れていた二人の心の溝も埋まり、この世を離れる時二人の蟠りは無くなっているです。
AsiaTOPAフェスティバル
「ButohBAR番狂わせ」第二弾の本作品はASIA TOPAフェスティバルで上演され、初日前、完売し大好評を博した。メルボルン在住の舞踏アーティストゆみうみうまれ演出のもと、舞踏、演劇、歌、キャバレエ、ビジュアルアートが融合し、屋内外の儀式的かつキテレツなパフォーマンスで「美しくも不完全な番狂わせ」をテーマとしている。静けさとカオスが行き来する中、舞踏マスター・竹之内淳志氏、音楽家小宮広子氏を含
舞踏? プレゼンテーション・ショウ
十人いれば十人が違う答えを持つであろう「舞踏とは何か」という問いに、様々な手法を明かして「これが舞踏か?」と観客にプレゼンテーションする。後半では、室伏鴻のquick silverをコピーし、白塗り、銀塗り、素のカラダをさらけ出して答えを探る。Dance Archive Project 2016参加作品。
「コノ作品チョッとヤバいかもしれない。構成上「全裸」の景を置いた。完全な「真っ裸」、ものの勢でそのような仕儀と相成ったが、草月ホールに迷惑係らなくて「ホッ!」とだったかもしれない、イヤそんな事すら考えていなかったろう。今にして憶えばの話。」(武内)武内靖彦独舞集成・踏業22周年記念リサイタル。40周年には、同じく「舞踏よりの召喚」と銘打って記念リサイタルを開催した。
ヘルシンキ市立ダンス・カンパニー委託作品。古川あんずは同カンパニーからの委託で1994年には『春の祭典』を、1995年には『KEPPI(杖)』を振付けている。本作では、アマゾン河で見た色が交わらないまま流れる水やアフリカの女性が壺に朝露を集める姿、ヘルシンキ沖の凍った海など、古川に印象を残した様々な「水」の体験が下敷きとなっている。Act1退屈した男 / 心の誕生 / 隻手音声 / 水の神話Act
舞踏を舞踏たらしめた土方巽と大野一雄の両雄をカラダに棲まわせていた大野慶人が、土方巽による振付作品、大野一雄の「ラ・アルヘンチーナ頌」から「ディヴィーヌ抄」、そして自身の「花」と「鳥」を踊る。大野一雄フェスティバル2013にて初演。
世界ダンス体系Ⅱ
「1933年には、キング・コングは男性原理を象徴するものだった。半世紀後の今日では、それは、富の力の前に敗れ去ろうとする、全世界の「土」と「水」と「誇り」の象徴となった。今こそ、愛の不可能性に傷ついたキング・コングに、優しいエールを贈る時だ。まだ、まにあうだろうか。」ー古川あんず(プログラム解題より)プログラム:Act1.歯磨き夫人と宿六 / Act2.何処へ / Act3.濡衣 / Act4.神
1982年11月に実施された白虎社のインドネシアツアー記録。ジャカルタ、バンドン、ソロ、ジョグジャカルタ、バリ島で「秘鳴の森」を上演した。ガムランやレゴンダンスなど地元のアーティストとのコラボレーションも行い、音楽は松尾泰伸が巡行先の音楽家と共同作業した。このドキュメントでは公演準備や公演映像の他、バリ舞踊を踊る少女達など現地の人々の様子も収録、加えて大須賀勇の解説も挿入されており、白虎社の求めて
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
メディアアートのパイオニアのひとり、エディン・ベレスによる舞踏のドキュメンタリー。土方巽と大野一雄を押さえつつ、大駱駝艦と麿赤兒、白虎社と大須賀勇のパフォーマンス映像とインタビューを中心に舞踏を紐解く。案内役は細江英公や三宅一生の本に解説を寄せるなど世界的に活躍する編集者・デザイナーのマーク・ホルボーン。他に元藤燁子へのインタビュー、芦川羊子の稽古風景なども収録。白虎社からは、蛭田早苗の玉じゃり姫
大野一雄舞踏公演
東京国際舞台芸術フェスティバル参加作品。織部賞グランプリ受賞記念公演。前年に臀部を打ち、一人で歩くことが困難となった大野一雄が、時に大野慶人に支えられ、時に座ったまま、命を踊る。大野一雄単独の劇場公演としては、これが最後の舞台となった。
大野一雄フェスティバルで観客の楽しみのひとつとなっていた、横浜の街を移動しながらダンス公演を観覧する「横浜ダンス界隈」。2008年は「移動シアター/DoCodeMo System」を導入、伊勢佐木町から新港埠頭までの日常の場を「劇場」に転化した。
舞踏の最初の作品とされる「禁色」初演から50周年を記念して、大野一雄フェスティバル2009にて同作を徹底解剖した三日間の第二夜。「禁色」初演で土方巽の相手役だった大野慶人と若松美黄との踊りの他、細江英公を交えたトークで当時を振り返る。
テルプシコール企画舞踏新人シリーズ第28弾
大倉摩矢子、初の長編ソロ舞踏。自身の幼少期の体験や母への想いを基に即興舞踏で体現。第35回舞踊批評家協会賞 新人賞受賞作。まるで穴の中でぐるぐるとまわりつづけているかのようなあれやこれやの堂々めぐり。そこから飛び立つ白い鳥。穴をうめようとすることよりも穴のまんまでいいんじゃないか。ただしその穴の優しい暗さに溺れてしまうこと勿れ。そんな微熱に毒薬を。
一人の女と一人の少女が、出会い、互いの分身であるように、2本の樹木の上に横たわり、時を過ごす。眠り、言葉を交わし、外界へのイメージを広げる。ここはどこなのか、聞こえる声が時間を呼び起こす。孤独だけれど満たされている二人の遊びは、人の根源的な信頼と出会いを育て、この奇妙で孤独な遊びが世界へのドアを開けていく。
劇団民藝の北林谷栄を中心に活動していたと思われる「しのぶ会」第2回にて、大野一雄が2作品を踊った。「一艘のカヌー桜の木の下を往く」は白石かずこの詩を下敷きにした作品で、この年の2月にあった江口隆哉の追悼公演でも上演している。リスト作曲「愛の夢」は主に大野一雄の代表作「わたしのお母さん」の最後に踊られるが、一曲踊るという機会には度々選ばれた曲である。
JADEフェスティバルの委嘱を受け、舞踏の創始者、土方巽の遺文集「美貌の青空」をタイトルに、土方へのオマージュを込めて創作されたKo&Edge.coの旗揚げ作品。
出前芸術体 ーアートボデックー
1992年、神楽坂に「大人向けのディスコ」をコンセプトに開店した「神楽坂TwinStar(ツインスター)」。そのオープニング記念スペシャル・ライブに白虎社が「出前芸術体」として登場、花魁ショーや金粉ショー等を繰り広げた。白虎社が公演活動と並行して行っていた「出前芸術体」は、結婚式から一般家庭の誕生日パーティ、コンサートやCM出演まで場を選ばず、「舞踏」のイメージにとらわれない「よりスリリングな見世
白虎社最後の海外ツアーの様子を収録。世界各地で公演してきた白虎社としては初めての中南米で、メキシコとブラジルで『ひばりと寝ジャカ』を上演した。映像はツアーの日常が中心で、小道具を作る様子なども見ることができる。メキシコのヒリトラにあるシュルレアリスムの楽園「ラス・ポサス」の訪問や、帰国後の京都の稽古場での様子も収める。このツアーの翌年、1994年に白虎社は解散した。
白虎社は公演以外でも「出前芸術体」として、「からだ」と「芸術」を出前、一般家庭のパーティからコンサートやCM出演まで幅広く出没した。本映像には以下の白虎社出演部分が収められている。・石井聰亙監督「アインシュテルツェンテ・ノイバウテン 半分人間」(1986)・布袋寅泰ソロ・コンサート「GUITARHYTHM」より”WIND BLOWS INSIDE OF EYES”(1988)・TBSテレビ「ザ・ベ
モーツァルトは世界的秘密結社フリーメイソンの真の理想「全ての人間は神である」を歌劇『魔笛』に託した。21世紀には、その理想が実現される。その時、秘密結社は消滅し、すべての人間がフリーメイソンになる。
滑川五郎ダンスアートリサイタル。滑川五郎は、観客も舞台装置として組み込むなど、印象的な場づくりをした。このソロ公演では、観客は入場時に「てつびこ」(鉄響)と名付けられた数センチの鉄棒を渡され、舞台の中盤でそれを一斉に鳴らす。舞台床全体には鉄板が敷かれ、ノイズをあげて回る大きな電動コマや吊るされた銀色のバネや鉄板など、さまざまな舞台装置と滑川の身体との交感と共振が繰り広げられた。チラシには次のように
近松門左衛門の『曾根崎心中』と四世鶴屋南北の『東海道四谷怪談』を、「生活は汚れである」という世界観のもとにドッキングした作品。心中に失敗した男女の愛が落ち延びて生活するうちに萎びてゆくドラマを、古語による台詞と非日常的・非生活的な身体で描いた。生活に近い言葉や身体ではなく、コンフリクトを抱えた俳優の身体の中に、生活のドラマを追求した。
1982年ソウルから始まった「アジア演劇祭」の第二回の開催地はマニラ。映像では、開会式やパレードの他、インドのオリッシー舞踊、インドネシアのTheatre SAE DKI、台湾Lan-Ling Theatre Workshop、韓国Dae Ha Dramatic Troupe、フィリピンからの参加団体による作品を紹介する。日本からはYokohama Performance Group、さらに白虎社
ETV8文化ジャーナル
NHKの番組「ETV8文化ジャーナル」が白虎社について特集を組み、主宰の大須賀勇をゲストに迎え、白虎社人気の秘密をさぐる。「PARCOスーパースクール 白虎社的世界」、「白虎社東京公演 ひばりと寝ジャカ」(後楽園アイスパレス)、ビデオ作品「ミラクルレポート」、インドネシアツアー、熊野合宿など大須賀の多岐に渡る活動が紹介される。東京公演は大島渚、南伸坊、フランソワーズ・モレシャンなども観覧し、一般の
戦争の惨禍を通し人間の悲喜劇を描いたゴヤの版画から着想を得た「サイレント・オペラ」。ヒトラー政権下のユダヤ人迫害を題材に作曲されたライヒの「Different Trains」が使用され、踊り手達は椅子に縛られたままで、運命は変えられないことを暗示する。終わらない惨劇に目を向けるためにも、こういう作品が必要だと古川が指摘している。Act 1:朝(使用曲:スティーヴ・ライヒ「Different Tra
ガラス張りの劇場に沈む太陽と昇る月。《土地の記憶を吸う吸血鬼》をモチーフにしたパフォーマンスプロジェクト「ザ・ワールド」2017年作品。
遠藤が終生のテーマとする「死」を探求した作品。死によって肉体と魂が遊離し、魂は目に見えないなにかとして私達の周りに漂っている。遠藤は「幽霊」を演じることで、舞踊家のリアルな身体とともにある「幻」のような何かを表現している。2019年パラチ (ブラジル) の文化センター、セスキ・シーロ (SESC Silo) で初演。
有科珠々舞踏作品
『ABSENCE (不在)』は、有科珠々が2005年にパリで制作した2人の出演者による舞踏作品です。2005年、ニューカレドニア・ヌメアのチバウ文化センター(Centre culturel Tjibaou)で上演され、同国初の舞踏作品としてメディアで話題になりました。全60分、二部構成。一部は有科珠々が演じる幽閉された古代の姫の孤独を描いたソロ。二部では保坂一平と共に、暴力と性愛の狂気を二人の身体
白虎社は京都・東九条にある稽古場付きの合宿所で共同生活を営んだ。本映像でカメラは京都の街中から合宿所までの道のりを辿り、研修生への稽古を撮影している(一部、白虎社の舞踏手も参加している)。研修生への稽古は週に1,2回夜に行われており、映像では蛭田早苗が基礎練習を中心に教える。舞踏だけでなく、生活費を稼ぐためのキャバレーでのショーの動きも教えた。一方、映像にはないが、公演前の舞踏手への稽古は格段に厳
舞台転換を挟む前後半二部構成のソロ舞踏。上杉が長年公演を重ねてきた東京中野の小劇場、テルプシコールで行われた。上杉自らが熟知する、何もない無垢の空間で、最小の身体と最小のオブジェが繊細な作品世界を作り上げる。
1986年ベルリンで開催されたヨーロッパ初の舞踏フェスティバルに参加した古川あんずが、ベルリン芸術アカデミーの庭で踊る。最初にミリアム・ゴルトシュミットによってドイツ語で朗読されるテキストは、土方巽による1985年の講演『衰弱体の採集』からの抜粋。池の中から始まる踊りには「MARY CAKEWALK 」「 FOR A.X. 」「 Last Tango in Berlin」と名がつけられている。
京ラクシュミー座 定例公演
サックスのシンプルな呼吸から触発され、自然に出来上がった作品です。わたくしの場合は音がとても重要な起爆剤になります。サックス奏者と今ここでたったふたりで創り上げていく歓びがわたくしの體を通して溢れています。そこから、あなたはわたし、わたしはあなた、わたしはすべて、すべてはわたし、あなたはすべて、すべてはあなた‥。どんどん統一意識に近づき、祈りが生まれました。
高齢により大きな会場まで出向いての公演が難しくなりつつあった頃、大野一雄は横浜にある自宅に隣接する稽古場で舞踏の会を持つようになった。本映像はその第一回公演。大野一雄は92歳。稽古場に客席ひな壇を仮設し、各回60人程度の観客を対象にした。大野一雄の踊りを近くで見ることを目的に、2001年7月まで不定期に開催した。
岩下徹×梅津和時 即興セッション
岩下徹は1989年以来、谷川俊太郎氏の「みみをすます」(福音館書店刊)という詩のタイトルをかりて、野外など劇場ではない場所で、無音の即興ソロダンスを続けてきた。豊岡演劇祭2022特別版である今公演は、梅津和時氏を共演に迎え、近畿最古の芝居小屋である出石永楽館で、「みみをすます」。この即興の場では、ダンスと音の間には何の取り決めもない。永楽館とダンス、音、観客とでつむぐ時間の中で、私達は何に「みみを
岸田理生アバンギャルドフェスティバル リオフェス2024
寺山修司作「身毒丸」を岸田理生が台本を脚色、改定し、1995年、蜷川幸雄が演出、武田真治、白石加代子の主演で初演が公演、日本のみならず、ロンドン、バービカン劇場で大絶賛を得て、藤原竜也を天才新人と言わしめた。そんな「身毒丸」が令和の時代に「野外劇 身毒丸R」として復活。うだるような真夏の夜、月と星の灯りの元に夏風さやり、虚構と現実が蕩け合う。時代を廻り、世界の果てを越え、母子の物語は、何処へ辿り着
朗読×ダンス公演
朗読とダンスで綴るストーリー仕立ての舞台公演。ある中学生の少女はすすぎ雨により自身が周囲から嫌われている存在である記憶を忘れることができ、しばらく幸せな日常を過ごしたが、大人になり再び人生に行き詰まる。そこへ怪しい女が現れるが、それは未来から自分を救いに来た自分自身であった。不幸をもたらすのは忘れたい記憶自体ではなく、その経験を受け容れて自身を改善しようとしてこなかった自分自身の弱さであるという教
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舞人として踊った五井輝が、前年の86年1月に死去した土方巽を追悼した公演。土方を思い出させる赤いスカートなどの衣装や音、音楽が随所に使われた。唇にはルージュを塗りたくり、背中一面に刻まれた風神雷神の入墨を見せ、剣山を自らの肉体に刺す。すべてをさらけ出して極度の集中をもって踊る五井に、「さながら土方の魂が降りたかのようだった」とThe Japan Times Weeklyのレビュー記事(1987年9
テアトルフォンテ開館一周年記念シリーズ
1994年4月に始まった大野一雄全作品上演計画第2回公演。1977年土方巽の演出により初演、1980年にナンシー国際演劇祭で発表され、世界のダンスシーンに衝撃を与えた大野一雄の代表作。学生の頃に見たスペイン舞踊の舞姫アルヘンチーナを讃える。
闇に蠢く魑魅魍魎、夜が明けると何処へともなく消えていくモノたちの祝祭の踊り。関美奈子とと共に振り付け、上演したデュエット "All Moonshine"(1989年)の一部をソロに振付し直し、それに吉岡由美子が新しい振付を加えた改訂版。朝と夜、生と死、光と闇など対極と見える二つのものは 密接に繋がり、絡まり合って私たちの世界を支えている。舞台上の二つの砂山と、それをつなぐ赤い光線がその2元世界の繋
エルヴィス・プレスリー生誕五十周年記念と銘打って、東京パフォーマンス・アート・フェスティバルに白虎社が出演した。タイトルの「月を捕まえようとする猿」の「猿」に「プレスリー」とルビがふってある。大須賀勇の言葉によると「あの伝説のプレスリーを肴に美術と音楽と踊りが三つ巴でスパーキングセッションするダンシングオペラ」。音楽は白虎社の海外ツアーにも同行する超絶音楽マルパ、衣裳を含めた舞台美術は藤井吾郎が彩
日本国憲法を自分のカラダの「骨格」であると直感した笠井叡が、憲法は常に至上の「理想」に貫かれているべきとの自身の想いに、ひとつの「カラダの形」を与える。大野一雄フェスティバル2013での初演後も、時代に呼応しながら再演を重ねている作品。
舞踊家・振付家の苫野美亜がプロデュースを務めるダンス公演。バーミンガムロイヤルバレエ団プリンシパル平田桃子が渡辺レイの新作を踊り、ウィーン国立バレエ団プリンシパルの橋本清香と木本全優はThierry Malandain作品を披露します。72歳のバレリーナ尾本安代が年齢を積み重ねた表現を、舞踏カンパニー・山海塾で活躍する松岡大の極限の身体表現美など、多彩なダンサーと音楽家が共演する贅沢なパフォーマン
大野一雄、大野慶人を敬愛して止まないアノーニと、大野慶人とのコラボレーション。2010年に「Antony and the Ohnos」で初共演を果した二人は、その後ロンドンとサンパウロで再演を重ね、本作で再び相見えた。「たしかな心と眼」の冒頭、舞台上のスクリーンにウィリアム・クラインが1961年に撮影した土方巽、大野一雄、大野慶人の写真が投影され、舞踏の創世記を活写したイメージの中から大野慶人が登
1997年夏、釜山国際海浜舞踊祭に参加する福士正一の活動を追ったドキュメンタリー。福士が自らの舞踊哲学を語るインタビューのほか、福士に強い影響を与えた舞踏家森繁哉と民俗学者赤坂憲雄の対談、共に活動する福士輝子等の話しを通して、ユニークな活動を浮き彫りにしている。釜山の市場や海岸で即興で踊りながら見知らぬ人々の中に入り、その場その場で心の交流を生み出す様は、福士の活動スタイルの真骨頂を表している。
福士正一は青森を拠点にオドラデク道路劇場を主宰する舞踏家。青森市役所に35年間勤務しながら、路上や劇場での舞踏活動を国内外で活発に行ってきた。本作は2017年5月フランス旅公演の記録である。ストラスブール、ニームの街中、学校、ギャラリーなど各所で踊り、居合わせた人々と舞踏を通して交流する様が活写されている。パリでは、ベルタン・ポワレ劇場での舞踏フェスティバルに参加した。
大野一雄全作品上演計画第4回公演。初演は1981年、土方巽演出。1995年の再演では大野慶人が演出し、劇場空間全体を母の胎内と見立てて舞台上にも客席を配置した。「胎児の夢」「宇宙の夢」「母の見た白晝夢」「鰈のダンス」「愛の夢」の五部構成。
この舞踏パフォーマンスは、無垢と暴力を並置するヘンリー・ダーガーのファンタジー世界にインスパイアされている。インターネットで見つけた実際の戦いの音が、無邪気さを象徴する身体の動きと対比される。この作品は、無力感を強いる信念というシステマティックな暴力に対する両義的な感情への問いかけを試みると同時に、この時代を特徴づける残忍な恐怖を想起させる。殺すための誕生 壊すために造る 存在消される 貼り付けら