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かつての島流しのように森という異界に犯罪者たちが追いやられ、元々好き好んでそこに住んでいるものと共生していた。常にそれぞれの「最適解」がサジェストされる社会の中にあって、最適でない発言や行動は厳しく制限されるようになっており、そのことへの息苦しさもまた頂点に達しつつあった。犯罪者予備軍として社会から半ば排除されてしまった人々が形成する近未来の「森」を舞台にして展開されるSF会話劇。
旧約聖書『ヨブ記』を、現代日本の女性の物語として翻案。希帆はシングルマザーの風俗嬢だ。育児放棄し、仕事も欠勤し、転がり込んだ男の部屋で酒浸りになった彼女の元に、兄、大家、兄の弟分のチンピラが代わる代わる訪れては大量の「正しい」言葉を浴びせかける。旧約聖書のヨブはよかった。自分の受難を訴える言葉と、訴える相手の神もいた。でも希帆は言葉を持っていない。声なき人の声は、どのようにこの世界に現れるだろう?
演劇実験室・天井桟敷の創立メンバーであった東由多加が1968年に結成したミュージカル劇団「東京キッドブラザーズ」による1989〜1990年の全国ツアー公演。物語は郊外の町に男とその妹が引っ越して来るところから始まる。隣近所には、どこか普通ではない人たちが住んでいた。奇妙な人間模様が描きだすのは、私たちの心の中にある”街”のすがたである。「螢」のように消えつつある街に―愛をこめて。
ヴェニスの軍人であり、ムーア人のオセロー。彼は美しいデズデモウナと愛し合い、彼女の父親の反対を押し切る形で、半ば駆け落ちのように結婚する。オセローを嫌う部下のイアーゴーは、自分を差し置いて昇進した同輩のキャシオーを妬んでいた。そこで、イアーゴーはキャシオーがデズデモウナと密通しているという嘘をオセローに告げる。イアーゴーの巧妙な話術により、オセローは真実と嘘、信頼と疑念の間で揺れ動いていく。
わたし(渋谷ショーコ)は、現在中学の教師をしている。中学生だったとき、彼女は漫画家になりたかった。だから毎日のように漫画を描いていた。将来の夢は漫画家。でもなれなかった。なりたかった職業に就く大人なんて、ほんの一握りだと思う。結果わたしは、地味な大人になったが、彼女は職場恋愛を経て結婚をすることになった。教師同士の恋愛。肩身も狭く、周りの噂が耳に痛い。ある日、自分のクラスのストーカーにあっている生
その0歳児クラスでは、早くも 、“おバカチーム”vs“エリートチーム”の対立が深まっていた…!そんなある日、なんと奇跡が起きて、赤ちゃんたちが大人の姿に大変身!自由を手に入れた彼らは、ママのピンチを救うため大冒険に繰り出すが…!?
2人の女。20年前。家庭にインターネットが普及した時代。匿名掲示板──。全く違う場所で生まれ育った女性2人が、インターネットで出会う。誰にも話せなかった家庭と世間に挟まれていた2人は、ようやく打ち明けられる場所をネットの中に見つけた。記憶の世界をぐるぐると巡りながら、それぞれの身に起こる出来事を経て、とある決断を下す現在までの20年間を描く。
ある地方都市。「北原むつ美」が、訪ねてきた「串間ひさ子」に思い出の写真を見せつつ、夫の自慢話をしている。むつ美の夫は福島第一原発の元作業員で、既に亡くなっている。明日はその四十九日にあたる。訪ねてきたひさ子の夫は、今なお原発で廃炉に向けて過酷な仕事に従事する現役の作業員。そこにむつ美の義理の妹「泊川小春」が金を無心しに来る。やがて3人の女たちの話から、原発の廃炉作業に従事する作業員たちの理不尽な日
大手広告代理店DK2のコンサルティング部に勤める栗宮春子が劇作家の小野司に相談したのは、「前田の刃」で有名な食品加工機器メーカーのトップ「MAEDA」で実施予定の社内結婚推進キャンペーンのインターナルコミュニケーションについてである。「男性の育児参加の推奨のために保育室を設置しました」など、対外的な情報の発信はできてるものの、結局社内であまり使われていないという課題があった。また、男女の社員同士な
5周年記念公演として、劇団「iaku」の劇作家・横山拓也氏の代表作『人の気も知らないで』と町田マリーのオリジナル戯曲『かぞくららばい』を二本立て上演した作品。『人の気も知らないで』は全編大阪弁の小気味のいい会話劇。今作では設定を屋外に変え、満開の桜の木の下で同僚三人の女性がそれぞれの立場から議論する。『かぞくららばい』は、子育て、介護、夫婦、母への思いなど家族を取り巻くあらゆることをさりげなく散り
日本を心底恨みながら日本人を心から愛した魯迅。これはこの魯迅とその妻と、彼の臨終に立ち会った四人の日本人の滑稽な、しかしなかなか感動的な物語です。
とある老女。彼女は周りの人間から、それぞれが見たい姿を勝手に投影され、彼女自身が顧みられることはない。一方当人は、何もわからない風でいながらしたたかに生に執着している。社会から見えない存在にされても、息をしなくてはならない、なぜなら私は、生きているのだから・・・。人生の最終章。認知症を患いながらも周りの人間との関わりの中で、自分らしく生きることを選択する、老女の物語。
童話「ヘンゼルとグレーテル」をもとに、それを現代に置き換えた兄妹の物語。貧乏な家庭に育ち、両親から逃げてきた兄と妹が辿り着いたのは、深い森の中にある、お金持ちの別荘。その別荘にある高価な物たちを見て、兄妹の興味と欲が溢れ出していくが、物に触れるたび、逃げてきたはずの怖い両親からの記憶が襲いかかる。その場所は不思議な現象が起こり続ける〝おかしな家〟であった。その不思議な現象を、小沢自らが作り上げる舞
本作品は、わかぎが大阪鶴橋の隣町で育ち、実際に見聞きし「隣人達」と向き合ってきた実体験を元に書かれた。日本の統治にあった朝鮮半島では、日本語教育も実施され、大正中期には、多くの人が働き手として日本に渡ってきた。昭和に入り、ソジンも日本にやってくるがそのうちに日本人から差別されている事に気がつく。そんな中ある日勤め先の令嬢、桜子に恋をしてしまう…それは彼らの人生の長い長い恋の物語の始まりでもあった。
SUNA
演劇実験室◉万有引力 第5回公演(再演は第9回・10回・12回・21回・39回・56回)。イギリス、ブラジルツアーも含め、万有引力のオリジナルでは最も上演回数の多い作品。1986年には第40回エジンバラ国際芸術祭にてフリンジ・ファースト(最優秀賞)を受賞。1995年にブラジルに初上陸。この『SUNA』は、「距離」に関わる事物と人間の関係・役割をテーマに、観客と一緒に、劇場空間に巨大都市を持ち込もう
「隅田川 森羅万象 墨に夢」プロジェクト企画
観世元雅によって書かれた室町時代の能「隅田川」を原案に、現代の母親・子供、そのあり方を考える舞台作品。原案で象徴的に描かれる、子供を失くした母親の『涙』を中心のモチーフに置き、同じように子供を失くしても泣けなかった(愛することができなかった)母親を主人公とした。そして相思相愛ではない親子の形と彼らが生活する社会システムを提示し、現代の諸問題を取り上げた。製作にあたり、隅田川、木母寺、隅田宿など物語
時代が押し付ける重い空気そんな流れに負けず懸命に生きた庶民たちの物語刻一刻と暗い時代へと突入していく中、求められるのは"軍國歌謡"か"敵性音楽"か。太平洋戦争前年からの一年間を描いた井上音楽劇の代表作。
あなたに、私を好きなまま死んで欲しいと思うのは、わがままだろうか。そこは、願えば誰でも不老不死になれる未来。それでもヒラサカ ミツは、不老不死になるつもりはなかった。彼女にとって生きることは苦痛であり、終わりのない生は地獄だと感じていたからだ。そして、パートナーであるタチバナ アサの愛情が、いつか冷めるであろうことに耐えられそうになかったからでもある。訪れるいくつかの出会いと別れを経て、ミツは、人
同じ刻(とき)に生を受けた兄弟がいた。兄は父を愛し、弟も父を愛した。兄は母を知らず、弟も母を知らない。兄は黒闇の先に光を求め、弟は白光の中で闇を恐れた。1994年、長崎。信谷大地(風間杜夫)は、真珠の加工・販売会社を経営していた。長男・勇(松下優也)は高校卒業後、職を転々とし落ち着かない。大地は大学へ進学のため東京へ出た双子の弟・光(平間壮一)に大きな期待を寄せていた。勇は恋人・花苗(清水くるみ)
その夜、ヨチヨチ歩きの赤ちゃんたちに奇跡がおきた!気がつくと、ボクたちは、オトナの姿になっていた!?大好きなママのピンチを救おうと決意するベイビーたち。果たして、ボクたちは、ママを助けることができるのか!?
COCOON PRODUCTION 2023
青年が老婆を拾った。社会にうまく馴染めず、派遣のピエロの仕事でギリギリ生活をしている青年(竜星涼)。しかしそんなピエロ業も、決してうまくはいっていない。ある日、道端の老婆(高橋惠子)に手品で花束を渡すと、老婆はどこまでもついてきた。そして、青年の部屋にまで上がってきた。すぐに老婆を帰そうとするも…、青年と老婆の不思議な共同生活が始まっていく。青年を心配する兄夫婦(藤井隆/山田真歩)、仕事先の女性社
物語る演劇
舞台は夢のような感じが漂う、1950年前後のアメリカ。老セールスマンのウイリー・ローマンは、かつての精彩を欠き、二世の社長からは厄介者として扱われている。妻のリンダは夫を献身的に支えているが、大人になっても自立出来ない2人の息子達との間には深い溝ができている。手にしたと思った夢はもろくも崩れ、絶望したウイリーは家族のためにある決断を下す。近代戯曲の物語を活かした「物語る演劇」シリーズ第一弾。
国内外の劇場やフェスティバルに招聘された、akakilike代表作のひとつ。演出家と写真家の共同制作企画として制作された。生命保険について語り続ける「父」と、それを取り囲む「家族」のような者たち。「兄」のような写真家は黙々とセルフポートレートを取り続ける――家族という構造から逃れることの難しさ、その構造の儚さ、そして成長することの残酷さを演劇/写真/ダンスの境界線を行き来しながら浮かびあがらせる。
太宰久夫によるフィジカルシアター。前半に立原えりかの『木馬がのった白い船』、後半に武井博の『はらぺこプンタ』を配し、絵本の世界を
本作は、虐待を受けて育ち愛着問題を抱えた青年が己の過去を顧みる物語『ブリキの金魚』里親家庭で日常を過ごすことをよしとしながら里親たちの真っ当さに馴染めない少女の物語『やさしいおうちやさん』機能不全家庭に育ち大人の顔色をうかがうことに慣れてしまった女性の物語『MAGICAL♡GIRL♡APOLOGIES』バーチャル美少女受肉系Vtuberの男性が配信を行う映像作品『perfect nymphet』の
能「隅田川」をモチーフに「最初からそこにある悲劇」「救いがない中の救い」を描いた意欲作。川のほとりに立つ集会所。その日行われる通夜の担当者と、片付いていない前日の祭りの担当者が鉢合わせ…ケータリング業者の新人店長は祭と通夜に振り回され、「家族を探す」男までやってくる。さらにそこへ30年ぶりに町へ帰ってきた青年が加わり、彼が抱えるその30年前の川の事故の思い出と、この日の通夜が思わぬ方向でつながる…
QoiQoi第4回本公演。アーツカウンシル東京単年助成カテゴリーⅠ採択。オリジナル作品を書き下ろし、外部の新たなキャスト・スタッフと共に作り上げた挑戦作。劇場は語らない。笑い。涙。歓喜の拍手。多くの人々をただひたすら見てきた。劇場は思い出す。繰り返してきた人々の営みを。観客の眼差し、キャストの汗。スタッフの真剣な横顔。劇場は語らない。劇場は覚えていた。劇場は全て覚えていた。
初夏。山あいの田舎町。父、母、兄と実家の工務店で暮らす田村鈴子は、家族間の静かな歪みに悩んでいた。表面的には仲の良い田村家だが、5年前、長女・千鶴が亡くなってから、その関係はどこかおかしくなっていた。ある昼下がり、千鶴の霊に憑りつかれた一人の女が、田村家を訪れる。それをきっかけに彼らの関係は大きく揺り動かされる。幻想的な夏の一幕をブラック・ユーモアを交えて軽妙に描く、さみしくも美しい家族劇。
とある集合住宅の一角、部屋いっぱいある体の大きな子供が座っている。父は流行病を患い熱に浮かされながら思い出を彷徨っている。生まれた時のこと、まだ小さな頃のこと、発達に遅れがあると聞かされた時のこと……。柴田智之が障がい児のデイサービス施設で働いてきた経験を元に描く、家族の物語。
某県某市の「広庭」地区。住民による行政サービス代行が始まって数年。さまざまな事情を抱えた住民委員全員が集まって今日、「この先、広庭地区を存続させるか消滅させるか」という重要な問題の結論を出すことになったのだが、多数決の結果はなんと、全員が「消滅賛成」。なぜ住民委員は全員が消滅に手を挙げたのか。――いよいよ人口減少社会に足を踏み入れた日本。もはやこの「自治体消滅」の問題は絵空事ではない。これまで当た
「ハインリヒ、お兄ちゃんが連れていってあげるよ。ハインリヒが大きくなったら、あんちゃんと一緒に月に行こう、ね。」幼い日の弟との約束―。やがて大学へ進んだ彼は師・メストリンと出会う。「科学技術の発達が地球を狭くする。国境をなくすために助け合える時代がもうすぐやってくる。そのための天文学が必要なんだ!」ヨハネス・ケプラーは決意する。あこがれの宇宙の真実を知るために、愛する家族を守るために…。1999年
劇団「柿喰う客」結成13年目に送る新作。13日の金曜日、恩師の13回忌に集まった美術系私立大学の同窓生13人を巡る物語が繰り広げられた。
ある日突然、死んだ友人の幻影を見るようになった小説家、稔梨。彼女は友人の民俗学者と共に、海沿いの小さな集落に住む霊能力者のもとを訪れる。しかし彼女が尋ねたとき、集落は年に一度の祭『おわたり』の準備に大わらわだった。『おわたり』とは、その年に海で死んだ者たちの魂がいっせいに黄泉の国へと渡ること。 死者と生者が混在するひと夜。海は闇に溶け出し、人の秘密があふれ出す。
馴染みの人が集まる居酒屋に、旅人のクリスティという青年がやってきて、自分が父親を殺したと告白する。 彼の言葉に、単調な田舎の日々に飽きていた村人達は歓喜し、この流れ者を英雄扱いする。 クリスティは、魅力的な村娘であるペギーンが寄せる好意や村人達の敬意に満ちた扱いに、次第に自分に対する自信を強めていく。 すると、彼が殺したはずの父親が現れ…。
「ママなんか大キライ! あたし家出する。」ムジツノツミで叱られたさくら子は、家を飛び出し駅へ向かった。駅に入っていきたのは「いえでででんしゃだった」。家出した子はただで乗れると聞いて、さくら子は飛び乗った。「いえでででんしゃ」とともに、さくら子の不思議な旅が始まる―。
玉造小劇店配給芝居vol.24
明治初期。元武士家系であった鈴木家に万太郎と千次郎という兄弟があった。兄が育子という妻をもらうのだが、料理がとにかく不味い。初めてのお正月にお節料理を出してくるのだが、好物の高野豆腐も喉を通らない程に不味かった。しかし万太郎は「美味い…」と、つい言ってしまう。ここから鈴木家の料理は下降の一途を辿るのである。大正になると、万太郎と次女の家族の時代になる。大正12年には関東大震災が発生。それを逃れ、長
民主主義の理想に燃えた戦後。日本国憲法が生まれたその時代を伯爵家のクリスマスを舞台に描いた斎藤憐の傑作戯曲。オリジナル台本をもとに、丹野郁弓による新演出、客演の岡本健一をはじめスタッフ・キャストを一新しての上演。2018年三越劇場版の全国巡演。
調停人ジャック・マニングの招集により住民会議に集まったのは展示会施工会社で働くグレン、その母と幼馴染の友人。そして、経営者はじめ上司、同僚ら9人。社内で暴力沙汰を起こし解雇されたグレンをめぐって、面と向かって論議が交わされ、明るみになる真実…。日本ではまだ馴染みのない「修復的司法」を世に問うオーストラリアの作品。
戦後しばらくたった1955年、伊丹である男女が出会い、家族が始まる。万博の熱気、バブルの高揚、震災の喪失、検査と対策の時代を経て現代まで――伊丹で豆腐屋を営むある家族の歴史を、いくつもの時代と街の風景を通して描いた舞台。ごまのはえの脚本と小原延之の演出が初タッグを組み、2025年度で閉館を迎える伊丹アイホールと人々の物語を語り直した。
(フライヤーより)『魚の祭』は崩壊した「家族」の蘇生の物語である。この夏、あなたは「家族」に出会う……
舞台は小さなふし工場、富田商店。切り盛りするのは富田家の次女喜美子。工場の経営は厳しく加えてコロナ禍が追い打ちをかける。姉のしおりは左腕が不自由だが快活で目立つ。長年姉と比べられてきた喜美子は素直に助けを求められない。コロナによって止まった世の中、不謹慎ながらホッとした喜美子。せっかく止まった工場をしおりはまた動かそうとしている。埋まらない姉妹の溝。そんな折、喜美子は忍び込んだ空き巣と出くわす。
フリージャーナリスト「市井宗高」が紛争国に入り、消息を絶つ。母「順子」は無事を祈りつつ、毎日お百度参りをし、鶴を折る。宗高の友人で新聞記者の「司由起人」は順子に取材を重ねるが、宗高の妻「実花」は「これは自己責任だから」と言いだし、取材を拒否するよう順子を諫める。そんな折、テロ組織に拘束された宗高の無惨な姿がニュースで流される。一方、由起人には30歳過ぎてなお非正規雇用で苦しい生活を続ける弟「真奈人
故郷は遠い。済州島から大阪にたどり着いた時春は、夜学の先生と再会し、恋に落ちる。子宝に恵まれささやかな幸せもつかの間、彼女に降りかかるのは、悲しくもつらい出来事たち。そんな中、故郷から知らせが届き…-戦中、戦後の大阪を舞台に繰り広げる、在日コリアン1世の物語。済州4.3事件の渦中に大阪へ渡ってきた人々を描いた小説「風の声」(金蒼生著)の舞台化ー第1弾。
気鋭の作家、柳美里の主宰する劇団「青春五月党」と、演出家・俳優である松本修の主宰する演劇創造カンパニー「MODE」による1992年の作品。崩壊した「家族」の蘇生の物語。
行き遅れた娘と男やもめの父を描いた、小津安二郎監督作品『秋刀魚の味』をモチーフに、2017年バー公演として外部に書き下ろし好評を博した同作品を全面改稿し、ブラッシュアップして再演。ギターを弾きたいと言い出した父と婚約破棄された娘、関西出身のバーの女、と謎のバイト。他者との会話を通して、すれ違い続けた親子が未来に一歩踏み出そうとする、東京の核家族の在り方と希望描いている。
父親が亡くなったことに気を落とし、母親が入院をした。その翌日、姉と妹は実家に行き、母に頼まれた荷物を準備していた。未だ心の整理がついていない二人。そんな二人のもとにやって来たのは、探偵だった。父親が『ネコ探し』を依頼してたらしい。飼い猫に長女の名前を名付けた父は何を思い、どう生きたのか?離れて暮らしていた父親の『見せなかった想い』に触れた、姉と妹の二人の物語。
舞台は極寒のアラスカの冬。厳しい飢えにみまわれた集団が全滅の危機に立たされた。グループのリーダーは苦境を乗り切るために、ふたりの老女を棄てる決心をする。棄てられたことで、プライドをよみがえらせたふたりの老女。互いに叱咤激励をしながらふたりの旅ははじまる。
コロナ渦で閉鎖した彩の国さいたま芸術劇場の稽古場を舞台に、1回限りの本番をワンカット撮影し配信を実施。主人公の最初の台詞「そのうち次の年に僕が死ぬ番になっていた」などの印象的なフレーズ、またこの戯曲の特徴である大量のモノローグ、登場人物たちが感じる孤独や苛立つ姿はやがて、未曾有のパンデミックの最中稽古場に集まった演劇人たちと重なっていく。"演劇が立ち上がるさま"本公演のドキュメンタリー映像も作成・
アーサ・ミラーのアメリカ演劇史上最高の傑作。平凡なセールスマンの悲劇を過去と現在を巧みに交叉させながら描いた作品。この録画は巡演前の舞台稽古として日大芸術学部の講堂で上演したものを収録。
あなたは嘘をつきますか?日常の曖昧な返事を含めて今までの人生で何回くらい嘘をついてきたか考えた事がありますか?例えば子供に「サンタさんはいるよ」と善良な嘘をつく時に、小さな痛みを感じますか?世の中は「言った、言わない」話で揉め事が絶えません。誰かが自分の尺度で真実を良いように解釈し「嘘」を正当化すれば、戦争だって起きる訳です。果たして嘘は必要なのか否か。人を騙すことは善なのか悪なのか。「芝居を見る
ワールドカップが開催される為、再開発によって⽴ち退きを迫られている、啓二(鳥谷宏之)と離婚した妻が建てた、とある地方の喫茶店。娘の可奈(村上穂乃佳)は啓司と親子で喫茶店を営み、いずれ継ぐのだろうとぼんやり考えていた。が、しかし、周りの友達や知り合いは立ち退きや、結婚などによってどんどんと地元を離れることを決めていく。可奈と啓司はただ二人、地元に取り残されてゆき…
家族最年少の母カジュ恵は焦っていた。夫の母から「真の孫」を求め続けられているのも、義理の娘二人が妊娠していることも。なにより長女幸子が十六カ月も身籠っていることが-。ギリシア喜劇の傑作「女の平和」を大胆に解釈し、性と家族の闇を歩く。キャスト全員客演で送る、劇団UZ旗揚げ準備公演。
ローマ帝国の将軍タイタス・アンドロニカスは、ゴート族との戦いに勝利しローマに凱旋する。民衆はタイタスに、空位だったローマ皇帝になるよう要望するがタイタスは固辞し、かわりに先帝の長男サターナイナスを指名する。新皇帝サターナイナスは、捕虜であるゴート人の女王タモーラを妻にする。タモーラはタイタスに強いうらみをもっている。愛人アーロンや息子たちを使い、皇后という立場を最大限に利用して、タイタス一家を次々
コロナリポート
パフォーマーの入退場、音響や照明の変化などの舞台作品における様々な行為のきっかけ・手掛かり・合図を「キュー」と言う。Go To/Stay Home、緊急事態宣言発令/解除等、反復し持続する現在の「外」に出ることを体で試みるダンス作品。2021年初演。コロナリポート三部作『Sign』『Cue』『Out』。
天竺へ向かう途中、三蔵法師一行が立ち寄った海辺の村の小さな孤児院。バケモノの脅威に晒されながらも小さな幸せを守り続けていた孤児院には秘密があった。これは人魚を巡る人間とバケモノの過去を乗り越え心を通わす物語。
シェイクスピアの「ヴェニスの商人」を下敷きにした鄭義信による日本未発表の音楽劇。2014年4月に韓国のソウル獎忠洞(チャンチュンドン)の国立劇場タロルム劇場で初演。元宝塚歌劇団月組男役トップスターの剣幸と、劇団☆新感線の右近健一を客演に迎え、ピッコロ劇団と関西で活躍する俳優陣が結集しておくる、歌って踊って笑って泣ける関西風シェイクスピア音楽劇。
「お父さんは何して遊んでた?お母さんとお父さんはどこで会ったの?」おはなしを聞くのが大好きなルルランのもとに、思い出のプレゼントを持ってみんながやってきます。ルルランの想像が膨らむと景色が広がり、音楽が聞こえ、心は踊り出します。日常の機微を身体とユーモアで描き“見ると明日がちょっとがんばれる”と評判の泥棒対策ライトが「ヘンゼルとグレーテル」「親指姫」「おむすびころりん」「人魚姫」「おおきなかぶ」の
玉木理沙(奥山美代子)は、姉・乃理子(山像かおり)の葬儀から帰ってきた。何かと口うるさかった姉がいなくなって、ささやかな解放感に浸る理沙だったが、やはり寂しさは募るばかり。折からの満月に、以前姉から教わった呪文で願いをかけたところ、何と素っ頓狂な姿で乃理子が現れた。ここから、始まる姉妹の丁々発止。。妹を欺してばかりいた姉の言葉へ不信、その死の意外な真相、子ども時代の思い出と恨み辛みがコメディタッチ
舞台劇
生きとし生けるもの全てと対話した宮沢賢治。彼の歴史は愛の軌跡である。最愛の妹、一番の理解者であったトシと、彼が自由に羽ばたいた創作の宇宙「イーハトーブ」。莫大なエネルギーを費やしながら生きた、37年という短い生涯の中で、彼が夢に描いた「イーハトーブ」から発信され続ける、自然や生物を尊び、争いごとのない平和な世界を願うメッセージ。
壁なき演劇センターと国立ベトナム青年劇場による国際共同制作ベトナム現代演劇を代表する国立劇場の俳優と日本の俳優が融合し、舞台上で日本語とベトナム語が飛び交う現代感覚に彩られた情熱的でダイナミックでスピーディな『新たなチェーホフ劇』ワーニャとソーニャは長年セレブリャコーフの活動を支えてきた。そこへ彼が後妻エレーナを連れてやって来る。そこでワーニャは今までの自分の彼への献身が無意味だったことを知る。